俺とこいつの日常
村に響き渡る、コカトリスの喘ぎ声で目が覚める。
毎朝お盛んな事で…おかげで、早起き出来るんだけどな…
カーテンを開け、朝一番の日光をたっぷりとあびる。
大分意識がはっきりしてきた所で、服を着替えるべく、クローゼットを開いた。
台所へ行き、戸棚の中を漁る。
パンは…うん、足りるな。
トースターに二枚のパンを放り込み、焼き始める。
その間に、パンの上に乗せるハムエッグを二つ作る。
ちなみに、俺は朝からトーストを二枚も食べるほど大食漢ではない。
ならなんで二つも作るのかって?
理由は…言わなくても、そろそろ分かるだろう。
「魔界の覇王バフォメット参上!今日こそは儂のものになってもらうぞ!」
ドアを勢いよく蹴り開け、近所迷惑な大声を出しながら現れた幼女。
そう、もう一つのトーストはこいつの分だ。
「朝っぱらからでかい声を出すな、コーヒーと紅茶どっちにする?」
「元気が良いことに悪い所なぞない!儂は紅茶で頼む。」
そう言いつつ椅子に座る幼女の前に、淹れたての紅茶を置いてやる。
「砂糖はどうする?」
「多めに貰うかの。」
砂糖の入った容器を渡してやると、可愛らしく両手で受け取り、スプーンで紅茶の中に入れていく。
っと、そんな事をしているうちにパンが焼けたようだ。
焼きたてのパンを皿に乗せ、その上にハムエッグをのせていく。
そうして出来たトーストを、俺と迷惑な客人の前に置く。
「ほれ、出来たぞ。」
「ん、すまんの。」
「まったく…簡単な朝食でもそれなりに金は掛かるんだぞ?紅茶熱くないか?」
「儂に食べてもらえる名誉が一食分の食事で得られるのだ、ありがたく思うのじゃな、出来ればフーフーしてほしいのじゃ。」
「そんな名誉いらん、フーフー…これでいいか?」
「お主は本当に素直じゃないのう…うむ、幾分か飲み易くなった、礼を言うぞ。」
こいつが来るようになってから、毎日こんな調子だ。
こいつか俺の家に入り浸るようになった理由?そんなこと、俺にもわからん。
「なあ…一つ聞いていいか?」
「むぐむぐ…ごっくん…なんじゃ?」
「何で俺に付きまとうんだ?他にもいい男はいくらでもいるだろうに。」
「む…お主はもう忘れたのか?儂を助けた時の事を。」
「あー…そういえばそんな事あったな…」
遡る事約一ヶ月前…
俺とこいつが出会った場所は、鬱葱と茂る森の中だった。
その時、空腹で行き倒れになっていたこいつに、弁当をやって立ち去ったのだが、その次の日に突然家に押しかけてきて、婿になれとか言い始めた。
あまりにも突然すぎたため、驚きを通り越して溜息しか出なかった。
その時にやんわりと断った筈なのだが、それ以来毎日の様に俺の家に乱入してはご飯をねだったり無理やり襲いかかろうとしてきたりしてくる。
以上、回想終了。
「ご馳走様なのじゃ。」
「お粗末様、食器は流しに置いといてくれ。」
「この儂に片づけをさせるとな?」
「タダ飯喰らってんだからそれくらいはしろ。」
「ふん!今回は特別に片付けてやろう!儂の優しさに感謝するのじゃ!」
「はいはいありがとうございます偉大なるバフォメット様。」
「…何という棒読み…儂のガラスのハートに大きなヒビが入ったぞ…」
「ガラスはガラスでも、ハンマーで叩いてもビクともしない強化ガラスの間違いだろうが。」
なにやらブツブツ言いながら食器を片付けに行くバフォメット。
食事の度に、こんなコントのような事をやっているもんだから、もう慣れてしまった。
最近では、周りから仲の良い夫婦ですねとか言われる始末。
どう見ても仲良くなんかねぇよ、むしろ夫婦って何だ、俺とこいつはそんな関係じゃねぇ。
「さて、片付け終わったぞ。」
「ん、ご苦労さん。」
ソファーを乗り越えて、俺の隣にやってくる。
本当にこいつは俺の隣に座るのが好きだな…暑苦しいし可愛いし狭いしで迷惑なのだがな…
「本当にお前は俺の隣が好きだな…今日は何をするんだ?」
「ここは、儂の特等席じゃからの。二人の今後について話すかの?」
「勝手に特等席にするな、どうやってお前を追い出すかについてか?」
「ふん、この儂に隣に座ってもらえるのじゃ、ありがたく思わんか。いくら追い出そうとも毎日会いに来てやるから安心せい。」
「どちらかというとありがた迷惑だな。どうやって安心しろというんだよ…」
「素直じゃないのう…儂の包容力にじゃよ。」
「素直になっているからそう言うんだよ。そんな事よりどうするよ?」
「まあ、儂のものになったらもっと素直になれると思うぞ?隣町にでも買い物に行くかの?」
「どう転んでもならねぇよ。そうだな…行くか。」
こんなやり取りも、俺の日常として定着しつつある。
最初の内は、本気で追い出そうとあれこれやったりしたのだが…何をやってもこいつは毎日家に来る。
最近ではもう諦め初めてしまい、今のような下らない会話をする程度に落ち着いてしまった。
さて、買い物にでも行ってくるか…
「昼は何を作るのじゃ?」
「んー…面倒だし、近くの店でなんか買って食うかな。」
「ふむ、それなら安くて美味い所を知っておるぞ?」
「ほう…ならそこにするか。」
こいつの薦める店はろくな店がない…
そう思っていた時期が俺にもあった。
いざ薦められた店に行ってみると、安くて質の良いものが多くあり、家計の助けにもなっている。
こういうところだけは感謝している…本当にこういうところだけだぞ!
「で、何を頼むのかの?」
「オススメはあるのか?」
「ビーフシチューがオススメじゃの。」
「じゃあそれを頼むかな。」
「儂もそれを頼むかの。」
テーブルに置かれた呼び鈴を鳴らすと、少し時間を置いてから店員がやってきた。
とりあえず、ビーフシチューを2人前頼み、水を飲んで一息つく。
「ここのビーフシチューは最高じゃぞ?」
「ふむ。」
「舌で簡単に解れるほど肉が柔らかく、野菜の一つ一つ全てに芯まで味が染み込んでいて最高じゃぞ?」
「そんなに凄いのか、楽しみだな。」
そうこうしているうちに、ビーフシチューが出来たようだ。
よし、食べよう。腹が減ってはこいつを追い出せぬ。
「ハムッハフハフハッフ!」
「落ち着いて食わんか、慌てずとも料理は逃げはせん。」
「んっんむむんんんー。」
「とりあえず口の中のものを飲み込め、話はそれからじゃ。」
「んぐっ…腹が減っていたんだから仕方がないだろう。」
「だからと言って、そんなに急いで食わんでも良いじゃろうに…」
「このビーフシチューが美味いのも悪い。」
「まったく…お主には一から教育しなおさねばならんかのう…?」
「食べないなら貰うぞ?」
「ハムッハフハフハッフ!」
「教育が必要なのはどっちだよ…」
「んむむー!んんんむむんむ!!」
「とりあえず飲み込め、何て言ってるのか聞こえん。」
「んっ…儂の分を食べようとしたからではないか!」
「冗談に決まってるだろ、半分くらい。」
「半分は本気なのか。」
大人気無い会話が弾む中、突然この幼女が何かに気付いたかのように手を止めた。
「お主、頬にシチューがついておるぞ?」
「ん?どこだ?」
ハンカチを取り出して拭おうとしたが、手を掴まれて阻止された。
「儂が取ってやろうかの、ありがたく思うのじゃ。」
「いや、これくらい出来るからいい。」
「遠慮するな、この儂が綺麗にとってあ・げ・る♪…のじゃ。」
「うわぁ…似合わねえ…」
「う、うるさいのじゃ!はむっ!」
「ちょっ!?」
突然身を乗り出し、俺の頬に吸い付いてきた。
頬についてた奴を狙ったようだが…もう少し右だったら唇に…って違う!
どうやら、こいつのあまりにも突然過ぎる行動のおかげで、俺の思考が滅茶苦茶になってしまったらしい。
「…と、取れたぞ…」
「…あ、あぁ…」
「…次はもう少し右につけいたっ!?」
羞恥のあまり手が出てしまった…
目の前の幼女は、殴られた所を押さえながら涙目で俺を睨んでいる。
「いきなり何をするのじゃ!痛いではないか!」
「恥ずかしくなるようなことを言った罰だ。」
「お主…純情じゃないたぁっ!?に、二度もぶったのじゃ!父上にもぶたれた事はないのに!」
「もう一発いっておくか?」
「痛い痛い!言うよりも先に手が出てるのじゃ!あ、やめっ、ごめんなさいごめんなさい!」
「分かればいい。」
「うぅ…父上…母上…儂は傷物にされてしまったのじゃ…」
「誤解を招きそうな事を言うな。」
そろそろ周囲の目が気になってきたので、一刻も早くこの場を去りたい所だ…
「ほら、さっさと勘定済ませて行くぞ。」
「うぅ…人前でこの様な情けない姿を晒す羽目になるとは…こうなったら、この場にいる全員を…フ、フフフ。」
「………」
「ひぅっ!わ、分かったから拳を振り上げながら笑顔でこっちに来ないでほしいのじゃ!」
「分かったならいい、後お前の分も払っといたから後でよこせよ?」
「…それくらい…払ってくれても…こんな目に遭ったのに…」
「あー…返さんでいい、返さんでいいから泣くな。」
「…アイス…」
「分かったから…はぁ…」
「…手も繋いでほしいのじゃ…」
「それは…」
「………」
「はぁ…ほれ、今だけだぞ?」
「ん……暖かいのじゃ…」
「そりゃ、生きてるからな。」
少し恥ずかしいが、手を繋いで店を出る。
自分の顔を見ることは出来ないが、恥ずかしさで真っ赤になっているんじゃないだろうか…
その後は特に面白い事も無く、夕飯の買い物をして帰った。
その間ずっと手を繋いでいたからか、凄く熱い。
……主に、手と顔が。
「あぁ…疲れた…」
「そうじゃの…紅茶でも飲んで休むかの。」
「どうせ、淹れるのは俺なんだろう?」
「当たり前じゃ、儂は客人なのじゃぞ?」
「はいはい分かりましたよ…ただし、袋の中のものしまって来てくれよ?」
「仕方ない…分かった、しまってこようかの。」
そう言って、袋を引きずっていく。
袋はいろいろ使えるから大事に使ってほしいのだが…まぁ仕方ないか。
俺も紅茶を淹れないとな…駄々こねられるのも疲れる。
「はふぅ…動いた後の紅茶は格別じゃの。」
「食材をしまうだけでは動いたうちにははいらんと思うぞ。」
「昼の事じゃよ。」
「あぁ、そういうことか。」
夕飯を作るにはまだ早いので、紅茶を飲んで休憩をしている俺達。
他のソファーが空いていると言うのに、相変わらず俺の隣に座ってくる。
なんか、やたらと擦り寄ってくるし…第三者が見たら誤解されるだろうこれ…
「おい…あんまりくっつくな…」
「ん〜…や〜なのじゃ〜…」
「はぁ…これが自称魔界の覇王なんだもんなぁ…」
正直言って、未だにこいつが自分を魔界の覇王だと言っていることを信じれていない俺。
こんなに子供っぽい覇王がいる筈が無いと今でも思っている。
だが、図鑑を見たら本当に凄い魔物だったことを知る事になった。
案外、こいつの言っている事は間違いではないのかもしれないが…それを認めたら負ける、いろいろなものに。
「…お主は…」
「ん?」
「お主は何故、儂の様な強大な力を持つ魔物を前にしても平気なのかの?」
「…なんでだろうな…俺にも分からんよ。」
「…本当に…変わった奴じゃ。」
「よく言われるよ。」
「儂がお主に惹かれたのは、他の男には無い何かを持っているからかも知れんの。」
「俺はそんなもの持ってねぇよ、ただいつも通りの生活にお前が割り込んで馴染んだだけだ。」
「それだけで済む男は滅多におらんよ。」
「あー…言い方が悪かったな、俺が鈍感で周りを気にしないだけだ。」
「フッ、素直になればお主も新たな道を歩めるじゃろうに。」
「俺は今の生活で十分満足している、これ以上を求めるような事はしないさ。」
「…本当に、お主は今時の男にしては珍しい男じゃ。」
そう言って、俺の肩に頭を預けてくる。
欲が無い…と言えば嘘になってしまうが、俺は今のままでもいいと思っている。
もちろん、こいつが毎日やってきて紅茶を強請ったり下らない話をしたりする日常も含めて…な…
「さて、そろそろ夕飯の準備するか。」
「今日は儂も手伝うぞ。」
「おいおい…大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ、問題ない。」
不安になるような台詞を残して、台所へと入っていく。
あいつが料理をする所なんて見たことがないから不安すぎる…
とりあえず、被害を最小限にする努力をしよう…
「……どうしてこうなった。」
「これが!儂の!本気なのじゃ!」
なんということでしょう、料理開始から2時間、そこには一流シェフも唸るほどの豪華な料理が並べられてました。
おい…こいつの料理不安だとか言った奴ちょっと出て来いよ。
あ……俺もか…
「こんな豪華な物、生まれてから今まで見たことないのだが…」
「そ、そんなに凄いかの?」
「今日食ったビーフシチューよりも美味そうだ。」
「あ、あまり褒めるでない…恥ずかしいではないか…」
この料理を作った本人は、顔を赤くして俯いている。
そんなに褒めていただろうか?思ったままを言っただけなのだが…
「と、とにかく食べるのじゃ!腹も減った事じゃしの!」
「そうだな…見てるだけで更に腹が減ってくるしな。」
「うむ、それでは…」
「「いただきます。」」
二人で声を合わせて合掌をする。
…って、合掌が終わるなり食器ごと食いかねん勢いで食べてやがる…
「おいおい…行儀が悪いぞ。」
「腹が減っては戦は出来ぬと言うではないか。」
「そんな物騒なもんねぇよ、大体なんだ戦って。」
「寝る前にする男と女のいたひっ!」
「そんな戦家ではねぇよ。」
「軽いジョークじゃのに…」
「お前の場合、ジョークに聞こえん。」
本当にこいつは…そんなに俺がいいのか?
…って違う!何を考えているんだ俺は!
とりあえず食事だ、目の前の食事の事に集中しよう。
味は…うん、凄く美味い。
見た目は綺麗だけど…というのを想像していたのだが、いい意味で俺の考えを上回ってくれたようだ。
昼のビーフシチューも美味かったが、これはこれで美味い。
「味はどうかの?」
「悔しいけど、凄く美味い。」
「フフフ、そうじゃろうそうじゃろう。」
俺の感想を聞いて、してやったり的な笑みを浮かべている。
…少しだけ、本当に少しだけ、この笑顔が見れて嬉しいと思っている自分がいる。
「儂のものになれば、毎日でも作ってやるぞ?」
「流石に毎日はいらんな、こういうのはたまにだからいいものなんだよ。」
「そうか…なら、儂のものになったらたまに作ってやるぞ?」
「それとこれとは話は別だ、今はまだ落ち着く気はない。」
「今は…ということは、可能性はあるのじゃな?」
「可能性は…な…まだ、俺の方が気持ちが固まってない。」
「無理強いはせん、その気になるまで儂は何時までも待つのじゃ。」
「出来れば、諦めて他の良い男を見つけてもらえればありがたいんだがな。」
「儂の気持ちはもう固まっておる、お主を婿として迎え入れたい、そう心から思っておる。」
真面目な顔でそう告げられて、思わず視線を逸らす。
今こいつの目を見たら落とされる気がしたからだ……だが、それだけはだめだ。
俺が心の底からこいつの事を好きになったその時に、俺の口から直接伝えたいのだ。
………好きになった時が訪れるかどうかは別だが。
「ご馳走様。」
「お粗末様なのじゃ。」
「片付けは俺がしておくから、遅くならない内に戻ったほうがいいと思うぞ。」
「そこまでして儂を追い出したいのかの?」
「お前の所の魔女達が心配するだろう、早く帰ってお前の帰りを待っている奴等を安心させてやれ。」
「あー…その事で相談があるのじゃが…」
そう言って頭を掻きながら視線を逸らす。
…何故だろう…とっても嫌な予感が…
「…一応、聞くだけは聞くから言ってみろ。」
「実はの…実験に失敗して屋敷が木っ端微塵に吹っ飛んでの…」
「………」
「な、何じゃその目は、疑っておるのか?」
「そんな訳ないだろう、信じてない割合が九分九厘なだけだ。」
「信じてないのと同じじゃろうが、嘘だと思うなら聞いてみればよかろう。」
そう言って渡された電話番号にかけてみる。
…事前に話し合わせて、嘘を言う可能性も否定出来ないが…
…どうしよう、本当だった。
演技というにはあまりにも生々しすぎる、悲痛な叫びをこの耳で聞き、本当の事だったと確信した。
…まぁ、本当の事だと分かったのは良いが…
「寝る所はどうするんだ?」
「予備のベッドは無いのかの?」
「家にそんな余裕ねぇよ。」
「ならお主のベッドに…」
「あぁ、いいぞ。」
「なんと!?」
「俺はソファーで寝るから、俺のベッドを使うといい。」
「む…一緒に寝るのはだめかの…?」
「寝込み襲う気満々だろうお前。」
そうじゃなかったとしても、俺が耐えれるか分からん。
「あぅ…が、我慢するから…だめかの…?」
「むぅ……」
「だめなら仕方がないのじゃ…お休みなのじゃ…」
心底悲しそうな表情を見せ、俺の部屋へと向かう。
………そんな顔をするなよ…気になって眠れなくなるじゃないか…
「…本当に襲わないな?」
「ほぇ?」
「…ほら、さっさと寝るぞ。」
「い、いいのかの?」
「早くしないと、俺一人でベッドで寝るぞ。」
「…ありがとうなのじゃ。」
俺の服の裾を摘まんでついてくる。
こうして見ると、本当の妹の様に思えて可愛らしくもあるんだがな…
「明かり消すぞ?」
「うむ…」
ランプの火を消し、布団の中に入る。
蛍光灯の明かりはあまり好かない、故に、俺の部屋の明かりだけはランプを使っている。
ランプのぼんやりとした明かりが好きなのだ、多少不便だけどな。
「…のう?」
「ん?」
「…抱きしめてもらっても…いいかの?」
「…こうか?」
「ん…うむ。」
包み込むように、優しく抱きしめる。
近くで触れるこいつの体は、思っていたよりも小さく、とても暖かかった。
「いつか…心の底から愛し合い、抱きしめ合える日は来るじゃろうか?」
「…さあな、鈍感な俺には分からん……ただ…」
「ただ…?」
「今は、そういう選択肢があってもいいと思っている…選ぶかどうかは別として…な。」
「…本当に…素直じゃないの…」
「明日も早い、そろそろ寝るぞ。」
「うむ…お休みなのじゃ。」
「お休み、いい夢を。」
優しく頭を撫でてやっていると、静かな寝息を立て始めた。
こいつが来てからというもの、俺の日常は大きく変わってしまった。
だが、俺はその事を恨んでもいないし後悔もしていない。
まだ慣れていない事もある、だがそれは少しずつ慣らしていけばいい事だ。
今は…こいつの暖かさに身を委ねていよう…
毎朝お盛んな事で…おかげで、早起き出来るんだけどな…
カーテンを開け、朝一番の日光をたっぷりとあびる。
大分意識がはっきりしてきた所で、服を着替えるべく、クローゼットを開いた。
台所へ行き、戸棚の中を漁る。
パンは…うん、足りるな。
トースターに二枚のパンを放り込み、焼き始める。
その間に、パンの上に乗せるハムエッグを二つ作る。
ちなみに、俺は朝からトーストを二枚も食べるほど大食漢ではない。
ならなんで二つも作るのかって?
理由は…言わなくても、そろそろ分かるだろう。
「魔界の覇王バフォメット参上!今日こそは儂のものになってもらうぞ!」
ドアを勢いよく蹴り開け、近所迷惑な大声を出しながら現れた幼女。
そう、もう一つのトーストはこいつの分だ。
「朝っぱらからでかい声を出すな、コーヒーと紅茶どっちにする?」
「元気が良いことに悪い所なぞない!儂は紅茶で頼む。」
そう言いつつ椅子に座る幼女の前に、淹れたての紅茶を置いてやる。
「砂糖はどうする?」
「多めに貰うかの。」
砂糖の入った容器を渡してやると、可愛らしく両手で受け取り、スプーンで紅茶の中に入れていく。
っと、そんな事をしているうちにパンが焼けたようだ。
焼きたてのパンを皿に乗せ、その上にハムエッグをのせていく。
そうして出来たトーストを、俺と迷惑な客人の前に置く。
「ほれ、出来たぞ。」
「ん、すまんの。」
「まったく…簡単な朝食でもそれなりに金は掛かるんだぞ?紅茶熱くないか?」
「儂に食べてもらえる名誉が一食分の食事で得られるのだ、ありがたく思うのじゃな、出来ればフーフーしてほしいのじゃ。」
「そんな名誉いらん、フーフー…これでいいか?」
「お主は本当に素直じゃないのう…うむ、幾分か飲み易くなった、礼を言うぞ。」
こいつが来るようになってから、毎日こんな調子だ。
こいつか俺の家に入り浸るようになった理由?そんなこと、俺にもわからん。
「なあ…一つ聞いていいか?」
「むぐむぐ…ごっくん…なんじゃ?」
「何で俺に付きまとうんだ?他にもいい男はいくらでもいるだろうに。」
「む…お主はもう忘れたのか?儂を助けた時の事を。」
「あー…そういえばそんな事あったな…」
遡る事約一ヶ月前…
俺とこいつが出会った場所は、鬱葱と茂る森の中だった。
その時、空腹で行き倒れになっていたこいつに、弁当をやって立ち去ったのだが、その次の日に突然家に押しかけてきて、婿になれとか言い始めた。
あまりにも突然すぎたため、驚きを通り越して溜息しか出なかった。
その時にやんわりと断った筈なのだが、それ以来毎日の様に俺の家に乱入してはご飯をねだったり無理やり襲いかかろうとしてきたりしてくる。
以上、回想終了。
「ご馳走様なのじゃ。」
「お粗末様、食器は流しに置いといてくれ。」
「この儂に片づけをさせるとな?」
「タダ飯喰らってんだからそれくらいはしろ。」
「ふん!今回は特別に片付けてやろう!儂の優しさに感謝するのじゃ!」
「はいはいありがとうございます偉大なるバフォメット様。」
「…何という棒読み…儂のガラスのハートに大きなヒビが入ったぞ…」
「ガラスはガラスでも、ハンマーで叩いてもビクともしない強化ガラスの間違いだろうが。」
なにやらブツブツ言いながら食器を片付けに行くバフォメット。
食事の度に、こんなコントのような事をやっているもんだから、もう慣れてしまった。
最近では、周りから仲の良い夫婦ですねとか言われる始末。
どう見ても仲良くなんかねぇよ、むしろ夫婦って何だ、俺とこいつはそんな関係じゃねぇ。
「さて、片付け終わったぞ。」
「ん、ご苦労さん。」
ソファーを乗り越えて、俺の隣にやってくる。
本当にこいつは俺の隣に座るのが好きだな…暑苦しいし可愛いし狭いしで迷惑なのだがな…
「本当にお前は俺の隣が好きだな…今日は何をするんだ?」
「ここは、儂の特等席じゃからの。二人の今後について話すかの?」
「勝手に特等席にするな、どうやってお前を追い出すかについてか?」
「ふん、この儂に隣に座ってもらえるのじゃ、ありがたく思わんか。いくら追い出そうとも毎日会いに来てやるから安心せい。」
「どちらかというとありがた迷惑だな。どうやって安心しろというんだよ…」
「素直じゃないのう…儂の包容力にじゃよ。」
「素直になっているからそう言うんだよ。そんな事よりどうするよ?」
「まあ、儂のものになったらもっと素直になれると思うぞ?隣町にでも買い物に行くかの?」
「どう転んでもならねぇよ。そうだな…行くか。」
こんなやり取りも、俺の日常として定着しつつある。
最初の内は、本気で追い出そうとあれこれやったりしたのだが…何をやってもこいつは毎日家に来る。
最近ではもう諦め初めてしまい、今のような下らない会話をする程度に落ち着いてしまった。
さて、買い物にでも行ってくるか…
「昼は何を作るのじゃ?」
「んー…面倒だし、近くの店でなんか買って食うかな。」
「ふむ、それなら安くて美味い所を知っておるぞ?」
「ほう…ならそこにするか。」
こいつの薦める店はろくな店がない…
そう思っていた時期が俺にもあった。
いざ薦められた店に行ってみると、安くて質の良いものが多くあり、家計の助けにもなっている。
こういうところだけは感謝している…本当にこういうところだけだぞ!
「で、何を頼むのかの?」
「オススメはあるのか?」
「ビーフシチューがオススメじゃの。」
「じゃあそれを頼むかな。」
「儂もそれを頼むかの。」
テーブルに置かれた呼び鈴を鳴らすと、少し時間を置いてから店員がやってきた。
とりあえず、ビーフシチューを2人前頼み、水を飲んで一息つく。
「ここのビーフシチューは最高じゃぞ?」
「ふむ。」
「舌で簡単に解れるほど肉が柔らかく、野菜の一つ一つ全てに芯まで味が染み込んでいて最高じゃぞ?」
「そんなに凄いのか、楽しみだな。」
そうこうしているうちに、ビーフシチューが出来たようだ。
よし、食べよう。腹が減ってはこいつを追い出せぬ。
「ハムッハフハフハッフ!」
「落ち着いて食わんか、慌てずとも料理は逃げはせん。」
「んっんむむんんんー。」
「とりあえず口の中のものを飲み込め、話はそれからじゃ。」
「んぐっ…腹が減っていたんだから仕方がないだろう。」
「だからと言って、そんなに急いで食わんでも良いじゃろうに…」
「このビーフシチューが美味いのも悪い。」
「まったく…お主には一から教育しなおさねばならんかのう…?」
「食べないなら貰うぞ?」
「ハムッハフハフハッフ!」
「教育が必要なのはどっちだよ…」
「んむむー!んんんむむんむ!!」
「とりあえず飲み込め、何て言ってるのか聞こえん。」
「んっ…儂の分を食べようとしたからではないか!」
「冗談に決まってるだろ、半分くらい。」
「半分は本気なのか。」
大人気無い会話が弾む中、突然この幼女が何かに気付いたかのように手を止めた。
「お主、頬にシチューがついておるぞ?」
「ん?どこだ?」
ハンカチを取り出して拭おうとしたが、手を掴まれて阻止された。
「儂が取ってやろうかの、ありがたく思うのじゃ。」
「いや、これくらい出来るからいい。」
「遠慮するな、この儂が綺麗にとってあ・げ・る♪…のじゃ。」
「うわぁ…似合わねえ…」
「う、うるさいのじゃ!はむっ!」
「ちょっ!?」
突然身を乗り出し、俺の頬に吸い付いてきた。
頬についてた奴を狙ったようだが…もう少し右だったら唇に…って違う!
どうやら、こいつのあまりにも突然過ぎる行動のおかげで、俺の思考が滅茶苦茶になってしまったらしい。
「…と、取れたぞ…」
「…あ、あぁ…」
「…次はもう少し右につけいたっ!?」
羞恥のあまり手が出てしまった…
目の前の幼女は、殴られた所を押さえながら涙目で俺を睨んでいる。
「いきなり何をするのじゃ!痛いではないか!」
「恥ずかしくなるようなことを言った罰だ。」
「お主…純情じゃないたぁっ!?に、二度もぶったのじゃ!父上にもぶたれた事はないのに!」
「もう一発いっておくか?」
「痛い痛い!言うよりも先に手が出てるのじゃ!あ、やめっ、ごめんなさいごめんなさい!」
「分かればいい。」
「うぅ…父上…母上…儂は傷物にされてしまったのじゃ…」
「誤解を招きそうな事を言うな。」
そろそろ周囲の目が気になってきたので、一刻も早くこの場を去りたい所だ…
「ほら、さっさと勘定済ませて行くぞ。」
「うぅ…人前でこの様な情けない姿を晒す羽目になるとは…こうなったら、この場にいる全員を…フ、フフフ。」
「………」
「ひぅっ!わ、分かったから拳を振り上げながら笑顔でこっちに来ないでほしいのじゃ!」
「分かったならいい、後お前の分も払っといたから後でよこせよ?」
「…それくらい…払ってくれても…こんな目に遭ったのに…」
「あー…返さんでいい、返さんでいいから泣くな。」
「…アイス…」
「分かったから…はぁ…」
「…手も繋いでほしいのじゃ…」
「それは…」
「………」
「はぁ…ほれ、今だけだぞ?」
「ん……暖かいのじゃ…」
「そりゃ、生きてるからな。」
少し恥ずかしいが、手を繋いで店を出る。
自分の顔を見ることは出来ないが、恥ずかしさで真っ赤になっているんじゃないだろうか…
その後は特に面白い事も無く、夕飯の買い物をして帰った。
その間ずっと手を繋いでいたからか、凄く熱い。
……主に、手と顔が。
「あぁ…疲れた…」
「そうじゃの…紅茶でも飲んで休むかの。」
「どうせ、淹れるのは俺なんだろう?」
「当たり前じゃ、儂は客人なのじゃぞ?」
「はいはい分かりましたよ…ただし、袋の中のものしまって来てくれよ?」
「仕方ない…分かった、しまってこようかの。」
そう言って、袋を引きずっていく。
袋はいろいろ使えるから大事に使ってほしいのだが…まぁ仕方ないか。
俺も紅茶を淹れないとな…駄々こねられるのも疲れる。
「はふぅ…動いた後の紅茶は格別じゃの。」
「食材をしまうだけでは動いたうちにははいらんと思うぞ。」
「昼の事じゃよ。」
「あぁ、そういうことか。」
夕飯を作るにはまだ早いので、紅茶を飲んで休憩をしている俺達。
他のソファーが空いていると言うのに、相変わらず俺の隣に座ってくる。
なんか、やたらと擦り寄ってくるし…第三者が見たら誤解されるだろうこれ…
「おい…あんまりくっつくな…」
「ん〜…や〜なのじゃ〜…」
「はぁ…これが自称魔界の覇王なんだもんなぁ…」
正直言って、未だにこいつが自分を魔界の覇王だと言っていることを信じれていない俺。
こんなに子供っぽい覇王がいる筈が無いと今でも思っている。
だが、図鑑を見たら本当に凄い魔物だったことを知る事になった。
案外、こいつの言っている事は間違いではないのかもしれないが…それを認めたら負ける、いろいろなものに。
「…お主は…」
「ん?」
「お主は何故、儂の様な強大な力を持つ魔物を前にしても平気なのかの?」
「…なんでだろうな…俺にも分からんよ。」
「…本当に…変わった奴じゃ。」
「よく言われるよ。」
「儂がお主に惹かれたのは、他の男には無い何かを持っているからかも知れんの。」
「俺はそんなもの持ってねぇよ、ただいつも通りの生活にお前が割り込んで馴染んだだけだ。」
「それだけで済む男は滅多におらんよ。」
「あー…言い方が悪かったな、俺が鈍感で周りを気にしないだけだ。」
「フッ、素直になればお主も新たな道を歩めるじゃろうに。」
「俺は今の生活で十分満足している、これ以上を求めるような事はしないさ。」
「…本当に、お主は今時の男にしては珍しい男じゃ。」
そう言って、俺の肩に頭を預けてくる。
欲が無い…と言えば嘘になってしまうが、俺は今のままでもいいと思っている。
もちろん、こいつが毎日やってきて紅茶を強請ったり下らない話をしたりする日常も含めて…な…
「さて、そろそろ夕飯の準備するか。」
「今日は儂も手伝うぞ。」
「おいおい…大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ、問題ない。」
不安になるような台詞を残して、台所へと入っていく。
あいつが料理をする所なんて見たことがないから不安すぎる…
とりあえず、被害を最小限にする努力をしよう…
「……どうしてこうなった。」
「これが!儂の!本気なのじゃ!」
なんということでしょう、料理開始から2時間、そこには一流シェフも唸るほどの豪華な料理が並べられてました。
おい…こいつの料理不安だとか言った奴ちょっと出て来いよ。
あ……俺もか…
「こんな豪華な物、生まれてから今まで見たことないのだが…」
「そ、そんなに凄いかの?」
「今日食ったビーフシチューよりも美味そうだ。」
「あ、あまり褒めるでない…恥ずかしいではないか…」
この料理を作った本人は、顔を赤くして俯いている。
そんなに褒めていただろうか?思ったままを言っただけなのだが…
「と、とにかく食べるのじゃ!腹も減った事じゃしの!」
「そうだな…見てるだけで更に腹が減ってくるしな。」
「うむ、それでは…」
「「いただきます。」」
二人で声を合わせて合掌をする。
…って、合掌が終わるなり食器ごと食いかねん勢いで食べてやがる…
「おいおい…行儀が悪いぞ。」
「腹が減っては戦は出来ぬと言うではないか。」
「そんな物騒なもんねぇよ、大体なんだ戦って。」
「寝る前にする男と女のいたひっ!」
「そんな戦家ではねぇよ。」
「軽いジョークじゃのに…」
「お前の場合、ジョークに聞こえん。」
本当にこいつは…そんなに俺がいいのか?
…って違う!何を考えているんだ俺は!
とりあえず食事だ、目の前の食事の事に集中しよう。
味は…うん、凄く美味い。
見た目は綺麗だけど…というのを想像していたのだが、いい意味で俺の考えを上回ってくれたようだ。
昼のビーフシチューも美味かったが、これはこれで美味い。
「味はどうかの?」
「悔しいけど、凄く美味い。」
「フフフ、そうじゃろうそうじゃろう。」
俺の感想を聞いて、してやったり的な笑みを浮かべている。
…少しだけ、本当に少しだけ、この笑顔が見れて嬉しいと思っている自分がいる。
「儂のものになれば、毎日でも作ってやるぞ?」
「流石に毎日はいらんな、こういうのはたまにだからいいものなんだよ。」
「そうか…なら、儂のものになったらたまに作ってやるぞ?」
「それとこれとは話は別だ、今はまだ落ち着く気はない。」
「今は…ということは、可能性はあるのじゃな?」
「可能性は…な…まだ、俺の方が気持ちが固まってない。」
「無理強いはせん、その気になるまで儂は何時までも待つのじゃ。」
「出来れば、諦めて他の良い男を見つけてもらえればありがたいんだがな。」
「儂の気持ちはもう固まっておる、お主を婿として迎え入れたい、そう心から思っておる。」
真面目な顔でそう告げられて、思わず視線を逸らす。
今こいつの目を見たら落とされる気がしたからだ……だが、それだけはだめだ。
俺が心の底からこいつの事を好きになったその時に、俺の口から直接伝えたいのだ。
………好きになった時が訪れるかどうかは別だが。
「ご馳走様。」
「お粗末様なのじゃ。」
「片付けは俺がしておくから、遅くならない内に戻ったほうがいいと思うぞ。」
「そこまでして儂を追い出したいのかの?」
「お前の所の魔女達が心配するだろう、早く帰ってお前の帰りを待っている奴等を安心させてやれ。」
「あー…その事で相談があるのじゃが…」
そう言って頭を掻きながら視線を逸らす。
…何故だろう…とっても嫌な予感が…
「…一応、聞くだけは聞くから言ってみろ。」
「実はの…実験に失敗して屋敷が木っ端微塵に吹っ飛んでの…」
「………」
「な、何じゃその目は、疑っておるのか?」
「そんな訳ないだろう、信じてない割合が九分九厘なだけだ。」
「信じてないのと同じじゃろうが、嘘だと思うなら聞いてみればよかろう。」
そう言って渡された電話番号にかけてみる。
…事前に話し合わせて、嘘を言う可能性も否定出来ないが…
…どうしよう、本当だった。
演技というにはあまりにも生々しすぎる、悲痛な叫びをこの耳で聞き、本当の事だったと確信した。
…まぁ、本当の事だと分かったのは良いが…
「寝る所はどうするんだ?」
「予備のベッドは無いのかの?」
「家にそんな余裕ねぇよ。」
「ならお主のベッドに…」
「あぁ、いいぞ。」
「なんと!?」
「俺はソファーで寝るから、俺のベッドを使うといい。」
「む…一緒に寝るのはだめかの…?」
「寝込み襲う気満々だろうお前。」
そうじゃなかったとしても、俺が耐えれるか分からん。
「あぅ…が、我慢するから…だめかの…?」
「むぅ……」
「だめなら仕方がないのじゃ…お休みなのじゃ…」
心底悲しそうな表情を見せ、俺の部屋へと向かう。
………そんな顔をするなよ…気になって眠れなくなるじゃないか…
「…本当に襲わないな?」
「ほぇ?」
「…ほら、さっさと寝るぞ。」
「い、いいのかの?」
「早くしないと、俺一人でベッドで寝るぞ。」
「…ありがとうなのじゃ。」
俺の服の裾を摘まんでついてくる。
こうして見ると、本当の妹の様に思えて可愛らしくもあるんだがな…
「明かり消すぞ?」
「うむ…」
ランプの火を消し、布団の中に入る。
蛍光灯の明かりはあまり好かない、故に、俺の部屋の明かりだけはランプを使っている。
ランプのぼんやりとした明かりが好きなのだ、多少不便だけどな。
「…のう?」
「ん?」
「…抱きしめてもらっても…いいかの?」
「…こうか?」
「ん…うむ。」
包み込むように、優しく抱きしめる。
近くで触れるこいつの体は、思っていたよりも小さく、とても暖かかった。
「いつか…心の底から愛し合い、抱きしめ合える日は来るじゃろうか?」
「…さあな、鈍感な俺には分からん……ただ…」
「ただ…?」
「今は、そういう選択肢があってもいいと思っている…選ぶかどうかは別として…な。」
「…本当に…素直じゃないの…」
「明日も早い、そろそろ寝るぞ。」
「うむ…お休みなのじゃ。」
「お休み、いい夢を。」
優しく頭を撫でてやっていると、静かな寝息を立て始めた。
こいつが来てからというもの、俺の日常は大きく変わってしまった。
だが、俺はその事を恨んでもいないし後悔もしていない。
まだ慣れていない事もある、だがそれは少しずつ慣らしていけばいい事だ。
今は…こいつの暖かさに身を委ねていよう…
11/05/27 01:48更新 / 白い黒猫