|
||
「…暇だなぁ…」 先日の一件以来、特に何かあるわけでもなくのんびりとした毎日が続いている。 平和なのは喜ぶべきことなのだろうけど…暇で暇で仕方がない。 先日、アイリスが見つけてきた物の中にあった古い書物は、時折時を止めつつ2日で読み切ってしまった。 同様に、洗濯や掃除も時を止めながらやったおかげで1時間ほどで片付いた。 今から露天を開きに行こうかとも考えたが、距離と時間の関係で諦めた。 魔女三姉妹は仕事に行ってるし、父さん達は部屋に篭って何かをしている、兄さん達も部屋に篭ってナニかをしている。 アイリスはクリスと一緒に『日帰りデザート食べ歩きツアー』に行っちゃったし、竜姉妹は宝を持って来るって言って飛んでいった。 詰まる所、僕だけやることがない。 こんなに暇を持て余したのは何十年ぶりだろうか… 行商人として各地を歩き回っていた頃が懐かしくさえ思う。 あの頃はあの頃でよかったなぁ…他人に気を使うことをしなくて良い気ままな生活が出来てたからね。 もちろん、今の生活にも満足している。 個性豊か…と言うには個性的過ぎる人達に囲まれて飽きることがない。 ただ、刺激が強すぎて今日のような普通の日は何か物足りなく感じてしまうけど。 参ったな…本当にやることがない… もういいや、今日は昼寝でもしよう。 僕は、自室へ戻りドアと窓を開けた。 心地よい風が部屋を吹き抜けていき、部屋の空気が新鮮な物へと変わっていく。 僕は、ベッドの上に転がり目を閉じて体の力を抜いた。 柔らかな風が僕を包み込み、優しく眠りへと誘う。 「こんなに良い天気なのに寝ちゃうんですか?」 もう少しで眠れそう…というときに、何者かの声によって現実へと引き戻される。 目を開けて見ると、そこにはこの前性裁を加えたカラステングの記者がいた。 名前は…琥珀(こはく)さんだったかな? 「毎度の事ながら本当にタイミングが良いね。」 「これでも天狗ですからね、それよりも本当に寝ちゃっていいんですか?」 「やることが無い時は寝るのが一番だよ、君も一緒にどうだい?」 「素敵なお誘いですが遠慮させていただきます、やることが無いなら私について来て下さい。」 「デートのお誘い?」 「な!?そそそそんな訳なないじゃないですふぁ!!」 「思いっきり噛んでるよ?」 「いひゃい…あふぉえおふぉえへへふらひゃいひょ…」 「ごめん、何て言ってるかよく分からない。」 平静を装いながらも、今にも噴出しそうになるのを我慢する僕。 他の4人だとこんな反応は見られないからね…こういうのも新鮮でいいかもしれない。 「今心の中で笑いましたね!?」 「!?そ、そんなこと無いよ。」 「本当ですか?」 「う、うん。」 「うー…まあいいです、とにかくつべこべかべ言わずについて来て下さい!」 「かべは余計だよ、どこに行くの?」 「………」 突然、黙り込んでしまう琥珀さん。 …もしかして…無計画だったのかな? 「と、登山なんてどうですか?新鮮な空気と適度な運動でスッキリできますよ?」 「ここでも十分空気はきれいだし、運動も毎日掃除洗濯くんずほぐれつやってるから遠慮しておくよ。」 「な、なら滝に打たれると言うのは?」 「それは何の修行なのかと問いたい。」 「…瞑想は…?」 「それ完全に修行だよね?それに一人でもできると思うんだけど…」 「あぅ…」 僕の返答を聞く度に悲しそうな表情になっていく琥珀さん。 仕事熱心な彼女だからこそ、恋人と過ごすという経験を積むことなく今日までを生きてきたのだろうか… …僕も人のことは言えないけどね… 「…買い物でもする?」 「!そ、それです!そうと決まったらすぐに行きましょう!」 「えっ!?まだ着替えてもないし準備も…痛っ!爪が食い込んでるって!痛い痛い!」 琥珀さんにさらわr…連れて来られ、アクアリウムへとやってきた。 露天ではなく、普通の店を見て回っているのだけど… 「これもいいけど…こちらも捨てがたい…うーん…」 「………」 1時間…琥珀さんがどれを買うかを決めるのにかかっている時間だ。 なんでどっちかを決めるだけにこんなに時間がかかるんだろう… 「…まだ決まらないのかい?」 「だってどっちも素敵なんですよ?こんないい物を私は手にしたことありませんよ。」 「バッグ一つに良いも悪いも…」 「何を言っているんですか!アラクネ種から取れる糸を使った商品は滅多に出回らないんですよ!?出回ったとしても美しいデザインと繊細な肌触りを持つアラクネ種の…」 両手にバッグを持ち、熱弁する琥珀さん。 こういう所では、変化の術とやらを使って人間と変わらない姿になっているらしい。 彼女の変化はすばらしく、今の琥珀さんはどこを見ても普通の人間にしか見えない。 …話が逸れてしまったな…とりあえず興奮している琥珀さんを落ち着かせないと… 「分かった分かった、両方とも買って良いよ。」 「ですから……今…何と?」 「両方とも買っていいよ、どちらか選べないなら両方買えばいい。」 「でも…」 「僕が良いって言ってるんだから遠慮なく買ってくれた方が嬉しいよ。」 「それじゃあ遠慮なく買わせてもらいますね♪」 嬉しそうにはしゃぐ琥珀さんににお金を渡す。 どんな時だろうと、女性の笑顔を見るのは悪い気はしない。 …今日だけで行商人時代の貯えの五分の一は飛んだけど… 「お待たせしました、あれ?どうしたんですか?暗い顔して。」 「ん?そんなこと無いよ。」 「ならいいのですが…次はどこに行きましょうか。」 「そうだなぁ…」 この辺りの店は大体回ったからなぁ… 「何か食べるかい?」 「それなら私は甘いものが食べたいです。」 「よし、ちょうどそこに良さそうな店があるから行ってみようか。」 「そうですね…はい。」 「ん?手がどうかしたの?」 「鈍いですね…女の子に直接言わせるつもりですか?」 「…あぁ、なるほどね…だけどちょっと恥ずかしいかな…」 「あぁもう!じれったいです!行きますよ!」 「ちょ、あまり強く引っ張らないで!痛いって!」 …明日辺り、腕だけ筋肉痛になりそうだ… 甘菓子店の中へ入ると、焼きたてのお菓子の香ばしく甘い匂いが僕達を包み込んだ。 大きく息を吸い込むと、お腹の中が甘い匂いに満たされて行き幸せな気持ちになってくる。 「甘いもの好きなんですか?」 そんな僕の様子を見てか、琥珀さんが僕の顔を見つめながら訊いてきた。 「大好きだよ、アイスとかケーキが特に好きかな。」 「なるほどなるほど…私も甘いものは大好きですよ♪」 嬉しそうに言いながら手帳の様な物にメモを取る琥珀さん。 「それはいいとして、何を注文する?」 空いてる席に座り、琥珀さんにメニューを渡す。 琥珀さんはメニューを受け取ると、一点を見ながらうーうー唸っている。 「…またどれか決まらないの?」 「いえ…気になったものがあるんですが…」 「どれ?」 「あ、いえ…別に欲しいとかそういうのではなくて…気になっただけなのですが…」 琥珀さんが見ている場所には、『期間限定!ロイヤルチョコレートバフェ!』と書かれたものがあった。 これが気になってるのか…いったいいくらなん… 値段を見たとき、僕の思考が一瞬停止した。 「気になってはいるんですが…いくらなんでも高すぎますよねこれ?」 「………」 「あの…アルトさん?」 「…ハッ!な、なんでしょうか!?」 「いや…大丈夫ですか?」 「あぁ…うん、大丈夫ですよ…それよりもこれにしますか?」 「え?…でも…」 「大丈夫ですよ、お金なら…」 そう言って財布の中を探るが、手応えがない。 中を確認してみると、ものの見事に空っぽだった。 …どうやらいろいろ買いすぎたようだ… 家に行けばお金はあるけど…この状況で取りに戻るのは格好悪いし…どうしたものか… 「うーん……」 「?どうしたんですか?」 「え?あ…いや…なんでもないよ…」 困った…本当に困った… どうすれば感づかれずにお金を手に入れれるだろうか… 何気なく琥珀さんの方を見てみると、何を考えているのかを探るかのように僕の顔を覗き込んでいる。 恥ずかしさと探られないように顔を逸らした瞬間、琥珀さんの悲鳴が響き渡った! 悲鳴のしたほうを向くと、覆面を被った男が琥珀さんの喉下にナイフを突き付けている光景が目に飛び込んできた。 「動くな!動くとこの女の命はねぇぞ!」 「いきなり何をするんですか!?離してください!」 「うるせぇ!ぶっ殺すぞ!」 「ひゃぅ!?」 恐怖に表情を歪ませ、今にも泣きそうになっている琥珀さん。 彼女は泣き顔もかわいいけど…本気で嫌がってる顔は見たくないね。 「早くこの袋に金を詰めろ!」 「わ、分かった…」 店員が、男が突き付けてきた袋にお金を入れ始めた。 …あの店員…前にどこかで見たような…? ……まあいいか…先ずは琥珀さんを助けないと。 「おじさん、馬鹿なことはやめた方がいいと思うよ?」 「あぁん?何だてめえは。」 「その人は僕にとって大切な人でね…彼女を放して貰えると助かるんですが…」 「離すわけねぇだろ!ふざけた事言ってるとてめえもぶっ殺すぞ!」 「放す気は無いんですか…貴方がそれでいいなら構いませんが…」 目を閉じて深呼吸をする。 次の瞬間、僕は相手を射殺さんばかりに睨みつけ冷たく言い放った。 「少しでも彼女を傷つけてみろ、貴様のその命は無いものと思うんだな。」 「ひぃ!?」 間抜けな声を発して怯える男。 その隙を突いて、琥珀さんが男の拘束を解いて此方へ逃げてくる。 …僕ってあんなに低い声が出せたのか…自分でもびっくり… 「琥珀さん!大丈夫かい!?」 「大丈夫じゃないですよ!すごく怖かったんですからね!」 そう言って僕に抱きついてくる。 彼女の方が背が高いおかげでずいぶんと妙な光景になってるだろうけど…琥珀さんが無事でよかった… 「…ん?その赤いのは…?」 「え?…あ、ちょっと切れただけですから平気ですよ。」 「少し切れただけ…か…」 琥珀さんの首には、男にナイフを押し付けられた時に出来たであろう傷が出来ていた。 傷口からは薄っすらと血が滲んでおり、赤い線が出来ていた。 「…忠告したはずですよね?少しでも傷つけたら命は無いと…」 「ぐぅ…」 「さぁ…お仕置きをしましょうか……あっ…」 「?どうしたんですか?」 「…槍…家に置きっぱなしだった…」 急いで飛び出してきたから大事な槍を置きっぱなしで来てしまった… 不味い、この状況は非常に不味い。 あれだけ言ってしまったからには引き下がれないし… 「ハッ!結局口だけじゃねえか!」 「何か…何かいいものはないか…」 「生意気な糞ガキに大人をからかうとどうなるかってのを教育してやらねぇとなぁ…」 「…ん?…そういえばこれがあったか…よし!」 ポーチの中には、普通なら入りそうに無い物が入っていた。 これがあれば…いける! 「くたばれやぁ!!」 男がナイフを振りかざし突っ込んでくる。 が、所詮は素人の攻撃、大きなミスさえなければそう簡単に当たるものじゃない。 さらに僕の方が相手よりも小柄な為、ちょっとした動きでも容易く回避が出来る。 何度も避けている内に、早くも男の顔に疲労の色が見え始めた。 「ちっ…ちょこまかと動きやがって…」 「で、大人をからかうとどうなるんですか?早く教えてくださいよ。」 「くっ…このっ!!」 掴み掛かろうとする男を飛び越し、男の背後を取る。 着地すると同時に、ポーチの中から巨大な鉄球付きの鞭を取り出し、男に向かって叩き付けた! 無防備な背中に強力な一撃を受けた男は、形容し難い悲鳴をあげながらカウンターを乗り越えて向こう側へ落ちた。 …しまった…飛ばす方角を思いっきり間違えた… どうしようか考えていると、店の奥から誰かが出てきた。 「あら、私にも楽しみを分けてくれるなんて随分親切ね?」 「げっ…店長…」 「何よその反応、私が出てきちゃ不味いのかしら?」 店長と呼ばれた人…もとい、魔物は店員の反応にやや不満げに答える。 まぁ無理も無いだろう、店長と呼ばれた魔物はダークエルフだったのだから。 …急にあの男がかわいそうになってきたよ… 「この男ね?マナーがなってないお客様は。」 「はい、思いっきりやっちゃってください…あ、鞭をどうぞ。」 「ありがとう、貴方もだいぶ気の利く子になってきたわね♪」 「店長の下で働けば嫌でもそうなりますよ…」 …これ以上は見ない方がいいだろう…そっちの世界には興味無いし… 「助けてくださってありがとうございます。」 「お礼なんていいよ、女性を守るのは男の役目だからね。」 あの事件の後、やけに肌がつやつやになった店長にここで待つように言われた。 派手に暴れてしまったせいでお店に迷惑をかけてしまったし、もの凄く目立ってしまったから早く帰りたいのだけど… それからしばらくして、どこか見覚えのある店員がこちらにやってきた。 「まさかお前に助けられるとはな…俺も落ちぶれたものだ…」 「えっと…グレイさんでしたっけ?」 「覚えられてたのか…まあいい、店長が礼と詫びの気持ち代わりにこれを食べてくれだってよ。」 僕達の目の前に出された物…それは期間限定品で目が飛び出るほど高く琥珀さんが興味を示していた物。 目の前にある物、それは紛れも無くロイヤルチョコレートパフェだった。 「これって…」 「ロイヤルチョコレートパフェ…」 「作ったはいいが値段のせいで売れなくてな、食べるついでに宣伝も頼むだそうだ。」 「あ、ありがとうございます!では頂きます!」 我慢出来なくなったのか、琥珀さんがチョコのかかったアイスをすくって一口で食べてしまった。 その瞬間、琥珀さんは目を見開き心から驚いた表情をした。 「こ…これは!?」 「「こ…これは?」」 「アイスが舌の上で甘く蕩け!ほんのりと苦味のあるチョコと絡み合ってお互いの味を引き立てあっている!」 「そんなにすごいのか…」 「まるで、母親に優しく抱かれて眠るような安心感と、愛する人に抱きしめられている時のような幸福感に包まれる!」 「なるほど…」 「そして!何よりも!!」 「「な…何よりも?」」 「…頭が凄く痛い…ガクッ…」 一通り叫んだ琥珀さんは、アイスの食べすぎで頭がキーンとなってダウンしてしまった。 あれだけ一気に食べればどうなるかって言うのは誰でもよく分かるでしょうに… もちろん、パフェは彼女が一口で食べてしまったのでもう残っていない。 …一口分くらい残してくれてもよかったと思うんだけどなぁ…僕も食べたかったのに… その後は、特に何もなく帰宅。 屋敷に帰ってきて直ぐにソファーへと倒れこむ僕。 今日はいろいろあって疲れた…出費も凄かったし… 「今日は楽しかったですねアルトさん♪」 「あんな事が遭ったのに楽しかったと言いますか…まあ、退屈はしなかったけどね。」 変化の術を解いて、文字通り羽を伸ばす琥珀さん。 流石に疲れたのか、大きな欠伸をして僕に覆い被さる様にもたれかかってきた。 「あ…あのー…この体制はちょっと恥ずかしいので離れて欲しいんですが…」 「お断りします♪」 「いや…そこで断られても…」 「あー…アルトさんに抱きついていると凄く落ち着きます…♪」 そう言って、僕を抱きしめて頬ずりをする琥珀さん。 この場を誰かに見られたらと思うと、恥ずかしさで頭が一杯になってくる。 「どうしたんですか〜?顔が真っ赤ですよ〜?」 「あぅ…こういうことは…ここでは…その…」 「なるほど、ベッドの中の方がいいですか…なら早速行きましょうか!」 「うわぁ!?し、室内で飛ばないで!掃除とか大変だし何より危ないから!」 なんか今日は振り回されてばっかりだったなぁ… だけど、たまにはこういうのもいいかもしれない…今ならそう思える。 なんていい感じにまとめようとしているけど、現在進行形でさらわれている僕が言っても説得力無いよね… その内、僕は考えることをやめた… 「…アルトめ…ワシ等が出かけておる隙にいちゃいちゃしおって…」 「どうします?襲いに行っちゃいますか?」 「たまには覗き見ながら慰め合うというのもいいものではないか?」 「…玩具なら…一杯持ってるよ?…」 その後、耐え切れなくなった彼女たちが乱入し、夜通し喘ぎ声が聞こえてくることになるが、それはまた別のお話…
11/04/06 01:04 up
スランプ状態 書けば書くほどグダグダになる展開=これ そんな感じの14話です。 投稿速度がどんどん遅くなって焦る割には働かない私の頭、どうしてこうなったのだろう… 次回はいよいよ新展開! かもしれません。 白い黒猫
|