70ページ:ヴァンパイア
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「…いかん、迷った…」
DL
こんな始まり方で申し訳ないが、我輩は今絶賛迷子中である。 何でこうなったかだが…あれだ、夜の散歩をしていたのだ。 迷わない様に森は避けて歩いていたのだが、途中で美味そうなきのこを見つけてな…それを拾い集めているうちに森の中に入ってしまっていたのだ… 「むぅ…先日も迷ったであるし…早く帰らないと怒られる程度では済みそうにないである…」 とは言っても…現在地が全く分からんからなぁ… とりあえずこっちに進んでみるか、歩いてればその内出れるだろう。 …結果から言うと森は抜けた…だが、抜けた場所に問題があった。 森を抜けて始めに目にしたものは、大きな屋敷だった… 大きさだけで言ったら、その辺の名も知らぬ貴族なんかが素足で逃げ出すほどだな。 しかし…こんな所に人間が好き好んで住む事もないであろうし…魔物がすんでるか誰もいないかのどちらかだろう。 等と思考を巡らせていると、背後の草むらが不自然な音を立て始めた。 「むっ?何者だ?」 「っ!?誰かいるのか!?」 …この声…どこかで聞いたような…? 「やれやれ助かっ……あっ…」 やはり以前蹴り飛ばした勇者だったか…こんな所までご苦労な事だ。 「貴様は…あの時の恨み忘れんぞ!」 「おっ?やるか?こっちは道に迷って気が立ってるのだ、ケンカなら倍の値で買うぞ?」 「よし分かった売ってやる……と言いたい所なんだがな…」 大きく溜息を吐き、頭を掻きながら続ける。 「やらねばならんことがあるから無駄に消耗できん、今回は引かせてもらうぞ。」 「やらねばならんことか…魔物退治か?」 「ヴァンパイアの撃退だ…何所にいるかは自分で探せって言われたがな…」 …いまさらだが、勇者の扱いがぞんざいであるな…そんなにぽんぽん現れるようなものでもあるまいに… それにしてもヴァンパイアか………ん? 「…森の中で確認されたのか?」 「物資の輸送をしてた者が見かけたらしい。」 「ヴァンパイアの住処って豪華だよな?」 「奴等曰く、ヴァンパイアは貴族らしいからな…今まで見てきた奴等の住居は無駄に豪華だった。」 「そうか………これじゃないか?」 そう言って、親指を立てて後ろを見るように促す。 「…まさかこんなに早く見つかるとは…」 「良かったであるな、それじゃあ我輩はこれで…」 「まてい。」 この場から離れようとしたとき、頭を思いっきりつかまれた。 「な、なにをする!?」 「ここまで喋らせて無事で帰れると思うか?」 「…はっ!?まさか貴様…」 「悔しいが、貴様は相当腕が立つからな…戦力は少しでも多く欲しい。」 「いやいやいや、我輩は貴様等から敵視されてるのだぞ?それに、早く帰らんと何をされるか…」 「そうか…出来次第で報酬を増やそうとも考えていたのだがな…最後までしっかりやってくれるなら森の外まで案内もしようと思ったのに…あぁ残念だ。」 「対ヴァンパイア用の道具は…無いか…まぁなんとかなるだろう。」 「…お前それでいいのか?」 仕方が無いだろう!報酬は別として、森の外まで確実に出れるとなったら協力するしかないだろう!! あぁ…方向音痴なのが悔やまれる…何で我輩が勇者の手伝いなぞせねばならんのだ… 「それとだ…俺の名は貴様じゃなくてレオンハルトだ。」 「レオンハルトか…我輩は…」 「鉄輝だろう?アルマとセレンがお前の事を楽しそうに話してたからな。」 「あの姉妹がか…想像出来ん。」 「あの二人に戦場で出会った奴なら皆そう言うさ。」 妹の方は一度戦ってるな…全く歯が立たなかったが… 姉の方はわからん…だが、あの妹の姉なのだ…大体の予想はつく… 「…そのことで一つ警告だ…あの二人に隙を晒すなよ?」 「むっ?どう言うことだ?」 「実はな…お前を捕らえて飼いたいとか言ってたのを聞いた…」 ……なんで我輩の周りっていろいろとおかしいのが集まるのか… 大体、我輩をペットにすることに何の得があると言うのだ?そんなことしても面倒が増えるだけであろうに… 「無駄話はここまでにして行くか…」 「今日は厄日だ…うぅ…」 「…やけに静かだな…」 「寝てるんじゃないであるか?」 「そんなわけないだろう……ないよな?」 「魔物の行動を人間が予測できるとでも?」 「…寝てたら面倒なことになりそうだ…」 人間にも夜型の者がいるように、ヴァンパイアにも昼型の者もいるかもしれないだろう?……我輩はいないと思うが。 屋敷に侵入したのはいいが、外見とは裏腹に中は酷い状態だった。 床や家具は埃塗れ、天井にはクモの巣が張られ、窓に至っては汚れが酷くて月明かりすら分からない状態だ… かつては室内に彩を飾っていたであろう花瓶も薄汚く汚れ、触ると崩れるほどに乾燥した花だったものが入っている… …本当にここに住んでいるのか? 「…なんと言うことだ…」 「もしかしたらここにはいな…」 「輝、掃除をするぞ。」 ………はっ? 「な、何を言って…」 「あぁもうがまんならん!そっちはそっちで掃除しててくれ!」 そう言って、奥の方へと行ってしまった… あいつ綺麗好きだったのか…人間は見かけによらないものだな… はぁ…ヴァンパイアを探すついでに掃除に使えそうなものも探すか…まったく、何でこんなことをせねばならんのだ… 「こっちの部屋は…何もないな……後のあの部屋だけか。」 探索自体はそれほど時間は掛からなかったな、目ぼしい物も何もなかったが… 掃除もちゃんとやってるぞ?やるからには塵ひとつ残さん。 我輩が他人の言う事を聞くなんて珍しい…読者諸君は皆そう思っていることだろう。 …ここだけの話なのだが…奴…レオンハルトの殺気が凄かったのだ… あの時の奴の鋭い眼差しはまるで勇者のようだった…あれでも本物の勇者なんであるが。 っと、雑談をしてたら着いたな。 先ずは隙間から覗き込んで… ……………… …すまん、ちょっとだけ意味の分からん事を口走るかもしれない。 部屋の中には、埃をかぶった棺桶と非常に大きな容器…ミルクとかを入れたりするあれの巨大版だな…それだけがある。 その容器と棺桶が細長い紐みたいなもので繋がっているという、何とも言えない奇妙なものが見えるな… …いや、本当に何だこれ。 「こんな所にいたか、掃除は終わったのか?」 「後はここだけだ……それより、ちょっと来てくれ。」 「ん?なぜだ?」 「いいから。」 首を傾げつつ我輩の隣まで来て、我輩同様に中を覗き込む。 暫く固まっていたが、中を覗いたまま徐に話しかけてきた。 「…何だあれ?」 「分かってたまるか…確かめてみるか?」 「その方が良さそうだな…」 レオンハルトを盾に……じゃなくて先頭に部屋へと入る。 うわっ、埃だらけじゃないか…喉を痛めそうだ… 一応床とかを確認したが、明らかに人間ではない足跡が見つかったな。 となると、あれの中に何かがいるのはほぼ確定だろう… 「…開けるぞ?」 「…うむ。」 恐る恐るといった様子でゆっくりとあけると……… 紐のような物を銜えたヴァンパイアが寝ていた… 「「…………」」 レオンハルトが無言で棺桶をひっくり返し、中からヴァンパイアが転がり落ちた。 「ふえっ!?な、何!?何が起き………何だ貴様等、私の睡眠を邪魔するとはいい度胸じゃぶっ!?」 立ち上がった所にジャーマン…あれは痛そうだ… と言うか、無言で技をきめるのはどうかと思うぞ…いくら魔物でも、受け身が取れんと危ないと思うのだが… とりあえずだ…放してやったほうがいいのではないだろうか…スカートの中が丸見えであるぞ… 「くっ…なんで私がこんなことを…」 「何か言ったか?」 「掃除は楽しいなと言っただけだ。」 今、我輩の後ろでヴァンパイアが掃除をさせられているというおかしな事が起こっているである… あの後、怒り狂ったヴァンパイアが果敢に挑んだのだが、日頃の運動不足のせいでレオンハルトに投げられまくっていたな… 彼女があそこで何をしていたかだが………まぁ細かく言うまでもないな、使用人さらって来るのが面倒で何もしたくなかったそうだ。 そして、日々の怠けが身を結んだ結果があれだ…貴族とはなんだったのか… 「お、終わった…」 「ふむ…やれば出来るじゃないか。」 「ふん!私は人間なんかとは違うのだよ人間なんかとはな!」 「その人間に投げられて泣きそうになってたのは何所の誰だ?」 「うぐっ…以前の力を取り戻せればお前なんか一捻りで…」 「なら筋力トレーニングだな、軽く腕立て百回いっとくか。」 「えっ!?い、いや…その…き、今日のところは勘弁してやらんでも…」 「その辺にしてやれ、無理に体を動かしても良い結果は出ん…バランスの良い食事と適度な運動と十分な休息…これだけでも十分であるぞ。」 「そうか…ならここまでにするか。」 「食事を作ったから食べるぞ、ほら席につくである。」 綺麗になったテーブルに料理を並べていく…このテーブルも酷く埃をかぶっていたが、綺麗に拭くとこんなにも変わるものなのだな。 今回の献立は、水で戻した干し肉と新鮮な野菜…そして、拾ったキノコが沢山入ったシチューである。 キノコを入れる前に味見をしたが、中々美味く出来たぞ。 「…料理出来たのか。」 「元々一人旅をしていたからな、旅先でいろいろな物を食べたりしている内に味付けの仕方とかを覚えて、試しにやって成功してから出来るようになったである。」 「全く出来なかったことをいきなり出来るようになるってのも凄い話だな…生まれる場所が違っていたら勇者にもなれたかも知れんな。」 勇者か…頼まれてもなりたくはないな。 我輩は今の生活が気に入っているであるし、仲魔と一緒にいられなくなるというのは考えたくもないである。 …ここだけの話にして欲しいが、仲魔がいたからこそここまで来れた…我輩はそう思っている。 いなかったらその辺の魔物にさらわれてるであろうからな…こうして旅が出来るのも皆のおかげである。 …柄にもない事を言ってしまったな…今のは忘れてくれ。 「美味そうな匂いがするが…大丈夫か?」 「大丈夫だ、問題ない。」 「何でも良いから早く食べさせてくれ…こき使われて腹が減ってるんだ。」 「こいつは本当に貴族なのか?…まあいい、頂くとしよう。」 そう言って食べ始める二人………本当に食べてしまったのか? 「むっ!美味い!」 「に、人間にしては中々やるじゃないか。」 ふむ…味は美味いか…… 「これならいくらでも食べれるな!」 「…普段どんなものを食べてるのだ?」 「保存食だな…支部にも食堂はあるが、味が酷いんだ…」 「苦労してるのだな…」 「ハムッ!ハフハフ!ハッフ!」 「…ヴァンパイア…だよな?」 「魔物にも変わり者はいるのだ、割り切らんと体がもたんぞ。」 なんてやり取りをしている間にあっという間に完食されてしまった…作った者としては嬉しい限りだな。 さて、あのキノコはどんな効果があるのやら…くくく… 結果は後で書かせてもらうか…まだやらねばならんことはあるからな。 〜今日の観察記録〜 種族:ヴァンパイア 彼女達に吸血され続けていると、魔物の魔力が体内に貯まってインキュバス化するようである。 そうなると、彼女達の見下してきた『人間』ではなくなり、彼女達と同じ『貴族』として扱われることになる。 また、彼女達は貴族に相応しいと思った人間の女性を襲うこともあり、襲われた女性は彼女達と同じヴァンパイアへと変わってしまうようだ。 「キノコぉ!キノコ気持ち良いのぉ!」 「うぐ…も、もうもたん…」 「出して!私の中を貴方の胞子で一杯にしてぇ!」 …後で調べたのだが、あのキノコはマタンゴモドキというものだったようである。 効果は特に魔物に強く出るようだが、思考がぼんやりとするらしい。 ただ、味は本当に美味しいらしいな…男が食べた時の効果はそこまで酷くないようなので、見つけれたら採取しておくか。 …ところで、我輩は何時帰れるのだろうか…もう日が出始めてるのだが… 確実に怒られるな…泣けるである… |