54ページ:デュラハン
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『本日の日の変わる頃に貴様をさらいに来る、準備をして待っていろ。』
DL
「…………」 日誌を開いてみると、こんな感じの手紙が挟まっていた。 こんな事は人間や普通の魔物はしないな…するとしたらデュラハンという魔物だろう。 我輩の記憶が正しければ、彼女等は男をさらいに来る日時を指定してくる習性があったはずだ。 それにしても…さらわれる準備って何をすればいいんだ?大人しくさらわれるような輩なんていないだろうに… そう言えば、デュラハンから逃げ切った者は一人もいないとか言われているが本当なのだろうか? …試してみるか…久々に学者としての探究心に火がついたである。 「弥生ー、ちょっといいであるかー?」 「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン…っと、輝はん何か用か?」 「ちょっと欲しいものがあってな…」 「あいよー、特別に安くしとくよー。」 「すまんな…それで欲しいものは………」 誰も成し得なかった事に挑戦するのだ、ちょっと位備え過ぎても良いだろう。 道具の調合や作成もやっておかないといかんな…いかん、何だか楽しくなってきたぞ。 そして約束の時刻…我輩は今、泊まっている宿の屋根の上にいる。 何故屋根の上か?視界を遮るものが少ないと言う事と、逃げる際の選択肢が多いというのが理由であるな。 しかし…やけに静かであるな…今にも何かが起きそうだ… 等と考えていると、突然目の前の空間に黒いものが渦巻き、その中から何かが現れた。 禍々しくも美しい意匠が施された鎧を身に付け、手には使い易そうな長剣が握られている。 ふむ…確かに、首が乗った状態だとどんな魔物か以前に魔物だと気づけなさそうであるな…登場の瞬間を見れたから我輩は分かったが… 彼女がデュラハンと見て間違いないだろうな、雰囲気たっぷりの登場まで見せてくれたし。 「貴様が鉄輝だな?」 「いかにも、我輩が鉄輝である。」 「フッ、逃げずにいたのは褒めてやる、一緒に来てもらおうか。」 「誰が逃げずに待っていたと言った?今から逃げる予定だ。」 「面白いことを言うな…私から逃げられるとでも思っているのか?」 「今からその不敗神話を打ち崩して見せよう…喜べ、貴殿の為にいつもの三倍位念入りに準備したのだぞ?」 「それは光栄な事だな…ならば、私も全力で追わないとな?」 彼女がそう言った直後に我輩は屋根から飛び降りた。 我輩が捕まるか…それとも逃げ切るのか… 「「…楽しい楽しい鬼ごっこの始まりだ!」」 奴が落とした紙切れ……手に持った瞬間に、無性に今の状況を書きたくなってしまった… 呪われている訳でもないし特別な魔法もかけられていない…いったい何故だ? まぁそんなことはどうでもいい、重要なことじゃない。 ククク…私に捕まった奴の絶望する顔がもう直ぐ見られると思うと濡れてくるな… 「さぁて何処に……ん?」 家と家の間に置かれている木箱…その後ろに僅かに動くものが見える。 あれで隠れたつもりか?馬鹿にされたものだ。 まぁいい、ちょっと脅かしてやるか。 奴の目の前に現れた時のように闇を集め、その中へと進んでいく… 闇から出ると、私に無防備な背中を晒す鉄輝がそこにいた。 ククク…全く気づいていないな…まぁ無理もないだろう、私達デュラハンからは決して逃げることなど出来ないのだから… そのまま奴の直ぐ後ろで屈み込み、両手で奴の目を覆い隠して耳元で囁く… 「捕まえたぞ?威勢のわりには随分とあっけなかったな?」 奴からの反応はない…驚きすぎて声も出ないのか? さて、早速連れ帰ってたっぷりと……ん?やけに軽いな? それに…暖かさが全く感じられない…これはいったい…? 「こんなにあっさり捕まると思ったか?フェイクに決まってるであろう。」 私が抱き抱えた何かから声が発せられたと同時に、玉のような物が転がり落ちた。 何かを置いて玉を拾おうとした直後、視界が真っ白に染まった。 「ぐあぁぁぁ!?目がぁぁぁ!目がああぁぁぁ!!」 突然の閃光によって大きく仰け反る…そして、自身が落ちて行く様な感覚… 「しまっ!?」 頭を抑えようとした時には既に遅く、後頭部に軽い衝撃と高速で回っている様な気持ち悪さが伝わってくる… 視界は未だに白く染まったまま…地に這い蹲って手探りで探す… 自分の頭を見つけだし、元も位置に戻す事には少しずつ視界が戻っていき、何とか立ち上がれるまでに回復していた。 「ぐぅ…やってくれるじゃないか…」 無防備だったのは私の方か…こうもしてやられるなんて… まだ精には余裕があるとはいえ、この調子では瞬く間に空にされてしまうだろう… 噂はあまり当てにならないな…噂以上に厄介じゃないか… 早く捕まえてイチャイ…じゃなくて、精の補充をしないと… この何か…よく見たら奴そっくりの人形なんだな…並べられたら見分けがつかなそうだ。 ………もって帰ってもいいのだろうか?ばれない…よな? …えへへ… 第一の罠に掛かったのを確認、次の行動へ移る。 罠を仕掛けたら屋根の上で待機、掛かったら次の罠を仕掛けるの繰り返しで弱って抵抗する力がなくなった所を後ろから抱き着いて捕まえる、ついでに胸も揉む。 完璧だ、完璧過ぎる。 我輩の知略の前に成す統べなく翻弄されていく姿を見るのがこんなにも楽しいとは…癖になりそうであるな。 何?汚いだって?汚いは褒め言葉である。 ただ一つ問題があるとすれば、我輩の居場所が見つかった場合は作戦を一から練り直さなければいけないという… 「こんどこそ捕まえたぞ。」 そんな声が聞こえて振り返った直後に抱きしめられ、我輩の頭がデュラハンの胸に挟まれた。 男としては嬉しい状況だろうが…この状況は非常に不味い… 「私から逃げるなんて出来るわけがないだろう?抗うだけ無駄だ。」 「むーっ!んむーっ!」 「こ、こら!暴れるんじゃない!落ちたらどうするんだ!?」 …そうか、その手があったな。 我輩はデュラハンの足を蹴り、バランスを崩したところを一気に引っ張った。 「うわっ!?」 彼女諸共屋根から転がり落ち、地面の上に激しく叩きつけられた。 拘束が緩んだ瞬間に抜け出し、逃げようとするが… 「ぐぅ…あ、頭がまた…」 …このまま逃げれば何とかなるかも知れんが…流石にこのままはかわいそうだな。 それで頭は何処に… 「暗いよー!怖いよー!うわぁぁぁぁぁん!!」 「…………」 隅の方に置かれている壷からなんとも情けない泣き声が聞こえてくる。 頭が取れると精と共に押さえ込んでいた感情や本音が出ると聞いていたが… ……とりあえず出すか。 「あぅ…やっと明る…ふぁっ!?」 「………」 「な、何によ?言いたい事があるなら…」 「………ふっ。」 「ッ!?わ、笑わないでよ!」 なんと言うか…中々可愛いではないか。 さっきは胸を揉むとか言ってたが、そんな事よりも愛でたくなってくるであるな。 …何かを忘れているような…? 「おっと。」 「ちっ…避けられた…」 我輩に抱きつこうとした胴体を避け、表の方へと走り出す。 「待って!頭は返して!」 「むっ?分かった。」 「だからって投げるなぁ!」 注文が多いな…まぁいい、まだまだ夜は長いのだ…全力で逃げようか。 そう思って表へと出た瞬間、一瞬だが嫌な予感がした。 なんと言うか…ここに止まってはいけないような… 「さっきはよくも…」 もう立ち直ったのか…体力的にもちそうにないから少し休みたいであるのに… ゆっくりと歩み寄ってくるデュラハン…彼女に雰囲気に圧倒され思わず我輩も後ずさってしまう… ……やはり嫌な予感が…… 「覚悟は出来てるん…」 「…ッ!?伏せろ!」 「その手には乗らんぞ!」 「ちぃっ!」 咄嗟に手を伸ばし、飛んできた物を受け止める… 飛んできた物は我輩の手を貫通し、デュラハンの頭に当たる寸前のところで止まった。 これは…矢か?先端部に毒々しい色の液体が付着しているようだが… っと、じっくり観察している場合ではないな、早くしないと逃げられてしまう。 「えっ?…矢が…手に…えっ?」 「混乱してる暇があったらあれを捕まえてきてくれ!我輩では足止めくらいしか出来ん!」 「…ハッ!?わ、わかった!」 「…さて…当たってくれよ?」 彼女が走り出したのを確認し、懐から弓矢を取り出して構える。 凄く遠くの木の陰に何かがいるのが見える…多分あれだろうな。 引けるだけ引き絞り、何か目掛けて矢を放つ。 放った矢は吸い込まれるように何かの方へと飛んでいった………あ、何かが倒れた。 我輩の弓の腕も少しは上達しているのだろうか?この調子でさらに上達させたいであるな… いかん…凄く眠くなってきた…少しだけねよ…う…… 「………んっ…ここは…?」 「目を覚ましたか。」 ここは…宿の中か?我輩は外で寝たはずなのだが…デュラハンが運んでくれたのだろうか? そう言えば…我輩が射抜いた奴はどうなったのだろうか? 「貴様が射抜いた奴は他の魔物に持っていかれたぞ。」 「そうか…」 「奴が狙っていたのは貴様だったらしい、風に流されて私の方に飛んできたようだが…」 我輩…刺客を送られるほど怨まれる様な事をしただろうか? 心当たりなんて………少ししかないである。 「…結局、貴様を捕まえる事は出来なかったな…」 「何故我輩が寝ている間にさらわなかったのだ?」 「私には騎士としての誇りがある…正々堂々と正面からさらってこそ意味があるのだ。」 「そうなのか…」 「……まぁ、さらわない代わりに失った分の精は補充させてもらったが…」 「…何だって?」 ということはあれか、我輩が寝ている間にアレコレされてしまったのか。 何てもったいないことを……ゲフンゲフン… 「…今回は引き分けと言うことにしないか?」 「どういうことだ?」 「今回は邪魔が入ってしまったが、いつかまた我輩に挑みに来てくれないか?我輩もこんな勝ち方では納得できん。」 「…そうだな、次ヤる時は貴様の反応を楽しみたいからそれでかまわんぞ。」 「我輩が捕まる前提なのか。」 「私からは逃げられん…貴様なら尚更だ。」 「む?どういうことで…」 我輩が言いかけている途中で、デュラハンが自分の首を外した。 そして、ベッドの上で横になっている我輩に顔を近づけ、口付けをしてくる。 「んっ……あんただけは絶対に逃がさないから…覚悟しなさいよ?」 そう言って、デュラハンは闇の中に消えていった… 引き止めようと手を伸ばそうとしてみるが、何かに縛られているかのように動かせなかった… …というか、本当に動かせないである。 「んぅっ!…輝…何処を触っておる…」 「お、桜花?そんな所で何をしてるであるか。」 「輝がゆっくりと寝れるようにとアレクシアや弥生が近づけないように巻きついてるのじゃ。」 なるほど…桜花が巻きついていたから手を動かせなかったのか… …それで、我輩は何処を触ったのだろうか… 「襲ってしまわないように我慢しておったのに…もう辛抱堪らん。」 「悪かった、謝るから勘弁して…」 「嫌じゃ、たまには輝を独り占めしたいしの。」 「うぅ…お手柔らかに頼むである…」 「安心せい、ゆっくりと時間をかけて愛してやるからの…♪」 一難去ってまた一難…どうやら、我輩の眠れない夜はまだまだ続きそうだ。 …嬉しいことは嬉しいが、何処まで体がもつか… 〜今日の観察記録〜 種族:デュラハン 首無し騎士とも呼ばれるアンデッド型の魔物で、胴体と首が繋がっていないと言う特徴がある。 首が外れると活動するのに必要な精と共に彼女達の本音などが漏れ出し、戦闘の際はこれを利用することで戦闘を終わらせることも可能ではあるな。 ただ、そんなことをすれば間違いなく精の補充のために彼女達に襲われることになるので、その辺りの覚悟が出来ていない場合はやらない方がいいだろう。 〜今日の秘密道具〜 道具:手作り人形 アラクネに教わった裁縫を駆使して作った人形である、等身大からデフォルメまで幅広く作れるぞ。 リャナンシー仕込の人形操作術を使って動かす事も出来る、日誌内でも何度か使ってるな。 戦略の要から交渉の切り札まで出来ないことはそんなにない便利なものである。 |