50ページ:正体不明
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「…一つだけ聞いてもいいかしら?」
「答えられる範囲内ならかまわんであるぞ。」 不意に立ち止まり、我輩にそう話しかけてくる主催者の女性。 何か不安なことがあるのだろうか…流石の我輩でも、女性を盾にしてまで魔物の観察をしようなんて思ってないであるぞ。 「貴方は…魔物と番になることに抵抗は無いの?」 「あるかないかで言ったらないであるな…人間の女性の汚い部分を見過ぎたせいかも知れんがな…」 全ての人間の女性が同じく汚いわけではないだろうが、我輩と係わろうとするものは大体がろくでもない奴だったからな… この前の襲撃者はだいぶまともだった方だな……あれがまともに見えてしまうというのが悲しい所だが。 「まぁ、我輩は人間よりも魔物に興味がある…ということだけ覚えていてもらえれば問題は無い。」 「そう…もうすぐここの主がいる部屋に着くわ、覚悟を決めた方がいいわよ。」 彼女はそれだけを言うと、やや早足で奥へと進んでいく… ……我輩の予想が正しければ…そういうことなのだろうな… 何時までもここで突っ立っているわけにもいかんだろう…先に進もう。 この遺跡の主がいると思われる部屋へとたどり着く。 部屋の中には所狭しと財宝や珍しい道具が積まれており、下手に触ると崩れてきそうである。 さらに奥に続く扉が見えるが…寝室か何かだろうか? そして、部屋の中には主らしき者はおらず、主催者の女性がいるだけ… 「…貴殿がここの主か。」 「ええ…もっとも、貴方には気づかれてたかもしれないけど。」 「気づいたのは今さっきである…まぁ、我輩は貴殿が何故こんなことをしたのかよりも、どんな魔物なのかに興味があるがな。」 「そうね…ここまでたどり着いたのだもの、正体を隠したままなんて失礼よね。」 そう言うと、聞き取れないほど小さな声で何かを呟く。 その直後に目が眩むほどの光が彼女から発せられ、咄嗟に手で目を覆った。 暫くすると光が徐々に弱くなっていき、彼女を直視出来るようになった。 上半身は先程までの面影が残っている…が、肌の色が青白く変色し、髪の一部が蛇へと変化している。 最も変化しているのは彼女の下半身…蛇を思わせるような長く太いものへと変わっているな。 多分彼女はエキドナ…ラミアの上位種にあたる魔物だろう。 「その姿…エキドナか?」 「えぇそうよ…怖い?」 「長いものに巻き付かれるのには慣れているからな、恐怖や嫌悪感はまったく感じないである。」 「そう…なら丁度いいわね…」 静かに我輩の方へと近づき、我輩の頬にそっと触れる。 「…私の夫になってちょうだい。」 そのまま目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけてくる… が、途中で彼女の動きは止められた。 「魅力的な話であるが、それは出来ないである…」 我輩が彼女の顔を手で止めたからだ。 何も無い状態なら喜んで受ける所だな、エキドナと暮らしていれば多くの魔物を見ることになるであろうし。 だが、今の我輩は旅をすることも楽しんでいる…自分の足で魔物を探し、観察をするのが楽しくてたまらない。 …何よりも、我輩の帰りを待ってる者達がいるであるからな。 「あら?最後の一人は結婚するんじゃなかったかしら?」 「む?首を吊って終わりではなかったか?」 「そうだったかしら?…でも、出来ないと言われて諦めるほど往生際はよくないわよ?」 彼女の金色に輝く瞳が、我輩を見据える… 蛇に睨まれた蛙とはこのことか…下手に動くとぱっくり行かれそうである… 「どうしても行くと言うなら、私を倒していきなさい。」 「…どんな方法でも勝てばいいのだな?」 「私が一方的に不利なもの以外ならいいわよ。」 「ふむ…酒はあるか?」 「沢山あるわ…飲み比べでもするの?」 「我輩が魔物に勝てるものといったらそれくらいしかないしな…」 「ふふっ…これでも結構いけるわよ?」 「上等っ!」 〜一時間後〜 「へぇ…ジパングからねぇ…」 「あの頃は目に映るもの全てが新鮮だったであるな…」 「私は旅をしたことが無いから分からないわね。」 「いいものであるぞ?偶に死に掛けたりするがそれもまた一興である。」 「…やっぱり私には旅の良さが分からないわ。」 あれから一時間、飲み比べの文字は影も形も無くなり、ただの世間話へと変わっていた。 最初の内は酔い潰そうと意気込んでいたが、エキドナ殿は何時までたっても酔い潰れそうに無かった。 我輩のとっておきの酒を取り出した辺りから趣旨が入れ替わってしまい、今ではすっかり打ち解けてしまっている 蛇だけにうわばみとは…っと、これ以上は言うまい… 「実際に旅をしてみれば分かると思うぞ?」 「そうね…一応考えておくわ。」 「我輩も元々一人旅だったのだがな…いつの間にか魔物五人と旅をすることになるとはな…」 「えっ?旅の仲間って魔物だったの?」 「言ってなかったであるか?」 「仲間がいるとは聞いてたけど…だから断られたのね。」 何だかよく分からないが一人で納得しているな… 仲魔がいるとは言っていたのだが…魔物のと付け足した方がよかったか? 「分かったわ、今回は諦めるわ。」 「うむ……うむ?今回は?」 「貴方が私を妻として迎え入れたくなるように自分磨きの旅をするわ!」 「今のままでも十分過ぎるほど魅力的だと思うが…というより、貴殿なら我輩よりも優れた男を…」 「貴方にしかない魅力があるのよ…分からないの?」 「魅力か…金も無い、背も低い、顔も特別良い訳でも無いし性格も捻くれている…良い所なんて見当たらんぞ?」 「…貴方の仲間も苦労してそうね…」 むー?何が何だかさっぱり分からん… 何故そこまで我輩に拘るのだろうか…我輩なんかよりいい男ならいくらでもいるだろうに… 「…一つ聞いていいかしら?」 「むっ?何であるか?」 「さっきから私の胸を見てるけど…触りたいの?」 「魔物の胸は我輩にとって宝である、大小関係なく愛でるべきである。」 「触ってもいいわよ?」 「……いいのか?」 「えぇ…むしろ、貴方になら触ってもらいたいわ。」 …今回は予想以上の収穫であるな… とはいえ、彼女が理想の夫とヤる時の事も考えて控えめにしておいたほうがよさそうであるな… 本音?自分色に染め上げてしまいたいに決まっているじゃないか。 だが、我輩のような男にはもったいな過ぎるである…それを言ったら琴音達もそうなのだが… 「ふふっ…さあいらっしゃい…」 「うむ……おぉ…」 触れた瞬間に思わず声が出てしまう…そんなにない経験であるな… 突きたての餅の様な柔らかさだが、適度な弾力があって揉み応えがある。 触れた手を離せない…離す事を躊躇ってしまうである… 「んっ…噂通り中々上手ね。」 「えっ?噂?」 「貴方に胸を揉まれた娘皆胸を弄られるのが大好きになっちゃうって噂…本当だったのね。」 何時の間にそんな噂が… 「ねぇ、触るだけじゃなくて…」 「むぅ…それ以上先はいかん…我輩の理性が…」 「我慢出来なくなってもいいわよ…ほぉら…」 「わっぷ…」 エキドナ殿に抱き寄せられ、彼女の胸の谷間に挟まれる。 直後、男を惑わせる甘い香りがし、我輩の胸の中を埋め尽くしていく… しかし、その香りは情欲に狂わせるようなものではなく、不思議と心が落ち着いていく優しい香りだった… まるで母の胸に抱かれているような…そんな気持ちになってくる… いつの間にか、我輩の目からは涙が流れ出していた… 「……」 「どうしたの?触らないのかしら?」 「………もう少しだけ…このままで…」 「…本当にどうしちゃったの?」 「今は亡き母上を思い出してな…故人を思って涙を流す事など無かったのだがな…」 最後に泣いたのは何時だったか…忘れてしまったであるな… エキドナ殿はそんな我輩を見て微笑み、我輩の頭を優しく撫でてくれた。 「今日はこのまま休むといいわ。」 「流石にそこまでは…」 「襲ったりはしないから…ね?」 「しかし……いや、エキドナ殿の厚意に甘えさせてもらおうか…」 「それじゃあ奥の部屋へ行きましょうか。」 エキドナ殿に抱き抱えられ、部屋の奥へと運ばれていく。 今思えば随分と我輩らしくない考えだったと思うが、偶にはこういうのもいいだろう。 仲魔には知られないようにしたいであるな…からかわれたり搾り取られるのは勘弁である… 「おはようアヌビスちゃん。」 「エキドナ様!あの男は何処ですか!?」 「あー…昨日はすまなかった。」 「せっかく時間を空けたというのに無駄になってしまったじゃないか!」 流石に何も言わずに放置したのは不味かったか… とはいえ、あの状況で言いに行くなんて出来なかっただろうし…不可抗力と言うことで許してもらえ……ないだろうな。 「あ、私旅に出ることにしたからここの主アヌビスちゃんにお願いするわね。」 「えっ!?」 「管理とか大変かもしれないけど、アヌビスちゃんなら何とか出来るって信じてるわ。」 「えっ!?えっ!?」 見る限り相当混乱しているようであるな… 想定外の事態に弱いとは聞いた事があるがこれほどとは… …これは使えるな。 「い、いきなりそんなことを言われてもどうすれば…」 「旦那と子作りをすればいいのではないか?」 「子作り…そうだ、子作りをしよう…子作り…ふふっ♪」 子作り子作りと呟きながらアヌビスはどこかへ行ってしまった… 被害を受けるのは同行者だった男だろうが…別にいいか。 「スフィンクスちゃんにも一言言って行こうかしら。」 「やめておこう、せっかくの夫婦のふれあいを邪魔してはケンタウロスに蹴られてしまうであるぞ。」 「そうなの?じゃあやめておきましょうか。」 ここだから言える事だが、情事の最中に出くわしたらエキドナ殿が発情して襲い掛かってきそうだから止めたのだがな… 昨晩も襲われはしなかったものの、やたらと密着してきたり唇を奪ってきたりしたであるからな… 「…暫くの間お別れね…」 「他にいい男を見つけたらそっちとくっつく事をお勧めするぞ。」 「絶対にないから安心しなさい…っと、これをあげるわ。」 そう言って、懐から何かを取り出した。 これは……首輪? 「えっと…」 「それを持っていてくれればどんなに遠くにいても貴方の場所が分かるわ。」 「付けたら外れなくなるとかは?」 「ギクッ!?そ、そんなことはないわよ!」 「………」 何で我輩が出会う魔物はこうも分かりやすいのか… しかし…つけると外せなくなるか… 我輩は何を血迷ったか、渡された首輪をはめた。 いや…別に血迷ったわけではないが、周りからしてみれば血迷ってるようにしか見えんしな… 「えっ!?はめちゃったの!?」 「ふむ…本当に外れないな。」 「まさか…それを確認するためだけに…?」 「それもあるが…せっかくの贈り物を無下にするなんて出来ないのでな。」 「…呪いは解いておくわ…そんなことしなくても大切にしてくれそうだもの。」 エキドナ殿が軽く首輪に触れると、首輪が淡い光に包まれた。 すると、はめてからはびくともしなかった首輪が外せるようになった。 まぁ、意外とこの首輪が気に入ったからつけたままでいようか。 「ふふふ…次に会う時が楽しみだわ。」 「道中気をつけてな。」 「私は大丈夫よ…貴方は大丈夫?」 「大丈夫だ、問題ないである…さらばだ!」 「あっ…行っちゃったわね…」 あまり長居をすると我輩でも別れが惜しくなってしまうだろう… 彼女がまた我輩に会いに来てくれるというならいくらでも待とうかな。 …偶には誰かに甘えると言うのもいいものであるな… 〜今日の観察記録〜 種族:エキドナ ラミアの上位種にあたる魔物で、魔物の中でも特異な性質をもつ魔物であるな。 彼女が生む子の中で、同種のエキドナが生まれるのは最初の一度だけらしい。 その後はエキドナ以外の魔物が生まれるらしいが、どんな魔物が生まれてくるかは分からないようだ… 「………まぁ、こうなるって分かっていたさ。」 あの時は失念していた…我輩が重度の方向音痴だということを… 気がついた時には既に遅く、目印になるようなものも何もない砂漠のど真ん中で迷子になっていたである。 「何でいつもこうなるんだ!ちくしょうめぇぇぇぇぇ!!!」
12/12/27 23:05 up
DL
大掃除等で腰を痛めて更新が遅れてしまいました(´・ω・`) 次週はお休みして再来週に上げさせていただきます。 皆さんよいお年を、来年も観察日誌をよろしくお願いします。 白い黒猫 |