「んっ…んっ……ぷはぁ！」
「…あの客…凄い飲みっぷりだな…」
「店主の顔見てみろよ…笑顔が引き攣ってるぜ。」

咎められる事無く酒が飲めるというのは大変素晴しいことであるな！
味で言ったらアカオニとアオオニが出してくれる酒には到底敵わんがな…これはこれで美味いが。
まぁ、この辺でやめておいたほうがいいだろう…店主の笑顔が怖いである…

えっ？琴音達に怒られないかって？今日のは奢りだからいいのである。

「わ…私のお小遣いが…」
「ちょっとばかり飲み過ぎたのはすまなかったとしか言えんが、奢る相手を間違えるとこうなるであるぞ。」
「見ていて気持ちの良い飲みっぷりだったので、少ししか気にしてませんよ。」

それでも気にしているのか…次からは気をつけようか…

さて…我輩が何をしているのかというと、今日からしばらく遺跡を攻略しに行く予定なのである。
話を持ちかけてきたのは目の前にいる女性、長身でスタイルも良く整った顔立ち…簡単に言うと美人であるな。
…先に言っておくが、純粋に遺跡に興味があっただけであるぞ？後は、珍しい魔物が見れると聞いたのも理由の一つである。

ついでに言うと、今回の遺跡探索にはもう何人かが参加する予定らしいであるな。

我輩と彼女を入れて11人…その内の一人は近くの席で豪快に食事を取っているが、他の参加者はまだ来ていないようだ。

「美味すぎるっ！！」
「…程々にしておいたほうがいいぞ？」
「あんただって酒を飲みまくってたじゃ…んぐっ！」

男が突然苦しみだし、胸元を叩き始めた。
多分喉を詰まらせたのだろう…水は既に飲みきってしまっているようだ。

男の顔が青ざめていくのを眺めていると、店員らしき魔物が彼に近づき、徐に彼の唇を奪った。

「ッーーーー！！」
「…激しいであるな。」
「…激しいですね。」

店員らしき魔物…見た感じではスライムの上位種であるダークスライムだろうか。
自分の体の一部を流し込んで、詰まった物を胃の中に流し込んでいるようであるな…自分の体ごと。

当然、男の方は彼女の魔力がたっぷり籠もった部分を流し込まれたせいで表情が蕩けきっており、彼女に抱きしめられてもまったく抵抗する様子が無い。

…………よし、採取完了っと…

「てんちょー、奥の部屋で介抱してきますねー。」
「ごゆっくりどうぞ…」

男を愛おしそうに抱きしめ、店の奥へと姿を消した…
その様子を、採取したばかりのスライムゼリーを頬張りながら眺める我輩と主催者の女性…

…意外と美味いであるなこれ…濃厚な甘さが癖になりそうだ。

「始まってもいないのに一人目の脱落者が…」
「一種の事故だと思うので仕方が無いかと…」

先が思いやられるであるな…何人が無事に帰れるのやら…



遺跡へは二日間程でいけるらしい。
最短のルートで行くようで、森を突っ切って砂漠との境界ギリギリで一泊、翌日の早朝に出発して遺跡に到着後入って少しの所で一泊するとの事だ。
道中の森や砂漠にも魔物がいるらしく、何人かが幸せな事に…もとい、犠牲になったようであるな。
まぁ、8枚の盾があるから我輩は無事に抜けれるだろう。
一枚足りない？女性を盾にするなんて男として失格である。

同行者を盾扱いしている時点で人間として失格じゃないかとか言われそうであるがな。

「どうした？早く行くぞ。」
「んっ？あぁすまん、少し考え事をな。」
「何ですかその本…見たことのない本ですが…」
「何の変哲もない日誌である、面白いことなど書いてないであるぞ。」
「そうなんですか…見せてもらってもいいですか？」
「……恥ずかしくなる事は書いてあるから見せられんである…」

ここで見られたら不味いであるな…最悪盾を失う事になりかねん…
魔物娘との甘い余生を過ごすと言うのも悪くはないかも知れんが、我輩にはやらねばならんことが山ほどあるからな。

…んっ？何だか甘い香りが……どこかで嗅いだ事のある匂いであるが…何の匂いだったか…

「でも、こんなに沢山の人と冒険をするなんて初めてかも…遠足みたいですね。」
「遠足気分で歩いていて魔物に襲われて全滅…そんなことになったら笑えんぞ。」
「大丈夫だ！私は様々な魔物の対処法を知っている、私の指示通りに動けば問題はない！」
「………思い出したである。」
「えっ？何を思い出したんですか？」
「この匂いは…アルラウネの蜜か。」

次の瞬間、その匂いが強くなると同時に草むらから何かが飛び出してきた。

「がおー！たーべーちゃーうーぞー！」

あまりにも突然の事に他の男達は固まっていたが、事の重大さに気づいた途端、一人を除いて全員が慌てて何かから離れた。
頭にはモフモフとした可愛らしい丸い耳…手足もモフモフしているが、鋭く尖った爪が見えるな。
そして彼女のモフモフした右手…先ほどの匂いはそこから漂ってきているようだ……舐めたら甘そうである。

「ぐ…グリズリーだ！」
「何を慌てているのです？完璧な対処法を知っている私がいるのですから恐れる必要なんてありませんよ。」
「ほう…その対処法とやらを実演してもらえるであるか？」
「いいでしょう…この私があなた達にお手本を……うぐっ…ぐぐぐ……」

突然苦しみだしたかと思うと、地面に倒れこんでもがき始めた…
……あー…要するに死んだ振りであるか…

「ぁ……い…意識が遠…く……ｶﾞｸｯ………」

随分と気合の入った死んだ振りだが…まだまだ演技力が足りんであるな。
グリズリーの方も死んだ振りだということに気づいているようであるし…あの男も脱落か…

「…っと、この様に死んだ振りをすれば助かると思っている奴を囮にして逃げるのが正解である。」
「………えっ？」
「そもそも死んだ振りなんて、グリズリーからしてみれば人間の男性が自分との交尾を歓迎してくれているという風にしか見えんぞ？」
「そ…そんな…私の学んだ知識は…私の10年はいったい…」
「良かったであるな、今日からは卓上の空論に踊らされることなく過ごせるであるぞ…可愛らしい妻と一緒にな。」
「い、嫌だ！私は学者になって教会に…んむぅ！？」

痺れを切らしたグリズリーが男に覆いかぶさり、話している途中の男の口を塞いだ。
さて…ケンタウロスに蹴られたくないであるし、そろそろ行くであるか。

「あの…助けなくていいんですか？」
「ああなってはどうにも出来ん…死ぬようなことは無いから放っておいてもいいである。」
「そんな…」
「薄情だとでも言いたいのか？」
「うっ…そ、そんなことは…」
「彼女達が危険な存在だというのは間違ってはいないだろう…我輩も何度か襲われたであるし…ただ…」

歩き始めた我輩達を見て、重い足取りではあるが他の者達も歩き始めた。

「少なくとも、彼女達は人間を殺すことはしない…とだけ言っておこう。」



先ほどまでの遠足のような雰囲気は完全に無くなり、一部を除いて辺りを警戒しながら進んでいる。
まぁ、特に警戒していない一部の者とは我輩と唯一の女性なのだが。

「くそっ！こんな事になると分かっていたら来なかったのに！」
「嫌だ…まだ死にたくない…」
「み、皆落ち着け！素数を数えて落ち着くんだ！」
「1…3…5…7…9…11…」
「それは奇数であろう…」

一部の者にはまだ余裕があるように見えるが…我輩の気のせいか？
よし…ここらで場を混乱させるような事を言ってみようか…楽しそうであるしな…

「そう言えば、さっきから同じ所をぐるぐる回っているような気がするであるな…」
「えっ！？そんな筈は…」
「…！…たしかに…ここはさっきも通りましたね。」

何かを感じ取ったのか、主催の女性も我輩に合わせてきた。
何事かと彼女の方を見ると目が合い、軽くウィンクをしてきたである…
…彼女とは良い酒が飲めそうであるな。
まぁ、冗談のつもりで言ったのだからそんなに大事には…

「…本当だ…帰りに迷わないように置いてきた目印が円状に繋がってた…」

………えっ？

「もうたくさんだ！俺は町に戻るぞ！」
「ダメなんだ…町までの目印が途中で無くなってるんだ…」
「そんな…」

…まさか…

「…目印を消したりしたであるか？」
「暇だったので並んで落ちてた石を蹴りながら歩いてました…途中で飽きてやめましたけど。」

周りに聞こえないように小声で聞いてみたら、やっぱり彼女が原因だったようだ…
退屈しなくていいのだが、流石にこればかりは勘弁してもらいたいであるな…帰れなくなるのは困るであるぞ…

「出してくれ！俺をここから出してくれ！！」
「おい落ち着け！パニックを起こすな！」
「俺は帰るぞ！こんな所で死にたくない！」
「まて！一人で行動するな！！」

一人が錯乱し、森の奥へと走って行こうとする…
が、見えなくなる寸前の所で彼の動きが止まり、その場に崩れ落ちた。

「なっ…おい！大丈夫か！？」
「…見に行った方がよさそうであるな。」

その場にいた全員が倒れた男の方へと駆け寄る。
木の陰に隠れていて見えなかったが、彼の周りには数人の魔物がいた…皆同じ魔物のようだ。
頭からは昆虫を思わせるような触角が生え、腰の辺りには蜂を連想させるような鋭い針の付いた黄色と黒の縞模様の腹部…
手に持っている槍には液状の何かが塗られた形跡がある…おそらく痺れ薬か何かだろう…

我輩の記憶が正しければ、この魔物はホーネットという名の魔物だった気がするである。
数は3…随分と少ないな……まだ仲間がいるかも知れん、警戒しておいた方がよさそうだ…

「ま…魔物…」
「ん？仲間がいたのか…」
「こいつ等も捕まえるか？」
「隊長が来るまで待とう…逃げないように見張るぞ。」
「あー…我慢出来なくなってきたんだが…少しくらい味見してもいいよな？」
「それくらい良いだろう、献上するに値するか確かめないとな♪」
「私の分も残しといてくれよ？」

一人が我輩達を見張り、残りの二人は捕まえた男の味見をするようだ…
まぁ…彼女達の言う味見と言うのはそっちの方なわけで…

「な、何をする気なんだ…」
「あれだ、ここから先はR指定だ…ってやつである。」
「うわっ！あ…あんな事するなんて…」
「お子様には刺激が強すぎるであるな…」
「君だって似たようなものじゃないか！」
「むっ、我輩は見た目は子供だが頭脳は大人な大天才であるぞ！」

…自分で言うと悲しくなってくるであるな…

……ん？何者かの気配を感じる…

「もう始めてるのか…そっちのは？」
「私達だけでは手に余ると考えたので隊長を待つ間見張っていました。」
「そうか…」

隊長と呼ばれた固体がこちらに近づいてくる…
他の男達は武器を構えたりして警戒しているであるな…このままだと被害が増えそうだ…

仕方ない…少しがんばるであるか…

「貴殿が彼女等をまとめている者か？」
「今回は少数だがな…大人しくしていてもらえればこちらとしても楽なのだが？」
「そのことだが…ちょっとばかり我輩と遊んではくれないか？」
「…何?」
「普通に戦って貴殿が勝てば我輩達を好きにして構わない。」
「なっ！？あんた何を言って…」

横で何かを言ってきているが、気にせずに続ける。

「ただし、我輩が勝ったら道案内等をして欲しい…どうだ？そちらにとっても悪い話ではないと思うが？」
「…気に障る聞き方だが…まぁいいだろう。」
「それと、その男は好きにしてかまわんである…ある意味自業自得であるしな。」
「そんなことよりいいのか？連れは反対しているようだが。」
「なに、勝てばいいだけである。」
「随分と余裕があるようだな…今の内に仲間への謝罪の言葉を考えていた方がいいぞ？」

そう言って槍を構える蜂隊長…見た限りでは隙はないであるな。
我輩も鞘に手をかけ、いつでも抜刀出来るように構える…
男を犯していたホーネット達も、今はこちらの動きに集中しているようであるな…

我輩が気をとられた一瞬に、隊長蜂が槍を突き出してきた。

「っ！？」
「ちっ…外したか…」

突き出された槍を跳んで回避し、避けた槍を足場にしてさらに跳ぶ。
そのまま隊長蜂を飛び越しながら抜刀し、木の枝の下側を蹴って隊長蜂に向かって突っ込む。
隊長蜂が振り向くのと同時に槍の先端部分を切り落とし、相手に背を向けて着地した時に逆手に持ち替え、振り向き様に隊長蜂の喉元に刃を軽く当てた。

「…まだやるであるか？」

辺りからは木の葉が擦れ合う音だけが聞こえ、誰一人として言葉を発そうとしない…
その静寂を破ったのは、一人の笑い声だった。

「はっはっはっ！この私が一瞬で負かされるとはな！」
「た、隊長！？大丈夫ですか！？」
「心配ない、どうやらいらぬ加減をしてくれたようだからな。」
「我輩は魔物であっても女性を傷つけるなんてしたくないである…」
「人間は魔物よりも弱いと思っていたが、これほどの者がいるとは…さっきの失礼な対応は許してくれ。」

我輩の仲間の方は、まだ状況がうまく理解出来てないみたいだが別にかまわんだろう。
たまの戦闘は疲れるであるな…我輩も年だろうか…
っと、悲観するのは良くないであるな…本当に弱ってしまいかねん。

英気を養うためにもここは一つ…

「約束通り道案内を…」
「それもいいが、ちょっとそこの茂みへ行くであるか。」
「…えっ？」
「貴様っ！隊長にナニをする気だ！？」
「む？我輩は道案内だけをしてくれなんて言ってないであるぞ？」
「そ、それは…」
「…わかった、好きにするといい。」
「隊長！？」
「ただ…その…恥ずかしい事に私は経験がないんだ……だから…その…出きるだけやさしく…」

…何この生物、かわいいである。

「きゃっ！？流石にこれは恥ずかしい…」
「敗者は勝者には逆らえん、黙って運ばれるである。」

隊長蜂を抱きかかえ、茂みの中へと入っていく…

…何をするのか知りたい？その辺の魔物に聞けば手取り足取り親切丁寧に実施で教えてもらえると思うであるので聞いてみるといいだろう。



〜今日の観察記録〜

種族：ダークスライム
魔界の各地に生息するスライムの上位種の魔物で、サキュバスの魔力を溜め込む事で高い魔力を持っているである。
彼女達はスライムコアと呼ばれる核を体内に持っており、これによって高度な思考能力と魔法の行使が可能になっているようであるな。
ただ、スライムコアは彼女達の弱点でもあり、触れられるだけでも動けなくなるほどの快楽を感じてしまうらしいである。

種族：グリズリー
熊の特徴を持った獣人型の魔物で、魔物では珍しく大人しい魔物である。
が、彼女達の大好物であるアルラウネの蜜を食べた時はその限りではなく、非常に凶暴になって人間を襲う様になるので注意した方がいい。
また、彼女達の右手は日頃から蜜をすくう時に使用されているためか、蜜の香りと媚薬成分がしっかりと染み付いているみたいである。

種族：ホーネット
蜂の特徴を持った昆虫型の魔物で、同じく蜂の特徴を持つハニービーとは仲が悪いようである。
彼女達の持つ槍には麻痺毒が、腹部の針には淫毒がある…どちらも食らったらどうにもならなくなるので注意した方がいいだろう。
そう言えば…何年か前にハニービーの群れに混じったホーネットを見かけたが…あれは何だったのだろうか？



「大っ満っ足っ…である。」
「…こんなの…初めてだ…」
「あぁっ！隊長が女の顔になってる！」
「貴様っ！隊長に何をした！？」
「…俺達生きて帰れるのかな…」
「あの人と一緒になった時点で諦めた方がいい様な気がしてきました…」
「…楽しくなりそうね…フフッ…」