44ページ:ハーピー・ブラックハーピー
青い空、白い雲、緑の草原…
視界の届く範囲には目立った障害物も生物もいない。
そんな草原を割るかのように続く道を、我輩達はゆっくりと進んでいる…

…というのも…

「あ〜…楽ちんやわぁ〜…」
「覚えておくといい…弥生が楽をしている下で、無い力を振り絞って汗水流して運んでいる者がいる事を…」
「昨日の飲み代、店への迷惑料。」
「たまにはこういう運動もいいであるな!」
「師匠…かわりましょうか?」
「あかんあかん、これは輝はんがうちに泣きついた分の対価…輝はんが背負ってるのは、昨日の分の金の重みと同じなんよ。」
「…ずいぶんと重いのだな…」
「荷物もぎょうさん背負ってるしな♪」

言ってる事に間違いがない分、反論出来ないから性質が悪い…
悩んでいても仕方が無い、さっさと先に進もう。

そう思って一歩足を踏み出した瞬間、いきなり我輩にかかる重圧が増した。

「………何をやっている?」
「えっと…弥生さんが羨ましくてつい…」
「リシェル様が乗るなら私も…」
「むっ!いつも乗せてやってるのじゃからわっちも乗せるのじゃ!」
「輝ちゃんに騎乗出来ると聞いて。」

次々と我輩の上に乗ってくる仲魔達…
耐えれるわけも無く、我輩は仲魔達に押し潰されてしまった…

「ありゃ?輝はん大丈夫か?」
「むぎゅぅ……」
「あかん…ちとやりすぎてもうた…」

口々に謝罪しながら我輩の上から降りていく仲魔達…
最近ろくな目にあってないであるな……少しで良いから良い事はおきないものだろうか…

等と思いつつ立ち上がろうとすると、激しい痛みが我輩を襲った。

「いだっ!?くぅ…」
「ど、どうしたの輝ちゃん?」
「先ほどの転倒で足首を捻ってしまったようですね…」
「大丈夫か?歩けそうに無いならわっちが運ぶぞ?」
「すまん…たのむである…」

桜花に抱き抱えられる我輩に、弥生とリシェルが言い辛そうに話しかけてくる。

「その…ごめんなさい…私が悪乗りしてしまったせいで……」
「堪忍な…ちょっとやりすぎてまった…」
「我輩に全員を背負えるだけの甲斐性が無いのが悪い、皆は悪くないである。」
「…捻挫用の薬…サービスしとくな。」

今思えば、捻挫してよかったかも知れん…
普段強気な弥生のしおらしい姿が見れたであるしな。



「ここをキャンプ地とするわ!」
「アレクシア様は元気ですね。」
「出番が欲しいだけじゃろう。」
「そこ!どうせなら聞こえないように言って頂戴!」

空に赤みが差してきて、今日はこれ以上は進めないだろうと判断して野営の準備を始めた。
我輩があまり動けないのでどうしようかと悩んでいたが、リシェルが数分でやってくれたである…

「おぉぉ…たった数分で終わるとは…」
「一人用のテントしか使ったことが無かったのでちょっと不安でしたけど、大体の部分が同じようなものだったのであっさりと出来ました。」
「すまんな…何か礼が出来ればいいのだが…」
「そ、それじゃあ……ナ…ナデナデ……してくれますか?」

顔を赤くしつつ、消え去りそうなほどの小さな声で頼んでくるリシェル…
その可愛らしい仕草に我慢が出来ず、返答をする前に彼女の頭を撫でてしまう。

「んっ……ふにゃ…」

今にも蕩けてしまいそうな表情で撫でられている…
何というか……うーん…何とも言い表せない、そんなの良いからもっと撫でたい。

「…輝様…私も撫でてください…」
「うむ、いつもありがとうであるな。」
「はふぅ…♪」
「わっちにはナデナデしてくれんのかの?」
「輝ちゃん…その…」
「二人も、いつもありがとうである。」
「ん…ありがとうなのじゃ。」
「んふふ…なんだかとても落ち着くわ…」

後は弥生だけであるが…隅の方でじっとしてるだけでこちらに来る気配がないであるな…
昼間の事を気にしているのだろうか…むぅん…

「弥生さんも撫でてもらったらどうですか?」
「へっ!?う、うちは…そんな…」
「昼間の事を気にしているのであるか?我輩はそんなに気にしてないぞ。」
「でも…」
「むしろいつも助けてもらってるのだし、撫でるくらいはさせてほしいのである。」
「…ええの?また迷惑かけるかもしれんのやで?」
「迷惑だなんて我輩が一言でも言った事があるか?」
「うー……せやけど………ひゃっ!?」

何時までも似たような反応しかしないので、やや強引に弥生を抱き寄せた。
そのまま、彼女の頭を優しく撫でる。

「あ…輝はん…」
「むしろ、迷惑をかけてるのは我輩の方である…弥生は気に病む必要はないであるぞ。」
「うー…」
「それにまぁ…なかなか撫で心地が良いであるからな…」
「輝はん…そ、そういう事やったら撫でてもええで?今日は特別に御代はいらんで♪」

暗い表情は消え、満面の笑みで我輩に抱きついてくる弥生。
うむ、やはり弥生は笑っている方が可愛いであるな。

「いい話ですね…ちょっと嫉妬してしまいますけど。」
「わっちもあんな風に慰めてもらいたいの…特に辛い事はないが。」
「流石師匠、私達には出来ない事を平然とやってしまう、そこにシビれる!あこがれるゥ!」
「リシェルちゃんの将来が心配だわ…と言うのはさておき…」

突然、アレクシアが左手で顔を覆い、右手で入り口の方を指差しながら叫んだ。

「貴方達…見ているわね!?」

テントの中が一瞬にして静まり返り、その場にいた全員が入り口に注目していた…

すると、隅の方に置いていた木箱が開き、中から何かが出てきた。

「ばれちゃったか…」
「だからやめようと言ったではないか…」

木箱から出てきたのは、二人の魔物であった。
両者とも、肩から先はふさふさした羽になっていて、膝から先は鳥を思わせるような足になっている…
一方はハーピーと言う魔物…もう一方は、羽の色が黒い点から見てブラックハーピーだろう。

我輩は、入り口を指差したまま微動だにしないアレクシアを放ったまま彼女達に話しかける。

「貴殿等は我輩達に何か用があるのであるか?」
「お届け物ですよー…先ずは弥生さんに…っと、これですねー。」
「んっ、ありがとさん…おっ、行商仲間からの手紙やな。」
「何と書いてあるのですか?」
「この前の町に商人を送ってくれるって内容やな。」
「うむ、これで安心であるな。」

薬の材料が手に入れば医者殿も楽になるだろう。
これを機に、あの街の医療が発展してくれればいいのだが…

「それでこっちが桜花さんにです。」
「む?わっちにもか………ふむ。」
「どんな内容であるか?」
「故郷の父上と母上からじゃな、双子が生まれたから偶には顔を見せに来いとの事じゃ。」
「盛んであるなぁ…」
「わっち等の種族はそう簡単に孕まぬ故個体数が少ない、寝る間も惜しんで子作りに励んだのじゃろうな。」

桜花の妹なら当然可愛いのだろうな…

今、また手を出す気かとか思った者がいたら読んだ日の日付分腹筋な。

「琴音は誰だ?手紙と荷物があるぞ。」
「私です……あら、お姉様からですね。」
「手紙と…首輪ですか?」
「…これで輝様をつなぎ止めろと…なるほど。」
「我輩は付けんぞ?呪われてたりしたら本気で困る。」

琴葉殿…なんて物を琴音に渡しているのだ…
これからは夜も気をつけんといかんな…寝不足が続きそうだ…

「リシェルとやらにも手紙と荷物が届いているぞ。」
「私にですか…あ、お父様とお母様からだ♪」
「ほー…で、どんな内容なん?」
「私の妹もヴァンパイアハンターとして旅をすることになったみたいなんですよ。」
「皆姉妹がいるのであるな…羨ましいである。」
「うちは姉がおるよ、言っとくけど夫もおるでな?」
「何故我輩を見て言う。」

いくら我輩でも、誰でも構わず手を出しているわけではないである。
と言うか、最近の我輩ってなんだか扱いが酷くないか?
我輩は悪い事は何もしていないと言うのに…むぅん…

「後は……なんて読むんだ?」
「うーん……てつてる?」
「くろがねあきらである…むっ……」

送り主は…八代目の奴からだった。
やたら大きな荷物の方も気になるが、手紙の方を先に読んでしまおう…

「………むっ…これは……」
「どうしたのですか輝様?」
「いや…これは……うん、目出度い事だと言う事にしておこう……」

手紙によるとこの荷物の中身は、倉庫に作られた隠し部屋の中にあった物らしい。
箱に我輩の名前が書かれていた事や、中から我輩が存在した証が出て来たりしたので、慌てて手紙と一緒に送ってきたらしい。
他には、我輩に対する発言の謝罪やら、琴葉殿と酒を飲み交わして気がついたら犯されていた事、それが原因で責任を取らされて嫁に取った事などが書かれていた。

…うん…我輩は何も悪くない…魔物に隙を見せた八代目が悪いのだ…うん…

「私の手紙には書いてなかったのに…」
「おそらく、琴音には子供が出来てから報告したかったのではないか?」
「そうでしょうか?」
「報告するなら、もっとも幸せな時にしたいと思う事は稀によくあると思うであるぞ?」

まぁ琴葉殿は頼れる人であるし、八代目をしっかりと支えてくれるであろう。
…鉄の名が潰えるのも時間の問題かも知れんな…血はひっそりと受け継がれるであろうが。

「それで…その箱の中身は何ですか?」
「そろそろ開けてみるか……ほう…!」

箱を開けると、とても懐かしい物が出てきた。
琴音と遊ぶ時に使った手鞠…父上に叱られて取り上げられた杯…我輩が外の国に興味を持つ切っ掛けとなった書物…
どれもこれも懐かしい物ばかりだ……だが、何故残っていたのだろうか…我輩はてっきり捨てられたものだと思っていたが…

懐かしい物ばかり出てくる中、箱の底に隠される様に布に包まれた柔らかいものと一枚の紙が入れられていた。

「へぇ、輝はんって昔から酒飲んでたんか。」
「アカオニ様とアオオニ様に誘われて宴会をなさっていましたね…仲良く響様にお叱りを受けていましたが。」
「輝が昔使っていた枕…ほう…」
「桜花さん…涎が出てますよ…」

……………

「輝様?どうかされたのですか?」
「…琴音。」
「…はい。」
「父上は死ぬ間際に何と言ってたであるか?」
「…一度でいいから、輝様と杯を交わしたかったと…」
「……そうか…」

安易に命を捨てれなくなったであるな…向こうに逝ったら延々と酒につき合わさせられそうである。
…いや、その前に説教を食らうだろうか?目標の一つも達成出来ずにうんぬんかんぬんと怒られそうだ。

まぁ、我輩自身暫くはくたばる気はないであるし、父上も我輩が死ぬのを許してくれそうにないであるからな。

「それはなんじゃ?」
「…琴音が来てから、父上はこれを着る事はなくなったである…何故だか分かるであるか?」
「私には分かりません…ですけど、その着物は一度だけ見たことがあります。」
「戦に行く事がなくなったからだ…琴音が来たあの日から、父上は戦いを捨てたのだ。」
「そうだったのですか…」
「ん?戦に行くんやったら鎧とかそういう物を着るんやないの?」
「父上は身軽な状態が好きであったからな、上の人から貰った鎧を重いと言って返したくらいだし。」

そう言いながら、今着てる物を脱いでいく。
ハーピー達は顔を赤くしながらもチラチラと見て来ているし、琴音達に至っては今にも襲い掛かってきそうになっているである…
まぁそんな事はどうでもいいのだがな……ちょっと大きいが何とか着れるな。

黒地に金糸で意匠が施されており、右に瓢箪、左に三日月が織り込まれている…父上はあまり派手な物は好かなかったからな…
マントにも金糸が使われていて、大きく鉄の文字が織り込まれているな。
暑苦しそうに見えるがそれほど熱が篭らず、見た目からは想像出来ないほどに軽く、とても動きやすい。
そして、着物に包まれるようにして入れられていた我輩の顔ほどの大きさのある瓢箪…父上が戦に行く時に酒を入れていた物だ。

父上が着なくなった物を我輩が着ることになるとはな…これも何かの運命だろうか…

「おぉ…なかなか良いではないか。」
「輝はん自身のかわいらしさとの差異がたまらんなぁ…」
「師匠はどんな物を着ても似合いますね。」
「どんな物でも…ハッ!これは女装させろというサインね?」
「アレクシア様、元気になるのは良い事ですが落ち着いてください。」

反応も悪くない、以後はこれを着ることにしよう。
この服を着ていると、不思議と心が落ち着き、安らかな気持ちになれるであるしな。

「さて…私の分の手紙や荷物はまだかしら?」
「えっ?輝さんの物で最後なんですが…」
「……えっ?」

ハーピーの言葉を聴いた瞬間、アレクシアの表情が凍りついた。
ブラックな方にも聞いてみるが、アレクシア宛の荷物の類は確認できなかった。
気まずい雰囲気の中、アレクシアは無言でテントの隅へと行き、しゃがみ込んでいじけてしまった…

「ふんだ…いいわよ、私だけ除者にすればいいじゃない…一人寂しくいじけてやるからいいわよ…くすん…」

……見てられんな…

「アレクシア。」
「何よ?笑いたければ笑えば…」

こちらを向いた瞬間に、アレクシアの唇を奪う。
暫くの間唇を重ね、アレクシアが落ち着いたのを見計らって離す。
何が起こったのか分からない様子のアレクシアを抱きしめ、頭を撫でながら口を開く。

「忙しかったりして手紙も出せないのだろう、その内に余裕が出来たら送ってくれるだろうから安心するである。」
「輝ちゃん…」
「それでも気が治まらないのなら宴会をするぞ。」
「…ごめんなさい、私らしくなかったわね。」
「おっと、いつもの調子に戻っても宴会はするであるぞ?というか酒が飲みたい、今すぐにだ。」
「良い潰して犯せということね?」
「出来るものならやってみるといいである。」

いつものアレクシアに戻り、率先して宴会の準備を始めたな…
…うむ…やはり笑っている時の方がかわいらしいであるな。

「ついでだ、貴殿等も参加してくれぃ。」
「いいのか?」
「どう足掻こうとどこへも逃げられんぞ。」
「それじゃあ…お言葉に甘えて。」


その日の宴会は夜遅くまで続き、我輩以外の全員が酔い潰れるまで騒いだである…



〜今日の観察記録〜

種族:ハーピー
鳥の特徴を持つ魔物で、ハーピー種の中では最も多くの個体数が存在するである。
陽気な性格な者が多く、人間に対しても友好的な他、荷物運びなどを請け負ったりするためよく見かけることもあるだろう。
ちなみに、彼女達の体は空を飛ぶ為に大変軽くなっている。

種族:ブラックハーピー
ハーピーと似た特徴を持つほか、体毛の色が黒くなっているハーピーの一種である。
ハーピー種の中ではもっとも知能が発達した種と言われているが、凶暴性が強く、度々人間や街に襲撃を仕掛けたりしているようである。
また、彼女達はとても仲間意識が強く、下手に手を出すと集団でやり返されることになるので注意していただきたい。
12/08/09 21:10 up
PCが不調続きでまともに執筆出来なくなってしまったため、買い換えるまで更新をお休みさせて頂きます…
次回更新まで覚えていてもらえるか…なるべく遅くならないようにはしたいです…
白い黒猫
DL