連載小説
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付加のラクル 呪体のセト
「……う…む…」
ぼんやりと覚醒する。
「……んぐ……んん?」
辺りが暗い、は真っ暗なわけではなくどこから光でも入っているのか少し目が慣れるとどういう場所か分かってきた。
「……なんだ?地獄ってのはこんな石造りなのか?」
石畳で出来た床がひんやりと体をなめる。
「そんわけないでしょう」
「!」
長年の習性で素早く声のした方に振り向きながら懐より短剣を取り出そうとする。が、
(ん?)
ない…。
「持ち物なら没収されてますよ」
「この声は……呪言師か」
「ええ」
見れば、先程まで(自分が覚醒するまでどれくらいの時間がかかったか分からないが)斜面の下で戦っていた青年の姿があった。
「地獄じゃねえってことはここは……」
「牢屋ですよ。ほら、鉄格子があるでしょう?明り取りのようなものはありませんが」
確かに暗いが格子らしきものが見える。
「……死んでねえのか……」
「そうですね」
どっかと腰をおろす。
「…峰打ちか……確かに、嫌な程硬い剣だった…」
「峰打ちでしたか」
「そっちは?」
「よくは分かりません。しかし目立った外傷が無いので何らかの、物理的のものでは無く他の衝撃にやられたと考えています。……そうですね…音波でしょうか。まだ頭がクラクラしています」
「そうかい。たいしたガキ共だ」
「でも僕と同じようでしたよ」
「ああ、だがお前程長く生きてねえのは確かだ」
「そうですか」
「……じいさんは?」
「そこでのびています」
「年寄りにはきついか」
「おそらく。身体にはやはり負担がかかりやすいのでしょう」
「そうだな」
「……どうなるんでしょうかねえ、僕達」
「ま、最悪で死刑、次に刑罰。ほんで最後に魔物との結婚じゃねえか?」
「やはりそうなりますか……」
「俺はそれでも構わねえがな。逆に女くれるんなら恩の字だ」
「あなたはそうでもね、僕はもう少しいろんな世界を見たいんですよ」
「だったら呪言師なんぞにならなかったら良かったじゃねえか」
クスクス、と青年が笑う。
「おもしろい冗談ですね」
クックッと男も笑う。
「ああ。我ながらな。爺さんの方はともかく俺達は『これしか』選択肢がねえ」
「フフ、ええ。ただ、これが合ってしまったのは不幸中の幸いと見るべきでしょうがね」
「俺もだ。一番やりてえことじゃねえが、合っていたよ。おかげで他の野郎どもはポイポイ死んでったのに俺はピンピンしている。ま、これからどうなるかは分からねえがな」
「…あの子達もそうなんでしょうか?」
「……いや…、もっとひどかったんだろう」
「ですよね」
「……」
「……」
静かだ。お互いの息の音しかしない。
「俺はもう一度寝とくわ。どうなるかも分かんねえからな」
「……そうですね。おやすみなさい」
「お前は?」
「僕は、この久しぶりの静寂を元に新しい曲でも作りますよ」
「そうかい、頑張れ」
そうして今度はより深い静寂に包まれた。

久しぶりに牢が使われたレスカティエ城の玉座の間では昨日と同じく主だった面々が揃っていた。
あれ程激しい戦闘だっというのに回復力が高いためかすでに魔物やインキュバス達には目立った外傷はない。体の内側はどうか分からないが。
朝日が燦燦と、だが魔界ゆえにどこか妖しげな光が降り注ぐ中、玉座の間は張り詰めていた。二人の男児を中心に魔者達の輪ができていた。もちろんその二人とはラクルとセト。輪の中にはパルメもいる。
「……それで、話してくれる?あなた達が何者なのか?」
デルエラが口を開く。
ようやくここまでたどり着いた。
デルエラは内心安堵する。
昨日も戦闘終了後この二人はすぐさま離れようとしていた。
それを強引にデルエラが口八丁手八丁で連れで来たのだ。
曰く、「あなた達に私達は関係してしまったのよ。次にもしあなた達目当ての輩が来たらどうするつもり?正論でしょ?だから教えなさい」
曰く、「いいわ、教えてくれなくていい。でも負傷者を運ぶのは手伝いなさい。それぐらいの時間はあるでしょ?捕まえる?しないわよそんなこと」
曰く、「ふ〜ん、そうなの。行っちゃうの、ふ〜ん。いいわよあたしは別に。まあ一匹のかよわい魔物が男に振られた悲しみに自殺するかもしれないけど。え?誰のこと?何?気になるのラクル君?ならない、じゃいいじゃない。え?パルメはそんなヤツじゃない?あらどうして?あなたに何が分かるの?あなたは男でしょ?……行くの?そう、残念ね。じゃあパルメに心の中からでもお別れを言っておきなさい。もう『一生』会えないだろうし。…何?行かないの?……どっちなの。え?一応手伝う?分かったわ!じゃあついてきて!」
そんな半ば純心を利用する形で連れてこられたのだ。
もちろん終わった後も、
「だめよまだ行っちゃ、まだパルメちゃんは起きてないんだから。え?顔だけ見るだけ?何よそれ?そんな男なのあなたは?好きな女の子がつらい思いをしているのにそれを見捨てて行っちゃうの?え?セトが早く行こうって?何、あなたそれでも男なの?女の子ために親友を引きとどめるぐらいしなさい!何?それともこのまま彼女に悲嘆にくれた人生を味わわせる気?目覚めたらさよならも言えず彼がいなかった……。もうこれはだめね。まともに生きていけないわ。…それは困る?だったらもう少しここにいなさい!」
そうして今日の朝になりやっと二人を送別と称し玉座の間までつれて来させる『準備』が整ったのだ。ちなみにパルメは昨夜目を覚まし、この策に一枚かんでいる。
すでにこの城から抜けることは難しい。
「……こうなると思った」
セトが恨めしげにラクルを見る。
「あら?美女や美男に囲まれる事を予想してたの?すごいじゃない」
キッとデルエラを睨む。
「怖いわね。…で、話して頂戴。昨日も言ったけど私達はすでに関係しているの。ね?」
「……」
無言のセトをラクルがちらりと見る。
セトが仕方なさげにため息をつく。
「一応確認するが、あの三人からは何か聞いたのか?」
「あら、聞いてないわ。やっぱり本人から聞かないと」
「ま、そうだな。奴らも何も知らないだろうし」
「……教えてくれる?」
「……」
「…俺から始めよう」
ラクルが口火をきる。

俺の名前はラクル・カーラマント。この大陸の出身らしい。らしいってのは俺が孤児らしいからだ。こっちもらしい、が使われてるがそれは俺がそう言われて育ってきたからだ。ま俺がどこで生まれたかはともかく、俺が物事を覚えるようになった事から話す。ここから北西にずっと、それこそずっとだ。言ったところにある施設がある。そこは秘匿されている場所でたぶん主神の教団に関係していただろう人間が管理していた。当時チビだった俺ぐらいのヤツが多かったが、ある日前日にしゃべった奴が消えている事に気付いた。そこからだ。俺が無意識に、だが注意深く観察し始めたのは。日に日に同い年のヤツらがどこかに施設の大人達と共につれられて消えていく。だが中には戻ってくるやつもいた。何をされたか聞くと何かを飲ませたらしい。一週間が経ったかな?そいつは朝の食事中に口からどす黒いものを吐いて倒れた。それっきりだ。あとは施設の奴らが処理してどっかに持っていった。次に戻ってきたやつに聞くと何も分からないらしい。眠くなったんだと。それからそいつは何にもなかったが3回目に連れてかれた時かな?消えた…。その間も戻ってきたり消えたりしていたが、ついに俺の番になった。ついていくとどっかの部屋でベッドに寝かされ、そのまま眠っちまった。それで5回ぐらい連れてかれたかな?ある日コップを落としそうになった奴の手からいきなり触手が生えて掴んだ。そりゃあもうやばかった。子供の数は少なくなっていたが大騒ぎだ。ある奴が化け物って言った。俺もそうだと思った。だが、発狂しているそいつを組み敷いた施設の奴はこう言っていた。『適合した』、ってな。
その日から皆の様子がおかしかった。どうやら残ってる野郎皆が化け物の要素を一部持ってるらしい。中にはそのまま自殺する奴もいた。そういう年頃になったんだ。本は学習用に置かれてたが当時そこにはなかった種類の本がある。『実験』や『研究』関連のやつだ。とはいっても俺達は何をされてるか感じ取った。そこからは悲惨だった。連れてかれるたんびに新しい『能力』ができる。もちろん途中で消える奴らもいた。ある日けんかが起こった。パンの数が少ないらしい。先にしかけた奴の手が爪になって相手を貫いた。死んだ。刺した奴は驚いていた。そんで泣きやがったんだ。こんなつもりじゃ無かったってな。ふと俺は2階を見上げた。管理人と数人の男がこっちを見ていた。俺は確信した。こいつらはわざとパンを少なくしたんだ。次の日、馬鹿なことが起こった。どうやら自分の力に酔った奴らが出てきたらしい。すでに歯向かった何人かが殺されていた。俺はもちろんキレた。同時に俺の後ろでもキレた奴がいた。二人でなんとか四人を殺した。どうやら俺達の方がより化け物に近かったらしい。そっからどんどん施設の奴らはエスカレートしていきやがった。起きて見ると腕が痛くてこれは斬られたなと感じるときも多かった。そんな中俺達は新しい遊びを見つけた。自分の『力』をどこまで制御できるかだ。俺と一緒に戦った奴が一番巧かった。面白かった。だがとうとういろんな奴らが消えていって残り五人になっちまった。五人だ。最初は何百人もいたのに…。俺達は出て行くことを決心した。そん時、俺達には感情と言うものが欠如していた。面白かったってのも今だから言えるんだ。実際はやる事がなかったからやっていただけだ。思考はできても感情はない。兵器だろう?そう言われたよ。施設の奴らに。
『お前達の中には魔物の細胞が入っている。それを人間に同化させたんだ。いずれは誰にでも同化できるようにするつもりだがとりあえず初期段階で我々の知っている全ての魔物の情報が君達の中に入っている。安心しろ、今の世代の女々しい魔物のものではない。旧世代の最高のものだ!これは極秘だ。魔物にバレてはいかんからな。喜べ!お前達はまさしく最強だ!勇者なぞ目ではない!最後に……君達はあくまでも試作品だ。だから一番優秀な者だけをプロトタイプに認定する。だから……殺しあえ』
そういいやがった。俺達はもちろん反抗した。分かるだろ?感情がなくても理解できる。それが不必要な事だって。だが当時の俺らはまだペイペイだ。一人すぐに見せしめにやられた。一人も倒せなかった。『殺せ』もう一度声が響いた。そんで俺ら四人は、……殺りあった。結果二人残った。俺と一緒にキレた奴だ。二人とももう限界だった。魔物の体で体力や傷はすぐ消えるが精神面は違う。参っちまうんだ。そして俺達はお互い最後の一発に賭けようとした、が、その時だ。相手の体から一気に血が噴出した。俺はすぐに治るだろうと思ったがみるみる体が黒くなって崩れていった。…後には何も残らなかった。
『……成るほど、限界値に達したときにも不適合者がでるのか…』そういった管理人は俺に向けてこう言った『おめでとう!君は真に適合した!まずは訓練からはじめるか…』俺は聞いてなかった。叫んでた。そいつもギョっとしたらしい。その隙をぬって外に出ようとした。もちろんいつも付いて回っていた男共が塞ぐ。俺は今までの経験をフルに活用して一人首をなんとか刎ねてやった。その後、無我夢中で走った。気付いたときはある教会の前で倒れていた、こっからじゃあ南東に向かったところにある小さな村の教会だ。すげえだろ?かなりの距離だ。そこのちょっと年季の入った神父さんに拾われて俺は意識を失くした
           ・
           ・
           ・
「……その神父さんも敵、いや、ひょっとして君のいう親父か?」
パルメが尋ねる。
「いや違う、敵じゃない。まだ話に続きがある…

そこの神父は最初起きた俺を見ても何も訊かなかった。どういう意味かって言うと俺は走ったまんま倒れたんだ、足がケンタウルスのままだったんだよ。俺はこの神父も俺の敵では、と『考えた』。まだ疑うっていう感情は無い。ただ、妙にその時心になんだがしっくり来たのは覚えている。こう言ったんだ、その神父は。『おはよう。いい朝ですね』ジョークかどうか分からない。なにせ足が変だったんだからな。言いも何もないだろう。けど普通の人間の足に戻った俺を見ても『それをするときにはお腹が空かないんですか?』とか訊いてきやがるんだ。おもしれえだろ?もちろんそん時は何も感じれなかったがな。とりあえず身をおける場所と判断してしばらく神父を手伝った。その間も神父さんは何もきかねえ。
そんで二週間ほど経ったかな?変な奴が来たんだ。『ちゅわーっす。じいさん?いる〜?』俺は玄関を見た。少しボサボサの黒髪に黒目、この辺りじゃ見ない異国の顔つきだ。かなり若い。そいつは乞食でも着ていそうな茶色いボロボロのマントかケープかそんなんを着ていた。腰には剣を帯びている。本で読んだ知識からなんだか特殊な、業物っぽい気がした。柄や鞘がマントに隠れてて良く見えなかったが奇妙な紋様を描いていたんだ。安物じゃない、そう考えた。その後神父さんと男が話を始めた。途中で俺の話に移ったのが分かった。その男は俺を見てこう言った。『お前、なんかの実験にされたのか?』実験。ハッ、もうそん時はそれがなんなのか教会の薬草学の本で読んで知っている。頷いた。『そうか』男は一瞬言葉を切り、また話した。
『お前、感情がねえんだってな』
コクリ
『考える事は出来る』
コクリ
『そうか。そんじゃあ、この世界は腐ってると考えるか?』
……コくリ
『アッハッハ、そうか』
そうして俺の目を見、
『俺もそう考える。てか腐ってるだけじゃねえよ、あちこち変だ』
……
『お前、花って知ってるか』
コクリ
『綺麗だろう』
……
『感じないか。なんでこの腐った世界でワーキャー花で笑ってるんだと考える』
……分からない。
『腐ってるからだよ。世の中が。だから綺麗って思うしそれに惹かれて笑う』
……そうか。
『人間の感情ってもんは結局のところ自分が世界を、物を、人を見てどう判断するかってこった。どうだ簡単だろ?」
……言われて見れば…そんな気が…
コクリ
『よし、そいじゃお前、もし感情ってもんが知りたかったら俺について来い。この腐った世界でどうやって綺麗なものを判別するか教えてやる』
……コクリ
俺は、頷いていた。
年の差はあまり感じない。だが、俺はその日から、その男を『親父』と理解した。
だから俺の性格は親父と似ている。親父をベースにしているからだ。全て親父から習った。制御もどんどん難しいものに取り組めた。別に親父を盲目的に従ったわけじゃない。俺が親父の思うことを、考えた事を好ましく『思った』からこういう性格になったんだ。だが、親父は、俺自身もこれが『俺』だとおもっている。

長い話が終わった。
「……これが、俺だ」
最後はパルメを見て口を閉じる。
「……」
「…質問は後にするとして、セト君は?」
「……」
無言が返ってくる。
「…あなたも…ラクル君のようにものすごい運命を背負ってきたというのは分かったわ、でも私達はたとえあなたが実験体でも「実験体ではない」
ついにセトが口を開いた。
「…実験体ではない……俺は…」

俺の名前はカミヤ・セト。そこにいる稲荷、そう、天乃宮と同じジパングが出身だ。……俺は…そうだな…呪いにかかっているようなものだ。といっても誰かに何かをされているわけでもない。俺の身体能力は生まれつきだ。だが、これが『呪い』だ。もっと言えば、…俺の姓、カミヤが『呪い』だ。俺の親父の名前はカミヤ・スキョウ。……誰も驚かないな。まあここにいる人達は見た目どおり若いんだろう。…カミヤ・スキョウ。一時ジパング生まれの歴史に名を残した大犯罪者だ。一時は世界中から命を狙われていた。だがその生まれ持った身体能力でたった一人で『軍隊』や『国家』を壊滅。嵐のようで気まぐれだが、いつも凶暴で女がいれば犯し、他のものは生きたまま体を引きちぎったりと極悪、そんなものでは生温い所業を繰り返していた。その危険性のため即ブラックリストに載り、時をおかずノンカラーリストに。だがそれは世界から狙われる事もなく、また人々の記憶から薄れさせる事のできる絶好のチャンスだった。といっても『あいつ』は何もしなかったわけではない。密かにいろいろな場所で好きに壊し、好きに犯していた。……当然いつかは子供が生まれる。俺は……何番目に生まれたかは分からない。だが、これだけは言える。俺は『運が良かった』。あいつは自分の子供を……時々食うんだ。ちょうどそれを見ていた時、俺は『死ぬ』というものが難なのか理解している頃だった。同時に、気持ち悪いというものも感じるようになった。吐いた。その後あいつは自慢げにこう言った。
『吐いたか…。おい、何で俺がこんな事をすると思う?ん?すると思う?』
俺は仕方なく質問した。そうしなければ『お仕置き』がくることくらい分かっていたからだ。すると…
『俺も分からねえんだよなあ…。こう、したいからするんだ。衝動が湧き上がって来るんだよ』
そう自慢げにほざいた。
その後そんな衝動が来たのか俺は何十発か殴られた。…これだけで何人も犯されて連れてこられた女や子供が死んでいる。だが俺は死ななかった。そんな俺を見て、
『ハハハー!お前も俺のガキだな!』
そう、俺は脅威の身体能力を持っていた。全ての子供にではないが、他に何人か俺のような奴もいた。そんなある日事件が起こった。
俺達はあいつに縛られていた。だからもうすでに子供でも『何か』をするときには共同作業だった。村を破壊しているときだ、突然いつもは大人しかった子供が暴れだした。捕まえた『遊び』用の村人達を殺して回ったんだ。笑っていたのが目に焼きついた。そのままそいつは民家や家畜などを『壊し』まわり、…あいつに飛び掛っていきやがった。…頭を一瞬で潰されて終わった。
そいつの死骸を見てあいつはまたこう言った。
『流石は俺のガキだ。自制がきかねえ』
そう満足に言っていた。
しばらくしてまた同じような事が起こった。誰もが自分はあんな風になりたくない、と願っていた。その前に自ら命を断つ者もいた。
……そうしてしばらくして、あの事件が起きたんだ…。
ある山での事だ。
『あ〜、突然だが、これからここにいる奴ら全員殺していく。何でか訊くなよ。そう思いついたんだ。ウハハ!』
そう集めた自分の子供と犯した女、『遊び』用の捕虜に対して言い放った。
皆ポカンとしていた。
まず捕虜が殺されていった。次に女と子供を交互に殺していった。いつも通り笑いながら。そうしてとうとう俺の番が来た。
そんな奴の後ろから鉈を持って近づく女がいた。……俺の母親だった。
母は一気に振り下ろした。
ゴン!
鈍い音がしたがそれだけだった。母が衝撃で鉈を落とした。
あいつは傷一つつかない後頭部を俺に向けながら、
『何だ〜、おい〜。活きのいいのがいるじゃねえかああ!』
そうしてあいつは母を組み倒し、犯した。
『ウウッ、アッ、クウッ』
母が涙を流しながら喘いでいる。俺にその時性的な知識は充分に無かったがそういうことをされている女は苦しんでいると分かっていた。
突然衝動が湧き上がった。
……こいつを殺したい。
そう思うと同時に頭に母と過ごした日々が流れていく。辛い素振りは見せなかった。愛されない母親を持つ子供が多かった中で母はぶっきらぼうだが俺を愛してくれた。
殺したい!!
俺は何故か涙を流しながら落ちた鉈を拾い上げ全力で振り下ろした。
ガスッ!
『んお!!』
あいつは後頭部から血を流し倒れた。流石の俺の力には分厚い体も耐え切れなかったようだ。
『母さん!』
俺は母に近づこうとした。だが、
ドン!
腹を蹴られた。
吹っ飛ばされた。痛くは無かったが驚いた。
なんで……。
脳裏に母は実は俺が嫌いだったのでは、と疑心が浮かぶ。
母は立ち上がり、俺に背中を見せた。
どうして…
裏切られた、と思った。
だが、俺はその時ほど自分が子供だった事を恨んだ事は無い。
母は……立ち向かっていた。…起き上がった『あいつ』に…。
『逃げなさい!!』
母はそう言い、組む姿勢をとる。
『逃げて!』
俺はそうした。……本当は逃げたくなった。あいつが怖かったというのもある。だが、嘘じゃない。逃げたくなかった。母と共に死にたかった。自分を差後まで愛してくれた母と……。
だが、無理だった。無理だろう。一瞬だけ振り向いた母の顔を見た。もう裏切れない、そういう思いが勝った。だから逃げた。
その後母がどうなったかは分からない。必死に逃げながら、俺は後ろから響く声を聞いていた。
『逃げるのか!?セト!!ハハッハーー!!』
走る。
『お前よお!逃げてどうすんだあ!ああ!?』
走る。
『まさか普通の生活が出来るとでも思ったのか!!ああ!?』
追ってきているのか声はまだ聞こえる。本気であれば捕まえられるはずだが遊んでいるのだろう。
『いいぜ!逃げろ逃げろ!そんで女なんかを愛して見ろ!』
女。…母が思い浮かぶ。
『そん時気付くはずだぜ!なんてったってお前は俺の…』
聞くべきではなかった。だが、聞いてしまった。
『血を受け継いだガキだからな!!』
足が……止まってしまった。
母が犯されている。幻覚だ!あいつが犯している。幻覚だ!その顔が振り向いた。
…笑っている俺の顔だった…。…嘘だ!!
ドシャッ
そのまま地べたに膝を付く。
『分かったかあ!?お前は人を、物事に感情を入れちゃ駄目なんだよお!』
声が少し近づく。だが俺はそのまま土の中に溶け込みたかった。
『ハッハア!そんなお前にアドバイスだあ!感情を消せば生きてはいけるぜぇ!』
感情?確かにそうだ。それをなくしてしまえばいい。
途端に幻覚が消え、母の最期の言葉を思い浮かべる。
『まあだがそんなん無理だろうがなあ!壊れちまうのがオチだ!』
…壊れてもいい。
『社会の中では生きていけねえぜ!』
社会に生きなくてもいい。
『だから戻って来い!お前はこっちしかねえ!』
戻らない…俺は母に従う。俺は生きる。…母が悲しまない人生を…。
そうしてまた走り出した。
…どれぐらい走ったろう。…いや、どれぐらい月日が経ったのだろう。
俺は、生きていた。だが、感情を消して。どう消したのかは思い出せない。だがその時は何も無かった。ただ母の影だけが頼りだった。
そんな俺がまともに生きていたはずはない。戦場でしたい漁りをしていた。
だが、時々どうしようもない衝動が襲う。あの日の母の夢を見る。そうすると決まって俺は発狂し拾った鈍の武器を振り回す。だから俺はいつも人里離れた森で暮らしていた。
その日の夜も夢を見た。発狂した。やたらに得物を振り回した。そうしてようやく発作がおさまった頃。
『うわお、すげえな』
ある男が立っていた。
少しボサボサの黒髪に黒目、若い。俺とそう年は違わないはずだ。兄と感じられるほどだ。ここの住民か?だがどこか変な雰囲気がする。
『どうだ、これを見てどう判断する?』
誰に声をかけているのかと思えば後ろから栗色の髪をした子供が出てきた。
『…不思議』
『ハハッ!そうか、不思議か。まあそれも間違っちゃいねえ。ここではな、大概の奴は不気味って思うんだ』
『…そうなのか…』
…とりあえず俺は声をかける。
『おい』
『うん?』
男が応対する。
『…俺は見ての通り危険だ』
『…ああ、そう見えるな』
『さっさと消えろ』
『…危険だが、そんな状況を理解して立ち去れって言う奴は大概悪い奴じゃねえ。違うか?』
何を言っているんだ…。
『一人か?』
『ああ』
『どうした?』
『あんたに何の関係がある?』
『知りたいからだ』
『…くだらない』
確かにな、そう言って男は笑う。
『ところで、これ、お前がやったのか?』
辺りの切り倒された木を見て男が言う。
『ああ』
『すげえな。そんな鈍刀で』
『……』
誉められたのは久しぶりだ…母以来…。
『ところで、お前、感情を消そうとしてんのか?』
『!…どうしてそう思う』
『そういう奴は今みたいな複雑な雰囲気を出すんだよ。なんだ、誰か思い出したか?』
スッと顔に手をやる。
『図星か』
『…騙したのか』
『いや、俺は顔が変わったとは言ってねえぜ、雰囲気だ』
『……』
『しっかしもったいねえよお前。うん。そんな実力でそんな剣か…』
男は少し考えた後、
『どうだ、俺についてこねえか?お前に合う武器をくれてやるよ』
『……なぜ?』
『……俺がそうしたいからだ。理由は、まあ、適当に考えてくれ』
……意味が分からない。
『しっかしおもしれえな。な、ラクル?感情が欲しいやつもいれば、消そうとする奴もいる』
コクリ、と子供が頷く。
『お、お前も分かってきたじゃねえか』
『……俺がついていくと危険だ』
『…ん?なんでだ?』
『見て分からないか、俺は普通じゃない』
『ああ、まあ常人の体じゃあねえな』
『じゃあ行け』
そうして俺はあきらめるだろうと思ったが、
『お前、俺がお前なんかにやられるとでも思ってんのか?』
『何?』
予想外の答えだった。
『あんま大人をなめんなよ、つっても俺もまだそこまで大人じゃねえがな』
『……』
『試してみろよ』
そう言って男はボロボロのケープから手を差し出した。
『好きにしてみろ』
『……後悔するなよ』
そうして俺は飛び掛った。
殴る。……自分の拳が痛かった。
『馬鹿な』
『どうだ?』
男は笑っている。
瞬間その顔が『あいつ』に見えた。
素早く飛びのき、武器を持ち斬りかかった。
『ウオオオオオオオオオ!!』
斬る斬る斬る斬る斬る斬る!
だが、男の腕は切れなかった。傷一つ付かない。
『アアアアアアアアアアア!』
頭を狙う。男は少し動いておでこを差し出した。
ガアン!
あまりの衝撃に武器を落とす。…男の額は無事だった。
『禿げなかったね』
隣の子供が男に言う。
『おう、流石に髪は鍛えれねえからな』
そうして俺を向くと、
『それがお前の感情を消す理由か』
『……』
『くだらねえな』
!!侮辱された気がした。これで俺の母は…!
『お前が何に自分を重ねてるのかは知らねえが』
男が近づいてくる。
『ガキがキレる事はたいしたことじゃねえ。むしろ日常だ』
ポンと手を頭に置かれた。
『いいか?お前はまだガキなんだ』
俺の目を覗きながら言う。
俺はその時過去のことを思い出していた。初めての『あいつ』の手伝いのときに母がいってくれた。『まだ子供なんだから』
おにぎりの奪い合いでけんかしたときも、『まだまだ子供ね』
他にも他にも、あの時も…。
思い出すうちに涙が出てきた。
『……ついてこい。俺がこのふざけて奇抜で、そんでもって面白い世界を見せてやる』
その日から、その男は俺の『親父』になった。

…これで俺の話は終わりだ。ちなみに自慢ではないがやはり母の事はトラウマに残っている。だから、俺は感情は忘れない事にしたがあまり出すことはない」
これで二人の立場が分かった。
実験によりいろいろなものを付加されたラクル。
その存在自体が呪いのようなセト。
だが…、
デルエラは顎に腕を当て思案する。
まだ様々な疑問が残る。
「どうしてあなた達はノンカラーリストに載ったのかしら?危険って言えば括れるのだけれど…」
「それで合ってる。ただし、俺の場合だけだが」
「そう」
「ああ、『元の』親がああなんだ。必然的に世界の脅威、っていうか邪魔になりうる」
「じゃあ、ラクル君は?」
「俺は、バレたらまずいからだと思ってる」
「そうね。教団は血眼になっているでしょうね。それで秘密のノンカラーに」
もし、ラクル存在が知られれば、多くの人間が教団に反旗を翻す。いや、信じてくれなくても一石は投じれる。
が、二人の様子が少しおかしい。
「?どうしたの?」
「……実は、ノンカラーは単純に危険だからという者を殺すためにあるんじゃない。あくまでも邪魔な者を排除するために作られたシステムだ」
システム。
「主神が作ったものね」
「……いや、違う」
「……えっ?」
主神が作ったものではない?では、誰が…。
「誰が、と疑問に思うだろうが俺達も詳しくは分かっていない。ただ、これだけは言える。今この世界には神と魔王、二つの大きな存在がある。だが、俺達の親父は密かに第三の存在を探っていたんだ。それで、つい去年。とうとうその存在が分かった」
「!何ですって!」
お母様や主神の他に…!?
「ああ、ただ存在だけだ。誰かも何なのかも分からない。ただ、親父が言う事には、かなり長い間深いところに潜んでいたらしい。だからその存在も、勢力も把握できない」
「…いた?」
「ああ、親父がこぼしていた。最近どうも世界の情勢が変わりすぎている、ってな。動いている可能性があるんだと」
「……それは、私達が動いているからじゃないの?」
「俺達もそう思っている。今でもな。だが、あん時の親父は珍しく真剣な顔をしていた」
「……そう。…それにしても、あなた達の父親ってどういう人なの?中々おもしろい人のようだけど」
「ああ、面白いぜ、それに良い人だ」
「ああ。……良い人だ」
それは分かる。見ず知らずの子供ではあるものの危険な人物を身近に置くのだ。正気の沙汰とは思えない。
(でも……)
おそらく現魔王の母や元勇者の父もそうしたのだろうなと思う。
現に私も、私達も動いた事だし。
「……あんた達には感謝している。……だが、本当は協力者が増えるのは好ましくないんだ。俺達には精神的に、あんた達には肉体的に」
セトが苦々しげに言う。
「あら、違うわよ」
「……ん?」
「私達は協力者なんかじゃないわ、仲間、でしょ?」
「……流石はデルエラ様!!」
ラクルが叫ぶ。
その後頭部をセトがめんどくさげに叩いた。
「あいて!」
「調子に乗るな。これは相当な問題だぞ」
「なんだよ〜、お前もしゃべったじゃん」
「こうするしかなかったからだ」
「そりゃあそうだけどよ〜」
二人が言い争う中、
「ところで」
ウィルマリナが割って入る。
「あなた達は何か目的があってここに来たのかしら?」
あ……
広間にいる全員が気付いた。その事に誰も気づいていなかった事を。
「あ、そうか、それまだ話してないんだったな」
ラクルも今気付いたかのようだ。
「俺達は、親父と組んで何でも屋をやってるんですよ」
「何でも屋?」
「そう、で、今回の仕事はこっから西のハスバって所に者を渡す事だったんす」
「そこで、今は帰り道という事だ」
「そうだったの」
「でも、二日ロスしちゃったからな〜」
「まあ、間違いなく親父達が来るな」
「早いわね。二日なのにずいぶん過保護なのね」
「ああ、まあ、俺達はこういう身だから」
ああ、確かに。彼らは追われる身なのだ。
「…それで、これからどうするの?」
「親父はルート上にある所は片っ端から見ていくだろう。おそらくここも」
「魔界なのに?」
「親父は強い」
「そう」
「そん時に会う為に一旦ここに留まる事にする。まあ、近くの町とかに俺らの暗号を張っておけばすぐ気付くはずですけどね」
「そう、分かったわ。そう手配しておく」
「ちなみに二人組みだと思うんで」
「二人?そういえば達って言ってたわね」
「ああ、タマンっていうもう一人の兄弟です」
「……大家族ね」
「ええ」
ラクルは自慢げに笑った。セトも少し微笑を浮かべている。
「……分かったわ、話してくれてありがと。それじゃあ皆さん今日はここまで。そろそろ皆も『溜まってる』ころじゃない?」
妖しい魔力を放ちながら言ったことにより、その場の魔物達(男児二人を除いて)の肌がほんのりと朱に染まる。
そしてある者は夫と共に退出し、ある者は夫をもしくは妻を求めに足早に退出した。
残ったものはというと…
「ラクル!さあ行こう!私の家は少し先にある!!」
「うおっ!ちょっと今から行くのかよ!」
「あ〜お姉ちゃん、私も〜」
「男なら女の頼みぐらい聞いてやれ」
「いやでも!」
母、妹、恋人から言われて堪ったものではない。
対するセトにも
「その……私の名前は、カサナ、という」
「…そうか」
「その……うん、よろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
少し頬を染めたドラゴンと、
「ねえねえ、あなたどんなものが好きなの?」
「…聞いてどうする」
「いいじゃない、仲間なんだし。じゃあ、好きな体の『部位』はどこ?」
「…聞いてどうする」
「いいじゃない、別に。ああん教えてよお、早くあなたのその顔が歪むのを…ああ、見たい〜!!」
「……お前は馬鹿か」
「なによ〜ケチ〜」
「お、おいサラム!何くっ付いているんだ!!」
「あ〜ら私はくっ付いているんじゃないわよ。弱い部位を確かめてるの」
「そうか……いやもっと駄目だ!離れろ!」
「どうして〜?」
「それは……その」
セトは無言で立ち上がる。
「ああん、ちょっと急に動かないでよ〜」
しかしサラムは離さない。
「はなれ・ろ!」
カサナがその上に乗る。
「キャン!重い!」
「うるさい!離れろ!」
二人分の体重を背負いながらもセトは淡々と歩く。
……その姿は少し滑稽だった。



某刻某所
「……遅いな…」
「お兄ちゃん達の?」
「ああ」
「行く?」
「ああ、そうしよう。こっちも動いていたほうがいいしな」
小さな子供が男の肩に乗る。
「じゃあ行こう!」
「ああ、捕まってろ」
そうして人外の速さで男は駆けた。



また違った某刻某所
ンク……ンク…
何かを飲む音がする。
男が酒を飲んでいた。
辺り一面血の海の中で…。
「フン。闇の傭兵集団でもこれぐらいか…」
飲み終わったのか、手に持っている容器を潰す。
「…しかしここでまた会えるとはなあ…」
男は血が付いた一枚の紙を見る。そこには人相書が書いてあった。
「よう、まだ『生きてるよ』うじゃねえか、ガキ…」
そうして男は笑いながら飲み始める。
あたり一面の血を……。
11/11/29 20:59更新 / nekko
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■作者メッセージ
コメントする前にまずは一言読んでくれた皆様に。
規約違反をしてしまったにも関わらず、この第五話を読んでくださってありがとうございます。

今回は少しグロ系がたくさん入ってしまいました。しかし、こうでもしないと二人の悲惨さが伝わらないかなあ、と思い書いたしだいです。
不愉快であれば申し訳ありません。
なお、二人の素性については貴重なご意見を頂きましたが、当初から考えていたものにしました。ご意見、ありがとうございます。
期待していたものとは異なるかもしれませんが、読んでいただければ嬉しいです。

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