3人のプロ
「急いで仕度してちょうだい」
「はいデルエラ様」
メイドのローパーにそう伝えて自分の武器をとる。
サイクロプスに打たせた一品だ。
そのまま広間へと向かう。
城下の酒場の主人から奇妙な話を聞いてすぐに準備したとはいえ少し時間がかかってしまっている。おそらく戦闘はもう始まっている事だろう。
今宵のおかげで場所は特定できた。レスカティエより離れた山脈で呪術の気配がするらしい。
(間違いないわね)
デルエラはそう確信している。
何より酒場の主人が言っていた単語
『無色』
当たりだ。
他の者にも考えを聞いたところ同じ考えだった。
ノンカラーを狙う者達。
手紙を送ってきた暗殺者がどれ程の使い手かは知らないが魔界に入り、なおかつ魔王城まで進んだ輩だ。今回の3人も相当の手練れとみていいだろう。
ゴオン
広間への扉を開く。
すでに主要な者は集まっている。
デルエラは周囲を見回し。いつものその良く通り、美しい声で鼓舞する。
「今回は私達が直接何かをされたわけではないわ。でも昨日私達の仲間を、家族を救ってくれたまだ青年にも達してない子達が狙われてるの。分かるでしょ?これは恩返しよ。もしかするとこの事でもっと巨大な敵と争う事になるかもしれない。私としては飛び出して助けたいけど、あなた達はどうかしら?」
そこで一旦言葉を切る。
「手を出せば私達も対象になるかもしれない。家族に、大切な人に危害が加えられるかもしれない、それでもいいの?私は個人の話をしているのではないわ。これは国の問題よ!」
実際そうであった。闇社会でも秘匿されているものに手を出そうというのだ。
今後何が起きるか一切わからない。
「それでも!……助けに行くというものはここに残りなさい!無理なものはこのまま出て行く!その数がどちらが大きいかで決めるわ!」
そうして各将が動くのを待つ。
…だれも動かない。
「クス。それでこそ魔族よ!さあ、急いで私達の恩人の援護に行きましょう!!」
「「「「「「オオオオオオオ!!」」」」」
レスカティエは闇よりも黒いものに手を差し伸べる事に決めた。
タッタッタッタッタッタッタッ
「気付かれたな」
「ああ」
二つの人影が高速で山の斜面を登っていく。
ラクルとセトだ。
後ろから彼らを追う者の影が伸びる。
「おいおい、はええなあいつ」
早かった。二人との距離をグングン縮ませてくる。
「走りから見て、忍、いや、東洋のアサシンか…」
「ああ、それだけじゃねえ。遠くから嫌な匂いが漂いやがる。毒使いも来やがった」
「あと一人だれかいるが……分からん」
「俺もだ、どうする?」
「分かれるのはやめよう。敵の戦力も分からないのに危険だ。何よりお前が一人でいなくなれば親父やタマンが悲しむ。…俺もだが」
「ハッハー!そう言ってくれると思ったぜブラザー!!」
「頼むぞ兄弟」
そうして戦闘態勢に移り始めた。
セトが剣を抜く。魔界から反射される妖しい光さえも吸収していそうな漆黒の刀。光沢も無く、されど鈍くも感じられない。闇そのもののようなただ黒いという刀。
ラクルが腕を変化させる。前時代の魔物をベースとした体に変化する。筋骨隆々のオーガの腕、足はミノタウロスの者に変わりさらにローパーの触手。胴体はゴーレムのように色が変色し固くなった。
二人が体勢を整えたと同時に二人の遥か頭上を飛び超えて影が短剣を投げてきた。
ドッドッ
投げたと同時に刺さった。おそろしい肩の力の持ち主のようだ。
だがそんな速さを二人は難なく避けている。
ザッ
影と相対した。
どこにでもいるような服装。強いて特徴を挙げれば木こりのようだ。顔には無精ひげが生え、腕や胴体、足が分厚く、服も正に木こりという感じだ。
「おっ、避けたか。感心感心」
そういって余裕を持つかのように体勢を崩す。
「いや俺思うんだよな。よく本で敵の投げた物を掴んだりするがよ、あれってホントにやばい時以外やっちゃ駄目だと思うんだよなあうん。だって考えて見ろよ、敵が毒を塗ったかもしれねえんだぜ、危なっかしくて取ったり打ったり壊したりできっか。それに影響されたか若いやろうが真似してんだよな。ま、大概こうしてやると泣きをみせるんだ、がっ!」
男が両手の人差し指を動かす。すると、先程の短剣から小さい針が飛び出し、男の方に引っ張られた。よく見ると針の先端から液体が出ている。
「毒付きか…」
「その通り!な?泣くだろ?」
「ああ、泣けるな」
「だろだろ?」
「つか、おっさんしゃべりすぎじゃね?」
「はっはあ、コミュニケーションは大事だぜ坊主。例えそれが暗殺対象でもな」
「確かにそうだな、敵の注意を引き付ける有効な手段だ」
「……気付かれてたか」
男が先程とは違った空気を身に纏う。
(久々にやりづれえ相手だ)
セトが指摘したとおりすでにあとの二人も合流していた。
「俺がアサシンをやる。お前は後ろの二人を頼む」
「了解」
その事を聞いたアサシンは
「そうはさせるかよ!」
タン、と一気にラクルに間合いを詰める、と思いきや
ガン
「そうさせてもらう」
セトの刀に阻まれる。咄嗟に篭手をだしていなければ水平に割かれていた。
(俺の速さについてくるかよ、まじか)
「ちっ、爺さん!そっちは頼んだぜ!こっちの化け物は俺がやる!」
「何を言っとる!どうみてもこっちの方が化けもんじゃ!」
「悪いね!おじいいいちゃあん!」
ズガン、とラクルの拳が地を抉る。
咄嗟に避けた。
「ほれみろ!化けもんじゃ!」
ザギャン
新たな音がしたほうではどこをどういう風に刀できったのか岩の真ん中が四角形にくり取られていた。
「うおおおお!こいつ俺の道具袋だけを狙ってきやがった!まじで化けもんだ!!」
そのままセトは再度斬りかかる。
「…ハッ、こっちもノンカラー対策にと推薦された人間だ。そう甘く見てもらっちゃ困るぜ!」
裾から短剣が出てくる。
「短剣が好きだな」
「隠しやすいからな!」
キン ギイン
剣術と暗殺武術が交錯し合っていた頃、
坂の下のほうではおどろおどろしい戦いが繰り広げられていた。
「どれ、ワシも年の功でがんばってみるとするか」
懐から小石のようなものを数個取り出しもう左の裾から出した噴霧器で水をかけ辺りにばら撒く。
「なんだそりゃ!?」
「気になるなら殴ってみい」
「そりゃそうか」
ゴン!
「ヌオッ!」
ホントに来るとは思ってなかったのかスレスレで避けるそれでもマントの一部があまりの一撃に消滅した。
「むむ、ワシのレパートリーがまた消えた!どうしてくれる!ホントにかかってくるとは!」
だが声が向けられた本人は、
「うおっ!なんだこれ!?あちいあちい!!」
石がスライムのようになり腕に纏わりついていた。
「ホホ、どうじゃ。そいつは特殊な液体をかけん限り冷え固まらん。一度くっついたものには離れずされど熱も消えん!火傷を『伝染』させる毒じゃ」
「ちいっ、こうなりゃあ」
腕に纏わりついたスライムをローパーの触手にくっ付かせ、そのまま触手を新たに生えたマンティスの腕で切り離し相手に投げつけた。
「ムッ!」
咄嗟に液体を掛ける石に戻し回収する。
その間にも同じ方法でラクルは当たりに散らばった毒を投げつける。
「ホホッ簡単に対処されたが、その後が問題じゃな」
次々と回収していく。
突然
「varneya」
ガクンと毒使いに飛んできた物が地面に速度を落とさずに落ちる。
ズゴン!
「ムウ…」
毒ではなく石だった。
「大丈夫ですか?ご老人」
呪言師が援護をしたのだ。
「年寄り扱いしおって、ワシも予想してたわい」
事実、毒使いの右手には新たな釘のような物が握られていた。
「それは失礼。では気分直しに一曲」
そうして喉の調子を確かめ、歌う
「estobi randadeso so renadeso a randadeso……」
驚いたことに上方で戦っているアサシンとセトには声が届いていない。
その時点ですでに呪術が発動しているのか、ラクルには朗々と聞こえる。
ズン
自分の体重が重くなった。
「ぐっ!」
急いで足の筋力を増加しその場から離れる。すろと重さが無くなった。
と、思いきやまた重さが増す。
(なんだ!?体に直接負荷をかけるやつじゃないようだが…)
重さは自分に重なっているのはなく後からついて来ているようだ。
(まだ歌ってやがる、ていうことは歌で方向転換をしてやがるのか)
そうとなればと思いたち飛び出すと同時に頭をドラゴンに変え炎を吹き出す。
「se radentoe rito、おっと」
ゴホオオオオ!
横を火炎が切り抜けていった。
「ふう、いやあ、こうしてみるとホントにすごいですね」
頭はドラゴン、腕はオーガにマンティスの刃が付き、ローパーの触手まで付いている。おまけに胴体はゴーレム、足はミノタウロスときた。
確かにすごい。
「フフ。じゃからこそ腕の張り合いがあるといこと」
「そうですね」
流石はここまで登りつめた者というところ、賊なぞとは考え方が違う。
「ではさらに行くぞ」
「オールドファースト」
そんな軽口を叩きながらも先程より熾烈な戦いとなっていく。
「やるな、おうお前マジでやるよ」
「……」
話しまくるアサシンと対照的にセトはただ斬り返す。
「はは、やるなあ、だが…」
いきなりアサシンが腕の動きを加速した。
シュピッ
頬が浅く切れる。
「大人をなめすぎだ」
血がツと垂れていく。
「さっきから俺のうごきばっかり見ていたろ。うん?なぜか教えてやろうか?うん?おめえは人を斬りたくねえからだ。そうだろ?」
「……」
軽く睨むだけで何も答えてない。
「いい表情だ。無表情は逆に分かりやすいときがある。図星かどうか分かんねえな」
「……」
「俺の見たところあんたは爆発すればやべえがいつもは安定しているってタイプだ。だから自分の理念にまっすぐ。小さい頃になんかあったんだろ?ん?」
「……」
「まあおめえがちっさいころに何があったかは知らねえがさぞかしクソみてえな大人といたんだろう。だがな、それだけで大人を判断しちゃいけねえぜ。いつでも自分の思い通りに事が運ぶって思うのは駄目だよなあ?」
「……」
「例えば、おめえは俺の体を注視していたが、俺もおめえの注視していた。ま、気付いてたろ?」
「…ああ」
「おお、やっと声が出たな。まあいい。だが、俺はお前みたいに動きだけを見ていたわけじゃねえ、どういう意味か分かるか?」
「……」
「あんたの今持ってる基本値だ。基本値だよ坊主。要するにあんたの筋力や視力、眼球の幅、股の間の幅。まだまだあるぜ、脚力、口の角度、爪の形。どうだ?基本情報ってあるだろ?」
「そうだな」
「普通ならま、筋力はともかく股の幅や口の角度なんて何に使うんだって思うよな?ところが、だ!」
ヒュッと再びアサシンが動き腕を振る。スパッと右足の付け根部分が斬れる。
「どうだ?お前、今股がそれ以上動かしにくかったろ?」
男はタイミングよくセトの股の幅が限界を超えるようにフェイントをかけたとたんに斬ったのだ。
「口の角度もそうだ。人ってのは重心がいくら良くても突発的な自体が起こると少しぶれちまう。それもしょうもない理由でだ。それが口の角度や爪の形だ。影響しちまうんだよ」
「……」
まだ頬からは血が流れている。
「今俺はお前の最大速度と血管の位置を測った。俺はお前より速く動けるし、すぐには血の止まらねえ傷も創れる」
「……」
「何でこんな話をするかって言うとだな、いくら俺でも普通は言わねえぜ。だが、あんたがあまりにもふざけた大人しか会ってきてないようなんでな。こういう大人もいますよっていうことを教えたかったんだ。ま、こんな職業だが」
「……フフ」
「お?笑えるとはな。ちと予想が外れたぜ」
「ならもっと予想をはずしてやろうか?俺はあんたのような奴を知っている」
「おお?ホントか?」
「ああ。おもしろい。だからあんたもおもしろい」
「そうか〜会って見てえな〜」
「俺が勝てば会える」
「ハッハッハ!おもしれえ勝利宣言だ!いいぜ〜!そいじゃちとましな大人の姿を目に焼きつかせてやらあ!」
そうして分の悪いように思える戦闘が始まった。
「ちくしょお!チマチマと動きやがって!」
「ホッホ、援護部隊をなめるでないぞ。ちゃんと生き残れるように鍛えているのだからな」
「ええ、そのおかげで青春時代がパアです」
ローパーの触手が呪言師の足を目指す。
「varneya」
方向転換される。
「くそっ!」
「さて、そろそろ若いものも活動的になってきそうじゃし、取って置きを出すかね」
毒使いが球体のものを取り出す。
「そうですね、では私もそろそろ」
そう言って、喉を押さえる。
「あんだ!?」
「さあ、行け」
球の中から蟲が飛び出してきた。
「こやつらの中にしか存在しない毒じゃ。解毒剤はワシしか知らん。ワシが作ったモンじゃからのお」
「まじでか!?やべえやべえ!」
「では、ウ、ウム sotoryidke ket ket sote ktira……」
「いっ!」
ラクルは転び、体を掻き始めた。
「うわあああ!かいいかいい!ちくしょうこんなんありか!」
「流石じゃな、呪言とは相手を呪う事。簡単なものでも極めれば単に重しを乗せるより強力なものとなる」
「うおおお、やべえやべえ、うわっ!蟲が来たあああ!」
こちらも分が悪そうな戦闘が行われている。
「……フウ……」
「どうだ、もう限界だろう」
アサシンの言ったとおりセトの体血まみれだった。
どの傷としても未だ血が流れ続けている。
「ま、これが経験の差だ」
短剣を腰に刺した長剣に変える。
「さあてそろそろ止めをッ!」
パッとその場から飛びのく。
「…おいおい、何の冗談だこりゃ?」
男が目を見張る。
空には多くの魔物やインキュバスの実力者達が飛んで、浮かんで、乗り物に乗っていた。
「悪いわね。彼らは私達の国の恩人なの」
デルエラが空中から話しかける。
「恩人?」
「ええ、山賊討伐のね」
「お前らそんな良い子ちゃんだったのか」
ちらとセトを見る。
「だから、このまま降伏するか、逃げてくれない?」
「……ハッハッハ!どうする?じいさん?若造?」
「せっかく若いもんに訓示を与えながら戦闘していたというのに……」
「マナーがありませんね……」
「……と言うことだ。俺としても折角のバトルを邪魔されたのは気にくわねえ」
途端に3人からとてつもない殺気が漏れる。
「まさか俺らが本気だった、と思ってるんじゃねえだろうなあ。紳士淑女諸君」
「老いた者が手をつけるまで待てと習わなかったのかね?嘆かわしい」
「マナーというものは要するに規則です。これを破ったという事はそれ相応の覚悟をしていただきませんと」
さっきとは段違いの殺気だ。
(すごいわね)
正直デルエラだけで勝てるとは思えない。それ程の実力者達だという事に驚く。
(人間の中にもまだこんな輩が)
「そう、なら仕方ないわね。総員、戦闘準備!」
シュアン!! シャン!
あちらこちらで武器を抜き、構える音がする。
「かかれっ!」
羽ばたく音が戦闘の始まりだった。
「フン」
キン!
投擲されたナイフを弾く。
降ってきたダークスライムが投げたのだ。
「元暗殺者ってところか……。だが、俺から見るとひよっこだ!」
最初に見せた速さとは段違いの速さで短剣を投げる。
ギイン!
一本の剣がそれを弾いた。
「あなたは私が相手しましょう」
ウィルマリナだった。
「ふん!私がか、後ろにいるサキュバス達や弓使いは何だ?」
「クス。私も騎士道精神は嫌いじゃないけど今は非常事態なの」
「なあるほど。いい考えだ、好きだぜそういうのは。だが、こちとらそういう世界が基本だってことを忘れんなよ!」
後ろのプリメーラに気後れするでもなく、高い魔力に臆することもなくウィルマリナに向かう。その手には長剣が握られている。
「ムン」
裾からでたいびつな形をしたビンから液体が飛び散る。それが魔力を毒し、消した。
「はれ〜?何それ〜?」
魔女ミミルが放った対個人の絶大な魔法は一瞬にして消えた。
「毒とは、あらゆるものに精通する。風や大気さえも毒せる。ではなぜ魔力が毒せないと考えられようか」
「む〜ミミル分かんな〜い」
再び魔法を出す。今度は違う種類の魔法だ。
「ホウ。分からんと言いながらちゃんと別の魔法を放ち、味方に当たらん様にするとはなかなか」
スッと3つの瓶を取り出した毒使いはそれを同時に投擲した。
パキャン
3つの瓶が空中で割れ、中の液体が混ざる。
シュオオオ
出来上がった紫色の煙は意思を持つかの様にミミルへと遅いかかる。
シャラン
と音がし、煙が消える。
「なら、ただ毒は浄化すればいいことではありませんか」
サーシャが神の力により毒を消したのだ。
「ふむ。堕落神も浄化ができるのか」
「愛と情欲の世界に毒は入りませんから。ご老体なのに無理はいけませんよ?」
「おお、ありがたい事に正論じゃな。だが、負けるわけにはいかぬ」
そうして二人の強大な魔力を持つ魔物やその他の魔物達に物怖じすることなくさらに攻撃する。
「やれ、うるさい人達ですね」
呪言師の周りには強力な魔物が二人いた。
「なんやうるさいとは、自分ウチの言葉馬鹿にしてるやろ!」
「そういうわけではないんですが、土を這う音がどうもね」
ラミアやメドゥーサで構成された部隊、セイレーンやハーピーにも囲まれていた。当然、相手を惑わす歌を歌っている。
もう一人の魔物はというと、
「お前、あたしの娘の未来の旦那に何やらかしてんだ、コラ」
メルセだった。
「へえ、アレが?」
ちらとまだ地面でモゾモゾ動いているラクルに目を向ける。
「なかなか前衛的なお母さんですね」
「う…ま、まあ」
まさか肯定的な意見がでるとは思わなかったのだろう。
「ですが、ルールはともかくマナーを破るのは良くない」
「ム?きいつけえ!やる気や!」
「では行きましょう、苦境の神話<コンポジット>第一章 sen toe do nas toandeds……」
雄雄しくも猛々しい歌がセイレーンの歌をかき消す。
途端に周りの魔者達が喉を掻き毟るようにして悶える。
「うおっ、これは苦痛歌やな。こんなもんこうしたる」
稲荷の今宵は対抗して呪符を規則的にばら撒く。
歌の能力が消えた。
「len pie…おや」
「ウオラアア!」
ブン!
振り回された槍を跳んで回避する。
「陰陽を極めていますか、流石ですね。ではここからは知恵比べと行きましょう。つづいて座禅の針筵 se--nn torti--a roq am se---ren to…」
「カアーーーー!アイツいちいち呪言の性質を変えてきおる。メルセ、歌が変わるときを狙いや!一撃やで!」
「ああ!」
歌と符が混じる。
「まずいわね……」
まさかこんなに大勢の、高出力の魔力の中で自我を保てる人間がいるとは……少しは耐えると思ったがここまでとは予想外だった。
人間を舐めるな、か。
痛感する。
ガン ガン!ギイン! キイン シュン
ウィルマリナやプリメーラの猛攻にも関わらずアサシンは軽やかに避ける。
「へいへい!どうした!所詮は勇者の技術ってわけか!!」
「なんですって!」
プリメーラが青筋を立てる。
「ハハ!そう怒んなよ!注意してやってんじゃねえか、その技術だと負けるってな!」
「何?」
ウィルマリナが顔をしかめる。
「考えてみな!お前らその調子だとノンカラーってのは知ってるようだな?ええ?わざわざこんなご大層な歓迎をするからにはよお」
「そうね」
「ふふん!じゃあ聞くがあんたらはノンカラーリストについて知ってたか?」
「…いいえ」
「そこだよ!なんであんたらが知らなくて俺が知ってると思う?」
「……」
「強さか?確かにそれもある。もしかするとそんな勇者もいるのかもな!だが、ちょっと違うんだよ!技術だ!技術がちげえんだ」
「……技術」
「その通り、クソまじめな型やちょっとの応用問題お解けたぐらいじゃあだめだってこった」
「ふん!ならさっさとやってみなさいよ!」
「それそれ、そんな調子じゃ駄目だぜ!相手のペースに巻き込まれてやがる!」
そう言って短剣をウィルマリナに向けて投げつける。
「フッ!」
キン、と短剣を弾いた。
「駄目だな〜弾いちゃ駄目なんだよな〜」
言うが早いかウィルマリナに短剣からかかった液が飛び出る。
「クッ!」
「強酸性だぜ〜さっさと処置しねえとどんどん溶けてくぞ!」
「ウィルマリナ様今治療を…」
「そうはさせるか!」
人差し指を動かしダークプリーストに向けて弾かれて地面に突き刺さった短剣を飛ばせる。
「なっ!」
キン!
「クウ!」
「ウィ、ウィルマリナ様!」
かろうじてウィルマリナが受けた。さらに液体を浴びる。
「わう!やるな!」
「あんたは調子に乗りすぎよ!」
プリメーラが立て続けにワーウルフの俊敏性を活かし高速に矢を射る。
「そういうアンタはさっきからしゃべり過ぎだ!」
短剣を投げる。
「フン。おしゃべりなのはどっちかしら?ほら、もうさっきの助言のおかげであんたの手の内がばれちゃってる!」
プリメーラが右に避ける。
「馬鹿かお前!同じ手をプロに使うかよ!」
避けたナイフが自分が元いた場所に一瞬とどまり、そのままスイとプリメーラに向かう。
「ウッ!」
モロにザクっと斬れた。
「プリメーラ様!」
「線の長さぐらい考えて投げればまったく違う戦法の出来上がりだ」
「クウ!」
プリメーラのいる場所までが糸が届く長さらしい。となれば、横に避けても振り子のように移動し裂いていく。
「後ろに避けりゃあいいものを弓の射程と威力を考えすぎたからだ」
そう言い放ちながら次々と短剣を投げる。
「クッ!」
ウィルマリナが前へ出る。
(近距離に入れば短剣の効果も!)
「近距離に入れば短剣の効果が下がるってか!?」
「!!」
先程ウィルマリナが弾いたナイフが今度は戻ってきた。
避ける。だが、
「ほら!そこ!」
短剣にに繋がった細い糸がウィルマリナの体を巻き、押す。
「な!」
そして目の前にアサシンが飛び出し、
ゴツン!
頭突きを食らわした。ウィルマリナがあまりの衝撃に転倒する。
「どうだ!?ん?思いがけない一撃は効くだろ!」
「こんの!サドが!」
プリメーラが再度弓を射る。
「お前ら全然理解できてねえよ」
避けながら短剣を立て続けに投げる。
「こんなもの!もうかからないわ!」
後ろに避ける。
「ほうら!そこお!」
「え!?」
(嘘?まだ飛んでる、ダミー?)
慌てて次の行動に注意する。
「…やれやれ、だめだなお前ら」
「へ?」
同時にナイフが自分を後ろから追い抜く。
(え?)
糸に絡まる。前に出てしまう。
拳が飛んできた。
ガン!
「クアッ!」
これが人間の筋力かと疑う程の強さだった。
転倒する。
いつの間にかナイフの糸で絡まり縛られているウィルマリナのように縛られる。
「馬鹿じゃねえのか?一体だれが線の長さが同じだといった?」
(なんて、こと)
「おっし、あとはザコと中ボスか!へい爺さん!こっちはあらかた片付いたぜ!」
「ホウ、終わったか」
ミミルやサーシャだけでなく、他の魔物も動揺する。
「ホレホレ、言葉を気にする場合ではないぞ」
いつの間にか壺を取り出していた。
「お主らに毒の使い方を教えてやろう」
ゴト、と壺を押し倒す。
ゴハッ
音がするほど黒い煙が噴出す。
急いでサーシャが祈る。
黒い煙が……消えない。
「そもそも毒とは、相手に気付かれずにかつ己は安全な位置において対象を仕留めるために使われるのだ。つまり、相手に見せる毒の使い方など愚の骨頂。だが、暗殺以外ではどうしようもなく目に見える毒を使ってしまう。だがこれはナンセンスだ!」
煙は消えない、それが当たりに充満する。
苦しくなってくる。ミミルが防御魔法で煙を追い出す、だが、苦しい。
肺が焼けそうになる。体に入ったからかと体を浄化する。だが浄化しない。
(なぜ…!)
毒使いの演説は続く。
「ではどうすればよいか、どうして乱戦の中で毒を見せずに使うか。分かるかな?そこの魔女っ子」
分からない、それ以前に答えられない。
「いかんなあ、その顔は分からない、と言う顔だ。0点!では、そちらの僧侶様は?」
同じく答えられない。
「苦しいからとごまかさないように。なるほど皆分からんようだ。では教えよう。見せるのだ。ただし!毒ではないが人の意識の中心に立つような何かを!!」
サーシャにも分かった。
(では、あの煙は……)
罠……。
「気付いたようだな。その通り、先程の煙はただの煙。どうだっただろうか?毒のようだったであろう?さて、では何が毒だったかと言うと…これはさすがに秘密じゃな」
「ウウ…」
「ふむ。こちらもこれで終了か」
すでに多くの魔物が立っていられる状況ではなかった。
「あちらも終わりましたか」
「てめえ」
ブン
「おっと」
「仲間が勝ってるからって油断してるんじゃねえぞ!」
「油断?これはこれは、油断とは…」
「何?」
「これから最高の曲を披露しようとしているのに、観客の興を立てるには一度曲を終えなければ」
「なんだと?」
「む!メルセ!そこから逃げえ!次はヤバイ気がする!!」
「ああ!総員一旦距離をおき矢を使え!」
「ふふ、観客が整列しましたか、では始めましょう!」
「射撃準備!」
呪言師はまた喉を押さえている。
(なんだ?)
メルセは青年の喉骨が動いたように見えた。
喉を抑えた青年はギターを持ち、
「ではいきましょう!<カルネルの処刑見学>合唱!全楽章!!」
「!まずい!歌わせたらあかん今を狙うんや!」
時すでに遅く歌がギターの調によって始まった。
「oo oo ooooo oooo ooo ooooooo oooooo ooo…
serebede jausoe oaksdeo kwwj laseu keoo…
saeivc duv duv fue duv okrr ks…
williv wlll o wkki wk uu wi k wiii…」
「ああああああアアああああ!!」
「なんだこれはガアアア!!」
阿鼻叫喚が生まれる。
この青年、4つの声で同時に歌っていた。
「アカンン!これは!くううううう!」
つまり4つの呪言が同時に、さらにギターの音に乗せる事によって音調を変え、痛みを変えているようだ。
もうすでにまともに立っている者はいない。
「く、このおおお!」
「パルメ!近づく、ああああ!」
痛みが和らいだ瞬間にパルメが飛び出した。
だがこれがいけなかった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
より至近距離で歌を聴いてしまうことになる。
「パルメエエエ!」
メルセの声も空しく歌に消される。
戦闘が終わった。
「これは……」
デルエラもあまりのことに驚いていた。そして怒っていた。
「私の民に、よくも!!」
「デルエラ様!」
「なりません!!」
一部残っていた近衛隊が必死に押し止める。
「彼らは異常です!異常な強さです!!」
「いけませんデルエラ様!」
「クッ」
唇を噛み締める。自分の慢心が引き起こしたという事にさらに憤怒が増す。
最初から私も出ていれば…!
そう思いキッと睨んだところ、
「何?」
呆然とする。
デルエラの視線に気付いた魔物達も驚きを隠せない。
そこには……
「はっはあ、終わりか?うん?」
すでに立っているものはいなかった。皆足や翼をやられている。
「たいしたことねえな、さて、上の野郎共も来させるために誰か見せしめに…」
「おい、やめろ。その人達に手を出すな」
突然声が響いた。
「…あん?」
声のした方に目を向ける。
「…なんだてめえ」
そこには、すでに血が止まっているセトがいた。
(なんだ、殺してないがどうして立てる。それぐらい出血したはずだ)
「お前、何なんだ?」
「一つ言っておく、あんたの経験で全てを理解したつもりでいる時点で勝負は付いていた」
「……そうかい」
「離れろ、そして立ち去れ」
「悪いが、お前を殺るまでできねえな!」
短剣を投げる。
「あんたの戦法は分かっている」
「そうかい!」
糸を動かす。
避ける。
「無駄な事はやめろ」
「無駄?おもしれえ!」
次々と投げる。
避ける。
「あんたの戦い方は面白い。まず短剣の使い方が巧みだ」
「ありがとよ!」
「だが、それは武器でもあり、防具でもある」
初めて男の笑みが消える。
「あんたは短剣だけで敵を倒している。もちろん他の武器も使えるんだろうがなぜわざわざ短剣か」
避ける。
「短剣が意識を集中させやすいからだ」
短剣がすこし外れた位置に飛ぶ。
「向かってきて、さらに糸により避けても集中させる。巧い。では何から意識を遠ざけるか」
走る。
「何をいってん「言葉だ!」
ダンと踏み込み刀を薙ぐ。
「っ!!」
予想外の速さだったようだ。ついにアサシンからもうすく血が出た。
「あんたは言葉で惑わす。糸があること、長さがあること、その使い方。どれも相手の益になるようだがそれは戦法が一つだった場合にしか機能しない。全てを把握しない限りあんたの技術を見極める事はできない。見極めたときにはすでに倒れている」
男の顔が驚愕に彩られる。
「驚いた。……その通りだ…」
そうか、とプリメーラは思った。
私は翻弄されていた。短剣だけではなく、言葉で。
「…だからどうした。お前が俺の筋力についてこれない事は!?」
いつの間にかセトが目の前に迫っていた。
ザン!
「グオ!」
斬られた。この場にいる誰よりも深く。
(見えなかった)
剣の軌道は見えたが、その振るう腕が見えなかった。
(??)
気付けば自由に動けるようになっていた。
(まさか、いつの間に!!)
細い糸を肌や服に傷つけずに斬っている。
プリメーラも驚いている様子だ。
「グウウ!」
いつの間にか男には脂汗が浮いている。
「あんたの神経を『薄く』斬った。痛いはずだ」
「なん…だと!?」
(俺でも出来ない芸当だ)
「終わりだな」
「……こんなにつええなら、…何故最初から力を出さなかったあああ!!」
短剣が使ったものも使わなかったものもいっせいにセトに群がる。
セトはただユルリと剣を大きく縦に回転し、上に跳んだ。
短剣が同士がぶつかり液体が飛び散るかと思いきや、
ポトポト……
短剣が『割れた』
「な…」
上に逃げるのは分かっていた、だからこの後軌道変更をすればまだ勝機はあるとふんだんだ。だが、割れるなんて…。
ストン、と目の前にセトが着地する。
「……」
「あんたの短剣はぶつかれば液体が出る、だったらぶつからずに力が響かないようにすればいい」
「だから、斬ったのか…」
「ああ」
ありえねえ!そんな技術は!衝撃がでないようにはできる!だが問題は武器だ!どうしても刃の幅がネックになる!それが、そんな薄くて鋭利な刃物なんて!
「俺を諭そうとしたあんたに敬意を表して俺の武器を見せよう。俺もある意味あんたと同じ、初見を騙している。まあ騙すつもりはないが」
スッと武器を見せる。
黒い、そう思った。
セトが今度は水平に刀を見せる。
…なに?…見えない!刀の鞘しか見えない!
「これは…、馬鹿な!こんな…ことが…」
「俺の唯一の武器であるこの刀の長所は硬度だけじゃない、薄さだ。だが、皆薄いというものは透明と感じる。これは黒い、だから騙される」
そんな……。
「ちなみに、これは親父のプレゼントだ」
……そんな、馬鹿な…。
その親父はもっと強いのだろう。分かる。こんな武器がどこぞのヒョロチンに見つかるはずが無い!
「くそ」
「血が止まった理由だが、俺の体は異常だ。それが答えだ」
どういう意味だ?
「触ってみろ」
二の腕を差し出すので触ってみた。普通の肉だ、ただ、なんだか詰まっているような気がするが、この程度の腕ではあんな速さの剣技は生まれない。
「力を入れる」
すると、
「馬鹿な…」
硬くなった、それこそ鈍の武器では斬れそうもない。
「これは……」
「俺は特殊だ。自然治癒力も、内臓の効果もあらゆるものが人間をより強化したものだ」
「……」
「……俺は怒っている」
「…ああ」
「…最後に残す言葉はあるか?」
「大人な振りして悪かった」
「そうか」
剣を振り上げる。
「待て!もう一つ!」
「何だ?」
「どうやって短剣を斬った?いろんな角度から斬られていたが…」
「目がいいな。あれは親父から習ったものだ。物質には斬線というものがあってその線に沿って斬れば何でも斬れるとのことだ。俺はあんたが投げまくるのを見ていて斬線を掴んだが、親父は、感じ取る」
「フハ、フハハハ!…何だそりゃあ、お前の親父は何なんだ」
「さあ、俺にも分からない。ただ…」
「ただ?」
「あんたのように面白い」
「……おめえ老人受けするタイプだよ…あんがとな」
話は終わったとばかり男は目を閉じる。
セトが構える。
「俺は怒っている」
「…ああ」
「だが、あんたには敬意を表す。俺があんたを追い詰めたとき、あんたは人質を取れた筈だ」
「ああ、…ふん、それがマナーだ。関係ないもんは元から殺すつもりはねえ。一回の仕事では一人消すだけがいいんだ」
「じゃあ、人質を一人にすれば良かっただろう」
「……ああ!うるせえ!…さっさとやれ!」
セトは構え剣を振るった。
「アアアアアアアアアア!!」
パルメはすでに意識が混濁していた。
だが、その時このことだけは覚えている。もうすぐで意識が飛びそうだった時、誰かが私を持ち上げ、母の元へ送り返してくれた。
そうして母が抱き上げてくれたとき、痛みが消えた事が分かった。
その時震えた声を私は忘れない。
「てめえええええええ!俺の女に何してやがるんだこらあああああ!!!」
ああ、ラクル。涙が流れ落ちる。
私を……また、助け……女……俺の…女…。
そのまま意識を失った。
「ゴハッ!」
何が起きたか分からなかった。
その後自分が喉を叩き潰された事が分かった。
「ヴぁヴぁ、ああ」
よかった、まだテノールは生きている。
「どう、やったのですか?」
「ああ、まずは毒蟲を消して体内から毒を取り出したんだよ!」
見れば相手の体から透明な液体が流れ出ている。
「体内から……取り除いているじゃと!!」
騒ぎに気付いた毒使いも驚いている。
「ああそうだよクソジジイ。よくもやってくれたな!この野郎おとなしく死んだ振り作戦をしようと思ってたのによお!てめえらやりすぎだ!!」
「毒はともかく、どうやって私の歌を……」
「ああ?そんなの音を聞こえなくすりゃあいい」
「馬鹿な!音はあらゆるものに響き「響かねえ体をつくりゃいいじゃねえか!」
……なんだと!
「馬鹿な!まさかお主は!!」
「予想通りだジジイ。俺は俺の体を作り変えられる。ベースは魔物だがな!」
「そんな…」
「ジジイは後だ。おい、てめえ!この歌手野郎!」
グッ、反撃しようにも力が…
「まずはおめえからだ」
分厚いオーガの、ゴーレムの体で補強された一撃が襲い掛かる。
ドガアアアン!
「クッ!」
まさかこんな事になるとは…、予想外だ!
身を翻そうとするがすでにワシを飛び越えてきおった。
その体からでるローパーが辺りをうねうねと動いている。魔物の体にまで這いずり回っている。
「おっと悪いなお姉さん達、ちょっと待ってくれ、今毒の成分を検出している」
何!?
「……なるほどこうか、ま、ありきたりだが手強い自然毒のブレンドだな」
そう言った若者は今度はローパーに穴を出現させそこから何かの霧を発散し始めた。
「よう毒博士!これぐらいなら知ってるな!?毒は薬にもなる!」
むう。
「ありがとよ、さんざん辺りに毒をまぶしたおかげで抗体がすぐに出来上がる」
なんという……。
「そいじゃあ終了だ。言っとくがお前以上に手ごわい毒使いに会った事がある。そいつは一から毒を作っていて解析が難しかったがな!まずはてめえの実力の無さに後悔しやがれ!!」
……毒を自分で作るだと!……そうか……そうか…。
影が伸びたときにはすでに逃げる意欲がなかった。
「はいデルエラ様」
メイドのローパーにそう伝えて自分の武器をとる。
サイクロプスに打たせた一品だ。
そのまま広間へと向かう。
城下の酒場の主人から奇妙な話を聞いてすぐに準備したとはいえ少し時間がかかってしまっている。おそらく戦闘はもう始まっている事だろう。
今宵のおかげで場所は特定できた。レスカティエより離れた山脈で呪術の気配がするらしい。
(間違いないわね)
デルエラはそう確信している。
何より酒場の主人が言っていた単語
『無色』
当たりだ。
他の者にも考えを聞いたところ同じ考えだった。
ノンカラーを狙う者達。
手紙を送ってきた暗殺者がどれ程の使い手かは知らないが魔界に入り、なおかつ魔王城まで進んだ輩だ。今回の3人も相当の手練れとみていいだろう。
ゴオン
広間への扉を開く。
すでに主要な者は集まっている。
デルエラは周囲を見回し。いつものその良く通り、美しい声で鼓舞する。
「今回は私達が直接何かをされたわけではないわ。でも昨日私達の仲間を、家族を救ってくれたまだ青年にも達してない子達が狙われてるの。分かるでしょ?これは恩返しよ。もしかするとこの事でもっと巨大な敵と争う事になるかもしれない。私としては飛び出して助けたいけど、あなた達はどうかしら?」
そこで一旦言葉を切る。
「手を出せば私達も対象になるかもしれない。家族に、大切な人に危害が加えられるかもしれない、それでもいいの?私は個人の話をしているのではないわ。これは国の問題よ!」
実際そうであった。闇社会でも秘匿されているものに手を出そうというのだ。
今後何が起きるか一切わからない。
「それでも!……助けに行くというものはここに残りなさい!無理なものはこのまま出て行く!その数がどちらが大きいかで決めるわ!」
そうして各将が動くのを待つ。
…だれも動かない。
「クス。それでこそ魔族よ!さあ、急いで私達の恩人の援護に行きましょう!!」
「「「「「「オオオオオオオ!!」」」」」
レスカティエは闇よりも黒いものに手を差し伸べる事に決めた。
タッタッタッタッタッタッタッ
「気付かれたな」
「ああ」
二つの人影が高速で山の斜面を登っていく。
ラクルとセトだ。
後ろから彼らを追う者の影が伸びる。
「おいおい、はええなあいつ」
早かった。二人との距離をグングン縮ませてくる。
「走りから見て、忍、いや、東洋のアサシンか…」
「ああ、それだけじゃねえ。遠くから嫌な匂いが漂いやがる。毒使いも来やがった」
「あと一人だれかいるが……分からん」
「俺もだ、どうする?」
「分かれるのはやめよう。敵の戦力も分からないのに危険だ。何よりお前が一人でいなくなれば親父やタマンが悲しむ。…俺もだが」
「ハッハー!そう言ってくれると思ったぜブラザー!!」
「頼むぞ兄弟」
そうして戦闘態勢に移り始めた。
セトが剣を抜く。魔界から反射される妖しい光さえも吸収していそうな漆黒の刀。光沢も無く、されど鈍くも感じられない。闇そのもののようなただ黒いという刀。
ラクルが腕を変化させる。前時代の魔物をベースとした体に変化する。筋骨隆々のオーガの腕、足はミノタウロスの者に変わりさらにローパーの触手。胴体はゴーレムのように色が変色し固くなった。
二人が体勢を整えたと同時に二人の遥か頭上を飛び超えて影が短剣を投げてきた。
ドッドッ
投げたと同時に刺さった。おそろしい肩の力の持ち主のようだ。
だがそんな速さを二人は難なく避けている。
ザッ
影と相対した。
どこにでもいるような服装。強いて特徴を挙げれば木こりのようだ。顔には無精ひげが生え、腕や胴体、足が分厚く、服も正に木こりという感じだ。
「おっ、避けたか。感心感心」
そういって余裕を持つかのように体勢を崩す。
「いや俺思うんだよな。よく本で敵の投げた物を掴んだりするがよ、あれってホントにやばい時以外やっちゃ駄目だと思うんだよなあうん。だって考えて見ろよ、敵が毒を塗ったかもしれねえんだぜ、危なっかしくて取ったり打ったり壊したりできっか。それに影響されたか若いやろうが真似してんだよな。ま、大概こうしてやると泣きをみせるんだ、がっ!」
男が両手の人差し指を動かす。すると、先程の短剣から小さい針が飛び出し、男の方に引っ張られた。よく見ると針の先端から液体が出ている。
「毒付きか…」
「その通り!な?泣くだろ?」
「ああ、泣けるな」
「だろだろ?」
「つか、おっさんしゃべりすぎじゃね?」
「はっはあ、コミュニケーションは大事だぜ坊主。例えそれが暗殺対象でもな」
「確かにそうだな、敵の注意を引き付ける有効な手段だ」
「……気付かれてたか」
男が先程とは違った空気を身に纏う。
(久々にやりづれえ相手だ)
セトが指摘したとおりすでにあとの二人も合流していた。
「俺がアサシンをやる。お前は後ろの二人を頼む」
「了解」
その事を聞いたアサシンは
「そうはさせるかよ!」
タン、と一気にラクルに間合いを詰める、と思いきや
ガン
「そうさせてもらう」
セトの刀に阻まれる。咄嗟に篭手をだしていなければ水平に割かれていた。
(俺の速さについてくるかよ、まじか)
「ちっ、爺さん!そっちは頼んだぜ!こっちの化け物は俺がやる!」
「何を言っとる!どうみてもこっちの方が化けもんじゃ!」
「悪いね!おじいいいちゃあん!」
ズガン、とラクルの拳が地を抉る。
咄嗟に避けた。
「ほれみろ!化けもんじゃ!」
ザギャン
新たな音がしたほうではどこをどういう風に刀できったのか岩の真ん中が四角形にくり取られていた。
「うおおおお!こいつ俺の道具袋だけを狙ってきやがった!まじで化けもんだ!!」
そのままセトは再度斬りかかる。
「…ハッ、こっちもノンカラー対策にと推薦された人間だ。そう甘く見てもらっちゃ困るぜ!」
裾から短剣が出てくる。
「短剣が好きだな」
「隠しやすいからな!」
キン ギイン
剣術と暗殺武術が交錯し合っていた頃、
坂の下のほうではおどろおどろしい戦いが繰り広げられていた。
「どれ、ワシも年の功でがんばってみるとするか」
懐から小石のようなものを数個取り出しもう左の裾から出した噴霧器で水をかけ辺りにばら撒く。
「なんだそりゃ!?」
「気になるなら殴ってみい」
「そりゃそうか」
ゴン!
「ヌオッ!」
ホントに来るとは思ってなかったのかスレスレで避けるそれでもマントの一部があまりの一撃に消滅した。
「むむ、ワシのレパートリーがまた消えた!どうしてくれる!ホントにかかってくるとは!」
だが声が向けられた本人は、
「うおっ!なんだこれ!?あちいあちい!!」
石がスライムのようになり腕に纏わりついていた。
「ホホ、どうじゃ。そいつは特殊な液体をかけん限り冷え固まらん。一度くっついたものには離れずされど熱も消えん!火傷を『伝染』させる毒じゃ」
「ちいっ、こうなりゃあ」
腕に纏わりついたスライムをローパーの触手にくっ付かせ、そのまま触手を新たに生えたマンティスの腕で切り離し相手に投げつけた。
「ムッ!」
咄嗟に液体を掛ける石に戻し回収する。
その間にも同じ方法でラクルは当たりに散らばった毒を投げつける。
「ホホッ簡単に対処されたが、その後が問題じゃな」
次々と回収していく。
突然
「varneya」
ガクンと毒使いに飛んできた物が地面に速度を落とさずに落ちる。
ズゴン!
「ムウ…」
毒ではなく石だった。
「大丈夫ですか?ご老人」
呪言師が援護をしたのだ。
「年寄り扱いしおって、ワシも予想してたわい」
事実、毒使いの右手には新たな釘のような物が握られていた。
「それは失礼。では気分直しに一曲」
そうして喉の調子を確かめ、歌う
「estobi randadeso so renadeso a randadeso……」
驚いたことに上方で戦っているアサシンとセトには声が届いていない。
その時点ですでに呪術が発動しているのか、ラクルには朗々と聞こえる。
ズン
自分の体重が重くなった。
「ぐっ!」
急いで足の筋力を増加しその場から離れる。すろと重さが無くなった。
と、思いきやまた重さが増す。
(なんだ!?体に直接負荷をかけるやつじゃないようだが…)
重さは自分に重なっているのはなく後からついて来ているようだ。
(まだ歌ってやがる、ていうことは歌で方向転換をしてやがるのか)
そうとなればと思いたち飛び出すと同時に頭をドラゴンに変え炎を吹き出す。
「se radentoe rito、おっと」
ゴホオオオオ!
横を火炎が切り抜けていった。
「ふう、いやあ、こうしてみるとホントにすごいですね」
頭はドラゴン、腕はオーガにマンティスの刃が付き、ローパーの触手まで付いている。おまけに胴体はゴーレム、足はミノタウロスときた。
確かにすごい。
「フフ。じゃからこそ腕の張り合いがあるといこと」
「そうですね」
流石はここまで登りつめた者というところ、賊なぞとは考え方が違う。
「ではさらに行くぞ」
「オールドファースト」
そんな軽口を叩きながらも先程より熾烈な戦いとなっていく。
「やるな、おうお前マジでやるよ」
「……」
話しまくるアサシンと対照的にセトはただ斬り返す。
「はは、やるなあ、だが…」
いきなりアサシンが腕の動きを加速した。
シュピッ
頬が浅く切れる。
「大人をなめすぎだ」
血がツと垂れていく。
「さっきから俺のうごきばっかり見ていたろ。うん?なぜか教えてやろうか?うん?おめえは人を斬りたくねえからだ。そうだろ?」
「……」
軽く睨むだけで何も答えてない。
「いい表情だ。無表情は逆に分かりやすいときがある。図星かどうか分かんねえな」
「……」
「俺の見たところあんたは爆発すればやべえがいつもは安定しているってタイプだ。だから自分の理念にまっすぐ。小さい頃になんかあったんだろ?ん?」
「……」
「まあおめえがちっさいころに何があったかは知らねえがさぞかしクソみてえな大人といたんだろう。だがな、それだけで大人を判断しちゃいけねえぜ。いつでも自分の思い通りに事が運ぶって思うのは駄目だよなあ?」
「……」
「例えば、おめえは俺の体を注視していたが、俺もおめえの注視していた。ま、気付いてたろ?」
「…ああ」
「おお、やっと声が出たな。まあいい。だが、俺はお前みたいに動きだけを見ていたわけじゃねえ、どういう意味か分かるか?」
「……」
「あんたの今持ってる基本値だ。基本値だよ坊主。要するにあんたの筋力や視力、眼球の幅、股の間の幅。まだまだあるぜ、脚力、口の角度、爪の形。どうだ?基本情報ってあるだろ?」
「そうだな」
「普通ならま、筋力はともかく股の幅や口の角度なんて何に使うんだって思うよな?ところが、だ!」
ヒュッと再びアサシンが動き腕を振る。スパッと右足の付け根部分が斬れる。
「どうだ?お前、今股がそれ以上動かしにくかったろ?」
男はタイミングよくセトの股の幅が限界を超えるようにフェイントをかけたとたんに斬ったのだ。
「口の角度もそうだ。人ってのは重心がいくら良くても突発的な自体が起こると少しぶれちまう。それもしょうもない理由でだ。それが口の角度や爪の形だ。影響しちまうんだよ」
「……」
まだ頬からは血が流れている。
「今俺はお前の最大速度と血管の位置を測った。俺はお前より速く動けるし、すぐには血の止まらねえ傷も創れる」
「……」
「何でこんな話をするかって言うとだな、いくら俺でも普通は言わねえぜ。だが、あんたがあまりにもふざけた大人しか会ってきてないようなんでな。こういう大人もいますよっていうことを教えたかったんだ。ま、こんな職業だが」
「……フフ」
「お?笑えるとはな。ちと予想が外れたぜ」
「ならもっと予想をはずしてやろうか?俺はあんたのような奴を知っている」
「おお?ホントか?」
「ああ。おもしろい。だからあんたもおもしろい」
「そうか〜会って見てえな〜」
「俺が勝てば会える」
「ハッハッハ!おもしれえ勝利宣言だ!いいぜ〜!そいじゃちとましな大人の姿を目に焼きつかせてやらあ!」
そうして分の悪いように思える戦闘が始まった。
「ちくしょお!チマチマと動きやがって!」
「ホッホ、援護部隊をなめるでないぞ。ちゃんと生き残れるように鍛えているのだからな」
「ええ、そのおかげで青春時代がパアです」
ローパーの触手が呪言師の足を目指す。
「varneya」
方向転換される。
「くそっ!」
「さて、そろそろ若いものも活動的になってきそうじゃし、取って置きを出すかね」
毒使いが球体のものを取り出す。
「そうですね、では私もそろそろ」
そう言って、喉を押さえる。
「あんだ!?」
「さあ、行け」
球の中から蟲が飛び出してきた。
「こやつらの中にしか存在しない毒じゃ。解毒剤はワシしか知らん。ワシが作ったモンじゃからのお」
「まじでか!?やべえやべえ!」
「では、ウ、ウム sotoryidke ket ket sote ktira……」
「いっ!」
ラクルは転び、体を掻き始めた。
「うわあああ!かいいかいい!ちくしょうこんなんありか!」
「流石じゃな、呪言とは相手を呪う事。簡単なものでも極めれば単に重しを乗せるより強力なものとなる」
「うおおお、やべえやべえ、うわっ!蟲が来たあああ!」
こちらも分が悪そうな戦闘が行われている。
「……フウ……」
「どうだ、もう限界だろう」
アサシンの言ったとおりセトの体血まみれだった。
どの傷としても未だ血が流れ続けている。
「ま、これが経験の差だ」
短剣を腰に刺した長剣に変える。
「さあてそろそろ止めをッ!」
パッとその場から飛びのく。
「…おいおい、何の冗談だこりゃ?」
男が目を見張る。
空には多くの魔物やインキュバスの実力者達が飛んで、浮かんで、乗り物に乗っていた。
「悪いわね。彼らは私達の国の恩人なの」
デルエラが空中から話しかける。
「恩人?」
「ええ、山賊討伐のね」
「お前らそんな良い子ちゃんだったのか」
ちらとセトを見る。
「だから、このまま降伏するか、逃げてくれない?」
「……ハッハッハ!どうする?じいさん?若造?」
「せっかく若いもんに訓示を与えながら戦闘していたというのに……」
「マナーがありませんね……」
「……と言うことだ。俺としても折角のバトルを邪魔されたのは気にくわねえ」
途端に3人からとてつもない殺気が漏れる。
「まさか俺らが本気だった、と思ってるんじゃねえだろうなあ。紳士淑女諸君」
「老いた者が手をつけるまで待てと習わなかったのかね?嘆かわしい」
「マナーというものは要するに規則です。これを破ったという事はそれ相応の覚悟をしていただきませんと」
さっきとは段違いの殺気だ。
(すごいわね)
正直デルエラだけで勝てるとは思えない。それ程の実力者達だという事に驚く。
(人間の中にもまだこんな輩が)
「そう、なら仕方ないわね。総員、戦闘準備!」
シュアン!! シャン!
あちらこちらで武器を抜き、構える音がする。
「かかれっ!」
羽ばたく音が戦闘の始まりだった。
「フン」
キン!
投擲されたナイフを弾く。
降ってきたダークスライムが投げたのだ。
「元暗殺者ってところか……。だが、俺から見るとひよっこだ!」
最初に見せた速さとは段違いの速さで短剣を投げる。
ギイン!
一本の剣がそれを弾いた。
「あなたは私が相手しましょう」
ウィルマリナだった。
「ふん!私がか、後ろにいるサキュバス達や弓使いは何だ?」
「クス。私も騎士道精神は嫌いじゃないけど今は非常事態なの」
「なあるほど。いい考えだ、好きだぜそういうのは。だが、こちとらそういう世界が基本だってことを忘れんなよ!」
後ろのプリメーラに気後れするでもなく、高い魔力に臆することもなくウィルマリナに向かう。その手には長剣が握られている。
「ムン」
裾からでたいびつな形をしたビンから液体が飛び散る。それが魔力を毒し、消した。
「はれ〜?何それ〜?」
魔女ミミルが放った対個人の絶大な魔法は一瞬にして消えた。
「毒とは、あらゆるものに精通する。風や大気さえも毒せる。ではなぜ魔力が毒せないと考えられようか」
「む〜ミミル分かんな〜い」
再び魔法を出す。今度は違う種類の魔法だ。
「ホウ。分からんと言いながらちゃんと別の魔法を放ち、味方に当たらん様にするとはなかなか」
スッと3つの瓶を取り出した毒使いはそれを同時に投擲した。
パキャン
3つの瓶が空中で割れ、中の液体が混ざる。
シュオオオ
出来上がった紫色の煙は意思を持つかの様にミミルへと遅いかかる。
シャラン
と音がし、煙が消える。
「なら、ただ毒は浄化すればいいことではありませんか」
サーシャが神の力により毒を消したのだ。
「ふむ。堕落神も浄化ができるのか」
「愛と情欲の世界に毒は入りませんから。ご老体なのに無理はいけませんよ?」
「おお、ありがたい事に正論じゃな。だが、負けるわけにはいかぬ」
そうして二人の強大な魔力を持つ魔物やその他の魔物達に物怖じすることなくさらに攻撃する。
「やれ、うるさい人達ですね」
呪言師の周りには強力な魔物が二人いた。
「なんやうるさいとは、自分ウチの言葉馬鹿にしてるやろ!」
「そういうわけではないんですが、土を這う音がどうもね」
ラミアやメドゥーサで構成された部隊、セイレーンやハーピーにも囲まれていた。当然、相手を惑わす歌を歌っている。
もう一人の魔物はというと、
「お前、あたしの娘の未来の旦那に何やらかしてんだ、コラ」
メルセだった。
「へえ、アレが?」
ちらとまだ地面でモゾモゾ動いているラクルに目を向ける。
「なかなか前衛的なお母さんですね」
「う…ま、まあ」
まさか肯定的な意見がでるとは思わなかったのだろう。
「ですが、ルールはともかくマナーを破るのは良くない」
「ム?きいつけえ!やる気や!」
「では行きましょう、苦境の神話<コンポジット>第一章 sen toe do nas toandeds……」
雄雄しくも猛々しい歌がセイレーンの歌をかき消す。
途端に周りの魔者達が喉を掻き毟るようにして悶える。
「うおっ、これは苦痛歌やな。こんなもんこうしたる」
稲荷の今宵は対抗して呪符を規則的にばら撒く。
歌の能力が消えた。
「len pie…おや」
「ウオラアア!」
ブン!
振り回された槍を跳んで回避する。
「陰陽を極めていますか、流石ですね。ではここからは知恵比べと行きましょう。つづいて座禅の針筵 se--nn torti--a roq am se---ren to…」
「カアーーーー!アイツいちいち呪言の性質を変えてきおる。メルセ、歌が変わるときを狙いや!一撃やで!」
「ああ!」
歌と符が混じる。
「まずいわね……」
まさかこんなに大勢の、高出力の魔力の中で自我を保てる人間がいるとは……少しは耐えると思ったがここまでとは予想外だった。
人間を舐めるな、か。
痛感する。
ガン ガン!ギイン! キイン シュン
ウィルマリナやプリメーラの猛攻にも関わらずアサシンは軽やかに避ける。
「へいへい!どうした!所詮は勇者の技術ってわけか!!」
「なんですって!」
プリメーラが青筋を立てる。
「ハハ!そう怒んなよ!注意してやってんじゃねえか、その技術だと負けるってな!」
「何?」
ウィルマリナが顔をしかめる。
「考えてみな!お前らその調子だとノンカラーってのは知ってるようだな?ええ?わざわざこんなご大層な歓迎をするからにはよお」
「そうね」
「ふふん!じゃあ聞くがあんたらはノンカラーリストについて知ってたか?」
「…いいえ」
「そこだよ!なんであんたらが知らなくて俺が知ってると思う?」
「……」
「強さか?確かにそれもある。もしかするとそんな勇者もいるのかもな!だが、ちょっと違うんだよ!技術だ!技術がちげえんだ」
「……技術」
「その通り、クソまじめな型やちょっとの応用問題お解けたぐらいじゃあだめだってこった」
「ふん!ならさっさとやってみなさいよ!」
「それそれ、そんな調子じゃ駄目だぜ!相手のペースに巻き込まれてやがる!」
そう言って短剣をウィルマリナに向けて投げつける。
「フッ!」
キン、と短剣を弾いた。
「駄目だな〜弾いちゃ駄目なんだよな〜」
言うが早いかウィルマリナに短剣からかかった液が飛び出る。
「クッ!」
「強酸性だぜ〜さっさと処置しねえとどんどん溶けてくぞ!」
「ウィルマリナ様今治療を…」
「そうはさせるか!」
人差し指を動かしダークプリーストに向けて弾かれて地面に突き刺さった短剣を飛ばせる。
「なっ!」
キン!
「クウ!」
「ウィ、ウィルマリナ様!」
かろうじてウィルマリナが受けた。さらに液体を浴びる。
「わう!やるな!」
「あんたは調子に乗りすぎよ!」
プリメーラが立て続けにワーウルフの俊敏性を活かし高速に矢を射る。
「そういうアンタはさっきからしゃべり過ぎだ!」
短剣を投げる。
「フン。おしゃべりなのはどっちかしら?ほら、もうさっきの助言のおかげであんたの手の内がばれちゃってる!」
プリメーラが右に避ける。
「馬鹿かお前!同じ手をプロに使うかよ!」
避けたナイフが自分が元いた場所に一瞬とどまり、そのままスイとプリメーラに向かう。
「ウッ!」
モロにザクっと斬れた。
「プリメーラ様!」
「線の長さぐらい考えて投げればまったく違う戦法の出来上がりだ」
「クウ!」
プリメーラのいる場所までが糸が届く長さらしい。となれば、横に避けても振り子のように移動し裂いていく。
「後ろに避けりゃあいいものを弓の射程と威力を考えすぎたからだ」
そう言い放ちながら次々と短剣を投げる。
「クッ!」
ウィルマリナが前へ出る。
(近距離に入れば短剣の効果も!)
「近距離に入れば短剣の効果が下がるってか!?」
「!!」
先程ウィルマリナが弾いたナイフが今度は戻ってきた。
避ける。だが、
「ほら!そこ!」
短剣にに繋がった細い糸がウィルマリナの体を巻き、押す。
「な!」
そして目の前にアサシンが飛び出し、
ゴツン!
頭突きを食らわした。ウィルマリナがあまりの衝撃に転倒する。
「どうだ!?ん?思いがけない一撃は効くだろ!」
「こんの!サドが!」
プリメーラが再度弓を射る。
「お前ら全然理解できてねえよ」
避けながら短剣を立て続けに投げる。
「こんなもの!もうかからないわ!」
後ろに避ける。
「ほうら!そこお!」
「え!?」
(嘘?まだ飛んでる、ダミー?)
慌てて次の行動に注意する。
「…やれやれ、だめだなお前ら」
「へ?」
同時にナイフが自分を後ろから追い抜く。
(え?)
糸に絡まる。前に出てしまう。
拳が飛んできた。
ガン!
「クアッ!」
これが人間の筋力かと疑う程の強さだった。
転倒する。
いつの間にかナイフの糸で絡まり縛られているウィルマリナのように縛られる。
「馬鹿じゃねえのか?一体だれが線の長さが同じだといった?」
(なんて、こと)
「おっし、あとはザコと中ボスか!へい爺さん!こっちはあらかた片付いたぜ!」
「ホウ、終わったか」
ミミルやサーシャだけでなく、他の魔物も動揺する。
「ホレホレ、言葉を気にする場合ではないぞ」
いつの間にか壺を取り出していた。
「お主らに毒の使い方を教えてやろう」
ゴト、と壺を押し倒す。
ゴハッ
音がするほど黒い煙が噴出す。
急いでサーシャが祈る。
黒い煙が……消えない。
「そもそも毒とは、相手に気付かれずにかつ己は安全な位置において対象を仕留めるために使われるのだ。つまり、相手に見せる毒の使い方など愚の骨頂。だが、暗殺以外ではどうしようもなく目に見える毒を使ってしまう。だがこれはナンセンスだ!」
煙は消えない、それが当たりに充満する。
苦しくなってくる。ミミルが防御魔法で煙を追い出す、だが、苦しい。
肺が焼けそうになる。体に入ったからかと体を浄化する。だが浄化しない。
(なぜ…!)
毒使いの演説は続く。
「ではどうすればよいか、どうして乱戦の中で毒を見せずに使うか。分かるかな?そこの魔女っ子」
分からない、それ以前に答えられない。
「いかんなあ、その顔は分からない、と言う顔だ。0点!では、そちらの僧侶様は?」
同じく答えられない。
「苦しいからとごまかさないように。なるほど皆分からんようだ。では教えよう。見せるのだ。ただし!毒ではないが人の意識の中心に立つような何かを!!」
サーシャにも分かった。
(では、あの煙は……)
罠……。
「気付いたようだな。その通り、先程の煙はただの煙。どうだっただろうか?毒のようだったであろう?さて、では何が毒だったかと言うと…これはさすがに秘密じゃな」
「ウウ…」
「ふむ。こちらもこれで終了か」
すでに多くの魔物が立っていられる状況ではなかった。
「あちらも終わりましたか」
「てめえ」
ブン
「おっと」
「仲間が勝ってるからって油断してるんじゃねえぞ!」
「油断?これはこれは、油断とは…」
「何?」
「これから最高の曲を披露しようとしているのに、観客の興を立てるには一度曲を終えなければ」
「なんだと?」
「む!メルセ!そこから逃げえ!次はヤバイ気がする!!」
「ああ!総員一旦距離をおき矢を使え!」
「ふふ、観客が整列しましたか、では始めましょう!」
「射撃準備!」
呪言師はまた喉を押さえている。
(なんだ?)
メルセは青年の喉骨が動いたように見えた。
喉を抑えた青年はギターを持ち、
「ではいきましょう!<カルネルの処刑見学>合唱!全楽章!!」
「!まずい!歌わせたらあかん今を狙うんや!」
時すでに遅く歌がギターの調によって始まった。
「oo oo ooooo oooo ooo ooooooo oooooo ooo…
serebede jausoe oaksdeo kwwj laseu keoo…
saeivc duv duv fue duv okrr ks…
williv wlll o wkki wk uu wi k wiii…」
「ああああああアアああああ!!」
「なんだこれはガアアア!!」
阿鼻叫喚が生まれる。
この青年、4つの声で同時に歌っていた。
「アカンン!これは!くううううう!」
つまり4つの呪言が同時に、さらにギターの音に乗せる事によって音調を変え、痛みを変えているようだ。
もうすでにまともに立っている者はいない。
「く、このおおお!」
「パルメ!近づく、ああああ!」
痛みが和らいだ瞬間にパルメが飛び出した。
だがこれがいけなかった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
より至近距離で歌を聴いてしまうことになる。
「パルメエエエ!」
メルセの声も空しく歌に消される。
戦闘が終わった。
「これは……」
デルエラもあまりのことに驚いていた。そして怒っていた。
「私の民に、よくも!!」
「デルエラ様!」
「なりません!!」
一部残っていた近衛隊が必死に押し止める。
「彼らは異常です!異常な強さです!!」
「いけませんデルエラ様!」
「クッ」
唇を噛み締める。自分の慢心が引き起こしたという事にさらに憤怒が増す。
最初から私も出ていれば…!
そう思いキッと睨んだところ、
「何?」
呆然とする。
デルエラの視線に気付いた魔物達も驚きを隠せない。
そこには……
「はっはあ、終わりか?うん?」
すでに立っているものはいなかった。皆足や翼をやられている。
「たいしたことねえな、さて、上の野郎共も来させるために誰か見せしめに…」
「おい、やめろ。その人達に手を出すな」
突然声が響いた。
「…あん?」
声のした方に目を向ける。
「…なんだてめえ」
そこには、すでに血が止まっているセトがいた。
(なんだ、殺してないがどうして立てる。それぐらい出血したはずだ)
「お前、何なんだ?」
「一つ言っておく、あんたの経験で全てを理解したつもりでいる時点で勝負は付いていた」
「……そうかい」
「離れろ、そして立ち去れ」
「悪いが、お前を殺るまでできねえな!」
短剣を投げる。
「あんたの戦法は分かっている」
「そうかい!」
糸を動かす。
避ける。
「無駄な事はやめろ」
「無駄?おもしれえ!」
次々と投げる。
避ける。
「あんたの戦い方は面白い。まず短剣の使い方が巧みだ」
「ありがとよ!」
「だが、それは武器でもあり、防具でもある」
初めて男の笑みが消える。
「あんたは短剣だけで敵を倒している。もちろん他の武器も使えるんだろうがなぜわざわざ短剣か」
避ける。
「短剣が意識を集中させやすいからだ」
短剣がすこし外れた位置に飛ぶ。
「向かってきて、さらに糸により避けても集中させる。巧い。では何から意識を遠ざけるか」
走る。
「何をいってん「言葉だ!」
ダンと踏み込み刀を薙ぐ。
「っ!!」
予想外の速さだったようだ。ついにアサシンからもうすく血が出た。
「あんたは言葉で惑わす。糸があること、長さがあること、その使い方。どれも相手の益になるようだがそれは戦法が一つだった場合にしか機能しない。全てを把握しない限りあんたの技術を見極める事はできない。見極めたときにはすでに倒れている」
男の顔が驚愕に彩られる。
「驚いた。……その通りだ…」
そうか、とプリメーラは思った。
私は翻弄されていた。短剣だけではなく、言葉で。
「…だからどうした。お前が俺の筋力についてこれない事は!?」
いつの間にかセトが目の前に迫っていた。
ザン!
「グオ!」
斬られた。この場にいる誰よりも深く。
(見えなかった)
剣の軌道は見えたが、その振るう腕が見えなかった。
(??)
気付けば自由に動けるようになっていた。
(まさか、いつの間に!!)
細い糸を肌や服に傷つけずに斬っている。
プリメーラも驚いている様子だ。
「グウウ!」
いつの間にか男には脂汗が浮いている。
「あんたの神経を『薄く』斬った。痛いはずだ」
「なん…だと!?」
(俺でも出来ない芸当だ)
「終わりだな」
「……こんなにつええなら、…何故最初から力を出さなかったあああ!!」
短剣が使ったものも使わなかったものもいっせいにセトに群がる。
セトはただユルリと剣を大きく縦に回転し、上に跳んだ。
短剣が同士がぶつかり液体が飛び散るかと思いきや、
ポトポト……
短剣が『割れた』
「な…」
上に逃げるのは分かっていた、だからこの後軌道変更をすればまだ勝機はあるとふんだんだ。だが、割れるなんて…。
ストン、と目の前にセトが着地する。
「……」
「あんたの短剣はぶつかれば液体が出る、だったらぶつからずに力が響かないようにすればいい」
「だから、斬ったのか…」
「ああ」
ありえねえ!そんな技術は!衝撃がでないようにはできる!だが問題は武器だ!どうしても刃の幅がネックになる!それが、そんな薄くて鋭利な刃物なんて!
「俺を諭そうとしたあんたに敬意を表して俺の武器を見せよう。俺もある意味あんたと同じ、初見を騙している。まあ騙すつもりはないが」
スッと武器を見せる。
黒い、そう思った。
セトが今度は水平に刀を見せる。
…なに?…見えない!刀の鞘しか見えない!
「これは…、馬鹿な!こんな…ことが…」
「俺の唯一の武器であるこの刀の長所は硬度だけじゃない、薄さだ。だが、皆薄いというものは透明と感じる。これは黒い、だから騙される」
そんな……。
「ちなみに、これは親父のプレゼントだ」
……そんな、馬鹿な…。
その親父はもっと強いのだろう。分かる。こんな武器がどこぞのヒョロチンに見つかるはずが無い!
「くそ」
「血が止まった理由だが、俺の体は異常だ。それが答えだ」
どういう意味だ?
「触ってみろ」
二の腕を差し出すので触ってみた。普通の肉だ、ただ、なんだか詰まっているような気がするが、この程度の腕ではあんな速さの剣技は生まれない。
「力を入れる」
すると、
「馬鹿な…」
硬くなった、それこそ鈍の武器では斬れそうもない。
「これは……」
「俺は特殊だ。自然治癒力も、内臓の効果もあらゆるものが人間をより強化したものだ」
「……」
「……俺は怒っている」
「…ああ」
「…最後に残す言葉はあるか?」
「大人な振りして悪かった」
「そうか」
剣を振り上げる。
「待て!もう一つ!」
「何だ?」
「どうやって短剣を斬った?いろんな角度から斬られていたが…」
「目がいいな。あれは親父から習ったものだ。物質には斬線というものがあってその線に沿って斬れば何でも斬れるとのことだ。俺はあんたが投げまくるのを見ていて斬線を掴んだが、親父は、感じ取る」
「フハ、フハハハ!…何だそりゃあ、お前の親父は何なんだ」
「さあ、俺にも分からない。ただ…」
「ただ?」
「あんたのように面白い」
「……おめえ老人受けするタイプだよ…あんがとな」
話は終わったとばかり男は目を閉じる。
セトが構える。
「俺は怒っている」
「…ああ」
「だが、あんたには敬意を表す。俺があんたを追い詰めたとき、あんたは人質を取れた筈だ」
「ああ、…ふん、それがマナーだ。関係ないもんは元から殺すつもりはねえ。一回の仕事では一人消すだけがいいんだ」
「じゃあ、人質を一人にすれば良かっただろう」
「……ああ!うるせえ!…さっさとやれ!」
セトは構え剣を振るった。
「アアアアアアアアアア!!」
パルメはすでに意識が混濁していた。
だが、その時このことだけは覚えている。もうすぐで意識が飛びそうだった時、誰かが私を持ち上げ、母の元へ送り返してくれた。
そうして母が抱き上げてくれたとき、痛みが消えた事が分かった。
その時震えた声を私は忘れない。
「てめえええええええ!俺の女に何してやがるんだこらあああああ!!!」
ああ、ラクル。涙が流れ落ちる。
私を……また、助け……女……俺の…女…。
そのまま意識を失った。
「ゴハッ!」
何が起きたか分からなかった。
その後自分が喉を叩き潰された事が分かった。
「ヴぁヴぁ、ああ」
よかった、まだテノールは生きている。
「どう、やったのですか?」
「ああ、まずは毒蟲を消して体内から毒を取り出したんだよ!」
見れば相手の体から透明な液体が流れ出ている。
「体内から……取り除いているじゃと!!」
騒ぎに気付いた毒使いも驚いている。
「ああそうだよクソジジイ。よくもやってくれたな!この野郎おとなしく死んだ振り作戦をしようと思ってたのによお!てめえらやりすぎだ!!」
「毒はともかく、どうやって私の歌を……」
「ああ?そんなの音を聞こえなくすりゃあいい」
「馬鹿な!音はあらゆるものに響き「響かねえ体をつくりゃいいじゃねえか!」
……なんだと!
「馬鹿な!まさかお主は!!」
「予想通りだジジイ。俺は俺の体を作り変えられる。ベースは魔物だがな!」
「そんな…」
「ジジイは後だ。おい、てめえ!この歌手野郎!」
グッ、反撃しようにも力が…
「まずはおめえからだ」
分厚いオーガの、ゴーレムの体で補強された一撃が襲い掛かる。
ドガアアアン!
「クッ!」
まさかこんな事になるとは…、予想外だ!
身を翻そうとするがすでにワシを飛び越えてきおった。
その体からでるローパーが辺りをうねうねと動いている。魔物の体にまで這いずり回っている。
「おっと悪いなお姉さん達、ちょっと待ってくれ、今毒の成分を検出している」
何!?
「……なるほどこうか、ま、ありきたりだが手強い自然毒のブレンドだな」
そう言った若者は今度はローパーに穴を出現させそこから何かの霧を発散し始めた。
「よう毒博士!これぐらいなら知ってるな!?毒は薬にもなる!」
むう。
「ありがとよ、さんざん辺りに毒をまぶしたおかげで抗体がすぐに出来上がる」
なんという……。
「そいじゃあ終了だ。言っとくがお前以上に手ごわい毒使いに会った事がある。そいつは一から毒を作っていて解析が難しかったがな!まずはてめえの実力の無さに後悔しやがれ!!」
……毒を自分で作るだと!……そうか……そうか…。
影が伸びたときにはすでに逃げる意欲がなかった。
11/11/27 22:37更新 / nekko
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