自分の信念…って…?
二週間後
ザッ
「……」
「帰ってきたな」
「ええ」
長かった。地獄だった……。
山へ入っては修行。小川でも修行!平原でも修行!!
修行修行修行修行修行……
「おい、大丈夫か?」
「ハッ!」
思わずトリップしていた。
「自身を持て、お前はかなり強くなったぞ」
それは分かる。筋肉もそんなについていないようだが師匠の特別な訓練で筋肉の質を高めた。どうやら筋肉モリモリのおじさん程の筋肉レベルらしい。まあ今では激流に流れる丸太も受け止めれるのでそうなのだろうが。
だが……
「僕、技を一個も習ってませんよおおお!」
そう、技を習っていない。
あの不良リーダーが使ったような技が欲しい!
「……セスト」
師匠がいつになく真剣な顔で僕を見る。
「……技がなんで必要か、分かるか?」
「……なぜ必要か…」
「そうだ」
「……」
「答えは、基本が充分に出来ていないからだ」
「え?」
技とは、基本を学んでこそのものではないのだろうか。
「技は、先人が基本を極めに極めて作った物だ。つまり、本当の技っつーのは先人が歩んだ基本の道を歩いてこそ効果がある、っていうことなんだ。つまり楽に強くはなれないてこと。断言してやる。基本がちょっとで技が豊富な奴を基本を叩き込まれた奴には歯が立たない。お前にはこれまで拳で戦う術において、防御と攻撃の基本しか教えてこなかった。だが密度は違う。お前はもう何万回もパンチやキックを練習した。それでも極めている、ってわけではないがそれで充分なはずだ」
そうだったのか……。
「とりあえず、俺を信じろ。それと、……何よりも自分を信じろ」
「……信じますよ。師匠も、僕も!」
信じるとも。この人は凄い。たぶん御伽噺ででてくる勇者よりも強いかもしれない。
「よし。あいつの親父のことは俺に任せろ。それより、お前は倒す事だけに集中!いいな」
「はい!師匠!」
「よし!それと、なんでお前が武術を習ったか、見させてもらうぜ」
?最後の言葉が気になったが、とりあえず師匠を追う。
久しぶりの町では久しぶりの光景が続けられていた。
子供を不良が棒で殴りつけていた。
「ああ、セスト坊ちゃま!」
町民の一人のおばさんが駆け寄る。
「こ……こんな事を申し上げるのは駄目だと分かっています。でもどうか、どうかうちの息子を助けてください!」
「どうしたんですか?」
人から僕に話しかけてきたのは初めてだ。
「坊ちゃまがいない間、あいつらはどんどん過激になって……うちの子の友達は骨が折れました!今度は!私の!」
思わず声が大きくなったようだ。
「あ、あの子供!」
どうやら町の人達も僕に気付いたようだ。
「セスト様!一体どこにいっていたんですか!あんたがいなけりゃあ俺たちが…」
「馬鹿野郎!何言ってやがんだ!」
「お前ン所のガキもやられただろう!」
「それとこれとは……」
「どちらへいらしていたんですか?おかげであたしらは…」
「誰のおかげで飯が届けられると思ってんだ!」
「ボンボンめ!」
「おい!お前ら、いいかげんにしろ!」
あちらこちらで言い争う。
「……」
立つ瀬が無かった。……僕は…こんな状況でこの人達を…。
「嫌か?こんな馬鹿共のために戦ってやるのは?まあ中にはまともな奴もいるが」
師匠が心を読んだかのように問いかける。
「……」
「…どうする?」
「……決まっているじゃないですか…戦いますよ、あいつらと」
「……」
「だって、僕はそのためにここまで来たんですから!」
「……その通りだ」
「それに、町の人が、……可哀想だ…。だってあいつらがいるからこんなに変になってしまったんだ」
「…良くわかってるじゃねえか。その通りだ。いろんな所を旅してりゃあ腐った奴らが多い所を結構目にする。だがそこは人が腐ってんじゃねえ。元凶が腐ってんのさ」
「はい」
「よ〜し、そんじゃあ……」
師匠が息を吸い込む。
「やかましいいいいいいいいい!!!」>
ビリビリと声が響く。
町の喧騒が止んだ。
人々が道を空ける。
その先には、リーダーがいた。
「……ボンボン…」
リーダーが立ち上がる。
「行って来い」
コクリと頷く。
歩を進める。
……対峙した。
「後悔しねえなあ、お坊ちゃま〜」
「……」
無言で構える。
「……死ぬなよお」
相手が、肘を固め肺を狙ってきた。
だが、狙う前にすでに僕が相手の頭を拳で打った。
バアン!
「……………」
相手は……くず折れた。
「…あれ?」
「ハッハッハッハッハ!言ったろ?所詮基本を極めきれてねえ技なんてそんなもんだ。まず遅い!ほんで当たっても本来の効果じゃない!」
「あ…アハハ」
こんなに強くなっているとは、……いや、
バッと構える。
まだ仲間がいる。
「な、なんだよこいつ」
「おい、おきろリーダー!」
どうやら浮き足立っているらしい。
「う、おお……おい一斉にかかるぞ!これなら大丈夫だ!」
「そ、そうだ」
オオオオオオオ!
と総勢がかかってくる。
…遅い、そして協調性が無い、一つとして同時攻撃なんてものがない。数を活かし切れていない。師匠が両腕を使って同時攻撃を見せてもらったがあんな完璧なものを見せられればこんなもの、
四人目を倒して、五人目の腹を蹴り上げる。
ただのチャンバラだ!!
最後の一人を倒した。
……ワアアアアアアア!!……
町の人が歓声を上げる。
「すげえ!」
「なんてこった」
「あのひ弱なボンボンが……」
歓声は冷めそうにない。
終わったか、と思うと、
ゾクッ!
思わず右の方を振り向く。
そこには、
「……お前か?俺のガキをやったのは?」
歓声がその男の出現によって徐々に消えていく。
これが、噂の用兵。
(強い……)
勝てるだろうか。
「フン!付け焼刃で倒したようだが、そんなんで俺に勝てるかな?」
「……」
それでも構えは崩さない。
「いい度胸だ、成り上がりのボンボンが」
「最初は誰でも成り上がりだ」
声が上がる。
「誰だ!!」
「そう大声出すなよ」
師匠がいつの間にか横についていた。
「……何だてめえ?」
「こいつの師匠だ」
「師匠?」
そういって交互に見ると、
「プッハッハッハッハッハ!」
「……」
「お前らが、いや、お前が師匠?!グハッ!笑わせる。何の力も感じねえポンピーじゃねえか!」
「……」
「いいか、師匠ってのは……」
ゴアッと闘気が渦巻く。
(グッ、すごい!)
師匠からは感じた事の無い気が降り注ぐ。
「こんなもんなんだよ……」
「…違う」
「何?」
「僕の師匠は、もっと強い!!」
「ああ!?」
ポンと肩に手を置かれる。
「よく言った。そうとも俺の方が強い」
「ああああ!!?」
「よし、セスト、これから俺はお前に一つ技を見せる。この前お前が使われた腕で肺をやられるやつだ」
「え?」
「よく見てろ、まずは悪い例からだ」
「…え!悪い例から!?」
「なめんなよおおお!」
傭兵がもう突進していく。
「そら、いくぜ!」
そう言って一瞬で相手の懐に飛び込んだかと思うと、
バアン!
「グフウウウウ!」
腕で相手の胸を叩いた。
「いいか、今のはきまったが、これは悪いんだ」
いや、悪いって……相手倒れて苦しんでるんですけど。
「単純に腕に力を入れて打ち込んだらただ肺から空気を押し出すだけだ」
「クッ、ガアアアアアアア!!」
傭兵が間合いをとり今度は武器を持って殴りかかる。
「そして、これが……」
師匠が見えなくなり再び相手が吹っ飛ばされた。
ドゴオン!
「うわっ!」
壁が少しめりこんだ。
「…良い例だ」
すごい……でも、どこが違うんだ?
視界の隅に傭兵が起き上がるのが見える。
足取りがフラフラしている。また向かってくると思ったが…。
「グバハアアアア!!」
大量に吐血して、肩を震わせていた。
え?
「この技は非常に危険な技だ」
師匠が相手に近づく。
傭兵は逃げようとしているようだが、どうやら体が一切動かない、いや…息を吸っていない。
「腕全体に均一に力を入れて打ち込むとまずあばらの骨がすべて粉々になる」
「こっ!」
粉々!じゃあ今あの人は……ヒイ…。
「そしてより押し込むと肺の器官全体を腕の力、砕かれた骨で潰す。これで周りの内臓はおじゃんだ」
うげええええ。
「つまり、これは、殺人用の技なんだ。分かったか?なるべく使っちゃいけない」
師匠は懐から何か瓶を取り出すと中の液体を傭兵に飲ませた。
するとそのまま傭兵は倒れた。
「……死んだんですか?」
「いや、特別な薬を飲ませた。もう肉体が元に戻り始めているはずだ。急激な痛みから解放されて気絶したんだろう」
「……」
町の人は皆師匠を怖がっている。
けど、僕はこのとき、師匠をすごい、と思っていた。
別に盲信していたわけではない。まず師匠はあんな技を軽々しく使うような人じゃない事を知っているし、何よりも……。
こんな状況で恐れられる存在になっても僕に教えてくれたんだ。
「……悪かった。弟子に見せるためとはいえあんたを苦しませて…」
そう傭兵の耳元でつぶやいていたのも聞き逃さなかった。
「……これで、俺の授業は終わりです。アンダヌスさん」
え?アンダヌスは僕の…
後ろ振り向く。
「……お父さん」
そこにはでっぷり太ったお父さんが立っていた。
「……まずは、礼を言おう。勇者。息子を『改造』してくれて」
「…えっと…」
「冗談だ。感謝している」
「そうですか」
「好きな褒美を言え、とらせよう」
「……褒美ねえ」
「……欲がないのか」
「いえ欲はありますよ、世界平和、ですかね」
「フフ……今までそんな戯言を言ってきた勇者多かった」
「ええ、戯言です」
「ム?」
「だって無理でしょう?同時刻に大陸の端から端で事件が起きたら対処できない、神様でもないとね」
「ほう」
「だから、無難に、お金にしときます」
「ふむ」
「……これぐらいで、どうでしょう」
紙に書いた金額は町を一個帰るほどの金額だった。
「ほほう、中々考えた金額だな」
「でしょ?」
「ふふ。お前は中々面白い勇者だ」
「ああ、最初から勇者っていってくれる人は初めてだ」
「ほう、そうか。人助けをする者は皆勇者だろう?」
「……」
「お前もそういう考えで勇者と名乗っているのだろう」
「…流石ですね…でも、一応勇者ですよ。ちゃんと教団の名簿にも載ってます」
「おう。勘が外れたのは久しぶりだ」
「アハハ」
「……勇者よ。名前を聞こう。お前とは息子だけではなくいろんな面で長い付き合いになりそうだからな」
「……俺の名前ですか。……エルド・アングー」
「エルド・アングー……忘れん」
「嬉しいですね」
「それではエルト、金が用意できるまでもうしばらくこの町に留まってくれ」
「ええ、ありがとうございます。……しかし、あんたもすごいね」
「いきなりタメ口か、それで」
「お互い様だからいいじゃないっすか。セストのことですよ。気付いていたんでしょ?」
「……」
「町に入ってから、あんたの息子を見張ってる影を見たんでね」
「ほう。気付いたか」
「ええ、それが誰かもね…」
「…入ってこいアルフレッド」
キイ、と老執事がお辞儀をしながら入ってくる。
「元暗殺部隊隊長のお前のことを瞬時に見抜いたらしいぞ」
「そのようで」
「お前はこの者の実力にいつ気付いた?」
「お恥ずかしながら、真の実力に気付いたのは坊ちゃまとの当日の修行の時かと。不良は誰でも倒せますゆえ」
「そうか」
「あの修行法はとてつもない実力を持ってない限り、受けるほうが死ぬ修行ですからね。農作業まがいではなく、回すほうの事です」
「ふむ」
アンダヌスは椅子から立ち上がり、窓のほうを見る。
「セストは、私のひ弱な妻が移ったのか、本当に弱くてな」
「難産か?」
「ああ。……あいつが生まれたとき、憎いと思った」
「……」
「ワシをデブ呼ばわりしながらも誰よりもワシを理解してくれたのは……妻だけだった」
「……」
「……だが、やはりこのワシも人の子であり子の親。情に負けた。故に護身のアルフレッドを傍につかせたのだ。ただし、扱いはあくまでもワシの強い息子としてだ」
「そうですか…」
「……精神は強かったが、肉体は如何とも。だが、お主のおかげで解決だ。改めて礼を言わせてもらう。……ありがとう」
「私からも、ありがとうございます」
「……照れるね…」
数週間後、とある森
「クソッ、人間め!最近力を付けているな!」
アマゾネスが子供達を護衛しながら叫んだ。
「ラル!」
仲間のケンタウロスが後ろから追い上げてくる。
「どうした!」
「すまない、私の一族が一匹はぐれている!」
「何!?」
「クッ!……アマゾネス部隊お前達はこのまま前進しろ!私と副官がケンタウロスの部隊に着く!急げ!」
「恩に着る!」
急いでケンタウロスの背に乗る。
「どんな奴だ!?」
「まだ少女だ!戦闘はできるがどうやら平原に反れた仲間から聞くと足を怪我していたらしい。敵が来ないか母親が狂う寸前だ!それを父親がなだめている」
「ッそうか!」
全速力だったためかすぐに平原の近くに着いた。
すでに辺りには数等のケンタウロスと、その夫が散策している。
まずは近くの森から探しているようだ。
ラルがふと平原の方を見ると、
「…いた!」
「何!!」
確かにケンタウロスがポツンと横になっていた。どうやら足を射抜かれているらしい。
「リーア!!」
母親らしきケンタウロスが駆けようとするが、
「!止まれ!全員!身を隠せ!」
咄嗟に全員が反応する。
母親のほうは仲間が引きとめたようだ。
「どうした?」
「人間の匂いだ」
「何!?」
確かにかすかだがする。だが軍隊であればもっと匂いが濃いはずだが。
「小隊だろうか?」
「分からん」
目を凝らす、すると、
「!師匠!!」
「ん?……ああ」
人間の青年が一人、少年が一人やって来た。
「あれだけか?」
「……分からん」
見たところ兵ではなさそうだが…
「魔物!!」
ダッと少年の方が駆ける。
師匠と呼ばれた男はペースを崩さず歩く。
少年が拳を振り上げた。
「ッ!」
母親の声を仲間により殺された悲鳴が聞こえる。
私も思わず飛び出そうとしたが、
「怪我……してる」
「……」
「どうする?」
「……分からん。罠かもしれん」
「馬鹿な!二人だけだ!それに匂いも」
「今の人間を甘く見るな!」
「…ムウ」
仲間と息を殺して事態を見つめる。
「どうした?」
「師匠……その…」
「怪我してんのか……」
「……」
「で、そいつは魔物じゃねえのか?」
「……はい」
まずい、まずい流れだ。
「魔物ってのは人を食い殺したり、時には奴隷にしたりって言われてるんだろ?」
「……はい」
「……女の子だからか?」
「…!」
「……女の子とか、そんなん関係ねえだろ?」
男が懐から短剣を取り出す。
少年に握らせる。
「…いつだって己の信念に従え…周りにどんな事が起きてもだ。例えばほら、今は目の前に傷ついた魔物の女の子がいる、で、どうする?」
「師匠……」
「お前が決めるんだ」
チラと少年はリーアを見る。
そのまま正面を向き、短剣を握り締め徐々に腕を挙げていく。
「おい!まずいぞ!」
「クッ!」
「もう母親が限界だ!」
「罠の場合もか!」
「ああ!」
「よしなら行くぞ!」
その報告が仲間に瞬時に行き渡ったとき、
「うおおおおおおおおお!!」
ドスッ!
(遅かったか!)
動けずにただ見ることしか出来なかった。
母親と父親のほうは怒りに目が血走っている。いや、それだけじゃない。同属も、……私も同じだ。
(罠だとしても)
そう覚悟を決めたとき、
「出来ない!」
(なに?)
見れば、まだリーアは生きていた。
「出来るわけ無いでしょう!!まだ、……まだ同じ年頃ですよ!それに、女の子だ!!出来ない!」
カッと目を見開いて青年を見る。
「…魔物だぞ」
「だからなんなんですか!」
「…人が襲われたらどうする」
「僕が守る!」
「その時は、そいつを殺すのか?」
「…っ!この子も守る!」
「どうやって」
「誰も傷つけずに!」
「どうやってだ」
「強くなります!」
「……」
「この子が襲う人も、この子も、誰も傷つけない程、強くなってやる!!」
「……」
「これが、僕の信念です!」
「……」
青年は無言で少年を横切り、地面に刺さった短剣を抜く。
「俺と戦うことになっても、そんなことが言えるかな」
男の声が急に低くなった。
「…っ!」
少年が後ずさる。
なんだ?どうなっている?
「どうだ?」
「……フン!」
少年は足を踏ん張り構える。
「……良いだろう、セスト。それがお前の答えだな」
「フウ……フウウ…」
強さの比較は明らかだ。少年が負ける。
「おい!どうする?」
「むう!」
予想外の展開だ。
「く。まずはリーアを守り、次にあの少年を守る。うまくいけばこちらにつくかもしれない」
「ああ。なっ!」
なに?
気付けば視界に移るものが変化していた。
「フッ」
「クッ!」
青年と少年の位置が変わった。
少年はあちこちが切られている。
今の一瞬で……。
青年の実力に息を呑む。
勝てるだろうか…。
「まだ、歯向かうのか?」
「う」
少年はリーアを抱きかかえる。
「俺からその重たいもん抱えて逃げれるつもりか?」
「く、おおおおお!」
少年はリーアを抱え、全力で走る。
「…はあ、おっそい!」
一瞬で少年の目の前に立ち、リーアをひったくる。
「あっ!」
「な」
「あ」
「よく見とけ、お前がどんだけ無力か」
「あ、ああああああ!」
「フン!」
空気が、止まった。
リーアが地面に倒れる。
「……あれ?」
最初に声をあげたのは、リーアだった。
「……え?」
「…は?」
少年だけではなく、私達も驚いていた。
そんな凍りつく場を一瞬で吹きとばした言葉。
「な〜んてね!うっそぴょ〜〜〜ん!!」
「……え?」
「馬鹿だな、お前、俺がむやみやたらに命を消すわけねえだろ」
「……でも、……え?」
「演技だよ、え・ん・ぎ。大体お前師匠ぐらい信じろよお。ま、それが演技の醍醐味なんだけどな♪」
「……」
「いいか?セスト。俺は別に遊びでこんなシビアなことさせたんじゃねえ。お前が自分をどこまで貫けるか見たかったのさ」
急に青年は真剣な口調になった。
「師匠」
「忘れんなよ。この世で心を交わせるなんてやつはいねえ。つまりだ、敵が何をしようが味方が何をしようが最後はじぶんで決めろってことだ。それこそ自分が地べたを這ったって泥をすすったって自分の決めた道を進め」
「……はい!」
「うん。かっこよかったぜ〜俺に向かったときは……ま、」
そこでチラとリーアを見、
「すんげー恥ずかしかったけどなああ!ハハハハ!」
「……?」
少年は意味が分からない顔をしている。
私達は……、成るほど、これは恥ずかしい。ほとんどが顔を赤く染めている。
恥ずかしいなこれは、うむ。
「……?」
「なんだ、忘れたのか?『…っ!この子も守る!』」
少年の口を真似た。
あの青年め、ほっとけばいいものを。
「……」
少年は考え込んでいる。気付くな、少年!
「『強くなります!』」
少年は何かに気がついたかのようにチラ、とリーアを見て、…固まった。
アア……
あちこちでばれたか、という溜息が漏れる。
リーアは、顔を赤くしていた。
少年はそれを見て、顔が赤くなり、
「『この子が襲う人も、この子も、誰も傷つけない程、強くなってやる!!』」
「うわああああああああああああ!!!!」
爆発した。
「ああああああああああ!」
「なんだ!これは!?うん!?告白か!?告白なのか!!?」
「あああああああああああああ!」
少年は地面に転がり悶えていた。
「違う!違う違う!あ、いや違くないけど…でも違う!これは、これはああああああああ!」
「なんだ!平原で告白か!?やるね!!」
「ち……ちいいがああ、ハッ、そうだ!魔物は人を殺すから僕はそういう意味でいったわけじゃ。保護みたいな感じで…」
「何言ってんの?魔物が人を喰うわけないじゃん」
「……え?」
な……。
私も仲間もおそらく皆こう思っていることだろう。
お前知っていたのか!!
「で、でも、……師匠が…」
「俺は『言われてる』って言っただけだぜ、別に俺が言ったわけじゃないもんね〜〜」
なんという……。
「そ…それは…」
少年がチラ、とまたリーアを見る。目が合う。
また赤くなった。
「う……ううう…」
「ちなみに喰っていたのは昔の魔物。今の魔物は全員女でむしろ人間の男と結婚したがっているから、うん、大丈夫だよ。君達。まあ、魔物は男を埋めないからそれが問題ッちゃあ問題だけどね」
そこまで知っているのか……。
「く、くううううう」
………………
無言の風が吹く。
「えと、あ、立てた」
リーアが立った。
馬鹿な、傷が「ああ、俺の薬はよく効くだろ。まあ俺がつくったわけじゃないけどな」
「あ、ありがとうございます」
「いいっていいって」
先程の冷たい表情が嘘みたいだ。
「……そいつに謝る必要はないよ…」
む、殺気が……ああ、少年……。
「あれ?……セストく〜ん?」
「フフ……フフフフウフフフフ、死ねえええええええ!!」
いつの間にか短剣を持ち、青年に斬りかかった。
「危ねえ!」
避けた。
「くっ、これは、そうか一緒に走ろうってんだな。さすが俺の愛弟子」
いや、どう見ても違うだろう。
「グオオオオオオオオオオ!!」
まるで鬼のようだ。
「よし、ついてこい!あの太陽に向かって走るぞ」
「太陽って……真昼間だから真上じゃないか…」
思わず突っ込んでしまう。
「だまれえええええええええ!このクソ勇者あああああああああ!!」
ドドドドドドドド!!
そうして二人組みは地平線の彼方に消えていった。
「大丈夫か」
「うん」
母親がリーアを抱く。そして父親も。
「……不思議な奴らだった」
「ああ、……ま、セストといったか?……少し可哀想だったが」
ふとリーアを見ると、顔を赤らめながら二人組みが消えた地平線の彼方を見やっている。
(やれやれ……こっちもこっちでドンピシャだったか)
とりあえず一件落着でよかった。
「そういえば、ラル」
「む?」
「あの少年のほう、青年をクソが着くとはいえ勇者と呼んでいたが…」
「…まさか、あんな勇者がどこにいる。それに、勇者ならためらわず、とまではいかないが斬っていただろう」
「それもそうか」
「ああ」
……まさか、な。
数日後
「行ってしまうんですか?」
「ああ」
師匠は旅支度をしていた。後ろには荷台付きの金貨がどっさり積もった馬車がある。
「一期一会はしょっちゅうある。覚えとけ」
「はい」
「……お前にはいろんなものを教えたな」
「はい」
「……攻撃にはな、守る攻撃と正に攻めるための攻撃がある。お前に教えたのは守るほうだ」
「はい」
「後はどう使うかは自分で決めろ。攻める方はアルフレッドさんが教えてくれるだろ」
「はい」
「……そいじゃあ、お別れだ」
「……師匠。お元気で」
「……ハハ。あ、それとな、この前のケンタウロスいるだろ?」
「あ、ああ、はい」
「そう恥ずかしがんなよ。あいつお前の事気になったかもしんねえぞ。だからもしケンタウロスが来たらむやみに殺すなよ」
「……まさかここまで」
「来るよ。匂いを覚えてどこまでも追ってくるらしい」
「……」
「まんざらでもねえだろ」
「いや、その…」
「……そいじゃあ、な」
「はい」
荷馬車が動き出す。
(あ)
そういえば、
「ししょおおお!」
「何だあ!」
「そのお金何に使うんですかあああ!」
「俺の好きに使うに決まってんだろおお!」
そうですか、ハハ。
影が見えなくなるまで見送り続けた。
さらに後日とある村
「ちくしょう。なんで教団はなにもしてくれねえんだ」
一人の村人が嘆く
今この村には大飢饉が襲っていた。
元々貧しい村なので蓄えもなく、食料を買い取るお金もない。
「うちのガキなんてもう野菜さえくってねえぞ」
「ちくしょお」
「村長、ここは、もう村を捨てるしか…」
「おおおい!お前らああ!」
「ん?何だ?」
「宿屋じゃねえか、どうした?」
「こ、こっち来てくれ、早くう!」
することもないので集まった男衆はゾロゾロとついていった。
「これは……」
村長が目を開く。
「今朝、食い物探しに裏の庭に久しぶりに行って見たら……」
そこには荷馬車があった。
荷台には金貨が詰まった袋がどっさりとある。なぜか見せびらかすように少し開いていた。
「お、おおお」
溜まらず次々と口を開いて金貨を握っていく。
「ならん!」
村長が叫んだ。
「その手をのけい!それは三日前の旅人の者じゃろう!」
「……ああ、あの自分は勇者だとか言っていた」
「……何が勇者なもんか、あんな奴!結局村では寝泊りだけしてそのまま朝起きるといなくなってたじゃねえか」
「ならん!きっと忘れていったのじゃろう!また探しに戻ってくるはずじゃ!」
「……わ、忘れ物だったらなおさらだ!もう三日経ってる、これは俺が持っていくぜ!」
「やめんか!」
長老が杖で男の手を叩く。
その表紙に金貨の袋の山のてっぺんか一片の紙きれが舞い落ちた。
長老がそれを開く。
数秒したあと、くずおれて嗚咽を漏らし始めた。
「ちょ、長老様」
「長老様」
一体何が書いてあるのかと皆が読む。
そこには、
『落し物って探したもん勝ちらしいよ』
そう書かれてあった。
誰もが言葉を失った。
ただ一人長老だけが涙を流しながら呟いた。
「ク…フウ……勇者様……」
「そうか、金はすべてその村に」
「は」
アンダヌスは邸宅でアルフレッドの報告を聞いていた。
「…ふふ。本当に長く付き合えそうなやつだ」
ザッ
「……」
「帰ってきたな」
「ええ」
長かった。地獄だった……。
山へ入っては修行。小川でも修行!平原でも修行!!
修行修行修行修行修行……
「おい、大丈夫か?」
「ハッ!」
思わずトリップしていた。
「自身を持て、お前はかなり強くなったぞ」
それは分かる。筋肉もそんなについていないようだが師匠の特別な訓練で筋肉の質を高めた。どうやら筋肉モリモリのおじさん程の筋肉レベルらしい。まあ今では激流に流れる丸太も受け止めれるのでそうなのだろうが。
だが……
「僕、技を一個も習ってませんよおおお!」
そう、技を習っていない。
あの不良リーダーが使ったような技が欲しい!
「……セスト」
師匠がいつになく真剣な顔で僕を見る。
「……技がなんで必要か、分かるか?」
「……なぜ必要か…」
「そうだ」
「……」
「答えは、基本が充分に出来ていないからだ」
「え?」
技とは、基本を学んでこそのものではないのだろうか。
「技は、先人が基本を極めに極めて作った物だ。つまり、本当の技っつーのは先人が歩んだ基本の道を歩いてこそ効果がある、っていうことなんだ。つまり楽に強くはなれないてこと。断言してやる。基本がちょっとで技が豊富な奴を基本を叩き込まれた奴には歯が立たない。お前にはこれまで拳で戦う術において、防御と攻撃の基本しか教えてこなかった。だが密度は違う。お前はもう何万回もパンチやキックを練習した。それでも極めている、ってわけではないがそれで充分なはずだ」
そうだったのか……。
「とりあえず、俺を信じろ。それと、……何よりも自分を信じろ」
「……信じますよ。師匠も、僕も!」
信じるとも。この人は凄い。たぶん御伽噺ででてくる勇者よりも強いかもしれない。
「よし。あいつの親父のことは俺に任せろ。それより、お前は倒す事だけに集中!いいな」
「はい!師匠!」
「よし!それと、なんでお前が武術を習ったか、見させてもらうぜ」
?最後の言葉が気になったが、とりあえず師匠を追う。
久しぶりの町では久しぶりの光景が続けられていた。
子供を不良が棒で殴りつけていた。
「ああ、セスト坊ちゃま!」
町民の一人のおばさんが駆け寄る。
「こ……こんな事を申し上げるのは駄目だと分かっています。でもどうか、どうかうちの息子を助けてください!」
「どうしたんですか?」
人から僕に話しかけてきたのは初めてだ。
「坊ちゃまがいない間、あいつらはどんどん過激になって……うちの子の友達は骨が折れました!今度は!私の!」
思わず声が大きくなったようだ。
「あ、あの子供!」
どうやら町の人達も僕に気付いたようだ。
「セスト様!一体どこにいっていたんですか!あんたがいなけりゃあ俺たちが…」
「馬鹿野郎!何言ってやがんだ!」
「お前ン所のガキもやられただろう!」
「それとこれとは……」
「どちらへいらしていたんですか?おかげであたしらは…」
「誰のおかげで飯が届けられると思ってんだ!」
「ボンボンめ!」
「おい!お前ら、いいかげんにしろ!」
あちらこちらで言い争う。
「……」
立つ瀬が無かった。……僕は…こんな状況でこの人達を…。
「嫌か?こんな馬鹿共のために戦ってやるのは?まあ中にはまともな奴もいるが」
師匠が心を読んだかのように問いかける。
「……」
「…どうする?」
「……決まっているじゃないですか…戦いますよ、あいつらと」
「……」
「だって、僕はそのためにここまで来たんですから!」
「……その通りだ」
「それに、町の人が、……可哀想だ…。だってあいつらがいるからこんなに変になってしまったんだ」
「…良くわかってるじゃねえか。その通りだ。いろんな所を旅してりゃあ腐った奴らが多い所を結構目にする。だがそこは人が腐ってんじゃねえ。元凶が腐ってんのさ」
「はい」
「よ〜し、そんじゃあ……」
師匠が息を吸い込む。
「やかましいいいいいいいいい!!!」>
ビリビリと声が響く。
町の喧騒が止んだ。
人々が道を空ける。
その先には、リーダーがいた。
「……ボンボン…」
リーダーが立ち上がる。
「行って来い」
コクリと頷く。
歩を進める。
……対峙した。
「後悔しねえなあ、お坊ちゃま〜」
「……」
無言で構える。
「……死ぬなよお」
相手が、肘を固め肺を狙ってきた。
だが、狙う前にすでに僕が相手の頭を拳で打った。
バアン!
「……………」
相手は……くず折れた。
「…あれ?」
「ハッハッハッハッハ!言ったろ?所詮基本を極めきれてねえ技なんてそんなもんだ。まず遅い!ほんで当たっても本来の効果じゃない!」
「あ…アハハ」
こんなに強くなっているとは、……いや、
バッと構える。
まだ仲間がいる。
「な、なんだよこいつ」
「おい、おきろリーダー!」
どうやら浮き足立っているらしい。
「う、おお……おい一斉にかかるぞ!これなら大丈夫だ!」
「そ、そうだ」
オオオオオオオ!
と総勢がかかってくる。
…遅い、そして協調性が無い、一つとして同時攻撃なんてものがない。数を活かし切れていない。師匠が両腕を使って同時攻撃を見せてもらったがあんな完璧なものを見せられればこんなもの、
四人目を倒して、五人目の腹を蹴り上げる。
ただのチャンバラだ!!
最後の一人を倒した。
……ワアアアアアアア!!……
町の人が歓声を上げる。
「すげえ!」
「なんてこった」
「あのひ弱なボンボンが……」
歓声は冷めそうにない。
終わったか、と思うと、
ゾクッ!
思わず右の方を振り向く。
そこには、
「……お前か?俺のガキをやったのは?」
歓声がその男の出現によって徐々に消えていく。
これが、噂の用兵。
(強い……)
勝てるだろうか。
「フン!付け焼刃で倒したようだが、そんなんで俺に勝てるかな?」
「……」
それでも構えは崩さない。
「いい度胸だ、成り上がりのボンボンが」
「最初は誰でも成り上がりだ」
声が上がる。
「誰だ!!」
「そう大声出すなよ」
師匠がいつの間にか横についていた。
「……何だてめえ?」
「こいつの師匠だ」
「師匠?」
そういって交互に見ると、
「プッハッハッハッハッハ!」
「……」
「お前らが、いや、お前が師匠?!グハッ!笑わせる。何の力も感じねえポンピーじゃねえか!」
「……」
「いいか、師匠ってのは……」
ゴアッと闘気が渦巻く。
(グッ、すごい!)
師匠からは感じた事の無い気が降り注ぐ。
「こんなもんなんだよ……」
「…違う」
「何?」
「僕の師匠は、もっと強い!!」
「ああ!?」
ポンと肩に手を置かれる。
「よく言った。そうとも俺の方が強い」
「ああああ!!?」
「よし、セスト、これから俺はお前に一つ技を見せる。この前お前が使われた腕で肺をやられるやつだ」
「え?」
「よく見てろ、まずは悪い例からだ」
「…え!悪い例から!?」
「なめんなよおおお!」
傭兵がもう突進していく。
「そら、いくぜ!」
そう言って一瞬で相手の懐に飛び込んだかと思うと、
バアン!
「グフウウウウ!」
腕で相手の胸を叩いた。
「いいか、今のはきまったが、これは悪いんだ」
いや、悪いって……相手倒れて苦しんでるんですけど。
「単純に腕に力を入れて打ち込んだらただ肺から空気を押し出すだけだ」
「クッ、ガアアアアアアア!!」
傭兵が間合いをとり今度は武器を持って殴りかかる。
「そして、これが……」
師匠が見えなくなり再び相手が吹っ飛ばされた。
ドゴオン!
「うわっ!」
壁が少しめりこんだ。
「…良い例だ」
すごい……でも、どこが違うんだ?
視界の隅に傭兵が起き上がるのが見える。
足取りがフラフラしている。また向かってくると思ったが…。
「グバハアアアア!!」
大量に吐血して、肩を震わせていた。
え?
「この技は非常に危険な技だ」
師匠が相手に近づく。
傭兵は逃げようとしているようだが、どうやら体が一切動かない、いや…息を吸っていない。
「腕全体に均一に力を入れて打ち込むとまずあばらの骨がすべて粉々になる」
「こっ!」
粉々!じゃあ今あの人は……ヒイ…。
「そしてより押し込むと肺の器官全体を腕の力、砕かれた骨で潰す。これで周りの内臓はおじゃんだ」
うげええええ。
「つまり、これは、殺人用の技なんだ。分かったか?なるべく使っちゃいけない」
師匠は懐から何か瓶を取り出すと中の液体を傭兵に飲ませた。
するとそのまま傭兵は倒れた。
「……死んだんですか?」
「いや、特別な薬を飲ませた。もう肉体が元に戻り始めているはずだ。急激な痛みから解放されて気絶したんだろう」
「……」
町の人は皆師匠を怖がっている。
けど、僕はこのとき、師匠をすごい、と思っていた。
別に盲信していたわけではない。まず師匠はあんな技を軽々しく使うような人じゃない事を知っているし、何よりも……。
こんな状況で恐れられる存在になっても僕に教えてくれたんだ。
「……悪かった。弟子に見せるためとはいえあんたを苦しませて…」
そう傭兵の耳元でつぶやいていたのも聞き逃さなかった。
「……これで、俺の授業は終わりです。アンダヌスさん」
え?アンダヌスは僕の…
後ろ振り向く。
「……お父さん」
そこにはでっぷり太ったお父さんが立っていた。
「……まずは、礼を言おう。勇者。息子を『改造』してくれて」
「…えっと…」
「冗談だ。感謝している」
「そうですか」
「好きな褒美を言え、とらせよう」
「……褒美ねえ」
「……欲がないのか」
「いえ欲はありますよ、世界平和、ですかね」
「フフ……今までそんな戯言を言ってきた勇者多かった」
「ええ、戯言です」
「ム?」
「だって無理でしょう?同時刻に大陸の端から端で事件が起きたら対処できない、神様でもないとね」
「ほう」
「だから、無難に、お金にしときます」
「ふむ」
「……これぐらいで、どうでしょう」
紙に書いた金額は町を一個帰るほどの金額だった。
「ほほう、中々考えた金額だな」
「でしょ?」
「ふふ。お前は中々面白い勇者だ」
「ああ、最初から勇者っていってくれる人は初めてだ」
「ほう、そうか。人助けをする者は皆勇者だろう?」
「……」
「お前もそういう考えで勇者と名乗っているのだろう」
「…流石ですね…でも、一応勇者ですよ。ちゃんと教団の名簿にも載ってます」
「おう。勘が外れたのは久しぶりだ」
「アハハ」
「……勇者よ。名前を聞こう。お前とは息子だけではなくいろんな面で長い付き合いになりそうだからな」
「……俺の名前ですか。……エルド・アングー」
「エルド・アングー……忘れん」
「嬉しいですね」
「それではエルト、金が用意できるまでもうしばらくこの町に留まってくれ」
「ええ、ありがとうございます。……しかし、あんたもすごいね」
「いきなりタメ口か、それで」
「お互い様だからいいじゃないっすか。セストのことですよ。気付いていたんでしょ?」
「……」
「町に入ってから、あんたの息子を見張ってる影を見たんでね」
「ほう。気付いたか」
「ええ、それが誰かもね…」
「…入ってこいアルフレッド」
キイ、と老執事がお辞儀をしながら入ってくる。
「元暗殺部隊隊長のお前のことを瞬時に見抜いたらしいぞ」
「そのようで」
「お前はこの者の実力にいつ気付いた?」
「お恥ずかしながら、真の実力に気付いたのは坊ちゃまとの当日の修行の時かと。不良は誰でも倒せますゆえ」
「そうか」
「あの修行法はとてつもない実力を持ってない限り、受けるほうが死ぬ修行ですからね。農作業まがいではなく、回すほうの事です」
「ふむ」
アンダヌスは椅子から立ち上がり、窓のほうを見る。
「セストは、私のひ弱な妻が移ったのか、本当に弱くてな」
「難産か?」
「ああ。……あいつが生まれたとき、憎いと思った」
「……」
「ワシをデブ呼ばわりしながらも誰よりもワシを理解してくれたのは……妻だけだった」
「……」
「……だが、やはりこのワシも人の子であり子の親。情に負けた。故に護身のアルフレッドを傍につかせたのだ。ただし、扱いはあくまでもワシの強い息子としてだ」
「そうですか…」
「……精神は強かったが、肉体は如何とも。だが、お主のおかげで解決だ。改めて礼を言わせてもらう。……ありがとう」
「私からも、ありがとうございます」
「……照れるね…」
数週間後、とある森
「クソッ、人間め!最近力を付けているな!」
アマゾネスが子供達を護衛しながら叫んだ。
「ラル!」
仲間のケンタウロスが後ろから追い上げてくる。
「どうした!」
「すまない、私の一族が一匹はぐれている!」
「何!?」
「クッ!……アマゾネス部隊お前達はこのまま前進しろ!私と副官がケンタウロスの部隊に着く!急げ!」
「恩に着る!」
急いでケンタウロスの背に乗る。
「どんな奴だ!?」
「まだ少女だ!戦闘はできるがどうやら平原に反れた仲間から聞くと足を怪我していたらしい。敵が来ないか母親が狂う寸前だ!それを父親がなだめている」
「ッそうか!」
全速力だったためかすぐに平原の近くに着いた。
すでに辺りには数等のケンタウロスと、その夫が散策している。
まずは近くの森から探しているようだ。
ラルがふと平原の方を見ると、
「…いた!」
「何!!」
確かにケンタウロスがポツンと横になっていた。どうやら足を射抜かれているらしい。
「リーア!!」
母親らしきケンタウロスが駆けようとするが、
「!止まれ!全員!身を隠せ!」
咄嗟に全員が反応する。
母親のほうは仲間が引きとめたようだ。
「どうした?」
「人間の匂いだ」
「何!?」
確かにかすかだがする。だが軍隊であればもっと匂いが濃いはずだが。
「小隊だろうか?」
「分からん」
目を凝らす、すると、
「!師匠!!」
「ん?……ああ」
人間の青年が一人、少年が一人やって来た。
「あれだけか?」
「……分からん」
見たところ兵ではなさそうだが…
「魔物!!」
ダッと少年の方が駆ける。
師匠と呼ばれた男はペースを崩さず歩く。
少年が拳を振り上げた。
「ッ!」
母親の声を仲間により殺された悲鳴が聞こえる。
私も思わず飛び出そうとしたが、
「怪我……してる」
「……」
「どうする?」
「……分からん。罠かもしれん」
「馬鹿な!二人だけだ!それに匂いも」
「今の人間を甘く見るな!」
「…ムウ」
仲間と息を殺して事態を見つめる。
「どうした?」
「師匠……その…」
「怪我してんのか……」
「……」
「で、そいつは魔物じゃねえのか?」
「……はい」
まずい、まずい流れだ。
「魔物ってのは人を食い殺したり、時には奴隷にしたりって言われてるんだろ?」
「……はい」
「……女の子だからか?」
「…!」
「……女の子とか、そんなん関係ねえだろ?」
男が懐から短剣を取り出す。
少年に握らせる。
「…いつだって己の信念に従え…周りにどんな事が起きてもだ。例えばほら、今は目の前に傷ついた魔物の女の子がいる、で、どうする?」
「師匠……」
「お前が決めるんだ」
チラと少年はリーアを見る。
そのまま正面を向き、短剣を握り締め徐々に腕を挙げていく。
「おい!まずいぞ!」
「クッ!」
「もう母親が限界だ!」
「罠の場合もか!」
「ああ!」
「よしなら行くぞ!」
その報告が仲間に瞬時に行き渡ったとき、
「うおおおおおおおおお!!」
ドスッ!
(遅かったか!)
動けずにただ見ることしか出来なかった。
母親と父親のほうは怒りに目が血走っている。いや、それだけじゃない。同属も、……私も同じだ。
(罠だとしても)
そう覚悟を決めたとき、
「出来ない!」
(なに?)
見れば、まだリーアは生きていた。
「出来るわけ無いでしょう!!まだ、……まだ同じ年頃ですよ!それに、女の子だ!!出来ない!」
カッと目を見開いて青年を見る。
「…魔物だぞ」
「だからなんなんですか!」
「…人が襲われたらどうする」
「僕が守る!」
「その時は、そいつを殺すのか?」
「…っ!この子も守る!」
「どうやって」
「誰も傷つけずに!」
「どうやってだ」
「強くなります!」
「……」
「この子が襲う人も、この子も、誰も傷つけない程、強くなってやる!!」
「……」
「これが、僕の信念です!」
「……」
青年は無言で少年を横切り、地面に刺さった短剣を抜く。
「俺と戦うことになっても、そんなことが言えるかな」
男の声が急に低くなった。
「…っ!」
少年が後ずさる。
なんだ?どうなっている?
「どうだ?」
「……フン!」
少年は足を踏ん張り構える。
「……良いだろう、セスト。それがお前の答えだな」
「フウ……フウウ…」
強さの比較は明らかだ。少年が負ける。
「おい!どうする?」
「むう!」
予想外の展開だ。
「く。まずはリーアを守り、次にあの少年を守る。うまくいけばこちらにつくかもしれない」
「ああ。なっ!」
なに?
気付けば視界に移るものが変化していた。
「フッ」
「クッ!」
青年と少年の位置が変わった。
少年はあちこちが切られている。
今の一瞬で……。
青年の実力に息を呑む。
勝てるだろうか…。
「まだ、歯向かうのか?」
「う」
少年はリーアを抱きかかえる。
「俺からその重たいもん抱えて逃げれるつもりか?」
「く、おおおおお!」
少年はリーアを抱え、全力で走る。
「…はあ、おっそい!」
一瞬で少年の目の前に立ち、リーアをひったくる。
「あっ!」
「な」
「あ」
「よく見とけ、お前がどんだけ無力か」
「あ、ああああああ!」
「フン!」
空気が、止まった。
リーアが地面に倒れる。
「……あれ?」
最初に声をあげたのは、リーアだった。
「……え?」
「…は?」
少年だけではなく、私達も驚いていた。
そんな凍りつく場を一瞬で吹きとばした言葉。
「な〜んてね!うっそぴょ〜〜〜ん!!」
「……え?」
「馬鹿だな、お前、俺がむやみやたらに命を消すわけねえだろ」
「……でも、……え?」
「演技だよ、え・ん・ぎ。大体お前師匠ぐらい信じろよお。ま、それが演技の醍醐味なんだけどな♪」
「……」
「いいか?セスト。俺は別に遊びでこんなシビアなことさせたんじゃねえ。お前が自分をどこまで貫けるか見たかったのさ」
急に青年は真剣な口調になった。
「師匠」
「忘れんなよ。この世で心を交わせるなんてやつはいねえ。つまりだ、敵が何をしようが味方が何をしようが最後はじぶんで決めろってことだ。それこそ自分が地べたを這ったって泥をすすったって自分の決めた道を進め」
「……はい!」
「うん。かっこよかったぜ〜俺に向かったときは……ま、」
そこでチラとリーアを見、
「すんげー恥ずかしかったけどなああ!ハハハハ!」
「……?」
少年は意味が分からない顔をしている。
私達は……、成るほど、これは恥ずかしい。ほとんどが顔を赤く染めている。
恥ずかしいなこれは、うむ。
「……?」
「なんだ、忘れたのか?『…っ!この子も守る!』」
少年の口を真似た。
あの青年め、ほっとけばいいものを。
「……」
少年は考え込んでいる。気付くな、少年!
「『強くなります!』」
少年は何かに気がついたかのようにチラ、とリーアを見て、…固まった。
アア……
あちこちでばれたか、という溜息が漏れる。
リーアは、顔を赤くしていた。
少年はそれを見て、顔が赤くなり、
「『この子が襲う人も、この子も、誰も傷つけない程、強くなってやる!!』」
「うわああああああああああああ!!!!」
爆発した。
「ああああああああああ!」
「なんだ!これは!?うん!?告白か!?告白なのか!!?」
「あああああああああああああ!」
少年は地面に転がり悶えていた。
「違う!違う違う!あ、いや違くないけど…でも違う!これは、これはああああああああ!」
「なんだ!平原で告白か!?やるね!!」
「ち……ちいいがああ、ハッ、そうだ!魔物は人を殺すから僕はそういう意味でいったわけじゃ。保護みたいな感じで…」
「何言ってんの?魔物が人を喰うわけないじゃん」
「……え?」
な……。
私も仲間もおそらく皆こう思っていることだろう。
お前知っていたのか!!
「で、でも、……師匠が…」
「俺は『言われてる』って言っただけだぜ、別に俺が言ったわけじゃないもんね〜〜」
なんという……。
「そ…それは…」
少年がチラ、とまたリーアを見る。目が合う。
また赤くなった。
「う……ううう…」
「ちなみに喰っていたのは昔の魔物。今の魔物は全員女でむしろ人間の男と結婚したがっているから、うん、大丈夫だよ。君達。まあ、魔物は男を埋めないからそれが問題ッちゃあ問題だけどね」
そこまで知っているのか……。
「く、くううううう」
………………
無言の風が吹く。
「えと、あ、立てた」
リーアが立った。
馬鹿な、傷が「ああ、俺の薬はよく効くだろ。まあ俺がつくったわけじゃないけどな」
「あ、ありがとうございます」
「いいっていいって」
先程の冷たい表情が嘘みたいだ。
「……そいつに謝る必要はないよ…」
む、殺気が……ああ、少年……。
「あれ?……セストく〜ん?」
「フフ……フフフフウフフフフ、死ねえええええええ!!」
いつの間にか短剣を持ち、青年に斬りかかった。
「危ねえ!」
避けた。
「くっ、これは、そうか一緒に走ろうってんだな。さすが俺の愛弟子」
いや、どう見ても違うだろう。
「グオオオオオオオオオオ!!」
まるで鬼のようだ。
「よし、ついてこい!あの太陽に向かって走るぞ」
「太陽って……真昼間だから真上じゃないか…」
思わず突っ込んでしまう。
「だまれえええええええええ!このクソ勇者あああああああああ!!」
ドドドドドドドド!!
そうして二人組みは地平線の彼方に消えていった。
「大丈夫か」
「うん」
母親がリーアを抱く。そして父親も。
「……不思議な奴らだった」
「ああ、……ま、セストといったか?……少し可哀想だったが」
ふとリーアを見ると、顔を赤らめながら二人組みが消えた地平線の彼方を見やっている。
(やれやれ……こっちもこっちでドンピシャだったか)
とりあえず一件落着でよかった。
「そういえば、ラル」
「む?」
「あの少年のほう、青年をクソが着くとはいえ勇者と呼んでいたが…」
「…まさか、あんな勇者がどこにいる。それに、勇者ならためらわず、とまではいかないが斬っていただろう」
「それもそうか」
「ああ」
……まさか、な。
数日後
「行ってしまうんですか?」
「ああ」
師匠は旅支度をしていた。後ろには荷台付きの金貨がどっさり積もった馬車がある。
「一期一会はしょっちゅうある。覚えとけ」
「はい」
「……お前にはいろんなものを教えたな」
「はい」
「……攻撃にはな、守る攻撃と正に攻めるための攻撃がある。お前に教えたのは守るほうだ」
「はい」
「後はどう使うかは自分で決めろ。攻める方はアルフレッドさんが教えてくれるだろ」
「はい」
「……そいじゃあ、お別れだ」
「……師匠。お元気で」
「……ハハ。あ、それとな、この前のケンタウロスいるだろ?」
「あ、ああ、はい」
「そう恥ずかしがんなよ。あいつお前の事気になったかもしんねえぞ。だからもしケンタウロスが来たらむやみに殺すなよ」
「……まさかここまで」
「来るよ。匂いを覚えてどこまでも追ってくるらしい」
「……」
「まんざらでもねえだろ」
「いや、その…」
「……そいじゃあ、な」
「はい」
荷馬車が動き出す。
(あ)
そういえば、
「ししょおおお!」
「何だあ!」
「そのお金何に使うんですかあああ!」
「俺の好きに使うに決まってんだろおお!」
そうですか、ハハ。
影が見えなくなるまで見送り続けた。
さらに後日とある村
「ちくしょう。なんで教団はなにもしてくれねえんだ」
一人の村人が嘆く
今この村には大飢饉が襲っていた。
元々貧しい村なので蓄えもなく、食料を買い取るお金もない。
「うちのガキなんてもう野菜さえくってねえぞ」
「ちくしょお」
「村長、ここは、もう村を捨てるしか…」
「おおおい!お前らああ!」
「ん?何だ?」
「宿屋じゃねえか、どうした?」
「こ、こっち来てくれ、早くう!」
することもないので集まった男衆はゾロゾロとついていった。
「これは……」
村長が目を開く。
「今朝、食い物探しに裏の庭に久しぶりに行って見たら……」
そこには荷馬車があった。
荷台には金貨が詰まった袋がどっさりとある。なぜか見せびらかすように少し開いていた。
「お、おおお」
溜まらず次々と口を開いて金貨を握っていく。
「ならん!」
村長が叫んだ。
「その手をのけい!それは三日前の旅人の者じゃろう!」
「……ああ、あの自分は勇者だとか言っていた」
「……何が勇者なもんか、あんな奴!結局村では寝泊りだけしてそのまま朝起きるといなくなってたじゃねえか」
「ならん!きっと忘れていったのじゃろう!また探しに戻ってくるはずじゃ!」
「……わ、忘れ物だったらなおさらだ!もう三日経ってる、これは俺が持っていくぜ!」
「やめんか!」
長老が杖で男の手を叩く。
その表紙に金貨の袋の山のてっぺんか一片の紙きれが舞い落ちた。
長老がそれを開く。
数秒したあと、くずおれて嗚咽を漏らし始めた。
「ちょ、長老様」
「長老様」
一体何が書いてあるのかと皆が読む。
そこには、
『落し物って探したもん勝ちらしいよ』
そう書かれてあった。
誰もが言葉を失った。
ただ一人長老だけが涙を流しながら呟いた。
「ク…フウ……勇者様……」
「そうか、金はすべてその村に」
「は」
アンダヌスは邸宅でアルフレッドの報告を聞いていた。
「…ふふ。本当に長く付き合えそうなやつだ」
11/12/23 15:39更新 / nekko
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