読切小説
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あり得たかもしれないもう一つの世界
「ずっとあなたが好きでした。私が落としたノートを拾っていただいた、あの日から。」
「・・・ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられないわ。」
「・・・そうですよね。私とあなたは、数回会話したに過ぎません。全て私の勝手な片想いだと言うことは分かっています。しかし、この機会を逃したら、一生後悔することになると考えたのです。でも、これで決心がつきました。私は生涯を魔法科学に捧げます。」
「あなたには、私なんかよりも相応しい人がきっと現れるわ。」
「ありがとうございます。それでは、カルデアに行っても、お元気で・・・もう二度と会うことはないでしょう。私のことは忘れてください。・・・さようなら・・・」
「あなたも、お元気で。」

 こうして、私の最初にして最後だと考えていた初恋は終わった。最も、初恋と言ったって、会話は学問の話しかしなかったし、一緒に食事を数回した程度の関係だ。本当は始まってもいなかったというのが正解だろう。
 茶髪のセミロングの、右目を眼帯で隠した彼女を一目見たときから惚れてしまった。しかし、彼女は常に物静かで、大人しいというよりは、冷静・・・いや、冷たいという印象があった。そして何よりも、自ら他人と関わることを避けていたように見えた。
 それが、人付き合いが苦手な自分と重なって、好意に繋がったのかもしれない。

(そういえば、なぜ彼女は日曜日が嫌いなのか・・・結局最後まで聞けなかったな)。

 私の名はジャリエ。フランス出身の、卒業を間近に控えた大学生だ。
 私の家族は自分を含め、父と母の3人家族だ。母親は専業主婦で、父親は物理学の大学教授だった。
 私の家庭はとても厳格で、特に父親は教育熱心で頑固な人だった。そして何よりも徹底した現実主義、合理主義、物理学主義の人物で、物心ついたときには私は父親が嫌いになっていた。

 中学の頃になると、私は父親と頻繁に対立し、よく喧嘩をしては母親が仲裁に入っていた。
 そして現実主義で物理学主義の父親に反発するように、自分は神秘主義や魔法主義に傾倒して行った。ときには「これ以上魔法などバカげたことを勉強するなら出ていけ!」と言われ、家を飛び出したこともある。しかし、大抵は1〜2週間で補導され、家に連れ戻された。この頃には何度も家出をして両親や警察、学校に迷惑をかけていた。
 中学時代には魔法学や魔法科学の世界にのめり込み、自分には魔力が宿っていたことも知り、多くの神秘体験を経験した。それらの経験が、「自分は他の人よりも優れている」という歪んだ自尊心を育ててしまった(今思うと中二病という表現が相応しい)。

 高校のときには父親は自分を思い通りに育てることを諦めて何も言わなくなり、会話もしなくなった。母親はそんな険悪な家庭の中、必死に仲を取りつくろうと必死で、ストレスで体調を崩したこともあった。

 私は魔法科学の道に進むことを決意し、父親は当初猛反対し、「学費は一切払わない!」と言ったが、母親や担任の説得により結局は学費を払うことになった。
 私はイギリスのロンドン大学魔法学部に合格し、単身イギリスに渡り寮生活を送った。そして念願叶って魔法科学コースを専攻することができた。そして進路は北欧魔術研究所に決まった。これで思う存分魔法科学の研究に打ち込むことができることに心を躍らせていた。
 初恋の彼女の進路はカルデアだった。カルデアというのは一体どういう所なのか分からない。噂では世界から優秀な魔法使いを集めているとか、召喚魔術を研究しているとか言われているが、詳しいことは分からない。

 卒業式を終えたあと、私は最もお世話になったリリムの校長へ挨拶に行った。
「卒業おめでとう。」
「ありがとうございます。」
「・・・初恋は?」
「ダメでした。まぁ、でもほとんど一方的な片想いでしたから、初恋ですらありませんでしたよ。でも、ちゃんと想いは伝えました。」
「・・・そう。」
「これで心置きなく研究者としての道を歩めます。もう、女性に縁はないと思います。」
「そんなことないわ。」
「ありがとうございます。校長。今までお世話になりました。私を理解してくれたのは、校長だけでした。校長のことは、一生忘れません。」
「フフッ オーバーね。でも、あなたなら今後、大きな可能性が待っているわ。頑張りなさい。」
「はい!」

 リリムの校長は自分が出会えた唯一の理解者であり、母親のような存在でもあった。
 校長からは多くのことを教わった。学問だけでなく、心の在り方や大事なこと・・・言葉では上手く表せないが、校長から教わったことは一生の財産になるだろう。
 私は様々な思い出が詰まったロンドン大学をあとにした・・・。

(北欧へ旅立つのね・・・ジャリエ。あなたが旅立つのは寂しいけど、私はあなたを胸を張って送り出せるわ。初恋は・・・やっぱりダメだったわね。まぁ、あの子を狙ったというのも無謀だったけど、想いを伝えられたならよかったわ。女に縁がない・・・か・・・フフッ 大丈夫よ・・・あなたにピッタリの彼女を送るわ・・・)

 過った選択により切り捨てられた歴史の残滓の帯が連なった世界。この世界に存在しえない者・・・存在してはならない者が舞い降りる。
「むっ? そなたは何者じゃ?」
「あなたは、この世界の者ではありませんね。」
「そうね。私はこの世界・・・いえ、この歴史の中には存在しない。存在してはならない存在。」
「貴様が何者かは知らぬが、我はこの世界を愛し、この世界の全ての者を愛しておる。もし、貴様が我が領土を土足で踏み荒らすと言うならば・・・殺す。」
「安心して。私は決してこの世界を壊しに来たのではないわ。ただ、その子に用があってね。あなたの器をコピーさせてもらうわ。」
 リリム校長は相手に向けて手をかざす。一瞬、眼帯をつけた少女の体を紫の炎が包み、炎が全てリリム校長の掌に集約された。
「あなた・・・一体何をしたの!?」
「安心して。あなたには一切危害を加えていないから。これで私の目的は終えた。私がこの世界に存在すること自体が、この世界の崩壊を招くことは分かっているわ。・・・それじゃあ、元気でね。"この世界のあなた・・・”」
 そう言い残し、この世ならざる存在は異世界から姿を消した。

(さてと・・・これであとはタイミングだけね。しばらく見守らせてもらうわ)
 リリム校長は自室に戻ると、水晶玉からジャリエの姿を映した。

 さて、ここで私が少しジャリエの話をしましょう。
 彼は聞いた話では魔法学に対してとても勤勉かつ関心的だが、一方で物理学に対しては敵意を抱いていた。そのため、今までの学校でも理科や物理の先生とはよく言い争いをしていたようだ。
 性格は、普段は大人しい物静かな好青年だが、それは表の顔で、本性は独善的かつ暴力的な面も備えていた。彼は中学のときからボクシングに打ち込み、実力は可もなく不可もなく・・・と言ったところだったが、練習熱心でウェイトトレーニング(筋肉をつけるためのトレーニング)やサンドバッグを打つことに性を出していたという。ジュニアボクシングの大会でも、ある程度の結果を残していた。
 しかし、それが仇となり、自身の努力によって身に着けた腕力と武術が、彼の暴力性に拍車をかけてしまった。特に中学と高校では何度も校内暴力を起こし、ときには先生にさえも牙を向け、一時は鑑別所に入れられたこともあったらしい。
 大学に入学する頃には落ち着いており、学内で暴力的なことはしなくなっていたが、同級生とのトラブルは絶えず、グループ学習ではよく問題を起こして先生を悩ませていた。 
 彼曰く、「自分の暴力的な一面は父親から受け継いでしまったのです。私はそんな自分が嫌いです。」と私や信頼している先生によく言っていたらしい。

 学業の成績は優秀な方で、知能指数テストでは推定IQ200以上という結果を出して周囲を驚かせた。事実、在学中、特に魔法学関係の科目や、社会学、歴史学、哲学、心理学の成績はとてもよかった。
 本人の嫌っていた物理学や化学も、合格点は取っていたが、彼自身は「単位のためにしたくもない勉強をしています。実態的な科学なんて、暗記さえできれば誰でもできますし、試験だって先生の話を聞いていれば点数は取れるんですよ。私はそんなもの、科学とは認めません。非実態的な魔法科学こそが真の人類のあるべき姿だと思っています。」と私によく言っていた。私は「優秀なのね。」とだけ応えておいた。

 ジャリエは誇大妄想癖や空想癖が強い一方で、魔法科学に対する興味や貧欲性は人一倍強かった。
 特に彼は自分には生まれつき特別な魔力が備わっていたと思っていたらしく、よくそれを周囲に自慢していたらしい。
 事実、私は彼を一目見たときから一定の魔力を入学前に、既に持っており、いくつかの魔法も扱えることを見抜いていた。また、感受性や洞察力が高く、相手の本心を見抜いたり、思っていることを読み取る力があった、
 しかし、これぐらいの魔力を持った人間は決して珍しいことではなく、特に魔法学先進国であるこのイギリスでは、ままいる(コールドリーディングは魔法ではない)。

 彼は元々人付き合いは苦手で、周囲も彼のことを変わり者だと思って避けていたことから、話し相手は同級生には少なかったようだが、初恋のあの子には自分から食事に誘ったり、勉強会に誘ったりしたこともあったらしい。
 また、私を含め、何人かの先生は心から信頼していたようだ。

 生活魔法のラミアの先生は「ジャリエは頭は悪くないですが、性格に問題ありますね。まるで成人した幼稚園児のようです。」

 黒魔術の魔女の先生は「彼はひょっとしたら将来大魔法使いになっているかもしれないわね。才能はあるわ。でも・・・それはちょっと恐いわね。」

 魔法科学のエンジェルの先生は「彼は天才の素質はあると思いますが、同時に悪魔的な危険思想も持っています。私は、彼に学問を教えてよかったのか・・・できることなら、彼が間違った道に行かないように、一生傍に置いておきたいものです。」

 白魔術のフェアリーの先生は「彼ほど勤勉な子は初めてです。将来が楽しみですね!」

 親しくしていた先生とは、一定の信頼関係を保っており、ジャリエは先生達によく質問をしたり、休み時間に顔を合わせたときには雑談をしたりもしていたようだ。しかし、多くの先生はジャリエの才能を評価すると同時に、その心に隠された危険な一面があることを察知し、危惧していた。

 物理や化学の先生とは事あるごとに対立することが多く、ジャリエの心の闇を映し出したこともあった。
「それならば私が神経ガスを作って学校中にバラ撒いて、物理学の無力さを教えてましょうか? 勿論、魔法を身に着けた私は大丈夫でしょうが、先生はどうでしょうね・・・?」
「私はその気になれば先生の頭を割ることもできるのですよ? 試してみましょうか・・・? フフフッ・・・」
 時には授業中、他の生徒とこんな話をしたこともあったという。
「神経ガスを200トン作れば、ヨーロッパ中全ての人間を抹殺できる。400トンあればアジアもだ。そして800トンあれば中東も。そして1000トンあれば・・・全人類は死ぬ。」
「こら! ジャリエ! 授業中に喋るんじゃない!」
「すみません・・・フフッ」
 このとき、一緒に話を聞いていた他の生徒は全員ドン引きしたらしい。

 まぁ、ジャリエの人物像をまとめると、彼は
・知能は非常に高いが精神は非常に低い。
・心と能力のバランスが保たれておらず、能力と精神の不一致な人物。
・普段は大人しい真面目な好青年で、魔法科学的な知見に対しては熱心。
・しかし、独善的な一面もあり、コミュニケーション能力が低い。
・異性に対しての興味はあるようで、性欲もちゃんとあり、健全。

 と言ったところだろうか。さて、しばらく彼を見守りましょう・・・

「お母さん。今までありがとう。もう、帰って来ることはないでしょう。さようなら。お父さんにもよろしく。」
「ジャリエ・・・元気でね。」
 私は北欧魔術研究所へ向けて旅立った。

 初恋だった彼女への未練を断ち切り、大学でお世話になった校長と先生に感謝し、魔法科学者としての道を歩みだした・・・。

 それから月日は流れ、私は若くして北欧魔術研究所で、研究室を持たせてもらえるまでになっていた。途中、人間関係で様々なトラブルもあり、共同研究では何度も頓挫の危険があったが・・・。
 第四研究室室長。それが今の私の肩書だ。最も、この第四研究室はいわゆる左遷部屋で、厄介者であったが、同時に優れた学者として既に魔法学界にある程度名前が知られているため、解雇するには勿体ないという理由で、ここに押し込められたのだと思う。しかし、私にとっては自分の研究室を持たせてもらえることは好都合で、この研究室は上からあまりとやかく言われないのも幸いしていた。最も、同時に研究予算の援助などもなくて厳しいのだが・・・。

 この時期、私は一時マナエネルギーの研究を中断し、潜水艦の開発を行っていた。
 きっかけは第一研究室で開発された魔法石を動力源とする潜水艦が評価され、多くの雑誌でも掲載され、魔術協会からも大きな評価をされたことに触発され、「私達第四研究室でも潜水艦ぐらい作れる。」
 と研究室の職員達に豪語し、職員達の反対を押し切って開発を始めさせた。

 ただでさえ第四研究室に来るものは、エリートの落ちこぼれ、あるいは左遷された学者など、順調に出世コースを歩んでいる者はまず来ない場所だった。そのため、皆意欲を失っている者が多く、ただ給料を目当てに非生産的な日々を過ごす・・・という者が多かった(給料は研究室では差はないため給料自体はいい)。
 この研究室で意欲と野心を持っているのは自分だけだったが、自分には人望もなく、職員達も非協力的で、ただ言われたことをこなすだけの受け身な研究者と化していた。

 そしてこの日は試作機の潜水艦を海に浮かべ、雑誌に持ち込むための写真を撮るつもりだった。
 当初はディーゼルエレクトロニクス機関と雷石、を組み合わせることを計画していたが、ここに来て物理学や理科をおろそかにして来た自分が仇になった。また、自分の元にもディーゼル機関に精通した者がおらず、開発が滞ったためやむなく試作機の動力は雷石とマナ石となった。
 そして、部下の一人に酸素ボンベを持たせて潜水艦に乗せ、クレーン車で水面ギリギリまで吊るして、写真を撮るつもりだった。

 しかし、予想だにしない惨事が起きることになろうとは・・・

「よし! 水面ギリギリまで吊るせ! それで写真を撮る!」
「室長! この潜水艦本当に大丈夫なんですか!?」
「心配ない! 海底まで潜るわけじゃないから!」
「本当に大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だ!」

 クレーン車で潜水艦を吊るし、海面ギリギリに浮かべたところを写真で撮ろうとしていた。しかし、潜水艦の耐圧不足により浸水し、潜水艦の重量が増したことでバランスを失い、クレーン車もろとも海に落ちた。

 幸い乗り込ませた研究員には酸素ボンベを持たせていたのが功をなした。少ない費用だったため、耐圧のため十分な素材で艦体を作ることができなかったのが一番の原因だろう。

 その後、レンタルしていたクレーン車をおしゃかにしたことで弁償金を払うことになり、このことは新聞にも掲載され、北欧魔術研究所の評判を落としたことで私は所長に怒られ、私は研究所どころか魔術学会中で笑い者になった。

 この日、第四研究室では責任のなすりつけあいの言い争いが行われた。
「だから言ったでしょう! ロクな予算もないのに大きいことをやろうとするからこうなるんですよ!」
「そうです! 一体何を考えていたんだか・・・こんなバカげた作り物はないですよ!」
「そうか。だが今回悪いのは私じゃない。おまえらが否定的な観念を持つからこうなったんだ!!」
 そう言い残し、私は研究室を後にし、研究所施設内の個人部屋に戻った。
 取り残された第四研究所研究者達はジャリエに対する不満を言い合っていた。
「あ〜あ・・・何でこんな所に入れられちゃったんだろ・・・所長に意見したからかなぁ・・・」
「全く・・・あの人はイカれてるよな。何というか、現実見てないんだよ。」
「そうだよな。夢みたいなことばっかり言って・・・」
「はぁ・・・もういっそのこと学者なんて辞めて、家の農家継ごうかなぁ・・」
「ヤケになるなって。あの人、室長になってから失敗続きだ。どうせそのうち所長からも魔術協会からも見限られて、クビさ。」
「そうなるといいんだけどな・・・」

 リリム校長は自室で、ここ最近のジャリエを見守っていた。順風満帆だった学生時代とは異なり、彼は多くの失敗と挫折を味わっているようだ。だが、人生というのはそういうもの。思い通りに行かないことの方が圧倒的に多いものだ。

(苦労しているのね・・・ジャリエ。でも、学者ともあろう者が根性論にすがるなんて・・・そろそろ頃合いかしらね!)
 私はあの日、異世界のあの子から得たエネルギーと、あの日実のならなかった恋の負の念を持ったジャリエと、そして私の魔力を組み合わせ、ドッペルゲンガーを召喚した。
 
 初めは黒髪の幼女の姿で召喚されたが、すぐにジャリエの初恋のあの子と同じ姿になった・・・本物とは逆の、左目を眼帯で隠しているということを除いて・・・

「さぁ、行きなさい! 迷える子羊を救いなさい!」
 ドッペルゲンガーは頷き、黒い煙となって上空へ飛び去った。
(頼んだわよ・・・さて、どうなるかしらね・・・もう少し、見守らせてもらうわ)

 扉がノックされ、魔法科学のエンジェルの先生が入ってきた。
「校長。本を返しに来ました。」
「ありがとう。机の上に置いておいて。」
「また、ジャリエを見ているのですか? もうとっくの昔に卒業したのに?」
「ええ。この学校の生徒は、卒業しても一生私の生徒だもの・・・フフッ」
「まぁ、でも、ジャリエほどの変わり者も珍しいですよね。十年に一度・・・いや、百年に一度かも。」
「そうね。」
「あいつもまぁ、いい加減現実を見て、少しは大人になるといいんですけどね。前に潜水艦を作ろうとしたみたいですが、失敗して大恥かいたみたいですよ。私の教え子ながら、情けない・・」
「フフッ あの子らしいわ。」

 全く、ジャリエの顔を見るたびに、ジャリエとの日々が昨日のことのように思い出してしまうぞ・・・。まぁ、悪い思い出ではないけど、いい思い出と言っていいものかどうか・・・。
 ジャリエはとても優秀だった。この大学に来て、魔法科学を受け持って長年になるが、私が受け持って来た生徒の中ではトップクラスだった。彼は私からあらゆることを吸収した。まるで魔法に飢えているようだった。質問も多かった。たびたび、講義から話が脱線することもあったが、それほどまでに彼は意欲が高かった。
(これで、ジャリエの性格に問題がなければ、間違いなく偉大な学者になっていたのだろうな・・・)

 しかし、彼の誇大妄想的や、危険思想が、たまに出ることがあった。
「先生。反発する属性同士は反発する際に巨大なエネルギーを発生させるんですね?」
「そうだ。たとえば火と水の魔力が混ざり合うと互いの魔力間で拒絶反応が出る。その際にも拒絶の強い力を持ったエネルギーが発生している。」
「では、魔素と聖素を組み合わさると、より膨大なエネルギーが発生しますか?」
「まぁな。魔素は闇、聖素は光だから、当然だ。それもより高い魔力を帯びているわけだから・・・」
「それなら、魔素と聖素を組み合わせた大量の魔石を爆発させれば、核をはるかに上回るエネルギーとなりえますか?」
「まぁ、そうなるな(正気で言っているのか? そんなことをしたら国一つ丸ごと吹っ飛んでしまうぞ)」

「先生。お疲れ様です。」
「お疲れ様。ジャリエは、またハンバーグか。少しは野菜も食べた方がいいぞ?」
「すみません・・・私、昔から野菜はあまり好きじゃなくて・・・そうだ先生! 私、凄く面白いことを考えているんですよ!」
「ほう・・・何だ?」
「この前教わった重力拡散と、魔素の効率的な運用。そして魔力濃縮技術を組み合わせれば、ミニブラックホールを作れると考えているのでしょうが、どうでしょう?」
「理論的には可能だな。だが、それにはより高い専門知識も必要だし、開発者も高い魔力がないと無理だな。」
「そうですよね・・・でも、いつか形にしてみますよ!」
「形になるといいね。」
 ミニブラックホールなんて・・・子供が考えそうな幼稚な誇大妄想だぞ全く。でも、生徒にやる気を削いでしまうのは教師としていけないことだ。

「先生。魔力と意識の分割は、人間や魔物娘の魂でも行えますよね?」
「さぁな。理論的には可能かもしれないが・・・(倫理的に許されるわけがない)」
「それなら、例えば一人の人間を現代で殺傷して、肉体を完全に消滅させて、さらに魂を幾つもの魂に分割して、樹海や海の底。あるいは過去や未来にバラバラにしてしまえば、完全犯罪ができそうですね。」
「ジャリエ。そういう不謹慎なことは、たとえ冗談でも軽々と口にしないように。」
「ハハハ・・・すみません」
(こいつはこういう倫理的に許されないようなことでもサラリと口にするから恐ろしい)

 私が受け持って来た生徒の中では最も変わった奴だったが、同時に最も優秀な奴だった。ジャリエには無限の可能性があることは確かだ。ひょっとしたら今世紀最大の科学者になるかもしれないが、一歩間違えば今世紀最大の犯罪マッドサイエンティストにもなりかねない。そうならないことを祈るばかりだ・・・。

 北欧魔術研究所、第四研究室。
「おはよう。」
「おはようございます・・・室長」
「おはようございます。」
 研究室の机では、職員達が次の移籍先を探して魔術関連の求人雑誌に目を通す者、机に突っ伏して寝ている者、スマホを弄っている者で無気力な雰囲気が漂っていた。
 既に私の魔法科学者としての評価は落ちており、「ロンドン大学の生んだ奇才もここまでか」「理論万全現実不万全」などのレッテルが貼られていた。
 しかし、私はまだ諦めていない。つい先日、日本のとあるレトロホラーゲームからヒントを得た。これが実現すれば魔術教会も興味を示すに違いないし、軍事や医療にも利用できるはずだ。
 早速私は研究に取り掛かった。

「室長。来月から新しい人が配属されるみたいです。」
「そうか(どうせワケありの人だろうから、すぐ辞めていくか移籍するだろうけどな)」
「それと、自分今日でこの研究所を後にします。アフリカ魔術研究所へ行くことになったので。」
「そうか。今までありがとう。お疲れ様。」
「お世話になりました(どうせ、こいつももうすぐクビさ。せいぜい頭の中お花畑のまま堕落しちまえ。俺はとばっちりはごめんだぜ。ここへ居たって何もできないしいずれはクビになる。学者として生き残れるなら、ここにしがみつくよりもアフリカへ行った方がマシさ)」

 一ヶ月後。研究室へ足を運ぶ者は今やだれもおらず、たまに顔を出しに来る者が2,3人居る程度になった(現地調査、課外学習、出張などの名目でサボることができる。また、北欧魔術研究所は割と規則が緩いため、学会の発表前などのよほどの大事な時期でない限りは自由に休んでも問題はない。しかし、有給休暇の日数を使い果たせば当然減給される)。
 恐らく、次の就職先を探しているか、サボっているかのどちらかだろう。どうでもいい。

 私は視界共有魔法。他人の視界を見ることができる魔法、及び魔法器具の開発研究に取り組んでいる。
(そうだな・・・まだ形になっていないが、テーマ名をつけるとしたら・・"幻視"と言ったところだろうか?)

 そういえば今日新しい人が配属されるらしいな。まぁ、誰が来ても一緒だけど。最近、自分の元に配属される研究員が気の毒に思えるようになって来た。でも、自分自身でも、自分の人格についてはどうしようもないと思っているから、手に負えないんだよ・・・。

 研究を進めていく中、研究室の扉がノックされた。
「空いてますよー」
「失礼します。」
(女性の声? 新人は女性なのか。そういえば女性研究員は初めてだな。まぁ、男でも女でも関係ないけど。)

 私は新人に目をやった。その途端、私は立ち上がり、驚きを隠せなかった。
「今日からこの研究室に配属されることになった・・・室長?」
「ば、バカな・・・ 君は・・・」
「あの、私、何か変なことを言いましたか?」
「い、いや。何でもない。えっと・・・」
「オフィーリアと言います。あの・・・履歴書を持って来たので、確認願えますか?」
「あ、ああ・・・じゃあ、座って。」

(名前は別人だが、あまりにも似ている・・・いや、まるで本人そのものじゃないか! もうとっくにあなたへの想いは断ち切り、私は生涯を一人で研究に捧げると決めて今日まで生きて来たのに・・・何で今更・・・)

 私はオフィーリアにコーヒーを出し、履歴書に目を通す。
「なるほど。君はドイツのケルン大学から来たんだね。出身もドイツ。」
「はい。専攻は召喚魔術です。他に、白魔術と聖魔術。闇魔術も少々。あと、物理学や機械工学もカナダ留学時に学びました。少し触れた程度ですが・・・室長?」
「え? いや、問題ない。」
 物理学という自分の中でのNGワードを聞いた途端、不機嫌さが顔に出てしまったようだ。いくらなんでも、配属初日から不快な思いをさせるのは人間としてよくないだろう。
「ああ、もしかしてこれですか? この眼帯は・・・その、訳があってつけています。私のこの眼には強大な魔力があるので・・・その、制御するために・・・。いけませんか?」
「いや、いいよ。この研究所には服装の規律なんてないし。」

 よく見たら、眼帯を付けている眼があの子とは逆だ。それに、履歴書を見る限り出身も違うし学歴も違う。やはり、同じ人間がこの世の中に2人居るなんてあり得ない。平行世界でも行き来できない限り・・・。

「ところで、君は何でこの研究室に配属されたの?」
「分かりません。採用通知の中に、"北欧魔術研究所第四研究室に配属"とありましたので。室長が決めたのではないのですか?」
「いや。人事はもっと上の人達がやっているんだよ。それに・・・いや、何でもない。」
 さすがに、ここが左遷された人や落ちぶれた人の廃棄場だなんてことは言えない。履歴書を見る限り、新卒でここに入ったみたいだし・・・。人事も酷いな。自分で言うのもなんだが、いくらなんでも新卒でここへ放り込むなんて。

「えっと、ジャリエ室長・・・でよろしかったですか?」
「あ、ああ。まぁ、でもジャリエでいいよ。みんなそう呼ぶんだ。」
「分かりました。あの、ジャリエ・・・さん?」
「まぁ、呼びやすいように呼べばいい。なんだい?」
「他の研究者は居ないのですか?」
「みんなは出張や課外調査に出てる。うちは課外調査で顔を出さない人も多いんだ。」
「わかりました。早速ですが、私は何をしたらよろしいですか?」
「そうだな・・・手始めに、三ヶ月後にイギリス魔法同好会というまぁ、魔法学のサークルのような団体があるんだが、そこが発表会をやるんだ。君にはそこの発表会に向けて、研究をして論文を書いてもらいたい。」
「同好会・・・ですか? となると・・・」
「まぁ、言わば身内の発表会みたいなものだな。」

 学会にもピンからキリまで様々なものがある。影響力があり権威ある学会もあれば、こう言った身内の同好会的な学会もある。前者が主催の雑誌に掲載される論文が掲載されれば非常に大きな成功と言えるが、後者は権威も影響力もほとんどなく、せいぜいちょっとした宣伝にしかならない。

「あの、研究テーマは?」
「君に任せる。まぁ、そんな大した学会じゃないから、簡単なものでいいよ。」
「わかりました。」
 オフィーリアは研究に取り組み、私も自分の研究に取り組むことにした。
 その後、自分はあまり研究に身が入らず、早めに寝室に戻ることにした。

(何で今更あの人のことを思い出しちまうんだ・・・だけど、あの子は別人だ。うん、別人。もうあの人と再会することは無いんだ・・・)

「おい、知ってるか? 可愛い女の子が新たに配属されたらしいぜ。」
「マジかよ!」
「ああ。それも新卒で。」
「新卒で!? なんでだ?」
「さぁ・・・そこまではどうかわからん。」
「でもまぁ、可哀そうだよな、その子。俺達みたいな科学界の落ちこぼれはともかく、未来ある若者だろ?」
「落ちこぼれは余計だが、まぁそうだな。ここへ配属された時点で未来も希望もないよな・・・」
「人事もヒデーな。俺らもそろそろ潮時かなぁ・・・」
「かもな。天下り先でも探しておくかな? 田舎の学校の教師とかなら簡単になれそうだし。」

 二ヶ月後。オフィーリアは進捗を報告しに来た。
(冗談だろ・・・これは同好会のレベルじゃない! 権威ある学会に取り上げられてもおかしくないぐらいだぞ!)
「どうでしょうか?」
「あ、ああ。いいよ。これで。あとは発表用のパワポ作っておいて。あと、発表の練習も。」
「わかりました。」

 三ヶ月後、発表は大成功に終わった。
 発表後、私はオフィーリアにお祝いとして食事に誘うことにした。
「発表、お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
 私とオフィーリアはワインを飲む。

 その後は会話もはずみ、楽しい食事となった。
「室長。私を助手にしてください。」
「お、おい・・・急に何を言い出すんだ?」
「室長はすごい研究をされていますよね? この前、部屋を整理しているときに偶然データを見てしまいました。勿論、盗み見みようとしたわけではありませんが、申し訳ありません。」
「いや、いいよ。多分、大分前に頓挫した研究だったと思うから。」
「大きなことを成し遂げるには、一人では困難だと思います。私では力不足かもしれませんが、一人よりは二人の方が、可能性は広がると思います。」
「それは・・・そうだな。」
「あるいは、雑用でも構いません。ジャリエ室長の傍に置いてくだされば・・・」
 私は飲んでいたワインを吹き出しそうになるのを必死にこらえて飲み込んだ。
「ハハッ 君は変わっているな・・・私も人の事言えないけど。まぁ、いきなり大きな研究を任せるというのは無理だから、そのうちに・・・てことで、今はいいかな?」
「はい! 頑張ります!」
 オフィーリアは喜んだ。
 正直、彼女の力は、彼女の研究内容を見れば明らかだった。恐らく、私と同等かそれ以上の力を秘めているのではないか? となれば是非とも手を借りたいところだが・・・。
 しかし、まだ入ったばかりの研究員にいきなり大きな研究をさせるというのは間違いだ。ここは彼女のためにも、段階を踏ませなければならない・・・。

 休日。私はオフィーリアに連れられてイタリアの地中海沿岸に来ていた。「息抜きも仕事のうち」「研究室に閉じこもってばかりで外の世界を忘れてしまっては、どのように人類を発展させればいいか分からなくなる」と言われ、渋々連れ出されてしまったのだ。
「地中海というのは、大きな湖みたいなものだと思っていたが、本当に海みたいだな。」
「ええ。古代では海に面していたみたいですよ。今はジブラルタル海峡が大西洋に面しているのみですが。」
「そうなのか。綺麗だな・・・」
「ええ・・・。」
 地中海には初めて来たが、思えばこんなに自然豊かな地に来たのは久々だ。ずっと、研究に追われていて研究所の外には出ていなかった。そして太陽の光を見たのも久々だ。北欧魔術研究所は常に雪空なので、太陽が顔を出すことはほとんどない。
「ん? あれは・・・ホバークラフトか。」
「ええ。波が穏やかで海面面積が小さい地中海では、ホバークラフトの運用がしやすいのです。」
「そうなのか。」
「ホバークラフトに興味がおありですか?」
「ああ。一時は研究していたこともある。失敗に終わったけど。」
「そうですか・・・。またホバークラフトの開発をするときがあったら、私が協力します。」
「ああ。頼むよ。」
 ホバークラフトと言っても、これも潜水艦と同じで低予算で開発したから、ゴムボートにエンジンをつけた程度のもので、地上では上手く動作したけど、海に入ったら沈んだんだよな・・・。
 周囲はマーメイドや、人間とマーメイドのカップルが多い。
「この辺りはマーメイドが多いんだな。」
「ええ。特にイタリアやスペインは港が栄えていますからね。」
「そろそろ、昼食を食べに行くか。イタリアンでいいかな?」
「ええ。この辺りは美味しいイタリアンのレストランが多いです。」

 私とオフィーリアは、海が見えるおしゃれなイタリアンのレストランで昼食を取ることにした。この店はマーメイド達が働くレストランで、世界中に支店を持つ名店らしい。
「何がいい?」
「ジャリエ室長と同じ物で。」
「ここは研究所じゃないから、室長はつけなくていいよ。じゃあ、ミートソースと赤ワインでいいかな?」
「はい。」
 注文をオーダーすると、ウェイトレスのマーメイドがやって来た。数分後、食事が運ばれて来た。
 美味しい・・・何年もしまい込んできた来たような味だ。思えばずっと研究所の食堂で食事を済ませて来た。研究所の食事も決してマズかったわけではないが、やはり外の世界の料理は新鮮だ。
「そういえば、ジャリエさんはどうして北欧魔術研究所に進んだのですか?」
「え? いや・・・特に深くは考えていなかったよ。ただ、暑い地域は嫌いだし、自由な研究がしたいから、北欧を選んだってところかな。まぁ、その分予算もなかなか貰えないけどね・・・」
「やはり、予算をもらうのは難しいのですか?」
「そうだね。まぁ、でも結果を出していけば、魔術協会の支持も得られるだろうし、企業からの支援もあるかもね。」
「そうなるといいですね。私も全力で協力します。」
 その後研究の話で話は弾み、食事を済ませると私は二人分の料金を支払い、店を後にした。

 帰りの飛行機の中、オフィーリアは私にもたれかかって眠っていた。
(こんなに楽しく人と会話したのはいつぶりだろう・・・。思えば私が心を許せたのはリリム校長と、何人かの先生だけだった。あの人とは、ここまでは楽しい会話は出来なかったな・・・自分も口下手だったのも原因だけど。やっぱり、オフィーリアはあの人とは違うんだな・・・)

 しかし、思い返すと、ほとんど研究の話しかしていない。これじゃあ変わり者の研究者同士の頭でっかちな会話と変わらない。
 研究者というのは一般人から見れば変わっているか、あるいは感性が違うので到底共感できないだろう。何せ学会とかで顔を合わせたり、懇親会などでも、朝から晩まで研究の話しかしないのだ。どう考えても変わっている・・・。
 次はもっと別の話をしてみようか? でも、どんな話をしたら・・・

 あれ? 私って自分が変わり者だっていうこと忘れかけてた?

 私は研究の区切りがついたので、オフィーリアをデートに誘ってみることにした。あれ? これってデートだっけ?
「オフィーリア。ちょっと、いいかな?」
「何でしょうか?」
「次の週末、空いていないかな?」
「ええ。大丈夫です。」
「それなら、一緒にイギリスに行かないかい? 行ってみたいところがあるんだ。」
「ええ。いいですよ。どこですか?」
「行けば分かるよ。有名な場所さ。」

 私はボート小屋でボートを借り、湖の中央辺りでボートを止めた。
「ネス湖に連れて行ってくれるなんて、ちょっと意外です。イギリスに行くというので、ロンドンの魔術協会本部かと思っていました。」
「たまにはこういう新鮮な場所で、新鮮なインスピレーションを得ないと・・・と思ってね。」
「ふふっ」
「このネス湖は、昔からネッシーの噂があったんだけど、大規模な調査をして、ちょっと前にマーメイド達の手を借りて調査したみたいだけど、結局見つからなかったんだ。」
「ジャリエさんは、ネッシーは居ると思っていますか?」
「確率論で行ったら、居る可能性は皆無だろう。マーメイドでさえ発見できなかったんだから・・・でも、いい所だと思う。」
「ええ。いい所ですね。空気が美味しいです。」
「にしても・・・」
 周囲はマーメイド達がたくさん泳いでいた。

「湖なのに、マーメイドが多いな。マーメイドって、湖でも生活できるのか?」
「ええ。この湖は魚も豊富ですし、人間の男性がいれば魔物娘はどこでも生きられます。」
「そうだったね。」
 さて、どんな話をしていこうか・・・。

「魔物娘の誕生は、確かサキュバスが魔王の座に就いてからだと言われているな。中世に誕生して、現代でも存在しているわけだが・・・この現代は、魔物娘にとってどのような世界なのだろうな?」
「どういう意味ですか?」
「中世の時代は、自然も多かったし、機械も少なかったし、魔法を扱える人間も限られていた。ところが、今では近代化が進み、街ができて、魔法も徐々にではあるが、世間に認知されつつある。」
「未だに魔法を否定する人も居ますけどね。」
「ああ。そうだな。まぁ、そのような類の者は、"物理学という縛り"から脱却できずに居るのだ。」
「と、言うと?」
「目に見えるものが全てだと考えているということだ。そう言ったものは、固定概念から脱却できない。一定の進歩はするだろうが、限界までの進歩はできない。つまりは廃れていくということだ。」
「進化が止まった生物は衰退する・・・生物学上の宿命ですね?」
「そうだな。私の父親は物理学の教師をやっていて、極端な反魔法主義者だった。そんな父親に反発して、私は魔法科学を突き詰めることに決めたんだ。」
「そうだったのですね。父親や、家族からは愛されていたのですか?」
「どうだろうな・・・愛されていないと言えば嘘になるけど、父親は単に私を敷いたレールの上を走らせたかったように思えた。母親も、私のことは愛していたと思うけど、父親の言いなりだったよ。」
「そうだったのですか・・・」
「オフィーリアの両親は、どんな人なの?」
「いえ・・・その・・・あまり、覚えがありません。その・・・」
 オフィーリアは家族のことを話したくないようだ。
「無理に話さなくてもいいよ。」
「ごめんなさい。」
「いや、自分が勝手に家族の話をしたんだから。気にしないで。」

「あの、ジャリエさんは、魔物娘をどう思っているのですか?」
「どうって?」
「その・・・嫌いとか。」
「どうかな・・・別に嫌ってはいないけど。私の場合は人間からも魔物娘からも変わり者扱いされていたから、誰も近寄らなかった。皆、私の言うことをおかしな虚言だと思っていたと思うよ。」
「虚言・・・ですか?」
「そうだね。まぁ、よく言えば夢見る少年。悪く言えば空想と現実の区別がつかない人かな。でも、私は夢や空想と、現実の概念をぶち壊すつもりでいる。」
「空想と、現実の概念を壊す?」
「ああ。原始人は人間が飛行機で空を飛ぶなんて考えもしなかっただろう。でも、今人間は当たり前のように飛行機で空を飛んでいる。古代は人間と魔物は争っていたが、中世から、現代まで・・・魔物娘の誕生と共に、人間は魔物娘との共存の道を歩んだ。初代の魔王はこんな世界になるとは想像もしていなかっただろう。いつの時代だって、"それまでの概念は新しい概念によって壊されてきた"。だから、私は新しい概念を作る。」
「ふふっ ジャリエさんって、ずっとそのようなことを考えていたのですか? 子供のときからずっと?」
「そうだよ。ハハッ 笑っちゃうよな。」
「いえ。とても立派なことだと思います! 子供の頃からの志をずっと持ち続けられるなんて、ジャリエさんはとても強くて、立派な人だと思います。」
「そんなことを言われたのは初めてだよ。魔物娘に関しては、どちらかと言えばよく思っているよ。ロンドン大学のリリムの校長は、私に本当によくしてくれた。魔法科学のエンジェルの先生も。まぁ、魔法科学の先生は、私のことを嫌っていたみたいだけど・・・でも、私は2人にとてもお世話になった。特にリリムの校長は・・・私にとっては母親みたいなものだったかな・・・。」
「ジャリエさん。新しい概念。いつかきっと、私に見せてくださいね。」
「ああ。約束する。」
 気づいたら暗くなっていたので、私達は帰ることにした。研究以外の話でこれほど会話が弾むなんて思いもしなかったな。不思議と、オフィーリアと話すときは緊張もするけれど、同時に安心感というか、彼女の前では素直にいろんなことを喋っちゃうんだよな・・・。

 そんな2人の様子を見守っていたリリムとエンジェルはそれぞれ笑い、安堵していた。
「ジャリエがあんなに楽しそうにするのは、私と反重力魔法式ホバークラフトの話をしたとき以来かしらね。」
「・・・あいつ、私のことを信頼していなかったのか・・・」
「そういうわけではないと思いますよ。ジャリエはあなたを信頼していました。しかし、あなたのジャリエに対する不信感を見抜いたというだけです。」
「まいったなぁ。あいつの洞察力には驚かされるよ。全くあいつは天才なんだか変人なんだか・・・。」
「あの子とも上手く行っているようで何よりだわ。」
「あのドッペルゲンガーは、あなたが作り出してジャリエの元に送ったのですね?」
「ええ。あの子には幸せになって欲しいもの。そして、才能も開花させて欲しい。」
「あのドッペルゲンガーが居るなら、心配要りませんね。このドッペルゲンガーは何か違和感を感じるな・・・どうも腑に落ちない感覚がある。」
「ふふっ あなたも洞察力が高いのね。案外、ジャリエと似た者同士なのかも。」
「わ、私はあんなに非常識じゃない!」
「でも、あんな子があなたの助手だったら、嬉しいんじゃない?」
「それは・・・そうだな。ちょっと恐いけど。」

 私の研究は順調に進み、実証試験のめどがついた。オフィーリアも順調に学者として階段を上り、権威ある雑誌に論文が掲載され、博士として一人前になり、私の助手を務めるようになった。
 今では第四研究室は私を含めて4人の研究者が所属している。残りの2人はそれぞれ別の研究を行っているが、2人はこの研究室に満足して、今日まで所属している。こんなに長く研究者が定着したのは初めてだった(多分、オフィーリアが上手く取り繕ってくれたんだろうな。ありがとう)。

 そして、月に3回ほど、4人集まってミーディングを開くようになった。ミーティングと言っても、好きなことを自由に話す、雑談会や相談会のような物なのだが。

「アライ君。もし、私が君に、主相の首根っこ掴んでぶんまわして来いって言ったら、どうする?」
「・・・えっ?」
「フフフッ」
「いや、その・・・想像を絶しますね。」
「いや、そこは想像を絶するんだよ。想像を、絶しなければ、固定概念は壊れないから。」
「そうなんですか。凄い話ですね。」
「君は恐らく、今後もっともっとステップアップしていくと思うんだよね。」
「ありがとうございます。」
「アライ君。私は君がそこまで昇りつめたら、きっと囁くよ。国一つ丸ごとぶち壊す物を作りなさいって。ハハハッ」
「まぁ、その、そのときは是非ともお願いします。」
「君が今やっている反発属性活用エネルギー論も、これから先もっと具体的に形になっていくと思うから。楽しみにしているよ。」
「はい!」

「キャサリン。もしも、ここに警察が来て、研究データを全部渡せって言われたら、君はどうする? 抵抗する?」
「私は・・・その、昔から争いごとが嫌いだったので、その、どうしたらいいのか・・・」
「うむ。警察に従うというのも、また選択肢の一つだから、それでも構わないよ。」
「でも、その、いくら相手が警察でも、研究データを渡すのは、研究者として、嫌ですね。」
「私も嫌だよ。私だったら、ここへ来た警察官。たとえば5人なら5人全員透明にしちゃうね。」
「と、透明ですか!? それって・・・」
「ハハハッ!」
「でも、5人警察官を透明にしたら、次はもっと多くの警察官が来るのでは?」
「そのときはそいつらも全員透明にしちゃう。あるいは、警察署ごと透明にしちゃえばいい。それでも国家が我々を弾圧するなら、我々が国家ごと消しちゃえばいいんだよ。」
「凄い話ですね。でも、今でも世界的に見ると、反魔物国も少なくないですし、魔法について否定的な国も多いじゃないですか。」
「そうだね。」
「共産主義の宗教弾圧みたいに、我々魔法科学者や、魔法使いも、どこかに弾圧される可能性はありますか?」
「可能性があるなしではないね。確実にそうなる。国も、魔法を非科学的な者とみなして弾圧するし、魔術協会も国の管理下で、国が決めた研究しかできなくなる。それで生き残るか、あるいは魔術協会そのものが潰されちゃう。」
「魔術協会が潰されたら、我々はどうしたらよいのですか?」
「それは、潰されないために、自分がどうするか。あるいは、潰そうとしている相手をどうするかを考えると、答えが見えて来ると思うよ。」
「・・・すみません。上手く、考えがまとまらないです。」
「即答しなくてもいいよ。そのときになったら嫌がおうでも向き合うことになるから。ただ大切なのは、自分が後悔しない選択をすること。人生いろんな選択肢はあって、勿論間違った選択も人間誰しもがする。けど、そのときに"あのとき別の選択をすればよかった"ならいいけど、"あのときこの選択をしたくてもできなかった"という後悔だけはしないようにね。」
「わかりました!」

「オフィーリア。もしも、私が、君と一緒にレクイエムを作ろうって言ったら、君はどうする?」
「レクイエムって、あの?」
「そうだよ。中世に開発された大量破壊魔法科学兵器。」
「ジャリエ室長がそういった物を作らないように止めます。」
「ハハッ 私を止めるの?」
「はい。ジャリエ室長には大量破壊兵器を作って欲しくないですから。」
「そうか。オフィーリアは毎回、私の想像の斜め上を行くね。全く予想がつかない。」
「それは、批判ですか?」
「違う違う。むしろ誉め言葉だから!」
「それなら、誉め言葉として受け取ります。」
「まぁ、私もいろんな物を作りたいと頭に浮かべているけど、当然邪魔する人や批判する人は出るだろうね。たとえば、テレポートの完全実用化。これが完成したら、鉄道会社とかは絶対邪魔しに来るね。政府や警察と結託して。」
「そうなったときは、私がジャリエ室長を守ります。」
「えっ!?」
「ジャリエ室長に危害を加えたり、研究を邪魔する者が目の前に居たら、私は全力で室長を守ります。」
「そうか! ハハハッ また一本取られちゃったな!」
「フフフッ」

 私はかつての初恋のあの人のイメージを、オフィーリアに重ねてしまっていることに気づいた。それが勝手かつ一方的な片想いで、やってはいけないことだとは分かっている。
 でも、それと同時に初恋のあの人への未練、そしてオフィーリアへの好意が合わさり、自分でもよく分からなくなってきた。
 そんな中、私はオフィーリアに誘われて1泊2日の旅行に出かけた。
 旅行先はジパング地方のとある森。ここにはフェアリー達が暮らす、魔力を持った特別な泉があるとのことだが・・・。
「魔力を感じます。こっちです。」
「おい、遊歩道から外れちゃって、大丈夫か?」
「心配要りません。方向感覚さえ失わなければ。まっすぐ歩いて行けば出られますよ。安心してください。」
 そう言ってオフィーリアと私は森の奥へ進んでいく。

 しばらく進むと、眩い灯りに照らされた光が見え、そこには澄んだ泉があった。そしてフェアリー達が舞うようにして飛んでいる。
「ここです。」
「綺麗だな。神秘的だよ。」
「そうですね。この泉には魔力が感じられます。興味はありませんか?」
「そうだな。是非とも調べてみたい。」
 フェアリー達が私達に気づいたようだ。

「あら? お客さん? 珍しいわ!」
「遊ぼ! 遊ぼ!」
「ええ。いいわ。」
 オフィーリアが泉の中央に立ち、両手の掌に丸い光を灯す。そして舞いを舞った。どこかの国の舞いだろうか?
 フェアリー達もそれに合わせるように舞いを始めた。その光景はとても神秘的だった。
「さぁ、ジャリエさんも踊りましょう。」
「私は踊れないよ?」
「大丈夫です。さぁ・・・」
 オフィーリアは私の手をそっと握り、そして私を引き寄せた。
 次の瞬間、眩い光が私達を包み、私は自然と体が動き、気づいたらオフィーリアのように舞えていた。今まで踊ったこともないのに、なぜこんなにも軽やかに舞えるのか自分でも不思議だった。
 周囲はフェアリーが2人を祝福するように舞っている。

 気づいたら、大きな光の中、それでいてまぶしくない空間に、オフィーリアと2人で立っていた。そして不思議と、心の中の不安や葛藤、迷いが消えたような、幸福感に包まれた感覚になることができた。
「オフィーリア・・・愛してる。」
「ジャリエさん・・・」
「ごめん・・・初めの頃は・・・君をあの人と照らし合わせて・・自分の中で勝手に重ねてしまっていた・・・。でも・・・今は違う・・・。君は・・・君なんだね・・・オフィーリア・・・私は・・・君を愛している・・・」
「うれしいです・・・」
 私は考える前に、行動に移していた。

 オフィーリアを抱き寄せ、キスをする。そして神秘的な光に包まれながら、私達は裸になり、交わり合った。

 何度交わったのだろう・・・出しても出しても萎える感覚はしない。この時間は永遠かと思えるぐらい、長い時間の中、私達は性交を続けた。

 気が付くと、私もオフィーリアも裸で柔らかい草むらの中で寝ていた。そして周囲には絶頂して果て眠ってしまった無数のフェアリー達が泉に浮いていた。

(裸のオフィーリアがこうして寝ているということは・・・やっちまったのか私は! でも、なんで・・・確か、オフィーリアと一緒に舞っているうちに、幸福感に包まれて、光の空間の中で・・・そこから先は・・・)

「室長が研究員に手を出すなんて・・・私も落ちぶれたものだな・・・これではマッドサイエンティストもいいとこじゃないか!」
「あら、今更自覚されたのですか?」
「うわっ! オ、オフィーリア・・・起きていたの?」
「ええ。ずっと。」
「昨日のことは・・・覚えているかな?」
「ええ。全て。」
 周囲のフェアリー達も起き、はやし立てた。

「昨日は凄かったねー! お兄ちゃんだいたーん!」
「おねーさんもきれいだったけど、おにーさんは情熱的だったよー!」
「これで2人は結ばれたね!」
「この泉で結ばれた2人は永遠に結ばれるんだよー!」

 次の瞬間、私は正気を失って取り乱してしまった。
「うわあああ!! やっぱりやっちまったのか私はぁ!! 自分の助手に手を出してしまったぁ!! もうおしま・・」
 そんな私を、そっとオフィーリアは抱きしめた。

「ジャリエさん。これで私達は結ばれました。ずっと一緒です。」
「・・・うん・・・」
「これからも、よろしくお願いしますね。助手としてだけではなく・・・嫁として・・・」
「・・・うん・・・でも、私で本当にいいの?」
「ええ。」
「・・・ありがとう・・・」

 こうして私達は結ばれた。そして、帰りにフェアリーが泉の水が入ったビンをくれた。
「おにーさんおねーさんまた来てねー! これ、おみやげ!」
「ああ。また来るよ。」
「ふふっ ありがとう。」

 それからしばらく、私は興奮が収まらず、ただひたすら、自分でもよくわからない数式をノートにひたすら書いていた。
「あの、室長。何の数式ですか?」
「分からない。」
「えっ!?」
「分からないんだ。自分でも。何故か・・・解こうとしても解けないんだ・・・」
「そ、それは・・・自分でも分からない数式を・・・」
「どうしても解けない・・・いや! 人間の理性を持ってしては解けないんだ! 理性を超えろ! 概念を壊せ! アライ君!」
「は、はい!」
「・・・すまん。取り乱してしまった。ちょっと、食堂でコーヒーでも飲んで来るよ。」

「キャサリン。感応現象というものを信じるか?」
「にわかには信じがたいですね。人と人とが悟りに繋がるとか、人と人との想いが繋がるとか、互いに心が通じて理解し合えるとか聞きますけど、どれもこう、なんというか・・・定義が曖昧で・・」
「定義なんて必要ない! これはな! 定義とか概念じゃないんだよ! 人間が概念や倫理と言った物を超越したとき・・・それが人類の進化だ! 全人類の感応こそが今求められるべき人間の進化なんだ!」
「な、なんだか分からないけど・・・凄いですね・・・とてもついていけません・・・」
「いや、その、ごめん。自分でも何を言っているのか分からなくなった。ちょっと、休憩して来る。」
 そう言って、私は研究室を出た。

「なんか、最近の室長っておかしくないか?」
「おかしいのは元からでしょう? まぁ、最近のはこう、なんというか・・・」
「今までと違って、斜め上の発想というか理論というか・・・」
「なんか変に感情的だったり、おかしな理論が飛び出したりしますね。もしかして、あの人本当に概念を超えちゃったとか?」
「あり得るかも・・・。なぁ、オフィーリアは何か知ってるか?」
「さぁ・・・フフフッ」
「オフィーリアまで・・・」

 最近、研究所でおかしなことが起きるようになった。
「ジャリエ室長。この魔力測定器が壊れています。」
「ちゃんと接続端子を確認したか? 間違って繋いだんじゃないか?」
「いえ。この通り、間違いなく繋いでいます。」
「本当だ。じゃあ、故障かもしれないな。」

「すみません。図書室で資料探してきます。」
 オフィーリアは研究室から出た。

「あれ、戻った・・・なんでだろう?」
「何か強力な魔力を持った魔石でも置いていたんじゃないか?」

 また別の日。
「あれ、今日はオフィーリアは休みか。ミーティングをやろうと思っていたんだけどなぁ・・・」
「あ、室長。そういえば今夜は月が出ないらしいですよ。シリウスや火星が見えるかもしれませんね。」
「ん? ああ。そうだな。」

 オフィーリアは毎日研究室へやって来るが、時々姿を見せない日もある。月に数回、休暇を取ったり課外調査に出ることは研究者ならば誰でもあるのだが・・・。

 奇妙な数式をノートに書き連ねているうちに、何故かオフィーリアが休んだ日をノートに書いていた。
(いくらオフィーリアが来ないからって、こんなことを・・・別に、次の日にはちゃんと来ているし、昨日だって自室で交わったばかりだぞ。何を心配しているんだ私は・・・ん?)
 ふと、オフィーリアが休んだ日を見て疑問が浮かぶ。
(何かがおかしい・・・共通点のようなものがあるような・・・)
 私はふと、コンピュータでここ数週間の天気のデータを確認してみた。
(ん・・・? これって・・・)
 俺は天気のデータとオフィーリアの休暇日を確認してみた。
(これはっ! 月の出ない夜の日だけに休暇を取っている! オフィーリアは月に関連する研究をしていたのだろうか? いや、にしても私にそんな話はしていなかったし・・・)

 今日はオフィーリアは休みだった。この日は先日出張で行ったフランスで買ったケーキを4人分を机に用意した。
「ケーキを買って来たぞ。4人分あるから、1つはオフィーリアのために残してくれ。」
「あら、美味しそうですね! いただきます。」
「お土産ありがとうございます。では、行って来ます。」

 私は少し昼寝をしようと、自室へ戻った。

 私が目を覚ましたときには既に夜になっていた。
「いかん・・・寝過ぎてしまった・・・」
 あくびをしてフラフラとした足取りで、私は研究室へ向かう。

「あれ? ケーキがない・・・」
 オフィーリアのために1つ残していたケーキがなくなっていた。変だ。キャサリンは今日早引きしたし、私はさっきまで寝ていた。となると、アライだろうか?

「戻りましたー。あ、室長。お疲れ様です。」
「あ、アライ君! 君、ケーキ2個食べたのか?」
「何を言っているんですか!? 私は今戻ってきたところですよ! 今日はスウェーデンに出張でしたから!」
「そうだったね・・・あの、アライ君。今日、月は出ていたかな?」
「え? えっと・・・今日は月は出ていませんでしたね。」
「そうか・・・ちょっと、図書室行って来る。」
「はい・・・(どうしたんだろう? また最近また何か新しいことを始めたみたいだけど、私達には何も言わないんだよな・・・)」

 私は図書室で魔物娘図鑑を広げてみた。
(・・・ドッペルゲンガー・・・まさかオフィーリアは・・・)

 この日、オフィーリアもミーティングに参加した。特に変わったことはなく、いつも通りに終わった。
「あの、ジャリエさん。感応現象の研究は進んでいるのですか?」
「いや、まだ着手していないよ。幻視を完成させないといけないからね。」
「あの、私との共同研究で開発していくというのはどうでしょう? 私も、幻視について興味があります。」
「・・・考えておくよ。」

 翌日。今日は月が出ない日だ。そして、オフィーリアも今日は休みだった。
 そして、夜・・・私は確かめてみた。

 リリムの校長は少し不安だった。
(さすがは私が見込んだ子だわ・・・。ジャリエは昔から洞察力が鋭かったわね。彼女の正体を知っても・・・大丈夫かしら?)

 今夜。月は出ていない。
「アライ君。キャサリン。すまない。今日は、一人にしてくれないかな?」
「え? どうしてですか?」
「その、極秘研究を行うんだ。これから。まだ、君たちにも公表することができないんだ。まだ、憶測だから・・・」
「一体、どのような研究を?」
「それも、言えない。すまない・・・。」
「分かりました。では、私達は今日はお開きにします。」
「ありがとう。」
 2人は退出した。

(さてと・・・試してみるか!)
 私は魔力測定器を準備して、スイッチを入れてみる。するとメーターは異常な振れ幅を出して計測不能に陥った。
(居るな・・・この部屋に!)
 そしてもう一つ。私は魔力感知棒を取り出した。これは、魔力を感知すると光りだす仕組みになっている。それも、大きな魔力を感知すればするほど、大きな光を放つ。そしてこの棒には私が特別な改良を程してある。

(・・・光が強くなっている・・・そこか!)

 そして、私は魔力弱体化の魔石をたたき割って魔素を部屋に充満させ、山積みになっているダンボールの一つを開けた!

「見つけたぞっ! ドッペルゲンガー! いや・・・オフィーリア!!」
「ひゃんっ!」
 ダンボールの中には黒髪のショートヘアーの幼女が頭を抱えて怯えながら入っていた。
 私はドッペルゲンガーを抱えて、両手を後ろに縄で縛り、研究室のソファーに放り込んだ。
「さてと・・・どういうことか説明してもらおうか?」
「ご、ごめんなさい・・・あたし達ドッペルゲンガーは・・・男の人の失恋した相手への想いと魔物の魔力から生まれるの! だから・・・」
「だから、俺の初恋、そして失恋したあの人への姿を借りていたわけか。全く、私は彼女への想いをやっとのことで断ち切ったというのに・・・おまえを見てから、断ち切ったはずの彼女への想いが再び燃え上がった!」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「まぁ、君が普通じゃないことは見抜いていたさ。君がこの部屋に居る間だけ、決まって魔力計測機器がおかしな反応をする。 当然だ! 君は魔力の塊のドッペルゲンガー! そしてあの人は優秀な魔術師だった!」
「あたし・・・悪気はなかったの・・・本当に・・・ジャリエさんのことが好きで・・・でも・・・」
「あの人に化けたことはもうどうでもいい。でもな・・・おまえは俺に嘘をついていた。おまえはあの日、誓ったはずだ!」

「ジャリエさん。私は今後、あなたの妻です。」
「お、おい・・・突然何を言い出すんだ? それはまぁ、確かに結ばれたし・・・あんなことも・・・しちゃったしな。」
「私、もっともっとジャリエさんのことを知りたいです! そして、あのときのような感応で・・・一つになりたいです!」
「今回のは、今までとは違った意味で予想できなかったよ・・・でも、私もオフィーリアと、もっと繋がりたい。もっと知りたいし・・・エッチなこともしたい。」
「ふふっ ジャリエさんも男なのですね。」
「当然だ!」
「ジャリエさん。きっと、ジャリエさんは今まで、周囲に理解してもらえる人がおらず苦しんだと思います。でも、今後は私が居ます。私のことを信じてください。私は、決してあなたを裏切りませんから。」
「ああ。信頼しているよ。ありがとう。」

「私は裏切らない。そう言ったな!? だが、君は今日までドッペルゲンガーであることを私に隠してきた! これは立派な裏切り・・・嘘ではないのか!?」
「そ、そんなつもりじゃなかったの! いつかきっと、本当のことを打ち明けようと思ってたの! だから・・!」
「うるさい!」
 私はドッペルゲンガーの脚を広げ、下着を破り、オフィーリアの姿をしていたときとは違う、未成熟な小さな膣にペニスを強引に入れた。

「痛い!! 痛いよぉ!!」
 相手が人間の幼女であれば、こんなことをすれば股が裂けるどころか子宮にまで損傷を与えてしまうだろう。しかし、魔物娘であるドッペルゲンガーはそんなことにはならない。確かに中はキツいが、体が傷つくということはないみたいだ。そして何よりも、このキツキツな膣もイイものだ。
「私を騙し続けたんだ! これぐらいのお仕置きはしないとな! 私はな! 人を騙すことと、人に騙されることが大嫌いなんだ! 言え! 私が君に、一度だって嘘を言ったり騙したことがあったか!?」
「・・・ジャリエはおかしな変わり者だったけど・・・嘘をついたり騙したりは一度もしてない。ううん。私にだけじゃない。アライさんや・・・キャサリンさんにも・・・」
「当然だ! 私はオフィーリアを本気で愛していたんだ!」
「ほ、ほんとに・・キャアアア!!」
 私は乱暴かつ暴力的なピストンでペニスを膣へ挿入したり出したりを繰り返し、ついには射精した。ドッペルゲンガーの膣からは大量の精液が溢れた。

 その後、ほとんど記憶にないが、ドッペルゲンガーの口やおへそ、アナルにも強引にペニスを挿入して、あとは数えきれないぐらい膣内に精液を吐き出して・・・あとは覚えていない。

 次の日、研究室の扉をノックする音で私は目を覚ました。
「室長! ジャリエ室長! いらっしゃいますかー?」
「ん? ああ! 今開ける!」
 うわっ・・・下半身丸出しだ。それに、ソファーがシミだらけで・・・臭いな。我ながら物凄い量を出したものだ。これは研究のテーマに・・・繋がらないな。
 私はズボンをはき、研究室の鍵を開けた。
「おはようございます。室長。」
「おはよう。すまないな。昨日、疲れて鍵をかけたまま研究室で眠ってしまっていたようだ。」
「そんなに、すごい研究だったのですか?」
「・・・ああ。(ある意味ではすごいことだったかもな。研究ではないけど)」

 アライとキャサリンが部屋に入ると、真っ先に異臭を感じ取った。
「うわ! この部屋なんか臭くないですか!?」
「すまない・・・実は、薬品をうっかりソファーにこぼしてしまってな・・・なかなか落ちなかったんだ。すまないが、消臭剤を巻いておいてくれないか? あと、換気も。」
「わかりました。」
「にしても、すごい臭いね。イカ臭い・・・」
「この研究は危険だと分かった。研究室では試すものじゃないな。それじゃあ、今日は出張に行って来る!」
「行ってらっしゃい。」
「お気をつけて!(どんな研究をしていたのかしら? それにこの異臭・・・まさか炭疽菌!?)」
 炭疽菌はあり得ないだろう。もし本当に炭疽菌なら、まずジャリエ室長が死ぬばかりか私とアライ君も死んでしまうはずだ。

 私はロンドン大学を訪れ、リリム校長と面談していた。
「校長先生。あなたですよね? あのドッペルゲンガーを私の元へ送ったのは。」
「さすがはジャリエね。その通りよ。あなたのあの子への想いと私の魔力によって誕生したのが、オフィーリアよ。」
「やはりそうでしたか。」
「悪いことをしたかしら?」
「いいえ。校長にはとても感謝しています。私はオフィーリアと出会ってから、人生が変わりました。同年代・・・と言ってもドッペルゲンガーに年齢の概念があるのかはわかりませんが、少なくとも、この学校の先生達以外で、私は初めて信頼できる人と出会えました。」
「ジャリエはあの子のイメージをオフィーリアに重ねていたのかしら?」
「ええ。初めの頃は。でも、本格的に付き合い出してから、あの人とオフィーリアは違うと思うようになりましたよ。確かに姿は瓜二つですし、性格や口調、癖もよく似ていますが、オフィーリアにはオフィーリアしかないものがいくつもありました。やはり、全く同じ存在が同じ世界に存在することなどあり得ないのですね。」
「・・・そうね。ところで、ジャリエ?」
 リリム校長の優しい目が、少し威圧的になり、無表情になった。

「あなたはオフィーリアが自分に隠し事をしたことに腹を立てたそうね?」
「え? ま、まぁ・・・(何で知っているんだ?)」
「恋人同士は隠し事があってはならない。そう考えるのね?」
「はい。」
「それは、頂けないかな。人は誰だって、知られたくないことがあるものよ。たとえ、それが親しい人に対してだとしても。それに・・・あなただって、"私に隠し事をして来たでしょう?"」
「な、何を言っているのですか!? 私は校長に嘘をつくなど・・」
「嘘と隠し事は違うわ。あなたは・・・この学校でいくつか犯罪を犯しているわね?」
「え!? そ、それは・・・」
「不能犯なら無罪・・・という言い訳は通用しないわよ? あなたは一歩間違えば殺人科学者の道を歩んでいた。」
「・・・先生は、何もかもお見通しなのですね・・・」
「ええ。ふふっ 今更昔のことを掘り返して責めるつもりもないし、勿論このことは絶対に口外しないわ。安心して。」
「えっ?」

 私は大学時代には暴力的な一面はなくなっていた。しかし、危険な思想や考えは相変わらず持っていた。
 化学の先生と喧嘩したあの日。私は愚かな理科学者どもに天罰を下してやろうと思い、猛毒のボツリヌス菌を培養しようとしたが、上手く行かなかった。他にも無毒の炭疽菌から有毒な炭疽菌を合成して物理学の先生の家に撒いてやろうと考えていたが、それはできず、結局は無毒の炭疽菌が理科室から流出し、校内が異臭騒ぎになるという形で失敗した。
 さらには、私は一時期戦争映画にはまり、資料を基にトカレフ拳銃を密造しようとした。しかし、その時期偶然、周辺に変質者が現れたことで校内の警備が厳重になり、部品を分解した状態で階段のコンクリート内に隠し、気づいたら忘れてしまっていたなんてこともあった。

「この銃、撃鉄はお粗末な材料だし、スプリングも弱いし、材質の品質が悪くて・・・まともに射撃できなかったわよ?」
「ど、どうしてそれを・・・」
「言ったでしょう? 先生は何でもお見通しなのよ。」
「・・・私は・・・どうしたら・・・」
「ジャリエ。あなたの気持ちはどうなの?」
「私は、オフィーリアを愛しています。勿論、あの人と重ねているわけではありません。私が好きなのはあくまでオフィーリアです。私は、彼女と運命を共にすると、心に誓っています。」
「そう。それならいいわ。あの子はきっと、あなたとの一番大切な思い出の場所で待っているはずよ。」
「思い出の場所・・・フェアリーの泉!」
「そうよ。ふふっ ・・・オフィーリアは私が作り出したドッペルゲンガー。私の娘のようなもの。泣かせたり傷つけたりしたら、許さないから。」
「はい! もう大丈夫です! ん? オフィーリアが校長先生の娘なら・・・私は!」
「ふふっ 寂しくなったら、いつでもママのところに帰って来るんでちゅよ〜」
「そこまで子供じゃありません!」
 そう言って、私はロンドン大学を後にした。

(ああいうところは男なのよね。ふふっ 可愛いわ。)

 私はオフィーリアと感応した、あのフェアリーの泉に向かった。

「オフィーリア!」
 彼女は泉の中心に立っていた。オフィーリアの姿をして・・・。無数のフェアリー達が、彼女の周囲を飛び回っていた。まるで彼女を慰めるように。
「あー! おにーちゃんだー!」
「おにーちゃんがおねーさんを泣かせたー! いけないんだー!」
「そうだな・・・泣かせたのは私だな・・・すまない。少しの間、オフィーリアと2人にさせてくれないだろうか?」
「うん! いいよ!」
 フェアリー達は森の奥へ飛び去って行った。

「オフィーリア・・・」
「ごめんなさい。私は今まであなたを騙し続けていた。私は、あなたの初恋の人に成りすました。けど、私はあの人ではない・・・」
「分かってる。けど、私が愛しているのは、もうあの人ではない。私が愛しているのは、オフィーリア。君なんだ。」
「私にあの人の姿を重ねても、私は私・・・ドッペルゲンガーなんて、所詮は人間の姿を真似ているだけの魔物なのよ。」
「それも分かっている。いいんだ。私が好きなのは、他ならぬ君なんだ。」
「私はあなたに隠し事をしていました・・・」
「いいんだ。私も、君に隠していることはいくつもある。レクイエム発展型のジェネシスや、殺人音波兵器のアポカリプティックサウンドラジオ。それに、魔法核融合爆弾なんかも研究していて、図面まで書いてある。それに、学生の頃から、私はグレていた。大学でボツリヌスや炭疽菌を培養したこともあったし、拳銃を密造しようとしたこともあった。全て、君に黙っていたんだ。」
「・・・ウィルスを培養して・・・そのあとはどうしたの?」
「全部失敗した。私は化学が苦手だから。元素記号を覚えるのでやっと。拳銃も解体されて没収されちゃったよ。」
「・・・そう・・・」
「人間も魔物娘も、隠しごとがあるのは当たり前のことなんだ。だけど、それらを全てさらけ出す必要はないと思う。互いのプライバシーを守り合うのも、大切なことだから。だから・・・オフィーリア!!」
 私はオフィーリアを抱きしめた。

「ずっと一緒に居てくれ。勿論、君が元の姿に戻ってしまったとしてもいい。私は君の全てを愛する。」
「ジャリエさん・・・」
 去っていたフェアリー達が集まり、眩い光を灯し始めた。そして、光が私達を包んだ。

「ジャリエさん。私もあなたのことを愛しています。あなたの初恋の人の写し絵としてではなく、私自身として。私をずっと傍に置いてください。」
「ああ。愛しているよ。オフィーリア・・・」
 それから先は言葉は要らなかった。今回は意識がはっきりとしている。私とオフィーリアは本能のままに交わり続けた。
 私達の交わりは三日三晩続いた。

 あれから月日は流れ、私とオフィーリアは入籍した。オフィーリアは私の妻であり、助手でもある。オフィーリアが正式に助手となってから、あらゆる研究が進むようになり、多くの魔法機器が製品化され、多くの論文が権威ある雑誌に掲載され、今では有名な研究者となった。
 ただ、危険な研究や発明はオフィーリアにいくつか破棄されてしまった(それでもいくつかは隠しているけどね!)。

 私とオフィーリア。そしてアライとキャサリンも連れて、私達は私の恩師。エンジェルの先生であるプロメ博士が立ち上げたイギリスの研究所に移籍した。
 予算と規模こそ大手研究所に比べれば小さいが、それなりに自由な研究はできる。
 プロメ博士こと所長は大学での講師も続けており、メインは大学講師であるため、研究室をよく空ける。そのため、私が所長代わりの仕事を代行することが多い。

「やった・・・"感応論"の完成だ!」
「長かったですね。」
「ああ。君のおかげだ。ありがとう。」
「いえ。ジャリエさんの洞察力と理論があっての結果です。私一人では、この理論を完成させることはできなかったでしょう。」
「この感応論が世に認知されたとき・・・歴史が動くぞ。概念が壊れ、新たな概念が生まれる・・・!」
「そうですね。」
 今まで定義が曖昧で、魔法界でもあまり注目されていなかった感応現象。それを歴史初。初めて理論化に成功したのが私達だ。これは間違いなく魔術協会から大々的に注目を浴び、論文も掲載されるだろう。

 私はこの感応論を基に、私は"感応指輪"を開発した。この指輪をつけると、指輪をつけた者同士が感応現象によって通じ合うことができる。感応現象の際には高い魔力が放出されるため、魔力の受け皿として指輪には魔力吸収装置もつけており、感応現象の際には指輪が強く光りだす。
 私はこの感応指輪を製品化しようと考えていた。しかし、オフィーリアとプロメ所長に強く反対された。

「感応現象にはまだ未知な領域が多くあります。それに、"必ずしも感応現象が善にだけ働くとは限りません。"」
「人間も魔物娘も完璧な存在ではないのだ。そんな我ら人類と魔物娘には、君の発明はあまりにも時代を先取りし過ぎてしまっている。」

 結局、試作品を2つ作ることにして、私とオフィーリアが結婚指輪の代わりとしてつけることにした。
 この指輪を使用して交われば、新世界へ飛び込むことができる・・・と表現しておこう。

 その後、感応論は魔術協会に大々的に取り上げられ、権威ある雑誌にも掲載され、私とオフィーリアは表彰を受けた。勿論、感応指輪については公開しなかった。
 
 アライは私の魔法科学式ホバークラフトの研究を引き継ぎ、試作品を完成させて魔術協会から大きな評価を受けた。彼に引き継がせたのは感応論の研究に専念するためで、オフィーリアからの勧めであった。
 いずれ、企業が興味を示し、量産型や競技型が商品化される日も近いだろう。

 キャサリンは火石と氷石の反発力を利用したマナ石を開発し、大きな評価を受けた。この魔石は膨大なエネルギーを持ち、魔法使いからは使用すると強力な魔力を放出できると高い評価を受けている。
 この魔石は製品化され、今ではどこでも品切れ状態だ。

 ロンドン大学の校長室で、リリムの校長とプロメは2人の成就を祝っていた。
「やっぱり、あの子はあなたの元へやって来たのね。」
「ええ。まぁ、結果オーライということで。オフィーリアが居れば、ジャリエは道を踏み外すことはないでしょう。今後も2人がどんな物を作っていくのか楽しみですよ。」
「プロメも協力してあげたら?」
「いえ。その必要はないです。既にジャリエもオフィーリアも、研究者として私を超えています。それに、私は教育こそが生きがいですから。これからも未来を担う科学者を育てて行くつもりです。」
「ふふっ あなたらしいわね。」

 クリスマス休暇のこの時期、私とオフィーリアはフィンランドのヘルシンキを訪れていた。
 休暇中は一流ホテルに泊まり、オーロラを2人で見に行く予定だ。

 私とオフィーリアはヘルシンキ内では有名な名店のケーキを購入して、ホテルへの帰路を歩いていた。
「やっぱりフィンランドは寒いな。でも、私はこの国が好きだよ。」
「ええ。私もです。」
 街中はクリスマスに彩られた光のコントラストで満ちている。
(あれ、感応指輪が強い光を放っている・・・今は魔力を使っていないのだが・・・)
「ケーキ。美味しそうでしたね。楽しみです。」
「あ、ああ。私、こう見えて甘い物に目がないんだ。」
「ふふっ 私は一目見たときから見抜いていましたよ。」
「そ、そうだったのか・・・やっぱり私のことなら何でも君はおみと・・ 痛いっ!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
 私は突然、何かに脚を引っかけて転倒してしまった。

「いたた・・・何かに躓いた。」
「大丈夫ですか? 私が治療します。」
 オフィーリアは白魔法を唱え、私に使用した。
「大丈夫。ちょっと転んだだけだよ。・・・あれ? 何だろう? これ。」
 私の足元に、眼帯が落ちていた。これに躓いて倒れたのか? そんなわけないか。
 私は眼帯を手に取ってみる。

「これは・・・眼帯? 右目につけるタイプみたいだけど・・・なんかこれ、オフィーリアの眼帯と似ていないか?」
「そうですね。言われてみれば・・・」
 オフィーリアの指輪も強く輝いていた。そして、オフィーリアは硬直してしまった。
「あれ? どうしたの? オフィーリア?」

(ジャリエの拾った眼帯に触れた瞬間、私は全てを悟った・・・。)

「"友達になって欲しい"。その一言を彼女に言うことが出来ていたとしたら、また違う未来になっていたかもしれないわね・・・。でも、ごめんなさい。この世界の私も、彼女とは友達になれなかった・・・。だけど、この世界の私は幸せよ・・・私には、かけがえのない人が傍に居てくれるから。」
「オフィーリア? 大丈夫? うわっ!」
 次の瞬間、私はオフィーリアに抱きしめられ、キスされていた。

 周囲の人々からは好奇の視線が集まり、中には見て見ぬフリをする者も居た。
「さ! 早くホテルに戻ってケーキ食べましょう!」
「あ、ちょっと待って!」

 この世界の本来の私が今どうしているかも、私は知っている。しかし、そんなことはもはや関係ない。今の私はジャリエの妻なのだから。
 この世界も、あり得たかもしれないもう一つの世界のうちの一つ。

 きっと、どこかの世界で、あなたはあの子と友達になっているかもしれないわね・・・
18/08/10 18:44更新 / 幻夢零神

■作者メッセージ
元ネタを特に知らなくても、問題なく読めるSSを目指して執筆しましたが、いかがでしたでしょうか?
書きあげてみると、細かい設定を多く作りすぎたせいで話が長引いてしまったような気がします。
次、SSを書く機会があればもっとシンプルな設定でトライしたいなと思っています。

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