夢見るクスリ 夢への鎮魂歌
「はい。読ませてもらいました。ありがとうございます。」
「どうですか！？」
「まぁ、悪くはないと思いますが、うちの雑誌に掲載する以上、全く無名の漫画家を選ぶというのは、ちょっとね。なので、賞の一つでも取ってから、また改めてご相談いただけますか？」
「分かりました。」
結局、俺の漫画はボツになった。
俺の名前は宮村優介。漫画家の卵だ。子供の頃からずっと漫画が好きだった。いつか漫画家になりたいと思って、ずっと漫画を描き続けて来た。
元々、幼稚園の頃から先生からは絵が上手だと褒められていた。小学校に上がると、人生で初めての挫折を経験した。俺は勉強が大の苦手で、嫌いだった。テストはいつも0点ばかりで、成績も体育、図工、音楽以外は全て1だった。
友達同士ではよくお絵かきをして遊んでいて、そのうち漫画を描くようになった。友達内で俺の漫画は評判がよく、小学生を対象にした漫画のコンクールに出すことを勧められた。
そして、俺は小学生漫画コンクールで優勝した。中学生でも、漫画部に入部し、中学生漫画コンクールで優勝したり、児童向け雑誌に掲載されたりしたこともあった。
他にもピクシブに絵を投稿して、大きな評価を受けていた。
俺は中学になっても勉強は苦手で、ついにはなかよし学級（障害者が集められるクラス）に送られてしまった。俺はそれが嫌で、登校拒否になった。
友達と同じ高校を受験したが、落ちた。さらには市内全ての高校、果ては落ちることすら難しいド底辺高校すらも不合格になった。
その後、俺は進学を諦め、漫画家を目指すことにした。
「ただいまー」
「お帰りなさい。ゆうちゃん。どうだった？」
「駄目だった。無名の人は無理だって。」
「・・・そう・・・。でも、ゆうちゃんなら賞も取れて、すぐに有名になれると思う。」
「ありがとう。」
彼女の名前はクラシス。ヴァルキリーだ。彼女と出会ったのは中学のときで、俺は漫画部、クラシスは音楽部のバイオリニストだった。初めは接点はあまり無かったのだが、友人を通じてクラシスは俺の漫画を読み、気に入ってくれた。彼女も漫画が好きだったため、気づいたら仲良くなっていた。
クラシスは名門高校、名門の音楽大学を卒業した。将来は音楽家か、あるいは一流企業に勤める道もあったはずだが、彼女は自分と一緒になる道を選んだ。
（こんな俺と一緒になってくれたクラシスのためにも、絶対に漫画家として成功してみせる！）
家は2DKのアパートで、家賃は俺の両親が払っている。両親は俺のことをあまりよく思っておらず、俺が漫画家になりたいと言ったときも猛反対した。しかし、高校進学ができなくなったとき、俺は手に職をつけなければならず、両親は納得した。
シャワーを浴び、クラシスが作ってくれた美味しい夕食を食べ、夜。俺は机に向かった。
「今度は、どんな話を描くの？」
「そうだなぁ・・・日常系の話を描こうと思っているよ。」
「完成したら、私にも読ませてね！」
「ああ。もちろんさ！」
「それじゃあ、おやすみ。ゆうちゃん。」
「おやすみ。」
クラシスは一人寝室の襖を閉め、先に寝床についた。
俺は持てる限りのアイディアを頭の中で巡らせながら、ペンを走らせる。
「ゆうちゃん！ ゆうちゃん！ もう朝よー」
「う〜ん・・・寝ちゃったのか・・・仮眠のつもりだったのに・・・」
「夜更かしばかりしていたら体によくないわ。ご飯、テーブルに置いておいたから。行って来るね！」
「ああ。行ってらっしゃい。」
クラシスは仕事に向かった。
クラシスは生活を支えるため、スーパーでパートをしている。俺は無職だ。世間から見たら、俺はヒモということになるのかもしれない。一応、クラシスが居ない間、家の家事は俺がやってはいるが・・・。
前に1か月だけ、レンタルビデオ店でパートをしたこともあった。しかし、俺は物覚えが悪く、記憶力が悪くて教えられたことをすぐに忘れてしまっていた。さらに、俺は小学校で習う四則演算も、足し算と引き算がやっとで、残り2つはできない。分数の計算もできない。方程式など論外だ。結局、レジ打ちの際の会計ミスや、品出しの際のビデオの本数のミスなどが原因で、クビになった。
前に、クラシスが買って来た脳年齢テストができるゲームでは、脳年齢は5歳。推定IQ60。偏差値12という記録が出た。クラシスは「バグっているのね」と言って笑ってごまかしたが・・・。
俺はクラシスの作ってくれた朝食を食べ、食器を洗って食器置きに置いて乾かし、洗濯物を取り込み、漫画の続きを描いた。
数日後。俺は書き上げた漫画をコンクールに提出したが、入賞はできなかった。
「どうだった？」
「駄目だったよ・・・。」
「そう・・・私はよかったと思ったのに・・・。」
「お世辞なんていい。」
「お世辞じゃないわ。私は、あの漫画はとても楽しめたし、ゆうちゃんの描く漫画が好きよ。」
「ありがとう・・・。」
電話が鳴った。
「誰だろう？ はい！」
「優介？」
「ああ、お母さん。何か用？」
「何か用？ じゃないでしょ？ 優介。もう今年で25歳なのよ？ いい加減将来のことを考えなさい。」
「またその話か・・・大丈夫だって。漫画はちゃんと描けているし、ネットでも俺がプロになることを望む声がたくさんあるんだ！」
「ネットの書き込みなんて間に受けないで。クラシスだって居るんでしょ？ いい加減、亭主として家庭のことを考えないといけないんじゃない？ なんなら実家に戻って・・」
「余計なお世話だ！ こっちは心配しなくていいから！」
そう言って、俺は電話を切った。
「お母さんから？」
「ああ。全く・・・いつも人のやる気に水をかけるようなことを・・・」
「心配しているのよ。それに、家賃を払ってもらっている以上、あんな言い方しちゃ駄目。」
「それは・・・そうだけど・・・。それよりも、クラシスは、バイオリニストになる夢はいいの？」
「またその話？ もういいの。私の実力ではプロになれないってわかったの。」
「俺は、クラシスのバイオリン。大好きだよ。中学のとき、ずっと聴いてた。」
「ふふっ ありがとう。」
「また今度、演奏してくれないかな。川にでも行って。」
「そうね。」
俺はクラシスのバイオリンの音が大好きだった。中学のとき、よく俺の前でよく奏でてくれた。今のアパートは住宅地にあるため、さすがに家の中では演奏できないが・・・。
クラシスは、バイオリニストの道を歩んでいたが、音大に在籍していた頃に挫折してしまったらしい。それから、プロの道を諦めてしまった。
数ヶ月後。
俺は自信を失っていた。どの雑誌からも採用されず、どの賞を受けても入賞できない。俺は才能がないのではないか？
確かに小さい頃は、将来を期待されていた。しかし、世界は広い。俺と同じように将来を期待された人間など、他にいくらでも居るのだ・・・。
さらにここ数日、俺は体調がよくない。
「ねぇ？ ゆうちゃん。大丈夫？ 日に日に元気がなくなっていくわ・・・。」
「そうかな？ まぁ、ここのところあまり寝てないし。」
「一度、病院に行って診てもらったら？」
「この辺りの病院というと・・・あそこだよな・・・」
地元の病院は一つしかない。裏通りのスラム街にある、刑部狸がやっている総合病院。診察する科がやたら多く、診察料も治療代も、薬代も何故か安い。裏では怪しい薬を扱っているとか、人体実験をしているとか、危険な薬を出しているという噂が絶えない。
「まぁ、どの道今のままだと、いい絵が描けないし・・・病院行ってみる。」
俺は刑部狸がやっている病院へ行き、刑部狸の先生の診察を受けた。
「なるほど・・・分かりました。宮村さんの症状は、身体的な原因ではなく、精神的なものですね。」
「精神的なもの・・・ですか？」
「はい。あなたは漫画家を目指していらっしゃる。しかし、将来に不安を感じている。」
「ええ。実は、最近は自分の才能についても不安を感じているんです。確かに、子供の頃は絵が上手で、今でもピクシブで評価はされています。けど、本当は、俺はプロになれるような才能はなくて、ちょっと絵が上手いだけの人なんじゃないかって。」
不思議と、この刑部狸の先生と話をすると、何故か不安が和らいで、いろんなことを話してしまった。
「まぁ、それはどんな人でも感じることがある不安です。しかし、あなたには・・・」
「ええ。クラシスが居ます。彼女のことも考えると、この先、漫画家を目指すべきか、それとも普通に働いた方がいいのか・・・分からないです。」
「そうですか。分かりました。実は、あなたの将来を、夢の状態で見ることができる薬があります。」
「将来の夢を見れる薬・・・ですか？」
「ええ。この薬を飲むと、あなたが今のまま・・・つまり、あなたが漫画家を目指し続けた場合の未来を、見ることができます。ただ・・・」
「ただ？」
「この薬はまだ実験段階のもので、実用化はされていないのです。あと、この薬の被験者100人のうち、80人近くが、人生に希望を持てなくなって、うつ病になってしまったというデータがあるんです。ですから、必ずしもこの薬が、あなたにとってよい結果をもたらすとは限りません。」
「・・・自分の未来を、見ることができるんですよね？」
「あなたが今の夢を追い求め続けた場合・・・の未来です。つまり、この薬で見た将来が、必ずしも現実になるとは限らないのです。他の選択をすれば、当然未来は変わりますから・・・」
「・・・お願いします！ その薬で・・・未来を見せてください！」
「分かりました。では、こちらへ。」
俺は刑部狸の先生は、奥の部屋に案内した。
「どうぞ。横になってください。」
俺はベッドに横になる。
「もう一度言います。必ずしもこの薬は、あなたに理想の未来の姿を見せてくれるとは限りません。それと、必ずしもこの薬で見た未来は現実になるとも限らないのです。よろしいですか？」
「はい。」
「それでは、体の力を抜いてください。」
刑部狸は、俺の腕に注射をした。
注射されて少しすると、俺は強烈な睡魔に襲われ、眠りに入った。
「・・・クソッ！ また入賞できなかった！ なんでなんだよ！」
「大丈夫よ。次があるわ・・・」
「あの、ゆうちゃん。ちょっと、話があるんだけど」
「ごめん。今、大事な絵を描いてるから。後にして。」
「ゆうちゃん。親のすねをかじれるのも、あと4年か5年よ。」
「大丈夫だって！ それだけあればプロになれるから！ お母さんは心配するなって！」
「ゆうちゃん。大事な話があるの。」
「今、手が離せないんだ。今度にして。」
「なんだよ！ クラシスは俺に才能がないって言いたいのか！？」
「そんなことは言っていないじゃない！ ただ、現実も見て欲しいの！ 働きながらでも漫画は描けるでしょう！？ バイトでもいいから・・」
「うるさい！ 外で働いて余計なことを考えるなんて嫌だ！ ・・・心配しないで。今、出版社が俺の漫画を選考してくれてるから・・・」
「ゆうちゃん！ 親を何だと思っているの！？ 実家を売らせるなんて酷いじゃない！」
「うるさい！ クラシスには関係ないだろ！？ 両親だって納得してくれているんだ！ それに、あんな田舎の家なんて持っていたってしょうがないだろ！ 両親だって街で暮らすことに納得してるし、下町なら安く借りられる家だってあるんだ！」
「そういう問題じゃないでしょう！？」
「じゃあ何だって言うんだ！？ だったらクラシスが稼いでみろよ！ この家の家賃と生活費も全部！」
「一度も働いたことのないゆうちゃんにそんなこと言われたくないわ！」
「おい！クラシス！ 何だよ突然！」
「突然じゃないわ！ 前々からずっと考えていたことなの！ このまま親の遺産に頼って暮らすよりも、高校で音楽の先生をやった方が、少しはまともな生活ができる。」
「だからって実家に戻るなんて！ 何でそんな大切なことを俺に一度も相談してくれなかったんだ！？」
「散々相談しようとしたじゃない！ でも、話を聞いてくれなかったのはゆうちゃんでしょ！？」
「・・・ごめん・・・」
「ゆうちゃん。ごめんなさい。あなたが漫画家になるのを見届けられなくて・・・いつか、ゆうちゃんが描いた漫画が書店に並んだら、絶対に買うから・・・。今までありがとう。さようなら・・・」
「クラシスは俺と一緒になったばかりに・・・バイオリニストの夢も・・・一流企業へも就職できなくなって・・・俺なんかが居なければ・・・クソオオオォ！！」
「お母さん？ 今月、またちょっとお小遣い欲しいんだけど・・・」
「もう無理よ。お父さんも亡くなって、お母さんもガンで働けないの。」
「な、なんだって！？」
「先月、ガンが見つかったの。もう、あと2、3年の命だって・・・」
「何で黙ってたんだよ！」
「ごめんね。ゆうちゃんを心配させたくなかったの・・・。でも、安心して。お母さんが死んだら、お母さんの保険金と通帳がゆうちゃんに入るから・・・」
「すいません。これ、買い取ってもらえませんか？」
「分かりました。えっと、この型だと・・・1万円ですね。」
「1万円！？ すみません。もうちょっと高くしてもらえませんか？」
「こんな、10年も型落ちのPCでは、これ以上はちょっとねぇ・・・」
「売れる物は何でも売った・・・テレビも、ゲームも、PCも、掃除機も、電子レンジも、冷蔵庫も、クラシスが置いて行ってくれた・・・バイオリンも・・・」
「こんにちわ！ チリ紙交換店です！」
「これ、お願いします。」
「はい。この量ですと・・・トイレットペーパー4ロールですね。」
「あの・・・できれば、カップ麺と交換してもらえませんか？」
「そ、それはちょっと・・・」
「お願いです！ 何でもいいから食べさせてください！」
「お客さん困りますよ！ ツケをしっかり払ってからにしてください！」
「すいません。パンのミミ、余っていませんか？」
「ああ、宮村さん！ ごめんね〜 今日はミミ、余ってなくて・・・（チッ！ 来んなよウス汚ねぇ野郎だな！）」
（やめてくれ・・・もう嫌だ・・・見たくない・・・）
俺はベッドの上で目を覚ました。刑部狸の先生が俺の顔を見上げている。
「お疲れ様です。いかがでしたでしょうか？」
「・・・嫌な・・・未来でした・・・俺は・・・」
「これは、あなたが、あくまでも今の状態を続けたらという未来です。ですから、他の選択をすれば、当然違った未来になります。ですから、今見た夢が全て現実だとは思わないでください。」
その後、俺は診察料を払って病院を後にした（薬代は正規の薬ではなかったため、含まれなかった）。
「クラシス。話がある。大事な話なんだ。」
「なに？ ゆうちゃん？ キャッ！」
俺はクラシスを抱きしめた。
「ごめん！ クラシス！ 君の人生を台無しにしてしまって！ 俺は最低な男だ！」
「ど、どうしたのいきなり！？」
「君は、俺と一緒にならなければ、プロのバイオリニストになってた！」
「な、何を言っているの？ 前にも言ったでしょう？ 私の夢は挫折して終わったの。だから、ゆうちゃんは漫画家の夢を・・」
「いいんだもう！」
「えっ！？」
「元々俺はプロになれる才能なんて無かったんだ！ ちょっと小さい頃に、絵が上手くて褒められただけなんだ！」
「何を言っているの？ 私はゆうちゃんの漫画が好きよ。それに、ピクシブでだってゆうちゃんがプロになるのを待ち望んでいる人たちがたくさん居るわ。」
「いや！ あの程度の絵を描ける絵師なんて世の中にはたくさん居る！」
「ゆうちゃん・・・」
「今までごめん！ 自分の身勝手な夢のためにクラシスを振り回して！」
「わ、私はそんなこと思っていないわ！ 私はゆうちゃんを応援したい！ だから・・」
「いいんだ・・・もう・・・。それに、俺はクラシスを失いたくない。漫画家になる夢とクラシスを選べと言われたら・・・俺はクラシスを取る。」
「ゆ、ゆうちゃん？」
「だから、実家に何て戻らないでくれ！ 音楽の先生よりも多くのお金を俺が稼ぐから！」
「ど、どうしてその話を！？ 確かに、母校から音楽の先生をやらないかって言われたのは確かよ？ でも、やるなんて決めてないし、考えても居なかったわ！」
「これからは俺がクラシスを守る・・・だから・・・ずっと一緒に居て欲しい・・・」
「私は、ゆうちゃんとずっと一緒よ。どこへも行かない。ずっとずっと一緒。」
その後、俺は漫画家の夢を諦めて、真っ当な人生を歩むと決めた。しかし、街の漫画やアニメ関連の広告を見ると、漫画が描きたくなる衝動に襲われてしまうが、必死で堪えている。
いくつもの会社の面接を受けたが、中卒という大きなハンデを抱えているため、どの会社も俺を人間扱いせず、ゴミを見るような目で面接をしては、俺を落とした。ときには入室し、履歴書に目を通しただけで「本日の面接は終了です。結果は後日通知します。お疲れさまでした。」とわずか5分も経たないうちに帰らされることもあった。
クラシスのアドバイスで、派遣会社に登録することにした。派遣は、仕事が安定していないが、派遣会社が派遣先と契約するため、俺みたいな中卒でも採用されやすい。そして何よりも、早く働いて給料を得たい。
いつまでも両親に甘えるわけには行かない。俺とクラシスは今のアパートを引き払い、安い1DKのアパートへ引っ越した。1DKは2人で住むには狭いかもしれないが仕方がない。それに、風呂トイレ別で、台所はそこそこ広いので、事実上2部屋と言っても過言ではないから、家賃を考えるとそこそこいい部屋だろう。
この家なら、両親に頼らず、俺の給料だけで暮らしていける。
俺は今、工場のライン作業のボタン押しを3ヶ月やっている。
パンッ パンッ パンッ パンッ
今日もひたすらボタンを押す。
ネジが流れて来る。それに合わせてボタンを押す。そしてカゴにネジが溜まっていく。いっぱいになったらカゴを換えてまたボタンを押す。それを毎日8時間やり続ける。単純だが、俺みたいな無能な人間にはこういう仕事しかないのだろう。
たまに、工場の上司から「君は真面目だね」「丁寧に仕事してくれるね」と褒められることもあるが、社交辞令だと言うことは分かっている。どうせ、いつかは契約を切られて、別の会社へ行くことになるのだろう。
でも、俺は幸せだ。家に帰ればクラシスが出迎えてくれる。クラシスは美味しい料理を作ってくれる。そして、今日は金曜日。ビールの日だ！
「ただいま！ クラシス！ 用意してくれているよね！？」
「ええ。焼き鳥も用意できていますし、ビールも冷えていますよ。」
「本当に！？ やったー！」
「駄目です！ 夕食はお風呂に入ってからです！」
「は〜い・・・」
キッチンのテーブルに、キンキンに冷えたビールと、焼き鳥、肉じゃがが並べられている。
「それじゃあ、頂きます。」
「頂きます！」
俺はビールを一気飲みする。
（一週間の疲労と、労働で火照った体に染み込むビール！ そしてクラシスの笑顔！ 犯罪的だ！ これのためなら強盗だって！）
俺はビールを飲み、焼き鳥を食べ、肉じゃがを胃袋へ放り込む。
「そんなに慌てて食べなくてもいいのよ？」
「美味い！ 美味すぎる！！」
俺がビールを飲めるのは金曜日の夜だけだ。一時期、仕事のストレスから精神的に病んでしまい、夜になると大量のビールを飲んでしまうことから、健康を心配したクラシスが、俺のお酒を管理することになり、金曜日の夜だけビールを飲むことを許されるようになった。
金曜日の夜には、ビール、そしてクラシスが作った焼き鳥と肉じゃがが出されるようになった。
「そういえば、俺、クラシスがお酒飲むところ見たことないな。」
「私はお酒嫌いなの。」
「そうなの？ こんなに美味しいのにな〜 嫌なこともぜ〜んぶ忘れられちゃう」
「それを、ヤケ酒と言うのよ？」
「ホラッ！ クラシスも飲め！」
「んぷっ！ んんっ！！」
俺はビールを口に含み、強引にクラシスにキスをして、口移しで飲ませる。
「ケホッ ケホッ 苦いです！ 酷いですゆうちゃん！ キャッ！」
そのまま、俺はクラシスを押し倒して、強引に服を脱がせた。
俺は幸せだ！ 漫画家の夢は諦めた・・・だけど、俺にはクラシスが居て！ ビールが飲めて！ 焼き鳥が食べれて！ クラシスを抱けるんだから！
その後、俺はビールを一気飲みしてさらに酔いが回り、クラシスにも口移しで強引に飲ませて酔わせ、ほろ酔い状態で交わり続けた・・・。
ゆうちゃんが私に泣きついたあの日のあと、川へ行き、河川敷にドラム缶を持っていき、火をつけた。
「本当にいいの？」
「いいんだ・・・俺はもう、漫画は描かない。」
「・・・そう・・・」
ゆうちゃんは、漫画を描くのに必要なペン、紙などの必要な道具を燃やしていく。
「ゆうちゃん・・・それ、中学のコンクールで入賞したときの・・・」
「いいんだ。こんなもの持っていたって、未練が残るだけだから・・・」
そう言って、ゆうちゃんは今までに描いた漫画、表彰状、メダルを火に放り込んでいった。
「クラシス。レイクエムを、弾いてくれないかな・・・」
「ええ・・・」
私はバイオリンと弓を手に取り、レクイエムを奏でた。
月日は流れ、ゆうちゃんは今は自動車の部品のボタン押しの仕事をする工場に勤めている。長時間退屈で辛いと嘆くこともあるが、私はそっと抱きしめて、ゆうちゃんを癒している。
「この漫画・・・ゆうちゃんと出会ったときに初めて読ませてくれた漫画だったわね。」
押し入れの奥に、ゆうちゃんが中学生のときに描いた一冊の漫画を隠してあった。この漫画は、魔剣士とヴァルキリーの恋の話で、最後は2人は結ばれるというものだった。
この漫画は、私がゆうちゃんと出会った最初の日に読ませてもらった思い出の作品だ。この漫画だけは、燃やして欲しくなかった。私はゆうちゃんに内緒で、この漫画を燃やさずに残しておいた。
ゆうちゃんは今でも、漫画を描きたいという欲求と必死に戦っている。街中で漫画やアニメの広告を見ると、不安な顔をして冷や汗をかき、叫び声をあげてしまうこともあるし、本屋の前で漫画のチラシを配っている店員を見たとき、突然発狂して店員を突き飛ばしてしまったこともあった。そのときは、私はゆうちゃんを引きずり、公園のベンチに座らせ、ホットコーヒーを飲ませて落ち着かせた。
今でも、シャープペンや鉛筆を折ったり、ひたすら広告のチラシを破いたり、ドンドンと足踏みをしたり（苦情が来たこともあった）、突然大声でのたうち回ったり、テレビでアニメを見たときに発狂してテレビを窓の外から放り投げてしまったこともあった（だから今は家にテレビはない）。
そして、最近では激しく求めて来ることも多くなったが・・・これは健全な証だろう。
「ゆうちゃんの漫画・・・また読みたいなぁ・・・」
本音では、いつもそう思っている。しかし、真っ向から勧めればゆうちゃんの精神が不安定になってしまう。これだけは時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。
「きっと、いつかは・・・また描いてくれるかなぁ・・・」
「どうですか！？」
「まぁ、悪くはないと思いますが、うちの雑誌に掲載する以上、全く無名の漫画家を選ぶというのは、ちょっとね。なので、賞の一つでも取ってから、また改めてご相談いただけますか？」
「分かりました。」
結局、俺の漫画はボツになった。
俺の名前は宮村優介。漫画家の卵だ。子供の頃からずっと漫画が好きだった。いつか漫画家になりたいと思って、ずっと漫画を描き続けて来た。
元々、幼稚園の頃から先生からは絵が上手だと褒められていた。小学校に上がると、人生で初めての挫折を経験した。俺は勉強が大の苦手で、嫌いだった。テストはいつも0点ばかりで、成績も体育、図工、音楽以外は全て1だった。
友達同士ではよくお絵かきをして遊んでいて、そのうち漫画を描くようになった。友達内で俺の漫画は評判がよく、小学生を対象にした漫画のコンクールに出すことを勧められた。
そして、俺は小学生漫画コンクールで優勝した。中学生でも、漫画部に入部し、中学生漫画コンクールで優勝したり、児童向け雑誌に掲載されたりしたこともあった。
他にもピクシブに絵を投稿して、大きな評価を受けていた。
俺は中学になっても勉強は苦手で、ついにはなかよし学級（障害者が集められるクラス）に送られてしまった。俺はそれが嫌で、登校拒否になった。
友達と同じ高校を受験したが、落ちた。さらには市内全ての高校、果ては落ちることすら難しいド底辺高校すらも不合格になった。
その後、俺は進学を諦め、漫画家を目指すことにした。
「ただいまー」
「お帰りなさい。ゆうちゃん。どうだった？」
「駄目だった。無名の人は無理だって。」
「・・・そう・・・。でも、ゆうちゃんなら賞も取れて、すぐに有名になれると思う。」
「ありがとう。」
彼女の名前はクラシス。ヴァルキリーだ。彼女と出会ったのは中学のときで、俺は漫画部、クラシスは音楽部のバイオリニストだった。初めは接点はあまり無かったのだが、友人を通じてクラシスは俺の漫画を読み、気に入ってくれた。彼女も漫画が好きだったため、気づいたら仲良くなっていた。
クラシスは名門高校、名門の音楽大学を卒業した。将来は音楽家か、あるいは一流企業に勤める道もあったはずだが、彼女は自分と一緒になる道を選んだ。
（こんな俺と一緒になってくれたクラシスのためにも、絶対に漫画家として成功してみせる！）
家は2DKのアパートで、家賃は俺の両親が払っている。両親は俺のことをあまりよく思っておらず、俺が漫画家になりたいと言ったときも猛反対した。しかし、高校進学ができなくなったとき、俺は手に職をつけなければならず、両親は納得した。
シャワーを浴び、クラシスが作ってくれた美味しい夕食を食べ、夜。俺は机に向かった。
「今度は、どんな話を描くの？」
「そうだなぁ・・・日常系の話を描こうと思っているよ。」
「完成したら、私にも読ませてね！」
「ああ。もちろんさ！」
「それじゃあ、おやすみ。ゆうちゃん。」
「おやすみ。」
クラシスは一人寝室の襖を閉め、先に寝床についた。
俺は持てる限りのアイディアを頭の中で巡らせながら、ペンを走らせる。
「ゆうちゃん！ ゆうちゃん！ もう朝よー」
「う〜ん・・・寝ちゃったのか・・・仮眠のつもりだったのに・・・」
「夜更かしばかりしていたら体によくないわ。ご飯、テーブルに置いておいたから。行って来るね！」
「ああ。行ってらっしゃい。」
クラシスは仕事に向かった。
クラシスは生活を支えるため、スーパーでパートをしている。俺は無職だ。世間から見たら、俺はヒモということになるのかもしれない。一応、クラシスが居ない間、家の家事は俺がやってはいるが・・・。
前に1か月だけ、レンタルビデオ店でパートをしたこともあった。しかし、俺は物覚えが悪く、記憶力が悪くて教えられたことをすぐに忘れてしまっていた。さらに、俺は小学校で習う四則演算も、足し算と引き算がやっとで、残り2つはできない。分数の計算もできない。方程式など論外だ。結局、レジ打ちの際の会計ミスや、品出しの際のビデオの本数のミスなどが原因で、クビになった。
前に、クラシスが買って来た脳年齢テストができるゲームでは、脳年齢は5歳。推定IQ60。偏差値12という記録が出た。クラシスは「バグっているのね」と言って笑ってごまかしたが・・・。
俺はクラシスの作ってくれた朝食を食べ、食器を洗って食器置きに置いて乾かし、洗濯物を取り込み、漫画の続きを描いた。
数日後。俺は書き上げた漫画をコンクールに提出したが、入賞はできなかった。
「どうだった？」
「駄目だったよ・・・。」
「そう・・・私はよかったと思ったのに・・・。」
「お世辞なんていい。」
「お世辞じゃないわ。私は、あの漫画はとても楽しめたし、ゆうちゃんの描く漫画が好きよ。」
「ありがとう・・・。」
電話が鳴った。
「誰だろう？ はい！」
「優介？」
「ああ、お母さん。何か用？」
「何か用？ じゃないでしょ？ 優介。もう今年で25歳なのよ？ いい加減将来のことを考えなさい。」
「またその話か・・・大丈夫だって。漫画はちゃんと描けているし、ネットでも俺がプロになることを望む声がたくさんあるんだ！」
「ネットの書き込みなんて間に受けないで。クラシスだって居るんでしょ？ いい加減、亭主として家庭のことを考えないといけないんじゃない？ なんなら実家に戻って・・」
「余計なお世話だ！ こっちは心配しなくていいから！」
そう言って、俺は電話を切った。
「お母さんから？」
「ああ。全く・・・いつも人のやる気に水をかけるようなことを・・・」
「心配しているのよ。それに、家賃を払ってもらっている以上、あんな言い方しちゃ駄目。」
「それは・・・そうだけど・・・。それよりも、クラシスは、バイオリニストになる夢はいいの？」
「またその話？ もういいの。私の実力ではプロになれないってわかったの。」
「俺は、クラシスのバイオリン。大好きだよ。中学のとき、ずっと聴いてた。」
「ふふっ ありがとう。」
「また今度、演奏してくれないかな。川にでも行って。」
「そうね。」
俺はクラシスのバイオリンの音が大好きだった。中学のとき、よく俺の前でよく奏でてくれた。今のアパートは住宅地にあるため、さすがに家の中では演奏できないが・・・。
クラシスは、バイオリニストの道を歩んでいたが、音大に在籍していた頃に挫折してしまったらしい。それから、プロの道を諦めてしまった。
数ヶ月後。
俺は自信を失っていた。どの雑誌からも採用されず、どの賞を受けても入賞できない。俺は才能がないのではないか？
確かに小さい頃は、将来を期待されていた。しかし、世界は広い。俺と同じように将来を期待された人間など、他にいくらでも居るのだ・・・。
さらにここ数日、俺は体調がよくない。
「ねぇ？ ゆうちゃん。大丈夫？ 日に日に元気がなくなっていくわ・・・。」
「そうかな？ まぁ、ここのところあまり寝てないし。」
「一度、病院に行って診てもらったら？」
「この辺りの病院というと・・・あそこだよな・・・」
地元の病院は一つしかない。裏通りのスラム街にある、刑部狸がやっている総合病院。診察する科がやたら多く、診察料も治療代も、薬代も何故か安い。裏では怪しい薬を扱っているとか、人体実験をしているとか、危険な薬を出しているという噂が絶えない。
「まぁ、どの道今のままだと、いい絵が描けないし・・・病院行ってみる。」
俺は刑部狸がやっている病院へ行き、刑部狸の先生の診察を受けた。
「なるほど・・・分かりました。宮村さんの症状は、身体的な原因ではなく、精神的なものですね。」
「精神的なもの・・・ですか？」
「はい。あなたは漫画家を目指していらっしゃる。しかし、将来に不安を感じている。」
「ええ。実は、最近は自分の才能についても不安を感じているんです。確かに、子供の頃は絵が上手で、今でもピクシブで評価はされています。けど、本当は、俺はプロになれるような才能はなくて、ちょっと絵が上手いだけの人なんじゃないかって。」
不思議と、この刑部狸の先生と話をすると、何故か不安が和らいで、いろんなことを話してしまった。
「まぁ、それはどんな人でも感じることがある不安です。しかし、あなたには・・・」
「ええ。クラシスが居ます。彼女のことも考えると、この先、漫画家を目指すべきか、それとも普通に働いた方がいいのか・・・分からないです。」
「そうですか。分かりました。実は、あなたの将来を、夢の状態で見ることができる薬があります。」
「将来の夢を見れる薬・・・ですか？」
「ええ。この薬を飲むと、あなたが今のまま・・・つまり、あなたが漫画家を目指し続けた場合の未来を、見ることができます。ただ・・・」
「ただ？」
「この薬はまだ実験段階のもので、実用化はされていないのです。あと、この薬の被験者100人のうち、80人近くが、人生に希望を持てなくなって、うつ病になってしまったというデータがあるんです。ですから、必ずしもこの薬が、あなたにとってよい結果をもたらすとは限りません。」
「・・・自分の未来を、見ることができるんですよね？」
「あなたが今の夢を追い求め続けた場合・・・の未来です。つまり、この薬で見た将来が、必ずしも現実になるとは限らないのです。他の選択をすれば、当然未来は変わりますから・・・」
「・・・お願いします！ その薬で・・・未来を見せてください！」
「分かりました。では、こちらへ。」
俺は刑部狸の先生は、奥の部屋に案内した。
「どうぞ。横になってください。」
俺はベッドに横になる。
「もう一度言います。必ずしもこの薬は、あなたに理想の未来の姿を見せてくれるとは限りません。それと、必ずしもこの薬で見た未来は現実になるとも限らないのです。よろしいですか？」
「はい。」
「それでは、体の力を抜いてください。」
刑部狸は、俺の腕に注射をした。
注射されて少しすると、俺は強烈な睡魔に襲われ、眠りに入った。
「・・・クソッ！ また入賞できなかった！ なんでなんだよ！」
「大丈夫よ。次があるわ・・・」
「あの、ゆうちゃん。ちょっと、話があるんだけど」
「ごめん。今、大事な絵を描いてるから。後にして。」
「ゆうちゃん。親のすねをかじれるのも、あと4年か5年よ。」
「大丈夫だって！ それだけあればプロになれるから！ お母さんは心配するなって！」
「ゆうちゃん。大事な話があるの。」
「今、手が離せないんだ。今度にして。」
「なんだよ！ クラシスは俺に才能がないって言いたいのか！？」
「そんなことは言っていないじゃない！ ただ、現実も見て欲しいの！ 働きながらでも漫画は描けるでしょう！？ バイトでもいいから・・」
「うるさい！ 外で働いて余計なことを考えるなんて嫌だ！ ・・・心配しないで。今、出版社が俺の漫画を選考してくれてるから・・・」
「ゆうちゃん！ 親を何だと思っているの！？ 実家を売らせるなんて酷いじゃない！」
「うるさい！ クラシスには関係ないだろ！？ 両親だって納得してくれているんだ！ それに、あんな田舎の家なんて持っていたってしょうがないだろ！ 両親だって街で暮らすことに納得してるし、下町なら安く借りられる家だってあるんだ！」
「そういう問題じゃないでしょう！？」
「じゃあ何だって言うんだ！？ だったらクラシスが稼いでみろよ！ この家の家賃と生活費も全部！」
「一度も働いたことのないゆうちゃんにそんなこと言われたくないわ！」
「おい！クラシス！ 何だよ突然！」
「突然じゃないわ！ 前々からずっと考えていたことなの！ このまま親の遺産に頼って暮らすよりも、高校で音楽の先生をやった方が、少しはまともな生活ができる。」
「だからって実家に戻るなんて！ 何でそんな大切なことを俺に一度も相談してくれなかったんだ！？」
「散々相談しようとしたじゃない！ でも、話を聞いてくれなかったのはゆうちゃんでしょ！？」
「・・・ごめん・・・」
「ゆうちゃん。ごめんなさい。あなたが漫画家になるのを見届けられなくて・・・いつか、ゆうちゃんが描いた漫画が書店に並んだら、絶対に買うから・・・。今までありがとう。さようなら・・・」
「クラシスは俺と一緒になったばかりに・・・バイオリニストの夢も・・・一流企業へも就職できなくなって・・・俺なんかが居なければ・・・クソオオオォ！！」
「お母さん？ 今月、またちょっとお小遣い欲しいんだけど・・・」
「もう無理よ。お父さんも亡くなって、お母さんもガンで働けないの。」
「な、なんだって！？」
「先月、ガンが見つかったの。もう、あと2、3年の命だって・・・」
「何で黙ってたんだよ！」
「ごめんね。ゆうちゃんを心配させたくなかったの・・・。でも、安心して。お母さんが死んだら、お母さんの保険金と通帳がゆうちゃんに入るから・・・」
「すいません。これ、買い取ってもらえませんか？」
「分かりました。えっと、この型だと・・・1万円ですね。」
「1万円！？ すみません。もうちょっと高くしてもらえませんか？」
「こんな、10年も型落ちのPCでは、これ以上はちょっとねぇ・・・」
「売れる物は何でも売った・・・テレビも、ゲームも、PCも、掃除機も、電子レンジも、冷蔵庫も、クラシスが置いて行ってくれた・・・バイオリンも・・・」
「こんにちわ！ チリ紙交換店です！」
「これ、お願いします。」
「はい。この量ですと・・・トイレットペーパー4ロールですね。」
「あの・・・できれば、カップ麺と交換してもらえませんか？」
「そ、それはちょっと・・・」
「お願いです！ 何でもいいから食べさせてください！」
「お客さん困りますよ！ ツケをしっかり払ってからにしてください！」
「すいません。パンのミミ、余っていませんか？」
「ああ、宮村さん！ ごめんね〜 今日はミミ、余ってなくて・・・（チッ！ 来んなよウス汚ねぇ野郎だな！）」
（やめてくれ・・・もう嫌だ・・・見たくない・・・）
俺はベッドの上で目を覚ました。刑部狸の先生が俺の顔を見上げている。
「お疲れ様です。いかがでしたでしょうか？」
「・・・嫌な・・・未来でした・・・俺は・・・」
「これは、あなたが、あくまでも今の状態を続けたらという未来です。ですから、他の選択をすれば、当然違った未来になります。ですから、今見た夢が全て現実だとは思わないでください。」
その後、俺は診察料を払って病院を後にした（薬代は正規の薬ではなかったため、含まれなかった）。
「クラシス。話がある。大事な話なんだ。」
「なに？ ゆうちゃん？ キャッ！」
俺はクラシスを抱きしめた。
「ごめん！ クラシス！ 君の人生を台無しにしてしまって！ 俺は最低な男だ！」
「ど、どうしたのいきなり！？」
「君は、俺と一緒にならなければ、プロのバイオリニストになってた！」
「な、何を言っているの？ 前にも言ったでしょう？ 私の夢は挫折して終わったの。だから、ゆうちゃんは漫画家の夢を・・」
「いいんだもう！」
「えっ！？」
「元々俺はプロになれる才能なんて無かったんだ！ ちょっと小さい頃に、絵が上手くて褒められただけなんだ！」
「何を言っているの？ 私はゆうちゃんの漫画が好きよ。それに、ピクシブでだってゆうちゃんがプロになるのを待ち望んでいる人たちがたくさん居るわ。」
「いや！ あの程度の絵を描ける絵師なんて世の中にはたくさん居る！」
「ゆうちゃん・・・」
「今までごめん！ 自分の身勝手な夢のためにクラシスを振り回して！」
「わ、私はそんなこと思っていないわ！ 私はゆうちゃんを応援したい！ だから・・」
「いいんだ・・・もう・・・。それに、俺はクラシスを失いたくない。漫画家になる夢とクラシスを選べと言われたら・・・俺はクラシスを取る。」
「ゆ、ゆうちゃん？」
「だから、実家に何て戻らないでくれ！ 音楽の先生よりも多くのお金を俺が稼ぐから！」
「ど、どうしてその話を！？ 確かに、母校から音楽の先生をやらないかって言われたのは確かよ？ でも、やるなんて決めてないし、考えても居なかったわ！」
「これからは俺がクラシスを守る・・・だから・・・ずっと一緒に居て欲しい・・・」
「私は、ゆうちゃんとずっと一緒よ。どこへも行かない。ずっとずっと一緒。」
その後、俺は漫画家の夢を諦めて、真っ当な人生を歩むと決めた。しかし、街の漫画やアニメ関連の広告を見ると、漫画が描きたくなる衝動に襲われてしまうが、必死で堪えている。
いくつもの会社の面接を受けたが、中卒という大きなハンデを抱えているため、どの会社も俺を人間扱いせず、ゴミを見るような目で面接をしては、俺を落とした。ときには入室し、履歴書に目を通しただけで「本日の面接は終了です。結果は後日通知します。お疲れさまでした。」とわずか5分も経たないうちに帰らされることもあった。
クラシスのアドバイスで、派遣会社に登録することにした。派遣は、仕事が安定していないが、派遣会社が派遣先と契約するため、俺みたいな中卒でも採用されやすい。そして何よりも、早く働いて給料を得たい。
いつまでも両親に甘えるわけには行かない。俺とクラシスは今のアパートを引き払い、安い1DKのアパートへ引っ越した。1DKは2人で住むには狭いかもしれないが仕方がない。それに、風呂トイレ別で、台所はそこそこ広いので、事実上2部屋と言っても過言ではないから、家賃を考えるとそこそこいい部屋だろう。
この家なら、両親に頼らず、俺の給料だけで暮らしていける。
俺は今、工場のライン作業のボタン押しを3ヶ月やっている。
パンッ パンッ パンッ パンッ
今日もひたすらボタンを押す。
ネジが流れて来る。それに合わせてボタンを押す。そしてカゴにネジが溜まっていく。いっぱいになったらカゴを換えてまたボタンを押す。それを毎日8時間やり続ける。単純だが、俺みたいな無能な人間にはこういう仕事しかないのだろう。
たまに、工場の上司から「君は真面目だね」「丁寧に仕事してくれるね」と褒められることもあるが、社交辞令だと言うことは分かっている。どうせ、いつかは契約を切られて、別の会社へ行くことになるのだろう。
でも、俺は幸せだ。家に帰ればクラシスが出迎えてくれる。クラシスは美味しい料理を作ってくれる。そして、今日は金曜日。ビールの日だ！
「ただいま！ クラシス！ 用意してくれているよね！？」
「ええ。焼き鳥も用意できていますし、ビールも冷えていますよ。」
「本当に！？ やったー！」
「駄目です！ 夕食はお風呂に入ってからです！」
「は〜い・・・」
キッチンのテーブルに、キンキンに冷えたビールと、焼き鳥、肉じゃがが並べられている。
「それじゃあ、頂きます。」
「頂きます！」
俺はビールを一気飲みする。
（一週間の疲労と、労働で火照った体に染み込むビール！ そしてクラシスの笑顔！ 犯罪的だ！ これのためなら強盗だって！）
俺はビールを飲み、焼き鳥を食べ、肉じゃがを胃袋へ放り込む。
「そんなに慌てて食べなくてもいいのよ？」
「美味い！ 美味すぎる！！」
俺がビールを飲めるのは金曜日の夜だけだ。一時期、仕事のストレスから精神的に病んでしまい、夜になると大量のビールを飲んでしまうことから、健康を心配したクラシスが、俺のお酒を管理することになり、金曜日の夜だけビールを飲むことを許されるようになった。
金曜日の夜には、ビール、そしてクラシスが作った焼き鳥と肉じゃがが出されるようになった。
「そういえば、俺、クラシスがお酒飲むところ見たことないな。」
「私はお酒嫌いなの。」
「そうなの？ こんなに美味しいのにな〜 嫌なこともぜ〜んぶ忘れられちゃう」
「それを、ヤケ酒と言うのよ？」
「ホラッ！ クラシスも飲め！」
「んぷっ！ んんっ！！」
俺はビールを口に含み、強引にクラシスにキスをして、口移しで飲ませる。
「ケホッ ケホッ 苦いです！ 酷いですゆうちゃん！ キャッ！」
そのまま、俺はクラシスを押し倒して、強引に服を脱がせた。
俺は幸せだ！ 漫画家の夢は諦めた・・・だけど、俺にはクラシスが居て！ ビールが飲めて！ 焼き鳥が食べれて！ クラシスを抱けるんだから！
その後、俺はビールを一気飲みしてさらに酔いが回り、クラシスにも口移しで強引に飲ませて酔わせ、ほろ酔い状態で交わり続けた・・・。
ゆうちゃんが私に泣きついたあの日のあと、川へ行き、河川敷にドラム缶を持っていき、火をつけた。
「本当にいいの？」
「いいんだ・・・俺はもう、漫画は描かない。」
「・・・そう・・・」
ゆうちゃんは、漫画を描くのに必要なペン、紙などの必要な道具を燃やしていく。
「ゆうちゃん・・・それ、中学のコンクールで入賞したときの・・・」
「いいんだ。こんなもの持っていたって、未練が残るだけだから・・・」
そう言って、ゆうちゃんは今までに描いた漫画、表彰状、メダルを火に放り込んでいった。
「クラシス。レイクエムを、弾いてくれないかな・・・」
「ええ・・・」
私はバイオリンと弓を手に取り、レクイエムを奏でた。
月日は流れ、ゆうちゃんは今は自動車の部品のボタン押しの仕事をする工場に勤めている。長時間退屈で辛いと嘆くこともあるが、私はそっと抱きしめて、ゆうちゃんを癒している。
「この漫画・・・ゆうちゃんと出会ったときに初めて読ませてくれた漫画だったわね。」
押し入れの奥に、ゆうちゃんが中学生のときに描いた一冊の漫画を隠してあった。この漫画は、魔剣士とヴァルキリーの恋の話で、最後は2人は結ばれるというものだった。
この漫画は、私がゆうちゃんと出会った最初の日に読ませてもらった思い出の作品だ。この漫画だけは、燃やして欲しくなかった。私はゆうちゃんに内緒で、この漫画を燃やさずに残しておいた。
ゆうちゃんは今でも、漫画を描きたいという欲求と必死に戦っている。街中で漫画やアニメの広告を見ると、不安な顔をして冷や汗をかき、叫び声をあげてしまうこともあるし、本屋の前で漫画のチラシを配っている店員を見たとき、突然発狂して店員を突き飛ばしてしまったこともあった。そのときは、私はゆうちゃんを引きずり、公園のベンチに座らせ、ホットコーヒーを飲ませて落ち着かせた。
今でも、シャープペンや鉛筆を折ったり、ひたすら広告のチラシを破いたり、ドンドンと足踏みをしたり（苦情が来たこともあった）、突然大声でのたうち回ったり、テレビでアニメを見たときに発狂してテレビを窓の外から放り投げてしまったこともあった（だから今は家にテレビはない）。
そして、最近では激しく求めて来ることも多くなったが・・・これは健全な証だろう。
「ゆうちゃんの漫画・・・また読みたいなぁ・・・」
本音では、いつもそう思っている。しかし、真っ向から勧めればゆうちゃんの精神が不安定になってしまう。これだけは時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。
「きっと、いつかは・・・また描いてくれるかなぁ・・・」
18/09/03 01:37更新 / 幻夢零神