読切小説
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小冒険家 傘を拾う
私は小冒険家である。

はて、小冒険とは何ぞや?という方もいるかもしれないので少しその概要について触れてみようと思う。

私にとって小冒険とは、 いつもとは違う帰り道を通ってみること や
千円札一枚で本屋に突入すること つまりは小さな挑戦だ…と言いたいところだが、
実態はただの行き当たりばったりである。

これらは正直なところ世の中の為には一切ならない。金の足しにもならなければ、
ひどいモノは話のタネにすらならない。

故に人は私を仕事の給料を無為なことにしか使えない愚か者だとか
人生の楽しみを知らない寂しい奴と批判する。

私はそういったモノに対して反論することはない。
何せ自分でも「何という無駄だ!」と叫びたくなる時があるからだ。

それでも私が未だに日々を小冒険の中に見出しているのは、
そういう主義だからと言う他ない。

そんな小冒険家たる私には欠かすことのできない相棒が存在する。

今回の話はその相棒とのファーストコンタクトが主題である。

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ある日曜日のこと、私が布団の中でウゴウゴと睡魔と格闘しているときであった。腹時計が正午を知らせ、食欲が噴出した。さすがの睡魔も食欲の前に敗走し、私に起床すべきだと無言の訴えを投げつけてきた。

これには私も参ってしまって、大人しく布団から這い出した。
当然、次の工程は食物の調達である。ナマケモノが蠢いている様なノロノロとした動きで付近を捜索する。

しかし、私の部屋の中にある食べ物と言えば以前気まぐれに購入したアロエくらいであるが、それを食らう方法を知らなかった。

「はて、どうしたものか」

そこで私は、居住しているアパートにほどほどに近いらーめん屋の存在を思いつき、突撃することにした。

素早く外用の装備に着替えた私はのそりと外に歩みだし、らーめん屋へと行軍を開始した。

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丁度日曜の昼時という事もあり、らーめん屋はそこそこ賑わっているようであった。店の駐車場は車に占領されており、その隙間を様々な人が動き回っている。

私は人を躱しつつ、らーめん屋のドアにたどり着き、手慣れた動作で店内に滑り込んだ。

店内は混雑していたが、すぐに店員がやってきた。いつもは渋い顔をしたオヤジがのっそりと出て来る。しかし今回は様子が違った。そこにいたのは見目麗しい女性であった。

私は男の本能に従い彼女を検分した。その身体はナスビのような色合いで、
下半身はゲル状。いくつか触手のようなものも生えている。

魔物娘というやつだろう。テレビで近年そういった存在が世界中に現れたという報道があったのは知っている。

だが逆を言えばそれだけしか知らない。私の彼女らへの知識は非常にみみっちぃモノだ。憶測で喋るわけにはいかない。だから私は彼女の種族は何であるかと聞かれても閉口せざる負えない。

「一名様でしょうか?」

「はいそうです。」

「カウンターのお席をどうぞ。」

私はイソイソとカウンターに座り、チラチラとナスビ色の彼女を観察した。テレビに出ている有名人を偶々見かけた様な心持である。ナスビさんがメニューと水を携え現れた。
私はテンパりながら味噌ラーメンを注文した。

注文からそれほどの時を待たず、私の目の前にらーめんが置かれた。私は目を見張った。いつもならばある程度の待ち時間が発生する。今日の混雑具合ならなおさらだろう。

如何な魔法を使ったのか。私はその驚きをらーめんと一緒に飲み込んだ。
何やら味も良くなっている様子、美人を見たことも影響しているのだろうか?

考え事をしながら食事を済ませ、勘定のためレジに向かった。
別の店員が現れたので私は少しガッカリした。

店を後にすると相も変わらずの快晴である。せっかくの暇な日曜日でありさらに腹ごしらえも終わっている。

小冒険を行うには絶好のチャンスだ。私の面倒くさがりな部分も食後だから眠ってしまっただろう。

私は以前より計画していた小冒険を行うことにした。

いきなりだが私の住む町について少し書く。

この町は何故だか迷路のように道が入り組んでいる。その理由や起源については私の知るところではない。重要なことはその広大さである。ここで東京ドーム何個分という単位が使えればいいのだが、私は東京ドームをよく知らないので無理である。
私はこの町の探索におよそ5年を費やしているというところから想像してもらうほかにない。だがそもそもその探索もあまり熱心に行われていないからやっぱり難しいだろう。

何はともあれこの町は広いのだ。それだけは知っておいてほしい。
そして私はこれからその広い町を当てもなく放浪する。何に出会うかは分からない。出会う事さえないかもしれない。目的や手段は選び放題。ただ己の倫理に基づき行動する。

この言葉だけでは私の昂ぶり伝わらないかもしれないが、この時の私はとても昂っていた。この町の踏破、若しくは素晴らしき存在との邂逅だけがその昂ぶりを発散させうる。と信じていた。
残念ながらその言葉は間違いだったと先に書いておくことにする。

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「天は私を見捨てたか!」

あれから1時間ほどして私の心が叫んだ。

何があったか?何もなかった。ただズンズンと道を進行していただけだ。
特筆することはない。快晴が突然の雨になっただけ。

山の天気は変わりやすいという言葉が浮かんだが、町中でさえこうもいきなり快晴が雨に成り代わるのならば、先の言葉は対象を増やすべきだろう。

私はひたむきに歩んだおかげで未踏破の土地に足を踏み入れていた。

これは踵を返し元来た道を行くが最善と判断し、私はもと来た道に転身すべきだった。

しかし、私は人から大っぴらに愚か者と批判される男である。私はそこで愚か者足り得る所以を存分に発揮した。

突然湧き上がる小冒険心に、それを抑えずにむしろ煽りさえする自我、ついでに理性に反逆する脚。それらにより私は全く別の方向へと歩みだしていた。

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今までとは全く違う場所で私は雨宿りしている。雨はまるで滝のような勢いで降っている。周囲は見覚えのない景色である。寂れたバス停の下にいる現在こそがこの世で唯一の憩いとさえ感じた。

だが、ここに骨を埋めるわけにはいかない。私は何かないだろうかと周囲を見渡した。視界に異物が映る。どうやらバス停の裏にはゴミがしこたま置いてあるようだ。

世の中にはとんだ不届きモノがあるもんだ、と少しだけ憤慨してみた。全く様にはなってない。

バス停の中からゴミ置き場を観察する。

冷蔵庫やテレビが山となり鎮座している様子はまるで一昔前の光景が部分的に張り付いているようだ。

私はその中にハッキリと傘の姿を見た。

まさに千載一遇!これぞ小冒険の小さな出会いと感動である。大変ウズウズする。

雨足が弱まったタイミングで少し確認のため近寄ってみる。冷蔵庫の上に安置されている様は「どうぞ持って行ってください」と促されているとさえ感じる。

次の瞬間、弱まっていた雨が再び私にその猛威を振るった。弾丸のような雨が降り注ぐ、私は慌てて傘を手にし、バス停に戻った。

バス停の中で一息つき、戦果を確認した。

手には先ほどの傘がある。

その傘はビニール傘と仲良しである私には馴染みのない和傘であった。

開いてみたが、多少汚れているだけで損傷は見当たらない。見事なものである。

「小冒険の成果として申し分なし!」

すぐさま私は傘を構え雨の中に踊りだした。そしてその場を後にした。
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あれから30分後

私はついにマイスイートアパートメントを目視できる場所まで帰ってきていた。
ずいぶん早く着いたものである。私は傘に語り掛けた。

「お前のおかげでこんなに早く着いたよ。感謝感激だ!」

そう言って私は己の牙城へと転がり込んだ。

傘をドアに立てかけ、急いで濡れた服を脱いだ。若干張り付いているので脱ぎにくい。

脱いだ服を洗濯籠へと投げ込み、風呂に湯を貯めた。

狭い風呂であるがおかげで早くに湯が溜まる。しかし、それすら待てないと湯船の中に座り込んだ。

湯が体に直接触れる。大変熱い。踊るように湯船から飛び出し、機を伺った。

湯に指を突っ込んで、湯加減を確かめる。若干熱いが耐えられる。

私は風呂の中に突入し、体を温めた。口からとても表現しにくい音が漏れる。これはきっと私の魂の叫びだろう。そうに違いない。

魂の叫びを聞いた私は、風呂の中で考え事を始めた。

こういう時の私の頭の中では、通常時ではありえないほどの多くの考えが浮かぶ。だがそれらはどれも実生活で活用されることはない。

何故かと言えば、理由は簡単。
大抵、私が風呂場で思考を巡らせると時間の感覚が吹っ飛ぶ。
つまりは湯あたりで吐き気がするまで動かない。

吐き気が発生すると、それまでの思索など跡形もなく消し飛ぶ。
消し飛んだ後に寝床まで逃げ延び、吐き気を我慢しながら寝る。

これもある意味では小冒険かもしれない。吐き気との闘いという名の…

その日の私はなんとか吐き気に打ち勝ち、名誉ある睡眠を勝ち取った。
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暑い。眠りの中でさえそう感じざる負えない暑さだ。

繊細な私は起きることを余儀なくされる。

起き上がろうとするが出来ない。やけに体がムズムズする。

どうしようもないので頭を起こし周りを確認する。

美少女だ。見知らぬ美少女が体に跨っている。

それを理解するには私の脳みそは純真すぎた。余りの光景に顔は凍結し、心臓さえ止まったかと思われた。

私の脳細胞が次々に叫ぶ。

「不埒者!」「破廉恥!!」「可愛い!!!」「変態!!!!」

「待て!私は無実だ!」

そのような脳内会議をしていると件の美少女が私の目覚めに気づいた。

「ご主人?起きた!」

「は?え、何?ご主人?」

彼女は私の首に手を回し、首に噛り付いた。痛みは無く、ヒリヒリとした感覚が残った。

「ご主人〜」

舌を這わせながら、体を擦り付けて来る。もう何が何やら分からない。

舌はついに私の顔に到達し、口の周りから中までペロペロと舐めまわしている。

私の理性は早々に限界であり、我が下半身、通称ジャックは既に臨戦態勢どころか先走って自爆テロを起こしている。

ほんの少し彼女は触っただけである。全体的に残念な体である私だが、この程度の接触でも爆発してしまった事実に私は大きな落胆を覚えた。

そんな私をよそに彼女は立ち上がる。そうすると大きな傘が開いている事が確認できた。そしてそこからは巨大な舌がだらりと垂れ下がっており、その舌は一瞬のうちに私の体をすっかり絡めとった。

ジャックの自爆テロに屈した私は一切の抵抗を行わずただされるがままであった。

彼女はにっこりと笑い、傘を閉じた。

視界は消え、周りの音も聞こえない。唯一、私に感じ取ることが出来るものは目の前の女性のことだけである。

だがこんな破廉恥な状況下でも私の脳内ではしぶとく会議が行われていた。

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「非常事態宣言発令!」「状況確認!」

「美少女との突然のエロスな展開が進行中であります!」

「ジャックのテロ行為により我々の立場は早々に危ういぞ!」

「そもそも何故このような仕打ちを受けているか?」

「その原因は目下調査中であります!」

「原因は何だ!」「知らん!」「探せ!」「どうせまた無責任な事を言ったんだろ…」

「…記憶に一切の痕跡無し!そもそも女性との交友がありません!」

「つまりこれは主人格が悪いわけではないと?」

「その可能性が高い!」「状況に変化あり!美少女は本番を行う様です!」

「本番!?」「本番だと!」「ヤメロー!」「魔法使いになる夢が!」

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彼女は潤んだ瞳で私を見据えている。既にジャックは半分ほど飲み込まれており、その居心地の良さに狂乱している。

私の理性は既に首の皮一枚という状況である。いつ体の操縦を誤ってもおかしくはない。

脳内会議は既にもぬけの殻だ。快楽の波にすべて攫われてしまった。

ブツンと何かが切れるような音が聞こえたように錯覚した。






…残念なことに、これより先の描写は不可能である。情けないことに記憶がこのあたりで消失してしまっているからだ。

私は自分がどのような醜態を曝したのか気になり、この案件の私以外のもう一人の当事者である「彼女」にしばらくの後、話を聞いてみたが

ただ一言「すごかった。」という単純明快な答えが返ってきた。私の聞きたい答えはもっと具体的な内容であったが、いくら当事者であるとはいえ、
美少女の口から卑猥な単語を生じさせることに心血を注ぐ様な不埒者であるという男に見られることにはいささか抵抗がある。故にこの回答で私は自分を納得させた。

長々と口上を述べたが、結局のところ、

私は彼女に骨抜きにされてしまったのだ。

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私と彼女のロマンスは三日三晩行われたらしい。

起き抜けに日付を確認したときの現実感の無さはそれまでの人生の中で感じたことのなかったモノである。

頭の中を煩雑で矮小なモヤモヤが覆いつくし、まるで私を責め立てているようである。

自分の隣に他の体温を感じた時、モヤモヤは消し飛び、その体温の正体を明かすべく、再び快楽の海原へと漕ぎ出した。

この時のことははっきりと覚えている。だがこの時のことを描写することも叶わない。

なぜなら、この時の私はどうかしていたからだ。思い出すだけで顔面はマグマの如く紅くなり、その頭に水の入ったヤカンを乗せれば、即座に沸騰させるだろう。

ただひたすらにイチャコラしていたとだけ言っておく。

そのイチャコラの結果として、彼女についての情報をいくつか聞くことが出来たのでそれを書くことにする。

どうやらというかやはり彼女は魔物娘であった。どういう原理かは分からないが傘が魔物に成ったモノらしい。

以前の持ち主に捨てられた後、しばらくの放置から人恋しさを覚え、自分の主を探す…もとい待っていた。

そこへ現れたのは能天気な小冒険家…つまりは私だ。自分を使ってくれるばかりか感謝の言葉さえ口にしてもらえたことに感動し、このお方こそが…と決意したようだ。

余りに突然に夜這を仕掛けた事に対して謝罪されたが、もし突然で無ければ自分を天下一のビビりと自負している私はきっと地平線の果てまで逃走していただろう。

とどのつまり、私たちは両想いへと大躍進しており、面倒な駆け引き無しで臆面もなく愛を紡ぐことが出来るといったところだ。

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それからの私の生活は一変した。以前より小冒険を多く実行した。こう書けば行動的になったと思われるかもしれない。

しかし、その実態はただ単に使える時間が増えただけである。

さらに突っ込めば、私は仕事をクビになった。

三日以上の無断欠勤の賜物である。

彼女に出会う前の私であれば、即座に腹を切る様な事件であるが、彼女という相棒を得た私には微塵の揺らぎすらなかった。

現在は家賃を稼ぐためにバイトし、それ以外の時間はほとんどを二人での小冒険の何たるかを探究することに費やしている。

私の隣には常に相棒が存在しており、あらゆる小冒険の中でその存在を確立している。

私は小冒険の終わりを見ない。終わりを深く考えないことも、私の小冒険の特徴だ。
つまり私と彼女に終わりはないだろう。

私の小冒険の内の一つの顛末はこんな処だ。小冒険というには無理があったかもしれない、もしかすれば大冒険並みのスケールであったのかもしれない。

それでも私はこれを小冒険と呼び続ける。大冒険の中で生きるには些か臆病すぎる私には、小冒険が丁度良い。

愛しき相棒がいるのならばなおのことである。
17/04/16 14:02更新 / 怪獣赤舌川

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今作を読んでいただきありがとうございます。

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