提灯は衰退しました
僕が自室でくつろいでいた時だった。
いきなり少女が壁をすり抜けて現れたのだ。
妙な服を着て肩から小さな鞄を下げている、見た目小学生くらいのその少女は、自らを提灯おばけと名乗った。
現代人の僕はおばけなんて信じていない。
信じていないが、壁をすり抜け宙に浮き体の一部が燃えているその姿を見てしまっては信じざるを得ないわけで。
ちなみに体が燃えていても平気なようだ。僕もとくに熱いと感じないし。
すでに頬をつねるなどして夢でないことを確認し、今わが身に起きていることが、紛れもなく現実であるとわかった所で今に至る。
さて。至った所で考えてみる。
そんな非常識な存在が、至って普通の人間である僕の元になぜ現れたのか。
考えてみたが、まったく分からん。
分からんので、とっても気になるこのことを知るためには本人に聞くしかない。
今まで接してきた限りでは、相手に敵意らしきものは感じられない。
よって危険はない、と判断。
さあ、レッツ異文化コミュニケーション。
「……えーっと、その提灯おばけ? が僕に何か用?」
「はいー。用ありますー。大事な用ですー。ちょーちん買ってくださいー」
「提灯?」
「はいー。我々ちょーちんおばけは文字通りちょーちんのおばけなのですがー。
残念ながら今の時代ー、ちょーちんはすっかり廃れた物となってしまいましたー」
「はあ」
「そこでこのままではいかんと我々は立ち上がりー。
ちょーちんがこの世からフェードアウトしてしまわぬためにー、人々にちょーちんの良さを広めるべくー、積極的にちょーちんを売り込む活動を始めたのですー。攻める、ちょーちん営業なのですー」
むん、と提灯おばけは拳を突き上げて力説。
「そういうわけなのでー、ちょーちん買ってくれるとありがたいのですー。お願いしますー」
ぺこりと頭を下げお辞儀してくる。
「うーん……でも提灯あってもなあ……」
渋る僕を見て、提灯おばけはため息なんぞをついて見せた。
「やれやれー。
あなたは何もわかっていない様ですねー。
ちょーちんがいかに素敵で無敵で完璧な存在なのかをー。
たとえばこれー」
やけに偉そうな態度になった提灯おばけが指差したのは、天井にあるLEDの照明だった。
ついこの間買ったばかりの新品である。
「こんな物よりちょーちんの方が遥かに優れていますー。
取り替えですー。選手交代ですー」
「えー?」
この現代の最先端科学の結晶が、そんな原始的な過去の遺物に劣っていると?
そんなの、とても信じられない。
「信じられないって顔ですねー。
分かりませんかー?
このLEDが持つ重大な欠点がー」
「重大な欠点?」
「はいー。それはー」
提灯おばけは少しもったいぶった後に、胸を張って答えた。
「名前が可愛くないことですー」
「名前かよ!」
あんまりな理由に、真面目に聞くんじゃなかったと後悔。
「名前は重要ですー。
売れない商品の名前を代えたら途端に大ヒットってのは珍しくもありませんー」
確かにそうかもしれないが。
でもだからって買ったばかりのLEDを廃棄する気にはなれない。
第一、LEDって名前のままでも売れてるし。
「きっとLEDおばけなんていたらー、偉そーでインテリぶってて根暗で陰険な嫌な奴に決まってますー。
激プリティーな私たちに嫉妬していじめてくるに決まってますー。ダメ、絶対なのですー」
LEDおばけって、なんだよ……と呆れる僕をよそに話は続く。
「こんなの使ってるから世の中がどんどん荒むのですー。凶悪犯罪が増えるのですー。
バイオレンスでクライムでサスペンスなのですー。
それに引き換えちょーちんの灯りは目に優しいしー、癒し効果も抜群ですー。
みんなでちょーちん使えばー、荒んだ世の中もハッピーでラブリーでハートフルな世の中に大変身ですー。みんな笑顔の一員ですー」
提灯おばけは自慢気に語る。
それに水を差すようで悪いが、疑問が浮かんだので思い切ってぶつけてみる。
「でも提灯使ってた頃だって犯罪あったんじゃ?
それに凶悪犯罪が増えてるって証拠も無いし、いつと比べて言ってるのかも分からないし、大体、凶悪犯罪って定義もはっきり決まってないし……」
「……チッ。マジツッコミすんなですー。
そういう時はムカシハヨカッタ、ムカシハヨカッタとオウムみたいに繰り返してろってんですー」
「え?」
よく聞こえなかったので聞き返してみると、提灯おばけはこっちを向いて顔の前で手をブンブン振り出した。
「何でもないのですー。気にするなですー」
明らかに何かをごまかしている素振りがかえって気になるのだが、提灯おばけは勝手に話を進めていく。
「気を取り直してー、セールストークを再開ですー。えーっと……」
提灯おばけは少し考えた後、何か思いついたようにパン、と両手を打ち合わせた。
「そうですー。省エネですー。
現代社会において省エネは無視することの出来ない重要なテーマですー。
もちろんちょーちんはその点でも優等生ですー。
電気を使わないので環境にも優しいですしー、電気代もかからないのでお財布にも優しいですー。
ちょーちんは半分なんてケチらず、丸々全部優しさで出来ているのですー」
確かにそういう面では昔の物の方が良いかもしれない。
しかしそれだけではないのも事実なわけで。
「でも明るさではだいぶ劣るし、まんま火だから火事の心配もあるし……」
「明るさなんてあれくらいでちょうどいいのですー。
日本の照明は明るすぎるって本が出てるくらいですしー。
確かに昨日行った本屋にもそんな本が置いてあったが。
「火事についてはーー……ドンマイですー」
「おい!」
「逆に考えるのですー。
燃えちゃってもいいやと考えるのですー」
「考えられるか!」
「ならこうですー。
ちょっと危険な物の方が慎重に扱おうとするからー、かえって安全かもって考えるのですー。
安全の天敵は安心ですー。安心が油断を連れてくるのですー」
そういう考えならアリ、か?
でも提灯使ってた時代って火事多かったはずだから、ちょっとだろうと危険な物はやっぱり危険ってことじゃないのか?
「LEDなど不要なのですー。これからはちょーちんー、そう、CCNの時代ですー。
一家に一つCCNー、衣・食・住・CCNー、くーらべーてみーればーCCNー」
と言ってくるが、せっかく買ったLED照明を不要とは思えない。
ましてや提灯と交換なんて、ねえ。
ここまで話聞いても考えが変わらないんだ。
もう、きっぱりと断ってしまおう。
「あのさ、せっかくだけど、やっぱりいいよ」
「え? いいのですかー? 買ってもいいということですかー? ありがとうございますー」
僕のあまりきっぱりしてない言葉を、提灯おばけは勝手に解釈する。
曖昧な言葉ではだめだ。
今度こそきっぱり、ばっさり、すっきりと断るのだ。
見せてやる、僕がノーと言える日本人だということを!
「違うよ! 買わないってことだよ! いらない! 結構! 間に合ってます!」
「えー……」
ノーと言える僕が、これでもかとノーを叩きつけると、提灯おばけは悲しげな顔で俯いてしまった。
「そうですよねー……本当はわかっていたんですー。
今の時代にはもう我々の居場所はないとー、何の役にも立たないゴミ同然だとー。
呼ばれていない誕生会に来てしまったような要らない子だとー」
「いやそこまでは言ってないけど……」
へこんでる姿を見て、さすがにたじろぐ僕。
「……さっきも言いましたがちょーちんおばけはちょーちんのおばけでー。
いわばちょーちんそのものなのですー。
だからちょーちんがこの世から無くなってしまったらー、我々も存在することが出来なくなってしまうのですー」
「え?」
「我々はただ消えたくないだけなのですー。
もう贅沢は言いませんー。照明として使わなくても構いませんー。
何だったらボールの代わりでもいいですー。存分に蹴っ飛ばしてくれてもいいのですー。
他にどんな使い方でも結構ですー。どんなポジションでもこなしてみせますー。ですからー」
そこまで言うと、僕に対して頭を下げてくる。
「おねがいですー。我々の生存戦略に協力してはもらえないでしょうかー……」
見た目子どもにしか見えない相手が、泣き出しそうな顔で懇願してくる。
たしかに僕はノーと言える日本人だ。
でもこの状況で拒否できるほどのレベルには達してはいない。達してはいないのだ。
そして今の所レベルを上げる予定もない。
というわけなので。
「はぁ……わかった。買うよ」
「……え?」
折れるしかないわけだ。
「ほ、本当ですかー!? ありがとうございますー!」
曇っていた提灯おばけの顔が晴れわたっていく。
女の子の悲しげな顔には変なプレッシャーがあるので、僕としてもほっと一安心。
「……くっくっくー。ちょろいですー。困った時は泣き落としですー」
さっきと同じように提灯おばけが横を向いて呟いている。
今度は何言ってるかはっきり聞こえたが……聞かなかったことにする。
たとえ今のが演技でも、たぶん言ったことに嘘はないだろうから。
「で、いくら?」
「はいー。
ただ今ちょーちん普及開始キャンペーン中なのでー、
一つ1000円のところなんと200ドルでのご奉仕ー」
「安っ……くない!
むしろ値上がってるよそれ!?
っつーかなんでドル!?」
「という言葉のマジックはもちろん冗談でー。
我々はちょーちんの普及が目的なのでお金は取りませんー。0円ですー。
どこぞのケータイのように買うときは払わなくていいけど後で分割して請求とかー、手数料よこせーとかもありませんー」
「え? タダなの?
だったら最初からそう言ってくれればいいのに」
「……なんとなく言ってみただけですー。
決してさっきの為替ネタのためではないのですー」
そんな理由かよ……。
まあ、タダなら値段の心配も無いし、これで何の気兼ねもなくなった。
そんなことを思っていると、提灯おばけは肩から下げていた鞄に手を入れ聞いてきた。
「あー、そうでしたー。
ちょーちんのサイズはS、M、Lとありますがー、どれにしますかー?」
「じゃあ、Sサイズで」
「なるほどー。ちっちゃいのしか愛せないとー」
「言ってないよ!」
提灯おばけが鞄に入れた手を振り上げると、提灯が一つ舞い上がり、緩やかな放物線を描いて僕の元へ落ちてきた。
「でかっ!」
想像よりかなり大きいそれをキャッチ。
バスケットボールくらいはあるだろうか。
明らかに入っていた鞄より大きいんだが……。
「これで本当にSサイズ?」
「はいー」
「ちなみにLサイズってどのくらい?」
「えーとですねー」
「出さなくていいから!」
万が一を考え、鞄に手を入れた提灯お化けを慌てて止める。
「Lサイズはこの家と同じくらいですかねー」
万が一があっさりが出た。
止めて良かったとほっとする。
っていうかSとLの間ありすぎだろ。
「というのも冗談でー」
「冗談ばっかりだな!」
「本当はこの部屋くらいの大きさですー」
「…………」
「取り替えますー?」
「結構です!」
そんなもの置いたら、僕の居場所がなくなってしまう。
それならこっちのがまだマシ……かぁ?
「なあ、もっと小さいのってないの?」
「なるほどー。もっと小さくないと萌えないとー」
「言ってないよ! っていうかさっきから何の話だよ!?」
「もちろんちょーちんの話ですがー?」
それはもちろん分かっているが、何か別の意味に聞こえるのは気のせいだろうか。
「出来る限りお客様の好みに応えたい所ですがー、残念ながらそれが最小サイズですねー」
「……マジっすか。
まあ、無いならしょうがない」
手に持った最小サイズらしい提灯を見て考える。
これくらいなら邪魔にはならない……とは言い難いサイズ。
だがこれも人……いや、おばけ助けと思えば平気、と自分に言い聞かせる。
「あー、あとですねー。
ただ今キャンペーン中ですのでー」
この時僕はこの提灯をどこに置くかを考えていたので、この提灯おばけの呟き、ニヤリとした黒い笑み、鞄に手を入れる動き、その全てを知ることは出来なかった。
「なんとさらに提灯が10個ついてきますー」
「え!?」
気づいた時には、もう遅かった。
あわてて顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、部屋を舞うバスケットボール大の提灯、その数なんと10個!
「ちょっと待てぇぇぇーーーーーーーーー!」
「では、お買い上げありがとうございましたー!」
僕の制止を無視し、提灯おばけは来た時のように壁をすり抜けて出ていった。
「おい、待てっての! おーい!?」
提灯おばけがすり抜けていった壁を叩き、呼びかけ続けるが、当然のように何の反応もない。
あきらめて振り返った僕の目に飛び込んでくるのは、部屋に転がるバスケットボール大の提灯、その数なんと11個!
「どうしろってんだ、これ……」
この状況に、僕は頭を抱えることしかできなかった。
結局、使い道もなく置き場にも困るので、あの提灯は捨てた。
多少の罪悪感はあるが、しかたがない。
だが数日後、その行動が間違いだったことを知る。
仕事から帰った僕を出迎え、「よくも捨ててくれましたねー」と口々に言ってくる提灯おばけたちを目にして……。
いきなり少女が壁をすり抜けて現れたのだ。
妙な服を着て肩から小さな鞄を下げている、見た目小学生くらいのその少女は、自らを提灯おばけと名乗った。
現代人の僕はおばけなんて信じていない。
信じていないが、壁をすり抜け宙に浮き体の一部が燃えているその姿を見てしまっては信じざるを得ないわけで。
ちなみに体が燃えていても平気なようだ。僕もとくに熱いと感じないし。
すでに頬をつねるなどして夢でないことを確認し、今わが身に起きていることが、紛れもなく現実であるとわかった所で今に至る。
さて。至った所で考えてみる。
そんな非常識な存在が、至って普通の人間である僕の元になぜ現れたのか。
考えてみたが、まったく分からん。
分からんので、とっても気になるこのことを知るためには本人に聞くしかない。
今まで接してきた限りでは、相手に敵意らしきものは感じられない。
よって危険はない、と判断。
さあ、レッツ異文化コミュニケーション。
「……えーっと、その提灯おばけ? が僕に何か用?」
「はいー。用ありますー。大事な用ですー。ちょーちん買ってくださいー」
「提灯?」
「はいー。我々ちょーちんおばけは文字通りちょーちんのおばけなのですがー。
残念ながら今の時代ー、ちょーちんはすっかり廃れた物となってしまいましたー」
「はあ」
「そこでこのままではいかんと我々は立ち上がりー。
ちょーちんがこの世からフェードアウトしてしまわぬためにー、人々にちょーちんの良さを広めるべくー、積極的にちょーちんを売り込む活動を始めたのですー。攻める、ちょーちん営業なのですー」
むん、と提灯おばけは拳を突き上げて力説。
「そういうわけなのでー、ちょーちん買ってくれるとありがたいのですー。お願いしますー」
ぺこりと頭を下げお辞儀してくる。
「うーん……でも提灯あってもなあ……」
渋る僕を見て、提灯おばけはため息なんぞをついて見せた。
「やれやれー。
あなたは何もわかっていない様ですねー。
ちょーちんがいかに素敵で無敵で完璧な存在なのかをー。
たとえばこれー」
やけに偉そうな態度になった提灯おばけが指差したのは、天井にあるLEDの照明だった。
ついこの間買ったばかりの新品である。
「こんな物よりちょーちんの方が遥かに優れていますー。
取り替えですー。選手交代ですー」
「えー?」
この現代の最先端科学の結晶が、そんな原始的な過去の遺物に劣っていると?
そんなの、とても信じられない。
「信じられないって顔ですねー。
分かりませんかー?
このLEDが持つ重大な欠点がー」
「重大な欠点?」
「はいー。それはー」
提灯おばけは少しもったいぶった後に、胸を張って答えた。
「名前が可愛くないことですー」
「名前かよ!」
あんまりな理由に、真面目に聞くんじゃなかったと後悔。
「名前は重要ですー。
売れない商品の名前を代えたら途端に大ヒットってのは珍しくもありませんー」
確かにそうかもしれないが。
でもだからって買ったばかりのLEDを廃棄する気にはなれない。
第一、LEDって名前のままでも売れてるし。
「きっとLEDおばけなんていたらー、偉そーでインテリぶってて根暗で陰険な嫌な奴に決まってますー。
激プリティーな私たちに嫉妬していじめてくるに決まってますー。ダメ、絶対なのですー」
LEDおばけって、なんだよ……と呆れる僕をよそに話は続く。
「こんなの使ってるから世の中がどんどん荒むのですー。凶悪犯罪が増えるのですー。
バイオレンスでクライムでサスペンスなのですー。
それに引き換えちょーちんの灯りは目に優しいしー、癒し効果も抜群ですー。
みんなでちょーちん使えばー、荒んだ世の中もハッピーでラブリーでハートフルな世の中に大変身ですー。みんな笑顔の一員ですー」
提灯おばけは自慢気に語る。
それに水を差すようで悪いが、疑問が浮かんだので思い切ってぶつけてみる。
「でも提灯使ってた頃だって犯罪あったんじゃ?
それに凶悪犯罪が増えてるって証拠も無いし、いつと比べて言ってるのかも分からないし、大体、凶悪犯罪って定義もはっきり決まってないし……」
「……チッ。マジツッコミすんなですー。
そういう時はムカシハヨカッタ、ムカシハヨカッタとオウムみたいに繰り返してろってんですー」
「え?」
よく聞こえなかったので聞き返してみると、提灯おばけはこっちを向いて顔の前で手をブンブン振り出した。
「何でもないのですー。気にするなですー」
明らかに何かをごまかしている素振りがかえって気になるのだが、提灯おばけは勝手に話を進めていく。
「気を取り直してー、セールストークを再開ですー。えーっと……」
提灯おばけは少し考えた後、何か思いついたようにパン、と両手を打ち合わせた。
「そうですー。省エネですー。
現代社会において省エネは無視することの出来ない重要なテーマですー。
もちろんちょーちんはその点でも優等生ですー。
電気を使わないので環境にも優しいですしー、電気代もかからないのでお財布にも優しいですー。
ちょーちんは半分なんてケチらず、丸々全部優しさで出来ているのですー」
確かにそういう面では昔の物の方が良いかもしれない。
しかしそれだけではないのも事実なわけで。
「でも明るさではだいぶ劣るし、まんま火だから火事の心配もあるし……」
「明るさなんてあれくらいでちょうどいいのですー。
日本の照明は明るすぎるって本が出てるくらいですしー。
確かに昨日行った本屋にもそんな本が置いてあったが。
「火事についてはーー……ドンマイですー」
「おい!」
「逆に考えるのですー。
燃えちゃってもいいやと考えるのですー」
「考えられるか!」
「ならこうですー。
ちょっと危険な物の方が慎重に扱おうとするからー、かえって安全かもって考えるのですー。
安全の天敵は安心ですー。安心が油断を連れてくるのですー」
そういう考えならアリ、か?
でも提灯使ってた時代って火事多かったはずだから、ちょっとだろうと危険な物はやっぱり危険ってことじゃないのか?
「LEDなど不要なのですー。これからはちょーちんー、そう、CCNの時代ですー。
一家に一つCCNー、衣・食・住・CCNー、くーらべーてみーればーCCNー」
と言ってくるが、せっかく買ったLED照明を不要とは思えない。
ましてや提灯と交換なんて、ねえ。
ここまで話聞いても考えが変わらないんだ。
もう、きっぱりと断ってしまおう。
「あのさ、せっかくだけど、やっぱりいいよ」
「え? いいのですかー? 買ってもいいということですかー? ありがとうございますー」
僕のあまりきっぱりしてない言葉を、提灯おばけは勝手に解釈する。
曖昧な言葉ではだめだ。
今度こそきっぱり、ばっさり、すっきりと断るのだ。
見せてやる、僕がノーと言える日本人だということを!
「違うよ! 買わないってことだよ! いらない! 結構! 間に合ってます!」
「えー……」
ノーと言える僕が、これでもかとノーを叩きつけると、提灯おばけは悲しげな顔で俯いてしまった。
「そうですよねー……本当はわかっていたんですー。
今の時代にはもう我々の居場所はないとー、何の役にも立たないゴミ同然だとー。
呼ばれていない誕生会に来てしまったような要らない子だとー」
「いやそこまでは言ってないけど……」
へこんでる姿を見て、さすがにたじろぐ僕。
「……さっきも言いましたがちょーちんおばけはちょーちんのおばけでー。
いわばちょーちんそのものなのですー。
だからちょーちんがこの世から無くなってしまったらー、我々も存在することが出来なくなってしまうのですー」
「え?」
「我々はただ消えたくないだけなのですー。
もう贅沢は言いませんー。照明として使わなくても構いませんー。
何だったらボールの代わりでもいいですー。存分に蹴っ飛ばしてくれてもいいのですー。
他にどんな使い方でも結構ですー。どんなポジションでもこなしてみせますー。ですからー」
そこまで言うと、僕に対して頭を下げてくる。
「おねがいですー。我々の生存戦略に協力してはもらえないでしょうかー……」
見た目子どもにしか見えない相手が、泣き出しそうな顔で懇願してくる。
たしかに僕はノーと言える日本人だ。
でもこの状況で拒否できるほどのレベルには達してはいない。達してはいないのだ。
そして今の所レベルを上げる予定もない。
というわけなので。
「はぁ……わかった。買うよ」
「……え?」
折れるしかないわけだ。
「ほ、本当ですかー!? ありがとうございますー!」
曇っていた提灯おばけの顔が晴れわたっていく。
女の子の悲しげな顔には変なプレッシャーがあるので、僕としてもほっと一安心。
「……くっくっくー。ちょろいですー。困った時は泣き落としですー」
さっきと同じように提灯おばけが横を向いて呟いている。
今度は何言ってるかはっきり聞こえたが……聞かなかったことにする。
たとえ今のが演技でも、たぶん言ったことに嘘はないだろうから。
「で、いくら?」
「はいー。
ただ今ちょーちん普及開始キャンペーン中なのでー、
一つ1000円のところなんと200ドルでのご奉仕ー」
「安っ……くない!
むしろ値上がってるよそれ!?
っつーかなんでドル!?」
「という言葉のマジックはもちろん冗談でー。
我々はちょーちんの普及が目的なのでお金は取りませんー。0円ですー。
どこぞのケータイのように買うときは払わなくていいけど後で分割して請求とかー、手数料よこせーとかもありませんー」
「え? タダなの?
だったら最初からそう言ってくれればいいのに」
「……なんとなく言ってみただけですー。
決してさっきの為替ネタのためではないのですー」
そんな理由かよ……。
まあ、タダなら値段の心配も無いし、これで何の気兼ねもなくなった。
そんなことを思っていると、提灯おばけは肩から下げていた鞄に手を入れ聞いてきた。
「あー、そうでしたー。
ちょーちんのサイズはS、M、Lとありますがー、どれにしますかー?」
「じゃあ、Sサイズで」
「なるほどー。ちっちゃいのしか愛せないとー」
「言ってないよ!」
提灯おばけが鞄に入れた手を振り上げると、提灯が一つ舞い上がり、緩やかな放物線を描いて僕の元へ落ちてきた。
「でかっ!」
想像よりかなり大きいそれをキャッチ。
バスケットボールくらいはあるだろうか。
明らかに入っていた鞄より大きいんだが……。
「これで本当にSサイズ?」
「はいー」
「ちなみにLサイズってどのくらい?」
「えーとですねー」
「出さなくていいから!」
万が一を考え、鞄に手を入れた提灯お化けを慌てて止める。
「Lサイズはこの家と同じくらいですかねー」
万が一があっさりが出た。
止めて良かったとほっとする。
っていうかSとLの間ありすぎだろ。
「というのも冗談でー」
「冗談ばっかりだな!」
「本当はこの部屋くらいの大きさですー」
「…………」
「取り替えますー?」
「結構です!」
そんなもの置いたら、僕の居場所がなくなってしまう。
それならこっちのがまだマシ……かぁ?
「なあ、もっと小さいのってないの?」
「なるほどー。もっと小さくないと萌えないとー」
「言ってないよ! っていうかさっきから何の話だよ!?」
「もちろんちょーちんの話ですがー?」
それはもちろん分かっているが、何か別の意味に聞こえるのは気のせいだろうか。
「出来る限りお客様の好みに応えたい所ですがー、残念ながらそれが最小サイズですねー」
「……マジっすか。
まあ、無いならしょうがない」
手に持った最小サイズらしい提灯を見て考える。
これくらいなら邪魔にはならない……とは言い難いサイズ。
だがこれも人……いや、おばけ助けと思えば平気、と自分に言い聞かせる。
「あー、あとですねー。
ただ今キャンペーン中ですのでー」
この時僕はこの提灯をどこに置くかを考えていたので、この提灯おばけの呟き、ニヤリとした黒い笑み、鞄に手を入れる動き、その全てを知ることは出来なかった。
「なんとさらに提灯が10個ついてきますー」
「え!?」
気づいた時には、もう遅かった。
あわてて顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、部屋を舞うバスケットボール大の提灯、その数なんと10個!
「ちょっと待てぇぇぇーーーーーーーーー!」
「では、お買い上げありがとうございましたー!」
僕の制止を無視し、提灯おばけは来た時のように壁をすり抜けて出ていった。
「おい、待てっての! おーい!?」
提灯おばけがすり抜けていった壁を叩き、呼びかけ続けるが、当然のように何の反応もない。
あきらめて振り返った僕の目に飛び込んでくるのは、部屋に転がるバスケットボール大の提灯、その数なんと11個!
「どうしろってんだ、これ……」
この状況に、僕は頭を抱えることしかできなかった。
結局、使い道もなく置き場にも困るので、あの提灯は捨てた。
多少の罪悪感はあるが、しかたがない。
だが数日後、その行動が間違いだったことを知る。
仕事から帰った僕を出迎え、「よくも捨ててくれましたねー」と口々に言ってくる提灯おばけたちを目にして……。
11/10/03 00:18更新 / ぞろ