ハマナスを摘みに |
「うっしゃあ! 掃除終わったぜっ!!」
「はい、お疲れさん。さぁ、グ〜っとどうぞ」 なみなみと葡萄酒を注いだ彼女専用の特大ジョッキを、カウンターにドンと置く。 「おぅよ、言われなくてもな!」 すると彼女はニッと笑い、それを力強く鷲掴みにしてグイグイと煽る。 んぐんぐんぐ……と軽快に彼女の喉が鳴り、そしていつものこの台詞。 「ん、かぁ〜〜〜っ!! この一杯のために生きてんなぁ、この野郎っ!!」 「うん、いつも通りいい呑みっぷりだ。もう一杯いく?」 「おぅよ、いくに決まってんだろうさ!」 子供の様な邪気の無い笑顔と共に突き出されたジョッキを受け取り、もう一度溢れんばかりに葡萄酒を注いでいく……。 これが、僕と彼女のお決まりのやりとり。閉店後のお約束。 二人で切り盛りしている【お食事処:暴れ牛】の日常。 「ぷはぁ〜……二杯目も美味い! で、今日の晩飯は何だい?」 「豚肉のしょうが焼き。東方料理屋のケンイチローさんに、昨日教えてもらったんだよ」 「へぇ。それ、美味いのか?」 「うん、かなり美味い。ご飯がすすむ味わいだね。下ごしらえは前もって済ませといたから、すぐに出来るよ」 「そりゃ結構」と頷いて、彼女……ミノタウロスのリズが、嬉しそうな顔をする。 食うこと、呑むこと、眠ること、あと大きな声では言えないけれど『ヤること』に関して、彼女の欲求と要求はとても素直でわかりやすい。 「うおぉぉ、めちゃめちゃ良い匂いしてやがんなぁ、オイ」 そんな事を考えながら肉を焼いていると、いつの間にかカウンターの内側に入り込んで来たリズが、僕の背後にピッタリと張り付くように立っていた。そして、僕よりも一回り以上大きな体格を活かし、こちらの肩越しにひょいとフライパンの中を覗き込んで来る。 予想以上の素敵な香りに気持ちが高まって来たのか、荒い鼻息と共にグイグイとその体を押し当てて来るので……あの、ちょっと。 「リズ、危ないから。火を使ってる時にくっつかないで。いつも言ってるでしょ」 「あン? 美味そうな匂いがしてんだから、しょうがねぇだろうさ」 「理由になってないよ、それ。あと、ちょっと酒臭いから。気が散るから」 「へいへい、まったく注文の多いこって」 不満げに肩をすくめながら、リズの重みが僕の背中から離れていく。 やれやれ、これで料理に集中できるぞ……と、思わず「ふぅ」と一つ息をつく。 彼女といちゃいちゃする事は嫌いじゃないけれど、さすがに料理中は話が別だ。お互いに火傷を負う危険性が生まれるし、何かの拍子にせっかくの料理を台無しにしてしまうかも知れない。 あと……腕や背中に彼女の豊満な胸の存在を感じながら鍋釜を振るのは、正直無理だ。 (本当、あんな見事な腹筋や背筋をしてるのに、胸だけは何であんなに……うおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?) 「ちょ、ちょっとリズ! 何やってんだよ!」 「あン? 何って、ナニだよ。待ってる間退屈だから、お前さんのコレで遊ぼうかと思ってな」 「いや、だから料理中だって言ってるでしょ!?」 「んだよぉ、うっさいなぁ……そもそも、脱がす前からちょっと大きくしてたのは、何処のどいつだい」 「う、ぬ、いや、だってそれはリズが胸を押し当ててくるから……」 そろそろ肉が焼きあがるというタイミングで、リズが背後から僕のズボンとパンツを一気にずり下ろして来た。りょ、料理中の隙を突くとは卑怯な! ……いや、今はそんな事を言っている場合ではなく。 「おぉおぉ、お前さんは本当にアタシの胸が好きだねぇ。よしよし、心配しなさんな。お望みどおり、胸でしてやっからな」 ニタ〜リと不敵な笑みを浮かべつつ、露出した僕の分身にリズが予告通りの攻撃を仕掛けて来る。 その途端、僕の脳内には『マシュマロ』とか、『ふかふか蒸しパン』とか、『外フワフワ、中モッチリ』とか、そんな言葉が駆け巡る訳で。 「いや、ちょっと、あの、リズ、待って。本当に待って。駄目、あ、ちょっと、あ、さ、先に晩御飯を、う……」 「んフフ〜。断る。お前さんのを見てたら、アタシもその気になっちまった。だから、先にヤっちまうぞ」 「あ、わ、う、おぉぉぉぉ……」 リズが攻撃手段を変える。 その途端、今度は僕の脳内に『なまこの酢の物』とか、『イソギンチャクって食えるのかな』とか、『牛タン』とか、そんな言葉が駆け巡る訳で。 「いや、そんな事、考えてる場合じゃ、な、なくて……」 「ふぇ? ひゃに言ってんら? もっとひて欲ひいのにゃ?」 「り、リズ、本当に駄目、もう、あの……」 「んぷぁ! んフフ〜、とりあえず五発だな。それが終わったら、晩飯だ」 「五発って……さ、三発くらいにまけて欲しいんだけど」 「らメ」 そして、攻撃再開。 あぁ、こんな事になるのなら、もうちょっと精のつくものを作るべきだったかなあぁぁぁァァ……。 ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ 「……何だ、あれ」 夕暮れ時の細い街道。隣街のバザールからの帰り道。 買い込んだ色々な食材で満杯になった荷車を必死になって引っ張っていた僕の視界に、酷く汚れた謎の物体が入って来た。 「行き倒れの旅人か何かかな?」 静かに荷車を置き、ゆっくりと近づいて様子を窺ってみる。 厄介事に巻き込まれるのは困るけど、行き倒れている人間を見捨てて行くのも夢見が悪い。とりあえずジッと観察してみると、やはりそれはポロ布に包まれた人か何かのようで……。 「も、もしも〜し。大丈夫ですか〜? い、生きてますかぁ〜?」 恐る恐る呼びかけながら、その物体を軽く揺すってみる。 途端に埃の様な物が舞い上がり、何とも言えない異臭が鼻をつく。少なくとも、清潔な相手という訳ではなさそうだ。 「ふ、腐乱死体とかは勘弁して欲しいなぁ……よし、覚悟を決めて……」 臭いにやられてしまわないよう口で呼吸をしつつ、腹を括ってボロ布に手をかけ、エイヤっと引っ張る。 すると、案の定先ほど以上の埃が立ち上り、布の中身がゴロリで転がり出て来て……。 「うわ……ミノタウロス、か? これ」 予期せぬ相手の出現に、思わず声が上ずってしまう。 大型の牛よりもさらに大きな蹄。汚れた毛に覆われている下半身と、そこから生え出した長い尻尾。同じ様に汚れきって艶を失った髪の間からは、二本の角と耳がニョッキリと突き出ている。そして、顔を覗き込めば嫌でも目に入る、右頬に走った大きな古い切り傷……。 誰がどう見ても、これは人間ではない。これは、ミノタウロス。本能の赴くままに暴れまわる事で知られる、恐ろしい魔物だ。 「けど……何で、お乳丸出し?」 以前に読んだ図鑑の挿絵を思い出す。 確かミノタウロスは、人間には扱えないような特大の武器を持ち、胸はベルト状の物で覆っていたはずだ。それなのに、何故かこのミノタウロスは、豊満な胸を丸出しにした状態で行き倒れている。 「……痩せてるな。何も食べてないのかな?」 その大きな胸にスケベ心を刺激されなかったと言えば、嘘になる。 けれど、十秒、二十秒と時間が経つうちに、このミノタウロスのやつれ具合の方が気になった。上半身が裸であるがゆえに、あばら骨の浮き具合や腰周りの細さがよくわかったのだ。 「あぁ、もう……どうすりゃいいんだ?」 立ち上がって、茜色の空を見上げる。 これが人間ならば、旅人ならば、迷う事無く水を飲ませ、荷車に載せて街まで運ぶだろう。相手の命を思うなら、当然の行為だ。 しかし、今目の前で倒れているのは人間ではない。凶暴な魔物、ミノタウロスだ。 助けた所で、感謝してくれるような相手だとは思えない。「目覚めた途端、獲物とめぐり会えるとは運が良い!」と襲い掛かって来る確率の方が、きっと遥かに高いだろう。 「でも、なぁ」 空に向けていた視線を、倒れているミノタウロスへ戻す。 酷く汚れ、哀れに思ってしまうほどに痩せている体。頭髪と体毛はみずみずしい輝きを失い、眉間には苦悶のしわが刻まれている。 「あぁ、もう……どうにでもなれってんだっ!!」 腹立ち紛れに、近くに転がっていた小石を叫びながら蹴り飛ばす。 そして、倒れているミノタウロスをどうにかこうにか荷台に乗せ、歯を食いしばって歩き出す。 【行き倒れのミノタウロスを助けた料理人、見事に恩を仇で返され惨殺される!】 そんな街道ニュースの見出しを思い浮かべつつ、僕は黙々と歩みを進めた。 幸いな事に、自分の店は街の端にある。途中、誰かに目撃されてしまう可能性は低いだろう。……という事はつまり、目覚めたコイツに襲われたら最後という事でもあるのだけれど。 「だから、もうどうにでもなれってんだ!」 折れそうになる心と体に渇を入れつつ、僕は歩き続けた。 一度止まってしまえば、「わっ!」と声を上げて逃げ出してしまいそうだったから。 ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ 「うおぉ! これは美味い! 確かにメシが何杯でも食えるぜっ!」 「……リズ、口に物を入れた状態で叫ばないで。汚い。行儀が悪い」 予告通り、きっちりと五発の精を僕から搾り取ったリズが、満面の笑顔で豚のしょうが焼きを食べている。そのお肌はツヤツヤで、筋肉の張りも申し分ない。 「おぅ、どうした? 食わねぇのかい?」 「いや、食べるよ。食べるけどさ……誰かさんに散々絞られたから、ちょっと元気が無くなっちゃったんだよ」 「アハハっ! 何だい、だらしねぇなぁ。じゃあ、今日の寝る前の一発は?」 「無いよっ! これ以上ヤられたら、かなりの確率で死ぬ!」 気色ばんで返した僕の言葉を聞いて、リズは心底楽しそうにゲラゲラと笑った。 「おぅおぅ、わかったわかった。まぁ、とりあえずメシにしようや。な?」 「うん……と言うか、僕が作ったんだよ。この晩御飯」 はぁ〜〜、と深いため息をつきつつ、肉を口に運ぶ……なるほど、これは我ながら良い味だ。冷めてもこれだけ美味しいという事は、弁当のおかずにも合うかもしれない。 「ところでさぁ、マリーヌの奴、あれからどうなったんだ?」 「あぁ、隣街の『ハーピー&ラビット商事』に就職が決まったって。今日、連絡があったよ」 「おぉ、そうか。そりゃ良かった。その会社は、確か……」 「運送屋さんだね。それなりの規模と歴史がある、信頼できる会社だよ」 僕の言葉を聞いてリズは満足そうに頷き、葡萄酒の入ったジョッキ(今日六杯目)をグイっと飲み干した。 「奴の手癖の悪さとすばしっこさにゃ、さすがのアタシも手を焼いたよ」 「ふふ……確かにね。リズの鉄拳制裁をあそこまでかわした子は、初めてだったね」 「あぁ、まいったまいった」 その言葉とは裏腹に、リズはとても優しい目で微笑んだ。 そして、付け合せのトマトを口に放り込みながら、しみじみとした口調で呟いた。 「しかしまぁ……何と言うか、アタシも変なミノタウロスだよなぁ」 「何? どうしたの突然」 「いや、だってそうだろうさ。この世界に『不良魔物の更生請負人』をしてるミノタウロスが、一体何人いるってのさ」 「う〜ん、たぶんリズ一人だけじゃないかな」 「だろ? 自分から好き好んでやっといて何だけど、やっぱりアタシは変わった奴なのさ」 例えば、暴力、素行不良の問題児。 例えば、スリ、置き引きなどの窃盗常習犯。 例えば、酷い嘘や裏切りを受けて心を閉ざしてしまった、人間不信児。 そんな心身に傷や問題を持つ魔物達と一定期間生活を共にし、更生させ、自分の暮らしや人との共生成立に向かわせる『不良魔物の更生請負人』。 それが、この店の経営と共に行う、僕とリズのもう一つの仕事。 ちなみに、リズが言ったマリーヌとは、盗みに手を染めてしまったワーラビットの女の子。 彼女は、ワーラビット特有の明るい性格と人当たりの良さを間違った方向に活かし、大小様々な盗みを働いていた。 その後、ついに逮捕されて罰を受け、更生に向けた訓練と教育の仕上げとして我が家にやって来たのだけれど……これがなかなかに大変だった。 とにかく口が上手い、手が早い、動きが予測出来ない。 反省したと思ったら嘘をつき、物を置いたと思ったら消えている。怒り心頭に発したリズが鉄拳制裁をしようと思っても、ワーラビットは足が速いったらありゃしない。 (これはちょっと厳しいかなぁ)と僕が心中密かに思っていたある日……リズは、全く予想外の手段に打って出た。 「さぁ、これでも何か盗める物があるのなら、盗みたいって言うんなら、気が済むまでやってみやがれ、この野郎っ!!」 「あ、う……」 「お、う……」 リズの叫びに、マリーヌと僕が思わず呻き声をあげた。 朝、住居スペースである二階から、店舗スペースである一階へ降りて来ると……店の中が、すっかりカラッポになっていた。 テーブルも、椅子も、調理道具も、材料も、その他諸々全てが消え失せていたのだ。残っているのは、備え付けのカウンターと流し台、魔法コンロだけ。実は前夜のうちに、リズが一人で全ての品々を運び出し、裏山にこっそりと隠していたのだ……が、僕がそれを知らされたのは、この二日後の事だった。 「おらっ! 何か言ってみやがれ、この野郎っ!」 「う、うわあぁぁぁっ!!」 リズの迫力に押されて、マリーヌがまさに脱兎の如く逃げ出そうと裏口へ向かう。しかし…… 「あ、開かない!? 何で? どうしてっ!?」 「ヌハハハハハっ! てめぇの行動パターンなんぞ、全部お見通しだ! いいか、客が出入りするこのメインの出入り口以外、外に出られる扉はねぇぞ!」 その言葉が真実であるか否かを確かめるように、マリーヌが手当たり次第に窓や扉を引っ張っていく。だが、それらは当然の如くビクともしない。それはそうだ。これもまた、リズが昨晩のうちにたっぷりと釘を打ち付けて固定していたのだから。 そうして「ひいぃぃぃぃ!?」とパニックに陥っているマリーヌを横目で見ながら、僕はそっとリズに耳打ちをした。 「あの……リズ。一つ訊いてもいいかな?」 「あン? 何だよ」 「あのさ……何で、素っ裸なの?」 「あぁ、これな。こうして店もアタシもゼロに近づけりゃ、さすがの奴も何も盗めねぇだろ? 何事も、やるならトコトンって奴さ」 そう、僕とマリーヌが呻き声を上げたもう一つの理由。 それは、リズが何故か素っ裸で雄々しく仁王立ちをしていたから。 少し、想像してみて欲しい。 お食事処の出入り口前に仁王立ちになっている、赤銅色の肌をした筋骨隆々&素っ裸のミノタウロスを。 癖のある短い黒髪の中からは二本の角がニョッキリと生え出し、耳はバタバタと動き、右頬の大きな切り傷も凛々しく瞳をギンギラと輝かせている様を。 朝、起き抜けにその姿を見て驚かずにいられるだろうか。いや、いられはしない。 「それに、まぁ、あの、何だ。アタシも完全に裸って訳じゃねぇんだぜ?」 返す言葉を失っていた僕に、リズがもじもじと頬を赤らめながら言った。 「ほ、ほれ。お前さんからもらった指輪は、こうして着けてるし。うん。素っ裸って訳じゃねぇだろ? な?」 「あ、あぁ……なるほど。うん。その、ありがとう」 予想外に可愛いリズの一言に、僕も思わず赤面してしまう。 『お前さんからもらった指輪』とは、つまり僕と彼女の結婚指輪だ。 シンプルなデザインが施された銀製のそれは、確かに彼女の左手薬指で輝いていた。 「……って、おい、ちょっと待て。お前さん、指輪はどうした?」 「いや、それがその、うん。昨日の夜、風呂に入った後から見当たらないんだよねぇ……」 僕の言葉を聞き終えるのと同時に、リズがふっと深くうつむいた。 今、この店舗兼住居で寝起きしているのは三人。僕とリズ、そして屋根裏部屋に住み込んでいるマリーヌ。 そして、手癖が悪くて、ちょっとしたツマミ食いからお客さんに対する窃盗までもをしばしば働いているのは……マリーヌ、唯一人。 「ムゥゥアアアアリイィィィィィヌゥゥゥゥゥっ!! てえぇぇんめえぇぇぇぇっ!!」 バッと顔を上げるのと同時に発せられる、リズ魂の叫び。 少しだけ開く気配を見せていた窓を両手で引っ張っていたマリーヌが、その声にビタっと硬直する。 「なぁ……お前さんよぉ」 「な、何でしょうか?」 低い低い、リズの魅惑のバリトンボイス。これすなわち、彼女が心底ブチ切れた証拠。 「今日から三日間、店のコース料理のメインが決まったぜぇ……」 「ほ、ほぉ。それは?」 「ウ ・ サ ・ ギ ・ の ・ お ・ に ・ く ……だあぁぁぁぁぁっ!!」 蹄が床を削る鈍い音を残し、リズが一瞬でマリーヌとの距離を詰め、肩を掴み、捕獲する。 「ひいぃぃぃっ!?」 「マリーヌよぉ……短い付き合いだったが、たった今、テメェの最後のご奉公が決まったぜぇ……」 「ひゃ、ひゃい!?」 「とうとうアタシの旦那の持ち物に手ぇ出すとはなぁ。それも、アタシ達にとって命の次に大事な結婚指輪を盗むとは、恐れ入ったぜぇ……」 「ひゃ、ひゃ、あひゃひゃひゃひゃ」 その時、『しょ〜……』という、何だか間の抜けた音が店内に響いた。 嫌な予感を抱きつつ視線を走らせると……うん。案の定、マリーヌが失禁していた。まぁ、これはしょうがないか。うん。 「アタシの旦那が、前に言ったよなぁ? 『盗みをする覚悟と能力を前向きな正しい事に活かせば、君はより充実した日々を送れるはずだよ』ってなぁ」 「ひひひひひひ、ひゃい。おおおおお、おっひゃいまひた」 「聞こえなかったのかなぁ、あの言葉がぁ? 響かなかったのかなぁ、あの思いがぁ? あ〜ん? どうなんだよ、いたずらウサギちゃ〜ん?」 「すすすすすす、すいまひぇん! ゆゆゆゆゆ、許いてくらさいっ!」 ……つい忘れがちですが、我が最愛の妻は依然として素っ裸です。 「い〜や、駄目だなぁ。アタシも、久々に本気でキレちまったよぉ。許せねぇ。許せねぇなぁ〜?」 「どどどどど、どうひゅれば、ゆゆゆゆゆ、許いていただけまひゅか!?」 「だから、言ったろぉ? お前は今日から三日間、当店のメイン料理として美味しく頂かれるのさぁ!」 そしてリズは、左手でマリーヌの頭を鷲掴みにして固定し、最早凶器と化した右の拳を振り上げ、全力でそれを振り下ろすのだった……。 ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ 彼女を家に運び込んだ初日。 まず、体を清潔な濡れ布巾で拭き、服を着せ、口移しで水を飲ませた後、ベッドに体を横たえさせた。 彼女を運ぶ段階で腹を括っていたからだろうか。胸やお尻を触ろうと、口移しを実行しようと、僕の心が不必要に波立つ事は無かった。 二日目。 意識を取り戻した彼女に、水と暖かいスープを飲ませた。 今ひとつ焦点の合わない目で、何だか不思議そうな表情を浮かべる彼女を支えつつ、僕はその作業をしっかりと繰り返した。 三日目。 消化の良い料理を食べさせ、薬屋で買い込んで来た人にも魔物にも効く栄養剤を飲ませた。 視線も徐々に定まり始め、こちらからの問いかけにも頷いたり、小さく首を振ったりといった反応を示してくれた。 四日目。 ベッドの上で体を起こせるまでに回復した彼女に食べたいものはないかと訊ね、「何か、肉を……」という答えを得た。 そこで、若鶏とキノコのバターソテーを作ってみたところ、彼女はガツガツと野性味溢れる勢いでそれを平らげた。 ……彼女が人間ではなく、ミノタウロスである事をはっきりと思い出した瞬間でもあった。 そして、五日目。 落ち着いて会話が出来るようになった彼女が、ゆっくりと事の経緯を説明してくれた。 ミノタウロスの基本姿勢。それは、『食う寝るヤる』であるという。 良く言えば生物の三大欲求に素直な性分であり、悪く言えばケダモノ色全開な種族なのだ。 しかし、何事にも例外、特異体、希少体というものは存在する。 実際に僕も、軍隊などに所属し、人間と共に規律ある生活を送っているミノタウロスの話しを見聞きした事がある。 そして、彼女……僕が助けたエリザベスも、そんな珍しいタイプのミノタウロスであるらしかった。 「あ……すまん。エリザベスじゃなくて、アタシの事はリズって呼んでくれ」 「え、どうして?」 「どう考えてもアタシは、エリザベスって柄じゃない。親がお遊びでつけたような名前なんだよ、これは」 「う、うん。君がそう言うのなら」 エリザ……もとい、リズは、『食う寝るヤる』な日々の中で、ふと一つの疑問を胸に抱いた。 【アタシは、一体何のために生きているのだろう。狩りをして、男を捕まえて、グースカ眠る事が、アタシの全てなのか?】 それは、普通のミノタウロスが決して考えず、悩みもしない命題だった。 何故ならミノタウロスにとっては、そんな調子で日々を過ごす事こそが≪生きるということ≫なのだから。 しかし、リズはそんな自分自身のあり方に疑問を抱いた。 そして、その疑問を解決するための旅に出る事に決めた。 ズタ袋に数日分の食料と少しの薬草を放り込み、リズはねぐらを後にした。 まず、足を北に向けてみた。 そこでは、ジャイアントアント達が、女王のためにせっせと建築作業に励んでいた。 ふとした出来事からその作業を手伝う事になった彼女だが、上からの指示や命令にただ従い続ける事に疑問や物足りなさを感じた。 次に、東に向かって歩んでみた。 そこでは、偉大な剣豪になる事を夢見るリザードマンの少女が、厳しい鍛錬に明け暮れていた。 最初は悪者と勘違いされて斬りかかられたものの、リズはすぐにその少女と打ち解け、色々な事を語り合うようになった。 少女の真っ直ぐな気持ちに触れた事で、日々を大切に思い、何かを継続していくことが重要なのではないか……という考えに至った。 その後、リズは南へと進んでみた。 そこでは、口数の少ないワーウルフが、子育てに悪戦苦闘していた。 怪我をしていた彼女を助けた事をきっかけに、リズは狩りや子守を手伝うようになった。 かつては荒んだ生活を送っていたという彼女が、慈愛に満ちた笑みで我が子に乳をやる姿を見て、「愛とは? 心とは?」という謎と出会った。 そして最後に、リズは西の地を目指した。 だが、この旅が予想外の災難続きになってしまう。 まず、食べられると思って口にしたキノコが、毒キノコだった。ねぐらから遠く離れた地には、彼女が知らない動植物がたくさん存在していたのだ。 酷いめまいと吐き気、腹痛に苦しみながら進んでいると、今度はブラックハーピーの集団に目をつけられた。 「何だい、何だい? 死にかけのミノタウロスがフラフラ歩いてるぞ!」 普段のリズならば、ブラックハーピーの五頭や十頭は敵ではない。だが、その時の彼女は、あまりにも消耗し過ぎてていた。 蹴られ、殴られ、引っかかれ……好き放題に続けられる攻撃から逃れるだけで精一杯だった。ふと気がついたときには、ズタ袋も胸当ても、全てが綺麗に消え失せていた。 その後、街道に捨てられていたボロ布を体に巻きつけ、運良く見つけられた薬草を傷に塗り込みながら、リズはフラフラと歩み続けた。 最後にまともな食事をしたのは、いつだっただろう。最後にきちんと水を飲んだのは、いつだっただろう。 ミノタウロスのクセに、大そうな疑問を胸に抱いた事がそもそもの間違いだったのだろうか。 あぁ、せっかく気持ちのいい連中と出会って、色んな話しをして、これから何をして生きて行こうかと思っていたのに。 畜生、これまでか……。 そして、リズは倒れた。自分がどこを歩いていて、どこに倒れたのかもわからなかった。 ただひたすらに疲れ、ただひたすらに眠く、ただひたすらに空腹だった……。 「そして、僕が倒れているリズを見つけて、今この時に至るのか……」 「あぁ……色々と手間をかけさせてしまって、すまん。この通りだ」 そう言ってリズは横たわっていたベッドから静かに半身を起こし、ぺこりと頭を下げた。 その予想外の行動に、僕は思わず慌てふためきながら言った。 「いやいやいや、気にしないで! これも何かの縁だから。うん」 「本当に、すまん。そう言ってもらえると、助かる」 「うん。今は、細かい事は気にしないで。元気になる事を最優先で行こうよ」 そう言って笑いかけた僕に、リズは申し訳なさそうな顔のまま頷き、一つの問いを投げかけて来た。 「なぁ。いまさら訊く事じゃないのかも知れんが……お前は、アタシの事が怖くないのか?」 「怖いよ」 僕は、思い切り馬鹿正直に答えた。 「正直に白状すると、助けるべきかどうか悩んだんだ。これまでの人生の中で、ミノタウロスとまともに触れ合った経験も無かったしね」 「……それなのに、どうしてアタシを?」 「う〜ん、どうしてかなぁ。強いて言えば、リズが痩せてたから……かな?」 「え? それは、理由になるのか?」 少し目を丸くしたリズに、僕は笑いながら言葉を返した。 「ある意味、職業病なのかもね。ここで寝てると、色んな音や声が聞こえて来ると思うんだけど、僕はこの下で自分の店を営んでるんだ」 「あぁ……楽しそうな声とか、美味そうな匂いとかが漂って来て、何だか堪らない気持ちになっちまったよ」 「あははは。ごめんね」 眉を八時二十分の形にしたリズの表情には、何とも言えない愛嬌があった。 「人も魔物も、美味しい物を食べて、好きな物を飲んで、幸せになる権利があると思うんだ」 「……あぁ」 「そして人生最後の瞬間は、自分が本当に心安らぐ場所で穏やかに迎えたい。飢えや渇きとは無縁でね」 「……それは、良い最期だな」 リズの言葉に、僕はしっかりと頷いた。 「でも、あの時のリズはその両方から外れてた。体は痩せ細ってるし、顔は苦しそうだし、あんな道端に倒れてたし」 リズを発見した、あの瞬間の事を思い出す。 ボロ布に身を包み、人か物かも判別出来ないほどの状態で、街道の脇に倒れていたあの姿を。 「あれはね、駄目だよ。料理人として、食べ物屋として、あんな最期は駄目だと思う。お節介だと言われても、あれは助けなきゃ駄目だよ」 「…………」 「僕は、情けなくて弱い人間だよ。料理しか出来ない程度の人間だ。でも、料理なら出来るし、それで人を幸せに出来るとも思ってる」 僕はリズから視線を外し、窓の外を見た。 茜色をしていた空は徐々に夜の藍色に変わり始めている。そろそろ、晩の部に備えての開店準備に入る頃合だ。 「だから、助けたんだ。人間なりの、料理人なりの考えでね。リズの毎日と僕の毎日は違う考えで出来てるかも知れないけど、あそこで生きる事を終わらせちゃ駄目だ」 「……い……くれ」 「え」 いつの間にかうつむいていたリズが、何かを言った。 けれど、僕にはそれが聞き取れなかった。 だから、「え、なに?」と口を開こうとした……その瞬間。 「抱いてくれ」 「……は?」 リズは僕の両肩に腕を伸ばし、しっかりと捉え、グイとすごい力でベッドの中に引き込んだ。 その結果、僕はまばたきよりも短い間に彼女に馬乗りになられ……。 「あ、あの、リズ? こ、これは一体、ど、どういう……?」 「抱いてくれ。と、言うよりも抱くぞ。抱かせてくれ」 「え、いや、あの、ちょっと、話の流れがサッパリわからないんだけども」 割と本気で涙目になりながら、リズに説明を求める。 すると彼女は、滑らかな動作でシャツを脱ぎ、乳房もあらわにこう言った。 「自分自身の意思と信念を持って、自分自身が良しとする日々を送り、自分自身の心を偽らずに説明出来る男」 「え……それは、僕のこと?」 「あぁ、お前さんの事だ。旅の中でアタシが思い描いていた事を、既に完成させてるすげぇ男がここにいる。これで抱かなきゃ何をするって話しさ」 「え、は、えぇぇぇぇっ!?」 ふと気がつけば、僕の下半身は見事に裸になっていた。 リズ、実はなかなかのテクニシャン? いやいや、そんな事を考えている場合ではなく。 「決めたよ。アタシは一日も早く体を治す。そして、お前さんと一緒に店を切り盛りして、お前さんの子供を産むんだ」 「いや、ちょっと、何でそうなるの!?」 「……アタシの事、嫌いかい?」 そう言ってリズは、しゅんと寂しそうな顔をした。 大柄なはずなのに、顔に大きな切り傷があるはずなのに、頭から角が生えているはずなのに、その顔は反則だと思うほど可愛かった。 「いや、嫌いじゃないと思う……むぅわぅっ!?」 「その言葉を待ってたよ!」 そんな叫び声と共に、リズが僕の顔を胸の真ん中に抱きこむ。 すると当然、痩せてもなお大きなお乳のクッションに包まれる事になる訳で……。 「ンふふふ〜……お前さんも、その気になってくれたようだねぇ。硬くなってきたよぉ」 「んむぅわわっれ (これは待って)!」 「本当なら、一晩中でもつながってたい所だけど、体がまだ本調子じゃなくてね……一発必中で行こうじゃないか」 「いう、むぅあ、あふぁあ〜 (リズ、待っ、ふぅあぁあ〜)」 こちらに一切の反論、反撃の間を与える事無く、リズの濡れそぼった場所が僕を迎え入れる。 あぁ……すごくあたたかくて、やわらかくて、包まれる感じで……いやいやいや、この状況に流されては駄目だ! 「ちょっ、本当に、あっ、ちょっと待って! リズ、お、落ち着いて! 暴れ牛じゃないんだからっ!」 「アハハハハっ! いいね、それ! 確かに、今のアタシは愛の暴れ牛だ! それ、アタシ達の屋号にしよう!」 「あ、『暴れ牛』を!? う、はっ、いや、それは、ど、どうなのかな?」 「つべこべ言うなよぉ、アタシの素敵な旦那様ぁ!!」 ……こうして、僕とリズは深く愛し合い、結ばれ合い、日々を共に歩む事になった。 『何かを奪われちゃった』とか、『和やかな雰囲気の性犯罪』とか、そんな気がしなくもないけれど、これは深く考えたら負けなのだ。 とにかくその後、本調子を取り戻したリズは、予告通りに僕の店のフロアを取り仕切るようになった……もちろん、店名を【お食事処:暴れ牛】にした上で。 そして、「あ〜、これアタシの天職だわ。楽しいもん」という言葉通り、仕事に関するイロハをあっという間に身につけ、お客さん達とも良好な関係を築いていった。 ……まぁ、お尻を触った酔客を豪快にぶっ飛ばしたり、「味見だ〜♪」とか言いながらいくつかの酒樽を勝手に空けたりした事は、ご愛嬌という事にしておこう。 ちなみに、本当にものすごく性質の悪い客や、魔物を見下す国から来た嫌な奴に応対する時は……いつも二人で、こっそりとこんな会話を交わしている。 「リズ、注意するのは構わない。場合によっては、お引取り、ご退席いただくのもしょうがない。ただ、『事件にはするな』よ?」 「おぅおぅ、わかってるさ。心配すんな。アタシも、『事件にはしねぇように注意する』つもりだよ?」 たいていの場合、この会話を交わした十分後以内に、そのお客様はご退席なさいます。 えぇ。あくまでも平和的に、ですよ? ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ ━ ╋ ━ 「あぁ、そうだ。明日のお昼前に、大工さんが来てくれるから」 「あン? 大工? 何しに来るんだい?」 仕事も食事もお風呂も済ませ、僕とリズは特注の大きなベッドに体を横たえている。 石鹸の良い香りを漂わせている彼女に何となくドキドキしつつ、僕は言葉を続けた。 「壁の修理だよ。マリーヌをとっ捕まえた時、パンチを顔面スレスレに通過させて壁に穴を開けたのは、どこの誰?」 「あ、アハハハ〜……アタシだなぁ。あと、とりあえずの応急修理をしたのも、アタシだなぁ〜」 ジトっと見つめる僕の視線に困った様子で、リズが苦笑いをする。 「でもまぁ、結局はあのショック療法が効いたのかな。あれ以来、マリーヌの盗み癖はピタっと治まった訳だし」 「だ、だろぉ〜? うんうん、そうなんだよ。あれは、アタシなりの愛の鞭の結果なのさ」 「……愛の鞭を振るう度に、壁に穴を開けられたんじゃ堪らないよ」 少し意地悪な僕の言葉に、リズは耳をシュンとうな垂れさせながら言った。 「う〜ん、すまん。ちょっと怒り過ぎたかな、あの時は」 「ふふ……いいや、怒るべき時に本気で怒れるのは、リズの良い所だよ。だから、もう気にしなくてもいいよ」 僕はそう言いながらリズの方へ近づき、静かに腕を伸ばした。 すると彼女はとても嬉しそうに微笑み、シーツをガサガサ言わせながら腕枕の体勢に納まった。体格に差のある僕達ではあるけれど、こうして横になっている時は、ひと時それを忘れられるのだ。 「マリーヌの奴、ちゃんと真っ当に生きていけるかなぁ」 「大丈夫だよ。僕達のもとから巣立っていった子達は、みんな幸せになってるんだから」 不安な気持ちを拭ってあげたい一心で、僕はリズの額にそっとキスをした。 「なぁ、ちょっとこれを見てくんねぇかな」 リズが一枚の書類を持って来たのは、僕達が出会ってから四年目、結婚してから三年目の初夏の事だった。 「ん、どれどれ。『不良魔物の更生請負人募集について』?」 「あぁ。これに……応募しても、構わねぇかな?」 「え? 僕達が?」 思わず目を丸くして問い返した僕に、リズは決意のこもった瞳で頷いた。 「前々から考えてた事なんだ。アタシ達魔物と、お前さん達人間は、もっと上手く付き合えるんじゃないのか、って」 「……うん。でも、残念ながら世界は広いよ? 良い人間ばかりではないし、逆もまた然り、だよ?」 「あぁ、わかってる。けど、だからこそアタシ達に出来る事があるんじゃないのかって、そう思うんだよ」 「たとえ微力でも、一人でも二人でも、人と魔物の間で行き場を無くしている子を救いたい……って事かな?」 僕の言葉に、リズは再び頷いた。 偉そうな問いかけの言葉を返したけれど、本当に世界の広さを知っているのは彼女の方だ。彼女には、リズには、僕の妻には、魔物としての己の生き方に悩み、世界を歩き、色々な物事を学んだ経験がある。 その彼女が挙げたいと願っている手を押さえつける理由など、僕には何も無かった。 「よし、わかった。応募しようか。やるからには腹を括って、しっかり頑張ろう」 「うおぉぉぉっ、ありがとうっ!! さすがはアタシの旦那様だぜっ!!」 「ぶぇ……」 喜びを弾けさせたリズが、僕を思い切りその胸に抱きしめる。 嬉しいような、苦しいような……あ、駄目だ、苦しいの方が八割だ、あ、ちょっと、落ちる、息出来ない……落ち……。 その後、申請が受理された僕達のもとには、色々な子達がやって来た。 例えば、信頼していた人間の男から酷い裏切りを受け、心を閉ざしてしまったホルスタウロス。 (現在はすっかり元気になり、心優しいマダムが経営するお菓子屋さんで頑張っている) 例えば、酒に溺れ、行く先々で揉め事を起こしていたワーキャット。 (現在は自らの経験を活かし、自警団員見習いとして飲酒乗馬や飲酒馬車を取り締まる仕事で活躍している) 例えば、「イヤよぉ。私は働きたくないのよぉ。一生ゴロゴロしてたいのよぉ」が口癖の、怠け者なアントアラクネ。 (現在はその美食家、美男子愛好家ぶりを小さな出版社で活かし、取材記者としての日々を送っている) ……などなど、良くも悪くも個性的な面々が我が家に現れ、しばらくの後に笑顔で巣立っていった。 魔物達と長く友好的な関係を築いて来たこの国限定の、本当に小さな小さな積み重ねかもしれないけれど、僕とリズの行為が何かしらの幸せを生み出せているとしたら……。時折届く手紙の内容や、「お久しぶり!」と遊びに来た時の笑顔に触れる度、僕達夫婦は本当に大きな喜びを感じるのだった。 「……ねぇ、リズ。僕が今思い描いてる夢って、何だと思う?」 ベッドの中で、僕の腕枕に納まっている彼女に、そう問いかける。 「え? お前さんの夢? う〜ん……店をもっと繁盛させたい、とか?」 「そうだね、それも間違いじゃないんだけど、もっと私生活的というか、何と言うか」 「んん〜? ふ〜む……すまん、わからん。一体何だ?」 耳をピコピコと動かして考えていたリズが、僕の背中に腕を回しながら降参の言葉を告げる。胸に当たる彼女の吐息に少しだけくすぐったさを覚えながら、僕は口を開いた。 「僕達の子供が生まれて、三人で幸せな休日を過ごすこと、だよ」 「ん……!!」 僕の胸元にぐりぐりと額を擦り付けていたリズが、バっと顔を上げる。 「例えば、とても天気の良い日を想像してみて。僕がお弁当を作って、リズが子供を肩車して、三人で湖畔へ遊びに行くんだ」 「おぉ……」 「そして、僕達のもとを巣立って行った子達と約束して待ち合わせて、みんなでピクニックをするんだ」 「うん、それでそれで……?」 「僕達の子供は、きっと幸せだと思うよ。だって、色んな個性を持ったお姉ちゃん達が囲んでくれるんだから。そんなみんなの様子を、僕とリズは手をつないで見守ってるんだ」 瞳を閉じて、その光景を思い描いてみる。 あたたかな日差しがふりそそぐ湖畔を、小さなミノタウロスの女の子が笑いながら駆けている。周りには、ワーラビットや、ホルスタウロスや、ワーキャットや、その他にも色々な種族の『お姉ちゃん達』がいる。そんなみんなの笑顔を、僕とリズが微笑みながら見守っている。 つないだ手から、お互いのぬくもりと信頼、そして何よりも大きな愛情を感じ取りながら。 「子宝は、天からの授かりものだから。あわてず騒がず、僕達の新しい命がやって来るまで……愛し合おう」 数日前、薬屋さんのご夫婦が話してくれたこと。 それは、行為の回数に反して子宝に恵まれない事を悩んだリズが、お二人の下へたびたび相談に訪れていたという事実。 「悲観する事は無いよ。種族の違いが、ほんの小さな確率の差を生んでいるだけだから」というお二人の言葉に、リズが寂しそうに頷いたという事実。 あぁ、最愛の妻がそこまで思い悩んでいた事に気がつかないなんて……僕は、夫失格なのかもしれない。 リズの寝巻きを静かに脱がしながら、僕は言った。 「リズ、愛してるよ。さっきはああ言ったけど……眠る前に、君を抱いても良いかな?」 「……もちろん。アタシも、お前さんを愛してる。だから、とことんそれを感じ合おうぜ」 涙目と鼻声で、リズが僕の気持ちに応えてくれる。 そして、僕達は唇を重ねる。 ずっと続く愛情と、未来の幸せを思い描きながら。 【秋の街道ニュース 美食特集号】 明るい接客と素敵な笑顔が印象的なミノタウロスの奥様。作り上げる料理の美味しさに定評のある人間のご主人。そんなお二人が営むお店、お食事処:暴れ牛。 清潔でありながらも気取らない雰囲気の店内でいただく四季折々の料理は、まさに絶品。 また、酒豪の奥様がその舌で選んだ様々な種類のお酒も、お客さんの心をつかんで放しません。 「素朴な家庭料理からコース料理まで、幅広いメニューでお待ちしています」 結婚六年目にして、ついに待望の子宝にも恵まれたお二人。 その幸せにあやかり、大切な人とこのお店で素敵なディナーを楽しめば、あなたの恋も成就するかもしれません……!? 西国の小さな街にたたずむ隠れた名店。秋の行楽シーズンに、ぜひお立ち寄りの程を。 |
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ミノタウロスやホルスタウロスは、牛肉を食べるんでしょうか。
何となく共食いの気配が漂うような気もしますし、 「これはこれ。それはそれ」で何の問題も無くむしゃむしゃ食べそうな気もします。 ハーピーは絶対にフライドチキンを食べたりはしないんだろうなぁ…… という気はするんですけどね。 09/10/22 23:34 蓮華 |