海和尚(食パンくわえて曲がり角で衝突系ヒロイン)
桜も咲き乱れる出会いの季節。
いろいろな縁があって界立魔物娘学園に転校することになったが、あろうことか始業式当日に寝坊をしてしまった。
初日から遅刻では印象最悪だ。
頭の寝癖も直す暇なく、全力疾走で学校へ向かう。
「きゃー、遅刻しちゃいますー!」
曲がり角から食パンをくわえた少女が飛び出た時には、もう遅かった。
スピードを緩めることが出来ず、大きな音を立てて激突。
頭の上にはお星様がぐるぐると軌道をえがいている。
「いたたたた……ご、ごめんなさい。私、急いで学校に行かなきゃ行けなくて……」
後ろから少女の申し訳なさそうな声が聞こえる。
いや、自分も慌てていて止まれなかった、と謝りかえす。
と、あなたは妙な違和感を覚える。
自分は倒れてアスファルトに寝ているはずなのに、なぜか地面はやわらかく、いい匂いがする。
「あ、あの、それで、さしつかえなければ、どいていただけますか……?私カメなので、自分じゃどうにも出来なくて……」
そこまで彼女に言われ、初めて自分が彼女の上に寝転がっていたことに気がついた。
一体どうぶつかったらこのような体勢になるのだろう。
彼女の眼前にはあなたの股間が、あなたの目の前には彼女の可愛らしい水玉パンツが。
四十八手で言うところの椋鳥、シックスナインの体位になっていた。
あなたはこの世界の物理法則に疑念を抱きつつ、慌てて彼女からどこうと身体を動かす。
しかし、うまいこと身体が組み合わさっている上に半球形の甲羅によるアンバランスさが重なって、うまく動くことが出来ない。
不可抗力で互いの身体が衣服越しになんども擦れあい、あなたは彼女のパンツに顔を埋めてしまう。
その感触とほのかな汗っぽい匂いに、無意識に身体は反応してしまう。
「あ、あの、こんな時に言うのもどうかと想うんですが、私の鼻先にあなたのが……つんつんって当たってます……」
穴があったら入りたい気分だった。
ようやく彼女の身体から脱出したあなたは、彼女を起こすのを手伝う。
バックパッカーのような大きな甲羅から、彼女がカメの魔物、海和尚であることはすぐにわかった。
彼女は服についた埃をはらうと、ぺこりと頭を下げた。
「助けていただいてありがとうございます。私一人じゃあ転んでも立ち上がれないから危ないところでした」
そこまで感謝されるほどではない。とあなたは思った。
ぶつかったのは自分にも非があるし、なによりあんな体勢になってしまったのだから。
「あ!忘れてました!早く学校に行かなきゃ遅刻しちゃいます!」
あなたもハッとする。自分も学校へ急いでいる最中だったのだ。
「え?あなたも魔物娘学園なんですか?すごい、こんな偶然あるなんて。同じ学年でしょうか?クラスはどこですか?」
のほほんとお喋りをはじめる海和尚さん。
彼女に付き合っていたら間に合うものも間に合わないので、あなたは彼女の手を引いて学校へと急いだ。
全力ダッシュの甲斐あって、何とか校門が閉まる前に滑り込むことが出来た。
下駄箱で海和尚さんと別れると、職員室へ早歩きで向かう。
怒られると思っていたが、意外にも先生は笑顔で迎えてくれた。
なんでも魔物娘の生徒はどの子も自由すぎるため、遅刻や無断欠席は日常茶飯事らしい。先生ですらたまにやらかすとか。
人間よりも長命な彼女たちは、時間にルーズな節があるのかもしれない。
教室に案内されると、クラス中の女子、魔物娘の視線が自分に集中しているのが分かる。
人間の男子が珍しいのだろうか。中には舌なめずりをしている娘もいて、あなたは嫌な汗をかいた。
簡潔な自己紹介をすまされると、先生は窓際後方の空いている席に案内してくれた。
席に着くと、隣の席からとんとんと肩をたたかれる。
それは、今朝ぶつかってしまった海和尚さんではないか。
驚きのあまり大声を出してしまい、再びあなたに注目が集まる。
すみません、と謝ると、何事もなかったかのようにホームルームが始まった。
「びっくりしました。まさか一緒のクラスになれるなんて……」
自分も驚いた。でも、一緒のクラスになれて嬉しい。
と言うと、海和尚さんも嬉しそうに頷く。
「私もです。朝ぶつかった時も、なんだか少女マンガみたいだなぁ、って思ってたんです。ひょっとして、これは運命の出会いかもって……」
そう言いかけて、海和尚さんは顔を赤らめて口をつぐんだ。
彼女に言われて、照れくさくなってしまったあなたは、気を紛らわすために黒板に集中することにした。
翌日。
今日こそは遅刻するまいと、早めに登校するあなた。
昨日ぶつかった曲がり角にまでつくと、どこからか海和尚さんの助けを求める声が聞こえてきた。
「だ、だれかぁ〜……助けて下さいぃ〜……」
角を曲がると、仰向けに転がって手足をバタつかせている海和尚さんがいた。
よほどもがいていたのか、スカートがしっかりめくれてパンツも丸見えだ。
今日は縞模様だった。
「あ……おはよう、ございます……」
あなたに気がついた海和尚さんが、恥ずかしそうに挨拶する。
ひっくり返して助けてあげると、彼女はぺこぺこと頭を下げた。
「二日連続でご迷惑をおかけして、ごめんなさい……今日こそは遅刻するまいと思って早めに出たんですけど、うっかり足を滑らしちゃって……」
自身のふがいなさに落ち込んでいる海和尚さん。
どうにか彼女を助けてあげたいと思ったあなたは、明日から一緒に登校しないかと提案してみた。
「えっ!?で、でも、迷惑じゃないですか……?」
彼女の家は角を曲がってすぐの所だったので、歩く距離が少し増える程度の労力しかない。
むしろ海和尚さんをほっておいた方が寝覚めが悪い。とあなた。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……隣、失礼しますね」
ごく自然に、彼女にぴったりと寄り添った。
いつ彼女がバランスを崩しても、この状態なら安全だろう。
「えへへ……昨日からついてないなって思ってましたけど、なんだか結果オーライです」
そんなわけで、この日から毎日彼女と二人で登校する習慣が出来上がった。
しばらくした後、あなたと海和尚さんが同棲していると噂がたったことについては、もはや語るまでもない。
18/07/22 01:16更新 / 牛みかん
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