プロローグ
「俺たちは、夏休みにおける最大の宿題を忘れていた!」
2学期が始まったばかり教室、クラスメートは軒並み帰り支度をしている中で、少年が一人叫んだ。俺たちとは、彼と彼の友人、アマタのことを指していた。
「……宿題って、何のこと?ハルヒコ」
ろくな答えが返ってこないだろうと分かっていながら、少年の親友、アマタが尋ねた。
「決まってるだろう、童貞を捨てる事だ!」
アマタは沈黙した。彼になんと声をかけていいか分からなかった。
「んーっと……俺たちは学生だよ。色恋沙汰に走る暇があるなら学業に集中すべきじゃあ……」
全くもってつまらないが、正しい意見だ。
「本当にそう思うのか?」
ハルヒコが校庭を指さす。
「あの状況を見ても?」
そこには、仲むつまじく手をつないで一緒に帰る無数のカップルの姿が。世間では微笑ましい光景だろうが、独り身の童貞達には地獄絵図だ。
「あいつ等は夏休みの間に付き合い、デートし、卒業した!」
バン!ハルヒコが机をたたいた。
「悔しくないのか!?悔しくないわけがない!!」
ハルヒコが自分の問いに自分で答え、涙を流した。
「可愛い女の子とイチャイチャしながらセックスしたい!」
「声抑えてよ、俺は別にそこまで思ってないし……」
アマタは口ではそう言うが、内心では違った。
彼は恋がしたくて、セックスがしたくてたまらないのだ。ただ、そう言うのが恥ずかしくて、隠しているだけなのだ。
「そんな俺達の為に、取って置きの秘密兵器を用意させてもらった」
ハルヒコは2枚の紙切れを机に広げた。
「なにこれ、チケット?」
紙には【一泊二日 サントアンアン号で行く美女島の旅!!お持ち帰りオーケー!!】と書かれていた。
「これで美女島に行き、可愛い女の子をゲットするんだ!」
「出来るわけがない!」
そう言ったアマタに、ハルヒコは鉄拳をおみまいした。
「ヤる前に諦めてどうする!ヤってみなきゃわかならいだろう!」
鉄拳は思いの外痛くなかった。
「いてて……というか、こんなにチケット買う金、どっから出したんだ?」
「有り金全部とお年玉の前借りだ!」
こいつバカだ。アマタはそう思ったが、同時に後には引けないハルヒコの覚悟を悟った。
「日時は今週の土曜から!寝坊するなよ!」
そして、土曜日。
波止場には乗船を待つ乗客たち。アマタ達二人の隣に、見知らぬ少年が一人立った。
「ハルヒコ、このちっちゃい子は?」
指を刺された、アマタ達より一回り小さい少年がビクリとふるえた。
「俺の弟だよ、ユキオって言うんだ。」
「親が連れてけってうるさくてな、どんな旅行か説明するわけにも行かなかったし、なあに、チケットは多めにとっておいたんで大丈夫だ!」
「あ、あう……」
ユキオは何か言いたげだったが、おどおどとしたまま黙りこくってしまった。
「よおし、そろそろ時間だ。船に乗り込むぞ!」
サントアンアン号は汽笛をあげ、港を出発した。
船の中はとても快適だった。アマタ達は美女島について予習を始めた。
「美女島……その名の通りこの島の女性はみな美しく、嫁を求めて訪れる観光客も多い。男女比率は1:9と偏っており、島の人々も男性客を優遇している。か」
アマタはパンフレットを見ながらため息をつく。
「聞けば聞くほど嘘くさいな、本当にそんな島あるの?」
「今更言ってももう遅い!仮に着いた先に美女がいなかったとしても、浜辺があるからそこで遊べばいい!」
「それなら普通に海行った方がやすいけどね」
そこへ、バタバタとユキオが息を切らしながら走ってきた。
「お、お兄ちゃん達!」
「どうしたユキオ、そんな血相変えて」
「ど、ドラ……」
「ドラ?」
「ドラゴンが出た!」
二人は、キョトンとして顔を合わせ、そして爆笑した。
「本当なんだって!」
ユキオは必死に説明するが、信じようとはしなかった。
「とにかく、外に出て見てよ!本当にいるんだってば!」
あまりにもユキオがうるさかったので、皆は渋々部屋の外に出ることにした。
アマタは思っていた。この世界にはまだ未知の生命がいるかもしれないが、これは断言できる。ドラゴンなんて入るわけがないと。
いた。本当にいた。
自分の何倍もの大きさの飛竜が、その大きな翼を仰いで、アマタ達が乗る船に並ぶように空を飛んでいた。
誰も言葉が出なかった。乗客のほとんどが男性だったが、息をのんでその姿を見つめて、立ちすくんでいた。
その姿を見た全員が分かっていた。あのドラゴンが、こちら対して敵意を抱いている事を。
突然、ドラゴンが吠えたかと思うと、口を閉じて、何かを溜めるような動作をした。周囲に不穏な空気が流れる。
「にげろおぉぉぉ!!」
誰かがそう叫んだのを皮切りに、蜘蛛の子を散らすように乗客達は逃げまどった。船から飛び降りる者、船室に籠もる者、とちくるって暴れる者。
船上は混沌の場と化した。
「皆、荷物を持ってこい!」
ハルヒコがそう叫び、我に返った二人は一斉に部屋に走り出す。
各々の荷物をひっつかみ、部屋を出ようとした瞬間。
巨大な爆発音と共に、船全体がひっくり返る。
彼らの意識は、そこで途絶えた。
さざ波の音でアマタが目を覚ましたとき、彼は浜辺に打ち上げられていた。
飛び起きて、あたりを見渡すが、人の気配はない。ふと、背中にリュックをしょっていることに気付いた。防水性が高く、荷物もあまりは言っていなかったので、救命具の代わりになってくれたのかもしれない。
気を取り直したアマタは、自分以外に流された人がいないか探し始めた。
「おーい、誰かいませんかー!」
悲痛なアマタの叫びも、波の音にかき消されて消えていく。
「……あれ?」
遠くの浜辺に、何かの影をとらえる。
「あれ、人か……!?」
分かるやいなや、全力で人影に走るアマタ。見知らぬ浜辺に打ち上げられた心細さで彼の頭は一杯だった。
「あの、すいません……」
人影は少女だった。ちょっと格好が変わっているとアマタは思ったが、今はそれどころではなかった。
切れ切れの息を整えながら、アマタは何を聞くべきか言葉を選んだ。
「俺、友達と旅行してたんですけど、船が難破しちゃって、偶然打ち上げられたみたいなんです」
あたりをきょろきょろ見回して、アマタが尋ねる。
「ここって、一体どこなんでしょう?」
少女はクルリと振り返り、腰に着いた尻尾のようなものをパタパタとふってこう答えた。
「ワン!」
2学期が始まったばかり教室、クラスメートは軒並み帰り支度をしている中で、少年が一人叫んだ。俺たちとは、彼と彼の友人、アマタのことを指していた。
「……宿題って、何のこと?ハルヒコ」
ろくな答えが返ってこないだろうと分かっていながら、少年の親友、アマタが尋ねた。
「決まってるだろう、童貞を捨てる事だ!」
アマタは沈黙した。彼になんと声をかけていいか分からなかった。
「んーっと……俺たちは学生だよ。色恋沙汰に走る暇があるなら学業に集中すべきじゃあ……」
全くもってつまらないが、正しい意見だ。
「本当にそう思うのか?」
ハルヒコが校庭を指さす。
「あの状況を見ても?」
そこには、仲むつまじく手をつないで一緒に帰る無数のカップルの姿が。世間では微笑ましい光景だろうが、独り身の童貞達には地獄絵図だ。
「あいつ等は夏休みの間に付き合い、デートし、卒業した!」
バン!ハルヒコが机をたたいた。
「悔しくないのか!?悔しくないわけがない!!」
ハルヒコが自分の問いに自分で答え、涙を流した。
「可愛い女の子とイチャイチャしながらセックスしたい!」
「声抑えてよ、俺は別にそこまで思ってないし……」
アマタは口ではそう言うが、内心では違った。
彼は恋がしたくて、セックスがしたくてたまらないのだ。ただ、そう言うのが恥ずかしくて、隠しているだけなのだ。
「そんな俺達の為に、取って置きの秘密兵器を用意させてもらった」
ハルヒコは2枚の紙切れを机に広げた。
「なにこれ、チケット?」
紙には【一泊二日 サントアンアン号で行く美女島の旅!!お持ち帰りオーケー!!】と書かれていた。
「これで美女島に行き、可愛い女の子をゲットするんだ!」
「出来るわけがない!」
そう言ったアマタに、ハルヒコは鉄拳をおみまいした。
「ヤる前に諦めてどうする!ヤってみなきゃわかならいだろう!」
鉄拳は思いの外痛くなかった。
「いてて……というか、こんなにチケット買う金、どっから出したんだ?」
「有り金全部とお年玉の前借りだ!」
こいつバカだ。アマタはそう思ったが、同時に後には引けないハルヒコの覚悟を悟った。
「日時は今週の土曜から!寝坊するなよ!」
そして、土曜日。
波止場には乗船を待つ乗客たち。アマタ達二人の隣に、見知らぬ少年が一人立った。
「ハルヒコ、このちっちゃい子は?」
指を刺された、アマタ達より一回り小さい少年がビクリとふるえた。
「俺の弟だよ、ユキオって言うんだ。」
「親が連れてけってうるさくてな、どんな旅行か説明するわけにも行かなかったし、なあに、チケットは多めにとっておいたんで大丈夫だ!」
「あ、あう……」
ユキオは何か言いたげだったが、おどおどとしたまま黙りこくってしまった。
「よおし、そろそろ時間だ。船に乗り込むぞ!」
サントアンアン号は汽笛をあげ、港を出発した。
船の中はとても快適だった。アマタ達は美女島について予習を始めた。
「美女島……その名の通りこの島の女性はみな美しく、嫁を求めて訪れる観光客も多い。男女比率は1:9と偏っており、島の人々も男性客を優遇している。か」
アマタはパンフレットを見ながらため息をつく。
「聞けば聞くほど嘘くさいな、本当にそんな島あるの?」
「今更言ってももう遅い!仮に着いた先に美女がいなかったとしても、浜辺があるからそこで遊べばいい!」
「それなら普通に海行った方がやすいけどね」
そこへ、バタバタとユキオが息を切らしながら走ってきた。
「お、お兄ちゃん達!」
「どうしたユキオ、そんな血相変えて」
「ど、ドラ……」
「ドラ?」
「ドラゴンが出た!」
二人は、キョトンとして顔を合わせ、そして爆笑した。
「本当なんだって!」
ユキオは必死に説明するが、信じようとはしなかった。
「とにかく、外に出て見てよ!本当にいるんだってば!」
あまりにもユキオがうるさかったので、皆は渋々部屋の外に出ることにした。
アマタは思っていた。この世界にはまだ未知の生命がいるかもしれないが、これは断言できる。ドラゴンなんて入るわけがないと。
いた。本当にいた。
自分の何倍もの大きさの飛竜が、その大きな翼を仰いで、アマタ達が乗る船に並ぶように空を飛んでいた。
誰も言葉が出なかった。乗客のほとんどが男性だったが、息をのんでその姿を見つめて、立ちすくんでいた。
その姿を見た全員が分かっていた。あのドラゴンが、こちら対して敵意を抱いている事を。
突然、ドラゴンが吠えたかと思うと、口を閉じて、何かを溜めるような動作をした。周囲に不穏な空気が流れる。
「にげろおぉぉぉ!!」
誰かがそう叫んだのを皮切りに、蜘蛛の子を散らすように乗客達は逃げまどった。船から飛び降りる者、船室に籠もる者、とちくるって暴れる者。
船上は混沌の場と化した。
「皆、荷物を持ってこい!」
ハルヒコがそう叫び、我に返った二人は一斉に部屋に走り出す。
各々の荷物をひっつかみ、部屋を出ようとした瞬間。
巨大な爆発音と共に、船全体がひっくり返る。
彼らの意識は、そこで途絶えた。
さざ波の音でアマタが目を覚ましたとき、彼は浜辺に打ち上げられていた。
飛び起きて、あたりを見渡すが、人の気配はない。ふと、背中にリュックをしょっていることに気付いた。防水性が高く、荷物もあまりは言っていなかったので、救命具の代わりになってくれたのかもしれない。
気を取り直したアマタは、自分以外に流された人がいないか探し始めた。
「おーい、誰かいませんかー!」
悲痛なアマタの叫びも、波の音にかき消されて消えていく。
「……あれ?」
遠くの浜辺に、何かの影をとらえる。
「あれ、人か……!?」
分かるやいなや、全力で人影に走るアマタ。見知らぬ浜辺に打ち上げられた心細さで彼の頭は一杯だった。
「あの、すいません……」
人影は少女だった。ちょっと格好が変わっているとアマタは思ったが、今はそれどころではなかった。
切れ切れの息を整えながら、アマタは何を聞くべきか言葉を選んだ。
「俺、友達と旅行してたんですけど、船が難破しちゃって、偶然打ち上げられたみたいなんです」
あたりをきょろきょろ見回して、アマタが尋ねる。
「ここって、一体どこなんでしょう?」
少女はクルリと振り返り、腰に着いた尻尾のようなものをパタパタとふってこう答えた。
「ワン!」
16/09/10 22:45更新 / 牛みかん
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