読切小説
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スペシャルデザート付き特製チョコレート(旦那様限定)
「旦那様、今日は何の日かご存知ですか?」

 隣に座っていたホワイトホーンからそう唐突に話を振られ、新座史郎は言葉に詰まった。ある日の夜、妻である彼女の作った夕食を二人で食べ、仲良くリビングにあるテーブルの前に腰を降ろしてテレビを観ていた最中の出来事であった。
 
「えっ、いきなりどうしたの?」

 あまりに突然のことだったので、史郎は驚きながら問い返した。一方のホワイトホーンは「いきなりでごめんなさい」と謝りつつ、しかし顔はニコニコ笑ったまま、重ねて史郎に問いかけた。
 
「でも私、どうしても知りたいんです。旦那様が今日のことを覚えているかどうか」
「それ、今答えなきゃ駄目なやつ?」
「はい。今すぐに」

 史郎の瞳をまっすぐ見つめながら、ホワイトホーンが穏やかな口調で断言する。そんな彼女の姿を前にして、史郎は心の中で白旗を振った。
 史郎は他のホワイトホーンの性格はわからなかったが、自分が結婚した個体の性格は良く理解していた。彼女は普段は慎み深く、常に淑やかに接してくれるが、一方で頑固者でもある。一度スイッチが入ると頑として譲らず、特にこうなった時の彼女は梃子でも動かない。
 
「私は今、旦那様に答えていただきたいのです」
 
 それが自分の妻だ。煩わしいと思ったことは一度も無い。
 
「しょうがないな……」

 そんな眼前の嫁――シア・ランスタッドの特徴を思い返し、史郎は苦笑をこぼした。そしてその頑固さすら可愛らしいと思いながら、史郎は素直に彼女の問いかけに答えた。
 
「今日は確か、二月十四日か」
「はい♪」

 壁に掛けられたカレンダーを見ながら、史郎が日付を確認する。シアもそれを聞いてにこやかに頷く。
 直後、史郎は今日が何の日で、嫁が何故それを聞いて来たのかを理解した。
 
「……バレンタインデーか」
「正解でございます、旦那様♪」

 嬉しそうに耳をぴこぴこ動かしながら、シアが満面の笑みで史郎に言い放つ。彼女の持つふさふさの尻尾も、勢いよく左右に揺れていた。
 心の底から嬉しそうにしていた。どうしてそこまで嬉しそうにしているのか、史郎は当然わかっていた。
 
「つまり、俺にチョコを渡したいってことか?」
「さすが旦那様。そこまでお見通しでございますか」

 わかって当然だ。ここまで来て「妻が何をしたいのかわからない」と抜かすのは、鈍いを通り越して愚鈍である。
 しかし史郎は一瞬だけそう思った後、すぐに思考を切り替えた。彼の関心は今や、嫁の作って来たチョコレートにのみ向けられていた。
 愛する妻の手作りチョコを喜ばない夫などいない。それに興味を持たない夫など、まさに愚鈍の極みだ。
 
「もしかして、もう出来上がってたりするのか?」

 そんなことを大真面目に考えながら、史郎が期待に弾む声で嫁に尋ねる。一方のホワイトホーンも、そうして自分に期待してくれる夫に対して喜びを感じながら、いそいそと立ち上がって彼に言った。
 
「もちろん出来てますよ。今持ってきますね」
「やった!」

 無意識に史郎が叫ぶ。心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもない。そしてその子供らしい反応を見て、シアの心もまた感動と感激で跳ね上がった。自分の作った物を心待ちにしてくれるのは、喜び以外の何物でもない。
 もちろんそれはおくびにも出さない。シアはあくまで淑やかに、平静を装い静かな足取りでキッチンへ歩き出した。期待と不安で心臓が爆発しそうだったが、それを隠し通すのにはかなりの労力を費やした。
 
「ちょっとまってくださいね。今温め直しますから」

 やがてキッチンに到着したシアが、史郎に向かってそんなことを言った。それから少し遅れて、キッチンの方からツマミを回す音とコンロの火が点く音が聞こえてきた。
 史郎は不思議に思った。何故コンロの火をつける必要があるのか? ひょっとして今から作るのだろうか。首を捻ってキッチンの方を見たが、遠すぎたのでホワイトホーンの手元を確認することは出来なかった。
 
「何してるんだ?」
「それは見てのお楽しみです」

 待ちきれなくなった史郎が問いかけるが、シアは素っ気なくはぐらかす。これは大人しく待つしかない。嫁の反応を見た史郎は観念して、彼女が戻ってくるのを待った。
 その時はすぐに訪れた。シアがキッチンに向かって数分後、彼女がトレイを持って史郎の元にやって来た。
 
「はい旦那様。お待たせしました」

 そう言って妻が史郎の隣に腰を降ろし、持ってきたトレイをテーブルの上に置く。史郎の目線が自然とトレイの上に向けられる。
 そこにあったものを見て、史郎はなるほどと合点がいったように頷いた。
 
「だから火をつけてたのか」
「はい。そういうことでございます」

 史郎の言わんとすることを察し、シアが口を開く。続けて彼女はトレイの上にある二つの物のうちの一つを手に取り、そっと史郎の手元にそれを置いた。
 
「これが今年の、私からのバレンタインチョコです」

 それから手を離し、シアが自慢げに言ってのける。それを聞いた史郎は、改めて手元に置かれた物に目を向けた。
 彼の手元には、一個の陶器製のカップが置かれていた。カップの中には黒い液体が八分目まで注がれ、そこから甘く香ばしい匂いが湯気と共に立ち昇ってきていた。
 
「ホットチョコレートか」

 鼻腔をくすぐる甘い匂いを嗅ぎながら、史郎が感慨深げに呟く。同じ物が入ったカップを自分の手元に移しながら、シアが頷いて答える。
 
「今年は結構冷えましたから、心も体も暖まるものをと思いまして」
「そうだったのか……」

 上半身を厚手のコートで包んだホワイトホーンが、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて史郎に言う。その優しさ、甲斐甲斐しさを受けて、史郎はこの人と結婚してよかったと改めて思った。
 
「それじゃあ、さっそくいただいてもいいかな?」

 そんな気持ちに浸りながら、史郎がシアに尋ねる。もう待ちきれないと言った体であった。
 当然、シアはすぐに首肯した。熱いのでお気をつけて、と気遣うことも忘れない。
 
「ん……」

 嫁の注意を受けた史郎がカップを手に取り、ゆっくり口に近づける。カップの淵と唇が触れあい、そこからさらに慎重にカップを傾ける。
 熱く香ばしい黒色の液体が、ほんの少し口の中に入り込む。そこで一度口を閉ざし、温度を確認するように喉の奥に流し込む。
 甘い。しかし熱い。湯気が立ち昇っていたのは伊達ではない。申し訳ないが、味を堪能する余裕は無かった。
 そう思いつつ口からカップを離し、史郎が正直な感想を述べる。
 
「まだちょっと熱いかな」

 史郎はお世辞が言えない性格だった。よく言えば正直者だった。融通が利かないとも言えるが、シアはその実直さに惚れていた。
 
「ごめんなさい。もう少し冷えてからお出しした方が良かったですか?」

 その後、すかさずシアが謝罪する。彼女もまた奥ゆかしく、自分の非を素直に認められる女性だった。頑固な部分もあるにはあるが、史郎はそれもまた彼女の魅力であると思っていた。
 要するにベタ惚れしていた。両想いである。
 
「大丈夫だよ。ちょっと冷ませばちゃんと飲めるから。そんな気にしないで」

 そんな大好きな嫁のすることを、声を荒げて非難するなど出来るはずもなかった。史郎は気にしすぎないよう妻に言葉をかけ、シアもまた夫の優しさを感じ取り、心を喜びでいっぱいにした。
 
「旦那様はいつもお優しいですね。私なんかより、ずっと立派です。そんなあなたと結婚出来て、本当に良かった」
「俺もお前と一緒になれてよかったよ。いつも俺のことを気にしてくれて、ありがとな」
「そんな、当然のことをしているまでですわ。でも、ありがとうございます、旦那様」

 未だ湯気の昇るカップをそれぞれ手にしながら、史郎とシアが顔を見合わせ感謝を述べ合う。それから二人は同じタイミングで笑いあい、その場の空気を甘いものへ変えていく。
 二人だけの時間。暖かく緩みきった、至福の一時である。
 
「――そうだ!」

 そんな中、ホワイトホーンが唐突に何かを思いついた。目の前で嫁が表情を輝かせて大声を出したのを受け、史郎は驚くと同時に不思議に思った。
 
「どうかしたのか?」
「いえ、今いいことを思いついたんです」
「いいこと?」
「熱いチョコを簡単に冷ませて、すぐに飲める方法です」

 ほう。史郎が感心したように声を出す。そのまま史郎が続けてシアに問いかける。
 
「どうやるんだ?」
「簡単です。今準備しますからね」

 対するシアも淀みなくそう答える。そして史郎の眼前で自分のカップを両手で持ち、おもむろにそれに口をつけた。
 
「えっ?」

 いきなり自分のチョコを飲み始めたシアを見て、史郎が困惑する。シアはそんな夫の困惑をよそに、熱いチョコを小刻みに口の
中に含んでいく。
 やがてシアが口元からカップを離す。まだ飲み込んではいないのか、彼女の頬はほんの少し膨らんでいた。唇の端から黒い液体が漏れ出し、うっすらと細長い跡を刻んでいた。
 シアが史郎に向き直る。

「んふふ♪」

 チョコを含んだまま、シアが笑ってみせる。続いてゆっくりと両手を伸ばし、史郎の両頬に優しく手を添える。
 ホワイトホーンの手によって、史郎の顔がその場に固定される。これから何が始まるのか、史郎は困惑と期待で完全に体を硬直させた。
 その史郎の顔に、シアがゆっくりと顔を近づける。
 
「ん……」

 二人の影が重なる。
 唇が触れあう。柔らかな感触が口元から全身に広がる。間髪入れず、シアがほんの少し口を開ける。
 接続されたシアの唇、その隙間からチョコが流れ出す。
 
「う、うん……っ」
 
 妻の意図を察した史郎は、感慨にふけるより前に自分も口を少し開けた。
 キスしたままシアが笑みをこぼす。愛する夫に手を添えたまま、シアがチョコを送り出していく。
 
「んん……」
「んっ……」

 シアから史郎へ。口移しでチョコレートが渡されていく。
 それまで湯気の立っていたホットチョコレートは、シアの口内で程よい温度に変わっていた。さらにそこには、隠し味としてシアの唾液と魔力が込められていた。
 美味いに決まっている。史郎は砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、そのこんこんと湧いて出る液体を貪欲に飲み込んでいった。
 
「うん、ん、くちゅ……」
「んっ!? ……んっ、はあ、ちゅっ……」

 さらにチョコの流れが途切れた後も、史郎はおかわりを求めた。自分から舌を突き出し、シアの口の中にそれをねじ込み、空になった彼女の口内を蹂躙していく。シアの口に残るチョコレートの残滓を涎ごと掬い取り、もっと味わいたいと妻の口内で己の舌をのたうち回らせる。
 一方のシアは、史郎の攻撃を受けて一瞬面食らった。しかし彼女はすぐに襟を正し、自分も舌を伸ばして史郎のそれと絡め合った。史郎の頬に添えた両手に力を込め、自分の口内を侵略してきた史郎の舌に自らむしゃぶりついた。
 
「ちゅ、ちゅっ……ちろちろ、くちゅ……」
 
 夫が積極的に自分を求めてくれる。それがシアには何より嬉しかった。そしてそんな彼にもっと奉仕してあげたいと、心の底から思った。
 洞窟の中で二匹の赤いナメクジが身をくねらせ、体を絡ませ、己の体液を相手の体に塗りつけ合う。浅ましい軟体生物の交わりが、より情熱的なものへと変わっていく。
 
「くちゅっ、ちゅ……しあ、しあ……」
「んふ、ふぁい……だんなさま……んちゅ、ちゅるっ……」

 けだもの同士が甘く蕩けた声で互いを呼び合い、涎と舌を絡めて愛を交わし合う。史郎の手が自然とシアの胸に向かい、厚手の服の上からそのふくよかな乳房を揉みしだく。
 愛する男の手が、自分の乳を優しく捏ねる。その感触、服越しに伝わる夫の愛が、シアの心を更に砂糖漬けにしていく。
 
「くちゅ、ちゅる……ぷはっ」

 やがて史郎の方から唇を離す。名残惜しそうに二人の唇の間に唾液の糸が引かれ、それも虚しく途切れていく。
 史郎の手はシアの胸にかぶさったままだった。その史郎の手の上から、シアが自分の手を重ねていく。
 
「……美味しかったですか?」

 不安と期待と興奮で顔を真っ赤にしながら、シアがおずおずと問いかける。たわわに実った胸の感触を味わいながら、史郎が彼女と同じくらい真っ赤な顔でそれに答える。
 
「最高」

 それから史郎は実に幸せそうに笑った。シアの心は喜びで昇天しそうになった。
 
「それは何よりでございます♪」

 天にも昇る心地を味わいながら、シアもまた満面の笑みで答える。そして胸に被さる史郎の手を自分で更に押しつけながら、シアが頬を赤らめて言う。
 
「でも……まだ満足はしていませんよね?」

 史郎が何を考えているのか、シアは全て把握していた。
 彼が自分の胸に手を当ててきた時点で、シアは彼の望みを全て理解した。
 そして彼の欲望を、シアは心の底から喜ばしく感じていた。
 だからシアは、自分からも史郎を求めた。シアの心もまた、史郎の欲を渇望していた。
 一度スイッチが入った魔物娘は、もう誰にも止められない。
 
「旦那様……」

 史郎の手を自分の乳房に更に強く押しつけ、シアが催促する。その瞳は熱く潤み、眉根は垂れ下がり、半開きの口からは熱い吐息が絶えず漏れ出していた。
 愛する妻が、性に飢えたはしたない姿を恥じらうことなく晒し出す。最初からその気だったとはいえ、そんなことをされて興奮しないわけがない。
 下半身の熱が滾る。既に半勃ちだった己の分身が、完全に勢いを得て剛直と化す。
 
「シア……」

 うわ言のように史郎が呟き、シアの元に顔を近づける。シアは優しく微笑みながら自分のカップを手に取り、近づいてくる史郎を待ち構える。
 
「もっとチョコが欲しい」

 互いの鼻がくっつくほどの距離まで来たところで、動きを止めた史郎が声をかける。シアはその欲望に滾る史郎の眼差しを正面から受け止め、その上で小さく頷いた。
 
「欲しいのは、チョコレートだけですか?」

 シアが悪戯っぽく問う。史郎が小さく首を横に振る。
 
「じゃあ、私だけ?」

 再びシアが問う。シアの服に手を掛け、ゆっくりボタンを外しながら、史郎が熱く囁く。
 
「両方欲しい」

 シアの着る青地の服が脱がされる。肩まで露出したところで動きが止まる。服の下に身に着けていた紺色のブラジャーに、史郎が躊躇なく手を伸ばす。
 破廉恥な夫の手の動き。シアはそれを無言で見守った。寧ろ嬉しそうにその様を凝視し、鼻息を荒くさえしていた。
 慣れた手つきで史郎が背中のホックを外す。ブラジャーがずり落ち、たわわに実った二つの果実がゆさりと揺れる。先端にある桜色の突起は力強くそそり立ち、その存在をこれでもかと主張した。
 
「シアもチョコも、両方欲しい」

 暴力的な大きさを誇る乳房と、その持ち主の朱に染まった顔。それら二つを交互に見ながら、史郎がシアに懇願する。
 ホワイトホーンの背筋がゾクゾクと震える。夫に求められた悦びを全身で噛み締めながら、シアが手に持ったままのカップを胸元まで引き寄せる。
 
「よくばりさんですね」

 史郎の求めを受け、シアが顔を真っ赤にしながらカップを傾ける。カップの縁からすっかりぬるくなったチョコレートが流れ落ち、ホワイトホーンの白い谷間を黒く染めていく。
 やがて谷間から溢れ出したチョコレートが、豊満な乳房そのものをコーティングしていく。ぷっくり熟れた桜色の乳首も垂れ落ちるチョコの膜に覆われ、シアの胸が黒一色となる。
 
「旦那様」
 
 チョコレートの甘い匂いがシアの魔力と合わさり、淫らな化学反応を引き起こして強烈な催淫剤へと変貌する。それは史郎にしか通用しない、史郎以外の男には絶対嗅がせない、シアの愛の芳香だった。
 
「わがままを一つ、言わせてください」

 空になったカップをテーブルに戻し、シアが短く告げる。チョコの滴り落ちる双丘を凝視し、ズボン越しにそれとわかるほど陰茎を雄々しく勃起させていた史郎が、それに気づいてシアの顔へ視線を移す。
 
「どうか、どうかこの淫らな妻を――」

 半開きになった口から熱い吐息が漏れる。素肌を晒した体躯から熱が消え失せ、夫の温もりを求めんと全身の細胞がぶるぶる疼く。体の火照りに呼応して、ホワイトホーンの全身から甘い匂いがより勢いを増して溢れ出す。
 
「愛して」

 発情した雌が、眼前の雄に懇願する。
 刹那、雄の理性は完全に崩壊した。
 
 
 
 
 二月十四日は、蜜に塗れた甘い一日となった。
18/02/14 18:52更新 / 黒尻尾

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