第五話
「そういうわけなので、今日であなた達を堕とすことに決めたから♪」
クランとミラに宛がわれた広大な部屋の中に、ヴァイスの陽気な言葉が響く。それを聞いたクランは何も言えず、ただ目を点にして眼前の光景を見つめるだけだった。
その彼の視線の先にいたミラは、顔を真っ赤にして俯くばかりだった。敬愛する王子に今の自分の状況をみられるというのは、まさに恥辱の極みであった。
「はいはーい。動かないでくださいねー。じっとしてなきゃ駄目っすよー」
「強引とは思うが、恨んでくれるなよ? 元はと言えば、素直になれないそなたらが悪いのじゃからな」
そのミラの両脇に、二人の魔物娘が陣取っていた。件の銀髪のサキュバスと、バフォメットのレモンである。二人の魔物娘は仮面を着けた騎士の腕にがっしりしがみつき、相手が逃げられないよう万全の構えを取っていた。いかにミラと言えど、全力を出した魔物娘二人の膂力には逆らえず、その場に釘付けにされてしまっていた。
更に言うと、ミラの背後にはヴァイスがいた。彼女は両腕を前に回してミラの首を絡めとり、彼女の背中に全身で寄りかかっていた。先の発言も、ミラの耳元で放たれた言葉だった。彼女が第三の拘束具と化していたことは言うまでもない。
そうして拘束されたミラと、彼女を縛り付ける魔物娘三人衆は、仲良くベッドの上を占拠していた。クランは椅子に座らされ、その光景を見せつけられている格好となっていたのだ。
「いったいどうして? なんでこんなことするんですか?」
困惑しきりにクランが口を開く。彼が戸惑うのも当然だった。何故なら最初の「仕事」を終えて夕食も済ませ、二人一緒に部屋でくつろいでいたところに、何の前触れも無しにヴァイス達が突撃してきたからである。
乱入してきた魔物娘達は理由も告げず、最初にクランを椅子に座らせた。魔力を使い、尻と椅子が離れないように一工夫加える徹底ぶりである。そして次に狙いをミラに移し、三人がかりで彼女を取り押さえ、ベッドの上まで連行していった。
ほんの数秒の出来事である。質問を差し挟む余裕も無かった。
「僕達、何かいけないことでもしたんですか?」
だからクランは、ここで初めて疑問をぶつけることが出来た。そして魔物娘達は、そんな王子からの疑問に対して真顔でこう答えた。
「別にお仕置きするつもりは無いわ。私達はただ、あなた達の関係を進展させるためにやってるのよ」
気づきなさいな。ヴァイスが呆れた声で告げる。クランはまだ理解できずにいた。
「好きなんでしょう、彼女のこと?」
そんなクランに、ヴァイスが直球を投げかける。図星を突かれて驚愕するクランを尻目に、ミラの頬を指でつつきながらヴァイスが続ける。
「でも色々複雑な事情が重なって、彼女に告白できずにいる。全部レモンから聞いたわ」
そこまで言って、ヴァイスが隣にいたバフォメットに視線を向ける。主から見つめられたレモンは特に悪びれる素振りも見せることなく、「すまん。全部喋ってしもうた」とクランに暴露した。
クランの体が石のように固まる。ついでにクランの心を知ったミラも、同様に体を硬直させる。二人の反応を楽しみながらヴァイスが言う。
「恋に生きるサキュバスとしては、そういうまどろっこしい状況って好きじゃないのよね。だからこうして、悩める二人に愛する喜びを教授しようとしているわけ」
「恋のキューピッドってやつっすね」
「ただのお節介じゃよ」
ヴァイスの発言に銀髪のサキュバスとレモンがそれぞれ合わせる。クランとミラはそこでようやく、彼女達が何をしにここまで来たのかを理解した。
そしてまた別の疑問に行き当たる。それに関してミラが質問する。
「私と王子をくっつけたいということか……。それで? お前達はどうやって我々を、その、恋仲にさせるつもりなのだ?」
心底呆れた調子で――しかし途中明らかに動揺しながら、ミラがヴァイスに食って掛かる。一方のヴァイスはさして動揺はせず、淡々とした口調でミラに返答する。
「セックス漬けにして快楽無しじゃ生きられないようにするの♥」
城主サキュバスが満面の笑みで言ってのける。ミラとクランが揃って顔から血の気を引かせていく。
直後、銀髪のサキュバスとバフォメットが示し合わせたように動き始める。二人してミラの衣服――まだメイド服を着用していた――に手を掛け、慣れた手つきでそれを脱がせていく。
「貴様ら! やめろ!」
即座にミラがそれに反応する。しかし彼女が抵抗しようと動き始めた刹那、ヴァイスが自分の頬とミラの頬を擦り合わせる。
「駄目よ、動いちゃ」
そしてそれだけ言って頬を離し、舌でミラの頬を優しく舐める。暖かく、湿ってザラついた感触が頬を滑る。
「ひゃん!」
「あら、いい声」
突然の愛撫にミラが小さく悲鳴を上げる。体から力が抜け、抵抗の意志が悉く削ぎ落とされる。普段は見せない、だらしない姿を衆目に曝け出す。
クランの下腹部に熱が溜まっていく。問答無用でサキュバスとバフォメットが脱衣を続行する。
やがてゴシック調のエプロンドレスが剥かれ、仮面騎士の裸体が外気に晒される。
「ほう」
「へえ」
それを見た件のサキュバスとレモンが、揃って感嘆の声を上げる。服の下に隠されていたミラの素肌は、シミ一つない綺麗なものだった。腹や腕回りにはしっかりと筋肉がつき、贅肉のないその体は彼女が歴戦の勇士であることを如実に示していた。
そして何より爆乳ではないがたわわに実った二つの乳房が、その存在を大きく主張していた。きゅっと締まったウエストもまた、彼女の乳の大きさを強調するのに一役買っていた。
そんな中で、魔物娘達の視線は――やはりと言うべきか――そのふっくらとした乳に向けられていた。
「随分とでかいのう……」
「どうやって隠してたんすかそれ」
何らかの衣服を纏っていた時はスマートな印象を与えていただけに、乳房の豊満さは余計目に余るものがあった。魔物娘とクランはその禁断の果実に釘付けになり、その内銀髪のサキュバスとレモンが上の空で疑問を投げかける。
そんな質問に対して、ミラは恥じらいのこもった声で答えた。
「その、さらしで無理矢理……」
東方の国に伝わる「締め付け」用の布。ミラがそれについて言及する。確かに脱がされた衣服の中には、細長く白い布が混じっていた。
「おバカさんね。こんなもので自分のボディラインを誤魔化すなんて、愚行の極みよ」
後から肩越しに手を回し、その白い布を取りながら、ヴァイスが呆れた声で言った。ミラはすぐに視線を逸らすように首を動かし、動くときに邪魔だっただけだ、と苦し紛れに反論した。
「まあいいわ。次からはそのサラシとかいう奴は使わないでね。素直にブラジャーをつけて、その上から服を着なさい」
お構いなしにヴァイスが命じる。ミラが思わず閉口し、そこにヴァイスの言葉が続けて響く。
「まあそれはともかく、本番を始めましょうか。シルバ、レモン」
了解。ミラの両脇から声が返ってくる。
次の瞬間、バフォメットのレモンはミラの手に、銀髪サキュバスのシルバはミラの乳房に吸い付いた。
「ん、ちゅっ♥ ちゅうううっ……♥」
「ちゅぱっ、ちゅ♥ くちゅ♥ ………れろれろ♥」
幼いバフォメットが、形の整った騎士の指を口内に含んで舐めしゃぶる。午後一緒に仕事をしたサキュバスが、騎士の胸に顔を埋めて乳首を下で転がしていく。
「あっ、やめ、ろっ……ああっ!」
ミラが拒絶の意志を告げる。しかしその言葉に力は無く、その体からも力が抜け落ちていく。
微弱な電流が脳を走り、しゅわしゅわと思考を溶かしていく。理性が蕩けて、黒い幸せで頭がいっぱいになっていく。
「安心して。怖がらなくていいの♥」
ミラの声が耳元で響く。吐息混じりの甘い囁きが鼓膜を揺らす。
「そのまま力を抜いて。私達に身を任せて。何も怖がらなくていい。望むままに喜びを貪りなさい♥」
そう言って、ヴァイスがミラの耳に舌を突っ込む。赤いナメクジが一息に耳道を通り、ぬちゃぬちゃ音を立てながら鼓膜をつつく。
「――ひいいいいぃん!」
直後、ミラが絶叫する。規格外の快感をいきなり脳にぶちこまれ、ミラの視界が一瞬ホワイトアウトする。
その様を見たヴァイスが思わず驚きの声を上げる。
「あら、早いのね。感じやすいタイプなのかしら。それとも王子様に見られて、興奮してるのかしら?」
「ひい、ひいっ、クソ……こんなことで……!」
すぐに自我を取り戻したヴァイスが、憎々しげに言葉を放つ。全身を裸体で拘束され、愛撫されながらも、彼女はまだ辛うじて意識を保っていた。
「まだよ。まだイっちゃだめ♥」
そこにヴァイスの無慈悲な言葉が刺さる。耳元でサキュバスの声が響く。
「これはまだ前菜。メインディッシュはまだまだ先♥ こんなものでイッてちゃ、後がもたないわよ?」
そしてその言葉と裏腹に、容赦なく耳責めを再開する。ミラが戦慄の声を出す。
「あぁ、やだ、やめろ、これ以上されたら」
「嫌っす」
「素直になるまで続行じゃ」
また城主の責めに触発されたように、シルバとレモンもそれぞれ愛撫の勢いを強めていく。ミラの懇願を拒絶し、その体にむしゃぶりつく。
「そなたの肌、やわらかいのう♥ もち肌じゃあ……れろぉ……♥」
バフォメットが指から口を離し、程よく筋肉のついた腕を舐め上げていく。騎士の腕を涎まみれにし、ひとしきり舐め終えた後、てらてら濡れ光る二の腕を愛おしげに頬ずりする。同時に爪でミラの腕の皮膚を小刻みに引っかき、ほんのわずか痛痒感を与えていく。そのもどかしくむず痒い感覚もまた、薄皮を剥くようにミラの自制心をゆっくり削ぎ落としていく。
「んふふ、すりすり♥ こちょこちょ♥ こしょばゆいのも、中々クセになるじゃろう?」
「おへそぉ……♥ おなかぁ……♥」
同じ頃、銀髪のサキュバス――シルバは乳房から離れ、腹に狙いを移し替えていた。割れた腹筋が特徴的なミラの腹部。シルバはうっとりとした顔でその腹筋を撫で、割れ目を舌でなぞり、へそを舌先でつついた。
「ちゅ♥ ちゅっ♥ ちゅうううっ♥ ミラ様の筋肉、最高っすぅ♥ じゅるぅ、れろれろぉぉんっ♥」
そうやってシルバが愛撫するたびに腹の筋肉が伸縮し、ミラの体が小刻みに震える。その反応がまた愛おしくて、シルバがさらに愛撫に力を込めていく。
レモンの占有する腕同様、ミラの腹もまたシルバの唾液でびしょ濡れになっていった。
「おいしい♥ おいしい♥ ミラ様のおなか、美味しい♥」
「そなたの腕、絶品じゃあ♥ 一生しゃぶっていたいほどじゃあ♥」
「あ……うああ……」
サキュバスとバフォメットの艶やかな声が室内に響く。それを聞き、眼前の痴態を目の当たりにしたクランは、ただ口を半開きにして呆然とするだけだった。思考が崩壊してまともに言葉も喋れず、ただ呻き声を上げるしかなかった。
「どう? あなたも混ざらない?」
そんなクランに、ヴァイスが声をかける。反射的にクランがヴァイスに視線を向ける。
王子の目線を受けながら、ヴァイスがクスクス笑って口を開く。
「我慢するなんて体に毒よ。強がってないで、あなたも一緒に楽しみましょうよ♪」
「それは……」
「王子様だから出来ない? 自分の大切な臣下を汚すなんて出来るはずが無い?」
勧誘され、それでもなお躊躇いを見せるクランに、ヴァイスが笑ったまま声をかける。それでもクランはそこから動こうとはせず、ただ苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて椅子に深く腰掛けるだけだった。
「クラン様……」
そうして何かに耐えようとするクランを見て、ミラがか細い声で呟く。なけなしの理性をかき集め、力を振り絞って王子の名前を呼ぶ。その時のミラの目には、ほんの僅かではあるが人間性の光が灯っていた。
「こーら、あなたはこっちに集中なさい♥」
そこにヴァイスが横槍を入れる。悦楽から脱しかけていたミラの両胸を揉みしだき、耳穴に吸い付いて唾液を流し込む。
熱く粘り気のある体液が耳道を犯し、脳味噌をゾクゾクと震わせる。
「あっ、やめっ♥ あああああああっ♥♥」
直後、ミラの精神が闇に沈む。理性が絶叫で崩壊し、絶頂と共に肉欲の渦に飲み込まれていく。全身を激しく震わせ、体中から汗を噴き出していく。
「ひんっ、ひんっ♥ あひぃんっ♥」
口を開け、舌を突き出し、望むままに快楽を受け入れる。三人の魔物娘に絡みつかれながら、それらの差し出す肉悦を喜んで享受する。
その姿は非常に醜く、卑猥で、美しかった。
「ああ、やだ、みないで、ひんっ♡ くらんさまっ、私を、みないでえっ♥」
「ミラ……」
息も絶え絶えに訴えるミラの姿を、クランは血眼になって凝視した。この時クランの心には臣下が嬲られたことへの悲しみと怒りではなく、ミラの淫猥な姿を見ることが出来たという喜びで溢れていた。彼の本心もまた、それを望み始めていた。
もっと見たい。もっとクランのエッチな姿が見たい。自然と息が荒くなる。クランの股間が痛いほど熱くなり、心臓の鼓動が早鐘のように勢いを増していく。
「もう我慢しなくていいのよ。もう自分を偽る必要はない。誰がどんな愛に堕ちても、誰もそれを責めたりしない」
三度、ヴァイスの言葉が響く。それは今までよりも一層深く、ミラとクランの心に染み渡った。
異様な空間の中で外れかかっていた自制のタガが、音を立てて抜け始めていく。ヴァイスがそんな二人に向かって、親が子を諭すように優しい口調で言葉を続ける。
「魔物に堕ちてしまえば、あらゆる束縛から解放される。種族、人種、性別、立場、全部関係ない。好きな人と、好きなだけ愛し合っていけるの」
ヴァイスが乳房から手を離し、その両手を再び首に絡みつける。ミラに後ろから抱きつき、愛おしげに頬擦りしながら、クランに向かって静かに言い放つ。
「それが実の親子でもね」
刹那、王と騎士の体が凍りつく。それまで全身を駆け巡っていた肉欲と悦楽がまとめて吹っ飛び、驚愕と焦燥が二人の心を支配する。
最も秘すべき事柄。誰にも明かしたことのない、汚らわしい真実。それが実に呆気なく、昨日今日知り合ったばかりの魔物によって白日の下に晒されてしまった。
「なんで……」
絶望に満ちた顔でクランが呻く。シルバとレモンが愛撫を止め、無言でミラとクランを交互に見やる。
「気づいたのかって?」
後を継ぐようにヴァイスが問う。王と騎士が揃って小さく頷く。それを見た魔物娘三人が、全く同じタイミングで笑みを浮かべる。
「魔物娘にわからないことは無いのよ。特に色恋の話題に関してはね」
ヴァイスが悪戯っぽく告げる。その横でレモンが「部下の安全を土下座して懇願する王など、普通おらんからのう」と、小声で付け加えたりもしていた。
「それが引っかかった。大事な配下と言えど、普通そこまでするかとな。それでちょっと調べてみたら、この答えに行きついたというわけじゃ」
バフォメットの注釈はクランの頭には入らなかった。彼にとって今大事なのは、自分とミラの関係がヴァイス達に知られていたこと。
「僕達は、本当に……?」
そしてここでは本当に、自分達の姿を曝け出しても良いのか。ということだった。
その無言の問いに、ヴァイスが頷く。レモンとシルバも同時に頷く。
「全て許されるわ。誰もあなた達を責めたりしない。例えそれが、母と息子だったとしても」
ヴァイスが答える。サキュバスの言葉が胸を打つ。
「命令よ。愛しなさい」
城主のサキュバスが厳かに告げる。廃城の女王の厳命が、幼い王子の心を優しく包んでいく。
ああ、いいんだ。
ここでは本当に、誰を好きになってもいいんだ。
「……はい……」
そして、クランは本心に逆らうのを止めた。彼の変心を気配で悟ったミラは何も言わず、ただ唇を噛んで俯いた。
クランとミラに宛がわれた広大な部屋の中に、ヴァイスの陽気な言葉が響く。それを聞いたクランは何も言えず、ただ目を点にして眼前の光景を見つめるだけだった。
その彼の視線の先にいたミラは、顔を真っ赤にして俯くばかりだった。敬愛する王子に今の自分の状況をみられるというのは、まさに恥辱の極みであった。
「はいはーい。動かないでくださいねー。じっとしてなきゃ駄目っすよー」
「強引とは思うが、恨んでくれるなよ? 元はと言えば、素直になれないそなたらが悪いのじゃからな」
そのミラの両脇に、二人の魔物娘が陣取っていた。件の銀髪のサキュバスと、バフォメットのレモンである。二人の魔物娘は仮面を着けた騎士の腕にがっしりしがみつき、相手が逃げられないよう万全の構えを取っていた。いかにミラと言えど、全力を出した魔物娘二人の膂力には逆らえず、その場に釘付けにされてしまっていた。
更に言うと、ミラの背後にはヴァイスがいた。彼女は両腕を前に回してミラの首を絡めとり、彼女の背中に全身で寄りかかっていた。先の発言も、ミラの耳元で放たれた言葉だった。彼女が第三の拘束具と化していたことは言うまでもない。
そうして拘束されたミラと、彼女を縛り付ける魔物娘三人衆は、仲良くベッドの上を占拠していた。クランは椅子に座らされ、その光景を見せつけられている格好となっていたのだ。
「いったいどうして? なんでこんなことするんですか?」
困惑しきりにクランが口を開く。彼が戸惑うのも当然だった。何故なら最初の「仕事」を終えて夕食も済ませ、二人一緒に部屋でくつろいでいたところに、何の前触れも無しにヴァイス達が突撃してきたからである。
乱入してきた魔物娘達は理由も告げず、最初にクランを椅子に座らせた。魔力を使い、尻と椅子が離れないように一工夫加える徹底ぶりである。そして次に狙いをミラに移し、三人がかりで彼女を取り押さえ、ベッドの上まで連行していった。
ほんの数秒の出来事である。質問を差し挟む余裕も無かった。
「僕達、何かいけないことでもしたんですか?」
だからクランは、ここで初めて疑問をぶつけることが出来た。そして魔物娘達は、そんな王子からの疑問に対して真顔でこう答えた。
「別にお仕置きするつもりは無いわ。私達はただ、あなた達の関係を進展させるためにやってるのよ」
気づきなさいな。ヴァイスが呆れた声で告げる。クランはまだ理解できずにいた。
「好きなんでしょう、彼女のこと?」
そんなクランに、ヴァイスが直球を投げかける。図星を突かれて驚愕するクランを尻目に、ミラの頬を指でつつきながらヴァイスが続ける。
「でも色々複雑な事情が重なって、彼女に告白できずにいる。全部レモンから聞いたわ」
そこまで言って、ヴァイスが隣にいたバフォメットに視線を向ける。主から見つめられたレモンは特に悪びれる素振りも見せることなく、「すまん。全部喋ってしもうた」とクランに暴露した。
クランの体が石のように固まる。ついでにクランの心を知ったミラも、同様に体を硬直させる。二人の反応を楽しみながらヴァイスが言う。
「恋に生きるサキュバスとしては、そういうまどろっこしい状況って好きじゃないのよね。だからこうして、悩める二人に愛する喜びを教授しようとしているわけ」
「恋のキューピッドってやつっすね」
「ただのお節介じゃよ」
ヴァイスの発言に銀髪のサキュバスとレモンがそれぞれ合わせる。クランとミラはそこでようやく、彼女達が何をしにここまで来たのかを理解した。
そしてまた別の疑問に行き当たる。それに関してミラが質問する。
「私と王子をくっつけたいということか……。それで? お前達はどうやって我々を、その、恋仲にさせるつもりなのだ?」
心底呆れた調子で――しかし途中明らかに動揺しながら、ミラがヴァイスに食って掛かる。一方のヴァイスはさして動揺はせず、淡々とした口調でミラに返答する。
「セックス漬けにして快楽無しじゃ生きられないようにするの♥」
城主サキュバスが満面の笑みで言ってのける。ミラとクランが揃って顔から血の気を引かせていく。
直後、銀髪のサキュバスとバフォメットが示し合わせたように動き始める。二人してミラの衣服――まだメイド服を着用していた――に手を掛け、慣れた手つきでそれを脱がせていく。
「貴様ら! やめろ!」
即座にミラがそれに反応する。しかし彼女が抵抗しようと動き始めた刹那、ヴァイスが自分の頬とミラの頬を擦り合わせる。
「駄目よ、動いちゃ」
そしてそれだけ言って頬を離し、舌でミラの頬を優しく舐める。暖かく、湿ってザラついた感触が頬を滑る。
「ひゃん!」
「あら、いい声」
突然の愛撫にミラが小さく悲鳴を上げる。体から力が抜け、抵抗の意志が悉く削ぎ落とされる。普段は見せない、だらしない姿を衆目に曝け出す。
クランの下腹部に熱が溜まっていく。問答無用でサキュバスとバフォメットが脱衣を続行する。
やがてゴシック調のエプロンドレスが剥かれ、仮面騎士の裸体が外気に晒される。
「ほう」
「へえ」
それを見た件のサキュバスとレモンが、揃って感嘆の声を上げる。服の下に隠されていたミラの素肌は、シミ一つない綺麗なものだった。腹や腕回りにはしっかりと筋肉がつき、贅肉のないその体は彼女が歴戦の勇士であることを如実に示していた。
そして何より爆乳ではないがたわわに実った二つの乳房が、その存在を大きく主張していた。きゅっと締まったウエストもまた、彼女の乳の大きさを強調するのに一役買っていた。
そんな中で、魔物娘達の視線は――やはりと言うべきか――そのふっくらとした乳に向けられていた。
「随分とでかいのう……」
「どうやって隠してたんすかそれ」
何らかの衣服を纏っていた時はスマートな印象を与えていただけに、乳房の豊満さは余計目に余るものがあった。魔物娘とクランはその禁断の果実に釘付けになり、その内銀髪のサキュバスとレモンが上の空で疑問を投げかける。
そんな質問に対して、ミラは恥じらいのこもった声で答えた。
「その、さらしで無理矢理……」
東方の国に伝わる「締め付け」用の布。ミラがそれについて言及する。確かに脱がされた衣服の中には、細長く白い布が混じっていた。
「おバカさんね。こんなもので自分のボディラインを誤魔化すなんて、愚行の極みよ」
後から肩越しに手を回し、その白い布を取りながら、ヴァイスが呆れた声で言った。ミラはすぐに視線を逸らすように首を動かし、動くときに邪魔だっただけだ、と苦し紛れに反論した。
「まあいいわ。次からはそのサラシとかいう奴は使わないでね。素直にブラジャーをつけて、その上から服を着なさい」
お構いなしにヴァイスが命じる。ミラが思わず閉口し、そこにヴァイスの言葉が続けて響く。
「まあそれはともかく、本番を始めましょうか。シルバ、レモン」
了解。ミラの両脇から声が返ってくる。
次の瞬間、バフォメットのレモンはミラの手に、銀髪サキュバスのシルバはミラの乳房に吸い付いた。
「ん、ちゅっ♥ ちゅうううっ……♥」
「ちゅぱっ、ちゅ♥ くちゅ♥ ………れろれろ♥」
幼いバフォメットが、形の整った騎士の指を口内に含んで舐めしゃぶる。午後一緒に仕事をしたサキュバスが、騎士の胸に顔を埋めて乳首を下で転がしていく。
「あっ、やめ、ろっ……ああっ!」
ミラが拒絶の意志を告げる。しかしその言葉に力は無く、その体からも力が抜け落ちていく。
微弱な電流が脳を走り、しゅわしゅわと思考を溶かしていく。理性が蕩けて、黒い幸せで頭がいっぱいになっていく。
「安心して。怖がらなくていいの♥」
ミラの声が耳元で響く。吐息混じりの甘い囁きが鼓膜を揺らす。
「そのまま力を抜いて。私達に身を任せて。何も怖がらなくていい。望むままに喜びを貪りなさい♥」
そう言って、ヴァイスがミラの耳に舌を突っ込む。赤いナメクジが一息に耳道を通り、ぬちゃぬちゃ音を立てながら鼓膜をつつく。
「――ひいいいいぃん!」
直後、ミラが絶叫する。規格外の快感をいきなり脳にぶちこまれ、ミラの視界が一瞬ホワイトアウトする。
その様を見たヴァイスが思わず驚きの声を上げる。
「あら、早いのね。感じやすいタイプなのかしら。それとも王子様に見られて、興奮してるのかしら?」
「ひい、ひいっ、クソ……こんなことで……!」
すぐに自我を取り戻したヴァイスが、憎々しげに言葉を放つ。全身を裸体で拘束され、愛撫されながらも、彼女はまだ辛うじて意識を保っていた。
「まだよ。まだイっちゃだめ♥」
そこにヴァイスの無慈悲な言葉が刺さる。耳元でサキュバスの声が響く。
「これはまだ前菜。メインディッシュはまだまだ先♥ こんなものでイッてちゃ、後がもたないわよ?」
そしてその言葉と裏腹に、容赦なく耳責めを再開する。ミラが戦慄の声を出す。
「あぁ、やだ、やめろ、これ以上されたら」
「嫌っす」
「素直になるまで続行じゃ」
また城主の責めに触発されたように、シルバとレモンもそれぞれ愛撫の勢いを強めていく。ミラの懇願を拒絶し、その体にむしゃぶりつく。
「そなたの肌、やわらかいのう♥ もち肌じゃあ……れろぉ……♥」
バフォメットが指から口を離し、程よく筋肉のついた腕を舐め上げていく。騎士の腕を涎まみれにし、ひとしきり舐め終えた後、てらてら濡れ光る二の腕を愛おしげに頬ずりする。同時に爪でミラの腕の皮膚を小刻みに引っかき、ほんのわずか痛痒感を与えていく。そのもどかしくむず痒い感覚もまた、薄皮を剥くようにミラの自制心をゆっくり削ぎ落としていく。
「んふふ、すりすり♥ こちょこちょ♥ こしょばゆいのも、中々クセになるじゃろう?」
「おへそぉ……♥ おなかぁ……♥」
同じ頃、銀髪のサキュバス――シルバは乳房から離れ、腹に狙いを移し替えていた。割れた腹筋が特徴的なミラの腹部。シルバはうっとりとした顔でその腹筋を撫で、割れ目を舌でなぞり、へそを舌先でつついた。
「ちゅ♥ ちゅっ♥ ちゅうううっ♥ ミラ様の筋肉、最高っすぅ♥ じゅるぅ、れろれろぉぉんっ♥」
そうやってシルバが愛撫するたびに腹の筋肉が伸縮し、ミラの体が小刻みに震える。その反応がまた愛おしくて、シルバがさらに愛撫に力を込めていく。
レモンの占有する腕同様、ミラの腹もまたシルバの唾液でびしょ濡れになっていった。
「おいしい♥ おいしい♥ ミラ様のおなか、美味しい♥」
「そなたの腕、絶品じゃあ♥ 一生しゃぶっていたいほどじゃあ♥」
「あ……うああ……」
サキュバスとバフォメットの艶やかな声が室内に響く。それを聞き、眼前の痴態を目の当たりにしたクランは、ただ口を半開きにして呆然とするだけだった。思考が崩壊してまともに言葉も喋れず、ただ呻き声を上げるしかなかった。
「どう? あなたも混ざらない?」
そんなクランに、ヴァイスが声をかける。反射的にクランがヴァイスに視線を向ける。
王子の目線を受けながら、ヴァイスがクスクス笑って口を開く。
「我慢するなんて体に毒よ。強がってないで、あなたも一緒に楽しみましょうよ♪」
「それは……」
「王子様だから出来ない? 自分の大切な臣下を汚すなんて出来るはずが無い?」
勧誘され、それでもなお躊躇いを見せるクランに、ヴァイスが笑ったまま声をかける。それでもクランはそこから動こうとはせず、ただ苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて椅子に深く腰掛けるだけだった。
「クラン様……」
そうして何かに耐えようとするクランを見て、ミラがか細い声で呟く。なけなしの理性をかき集め、力を振り絞って王子の名前を呼ぶ。その時のミラの目には、ほんの僅かではあるが人間性の光が灯っていた。
「こーら、あなたはこっちに集中なさい♥」
そこにヴァイスが横槍を入れる。悦楽から脱しかけていたミラの両胸を揉みしだき、耳穴に吸い付いて唾液を流し込む。
熱く粘り気のある体液が耳道を犯し、脳味噌をゾクゾクと震わせる。
「あっ、やめっ♥ あああああああっ♥♥」
直後、ミラの精神が闇に沈む。理性が絶叫で崩壊し、絶頂と共に肉欲の渦に飲み込まれていく。全身を激しく震わせ、体中から汗を噴き出していく。
「ひんっ、ひんっ♥ あひぃんっ♥」
口を開け、舌を突き出し、望むままに快楽を受け入れる。三人の魔物娘に絡みつかれながら、それらの差し出す肉悦を喜んで享受する。
その姿は非常に醜く、卑猥で、美しかった。
「ああ、やだ、みないで、ひんっ♡ くらんさまっ、私を、みないでえっ♥」
「ミラ……」
息も絶え絶えに訴えるミラの姿を、クランは血眼になって凝視した。この時クランの心には臣下が嬲られたことへの悲しみと怒りではなく、ミラの淫猥な姿を見ることが出来たという喜びで溢れていた。彼の本心もまた、それを望み始めていた。
もっと見たい。もっとクランのエッチな姿が見たい。自然と息が荒くなる。クランの股間が痛いほど熱くなり、心臓の鼓動が早鐘のように勢いを増していく。
「もう我慢しなくていいのよ。もう自分を偽る必要はない。誰がどんな愛に堕ちても、誰もそれを責めたりしない」
三度、ヴァイスの言葉が響く。それは今までよりも一層深く、ミラとクランの心に染み渡った。
異様な空間の中で外れかかっていた自制のタガが、音を立てて抜け始めていく。ヴァイスがそんな二人に向かって、親が子を諭すように優しい口調で言葉を続ける。
「魔物に堕ちてしまえば、あらゆる束縛から解放される。種族、人種、性別、立場、全部関係ない。好きな人と、好きなだけ愛し合っていけるの」
ヴァイスが乳房から手を離し、その両手を再び首に絡みつける。ミラに後ろから抱きつき、愛おしげに頬擦りしながら、クランに向かって静かに言い放つ。
「それが実の親子でもね」
刹那、王と騎士の体が凍りつく。それまで全身を駆け巡っていた肉欲と悦楽がまとめて吹っ飛び、驚愕と焦燥が二人の心を支配する。
最も秘すべき事柄。誰にも明かしたことのない、汚らわしい真実。それが実に呆気なく、昨日今日知り合ったばかりの魔物によって白日の下に晒されてしまった。
「なんで……」
絶望に満ちた顔でクランが呻く。シルバとレモンが愛撫を止め、無言でミラとクランを交互に見やる。
「気づいたのかって?」
後を継ぐようにヴァイスが問う。王と騎士が揃って小さく頷く。それを見た魔物娘三人が、全く同じタイミングで笑みを浮かべる。
「魔物娘にわからないことは無いのよ。特に色恋の話題に関してはね」
ヴァイスが悪戯っぽく告げる。その横でレモンが「部下の安全を土下座して懇願する王など、普通おらんからのう」と、小声で付け加えたりもしていた。
「それが引っかかった。大事な配下と言えど、普通そこまでするかとな。それでちょっと調べてみたら、この答えに行きついたというわけじゃ」
バフォメットの注釈はクランの頭には入らなかった。彼にとって今大事なのは、自分とミラの関係がヴァイス達に知られていたこと。
「僕達は、本当に……?」
そしてここでは本当に、自分達の姿を曝け出しても良いのか。ということだった。
その無言の問いに、ヴァイスが頷く。レモンとシルバも同時に頷く。
「全て許されるわ。誰もあなた達を責めたりしない。例えそれが、母と息子だったとしても」
ヴァイスが答える。サキュバスの言葉が胸を打つ。
「命令よ。愛しなさい」
城主のサキュバスが厳かに告げる。廃城の女王の厳命が、幼い王子の心を優しく包んでいく。
ああ、いいんだ。
ここでは本当に、誰を好きになってもいいんだ。
「……はい……」
そして、クランは本心に逆らうのを止めた。彼の変心を気配で悟ったミラは何も言わず、ただ唇を噛んで俯いた。
17/07/23 21:15更新 / 黒尻尾
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