第一話
真昼。
何もない平野の中を、一台の馬車が駆け抜けていく。
遠くに見える古ぼけた廃城を目指し、一目散に駆け抜けていく。
「……」
その馬車の中に、二人の人間がいた。一人は癖の強い栗色のショートヘアを備えた、まだあどけない顔だちを残した少年。そしてもう一人は腰まで伸びた赤い髪を持ち、顔の上半分を白い仮面で覆い隠した、見るからに大人の風格を漂わせた女性だった。
少年は格調高い立派な服を身に纏い、そのあちこちに派手な紋章やら金糸の刺繍やらを刻み込んでいた。一方で女性は動きやすさを重視した簡素な服を身に着け、腰に剣を提げていた。
この出で立ちの差は、そのまま二人の身分の差を示していた。
「……」
その二人の間には沈黙があった。朗らかさとは無縁の空気が流れていた。彼らはこれから自分達を待ち受ける運命を前にして、困惑と恐怖と覚悟を絶えず心の中で争わせていた。
「ご安心ください。王子」
そんな中、唐突に女性が口を開く。王子と呼ばれた少年が、自分よりずっと上背のある女性の方を向き、顔を持ち上げて相手の顔を見る。
少年の瞳が、仮面を被った女性の顔を視界に納める。いつも自分を守ってくれた、たった一人の従者。その顔を目に焼き付けるように、しっかりと視界に入れる。
「例え何があろうとも、私は王子を守ってみせます。この剣に誓って、王子を守ると約束しましょう」
仮面の女が腰の剣に手を添えながら宣言する。それだけで、少年の心にあった恐れや怯えが一気に消え去っていく。
この女性が自分に嘘をついたことなど一度も無い。少年は自分の心の中に勇気が溢れ、体が熱で包まれていくのを感じた。
「ありがとう、ミラ」
仮面姿の女をまっすぐ見つめながら、少年が言葉を返す。この人はいつも自分に勇気をくれる。そんな女騎士に向けて、少年が精一杯の感謝を言葉に載せて託す。
ミラと呼ばれた仮面の女もそれに頷き、自然な手つきで少年の肩に手を回す。少年もそれを拒まず、自分から仮面の女に身を預けていく。
「あなたは私が守ります。絶対に……」
「……うん」
小刻みに揺れる馬車の中で、二つの人影が一つに重なる。
まるでこの世界で二人ぼっちになってしまったような、そんな寂しさを紛らわせようとするかのように。
その国は魔物に狙われていた。最初に攻撃を受けたのが一週間前。その後不定期に、魔物達がその国に嫌がらせ紛いの攻撃をし始めたのだった。
なぜそんなことをするのか? 誰もわからなかった。もしかしたら、国ぐるみで主神教団の信仰を奨励していたのがまずかったのかもしれない。そう考える知者もいたが、それにしたってそうだと言う証拠は無かった。真相は闇の中だ。しかしこの国が今問題とするべきは、そこではなかった。
「つい先日も、魔物達による襲撃を受けました。それも前回よりも、遥かに数の多い攻勢です。凌ぐことは出来ましたが、我々も第三防衛ラインを放棄せざるを得なくなりました。我らの防衛圏は、日に日に狭まってきております」
「またか……」
「おお、神よ! 我らを救いたまえ……」
魔物達の「ちょっかい」を受ける度に、国内は戦々恐々とした。なぜならこの国はレスカティエのような大国とは比べるべくもない、小さくか弱い国だったからだ。自前の軍隊もあるにはあったが、焼け石に水だ。無論勇者などいるはずもない。
吹けばたちまち飛んでしまう、枯れ葉のような存在。それが今の自分達だ。
「今はまだ、領土外での散発的な小競り合いで済んでおります。それでも無傷ではすみませんが、なんとか国土侵入を防ぐことは出来ております」
実際は守れたとしても、その魔物による圧力はボディーブローのようにじわじわと、この国の力を着実に削いで行っていた。
「ですが遅かれ早かれ、魔物達による大規模な攻勢が始まることでしょう。もしそうなれば、我が国にそれを受け流すことは出来ません。ただ崩壊を迎えるのみです」
自分達だけでは魔物には勝てない。
その認識は、国王と彼の下で国を動かす首脳陣の間で、寸分違わず共有されていた。当然一般には公表されていなかったが、その日の国営会議に出席した全員が、遠からず自分達は敗北するだろうことを確信していた。事実、軍事担当の男が放ったその不吉極まる発言に対しても、誰も異議を唱えなかった。
「はあ……」
異議の代わりに返ってくるのはため息だけだった。軍事担当のその男もまた、その実情を前に憤慨することはしなかった。周りと同じように嘆息するのみである。
最初から負けるとわかっている、そしてその上で戦っても何も残らないことが確定している勝負ほど、士気の上がらないものは無いのだ。
「王よ。こうなればかねて予定していた通り、あの作戦で行くしかありますまい」
そうして沈痛な空気が漂う中、一人の老人が声を上げた。外交部門の長であるその翁は、眠そうに半分閉じられた双眸を大きく見開きながら、円卓の最奥に腰かける男に向かってそう言葉を放った。
直後、場がやにわにざわめき始める。翁の言葉は彼らに困惑をもたらした。
やがて王が沈黙を破る。腕を組み直し、翁を見据えながら、重々しい口調で彼に問いかける。
「……本当に、それ以外に無いか?」
「おそらくは。ありえぬでしょうな」
仕えるべき王の言葉に対し、翁はそう断言した。場のどよめきが消え失せ、代わりにその場の全員が翁に注目する。王も翁に注目する。
一つ咳払いをしてから、翁が言葉を続けた。
「魔物達に金品や糧食を与えても、喜んではくれぬでしょう。彼奴らは自給自足ができ、貴金属も自力で賄えると聞きます。貧困や欠乏とは無縁の存在です。普通の贈り物をしても無駄なのです」
「だから、普通ではない贈り物をすると?」
「その通りです」
王からの返答に、翁が大きく首を縦に振る。周りの視線がより一層強まり、翁の全身を容赦なく突き刺していく。
怯むことなく、外交担当の翁が口を開く。
「彼らが唯一欲している物を差し出す。そうすれば、多少は彼奴等の気を逸らすことも出来るでしょう。その隙に教団に応援を要請し、戦力を増強するのです」
魔物の気を引き、時間を稼ぎ、その間に力を蓄えて戦争に備える。それが外交担当の言い分だった。
それに対して、周囲から異論や異議は出てこなかった。他にいいアイデアが無いので、出しようが無かった。
「よかろう。では、その案で行くとしよう」
故に王も即決した。もっと言うと、魔物から最初の攻撃を受けたその時点で、王の頭には翁の提案したものと全く同じプランが組み上がっていた。武力で魔物と渡り合う愚を、彼はよく理解していた。
大局を見通せる統治者という観点からすれば、彼はまさに名君であった。
「外交担当長よ。早速魔物側に遣いを送れ。それから、あの者らにも準備をさせよ。役に立つ時が来たとな」
「はっ。……本当によろしいのですね?」
外交担当の翁が、再確認するように声をかける。それを聞いた軍事担当の男が顔をしかめる。
王はその軍事担当の男の態度の変化に気づくことなく、至って冷静な声で翁に告げた。
「構わぬ、やれ。我が息子も、生贄くらい簡単な役なら、難なくこなしてくれるだろうよ」
そしてこれで万事安全と言わんばかりに、肩の力を抜いて呵々大笑する。
小を切り捨て、大を生かすという価値観から見れば、この王はまさしく名君だった。
遣いは即座に魔物側へと走った。今この国を攻めている魔物達は、この国から僅か数キロ離れた所にある廃城を本拠としていた。遣いは王の伝書を持ち、そこへ馬を走らせた。
王の伝書には一つの取引について書かれていた。それは国一番の優秀な精を持つ男を提供するので、攻撃の手を止めてほしい、という内容の文であった。
かの王とその側近たちは、魔物が真に欲しているものが何かを看破していた。それをダシに使ったのである。
「その人間の男のことは好きに使って構わない。玩具にして壊してもいいし、精液貯蔵庫として飼い殺してもいい。だから国にはこれ以上手を出さないでくれ……ね。なるほど、そういう手で来たか」
そんな彼らの思惑は、魔物側には筒抜けであった。しかし遣いから受け取った伝書を読んだ魔物達は、先方の意図を察した上で、二つ返事でそれに乗った。
「まあいいんじゃない? 時間稼ぎくらい大目に見てあげるわ。それに国一番の精を持った男ってのにも興味あるし。その人間を連れて来てちょうだい」
翌日、遣いは五体満足のまま城へ戻ってきた。魔物に襲われた形跡もなく、至って健康体であった。彼の手には人間の要求を呑む旨が記された、魔物側からの返書が握られていた。
「此度の働き、ご苦労であった」
王は国の外に敷かれた最終防衛ラインで、使いの者から返書を受け取った。それを読んだ王は満面の笑みを浮かべた。
「やれ」
そして満足したまま、彼は他の兵士に命じ、その遣いの首を刎ねさせた。遣いが絶命した後も、彼は満足げな笑みを浮かべたままだった。
狡猾な魔物のことだ。どこに罠を仕掛けているのかわかったものではない。一度でも魔と触れ合った者を、国の中に入れるわけにはいかない。
王の意思は確固たるものだった。そしてそれを実際に成し、国家陥落のリスクを低めてみせたことが、彼には喜ばしかった。
「……殺す必要は本当にあったのでしょうか?」
「無論だ。いかなる不確定要素も認めてはならない。国が滅びるのは、いつだってそうした小さなシミを見逃したことから始まっているのだ」
「では、これから魔物達の下へ送られる者達も?」
「帰還は許さぬ。どのような結果になろうとも、彼奴等はもう我が国の民ではない」
「生贄」の処遇に関しても、王は厳格だった。その氷のように冷たく鋭い言葉は、彼に疑問を呈した防衛ラインの兵士長を即座に黙らせた。
「もし彼奴等が帰ってきたのならば、二人とも殺せ。決して我が国に入れるでないぞ」
王はこの時点で、彼らを己の民とは見なしていなかった。媚びを売る道具、時間稼ぎのための捨て石。それ以外の存在理由は奴らには無い。例え奴らが魔物に壊されたところで、その良心は全く痛まない。
むしろ望むところだった。
その数時間後、一台の馬車が国を離れ、魔物の巣食う廃城へと走り始めた。まるで最初からこうなることがわかっていたかのような、迅速果敢な動きだった。
その馬車の中に、二人の人間がいた。第二王子クラン・ブレイスと、お付きの護衛ミラ・ラ・シューイットである。
二人は目的地に向かう間、殆ど会話を交わさなかった。ただ互いに体を寄せ合い、じっと何かを耐えるように全身を硬直させていた。
「クラン様……」
「ミラ……」
どれだけ振り払おうとしても、恐怖は彼らの体を雁字搦めにしていった。無理もないことだった。
彼らは王によって、これから魔物達に献上されようとしていたからだ。
「大丈夫だよ、ミラ」
国を守るための礎。人身御供。言葉を取り繕う余地も無い。
それでもクランは、精一杯胸を張ってミラに声をかけた。
「君が僕を守ってくれるように、僕も君を守ってみせるから」
それはこの直前にミラが放ったものと、全く同じ文言だった。そしてそれを聞いたクランが安らぎを感じたように、彼の決意を聞いたミラの心にも、勇気と決意がふつふつと湧き上がっていった。
「絶対に。何があっても君を守るから。王子として、絶対に君を守るから」
クランの目は真剣だった。本気でミラを守ろうと考えていた。
それが王としての、自分の責務であると思っていた。湧き上がる恐怖を噛み殺し、そう自覚するクランの姿は、ミラには非常に眩く見えた。彼こそまさに、自分が真に仕えるべき主だ。ミラは仮面の奥で表情を緩めた。
しかし彼がこの時何を考えていたのか、ミラは最後までわからなかった。王子の放つ光に目がくらみ、その奥底に潜む真意を掴み損ねていたのである。
時間とは無情なものだった。体を寄せ合う二人の意思などお構いなしに、馬車は目的地である廃城前へ到着した。道中何の障害もなく、馬車は定刻通りに仕事を完遂したのである。
時間とは残酷なものだ。もはや逃げ場もない。腹を括る時が来た。仮面の女、ミラがドアを開け、外に降り立つ。
「クラン様」
その後後ろを振り返り、王子クランに手を差し伸べる。僅かの逡巡の後、クランがその手を掴む。
「……ッ」
幼い王子の手は震えていた。それでも王らしく振舞おうと、クランは震える身に鞭打って動揺を殺し、背筋を伸ばして堂々と馬車から降りる。
いついかなる時も外面を重んじ、胸を張って他者と接さんとする。王家の鑑であった。そしてミラもその彼の気概を尊重し、何も言わずにエスコートに徹する。
「お待ちしておりました」
そうして二人が馬車の外に出た直後、彼らの背後から声がした。
二人がそれに気づいて後ろを向くと、そこには一人の女性が立っていた。それはメイド服を着たサキュバスだった。
「ミラ・ラ・シューイット様に、クラン・ブレイス様でございますね?」
頭から生えた二本一対の角。背中ではためく蝙蝠のような翼。そして腰から伸びる尻尾。そんな人外の特徴を備えた魔物娘が、ゴシック調のメイド服をかっちり着こなしていた。
「わたくし、こちらで臨時のメイド長をしております、アオと申します。長旅の直後で恐縮ではありますが、早速我らが主に面会していただきとうございます」
格好だけでなく、礼儀作法も良く出来たものだった。アオと名乗ったメイドサキュバスは恭しく一礼しながらそう言葉を紡ぎ、頭を挙げてから再度口を開いた。
「こちらへどうぞ。今後お泊りになられる部屋に関しましては、この後改めてご案内いたします」
アオがそう言って、城内に続く大扉を手で指し示す。それに呼応するように、がっしりと閉ざされた大門が唸り声を上げながら割り開かれていく。
その姿はまるで、怪物が口を開けて咆哮するかのようであった。
「ミラ……」
クランがミラの手を強く握る。ミラも無言のまま、クランの手をぎゅっと握り返す。
自分達はこれから、恐ろしい怪物の腹の中に飛び込もうとしている。覚悟していたとはいえ、やはり怖いものは怖かった。
城の中はシンプルな造りをしていた。そして外見と異なり、つい最近建てられたのかと疑ってしまうほどの清潔で綺麗な姿をしていた。
大門を潜った先には広間があり、その広間の奥にある扉を一枚抜ければ、そこはもう玉座の間だった。一応広間の左右にも他の所へ通じる扉があり、上階に向かう階段もあったが、アオはそれらを無視した。
二人が何か尋ねても、「後でご案内いたします」の一点張りだった。二人はそんな対応を見せるメイド長サキュバスを、「こいつは融通の利かない石頭タイプなのだろう」と心の中で分析した。
「何かご不満でも?」
「いえ、特に何も」
結局クランとミラは、そのまま真っ直ぐ玉座の間へ向かう事となった。広間に自分達以外の人の気配は全くしなかったのだが、それに関して質問することも出来なかった。
やがて無言のまま、三人が扉の前に到達する。先頭に立つアオが扉を開け放ち、開かれた扉に背を向けるように立って奥の方を指し示す。
「こちらでございます」
請われるまま、幼い王子と仮面の騎士が扉を潜る。玉座の間はやはりと言うべきか、広間よりも広大な空間であった。その空間の両側には鎧と武器で武装したサキュバス達が列をなして直立し、彼女達によって玉座の間は張り詰めた空気で満ちていた。
クランが手を握ったまま、ミラの顔を見上げる。ミラと視線がかち合い、二人同時に頷く。
そして玉座に向かって歩みを進める。直後、武装したサキュバス達の視線が二人に突き刺さる。ほんの少しの警戒と、それ以上の好奇心が混ざり合った、どこか熱っぽい視線だった。
「あの人間達が……?」
「そうみたい……」
「あっちのちっちゃい子、結構好みかも……♪」
「私はあっちの、仮面をつけた女の人の方が気になるかなあ……とっても凛々しくて素敵♪」
そして方々から視線だけでなく、無遠慮な呟きまで聞こえてくる。それらの呟きはどこか浮足立った、緊張とは無縁の代物だった。もっと言うと、彼らが玉座の間の半ばまで進んだ時点で、それまでこの空間を支配していた「張り詰めた空気」は雲散霧消してしまっていた。
要はいつものサキュバスに戻っていた。興味を優先したが故の職務放棄である。ミラのような仮面を着けた異装の人間に対しても、サキュバス達は恐れや焦りを感じたりはしなかった。
「二人ともかわいー♪」
「何を言っているんだこいつらは」
しかしそのような空気の変化の原因を、クランとミラは理解することが出来なかった。彼らは魔物娘に関して、人を食う怪物以上の知識を持ち合わせていなかったからだ。
「ごめんなさいね。この子達みんな独身だから、人間に目が無くって。気分を害したのなら、私から謝っておくわ」
なので玉座の間の最奥に到達し、そこにある玉座に腰かけていたサキュバスから開口一番に謝られても、彼らはどう反応していいかわからなかった。魔物の心が読めなかったのだ。
ただクランが少し迷った後、「どうぞお気になさらず」と曖昧に答えただけだった。
「気にしないでくれるの? それは良かった。じゃああなた達も、肩の力を抜いてリラックスしてね。怖がる必要はないわ」
そして主と思しきサキュバスも、周りと同じく非常にフランクな態度を取ってきた。それに対しても、二人はただ面食らうばかりだった。
目の前にいるのは確かに魔物だ。そのはずなのに、何だかイメージと違う。それが気になってリラックス出来るはずもない。ミラとクランは揃って警戒と強めるばかりだった。
それを感じ取ったそのサキュバスはため息をついた。
「そんなに怖がらなくてもいいのに。別に私達は、あなた達を取って食おうとか思ってないんだから」
「そんなこと言われても……」
「じゃあこうしましょう。最初にお互い自己紹介しない? 相互理解の第一歩は名前を知ることからって、よく言うでしょ?」
苦しげに呟くクランを無視して、玉座に座るサキュバスがぱんと手を叩いて宣言する。その手を叩く音を聞いたミラが反射的にクランの前に立ち、王子を守ろうと自ら盾になる。
「もう、別に魔法とか使うつもりはないのに。そこまで警戒されると、私も傷ついちゃうわ」
それを見た玉座のサキュバスが、あからさまに肩を落とす。彼女も彼女で、先方の事情を全く知らなかった。
まあいいや。一瞬で気を持ち直したサキュバスが、話を本題に戻す。
「私はヴァイス。見ての通りのサキュバスよ。この城に住む魔物娘達の、一応のリーダーを務めているわ。今後ともよろしくね」
そして一方的に名前を告げた後、茶目っ気たっぷりにウインクをする。それを見たミラは顔をしかめ、クランは毒気を抜かれた表情をした。
「さ、次はあなた達の番よ。名前を教えてくれないかしら?」
そんな二人にヴァイスが告げる。どこまでもサキュバスのペースだった。それが気に入らなくて、ミラはなおも苦い顔をしていた。
その時、彼女の手を自分から離して、クランが一歩前に出た。
「クラン様!」
守るべき王子の見せた迂闊さに、ミラが思わず声を出す。そんなミラを肩越しに見つめながら、クランが彼女に言い返す。
「僕達と彼女達は、対等な関係じゃないんだ。ここは大人しく、彼女達の要求に応えるべきだよ」
「それは……っ」
正論だった。自分達は「捕虜」ですらない。
己の置かれた状況を再認識し、ミラは硬く閉ざした唇の中で歯を食いしばった。魔物達に生贄の羊として捧げられたことが怖いのではない。この期に及んで何も出来ない自分が悔しかったのだ。
「大丈夫。僕がミラを守るから」
みすみす王子を危険に晒すことしか出来ない。仮面の下で、彼女は眉間に皺を刻んだ。
そんな彼女に背を向け、クランがヴァイスと相対する。その時彼が放った呟きは誰にも聞こえなかった。
「僕はクラン・ブレイス。今あなた達と抗争状態にある国の、第二王子だ」
背筋を伸ばし、堂々と。王のように力強く。それでも体の震えは隠しきれぬまま、クランが良く通る声で名前を告げる。
直後、あちらこちらから黄色い悲鳴が上がる。「はいはい、発情はよそでやってね」と、それを聞いたヴァイスが面倒くさそうに制止をかける。
そしてその後、クランは後ろに立つミラを差し、「こちらは僕の護衛を務めてくれている、ミラ・ラ・シューイットだ」と誇らしげに紹介した。己の名を呼ばれた仮面の騎士は警戒を解かないまま、無言で一礼した。
「ほらもう皆、いちいち反応しない。王子様たちを怖がらせてどうするのよ」
ミラが頭を下げると同時に、嬉しげな叫びがあちこちから飛び交う。ヴァイスは苦笑交じりに言葉を吐き、同時に頭を抱えた。
そしてすぐにいつもの調子に戻る。ヴァイスは嬉しそうに顔を綻ばせ、クランに向かって手を振りながら「よろしくね、クラン」とフレンドリーな態度で声をかける。
クランがそれにつられて、引きつった笑みを浮かべながら手を振る。それまでとは違う理由でミラが顔をしかめる。
「それから、その、王子として一つ頼みがあるのだけど……」
クランが口を開いたのは、その直後だった。彼は軽く振っていた手を引っ込め、作り笑いを消して真面目な表情を見せてから、そのようなことを言い出した。
彼の変化を見たヴァイスとサキュバス達が、一斉に彼に注目する。周りの視線を一身に集めた中で、クランが改めて言葉を紡ぐ。
「僕達は今日ここに、交換材料としてやってきた。そちらの我が国への攻撃を停止してもらうための対価として。……僕の精をもらうために。ここまでは間違ってないか?」
「その通りよ。それで?」
クランの発言にヴァイスが同意する。相互認識の確認を済ませたクランも一度頷き、再び声を放つ。
「今回の取引で重要なのは僕だ。僕がメインの存在だ。だからどうか、この人……ミラに対しては、か、寛大な処遇を約束してもらいたい。彼女は僕の護衛役として、自主的について来てくれただけなんだ。だから彼女を不当に苦しませるようなことは、絶対しないで、ほしいんだ」
それは確固たる信念のもとに放たれた言葉だった。声変わり前のソプラノボイスはあどけない印象を与え、震える声は頼りなさに満ちていたが、言葉と意思は別物であった。ヴァイスと、両側に控える護衛役のサキュバス達は、その言葉の奥に秘められた彼の心意気を悟った。
「へえ……」
彼は本気だ。自分が犠牲になってでもこの女性を守ると、本気で考えている。魔物娘はそれを見抜いた。子供じみた一方的な要求の押しつけをしてきたことに関しても、彼女達は悪感情を抱くようなことはしなかった。
むしろ微笑ましかった。配下を大切にする彼の事を好ましいとさえ思った。王の鑑だ。
「なかなかどうして格好いいじゃない」
彼女達の視線が変わった。場を包む空気が一変した。それは畏敬と敬愛の念が混じった、暖かなものだった。
雰囲気の変化を肌で感じ取ったミラは困惑した。その数秒後、彼女はさらに困惑する羽目になった。
「言葉で足りないなら、ぼ、僕の態度で、この願いを示したいと思う」
恐怖と緊張で震えながら、クランが宣言する。幼い彼は、その魔物娘の心の機微がわからなかった。自分の宣言が厚かましいことにも気づいていなかった。幼い王子は、己の騎士を守ろうと必死だった。
だから彼は徹底してへりくだった。何が何でも願いを通そうとした。
故にその場で跪き、背を丸めて床と額をくっつけた。
「これで――どうだろうか」
サキュバスに土下座をした。
「えっ」
それを見たヴァイスの顔から笑みが消えた。周りのサキュバスも絶句した。ミラの思考が停止した。
「今は頼りない王子かもしれない。それでも、僕の頭で良いのなら、それで満足するのなら、何度だって下げる。どんな命令も受け入れる。だから……で、ですから、お願いです。僕に免じてミラを、ミラをいじめないでください……!」
その場にいた全員が驚愕した。王子が――否、一人の少年が、己の護衛役の身の安全を全身全霊で訴える。
「お願いします! ミラだけは助けてください!」
額を床にぶつける。声がかすれ、鼻を啜る音が聞こえてくる。
誰も反応できなかった。まるでゴルゴーンに睨まれたかのように、そこにいた全員が体を石のように硬直させた。目の前で何が起こっているのかを理解するのに、誰もが時間を要した。
「――王子!」
そんな中、真っ先に我を取り戻したのがミラだった。彼女は素早くクランの元に駆け寄り、彼の両肩に手をかけた。
「何をしているのですか! あなたほどの地位にいる方が、易々と頭を下げてはなりません!」
さあ、立って! 悲痛な声でそう叫びながら、ミラは力任せにクランを立ち上がらせようとした。少年は頭を下げたまま抵抗したが、彼の力では護衛騎士に敵うべくもなかった。
結局彼はミラにされるがまま土下座を解かれ、その場で直立を強制された。しかし観念したクランが自力で立った後も、ミラの怒りは収まらなかった。
「軽率にもほどがあります! 敵地の、ましてや魔物の目の前で頭を下げるとは! それで本当に奴らにいいようにされてしまったら、あなたは一体どうするおつもりだったのです!」
腰を落として視線を合わせ、仮面の女がクランを叱責する。ミラは本気で怒っていた。それはクランの身を案じるが故の憤怒であった。
今の彼女にサキュバス達の姿は映っていなかった。迂闊なことをしでかしたクランを叱ることで頭がいっぱいになっていた。
「感情に任せて行動してはいけないと、常日頃から言い聞かせていたではありませんか! なのにどうして……!」
「それは……ッ」
そしてクランもまた、ミラのことしか眼中になかった。王の衣を自分から脱ぎ捨て、その顔をくしゃくしゃに歪めてミラに抱きついた。
「だって……だって! ミラに何かあったらって思ったら僕、僕居ても立ってもいられなくって……!」
ミラの首に両手を回し、貧相な胸元に顔を埋める。
「僕にはミラしか……ミラしかいないんだ……! ミラが死ぬなんてこと、絶対耐えられないよ……!」
涙と鼻水で、仮面の騎士の服をぐしゃぐしゃに濡らしていく。
「やだぁ! ミラ死んじゃやだぁ!」
「クラン様……」
泣きじゃくり、駄々をこねるように想いをぶちまける。いきなり抱きつかれ、最初呆気に取られていたミラも、そうして泣き叫ぶクランの体をそっと抱き返す。
「……もう、そんなに泣かないでください。私がそう簡単に死ぬわけないでしょう?」
「それでも、それでも嫌なんだよぅ……!」
「ご安心ください。何があっても、私は貴方より先に死にはしません。約束します」
「うう、みらぁ……ミラぁ……ぐすっ……」
子をあやす母のように。もしくは幼い弟を静める姉のように。ミラがクランの背中を軽く叩き、耳元で「大丈夫、大丈夫」と優しく囁く。それを受けたクランもやがて泣くのを止め、ミラの温もりを求めるように一層強く彼女の胸元に顔を押し付ける。
二人の間には、確かな親愛の念があった。魔物の根城の只中で、二人だけの世界が完成されていた。
「クラン様……」
「ミラ……」
そしてそれは、サキュバス達の目にはこの上なく美しいモノとして映った。自分も彼らみたいな愛を育んでみたい。誰もが本気でそう思った。感情が高ぶるあまり、涙を流す者まで現れていた。
ヴァイスもまた例外ではなかった。彼女は涙こそ流さなかったが、それでも周りの配下と同じように、彼らの姿に感動を覚えずにはいられなかった。
「素敵……♪」
ひしと抱き合う王子と騎士を目の当たりにしたサキュバスの主は、無意識のうちにそんなことを呟いていた。そして彼女はこれまで以上に、この二人への興味をさらに強めていった。
「これは暫く、退屈せずに済みそうね」
力強く抱き合う二人を見つめながら、ヴァイスは小さく舌なめずりをした。その根底にあったのは嗜虐心というよりも、むしろ子供のような悪戯心であった。
何もない平野の中を、一台の馬車が駆け抜けていく。
遠くに見える古ぼけた廃城を目指し、一目散に駆け抜けていく。
「……」
その馬車の中に、二人の人間がいた。一人は癖の強い栗色のショートヘアを備えた、まだあどけない顔だちを残した少年。そしてもう一人は腰まで伸びた赤い髪を持ち、顔の上半分を白い仮面で覆い隠した、見るからに大人の風格を漂わせた女性だった。
少年は格調高い立派な服を身に纏い、そのあちこちに派手な紋章やら金糸の刺繍やらを刻み込んでいた。一方で女性は動きやすさを重視した簡素な服を身に着け、腰に剣を提げていた。
この出で立ちの差は、そのまま二人の身分の差を示していた。
「……」
その二人の間には沈黙があった。朗らかさとは無縁の空気が流れていた。彼らはこれから自分達を待ち受ける運命を前にして、困惑と恐怖と覚悟を絶えず心の中で争わせていた。
「ご安心ください。王子」
そんな中、唐突に女性が口を開く。王子と呼ばれた少年が、自分よりずっと上背のある女性の方を向き、顔を持ち上げて相手の顔を見る。
少年の瞳が、仮面を被った女性の顔を視界に納める。いつも自分を守ってくれた、たった一人の従者。その顔を目に焼き付けるように、しっかりと視界に入れる。
「例え何があろうとも、私は王子を守ってみせます。この剣に誓って、王子を守ると約束しましょう」
仮面の女が腰の剣に手を添えながら宣言する。それだけで、少年の心にあった恐れや怯えが一気に消え去っていく。
この女性が自分に嘘をついたことなど一度も無い。少年は自分の心の中に勇気が溢れ、体が熱で包まれていくのを感じた。
「ありがとう、ミラ」
仮面姿の女をまっすぐ見つめながら、少年が言葉を返す。この人はいつも自分に勇気をくれる。そんな女騎士に向けて、少年が精一杯の感謝を言葉に載せて託す。
ミラと呼ばれた仮面の女もそれに頷き、自然な手つきで少年の肩に手を回す。少年もそれを拒まず、自分から仮面の女に身を預けていく。
「あなたは私が守ります。絶対に……」
「……うん」
小刻みに揺れる馬車の中で、二つの人影が一つに重なる。
まるでこの世界で二人ぼっちになってしまったような、そんな寂しさを紛らわせようとするかのように。
その国は魔物に狙われていた。最初に攻撃を受けたのが一週間前。その後不定期に、魔物達がその国に嫌がらせ紛いの攻撃をし始めたのだった。
なぜそんなことをするのか? 誰もわからなかった。もしかしたら、国ぐるみで主神教団の信仰を奨励していたのがまずかったのかもしれない。そう考える知者もいたが、それにしたってそうだと言う証拠は無かった。真相は闇の中だ。しかしこの国が今問題とするべきは、そこではなかった。
「つい先日も、魔物達による襲撃を受けました。それも前回よりも、遥かに数の多い攻勢です。凌ぐことは出来ましたが、我々も第三防衛ラインを放棄せざるを得なくなりました。我らの防衛圏は、日に日に狭まってきております」
「またか……」
「おお、神よ! 我らを救いたまえ……」
魔物達の「ちょっかい」を受ける度に、国内は戦々恐々とした。なぜならこの国はレスカティエのような大国とは比べるべくもない、小さくか弱い国だったからだ。自前の軍隊もあるにはあったが、焼け石に水だ。無論勇者などいるはずもない。
吹けばたちまち飛んでしまう、枯れ葉のような存在。それが今の自分達だ。
「今はまだ、領土外での散発的な小競り合いで済んでおります。それでも無傷ではすみませんが、なんとか国土侵入を防ぐことは出来ております」
実際は守れたとしても、その魔物による圧力はボディーブローのようにじわじわと、この国の力を着実に削いで行っていた。
「ですが遅かれ早かれ、魔物達による大規模な攻勢が始まることでしょう。もしそうなれば、我が国にそれを受け流すことは出来ません。ただ崩壊を迎えるのみです」
自分達だけでは魔物には勝てない。
その認識は、国王と彼の下で国を動かす首脳陣の間で、寸分違わず共有されていた。当然一般には公表されていなかったが、その日の国営会議に出席した全員が、遠からず自分達は敗北するだろうことを確信していた。事実、軍事担当の男が放ったその不吉極まる発言に対しても、誰も異議を唱えなかった。
「はあ……」
異議の代わりに返ってくるのはため息だけだった。軍事担当のその男もまた、その実情を前に憤慨することはしなかった。周りと同じように嘆息するのみである。
最初から負けるとわかっている、そしてその上で戦っても何も残らないことが確定している勝負ほど、士気の上がらないものは無いのだ。
「王よ。こうなればかねて予定していた通り、あの作戦で行くしかありますまい」
そうして沈痛な空気が漂う中、一人の老人が声を上げた。外交部門の長であるその翁は、眠そうに半分閉じられた双眸を大きく見開きながら、円卓の最奥に腰かける男に向かってそう言葉を放った。
直後、場がやにわにざわめき始める。翁の言葉は彼らに困惑をもたらした。
やがて王が沈黙を破る。腕を組み直し、翁を見据えながら、重々しい口調で彼に問いかける。
「……本当に、それ以外に無いか?」
「おそらくは。ありえぬでしょうな」
仕えるべき王の言葉に対し、翁はそう断言した。場のどよめきが消え失せ、代わりにその場の全員が翁に注目する。王も翁に注目する。
一つ咳払いをしてから、翁が言葉を続けた。
「魔物達に金品や糧食を与えても、喜んではくれぬでしょう。彼奴らは自給自足ができ、貴金属も自力で賄えると聞きます。貧困や欠乏とは無縁の存在です。普通の贈り物をしても無駄なのです」
「だから、普通ではない贈り物をすると?」
「その通りです」
王からの返答に、翁が大きく首を縦に振る。周りの視線がより一層強まり、翁の全身を容赦なく突き刺していく。
怯むことなく、外交担当の翁が口を開く。
「彼らが唯一欲している物を差し出す。そうすれば、多少は彼奴等の気を逸らすことも出来るでしょう。その隙に教団に応援を要請し、戦力を増強するのです」
魔物の気を引き、時間を稼ぎ、その間に力を蓄えて戦争に備える。それが外交担当の言い分だった。
それに対して、周囲から異論や異議は出てこなかった。他にいいアイデアが無いので、出しようが無かった。
「よかろう。では、その案で行くとしよう」
故に王も即決した。もっと言うと、魔物から最初の攻撃を受けたその時点で、王の頭には翁の提案したものと全く同じプランが組み上がっていた。武力で魔物と渡り合う愚を、彼はよく理解していた。
大局を見通せる統治者という観点からすれば、彼はまさに名君であった。
「外交担当長よ。早速魔物側に遣いを送れ。それから、あの者らにも準備をさせよ。役に立つ時が来たとな」
「はっ。……本当によろしいのですね?」
外交担当の翁が、再確認するように声をかける。それを聞いた軍事担当の男が顔をしかめる。
王はその軍事担当の男の態度の変化に気づくことなく、至って冷静な声で翁に告げた。
「構わぬ、やれ。我が息子も、生贄くらい簡単な役なら、難なくこなしてくれるだろうよ」
そしてこれで万事安全と言わんばかりに、肩の力を抜いて呵々大笑する。
小を切り捨て、大を生かすという価値観から見れば、この王はまさしく名君だった。
遣いは即座に魔物側へと走った。今この国を攻めている魔物達は、この国から僅か数キロ離れた所にある廃城を本拠としていた。遣いは王の伝書を持ち、そこへ馬を走らせた。
王の伝書には一つの取引について書かれていた。それは国一番の優秀な精を持つ男を提供するので、攻撃の手を止めてほしい、という内容の文であった。
かの王とその側近たちは、魔物が真に欲しているものが何かを看破していた。それをダシに使ったのである。
「その人間の男のことは好きに使って構わない。玩具にして壊してもいいし、精液貯蔵庫として飼い殺してもいい。だから国にはこれ以上手を出さないでくれ……ね。なるほど、そういう手で来たか」
そんな彼らの思惑は、魔物側には筒抜けであった。しかし遣いから受け取った伝書を読んだ魔物達は、先方の意図を察した上で、二つ返事でそれに乗った。
「まあいいんじゃない? 時間稼ぎくらい大目に見てあげるわ。それに国一番の精を持った男ってのにも興味あるし。その人間を連れて来てちょうだい」
翌日、遣いは五体満足のまま城へ戻ってきた。魔物に襲われた形跡もなく、至って健康体であった。彼の手には人間の要求を呑む旨が記された、魔物側からの返書が握られていた。
「此度の働き、ご苦労であった」
王は国の外に敷かれた最終防衛ラインで、使いの者から返書を受け取った。それを読んだ王は満面の笑みを浮かべた。
「やれ」
そして満足したまま、彼は他の兵士に命じ、その遣いの首を刎ねさせた。遣いが絶命した後も、彼は満足げな笑みを浮かべたままだった。
狡猾な魔物のことだ。どこに罠を仕掛けているのかわかったものではない。一度でも魔と触れ合った者を、国の中に入れるわけにはいかない。
王の意思は確固たるものだった。そしてそれを実際に成し、国家陥落のリスクを低めてみせたことが、彼には喜ばしかった。
「……殺す必要は本当にあったのでしょうか?」
「無論だ。いかなる不確定要素も認めてはならない。国が滅びるのは、いつだってそうした小さなシミを見逃したことから始まっているのだ」
「では、これから魔物達の下へ送られる者達も?」
「帰還は許さぬ。どのような結果になろうとも、彼奴等はもう我が国の民ではない」
「生贄」の処遇に関しても、王は厳格だった。その氷のように冷たく鋭い言葉は、彼に疑問を呈した防衛ラインの兵士長を即座に黙らせた。
「もし彼奴等が帰ってきたのならば、二人とも殺せ。決して我が国に入れるでないぞ」
王はこの時点で、彼らを己の民とは見なしていなかった。媚びを売る道具、時間稼ぎのための捨て石。それ以外の存在理由は奴らには無い。例え奴らが魔物に壊されたところで、その良心は全く痛まない。
むしろ望むところだった。
その数時間後、一台の馬車が国を離れ、魔物の巣食う廃城へと走り始めた。まるで最初からこうなることがわかっていたかのような、迅速果敢な動きだった。
その馬車の中に、二人の人間がいた。第二王子クラン・ブレイスと、お付きの護衛ミラ・ラ・シューイットである。
二人は目的地に向かう間、殆ど会話を交わさなかった。ただ互いに体を寄せ合い、じっと何かを耐えるように全身を硬直させていた。
「クラン様……」
「ミラ……」
どれだけ振り払おうとしても、恐怖は彼らの体を雁字搦めにしていった。無理もないことだった。
彼らは王によって、これから魔物達に献上されようとしていたからだ。
「大丈夫だよ、ミラ」
国を守るための礎。人身御供。言葉を取り繕う余地も無い。
それでもクランは、精一杯胸を張ってミラに声をかけた。
「君が僕を守ってくれるように、僕も君を守ってみせるから」
それはこの直前にミラが放ったものと、全く同じ文言だった。そしてそれを聞いたクランが安らぎを感じたように、彼の決意を聞いたミラの心にも、勇気と決意がふつふつと湧き上がっていった。
「絶対に。何があっても君を守るから。王子として、絶対に君を守るから」
クランの目は真剣だった。本気でミラを守ろうと考えていた。
それが王としての、自分の責務であると思っていた。湧き上がる恐怖を噛み殺し、そう自覚するクランの姿は、ミラには非常に眩く見えた。彼こそまさに、自分が真に仕えるべき主だ。ミラは仮面の奥で表情を緩めた。
しかし彼がこの時何を考えていたのか、ミラは最後までわからなかった。王子の放つ光に目がくらみ、その奥底に潜む真意を掴み損ねていたのである。
時間とは無情なものだった。体を寄せ合う二人の意思などお構いなしに、馬車は目的地である廃城前へ到着した。道中何の障害もなく、馬車は定刻通りに仕事を完遂したのである。
時間とは残酷なものだ。もはや逃げ場もない。腹を括る時が来た。仮面の女、ミラがドアを開け、外に降り立つ。
「クラン様」
その後後ろを振り返り、王子クランに手を差し伸べる。僅かの逡巡の後、クランがその手を掴む。
「……ッ」
幼い王子の手は震えていた。それでも王らしく振舞おうと、クランは震える身に鞭打って動揺を殺し、背筋を伸ばして堂々と馬車から降りる。
いついかなる時も外面を重んじ、胸を張って他者と接さんとする。王家の鑑であった。そしてミラもその彼の気概を尊重し、何も言わずにエスコートに徹する。
「お待ちしておりました」
そうして二人が馬車の外に出た直後、彼らの背後から声がした。
二人がそれに気づいて後ろを向くと、そこには一人の女性が立っていた。それはメイド服を着たサキュバスだった。
「ミラ・ラ・シューイット様に、クラン・ブレイス様でございますね?」
頭から生えた二本一対の角。背中ではためく蝙蝠のような翼。そして腰から伸びる尻尾。そんな人外の特徴を備えた魔物娘が、ゴシック調のメイド服をかっちり着こなしていた。
「わたくし、こちらで臨時のメイド長をしております、アオと申します。長旅の直後で恐縮ではありますが、早速我らが主に面会していただきとうございます」
格好だけでなく、礼儀作法も良く出来たものだった。アオと名乗ったメイドサキュバスは恭しく一礼しながらそう言葉を紡ぎ、頭を挙げてから再度口を開いた。
「こちらへどうぞ。今後お泊りになられる部屋に関しましては、この後改めてご案内いたします」
アオがそう言って、城内に続く大扉を手で指し示す。それに呼応するように、がっしりと閉ざされた大門が唸り声を上げながら割り開かれていく。
その姿はまるで、怪物が口を開けて咆哮するかのようであった。
「ミラ……」
クランがミラの手を強く握る。ミラも無言のまま、クランの手をぎゅっと握り返す。
自分達はこれから、恐ろしい怪物の腹の中に飛び込もうとしている。覚悟していたとはいえ、やはり怖いものは怖かった。
城の中はシンプルな造りをしていた。そして外見と異なり、つい最近建てられたのかと疑ってしまうほどの清潔で綺麗な姿をしていた。
大門を潜った先には広間があり、その広間の奥にある扉を一枚抜ければ、そこはもう玉座の間だった。一応広間の左右にも他の所へ通じる扉があり、上階に向かう階段もあったが、アオはそれらを無視した。
二人が何か尋ねても、「後でご案内いたします」の一点張りだった。二人はそんな対応を見せるメイド長サキュバスを、「こいつは融通の利かない石頭タイプなのだろう」と心の中で分析した。
「何かご不満でも?」
「いえ、特に何も」
結局クランとミラは、そのまま真っ直ぐ玉座の間へ向かう事となった。広間に自分達以外の人の気配は全くしなかったのだが、それに関して質問することも出来なかった。
やがて無言のまま、三人が扉の前に到達する。先頭に立つアオが扉を開け放ち、開かれた扉に背を向けるように立って奥の方を指し示す。
「こちらでございます」
請われるまま、幼い王子と仮面の騎士が扉を潜る。玉座の間はやはりと言うべきか、広間よりも広大な空間であった。その空間の両側には鎧と武器で武装したサキュバス達が列をなして直立し、彼女達によって玉座の間は張り詰めた空気で満ちていた。
クランが手を握ったまま、ミラの顔を見上げる。ミラと視線がかち合い、二人同時に頷く。
そして玉座に向かって歩みを進める。直後、武装したサキュバス達の視線が二人に突き刺さる。ほんの少しの警戒と、それ以上の好奇心が混ざり合った、どこか熱っぽい視線だった。
「あの人間達が……?」
「そうみたい……」
「あっちのちっちゃい子、結構好みかも……♪」
「私はあっちの、仮面をつけた女の人の方が気になるかなあ……とっても凛々しくて素敵♪」
そして方々から視線だけでなく、無遠慮な呟きまで聞こえてくる。それらの呟きはどこか浮足立った、緊張とは無縁の代物だった。もっと言うと、彼らが玉座の間の半ばまで進んだ時点で、それまでこの空間を支配していた「張り詰めた空気」は雲散霧消してしまっていた。
要はいつものサキュバスに戻っていた。興味を優先したが故の職務放棄である。ミラのような仮面を着けた異装の人間に対しても、サキュバス達は恐れや焦りを感じたりはしなかった。
「二人ともかわいー♪」
「何を言っているんだこいつらは」
しかしそのような空気の変化の原因を、クランとミラは理解することが出来なかった。彼らは魔物娘に関して、人を食う怪物以上の知識を持ち合わせていなかったからだ。
「ごめんなさいね。この子達みんな独身だから、人間に目が無くって。気分を害したのなら、私から謝っておくわ」
なので玉座の間の最奥に到達し、そこにある玉座に腰かけていたサキュバスから開口一番に謝られても、彼らはどう反応していいかわからなかった。魔物の心が読めなかったのだ。
ただクランが少し迷った後、「どうぞお気になさらず」と曖昧に答えただけだった。
「気にしないでくれるの? それは良かった。じゃああなた達も、肩の力を抜いてリラックスしてね。怖がる必要はないわ」
そして主と思しきサキュバスも、周りと同じく非常にフランクな態度を取ってきた。それに対しても、二人はただ面食らうばかりだった。
目の前にいるのは確かに魔物だ。そのはずなのに、何だかイメージと違う。それが気になってリラックス出来るはずもない。ミラとクランは揃って警戒と強めるばかりだった。
それを感じ取ったそのサキュバスはため息をついた。
「そんなに怖がらなくてもいいのに。別に私達は、あなた達を取って食おうとか思ってないんだから」
「そんなこと言われても……」
「じゃあこうしましょう。最初にお互い自己紹介しない? 相互理解の第一歩は名前を知ることからって、よく言うでしょ?」
苦しげに呟くクランを無視して、玉座に座るサキュバスがぱんと手を叩いて宣言する。その手を叩く音を聞いたミラが反射的にクランの前に立ち、王子を守ろうと自ら盾になる。
「もう、別に魔法とか使うつもりはないのに。そこまで警戒されると、私も傷ついちゃうわ」
それを見た玉座のサキュバスが、あからさまに肩を落とす。彼女も彼女で、先方の事情を全く知らなかった。
まあいいや。一瞬で気を持ち直したサキュバスが、話を本題に戻す。
「私はヴァイス。見ての通りのサキュバスよ。この城に住む魔物娘達の、一応のリーダーを務めているわ。今後ともよろしくね」
そして一方的に名前を告げた後、茶目っ気たっぷりにウインクをする。それを見たミラは顔をしかめ、クランは毒気を抜かれた表情をした。
「さ、次はあなた達の番よ。名前を教えてくれないかしら?」
そんな二人にヴァイスが告げる。どこまでもサキュバスのペースだった。それが気に入らなくて、ミラはなおも苦い顔をしていた。
その時、彼女の手を自分から離して、クランが一歩前に出た。
「クラン様!」
守るべき王子の見せた迂闊さに、ミラが思わず声を出す。そんなミラを肩越しに見つめながら、クランが彼女に言い返す。
「僕達と彼女達は、対等な関係じゃないんだ。ここは大人しく、彼女達の要求に応えるべきだよ」
「それは……っ」
正論だった。自分達は「捕虜」ですらない。
己の置かれた状況を再認識し、ミラは硬く閉ざした唇の中で歯を食いしばった。魔物達に生贄の羊として捧げられたことが怖いのではない。この期に及んで何も出来ない自分が悔しかったのだ。
「大丈夫。僕がミラを守るから」
みすみす王子を危険に晒すことしか出来ない。仮面の下で、彼女は眉間に皺を刻んだ。
そんな彼女に背を向け、クランがヴァイスと相対する。その時彼が放った呟きは誰にも聞こえなかった。
「僕はクラン・ブレイス。今あなた達と抗争状態にある国の、第二王子だ」
背筋を伸ばし、堂々と。王のように力強く。それでも体の震えは隠しきれぬまま、クランが良く通る声で名前を告げる。
直後、あちらこちらから黄色い悲鳴が上がる。「はいはい、発情はよそでやってね」と、それを聞いたヴァイスが面倒くさそうに制止をかける。
そしてその後、クランは後ろに立つミラを差し、「こちらは僕の護衛を務めてくれている、ミラ・ラ・シューイットだ」と誇らしげに紹介した。己の名を呼ばれた仮面の騎士は警戒を解かないまま、無言で一礼した。
「ほらもう皆、いちいち反応しない。王子様たちを怖がらせてどうするのよ」
ミラが頭を下げると同時に、嬉しげな叫びがあちこちから飛び交う。ヴァイスは苦笑交じりに言葉を吐き、同時に頭を抱えた。
そしてすぐにいつもの調子に戻る。ヴァイスは嬉しそうに顔を綻ばせ、クランに向かって手を振りながら「よろしくね、クラン」とフレンドリーな態度で声をかける。
クランがそれにつられて、引きつった笑みを浮かべながら手を振る。それまでとは違う理由でミラが顔をしかめる。
「それから、その、王子として一つ頼みがあるのだけど……」
クランが口を開いたのは、その直後だった。彼は軽く振っていた手を引っ込め、作り笑いを消して真面目な表情を見せてから、そのようなことを言い出した。
彼の変化を見たヴァイスとサキュバス達が、一斉に彼に注目する。周りの視線を一身に集めた中で、クランが改めて言葉を紡ぐ。
「僕達は今日ここに、交換材料としてやってきた。そちらの我が国への攻撃を停止してもらうための対価として。……僕の精をもらうために。ここまでは間違ってないか?」
「その通りよ。それで?」
クランの発言にヴァイスが同意する。相互認識の確認を済ませたクランも一度頷き、再び声を放つ。
「今回の取引で重要なのは僕だ。僕がメインの存在だ。だからどうか、この人……ミラに対しては、か、寛大な処遇を約束してもらいたい。彼女は僕の護衛役として、自主的について来てくれただけなんだ。だから彼女を不当に苦しませるようなことは、絶対しないで、ほしいんだ」
それは確固たる信念のもとに放たれた言葉だった。声変わり前のソプラノボイスはあどけない印象を与え、震える声は頼りなさに満ちていたが、言葉と意思は別物であった。ヴァイスと、両側に控える護衛役のサキュバス達は、その言葉の奥に秘められた彼の心意気を悟った。
「へえ……」
彼は本気だ。自分が犠牲になってでもこの女性を守ると、本気で考えている。魔物娘はそれを見抜いた。子供じみた一方的な要求の押しつけをしてきたことに関しても、彼女達は悪感情を抱くようなことはしなかった。
むしろ微笑ましかった。配下を大切にする彼の事を好ましいとさえ思った。王の鑑だ。
「なかなかどうして格好いいじゃない」
彼女達の視線が変わった。場を包む空気が一変した。それは畏敬と敬愛の念が混じった、暖かなものだった。
雰囲気の変化を肌で感じ取ったミラは困惑した。その数秒後、彼女はさらに困惑する羽目になった。
「言葉で足りないなら、ぼ、僕の態度で、この願いを示したいと思う」
恐怖と緊張で震えながら、クランが宣言する。幼い彼は、その魔物娘の心の機微がわからなかった。自分の宣言が厚かましいことにも気づいていなかった。幼い王子は、己の騎士を守ろうと必死だった。
だから彼は徹底してへりくだった。何が何でも願いを通そうとした。
故にその場で跪き、背を丸めて床と額をくっつけた。
「これで――どうだろうか」
サキュバスに土下座をした。
「えっ」
それを見たヴァイスの顔から笑みが消えた。周りのサキュバスも絶句した。ミラの思考が停止した。
「今は頼りない王子かもしれない。それでも、僕の頭で良いのなら、それで満足するのなら、何度だって下げる。どんな命令も受け入れる。だから……で、ですから、お願いです。僕に免じてミラを、ミラをいじめないでください……!」
その場にいた全員が驚愕した。王子が――否、一人の少年が、己の護衛役の身の安全を全身全霊で訴える。
「お願いします! ミラだけは助けてください!」
額を床にぶつける。声がかすれ、鼻を啜る音が聞こえてくる。
誰も反応できなかった。まるでゴルゴーンに睨まれたかのように、そこにいた全員が体を石のように硬直させた。目の前で何が起こっているのかを理解するのに、誰もが時間を要した。
「――王子!」
そんな中、真っ先に我を取り戻したのがミラだった。彼女は素早くクランの元に駆け寄り、彼の両肩に手をかけた。
「何をしているのですか! あなたほどの地位にいる方が、易々と頭を下げてはなりません!」
さあ、立って! 悲痛な声でそう叫びながら、ミラは力任せにクランを立ち上がらせようとした。少年は頭を下げたまま抵抗したが、彼の力では護衛騎士に敵うべくもなかった。
結局彼はミラにされるがまま土下座を解かれ、その場で直立を強制された。しかし観念したクランが自力で立った後も、ミラの怒りは収まらなかった。
「軽率にもほどがあります! 敵地の、ましてや魔物の目の前で頭を下げるとは! それで本当に奴らにいいようにされてしまったら、あなたは一体どうするおつもりだったのです!」
腰を落として視線を合わせ、仮面の女がクランを叱責する。ミラは本気で怒っていた。それはクランの身を案じるが故の憤怒であった。
今の彼女にサキュバス達の姿は映っていなかった。迂闊なことをしでかしたクランを叱ることで頭がいっぱいになっていた。
「感情に任せて行動してはいけないと、常日頃から言い聞かせていたではありませんか! なのにどうして……!」
「それは……ッ」
そしてクランもまた、ミラのことしか眼中になかった。王の衣を自分から脱ぎ捨て、その顔をくしゃくしゃに歪めてミラに抱きついた。
「だって……だって! ミラに何かあったらって思ったら僕、僕居ても立ってもいられなくって……!」
ミラの首に両手を回し、貧相な胸元に顔を埋める。
「僕にはミラしか……ミラしかいないんだ……! ミラが死ぬなんてこと、絶対耐えられないよ……!」
涙と鼻水で、仮面の騎士の服をぐしゃぐしゃに濡らしていく。
「やだぁ! ミラ死んじゃやだぁ!」
「クラン様……」
泣きじゃくり、駄々をこねるように想いをぶちまける。いきなり抱きつかれ、最初呆気に取られていたミラも、そうして泣き叫ぶクランの体をそっと抱き返す。
「……もう、そんなに泣かないでください。私がそう簡単に死ぬわけないでしょう?」
「それでも、それでも嫌なんだよぅ……!」
「ご安心ください。何があっても、私は貴方より先に死にはしません。約束します」
「うう、みらぁ……ミラぁ……ぐすっ……」
子をあやす母のように。もしくは幼い弟を静める姉のように。ミラがクランの背中を軽く叩き、耳元で「大丈夫、大丈夫」と優しく囁く。それを受けたクランもやがて泣くのを止め、ミラの温もりを求めるように一層強く彼女の胸元に顔を押し付ける。
二人の間には、確かな親愛の念があった。魔物の根城の只中で、二人だけの世界が完成されていた。
「クラン様……」
「ミラ……」
そしてそれは、サキュバス達の目にはこの上なく美しいモノとして映った。自分も彼らみたいな愛を育んでみたい。誰もが本気でそう思った。感情が高ぶるあまり、涙を流す者まで現れていた。
ヴァイスもまた例外ではなかった。彼女は涙こそ流さなかったが、それでも周りの配下と同じように、彼らの姿に感動を覚えずにはいられなかった。
「素敵……♪」
ひしと抱き合う王子と騎士を目の当たりにしたサキュバスの主は、無意識のうちにそんなことを呟いていた。そして彼女はこれまで以上に、この二人への興味をさらに強めていった。
「これは暫く、退屈せずに済みそうね」
力強く抱き合う二人を見つめながら、ヴァイスは小さく舌なめずりをした。その根底にあったのは嗜虐心というよりも、むしろ子供のような悪戯心であった。
17/06/28 17:19更新 / 黒尻尾
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