エルフの日記
二月二日
我がエルフの村に人間が迷い込んできた。二十代前半の男で、中肉中背。これといって特徴のない、平凡な男だった。
背中に大きなリュックサックを背負っていたその男は、自らを冒険家と名乗った。ここにエルフの集落があるとは思わず、ここの樹海を進むうちに、全く偶然ここに足を踏み入れてしまったとも語った。
私としては、この人間はさっさと追い返すべきだと思った。有害ではないだろうが、滞在させたところで大して益も無いだろうからだ。余所者の面倒を見る余裕は、少なくとも私には無い。村を守る衛兵長の仕事だけで手一杯だ。
しかし村長は違った。村長は会議の場で、あの人間を暫く村に滞在させるべきだと告げた。その理由は明日以降、数日かけて降るであろう雨にあった。
「まさに土砂降りの雨と呼ぶにふさわしい大雨が降る。森にとっては恵みの雨ではあるが、疲れた人間にとっては災いでしかない。そんな中に人間を放り込むのは、さすがに気の毒ではないか」
村長はエルフにしては珍しく、人間に寛容な態度を貫いてきた方だった。それもそのはず、村長には人間の夫がいるからだ。ちなみにその「夫」は村の外まで出稼ぎに行っており、今はこの村にはいなかった。
「そういうわけだから、どうだろう。確か空き家があったはずだから、雨が止むまで、彼をそこに滞在させるということにしないか？」
「異議なし」
「右に同じです」
そしてその「村長の夫」のおかげで、他のエルフも人間に対して排他的な感情を取ることはしなかった。村長の夫と触れ合う――そう、〝触れ合う〟中で、エルフたちは皆心が寛容になっていったのだ。故にこの会議の場にいた他の家長たちも、一様にそれを支持した。その後も特に反対意見は出ず、そのまま人間を保護することで決まりとなった。
私としては正直、面白くなかった。
「それじゃあエマ。村を代表して、君が彼を案内しなさい」
さらにその後、村長が私に向かってそんなことを言ってきた。本当に唐突だったので、当然ながら私は面食らった。
「何故私が？ 他に適任がいるでしょう」
私はすぐに反論した。村長は首を横に振って言い返した。
「いいや、これは君がするべきことだ。君にしか出来ないことだ」
「なぜそこまで断言できるのです」
「それは君が一番わかっているはずだ」
村長が断言する。私は何も言い返せなかった。
図星だったからだ。
「君も意地を張ってないで、そろそろパートナーを見つけるべきではないかね？」
我が子の身を案じるように、村長が言ってきた。
私は何も言わずに、村長の家を出た。
そしてとりあえず仕事は済ませた。男に村を紹介し、その後空き家に案内した。
そこで何を話したのか、正直覚えていない。
二月三日
朝から大雨だった。村長の懸念は見事的中した。
狩りに行くことすら躊躇われるほどの、土砂降りの雨だった。
もっとも、衛兵長である私は率先して狩りに行くようなことはしない。私の仕事は外敵からこの村を守ることだ。
そう。余所者を蹴散らすことが仕事なのであって、余所者を歓待することが仕事なのではない。
「色々助けていただいて、ありがとうございます。本当に助かりました」
この日私は、例の人間に一日付きっきりであった。迷い込んできた人間をもてなし、彼の警戒心を解くよう、村長から指示を受けたのだ。
当然不満はあった。というより、不満しかなかった。なぜ私がそんなことをしなければならないのだ。それも私一人で、空き家の中で二人きりの状況で。
ストレスの溜まる仕事だった。外からひっきりなしに聞こえてくる暴力的な雨音もまた、私の平静をかき乱してきた。耳障りな音を立ててくれるなと何度も思った。
全てが私の意に反している。本当に腹立たしい。
「それにしても、ここってエルフの村なのに、ずいぶんと人間に優しいんですね。何か理由があるんですか？」
そしてもう一つ不満があった。その冒険家はまさに好奇心が服を着て歩いているような存在であり、何かにつけては私に疑問をぶつけてきたのだ。質問の大半がエルフのことや、この村のことに関するものだった。男の知識欲は底なしだった。
そんな男からの問いに対して、私がどう答えたのか、正直覚えていない。どうでもよかったからだ。多分一言二言、適当に返答しただけだと思われる。相槌を打って終わっただけかもしれない。
とにかく、その程度のことしか覚えていない。私にとってそれは、その程度の用件でしか無かったからだ。歓待をしろと言う村長からの言伝さえも、頭の中から掻き消えていた。
「そろそろ正午か。ここで待っていろ。食事を持ってくる」
しかし、そう言ったことだけはハッキリと覚えている。理由は簡単。一時的とはいえ、この牢屋のような場所から離れることが出来るからだ。多少濡れはするだろうが、その程度のマイナスならば喜んで被ろう。素直に私はそう考えていた。
「駄目ですよ。こんな時に外に出たら濡れますって」
しかしその直後、男がそう言ってきた。さらに男は立ち上がって、自分が二人分の食事を持ってくるとまで言い出した。
私は即座にそれを断った。事情はどうあれ、客人は客人。丁重に扱わなければならない。村長の雷が飛んで来るのだけは御免だ。
「お前は客人なのだ。無茶をされて風邪を引かれたら、私が迷惑する。ここでじっとしていろ」
だから私はそれだけ告げて、さっさと家の外に出た。男は何か言っていたが、無視して雨の降る中を駆け抜けた。
「駄目ですって！ あなたが風邪引いちゃいますよ！」
無視して走る。ざまあみろ。
外は気持ち良かった。重責から解放された喜びが全身を駆け巡り、弛緩した筋肉に活力が戻っていく。本当に喜ばしかった。その後私は自分の家に戻り、一度体についた雨を拭ってから適当に備蓄していた果物を選び、籠に放り込んで男の元に戻った。
この日の中で詳細に覚えているのは、この時のやり取りだけである。後のことは全く覚えていない。興味のないことを一々記憶していられるほど、私の頭は良くない。
なぜ男の発言まで覚えているのかまではわからなかった。
二月四日
風邪を引いた。
なぜか件の冒険家の家で看病されることになった。
頭が重いのでここでやめる。
二月五日
ぼうけんかがたすけてくれている
ぐっすりねむれそうだ
あ
二月八日
風邪が完治した。
体が軽い。頭が軽い。健康体の有難みを全身で噛み締める。
外に出ると、雨は完全に止んでいた。それも当然か。
そしてその外で、他のエルフと例の冒険家が穏やかに談笑していた。私が寝込んでいた間に、すっかりこの村に馴染んでしまったようだ。
これが午前中の出来事で、昼から午後にかけては特に何もなく過ぎた。冒険家はエルフと一緒に食事を取り、私は衛兵用の詰め所で食事をした。
「で、どうだい？ 彼とは仲良くなれたかい？」
動きがあったのはその日の夕方だった。村長に呼び出され、彼女の家に招かれた私は、そこで村長からそう言われた。
この時その家には、私と村長しかいなかった。忌憚ない意見を吐き出せるよう、村長が取り計らったのだ。
「なぜ仲良くする必要があるのですか」
なので私も、自分の意見を正直にぶつけた。村長は怒ることも悲しむこともせず、ただ困惑したようにため息をついた。
「それではいけないと、お前もよくわかっているだろうに」
村長の言葉に、私はただ沈黙するしかなかった。全くその通りだからだ。
「私達がどういう存在か、忘れたわけではあるまい？」
続けて村長が言ってきた。私はそれに対しても、正直に答えた。
この森の中に魔界に通じる「穴」があり、そこから魔力が滲み出てきていること。その魔力はリリムの支配する魔界から溢れ出しているものであり、強烈な淫気に満ちていること。
その魔力が森を犯し、樹海全域がゆっくりと魔界化し始めていること。
そしてこの村もまた魔力に侵食され、エルフ全員がサキュバス化していたこと。
「こうなってしまった以上、もはや抗っても無意味。むしろ抗えば抗う程、余計に苦しむ羽目になる。ならばいっそのこと、流れに身を任せてしまうのが最善ではないか？」
赤い瞳を爛々と輝かせながら、村長が告げる。彼女は完全に堕落した訳では無かったが、それでもその心魂は確実に侵食されていた。
人間の男を伴侶として迎え入れたのが何よりの証拠だ。そして村長の夫を受け入れた他のエルフも、同様に堕ちかけていた。
正直言って、現時点でまともなエルフでいるのは私だけだろう。
「お前は人一倍精神力が強いからな。自分が魔物化したことを自覚出来ていないのだ。しかしその心には、男を求めようとする本能がしっかりと根付いているはずだ。お前もこの村で生まれ育った身、生まれ落ちた瞬間から魔力に曝されてきたのだからな」
村長が断言する。私は到底それを受け入れることは出来なかった。
私はエルフだ。魔物ではない。気高いエルフなのだ。だから村長に対し、面と向かって言ってやった。
「村長。私はエルフです。肉欲に負けるなどということはありません」
あなた達とは違う。心の中で付け足す。構うものか。
「私は絶対に負けません。淫らな存在にはならない。下等な人間には絶対に尻尾は振らない！」
本心をぶちまける。それでも村長は怒らなかった。ただ笑ってこう言った。
「まあ騙されたと思って。一回愛の味を確かめてみるのもアリだと思うぞ？」
その姿は心の底から今を楽しんでいるようだった。馬鹿にされているような気がしたので、そこで家を出てやった。
村長は何も言わなかった。私は村長を無視して、大急ぎで詰め所に向かった。
途中、切り株に座って冒険家と談笑するエルフたちと出くわした。本当に幸せそうだった。
腹立たしかった。冒険家の姿が視界に入ると、その苛立ちは更に増した。
意味が分からない。これを書いている今も、なぜそうなったのか分からずにいる。
二月九日
明日夫が帰ってくる。その日、朝一番に村長がそう言った。村長はとても嬉しそうに、自分の伴侶が帰ってくることを他の村民たちに言って回ったのだった。
まだ早朝だというのに、村長のテンションは異様に高かった。そして彼女の報せを受けた村民たちも、皆一様にその顔を喜びに輝かせた。昼頃にはその話が村のエルフ全員に行き渡り、村そのものが異様な熱気に包まれていった。
誰も彼もが熱に浮かされたように、妙にそわそわしている。そんなに人間の帰還が嬉しいのだろうか。あの男に特別好意を抱いていない私としては、よくわからない感覚だった。
どことなく疎外感を覚えた。羨ましいとも感じた。人間に媚びる気は無いが、村のエルフ全員と契りを交わした破廉恥な「夫」を嬉しそうに待ち構える彼女達を嘲笑うことは、私にはどうしても出来なかった。
「何がどうなってるんです？」
例の冒険家が私にそう問いかけてきたのは、沈んだ夕陽が樹海の陰に隠れ始めた頃だった。彼はそれまで村のエルフ達の仕事――食料の保存や衣服の洗濯――を手伝っており、雑務から解放された彼はいの一番に私の元に飛んできたのだ。
曰く、何かあったら私に質問しろと村長が仰せつかっているから、とのことらしい。余計なことをしてくれる。
「みんな何て言うか、浮足立ってる感じがします。何かお祭りでも始まるんですか？」
そんな私の気持ちなどお構いなしに、この冒険家は話を切り出してきた。冒険家は私と同じように、今のこの村の様子に違和感を覚えているようだった。そしてその理由を探らんと、私に接触してきたのだった。
私としては、別にこの男に対して親切に接する義理は無かった。しかし何故かその時は、その冒険家の男だけが、この村の中で「まとも」に見えた。今自分の味方は、この男しかいない。そう思った、
だから私も、その男の問いに――今考えるとおかしいくらいに――懇切丁寧に答えてやった。
「明日、村長の夫がこの村に帰ってくるのだ。奴は有能な狩人でな。仕留めた獲物を樹海の外にある街で売って、それで得た金を使って生活必需品を買い、村に持ち帰って来ることになっているのだ」
確か最初の言葉はそんな感じだった気がする。そしてその後も私は、その冒険家の男に対して自分から説明を続けた。
この村のエルフ達は、基本的に自分達のコミュニティの外に出たがらないこと。特に赤の他人の人間が大勢ひしめく街に繰り出すことには強い難色を示すこと。故に心優しい伴侶は一人で街に向かい、一人で売買を済ませて村に帰ってくること。その男の帰りを、エルフ達は総出で待ち構えていること。等々。
片っ端から、堰を切ったように、私は冒険家に話して聞かせた。そしてそこまで言ったところで、冒険家がまた新たな疑問をぶつけてきた。
「村のエルフ全員が、その男の人の帰りを心待ちにしているんですか？」
「その通りだ」
「何故？」
「全員彼とまぐわったからな」
私がそう言った直後、冒険家は目を点にした。その時はそんな顔をされても困る、と素直に思った。事実なのだ。
「この村の近くに、魔界に通じる穴があってな。そこから漏れ出る魔力が樹海を侵食し、同時にこの村も侵していった。おかげでここに住む我々は一人残らず魔力に中てられ、魔物化してしまったというわけだ」
後は簡単。こうして魔物化したエルフ達は、その後この冒険家と同じようにここに迷い込んだ一人の男に目をつけ、あれこれ理由をつけて数日間ここに滞在させた。そして何かにつけては男の世話を焼き、親しくなった後に、全員で求愛した。そして男もまた、そんなエルフ勢からの告白を二つ返事で受け入れ、村のエルフ全員を妻とした。
当然の帰結だった。「村長の夫」は肉体的には普通の人間だった。勇者でも英雄でもない人間が、魔力と色香に勝てる道理は無いのだ。
「それってつまり、俺も魔力に曝されてるってことなんでしょうか」
私の話を聞いた冒険家は、そうしておずおずと問いかけてきた。控え目な態度ではあったが、それは私への恐怖と恐縮の気持ちから来るであろうものだった。村に魔力が充満している、と言う部分に関しては、それほど恐れを抱いていないように見えた。
「だろうな」
私は静かにそう告げた。冒険家は一瞬体を強張らせたが、すぐに肩の力を抜いてこう呟いた。
「そうか。じゃあやっぱり、ここに門があるんだ」
私はそれが気になった。居ても立っても居られないとばかりに、彼の呟きに対して尋ねてみた。
冒険家はあっさり答えた。そして私はそもそもこの冒険家が、なぜこのような場所にやってきたのかを知った。
なんのことはない。彼は好奇心から、この樹海の何処かにあるとされる魔界の「門」を探しに来ていたのだ。
ただの人間が魔界を目指す。事情を知らぬ者が聞けば、自殺行為か何かだと思うだろう。
「怖いもの知らずめ」
「良く言われます」
私が呆れたように返すと、冒険家も笑って言い返した。その後私達は、二人揃って笑いあった。
エルフが人間と笑いあう。傍目に見てもおかしな行為だ。それでも何故か、その時私はとても嬉しい気分になっていたのを覚えている。人間相手に隙を見せた。一生の不覚だ。
「じゃああなたも、魔力に侵されているんですね」
冒険家がそう言ってきたのは、その直後だった。本当に唐突な物言いだった。そして私がそれに対して反応するよりも早く、冒険家の男は続けざまに言葉をぶつけてきた。
「そうなんですか」
その通りだった。そして何故この男がそんなことを言ってきたのか、私には既に見当がついていた。
「その通りだが、私は他のエルフとは違うぞ」
椅子から立ち上がり、冒険家を見下ろすように言い放つ。私の睨み顔――あの時確かに、私はそんな顔をしていた――を見上げた冒険家は咄嗟に息を飲み、生唾を飲み込む。あの男の喉仏が上下に動いたのを、私はハッキリと覚えている。
「私は絶対に魔力に屈したりはしない。確かにこの身は魔物化が進行してはいるが、それに任せて肉欲に溺れるなど、絶対にありえない。私は誇り高きエルフ。他の人間とは違うのだ」
自分はそのような存在なのだと自分自身に言い聞かせるように、私は強く言いきった。冒険家も私の言葉に圧倒されたのか、目を見開いたまま何も言わずにいた。この時の冒険家の顔も、よく覚えている。
清々しい気分だった。
「だからお前も、変な期待は持たぬことだな。明日の夜は恐らく、夫と妻達の大乱交が始まるだろう。だが彼女達が求めているのは、あくまで村長の夫なのだ。お前は大人しく、空き家で眠っていることだな」
そんな気持ちのまま、私はそう言ってやった。冒険家は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
私達の話はそれで終わりだった。男は詰め所から出て宛がわれた家へと戻り、私は詰め所で一人となった。
好都合だった。私も私で準備をしなければならないからだ。明日の夜は、きっと今まで以上に濃い魔力と淫気が村を覆い尽くすことだろう。そうなっても大丈夫なように――自分がセックスに耽るケダモノにならぬように、今のうちに心の覚悟を決めておく必要があった。
「私は絶対に、性愛には屈しないぞ」
村のエルフとは違う。絶対に乗り切ってやる。
私はそればかり考えながら、残りの時間を過ごしたのだった。
追記（二月九日分）
なぜ自分がここまで冒険家の言動を詳しく覚えていたのか、自分でもよく分からない。
きっとあの場に二人しかいなかったから、その分あの男の動向を注視出来たのだろう。
このことに関しては、これ以上考えないことにする。考えようとすると胸がモヤモヤする。とても不愉快な気分になる。
気持ちが悪い。今日はもうこれで終わりにする。奴のことは考えたくもない。
明日が勝負だ。
二月十一日
我がマスターは、自分のことをセレイスと名乗った。セレイス・オクタービオン。それが我がマスター……数日前に村にやってきた冒険家の名だ。
マスターは優しく、とても心の広い方だ。昨夜、浅ましくも夜這いをかけた私を受け入れてくださり、私の処女を奪ってくださった。それまで散々マスターを邪険に扱ってきたこの私を、その両腕で抱きしめてくださった。私の全てを受け入れてくださった。
そして朝日が昇るまで、私を愛してくださった。何度胎内に精液を注いでいただいか覚えていない。何度キスをいただいたかも覚えていない。わかっているのは情交を終えた後、私とマスターの体は互いの体液でベトベトになっていたことだ。
「愛しています。愛しています」
セックスに一区切りつけた後も、私はそればかり口にしていた。愛するマスターに自分の気持ちを伝えるのに、それ以外の方法を知らなかったからだ。これまで意地を張って武芸ばかりにかまけ、色恋の知識を疎かにしてきた自分を殴りたくなった。
愛しています。本当にそれ以外の言葉が思いつかない。だから私は隣で寝転がるマスターの体にしがみつきながら、必死にそれを伝え続けた。
「俺も愛しているよ」
そのうち、マスターの方から声がかかってくる。私はそれがとても嬉しくて、マスターが私を愛してくれることを認識できたことが嬉しくて、その場で絶頂してしまった。膣内に蓄えきれず――マスターの精をこぼすなど、下僕失格である――精液の逆流する膣から潮を吹き、続けざまに失禁までしてしまった。
恥辱の極みだった。しかしマスターに自分の恥ずかしい姿を曝け出すことは、私に凄まじい快感をもたらした。その背徳感そのものとも言える黒い快楽は、私の心を激しく揺さぶった。
「おもらししちゃったんだね」
私が失禁したことにマスターが気づく。そして悪戯っぽい口調で、私の耳元でそう囁く。
また体が震えた。小刻みな絶頂が私を襲い、金色の尿がさらにじょろじょろと音を立てて流れ出していく。
「大丈夫。全部受け止めるから。安心して」
マスターの方から抱きついてくる。マスターの体温と体臭で全身が包み込まれる。
全身の筋肉がマスターの愛を受けて喜び、ぴくぴくと痙攣する。脳味噌は喜びでふやけ、精神は遥か高みに昇ったまま帰って来ない。汗と涙と鼻水と涎を垂れ流し、ただ喜びのままに体を震わせる。初夜の喜びと破瓜の衝撃と絶頂の幸福が、あの時の私を完全に破壊していた。
今にして思うと、我ながら酷い状態であったと言わざるを得ない。今これを書いているのは午後八時を過ぎた頃であるが、よくあの状況から平静を取り戻せたものだと驚愕すら覚える。
しかしそれでも、マスターはそんな私を最後まで受け止めてくださった。ならば私も、マスターの全てを受け入れなければならない。
そのことに対して不安や恐怖はない。ただ全力を以てマスターを愛する。それだけだからだ。
他にも書きたいことがあるが、今日はここで終わりとする。これから一緒に入浴し、改めて愛を交わし合う予定だからだ。
今からとても楽しみだ。
二月十二日
マスターがこの村に留まってくれることになった。冒険家稼業からは足を洗い、私と一緒に永遠の愛を育んでくれるとのことだ。
これ以上嬉しいことはない。事実、私がマスターの家でその話を聞いた時、私は嬉しさのあまりマスターの目の前で失禁してしまった。マスターはそんなはしたない私を優しく抱きしめて、そんな君も素敵だよと耳元で囁いてくれた。
二度目の絶頂を迎えたのは言うまでもない。そのまま二人でベッドになだれ込み、愛を交わし合ったことも言うまでもない。昼過ぎのことだが、ここでは誰もそれを咎めようとはしない。互いの愛を交わらせることは素敵なことであると、この場の誰もが知っているからだ。
今ならなぜ他のエルフ達が「夫」の帰還に気を揉んでいたのか、よくわかる。そしてマスターを好きになって良かったと、心からそう思える。
幸せだ。
二月二十日
暫く日記は書けなくなる。
こんな紙切れより、マスターと睦み合う事の方が遥かに大事だからだ。
午前中に衛兵の仕事をして、午後に家に帰って疲れを癒し、夜に愛を囁き合う。日記をつける時間はとても取れそうにない。
明日もマスターと合体できるのだと思うと、下半身が熱で燃え盛っていく。股間が濡れそぼり、ムズムズが止まらなくなる。
早くセックスしたい。
おちんちんがほしい。
三月十七日
結婚式を執り行った。それ自体は早くから決まっていたが、準備に半月ほど要した。村長と彼女の夫が無駄にハッスルし、設営に手をかけまくったからだ。
ともあれ、これで私とマスターは、正式に夫婦となれた。マスターに結婚指輪を嵌めていただいたこと、皆の見守る中で誓いのキスを交わしたこと、そしてウェディングドレス姿のまま、衆人環視の中でマスターに犯されたこと。
全てが尊い。美しい思い出だ。この身が朽ちて死ぬその日まで、この日の記憶は永遠に脳裏から消えないだろう。
そしてもちろん、この後私達は再びセックスをする。当然私達の体液でびしょ濡れになったウェディングドレスを着たままだ。
汚いと思ったことは無い。むしろこれを着ているとマスターの匂いに包まれて、まるでマスターの体内に飲み込まれたような錯覚を覚え、途方もなく幸せな気分になる。
マスターの全てが、私を幸せにしてくれる。私は幸せだ。
七月二日
妊娠した。
うれしい。
涙が止まらない。
ますたーとわたしの（これ以降、文字が水気で滲んで読めなくなっている）
（筆記時期不明。ただ文字のみ記されている）
マスター。
愛しています。
娘共々、これからもどうかよろしくお願いします。
我がエルフの村に人間が迷い込んできた。二十代前半の男で、中肉中背。これといって特徴のない、平凡な男だった。
背中に大きなリュックサックを背負っていたその男は、自らを冒険家と名乗った。ここにエルフの集落があるとは思わず、ここの樹海を進むうちに、全く偶然ここに足を踏み入れてしまったとも語った。
私としては、この人間はさっさと追い返すべきだと思った。有害ではないだろうが、滞在させたところで大して益も無いだろうからだ。余所者の面倒を見る余裕は、少なくとも私には無い。村を守る衛兵長の仕事だけで手一杯だ。
しかし村長は違った。村長は会議の場で、あの人間を暫く村に滞在させるべきだと告げた。その理由は明日以降、数日かけて降るであろう雨にあった。
「まさに土砂降りの雨と呼ぶにふさわしい大雨が降る。森にとっては恵みの雨ではあるが、疲れた人間にとっては災いでしかない。そんな中に人間を放り込むのは、さすがに気の毒ではないか」
村長はエルフにしては珍しく、人間に寛容な態度を貫いてきた方だった。それもそのはず、村長には人間の夫がいるからだ。ちなみにその「夫」は村の外まで出稼ぎに行っており、今はこの村にはいなかった。
「そういうわけだから、どうだろう。確か空き家があったはずだから、雨が止むまで、彼をそこに滞在させるということにしないか？」
「異議なし」
「右に同じです」
そしてその「村長の夫」のおかげで、他のエルフも人間に対して排他的な感情を取ることはしなかった。村長の夫と触れ合う――そう、〝触れ合う〟中で、エルフたちは皆心が寛容になっていったのだ。故にこの会議の場にいた他の家長たちも、一様にそれを支持した。その後も特に反対意見は出ず、そのまま人間を保護することで決まりとなった。
私としては正直、面白くなかった。
「それじゃあエマ。村を代表して、君が彼を案内しなさい」
さらにその後、村長が私に向かってそんなことを言ってきた。本当に唐突だったので、当然ながら私は面食らった。
「何故私が？ 他に適任がいるでしょう」
私はすぐに反論した。村長は首を横に振って言い返した。
「いいや、これは君がするべきことだ。君にしか出来ないことだ」
「なぜそこまで断言できるのです」
「それは君が一番わかっているはずだ」
村長が断言する。私は何も言い返せなかった。
図星だったからだ。
「君も意地を張ってないで、そろそろパートナーを見つけるべきではないかね？」
我が子の身を案じるように、村長が言ってきた。
私は何も言わずに、村長の家を出た。
そしてとりあえず仕事は済ませた。男に村を紹介し、その後空き家に案内した。
そこで何を話したのか、正直覚えていない。
二月三日
朝から大雨だった。村長の懸念は見事的中した。
狩りに行くことすら躊躇われるほどの、土砂降りの雨だった。
もっとも、衛兵長である私は率先して狩りに行くようなことはしない。私の仕事は外敵からこの村を守ることだ。
そう。余所者を蹴散らすことが仕事なのであって、余所者を歓待することが仕事なのではない。
「色々助けていただいて、ありがとうございます。本当に助かりました」
この日私は、例の人間に一日付きっきりであった。迷い込んできた人間をもてなし、彼の警戒心を解くよう、村長から指示を受けたのだ。
当然不満はあった。というより、不満しかなかった。なぜ私がそんなことをしなければならないのだ。それも私一人で、空き家の中で二人きりの状況で。
ストレスの溜まる仕事だった。外からひっきりなしに聞こえてくる暴力的な雨音もまた、私の平静をかき乱してきた。耳障りな音を立ててくれるなと何度も思った。
全てが私の意に反している。本当に腹立たしい。
「それにしても、ここってエルフの村なのに、ずいぶんと人間に優しいんですね。何か理由があるんですか？」
そしてもう一つ不満があった。その冒険家はまさに好奇心が服を着て歩いているような存在であり、何かにつけては私に疑問をぶつけてきたのだ。質問の大半がエルフのことや、この村のことに関するものだった。男の知識欲は底なしだった。
そんな男からの問いに対して、私がどう答えたのか、正直覚えていない。どうでもよかったからだ。多分一言二言、適当に返答しただけだと思われる。相槌を打って終わっただけかもしれない。
とにかく、その程度のことしか覚えていない。私にとってそれは、その程度の用件でしか無かったからだ。歓待をしろと言う村長からの言伝さえも、頭の中から掻き消えていた。
「そろそろ正午か。ここで待っていろ。食事を持ってくる」
しかし、そう言ったことだけはハッキリと覚えている。理由は簡単。一時的とはいえ、この牢屋のような場所から離れることが出来るからだ。多少濡れはするだろうが、その程度のマイナスならば喜んで被ろう。素直に私はそう考えていた。
「駄目ですよ。こんな時に外に出たら濡れますって」
しかしその直後、男がそう言ってきた。さらに男は立ち上がって、自分が二人分の食事を持ってくるとまで言い出した。
私は即座にそれを断った。事情はどうあれ、客人は客人。丁重に扱わなければならない。村長の雷が飛んで来るのだけは御免だ。
「お前は客人なのだ。無茶をされて風邪を引かれたら、私が迷惑する。ここでじっとしていろ」
だから私はそれだけ告げて、さっさと家の外に出た。男は何か言っていたが、無視して雨の降る中を駆け抜けた。
「駄目ですって！ あなたが風邪引いちゃいますよ！」
無視して走る。ざまあみろ。
外は気持ち良かった。重責から解放された喜びが全身を駆け巡り、弛緩した筋肉に活力が戻っていく。本当に喜ばしかった。その後私は自分の家に戻り、一度体についた雨を拭ってから適当に備蓄していた果物を選び、籠に放り込んで男の元に戻った。
この日の中で詳細に覚えているのは、この時のやり取りだけである。後のことは全く覚えていない。興味のないことを一々記憶していられるほど、私の頭は良くない。
なぜ男の発言まで覚えているのかまではわからなかった。
二月四日
風邪を引いた。
なぜか件の冒険家の家で看病されることになった。
頭が重いのでここでやめる。
二月五日
ぼうけんかがたすけてくれている
ぐっすりねむれそうだ
あ
二月八日
風邪が完治した。
体が軽い。頭が軽い。健康体の有難みを全身で噛み締める。
外に出ると、雨は完全に止んでいた。それも当然か。
そしてその外で、他のエルフと例の冒険家が穏やかに談笑していた。私が寝込んでいた間に、すっかりこの村に馴染んでしまったようだ。
これが午前中の出来事で、昼から午後にかけては特に何もなく過ぎた。冒険家はエルフと一緒に食事を取り、私は衛兵用の詰め所で食事をした。
「で、どうだい？ 彼とは仲良くなれたかい？」
動きがあったのはその日の夕方だった。村長に呼び出され、彼女の家に招かれた私は、そこで村長からそう言われた。
この時その家には、私と村長しかいなかった。忌憚ない意見を吐き出せるよう、村長が取り計らったのだ。
「なぜ仲良くする必要があるのですか」
なので私も、自分の意見を正直にぶつけた。村長は怒ることも悲しむこともせず、ただ困惑したようにため息をついた。
「それではいけないと、お前もよくわかっているだろうに」
村長の言葉に、私はただ沈黙するしかなかった。全くその通りだからだ。
「私達がどういう存在か、忘れたわけではあるまい？」
続けて村長が言ってきた。私はそれに対しても、正直に答えた。
この森の中に魔界に通じる「穴」があり、そこから魔力が滲み出てきていること。その魔力はリリムの支配する魔界から溢れ出しているものであり、強烈な淫気に満ちていること。
その魔力が森を犯し、樹海全域がゆっくりと魔界化し始めていること。
そしてこの村もまた魔力に侵食され、エルフ全員がサキュバス化していたこと。
「こうなってしまった以上、もはや抗っても無意味。むしろ抗えば抗う程、余計に苦しむ羽目になる。ならばいっそのこと、流れに身を任せてしまうのが最善ではないか？」
赤い瞳を爛々と輝かせながら、村長が告げる。彼女は完全に堕落した訳では無かったが、それでもその心魂は確実に侵食されていた。
人間の男を伴侶として迎え入れたのが何よりの証拠だ。そして村長の夫を受け入れた他のエルフも、同様に堕ちかけていた。
正直言って、現時点でまともなエルフでいるのは私だけだろう。
「お前は人一倍精神力が強いからな。自分が魔物化したことを自覚出来ていないのだ。しかしその心には、男を求めようとする本能がしっかりと根付いているはずだ。お前もこの村で生まれ育った身、生まれ落ちた瞬間から魔力に曝されてきたのだからな」
村長が断言する。私は到底それを受け入れることは出来なかった。
私はエルフだ。魔物ではない。気高いエルフなのだ。だから村長に対し、面と向かって言ってやった。
「村長。私はエルフです。肉欲に負けるなどということはありません」
あなた達とは違う。心の中で付け足す。構うものか。
「私は絶対に負けません。淫らな存在にはならない。下等な人間には絶対に尻尾は振らない！」
本心をぶちまける。それでも村長は怒らなかった。ただ笑ってこう言った。
「まあ騙されたと思って。一回愛の味を確かめてみるのもアリだと思うぞ？」
その姿は心の底から今を楽しんでいるようだった。馬鹿にされているような気がしたので、そこで家を出てやった。
村長は何も言わなかった。私は村長を無視して、大急ぎで詰め所に向かった。
途中、切り株に座って冒険家と談笑するエルフたちと出くわした。本当に幸せそうだった。
腹立たしかった。冒険家の姿が視界に入ると、その苛立ちは更に増した。
意味が分からない。これを書いている今も、なぜそうなったのか分からずにいる。
二月九日
明日夫が帰ってくる。その日、朝一番に村長がそう言った。村長はとても嬉しそうに、自分の伴侶が帰ってくることを他の村民たちに言って回ったのだった。
まだ早朝だというのに、村長のテンションは異様に高かった。そして彼女の報せを受けた村民たちも、皆一様にその顔を喜びに輝かせた。昼頃にはその話が村のエルフ全員に行き渡り、村そのものが異様な熱気に包まれていった。
誰も彼もが熱に浮かされたように、妙にそわそわしている。そんなに人間の帰還が嬉しいのだろうか。あの男に特別好意を抱いていない私としては、よくわからない感覚だった。
どことなく疎外感を覚えた。羨ましいとも感じた。人間に媚びる気は無いが、村のエルフ全員と契りを交わした破廉恥な「夫」を嬉しそうに待ち構える彼女達を嘲笑うことは、私にはどうしても出来なかった。
「何がどうなってるんです？」
例の冒険家が私にそう問いかけてきたのは、沈んだ夕陽が樹海の陰に隠れ始めた頃だった。彼はそれまで村のエルフ達の仕事――食料の保存や衣服の洗濯――を手伝っており、雑務から解放された彼はいの一番に私の元に飛んできたのだ。
曰く、何かあったら私に質問しろと村長が仰せつかっているから、とのことらしい。余計なことをしてくれる。
「みんな何て言うか、浮足立ってる感じがします。何かお祭りでも始まるんですか？」
そんな私の気持ちなどお構いなしに、この冒険家は話を切り出してきた。冒険家は私と同じように、今のこの村の様子に違和感を覚えているようだった。そしてその理由を探らんと、私に接触してきたのだった。
私としては、別にこの男に対して親切に接する義理は無かった。しかし何故かその時は、その冒険家の男だけが、この村の中で「まとも」に見えた。今自分の味方は、この男しかいない。そう思った、
だから私も、その男の問いに――今考えるとおかしいくらいに――懇切丁寧に答えてやった。
「明日、村長の夫がこの村に帰ってくるのだ。奴は有能な狩人でな。仕留めた獲物を樹海の外にある街で売って、それで得た金を使って生活必需品を買い、村に持ち帰って来ることになっているのだ」
確か最初の言葉はそんな感じだった気がする。そしてその後も私は、その冒険家の男に対して自分から説明を続けた。
この村のエルフ達は、基本的に自分達のコミュニティの外に出たがらないこと。特に赤の他人の人間が大勢ひしめく街に繰り出すことには強い難色を示すこと。故に心優しい伴侶は一人で街に向かい、一人で売買を済ませて村に帰ってくること。その男の帰りを、エルフ達は総出で待ち構えていること。等々。
片っ端から、堰を切ったように、私は冒険家に話して聞かせた。そしてそこまで言ったところで、冒険家がまた新たな疑問をぶつけてきた。
「村のエルフ全員が、その男の人の帰りを心待ちにしているんですか？」
「その通りだ」
「何故？」
「全員彼とまぐわったからな」
私がそう言った直後、冒険家は目を点にした。その時はそんな顔をされても困る、と素直に思った。事実なのだ。
「この村の近くに、魔界に通じる穴があってな。そこから漏れ出る魔力が樹海を侵食し、同時にこの村も侵していった。おかげでここに住む我々は一人残らず魔力に中てられ、魔物化してしまったというわけだ」
後は簡単。こうして魔物化したエルフ達は、その後この冒険家と同じようにここに迷い込んだ一人の男に目をつけ、あれこれ理由をつけて数日間ここに滞在させた。そして何かにつけては男の世話を焼き、親しくなった後に、全員で求愛した。そして男もまた、そんなエルフ勢からの告白を二つ返事で受け入れ、村のエルフ全員を妻とした。
当然の帰結だった。「村長の夫」は肉体的には普通の人間だった。勇者でも英雄でもない人間が、魔力と色香に勝てる道理は無いのだ。
「それってつまり、俺も魔力に曝されてるってことなんでしょうか」
私の話を聞いた冒険家は、そうしておずおずと問いかけてきた。控え目な態度ではあったが、それは私への恐怖と恐縮の気持ちから来るであろうものだった。村に魔力が充満している、と言う部分に関しては、それほど恐れを抱いていないように見えた。
「だろうな」
私は静かにそう告げた。冒険家は一瞬体を強張らせたが、すぐに肩の力を抜いてこう呟いた。
「そうか。じゃあやっぱり、ここに門があるんだ」
私はそれが気になった。居ても立っても居られないとばかりに、彼の呟きに対して尋ねてみた。
冒険家はあっさり答えた。そして私はそもそもこの冒険家が、なぜこのような場所にやってきたのかを知った。
なんのことはない。彼は好奇心から、この樹海の何処かにあるとされる魔界の「門」を探しに来ていたのだ。
ただの人間が魔界を目指す。事情を知らぬ者が聞けば、自殺行為か何かだと思うだろう。
「怖いもの知らずめ」
「良く言われます」
私が呆れたように返すと、冒険家も笑って言い返した。その後私達は、二人揃って笑いあった。
エルフが人間と笑いあう。傍目に見てもおかしな行為だ。それでも何故か、その時私はとても嬉しい気分になっていたのを覚えている。人間相手に隙を見せた。一生の不覚だ。
「じゃああなたも、魔力に侵されているんですね」
冒険家がそう言ってきたのは、その直後だった。本当に唐突な物言いだった。そして私がそれに対して反応するよりも早く、冒険家の男は続けざまに言葉をぶつけてきた。
「そうなんですか」
その通りだった。そして何故この男がそんなことを言ってきたのか、私には既に見当がついていた。
「その通りだが、私は他のエルフとは違うぞ」
椅子から立ち上がり、冒険家を見下ろすように言い放つ。私の睨み顔――あの時確かに、私はそんな顔をしていた――を見上げた冒険家は咄嗟に息を飲み、生唾を飲み込む。あの男の喉仏が上下に動いたのを、私はハッキリと覚えている。
「私は絶対に魔力に屈したりはしない。確かにこの身は魔物化が進行してはいるが、それに任せて肉欲に溺れるなど、絶対にありえない。私は誇り高きエルフ。他の人間とは違うのだ」
自分はそのような存在なのだと自分自身に言い聞かせるように、私は強く言いきった。冒険家も私の言葉に圧倒されたのか、目を見開いたまま何も言わずにいた。この時の冒険家の顔も、よく覚えている。
清々しい気分だった。
「だからお前も、変な期待は持たぬことだな。明日の夜は恐らく、夫と妻達の大乱交が始まるだろう。だが彼女達が求めているのは、あくまで村長の夫なのだ。お前は大人しく、空き家で眠っていることだな」
そんな気持ちのまま、私はそう言ってやった。冒険家は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
私達の話はそれで終わりだった。男は詰め所から出て宛がわれた家へと戻り、私は詰め所で一人となった。
好都合だった。私も私で準備をしなければならないからだ。明日の夜は、きっと今まで以上に濃い魔力と淫気が村を覆い尽くすことだろう。そうなっても大丈夫なように――自分がセックスに耽るケダモノにならぬように、今のうちに心の覚悟を決めておく必要があった。
「私は絶対に、性愛には屈しないぞ」
村のエルフとは違う。絶対に乗り切ってやる。
私はそればかり考えながら、残りの時間を過ごしたのだった。
追記（二月九日分）
なぜ自分がここまで冒険家の言動を詳しく覚えていたのか、自分でもよく分からない。
きっとあの場に二人しかいなかったから、その分あの男の動向を注視出来たのだろう。
このことに関しては、これ以上考えないことにする。考えようとすると胸がモヤモヤする。とても不愉快な気分になる。
気持ちが悪い。今日はもうこれで終わりにする。奴のことは考えたくもない。
明日が勝負だ。
二月十一日
我がマスターは、自分のことをセレイスと名乗った。セレイス・オクタービオン。それが我がマスター……数日前に村にやってきた冒険家の名だ。
マスターは優しく、とても心の広い方だ。昨夜、浅ましくも夜這いをかけた私を受け入れてくださり、私の処女を奪ってくださった。それまで散々マスターを邪険に扱ってきたこの私を、その両腕で抱きしめてくださった。私の全てを受け入れてくださった。
そして朝日が昇るまで、私を愛してくださった。何度胎内に精液を注いでいただいか覚えていない。何度キスをいただいたかも覚えていない。わかっているのは情交を終えた後、私とマスターの体は互いの体液でベトベトになっていたことだ。
「愛しています。愛しています」
セックスに一区切りつけた後も、私はそればかり口にしていた。愛するマスターに自分の気持ちを伝えるのに、それ以外の方法を知らなかったからだ。これまで意地を張って武芸ばかりにかまけ、色恋の知識を疎かにしてきた自分を殴りたくなった。
愛しています。本当にそれ以外の言葉が思いつかない。だから私は隣で寝転がるマスターの体にしがみつきながら、必死にそれを伝え続けた。
「俺も愛しているよ」
そのうち、マスターの方から声がかかってくる。私はそれがとても嬉しくて、マスターが私を愛してくれることを認識できたことが嬉しくて、その場で絶頂してしまった。膣内に蓄えきれず――マスターの精をこぼすなど、下僕失格である――精液の逆流する膣から潮を吹き、続けざまに失禁までしてしまった。
恥辱の極みだった。しかしマスターに自分の恥ずかしい姿を曝け出すことは、私に凄まじい快感をもたらした。その背徳感そのものとも言える黒い快楽は、私の心を激しく揺さぶった。
「おもらししちゃったんだね」
私が失禁したことにマスターが気づく。そして悪戯っぽい口調で、私の耳元でそう囁く。
また体が震えた。小刻みな絶頂が私を襲い、金色の尿がさらにじょろじょろと音を立てて流れ出していく。
「大丈夫。全部受け止めるから。安心して」
マスターの方から抱きついてくる。マスターの体温と体臭で全身が包み込まれる。
全身の筋肉がマスターの愛を受けて喜び、ぴくぴくと痙攣する。脳味噌は喜びでふやけ、精神は遥か高みに昇ったまま帰って来ない。汗と涙と鼻水と涎を垂れ流し、ただ喜びのままに体を震わせる。初夜の喜びと破瓜の衝撃と絶頂の幸福が、あの時の私を完全に破壊していた。
今にして思うと、我ながら酷い状態であったと言わざるを得ない。今これを書いているのは午後八時を過ぎた頃であるが、よくあの状況から平静を取り戻せたものだと驚愕すら覚える。
しかしそれでも、マスターはそんな私を最後まで受け止めてくださった。ならば私も、マスターの全てを受け入れなければならない。
そのことに対して不安や恐怖はない。ただ全力を以てマスターを愛する。それだけだからだ。
他にも書きたいことがあるが、今日はここで終わりとする。これから一緒に入浴し、改めて愛を交わし合う予定だからだ。
今からとても楽しみだ。
二月十二日
マスターがこの村に留まってくれることになった。冒険家稼業からは足を洗い、私と一緒に永遠の愛を育んでくれるとのことだ。
これ以上嬉しいことはない。事実、私がマスターの家でその話を聞いた時、私は嬉しさのあまりマスターの目の前で失禁してしまった。マスターはそんなはしたない私を優しく抱きしめて、そんな君も素敵だよと耳元で囁いてくれた。
二度目の絶頂を迎えたのは言うまでもない。そのまま二人でベッドになだれ込み、愛を交わし合ったことも言うまでもない。昼過ぎのことだが、ここでは誰もそれを咎めようとはしない。互いの愛を交わらせることは素敵なことであると、この場の誰もが知っているからだ。
今ならなぜ他のエルフ達が「夫」の帰還に気を揉んでいたのか、よくわかる。そしてマスターを好きになって良かったと、心からそう思える。
幸せだ。
二月二十日
暫く日記は書けなくなる。
こんな紙切れより、マスターと睦み合う事の方が遥かに大事だからだ。
午前中に衛兵の仕事をして、午後に家に帰って疲れを癒し、夜に愛を囁き合う。日記をつける時間はとても取れそうにない。
明日もマスターと合体できるのだと思うと、下半身が熱で燃え盛っていく。股間が濡れそぼり、ムズムズが止まらなくなる。
早くセックスしたい。
おちんちんがほしい。
三月十七日
結婚式を執り行った。それ自体は早くから決まっていたが、準備に半月ほど要した。村長と彼女の夫が無駄にハッスルし、設営に手をかけまくったからだ。
ともあれ、これで私とマスターは、正式に夫婦となれた。マスターに結婚指輪を嵌めていただいたこと、皆の見守る中で誓いのキスを交わしたこと、そしてウェディングドレス姿のまま、衆人環視の中でマスターに犯されたこと。
全てが尊い。美しい思い出だ。この身が朽ちて死ぬその日まで、この日の記憶は永遠に脳裏から消えないだろう。
そしてもちろん、この後私達は再びセックスをする。当然私達の体液でびしょ濡れになったウェディングドレスを着たままだ。
汚いと思ったことは無い。むしろこれを着ているとマスターの匂いに包まれて、まるでマスターの体内に飲み込まれたような錯覚を覚え、途方もなく幸せな気分になる。
マスターの全てが、私を幸せにしてくれる。私は幸せだ。
七月二日
妊娠した。
うれしい。
涙が止まらない。
ますたーとわたしの（これ以降、文字が水気で滲んで読めなくなっている）
（筆記時期不明。ただ文字のみ記されている）
マスター。
愛しています。
娘共々、これからもどうかよろしくお願いします。
17/06/18 21:44更新 / 黒尻尾