連載小説
[TOP][目次]
Duel.1「チュートリアル」
「おい、デュエルしろよ」
「は?」
「と言うわけで、招待状です」

 ギャンブラーのサイス・デュアルにその招待状が届いたのは、彼が久しぶりに故郷に帰った時のことであった。彼は世界中を飛び回っては各地のカジノや酒場で勝負を行う、いわゆる「流れ」のギャンブラーであり、こうして生まれ故郷に帰って来るのは一年に一度あるかないかであったのだ。
 件の招待状は、そんな彼の帰省時を狙ったかのように送られてきた。
 
「ゲームの招待状? 俺にか?」
「ええ。是非ともあなたに遊んでいただきたいゲームがあるのです。私共の考えた、一風変わったゲームですよ」

 この際一番にサイスを驚かせたのは、ピンポイントのタイミングで自分の住むアパートに招待状が届いたことでは無かった。招待状の送り主が、その招待状と一緒に、自分の部屋に先んじて上がり込んでいたことであった。彼が玄関ドアを開けて中に入った時、件の送り主は居間に陣取り、優雅に紅茶を嗜んでいたのだ。
 送り主は女性だった。細くしなやかな肢体を薄緑のスーツで包み、頭にはスーツと同色の帽子を被っていた。穏やかな笑みをたたえ、その目は怪しい赤い輝きを放っていた。
 彼女は自らをマッドハッターの「アン」と名乗った。アンはまず最初に勝手に部屋に入ったことを詫び、その後で彼に招待状を手渡した。
 
「魔物娘のゲームか。しかしなぜそんなことをわざわざやろうと思ったのだ?」
「単なる暇潰しです。それに時間を潰すならば、せめて楽しく時間を浪費したいではありませんか」
「なるほど、一理あるな」
「もちろん報酬はお支払いします。我々の勝手なお遊びにつき合っていただくのですから、当然のことです。それで、いかがでしょう? 我々のゲームに参加していただけないでしょうか」
「ううむ、ゲームか……」

 そしてアンからの提案に対し、サイスは渋面を浮かべて唸り声を上げた。この時彼の頭の中にあったのは不法侵入してきたアンへの怒りではなく、未知なるゲームに対する推測と強い好奇心であった。
 サイスは生粋のゲーム好きだった。そもそも彼が率先してギャンブルを行うのも、それが唯一「大金の稼げるゲーム」だからだ。そして彼はここで稼いだ金を使って他国へ飛んだり、その国特有のまだ見ぬゲームを買ったり、世界各国で開かれているゲーム大会に参加したりしているのであった。
 
「あなたほどのゲーム好きならば、絶対に損はさせませんよ」
 
 おまけにサイスは買い込んだゲームや大会で手に入れたトロフィーを保管するために、世界各地に別宅を建築してもいた。それも当然ギャンブルで手に入れた金から捻出していた。そしてそこから出しきれないとわかった時には、彼はすぐさま近場のカジノに飛び、そこからまたお金を「拝借」していた――そうして荒稼ぎをしている内に彼の肩書が「一流ギャンブラー」になったのであるが、サイスは別に勝負師になりたくて世界中の賭場に首を突っ込んでいる訳では無かった。
 ゲームで遊ぶ金が欲しいがために、ゲームで金を稼いでいたにすぎないのだ。
 
「魔物娘のゲーム……ちょっと面白そうだな」
「ちょっとどころではありませんよ。自画自賛のようにも聞こえますが、これはかなり面白いゲームでございます。胸を張ってそう言えます」
 
 彼の人生は、常にゲームを中心にして回っていた。ギャンブルも彼にとっては、愛するゲームの一つに過ぎなかった。そして彼にとってゲームの話題は、何よりも優先されるべき事項だった。
 アンはそんな彼の気質を理解していた。理解した上で、彼を自分のゲームに招待した。彼ほどの「ゲーム狂」ならばこんな唐突なお誘いにも乗ってくれるだろう。彼女はそう読んだのだ。
 
「どうですか? やってみませんか?」
「……そうだな。俺としても、こんな機会を逃すわけにはいかないな」
「それでは」
「ああ。魔物娘の考案したゲーム、是非ともやってみようじゃないか」

 そしてアンの目論見通り、サイスはその話に乗った。唐突で不躾な彼女を家から追い出そうとか、警察に突き出そうとかいう考えは、完全に頭から消え去っていた。未知なるゲームを求める底なしの欲望が、今の彼を突き動かしていた。
 
「不思議の国のゲーム。遊ばせてもらおう」
「わかりました。ではさっそく、試遊会場へ向かいましょう」

 こうして一人の純粋な男は、いきなりやってきたマッドハッターに誘われるまま、不思議の国へと旅立っていたのだった。
 
 
 
 
 魔物娘の存在が公のものになり、違和感なく人間社会に溶け込んでからもう随分と時が経つ。当然ながら「魔界」の存在、ひいては「不思議の国」と呼ばれる領域のことも、人類の大多数が既に認知していた。
 サイスもその一人だった。もっとも「不思議の国」の存在は知識として知ってはいたが、実際に足を踏み入れるのは初めてであったが。
 
「このゲートを越えれば、すぐに不思議の国です。準備はよろしいですか?」
「ああ。早く行こう」

 しかしサイスとしては、初めて進入する不思議の国そのものに対して、それほど感慨を抱いてはいなかった。彼の興味は、専らそこで待ち受けているゲームの方にあった。どこまでもゲームの虫であった。
 そんな彼の心情を、アンは既に把握していた。彼はどこまでも欲望に忠実な人間だったので、そういう意味では非常に心を読み取りやすいタイプであったのだ。だからアンも不思議の国に関しては大して説明を行わず、転移用のゲートを越えて不思議の国に到達した後も、そこに関する説明を極力行わなかった。
 やるだけ無駄だったからだ。
 
「ここは随分と穏やかな場所なんだな」
「ここでならゆったりとした気持ちで、心行くまでゲームを楽しむことが出来ると思いまして。それともこのような所ではなく、他の場所がよろしかったでしょうか?」
「いや、こういう広々とした場所でするゲームと言うのも、中々趣があっていいんじゃないか。俺はここでやっても問題ないぞ」

 転移した先が青々とした草の生え茂る草原地帯であることだけがわかれば、後はどうでも良かった。サイスとしては、一秒でも早く件のゲームに触れてみたかったのだ。
 
「それで、そのゲームはどこにあるんだ? そもそも、それはどんなゲームなんだ?」

 サイスはこの時、それはテーブルゲームの一種だろうと考えていた。盤上で駒を動かすタイプか、カードを使うタイプかはわからなかったが、少なくとも卓上で行える物であるだろうと予想していた。しかし彼がアンと共にやってきたその草原には、テーブルも無ければ椅子も見当たらなかった。当然ながら、ゲームを入れたと思しき箱やトランクケースの類も見られない。あるのは草だけだ。
 予想と違う事態。それが彼の好奇心をさらに加速させる。

「早く教えてくれ。ここでどんなゲームをやらせてくれるんだ? 早く遊ばせてくれないか?」

 齢五十を越える壮年ギャンブラーは、目を子供のようにキラキラと輝かせてアンにそう迫った。目どころか、その仕草は完全に玩具をねだる子供そのものであった。
 そんな子供に対し、アンはどこまでも冷静に対応した。
 
「ご安心を、サイス様。ゲームはちゃんと用意してありますから」
「本当か? それはどこにあるんだ?」
「これでございます」

 詰め寄るサイスをにこやかに見つめながら、アンがどこからともなく一個の物体を取り出す。それは腕輪と円盤とブーメランをくっつけたような、巨大で奇妙な代物だった。構造としては腕輪の上に円盤がくっつき、そしてその円盤の側面にブーメランが接続されているような形になっていた。
 
「これは?」
「今回のゲームで使う道具でございます」
 
 アンがそう答えながら、その道具をサイスに手渡す。サイスもそれを受け取った後、改めてそれに目をやった。
 まず目についたのは円盤部分だった。円盤の中心部分には、何かを映し出すための物と思しき液晶パネルがつけられていた。パネルは細長く、円盤部分の端から端までを繋いでいた。そして円盤の一方の端にはカードの束が差し込まれており、それはトランプよりも一回り小さなものであった。
 ブーメランの部分はこれまた奇天烈な造りをしていた。表面には接地式の読み取り装置が等間隔で並べられており、その下には同じく五つのカードスロットが存在していた。それを一瞥したサイスはその後円盤の端から顔を覗かせるカードの束に目をやり、即座に「このカードをブーメランのところに置いたり挿したりするのか」と理解した。
 なんのためにそんなことをするのかは依然不明であったが。
 
「今回遊ぶゲームは、日本で行われているカードゲームを、我々なりにアレンジしたものです。アレンジを加えすぎてオリジナルとは大分かけ離れた代物になってしまいましたが、そこはどうかご容赦のほどを」

 同じ形をした二つ目の代物をこれまたどこからともなく取り出しながら、アンがそう説明を続ける。そして彼女はそこまで言った後、その物体の腕輪部分の中に自分の左手を嵌め込んだ。
 
「まずはこうして、それをご自身の腕に嵌めてみてください。ブーメランが体の外に向くようにお願いしますね」

 アンに言われるまま、サイスがそれを自分の左腕に嵌める。そうして腕を通した直後、腕輪が自動で締まり、ずり落ちたりしないようそこでがっしりと固定される。
 その骨まで響く軽い衝撃を受けて、サイスがまず最初に感じたのは歓喜だった。奇妙奇天烈なギミックを前にして、彼の中の童心が喜びを覚えた。
 
「これは凄い! 日本ではこのような物を使って遊ぶのか!」
「いえ、これは我々で作った簡易召喚器です。今の人間の技術力では、これと同じものは作れませんよ」
「む、そうなのか」

 歓喜の念が音を立てて萎んでいく。その後恥ずかしそうに右手で頭を掻きながらサイスが言葉を続ける。

「いや、日本にはあまり行ったことが無いから、あの国のゲームに関してはあまり詳しくないのだ」
「そうなのですか? 世界を股にかけて活躍していると事前に聞いておりましたので、てっきりあちらにも出向いているとばかり」
「行きたいのは山々なのだが、日本語が難しくてな。無駄に奥が深いと言うか、複雑すぎるというか……言葉ばかりはどうにもならんのだ」
「なるほど」

 それなら仕方ない。アンはそれ以上の追求を止めた。日本語が無駄に難しい言語であることは、彼女もよく知っていたからだ。
 気を取り直して本題に戻る。
 
「今から始めるゲームですが、ルールは簡単です。カードを使って敵のライフポイントを削ってゼロにする。それだけです」
「本当にそれだけなのか? なんだか端折り過ぎな感じもするがな」
「ええまあ、そうですね。確かに本当はもっと沢山ルールがあるのですが、それを全部口で説明しても覚えられないでしょう?」
「それもそうだな」

 つまりは実際に遊びながらルールを確認していくということか。サイスからの問いかけにアンが頷く。
 
「そういうことです。最初の一戦は軽く流して、そこでルールを把握した後で本気の二回戦を始める。これでどうでしょう?」
「いいだろう。ではそうしようじゃないか」
「即答いただき、ありがとうございます」

 では。一礼した後、アンが腕に嵌めた物体を胸元で掲げる。まるで盾を構えているみたいだった。
 
「まず初めに、カードの束……デッキからカードを五枚引いてください。それが最初の手札となります。上から一枚ずつお願いしますね」

 アンに言われるまま、サイスが円盤部分に刺さっているデッキに指を置き、一枚ずつ確認するようにカードを引いていく。トランプとは違う、全く未知なるカードゲームの始まりを前にして、サイスの心臓が大きく高鳴っていく。
 やがて両者ともに手札を確保する。そしてサイスが五枚引いたのを見たアンは「よろしい」と小さく頷いた後、サイスから数メートル離れた位置まで後退した。
 それがサイスに疑念を抱かせた。
 
「何故離れる?」
「こうしなければ遊べないからです」
「そうか」

 しかしアンの回答を受け、サイスはすぐに納得した。彼としては、遊べれば後はなんでもよかったのだ。
 アンが言葉を続ける。
 
「では、そろそろ始めましょうか。先攻はそちらにお譲りしましょう」
「いいのか?」
「もちろんですとも。それから適宜説明も行いますので、そちらについてもご安心ください」
「よし、わかった」

 サイスが快く頷く。アンも同じように頷き、腕に嵌めた物体を見せつけるように構える。
 
「デュエル!」

 その格好のまま、自信満々にアンが言い放つ。一方のサイスとしては完全に虚を突かれた格好であった。
 そうしてきょとんとするサイスに対し、アンが真顔のままで注釈を加える。
 
「私の考えたこのゲームでは、戦う前に必ずこう呼ぶことになっているのですよ」
「そ、そうなのか」
「はい。今考えました」

 アンは臆面も無くそう言ってのけた。サイスは表面上は乾いた笑いを見せたが、心は躍っていた。
 彼にとってゲームを楽しむ好奇心は、往々にして心に巣食う羞恥や躊躇を凌駕するものであったのだ。だから彼は真っ先にこう提案した。
 
「よし。では最初からやり直そう。俺もそれをやってみたい」
「本当ですか? あなたもご一緒に?」
「まずいかな?」
「いいえ、とんでもない! では一緒にやりましょう。タイミングを合わせて、同時にコールするのです」

 そしてアンもまた、恥ずかしさよりも楽しさを優先する魔物娘だった。彼女はサイスの提案をノリノリで受け入れ、壮年ゲーマーもまたマッドハッターからの言葉に快く頷いて見せた。
 
「では、改めて」
「うむ」

 二人の決闘者が同時に盾を構える。手札を持つ手に力を込め、やがてアンが小さく息を吸う。
 それを見たサイスが口を開く。
 
「デュエル!」

 人気のない草原に、二人の宣言が高らかに鳴り響く。
 デュエル開始である。
17/02/19 20:55更新 / 黒尻尾
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33