スピってる
彼がオカルトに興味を持ったことについて、特に深い理由はない。素行は良く、成績も並、人間関係で致命的な問題も抱えていない。派手に目立つ部類ではないが、問題児としてマークされることも無い、凡百の人であった。
強いて理由を挙げるとするならば、まさにその部分だろうか。彼は己と同じく日々が平凡である故に、刺激を求めたのだ。
他人に迷惑をかけず、程よく非日常を味わえる趣味。その条件で求めた結果、そこに行きついたのだろう。
「そんな感じかな」
「言われてもわかんないよ」
もっとも、それは推測である。当の本人にさえ、何故スピリチュアルの沼に嵌り始めたのかわからなかったからだ。
この場において動機の追求に意味はない。今大事なのは、彼が現在進行形でオカルト趣味を満喫していることである。
「本当に、気づいたらやってたって感じなんだから」
「ほへー」
とは言っても、生命を捧げる勢いで嵌っているわけではない。あくまで浅瀬で、人生の余暇を埋めるためにしている程度だ。これは彼自身の芯の強さもあるが、加えて彼の「同伴者」の存在も大きかった。
「別にそれでも問題ないだろ」
「ないねー。私もあなたが無事ならそれでいいし」
金曜日。放課後。都内の公立高校。
クラスメイトは部活に行き、またはさっさと帰宅した。
今その教室にいるのは、彼とその同伴者だけだった。
その同伴者が、彼の隣から離れて宙に浮く。脚は見えず、ワンピースを身に着けたその身体は夕日を浴びて透けていた。
「それよりさ、そろそろ始めようよ。待ちくたびれちゃった」
自称・地縛霊のガヤ。種族で言えばゴースト。
教室でスピり始めた彼に興味を持って現れた幽霊であり、ブレーキ役である。
「……そうだな、そろそろやるか」
「ウヒョー!」
そして彼女もオカルト的なブツに目がなかった。
ガヤの出自を彼は知らなかった。教室でスピリチュアルしようとした直後、前触れもなく現れたのだ。
どこから来たのか、何度か聞いたこともある。だがその度に、ガヤにはぐらかされて終わった。そして四回目の問いかけを袖にされたところで、彼の方から折れる結果に終わった。
暖簾に腕押しである。
「で? 今日は何すんの?」
「いくつか持ってきたけど」
食いつくガヤの方を向き、頷いて答える
「まずはこれ」
彼がバッグから取り出したのは、カードの束を収めた半透明のケースだった。蓋を開け、中身を取り出し、それを机の上に置く。
「タロットカードだね」
「うん」
ガヤが即反応する。机の上に置かれたタロットの束は、絵柄の方を上にして置かれていた。
「ライダー版だね」
そのイラストを見たガヤがまたも反応する。ライダー版とは、タロットカードの中でもっともポピュラーな代物である。
彼は見栄を張ったり冒険をしたりしない、堅実な男だった。
「こういうのは普通のやつが一番いいんだよ」
「わかりやすいもんね」
「シンプルだしね」
二人言葉を交わしつつ、彼がカードをシャッフルする。まず自前の除菌用ウェットティッシュで手を清潔にし、大アルカナ二十二枚のみを混ぜ、程よく切ったところで手を止める。
「今日はどんなスタイルで?」
「スリースプレッド」
基本形の一つだ。様々なやり方があるが、彼は一束にしたカードの山から三枚引くスタイルを好んで使っている。
ここで三枚のカードが指し示すのは、それぞれ過去、現在、未来。このタイプもスタンダードだ。
「七枚目から?」
「そう。七枚目」
「いつも通りね」
一個の山から三枚引く場合、上から数枚取り除いてから引いていく場合が多い。無論他にもやり方はあるが、彼はここでも「よくある」やり方に忠実に従った。
堅実、もしくは面白味の無いやり方だ。
「じゃあせっかくだから、ここは私が占ってあげる」
そこでイレギュラーが起きる。カードの山に手を添えながら、ガヤが唐突にそんなことを言う。彼は一瞬驚いたが、すぐに気を持ち直してそれを肯定した。
「なら頼む」
「あいあーい」
ガヤが軽い返事で返す。この幽霊は基本的に軽い。そしてガヤが音もなく着地し、机を挟んで彼の向かい側に陣取る。
「じゃあまず一枚目。過去」
「おい待て、まだ質問してないぞ」
彼の反論を無視してガヤが上から六枚取り除き、七枚目を引く。タロット占いとして見た場合、これはいけない。
ガヤは気にしない。
「過去はこれだね」
どこ吹く風のガヤが絵柄を表にして置く。
愚者の正位置。
「あなたは、私と出会うためにここに来たでしょう」
「え?」
「このタロットからはそう読み取れるね」
ガヤが自信満々に言い放つ。彼は何か言おうとしたが、ガヤの方が早かった。
二枚目を引く。
戦車。正位置。
「おーすげー! 二人の仲はトップスピードで進展するでしょう!」
「お前なあ」
勝手にテンションを上げるガヤに、彼が苦笑して応える。占い的にいくつか省略されている――省略してはいけない――箇所もあるが、そこを指摘することはなかった。ここまで来たら好きにやらせよう。
不敬な、罰当たりなことをしているかもしれないが、嬉しいのも事実だ。
「じゃあ三枚目」
嬉しそうにニコニコ笑いながら、ガヤが九枚目を引く。
女帝。正位置。
「キター! 私達はこれ以上ないくらい満たされた気持ちになります!」
「うん、そうか」
はしゃぐガヤを反比例するように、彼が落ち着いた様子で言い返す。
さすがにガヤが反応する。
「ちょっとー、テンション低いよー? せっかくこんないい感じに出たのにー」
「いや、だってさ」
彼が言い返す。
「もうなってんじゃん俺達」
ガヤの動きが止まる。
その場で固まり、あさっての方向を見る。
「え、あ、えへへ」
そして見るからに幸せそうな笑みを浮かべる。
このゴーストは隠し事が下手だった。
タロットは比較的短時間で終わった。スリースプレッドは時間がかからないのも魅力だ。
「次! 次やろう!」
「次ぃ?」
そしてガヤは、これで満足せずまだオカルトをやりたがった。彼は面倒くさそうに顔をしかめたが、ガヤはお構いなしに天井に突っ込むように姿を消した。
数秒後、両手で何かを抱えながら降りてくる。
「はいこれ! これね!」
言いながら、ガヤが机の上に抱えていたそれを置く。タロットカードは既に片付け済だ。
それは木製の、大きな台形の板だった。表面にはアルファベットと数字、YESとNO、そしてGOOD BYEと刻まれていた。
「ウィジャボード! これ!」
ウィジャ盤。日本でいうこっくりさんである。共通点として、軽い気持ちでやってはいけないというものがある。
ガヤにその手のタブーは通じなかった。
「二人でやりましょう? きっと楽しいわよ?」
「いや、さすがにそれは」
一方、浅瀬で楽しみたい彼としては、それは少々恐ろしいものだった。呪いや祟りの存在を心から信じているわけではなかったが、それでも心霊的にリスキーな行為は避けたいと考えていた。君子危うきに近寄らずだ。
「色々危険だろ。悪いもの呼んできたらどうするんだ」
「大丈夫だって。ここに曰くつきのものは無いし、厄っぽいものも無いから」
「どうして言い切れるんだ」
「私がゴーストだから」
ガヤがさらりと言い返し、アピールするようにその場で一回転する。ああ、そういえばそうだった。彼はそこで、ガヤが人間でないことを再認識した。
だからといって今更怖がることもないが。
「そういうものには、あなたよりずっと敏感なんだから。信じてちょうだいよ」
「まあ、そこまで言うなら……」
彼女が安全というなら、大丈夫か。彼の中にあった恐怖と警戒の念が急速に引いていく。ガヤがセーフと言うならセーフなのだ。根拠のない謎の安心感が、彼の思考を支配していく。
惚れた弱みとはこういうことか。
「そういうわけだから、じゃあこれ。ここに手を置いて」
気を取り直し、ガヤがウィジャ盤の上に別の道具を置く。角の丸い、真ん中が丸く切り抜かれた三角形の物体である。これに参加者が指を添え、質問をし、真ん中の穴に示された文字を読んで答えを知る。これがウィジャ盤の基本的な流れである。
「こうか」
「そうそう」
一辺に彼が、反対側の辺にガヤが三つ指を置く。二人で息を吐き、肩の力を抜く。
彼の方から視線でガヤに合図する。質問はそっちから。サインを受け取ったガヤが小さく首を縦に振り、そして目線をウィジャ盤に向ける。
「それじゃあ、まず……私達はいい仲ですか」
最初の質問。誰に聞いてるんだ。彼が心の中で指摘する。
二人が指を置いた道具が動き出す。まっすぐ、迷いのない動きで、ウィジャ盤の下の方にある「YES」の方へ向かう。
そしてそこで止まる。「YES」の上で、そのままぴくりとも動かなくなる。
ガヤと彼が、一瞬息をのむ。ちょっとだけ気まずい空気が流れる。
「……ははっ」
そのうち、彼が渇いた笑い声をあげる。それにつられて、ガヤも困ったように笑う。
「やだなあ、もう、そんな直接言わなくてもいいのにー」
そして照れを隠すように言葉を吐く。困ったようにはまったく見えない。
彼の方も呼応して「まったくだよ」と反応する。こちらもいうほど困惑していない。
場の雰囲気が一気に緩くなる。
「じゃあ次、次行きましょう」
「うん」
二人で意識して、三角の道具を中央上部のマークの上に戻す。その後ガヤが次の質問をする。
「次はね……私達は結婚出来ますか」
同じベクトルの質問。彼は心の中でも突っ込まなかった。
三角が動く。迷いなく「YES」に到着する。
「……」
二人が顔を見合わせる。最初に彼が口を開く。
「動かしてる?」
「してない。あなたは?」
「してないよ」
「じゃあ誰がやってるんだろうね」
ウィジャ盤において三角の道具――プランシェット――が動く理由に関しては諸説ある。本当に幽霊が動かしてる、幽霊よりも更に上位の存在が動かしてる、人間の筋肉が無意識に躍動している、等々。科学的だったり、霊的だったり、本当に様々だ。
ではこの場合はどうなのか。聞くまでもなかった。
「……もうはぐらかさなくてもいいだろ」
「わかってないなあ。こういうのは、ムードが大事なの」
「でもなあ、なんかヤラセっていうか、悪いことしてるっていうか」
タロットカードの時は、完全に運任せだった。しかしこちらは違った。
彼はそこが気がかりだった。この手のことでズルをしたら、後で酷い目に遭うのではないか。それこそ海外のオカルト系スプラッタホラーのように。
「考えすぎだって。それに何かあっても、絶対私が守るから」
真面目に考え込む彼に、ガヤが笑って言う。そしてすぐに笑みを引っ込め、真剣な表情で彼に告げる。
「安心して。本当に、私があなたを守るから」
彼が息をのむ。ガヤがウィジャ盤に目を向け、口を開く。
「私は勇気を出して宣言しました。ご褒美にキスがもらえますか」
ガヤが力を抜く。彼がガヤを見ながら、指に力を籠める。
「YES」の上で止まる。
彼が立ち上がる。
「――」
まっすぐ、迷いのない動き。
夕日の照らす二人の影が重なる。
「ん……っ」
静かに唇を触れ合わせる。
肉欲に依らない、愛を交わすためのキス。
それだけで心が満たされていく。
それだけで十分だった。
「私ガヤ! よろしくね! あなた面白いことしてるわね!」
「えっ」
二人がいつ恋仲になったのか。それはどちらにもわからなかった。
彼がオカルトに嵌り、ガヤが彼のもとにやってきた。それから何故こういう関係になったのか。どちらにも説明が出来なかった。
「私あなたのこと好きになったみたい」
「いきなりだな」
「ごめんね。でもなんかねー、いきなり自覚しちゃったのよ。好きなんだなって」
「そういうもんか」
「そうみたい。それで、あなたはどう? 私のこと好き?」
「……好き」
致命的な何かがあったのか。それとも偶然の産物か。まったくわからない。本当に、気が付いたらこうなっていた。それだけである。
そしてこの場において、これ以上の動機の追及に意味はなかった。
「……」
顔が離れる。二人してにやけた表情を見せる。
スピリチュアルの介入しない、純粋な関係がそこにあった。
「……えへへ」
ガヤがとろけた笑みを見せる。彼もつられて、しかし恥ずかしげに笑う。
「次のオカルトもあるけど、どうする?」
彼が問う。答えはわかりきっている。あくまで形式上のものだ。
形式に則り、ガヤが笑って答える。
「いらない」
わかりきった答え。彼も今更驚かない。
「代わりにあなたの家に行きたい」
「地縛霊じゃないのか」
「そこは都合により変わるの」
彼の指摘にもガヤは動じない。そのまま机を回り込み、彼を背後から抱き締める。
実のところ、彼女は地縛霊ではない。この高校とは何の因縁もない。リップサービスである。
そして彼もそこは気にしていない。
「ねえねえ、いいでしょ?」
「しょうがないなあ」
バッグを抱え、彼が立ち上がる。ウィジャ盤をむき出しのまま抱えてガヤが隣に立つ。
真横で浮遊するガヤが、彼の肩に寄り添うように頭を載せる。
「ねえ」
「ん?」
「家でもスピる?」
その体勢のまま、ガヤが小声で問う。後ろから手を回し、彼女の頭を抱き寄せながら、彼が柔らかい口調で答える。
「もっと違うことしたい」
「具体的には?」
「えっちなこと」
言い終えて、彼が顔を赤くする。恥ずかしげに笑みを浮かべる彼を見て、ガヤが期待に満ちた顔で言い返す。
「私もスピらないで、そっちがしたいかな」
スピリチュアルを浅瀬で楽しむ二人は、愛の沼に頭まで浸かっていた。
強いて理由を挙げるとするならば、まさにその部分だろうか。彼は己と同じく日々が平凡である故に、刺激を求めたのだ。
他人に迷惑をかけず、程よく非日常を味わえる趣味。その条件で求めた結果、そこに行きついたのだろう。
「そんな感じかな」
「言われてもわかんないよ」
もっとも、それは推測である。当の本人にさえ、何故スピリチュアルの沼に嵌り始めたのかわからなかったからだ。
この場において動機の追求に意味はない。今大事なのは、彼が現在進行形でオカルト趣味を満喫していることである。
「本当に、気づいたらやってたって感じなんだから」
「ほへー」
とは言っても、生命を捧げる勢いで嵌っているわけではない。あくまで浅瀬で、人生の余暇を埋めるためにしている程度だ。これは彼自身の芯の強さもあるが、加えて彼の「同伴者」の存在も大きかった。
「別にそれでも問題ないだろ」
「ないねー。私もあなたが無事ならそれでいいし」
金曜日。放課後。都内の公立高校。
クラスメイトは部活に行き、またはさっさと帰宅した。
今その教室にいるのは、彼とその同伴者だけだった。
その同伴者が、彼の隣から離れて宙に浮く。脚は見えず、ワンピースを身に着けたその身体は夕日を浴びて透けていた。
「それよりさ、そろそろ始めようよ。待ちくたびれちゃった」
自称・地縛霊のガヤ。種族で言えばゴースト。
教室でスピり始めた彼に興味を持って現れた幽霊であり、ブレーキ役である。
「……そうだな、そろそろやるか」
「ウヒョー!」
そして彼女もオカルト的なブツに目がなかった。
ガヤの出自を彼は知らなかった。教室でスピリチュアルしようとした直後、前触れもなく現れたのだ。
どこから来たのか、何度か聞いたこともある。だがその度に、ガヤにはぐらかされて終わった。そして四回目の問いかけを袖にされたところで、彼の方から折れる結果に終わった。
暖簾に腕押しである。
「で? 今日は何すんの?」
「いくつか持ってきたけど」
食いつくガヤの方を向き、頷いて答える
「まずはこれ」
彼がバッグから取り出したのは、カードの束を収めた半透明のケースだった。蓋を開け、中身を取り出し、それを机の上に置く。
「タロットカードだね」
「うん」
ガヤが即反応する。机の上に置かれたタロットの束は、絵柄の方を上にして置かれていた。
「ライダー版だね」
そのイラストを見たガヤがまたも反応する。ライダー版とは、タロットカードの中でもっともポピュラーな代物である。
彼は見栄を張ったり冒険をしたりしない、堅実な男だった。
「こういうのは普通のやつが一番いいんだよ」
「わかりやすいもんね」
「シンプルだしね」
二人言葉を交わしつつ、彼がカードをシャッフルする。まず自前の除菌用ウェットティッシュで手を清潔にし、大アルカナ二十二枚のみを混ぜ、程よく切ったところで手を止める。
「今日はどんなスタイルで?」
「スリースプレッド」
基本形の一つだ。様々なやり方があるが、彼は一束にしたカードの山から三枚引くスタイルを好んで使っている。
ここで三枚のカードが指し示すのは、それぞれ過去、現在、未来。このタイプもスタンダードだ。
「七枚目から?」
「そう。七枚目」
「いつも通りね」
一個の山から三枚引く場合、上から数枚取り除いてから引いていく場合が多い。無論他にもやり方はあるが、彼はここでも「よくある」やり方に忠実に従った。
堅実、もしくは面白味の無いやり方だ。
「じゃあせっかくだから、ここは私が占ってあげる」
そこでイレギュラーが起きる。カードの山に手を添えながら、ガヤが唐突にそんなことを言う。彼は一瞬驚いたが、すぐに気を持ち直してそれを肯定した。
「なら頼む」
「あいあーい」
ガヤが軽い返事で返す。この幽霊は基本的に軽い。そしてガヤが音もなく着地し、机を挟んで彼の向かい側に陣取る。
「じゃあまず一枚目。過去」
「おい待て、まだ質問してないぞ」
彼の反論を無視してガヤが上から六枚取り除き、七枚目を引く。タロット占いとして見た場合、これはいけない。
ガヤは気にしない。
「過去はこれだね」
どこ吹く風のガヤが絵柄を表にして置く。
愚者の正位置。
「あなたは、私と出会うためにここに来たでしょう」
「え?」
「このタロットからはそう読み取れるね」
ガヤが自信満々に言い放つ。彼は何か言おうとしたが、ガヤの方が早かった。
二枚目を引く。
戦車。正位置。
「おーすげー! 二人の仲はトップスピードで進展するでしょう!」
「お前なあ」
勝手にテンションを上げるガヤに、彼が苦笑して応える。占い的にいくつか省略されている――省略してはいけない――箇所もあるが、そこを指摘することはなかった。ここまで来たら好きにやらせよう。
不敬な、罰当たりなことをしているかもしれないが、嬉しいのも事実だ。
「じゃあ三枚目」
嬉しそうにニコニコ笑いながら、ガヤが九枚目を引く。
女帝。正位置。
「キター! 私達はこれ以上ないくらい満たされた気持ちになります!」
「うん、そうか」
はしゃぐガヤを反比例するように、彼が落ち着いた様子で言い返す。
さすがにガヤが反応する。
「ちょっとー、テンション低いよー? せっかくこんないい感じに出たのにー」
「いや、だってさ」
彼が言い返す。
「もうなってんじゃん俺達」
ガヤの動きが止まる。
その場で固まり、あさっての方向を見る。
「え、あ、えへへ」
そして見るからに幸せそうな笑みを浮かべる。
このゴーストは隠し事が下手だった。
タロットは比較的短時間で終わった。スリースプレッドは時間がかからないのも魅力だ。
「次! 次やろう!」
「次ぃ?」
そしてガヤは、これで満足せずまだオカルトをやりたがった。彼は面倒くさそうに顔をしかめたが、ガヤはお構いなしに天井に突っ込むように姿を消した。
数秒後、両手で何かを抱えながら降りてくる。
「はいこれ! これね!」
言いながら、ガヤが机の上に抱えていたそれを置く。タロットカードは既に片付け済だ。
それは木製の、大きな台形の板だった。表面にはアルファベットと数字、YESとNO、そしてGOOD BYEと刻まれていた。
「ウィジャボード! これ!」
ウィジャ盤。日本でいうこっくりさんである。共通点として、軽い気持ちでやってはいけないというものがある。
ガヤにその手のタブーは通じなかった。
「二人でやりましょう? きっと楽しいわよ?」
「いや、さすがにそれは」
一方、浅瀬で楽しみたい彼としては、それは少々恐ろしいものだった。呪いや祟りの存在を心から信じているわけではなかったが、それでも心霊的にリスキーな行為は避けたいと考えていた。君子危うきに近寄らずだ。
「色々危険だろ。悪いもの呼んできたらどうするんだ」
「大丈夫だって。ここに曰くつきのものは無いし、厄っぽいものも無いから」
「どうして言い切れるんだ」
「私がゴーストだから」
ガヤがさらりと言い返し、アピールするようにその場で一回転する。ああ、そういえばそうだった。彼はそこで、ガヤが人間でないことを再認識した。
だからといって今更怖がることもないが。
「そういうものには、あなたよりずっと敏感なんだから。信じてちょうだいよ」
「まあ、そこまで言うなら……」
彼女が安全というなら、大丈夫か。彼の中にあった恐怖と警戒の念が急速に引いていく。ガヤがセーフと言うならセーフなのだ。根拠のない謎の安心感が、彼の思考を支配していく。
惚れた弱みとはこういうことか。
「そういうわけだから、じゃあこれ。ここに手を置いて」
気を取り直し、ガヤがウィジャ盤の上に別の道具を置く。角の丸い、真ん中が丸く切り抜かれた三角形の物体である。これに参加者が指を添え、質問をし、真ん中の穴に示された文字を読んで答えを知る。これがウィジャ盤の基本的な流れである。
「こうか」
「そうそう」
一辺に彼が、反対側の辺にガヤが三つ指を置く。二人で息を吐き、肩の力を抜く。
彼の方から視線でガヤに合図する。質問はそっちから。サインを受け取ったガヤが小さく首を縦に振り、そして目線をウィジャ盤に向ける。
「それじゃあ、まず……私達はいい仲ですか」
最初の質問。誰に聞いてるんだ。彼が心の中で指摘する。
二人が指を置いた道具が動き出す。まっすぐ、迷いのない動きで、ウィジャ盤の下の方にある「YES」の方へ向かう。
そしてそこで止まる。「YES」の上で、そのままぴくりとも動かなくなる。
ガヤと彼が、一瞬息をのむ。ちょっとだけ気まずい空気が流れる。
「……ははっ」
そのうち、彼が渇いた笑い声をあげる。それにつられて、ガヤも困ったように笑う。
「やだなあ、もう、そんな直接言わなくてもいいのにー」
そして照れを隠すように言葉を吐く。困ったようにはまったく見えない。
彼の方も呼応して「まったくだよ」と反応する。こちらもいうほど困惑していない。
場の雰囲気が一気に緩くなる。
「じゃあ次、次行きましょう」
「うん」
二人で意識して、三角の道具を中央上部のマークの上に戻す。その後ガヤが次の質問をする。
「次はね……私達は結婚出来ますか」
同じベクトルの質問。彼は心の中でも突っ込まなかった。
三角が動く。迷いなく「YES」に到着する。
「……」
二人が顔を見合わせる。最初に彼が口を開く。
「動かしてる?」
「してない。あなたは?」
「してないよ」
「じゃあ誰がやってるんだろうね」
ウィジャ盤において三角の道具――プランシェット――が動く理由に関しては諸説ある。本当に幽霊が動かしてる、幽霊よりも更に上位の存在が動かしてる、人間の筋肉が無意識に躍動している、等々。科学的だったり、霊的だったり、本当に様々だ。
ではこの場合はどうなのか。聞くまでもなかった。
「……もうはぐらかさなくてもいいだろ」
「わかってないなあ。こういうのは、ムードが大事なの」
「でもなあ、なんかヤラセっていうか、悪いことしてるっていうか」
タロットカードの時は、完全に運任せだった。しかしこちらは違った。
彼はそこが気がかりだった。この手のことでズルをしたら、後で酷い目に遭うのではないか。それこそ海外のオカルト系スプラッタホラーのように。
「考えすぎだって。それに何かあっても、絶対私が守るから」
真面目に考え込む彼に、ガヤが笑って言う。そしてすぐに笑みを引っ込め、真剣な表情で彼に告げる。
「安心して。本当に、私があなたを守るから」
彼が息をのむ。ガヤがウィジャ盤に目を向け、口を開く。
「私は勇気を出して宣言しました。ご褒美にキスがもらえますか」
ガヤが力を抜く。彼がガヤを見ながら、指に力を籠める。
「YES」の上で止まる。
彼が立ち上がる。
「――」
まっすぐ、迷いのない動き。
夕日の照らす二人の影が重なる。
「ん……っ」
静かに唇を触れ合わせる。
肉欲に依らない、愛を交わすためのキス。
それだけで心が満たされていく。
それだけで十分だった。
「私ガヤ! よろしくね! あなた面白いことしてるわね!」
「えっ」
二人がいつ恋仲になったのか。それはどちらにもわからなかった。
彼がオカルトに嵌り、ガヤが彼のもとにやってきた。それから何故こういう関係になったのか。どちらにも説明が出来なかった。
「私あなたのこと好きになったみたい」
「いきなりだな」
「ごめんね。でもなんかねー、いきなり自覚しちゃったのよ。好きなんだなって」
「そういうもんか」
「そうみたい。それで、あなたはどう? 私のこと好き?」
「……好き」
致命的な何かがあったのか。それとも偶然の産物か。まったくわからない。本当に、気が付いたらこうなっていた。それだけである。
そしてこの場において、これ以上の動機の追及に意味はなかった。
「……」
顔が離れる。二人してにやけた表情を見せる。
スピリチュアルの介入しない、純粋な関係がそこにあった。
「……えへへ」
ガヤがとろけた笑みを見せる。彼もつられて、しかし恥ずかしげに笑う。
「次のオカルトもあるけど、どうする?」
彼が問う。答えはわかりきっている。あくまで形式上のものだ。
形式に則り、ガヤが笑って答える。
「いらない」
わかりきった答え。彼も今更驚かない。
「代わりにあなたの家に行きたい」
「地縛霊じゃないのか」
「そこは都合により変わるの」
彼の指摘にもガヤは動じない。そのまま机を回り込み、彼を背後から抱き締める。
実のところ、彼女は地縛霊ではない。この高校とは何の因縁もない。リップサービスである。
そして彼もそこは気にしていない。
「ねえねえ、いいでしょ?」
「しょうがないなあ」
バッグを抱え、彼が立ち上がる。ウィジャ盤をむき出しのまま抱えてガヤが隣に立つ。
真横で浮遊するガヤが、彼の肩に寄り添うように頭を載せる。
「ねえ」
「ん?」
「家でもスピる?」
その体勢のまま、ガヤが小声で問う。後ろから手を回し、彼女の頭を抱き寄せながら、彼が柔らかい口調で答える。
「もっと違うことしたい」
「具体的には?」
「えっちなこと」
言い終えて、彼が顔を赤くする。恥ずかしげに笑みを浮かべる彼を見て、ガヤが期待に満ちた顔で言い返す。
「私もスピらないで、そっちがしたいかな」
スピリチュアルを浅瀬で楽しむ二人は、愛の沼に頭まで浸かっていた。
21/08/16 18:38更新 / 黒尻尾