読切小説
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勇者として尽くしてきた国から追放されたので地下に潜ってハーレムを略
「貴様、何をしたかわかっているのか?」

 早朝。威厳ある糾弾の声が謁見の間に木霊する。声の主、その国の王は眉間に皺を寄せ、距離を置いて正面に立つその男をじっと見据えた。
 男は立派な造りの甲冑を身に纏っていた。脱いだ兜を小脇に抱え、反対側の腰に剣を佩いていた。活力を湛えたその顔は自信と覚悟に満ち、己に雷を落とした国王を臆することなく見つめ返した。
 
「いかに姿が変わろうと、魔物は我らが大敵。それを自ら救うとは、いったい如何なる了見か!?」

 王が続けて叫ぶ。その言葉の矢は男の胸をまっすぐ射貫き、対する男も怯むことなく口を開いた。
 
「困っている者を助けるのが勇者の務め。私は勇者の務めを果たしただけです」
「勇者が救うべきは人だ! 魔物を救う道理は無い!」
「誰を助けるかは私が決めます」

 王の追求を受け、男が毅然と言い放つ。謁見の間、その空間の両脇に控えていた衛兵や大臣達が、その恐れ知らずの物言いを聞き唖然とする。
 正気か? 誰も口に出さなかったが、誰もがそれを顔に出した。
 
「差別はよくないと母に言われました。私は母の教えに従ったまでです」

 男が続けて言う。正気か!? 彼と王以外の全員が絶句する。
 王は何も言わず、ただ眉間の皺をさらに増やした。
 
「……それが動機か?」

 静かに、怒りを嚙み殺すように王が尋ねる。誰もが息をのみ、男に注目する。
 
「今貴様の上にいるのは、貴様の母ではない。余だ。それでもなお、貴様は余の言葉より母の言葉を上に置くのか?」
 
 これが最後のチャンスだ。男に向けて懇願するような眼差しを向ける。
 
「そうです」

 願い虚しく、男が意志を貫く。
 直後、王の怒号が部屋の中に轟いた。
 
 
 
 
 結局この男――試練を越えて勇者となった男は、それまで築いてきた名声と功績を全て剥奪された。鎧と武器も取り上げられ、私物の簡素な服と小さなバックパック、小振りのナイフだけが手元に残った。
 理由は至極単純。道すがら出会った魔物に情けを見せ、見逃すどころか薬草と食料の工面をしたからだ。
 その国は反魔物寄りの立ち位置を貫いており、魔王が代替わりを果たした後も己のスタンスを変えることはなかった。
 当然ながら、その国は自前の衛兵団や切り札たる勇者にも、それと同じ思想を持つことを求めた。そして大多数がそれに従ったが、何事にも例外はあった。
 件の勇者は、言ってしまえば田舎者だった。壁で囲まれた城下町で育ったわけではないので、国の思想に爪先までどっぷり浸かることはなかった。それ故柔軟な考えを持つことが出来たのだが、それが仇となった。
 
「まいったな……」

 そういうわけで、男は全てを失い、城門から叩き出された。国の権威と王の顔に泥を塗った以上、もはやこの地に居場所はない。これからは国の外で、一人の人間として生きていかなければならない。
 家族に迷惑がかかるから、実家にも戻れない。当然だ。
 
「やばいなー」
 
 男はそれを理解していた。だが悲観はしていなかった。まあ、どうにかなるだろう。それがその時の彼の心情だった。
 故郷の農村は彼の心に、おおらかな気質と頑固な性根を叩き込んだのだ。
 
「とりあえず、寝床を探さないとな。あとは水と食べ物と……」

 これからのことを考えながら、男が悠然と大通りを歩く。既に彼が国と絶縁されたことは知れ渡っており、通りで彼を見た者はその一切が、彼に不審と興味と疑念の眼差しを向けた。
 何十もの視線が、一斉に彼を刺す。男は気にすることなく道を進み、何事もなく門をくぐった。
 男の神経は図太かった。それが故に勇者になれたのだが、彼がそれを誇ることはなかった。
 
「腹減ったなー」

 マイペースな男だった。
 
 
 
 
 門をくぐって城下を抜け、そのまま国外に出る。国の外は完全に無法地帯であり、無防備でうろつくのは危険極まりなかった。
 ましてそれが独身の男ならば、なおのことである。
 
「キノコとか果物とか、なんかあるだろ」

 男もそれを熟知していた。だが彼は止まらなかった。襲われて死ぬのと飢えて死ぬのを天秤にかけた彼は、一瞬考えて後者のほうが恐ろしいと結論づけた。
 腹を満たそう。まずは何か食べて落ち着こう。そう考えた元勇者は、躊躇うことなく国外の西に広がる樹海に足を踏み入れた。
 
「おっ、あるじゃんあるじゃん」

 木陰に遮られた日光がまばらに差し込む樹海の中で、男は慣れた手つきで地面のキノコや実った果物をもぎ取っていった。どれが安全でどれが危険かは、故郷の村できっちり教え込まれた。城下町では一切教わらなかった、原初の生活の知恵だ。
 そんなわけで、彼はたったの数分で、迷うことなく安全な食料を確保することに成功したのだった。
 
「これだけあれば十分か。あとは火をつけて」
「あれ、あなた、どうしたの?」

 しかし、いざ食料を焼いて食べようとしたところで、横槍が入る。地べたに座った男が声のする方に目を向けると、そこには見知った顔があった。
 
「おっ、ジリーか。昨日ぶりだな」
「ど、どうも……えへへ……」

 ジリーと呼ばれた少女が、はにかみながら男に挨拶を返す。バジリスクの彼女――蛇体の下半身を持ち、顔の上半分を仮面で隠した彼女は、昨日会った男が自分の名前をちゃんと覚えてくれていたことに喜びを覚えた。一方の男も、知り合いと会えたことで心中に抱えた寂しさが和らぐのを自覚した。
 
「奇遇だな、こんなところで再会するなんて」
「そ、それは私も同じだよ。あなたにまた会えて、う、嬉しいなって、思っちゃった」
 
 彼女こそ、男が勇者時代に助けた魔物娘であったのだ。そのおかげで彼は国を追われたわけなのだが、それについて彼はジリーを責めるようなことはしなかった。
 
「ところで、あなたは何してるの?」
「ん? 今日の食料探し」
「野宿? 遠出するの?」
「追放されたの」

 不思議がるジリーに、男があっさりと答える。言葉を詰まらせるジリーに、男がこうなった経緯を説明する。
 男は正直者だった。
 
「私のせいだよね……」

 言うまでもなく、聞き終えたジリーは顔を曇らせた。それに対して男は立ち上がり、ジリーのもとに近づいて言った。
 
「お前のせいじゃないよ」

 言いながら頭を撫でる。ジリーが無意識に嬉しげな声を上げる。男が続ける。
 
「俺は俺の意思で出て行ったんだ。ジリーが気に病むことはないよ」
「でも……」
「気にしたら駄目。それでこの話は終わり。いいな?」
「う……」

 男がきっぱりと言い放つ。バジリスクの少女は、その言葉に対して反論できなかった。
 ジリーは彼に惚れていた。男はそれに気づいていなかった。
 
「わ、わかった。もう気にしないよ」
「よろしい」

 惚れた弱みから相手に合わせてしまったジリーに、何も知らない男は満足げに頷いた。そして彼はそこに座り直し、ジリーを見ながら声をかけた。
 
「それよりどうだ? せっかくだし、一緒に食べないか?」
「えっ!」

 突然の申し出にジリーが驚愕する。まあ言ってしまうと、ジリーは最初から男の気配を察知しており、偶然を装って恋した男に近づこうとしていた。そしてその可愛らしい目論見は、彼の先制攻撃によってご破算となってしまったわけである。
 
「そ、そ、そんなに私と、一緒に食べたい?」
「うん。一人より二人のほうが寂しくないだろ」
「へ、へえー。そうなんだ。そ、そこまで言うなら、一緒になっても、いいかなあ……?」

 作戦失敗したジリーだったが、彼女はそれでもなお平静を装おうとした。男は何も気づかないまま、相手のそれを単なる同意と受け取った。
 男は朴念仁だった。
 
「それじゃあ、一緒に……」

 恋する乙女がおずおずと、彼の隣に腰掛ける。器用に尻尾を折り曲げ、はにかみながら彼と肩を並べる。
 
「じゃあ点けるぞ」
「うんっ」

 ジリーが座るのを見てから、男が彼女に言う。ジリーはにこにこ笑いながら、彼の言葉に大きく頷く。
 何も知らない男が火を点ける。既に集めていた小枝の中に火種を入れ、続けて大きめの枝を入れていく。ジリーも合わせて枝を投入し、それを助ける。
 二人の共同作業によって、火はみるみるうちに大きくなっていった。そして数分もしないうちに、焚き火は調理に十分なくらい赤々と燃え上がるようになった。
 
「これくらいでいいかな」
「二人でやるとあっという間だね」
「助けてくれてありがとうな」
「えへへ……」

 男から褒められて、ジリーは目に見えて破顔した。男もそれを見て笑みを浮かべ――本心に気づいたわけではない――採り終えていた食材の半分をジリーにあげた。
 
「じゃあこれ、ジリーの分な。一個ずつ焼いて食べよう」
「うん、そうだね。一緒に食べようね」
「ああ」

 ジリーの言葉に男が頷く。それから二人は焚き火を囲んで、二人で食材を焼いてそれを食した。
 遅めの朝食は野性的だが、とてつもなく美味だった。
 
 
 
 
「それで、これからどうするの?」

 腹を満たした後、ジリーが男に問いかける。男としても、今後のことは嫌でも考えなければならない事だった。
 なので彼はそれを真摯に受け止め、腕を組んで真剣に考え込んだ。
 
「まずは、家だな。雨風を凌げて安眠できる場所がほしい。水辺に近いとなお良しだな」

 家。男の脳内に真っ先に浮かんだのがそれだった。実際、安全を確保できて天候の変化から身を守れる場所というのは、何よりも貴重だ。
 そしてそれを聞いたジリーが、申し訳なさそうに口を開く。

「家かあ。私は、ちょっとあては無いかな」
「無いか。俺も無いんだ。じゃあ作るしかないか……?」

 作るしかない。男がそう言い、ジリーもそれに無言で頷く。そもそも手つかずの樹海に人工の建築物がある方がおかしい。
 ならば尚更、自分たちでどうにかしなければならない。
 
「作るなら、わ、私も手伝うよ。なんでも言ってね?」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。それじゃあ早速――」

 近くに湖とか無いだろうか。そう言いかけた男の言葉は、しかし突然横から飛んできた第三者の声によってかき消された。
 
「家なら知ってるぜ!」

 男とジリーが同時に驚き、声のする方へ目を向ける。そこには謎の浮遊機械に腰掛け、不敵な笑みを浮かべこちらを見据える小柄な少女がいた。
 
「いやー運がいいなお前! 今なら私がちょうどいい家を知ってるんだぜ!」
「……誰?」

 自信満々に三人目の少女が言う。ジリーが首を傾げる。闖入者の顔を見た男が、即座に彼女の名前を思い出す。
 
「ああ、お前レムか」
「おうよ! レム様だぜ! 私の名前を覚えてるとは感心だ!」

 名前を憶えられていたことに、グレムリンのレムは景気よく笑って喜びを爆発させた。彼女はジリーとは対照的に、積極的に感情を表に出していくタイプだった。
 そんなレムに、男が重ねて問いかける。
 
「いきなりどうしたんだ。何か用か?」
「あ? さっきも言っただろ。家を知ってるってよ。お前がよけりゃ、私がそこまで案内してやらんでもないがな」

 どうだ? 歯を見せ不敵な表情を見せながらレムが問い返す。男は悩むことなくそれに食いついた。
 
「ならお願いしてもいいか? 家まで案内してくれ」
「そうか、そうこなきゃな! 安心しろ! がっかりはさせないぜ!」

 男の返事を聞いたレムが、再び喜びを露わにする。彼に頼られたのがそれくらい嬉しいようだ。
 
「……大丈夫なの?」

 そこにジリーの言葉が飛ぶ。彼女は男に、眼前のグレムリンの言を素直に信じていいのかと問うた。彼女は慎重派だった。彼を他の魔物娘に取られてしまうのが悔しくもあった。
 一方の男は、そんなジリーの疑念に対し正直に答えた。
 
「大丈夫だよ。レムは味方だ。昔からここに住んでたやつで、俺も何度か情報を交換したり、一緒にチームを組んだりしたことがある」
「えっ」
「まあそういうことだ。付き合いで言ったら、私のほうが長いかもな?」

 ジリーが驚く。自慢げにレムが言葉を重ねる。バジリスクの心に仄かな嫉妬の火がつく。
 男は何も気づかない。
 愚鈍であった。
 
「じゃあレム。道案内を頼む」
「おうよ! しっかりついてきな!」

 愚鈍な男が素直に頼み込み、グレムリンが意気揚々と答える。バジリスクはそれを少し膨れっ面で見つめていた。
 
「私だって……」
「どうかしたか?」
「なんでもない」

 男がジリーの様子の変化に気づく。しかし彼の気遣いに、バジリスクは反射的にそっぽを向く。
 素直になれない気質故のリアクションである。そして悲しいかな、鈍い男はそれを額面通りに受け取った。
 
「そうか。問題ないならそれでいいんだ」

 前途多難である。そんな二人を見たレムもまた、これは自分が背中を押す必要があるかと真剣に思った。彼女は恋に焦がれる他人を蹴落とせるような魔物ではない。
 しかし。それにしたって。
 
「こいつ鈍すぎんだろ」
「何か言ったか?」

 レムのつぶやきに男が反応する。反応はしたが、何を言ったかまでは聞き取れなかった。
 清々しいほどに難聴系である。ジリーはただ、ため息をつくしかなかった。
 
 
 
 
 レムが案内したのは、樹海の地下に広がる遺跡だった。それもただの遺跡ではなく、魔力で生成された巨大な光源を利用して疑似的に昼夜を再現する機能を備えた、魔術的文明の跡地だった。
 
「すごい……」
「国の近くにこんな場所があったのか……」
 
 ぽっかりと空いた洞窟を抜けた先に広がる広大な遺跡を前にして、男とジリーが揃って息をのむ。一方でそれを聞いたレムは、自分のことのように喜んでみせた。
 
「すげえだろ? 昔あった地下都市の名残だ。そして今は、丸ごと私のねぐらってわけだ」

 そのまま自信満々にレムが言う。それを聞いた男は「確かに凄い」と感想を返し、続けて彼女に言った。
 
「でもいいのか? そこに俺たちが厄介になって」
「お前らなら歓迎だぜ。それに実を言うと、私以外にここに住んでる奴もいるしな」

 さらりとレムが答える。男より先にジリーがそれに反応した。
 
「ほ、他に? どういう人がいるんですか?」
「人間じゃねえよ。私らと同じ魔物娘だ。どういうやつかは、まあ見たほうが早いか」

 レムが答え、そのまま先頭に立って遺跡の中へ入っていく。あとの二人もそれを追って遺跡に進入する。
 そこは全てが石で造られた町だった。年月の経過により著しく風化してはいたが、大部分が形を保っていた。多少の砂埃はあれど、一軒家から大きめの屋敷まで、まさに選り取り見取りだった。
 
「どうよ。こんな穴場、他には無いぜ?」
 
 なるほど確かに、これなら住む場所には苦労しなさそうだ。遺跡に踏み入った男は素直にそう思った。そして彼は同時に、先ほどレムの言っていた「他の住人」に対して思いを馳せた。
 
「それはそうと、いい加減教えてくれてもいいんじゃないか。ここには誰がいるんだ?」
「お前のよく知る奴らだよ」
「?」

 レムの返答に、男とジリーが揃って首をひねる。
 「四人目」の声が響いたのは、その直後だった。
 
「もしや貴公、いつぞやの勇者か」
「えっ? あの方がここに?」
「おおー。こんなところで会えるとは思わなかったぞー」
「運命、ですね、これは……」

 訂正。四人から七人目の声が一斉に響いてきた。声の主達は同時に、それぞれ異なる家屋から飛び出してきた。ジリーと男が驚いたのは言うまでもない。
 
「こ、この人たちが?」
「ああ。同居人だ」

 お前にとっては全員顔見知りでもあるな。元勇者の男を見ながら、レムがしたり顔で言う。
 ジリーの視線が男に向けられる。男が四人の名前を思い出したのは、まさにその時だった。
 
「あっ、えっ、あの時の? 全員ここに住んでるの?」

 思い出すと同時に驚いた。自分と所縁のある面々が、こうして一堂に会しているからだ。偶然にしては出来すぎている。男は続けて不審に思い、レムに尋ねた。

「みんな本当に、最初からここにいたのか? サプライズとかじゃなくて?」
「そうだぜ。正確に言うと、ここにいる奴らは全員、お前に助けられてからここに住みついたんだ。ここを教えたのは私なんだけどな」
「そうだったのか……」

 男が納得する。そこにジリーの疑問が飛ぶ。
 
「助けられたってどういうこと?」
「言葉通りだよ。あの子たちみんな、前に俺が手助けした子なんだ」
「えっ」

 男の返答は単純明快だった。それだけに、ジリーの焦りも増した。
 お構いなしに男が続ける。
 
「まず左端の子が、リザードマンのリズ。人間の仕掛けた罠にかかってたのを助けたんだ」
「紹介に与ったリズだ。あの時の勇者には本当に世話になった。傷の手当てまでしてもらって、感謝の言葉もない」

 腰に剣を提げたリザードマンの少女が、お堅い口調で謝意を述べる。

「その隣にいるのがゴーストのゴー。教団の結界に閉じ込められたところを俺が解放した」
「ゴーと申しますわ。勇者様には感謝してもしきれません。この方こそまさしく、我が愛しの君……ぽっ」

 宙に浮く幽霊の少女が、たおやかな言葉遣いでストレートに好意を伝える。
 ジリーが一瞬だけ渋い顔をする。
 
「次がグリズリーのズール。教団の騎士に追い詰められてたところを救い出した」
「ズールだぞ。ねぐらを襲われた時に助けられたんだ。本当に助かったぞー」

 この中で最も大柄な熊の魔物娘が、のんびりした声で男に礼を言う。
 
「最後がノームのノノ。なんかクッキーあげたら懐かれた」
「お腹すいてたところを助けられたノームよ……。それはそうと契約してほしいな……ちらっ、ちらっ」

 最後に紹介された大地の精霊が、物欲しげに男を横目で見つめる。
 こうして顔合わせはスムーズに終了した。そして全員の顔と名前を一致させたジリーが最初に抱いたのは、危機感だった。
 
「本当にこれ、あなたがみんな助けたの?」
「うん、そう。俺としては、そんな感謝されるようなことはしたつもり無いんだけど」
「本気でそう思ってるのがまたどうしようもねえよな」

 首を傾げる男に、呆れたようにレムが合わせる。そのままレムが、今度はジリーに向かって声をかける。
 
「まあそういうわけだから、お前も頑張れよ。モタモタしてると、先に誰かに取られちまうかもなあ?」

 その声は明らかに愉悦に満ちていた。これから始まるであろう争奪戦の到来に心躍らせる、出歯亀の言だった。
 ジリーの心が一気にざわつく。
 
「いやっ、いや、そんなことはっべ別にそんな気にしてないからっ」
「あの子明らかに動揺してる」
「初々しくて大変よろしいですわ〜」

 ジリーの様子を見たノノとゴーがそれぞれ反応する。強敵の出現に警戒するというよりも、可愛い同胞の登場に胸躍らせるようなリアクションだった。
 一方のジリーにそれと同じことをする精神的余裕は無かった。彼女はとにかく困惑し、目を白黒させるだけだった。
 
「えっ、うそ、そんな、どうして、えっ?」
「大丈夫か。なんかいきなり錯乱しだしたんだが」
「お前のせいなんだよなあ」
「?」

 不思議がる男にレムがつっこみを入れる。しかしそれを聞いてもなお、レムは自覚をしなかった。
 
「俺何かしたっけ」
「でたよ」
「罪深い御仁よ」
「本気で言ってるんだから凄いよなー」

 レムが呆れ、リズがため息をつき、ズールが他人事のように言う。
 周囲の女性から一斉に視線が突き刺さる。案の定、男は理解しなかった。
 
「俺何かしちゃいました?」

 思わずぼやく。黄金の展開である。
 
 
 
 
 勇者の追放から一か月後。かの国は存亡の危機を迎えていた。
 元勇者が姿を消すと同時に、それまで見たことのない高濃度の魔力が何処からか発生し、一直線に国に向かって伸びてきたのである。このままのスピードでいけば、四日で国はどす黒い魔の奔流に飲まれてしまうことだろう。
 
「そんな、なんの前兆も無しに……!」
 
 当然ながら、国を治める王と大臣たちは浮足立った。国の守護たる近衛騎士団も、この未曾有の危機を前に緊張を隠せなかった。
 しかし魔力観測から四十時間後。斥候部隊の生き残りが王宮に戻ってきた。ほうほうの体で帰参した彼らのもたらした情報は、首脳部に一筋の希望の光をもたらした。
 
「魔力はそこから生み出されているのだな? ではそこを叩けば、魔力の放出も止められるということか」

 斥候の報せから、彼らは原因と解決策を同時に見出すことができた。まさに僥倖である。そこからの動きは迅速だった。
 王たちは直ちに討伐部隊を編成。強力な耐魔力障壁を張れる高位の魔術師を筆頭に、熟練の騎士や兵士を集め結成させたエリートチームである。
 そうして集められた国家最高戦力に、王は力強く命をくだした。
 
「かの樹海に赴き、魔力を遮断せよ! 発生源を見つけた時は、何をもってしてでもそれを破壊するのだ!」

 精鋭部隊は、その号令を謹んで拝命した。そして彼らは隊伍を組み、一糸乱れぬ動きで城門を出た。迷いのない足取りでしっかりと大通りを踏みしめ、戦士の群れは一直線に国の外へ飛び出した。
 この時点で、魔力が国を直撃するまで残り二日だった。逡巡の暇はない。あとは樹海へまっしぐらである。
 
「皆、列を組みなおせ! これより我らは深淵に踏み込む!」

 部隊長が声高に告げる。それを引き金に、彼らは一個の生命のように滑らかな動きで陣形を変えた。魔術師を中心に置き、それを守るように兵士たちが囲う、対魔力に特化した陣である。
 果たして、その陣形は正常に機能した。魔術師たちの編み出した結界は足元に滞留する魔力をしっかりと弾き、部隊そのものを完全に防護した。それは樹海に入り、魔力濃度が一層濃くなってからも、同じ効果を発揮した。
 彼らの優秀さの証明である。
 
「ここか……」

 彼らの進軍は順調に進み、樹海に入って十数分後には、一人の脱落者も出さないまま「根源」に到達した。
 そこはぽっかり空いた洞窟の入り口であり、そこから真っ黒な魔力が絶えず垂れ流されていた。言い訳のしようのないくらいに元凶である。
 
「休んでいる時間は無い。このまま突入する。覚悟はよいな?」

 部隊長が言う。配下の全員が首を縦に振る。国のために散る覚悟はとうに出来ている。
 ならば、あとは進むだけだ。
 
「進軍する! 進めッ!」

 先頭に立つ部隊長が言う。群体の集合した一個の生命体が、乱れぬ歩調で一息に洞窟を突き進む。
 やがて洞窟を抜け、広大な空間に出る。足元に溜まる魔力と同じ黒に染まったその空間には、巨大な遺跡群が堂々と鎮座していた。壮大で威厳に満ちたその遺跡を前に、部隊の面々は一様に息をのんだ。
 
「ここが発生源……」
「隊長、あそこに」

 呆然と呟く部隊長に、何か見つけた兵士が声をかける。彼の言に気づいた部隊長が何事かと尋ねると、その兵士は前方をまっすぐ指さしてそれに答えた。
 
「あそこに誰かいます」

 即座に部隊長が、そちらに意識を向ける。目を凝らし、遠方、確かにそこにある人影を注視する。
 直後、その人影がこちらに向かって近づいてくる。気配を察した残りの兵士と魔術師が一斉に警戒を強める。
 部隊長が片手を上げる。肘を曲げ、手を顔の高さにまで持ち上げる。それを見た配下が踏みとどまり、臨戦態勢のまま警戒を続ける。
 弓の弦はギリギリまで引き絞られている。彼が手を下ろした時、敵意の矢が一斉に放たれることになる。
 やがて人影が彼らの前に立つ。それを見た部隊長が驚きの声を上げる。
 
「あなたは……!」
「?」

 見知った男が目の前で驚愕の表情を浮かべる。それを見て、かつて国を追われた勇者は肩に鍬と背後霊を担ぎながら、恥ずかしそうに口を開いた。
 
「もしかして俺、また何かやっちゃいました?」




 もはや何も言うまい。
21/02/23 22:40更新 / 黒尻尾

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