そのよん
竜の寝床横丁とは、竜翼通りの路地裏を通った先にある、ドラゴニアのもう一つの顔である。竜翼通りが観光や行楽をメインとしているのに対し、こちらはよりディープな領域――言ってしまえば男女の交わりをメインとしていた。
当然、居並ぶ店の類も相応に淫猥なものになる。恋人が一夜を過ごす宿、性交に関する魔法道具を取り扱う店、気持ちを昂らせる酒類を取り扱うバー、その他諸々のいかがわしい店や品。そういったとても表には出せないような連中が、ここでは堂々と並び立っていた。
そんなドラゴニアの裏の世界の中心部に、その店はあった。魔界バー「月明かり」。ワームの姉妹が切り盛りする、横丁でも名の知れたスポットである。夕暮れ時、竜泉郷を離れたデオノーラと男は、この著名な酒場に足を運んでいた。
「貴様のどんなところが好きになった、か」
男性観光客と新人ガイドがカウンター席に並んで座り、最初の一杯を嗜みつつ、会話に花を咲かせる。それ自体はよくある光景である。観光ガイドが夜のお楽しみとしてこの店に観光客を連れてくるのも、よくある光景である。
ガイドがドラゴニア現女王であることを除けば、実によくある光景である。
「そうだな……強いて言うならば……」
そんな女王ガイドは今、自分の受け持った観光客である男の顔をじっと見つめ、つい先程その男の放った質問に対し真剣に考えていた。男もそんなデオノーラの視線から逃げ出さず、彼女の瞳を正面から見つめ返していた。
この時男の顔が赤かったのは、アルコールのせいだけではなかった。
「貴様が優しいからだな」
そうしてじっくり考えた後、デオノーラが目を逸らしつつそう答える。素朴な回答に、男は思わず目を丸くした。
「……そんなもんですか?」
「ああ。そうだ」
「他に理由は?」
「もっと考えれば出るかもしれんが、咄嗟に思いつくのはやはりこれだな」
貴様から優しいから。念を押すように、再び男に告げる。男はリアクションに困り、逡巡した挙句酒に逃げた。一杯目を勢いよく呷り、風情も無く一気飲みしてカクテルグラスを空にする。
アルコールが全身を駆け巡る。心臓の鼓動が速くなる。飲み終えた後で、一気飲みはするもんじゃないと男は後悔した。
「どうしてそうだと思ったんですか?」
ふわふわする頭を必死に働かせて、男が問う。デオノーラは彼に続いて最初のグラスを空にしてから、悠然とそれに答えた。
「一目見てピンときた。女王の直感というやつだ。そして貴様と共に歩く中で、直感は確信に変わった」
「そんな理由で……?」
「こういうのは見ればわかるのだ。仮にも私は女王だぞ」
貴様より何十年も長生きしてきたのだ。デオノーラが胸を張って言ってのける。もはや女王であることを隠そうともしない。男は乾いた笑いをあげるだけだった。
そこにバーテンダーが二杯目のグラスを二人に差し出す。揃って礼を述べ、同じタイミングでグラスを傾ける。鼻をつく香りと共に液体が喉を滑り、焼けるような感覚と高揚感を容赦なく提供する。
「貴様はまだ理解出来ぬかもしれんが」
そうして酒の味わいを堪能した後、グラスを置いてデオノーラが喋り出す。
「魔物娘とはそういうものなのだ。我々にウソは通用しない」
「そんなことって」
「その通りよ」
言われてなお釈然としない男に、別方向から援護が飛ぶ。月明かりを営むワーム姉妹の姉、サーナの言である。彼女はデオノーラの側につき、女王の言葉を補足するように口を開いた。
「魔物娘はそういったものに敏感なの。ウソとか、体調とか。あとはいつセックスしたいとか、いつ子供が欲しいとか、そういう欲望にも鋭く反応するのよ」
「セックス関係にも反応するんですか?」
「もちろん。むしろそちらがメインと言ってもいいわ。ちなみに私の欲望センサーによると、デオノーラ様、今すっごくあなたとセックスしたがってるわよ」
「……ん?」
ただしサーナの援護攻撃はデオノーラにも飛び火した。同志から不意打ちを食らい、初心な女王は目を丸くした。
「サーナ? 貴様何を言っている? 今凄い不埒な発言が聞こえたような気がしたが?」
「あら失敬。余計なお節介でしたでしょうか?」
問われたサーナが首をかしげる。表情はにこやかだったが、どこか愉悦に浸っているようにも見える。これはデオノーラの反応を見て楽しんでいるな、そう男は直感した。
男の直感は、すぐさま的中した。
「ですがデオノーラ様。そういうことは今避けたとしても、遅かれ早かれいずれ致すものでございます。ならばいっそのこと、今この場で正直に本心を告白なさって、熱に任せて結合を済ませてしまうのが吉かと存じ上げます」
「ばっ」
「こういう状況でもないとデオノーラ様、ご自分から殿方を誘えないでしょう? チャンスです。チャンスは勝ち取るものです。愛し合う者とのラブラブセックス、嫌がる魔物娘がどこにおりましょうか」
「――!」
ワームの攻撃はデオノーラに効果抜群だった。バーの女主人の一語一語が、ドラゴンの弱い部分を的確に抉っていく。まさにドラゴンスレイヤーだ。
そうしてドラゴニアの気高き女王は、一瞬で色恋に疎い乙女の竜に変じた。
「馬鹿者めっ! そういうことは大っぴらに言うものではない! 確かに私はこの男を好いているが、それを声高に宣言するのは不遜であろう! そもそも恋愛は一足飛びに進めるものでなく、両者の間でじっくり育むべきものであって……何を笑っている! サーナ! 貴様女王の御前であるぞ!控えぬか!」
早口で喋り倒す。頼んでもいないのに恋愛観まで語り出す。カウンター越しでクスクス笑うサーナにも素早く反応する。サーナは指摘されてなお微笑むのをやめない。デオノーラの顔がさらに赤くなる。
勝敗は明確だった。この人にも弱い所があるんだ。男は狼狽するデオノーラを見て、真っ先にそう思った。
「ええい、貴様からも何か言ってやれ! この一言多いワームにぴしゃりと言い放つのだ!」
そうして油断しているところに、デオノーラから奇襲を受ける。今度は男が狼狽える番だった。酒を飲む手を止め、何度か咳き込んでからデオノーラの方を向く。
「いっ、いきなり何ですか!」
「他人の色恋模様に現を抜かすこやつに、釘を刺してやれと言っているのだ。貴様の言葉ならば多少は聞き入れるだろうよ」
「いいえお客様。ここはデオノーラ様の方に、はっきり申して差し上げるべきよ。好きと言う気持ちは想うものでなく、伝えるものなのだから」
負けじとサーナも男に言い放つ。二人の魔物娘の板挟みになる格好――しかも片方は恐ろしいほどに存在感を放つワーム、もう片方はこの国の女王だ――となり、男は生きた心地がしなかった。
「えっ、あの、その」
「さあゆけ! このお節介焼きに苦言を呈し、貴様の男を見せるのだ!」
「デオノーラ様を口説き落とす絶好のチャンスよ。勇気を出して、自分の気持ちを吐き出してごらんなさい」
情けなく狼狽える男の前方と右方から、異なるスタンスの女性の声が聞こえてくる。女三人寄れば姦しいとは言うが、二人だけでも十分騒がしい。
「何を惚けている! 女王直々の命であるぞ!」
「ここは私たちのお店です。だからここでは私の方が偉いんですよ。あんまりこういう風に張り合いたくないんですけど」
男はことここに至り、至極冷静であった。そのようなことを考えられるくらいには余裕があった。
何故か。魔物娘二人から言いよられた時点で、既に肚は決まっていたからだ。
「――わかりました」
男が頷く。二人の視線が一気に男に注ぐ。
その視線の一方へ、男が顔を向ける。
「え」
男に見つめられ、デオノーラが素っ頓狂な声を出す。
嫌な予感がする。
男が口を開く。
「デオノーラ、様」
少し躊躇い、意を決して本心を放つ。
「したいです。そういうこと――」
「おい、貴様、貴様それは」
「せ……セックスを」
言った。
デオノーラの脳天に雷が落ちる。
目の前が激しく白黒に明滅する。
男の顔がみるみる赤くなる。
「今の貴方、とっても素敵よ」
カウンター越しにサーナが小さくサムズアップをした。
バー「月明かり」で料理を提供するのは、妹のルーナの仕事である。彼女の振る舞うドラゴニアの家庭料理は実に美味であり、食べる者の胃袋と心をしっかり満たしてくれることで有名だった。
そして今、男とデオノーラは並んでカウンターに座り、ルーナの特製コースをいただいていた。
「いかがでしょう? お口にあうとよろしいのですけど」
「ルーナの腕は本物よ。じっくり堪能してちょうだいね」
食事代はサーナ持ち。二人のこれからの門出を祝しての、ちょっとしたサービスである。
「それから、これも。愉しんでいただけたら幸いだわ」
さらにサーナが追い打ちをかける。背後の棚から一本の酒瓶を取り出し、滑らかな手つきでカウンターに並ぶ二つのグラスに中身を注ぐ。
「これは、ワインですか?」
「シャルドラゴニアン。我がドラゴニアでもポピュラーなワインだ」
グラスに流れる液体を眺めながら男が尋ねる。横に座るデオノーラがそれに答える。女王の言葉は平静を保っていたが、同時にどこか吹っ切れたようでもあった。
「安心せよ。飲み干しただけで発情するような強烈なものではない。少し勇気が出て、情熱的になれる程度のものだ」
「そんな効果が?」
「魔界産のアルコール類はそれぞれ異なる効能を有している。このワインもそれと同じだ」
「へえ……」
デオノーラの説明を聞き、「初心者」の男が納得したように声を上げる。その横でデオノーラが先んじてワインの注がれたグラスを取り、男もそれに続いて残ったグラスを取る。
「さて、改めて乾杯するとしようか」
「初めの頃にやりましたよね」
「仕切り直しだ。それに食事もしないとな」
なるほど。デオノーラの言葉に男が納得する。確かにここに来るまで色々とゴタゴタした。それが落ち着いた今、一区切りつけるには最適のタイミングだ。
「では、乾杯で」
「ああ」
乾杯。デオノーラと男が静かにグラスを触れ合わせる。縁が接触し、小気味よい音を立てる。
サーナとルーナはそれを無言で見つめる。口を挟むのは野暮だ。
「不思議だ」
「なにが?」
「最初に乾杯した時よりも、貴様の姿がよりはっきり見える。魂を覆う霧が晴れて、貴様の存在をより鮮やかに捉えられる。闇に閉ざされた荒野の中に一閃の陽光が差したが如くだ」
「芝居がかってますね」
「自覚している。浮かれているからだろうな。心が緩んで、つい詠いたくなる」
そこまで言って、デオノーラがワインに口をつける。男も同じタイミングでワインを飲む。
喉が焼ける。胃に燃料が投下され、精神のエンジンが音を立てて回転を始める。
半分ほど飲み干した後、互いに顔を見合わせる。揃って笑みをこぼし、照れくさそうに視線を逸らす。
「なんだ。言いたいことがあるなら申せ」
「なんでもありませんよ。デオノーラ様の方こそ、言いたいことあるんじゃないですか」
「いーや、ない。そんなものは無い」
「本当に?」
「女王はウソをつかぬ」
「ほんとうにー?」
「しつこい男だなー貴様は。このデオノーラがそんなことするわけないだろーが」
訝しむ男にデオノーラが断言する。どちらも頬がほんのり紅い。枷が外れて気持ちが軽くなり、立場も種族も忘れて軽口を叩き合う。
不敬ではない。むしろ良い。実に心地良い空気だ。魔界産ワインのささやかな効力も手伝い、二人は実に良い雰囲気の中で食事をスタートさせた。
「いいですね」
「いいわね」
その様を見たワーム姉妹が感想を述べる。プロ同士多くを語らない。
店主姉妹の言う通り、デオノーラと男は今日の中で最もよい空気を作り出していた。初々しく甘酸っぱい、愛を知ったばかりの者だけが生み出せる芳醇な世界だ。
そんな「青い」二人がこの後何をするのか。聡い姉妹はそれについても認識していた。
「その時が楽しみですね」
「そうね。本当に楽しみだわ」
未来の景色を脳裏に描いた二人が、当事者たちを微笑ましげに見つめる。そんな彼女達の視線の先、姉妹に「当事者」と認識された二人は、第三者の思惑に気づくこともないまま食事を続けていた。
「……」
無言だった。どちらも何も喋らず、ただひたすらルーナの料理を口に運んでいた。素晴らしく美味な食べ物をいただいている時、人は無言になるのだ。
「ん……っ」
「ああ、熱い……」
料理だけではない。一緒に出されたワインもたまらなく美味い。グラスに入った液体を咀嚼の合間に口に入れ、喉を鳴らして食道へ通す。
この料理と酒の組み合わせが凄い。やばい。快感の暴力が容赦なく空きっ腹を攻め立てる。
この美味さには誰も逆らえない。
「これは勝てん……たまらないな……」
「お口に合いましたでしょうか?」
「ああ。最高だ」
キリのいい所で手を止め、デオノーラが一息つきつつ感想を述べる。無条件降伏だ。そこにサーナがそれとなく質問し、女王も大きく頷き満足げに答える。
答えた後、デオノーラの視線が動く。眼球だけを動かし、横にいる男を見据えて彼に声をかける。
「貴様は? 満足しているか?」
「……!」
問われた時、男は料理を口の中に入れている最中だった。口に物を入れたまま喋るのは汚かったので、男は首を縦に振って意思表示をした。
デオノーラも彼の意向をくみ取った。そして彼女が、男に代わってサーナに答えた。
「とても美味い、だそうだ」
「それは何よりです」
「そう言っていただけると、こちらも用意した甲斐があります」
サーナに続いてルーナも答える。それを聞いた男が、今度はルーナの方を向いて同じように首を縦に振る。彼はまだ食べていた。
それを見たルーナがにこやかに微笑む。
「そのように美味しそうに食べてもらえて、本当に嬉しいです」
「んん、んー」
「無理に反応せずともよい。食べることに集中せよ」
「んっ」
ルーナの言に反応した男が何事かうめき、デオノーラがそれを優しくたしなめる。男はそれを受けてまた食事に戻り、それを見届けてからデオノーラが姉妹に言う。
「こちらも食事に戻らせてもらう。よいか?」
「もちろんです」
「私どものおもてなし、心ゆくまでご堪能ください」
「そうさせてもらおう」
当然姉妹は快諾する。許可を得たデオノーラも、躊躇いなく料理に意識を戻す。男の方は言わずもがな、既に食事に意識を戻している。
それから全ての皿が空になるまで、二人の客は手を止めなかった。黙々と、この後に待つものに備えるかのように、人と竜は食物を胃に納めエネルギーを蓄えていった。
たっぷり三十分以上かけて、男とデオノーラは全ての料理を平らげた。店主の差し出したワインの瓶も空になり、二人はアルコール混じりの食後の余韻に心地よく浸っていた。
「お二方とも、とても良い食べっぷりでしたよ」
そんな二人にサーナが声をかける。この時彼女は妹と共に食器類を洗い、真っ白な布巾でそれらの水気を拭き取っていた。自分達の用意した料理が残さず平らげられたことに、この姉妹は実に満足していた。
「これだけ綺麗に食べてもらえると、作った側としても嬉しいものがあります」
「ここまでルーナが喜ぶのは本当に珍しいわ。しっかり食べてくれてありがとうね」
「そんな。美味しかったから全部食べただけですよ」
サーナとルーナからの言葉に男が答える。目に見えた謙遜だったが、サーナはそれに対し「嬉しいものは嬉しいのものなのよ」となおも感謝を重ねた。
感謝の言を重ねながら、サーナはおもむろに二人に背を向けた。何事か察したルーナは姉を見て小さく微笑み、察せなかった男とデオノーラは何をする気かとサーナの動きに注目した。
「さて、貴方達。これからが本番よ」
そう言いながら、サーナが二人に体を向け直す。その両手は新しい酒の瓶を抱えるように持っていた。またワインの瓶だ。
よりによってそれか。横にいるデオノーラがこぼす。
姉が身を翻すのと同じタイミングで、ルーナが明後日の方向へ歩き出す。次いでサーナが再び口を開き、妹に傾いていた二人の意識を自分に向け直す。
「夜の街で、男と女が二人きり」
目論み通り、人と竜がワームの姉を見る。直後、戻って来たルーナが流れる所作で、その二人の前に新しいグラスを置く。
ルーナが身を引き、サーナが前に出る。器用にコルクを抜き、中身をゆっくりとグラスに注ぐ。
「心の通じ合った者同士で愛を育む」
注ぎ口をグラスから離す。グラスの中から芳醇な香りが辺りに広がり、それを嗅いだだけで体が心から熱くなっていく。
「初夜。卒業。二人の初めての共同作業」
コルクの反対側をあてがい、丁寧に締め直す。ルーナが姉の後を引き継ぎ、二人に問いかける。
「爛れた性を解放し、情欲のまま燃え上がる。ああ、実に素敵な時の始まりね」
「詠うのをやめよ。そういうキャラクターではあるまい」
デオノーラが口を挟む。困った奴らだと苦笑するような口調だった。
同じように男も苦笑いを浮かべる。こちらは気恥ずかしさを感じるような笑みだった。
ここまでの流れを、男は全て覚えていた。この場にいた全員が覚えていた。アルコールは都合よく記憶を洗い流したりはしなかった。
「でも、本当にその……」
しかし覚えているのと覚悟を決めるのは別の話だ。この期に及んで二の足を踏むように男が呟き、サーナが素早くそれに反応する。
「そのための、これよ。このワインを飲み干せば、たちまちの内に、あなたの中で自信が溢れてくるわ」
「そういう効能があるんですか?」
「ある。私が保証しよう」
サーナに代わってデオノーラが答える。やけに自信に満ちた口ぶりだった。この人は何か知っているのだろうか。
「今大事なのは、これを飲むか否かだ」
男の疑問に気づいたかのように、デオノーラが男に声をかける。不要な質問は許さない。威厳と覇気を言葉に乗せてぶつけることで、デオノーラは男に対してそう言外に伝えた。
「……いやその、何も言わずに飲んでくれると、嬉しい……」
直後、デオノーラがややトーンダウンした口調で付け加える。強く出過ぎたと反省しての補足である。
一方、そこまで聞いた男は最初にワインの注がれたグラスを、次にサーナを見た。彼の中にはまだ、ほんの少し迷いがあった。
「気後れも躊躇も必要ないわ」
サーナが助け舟を出す。彼女の言葉が、男の背中をゆっくり押す。
「したいようにすればすればいいのよ。ここではそれが許される。ドラゴニアはそういう国で、私達は存在だから」
「本当に……」
「してもいいの。誰も咎めない。したいようにしていいの」
デオノーラが熱い眼差しを向ける。
ワームの姉妹が一心に自分を見つめる。
男の中で何かが崩れ、新しい何かが組み上がっていく。
サーナが問う。
「もう一度教えて。あなたの欲望は何?」
男はまっすぐ、グラスに手を伸ばした。
当然、居並ぶ店の類も相応に淫猥なものになる。恋人が一夜を過ごす宿、性交に関する魔法道具を取り扱う店、気持ちを昂らせる酒類を取り扱うバー、その他諸々のいかがわしい店や品。そういったとても表には出せないような連中が、ここでは堂々と並び立っていた。
そんなドラゴニアの裏の世界の中心部に、その店はあった。魔界バー「月明かり」。ワームの姉妹が切り盛りする、横丁でも名の知れたスポットである。夕暮れ時、竜泉郷を離れたデオノーラと男は、この著名な酒場に足を運んでいた。
「貴様のどんなところが好きになった、か」
男性観光客と新人ガイドがカウンター席に並んで座り、最初の一杯を嗜みつつ、会話に花を咲かせる。それ自体はよくある光景である。観光ガイドが夜のお楽しみとしてこの店に観光客を連れてくるのも、よくある光景である。
ガイドがドラゴニア現女王であることを除けば、実によくある光景である。
「そうだな……強いて言うならば……」
そんな女王ガイドは今、自分の受け持った観光客である男の顔をじっと見つめ、つい先程その男の放った質問に対し真剣に考えていた。男もそんなデオノーラの視線から逃げ出さず、彼女の瞳を正面から見つめ返していた。
この時男の顔が赤かったのは、アルコールのせいだけではなかった。
「貴様が優しいからだな」
そうしてじっくり考えた後、デオノーラが目を逸らしつつそう答える。素朴な回答に、男は思わず目を丸くした。
「……そんなもんですか?」
「ああ。そうだ」
「他に理由は?」
「もっと考えれば出るかもしれんが、咄嗟に思いつくのはやはりこれだな」
貴様から優しいから。念を押すように、再び男に告げる。男はリアクションに困り、逡巡した挙句酒に逃げた。一杯目を勢いよく呷り、風情も無く一気飲みしてカクテルグラスを空にする。
アルコールが全身を駆け巡る。心臓の鼓動が速くなる。飲み終えた後で、一気飲みはするもんじゃないと男は後悔した。
「どうしてそうだと思ったんですか?」
ふわふわする頭を必死に働かせて、男が問う。デオノーラは彼に続いて最初のグラスを空にしてから、悠然とそれに答えた。
「一目見てピンときた。女王の直感というやつだ。そして貴様と共に歩く中で、直感は確信に変わった」
「そんな理由で……?」
「こういうのは見ればわかるのだ。仮にも私は女王だぞ」
貴様より何十年も長生きしてきたのだ。デオノーラが胸を張って言ってのける。もはや女王であることを隠そうともしない。男は乾いた笑いをあげるだけだった。
そこにバーテンダーが二杯目のグラスを二人に差し出す。揃って礼を述べ、同じタイミングでグラスを傾ける。鼻をつく香りと共に液体が喉を滑り、焼けるような感覚と高揚感を容赦なく提供する。
「貴様はまだ理解出来ぬかもしれんが」
そうして酒の味わいを堪能した後、グラスを置いてデオノーラが喋り出す。
「魔物娘とはそういうものなのだ。我々にウソは通用しない」
「そんなことって」
「その通りよ」
言われてなお釈然としない男に、別方向から援護が飛ぶ。月明かりを営むワーム姉妹の姉、サーナの言である。彼女はデオノーラの側につき、女王の言葉を補足するように口を開いた。
「魔物娘はそういったものに敏感なの。ウソとか、体調とか。あとはいつセックスしたいとか、いつ子供が欲しいとか、そういう欲望にも鋭く反応するのよ」
「セックス関係にも反応するんですか?」
「もちろん。むしろそちらがメインと言ってもいいわ。ちなみに私の欲望センサーによると、デオノーラ様、今すっごくあなたとセックスしたがってるわよ」
「……ん?」
ただしサーナの援護攻撃はデオノーラにも飛び火した。同志から不意打ちを食らい、初心な女王は目を丸くした。
「サーナ? 貴様何を言っている? 今凄い不埒な発言が聞こえたような気がしたが?」
「あら失敬。余計なお節介でしたでしょうか?」
問われたサーナが首をかしげる。表情はにこやかだったが、どこか愉悦に浸っているようにも見える。これはデオノーラの反応を見て楽しんでいるな、そう男は直感した。
男の直感は、すぐさま的中した。
「ですがデオノーラ様。そういうことは今避けたとしても、遅かれ早かれいずれ致すものでございます。ならばいっそのこと、今この場で正直に本心を告白なさって、熱に任せて結合を済ませてしまうのが吉かと存じ上げます」
「ばっ」
「こういう状況でもないとデオノーラ様、ご自分から殿方を誘えないでしょう? チャンスです。チャンスは勝ち取るものです。愛し合う者とのラブラブセックス、嫌がる魔物娘がどこにおりましょうか」
「――!」
ワームの攻撃はデオノーラに効果抜群だった。バーの女主人の一語一語が、ドラゴンの弱い部分を的確に抉っていく。まさにドラゴンスレイヤーだ。
そうしてドラゴニアの気高き女王は、一瞬で色恋に疎い乙女の竜に変じた。
「馬鹿者めっ! そういうことは大っぴらに言うものではない! 確かに私はこの男を好いているが、それを声高に宣言するのは不遜であろう! そもそも恋愛は一足飛びに進めるものでなく、両者の間でじっくり育むべきものであって……何を笑っている! サーナ! 貴様女王の御前であるぞ!控えぬか!」
早口で喋り倒す。頼んでもいないのに恋愛観まで語り出す。カウンター越しでクスクス笑うサーナにも素早く反応する。サーナは指摘されてなお微笑むのをやめない。デオノーラの顔がさらに赤くなる。
勝敗は明確だった。この人にも弱い所があるんだ。男は狼狽するデオノーラを見て、真っ先にそう思った。
「ええい、貴様からも何か言ってやれ! この一言多いワームにぴしゃりと言い放つのだ!」
そうして油断しているところに、デオノーラから奇襲を受ける。今度は男が狼狽える番だった。酒を飲む手を止め、何度か咳き込んでからデオノーラの方を向く。
「いっ、いきなり何ですか!」
「他人の色恋模様に現を抜かすこやつに、釘を刺してやれと言っているのだ。貴様の言葉ならば多少は聞き入れるだろうよ」
「いいえお客様。ここはデオノーラ様の方に、はっきり申して差し上げるべきよ。好きと言う気持ちは想うものでなく、伝えるものなのだから」
負けじとサーナも男に言い放つ。二人の魔物娘の板挟みになる格好――しかも片方は恐ろしいほどに存在感を放つワーム、もう片方はこの国の女王だ――となり、男は生きた心地がしなかった。
「えっ、あの、その」
「さあゆけ! このお節介焼きに苦言を呈し、貴様の男を見せるのだ!」
「デオノーラ様を口説き落とす絶好のチャンスよ。勇気を出して、自分の気持ちを吐き出してごらんなさい」
情けなく狼狽える男の前方と右方から、異なるスタンスの女性の声が聞こえてくる。女三人寄れば姦しいとは言うが、二人だけでも十分騒がしい。
「何を惚けている! 女王直々の命であるぞ!」
「ここは私たちのお店です。だからここでは私の方が偉いんですよ。あんまりこういう風に張り合いたくないんですけど」
男はことここに至り、至極冷静であった。そのようなことを考えられるくらいには余裕があった。
何故か。魔物娘二人から言いよられた時点で、既に肚は決まっていたからだ。
「――わかりました」
男が頷く。二人の視線が一気に男に注ぐ。
その視線の一方へ、男が顔を向ける。
「え」
男に見つめられ、デオノーラが素っ頓狂な声を出す。
嫌な予感がする。
男が口を開く。
「デオノーラ、様」
少し躊躇い、意を決して本心を放つ。
「したいです。そういうこと――」
「おい、貴様、貴様それは」
「せ……セックスを」
言った。
デオノーラの脳天に雷が落ちる。
目の前が激しく白黒に明滅する。
男の顔がみるみる赤くなる。
「今の貴方、とっても素敵よ」
カウンター越しにサーナが小さくサムズアップをした。
バー「月明かり」で料理を提供するのは、妹のルーナの仕事である。彼女の振る舞うドラゴニアの家庭料理は実に美味であり、食べる者の胃袋と心をしっかり満たしてくれることで有名だった。
そして今、男とデオノーラは並んでカウンターに座り、ルーナの特製コースをいただいていた。
「いかがでしょう? お口にあうとよろしいのですけど」
「ルーナの腕は本物よ。じっくり堪能してちょうだいね」
食事代はサーナ持ち。二人のこれからの門出を祝しての、ちょっとしたサービスである。
「それから、これも。愉しんでいただけたら幸いだわ」
さらにサーナが追い打ちをかける。背後の棚から一本の酒瓶を取り出し、滑らかな手つきでカウンターに並ぶ二つのグラスに中身を注ぐ。
「これは、ワインですか?」
「シャルドラゴニアン。我がドラゴニアでもポピュラーなワインだ」
グラスに流れる液体を眺めながら男が尋ねる。横に座るデオノーラがそれに答える。女王の言葉は平静を保っていたが、同時にどこか吹っ切れたようでもあった。
「安心せよ。飲み干しただけで発情するような強烈なものではない。少し勇気が出て、情熱的になれる程度のものだ」
「そんな効果が?」
「魔界産のアルコール類はそれぞれ異なる効能を有している。このワインもそれと同じだ」
「へえ……」
デオノーラの説明を聞き、「初心者」の男が納得したように声を上げる。その横でデオノーラが先んじてワインの注がれたグラスを取り、男もそれに続いて残ったグラスを取る。
「さて、改めて乾杯するとしようか」
「初めの頃にやりましたよね」
「仕切り直しだ。それに食事もしないとな」
なるほど。デオノーラの言葉に男が納得する。確かにここに来るまで色々とゴタゴタした。それが落ち着いた今、一区切りつけるには最適のタイミングだ。
「では、乾杯で」
「ああ」
乾杯。デオノーラと男が静かにグラスを触れ合わせる。縁が接触し、小気味よい音を立てる。
サーナとルーナはそれを無言で見つめる。口を挟むのは野暮だ。
「不思議だ」
「なにが?」
「最初に乾杯した時よりも、貴様の姿がよりはっきり見える。魂を覆う霧が晴れて、貴様の存在をより鮮やかに捉えられる。闇に閉ざされた荒野の中に一閃の陽光が差したが如くだ」
「芝居がかってますね」
「自覚している。浮かれているからだろうな。心が緩んで、つい詠いたくなる」
そこまで言って、デオノーラがワインに口をつける。男も同じタイミングでワインを飲む。
喉が焼ける。胃に燃料が投下され、精神のエンジンが音を立てて回転を始める。
半分ほど飲み干した後、互いに顔を見合わせる。揃って笑みをこぼし、照れくさそうに視線を逸らす。
「なんだ。言いたいことがあるなら申せ」
「なんでもありませんよ。デオノーラ様の方こそ、言いたいことあるんじゃないですか」
「いーや、ない。そんなものは無い」
「本当に?」
「女王はウソをつかぬ」
「ほんとうにー?」
「しつこい男だなー貴様は。このデオノーラがそんなことするわけないだろーが」
訝しむ男にデオノーラが断言する。どちらも頬がほんのり紅い。枷が外れて気持ちが軽くなり、立場も種族も忘れて軽口を叩き合う。
不敬ではない。むしろ良い。実に心地良い空気だ。魔界産ワインのささやかな効力も手伝い、二人は実に良い雰囲気の中で食事をスタートさせた。
「いいですね」
「いいわね」
その様を見たワーム姉妹が感想を述べる。プロ同士多くを語らない。
店主姉妹の言う通り、デオノーラと男は今日の中で最もよい空気を作り出していた。初々しく甘酸っぱい、愛を知ったばかりの者だけが生み出せる芳醇な世界だ。
そんな「青い」二人がこの後何をするのか。聡い姉妹はそれについても認識していた。
「その時が楽しみですね」
「そうね。本当に楽しみだわ」
未来の景色を脳裏に描いた二人が、当事者たちを微笑ましげに見つめる。そんな彼女達の視線の先、姉妹に「当事者」と認識された二人は、第三者の思惑に気づくこともないまま食事を続けていた。
「……」
無言だった。どちらも何も喋らず、ただひたすらルーナの料理を口に運んでいた。素晴らしく美味な食べ物をいただいている時、人は無言になるのだ。
「ん……っ」
「ああ、熱い……」
料理だけではない。一緒に出されたワインもたまらなく美味い。グラスに入った液体を咀嚼の合間に口に入れ、喉を鳴らして食道へ通す。
この料理と酒の組み合わせが凄い。やばい。快感の暴力が容赦なく空きっ腹を攻め立てる。
この美味さには誰も逆らえない。
「これは勝てん……たまらないな……」
「お口に合いましたでしょうか?」
「ああ。最高だ」
キリのいい所で手を止め、デオノーラが一息つきつつ感想を述べる。無条件降伏だ。そこにサーナがそれとなく質問し、女王も大きく頷き満足げに答える。
答えた後、デオノーラの視線が動く。眼球だけを動かし、横にいる男を見据えて彼に声をかける。
「貴様は? 満足しているか?」
「……!」
問われた時、男は料理を口の中に入れている最中だった。口に物を入れたまま喋るのは汚かったので、男は首を縦に振って意思表示をした。
デオノーラも彼の意向をくみ取った。そして彼女が、男に代わってサーナに答えた。
「とても美味い、だそうだ」
「それは何よりです」
「そう言っていただけると、こちらも用意した甲斐があります」
サーナに続いてルーナも答える。それを聞いた男が、今度はルーナの方を向いて同じように首を縦に振る。彼はまだ食べていた。
それを見たルーナがにこやかに微笑む。
「そのように美味しそうに食べてもらえて、本当に嬉しいです」
「んん、んー」
「無理に反応せずともよい。食べることに集中せよ」
「んっ」
ルーナの言に反応した男が何事かうめき、デオノーラがそれを優しくたしなめる。男はそれを受けてまた食事に戻り、それを見届けてからデオノーラが姉妹に言う。
「こちらも食事に戻らせてもらう。よいか?」
「もちろんです」
「私どものおもてなし、心ゆくまでご堪能ください」
「そうさせてもらおう」
当然姉妹は快諾する。許可を得たデオノーラも、躊躇いなく料理に意識を戻す。男の方は言わずもがな、既に食事に意識を戻している。
それから全ての皿が空になるまで、二人の客は手を止めなかった。黙々と、この後に待つものに備えるかのように、人と竜は食物を胃に納めエネルギーを蓄えていった。
たっぷり三十分以上かけて、男とデオノーラは全ての料理を平らげた。店主の差し出したワインの瓶も空になり、二人はアルコール混じりの食後の余韻に心地よく浸っていた。
「お二方とも、とても良い食べっぷりでしたよ」
そんな二人にサーナが声をかける。この時彼女は妹と共に食器類を洗い、真っ白な布巾でそれらの水気を拭き取っていた。自分達の用意した料理が残さず平らげられたことに、この姉妹は実に満足していた。
「これだけ綺麗に食べてもらえると、作った側としても嬉しいものがあります」
「ここまでルーナが喜ぶのは本当に珍しいわ。しっかり食べてくれてありがとうね」
「そんな。美味しかったから全部食べただけですよ」
サーナとルーナからの言葉に男が答える。目に見えた謙遜だったが、サーナはそれに対し「嬉しいものは嬉しいのものなのよ」となおも感謝を重ねた。
感謝の言を重ねながら、サーナはおもむろに二人に背を向けた。何事か察したルーナは姉を見て小さく微笑み、察せなかった男とデオノーラは何をする気かとサーナの動きに注目した。
「さて、貴方達。これからが本番よ」
そう言いながら、サーナが二人に体を向け直す。その両手は新しい酒の瓶を抱えるように持っていた。またワインの瓶だ。
よりによってそれか。横にいるデオノーラがこぼす。
姉が身を翻すのと同じタイミングで、ルーナが明後日の方向へ歩き出す。次いでサーナが再び口を開き、妹に傾いていた二人の意識を自分に向け直す。
「夜の街で、男と女が二人きり」
目論み通り、人と竜がワームの姉を見る。直後、戻って来たルーナが流れる所作で、その二人の前に新しいグラスを置く。
ルーナが身を引き、サーナが前に出る。器用にコルクを抜き、中身をゆっくりとグラスに注ぐ。
「心の通じ合った者同士で愛を育む」
注ぎ口をグラスから離す。グラスの中から芳醇な香りが辺りに広がり、それを嗅いだだけで体が心から熱くなっていく。
「初夜。卒業。二人の初めての共同作業」
コルクの反対側をあてがい、丁寧に締め直す。ルーナが姉の後を引き継ぎ、二人に問いかける。
「爛れた性を解放し、情欲のまま燃え上がる。ああ、実に素敵な時の始まりね」
「詠うのをやめよ。そういうキャラクターではあるまい」
デオノーラが口を挟む。困った奴らだと苦笑するような口調だった。
同じように男も苦笑いを浮かべる。こちらは気恥ずかしさを感じるような笑みだった。
ここまでの流れを、男は全て覚えていた。この場にいた全員が覚えていた。アルコールは都合よく記憶を洗い流したりはしなかった。
「でも、本当にその……」
しかし覚えているのと覚悟を決めるのは別の話だ。この期に及んで二の足を踏むように男が呟き、サーナが素早くそれに反応する。
「そのための、これよ。このワインを飲み干せば、たちまちの内に、あなたの中で自信が溢れてくるわ」
「そういう効能があるんですか?」
「ある。私が保証しよう」
サーナに代わってデオノーラが答える。やけに自信に満ちた口ぶりだった。この人は何か知っているのだろうか。
「今大事なのは、これを飲むか否かだ」
男の疑問に気づいたかのように、デオノーラが男に声をかける。不要な質問は許さない。威厳と覇気を言葉に乗せてぶつけることで、デオノーラは男に対してそう言外に伝えた。
「……いやその、何も言わずに飲んでくれると、嬉しい……」
直後、デオノーラがややトーンダウンした口調で付け加える。強く出過ぎたと反省しての補足である。
一方、そこまで聞いた男は最初にワインの注がれたグラスを、次にサーナを見た。彼の中にはまだ、ほんの少し迷いがあった。
「気後れも躊躇も必要ないわ」
サーナが助け舟を出す。彼女の言葉が、男の背中をゆっくり押す。
「したいようにすればすればいいのよ。ここではそれが許される。ドラゴニアはそういう国で、私達は存在だから」
「本当に……」
「してもいいの。誰も咎めない。したいようにしていいの」
デオノーラが熱い眼差しを向ける。
ワームの姉妹が一心に自分を見つめる。
男の中で何かが崩れ、新しい何かが組み上がっていく。
サーナが問う。
「もう一度教えて。あなたの欲望は何?」
男はまっすぐ、グラスに手を伸ばした。
20/05/04 20:26更新 / 黒尻尾
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