読切小説
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人生ゲーム
「全員揃ったな? じゃあ始めるぞー」

 一人の男が投げ遣り気味に告げる。彼と共にテーブルを囲んでいた三人の男がそれぞれバラバラに返答する。この時彼らは最初に声を発した男の住むマンションの一室にあるリビングに集合しており、そしてその大して広くもないリビングの真ん中にあるテーブルの上には、一個のボードゲームがあった。
 時刻は深夜一時。彼らはここの家主の発案によって、今夜このボードゲームで遊ぶ約束をしていたのだった。そして家主の友人である三人の男達は、家主の用意したそのボードゲームに興味津々であった。
 
「双六ゲームなのか、これ?」
「ああ。サイコロを振って出た目の数だけ駒を動かして、先にゴールした奴の勝ち。簡単だろ? もちろんマスにはそれぞれイベントが書かれていて、そこに止まったプレイヤーは必ずその指示に従わなきゃいけないんだ」
「へえ、結構普通なゲームなんだな」

 友人たちからの問いかけに家主が答え、さらにそれを聞いた三人が納得したように声を上げる。それから家主は人数分のコマと六面ダイスをテーブルの上に置き、遊ぶ準備を進めていく。
 
「ところでこれ、どこで買ってきたんだ?」

 そんな時、ボードゲームを指さしながら、家主の友人の一人が問いかける。その眼鏡をかけた痩身の男からの問いかけに、小道具を揃え終えた家主の男は何気ない口調で答えた。
 
「それ? 魔界で買ったんだよ。前に嫁と一緒に魔界旅行に行った時にな」
「そういうことか。お前も変なの買ってくるよな」

 家主の返答に眼鏡の男と、他三人が揃って頷く。彼らは家主が魔物娘と結婚していたことを知っており、ついでに言うとこの世に「魔界」という別世界が存在することも知っていた。そもそも魔界や魔物娘という存在自体、当たり前のものとして認知されていた。
 
「お前らも結婚すればいいのに。価値観変わるぜ?」
「うるせえな。結婚したくても相手がいねえんだよ」

 茶化すような家主の発言に、友人の一人である禿頭の男が言い返す。すると件の眼鏡の男が「そうだそうだ」と禿頭の男に同意するように頷き、家主の男はそんな二人を見て「見つける努力くらいしろよ」と苦々しげに訴えた。
 
「自分から動かないでどうするんだよ。少しは魔物娘を見習えよ。それに相性抜群な奴とか、探せば結構近くにいるかもしれないぜ?」
「それはわかるけどさあ。合コンとかあんまり行きたくねえんだよなあ。あのガヤガヤした感じ好きじゃねえんだよ」
「俺は単に面倒くさいって感じかな。やりたくもないことのために外出るとかしたくないし」

 禿頭の男が露骨に嫌がり、眼鏡の男が心底嫌そうにため息をつく。それを見た家主は諦めたように首を横に振った。我が友人ながら、注文の多い連中である。
 そんな時、三人目の友である筋骨隆々とした大男がボードゲームを指して言った。
 
「ところでよ、このゲーム変じゃねえか? マス目が全部真っ白だぜ」

 筋肉質の男の指摘を受け、他の友人二人が同時にボードゲームに意識を向ける。そして筋肉質の男の言う通り、その双六ゲームは全てのマスが真っ白になっていた。六十六個あるマス目の中に、イベントの類は一つも書かれていなかった。
 
「本当だ。どうなってるんだこれ」
「ああこれ? そういう仕様なんだよ。プレイヤーの駒がそこに止まって、初めてイベント内容が浮き上がるようになってるんだ。魔界の魔力でこうなってるって話らしいぜ」
「へえー。魔力って万能なんだな」

 禿頭の男が他人事のように返す。家主の男は視線を逸らしながら「ああ、本当魔力って便利だよな」と答え、相手の反応を待たずに台詞を続ける。
 
「じゃ、さっそく始めようぜ。言っておくけど、引いたイベントにはちゃんと従うんだぞ?」
「へーい」

 家主の忠告に、友人三人が気の抜けた返事を寄越す。家主はそれを見て不安そうな表情で頭を掻いた。
 こうして、緩い空気の中でゲームは始まったのだった。
 
 
 
 
 簡潔に言って、前半三十マスは白紙のままだった。誰がどこに止まっても、何のイベントも起きなかった。
 魔界産の双六ということで期待していた友人たちも、次第にその顔に心配や退屈といった感情を滲ませていった。
 
「なんつーか、暇だな」
「これ実は全部何も無かったりするんじゃねえのか?」
「刺激もなんもねえよこれ。誰だよこれ作ったの」

 無心でサイコロを振りながら、友人たちが口々に不満を漏らしていく。しかし家主はそんな三人の様子をニヤニヤ笑いながら見つめていた。
 
「まるで今までのお前らの人生みたいな展開だな。まあ黙って進めてみろって。その内いいこと起きるから」
「本当か? 本当に何か面白いイベントとか起きるのかよ?」
「ああ、すぐにもな」

 家主の男はそう言って、自分に問い返してきた禿頭の男にサイコロを差し出す。禿頭の男はしかめ面でそれを受け取り、ヤケクソ気味にそれを放り投げる。
 三の目が出る。禿頭の男は出た目の通りに自分の駒を動かし、白紙のマスに駒を置く。
 直後、その駒の置かれたマスが揺らめき始める。
 
「おっ?」

 今まで見たことのない変化に男たちが注目する。そして彼らの眼前で、それまで白紙だったそのマス目に文字が浮かび上がる。
 
「おお! やっとイベントマスか!」
 
 駒を横にずらし、禿頭の男がウキウキしながらそれを読み始める。しかしそれを読み終えた直後、彼はその表情を怪訝なものに変えた。
 
「結婚マス……おめでとう、あなたはレッドキャップと結婚することになりました。あなたは直ちにこのゲームを止め、結婚の準備をすすめること……」

 口に出して文面を読み直し、その後顔を上げる。そしてなおもニヤニヤしている家主を見て顔をしかめ、追及するように彼に問いかける。
 
「なんだよこれ?」
「文面通りだよ。結婚おめでとう」
「は?」

 直後、リビングの家主の背後にあった窓ガラスが盛大に打ち割られた。
 
「マリッジタァァァァァイム!」

 そして月の光を浴びて宝石のように輝くガラス片に混じって、一人の少女が絶叫しながら室内に侵入する。小柄で、真っ赤な帽子と無骨な刃物を手に持っていた。
 
「おいハゲ! やっと決心決まったみたいだな! 俺様と結婚しろ!」

 そうしてリビングにやって来た魔物娘、レッドキャップは禿頭の男を睨みつけながら叫んだ。友人達は突然のことに呆然となり、家主は必死で笑いを押し殺していた。
 
「お前、なんでここにいるんだよ!」
「うるせえ! ご両親の手前我慢してたが、もう限界だ! ヤるぞ、子作りだ!」

 そして乱入してきたレッドキャップを見て、禿頭の男が声を上げる。眼鏡の男がそれに気づき、驚いたままの禿頭の男に問いかける。
 
「え、誰だよこいつ?」
「一週間前にウチに来たレッドキャップだよ。魔界の学校から、こっちの世界の学校に留学しに来たんだ。ホームステイってやつだ」
「なるほど」
「無駄話すんな! 来い!」

 業を煮やしたレッドキャップが大股で近寄り、禿頭の男の襟首を掴む。禿頭の男も抵抗したが、魔物の膂力に勝てる人間などまず存在しなかった。
 
「そういうわけで、こいつはもらってくぜ」
「ああ、お幸せにな」
「おうよ! 今日は寝かせねえぜぇ!」
「ま、待て、こういうのはちゃんと段取りを踏んで――」

 そしてレッドキャップは家主の男と言葉を交わし、楽しそうに割れた窓を踏み越えてベランダから飛び降りていった。禿頭の男の言葉は途中で途切れ、それきり聞こえなくなった。
 ついでに言うとここは三階にある部屋だったのだが、それを指摘する余裕のある者は一人もいなかった。
 
「なんだよ、これ……」

 嵐は一瞬で去っていった。やがて一気に静寂を取り戻した部屋の中で、眼鏡の男が呆然と呟く。それに対し、家主の男は素っ気ない態度で「イベントだよ」と答えた。
 
「言ったろ? 魔界のボードゲームだって。普通のイベントが起きるわけないだろ」
「……これ、途中で止めたらどうなるんだ?」
「待機してる魔物娘全員に襲われるな」

 眼鏡の男と筋肉質の男が同時に顔から血の気を引かせていく。家主はお構いなしにサイコロを手に取り、筋肉質の男にそれを差し出す。
 
「じゃ、次はお前の番だからな」




 結果を言うと、筋肉質の男の駒が止まったマスにもイベントが隠されていた。白紙の部分が揺らめき、浮き上がって来た文面を、筋肉質の男は恐る恐る読み上げた。
 
「結婚マス」

 眼鏡の横にいた男が息をのむ。筋肉質の男はそこで一旦言葉を止め、そして意を決して先を読んでいく。
 
「おめでとう。あなたは火鼠と結婚しました。あなたは直ちにゲームを止め、結婚の……」

 そこまで言って、筋肉質の男は咄嗟に立ち上がった。そして立ち上がると同時に身を翻し、背後の方向に向かって右手を伸ばす。
 男の右手が脛を掴む。細く引き締まった、女の脛だった。その脛は炎に包まれていたが、男は暑がる素振りも見せずにそれをしっかりつかんでいた。
 
「チッ、相変わらずいい反応するわね」
 
 男の目の前にいた一人の女が、忌々しげに言葉を漏らす。それは両手足を炎に包んだ、チャイナドレス姿の女だった。そして音も無く現れ、自分の顔面に上段蹴りを放ってきたその女に対し、筋肉質の男が鼻で笑って言った。
 
「奇襲するなら気配だけじゃなくて殺気も消せと、あれほど教えたはずだがな?」
「うるさい! あんたの意見なんか聞きたくもないわ!」

 力任せに脛を掴む手を振りほどき、後ろに飛びのき距離を取って女が構える。眼鏡の男は再び呆然となり、女を前に自身も構えを取る筋肉質の男に質問をする。
 
「その人、誰?」
「うちのジムで鍛えてる魔物娘だ。火鼠だよ」
「……まさか、その人と結婚するの?」
「流れから見たらそうなるんだろうが、どうなんだ?」

 筋肉質の男が火鼠の女から視線を逸らし、肩越しに家主を見ながら問いかける。家主は神妙な面持ちで筋肉質の男を見ながら、「そういうことになるな」と答えた。
 
「その子がイベント担当の火鼠だ」
「マジかよ」
「隙あり!」

 顔を背けた直後、ここぞとばかりに火鼠が突っ込む。しかし彼女の放った右ストレートは、いともたやすく筋肉質の男に受け止めれられる。
 
「こいつ、何かにつけて俺につっかかってきてな。決闘だなんだって言って、果たし状送りつけてくるんだよ。何回負けても、懲りずに送って来るんだ」
「果たし状? それちゃんと受けてるの? 全部?」
「ああ。全部受けてるぞ。断るのも失礼だろ」
「律儀な奴だな」
「このっ! このっ!」

 説明をする筋肉質の男に眼鏡の男が問い返し、それに対する返答を聞いた家主が感心したように声を漏らす。その間、火鼠は四肢を使って猛ラッシュを仕掛けていたのだが、筋肉質の男は両手でその全てを相殺していた。当然顔は家主の方に向けられたままで、火鼠のことなどちらりともみなかった。
 
「それで? お前はどうして俺と結婚したいんだ?」

 そして火鼠の両手を掴み、そこで初めて筋肉質の男が魔物の方を向いて彼女に声をかける。近距離で目を合わせられた火鼠はその顔を一気に赤くし、そして恥ずかしそうに視線を横に逸らし、火鼠が小さい声で答える。
 
「……強いからよ」
「なんだと?」
「あんたみたいな強い奴、魔界にはいなかったから……私に土をつけたのって、あんたが初めてなんだからね。それで負けたのが悔しくって、何度も挑戦してる内に……」
「その強さに惚れたってことだろ?」

 後ろから家主が声をかける。火鼠はそれを聞いて、さらに顔を赤くして頷いた。筋肉質の男は息をのみ、思わず信じられないと言いたげな調子で彼女に尋ねた。
 
「本当に? 俺に惚れたってのか?」
「……そうよ、悪い? ていうか、もうあんた以外考えられないっていうか……結婚するんだったら、この人しかいないかなって思ったり……」
「お前……」
「――ああもう!」

 しかしそこまで言って、火鼠が男の手を振り払い、乱暴に顔を左右に振る。そして目じりに涙を溜め、キッと男を睨みつけながら大声で宣言する。
 
「とにかく! あんたは私とつがいになるの! そして近くであんたの技を盗んで、絶対リベンジしてやるんだから!」

 覚悟なさい! 火鼠が声高に告げる。筋肉質の男はしばらくの間呆然としていたが、やがて不敵に笑って火鼠に手を伸ばした。
 彼の心の内は、とうの昔に決まっていたのだ。
 
「……せいぜい気張るんだな」
「ふん、望む所よ!」

 火鼠もその手を握り返し、自分から男に寄りかかる。そして男にだけ聞こえる声で、その胸の中でもじもじしながら火鼠が言った。
 
「その、出来たら子供のほうも、欲しいなあ……なんて……」
「……ッ」

 筋肉質の男が体を硬直させる。
 そのリアクションだけで、家主と眼鏡の男は彼が何を言われたのかを理解した。
 
「まあ、お幸せに」

 家主はそれを言うのが精一杯だった。
 
 
 
 
「次はお前の番だな」

 筋肉質の男と火鼠が揃って部屋を出ていった後、家主がそう言って眼鏡の男にサイコロを渡す。眼鏡の男はそれを受け取り、憂鬱そうな顔で呟いた。
 
「俺の場合は何が来るんだろうな」
「振ってみればわかるさ」
「やれやれ」

 無責任な家主の返答を受け、力なくサイコロを振る。出た目の数だけ駒を動かし、白紙のマスに駒を止める。
 案の定、マスが揺らめいて文章が浮き上がる。眼鏡の男は眼鏡を押し上げつつ、その文面に目を通す。
 
「結婚マス。おめでとう、あなたはマンティスと」

 そこまで言って口を紡ぐ。そして背中に寄りかかって来る「それ」の存在に気付いて、ため息交じりに「それ」に声をかける。
 
「やっぱりお前か」
「……」

 眼鏡の男に背後から抱きついて来ていたマンティスが、無言で頷く。どこからやって来た、などと無粋なことは聞かなかった。マンティスはじっと眼鏡の男に抱きつき、男もまたそのマンティスの体温を背中越しに感じていた。
 家主はそんな二人を興味深そうに見つめ、好奇心に任せて質問をぶつけた。
 
「二人はどんな関係なんだ?」
「大学の後輩だよ。部活で知り合ったんだ」
「……文芸部」

 マンティスが消え入りそうな声で続ける。そしてマンティスは首に回した腕に力を込めながら、家主に向かって言葉を続ける。
 
「三日前に、私の方から告白したの」
「返事は?」
「……」

 マンティスが首を横に振る。それを見た家主は眼鏡の男を見ながら「馬鹿が」と短く吐き捨てた。
 
「女の子の方から告白されておいて、何も答えなかったのかお前」
「……仕方ないだろ。もしこれで、今までの関係が壊れたらと思ったら、一気に怖くなったんだよ。でも断るのも無理だし……」

 眼鏡の男が苦しげな声で答える。家主の男は無言でそんな友人を見つめ、マンティスが代わりに眼鏡の男に告げる。
 
「私は、変わらないよ?」
「お前……」
「どんなに時間が経っても、私は私。あなたをずっと愛し続ける、普通のマンティス。それだけは変わらないから」

 マンティスの目に涙が溜まる。少ししゃくりあげながら、マンティスが言葉を続ける。
 
「大学に入っても一人ぼっちで、部室でも一人だった私に、あなたは声をかけてくれた。その時から、私はあなたに惹かれたの。私にとって、あなたはかけがえのない人なの。あなた以外の人と一緒になるなんて、とても考えられない」
「……」
「だから……お願いします……。私を、あなたのお嫁さんに、させてください……!」

 静かに涙を流しながら、マンティスが胸の内を吐露する。家主は何も言わず、男の反応を待った。
 やがて、眼鏡の男がマンティスの腕を掴む。マンティスが反応してびくりと動き、体を僅かに身動ぎさせる。
 
「今日は」

 眼鏡の男が言葉を放つ。マンティスは涙を流したままそれに耳をそばだてる。
 
「月が綺麗ですね」

 男が告げる。
 マンティスが頷き、微笑みながらそれに答える。
 
「……私、死んでもいいわ」




 眼鏡の男とマンティスは、その後静かに部屋を後にした。破砕された窓からベランダに向かい、そこでマンティスが眼鏡の男を背負い飛び降りたのである。
 普通にドアから出ていけよ。家主はそう考えながら、ボードゲームを片づけ始めた。
 
「終わったようですね」

 その時、不意にどこからか声が聞こえてきた。女の声だった。家主の男は驚くことなく、「ああ、終わったよ」と静かに返す。
 
「まったく、どいつもこいつも奥手で困るよ。我が友人達ながら全く不甲斐ない」
「そういう旦那様も、かなりのお節介焼きですよ」

 先と同じ女の声が、男の言葉にそう言い返してくる。次の瞬間、テーブルの上にあったボードゲームそのものが激しく揺らめき、その表面部分が上へと伸びていった。
 伸びた部分は次第に色と形を変えて人型となり、やがて男の眼前で、それは女性の上半身へと変わっていった。
 
「何言ってる。ウキウキで俺の提案に乗って来たのはお前の方だろうが」

 そうして正体を現した嫁――ボードゲームに擬態していたショゴスの上半身を見ながら、家主の男が言い返す。対してショゴスは口元を手で隠しながら上品に笑い、「確かにそうですね」と家主の男に答えた。
 
「求婚されていながら全く反応を寄越さないご友人のために一芝居うつ。そんな面白そうな計画、乗らないでどうすると言うのですか?」

 事の始まりは、件の禿頭の男と結婚することになったレッドキャップであった。彼女は「意中の男とすぐにでも結婚したいから、お前の方で何とかそのきっかけを作ってくれ」と彼の友人であるこの家主の男に頼み込んできたのだ。郷に入っては郷に従えと教わっていたそのレッドキャップは、自分が男を襲う理由を欲しがっていたのだ。
 そしてそんな家主の男とレッドキャップのやり取りを聞いた火鼠とマンティスからも、男は同様の頼みを受けた。好きな男を振り向かせたい。友人のあなたなら何かいいアイデアが思いつくはずだ。彼女達はそう言って、家主の男を当てにしてきた。
 家主の男は、そんな三人の恋の悩みをどうやって解決しようかと思案した。そして妻であるショゴスの擬態能力を見て、思わず「これだ」と叫んだのだ。
 
「旦那様の言う通り、マス目の操作も完璧でしたでしょう?」
「ああ。ばっちりだったぞ。まさかあいつらも、こっちの都合でイベントが起こされているとは思わなかっただろうな」

 全て出来レースであった。たとえ彼らがどのマスに止まろうが、そのイベントは起きるようになっていたのだ。
 ボードゲームとなって必ずイベントを発生させていたショゴスは、事情を知る家主の男から褒められて嬉しそうに目を細めた。
 
「それはそうと、旦那様」

 そしてそうやって嬉しげに微笑んだ後、ショゴスが家主の男に声をかける。
 
「私、こんなに頑張ったんですよ?」

 その顔は上気し、期待に蕩けていた。
 
「私もご褒美、欲しいです……♪」

 頬を紅に染め、指をくわえながらショゴスが懇願する。家主の男はそれを見て小さく笑った後、「そうだな」と短く答えた。
 
「お前も協力してくれたから、埋め合わせしないとな」
「では……」
「ああ」

 家主の男が手を伸ばす。ショゴスがそれを優しく掴む。
 
「優しくしてくれよ?」
「はい♪」

 ショゴスが男の手を掴んだまま、ボードゲームの中に沈んでいく。波打つボードゲームの底に体が沈み、最後に男の手を掴む腕が沈む。
 腕を掴まれたまま、男の体が引き寄せられていく。男はそれを拒絶せず、やがて自分もまたボードゲームの中へとその体を埋めていく。
 
「一緒に、溶けあいましょう……♪」

 どこからかショゴスの声が聞こえる。男の姿が完全にボードゲームの中に消える。
 それきり、部屋は静寂に包まれた。
 
 
 
 
 今日もまた、月がとても綺麗だった。
16/09/26 23:48更新 / 黒尻尾

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