読切小説
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特製・本格熟成童貞青年精液(十年物)
「君の瞳に、乾杯」

 サテュロスの【メイ】はそう言って、カウンター越しに向かい合った男とグラスを交わした。男は気障なセリフを平気で吐くサテュロスの面の厚さに苦笑しつつ、「乾杯」と返してから、手にしたワイングラスに口をつけた。
 
「どうかな? 私が作ってみた特製の一品なんだが。お気に召したかな?」

 メイがそう言って、興味津々に男を見つめる。彼女の持っていたグラスは既に空になっていた。
 一方で男――ゼラムのグラスには赤い液体が半分ほど注ぎ込まれていた。ゼラムはその液体の一部を喉に流し込み、少し渋い顔をしてからメイに言った。
 
「……うん。いいんじゃないかな」

 曖昧な返答だった。言葉に自信は無く、ゼラムの顔は渋いままだった。
 しかしメイは怒ったりしなかった。彼女はそんなゼラムの反応を見てクスクス笑い、傍に置いてあったボトルを手に取って自分のグラスに中身を注いでいった。
 
「やっぱり、君にワインの味は早かったかな?」

 そしてメイはそう言って、グラスの中の赤い液体を軽く飲み込んだ。舌で転がし、風味を噛み締め、丁寧に喉に流す。そうして味わいを楽しんでから、メイは満足げに「いい味だ」と頷いた。
 
「まあ当然か。私の最高傑作がまずいはずもない」
「自画自賛しても虚しいだけだぞ」

 続けて悦に浸るメイに、ゼラムが釘を刺すように告げる。メイはまたしても破顔し、グラスをカウンターに置いてゼラムを見つめた。
 
「そう不貞腐れなくてもいい。その内、これの良さがわかるようになるさ」
「そうか?」
「そうとも。私が保証する。君は将来、いい男になるってね」

 今年で二十歳になったばかりの青年を視界に捉えながら、メイは余裕たっぷりに言ってのけた。ゼラムはそんなメイの熱い眼差しを正面から受けきれず、恥ずかしさのあまり視線を逸らした。
 ここが貸し切り同然の状態で良かった。ゼラムは今自分がいるこの場所、自分たち以外人っ子一人いない酒場に思いを巡らせながら、しみじみとそう考えた。今のこんな無様な姿、とても他人には見せられない。
 
「生真面目だね、ゼラムは。もっと貪欲に来てもいいのに。なぜなら私は君の事なら、全て受け入れることが出来るんだからね」

 そんなゼラムの心境は、メイにはお見通しであった。ゼラムは暫し面白くなさそうにしかめっ面を浮かべた。この気障野郎め。十年来の恋人と言えど、やはり彼女の芝居がかった言い回しには辟易する部分もあった。まあそこも可愛いところなんだが。
 が、その後ゼラムは、唐突に思考を打ち切った。そしてため息を一つつき、「貪欲か」と呟き、グラスを見ながら神妙な面持ちになった。
 
「どうかしたかい?」

 その表情の変化に目敏く気づいたメイが、それとなくゼラムに尋ねる。メイの瞳には不安の色が混じっていた。
 ゼラムは何も答えず、やがて意を決したように顔を上げる。
 
「あのさ、俺、メイと約束したよな」
「約束? 十年前の?」
「ああ」

 そこまで言って、ゼラムはいそいそとズボンのポケットをまさぐった。メイが興味深く見守る中、ゼラムはそこから一個の箱を取り出した。箱は小さく、手の中にすっぽりと納まるサイズであった。
 ゼラムは取り出したそれを、恐る恐るメイの前に差し出した。そしてもう一方の手で、箱の上半分をゆっくり持ち上げた。
 
「……まあ」

 箱の中身を見たメイは、恍惚とした声を上げた。目は潤み、頬は恋する乙女のように紅く染まった。
 箱の中には、照明の光を受けて鈍い銀色に光る指輪がしまわれていた。何の飾りも無い、シンプルな指輪。
 それでも、メイにとってそれはまさに永らく待ち望んできたものであった。
 
「結婚しよう」

 ゼラムがはっきりと告げる。彼の瞳はしっかりとメイを捉えていた。
 メイは何も言えなかった。溢れ出す感情の渦を言葉で表現することが出来なかった。そして言葉で言い切れない代わりに、感情は涙となって表れた。ぼろぼろぼろぼろと、珠のような涙が次から次へと目元を通して流れ落ちていった。
 
「待たせてごめん」
 
 自分を忘れていなかった。それだけでメイは嬉しさで胸がはちきれそうだった。
 
「ずっと」

 やがて何度もしゃくりながら、メイが言葉を紡ぎ始めた。
 
「ずっと……待ってたんだからね……」

 そこには気障な鎧を脱ぎ捨てた、一人の乙女がいた。
 
 
 
 
 十年前、ゼラムとメイはこの町で出会った。正確にはこの町で家族ともども過ごしていたゼラムのもとに、素性を隠したメイがふらりとやって来たのがきっかけだった。
 メイの目的は、端的に言えば伴侶探しであった。そして彼女は偶然ゼラムと出会い、そして当時十歳だった彼に一目惚れした。運命のいたずらか、この時ゼラムも同様にメイに惚れてしまっていた。魔力を介さない、純粋な恋の芽生えであった。その後メイはあっさりと正体をばらし、ゼラムもまたそれを受け入れた。
 
「私、実は魔物なんだ。種族名はサテュロス。酒と音楽を愛する風来坊さ。どうか驚かないでくれたまえ」
「へー、そうなんだ。それより喋り方変だね。サテュロスってみんなそうなの?」
「これかい? これは個性さ。私だけが持つ、私のキャラクターなのだよ」
「へんなのー」
 
 ゼラムはメイの話し方を笑ったが、そんな彼女にますます惹かれていった。
 それからメイはあししげくゼラムの家に通い、彼の両親とも仲良くなり、ゼラムと甘酸っぱい日々を過ごした。なお、ワインと同じように精気もまた熟成させた方が味も増すだろうと考えて、メイはこの時ゼラムと肉体関係を結ぼうとはしなかった。そしてこの時からメイの気障ったらしい言動――本当は年下のゼラムにアピールするための、ただの格好つけ――が垣間見えていた。
 だが運命は二人を引き裂いた。この時偶然、反魔物側の一員である魔物狩人の団体が、この町に逗留していたのだ。メイはそのことを知らず、迂闊にも彼らの感覚領域に足を踏み入れてしまったのである。
 狩人たちは即座に、この町に魔物がいると断定した。そして本来受けていた依頼である北の火山への遠征を行う前に、景気づけとしてこの町に潜む魔物を狩ることにしたのだ。
 彼らは腕利きであった。メイに勝つ見込みは万に一つも無かった。それに何より、メイと関わったゼラム一家にいらぬ危害が及ぶかもしれない。無関係な、それも自分が好きになった人間が傷つくのは、魔族として何より看過できないことであった。
 だからメイは、その日の内に町から離れることにした。そのことをいきなり告げられたゼラムは当然困惑した。一生会えないかもと思い、ゼラムは激しく泣きじゃくった。そんなゼラムに、メイはいつもの気障な調子で彼に話しかけた。
 
「十年だ。十年待ってほしい」
「十年?」
「ああ。十年だ。私は十年後、必ずここに戻って来る。だからそれまで、ここで待っていてくれないか?」

 メイの目は真剣そのものだった。ゼラムも泣くのを止めて、じっとメイの目を見返しながら頷いた。
 
「わかった。ここで待ってる。ずっと待ってるから」
「それでよろしい……頑張ってね」

 それがその日ゼラムが聞いた、メイの最後の言葉だった。その直後、メイの姿は闇夜に消え、町から完全に姿を消した。
 
 
 
 
 それから十年が経った。メイとゼラムは町の酒場を「貸し切り」、久々の逢瀬を二人きりで楽しんでいた。そしてメイが成人したゼラムに手製のワインを振舞い、ゼラムが軽く四方山話に花を咲かせた後、メイはゼラムをじっと見ながら彼に声をかけた。
 
「そろそろ、いいかな?」
 
 ゼラムの体は一瞬硬直した。しかし一瞬だけ動きを止めた後、彼はほんの僅かに首を縦に振った。それを見たメイは顔を真っ赤に染め、とびきり淫蕩な笑みを浮かべた。口の端から涎を垂らし、濡れそぼった股座から半透明の液体を垂れ流した。
 そんな変化に気付いたのか、ゼラムはゆっくりと席を立った。メイもまたカウンターを飛び越えてゼラムの隣に立ち、自然な動作で彼の手を掴んだ。ゼラムもまたメイの手を掴み、指を絡ませ合い、硬く手を繋ぎあった。
 言葉はいらなかった。二人は手を繋げたまま、穏やかな足取りで二階に続く階段へ向かった。
 
 
 
 
 その酒場は宿屋も兼用しており、二階部分が丸ごと宿屋となっていた。その客人用の寝室の一つに入った二人は、そのまま揃ってベッドに向かって歩き始めた。
 そしてベッドの前まで来た後、ゼラムは自分からベッドに寝転んだ。そしてメイもその後に続き、先にベッドに寝たゼラムに覆い被さるように抱きついた。
 
「十年だ」

 耳元でメイが囁く。
 
「私は十年待った。だからその十年分、君を堪能させてもらうよ」
「……お手柔らかにな?」

 ゼラムが弱弱しく返す。メイは何も言わず、より強くゼラムを抱きしめる。今宿屋には二人しかおらず、彼らの逢瀬を邪魔する者は一人もいなかった。
 この時町の住人達は、まとめて町の中央にある広場に集められていた。そこで彼らは「過激派」であるデーモンの導きの下、恥も外聞も捨てた大乱交劇を繰り広げていたのだ。町には瘴気が溢れ、誰も彼もが発情し、魔物と人間が存分に愛をぶつけあっていた。そしてデーモン達は住民の理性を引きはがし、さらに愛欲に沈ませるために、メイが作り出した十年物のワインを利用したのである。
 自分の目的を叶えるために、デーモン達の悲願を成就させる。いわゆる交換条件である。今回の件で自分に手を貸してくれたデーモン達も、この成果には大変満足していることだろう。
 しかしこの二人にとって、そんなことはどうでも良かった。ゼラムはメイとその仲間が何をしたのか知っていたし、何のためにそんなことをするのかも理解していた。
 それでも、今彼の心にはメイしかいなかった。
 
「お前も大胆なこと考えるよな」
「魔族は……いや、女の子は好きになった男のためなら、なんだってやってのけるのさ」

 至近距離で向き合いながら、ゼラムとメイが言葉を交わす。そしてまったく唐突に、メイがゼラムに口づけをした。
 
「ん……!」
「んちゅ……んっ、ぴちゅ……」

 さらにメイはゼラムの唇をこじ開け、中に舌をねじ込んだ。舌先で前歯をなぞり、歯茎を舐め、ゼラムの舌と絡ませる。ゼラムもその突然の攻撃に目を丸くしたが、すぐにそれを受け入れて互いに舌を動かした。
 
「あむ……ん、ふう……くちゅ……」
「うう、ああん、むちゅ、ちゅ、くふぅ……んっ」
 
 たっぷり十秒。二人はファーストキスを味わった。そして名残惜しそうに唇を離し、口の端から唾液を垂らしつつ、二人は再度向き合った。
 
「はあ……はあ……ふふっ」

 メイがとびきり卑猥な笑みを浮かべる。ゼラムはその笑顔一発で虜になった。自分からメイの首に腕を回し、力任せに掻き抱く。メイもまたその熱い抱擁を受け入れ、お返しとばかりにゼラムの耳を舐めしゃぶる。
 
「ゼラム、好きだ、好き、大好き、好き……」

 耳を舐めながら、メイがその耳元で熱く囁く。ゼラムもそれに応えるように、メイの頬を舐め、肌着越しにその豊満な胸を揉みしだく。
 
「あんっ! い、いきなりおっぱいなんて……君も大胆だね……」
「熱い……それにやわらかい……こんなに柔らかいんだ……」
「ん、ふふっ、いやん♪ ……服越しで、満足かな?」

 ゼラムの愛撫に体を震わせながら、ゆっくりと上体を起こす。ゼラムの手が名残惜しそうにメイの胸に吸い付くが、メイはそれに手を当て、やんわりと引き離す。
 そして凝視するゼラムの前で、身を起こしたメイは焦らすように、一枚ずつ服を脱いでいった。
 やがてメイが裸身を晒す。それを見たゼラムはまったく無意識のうちに言葉を漏らした。
 
「綺麗だ……」
 
 引き締まったウエスト。たわわに実ったバスト。全てが完璧なバランスの上に成り立っていた。
 汚れ一つない流麗なな裸体。その女神のごとき姿を見て、ゼラムは思わず息をのんだ。
 
「女の裸を見るのは、初めて?」

 胸を反らし、指先で乳房をなぞりながら、メイがうっとりした声で問いかける。ゼラムは小さくうなずき、メイはそれを見て微笑みながら彼の服に手をかける。
 
「今度は私の番……男の裸、見せて?」
「……うん」

 ゼラムが首肯する。メイは薄皮を剥ぐように、丁寧にゼラムの服を脱がせていく。ゼラムはメイに任せるまま、やがて裸になった上半身を晒した。
 筋肉質でもなければ肥満体でもない、平凡な男の体。何の特徴も無い裸体だったが、メイにとっては他のどんな男のそれよりも魅力的なものだった。
 
「素敵」

 それだけ呟き、ゼラムの胸元に頭を載せる。しっとりと浮き上がった汗を舐め、頬ずりし、大好きな男の感触をこれでもかと味わう。ゼラムもまた、小動物のように匂いを嗅ぎ、頬ずりをするメイを愛おしく思い、その頭を優しく撫でた。
 しかしそんな軽いスキンシップだけでは、二人はもう満足できなかった。
 
「ゼラム」

 頬ずりを止め、メイが問いかける。ゼラムもまた頭をなでる手を止めて、彼女の言葉に耳を傾ける。
 
「もう、いいよね?」

 何がいいのか、言わずとも伝わった。しかしゼラムはそこで一度下に目をやり、すぐにメイの顔を見ながら問いかけた。
 
「その、いいのか? いろいろしなくて」
「心配しなくていい。君と会ってから、もう既に出来上がってるからね」

 メイがそう答えて、自分の秘所に手を当てる。彼女の言う通り、そこは既にぐしょぐしょに濡れていた。
 
「もう、待ちきれないんだ。いいよね」

 熱い吐息と共にメイが言った。彼女の瞳は潤み、頬は紅潮し、全身から玉の汗が浮き上がっていた。
 そんな彼女の姿を見ているだけで、ゼラムの理性はボロボロと崩れ落ちていった。彼の男根もまた硬さを増していき、そして天高くそびえるそれを見たメイは一層目を輝かせた。
 
「ああ、これがゼラムの……」

 メイが愛おしげに言葉を漏らし、その男根に指を絡める。
 今まで味わったことのない快感に、思わずゼラムが情けない悲鳴を上げる。
 
「あう……っ!」
「熱い……これが、ゼラムのおちんぽ……」
 
 メイがうっとりと声を上げる。そのままメイは、割れ物を扱うかのように慎重にそれを握りしめる。白魚のような細い指が肉の塔を包み、その熱を直に確かめる。
 ゼラムにとっては未知の快感だった。全身に電流が走り、腰を浮かせる。射精してしまいそうなほどの強烈な快感だった。
 
「駄目だよ」

 メイはお見通しだった。彼女は咄嗟に男根から手を離し、大切な精液が無駄撃ちされてしまうのを防いだ。そしてお預けを食らって不満げなゼラムに見せびらかすように、自分の秘所を広げてみせた。
 
「出したかったら、ちゃんと私の中で……ね」
「あ、ああ……」

 ゼラムが頷く。寸止めでもう限界だった。彼の顔は我慢で真っ赤になり、彼の目は何かを懇願するように、じっとメイの目を見つめていた。
 メイは微笑み、そんな彼の頬に手を添えながら、ゆっくり腰を下ろしていく。
 
「大丈夫。私に任せて」

 メイが熱のこもった声を出す。ゼラムは緊張と興奮で何も言えず、固唾を飲んで下半身を見つめる。
 亀頭の先端が秘所に軽く触れる。メイはそこで動きを止め、一度息を吐く。
 
「行くよ」
「うん」

 メイが告げる。ゼラムが頷く。一瞬の沈黙。
 メイが意を決し、一息に腰を下ろす。
 男根が根元まで飲み込まれる。処女膜が裂け、血が愛液に混じって辺りに飛び散る。
 
「……あああああああんん♪」

 直後、メイは絶叫した。恥も体裁もかなぐり捨てて、愛する人と一つになれた喜びを全身で噛み締めた。痛みすらも快楽に変わり、メイはただただ与えられる肉悦に打ち震えた。
 ゼラムは声すら出せなかった。自分を包み込む膣内の柔らかさに意識を根こそぎ刈り取られ、欲望のままに射精してしまっていた。我慢するなど不可能だった。
 
「出てるっ、れれるっ! ゼラムのせーえき、れれるぅぅぅっ!」
「メイ、メイ、、あ、あああっっ!」

 ゼラムがメイの腰を掴む。絶対に離すまいと、力強く握りしめる。そうして結合部を固定したまま腰を持ち上げ、ゼラムは躊躇うことなくメイの中に精液を注ぎ込んだ。
 
「ああ、出る、出るッ!」
「ひぎゅううぅぅん! イってる! わらひ、イってる、イってるのおぉぉぉぉッ!」
「締まる、おまんこ、しまるッ、ああああッ!」
 
 メイもまた理性を手放した。連続絶頂によって脳味噌がドロドロになり、思考と意識が消し飛んだ。後はただ獣のように全身を震わせ、頭を振り回して快楽を味わい、愉悦の絶叫を上げた。ゼラムが射精することでメイが絶頂し、その快楽を表現するように膣が激しくうねり、それを直に感じたゼラムはさらに精液を吐き出していく。
 二人の悦びは相乗効果を生み、互いにもたらす悦楽を増加させていく。二人はその天井知らずの快楽を全身で受け入れ、心行くまで堕ちていった。
 
「ああ、あ、ああん……」
「はあ、はあ、ああっ……」

 やがて絶頂の波が引いて行く。精液が撃ち止めとなり、膣の締まりも緩んでいく。
 それでも暫くの間、二人は無言で繋がったままだった。二人とも口を大きく開け、下を突き出し、快感の余韻に浸っていた。
 十年間夢に見ていた瞬間を、二人は思う存分味わった。
 
「ああ、ふう……ふふっ」
「ふっ、ふう、はあ、ははっ……」

 やがてメイとゼラムが顔を向けあう。
 二人はまだ満足していなかった。
 
「まだだよ」
「ああ」

 短いやり取り。それだけで二人の心は通じあった。メイがゼラムにもたれかかり、ゼラムもまた背中に手を回してその体を抱き留める。メイはゆっくりと腰をくねらせ、まだ自分の中に入っていた剛直の感触をねぶるように楽しんだ。
 
「あ、ああ……メイ、いいよ、気持ちいい……」
「あなたの、硬い……はあ……おいしい……」

 自分の分身を包み込む肉の暖かさにゼラムが恍惚とし、自分の肉を抉る棒の感触にメイが酔いしれる。それから二人は強く抱きあい、穏やかな快楽の波に身を任せ、脳をとろとろに溶かしていった。
 十年の溝を埋めるように、二人はたっぷり時間をかけて愛し合った。手を繋ぎ、キスをし、胸板を舐め、乳首を吸い、また貪るようなキスを交わす。顔を離して互いに微笑み、密着し、接合部から来る暖かな快感に身を震わせる。
 まるで相手を溶かして自分と一つになろうとするかのように、二人は互いの体を愛液と唾液で汚しあった。
 それでも、二人の溝は埋まらなかった。
 
「まだだよ」

 起き上がって前髪をかき上げ、メイが淫蕩な笑みを浮かべる。大げさに舌なめずりをし、ゼラムを見下ろしながら言葉を続ける。
 
「まだ足りない。君の精を吸いつくしたい。一滴残らず、空になるまで食べ尽くしたい」

 己の欲望を躊躇なく吐露する。ゼラムはそんなメイを見て、不敵に笑いながら彼女に言い返した。
 
「第二回戦か?」
「ああ。君を骨の髄までしゃぶりたい。君を頭から食べてしまいたい。いいよね?」
「もちろん。俺もお前のこと、たくさん愛したい」
「そうか。ふふふっ……それなら……」

 ゼラムの硬い胸板に両手を押しつけ、ゆっくりと腰を浮かせる。大量の精液と愛液を吐き出しながら膣が肉棒を解放し、亀頭だけ咥えこんだところで動きを止める。
 
「手加減はなしだよ」

 そして熱のこもった声で言い放ち、一気に腰を落とす。
 
「……あはあぁぁぁぁぁ〜〜ん!」

 メイが喜悦の雄叫びを上げる。ゼラムは歯を食いしばり、全力で射精欲求を抑えつける。
 そんな必死の形相を浮かべるゼラムに、メイが顔を近づける。目と口を大きく開け、舌を突き出して涎を垂れ流し、セックスに溺れきった凄絶な表情を突きつける。
 
「まららよ。まらまら、もっろきもちよく、なるんらからねぇ? うひゅひゅふふっ♪」

 呂律の回らない言葉でゼラムに宣告し、力任せに腰を打ち付け始める。どちらの物かわからない液体でびしょびしょになった尻と股座がぶつかりあい、ぱちゅんぱちゅんと小気味良い音が寝室に響き渡る。
 容赦のない腰の動きは、既に形骸化しつつあった二人の理性を完全に壊した。メイの魔力は淀んだ黒い霧となって二人を包み込み、その全てがゼラムへ吸収されていく。メイの愛の力が、広場に集まった住民同様に、彼の体をインキュバスへと作り替えていく。
 
「メイ、壊して……俺を、ぶっこわしてぇ……!」
「壊してあげるよ……君を壊して、わたしのゼラムに作り直してあげる……! 君を私の物にしてあげる! その代わり……ッ!」
「わかってる。メイも、俺の物にする……! 俺の、俺だけのメイにしてやるッ!」
「――ああああん! 嬉しい、うれしいいいッ! 私、今、とっても幸せえぇぇぇぇ!」
 
 ゼラムはそれを拒絶しなかった。人間でなくなる恐怖など、メイへの愛に比べれば路傍の小石程度のものでしかなかった。二人は理性をかなぐり捨て、獣のように腰を振った。ゼラムも起き上がって対面座位となり、再び体を密着させて互いの欲をぶつけあった。ただでさえ汚れていた体をさらに体液でドロドロに汚し、愛する者を自分色に染めていった。
 
「好き、好き、好き、好き!」
「メイ! メイ! ああっ、好きだ、メイ!」

 剥き出しの獣欲をぶつけ、愛を育んでいく。魔力が二人を結びつけ、さらなる快楽に沈ませていく。
 やがて再びの絶頂が訪れる。
 
「ああ、来る、ゼラムっ、来ちゃうよっ!」
「俺も、もうっ、イクッ!」

 その言葉と共に、ゼラムが腰を突き上げる。
 肉棒から精液が迸り、メイの子宮をさらに白く染め上げる。
 
「あっ、あっ、あ……あああああああああああああ!」

 自分が愛する男に征服される。その喜びを、メイは絶叫と共に心行くまで味わったのだった。
 
 
 
 
 二人が精根尽き果てて行為を終えた時、既に外では陽が昇り始めていた。広場にも静寂が訪れ、昨夜のような嬌声は欠片も聞こえて来なかった。
 徹夜でセックスしていたのか、と我に返ったゼラムは自分達のあまりの貪欲さに苦笑したが、それでも彼の心は晴れ晴れとしていた。
 長いこと待ち焦がれていた相手と結ばれた。彼にとって、これ以上の悦びは無かった。
 
「ゼラム」

 そんな彼の元に、メイが近づいてくる。彼女はゼラムと同じように全裸であったが、ベッドに腰かけて息を整えていた彼と違い、既に寝室を歩き回れるくらいに体力を取り戻していた。そしてメイは自分の裸体を躊躇うことなく晒しながら、まだベッドの上にいたゼラムにワイングラスを差し出した。
 グラスの中には赤い液体が注がれていた。それを見たゼラムは首を傾げてメイに尋ねた。
 
「これは?」
「気つけの一杯さ」

 メイは笑って答えて、彼にウインクをした。そのイタズラっぽい仕草にドキリとしながらも、ゼラムはそれを受け取った。
 
「私が作った奴だ。まあ飲んでみてくれ」

 メイはそう言って腕を組み、じっとこちらを見つめてくる。ゼラムも断ることはせず、グラスの中の液体を一息に飲み干す。
 味わい方の作法などちっとも知らないゼラムは、そのままワインを喉へと流し込んだ。メイはそれを咎めずに、興味津々な顔つきでゼラムに問うた。
 
「どうだい? 味は?」
「うん……」

 空になったグラスを見ながら、ゼラムが沈黙する。暫く黙った後、ゼラムはゆっくりと口を開く。
 
「君の味がする」

 えっ。虚を突かれたメイは呆気に取られた顔をした。ゼラムもゼラムで、自分の言ったセリフを恥ずかしがって顔を真っ赤にしていた。
 無理して気障ったらしい台詞を吐いてみるも、結局恥ずかしくて自戒してしまう。メイはそんなゼラムが愛おしくてたまらなかった。彼の全てが愛おしかった。そしてメイは我慢できず、腰を揺らして歩きながらゼラムに近づいた。
 
「なあ、ゼラム」
「ん?」

 ゼラムがメイの方を向く。
 そのゼラムの唇を、メイが自分の唇で塞ぐ。
 
「……!?」

 啄む程度の、軽い口づけ。それでもゼラムにとっては、頭に雷が落ちる程の衝撃だった。
 
「……ふう」

 そして硬直するゼラムから唇を離し、メイがしてやったりと笑みを浮かべる。やがてゼラムがメイの方を向き、唖然とする彼に向かってメイが言った。
 
「キスとワイン。どっちが美味しかったかな?」

 ゼラムは顔を真っ赤にして俯いた。メイはそれが愉快でたまらなくて、そしてどうしようもなく愛らしく思った。
 
「私は君の全てが好きだけどね」
「……うるさいよ」

 そして自然な態度で気障なセリフを吐くメイに、ゼラムはむすっとした顔でそっぽを向いた。
 俺もお前の全てが好きだ。などとは、恥ずかしくてとても言えなかった。
16/08/20 18:49更新 / 黒尻尾

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