いつも、こう。
輪廻転生
万物は巡る。魂は千の夜を超え、何処かをさまよう。
運命を焦がれるように、「想い」を抱き続ける。
ここはどこか、少し昔の割と平和なところ。
活気もあり、昼間であれば通りに突っ立ているだけで喜怒哀楽すべてが脇を通り過ぎていく程の街。
決して誰も裕福ではないが、だれも富の有無で幸福を測ろうとはしない。むしろ卑しくさえ見えてくるってものだ。
そしてこれは、そんな街中のとある傘屋。
一族で代々経営するその店の番をする一人娘と、街の周辺を渡る商人の話。
陽の光がその活気をさらに鮮やかにするような、天気の良い昼下がりだった。
今日もまた、彼女の元(というか店)に、荷物を抱えた商人がやってきた。
「あ、また来たんだ〜。暇つぶしのおじさん!」
店先の椅子に掛けていた少女は、「おじさん」と呼ばれた商人が見えると弾かれたように立ち上がった。
髪を短く切りそろえ、明るいカラーの着物を羽織っている少女は、誰にも快活な印象を与える。クリっとした目は、陽の光を反射してなのか、宝石のようにキラキラと輝いているようだ。
「だれが浮浪者じゃ。これでも仕事中だって何回も言っとろうに。」
おじさん、と呼ばれた彼。若者の部類ではあるものの、身なりにそこまで気を使っている様子はなく、服もややくたびれている。しかしその顔立ちは力を感じさせ、痩せ型ではあるが、腕には筋肉の筋が見え隠れしているあたり、きちんと活動をしているという証拠か。
「ふふん、おじさんは否定しないんだね〜?」
「一言一ツッコミ、が俺のポリシーなもんでな。ってなわけでだれがおじさんじゃボケ」
「ななっ!こんなかわいい子にボケだなんて、ひっどーい!ねぇヒドいと思いません?ちょっとぉ〜」
口元に片手を当て、もう片方をしなやかに空を扇がせ「あらやだわ」を片っ端から振りまいてみせる少女。そんな彼女を見て、周囲の大人はクスクスと沸いた。
「やめろってんだ!こっちまで恥ずかしいじゃねぇか。あー視線がいてぇ!」
「おほほのほー!あたくしのほうがおじさんより上手のようでー!」
「やめだやめ!顔に火が付きそうだ!それと、俺の名前は『弥助』だ!!」
「お・じ・さ・ん!」
「こおんのガキゃ〜〜〜」
弥助の拳が大人げなくも固く握りしめられた頃、そのタイミングを見計らったかのように大男が割り込んだ。
「おい弥助!相変わらずこんなちいせぇ子に弄ばれやがって。」
この大男は、弥助の親方にあたり、弥助と含む数人で構成される商人一団を束ねる長である。傍らには、親方のガタイの良さの理由を語るのには十分すぎるほどの量の荷、もとい商材が置かれていた。今はやや華奢で、かつ下っ端のような立ち位置の弥助も、近い将来はもう少し立派になっているのかもしれない。
「親方!ち、ちがうわ。誰がこんな鼻くそ野郎に・・・」
「んなっ!だれが鼻くそよ!」
「そりゃあその拳をしまってから言いな。あーあ、女の子に手を出す弟子を持っちまって、ホントおれは情けねぇや。なぁ、香子ちゃん?」
香子(かおるこ)と呼ばれた少女は、不躾な呼び方に頬を膨らませつつも、名前を呼ばれたことですぐに顔を戻した。
「ふふん、いいんですのよ親方?まだまだ彼は“若い”のですから〜おほほ!」
「誰がどう見てもお前のが年下だろうが」
ばつが悪そうに弥助が吐き捨てる。
「おら、もうしめぇだしめぇ。いい加減にしておけ」
「へいへい」
威勢の良い弥助も、親方にはめっぽう頭が上がらないようだ。大黒柱とはまさに親方のような存在をいうのだろう。カッとなりやすい弥助をいさめるのはいつも彼の役目であり、実際弥助は彼がいなければ今頃暴力沙汰でお縄だっただろう。
「ねえ!今回はどれくらいこっちにいるの?」
そういいながら香子は、いつの間にか用意した茶を弥助に勧める。これがいつもの流れなのだ。
「いや、もうすぐ出るよ。偶然近くに寄ったから寄っただけだ」
彼も彼とて、それが普段通りであるように茶をとり、口に運んだ。香子が入れた茶は、不思議と美味いのだ。
「えー?もっとからかいたかったのにぃ」
そういって香子はわざとらしくぶすっとして見せ、そして小悪魔のような魅力的で愛嬌のある目を弥助に向けた。弥助はわずかに動揺しながらも、あくまで平静を装う。きっと彼のプライドがそうさせるのだろう。
「うるせえや。西から珍しいもんが手に入ったんでな。今が稼ぎ時なんだよ」
「ふぅーん。じゃあ次はいつ帰ってくるの?」
「さあな。なんだ、寂しいのか?」
いつも通り元気よくはねっかえって来るものだろうと考えた弥助は、反応を楽しむような挑戦的な視線を香子に送った。
「うん、寂しいな」
「っ!?」
予想外な返答に、危うく茶を吹きこぼしそうになる弥助。嗚呼、なんと純粋で、野暮な反応だろう。
「あははは!おじさんったら照れてるの〜!あっははは!」
そんな彼の心情を見透かしていたかのように、香子の笑いがはじけた。
「・・・このガキ・・・!」
完全に香子のペースである。この弥助、単純で良いやつなことに間違いはないのだが。
「はぁーあ。やっぱりたのしいなあ、おじさんと話すの」
「俺はちっとも楽しくないがな。そしておじさんはやめろ」
この短時間でどっと疲れた弥助は、手元の茶をぐいっと飲み干し、空の湯呑を突き出しておかわりを要求した。
「・・・」
「・・・」
いざ静かになってみるとなんだか気まずくもなるものだが、二人はこの瞬間に何となく心地よさを覚えていた。眼前の街は人々がせわしなく行き交い、笑い声や、時々の怒号が混じりあって、より活気を演出する。要するに彼らの「いつもの」風景。気持ちの良い昼下がり。
「あのさ!」
いつもより鮮明に香子の声が聞こえた。
「んあ?」
「あのさ、次帰ってきたとき、ぜったい渡すからね!」
弥助がこの店に寄るようになって何度目だったか。なんの会話の流れだったか、ある日香子は彼に向ってこう宣言していた。
――私だってこの町一番の傘屋の娘なんだよ!だ、だから、私の有り余る才能でおじさんにも傘作ってあげなくもないんだよ?
――はあ?誰も頼んでねぇだろうが。大体なーにが才能だ。お前には店先でダラダラする才能しか備わってねーだろ。
――う、うるさい!いいからおじさんは手放しに喜べばいいの!
――へいへい。わーいうれしいなー、クソガキの手作りもらえるのうれしいなー
――んもう!絶対にびっくりさせてやるもん!
香子の一族は、地域でも有名な和傘屋だった。非常に精巧で、強めの風でもびくともしないほど堅牢なその和傘は、一種の高級品として一目置かれるほどであった。その一人娘である香子も、親の作るそれに強い自尊心と憧れを抱いていた。もちろん、年端もない香子が同じクオリティの和傘を作れるはずもないことは考えなくてもわかることだし、弥助も理解していた。
いつだったかな。顔を合わせるたびに「いつできるんだ?」とからかっていたものだが、ここ最近では聞かなくなっていた。というよりも、いうよりも先に香子が口にするようになった。
「あぁ、楽しみにしてるわ」
正直なところ、それを全く本気にしていなかった弥助だったが、いつの日かその日が来ることを少し楽しみにしていることを自身でも認めはじめていた。
「・・・ふふん♪」
その返答に、香子の頬がゆるんだ。
「なんだその笑いは」
「なんでもない!」
なんだそりゃ、と言う弥助の顔もほころぶ。
気持ちの良い昼下がり。
「おい弥助、そろそろ行くぞ」
どこかに消えていた親方が再び店先に弥助を呼びに戻ってきた。その周りには、一団の男どもが各々の荷物を抱えわらわらと集まっていた。
「へいよ。・・・それじゃあな」
返事をした弥助は、注がれた茶をぐいっと飲み干し、香子に湯呑を返した。
「うん」
湯呑を受け取った香子は、なんとなく俯いているようだった。
「なーんだよ!いつになくしけた面しやがって!いつも通り行って来るだけだっつの。」
彼女に元気がないと判断した弥助は、彼女の小さい背中をバシッと叩いた。
「っ!・・ったいよもう!バカ!」
弥助が力加減を誤ったか、目じりに少し涙を浮かべる香子。反抗しようと体を起こした香子の目は、しかし同時に弥助の目をとらえた。
「じゃあな。行ってくるよ」
優しく、しかし芯の通った声で弥助は声をかける。
「うん、いってらっしゃい」
そして香子もそれに応じる。最近の別れはいつもこうだ。
商人の一団の背中が人ごみに紛れて見えなくなったころ、一人店先に残った香子。
「はあ」
いつも快活な彼女がため息をつくのは、かなり珍しいことだ。
「今日も呼べなかったな、『弥助』って」
最近の心残りはこればかりだ。
そして、彼女はこう決心した。傘を渡すとき、一緒に名前も呼ぼうと。
彼女の手の中には、まだ弥助の手の温かさが感じられる湯呑があった。
万物は巡る。魂は千の夜を超え、何処かをさまよう。
運命を焦がれるように、「想い」を抱き続ける。
ここはどこか、少し昔の割と平和なところ。
活気もあり、昼間であれば通りに突っ立ているだけで喜怒哀楽すべてが脇を通り過ぎていく程の街。
決して誰も裕福ではないが、だれも富の有無で幸福を測ろうとはしない。むしろ卑しくさえ見えてくるってものだ。
そしてこれは、そんな街中のとある傘屋。
一族で代々経営するその店の番をする一人娘と、街の周辺を渡る商人の話。
陽の光がその活気をさらに鮮やかにするような、天気の良い昼下がりだった。
今日もまた、彼女の元(というか店)に、荷物を抱えた商人がやってきた。
「あ、また来たんだ〜。暇つぶしのおじさん!」
店先の椅子に掛けていた少女は、「おじさん」と呼ばれた商人が見えると弾かれたように立ち上がった。
髪を短く切りそろえ、明るいカラーの着物を羽織っている少女は、誰にも快活な印象を与える。クリっとした目は、陽の光を反射してなのか、宝石のようにキラキラと輝いているようだ。
「だれが浮浪者じゃ。これでも仕事中だって何回も言っとろうに。」
おじさん、と呼ばれた彼。若者の部類ではあるものの、身なりにそこまで気を使っている様子はなく、服もややくたびれている。しかしその顔立ちは力を感じさせ、痩せ型ではあるが、腕には筋肉の筋が見え隠れしているあたり、きちんと活動をしているという証拠か。
「ふふん、おじさんは否定しないんだね〜?」
「一言一ツッコミ、が俺のポリシーなもんでな。ってなわけでだれがおじさんじゃボケ」
「ななっ!こんなかわいい子にボケだなんて、ひっどーい!ねぇヒドいと思いません?ちょっとぉ〜」
口元に片手を当て、もう片方をしなやかに空を扇がせ「あらやだわ」を片っ端から振りまいてみせる少女。そんな彼女を見て、周囲の大人はクスクスと沸いた。
「やめろってんだ!こっちまで恥ずかしいじゃねぇか。あー視線がいてぇ!」
「おほほのほー!あたくしのほうがおじさんより上手のようでー!」
「やめだやめ!顔に火が付きそうだ!それと、俺の名前は『弥助』だ!!」
「お・じ・さ・ん!」
「こおんのガキゃ〜〜〜」
弥助の拳が大人げなくも固く握りしめられた頃、そのタイミングを見計らったかのように大男が割り込んだ。
「おい弥助!相変わらずこんなちいせぇ子に弄ばれやがって。」
この大男は、弥助の親方にあたり、弥助と含む数人で構成される商人一団を束ねる長である。傍らには、親方のガタイの良さの理由を語るのには十分すぎるほどの量の荷、もとい商材が置かれていた。今はやや華奢で、かつ下っ端のような立ち位置の弥助も、近い将来はもう少し立派になっているのかもしれない。
「親方!ち、ちがうわ。誰がこんな鼻くそ野郎に・・・」
「んなっ!だれが鼻くそよ!」
「そりゃあその拳をしまってから言いな。あーあ、女の子に手を出す弟子を持っちまって、ホントおれは情けねぇや。なぁ、香子ちゃん?」
香子(かおるこ)と呼ばれた少女は、不躾な呼び方に頬を膨らませつつも、名前を呼ばれたことですぐに顔を戻した。
「ふふん、いいんですのよ親方?まだまだ彼は“若い”のですから〜おほほ!」
「誰がどう見てもお前のが年下だろうが」
ばつが悪そうに弥助が吐き捨てる。
「おら、もうしめぇだしめぇ。いい加減にしておけ」
「へいへい」
威勢の良い弥助も、親方にはめっぽう頭が上がらないようだ。大黒柱とはまさに親方のような存在をいうのだろう。カッとなりやすい弥助をいさめるのはいつも彼の役目であり、実際弥助は彼がいなければ今頃暴力沙汰でお縄だっただろう。
「ねえ!今回はどれくらいこっちにいるの?」
そういいながら香子は、いつの間にか用意した茶を弥助に勧める。これがいつもの流れなのだ。
「いや、もうすぐ出るよ。偶然近くに寄ったから寄っただけだ」
彼も彼とて、それが普段通りであるように茶をとり、口に運んだ。香子が入れた茶は、不思議と美味いのだ。
「えー?もっとからかいたかったのにぃ」
そういって香子はわざとらしくぶすっとして見せ、そして小悪魔のような魅力的で愛嬌のある目を弥助に向けた。弥助はわずかに動揺しながらも、あくまで平静を装う。きっと彼のプライドがそうさせるのだろう。
「うるせえや。西から珍しいもんが手に入ったんでな。今が稼ぎ時なんだよ」
「ふぅーん。じゃあ次はいつ帰ってくるの?」
「さあな。なんだ、寂しいのか?」
いつも通り元気よくはねっかえって来るものだろうと考えた弥助は、反応を楽しむような挑戦的な視線を香子に送った。
「うん、寂しいな」
「っ!?」
予想外な返答に、危うく茶を吹きこぼしそうになる弥助。嗚呼、なんと純粋で、野暮な反応だろう。
「あははは!おじさんったら照れてるの〜!あっははは!」
そんな彼の心情を見透かしていたかのように、香子の笑いがはじけた。
「・・・このガキ・・・!」
完全に香子のペースである。この弥助、単純で良いやつなことに間違いはないのだが。
「はぁーあ。やっぱりたのしいなあ、おじさんと話すの」
「俺はちっとも楽しくないがな。そしておじさんはやめろ」
この短時間でどっと疲れた弥助は、手元の茶をぐいっと飲み干し、空の湯呑を突き出しておかわりを要求した。
「・・・」
「・・・」
いざ静かになってみるとなんだか気まずくもなるものだが、二人はこの瞬間に何となく心地よさを覚えていた。眼前の街は人々がせわしなく行き交い、笑い声や、時々の怒号が混じりあって、より活気を演出する。要するに彼らの「いつもの」風景。気持ちの良い昼下がり。
「あのさ!」
いつもより鮮明に香子の声が聞こえた。
「んあ?」
「あのさ、次帰ってきたとき、ぜったい渡すからね!」
弥助がこの店に寄るようになって何度目だったか。なんの会話の流れだったか、ある日香子は彼に向ってこう宣言していた。
――私だってこの町一番の傘屋の娘なんだよ!だ、だから、私の有り余る才能でおじさんにも傘作ってあげなくもないんだよ?
――はあ?誰も頼んでねぇだろうが。大体なーにが才能だ。お前には店先でダラダラする才能しか備わってねーだろ。
――う、うるさい!いいからおじさんは手放しに喜べばいいの!
――へいへい。わーいうれしいなー、クソガキの手作りもらえるのうれしいなー
――んもう!絶対にびっくりさせてやるもん!
香子の一族は、地域でも有名な和傘屋だった。非常に精巧で、強めの風でもびくともしないほど堅牢なその和傘は、一種の高級品として一目置かれるほどであった。その一人娘である香子も、親の作るそれに強い自尊心と憧れを抱いていた。もちろん、年端もない香子が同じクオリティの和傘を作れるはずもないことは考えなくてもわかることだし、弥助も理解していた。
いつだったかな。顔を合わせるたびに「いつできるんだ?」とからかっていたものだが、ここ最近では聞かなくなっていた。というよりも、いうよりも先に香子が口にするようになった。
「あぁ、楽しみにしてるわ」
正直なところ、それを全く本気にしていなかった弥助だったが、いつの日かその日が来ることを少し楽しみにしていることを自身でも認めはじめていた。
「・・・ふふん♪」
その返答に、香子の頬がゆるんだ。
「なんだその笑いは」
「なんでもない!」
なんだそりゃ、と言う弥助の顔もほころぶ。
気持ちの良い昼下がり。
「おい弥助、そろそろ行くぞ」
どこかに消えていた親方が再び店先に弥助を呼びに戻ってきた。その周りには、一団の男どもが各々の荷物を抱えわらわらと集まっていた。
「へいよ。・・・それじゃあな」
返事をした弥助は、注がれた茶をぐいっと飲み干し、香子に湯呑を返した。
「うん」
湯呑を受け取った香子は、なんとなく俯いているようだった。
「なーんだよ!いつになくしけた面しやがって!いつも通り行って来るだけだっつの。」
彼女に元気がないと判断した弥助は、彼女の小さい背中をバシッと叩いた。
「っ!・・ったいよもう!バカ!」
弥助が力加減を誤ったか、目じりに少し涙を浮かべる香子。反抗しようと体を起こした香子の目は、しかし同時に弥助の目をとらえた。
「じゃあな。行ってくるよ」
優しく、しかし芯の通った声で弥助は声をかける。
「うん、いってらっしゃい」
そして香子もそれに応じる。最近の別れはいつもこうだ。
商人の一団の背中が人ごみに紛れて見えなくなったころ、一人店先に残った香子。
「はあ」
いつも快活な彼女がため息をつくのは、かなり珍しいことだ。
「今日も呼べなかったな、『弥助』って」
最近の心残りはこればかりだ。
そして、彼女はこう決心した。傘を渡すとき、一緒に名前も呼ぼうと。
彼女の手の中には、まだ弥助の手の温かさが感じられる湯呑があった。
16/09/14 03:25更新 / 抹茶氏
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