無感の職人と甘美なる機械姫 中編
小机と椅子。ベッドと生活するうえで最低限の物だけが揃った小部屋にシュクルはいた。店番の少年のギルに案内され、この部屋を使うように指示されたのだ。
そしてシュクルの手には大量の本。基礎的なチョコレート菓子の作り方や、今までキースが作ってきたお菓子のレシピがまとめられた本であった。
「俺だってまだお師匠さんにそこまでしてもらってないんだからな!頑張れよ!」
そのまま店番へと戻るギル。一人残されたシュクルは本を小机に置きつつも先ほどの言葉の意味を反芻するが
「頑張る……?最善を尽くせという事でしょうか?記憶の要領はほぼ空なので明日の朝にはインプット完了できるでしょう。早速作業を開始します」
そのまま黙々と本をめくり知識を記録していく。確かに何の知識もない状態でいきなり教えてくれでは技能の習得効率も悪くなるであろう。
窓の外では既に甘射祭の飾り付けが始まっている。道行く人たちの笑い声や重たい物を運ぶ時の掛け声を聞きながら驚異的スピードで記録し続けるシュクルの部屋の明かりはその日一日消えることはなかった。
「ほう、すべて覚えただと」
「はいマスター。ですが知識だけでは実際の製造とは異なる場面もあると思うので、実技のほうのご指導をしていただきたく思います」
昨日渡した大量の資料を?たった一晩で?やはり機械仕掛けであるからか?
次々に疑問は浮かぶがそれを振り払うキース。嘘かどうかはこれから確認できることだ。今ここで追及するというのは時間の無駄であると判断し早速キッチンへと移動する。
「さてシュクルよ。お前菓子職人、いや料理をする者にとって一番大切なものは何かわかるか?」
「はい。ここに来る前にエステル様より教えていただきました」
エステル……あの常連の別嬪か。まあ魔物娘のいう事。愛情とか何とかいうのだろうとすぐさま思い至るキース。
キースの持論では愛情とはそこまで大切なものではない。もちろん家庭で料理をする場合などはまた別だが、もし愛情が一番大切ならばそれこそ修行など必要ないだろうし、最高級レストランなどそこら中にできてしまうと考えているからだ。
「料理に必要なもの……それは技術です」
「……ほう」
「次に素材の良し悪しがかかわってくると仰っていました」
「……なるほど」
もっと感情論を教えたかと思ったがそうではないらしい。やはり魔王の娘といえど機械に心は宿らないと考えているのだろうかと思案するキースであったが
「……そしてそれらを極める根源的原動力が愛情です」
「……」
なるほど。技術と素材の重要性を認め、持ち上げたうえでそれらとは一線引いた上位のものとして愛情を出してきたのかと妙な納得をしてしまうギースであったが、正直この考え方は嫌いではないと思ってしまうキースであった。
「それは違うぞ、愛情はなくともうまい物はうまい」
「ですが皆さん口を揃えてマスターのオーダーメイド品を褒め称えていました」
「愛情があったから作ったわけじゃない。儲けにつながると思ったからやっていただけじゃ」
「ですがマグナ様から見せていただいたこちらの雑誌の特集には―」
「!それを見るな!」
慌ててシュクルが取り出した雑誌を奪い取るキース。不思議そうに(無表情だが)首をかしげるシュクルに対して一睨みするがあまり効果がないようなので、話を戻す。
「とにかくだ。技術があれば多少素材が劣っていても追いつける場合も大いにある。無論そんな妥協は端からする気はないがな」
「流石ですマスター」
「うるさい。全てはこの店の存続のためじゃ……しっかり覚えるのだぞ!」
「了解しました。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
全てを記録したというシュクルの言葉は本当の様であった。物の場所こそ質問してくるが手際は良く、完全に工程を把握し、片付けを同時進行で行うなど無駄な時間なく次々とキースの指示通りの物を的確に作っていく。
ここまでできるのであれば最早自分など必要ないのではないか、と思うキースであったが少なくともショコラピアまでは置いておかなければならないので口には出さない。
「出来ましたマスター。次は何を製造すればよろしいですか?」
「……もういい。そこまでできれば十分だろう」
シュクルの作ったチョコレートトリュフを無意識に口に入れるが、味覚を失ってしまっているキースには美味しいともまずいとも感じることは出来なかった。
「マスター。マスターはなぜ味覚を失ってしまったのですか?」
「……それを聞いてどうする。今のお前には関係のないことじゃろう」
「はい。ですが感情の起伏があまりない私にはそのことが優勝へのカギになるのではないかと」
「ワシの味覚と優勝は関係ないな。わしが出場するわけではないしの」
「マグナ様から聞きました。マスターが味覚を亡くされる直前に奥様がお亡くなりになったと」
「……」
「その心的外傷によって味覚を失ってしまったのではないかと。それでしたら―」
「悪い店長!込み始めた!助けてくれ!!」
店のカウンターのほうからヘルプを求めるギルの声を聴き、次第に重くなっていた空気は緩和した。しかしキースはそれ以上そのことに触れてほしくないのか、何も言わずにカウンターへと向かう。
残されたシュクルは始めて食べたキースのチョコの味を思い出しながら自分で作ったチョコを次々に食していく。キースのレシピ通りにしっかりと作っているため、味は格別においしい物であった。しかし、何かが違う。自分が作ったものとキースが作ったもの。その答えがわからないまま黙々とチョコを食していくシュクルであった。
―悠貴視点―
早いもので甘射祭まであと二日。マグナさんの言っていた『ショコラピア』は初日にあるって言ってたから、キースさんとオートマトンちゃんもまたその日に会えるのか。
しかし困った。非常に困った。アレはもう俺の身に余ってしまうのだが―
「ダメですフレイさん!!ガーリックバターで焼いたステーキをチョコでコーティングするなんて……オエェ」
「チョコはチョコで渡しましょう!?大事なのは気持ちで……ひいいい!!」
「衛生兵ー!!衛生兵はいないのかー!!」
なんだこの地獄絵図は。俺がお世話になっている宿屋のご主人の奥さんからなんとフレイさんが張り切って手作りチョコを作っていると聞いて、準備をしているという宿屋のキッチンについ奥さんと一緒に覗きに来た。そしたらこの地獄絵図だ。ちらりと隣の奥さんの顔色を窺うと既に白目をむいていた。あかんやつやこれ。また視線を厨房に戻すと
「いいかお前たち。レシピ通りに作るなど幼子でもできる。そこに溢れんばかりの愛情と、相手を思う創意工夫を組み込んでこそ真の料理だ。私は、今回の甘射祭で必ずゆーきの口からちゃんとした告白の言葉を引き出してやるつもりだ!」
「俺のせいだったのか……」
そうこぶしを握り熱く語るフレイさんの周りには物言わぬ屍のようになった実験た……もとい犠牲者があちらこちらに見えた。その身を張って散っていった勇者たちに心の中で合掌しつつ屋外へ避難することにした。いや、だってガーリックバターとチョコ以外にもなんか形容しがたい変な臭いとかしてたししょうがない。駆け出し冒険者ではドラゴンは止められないのだ。
そう思いながら街をぶらぶらしていると背の高い先日知り合ったイケメンがいた。マグナさんだ。そばにいるのは……メイドさん?でもふさふさした暖かそうな羽毛のような羽に包まれた尻尾や一見すると鳥の足のように見える足下から彼女も魔物娘と分かる。メイドさんかー。いいなあ。紺のロングワンピースに真っ白なエプロン。まさに正統派のメイドさんって感じだ。
「あまり人の奥さんをじろじろ見るものじゃないよ。それともメイド服がお気に召したのかな?」
「うわあああ!びっくりした!」
いつの間に背後に!あれだけ背が高くてイケメンなのにここまで接近されるまで気が付かないなんて!
「あの、ご主人様。こちらの方は……」
「ああ、紹介するよ。彼は樋野悠貴君。かの悪名高いノア君の懐刀にして交渉人を務めている切れ者だよ」
「え!初耳の情報が多すぎてさらに驚きなんですけど!!ノアさんってそんな悪者なんですか!?」
「フフフ、自分のことよりも他人を優先する。そういう姿勢がノア君に気に入られるところだろうね」
含みのある笑みを浮かべるマグナさん。っていうか使用人とかじゃなくて奥さんなんだこの人。
「えっと、はじめまして。樋野悠貴って言います。まだ駆け出しですけど一応冒険者やってます。あと決してノアさんは悪者じゃないですしまして俺は懐刀でも交渉人でもないんで!」
「え、あ、はい。えっと私はキキといいます」
「違うでしょキィちゃん。ちゃんと『キキ・ベイカー』って名乗らなきゃ」
「そんな、私なんかがその、ご主人様の姓を名乗るなんて……」
おう、例にもれずこのイケメンと質素系美少女もいちゃつき始めたぞ。こっちは下手したら数日後に命を落とすかもしれないのに畜生。
「……ま、ノア君が悪者かどうかはその人の視点によって変わるからね。今度本屋で探してみるといいよ」
「本にされるほど有名人なのか……」
「まあね。力があるっていう事は良くも悪くも目立つものさ。ちなみにおすすめは『天災の悪者共』って書いて『カラミティ・ヴィランズ』いうタイトルの『比翼の剣帝編』ね。違う編だと違う人の本になっちゃうから」
「え、めっちゃ中二心くすぐるタイトルですね!なんかカッコイイ!」
「本の表紙にも誰の本か分かるようになっているからそこを見てもいいしね」
「ありがとうございます、探してみます」
「あの、ご主人様。そろそろお時間が……」
「そうだね、行こうかキィちゃん。それじゃあまた明後日に」
「はい、よろしくお願いします」
しかしノアさんに関する本があるとは驚きだ。確かに普段ノアさんと絡みまくっているせいで一人でギルドに行くと『おい、来たぜ。今日こそノアさん紹介してもらおうぜ』とか『ノア殿とパーティーをくむとは……あのルーキー只者ではないな』とかに高い評価されているから有名人だとは思ってたけど!そのせいであんまりパーティー組んでくれる人いないけど!紹介してもらった本を読めば周囲の人のノアさんへの認識がわかるかもしれないな!
「ええ!カイおにいちゃんの本じゃないの!?」
小さな女の子……魔女が経営する小さな本屋に入ると一角に特別コーナー的なものが作られていた。っていうかついさっき聞いた『天災の悪者共』のコーナーだ。なにこれめっちゃ『天災の悪者共』推しじゃん。等身大パネルがあるってどういうこと?しかも全員イケメンかよ。ある種アイドルグループじゃねって思うくらい推されてんじゃん。しかもマグナさんも一員みたいだし。
「っていうかカイお兄ちゃんって誰」
「ええ!私たち魔女の大おにいちゃんだよ!」
「ごめんなさい。勉強しなおします。とりあえずこの本ください」
といって差し出したのはマグナさんに勧められた『比翼の検帝編』と併せて、マグナさんのことが書かれているという『異空の狙撃手編』である。バリバリ中二病ちっくだがめちゃめちゃ売れているらしいシリーズ。いったい何が書いてあるのか。気になるが甘射祭が終わって落ち着いてから読むことにしよう。多分これでいろんな人との共通の話題ができるぞひゃっほう!
「今度はカイおにいちゃんの本買ってねー!!」
カイおにいちゃんね……等身大パネルを見た限りあまり背は高くなく150cmあるかないかぐらい。髪は茶髪っぽく結構ボサボサで丸眼鏡かけてたな……。なんか特殊な界隈で『カイきゅん』とか呼ばれてそうだ。
その後も街を散策しながらちょこっと甘射祭の飾り付けを手伝ったり、少しづつ増えてきた知り合いの人とだべったりしながら過ごし、甘射祭までのんびりと生活するのであった。
そしてシュクルの手には大量の本。基礎的なチョコレート菓子の作り方や、今までキースが作ってきたお菓子のレシピがまとめられた本であった。
「俺だってまだお師匠さんにそこまでしてもらってないんだからな!頑張れよ!」
そのまま店番へと戻るギル。一人残されたシュクルは本を小机に置きつつも先ほどの言葉の意味を反芻するが
「頑張る……?最善を尽くせという事でしょうか?記憶の要領はほぼ空なので明日の朝にはインプット完了できるでしょう。早速作業を開始します」
そのまま黙々と本をめくり知識を記録していく。確かに何の知識もない状態でいきなり教えてくれでは技能の習得効率も悪くなるであろう。
窓の外では既に甘射祭の飾り付けが始まっている。道行く人たちの笑い声や重たい物を運ぶ時の掛け声を聞きながら驚異的スピードで記録し続けるシュクルの部屋の明かりはその日一日消えることはなかった。
「ほう、すべて覚えただと」
「はいマスター。ですが知識だけでは実際の製造とは異なる場面もあると思うので、実技のほうのご指導をしていただきたく思います」
昨日渡した大量の資料を?たった一晩で?やはり機械仕掛けであるからか?
次々に疑問は浮かぶがそれを振り払うキース。嘘かどうかはこれから確認できることだ。今ここで追及するというのは時間の無駄であると判断し早速キッチンへと移動する。
「さてシュクルよ。お前菓子職人、いや料理をする者にとって一番大切なものは何かわかるか?」
「はい。ここに来る前にエステル様より教えていただきました」
エステル……あの常連の別嬪か。まあ魔物娘のいう事。愛情とか何とかいうのだろうとすぐさま思い至るキース。
キースの持論では愛情とはそこまで大切なものではない。もちろん家庭で料理をする場合などはまた別だが、もし愛情が一番大切ならばそれこそ修行など必要ないだろうし、最高級レストランなどそこら中にできてしまうと考えているからだ。
「料理に必要なもの……それは技術です」
「……ほう」
「次に素材の良し悪しがかかわってくると仰っていました」
「……なるほど」
もっと感情論を教えたかと思ったがそうではないらしい。やはり魔王の娘といえど機械に心は宿らないと考えているのだろうかと思案するキースであったが
「……そしてそれらを極める根源的原動力が愛情です」
「……」
なるほど。技術と素材の重要性を認め、持ち上げたうえでそれらとは一線引いた上位のものとして愛情を出してきたのかと妙な納得をしてしまうギースであったが、正直この考え方は嫌いではないと思ってしまうキースであった。
「それは違うぞ、愛情はなくともうまい物はうまい」
「ですが皆さん口を揃えてマスターのオーダーメイド品を褒め称えていました」
「愛情があったから作ったわけじゃない。儲けにつながると思ったからやっていただけじゃ」
「ですがマグナ様から見せていただいたこちらの雑誌の特集には―」
「!それを見るな!」
慌ててシュクルが取り出した雑誌を奪い取るキース。不思議そうに(無表情だが)首をかしげるシュクルに対して一睨みするがあまり効果がないようなので、話を戻す。
「とにかくだ。技術があれば多少素材が劣っていても追いつける場合も大いにある。無論そんな妥協は端からする気はないがな」
「流石ですマスター」
「うるさい。全てはこの店の存続のためじゃ……しっかり覚えるのだぞ!」
「了解しました。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
全てを記録したというシュクルの言葉は本当の様であった。物の場所こそ質問してくるが手際は良く、完全に工程を把握し、片付けを同時進行で行うなど無駄な時間なく次々とキースの指示通りの物を的確に作っていく。
ここまでできるのであれば最早自分など必要ないのではないか、と思うキースであったが少なくともショコラピアまでは置いておかなければならないので口には出さない。
「出来ましたマスター。次は何を製造すればよろしいですか?」
「……もういい。そこまでできれば十分だろう」
シュクルの作ったチョコレートトリュフを無意識に口に入れるが、味覚を失ってしまっているキースには美味しいともまずいとも感じることは出来なかった。
「マスター。マスターはなぜ味覚を失ってしまったのですか?」
「……それを聞いてどうする。今のお前には関係のないことじゃろう」
「はい。ですが感情の起伏があまりない私にはそのことが優勝へのカギになるのではないかと」
「ワシの味覚と優勝は関係ないな。わしが出場するわけではないしの」
「マグナ様から聞きました。マスターが味覚を亡くされる直前に奥様がお亡くなりになったと」
「……」
「その心的外傷によって味覚を失ってしまったのではないかと。それでしたら―」
「悪い店長!込み始めた!助けてくれ!!」
店のカウンターのほうからヘルプを求めるギルの声を聴き、次第に重くなっていた空気は緩和した。しかしキースはそれ以上そのことに触れてほしくないのか、何も言わずにカウンターへと向かう。
残されたシュクルは始めて食べたキースのチョコの味を思い出しながら自分で作ったチョコを次々に食していく。キースのレシピ通りにしっかりと作っているため、味は格別においしい物であった。しかし、何かが違う。自分が作ったものとキースが作ったもの。その答えがわからないまま黙々とチョコを食していくシュクルであった。
―悠貴視点―
早いもので甘射祭まであと二日。マグナさんの言っていた『ショコラピア』は初日にあるって言ってたから、キースさんとオートマトンちゃんもまたその日に会えるのか。
しかし困った。非常に困った。アレはもう俺の身に余ってしまうのだが―
「ダメですフレイさん!!ガーリックバターで焼いたステーキをチョコでコーティングするなんて……オエェ」
「チョコはチョコで渡しましょう!?大事なのは気持ちで……ひいいい!!」
「衛生兵ー!!衛生兵はいないのかー!!」
なんだこの地獄絵図は。俺がお世話になっている宿屋のご主人の奥さんからなんとフレイさんが張り切って手作りチョコを作っていると聞いて、準備をしているという宿屋のキッチンについ奥さんと一緒に覗きに来た。そしたらこの地獄絵図だ。ちらりと隣の奥さんの顔色を窺うと既に白目をむいていた。あかんやつやこれ。また視線を厨房に戻すと
「いいかお前たち。レシピ通りに作るなど幼子でもできる。そこに溢れんばかりの愛情と、相手を思う創意工夫を組み込んでこそ真の料理だ。私は、今回の甘射祭で必ずゆーきの口からちゃんとした告白の言葉を引き出してやるつもりだ!」
「俺のせいだったのか……」
そうこぶしを握り熱く語るフレイさんの周りには物言わぬ屍のようになった実験た……もとい犠牲者があちらこちらに見えた。その身を張って散っていった勇者たちに心の中で合掌しつつ屋外へ避難することにした。いや、だってガーリックバターとチョコ以外にもなんか形容しがたい変な臭いとかしてたししょうがない。駆け出し冒険者ではドラゴンは止められないのだ。
そう思いながら街をぶらぶらしていると背の高い先日知り合ったイケメンがいた。マグナさんだ。そばにいるのは……メイドさん?でもふさふさした暖かそうな羽毛のような羽に包まれた尻尾や一見すると鳥の足のように見える足下から彼女も魔物娘と分かる。メイドさんかー。いいなあ。紺のロングワンピースに真っ白なエプロン。まさに正統派のメイドさんって感じだ。
「あまり人の奥さんをじろじろ見るものじゃないよ。それともメイド服がお気に召したのかな?」
「うわあああ!びっくりした!」
いつの間に背後に!あれだけ背が高くてイケメンなのにここまで接近されるまで気が付かないなんて!
「あの、ご主人様。こちらの方は……」
「ああ、紹介するよ。彼は樋野悠貴君。かの悪名高いノア君の懐刀にして交渉人を務めている切れ者だよ」
「え!初耳の情報が多すぎてさらに驚きなんですけど!!ノアさんってそんな悪者なんですか!?」
「フフフ、自分のことよりも他人を優先する。そういう姿勢がノア君に気に入られるところだろうね」
含みのある笑みを浮かべるマグナさん。っていうか使用人とかじゃなくて奥さんなんだこの人。
「えっと、はじめまして。樋野悠貴って言います。まだ駆け出しですけど一応冒険者やってます。あと決してノアさんは悪者じゃないですしまして俺は懐刀でも交渉人でもないんで!」
「え、あ、はい。えっと私はキキといいます」
「違うでしょキィちゃん。ちゃんと『キキ・ベイカー』って名乗らなきゃ」
「そんな、私なんかがその、ご主人様の姓を名乗るなんて……」
おう、例にもれずこのイケメンと質素系美少女もいちゃつき始めたぞ。こっちは下手したら数日後に命を落とすかもしれないのに畜生。
「……ま、ノア君が悪者かどうかはその人の視点によって変わるからね。今度本屋で探してみるといいよ」
「本にされるほど有名人なのか……」
「まあね。力があるっていう事は良くも悪くも目立つものさ。ちなみにおすすめは『天災の悪者共』って書いて『カラミティ・ヴィランズ』いうタイトルの『比翼の剣帝編』ね。違う編だと違う人の本になっちゃうから」
「え、めっちゃ中二心くすぐるタイトルですね!なんかカッコイイ!」
「本の表紙にも誰の本か分かるようになっているからそこを見てもいいしね」
「ありがとうございます、探してみます」
「あの、ご主人様。そろそろお時間が……」
「そうだね、行こうかキィちゃん。それじゃあまた明後日に」
「はい、よろしくお願いします」
しかしノアさんに関する本があるとは驚きだ。確かに普段ノアさんと絡みまくっているせいで一人でギルドに行くと『おい、来たぜ。今日こそノアさん紹介してもらおうぜ』とか『ノア殿とパーティーをくむとは……あのルーキー只者ではないな』とかに高い評価されているから有名人だとは思ってたけど!そのせいであんまりパーティー組んでくれる人いないけど!紹介してもらった本を読めば周囲の人のノアさんへの認識がわかるかもしれないな!
「ええ!カイおにいちゃんの本じゃないの!?」
小さな女の子……魔女が経営する小さな本屋に入ると一角に特別コーナー的なものが作られていた。っていうかついさっき聞いた『天災の悪者共』のコーナーだ。なにこれめっちゃ『天災の悪者共』推しじゃん。等身大パネルがあるってどういうこと?しかも全員イケメンかよ。ある種アイドルグループじゃねって思うくらい推されてんじゃん。しかもマグナさんも一員みたいだし。
「っていうかカイお兄ちゃんって誰」
「ええ!私たち魔女の大おにいちゃんだよ!」
「ごめんなさい。勉強しなおします。とりあえずこの本ください」
といって差し出したのはマグナさんに勧められた『比翼の検帝編』と併せて、マグナさんのことが書かれているという『異空の狙撃手編』である。バリバリ中二病ちっくだがめちゃめちゃ売れているらしいシリーズ。いったい何が書いてあるのか。気になるが甘射祭が終わって落ち着いてから読むことにしよう。多分これでいろんな人との共通の話題ができるぞひゃっほう!
「今度はカイおにいちゃんの本買ってねー!!」
カイおにいちゃんね……等身大パネルを見た限りあまり背は高くなく150cmあるかないかぐらい。髪は茶髪っぽく結構ボサボサで丸眼鏡かけてたな……。なんか特殊な界隈で『カイきゅん』とか呼ばれてそうだ。
その後も街を散策しながらちょこっと甘射祭の飾り付けを手伝ったり、少しづつ増えてきた知り合いの人とだべったりしながら過ごし、甘射祭までのんびりと生活するのであった。
21/02/15 22:50更新 / noa
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