俺の幼なじみがこんなに失恋を勧めてくるわけがない
母親がドッペルゲンガーならば、生まれてくる子供もドッペルゲンガーである。
俺の幼馴染の東光はそう言う経緯で生まれたドッペルゲンガーである。
その光が突然、俺の部屋のドアを蹴破って現れた。
「という訳で、アンタ。失恋しなさい」
「ええー」
まさかの無茶ぶり。
これはあれだな。他人から失恋を勧められた人類最初の男になったやもしれん。
「人類最初って素敵な響きやん?」
「はぁ?」
「あ、ごめんなさい。こっちの話です」
皆さま、こんにちは。思った事を口に出しちゃう系男子、長谷部拓光です。(←自己紹介
それはともかく失恋するorしないの話でしたね。
「狙って失恋するのは流石に断りたいです」
「なんでよ!新たな恋が始まるかもしれないじゃない!」
「その新たな恋に辿り着くまでがしんどいんですよ」
例えマゾであっても遠慮したいと思う。
「むーっ!むーっ!」
彼女が頬を膨らませて唸る。そんな可愛らしい仕草をされたら、全力で愛でにいかねば!
「かわいい」
「うにゃらー」
「俺の圧倒的撫でテクに光もメロメロであった」
「め、メロメロとかじゃないし!? アンタに撫でられたってこれっぽっちも嬉しくないんだから!」
「うにゃらー(笑)」
「うにゃらーっ!!(怒)」
殴られたので仕切り直し。
「で……何だっけ。俺が失恋しなきゃいけない話だっけ?」
「そうよ。アンタみたいなクズは一度失恋を経験して、真実の愛に目覚めるべきなのよっ」
「でも高校一年生の夏だからなぁ。真実の愛よりも甘酸っぱい一夏の恋がしたい」
「じゃあそれをしなさい。そして失恋しなさい」
「失恋前提の一夏の恋は甘酸っぱいどころの話じゃないと思うよ」
しかし困った。ここまでお願いされると聞き入れてしまいたくなるのが、俺の悪い性分である。
「……じゃあ、手近な女性に告白してみようか。それで断られたら失恋という事で」
「うーん…………まぁ、やってみましょうか」
長考の末、幼馴染からGOサインが出た。
しかし誰に告白したものか。道端の知らない女性に告白、というのもありかも知れないが、今や世間の女性の七割ほどが魔物娘と化している。
そして見知らぬ男が見知らぬ魔物娘に告白すると、フィフティー&フィフティーの確率でOKが出てしまう。
「手っ取り早く告白できて、絶対に断ってくれそうな相手……」
という訳でリビングでアイスキャンディーを頬張っていた妹を確保。
妹の向かい側に陣取って、持てる限りのシリアスオーラを纏う。
「な、何、兄貴?そんなに改まって……?」
「月子。(←妹の名前) 俺は、今からお前に大事な話をする。心して聞いてくれ……」
「う、うん……」
「俺は……俺はお前の事が好きだったんだ!」
「え、ええっ!?」
妹が顔を真っ赤にして後ずさる。さぁ、手酷く断ってくれればよろし!
「そ、そんな……兄貴が私の事を女の子として見たなんて……これってあれだよね、私がOKって答えたら二人は恋人同士だよね?それってこれからベーゼしてドッキングしてエターナルフォーリンラブ……!?」
「……月子。お前の答えを聞かせてほしい」(←聞こえていない
「う、うん!わ、私も!私も兄貴の事が……!!」
「おい、失恋しろよ」
「げばー」
光に後ろから蹴り倒される。いや、俺まだ失恋してないよ?こんなんじゃ満足できないぜ……?
同じく気絶させられた妹をソファに寝かせた後、部屋へと戻る。
「……やっぱり無理やり失恋しに行くのはどうかと思う」
「…………」
正直な感想を伝えると、光は沈痛な面持ちで俯いてしまった。
うーむ、何とかしてやりたいが、こればっかりはどうしようもあるまいなぁ……。
「というか、何でお前は俺に失恋させたがる?そんなに俺の事が嫌いか?」
「その反対だからよ!」
突然、幼馴染が俺へと掴みかかってきた。思わず払いのけようとして――――――手が止まった。
「おま、何で泣いてるんだよ?」
「だって!だってアンタが私の気持ちを解ってくれないから……!」
「ここまでの流れで解れと言う方が無茶だって!そもそも俺が失恋する事で、お前に何の得があるってんだよ!?」
「私がアンタの理想になれるでしょ!?」
…………理想、とな?
「どういう意味か解らんのだけども」
「アンタが失恋すれば、ドッペルゲンガーの私はアンタの理想の女性に変われる!そうしたら私はアンタの恋人になれる!
地味で暗くて、可愛げもない私が、出会った時から好きだった拓光の妻になれる!
何処か可笑しい所でもある!?」
「色々と」
「ええー!?」
心底意外そうな顔をされたが、こちらとしては違和感満載である。
「言いたい事は色々とあるが……まずお前の何処が地味で暗い」
「だ、だって目付き悪いし、髪も癖っ毛だし……」
「お前の目は凛々しいとも言えるし、癖っ毛の髪は俺にとってはふわふわで撫でがいがあるぞ」
「せ、性格とか可愛げがないし……」
「言っちゃぁ何だが、俺も十分変人の類として扱われてるぞ」
「私、チビで胸も小さいし!知ってんのよ、アンタのオカズが巨乳物ばかりなの!」
「貧乳も最高ですよ!」
「この変態!」
フォローしたのに罵られた。
「……もう」
ぽろぽろ、と光の目から涙がこぼれ始めた。彼女が泣くところなぞ、ここに、三年は見た事が無かったのでちょっとおろおろ。
「えーっと、えーっと、俺、また何か余計な事を言ったか?」
「違うわよ、バカ。これは嬉しくて泣いてんのよっ」
「そ、そうなのか?」
「私、ずーっと悩んでたの。どうやったら拓光の恋人になれるのか、どうやったら自分に自信を持てるのか……」
「全然気づかなかった」
「ホント、鈍感なんだから。でも、そんな所も好きなんだから、惚れた弱みって奴ね……」
そう言うと、光は涙が浮かんだ瞳で俺を見た。その瞳の中にある種の決意を見た俺は、一つくだらない事を思いついたのだった。
「光。お前、俺に失恋しろって言ったよな?」
「ええ、言ったけど……もうそれはどうでもいいわよ」
「まぁ、話を聞けって。 でまぁ、俺が失恋すればお前が俺の理想の女の子となって現れる訳だ」
「……ドッペルゲンガーってそういうものだし」
「じゃあ、俺は今からお前に告白する。そしてお前は俺をこっ酷く振ってくれ。OK?」
「ここまで来て、何で待ち望んだ告白を断らなきゃ…………って」
俺の意図に気付いた光は、嬉しそうな笑顔を浮かべた後に、呆れた風を装った溜め息を吐く。
「釣った魚に餌をやっても仕方がないのに」
「カニバリズムの趣味があるんだ」
「顔真っ赤ー♪ 悪質な照れ隠しー♪」
「言わなきゃいいのに!言わなきゃいいのに!」
もう既にぐだぐだだが、俺は本日二回目となるシリアスオーラを全身に漲らせる。
「ずっとお前の事が好きだった。結婚してくれ!」
「……お断りよ、バーカ!」
もしかして俺は手酷い失恋を体験しつつ、互いに待ち望んだキスを交わした人類最初の男ではあるまいか。
後日談。
「そっか、拓光は巨乳好きって訳じゃなかったのね……」
「そう言う事ですよ」
オカズ本によって引き起こされた俺の巨乳好き疑惑。だが、俺のオカズ本は巨乳目的ではないのだ。
今、俺の目の前には看護師制服(つまりナース服)に身を包んだ光の姿があった。
「コスチュームプレイが好きだったのねぇ……」
「うん。あんまり人には言い難い趣味ですけれども」
しかし玉砕覚悟で光に打ち明けてみた所、すんなりと承諾してくれた。たくちゃん大勝利ぃぃぃ!!
「……ま、私の色気不足を補ってくれる良いアイテムかもしれないしね。アンタが喜んでくれるプレイなら私も望む所よ」
「オプション無しでも、光は十分魅力的だと思うけどもね」
「…………」(←顔真っ赤
「…………」(←顔真っ赤
光、轟沈。俺は自滅。空気が甘ったるくて仕方が無い。
「拓光……」
気づくと光が俺の目の前にいた。彼女は真っ赤な顔を近づけながら、
「ずっと……ずっと、私をアンタの理想で居させてね・……」
「光こそ、俺を何度も失恋させないでくれよ?」
その答えに、光は満足そうな表情で俺の唇へと口づけた。
終わり
13/08/02 22:00更新 / うりぼー