読切小説
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その日の後に
山に囲まれている小さな村でとある母親の驚きの声が聞こえた。
翌日にその村の記念日を待たせているから、母親も村人達も頭がいっぱいで隙が出来てしまっていたのかもしれない。
母親が住んでいるその家で幼い遊ぶをしているであろう、息子が突如として消えてしまったのだ。
幼い知恵は純粋がゆえに、忽然と消えてしまったことを隠そうとはしない。
その家は開け放たれ、遊んでいたおもちゃは息子の部屋に散乱したままであった。


―――――――――――――――――――――――――
少年と言うのにはまだ早く、幼年と言うのには少しだけ意味がずれてしまう母親の息子「ヤミ」は幼いながらに知識を震わせていた。
日を追うごとに激しく増していく寒さに習って、全身に厚着を着て、母親と父親が村の記念日で家を空けている隙に

家から飛び出して、極寒の地へと繰り出すのである。

ちなみに、盆地で営まれているこの地の冬の寒さと、夏の暑さと言ったら言葉に表せないぐらいひどいものなのだ。

冬は長く居続けると手足が腐っていってしまう程寒いし、夏はその暑さゆえに水分が奪われてしまい、熱中症や干ばつが相次ぐ。

そんな中で、原色のような肌色をした幼い子供が一人で出歩いてしまえば大問題なのだ。

しかし、ヤミはそんな大人達の心配をよそに独りでに雪山を高く高く目指していくのである。
なぜヤミがこのような行動を起こすのかと言えば、「退屈」だからである。

専ら家にあるおもちゃを動かすかして遊んでいるヤミにとって、外で遊ぶことは輝いて見えたはず。

外へ出てみれば、次に輝いて見えるのは雪山であった。

高いところへ登ろう、辿ろうとするのは人間の性であり、人間の性の象徴とも言える純粋無垢なヤミに迷い等ない。
更に山に囲まれているこの村であるからこそであった。





――――これは、この世界の魔王がサキュバスへと代替わりする前のちょっとした物語





大人達は気が気ではなく、記念日の準備なんかそっちのけてヤミを探した。


しかし、努力も虚しく、その日はヤミを見つけられなかった。

いや、見つけることができなかった。

それはそうだ。

ヤミは日が暮れて真っ暗闇へと空気が沈んでいく中、自殺行為にも等しく雪山を登り続けているのだ。

今更大人達が雪山へ登ったとしても、二重遭難のオチであるし、これ以上犠牲を出さないためにはヤミをあきらめるしかなかった。


村長、母親、父親、村人達の目の前に


雪山へと続く小さな足跡だけが悲しく、その最期を物語っている。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

翌々日の朝、母親は、涙で父親の胸を塗らして泣き続けている日々。

雪山へヤミが登っていったことは確かであり、その状態が二日間も続いていたのであれば…。

その現状は誰しもがわかっていた。

あの時私がきちんと見てけば。


あの時俺がきちんとついておけば。

過去の過ちを言葉にするも、その現実は重かった。

悲しい結末に二人が苛まれる中、玄関からノックの音が聞こえてきたのだ。

村人達がヤミへの手向けを持ってきたのか、はたまた、村長が私達に話でもしにきたのだろうか。


母親はそう考えて重々しく玄関を開けてみる、と。

そこには、白い毛皮に包まれすやすやと心地よさそうに寝息をこぼすヤミの姿と。

大きな足跡と、凍ってしまった赤色の雫が雪山へと続いていた。



その時母親は目を疑ったものの、すぐに我が子を!と抱き寄せて「よかった…よかった…」と涙を零すのである。

父親はヤミの頭を優しく、起こさぬようにさすってあげた後


その足跡と赤色の雫を訝しげに見つめるのである。

どういった奇跡がおこったのか。

極寒の地を二日間、この子がどう耐え抜いたのか。

この子の傍にあった足跡と赤色の雫は一体…?



疑問が晴れることはなかった。

ただ、我が子が無事に帰ってきてくれたその事実だけで十分であると考える母親によって、父親の疑問は打ち消されてしまうのである。







――――――――――――――――――――――

それから数日して、我が子が帰ってきてくれた喜びに夢中な二人とは違った村人達の反応は冷たいものであった。

「ヤミが帰ってきた」という報告を受けた時はとても好意的な反応を示して、ヤミが住む家に訪れる村人が多かったものの。

ヤミが現れた時の状況を聞いた途端に村人の表情が手の平を返したように酷いものになる。

母親と父親はその反応に徐々に気付きつつあった。

その理由は足跡と奇妙な赤色の雫。

村人からも、父親と母親から見てもこれは魔物が残したものであり、それが置いていった「ヤミ」。

人を食い、血肉を貪る魔物が「ヤミ」を食料とせずに置いていった。

これは何かの予兆の一つであると村人達は考えてしまったのである。


例えば、ある村人はこう考えた。

「まだヤミは幼くて小さく、食べるのはまだ早いと考え一旦村へ預け、成長したらこの村を襲おうとしているんじゃないかと」

そんな村人達を横目で流している母親と父親も、段々とその恐怖に気付いてしまう。

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「じゃあ、俺は行くね」

そんな幼い頃のヤミの行動が起こした事件から十数年、ヤミは立派に成長していた。

幼い頃の記憶はもうすでに忘却のかなたへと追いやられているのか、それとも単に思い出したくないだけなのか。

ヤミも、その周りの人もあまり深くは突っ込もうとはしなかった。

それでも、成長していくヤミへの扱いはひどいものである。

村の間では「呪いの子」や「災厄を招く子」と噂されて、ヤミへ近づく者はおらず。

ヤミはいつも独りだった。

かのように思えたが…。

そこに、母親と父親以外で唯一傍にいてくれる人物がいた。

それは、昔からずっと一緒の「杏」という東方から越してきた幼馴染である。

杏は、ヤミが行方不明になる事件から数日後ぐらいに越してきたので、「災厄を招く子」とか、「呪いの子」そういった類のことは信じておらず。

事件の状況を話しても鼻で笑うぐらいの頑固者であり、ヤミの良き理解でもあった。

ヤミは思う、杏がいてくれたからここまで頑張ってこれたのだと。

そんな二人にも、別れの時が迫っていた。

「…寂しくなるね、ヤミ元気でやってね」

ヤミの旅立ちの日に訪れたのは父親と母親と、杏のみであった。


悲しい旅立ち、それでも、ヤミは前を向いている。

信じられない村人達が多く集まって門出を祝うよりかは、信じられる人が集まってくれた方がよっぽどいいと考えているからである。

「ヤミ、何か困ったことがあったら帰って来るんだよ?」

「あぁ、でも、あっちでも頑張るよ」

「ヤミ、元気でやってくれ。俺はそれだけで十分さ」

「…うん」

母親と父親が別れの言葉を述べる。

ヤミは山を越えた隣町へ引っ越そうとしていた。

これはヤミが提案したわけではなく、ヤミの両親が考えたのだ。

この村にいてはヤミの人間という質が失われてしまうから、隣町へ引っ越して、環境を変えるべきだ、と。

それは両親が気遣ってかけた言葉であり、二人の両親の真意は


「あの事件を知らぬ人たちと仲良く過ごしていければそれでいい」ということである。

そうすれば、ヤミはもう独りではなくなる、と…。

手を大きく振って、高くそびえる山へと消えていったヤミの後姿を三人は眺め続けた。

「じゃあね、ヤミ…」

「ヤミ…」

「…」


いつかきっと会える。

そう思っていたのは


二人だけだった。




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ヤミが険しい山を登り、下り、訪れたのはヤミが元々住んでいる村とは違った大きな町である。

ここで、また新しく始められるんだと意気込みながら、父親のお父さん、ヤミからしたら祖父にあたる家を訪ねる。

数多くの人々がこの町を行きかっている街道を進み、少し外れたところに祖父の家はあった。

ドアをノックしてみると、「はーい」と声がしてドアが開く。

初めて見る祖父の姿に嬉しく思いつつ「今日来る予定になっていた、あなたの孫です」と伝えると。

「…そっか、君が私の孫か」

祖父はヤミを家へと招き入れつつ、周りの目を気にしてドアを閉めた。

「お前の父から話は聞いているよ」

祖父の行動を奇妙に思いつつ、通された部屋のイスへ腰掛ける。


「あの、今日からお世話になります。よろしくお願いします」

「…よろしく、ヤミって言ったよな?…ヤミは裏方の仕事を私と手伝ってもらうことになるから」

「あ、はい、わかりました」

しかし、祖父は不機嫌な表情を絶やさずにいた。

「あの、そんな険しい顔をしてどうしたんですか?」

初めて会ってから、思っていた疑問をヤミは祖父にぶつけてみると。

「ヤミ、君が「呪われた子」だからだよ」

「っ…!!」

ヤミは目を大きく見開き、呼吸することも忘れてしまいそうなほど不安と緊張が襲った。

「ど、どうして…」

もしかしたら、父さんが情報を伝えているだけなのかもしれない、とヤミは何とか噴出しそうになる焦りを抑える。

「教えてもらったんだよ、君の村の、村長に」

「えっ…」


なんで、どうして。

どうして知っているの?

ヤミが言おうとした言葉は喉元をうまく通らなくて、口を動かしているだけ。

「全く、厄介者を押し付けられたもんだ」

「…」

「この町のほとんどが、君のことを耳にしているよ。村長がそういう風に仕組んだからな」

「…っ!」

焦りと不安と緊張が一気に噴出すヤミの表情は固まってしまっていた。

新しくスタートして、これからは友達も出来て、仲良く幸せに暮らしていける。

そうふうに描いていた夢は、ただの夢に過ぎなかったと思い知らされたからである。

そこまでして、そこまでして俺を追い詰めたいのか。ヤミは村長へ怒りをあらわにする。

しかし、町の人々の怒りの矛先はヤミに向いている。

それは当然だ、村長から密告がなければ、ヤミのことをみな「普通の人」だと思って「呪われた子」ということを知らずにに近づいてたはずなのだから。

「君は外に出ない方がいい、裏方の仕事もなるべく家の中でやれる仕事を渡す」

「すいません、ありがとうございます…」

祖父は不機嫌にため息をもらす。

「これでうちの評判が下がったらどうなるんだ…。全く…」

「…」

祖父が聞こえないように呟いた言葉も、ヤミはしっかりと聞き取っていた。

しかし、何も返す言葉が見つからなかった。

ヤミの存在によって、圧迫を受けるのは祖父なのだから。





それから、ヤミは懸命に仕事をこなしていった。

「呪われた子」なんてレッテルを張られてしまっているけど、きっと、杏のようにわかってくれる人が見つかる、と。

そして、ヤミは自分が頑張って祖父に利益をもたらすことによって、みんなの、祖父の評価が変わると思ったからである。


自分から環境を変えようと努力すれば、きっと変わるはずだ…と、ヤミは心の中で決め付けて、それだけを見て仕事をしてきた。




でも  ヤミに入ってくる言葉はそれとは違っていた。

祖父が畑で育てた野菜を売ろうとすれば、「お前の家には呪われた子がいるから、買えない」

ヤミが作った織物を売ろうとしても、同じ結果である。

それから数年が経ってもその巡りは変わらず、ヤミはそれでも頑張ろうとして、いた。



「ヤミ」



「出て行ってくれないか」

しかし、ヤミの夢も、願いも叶うことはなかった。

突然なんてものじゃない、ヤミは薄々、この言葉が来るのに気付いていた。

「待ってください!もう少しだけ、もう少しだけいさせてください!そうすればみんな、俺が呪われた子じゃないってわかってくれると…」

「出て行けっ!!」

「あっ…」

家中に響くような叫び声、祖父はもう限界に来ていたんだとヤミは気付く。

「…すいません、お世話に、なりました」

ヤミが来てから評判は悪くなる一方で、物もロクに売れることのなかった祖父の家は、数年してもう限界であった。

本当に、俺は必要とされていないんだとヤミは自覚をした。

あれだけ頑張っていた仕事も、売れなければ意味がない。

俺がいたんじゃ、祖父の負担が重くなるだけだ。


だったら、出て行くしかないだろう…。

母さんは言っていた、困ったことがあれば帰ってきてもいいって。

帰ろう、今は一旦村へ帰ろう。

そうすればまた、この不安も取り除ける気がするから。


ヤミは自分にそう言い聞かせて、また前を進んだ。

決して後ろを見ないヤミ。

後ろを見てしまえば、絶対に自分というものが壊れてしまいそうで怖かったから。


だから、父さんと母さんに環境を変えることを提案された時も、雪山を登っていた時も、祖父に衝撃の事実を告げられた時も…。

前だけを向き続けた。

ヤミはそういう生き方を今までしてきた。

だからこそ、今までやってこれたのだ。





マントを深く被り、ヤミという存在を消しながら雪山を下り、元住んでいた村へと降り立つ。

しかし、あるはずのそこには なかった。

「え、どういう、こと…」

そこへ、仕事の休憩中なのか、畑仕事で遣うくわを肩に乗せて通り過ぎようとする村人に声をかけてみる、ヤミ。

「あ、あの、ここにあった、家、は…?」

もしかして…と思いつつも、ある一つの予想には目をむけようとしなかった。

「取り壊されたよ。ここに住んでいた家族は出て行ったんだ。まぁ、「呪われた子」なんてやつが消えてくれて清々してるけどな」


と何も知らないただの旅人とでも思ったのか、村人はヤミへ親切にこの家がどうなったのかを教えてくれた。

見事に、予想は的中してしまっていた。

「そ、そうなん、ですか…。ここに住んでいた家族はどこへ行ったんですか?」

「さぁな?村長が言うには、ここ一帯の地域にはその「呪われた子」という噂が広まっているから、どこか遠いところに引っ越さないと意味がないんじゃねーか?」

「…」

「確か、「呪われた子」と仲良くしていた「杏」っていう子は村長の命令でどこかへ飛ばされてしまったらしいけど、あんたにはあんまり関係ないかもな」

「そ、そんなっ…」

ヤミはついに、驚きの声をあげてしまう

「その声、もしかして…」

はっと我に返ると村人の視線が鋭いものになっていることに気付いた。

更に深くマントを被り直して。

「い、いぇ、それでは…」

と、今はここから離れることに集中しようとして、元来た道を戻っていくヤミ。

村から離れて、人の気がなくなってくる…と。

その足取りはとても重くなっていく。

ヤミは、自分という存在がどれだけ多くの人に迷惑をかけているのか。

自分が生きていることが、どれだけ人に害をなしているのか。

思い知った。

ヤミの両親はこの村を出て行った、ヤミを捨てて。


どちらにしろ、村長の命令で出て行かなければいけなかったんだ。



ヤミに関わっていたために、杏の家族はどこか遠くへ飛ばされてしまった。




本当に、俺は呪われた子だ。

こんなにも周りを不幸にして、呪われていないなんて言えるはずない。

ただ単に、俺は真実から目を背けていただけかもしれない。


正真正銘、俺は呪われた子、災厄を招く子。

なん、だな…。

ヤミは空っぽのまま、山の中へ入っていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

それから、ヤミは無意識に足だけを動かしていた。

そうでもしなければ、崩れてしまいそうな恐怖に怯えていた。

気がついた頃にはあたりは真っ暗闇で、強く吹雪いてしまっている。

「あっ…」

困惑で、無意識に動いていた足も止まってしまう。

崩れてしまいそうな恐怖が更に迫って来る。

ヤミはこれまでずっと前を向いていた、何があっても、どんな困難が待ち受けても。

どれだけ非難されようが、侮辱されようが前を向き続けてきた。

しかし、もうすでに限界に来ていた。前を向くことすらもうままならないほど

ヤミの精神状態はボロボロであり、強く吹雪いている中、体中もボロボロである。

あぁ、もう、いっそのこと死んでしまった方がずっと楽なのかもしれない。

ずっとその事実だけは目を背けてきたのに。

今はそれが、正しいことに思えてしまうヤミ。


…そして、真っ暗闇の中に身をを投じた。


肌にとても冷たい感触だけが残る中、ヤミは意識を失っていく…。



…夢を見た。

幼少の頃、雪山へ勝手に登って行って遭難した時のこと。

とても巨大で、白い毛皮を身にまとった巨人のような魔物に助けられたことがある。

それは事実だけは知っていた。

しかし、記憶の中はうわべだけで、その魔物がどのようにして助けたのか、どのようしにて俺を救ってくれたのか。

全然知らなかった。

その夢は鮮明であった。

俺が遭難して、助かるまで…。

まるで第三者が眺めているような視点だった。

そこで初めて、あの時の記憶のピースが埋め込まれていくようだった。








フワッとした毛のような感触が肌にすりついてきて、ヤミはゆっくりと意識を取り戻す。

何かが、ヤミに抱きつく様な形で体温を保ってくれていた、そのおかげでヤミは一命を取り留めていたのだ。

それは、いつか見たことのある…。

「君は…あの時、の…」

白い毛皮の巨人の魔物であった。

その表情が見えないくらい、白い毛皮に覆われているものの、ヤミにはその魔物の優しさを理解していた。

あの時のように、今もこうしてヤミを抱きしめている。

「…ありがとう」

居場所を失って、家族を失って、親友をも失ったヤミを、抱きしめてくれる者がいる。

それだけで、ヤミは嬉しかった。


もっと早く気付いていれば、俺の人生は変わっていたかもしれない。

ヤミは心の奥でそう感じていた。

もしかしたら、この魔物と共に生きていけたかもしれないという可能性。


だけど、今のヤミにはもう、叶う願いではなかった…。

その思いが心を満たしていく同時に、ヤミは初めて涙を零した。

今までずっとずっと耐えてきて、前を向き続けたヤミの、初めての雫。

「どうして、どうしてもっと早く気付けなかったんだろう…。こんなにも強く抱きしめてくれる人がいるのに、もう俺は、俺は…」

「強く、抱きしめ返すこともできないなんて…」

ヤミはその巨大な魔物を抱きしめ返して、「もう大丈夫だよ」と伝えてあげたかったのだ。

しかし、ヤミにそれはできない。


なぜなら、ヤミの手足はもう既に腐ってしまっていて、力を入れることすらできないのだ。

ひどい凍傷、あの吹雪の中を歩き続けた代償だった。



もう、ヤミは死ぬしかない。


ヤミはそれが悔しくて、悔しくて、涙するしか、なかったのだ…。


ヤミの言葉に気付いたその魔物は、ゆっくりと顔を近づけていく。

「ごめんね……。以前も助けて貰ったよね、本当にありがとう」


ヤミの心には憎しみなんてこれっぽっちもなかった。

この魔物に助けられてしまったから、呪われたというレッテルを貼られたのかもしれない。

だけど、この魔物に助けられていなかったら、今のヤミはないのだ。

しかし、そんなヤミの最期も近い…。

頬と頬が触れ合うぐらい強く抱きしめてきた魔物は、突然変化を見せ始める。


巨大なその体が少しだけ縮み始め、毛皮が消え、肌の露出が増える。

「こ、これは…」

顔に覆われていた毛皮もすっかり消えて、美しい顔立ちの女性がそこにはいた。

「…大丈夫…あなたは死なない…」


「ううん…死なせない…」

耳元で小さく、囁くような声が、静かな洞窟に薄っすらと響く。

ヤミと見つめ合った直後、その女性はヤミへ深いキスをした。

「んっ…」

抵抗も何も出来ないヤミはされるがまま、キスを続けていた。

しかし、突然、何かが体中を巡っていくような感覚へと陥るヤミ。

唇をゆっくりと離すと、女性はうっとりとした笑顔を浮かべる。

そして、ヤミは劇的な変化を遂げていた。

体中を巡っていた何かは手足へと行き渡り、腐っていたモノに生命を与えたのだ。


「動いてる…手足、動いているよ…!」

ヤミは嬉しさのあまり、その女性を強く抱きしめていた。

またその女性も負けないぐらいに強く、強くヤミを抱きしめた。

「ありがとう、本当に、ありがとう…」

嗚咽を漏らしながら泣き続けるヤミは思った。

この子には、いつも助けられてばかりいると。

今度は、俺が助けられたら、いいな…と。


「あなたには…つらい思いをさせてしまった…。今日からは…私と一緒に生きよ…?」



「ずっと、見ていたの…?」


少し間を置いた女性は…。

「ずっと、ずっと…あなたのことを…見てた…あなたが辛い思いをして生きていること、も…」

「…」

言葉を失ってしまうヤミ。

今まで白い毛皮を身にまとった女性のことは、うわべだけでしか覚えていなかったというのに。

その女性は、ずっとずっとヤミを見てくれていたという事実。

覚えてくれていたという、事実に…。


「だから…今日からは辛い思い…しなくてもいいように…私と一緒に…いて…」

ゆっくりと、しっかりと繋いでいく言葉は、ヤミの辛い記憶を癒してくれていた。

それだけで、今まで歩んできた人生の意味が持てた気がする。

ヤミは思う。

「あなたが…苦しむ姿は…見たくない」





「これからは…私が幸せに、する…」


静かに呟くその言葉には、強い意志が見て取れた。

それから我が子を抱く母親のように、優しく抱きしめ続けてくれる。

全く情けないよ…その言葉は本当は、俺が言うべきだろうに。

涙を端に浮かべながら、ヤミは不甲斐なく、そして嬉しく思うのである。


「君の名前は…?」


「名前…ない…」


「じゃあさ、君の名前は「シロ」だ。そして、俺がヤミ」

君が輝き続けるように、俺は君の傍で寄り添っていければいい。ヤミはそういう思いで名前をつけた。

「うんっ…ヤミ…」

「なに?シロ」

「もう…離れないでね…」

「あぁっ」







あぁ、やっと…やっと俺にも…必要としてくれる人ができたんだ。




ここにいていいという 居場所が、できたんだ。


――――――――――その夜、魔王はサキュバスへと代替わりした。


少年とイエティの奇跡の物語。





13/01/07 10:02更新 / paundo2

■作者メッセージ
微推敲。
どうも、pixivではよくクロビネガ様の図鑑の娘をカキカキさせていただいております。鬱ライターだからこういうのしか描けません、すいません!!
追記
指摘された点を修正いたしました

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