出会い
日本国国土防衛軍第16師団笹鳥駐屯地上空に未確認の発光体が出現したのは第三次世界大戦が終戦してちょうど5年という記念すべき日のことであった。
突如として出現した発光体は駐屯地がすっぽり入るほど巨大であった。一報を受けた駐屯地指揮官の大谷源三郎陸将は駐屯地内全隊員の緊急避難を宣言、隊員達は荒れ狂う波の如く人海をなし基地外へと避難を開始した。この大谷陸将の迅速な指示より多くの隊員達が避難したが、再び発光体が眩い光を放つと逃げ遅れた大谷陸将含め約500名の隊員が笹鳥駐屯地ごとその姿を消したのである。
「悪い。寝坊した…」
そう謝罪しながら第16師団笹鳥駐屯地所属偵察部隊第2小隊隊長である蒼崎 志道二等陸尉は暗緑色に塗装されたジープ系統の高機動車の運転席に乗り込んだ。すでに助手席や後部座席で待機していた隊員達は隊長である蒼崎の遅刻に眉を顰めながらさっさと運転しろという視線を蒼崎にぶつける。
蒼崎志道は笹鳥駐屯地の中で厄介者として呼ばれている。規律を重んじる軍人でありながら如何にして規律に触れずに仕事をサボるかといった間違った方向に力を注ぐ馬鹿であり、訓練生時代も教官の目を盗んで訓練を抜け出すのは日常茶判事、挙句の果てには颯爽と逃走した蒼崎を目標とするフォックスハンティングまで行われる始末であった。常識的に考えれば規律も守れない蒼崎が軍人になるなどあり得ない話であったのだが、結局蒼崎は一度も捕まることもなく逆にこれが上層部の評価を上げることになり同期や教官に「なんでこんなやつが」と非難されながら軍人となった。
「ふぁ〜まだ眠ぃ……」
睡眠不足の人間に車を運転させることに不安を覚える隊員達をよそに蒼崎は高機動車に取り付けられたトランシーバーの電源を入れた。
「あ〜黒島一佐、黒島一佐。こちら偵察部隊第2小隊の蒼崎です。聞こえますか?」
蒼崎の言葉にワンクッションおいて返事が返ってくる。
「応、聞こえてる。予定より10分遅いぞ。何してた?」
「え〜整備に時間がかかりました。遅れてすいません…」
上官からお叱りを受けるのが面倒だった蒼崎は適当に嘘をつくと隊員達から舌打ちが飛んだ。黒島は特に言及することもなく話を続けた。
「すでに第1、第3、第4小隊が偵察に出ている。お前達第2小隊は東側の偵察だ」
「了解です黒島一佐。これより出動します」
蒼崎はトランシーバーを切ると、窓から手を出して後方で待機している2号車に合図を送る。バックミラーから二号車の合図を確認し、蒼崎はアクセルを静かに踏み込んだ。薄暗い格納庫から出ると、そこに日本の経済成長を象徴するビル群はなく、大戦の煽りでほとんど姿を消したはずの緑の大地が広がっていた。
「異世界探険だ。気合い入れてくぞ!」
笹鳥駐屯地およびその隊員500名は日本とは別の図鑑世界とよばれる異世界にいた。
親魔物領オルジニアの西端に位置する広大な草原地帯で騎士のミレイナ・ハースバルトは握りすぎて血の滲んだ手綱を引きながら馬車を走らせていた。馬車を引く2頭の馬は息を荒げ、泡を吹き、血の汗を噴き出して今にも息絶えそうな状態であった。それでもミレイナは馬車を止めようとはしない。そうでもしなければ自分達が殺されるからだ。
彼女の暮らすオルジニアは一夜にして滅ぼされた。首都近郊から突如として大軍で攻め込んできた謎の傭兵集団によりオルジニアは為す術もなくあっさりと陥落したのだ。ミレイナは首都陥落寸前に国王から国王夫妻の娘つまり王女を逃がすよう命を受けた。ミレイナはすぐさま残存する騎士団をかき集め強引に首都から脱出した。しかし傭兵団も易々と逃がしてはくれなかった。倍以上の追跡隊がミレイナ達を昼夜問わず追まわし、騎士団の仲間は一人、また一人と数を減らし、残ったのはミレイナだけとなった。
「頑張れ!頑張ってくれ!」
二頭の馬に激励の言葉を贈るもそんなことを馬が理解するはずはない。だが、主の気持ちが伝わったのか二頭は唸るとその満身創痍の体のどこから力があふれるのかさらに加速した。
「ミレイナ様!敵が弓を構えております!」
馬車に乗っている侍女のフィネの言葉にミレイナは舌打ちする。馬車の後方、50を超える追跡隊が馬に乗り、土煙を上げながら迫っていた。その前列からはすでに矢が放たれ、無数の矢が馬車目掛けて弧を描く。
「ミレイナ…任せて」
馬車の中からか細い声が聞こえると、讃美歌のような旋律と共に馬車全体を光の膜が包み込んだ。
「ロア!無理はするなと言っただろ!」
ミレイナは叫ぶが、それと同じくして矢が時雨の如く降り注ぐ。馬車にあたる矢は尽く結界に弾かれ、折れるか地面へと突き刺さった。
「無理をしなければ助からない…」
さらに旋律が続き、馬車の中から光弾が放たれ追跡隊の目の前で爆発する。それにより騎馬隊は動きを止めるが、その一発が限界であった。旋律が止まり、結界も大気中に融けるように四散した。
「すまない…ロア」
ロアは答えない。魔力を使い果たし意識を失ったのだ。命懸けで守ってくれたロアにミレイナは歯がゆかった。騎士として生まれた彼女にとって敵に背を見せ逃亡するなどプライドが許せない。主君に仕え、主君のために命を捧げる。まさしく騎士の誉れだ。この手綱を誰かに託し、剣と盾を携え、迫りくる敵をこの身一つの犠牲で時間を稼げるならそうしたかった。だがそれはできない。ここで自分が手綱を離せば今馬車に乗っている王女を誰が守るというのか。その気持ちを知ってか知らずか馬車に乗っている王女から思いがけない言葉が投げかけられた。
「ミレイナ…もう良い。私を置いて逃げろ」
「姫様!な…何を仰るのですか!」
その言葉にミレイナは叫んだ。
「あきらめてはなりません!もう少しで国境を越えられます。そうすれば奴らも追っては来れません」
「だが…これ以上お前達が私のために傷つくのはもう見たくない。奴らの狙いは私だ。この身一つ差し出せばお前達を襲うこともなかろう」
「ふざけないでください!ここで貴方を見捨ててしまったら死んでいったアレクやミッシェル達の犠牲はどうなるのですか!もう二度とそのようなこと言わないでください!」
「………すまない」
その声は涙にくぐもっていた。ミレイナの率いた騎士団は王女と同年代の者達で結成された騎士団であった。そのためか幼い頃からミレイナ含め騎士団の者達は王女と触れ合い、友人と呼べる仲であったのだ。その友人達が自分を守るために死んでいくことに王女は耐えられないでいた。ミレイナは己の不甲斐なさに憤り、歯を食いしばり過ぎて血を流していることにも気づかなかった。
突如、ミレイナの視界は反転する。
「なっ!?」
二頭の馬がついに力尽き、加速したまま倒れ込んだのだ。ミレイナは衝撃で吹き飛ばされ、馬車は激しく横転する。
「がっ…!?」
投げ出されたミレイナは咄嗟に受け身を取るものの衝撃は凄まじく、一瞬だが呼吸が止まった。
「……かっ!はぁっ!はぁっ!」
吐き出すように呼吸をするが、衝撃は呼吸だけでなく彼女の全身にダメージを与えていた。視界が揺れ、耳鳴りが響き、吐き気さえも襲ってきた。それでも彼女の王女に対する忠誠心が体を動かす。軋む体に鞭を打ち、這いずりながら馬車へと近づく。横転した馬車は車輪も外れ、ほとんど使い物にならない状態であった
「姫様!ご無事ですか!?ロア、フィネ返事をしろ!」
返事が返ってこないことがミレイナの不安を募らせた。馬車にたどり着いたミレイナは横転した馬車の中を覗き込む。そこには寝息を立てる3人が横たわっていた。馬車の中は魔術的加護を施していたおかげで中にいた3人は外傷もなく意識を失っているだけであった。安心するのも束の間、迫りくる地響きにミレイナは振り返る。ロアの魔法で混乱していた騎馬隊が態勢を立て直し再び迫ってきていた。
「申し訳ありません姫様……」
今更逃げることもできない。ならば最後まで守ってみせようという騎士道精神のもとミレイナは馬車に背を預け、背水の覚悟で剣を抜いた。
「来るがいい。この身に代えても姫様をお守りする」
決死の覚悟を決めたその瞬間、彼女の真横を暗緑色の鉄の箱が通り過ぎた。
数刻前、蒼崎二等陸尉以下8名は高気動車2台で草原を走っていた。
「おい望田、寝るな」
「いてっ!?」
暗緑色で塗装された高機動車を運転しながら蒼崎は助手席に座って居眠りをしていた部下の望田 弘三等陸士を小突く。望田は笹鳥駐屯地に配属されたばかりの新人である。ほとんど実戦経験のないひよっこであった。
「す…すいません隊長。あまりにも気持ち良くて」
「気持ちはわかるけど我慢しろよ」
「うっ…すいません」
「そんなことより…ちゃんと周り見とけよ。俺達の生活が懸かってんだから」
異世界へと飛ばされた笹鳥駐屯地の面々は当初、混乱はあったものの、すぐにそれも鎮静化した。第三次世界大戦により地球上にあった自然の8割は焦土と化した。日本も例外でなく雑草1つ見つけただけでも数十万という値がつくほどであった。そのためか、そんな世界に暮らしてきた隊員達にとって地平線まで広がる草原は感動すら越える奇跡の景色であった。異世界に飛ばされた混乱などすぐに消し飛び、隊員達は目に焼けつけるように草原を見続けたのであった。まさしく夢のような時間、そして夢は長く続かない。冷静になった隊員達に突き付けられたのは食料問題、電力問題など様々な死活問題であった。
電力問題はすぐに解決した。戦争は発明を生む。電子レンジなどは第二次世界大戦の最中にレーダー技術の副産物であるし、ロケットも元はと言えばミサイルだ。人類の発明は戦争と共にあると言っても過言ではない。第三次世界大戦も同様に資源不足から再生可能エネルギーの研究が飛躍的に進み、日本の電力供給はそのほとんどを再生可能エネルギーで賄えるまでに至った。笹鳥駐屯地はあらゆる施設や車両といったものを電気駆動にしているため、緊急時用に太陽光発電、風力発電、果てには人力発電も完備しており、駐屯地の電力事情は瞬く間に解決したのである。
多くのの問題が解決されていく中、難色を示していたのが食糧問題であった。備蓄は駐屯地の収容人数5000人分の食料と災害救助用の保存食があり、当分は食事に困らないがそれも1週間程度が限界であった。水や食料がなければ餓死するのは明白だ。遭難にあった場合、救助が来るまで待つことが良いとされている。そしてなるべく動かず体力を温存し、手元にある水や食料で食いつないで救助が来るのを待つのだが、異世界へと来た隊員達を救助する者はいない。そのため自力で何とかするしかないのだ。そこで出された対策が蒼崎達偵察部隊による食料および水源の捜索であった。
『蒼崎隊長。そろそろポイントです』
「お、そろそろか」
トランシーバーから後方を走る2号車の岡本 猛一等陸曹の通信が入る。岡本は望田とは違い、20年近いベテランの軍人で、積み重ねた技術と経験そして後輩思いの気さくな性格から隊長である蒼崎よりも隊員達の信頼を得ている。通称『岡さん』である。
「よし、全車停止」
蒼崎の合図に2台の高機動車は停車する。彼らはただ闇雲に草原を駆けているわけではない。ラジコンヘリから撮影した航空写真をもとに生物のいそうな地点を重点的に調べるといった効率的な手段を用いていた。蒼崎が寝不足だったのもラジコンヘリを整備していたからである。しかしそれがすぐ結果に繋がるわけではない。何も見つからないまま、すでに2時間が経過していた。
草原は隆起の乏しい平野であり、そのため視界は良好なのだが、周囲にまったく動物の姿が見られず、隊員達は肩を落とした。
「…いませんね」
隊の中で最も体格の大きい加藤 昇一等陸曹が蒼崎に呟く。蒼崎より2つ後輩である加藤は素行不良の蒼崎とは違い、生真面目かつ成績も優秀で、たびたび暴走しがちな蒼崎の抑え役を引き受けている苦労人である。
落胆する加藤の呟きに対し、「いや、そうでもないよ」と蒼崎は返す。蒼崎は地面にあった黒い粒上のものを屈んで拾い上げると皆に見えやすいように手を広げた。
「なんですかそれ?」
興味本位で近づいた望田に蒼崎はその粒を見せつけるように答えた。
「ウ○コ」
「げっ!?」
望田は脱兎の如く蒼崎から距離を取る。予想どおりの望田の反応に蒼崎含めそれを見ていた他の防衛官からも笑いが漏れる。顔を真っ赤にする望田を憐れみながらも加藤は蒼崎のもつその糞の意味に期待を抱き始めていた。
「糞があるということは何かしらの動物がここにいた…ということですね」
「匂いもきつくないし、繊維系の物がみられるから…たぶん草食動物か何かだろうな。しかも少し温かい」
蒼崎は糞を投げ捨て、手を払いながら立ち上がる。
「よーしみんな、目標はすぐそこだ。行くぞ」
「了解っ」と各隊員がそれぞれ高機動車に戻ろうとした時だった。
「ん?」
地平線の僅かな変化を蒼崎の視界は捉えた。普段であれば決して気づかないような小さな変化であったが、それは隆起の乏しい開けた視界の中であったことと、そして糞により動物が存在するという確証を得た直後だったからこそ気付けた。蒼崎はすぐさま高機動車内に放置していた双眼鏡を取り出しレンズを覗きこむ。八倍に拡大された視野に映されたのは地平線から微かに立ち上る土煙であった。
「二時の方向、土煙だ」
蒼崎の声に隊員たちは乗車するのをやめ、蒼崎が指し示す方向へと双眼鏡をのぞき込む。
「おお、本当だ!」
「サバンナとかで走ってる牛の群れもあんな感じですよね」
「牛じゃなくてヌーな。まぁウシ科だけども」
土煙の発見におのずと隊員達の気分も高揚する。偵察を始めてすでに二時間、何もない草原を見続けた彼らにとってその土煙は動物のものであるとしか思えなかったからだ。だが一番興奮すると思っていた蒼崎はむしろ冷静であった。目の前の土煙を生んでいる動物がその草食動物だとは限らないからである。ましてここは異世界、銃の効かない化け物もいるかもしれないという危機感が頭の中をよぎっていた。怠惰こそ蒼崎のアイデンティティーであるが任務中ともなればその姿は影をひそめる。蒼崎は八名の隊員を率いる隊長であり、安易な選択は自分だけでなく部下の命も危険に晒すことを十二分に理解していた。
だが、せっかく見つけたお宝を罠があるかもしれないから見逃すというほど蒼崎は臆病者ではない。ここで逃せばまたいつ見つけられるかわからない。虎穴に入らずんば虎児を得ずというように危険を冒さなければ手に入らないものもある。
「車に乗り込め!このチャンスを逃すかよ!」
蒼崎は再びアクセルを踏み込んだ。
ほどなくして、第2小隊面々は馬車とそれを追う追跡隊の姿を真横から捉えた。
「隊長!人です!馬に人が乗ってます!」
望田の言うとおり元の世界にいた馬と同じ形をした生物の上に見た目から《職業:剣士》とわかる装備をした人型の異世界人が乗っていた。
「くそ!あの馬、所有物かよ!」
「え…そこですか!そこツッコミますか普通ぅ!?」
蒼崎の斜め上の反応に望田は上官であることも忘れてツッコむ。
「馬鹿野郎っ!牛さんや豚さんみたいに馬さんだって食えるんだぞ。」
「そういう意味じゃないですよ!」
蒼崎と望田の話の軸が合わない会話に加藤が身を乗り出して割り込む。
「隊長、おそらくこれが異世界人とのファーストコンタクトになるのでは?」
「………あ」
本当に食料のことしか考えていなかった蒼崎であった。
「あー異世界人と接触した場合の対応について黒島さん何か言っていたっけ?」
「いえ、水と食料の確保としか言われてませんね」
「ちょっと抜けてるからなあの人」と愚痴っていると横にいた望田が声を荒げる。
「隊長!あいつら馬車に矢撃ちましたよ!」
望田の言葉に蒼崎達は前方を走る集団に視線を戻すと、馬車に対し追跡隊が矢を放っていた。打ち上げられた矢は重力に従い、馬車の方へと落下する。すると不可解な現象が起きた。
「おい、おい…まじか」
そこで彼らは見た。馬車の周囲に突然、光の膜が出現したのである。それはこの世界では常識である魔法と呼ばれる奇跡。その魔法の中でも結界と呼ばれているものであった。しかし、魔法の存在しない世界の住人であった蒼崎達にとってそれは自分達をここに飛ばしてきたあの発光体と同じに見えてしまった。
「見たか…今の………」
「はい……あの時上空に現れた発光体と似た物に見えました」
蒼崎はトランシーバーを取り、2号車へと連絡をとる。
「岡さん。今の見た?」
『えぇ、こちらでも確認しました。まさか俺達をこの世界に飛ばした元凶なんじゃありませんか…』
「それにしては何だか訳の分からない連中に追われて格好つかない感じだけど…たぶん、何か知ってるのは確かだろうな」
任務上、彼らの目的は水と食料の確保である。そのためこの接触はイレギュラーな事態であった。ただ何事もなければ無視もできたが、目の前で追われている馬車にはこの世界へと自分達がやってきた理由がわかるかもしれない何かがある。しかし、それを助けることは馬車を追う集団と敵対することになる。上官である黒島一佐に連絡をしたくても電波が届かず連絡ができない。そのため現場指揮系統で最も高い小隊長である蒼崎に判断が委ねられていた。
「どうすっかな…………………あっ」
蒼崎の「あっ」という言葉に加藤は悪寒を感じた。案の定、蒼崎は最高の悪戯を閃いたいたずら小僧のように笑みを浮かべていた。
「隊長…?」
「ふふ、望田君や。俺達国土防衛軍の信条ってなんだ?」
「へ?………えっと、『人命救助を何よりも優先すること』でしょうか」
「そのとおり。『国民のみに及ばず、あらゆる人種に対し敵味方関係なく武力攻撃を受けている一般人は要救助の対象となる』まさに誇り高い武士道精神。となると、今攻撃を受けた馬車も俺達にとっては要救助対象となるわけだ」
その通りであるので加藤も相槌を打つ。
「で、『救助中に妨害を受けた場合、武力による排除ができる』でしょ?岡さん」
『は…はい』とトランシーバー越しからも蒼崎の不穏な気配に気づいたのか岡本も滑舌の悪い返事をする。
「ってことは戦闘するとなるとお馬さんにも被害を受けるわけじゃん。負傷したり死んじゃった馬とかって置いていくでしょ。ならそれって俺らがもらってもいいよね」
「まさか、救助を口実にあの馬を食料にする気ですか……」
なんとなく察した加藤が言うと、蒼崎はドヤ顔をきめた。目的は馬車に乗ってる者の救助。そしてあわよくば馬を食料としても確保できる。一石二鳥ではあった。
「相手は異世界人ですよ。軽率な行動は避けるべきです」
「だからって無抵抗の人間を見捨てるのはどうかと思うな…俺は」
加藤はため息をつくと、もう好きにしてくれと座席についた。蒼崎はトランシーバーをもち、車内にも聞こえるように声を上げる。
「全車、戦闘準備。馬車の救助にあたるぞ。発砲は許可するがなるべく人に当てるなよ。後々面倒だからな」
そして蒼崎はアクセルを一気に踏み込んだ。
そして現在に至る。岡本の二号車は救助をするため横転した馬車へ、蒼崎の一号車は騎馬隊へと進路を変えた。
「まずあいつらの動きを止めるぞ!岡さんは目標の救助よろしくっ!」
蒼崎はトランシーバーを片手に時速100kmで敵集団へと突っ込む。突如、襲来した高機動車に騎馬隊は敵と判断したのか、矢を放つ。防弾仕様である軍事車両に矢など効かなのだが、しかしこの高機動車というものは天井が布でできている。
「うぉおおおおおおお!矢が掠った!掠った!」
「た…隊長ぉおおおおおお!!!」
後部座席からの悲鳴を気にすることもなく、蒼崎はタイミングを見計らう。
「よしっ!今だ!」
先頭集団との距離があと20mのところでハンドルを右に回し、蒼崎の高機動車は騎馬隊と接触するギリギリで回避する。その瞬間に蒼崎はクラクションを鳴らした。
馬という生き物はその強靭な脚力と体躯から力強い印象を与えるが、その性格は臆病である。草食動物などは外敵に襲われないよう、その外敵を素早く察知するため臆病な性格のものが多い。特に馬は聴覚に優れており、ほんのちょっとの物音でも驚いてしまうほど小心者なのだ。それ故にクラクションの効果は絶大であった。
クラクションに驚いた先頭集団の馬達は一斉に走るのを止め、乗っていた兵達は慣性の法則に従い馬から振り落とされることとなった。そして後方からの集団も急には止まれず、立ち止った馬に激突してさらに人が落ち、人と馬が瞬く間に積み重なっていった。さらに運の悪い者は後方から来た集団に轢かれ、馬蹄の餌食となった。騎馬隊は蒼崎の目論見通りその動きを完全に止めることとなったのである。
そして蒼崎はそれを逃さない。
「畳み掛けるぞ!構え!」
待機していた隊員達が吹き抜けの窓から一斉に銃を構える。望田は長年防衛軍が正式採用している89式5.56mm小銃を、加藤はベルギーの開発した汎用機関銃“ミニミ”を、加藤と同じく後部座席にいた東二等陸曹は大戦時に鹵獲したAK-47の派生であるAKMをそれぞれ構え、蒼崎の指示を待った。
「異世界人のみなさん派手にやらせてもらいますよ!」
蒼崎は左手を挙げ、そして追跡隊へとその左手を振り下ろした。
「撃てぇ!」
草原に乾いた銃声が鳴り響いた。
銃による一方的な暴力に当初の半数以下となった追跡隊は撤退を開始した。それを確認した蒼崎は「撃ち方やめ」と指示を出す。見れば望田は息が荒れ、大量の汗を流していた。
「そういえば望田は初めてか…」
望田は静かにうなずいた。人に当てずといっても銃口から発射された銃弾は撃った人間の意志とは関係なく銃口の先にいる者へと襲い掛かる。狙った獲物は逃がさない百発百中のスナイパーでもなければ銃弾が必ず狙った方向へと飛ぶとは限らない。そのため蒼崎達の掃射により少ない数の異世界人がその命を絶たれた。加藤は自身のミニミを置き、力み過ぎて引き金から離れなくなった望田の手を優しく外す。
「よく頑張った。とりあえず落ち着くまで座ってるんだ」
「す…すいません、なんか変な感じで……はは、情けないっすね自分」
「俺もそうだったさ…」
加藤に付き添われながら望田は後部座席に腰を下ろす。それと変わるように東二等陸曹は運転席に座る蒼崎へと耳打ちした。
「隊長、加藤と一緒に生き残ってるやつがいないか確認します」
「おう、頼むわ」
加藤と東を降ろし、蒼崎はそのまま横転した馬車へと向かった。
「あ、隊長!」
蒼崎達が馬車に着くと、二号車に搭乗していた唯一の女性軍人で衛生兵である華乃 守二等陸士が蒼崎へと近寄る。
「守ちゃん、何やってんの?」
“ちゃん”づけに対し露骨に嫌な顔を浮かべるも、蒼崎の質問に華乃は馬車へと指差す。そこには馬車を取り囲む二号車の面々とそれを威嚇する甲冑を纏った金髪の美女であった。
「救助したくてもあの人のせいでできないんです。あやうく切られかけました」
華乃は証拠でも見せたいのか切られて素肌を覗かせる袖を見せびらかす。
「そっか、異世界だから言葉も通じないわけだ」
蒼崎は腰に掛けていた9mm拳銃を華乃に預け、馬車へと近づく。華乃は武器も持たずに危険だと止めようとするが、蒼崎はそれを諌めた。
「お前らも銃を降ろせ。余計怖がらせちゃうだろうが」
馬車を囲んでいた岡本含め3名の隊員も渋々構えていた銃を降ろした。蒼崎はミレイナの間合いから少し離れたところで両手を上げた。武器を持っていないということを知らせるジェスチャーだ。
「こんにちは。僕たちは君を助けに来ました」
当然、ミレイナが言葉を理解できるわけがない。逆に剣を突き付け、さらに彼女を警戒させた。その姿に蒼崎の中で、ある景色がフラッシュバックする。大戦中、同盟国の要請を受けて中東へと赴いた時の記憶だ。空爆後、市街の偵察をしていた蒼崎は瓦礫のそばで倒れて動かない母親に寄り添う娘を見つけた。当然、救助しようと近づくのだが彼女は蒼崎に怒鳴ったのである。言葉はわからないが「近づくな!」という意思を蒼崎は感じ取った。その少女は敵意に満ちた瞳で蒼崎を睨みつけた。ミレイナの瞳も少女と同じであった。
「…っ!」
だから蒼崎は彼女の間合いに入った。ミレイナは警告するが無論、蒼崎もミレイナの言葉はわからない。騎士として得体のしれない者から王女を守るため、ミレイナは蒼崎目掛け剣を振るった。
「よっ!」
それを蒼崎は肘と膝で器用に挟んで止めてみせた。ミレイナは運が悪かった。疲労困憊であったことと足が折れて踏み込めなかったがために太刀筋が見切られたのだ。蒼崎は驚く彼女の隙をつき、剣を奪い去った。そしてミレイナの拾えない位置へと剣を投げ捨てた。
殺される
ミレイナはそう思った。なぜなら自分は目の前の男に剣を向けたのだ。相手は言葉も通じない相手、謝罪の仕様がない。いや、できたとしても許されるはずがない。そう思っていたからこそ、蒼崎が微笑みながら手を差し出してきたことにミレイナは再び驚くこととなった。
蒼崎は敵意を向ける少女へと近づき、そして殴られた。だが蒼崎は彼女の敵意を受け入れることで、再び少女に手を差し伸べたのである。相手を受け入れ、自分も受け入れてもらう。危ないやり方ではあったが、こうして蒼崎は言葉の通じない異国の人とコミュニケーションを取ってきたのだ。
「大丈夫…僕たちは敵じゃない」
もちろんミレイナは蒼崎の言葉はわからない。ただ蒼崎のその態度に敵意がないことを悟ったミレイナは気が抜けたのか意識を失った。
「守ちゃん応急処置して」
「えっ…あ、はい」
蒼崎と共に従軍経験のある岡本を除き、いつもだらだらしているだけの蒼崎を見てきた隊員達にとって今の蒼崎は別人に見えたのだった。
「流石は隊長だ」
「何言ってんすか岡さん。俺がビビりなの知ってるでしょ。やべ、足震えてきた」
「はは、そうでしたね」
蒼崎達はミレイナを華乃に任せ、馬車へと近づいた。横転した馬車の側面に乗って扉を開けようとするが、衝撃で歪んだのかビクともせず、蒼崎と岡本の2人がかりで扉を開けることになった。
「いくぞ〜…1、2の3!」
バカンッと勢いよく扉が開くというよりは外れた。蒼崎達は馬車の中を覗き込む。
「大丈夫ですか!怪我はあり…ま、せん………か?」
そこで蒼崎達は絶句することになった。それは初めて魔物娘と接触した瞬間でもあった。
初めに見たのがミレイナだったことが、蒼崎達に異世界人が人間と同じであると勘違いさせたのかもしれない。ミレイナも厳密に言えば人間ではない。デュラハンという魔物娘だ。容姿はほぼ人間と同じであるので見分けがつかないのは仕方がないのだが、馬車の中の3人を見せられた蒼崎達は凍りつくしかなかった。
一人はメイド服を着た14〜15くらいの少女で、手首は鳥種の羽毛で覆われ、足は同じく鳥種の鱗で覆われた脚をしていた。キキーモラと呼ばれる魔物である。
もう一人はマントしか着ていない歩く十八禁状態の少女で死人のように生気が感じられない蒼白した肌と、その腕には相当な年季の入った本、魔導書が握られていた。アンデットの一種、リッチである。
この二人は比較的人型に近い。だが最後の一人、ミレイナが忠誠を誓う王女はその姿形が人間とは根本的に異なっていた。
黒真珠のような艶やかな黒髪と無防備に晒すその寝顔だけなら、蒼崎達も微笑んでいただろう。しかし蒼崎達の顔は引きつっていた。彼女の髪の間からは二対の角が、鋭い爪や黒い鱗に覆われたその手足、そして人間には絶対ついていない翼竜のような翼と蜥蜴のような尻尾が生えていたのだ。彼女の名はティア・ナ・フィル・リヴェルタ・ドラゴン。かつてその力から《地上の王者》とまで言われた存在であるドラゴンであった。
突如として出現した発光体は駐屯地がすっぽり入るほど巨大であった。一報を受けた駐屯地指揮官の大谷源三郎陸将は駐屯地内全隊員の緊急避難を宣言、隊員達は荒れ狂う波の如く人海をなし基地外へと避難を開始した。この大谷陸将の迅速な指示より多くの隊員達が避難したが、再び発光体が眩い光を放つと逃げ遅れた大谷陸将含め約500名の隊員が笹鳥駐屯地ごとその姿を消したのである。
「悪い。寝坊した…」
そう謝罪しながら第16師団笹鳥駐屯地所属偵察部隊第2小隊隊長である蒼崎 志道二等陸尉は暗緑色に塗装されたジープ系統の高機動車の運転席に乗り込んだ。すでに助手席や後部座席で待機していた隊員達は隊長である蒼崎の遅刻に眉を顰めながらさっさと運転しろという視線を蒼崎にぶつける。
蒼崎志道は笹鳥駐屯地の中で厄介者として呼ばれている。規律を重んじる軍人でありながら如何にして規律に触れずに仕事をサボるかといった間違った方向に力を注ぐ馬鹿であり、訓練生時代も教官の目を盗んで訓練を抜け出すのは日常茶判事、挙句の果てには颯爽と逃走した蒼崎を目標とするフォックスハンティングまで行われる始末であった。常識的に考えれば規律も守れない蒼崎が軍人になるなどあり得ない話であったのだが、結局蒼崎は一度も捕まることもなく逆にこれが上層部の評価を上げることになり同期や教官に「なんでこんなやつが」と非難されながら軍人となった。
「ふぁ〜まだ眠ぃ……」
睡眠不足の人間に車を運転させることに不安を覚える隊員達をよそに蒼崎は高機動車に取り付けられたトランシーバーの電源を入れた。
「あ〜黒島一佐、黒島一佐。こちら偵察部隊第2小隊の蒼崎です。聞こえますか?」
蒼崎の言葉にワンクッションおいて返事が返ってくる。
「応、聞こえてる。予定より10分遅いぞ。何してた?」
「え〜整備に時間がかかりました。遅れてすいません…」
上官からお叱りを受けるのが面倒だった蒼崎は適当に嘘をつくと隊員達から舌打ちが飛んだ。黒島は特に言及することもなく話を続けた。
「すでに第1、第3、第4小隊が偵察に出ている。お前達第2小隊は東側の偵察だ」
「了解です黒島一佐。これより出動します」
蒼崎はトランシーバーを切ると、窓から手を出して後方で待機している2号車に合図を送る。バックミラーから二号車の合図を確認し、蒼崎はアクセルを静かに踏み込んだ。薄暗い格納庫から出ると、そこに日本の経済成長を象徴するビル群はなく、大戦の煽りでほとんど姿を消したはずの緑の大地が広がっていた。
「異世界探険だ。気合い入れてくぞ!」
笹鳥駐屯地およびその隊員500名は日本とは別の図鑑世界とよばれる異世界にいた。
親魔物領オルジニアの西端に位置する広大な草原地帯で騎士のミレイナ・ハースバルトは握りすぎて血の滲んだ手綱を引きながら馬車を走らせていた。馬車を引く2頭の馬は息を荒げ、泡を吹き、血の汗を噴き出して今にも息絶えそうな状態であった。それでもミレイナは馬車を止めようとはしない。そうでもしなければ自分達が殺されるからだ。
彼女の暮らすオルジニアは一夜にして滅ぼされた。首都近郊から突如として大軍で攻め込んできた謎の傭兵集団によりオルジニアは為す術もなくあっさりと陥落したのだ。ミレイナは首都陥落寸前に国王から国王夫妻の娘つまり王女を逃がすよう命を受けた。ミレイナはすぐさま残存する騎士団をかき集め強引に首都から脱出した。しかし傭兵団も易々と逃がしてはくれなかった。倍以上の追跡隊がミレイナ達を昼夜問わず追まわし、騎士団の仲間は一人、また一人と数を減らし、残ったのはミレイナだけとなった。
「頑張れ!頑張ってくれ!」
二頭の馬に激励の言葉を贈るもそんなことを馬が理解するはずはない。だが、主の気持ちが伝わったのか二頭は唸るとその満身創痍の体のどこから力があふれるのかさらに加速した。
「ミレイナ様!敵が弓を構えております!」
馬車に乗っている侍女のフィネの言葉にミレイナは舌打ちする。馬車の後方、50を超える追跡隊が馬に乗り、土煙を上げながら迫っていた。その前列からはすでに矢が放たれ、無数の矢が馬車目掛けて弧を描く。
「ミレイナ…任せて」
馬車の中からか細い声が聞こえると、讃美歌のような旋律と共に馬車全体を光の膜が包み込んだ。
「ロア!無理はするなと言っただろ!」
ミレイナは叫ぶが、それと同じくして矢が時雨の如く降り注ぐ。馬車にあたる矢は尽く結界に弾かれ、折れるか地面へと突き刺さった。
「無理をしなければ助からない…」
さらに旋律が続き、馬車の中から光弾が放たれ追跡隊の目の前で爆発する。それにより騎馬隊は動きを止めるが、その一発が限界であった。旋律が止まり、結界も大気中に融けるように四散した。
「すまない…ロア」
ロアは答えない。魔力を使い果たし意識を失ったのだ。命懸けで守ってくれたロアにミレイナは歯がゆかった。騎士として生まれた彼女にとって敵に背を見せ逃亡するなどプライドが許せない。主君に仕え、主君のために命を捧げる。まさしく騎士の誉れだ。この手綱を誰かに託し、剣と盾を携え、迫りくる敵をこの身一つの犠牲で時間を稼げるならそうしたかった。だがそれはできない。ここで自分が手綱を離せば今馬車に乗っている王女を誰が守るというのか。その気持ちを知ってか知らずか馬車に乗っている王女から思いがけない言葉が投げかけられた。
「ミレイナ…もう良い。私を置いて逃げろ」
「姫様!な…何を仰るのですか!」
その言葉にミレイナは叫んだ。
「あきらめてはなりません!もう少しで国境を越えられます。そうすれば奴らも追っては来れません」
「だが…これ以上お前達が私のために傷つくのはもう見たくない。奴らの狙いは私だ。この身一つ差し出せばお前達を襲うこともなかろう」
「ふざけないでください!ここで貴方を見捨ててしまったら死んでいったアレクやミッシェル達の犠牲はどうなるのですか!もう二度とそのようなこと言わないでください!」
「………すまない」
その声は涙にくぐもっていた。ミレイナの率いた騎士団は王女と同年代の者達で結成された騎士団であった。そのためか幼い頃からミレイナ含め騎士団の者達は王女と触れ合い、友人と呼べる仲であったのだ。その友人達が自分を守るために死んでいくことに王女は耐えられないでいた。ミレイナは己の不甲斐なさに憤り、歯を食いしばり過ぎて血を流していることにも気づかなかった。
突如、ミレイナの視界は反転する。
「なっ!?」
二頭の馬がついに力尽き、加速したまま倒れ込んだのだ。ミレイナは衝撃で吹き飛ばされ、馬車は激しく横転する。
「がっ…!?」
投げ出されたミレイナは咄嗟に受け身を取るものの衝撃は凄まじく、一瞬だが呼吸が止まった。
「……かっ!はぁっ!はぁっ!」
吐き出すように呼吸をするが、衝撃は呼吸だけでなく彼女の全身にダメージを与えていた。視界が揺れ、耳鳴りが響き、吐き気さえも襲ってきた。それでも彼女の王女に対する忠誠心が体を動かす。軋む体に鞭を打ち、這いずりながら馬車へと近づく。横転した馬車は車輪も外れ、ほとんど使い物にならない状態であった
「姫様!ご無事ですか!?ロア、フィネ返事をしろ!」
返事が返ってこないことがミレイナの不安を募らせた。馬車にたどり着いたミレイナは横転した馬車の中を覗き込む。そこには寝息を立てる3人が横たわっていた。馬車の中は魔術的加護を施していたおかげで中にいた3人は外傷もなく意識を失っているだけであった。安心するのも束の間、迫りくる地響きにミレイナは振り返る。ロアの魔法で混乱していた騎馬隊が態勢を立て直し再び迫ってきていた。
「申し訳ありません姫様……」
今更逃げることもできない。ならば最後まで守ってみせようという騎士道精神のもとミレイナは馬車に背を預け、背水の覚悟で剣を抜いた。
「来るがいい。この身に代えても姫様をお守りする」
決死の覚悟を決めたその瞬間、彼女の真横を暗緑色の鉄の箱が通り過ぎた。
数刻前、蒼崎二等陸尉以下8名は高気動車2台で草原を走っていた。
「おい望田、寝るな」
「いてっ!?」
暗緑色で塗装された高機動車を運転しながら蒼崎は助手席に座って居眠りをしていた部下の望田 弘三等陸士を小突く。望田は笹鳥駐屯地に配属されたばかりの新人である。ほとんど実戦経験のないひよっこであった。
「す…すいません隊長。あまりにも気持ち良くて」
「気持ちはわかるけど我慢しろよ」
「うっ…すいません」
「そんなことより…ちゃんと周り見とけよ。俺達の生活が懸かってんだから」
異世界へと飛ばされた笹鳥駐屯地の面々は当初、混乱はあったものの、すぐにそれも鎮静化した。第三次世界大戦により地球上にあった自然の8割は焦土と化した。日本も例外でなく雑草1つ見つけただけでも数十万という値がつくほどであった。そのためか、そんな世界に暮らしてきた隊員達にとって地平線まで広がる草原は感動すら越える奇跡の景色であった。異世界に飛ばされた混乱などすぐに消し飛び、隊員達は目に焼けつけるように草原を見続けたのであった。まさしく夢のような時間、そして夢は長く続かない。冷静になった隊員達に突き付けられたのは食料問題、電力問題など様々な死活問題であった。
電力問題はすぐに解決した。戦争は発明を生む。電子レンジなどは第二次世界大戦の最中にレーダー技術の副産物であるし、ロケットも元はと言えばミサイルだ。人類の発明は戦争と共にあると言っても過言ではない。第三次世界大戦も同様に資源不足から再生可能エネルギーの研究が飛躍的に進み、日本の電力供給はそのほとんどを再生可能エネルギーで賄えるまでに至った。笹鳥駐屯地はあらゆる施設や車両といったものを電気駆動にしているため、緊急時用に太陽光発電、風力発電、果てには人力発電も完備しており、駐屯地の電力事情は瞬く間に解決したのである。
多くのの問題が解決されていく中、難色を示していたのが食糧問題であった。備蓄は駐屯地の収容人数5000人分の食料と災害救助用の保存食があり、当分は食事に困らないがそれも1週間程度が限界であった。水や食料がなければ餓死するのは明白だ。遭難にあった場合、救助が来るまで待つことが良いとされている。そしてなるべく動かず体力を温存し、手元にある水や食料で食いつないで救助が来るのを待つのだが、異世界へと来た隊員達を救助する者はいない。そのため自力で何とかするしかないのだ。そこで出された対策が蒼崎達偵察部隊による食料および水源の捜索であった。
『蒼崎隊長。そろそろポイントです』
「お、そろそろか」
トランシーバーから後方を走る2号車の岡本 猛一等陸曹の通信が入る。岡本は望田とは違い、20年近いベテランの軍人で、積み重ねた技術と経験そして後輩思いの気さくな性格から隊長である蒼崎よりも隊員達の信頼を得ている。通称『岡さん』である。
「よし、全車停止」
蒼崎の合図に2台の高機動車は停車する。彼らはただ闇雲に草原を駆けているわけではない。ラジコンヘリから撮影した航空写真をもとに生物のいそうな地点を重点的に調べるといった効率的な手段を用いていた。蒼崎が寝不足だったのもラジコンヘリを整備していたからである。しかしそれがすぐ結果に繋がるわけではない。何も見つからないまま、すでに2時間が経過していた。
草原は隆起の乏しい平野であり、そのため視界は良好なのだが、周囲にまったく動物の姿が見られず、隊員達は肩を落とした。
「…いませんね」
隊の中で最も体格の大きい加藤 昇一等陸曹が蒼崎に呟く。蒼崎より2つ後輩である加藤は素行不良の蒼崎とは違い、生真面目かつ成績も優秀で、たびたび暴走しがちな蒼崎の抑え役を引き受けている苦労人である。
落胆する加藤の呟きに対し、「いや、そうでもないよ」と蒼崎は返す。蒼崎は地面にあった黒い粒上のものを屈んで拾い上げると皆に見えやすいように手を広げた。
「なんですかそれ?」
興味本位で近づいた望田に蒼崎はその粒を見せつけるように答えた。
「ウ○コ」
「げっ!?」
望田は脱兎の如く蒼崎から距離を取る。予想どおりの望田の反応に蒼崎含めそれを見ていた他の防衛官からも笑いが漏れる。顔を真っ赤にする望田を憐れみながらも加藤は蒼崎のもつその糞の意味に期待を抱き始めていた。
「糞があるということは何かしらの動物がここにいた…ということですね」
「匂いもきつくないし、繊維系の物がみられるから…たぶん草食動物か何かだろうな。しかも少し温かい」
蒼崎は糞を投げ捨て、手を払いながら立ち上がる。
「よーしみんな、目標はすぐそこだ。行くぞ」
「了解っ」と各隊員がそれぞれ高機動車に戻ろうとした時だった。
「ん?」
地平線の僅かな変化を蒼崎の視界は捉えた。普段であれば決して気づかないような小さな変化であったが、それは隆起の乏しい開けた視界の中であったことと、そして糞により動物が存在するという確証を得た直後だったからこそ気付けた。蒼崎はすぐさま高機動車内に放置していた双眼鏡を取り出しレンズを覗きこむ。八倍に拡大された視野に映されたのは地平線から微かに立ち上る土煙であった。
「二時の方向、土煙だ」
蒼崎の声に隊員たちは乗車するのをやめ、蒼崎が指し示す方向へと双眼鏡をのぞき込む。
「おお、本当だ!」
「サバンナとかで走ってる牛の群れもあんな感じですよね」
「牛じゃなくてヌーな。まぁウシ科だけども」
土煙の発見におのずと隊員達の気分も高揚する。偵察を始めてすでに二時間、何もない草原を見続けた彼らにとってその土煙は動物のものであるとしか思えなかったからだ。だが一番興奮すると思っていた蒼崎はむしろ冷静であった。目の前の土煙を生んでいる動物がその草食動物だとは限らないからである。ましてここは異世界、銃の効かない化け物もいるかもしれないという危機感が頭の中をよぎっていた。怠惰こそ蒼崎のアイデンティティーであるが任務中ともなればその姿は影をひそめる。蒼崎は八名の隊員を率いる隊長であり、安易な選択は自分だけでなく部下の命も危険に晒すことを十二分に理解していた。
だが、せっかく見つけたお宝を罠があるかもしれないから見逃すというほど蒼崎は臆病者ではない。ここで逃せばまたいつ見つけられるかわからない。虎穴に入らずんば虎児を得ずというように危険を冒さなければ手に入らないものもある。
「車に乗り込め!このチャンスを逃すかよ!」
蒼崎は再びアクセルを踏み込んだ。
ほどなくして、第2小隊面々は馬車とそれを追う追跡隊の姿を真横から捉えた。
「隊長!人です!馬に人が乗ってます!」
望田の言うとおり元の世界にいた馬と同じ形をした生物の上に見た目から《職業:剣士》とわかる装備をした人型の異世界人が乗っていた。
「くそ!あの馬、所有物かよ!」
「え…そこですか!そこツッコミますか普通ぅ!?」
蒼崎の斜め上の反応に望田は上官であることも忘れてツッコむ。
「馬鹿野郎っ!牛さんや豚さんみたいに馬さんだって食えるんだぞ。」
「そういう意味じゃないですよ!」
蒼崎と望田の話の軸が合わない会話に加藤が身を乗り出して割り込む。
「隊長、おそらくこれが異世界人とのファーストコンタクトになるのでは?」
「………あ」
本当に食料のことしか考えていなかった蒼崎であった。
「あー異世界人と接触した場合の対応について黒島さん何か言っていたっけ?」
「いえ、水と食料の確保としか言われてませんね」
「ちょっと抜けてるからなあの人」と愚痴っていると横にいた望田が声を荒げる。
「隊長!あいつら馬車に矢撃ちましたよ!」
望田の言葉に蒼崎達は前方を走る集団に視線を戻すと、馬車に対し追跡隊が矢を放っていた。打ち上げられた矢は重力に従い、馬車の方へと落下する。すると不可解な現象が起きた。
「おい、おい…まじか」
そこで彼らは見た。馬車の周囲に突然、光の膜が出現したのである。それはこの世界では常識である魔法と呼ばれる奇跡。その魔法の中でも結界と呼ばれているものであった。しかし、魔法の存在しない世界の住人であった蒼崎達にとってそれは自分達をここに飛ばしてきたあの発光体と同じに見えてしまった。
「見たか…今の………」
「はい……あの時上空に現れた発光体と似た物に見えました」
蒼崎はトランシーバーを取り、2号車へと連絡をとる。
「岡さん。今の見た?」
『えぇ、こちらでも確認しました。まさか俺達をこの世界に飛ばした元凶なんじゃありませんか…』
「それにしては何だか訳の分からない連中に追われて格好つかない感じだけど…たぶん、何か知ってるのは確かだろうな」
任務上、彼らの目的は水と食料の確保である。そのためこの接触はイレギュラーな事態であった。ただ何事もなければ無視もできたが、目の前で追われている馬車にはこの世界へと自分達がやってきた理由がわかるかもしれない何かがある。しかし、それを助けることは馬車を追う集団と敵対することになる。上官である黒島一佐に連絡をしたくても電波が届かず連絡ができない。そのため現場指揮系統で最も高い小隊長である蒼崎に判断が委ねられていた。
「どうすっかな…………………あっ」
蒼崎の「あっ」という言葉に加藤は悪寒を感じた。案の定、蒼崎は最高の悪戯を閃いたいたずら小僧のように笑みを浮かべていた。
「隊長…?」
「ふふ、望田君や。俺達国土防衛軍の信条ってなんだ?」
「へ?………えっと、『人命救助を何よりも優先すること』でしょうか」
「そのとおり。『国民のみに及ばず、あらゆる人種に対し敵味方関係なく武力攻撃を受けている一般人は要救助の対象となる』まさに誇り高い武士道精神。となると、今攻撃を受けた馬車も俺達にとっては要救助対象となるわけだ」
その通りであるので加藤も相槌を打つ。
「で、『救助中に妨害を受けた場合、武力による排除ができる』でしょ?岡さん」
『は…はい』とトランシーバー越しからも蒼崎の不穏な気配に気づいたのか岡本も滑舌の悪い返事をする。
「ってことは戦闘するとなるとお馬さんにも被害を受けるわけじゃん。負傷したり死んじゃった馬とかって置いていくでしょ。ならそれって俺らがもらってもいいよね」
「まさか、救助を口実にあの馬を食料にする気ですか……」
なんとなく察した加藤が言うと、蒼崎はドヤ顔をきめた。目的は馬車に乗ってる者の救助。そしてあわよくば馬を食料としても確保できる。一石二鳥ではあった。
「相手は異世界人ですよ。軽率な行動は避けるべきです」
「だからって無抵抗の人間を見捨てるのはどうかと思うな…俺は」
加藤はため息をつくと、もう好きにしてくれと座席についた。蒼崎はトランシーバーをもち、車内にも聞こえるように声を上げる。
「全車、戦闘準備。馬車の救助にあたるぞ。発砲は許可するがなるべく人に当てるなよ。後々面倒だからな」
そして蒼崎はアクセルを一気に踏み込んだ。
そして現在に至る。岡本の二号車は救助をするため横転した馬車へ、蒼崎の一号車は騎馬隊へと進路を変えた。
「まずあいつらの動きを止めるぞ!岡さんは目標の救助よろしくっ!」
蒼崎はトランシーバーを片手に時速100kmで敵集団へと突っ込む。突如、襲来した高機動車に騎馬隊は敵と判断したのか、矢を放つ。防弾仕様である軍事車両に矢など効かなのだが、しかしこの高機動車というものは天井が布でできている。
「うぉおおおおおおお!矢が掠った!掠った!」
「た…隊長ぉおおおおおお!!!」
後部座席からの悲鳴を気にすることもなく、蒼崎はタイミングを見計らう。
「よしっ!今だ!」
先頭集団との距離があと20mのところでハンドルを右に回し、蒼崎の高機動車は騎馬隊と接触するギリギリで回避する。その瞬間に蒼崎はクラクションを鳴らした。
馬という生き物はその強靭な脚力と体躯から力強い印象を与えるが、その性格は臆病である。草食動物などは外敵に襲われないよう、その外敵を素早く察知するため臆病な性格のものが多い。特に馬は聴覚に優れており、ほんのちょっとの物音でも驚いてしまうほど小心者なのだ。それ故にクラクションの効果は絶大であった。
クラクションに驚いた先頭集団の馬達は一斉に走るのを止め、乗っていた兵達は慣性の法則に従い馬から振り落とされることとなった。そして後方からの集団も急には止まれず、立ち止った馬に激突してさらに人が落ち、人と馬が瞬く間に積み重なっていった。さらに運の悪い者は後方から来た集団に轢かれ、馬蹄の餌食となった。騎馬隊は蒼崎の目論見通りその動きを完全に止めることとなったのである。
そして蒼崎はそれを逃さない。
「畳み掛けるぞ!構え!」
待機していた隊員達が吹き抜けの窓から一斉に銃を構える。望田は長年防衛軍が正式採用している89式5.56mm小銃を、加藤はベルギーの開発した汎用機関銃“ミニミ”を、加藤と同じく後部座席にいた東二等陸曹は大戦時に鹵獲したAK-47の派生であるAKMをそれぞれ構え、蒼崎の指示を待った。
「異世界人のみなさん派手にやらせてもらいますよ!」
蒼崎は左手を挙げ、そして追跡隊へとその左手を振り下ろした。
「撃てぇ!」
草原に乾いた銃声が鳴り響いた。
銃による一方的な暴力に当初の半数以下となった追跡隊は撤退を開始した。それを確認した蒼崎は「撃ち方やめ」と指示を出す。見れば望田は息が荒れ、大量の汗を流していた。
「そういえば望田は初めてか…」
望田は静かにうなずいた。人に当てずといっても銃口から発射された銃弾は撃った人間の意志とは関係なく銃口の先にいる者へと襲い掛かる。狙った獲物は逃がさない百発百中のスナイパーでもなければ銃弾が必ず狙った方向へと飛ぶとは限らない。そのため蒼崎達の掃射により少ない数の異世界人がその命を絶たれた。加藤は自身のミニミを置き、力み過ぎて引き金から離れなくなった望田の手を優しく外す。
「よく頑張った。とりあえず落ち着くまで座ってるんだ」
「す…すいません、なんか変な感じで……はは、情けないっすね自分」
「俺もそうだったさ…」
加藤に付き添われながら望田は後部座席に腰を下ろす。それと変わるように東二等陸曹は運転席に座る蒼崎へと耳打ちした。
「隊長、加藤と一緒に生き残ってるやつがいないか確認します」
「おう、頼むわ」
加藤と東を降ろし、蒼崎はそのまま横転した馬車へと向かった。
「あ、隊長!」
蒼崎達が馬車に着くと、二号車に搭乗していた唯一の女性軍人で衛生兵である華乃 守二等陸士が蒼崎へと近寄る。
「守ちゃん、何やってんの?」
“ちゃん”づけに対し露骨に嫌な顔を浮かべるも、蒼崎の質問に華乃は馬車へと指差す。そこには馬車を取り囲む二号車の面々とそれを威嚇する甲冑を纏った金髪の美女であった。
「救助したくてもあの人のせいでできないんです。あやうく切られかけました」
華乃は証拠でも見せたいのか切られて素肌を覗かせる袖を見せびらかす。
「そっか、異世界だから言葉も通じないわけだ」
蒼崎は腰に掛けていた9mm拳銃を華乃に預け、馬車へと近づく。華乃は武器も持たずに危険だと止めようとするが、蒼崎はそれを諌めた。
「お前らも銃を降ろせ。余計怖がらせちゃうだろうが」
馬車を囲んでいた岡本含め3名の隊員も渋々構えていた銃を降ろした。蒼崎はミレイナの間合いから少し離れたところで両手を上げた。武器を持っていないということを知らせるジェスチャーだ。
「こんにちは。僕たちは君を助けに来ました」
当然、ミレイナが言葉を理解できるわけがない。逆に剣を突き付け、さらに彼女を警戒させた。その姿に蒼崎の中で、ある景色がフラッシュバックする。大戦中、同盟国の要請を受けて中東へと赴いた時の記憶だ。空爆後、市街の偵察をしていた蒼崎は瓦礫のそばで倒れて動かない母親に寄り添う娘を見つけた。当然、救助しようと近づくのだが彼女は蒼崎に怒鳴ったのである。言葉はわからないが「近づくな!」という意思を蒼崎は感じ取った。その少女は敵意に満ちた瞳で蒼崎を睨みつけた。ミレイナの瞳も少女と同じであった。
「…っ!」
だから蒼崎は彼女の間合いに入った。ミレイナは警告するが無論、蒼崎もミレイナの言葉はわからない。騎士として得体のしれない者から王女を守るため、ミレイナは蒼崎目掛け剣を振るった。
「よっ!」
それを蒼崎は肘と膝で器用に挟んで止めてみせた。ミレイナは運が悪かった。疲労困憊であったことと足が折れて踏み込めなかったがために太刀筋が見切られたのだ。蒼崎は驚く彼女の隙をつき、剣を奪い去った。そしてミレイナの拾えない位置へと剣を投げ捨てた。
殺される
ミレイナはそう思った。なぜなら自分は目の前の男に剣を向けたのだ。相手は言葉も通じない相手、謝罪の仕様がない。いや、できたとしても許されるはずがない。そう思っていたからこそ、蒼崎が微笑みながら手を差し出してきたことにミレイナは再び驚くこととなった。
蒼崎は敵意を向ける少女へと近づき、そして殴られた。だが蒼崎は彼女の敵意を受け入れることで、再び少女に手を差し伸べたのである。相手を受け入れ、自分も受け入れてもらう。危ないやり方ではあったが、こうして蒼崎は言葉の通じない異国の人とコミュニケーションを取ってきたのだ。
「大丈夫…僕たちは敵じゃない」
もちろんミレイナは蒼崎の言葉はわからない。ただ蒼崎のその態度に敵意がないことを悟ったミレイナは気が抜けたのか意識を失った。
「守ちゃん応急処置して」
「えっ…あ、はい」
蒼崎と共に従軍経験のある岡本を除き、いつもだらだらしているだけの蒼崎を見てきた隊員達にとって今の蒼崎は別人に見えたのだった。
「流石は隊長だ」
「何言ってんすか岡さん。俺がビビりなの知ってるでしょ。やべ、足震えてきた」
「はは、そうでしたね」
蒼崎達はミレイナを華乃に任せ、馬車へと近づいた。横転した馬車の側面に乗って扉を開けようとするが、衝撃で歪んだのかビクともせず、蒼崎と岡本の2人がかりで扉を開けることになった。
「いくぞ〜…1、2の3!」
バカンッと勢いよく扉が開くというよりは外れた。蒼崎達は馬車の中を覗き込む。
「大丈夫ですか!怪我はあり…ま、せん………か?」
そこで蒼崎達は絶句することになった。それは初めて魔物娘と接触した瞬間でもあった。
初めに見たのがミレイナだったことが、蒼崎達に異世界人が人間と同じであると勘違いさせたのかもしれない。ミレイナも厳密に言えば人間ではない。デュラハンという魔物娘だ。容姿はほぼ人間と同じであるので見分けがつかないのは仕方がないのだが、馬車の中の3人を見せられた蒼崎達は凍りつくしかなかった。
一人はメイド服を着た14〜15くらいの少女で、手首は鳥種の羽毛で覆われ、足は同じく鳥種の鱗で覆われた脚をしていた。キキーモラと呼ばれる魔物である。
もう一人はマントしか着ていない歩く十八禁状態の少女で死人のように生気が感じられない蒼白した肌と、その腕には相当な年季の入った本、魔導書が握られていた。アンデットの一種、リッチである。
この二人は比較的人型に近い。だが最後の一人、ミレイナが忠誠を誓う王女はその姿形が人間とは根本的に異なっていた。
黒真珠のような艶やかな黒髪と無防備に晒すその寝顔だけなら、蒼崎達も微笑んでいただろう。しかし蒼崎達の顔は引きつっていた。彼女の髪の間からは二対の角が、鋭い爪や黒い鱗に覆われたその手足、そして人間には絶対ついていない翼竜のような翼と蜥蜴のような尻尾が生えていたのだ。彼女の名はティア・ナ・フィル・リヴェルタ・ドラゴン。かつてその力から《地上の王者》とまで言われた存在であるドラゴンであった。
15/02/26 02:00更新 / 汎用熊型決戦兵器 PANDA
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