おもちゃ好きの勇者様
自分が所属する騎士団の規律に『先輩は後輩の面倒を見ること』というものがある。
別にここに限らず、あらゆる組織でそういったことは行われているだろう。
だがこの騎士団においてその規律は明文化されており、新しい入団者は一人の先輩に付いて一年近くの間、武術や生活の指導を受けることとされている。
もちろん毎年山のように新人が入ってくるわけではないので、皆が皆が後輩の世話をするということはない。たいていにおいて面倒見が良い者や優れた腕前を持つ者を団長が選び、彼らに新人を任せるといった形になっている。
なので自分のように凡庸な一兵士なんかに将来有望な新人が預けられることなどない。そう思っていたのだが……。
冬の寒さも緩み日中は過ごしやすくなってきた季節、自分は団長室に呼び出されていた。
団長に直接叱責されるような不祥事をやらかした覚えはないし、褒められるような功績をあげた覚えもない。
呼び出しの理由に見当をつけられないまま入室した自分は、そこに二人の人物を認めた。
一人はこの部屋の主で、居て当然のハゲ騎士団長。もう一人は自分と同じくらいの年齢であろう少女だ。
結構いい歳いってて騎士団長という地位にもかかわらず結婚できていない団長。その原因であるハゲ頭はいつもと変わらぬ光沢で、彼の肉体は健康そのものだと示してくれる。
初めて目にした少女の方は童顔なわりに胸は豊かで、ツーテールの髪型が実に似合っていた。その美しさは自分の人生で目にした美女の中でも一二を争うほどだ。まあ、大して美女なんて見てないけど。
自分は団長の前まで進むと直立不動で出頭したことを告げた。団長はそれに『休め』と返してから単刀直入に要件を口にし始める。
その内容は寝耳に水なことに、新入りの団員である彼女を自分の後輩として付けるというもの。自分は動揺しつつ『なぜ自分が彼女の先輩に?』と訊き返すが、団長はそれを黙殺。そのせいでさらに自分は困惑する。
何しろ自分は平兵士の上に秀でたところなんて何もないのだ。
落ちこぼれとまでは思わないが頭脳や武術、人格人望に家柄まで含め、それら全てで上回る上位互換の者など何人もいる。
そういった者たちを差し置いて自分が選ばれるとはどういうことなのか。
先輩になるのが面倒くさいというわけではなく、純粋な不可解さから改めて団長に問うが、やはり答えてはくれない。
そして答える代わりに『彼女は勇者だ』とさらに混乱を加速させてくれる事実を教えてくれた。
この国において数十年ぶりの勇者がここ最近に誕生したという話は聞いてはいた。
だがその勇者様がこの騎士団にやってきて、なおかつ自分が面倒を見ることになるとか、いったいどんな運命のねじれがあったのやら。
辞退しようにも団長命令と言われれば断ることなどできず、自分はもう思考停止の状態で後輩となった勇者様とともに団長室を退出。
廊下に出て厚い木の扉を閉じたところで、自分は『初めまして』と頭を下げて丁寧にへりくだった挨拶をする。
彼女は新入りの後輩だが勇者様。それに対し自分は肩書なしの兵士なのだからこういった態度で当然だ。
そう自分は思ったのだが、挨拶された彼女はなぜか呆れたように鼻を鳴らした。
今の対応に何か間違いがあったかと顧みるが、ただ挨拶をしただけで心当たりは何もない。先ほどのように困惑が頭の中に浮かんでくるものの、それらしい答えが出てくる前に彼女の方が口を開いた。
「どーも、初めまして先輩。平々凡々なあなたに教わることなんて何もないでしょうけど、他の人たちがいる前ではちゃんと先輩の顔を立ててあげますから、そこは安心してくださいね。それでは一年近くよろしくお願いします」
幼い頃に抱いた、強く優しく美しい勇者像をぶち壊しにしてくれるセリフ。
彼女は呆れたような顔から、新しい悪戯を思いついた悪ガキのようなニヤニヤ笑いになり『これからよろしく』と頭を下げる。
自分は少し引きつった愛想笑いを浮かべて『これは手厳しいお言葉で…』と返すのが精々だ。
「でも事実でしょう? 先輩の評価教えてもらいましたけど、剣でも魔法でも私に教えられそうなことなんてないじゃないですか。生活の指導にしたって、私が先輩にする方が期待されるんじゃないですかね? 『少しは勇者様を見習えー』って感じに」
いくら相手が勇者といえどこうも馬鹿にされては看過できない。
まがりなりにも自分のほうが先輩なのだから、口の利き方にはある程度気をつけるようにと注意しておく。しかし彼女は改めはせず、こちらを軽んじた口ぶりで話し続ける。
「だから分かってますって。だれかれ構わずこんな態度取ってたら、いらない敵が大勢できてしまいますからね。こんな物言いするのは先輩しかいない時だけですよ。良かったですねえ先輩、勇者様が特別扱いしてくれるんですから喜んでもいいんですよ?」
いたぶって遊ぶのはお前だけだと言外にほめのかし、ククッと笑う後輩。
初対面から一時間も経たないうちにこうも悪意をぶつけられるとは、自分と彼女とは極端に相性が悪いのだろうか。
やはり自分たちを組ませるのは考え直した方がいいと団長に伝えるべきだろう。
そう考えて団長室の扉をノックしようとした手を後輩は掴んで止める。
「ちょっと何するつもりですか。私の面倒見ろっていうのは団長命令ですよ?
『彼女が気に入らないから別の人に回してください』なんて言うつもりですか?
ああ、情けない先輩なら言うかもしれませんね。でもそんな理由で命令を撤回してくれると思います?」
勝ち誇ったように言う後輩。
おそらくこいつは団長の前に出れば勇者様らしい態度を演じるだろう。そうなれば個人的な感情で命令を翻させようとするこっちが一方的に悪いと見られるだけだ。
もはや自分に逃げ場はない。そう自覚したら頭痛がしてきて、額を押さえてしまった。
「おや、急に頭に手をやってどうかしましたか先輩?
調子が悪いなら撫でてあげますよ」
掌で隠れて見えない後輩は、声に笑いをにじませて言う。そして『よしよし』とばかりに頭を撫でてきた。
はたから見れば心優しい勇者様かもしれないが、全部分かったうえでやっているこれはただの嫌がらせだ。彼女の手の感触を味わいながら、それなりに順調だった日常に暗雲が差し込めていくのを自分は感じた。
このようにして不可解な経緯を得つつ我が騎士団に入団してきた勇者様。
彼女は誰もが思ったように、瞬く間にこの騎士団の中心人物と化してしまった。
まず勇者というものはその肩書だけで大多数の人々から羨望と敬愛を向けられる。
そしてここは戦う人間が集まっている騎士団という組織であり、強くて頼りがいあることは信頼の対象だ。
さらに見た目が美しい少女で性格も心優しく誠実とあれば、これはもう皆に慕われない方がおかしいだろう。
個人的には彼女が仲間たちから尊敬の目で見られるのは構わないと思う。
人目があれば彼女もチクチクとした嫌がらせをしてこないので、どんどん慕われてくれといった感じだ。
だが先輩という名の勇者の世話係である自分を妬む者たちが現れてしまい、正直そちらの面で困ったことになっている。
訓練の時に彼らを相手にすれば腹いせのように本気でかかってくるし、会話をしてもしょっちゅう皮肉を挟んで嫌な気分にさせてくれる。
それを後輩に打ち明けて『もう少し自分と距離を置いてくれ』と頼んでみたものの、逆に彼女はよけいに自分について回るようになってしまった。
そのおかげでさらに妬む人間が増え…と悪循環になりつつある中、珍しく騎士団が出動する事態が起こった。
自分が生まれ育ったこの国は周辺と比べてかなり小さく力が弱い。
そういった国では民が魔物に襲われようとも、よほどの事態でない限りは騎士団を動かしたりはしない。数少ない優秀な人材の喪失や騎士団を動員する費用などを顧みて、放置した方が得策との結論に至ることが多いのである。
人々の心情を考えれば魔物の放置は悪手だと思うが、それを考えないからこその弱小国なのだろう。
そんな王と取り巻き達であるが、ここ最近になって周辺国でも希少な『勇者』という強力な駒が手に入った。
一騎当千の勇者がいるなら大規模に動員する必要はないし、魔物を相手にその力を知らしめれば周辺国への牽制になるとでも考えたのだろうか。
存在は知っていても放置していた魔物の集落。そこを標的とし『民を脅かしている魔物たちを退治しろ』との命が下ったのである。
出陣前の最後の夜。自分は部屋の中で座りの悪い椅子に腰かけ心を静めようとしていた。
訓練ならば散々に行ってきたが、実戦はこれが初めてなのだ。興奮や緊張、不安が渦巻きとても平静でいられない。
これは自分のみならず多くの仲間たちがそうだ。群雄割拠でもないこの地域では、騎士団といえど実戦経験のある者はとても少ない。
護国の騎士団だなんだと吹聴したところで、しょせんは張子の虎だな…と自虐していると、狭い自室にノックの音が響いた。
いったい誰だろう…と思いながら扉を開くと、そこには明日の主戦力たる後輩の姿。
彼女は招いていないのに扉の隙間から部屋の中に入り込み、パタンと閉じてしまった。
そして寝床の方にちらりと目をやるとクルリとこちらに向き直り口を開く。
「こんばんわ先輩。明日出陣だっていうのに思ったより平静なんですね。ベッドに潜ってガタガタ震えてる姿を見に来たんですけど」
いつものように後輩は言葉のジャブをかましてくるが、それはこちらを舐めすぎだ。
徴兵された一般人ではないのだし、前日に恐慌をきたすようでは兵としてやっていけない。そう口に出して言うと彼女は少し感心したように話す。
「ほうほう、最低限の覚悟はあったんですね。これは確かに私が舐めすぎました。謝りましょう、ええ」
普段と違い素直に謝罪の言葉を口にする後輩。何を企んでいるのか…と少し疑ったが、考えてみれば彼女も初の実戦だ。
勇者様と呼ばれ強大な力を持っていようが、まだ少女と呼ばれるような若輩者。強気な態度を取ってみせようと、不安や緊張は抑えきれないのだろう。
ここは先輩として少しは頼りがいの「私より二年ほど先に入団しただけで、腕前も実戦経験もない人が何を偉そうに語るんです?」
……やっぱり自分の思い違いだった。勇者様たる彼女には緊張や恐れなど微塵もないようだ。
だが不安の解消が目的でないとすると、何のためにこの部屋を訪れたのかが分からない。
「理由なら最初に言ったじゃないですか。先輩がガクブルする姿を眺めに来たんですよ。あては外れましたけど」
本当にそれが目的だったのか。
だったら目当ての物はなかったのだからもう帰ってほしい。
自分はそう伝えるが後輩はそれを無視すると、いきなり身を寄せて心の中を覗き込むように目を合わせてきた。
性格はともかく見た目は高品質な少女に急に近寄られて心臓がドキリとする。
「……恐慌はしないけど、恐いとは思っているんですね先輩。どんな魔物がいるかもわからない、不意の一撃であっさりやられてしまうかもしれない、積んできた訓練が本当に役立つか確信できない、自分は無事でも仲間がいなくなってしまうかもしれない、それらが恐い。
それと『万が一の場合は自分の身を犠牲にしても勇者を守れ』なんて命令にも納得できていないようですね。理屈は分かるけど、感情は受け入れられないってとこですか。
命令に逆らって私を見捨てでもしたら騎士団追放は確実。かといって命令通りに自分を犠牲にしたところで、兵士一人の犠牲なんて省みられない。できることは私に万が一が起こらないよう祈るだけ…と」
本当に心の中を読んでいるのではないかと思えるほどにピタリと心中を言い当てる後輩。
こうも見抜かれては誤魔化したところで仕方ない。罵詈雑言が返ってくることを覚悟の上で自分は不安や不満を全て彼女に打ち明ける。
幸い彼女は聞き手に徹してくれて、胸の内を吐き終わるまでは何も言ってこなかった。
「……ふーむ、先輩の不安はそんなものでしたか。いやあ、可愛いものですねえ、弱みをさらけ出して本音を吐いてくれる先輩は。
先輩気付いてます? なんかもう行き場のない子供がすがるような目をしてますよ? 『ボクを見捨てないでください勇者様』って感じの目です。
小さい子なら助けてあげてもいいんですけど、先輩は育ちすぎですねえ。ちょっと泣いてみます? 私の気が向くかもしれませんよ」
弱みを見せればやっぱりこうなるよな…と思うと自嘲の笑みが自然と浮かんでくる。
だが出せるものは全て出したおかげで、少しは気が楽になった。これなら睡眠をとることも可能だろう…と思ったら頬に濡れた感触がした。
「あ……本当に泣いちゃったんですか先輩。そこまで精神が弱ってたとは予想外です。
ええと…とりあえずいい歳なんですし泣き止みましょうよ。
大丈夫ですよ、明日はちゃんと皆無事で帰ってこれますって。何たって勇者様の私が同行するんですから。だから、ね? 涙を拭いてもう寝ましょう?
何だったら寝つくまで私がいてあげますから。じゃあランプ消しますよ? はい、お休みなさい」
こちらの涙を見た途端、後輩は急に慌てだして態度を丸くした。
なんだろう。いじめるのは好きだが泣かれるのは気が引けるとか、そういう性格傾向だったのだろうか。
彼女はこちらをベッドに押し込め明かりを消した。しかし部屋を出てはいかず、口にした通りすぐ傍にいる。
人前で涙を流したせいか、幼い頃に戻ったような心持ちの自分は毛布から手を差し出す。
暗くて表情は分からなかったが、彼女は何も言わずそれを握ってくれて、自分は落ち着いて眠りにつくことができた。
日が明けて遂に初の実戦となる日。
自分たちは隊長と後輩を中央に森の中を進軍していた。
情報によると今回攻める魔物の集落は『人間をバカにしているのか』と思えるほど人里に近い場所にあるらしい。
いままでの国の対応を鑑みれば侮られても仕方ないかもしれないが、そのせいで近隣住民は常に魔物の影に脅えているそうだ。
人々のために…なんて崇高な理由で騎士団に入ったわけではないが、彼らの不安を除ける結果を出したいとは思う。
しかし偵察のために先行していた者たちが戻ってきたとき、その未来は怪しいものとなった。集落に魔物の姿が見えないというのだ。
「……何があったんだこれ?」「魔物たち全員でお引っ越し……なんてわきゃねえよな」
「偵察した奴らは見て分かるような罠はないって言ってたけど…」
警戒しつつも大きな困惑を抱えて集落の中へ自分たちは踏み入った。
さほど大きい集落ではないが、簡素な住居群に自給自足のための畑、土むき出しの道路など風景自体は人間社会の村とさほど変わりない。
普通ならここで魔物たちに発見され戦闘に突入するのだろうが、人っ子一人いないため何の妨害もなく集落の奥へと自分たちは進んでいく。
そして中央広場らしき場所へ到達したところで、隊長から停止命令と新しい指示が出た。
「あー、お前たちも分かっていると思うが、この集落は明らかに様子がおかしい。魔物の気配が全く無いなんて異常だ。
よって調査のために隊を分散して探索を行う。二人一組で行動し、常に互いの存在を確認しながら調べろ。魔物を発見、もしくは何らかの異常に遭遇したら大声を出して周囲の者に知らせ、それを聞いた者は直ちに救援に向かえ。以上、各自行動せよ!」
魔物の気配が無いためか最低人数の組で広く早く調査しようと言う隊長。前日の緊張の反動で仲間たちも楽観視したのか、反対意見は出なかった。
当然ながら自分は後輩との組になり、魔物の住居に無断侵入し調べていく。
「ふむ、食料はほとんど置いてないのに生活用品はそのまま。これは引っ越しとは考えづらいですね」
鍵のかかっていない玄関扉から入り、こじんまりとした住居の中を一通り眺めた後輩の感想がこれ。
自分も引っ越しだなんて思わないが、食料だけ持って居なくなるなんてどういう事情だ?
まさか集落の住人全員でピクニックに出かけたわけでもあるまいし。
「んー、そうですねえ…………仮説なら思い浮かびましたけど、聞きたいです?」
『聞きたいか?』と問いかけてくる後輩。きっと『聞かせてください』という反応を期待しているのだろう。
『別に興味ない』と答えてもいいのだが、昨夜は精神的に助けられたし望み通りの反応を返してやろう。
「ほうほう、頭の回転が鈍くて何も思いつかない先輩は私の仮説を聞きたいとおっしゃるわけですか。ええいいでしょう。勇者様たる私が真実に近いかもしれない仮説を披露してあげますよ」
自分の頭が鈍いのは自覚しているが、わざわざ言わなくてもいいだろうが。やはりこの勇者様には下手に優しくしないほうが良かった。
そう思って苦い表情を浮かべる自分に後輩はニヤニヤと笑いながら語る。
「あまり大きい声では言えませんけど、この不可解な状況は『裏切り者』の存在で説明できます。
討伐の命が下されてから今日実行するまで日取りはそれなりにありましたよね? 裏切り者が魔物に情報を流すには十分すぎると思いません? 魔物たちが迎撃でなく逃亡を選んだのは、私という勇者の存在を知って脅威と感じたから。
それに集落のどの家にも鍵がかかってないようですけど、それは調査のために扉や窓を壊されたりしたら修理が面倒だからじゃないですかね。
私たちはここを占領しに来たわけじゃないですし、撤退したら魔物たちは戻ってきてまた同じ生活を送るんじゃないでしょうか」
一見筋が通っているようにも聞こえる後輩の仮説。
しかし証拠なんて一切ないし、裏切り者の存在を前提とする時点でかなりの無理がある。
ただの思い付きを今の状況に都合よく当てはめただけにしか聞こえない。
そう言い返してやると、彼女はムッとした顔になって拗ねたような声を出した。
「へー、そうですか。それなら先輩は証拠があって、もっと信憑性が高い仮説を展開してくれるんですねー。早く聞かせてくださいよ、鈍すぎて止まっているようにしか見えない頭で考えたご立派な説を」
なんで穴だらけの仮説に突っ込んだだけで、こちらも自前の説を披露しなければならんのか。そもそも仮説なんて立てられるほどの材料もないというのに。
自分はため息を吐いて玄関扉から外へ出る。そしてその時。
「ヒャッハー! イキの良い男ゲットだぜ!」
柵など存在せず、集落の端では家と隣り合うように存在している森。
その木々の向こう側から、猫がネズミに飛びかかるような俊敏さで魔物が自分に飛びついてきた。
「なっ…!? 魔物がなんで!?」
勇者たる彼女でも気配を察知できなかったのか、あり得ないものを見たように驚く後輩。
その硬直のスキに緑肌の魔物はこちらの首根っこを片手で掴み、バッタが跳ねるように森の中へ逃げ込もうとする。
「ハッ! こそこそ隠れるだけなんてアタシの性に合わないっての! せめて土産の一つくらいは持ってかなきゃなあ!」
後輩の仮説は一部的中していたのか、魔物たちは一時的に退避しているだけのようだった。だが血気盛んなこの魔物は『一矢報いねば気が済まん!』とばかりに集落へ戻ってきたのだろう。
そして手近な人間である自分に目をつけ、拉致しようと行動を起こしてきた。
このまま連れ去られたら自分はいったいどうなってしまうのか。
助けを求めるように後輩の方を見ると、彼女はすでに剣を抜き放っていた。
「このっ…! 他人の物をなに勝手に持ってこうとしてんですかっ!」
叫びとともに空を薙ぐ剣。そこから三ヶ月状の魔力の斬撃が放たれこちらへ飛んでくる。
自分ならば後先考えずに身を投げ出して避けられるかどうかという速度の斬撃。
剛力の魔物といえど大の男一人抱えたたまま回避するのは無理なのか、緑肌の魔物は自分を手放して飛び退る。
「テメッ…! そっちこそ他人の獲物を横取り「消えろ! 先輩に近づくな!」
魔物の言葉を遮って連射される斬撃。
それは魔物に命中させることより自分との距離を遠ざける目的で放たれたもののようであり、曲芸師のような身のこなしで魔物が回避しきった時にはかなり距離が離れていた。
そして広がった間合いに後輩は滑り込むように割り込むと、自分を庇うように前に立つ。
魔物は自分を拉致することは不可能と判断したのか、舌打ちを残すと森の奥深くへと退却していった。
それを認めたことで彼女は安堵したように息を吐き剣を鞘に納める。
「ふぅ……まさか魔物が単独で襲ってくるとは思いませんでした。先輩は無事ですか? 怪我とかしてません?」
魔物に襲われた直後とあってか後輩の声は優しい。彼女が心配するような怪我などはないが、心臓はバクバクと激しく打っている。
……今のは本当に危機一髪だった。もし彼女と組んでいなかったら、あるいは彼女が判断を間違えていたら自分はあのまま連れ去られていただろう。
命の瀬戸際にあったという実感が今になって湧いてきて、手がブルブルと震えだす。
「ああいう手合いが他にもいるかもしれませんし、ここはいったん集合するよう皆に伝えましょう。行きますよ先輩。震わせるのは手だけにして、ちゃんと歩いてくださいね」
後輩はそう言うといまだに震えるこちらの手を握り、先導するように広場の方へ歩いていく。
勇者様とはいえ女に手を引かれるのはみっともなく思えるが、自分を救ってくれた彼女の手の感触は幾ばくかの安心をもたらしてくれた。
このようにして討伐部隊は集落を調べ帰還したのだが、今回の討伐で挙げた魔物の首はなんとゼロ。遭遇したのも自分に襲いかかってきたあの魔物だけであり、他の連中は姿さえ見なかったという。
戦果と呼べるものは皆無という結果に終わってしまったが、それでは外聞が悪いためか『勇者様の威光の前に魔物たちは戦わずして逃げ去った』という形で公表された。
それを知った街の人々は『さすがは勇者様だ』と後輩を褒め称えるが、集落近くの人々が魔物の脅威にさらされているのは何も変わっていない。
彼女自身も捏造同然の発表をされて思うところがあるようで『自慢することでも称えられることでもない』と口にしているが、それさえも謙遜と受け取られている。
真実を知っているのは国の上層部と騎士団員だけだ。しかもこの内容を他国に宣伝し、滅んでしまったどこぞの国のように彼女を貸し出そうとしているという噂まである。
そんな風にこの国の未来に悲観的なものしか浮かばない世情の中、自分に久しぶりの休暇が訪れることとなった。
何をするでもなくただ体を休めよう…と自分は考えたが、同じように休暇を得た後輩が『観劇のエスコートをしろ』などと言い出して、街へと繰り出すことになってしまった。
「……先輩、正装しろとは言いませんけど、もう少しまともな服はなかったんですか? 劇場に行くとなれば、普通の人は一張羅を着たりしておめかしするものなんですけど?」
朝出会って開口一番にこの言葉。
観劇の趣味なんてない一兵士に何を期待しているんだ彼女は。こんな自分と連れ添って歩くのが嫌なら一人で観に行けばいいのに。そう言うと彼女は頭を振って物知らずを見下すような目で話す。
「あのですねえ、一般的には一人寂しく観劇する方がよっぽど恥ずかしいんですよ。だから私は誘ったんです。無知で常識のない先輩はそんなこと全然分からなかったみたいですけど。…まあいいです、その格好でも。一人で劇場行くより十倍ぐらいマシですから」
仕方なく妥協したといった感じに言う後輩。
彼女がそうも言うとは、連れ添いもなく一人で劇を観るのはそんなに非常識だったのか。
とはいえ、興味のまるでない分野なら常識がないのも仕方ないだろうし、そうまで責められるいわれはないと思う。
「ああ、そうですね。気になる女性の一人や二人いればすぐ得られる知識ですけど、これまでの人生で女っ気ゼロの先輩は知らなくても仕方ないですね。すみませんでした、私の配慮が足りなくて」
そう言って後輩はペコリと頭を下げる。
自分の女性関係なんて話したことはないが、彼女にはまるでお見通しだったようだ。
これ以上反論するとさらに藪蛇になりそうなので言いたいことを飲んで劇場へ向かおうとするが、動こうとした足を彼女は止める。
「あ、劇場行ってもまだ時間早いですよ。始まるのは昼前ぐらいからですから」
『なら何で数時間も早く待ち合わせしたんだ』と彼女に文句を言う自分。
彼女はそれに『暇つぶしのお供に』と答えた。これまでの自分の扱いを省みるに納得のいくセリフ。
もう仕方ないと諦めの境地に至り、自分は彼女と一緒に街中をうろつくことになった。
国力に比例するかのように昔と比べて活気が減った気がする大通り。
後輩は服飾や装飾品の店を回っては自分に見せつけ、似合ってるかどうかと訊いてくる。
元の素材が良いのだから何を着ても似合うと思うのだが、同じ答えを返すことしかできない自分に彼女はやがて不満を訴えだす。
そうなってからは店に入ることもせず、時間まで街路の様子を眺めながら歩くだけとなった。
そして劇の時間が近づき早い人間は昼食を口にし始めるころ、彼女は一つの露店を目にし指さす。
「歩いてたらちょっと小腹が空きましたねえ。先輩、アレ買ってくださいよアレ」
彼女が言うアレとは芋と魚を油で揚げた軽食だ。劇が始まれば飲食できないから、先に腹ごしらえをしておこうというのだろう。
だがなぜ自分が奢らねばならないのか。食べたければ自腹で買えという話だ。
「いえ、そこは先輩としての威厳とか、男の見栄とかあるじゃないですか。そういう何かで買ってやろうって気になりません?」
そう彼女は口にするが、いまさら見栄も威厳もあったものではない。
そもそも自分はただでさえな薄給な上に、両親への仕送りもしているのだ。可能な限り不要な出費は控えたい。
自分がそう言うと彼女は憐れむ目つきになり、己の財布で揚げ物を買い戻ってきた。二袋持って。
「どーぞ。極貧生活で飢えている先輩のために勇者様が買ってきてあげましたよ。
この先一生感謝して、服を汚さない程度に貪りついてくださいな」
食費が浮いた、やったぜ。現金なことに自分はそんな風に考え、本心からありがたく袋を受け取った。
劇が上演される劇場はこの国に不釣り合いと思える程度には立派だ。
というのも何代も前の王の時代、この国がまだ多少は勢力を保っていた時代に建てられたものだからだ。当時の王はお気に入りの演劇を鑑賞するために何度も足を運んだという。
そんなご立派な歴史を持つ劇場で、自分は後輩とともに上演される劇を観る。
劇の内容はまだ幼い貴族の女の子がこっそりと家出し、身分の低い同い年の男の子と出会うところから始まる。
家を出たはいいが行く先のない女の子を男の子は家にかくまい仲良くなるが、しょせんは子供の浅知恵でさほどせず大人たちに発覚。女の子は屋敷へ連れ戻されることとなり、男の子とはお別れ。
しかし一部の心優しい使用人たちによって、手紙のやり取りだけはすることができるようになる。
幾年もの年月を経て手紙越しに仲良くなっていく子供たち。
やがて二人が大人になろうかという頃に、少女への縁談が舞い込む。
それを知った少年はあらゆる手を尽くして少女に出会い、一緒に国を出ようと誘う。
だが少女はそんなことをしては一族も少年の家族も悲惨な末路を辿ると分かっており、それを断って政略結婚の相手へ嫁いでいく。
『私の心はずっとあなたの物です』とだけ残して。
初めて観た劇なのにどこか既視感を感じないでもなかったが、身分違いの恋は悲劇の題材としてありがちだからそのせいかと思う。
それに役者たちの演技は悪くなかったし、ラストシーンなどは心にくるものがあった。
何度か観たと言っていた後輩も真剣な顔で舞台を見つめていて、この物語が好きなんだろうなと思わせてくれる。
彼女は喜劇の方が好みかと思っていたが、こういった悲劇も琴線に響くものだったのか。
まあ、そんなことを知ったからどうだということもないのだが。
上演が終わり劇場を後にした自分たちは連れ添って宿舎へと帰る。
出るときは別々で待ち合わせをしたのに戻るときは一緒とか理屈が分からないが、いまさら分かれる必要もないしまあいいだろう。
けなげな貴族の少女の気分に浸っているのか、後輩もあまりチクチクせずおとなしくしているし。そんなことを思っていると不意に彼女は話しかけてきた。
「ねえ、先輩。もし先輩が少年の役だったら、同じことができると思いますか? 何年も手紙だけで想い続けて、愛する人のために国も家族も全部捨てるなんてマネできます?」
興味本位というにはどこか重い感じがする声。軽く『できる』『できない』なんて答えてはいけない気がする。
しかし自分には国や家族と秤にかけられるような相手はいないので答えの出しようがない。よって『分からない』としか答えられなかった。
「……そうですか。やっぱりそうですよね。人間、実際にそうなってみなければ、どう決断するかなんて分からないですよねー」
失望したように鼻息を出し、呆れた目を向けてくる後輩。
しょせんは作り話なのにそんな視線をするということは、よっぽど感情移入していたのだろう。少し悪い気がした自分は『でしたら僕と一緒に国を出ましょう!』と大げさに劇中のセリフを口にしてみる。
彼女も乗り気になってくれたのか、寂しげな微笑みを浮かべて言葉を発した。
「まあ、嬉しいですわ貴方! そうと決まればさっさとこの国を出ましょう! こんな家どうなっても構いませんもの! ああでも少しだけお待ちくださいな、愛しいお方。私たちが幸せに暮らせるよう、ありったけの財産を持ち出しますから!」
悲劇を見事にぶち壊しにしてくれるセリフ。やっぱり彼女は喜劇の方が好きなんじゃないだろうか?
後輩がやってきて一年近く。
そろそろ先輩としての役目も終わりかというころ、突如異変が起こった。
真昼間だというのに黄昏時のような暗さ。それでいて窓から空を見上げれば、雲一つない空に弱った光を放つ太陽が浮かんでいる。
まるで話に聞いた魔界のようではないかと思っていると、建物のあちこちから同時多発的に悲鳴が響き始めた。
それらの悲鳴はそろって一つの単語を含んでいた。『魔物』と。
いくら魔物といえど、こんな街のど真ん中に前触れもなく突然現れるとは考えづらい。
そう常識的な思考が走るも、事実として騎士団本部…いや、この街は襲撃を受けているようだ。原因解明は後にするとして速やかに戦いの準備を整えねば。
自分はまず最高責任者である団長の指示を仰ごうと、団長室までの道を大急ぎで走る。
その最中に通り過ぎる扉の向こうから仲間の悲鳴が何度も聞こえたが、自分一人で助け出せる可能性は低い。自分は見殺しにすることを心の中で謝りながら駆け、厚い木の扉を乱暴に開いて椅子に座っている団長に敵襲を告げる。
言われなくてももう既に理解しているであろう団長は努めて冷静に言葉を発した。
「まあそう慌てるな。まず落ち着かねば何事も始められんぞ」
いつも通りの健康的ハゲ頭の団長は落ち着きすぎる様子で息を切らすこちらに話を向けた。それを不審に思うと、彼は戦闘の指示もせずまるで場違いなことを言い出す。
「そうだ、ちょうどいい機会だからお前に紹介してやろう。こんな俺だがな、実はずいぶん前に嫁ができてたんだよ!」
あまりにもてなさ過ぎてついに気が狂ったのか? なんて考えていると青肌の悪魔が虚空から現れ、団長にしなだれかかる。
その悪魔はこちらにチラリとだけ視線を動かすとすぐ団長に目を向け、微笑して彼に語り掛けた。
「誰が嫁ですって? 奴隷の分際で調子に乗ってるんじゃないわよこのハゲ。言うなら『私のご主人様です』でしょう? いつかみたいに三日三晩抜かずに犯されたいのかしら?」
言葉は辛辣なものの、団長のハゲ頭を悪魔は愛おしむように撫でる。そして彼は罵倒されて憤るどころか、それを期待するかのように溶けた笑みを浮かべた。
これらのやり取りで自分は思い出す。後輩がいつか口にした裏切り者の話を。
彼女が思い付きで言ったあの説は的を射ており、討伐が空振りに終わったのも街中に突然魔物が出現したのも、全てはこの男が手引きしていたのだ。
もはやこんなハゲ野郎に指示を仰ぐことなどできない。団長がダメならばあとはもう勇者たる後輩だけだ。勇者様が健在ならばハゲが裏切っていても、まだ彼女を軸として反攻ができる。
自分はイチャつき始めた二人から逃げるように団長室から飛び出した。
そして何処にいるかも分からない彼女を探すために「ああ良かった、無事でしたか先輩」
探すまでもなく背後から聞こえてきた後輩の声。
彼女が無事だったと分かった自分はいくばくかの安堵を得て振り向き−−−身も心も固まった。
見慣れたツーテールに美しい童顔、肉付きの良い体は別にいい。
だがくくった二つの髪の隣に生えている角は、腰の後ろから生えている皮膜の翼は、先端が矢印のように尖ったうねる尾は。
「ああ、この格好ですか? ちょっとイメチェンしてみようと思いまして。どうです? 似合ってますか先輩?」
彼女はそう言うと乳房の先端しか隠していない胸の下で腕を組み、体にぴっちりと張り付いてほぼ透けているレオタードを見せつけてきた。
そしていつも自分にするようにクスクスと笑い声をこぼす。
自分は目の前の光景が信じられないと脳内で否定するが、魔物への恐れからか無意識のうちに腰に下げた剣を抜いていた。
「なんです先輩? まさか可愛い後輩に剣を向けようってわけじゃないですよねえ? サキュバスになったくらいで」
サキュバスという魔物の代表格の名が耳に刺さる。もう彼女は手遅れなのだろうか。
己が人間でなくなったことを悲観するどころか、戸惑ってさえいないのだから。
自分は今まで繰り返してきた訓練同様に剣を構える。しかし腕はブルブルと震えていて、まともに振ることができるかも怪しい。
「剣を構えてもそんなに震えてちゃ格好つかないですよ先輩。でもなんでそんなに震えてるんですかねえ? 勇者様には勝てないって絶望してるんです? それとも正真正銘の初実戦で戦うのが恐いから?」
からかうように言う後輩。答えはその両方だ。
ただでさえ強い勇者が魔物になることでさらに能力が向上しており、それに対する自分は真剣で戦うのはこれが初めてというありさま。
力量差に絶望し、確定的な敗北に恐怖を感じないわけがない。
「ふーん、そうですか。だったら降参したらどうです? 剣を捨てて投降するなら、私も他の魔物も先輩にひどいことなんてしませんよ。
それどころか、とっても気持ち良いことをしてあげちゃったりもします」
後輩はそう言うと胸元に手を当て、パチッと留め具を外すような音をさせる。
するとかろうじて胸を隠していた小さい布がはらりと下に垂れ、二つの乳房がむき出しになった。
彼女は胸を持ち上げるように腕を組んで強調し、こちらの視線を誘導してくる。
「先輩、私知ってるんですよ? 私がちょっと汗かいて胸元をパタパタした時とか、谷間をチラ見してましたよね。誤魔化しても無駄ですよ。だって目をそらすタイミングが明らかに遅いんですもの」
バレてないと思ったことがバレていた。言い訳などできようもなく自分は『うっ…』と言葉を詰まらせる。
そしてどんな罵倒が飛び出すのかと身構えるが、彼女は責めることをしなかった。
「まあ、女っ気のない先輩があまりに可愛そうだったんで見逃してあげてたんですけど、今なら別ですよ。谷間どころか私のおっぱい全部を堂々と見ていいんです。さらに見るだけじゃなくて、触ってもいいんですよ。ほら」
凄まじきはサキュバスの誘惑というべきか、自分は震える手からついに剣を落としてしまった。そして空いた手を躊躇いつつもゆっくりと彼女の胸へと伸ばしてしまう。
しかし彼女はフンッと鼻で笑うとこちらの右手を掴んで、自らの左胸にギュッと押し付けてきた。
熱を持ちながら柔らかくて指が沈む乳房の感触。自分が彼女の胸をわしづかみにしているというのが信じられない。
「どうです、大きくて柔らかいでしょう私のおっぱい。もっともっと触りたくありません? 先輩が降伏すれば好きなだけ触らせてあげてもいいんですよ? あとそれ以外にこっちの方も私が弄ってあげます」
彼女はそう言うとこちらの股間に右手を伸ばし、すでに硬くなっている男性器をズボンの上からそっと撫でた。間に布が挟まっているというのに、直に触れられたような快感が走りザワリと鳥肌が立つ。
彼女は楽しげに目を細めるとこちらの右腕をつかんでいた手を離し、ズボンのボタンを外して勃起した男性器を取り出してしまった。
そしてしゃがみ込むと顔の前で男性器を握り、娼婦のように手を動かし始める。
「サキュバスになったせいか分かるんですけど、こうやってちんぽをこすると男の人は気持ち良いんですよね。それと口に含んで舐め回すのもいいんでしたっけ? 光栄に思ってくださいよ先輩、勇者様が跪いておしっこの出る汚いところを舐め回してあげるっていうんですから」
そう言うや否や彼女は男性器の先端を口に含み、舌でその先端を舐め始める。
その刺激の強さは軽く手を動かしていただけの時とは全く違い、快感の度合いが桁違いに跳ね上がった。
「んむっ……んっ…。ぷっ…れぉ……」
男性器を深くほおばり熱くぬめる舌で嘗め回す後輩。
こぼれる唾液は男性器を根元まで濡らし、手を動かすたびにクチュクチュと音を立てる。
視覚、聴覚、触覚で三重に快感を与えられてそう我慢できるはずもなく、速やかに射精感がこみ上げてきた。
また自分に跪く後輩という普段の力関係ではまずありえないその姿。
それに優越感を感じた自分は精液を飲ませてやりたいとの思いが浮かんできて、彼女の頭を押さえて口の中に精液を放ってしまう。
「んぶっ…! むー! おむむっ!」
いきなり口の中に液体を注がれた彼女は眼を見開くが、こぼす様なことはせずそのまま受け止める。しかし飲み下すことはせず頬を膨らませて溜め込んでいるようだ。
そして男性器から口を離すと水をすくう様に両手を合わせ、そこにベッと吐き出した。
彼女はその姿勢のまま文句ありげな目で見上げてくる。
「先輩…いま飲ませようとしましたよね。こんなに黄ばんで、ドロドロで、臭っさい体液を私に飲ませようとしましたよね?
なに図に乗ってるんです? 私がサキュバスになったからって、先輩のちんぽから出た物を無条件で飲むと思ったんですか?」
実のところ、サキュバスなんだから飲むと思っていた。だが彼女はそれを拒否し『分かってない』と態度で示す。
「勘違いしないでくださいよ先輩。私たちは敵同士なんですからね。ちょっとサービスしてあげましたけど、これ以上やってあげる気はありません。ここから先をしたいなら私を叩きのめして犯すなり、負けを認めて慈悲を乞うなりしてください」
その言葉でハッと我に返る。そうだった。彼女はもはやサキュバスであり、自分は兵卒とはいえ騎士団の一員なのだ。
勝てないから逃げるというのならともかく、淫行にふけっていい相手ではない。
「どうします先輩? 玉砕覚悟で私に挑みますか? それとも『まいった』って言って私に可愛がってもらいたいですか? ああ、逃げたいなら別にそうしても構いませんよ。安全な逃げ場があるかは知りませんけどね」
街中が襲われているこの状況。どこへ行こうとも魔物から逃れることは不可能だろう。
かといって後輩相手に挑んだところで勝算は……。ダメだ、もう詰んでいる。どうしようもない。
自分が浮かべた表情から諦観を読み取ったのか、彼女はニヤニヤ笑いをし始めた。
「さあさあ道を選んでください先輩。誇り高き騎士団の一員として玉砕し、名もなき英雄になります? それとも敗北を認め、人類の裏切り者としてサキュバスの私とまぐわうのがお望みですか?
私はあまり気が長くないですから、早く決めないと勝手に選んじゃいますよ?」
さっさと道を決めろと迫る後輩。だが一兵士が玉砕した程度で英雄視されるわけがない。
仮に英雄として名が残るとしても殉職してまでなりたくない。それなら彼女に降伏する方がずっとマシだ。
…………そうだ。彼女はサキュバスになってしまったが、誰もが憧れる勇者様だった。
自分のような一兵士では肌を盗み見るのが精々な高嶺の花なのだ。そんな彼女が当たり前の負けを認めるだけで交わってくれる。
それがいい。そうしよう。それしかない。
頭の中で欲望が転がる雪玉のように膨らんでいき、彼女に迎合することこそが正しいと思えてくる。いや、それが正しいのだ。
彼女の肉体を味わうことができるのなら、それ以外にどれほどの価値があるというのか。
自分は跪いたままの後輩に降伏を告げる。すると彼女は予想通りといった笑い声をあげた。
「あははっ! やっぱり負けを認めますか! そんなに私に可愛がってほしいんですか!
いいですねえ、人類を裏切ってまで私と気持ち良いことがしたいとか、最低すぎてとっても素敵です!」
彼女の口からはっきり裏切り者呼ばわりされ罪悪感を覚えたが、それは本当に僅かなもの。
そんなものより彼女にもっと気持ち良くしてもらいたい。選択肢を突き付けたのは彼女なのだから、言ったことは守ってもらわないと。
「ええ、もちろんですよ。私は嘘つきじゃないですから、ちゃんと先輩を良くしてあげます。先輩が勝手に飲ませようとした臭くて色の濃いこの汁も、私の胃の中に入れてあげますよ」
彼女はそう言うと掌に吐き出した精液を再び口に含み、今度こそ飲み下す。
小便をする器官と同じところから出てきたものを彼女が飲んだということに、どこか倒錯した興奮を覚えた。
「はい、飲みました。これで先輩の精液は消化されて私の一部になっちゃうわけですね。あーあ、生まれてこのかた清らかに保ってきた体が汚れちゃいましたよ、先輩のせいで」
粘り気さえ残さないというように己の手を舐めながら言う後輩。
しかしその口調は嫌悪感を全く感じさせず、むしろ彼女自身の内なる興奮をのぞかせてくれた。
彼女は手を清め終わるとこちらのベルトに手をかけ、ズボンと下着を床へと落とす。
そして張り付き透けている己のレオタードに爪を立てると、邪魔だと言わんばかりにビリッと裂いてしまった。
ほぼ裸マントの姿になった彼女は背後に垂れる布まで床に落とすと、尻の下に敷いて股を開く。しっとりと濡れた陰毛に飾られた女性器の穴が丸見えになり、こちらの男性器がさらに硬くなる。
「ほーら、これが私のスケベ穴ですよ。ここにちんぽ突っ込んで引っかき回せばとっても気持ち良くなれます。本来なら先輩程度の人間が見られるような場所じゃないんですから、優しい私に感謝してくださいね?」
彼女の言う通り、自分程度の地位では目にする機会など決してなかったであろう肉穴。
だが負けを認めた今の自分はその穴を男性器で埋めてしまっても許されるのだ。
早く彼女と繋がりたい自分は床に膝をつくと男性器を穴に当て一気に押し込む。
「あはっ! ついにちんぽ突っ込んじゃいましたねえ、サキュバスのスケベ穴に! これはもう言いわけできませんねえ! 教団の人が見たら問答無用で処刑ものですよ先輩! まあ、命かけても私と交わりたいってとこは褒めてあげますけどっ!」
哄笑しながら後戻りできない罪人になったことを突き付けてくる後輩。だが自分にとっては罪も罰ももうどうでもいい。
深く男性器を咥えこみ、締め付けて快感を与えてくるこの穴。その持ち主である彼女さえいればそれで満足だ。
自分はそう伝え腰を動かし始める。幸い一度射精しているので、すぐに二発目が出るようなことはなかった。
「それって告白ですか? スケベ穴が気持ち良すぎて、私のことが好きになっちゃったんですか? 今までさんざんバカにされてたのにちんぽ入れただけで好きになっちゃうとか、本当に単純ですねえ先輩は!」
サキュバスと人間では快楽への耐性が違うのか、吐く息を熱くしながらも後輩は喋り続ける。
確かにこき下ろされてきたのは事実であるが、優しくしてくれたり救ってくれたりしたこともあったのだ。その時の彼女は本当に勇者様のように感じられ、感謝と好意を抱くことができた。
そして今も何だかんだ言って自分を受け入れ、気持ち良くしてくれている。こんな女性を好きになることの何がおかしいのだろうか。
「え、いや、そんな風に真面目に告白されても困るっていうか……。私のスケベ穴が気に入っただけなら、色々いじって遊べたんですけど…」
本気の告白を口にされた後輩は戸惑ったように視線をさまよわせる。どうやら彼女は好意を直接ぶつけられるのには弱いようだ。
ならば褒め殺しで今までの仕返しを…なんてことはやらない。後が恐いから。
ただそれでも今の想いを口にすることは許されるだろう。自分はそう考えながら腰を動かし、彼女の肉体から快楽を受け取り続ける。
「ちょっと! そんな『好き』って何度も言わないでくださいよぉ! 先輩のことをもっと好きになっちゃうじゃないですか! まったく、嬉しすぎてスケベ穴がどんどん締まっちゃってますよ! 二度と先輩のちんぽを離さなくなってもいいんですか!?」
彼女の言う通り、女性器の締め付けの強さは徐々に高まっている。その理由が告白を喜んでくれたことだというなら自分たちは両思いだ。
自分のようなとりえもない下っ端兵士が勇者様と両想い。嬉しさのあまりに男性器の前後運動がより激しくなる。
「あっ、先輩、この動きけっこう気持ち良いですっ! 孕み袋の入り口まで当たっちゃって! 先輩も気持ち良いですよね!? ほら、私のスケベ穴もっとほじくってくださいよ! サキュバス勇者のスケベ穴をもっともっと味わってくださいねっ!」
彼女も快感が高まっているらしく、話す声が高くなった。だがこちらはもう言葉を発する余裕さえない。
体の中にまだ残っていた精液が男性器の中を進み、今にも放たれようとしているのだ。
「あ、もう限界ですか? さっきみたいに何日溜め込んだか分からない臭くてドロドロの精液を私の中に注ぐんですか? そんなことして汚された私のスケベ穴なんて、もう先輩しか使えなくなっちゃいますよ? ちゃんと責任とってくれるんですよね?」
そう言って挑発的に笑う後輩。責任という単語の意味がもう分からないが、彼女が何かを望むならそうしてやろうとは思う。
話せない自分は首を縦に振り、彼女に肯定の意を返す。すると彼女は実に嬉しそうにした。
「肯きましたね!? 責任とるって首を振りましたよね!? じゃあもう先輩は私の奴隷決定です! これからは私が満足するまで遊んで、可愛がって、交わるのがお仕事の奴隷になるんですよっ!」
奴隷とは何か。従者の類似品だろうか。勇者様の従者にしてもらえるとはなんて光栄だろう。
思考できない頭の中に断片のように浮かぶイメージ。そしてそれらを押し流す様に射精の快感が全てをさらっていった。
「来た来た! 先輩の精液が来ましたよっ! 二回目なのにこんな多いだなんて、よっぽどご無沙汰だったんですね! …って、スケベ穴に入りきらなくて孕み袋まで来てるじゃないですかっ! こんな古臭い精液で私を孕ませようっていうんですか!?
まったくふざけた先輩ですねっ! これからは精液溜め込む暇なんてあげませんからねっ!?」
なにが気に入らないのか、彼女は少し不満げに射精を受け止める。しかし精を放っている自分にはその理由がわからず、脳に満ちる快感にただ溺れるだけだ。
「んっ…! まだ、出てるっ…! こんなに孕み袋に溜まったら、本当に妊娠しそうですね…! ああでも、娘と一緒に先輩で遊ぶのも………あはっ!」
初めこそ不満そうだった彼女だが、最後には蕩けた顔になった。
それで自分だけでなく彼女も満足できたのだと悟り嬉しくなる。
後輩は男性器を口にし精液を含んでいたが、そんなことは気にせず熱い息を吐く唇に口づけをした。
すると彼女の側から舌を伸ばしてきて、こちらの口内に侵入したかと思うと舌を絡めてくる。彼女の唾液は生臭さなど一切感じさせず、少し甘く感じられた。
頭の中がすっかり快楽漬けになっていた自分だが、二度も精を放った上に時間が経てば賢者のごとき知性も戻る。自分は教団の禁を完全に破って、サキュバス相手にやらかしてしまったのだ。こんなことが知られたら本当に処刑されかねない。
隠し通すにしても「なに寝ぼけたこと言ってるんですか」
今後について頭を抱えていた自分。それに呆れた声で言うのはサキュバス勇者と化した後輩。彼女は周囲を示す様に両腕を広げて語る。
「この街…というか国が陥落寸前ってこと忘れてるんですか? いったい誰が先輩を処刑するっていうんです? そもそもに私に降伏してるのに、解放されて教団側に戻れるとか本気で考えてるんですか?」
……そうだった。自分は己の身の可愛さと性欲に負けて魔物側に投降してしまったのだった。
これから自分がどうなるかは彼女の機嫌次第。手荒なことをされないよう願うのみだ。
どうかお手柔らかに…と捕虜になった自分は彼女にへりくだる。彼女はそんな自分に嫌な笑みを浮かべて話す。
「いやあ、どうしましょうかねえ。これから先輩を自由にいじれるかと思うと胸がワクワクして止まりませんよ。気絶するまで犯してもいいですし、奴隷調教するのも面白そうですね。あ、おもちゃを壊して遊ぶ趣味はないのでそこは安心してくださいな」
全くもって安心できない発言に自分は顔を引きつらせてしまう。彼女が近寄りこちらの手を取っただけで、ビクッと肩を跳ねさせてしまった。
その反応に彼女は苦笑いを返すと、手を引いてすぐそこにある団長室の扉を開いて中に入る。
部屋を出る前、最後に見たときはイチャついていた団長と青肌の悪魔。
自分が後輩と廊下でまぐわっていた間に彼らもやることをやっていたのか、悪魔は全裸姿で汗にまみれており、団長は気持ち悪い涅槃顔をさらしていた。
悪魔は入室した自分たちに気がつくと後輩に笑顔を向け『やったみたいじゃない』と言う。それに彼女は軽く頭を下げて返した。
「ええ、あなたのおかげです。本当にありがとうございました」
「感謝なんていらないわよ。それどころかわたしの方があなたにお礼を言わなくちゃ。こんなにいい奴隷を見繕ってくれたんですもの」
「いえ、団長は真っ先に引きずり込む必要がありましたから。むしろ押し付けた感じになって悪いと思っていますよ」
親しげに話す二人の魔物。その情景に自分は大きな違和感を感じる。
裏切り者は団長で、彼がこの悪魔に魅了されて魔物たちを街中に引き込む手はずを整えた。そして襲撃の中で後輩はサキュバスに変えられ、ああなったと考えたのだ。
しかし会話を聞くに団長の方こそ悪魔に売られた被害者で、後輩の方が裏切り者のように思える。
頭の中で膨らむ疑惑。やがてそれを決定づける言葉が悪魔から飛び出した。
「…それにしても本当によかったの? ここはあなたの生まれ育った国でしょう? わたしたちとしてもこの地域に地盤は欲しかったところだけど、後悔とか罪悪感はないの?」
「? ごめんなさい、質問の意味が分かりません。国や家って大事なものと天秤にかけるだけの価値があるんですか?」
なぞなぞを前にした子供のように首をかしげる後輩。その様子に悪魔は大声で笑う。
「クッ…! アハッ…! アッハハハ! ええ、そうね! 秤にかけるまでもないわねえ! やっぱりあなたってば才能あったわ! こんな頼もしい仲間が増えたなんて、今日は記念すべき日ね!」
愉快痛快といった感じに笑い続ける悪魔と、それを不思議そうな顔で見る後輩。
会話の流れからして、人間だったころから彼女は魔物に通じていたのだろう。しかしいかなる理由があって彼女はこんなことをしたのか。
自分は話が途切れたタイミングを見計らって後輩に訊ねる。彼女は言葉を濁すこともなく、素直に答えてくれた。
「何故ですかって? それは王や家が気にくわなかったからですよ。
私は先輩をへこませて泣かせたいし、からかって怒らせたいし、救って感謝されたい。そして泣いた先輩を可愛がりたいし、怒った先輩を返り討ちにしたいし、感謝されて嬉しくなりたい。私はあなたを楽しみたいし、あなたに私を楽しんでもらいたい。
だっていうのに、ちょっと大きい国の王族だからって、媚び売って虎の子の勇者を嫁がせるなんていうんですよ? それも親子ほど歳の離れた相手に。もうこんな国滅ぼすしかないじゃないですか」
生まれ育った国も家も滅ぼしておいてそれを当然のように言う彼女。自分はその言葉を聞いて顔から血の気が引いたのを感じる。
この国が滅びたのはまさか……。変わった顔色から内心を読み取ったのか、後輩はクスクス笑って話を続ける。
「よかったですねえ先輩、自慢できますよ? 自分は傾国の美女…じゃなくて美男…でもないですね。美しくも格好良くもないですし。まあ“女のせいで国を滅ぼした下っ端兵士”とでも名乗れば一目置かれるんじゃないですか? 魔物たちの間で」
なんて嫌な称号だ。それは英雄じゃなくただの大悪党じゃないか。
だがまだ根本的な疑問が残っている。この後輩は何故に自分なんかのために国を滅ぼしたのか。
覚えている限り彼女と出会ったのは着任初日の団長室が初めてのはず。だというのに、その時点で自分が先輩になるように手を回していた。
つまり彼女は騎士団に来る前から自分を知っていたことになるのだが……。
自分はどうしてもそこが理解できないと言い、彼女に説明を求める。しかし彼女はジトッとした目でにらみ、大げさにため息を吐くだけ。
「………はぁ。まあいいですよ、覚えてないならそれで。先輩の記憶力に期待する方がバカですしね」
そう言われても教えてもらわなければ収まりが悪くて仕方ない。
自分は頭を下げて『教えてくれ』と頼むが、彼女は意地の悪いニヤニヤ笑いでそれを断る。
「なに言ってるんですか先輩。私は先輩をいじめるのも好きなんですよ? だから絶対に教えません。知りたいなら記憶のガラクタ箱を全部ひっくり返してみてください」
自力で思い出せと突き放す後輩。こうなってはもう彼女から聞き出すのは不可能だろう。
自分は腕を組み『仕方ないか…』とため息を吐く。そして乏しい記憶力を動員して過去の記憶を掘り返すことにした。
別にここに限らず、あらゆる組織でそういったことは行われているだろう。
だがこの騎士団においてその規律は明文化されており、新しい入団者は一人の先輩に付いて一年近くの間、武術や生活の指導を受けることとされている。
もちろん毎年山のように新人が入ってくるわけではないので、皆が皆が後輩の世話をするということはない。たいていにおいて面倒見が良い者や優れた腕前を持つ者を団長が選び、彼らに新人を任せるといった形になっている。
なので自分のように凡庸な一兵士なんかに将来有望な新人が預けられることなどない。そう思っていたのだが……。
冬の寒さも緩み日中は過ごしやすくなってきた季節、自分は団長室に呼び出されていた。
団長に直接叱責されるような不祥事をやらかした覚えはないし、褒められるような功績をあげた覚えもない。
呼び出しの理由に見当をつけられないまま入室した自分は、そこに二人の人物を認めた。
一人はこの部屋の主で、居て当然のハゲ騎士団長。もう一人は自分と同じくらいの年齢であろう少女だ。
結構いい歳いってて騎士団長という地位にもかかわらず結婚できていない団長。その原因であるハゲ頭はいつもと変わらぬ光沢で、彼の肉体は健康そのものだと示してくれる。
初めて目にした少女の方は童顔なわりに胸は豊かで、ツーテールの髪型が実に似合っていた。その美しさは自分の人生で目にした美女の中でも一二を争うほどだ。まあ、大して美女なんて見てないけど。
自分は団長の前まで進むと直立不動で出頭したことを告げた。団長はそれに『休め』と返してから単刀直入に要件を口にし始める。
その内容は寝耳に水なことに、新入りの団員である彼女を自分の後輩として付けるというもの。自分は動揺しつつ『なぜ自分が彼女の先輩に?』と訊き返すが、団長はそれを黙殺。そのせいでさらに自分は困惑する。
何しろ自分は平兵士の上に秀でたところなんて何もないのだ。
落ちこぼれとまでは思わないが頭脳や武術、人格人望に家柄まで含め、それら全てで上回る上位互換の者など何人もいる。
そういった者たちを差し置いて自分が選ばれるとはどういうことなのか。
先輩になるのが面倒くさいというわけではなく、純粋な不可解さから改めて団長に問うが、やはり答えてはくれない。
そして答える代わりに『彼女は勇者だ』とさらに混乱を加速させてくれる事実を教えてくれた。
この国において数十年ぶりの勇者がここ最近に誕生したという話は聞いてはいた。
だがその勇者様がこの騎士団にやってきて、なおかつ自分が面倒を見ることになるとか、いったいどんな運命のねじれがあったのやら。
辞退しようにも団長命令と言われれば断ることなどできず、自分はもう思考停止の状態で後輩となった勇者様とともに団長室を退出。
廊下に出て厚い木の扉を閉じたところで、自分は『初めまして』と頭を下げて丁寧にへりくだった挨拶をする。
彼女は新入りの後輩だが勇者様。それに対し自分は肩書なしの兵士なのだからこういった態度で当然だ。
そう自分は思ったのだが、挨拶された彼女はなぜか呆れたように鼻を鳴らした。
今の対応に何か間違いがあったかと顧みるが、ただ挨拶をしただけで心当たりは何もない。先ほどのように困惑が頭の中に浮かんでくるものの、それらしい答えが出てくる前に彼女の方が口を開いた。
「どーも、初めまして先輩。平々凡々なあなたに教わることなんて何もないでしょうけど、他の人たちがいる前ではちゃんと先輩の顔を立ててあげますから、そこは安心してくださいね。それでは一年近くよろしくお願いします」
幼い頃に抱いた、強く優しく美しい勇者像をぶち壊しにしてくれるセリフ。
彼女は呆れたような顔から、新しい悪戯を思いついた悪ガキのようなニヤニヤ笑いになり『これからよろしく』と頭を下げる。
自分は少し引きつった愛想笑いを浮かべて『これは手厳しいお言葉で…』と返すのが精々だ。
「でも事実でしょう? 先輩の評価教えてもらいましたけど、剣でも魔法でも私に教えられそうなことなんてないじゃないですか。生活の指導にしたって、私が先輩にする方が期待されるんじゃないですかね? 『少しは勇者様を見習えー』って感じに」
いくら相手が勇者といえどこうも馬鹿にされては看過できない。
まがりなりにも自分のほうが先輩なのだから、口の利き方にはある程度気をつけるようにと注意しておく。しかし彼女は改めはせず、こちらを軽んじた口ぶりで話し続ける。
「だから分かってますって。だれかれ構わずこんな態度取ってたら、いらない敵が大勢できてしまいますからね。こんな物言いするのは先輩しかいない時だけですよ。良かったですねえ先輩、勇者様が特別扱いしてくれるんですから喜んでもいいんですよ?」
いたぶって遊ぶのはお前だけだと言外にほめのかし、ククッと笑う後輩。
初対面から一時間も経たないうちにこうも悪意をぶつけられるとは、自分と彼女とは極端に相性が悪いのだろうか。
やはり自分たちを組ませるのは考え直した方がいいと団長に伝えるべきだろう。
そう考えて団長室の扉をノックしようとした手を後輩は掴んで止める。
「ちょっと何するつもりですか。私の面倒見ろっていうのは団長命令ですよ?
『彼女が気に入らないから別の人に回してください』なんて言うつもりですか?
ああ、情けない先輩なら言うかもしれませんね。でもそんな理由で命令を撤回してくれると思います?」
勝ち誇ったように言う後輩。
おそらくこいつは団長の前に出れば勇者様らしい態度を演じるだろう。そうなれば個人的な感情で命令を翻させようとするこっちが一方的に悪いと見られるだけだ。
もはや自分に逃げ場はない。そう自覚したら頭痛がしてきて、額を押さえてしまった。
「おや、急に頭に手をやってどうかしましたか先輩?
調子が悪いなら撫でてあげますよ」
掌で隠れて見えない後輩は、声に笑いをにじませて言う。そして『よしよし』とばかりに頭を撫でてきた。
はたから見れば心優しい勇者様かもしれないが、全部分かったうえでやっているこれはただの嫌がらせだ。彼女の手の感触を味わいながら、それなりに順調だった日常に暗雲が差し込めていくのを自分は感じた。
このようにして不可解な経緯を得つつ我が騎士団に入団してきた勇者様。
彼女は誰もが思ったように、瞬く間にこの騎士団の中心人物と化してしまった。
まず勇者というものはその肩書だけで大多数の人々から羨望と敬愛を向けられる。
そしてここは戦う人間が集まっている騎士団という組織であり、強くて頼りがいあることは信頼の対象だ。
さらに見た目が美しい少女で性格も心優しく誠実とあれば、これはもう皆に慕われない方がおかしいだろう。
個人的には彼女が仲間たちから尊敬の目で見られるのは構わないと思う。
人目があれば彼女もチクチクとした嫌がらせをしてこないので、どんどん慕われてくれといった感じだ。
だが先輩という名の勇者の世話係である自分を妬む者たちが現れてしまい、正直そちらの面で困ったことになっている。
訓練の時に彼らを相手にすれば腹いせのように本気でかかってくるし、会話をしてもしょっちゅう皮肉を挟んで嫌な気分にさせてくれる。
それを後輩に打ち明けて『もう少し自分と距離を置いてくれ』と頼んでみたものの、逆に彼女はよけいに自分について回るようになってしまった。
そのおかげでさらに妬む人間が増え…と悪循環になりつつある中、珍しく騎士団が出動する事態が起こった。
自分が生まれ育ったこの国は周辺と比べてかなり小さく力が弱い。
そういった国では民が魔物に襲われようとも、よほどの事態でない限りは騎士団を動かしたりはしない。数少ない優秀な人材の喪失や騎士団を動員する費用などを顧みて、放置した方が得策との結論に至ることが多いのである。
人々の心情を考えれば魔物の放置は悪手だと思うが、それを考えないからこその弱小国なのだろう。
そんな王と取り巻き達であるが、ここ最近になって周辺国でも希少な『勇者』という強力な駒が手に入った。
一騎当千の勇者がいるなら大規模に動員する必要はないし、魔物を相手にその力を知らしめれば周辺国への牽制になるとでも考えたのだろうか。
存在は知っていても放置していた魔物の集落。そこを標的とし『民を脅かしている魔物たちを退治しろ』との命が下ったのである。
出陣前の最後の夜。自分は部屋の中で座りの悪い椅子に腰かけ心を静めようとしていた。
訓練ならば散々に行ってきたが、実戦はこれが初めてなのだ。興奮や緊張、不安が渦巻きとても平静でいられない。
これは自分のみならず多くの仲間たちがそうだ。群雄割拠でもないこの地域では、騎士団といえど実戦経験のある者はとても少ない。
護国の騎士団だなんだと吹聴したところで、しょせんは張子の虎だな…と自虐していると、狭い自室にノックの音が響いた。
いったい誰だろう…と思いながら扉を開くと、そこには明日の主戦力たる後輩の姿。
彼女は招いていないのに扉の隙間から部屋の中に入り込み、パタンと閉じてしまった。
そして寝床の方にちらりと目をやるとクルリとこちらに向き直り口を開く。
「こんばんわ先輩。明日出陣だっていうのに思ったより平静なんですね。ベッドに潜ってガタガタ震えてる姿を見に来たんですけど」
いつものように後輩は言葉のジャブをかましてくるが、それはこちらを舐めすぎだ。
徴兵された一般人ではないのだし、前日に恐慌をきたすようでは兵としてやっていけない。そう口に出して言うと彼女は少し感心したように話す。
「ほうほう、最低限の覚悟はあったんですね。これは確かに私が舐めすぎました。謝りましょう、ええ」
普段と違い素直に謝罪の言葉を口にする後輩。何を企んでいるのか…と少し疑ったが、考えてみれば彼女も初の実戦だ。
勇者様と呼ばれ強大な力を持っていようが、まだ少女と呼ばれるような若輩者。強気な態度を取ってみせようと、不安や緊張は抑えきれないのだろう。
ここは先輩として少しは頼りがいの「私より二年ほど先に入団しただけで、腕前も実戦経験もない人が何を偉そうに語るんです?」
……やっぱり自分の思い違いだった。勇者様たる彼女には緊張や恐れなど微塵もないようだ。
だが不安の解消が目的でないとすると、何のためにこの部屋を訪れたのかが分からない。
「理由なら最初に言ったじゃないですか。先輩がガクブルする姿を眺めに来たんですよ。あては外れましたけど」
本当にそれが目的だったのか。
だったら目当ての物はなかったのだからもう帰ってほしい。
自分はそう伝えるが後輩はそれを無視すると、いきなり身を寄せて心の中を覗き込むように目を合わせてきた。
性格はともかく見た目は高品質な少女に急に近寄られて心臓がドキリとする。
「……恐慌はしないけど、恐いとは思っているんですね先輩。どんな魔物がいるかもわからない、不意の一撃であっさりやられてしまうかもしれない、積んできた訓練が本当に役立つか確信できない、自分は無事でも仲間がいなくなってしまうかもしれない、それらが恐い。
それと『万が一の場合は自分の身を犠牲にしても勇者を守れ』なんて命令にも納得できていないようですね。理屈は分かるけど、感情は受け入れられないってとこですか。
命令に逆らって私を見捨てでもしたら騎士団追放は確実。かといって命令通りに自分を犠牲にしたところで、兵士一人の犠牲なんて省みられない。できることは私に万が一が起こらないよう祈るだけ…と」
本当に心の中を読んでいるのではないかと思えるほどにピタリと心中を言い当てる後輩。
こうも見抜かれては誤魔化したところで仕方ない。罵詈雑言が返ってくることを覚悟の上で自分は不安や不満を全て彼女に打ち明ける。
幸い彼女は聞き手に徹してくれて、胸の内を吐き終わるまでは何も言ってこなかった。
「……ふーむ、先輩の不安はそんなものでしたか。いやあ、可愛いものですねえ、弱みをさらけ出して本音を吐いてくれる先輩は。
先輩気付いてます? なんかもう行き場のない子供がすがるような目をしてますよ? 『ボクを見捨てないでください勇者様』って感じの目です。
小さい子なら助けてあげてもいいんですけど、先輩は育ちすぎですねえ。ちょっと泣いてみます? 私の気が向くかもしれませんよ」
弱みを見せればやっぱりこうなるよな…と思うと自嘲の笑みが自然と浮かんでくる。
だが出せるものは全て出したおかげで、少しは気が楽になった。これなら睡眠をとることも可能だろう…と思ったら頬に濡れた感触がした。
「あ……本当に泣いちゃったんですか先輩。そこまで精神が弱ってたとは予想外です。
ええと…とりあえずいい歳なんですし泣き止みましょうよ。
大丈夫ですよ、明日はちゃんと皆無事で帰ってこれますって。何たって勇者様の私が同行するんですから。だから、ね? 涙を拭いてもう寝ましょう?
何だったら寝つくまで私がいてあげますから。じゃあランプ消しますよ? はい、お休みなさい」
こちらの涙を見た途端、後輩は急に慌てだして態度を丸くした。
なんだろう。いじめるのは好きだが泣かれるのは気が引けるとか、そういう性格傾向だったのだろうか。
彼女はこちらをベッドに押し込め明かりを消した。しかし部屋を出てはいかず、口にした通りすぐ傍にいる。
人前で涙を流したせいか、幼い頃に戻ったような心持ちの自分は毛布から手を差し出す。
暗くて表情は分からなかったが、彼女は何も言わずそれを握ってくれて、自分は落ち着いて眠りにつくことができた。
日が明けて遂に初の実戦となる日。
自分たちは隊長と後輩を中央に森の中を進軍していた。
情報によると今回攻める魔物の集落は『人間をバカにしているのか』と思えるほど人里に近い場所にあるらしい。
いままでの国の対応を鑑みれば侮られても仕方ないかもしれないが、そのせいで近隣住民は常に魔物の影に脅えているそうだ。
人々のために…なんて崇高な理由で騎士団に入ったわけではないが、彼らの不安を除ける結果を出したいとは思う。
しかし偵察のために先行していた者たちが戻ってきたとき、その未来は怪しいものとなった。集落に魔物の姿が見えないというのだ。
「……何があったんだこれ?」「魔物たち全員でお引っ越し……なんてわきゃねえよな」
「偵察した奴らは見て分かるような罠はないって言ってたけど…」
警戒しつつも大きな困惑を抱えて集落の中へ自分たちは踏み入った。
さほど大きい集落ではないが、簡素な住居群に自給自足のための畑、土むき出しの道路など風景自体は人間社会の村とさほど変わりない。
普通ならここで魔物たちに発見され戦闘に突入するのだろうが、人っ子一人いないため何の妨害もなく集落の奥へと自分たちは進んでいく。
そして中央広場らしき場所へ到達したところで、隊長から停止命令と新しい指示が出た。
「あー、お前たちも分かっていると思うが、この集落は明らかに様子がおかしい。魔物の気配が全く無いなんて異常だ。
よって調査のために隊を分散して探索を行う。二人一組で行動し、常に互いの存在を確認しながら調べろ。魔物を発見、もしくは何らかの異常に遭遇したら大声を出して周囲の者に知らせ、それを聞いた者は直ちに救援に向かえ。以上、各自行動せよ!」
魔物の気配が無いためか最低人数の組で広く早く調査しようと言う隊長。前日の緊張の反動で仲間たちも楽観視したのか、反対意見は出なかった。
当然ながら自分は後輩との組になり、魔物の住居に無断侵入し調べていく。
「ふむ、食料はほとんど置いてないのに生活用品はそのまま。これは引っ越しとは考えづらいですね」
鍵のかかっていない玄関扉から入り、こじんまりとした住居の中を一通り眺めた後輩の感想がこれ。
自分も引っ越しだなんて思わないが、食料だけ持って居なくなるなんてどういう事情だ?
まさか集落の住人全員でピクニックに出かけたわけでもあるまいし。
「んー、そうですねえ…………仮説なら思い浮かびましたけど、聞きたいです?」
『聞きたいか?』と問いかけてくる後輩。きっと『聞かせてください』という反応を期待しているのだろう。
『別に興味ない』と答えてもいいのだが、昨夜は精神的に助けられたし望み通りの反応を返してやろう。
「ほうほう、頭の回転が鈍くて何も思いつかない先輩は私の仮説を聞きたいとおっしゃるわけですか。ええいいでしょう。勇者様たる私が真実に近いかもしれない仮説を披露してあげますよ」
自分の頭が鈍いのは自覚しているが、わざわざ言わなくてもいいだろうが。やはりこの勇者様には下手に優しくしないほうが良かった。
そう思って苦い表情を浮かべる自分に後輩はニヤニヤと笑いながら語る。
「あまり大きい声では言えませんけど、この不可解な状況は『裏切り者』の存在で説明できます。
討伐の命が下されてから今日実行するまで日取りはそれなりにありましたよね? 裏切り者が魔物に情報を流すには十分すぎると思いません? 魔物たちが迎撃でなく逃亡を選んだのは、私という勇者の存在を知って脅威と感じたから。
それに集落のどの家にも鍵がかかってないようですけど、それは調査のために扉や窓を壊されたりしたら修理が面倒だからじゃないですかね。
私たちはここを占領しに来たわけじゃないですし、撤退したら魔物たちは戻ってきてまた同じ生活を送るんじゃないでしょうか」
一見筋が通っているようにも聞こえる後輩の仮説。
しかし証拠なんて一切ないし、裏切り者の存在を前提とする時点でかなりの無理がある。
ただの思い付きを今の状況に都合よく当てはめただけにしか聞こえない。
そう言い返してやると、彼女はムッとした顔になって拗ねたような声を出した。
「へー、そうですか。それなら先輩は証拠があって、もっと信憑性が高い仮説を展開してくれるんですねー。早く聞かせてくださいよ、鈍すぎて止まっているようにしか見えない頭で考えたご立派な説を」
なんで穴だらけの仮説に突っ込んだだけで、こちらも自前の説を披露しなければならんのか。そもそも仮説なんて立てられるほどの材料もないというのに。
自分はため息を吐いて玄関扉から外へ出る。そしてその時。
「ヒャッハー! イキの良い男ゲットだぜ!」
柵など存在せず、集落の端では家と隣り合うように存在している森。
その木々の向こう側から、猫がネズミに飛びかかるような俊敏さで魔物が自分に飛びついてきた。
「なっ…!? 魔物がなんで!?」
勇者たる彼女でも気配を察知できなかったのか、あり得ないものを見たように驚く後輩。
その硬直のスキに緑肌の魔物はこちらの首根っこを片手で掴み、バッタが跳ねるように森の中へ逃げ込もうとする。
「ハッ! こそこそ隠れるだけなんてアタシの性に合わないっての! せめて土産の一つくらいは持ってかなきゃなあ!」
後輩の仮説は一部的中していたのか、魔物たちは一時的に退避しているだけのようだった。だが血気盛んなこの魔物は『一矢報いねば気が済まん!』とばかりに集落へ戻ってきたのだろう。
そして手近な人間である自分に目をつけ、拉致しようと行動を起こしてきた。
このまま連れ去られたら自分はいったいどうなってしまうのか。
助けを求めるように後輩の方を見ると、彼女はすでに剣を抜き放っていた。
「このっ…! 他人の物をなに勝手に持ってこうとしてんですかっ!」
叫びとともに空を薙ぐ剣。そこから三ヶ月状の魔力の斬撃が放たれこちらへ飛んでくる。
自分ならば後先考えずに身を投げ出して避けられるかどうかという速度の斬撃。
剛力の魔物といえど大の男一人抱えたたまま回避するのは無理なのか、緑肌の魔物は自分を手放して飛び退る。
「テメッ…! そっちこそ他人の獲物を横取り「消えろ! 先輩に近づくな!」
魔物の言葉を遮って連射される斬撃。
それは魔物に命中させることより自分との距離を遠ざける目的で放たれたもののようであり、曲芸師のような身のこなしで魔物が回避しきった時にはかなり距離が離れていた。
そして広がった間合いに後輩は滑り込むように割り込むと、自分を庇うように前に立つ。
魔物は自分を拉致することは不可能と判断したのか、舌打ちを残すと森の奥深くへと退却していった。
それを認めたことで彼女は安堵したように息を吐き剣を鞘に納める。
「ふぅ……まさか魔物が単独で襲ってくるとは思いませんでした。先輩は無事ですか? 怪我とかしてません?」
魔物に襲われた直後とあってか後輩の声は優しい。彼女が心配するような怪我などはないが、心臓はバクバクと激しく打っている。
……今のは本当に危機一髪だった。もし彼女と組んでいなかったら、あるいは彼女が判断を間違えていたら自分はあのまま連れ去られていただろう。
命の瀬戸際にあったという実感が今になって湧いてきて、手がブルブルと震えだす。
「ああいう手合いが他にもいるかもしれませんし、ここはいったん集合するよう皆に伝えましょう。行きますよ先輩。震わせるのは手だけにして、ちゃんと歩いてくださいね」
後輩はそう言うといまだに震えるこちらの手を握り、先導するように広場の方へ歩いていく。
勇者様とはいえ女に手を引かれるのはみっともなく思えるが、自分を救ってくれた彼女の手の感触は幾ばくかの安心をもたらしてくれた。
このようにして討伐部隊は集落を調べ帰還したのだが、今回の討伐で挙げた魔物の首はなんとゼロ。遭遇したのも自分に襲いかかってきたあの魔物だけであり、他の連中は姿さえ見なかったという。
戦果と呼べるものは皆無という結果に終わってしまったが、それでは外聞が悪いためか『勇者様の威光の前に魔物たちは戦わずして逃げ去った』という形で公表された。
それを知った街の人々は『さすがは勇者様だ』と後輩を褒め称えるが、集落近くの人々が魔物の脅威にさらされているのは何も変わっていない。
彼女自身も捏造同然の発表をされて思うところがあるようで『自慢することでも称えられることでもない』と口にしているが、それさえも謙遜と受け取られている。
真実を知っているのは国の上層部と騎士団員だけだ。しかもこの内容を他国に宣伝し、滅んでしまったどこぞの国のように彼女を貸し出そうとしているという噂まである。
そんな風にこの国の未来に悲観的なものしか浮かばない世情の中、自分に久しぶりの休暇が訪れることとなった。
何をするでもなくただ体を休めよう…と自分は考えたが、同じように休暇を得た後輩が『観劇のエスコートをしろ』などと言い出して、街へと繰り出すことになってしまった。
「……先輩、正装しろとは言いませんけど、もう少しまともな服はなかったんですか? 劇場に行くとなれば、普通の人は一張羅を着たりしておめかしするものなんですけど?」
朝出会って開口一番にこの言葉。
観劇の趣味なんてない一兵士に何を期待しているんだ彼女は。こんな自分と連れ添って歩くのが嫌なら一人で観に行けばいいのに。そう言うと彼女は頭を振って物知らずを見下すような目で話す。
「あのですねえ、一般的には一人寂しく観劇する方がよっぽど恥ずかしいんですよ。だから私は誘ったんです。無知で常識のない先輩はそんなこと全然分からなかったみたいですけど。…まあいいです、その格好でも。一人で劇場行くより十倍ぐらいマシですから」
仕方なく妥協したといった感じに言う後輩。
彼女がそうも言うとは、連れ添いもなく一人で劇を観るのはそんなに非常識だったのか。
とはいえ、興味のまるでない分野なら常識がないのも仕方ないだろうし、そうまで責められるいわれはないと思う。
「ああ、そうですね。気になる女性の一人や二人いればすぐ得られる知識ですけど、これまでの人生で女っ気ゼロの先輩は知らなくても仕方ないですね。すみませんでした、私の配慮が足りなくて」
そう言って後輩はペコリと頭を下げる。
自分の女性関係なんて話したことはないが、彼女にはまるでお見通しだったようだ。
これ以上反論するとさらに藪蛇になりそうなので言いたいことを飲んで劇場へ向かおうとするが、動こうとした足を彼女は止める。
「あ、劇場行ってもまだ時間早いですよ。始まるのは昼前ぐらいからですから」
『なら何で数時間も早く待ち合わせしたんだ』と彼女に文句を言う自分。
彼女はそれに『暇つぶしのお供に』と答えた。これまでの自分の扱いを省みるに納得のいくセリフ。
もう仕方ないと諦めの境地に至り、自分は彼女と一緒に街中をうろつくことになった。
国力に比例するかのように昔と比べて活気が減った気がする大通り。
後輩は服飾や装飾品の店を回っては自分に見せつけ、似合ってるかどうかと訊いてくる。
元の素材が良いのだから何を着ても似合うと思うのだが、同じ答えを返すことしかできない自分に彼女はやがて不満を訴えだす。
そうなってからは店に入ることもせず、時間まで街路の様子を眺めながら歩くだけとなった。
そして劇の時間が近づき早い人間は昼食を口にし始めるころ、彼女は一つの露店を目にし指さす。
「歩いてたらちょっと小腹が空きましたねえ。先輩、アレ買ってくださいよアレ」
彼女が言うアレとは芋と魚を油で揚げた軽食だ。劇が始まれば飲食できないから、先に腹ごしらえをしておこうというのだろう。
だがなぜ自分が奢らねばならないのか。食べたければ自腹で買えという話だ。
「いえ、そこは先輩としての威厳とか、男の見栄とかあるじゃないですか。そういう何かで買ってやろうって気になりません?」
そう彼女は口にするが、いまさら見栄も威厳もあったものではない。
そもそも自分はただでさえな薄給な上に、両親への仕送りもしているのだ。可能な限り不要な出費は控えたい。
自分がそう言うと彼女は憐れむ目つきになり、己の財布で揚げ物を買い戻ってきた。二袋持って。
「どーぞ。極貧生活で飢えている先輩のために勇者様が買ってきてあげましたよ。
この先一生感謝して、服を汚さない程度に貪りついてくださいな」
食費が浮いた、やったぜ。現金なことに自分はそんな風に考え、本心からありがたく袋を受け取った。
劇が上演される劇場はこの国に不釣り合いと思える程度には立派だ。
というのも何代も前の王の時代、この国がまだ多少は勢力を保っていた時代に建てられたものだからだ。当時の王はお気に入りの演劇を鑑賞するために何度も足を運んだという。
そんなご立派な歴史を持つ劇場で、自分は後輩とともに上演される劇を観る。
劇の内容はまだ幼い貴族の女の子がこっそりと家出し、身分の低い同い年の男の子と出会うところから始まる。
家を出たはいいが行く先のない女の子を男の子は家にかくまい仲良くなるが、しょせんは子供の浅知恵でさほどせず大人たちに発覚。女の子は屋敷へ連れ戻されることとなり、男の子とはお別れ。
しかし一部の心優しい使用人たちによって、手紙のやり取りだけはすることができるようになる。
幾年もの年月を経て手紙越しに仲良くなっていく子供たち。
やがて二人が大人になろうかという頃に、少女への縁談が舞い込む。
それを知った少年はあらゆる手を尽くして少女に出会い、一緒に国を出ようと誘う。
だが少女はそんなことをしては一族も少年の家族も悲惨な末路を辿ると分かっており、それを断って政略結婚の相手へ嫁いでいく。
『私の心はずっとあなたの物です』とだけ残して。
初めて観た劇なのにどこか既視感を感じないでもなかったが、身分違いの恋は悲劇の題材としてありがちだからそのせいかと思う。
それに役者たちの演技は悪くなかったし、ラストシーンなどは心にくるものがあった。
何度か観たと言っていた後輩も真剣な顔で舞台を見つめていて、この物語が好きなんだろうなと思わせてくれる。
彼女は喜劇の方が好みかと思っていたが、こういった悲劇も琴線に響くものだったのか。
まあ、そんなことを知ったからどうだということもないのだが。
上演が終わり劇場を後にした自分たちは連れ添って宿舎へと帰る。
出るときは別々で待ち合わせをしたのに戻るときは一緒とか理屈が分からないが、いまさら分かれる必要もないしまあいいだろう。
けなげな貴族の少女の気分に浸っているのか、後輩もあまりチクチクせずおとなしくしているし。そんなことを思っていると不意に彼女は話しかけてきた。
「ねえ、先輩。もし先輩が少年の役だったら、同じことができると思いますか? 何年も手紙だけで想い続けて、愛する人のために国も家族も全部捨てるなんてマネできます?」
興味本位というにはどこか重い感じがする声。軽く『できる』『できない』なんて答えてはいけない気がする。
しかし自分には国や家族と秤にかけられるような相手はいないので答えの出しようがない。よって『分からない』としか答えられなかった。
「……そうですか。やっぱりそうですよね。人間、実際にそうなってみなければ、どう決断するかなんて分からないですよねー」
失望したように鼻息を出し、呆れた目を向けてくる後輩。
しょせんは作り話なのにそんな視線をするということは、よっぽど感情移入していたのだろう。少し悪い気がした自分は『でしたら僕と一緒に国を出ましょう!』と大げさに劇中のセリフを口にしてみる。
彼女も乗り気になってくれたのか、寂しげな微笑みを浮かべて言葉を発した。
「まあ、嬉しいですわ貴方! そうと決まればさっさとこの国を出ましょう! こんな家どうなっても構いませんもの! ああでも少しだけお待ちくださいな、愛しいお方。私たちが幸せに暮らせるよう、ありったけの財産を持ち出しますから!」
悲劇を見事にぶち壊しにしてくれるセリフ。やっぱり彼女は喜劇の方が好きなんじゃないだろうか?
後輩がやってきて一年近く。
そろそろ先輩としての役目も終わりかというころ、突如異変が起こった。
真昼間だというのに黄昏時のような暗さ。それでいて窓から空を見上げれば、雲一つない空に弱った光を放つ太陽が浮かんでいる。
まるで話に聞いた魔界のようではないかと思っていると、建物のあちこちから同時多発的に悲鳴が響き始めた。
それらの悲鳴はそろって一つの単語を含んでいた。『魔物』と。
いくら魔物といえど、こんな街のど真ん中に前触れもなく突然現れるとは考えづらい。
そう常識的な思考が走るも、事実として騎士団本部…いや、この街は襲撃を受けているようだ。原因解明は後にするとして速やかに戦いの準備を整えねば。
自分はまず最高責任者である団長の指示を仰ごうと、団長室までの道を大急ぎで走る。
その最中に通り過ぎる扉の向こうから仲間の悲鳴が何度も聞こえたが、自分一人で助け出せる可能性は低い。自分は見殺しにすることを心の中で謝りながら駆け、厚い木の扉を乱暴に開いて椅子に座っている団長に敵襲を告げる。
言われなくてももう既に理解しているであろう団長は努めて冷静に言葉を発した。
「まあそう慌てるな。まず落ち着かねば何事も始められんぞ」
いつも通りの健康的ハゲ頭の団長は落ち着きすぎる様子で息を切らすこちらに話を向けた。それを不審に思うと、彼は戦闘の指示もせずまるで場違いなことを言い出す。
「そうだ、ちょうどいい機会だからお前に紹介してやろう。こんな俺だがな、実はずいぶん前に嫁ができてたんだよ!」
あまりにもてなさ過ぎてついに気が狂ったのか? なんて考えていると青肌の悪魔が虚空から現れ、団長にしなだれかかる。
その悪魔はこちらにチラリとだけ視線を動かすとすぐ団長に目を向け、微笑して彼に語り掛けた。
「誰が嫁ですって? 奴隷の分際で調子に乗ってるんじゃないわよこのハゲ。言うなら『私のご主人様です』でしょう? いつかみたいに三日三晩抜かずに犯されたいのかしら?」
言葉は辛辣なものの、団長のハゲ頭を悪魔は愛おしむように撫でる。そして彼は罵倒されて憤るどころか、それを期待するかのように溶けた笑みを浮かべた。
これらのやり取りで自分は思い出す。後輩がいつか口にした裏切り者の話を。
彼女が思い付きで言ったあの説は的を射ており、討伐が空振りに終わったのも街中に突然魔物が出現したのも、全てはこの男が手引きしていたのだ。
もはやこんなハゲ野郎に指示を仰ぐことなどできない。団長がダメならばあとはもう勇者たる後輩だけだ。勇者様が健在ならばハゲが裏切っていても、まだ彼女を軸として反攻ができる。
自分はイチャつき始めた二人から逃げるように団長室から飛び出した。
そして何処にいるかも分からない彼女を探すために「ああ良かった、無事でしたか先輩」
探すまでもなく背後から聞こえてきた後輩の声。
彼女が無事だったと分かった自分はいくばくかの安堵を得て振り向き−−−身も心も固まった。
見慣れたツーテールに美しい童顔、肉付きの良い体は別にいい。
だがくくった二つの髪の隣に生えている角は、腰の後ろから生えている皮膜の翼は、先端が矢印のように尖ったうねる尾は。
「ああ、この格好ですか? ちょっとイメチェンしてみようと思いまして。どうです? 似合ってますか先輩?」
彼女はそう言うと乳房の先端しか隠していない胸の下で腕を組み、体にぴっちりと張り付いてほぼ透けているレオタードを見せつけてきた。
そしていつも自分にするようにクスクスと笑い声をこぼす。
自分は目の前の光景が信じられないと脳内で否定するが、魔物への恐れからか無意識のうちに腰に下げた剣を抜いていた。
「なんです先輩? まさか可愛い後輩に剣を向けようってわけじゃないですよねえ? サキュバスになったくらいで」
サキュバスという魔物の代表格の名が耳に刺さる。もう彼女は手遅れなのだろうか。
己が人間でなくなったことを悲観するどころか、戸惑ってさえいないのだから。
自分は今まで繰り返してきた訓練同様に剣を構える。しかし腕はブルブルと震えていて、まともに振ることができるかも怪しい。
「剣を構えてもそんなに震えてちゃ格好つかないですよ先輩。でもなんでそんなに震えてるんですかねえ? 勇者様には勝てないって絶望してるんです? それとも正真正銘の初実戦で戦うのが恐いから?」
からかうように言う後輩。答えはその両方だ。
ただでさえ強い勇者が魔物になることでさらに能力が向上しており、それに対する自分は真剣で戦うのはこれが初めてというありさま。
力量差に絶望し、確定的な敗北に恐怖を感じないわけがない。
「ふーん、そうですか。だったら降参したらどうです? 剣を捨てて投降するなら、私も他の魔物も先輩にひどいことなんてしませんよ。
それどころか、とっても気持ち良いことをしてあげちゃったりもします」
後輩はそう言うと胸元に手を当て、パチッと留め具を外すような音をさせる。
するとかろうじて胸を隠していた小さい布がはらりと下に垂れ、二つの乳房がむき出しになった。
彼女は胸を持ち上げるように腕を組んで強調し、こちらの視線を誘導してくる。
「先輩、私知ってるんですよ? 私がちょっと汗かいて胸元をパタパタした時とか、谷間をチラ見してましたよね。誤魔化しても無駄ですよ。だって目をそらすタイミングが明らかに遅いんですもの」
バレてないと思ったことがバレていた。言い訳などできようもなく自分は『うっ…』と言葉を詰まらせる。
そしてどんな罵倒が飛び出すのかと身構えるが、彼女は責めることをしなかった。
「まあ、女っ気のない先輩があまりに可愛そうだったんで見逃してあげてたんですけど、今なら別ですよ。谷間どころか私のおっぱい全部を堂々と見ていいんです。さらに見るだけじゃなくて、触ってもいいんですよ。ほら」
凄まじきはサキュバスの誘惑というべきか、自分は震える手からついに剣を落としてしまった。そして空いた手を躊躇いつつもゆっくりと彼女の胸へと伸ばしてしまう。
しかし彼女はフンッと鼻で笑うとこちらの右手を掴んで、自らの左胸にギュッと押し付けてきた。
熱を持ちながら柔らかくて指が沈む乳房の感触。自分が彼女の胸をわしづかみにしているというのが信じられない。
「どうです、大きくて柔らかいでしょう私のおっぱい。もっともっと触りたくありません? 先輩が降伏すれば好きなだけ触らせてあげてもいいんですよ? あとそれ以外にこっちの方も私が弄ってあげます」
彼女はそう言うとこちらの股間に右手を伸ばし、すでに硬くなっている男性器をズボンの上からそっと撫でた。間に布が挟まっているというのに、直に触れられたような快感が走りザワリと鳥肌が立つ。
彼女は楽しげに目を細めるとこちらの右腕をつかんでいた手を離し、ズボンのボタンを外して勃起した男性器を取り出してしまった。
そしてしゃがみ込むと顔の前で男性器を握り、娼婦のように手を動かし始める。
「サキュバスになったせいか分かるんですけど、こうやってちんぽをこすると男の人は気持ち良いんですよね。それと口に含んで舐め回すのもいいんでしたっけ? 光栄に思ってくださいよ先輩、勇者様が跪いておしっこの出る汚いところを舐め回してあげるっていうんですから」
そう言うや否や彼女は男性器の先端を口に含み、舌でその先端を舐め始める。
その刺激の強さは軽く手を動かしていただけの時とは全く違い、快感の度合いが桁違いに跳ね上がった。
「んむっ……んっ…。ぷっ…れぉ……」
男性器を深くほおばり熱くぬめる舌で嘗め回す後輩。
こぼれる唾液は男性器を根元まで濡らし、手を動かすたびにクチュクチュと音を立てる。
視覚、聴覚、触覚で三重に快感を与えられてそう我慢できるはずもなく、速やかに射精感がこみ上げてきた。
また自分に跪く後輩という普段の力関係ではまずありえないその姿。
それに優越感を感じた自分は精液を飲ませてやりたいとの思いが浮かんできて、彼女の頭を押さえて口の中に精液を放ってしまう。
「んぶっ…! むー! おむむっ!」
いきなり口の中に液体を注がれた彼女は眼を見開くが、こぼす様なことはせずそのまま受け止める。しかし飲み下すことはせず頬を膨らませて溜め込んでいるようだ。
そして男性器から口を離すと水をすくう様に両手を合わせ、そこにベッと吐き出した。
彼女はその姿勢のまま文句ありげな目で見上げてくる。
「先輩…いま飲ませようとしましたよね。こんなに黄ばんで、ドロドロで、臭っさい体液を私に飲ませようとしましたよね?
なに図に乗ってるんです? 私がサキュバスになったからって、先輩のちんぽから出た物を無条件で飲むと思ったんですか?」
実のところ、サキュバスなんだから飲むと思っていた。だが彼女はそれを拒否し『分かってない』と態度で示す。
「勘違いしないでくださいよ先輩。私たちは敵同士なんですからね。ちょっとサービスしてあげましたけど、これ以上やってあげる気はありません。ここから先をしたいなら私を叩きのめして犯すなり、負けを認めて慈悲を乞うなりしてください」
その言葉でハッと我に返る。そうだった。彼女はもはやサキュバスであり、自分は兵卒とはいえ騎士団の一員なのだ。
勝てないから逃げるというのならともかく、淫行にふけっていい相手ではない。
「どうします先輩? 玉砕覚悟で私に挑みますか? それとも『まいった』って言って私に可愛がってもらいたいですか? ああ、逃げたいなら別にそうしても構いませんよ。安全な逃げ場があるかは知りませんけどね」
街中が襲われているこの状況。どこへ行こうとも魔物から逃れることは不可能だろう。
かといって後輩相手に挑んだところで勝算は……。ダメだ、もう詰んでいる。どうしようもない。
自分が浮かべた表情から諦観を読み取ったのか、彼女はニヤニヤ笑いをし始めた。
「さあさあ道を選んでください先輩。誇り高き騎士団の一員として玉砕し、名もなき英雄になります? それとも敗北を認め、人類の裏切り者としてサキュバスの私とまぐわうのがお望みですか?
私はあまり気が長くないですから、早く決めないと勝手に選んじゃいますよ?」
さっさと道を決めろと迫る後輩。だが一兵士が玉砕した程度で英雄視されるわけがない。
仮に英雄として名が残るとしても殉職してまでなりたくない。それなら彼女に降伏する方がずっとマシだ。
…………そうだ。彼女はサキュバスになってしまったが、誰もが憧れる勇者様だった。
自分のような一兵士では肌を盗み見るのが精々な高嶺の花なのだ。そんな彼女が当たり前の負けを認めるだけで交わってくれる。
それがいい。そうしよう。それしかない。
頭の中で欲望が転がる雪玉のように膨らんでいき、彼女に迎合することこそが正しいと思えてくる。いや、それが正しいのだ。
彼女の肉体を味わうことができるのなら、それ以外にどれほどの価値があるというのか。
自分は跪いたままの後輩に降伏を告げる。すると彼女は予想通りといった笑い声をあげた。
「あははっ! やっぱり負けを認めますか! そんなに私に可愛がってほしいんですか!
いいですねえ、人類を裏切ってまで私と気持ち良いことがしたいとか、最低すぎてとっても素敵です!」
彼女の口からはっきり裏切り者呼ばわりされ罪悪感を覚えたが、それは本当に僅かなもの。
そんなものより彼女にもっと気持ち良くしてもらいたい。選択肢を突き付けたのは彼女なのだから、言ったことは守ってもらわないと。
「ええ、もちろんですよ。私は嘘つきじゃないですから、ちゃんと先輩を良くしてあげます。先輩が勝手に飲ませようとした臭くて色の濃いこの汁も、私の胃の中に入れてあげますよ」
彼女はそう言うと掌に吐き出した精液を再び口に含み、今度こそ飲み下す。
小便をする器官と同じところから出てきたものを彼女が飲んだということに、どこか倒錯した興奮を覚えた。
「はい、飲みました。これで先輩の精液は消化されて私の一部になっちゃうわけですね。あーあ、生まれてこのかた清らかに保ってきた体が汚れちゃいましたよ、先輩のせいで」
粘り気さえ残さないというように己の手を舐めながら言う後輩。
しかしその口調は嫌悪感を全く感じさせず、むしろ彼女自身の内なる興奮をのぞかせてくれた。
彼女は手を清め終わるとこちらのベルトに手をかけ、ズボンと下着を床へと落とす。
そして張り付き透けている己のレオタードに爪を立てると、邪魔だと言わんばかりにビリッと裂いてしまった。
ほぼ裸マントの姿になった彼女は背後に垂れる布まで床に落とすと、尻の下に敷いて股を開く。しっとりと濡れた陰毛に飾られた女性器の穴が丸見えになり、こちらの男性器がさらに硬くなる。
「ほーら、これが私のスケベ穴ですよ。ここにちんぽ突っ込んで引っかき回せばとっても気持ち良くなれます。本来なら先輩程度の人間が見られるような場所じゃないんですから、優しい私に感謝してくださいね?」
彼女の言う通り、自分程度の地位では目にする機会など決してなかったであろう肉穴。
だが負けを認めた今の自分はその穴を男性器で埋めてしまっても許されるのだ。
早く彼女と繋がりたい自分は床に膝をつくと男性器を穴に当て一気に押し込む。
「あはっ! ついにちんぽ突っ込んじゃいましたねえ、サキュバスのスケベ穴に! これはもう言いわけできませんねえ! 教団の人が見たら問答無用で処刑ものですよ先輩! まあ、命かけても私と交わりたいってとこは褒めてあげますけどっ!」
哄笑しながら後戻りできない罪人になったことを突き付けてくる後輩。だが自分にとっては罪も罰ももうどうでもいい。
深く男性器を咥えこみ、締め付けて快感を与えてくるこの穴。その持ち主である彼女さえいればそれで満足だ。
自分はそう伝え腰を動かし始める。幸い一度射精しているので、すぐに二発目が出るようなことはなかった。
「それって告白ですか? スケベ穴が気持ち良すぎて、私のことが好きになっちゃったんですか? 今までさんざんバカにされてたのにちんぽ入れただけで好きになっちゃうとか、本当に単純ですねえ先輩は!」
サキュバスと人間では快楽への耐性が違うのか、吐く息を熱くしながらも後輩は喋り続ける。
確かにこき下ろされてきたのは事実であるが、優しくしてくれたり救ってくれたりしたこともあったのだ。その時の彼女は本当に勇者様のように感じられ、感謝と好意を抱くことができた。
そして今も何だかんだ言って自分を受け入れ、気持ち良くしてくれている。こんな女性を好きになることの何がおかしいのだろうか。
「え、いや、そんな風に真面目に告白されても困るっていうか……。私のスケベ穴が気に入っただけなら、色々いじって遊べたんですけど…」
本気の告白を口にされた後輩は戸惑ったように視線をさまよわせる。どうやら彼女は好意を直接ぶつけられるのには弱いようだ。
ならば褒め殺しで今までの仕返しを…なんてことはやらない。後が恐いから。
ただそれでも今の想いを口にすることは許されるだろう。自分はそう考えながら腰を動かし、彼女の肉体から快楽を受け取り続ける。
「ちょっと! そんな『好き』って何度も言わないでくださいよぉ! 先輩のことをもっと好きになっちゃうじゃないですか! まったく、嬉しすぎてスケベ穴がどんどん締まっちゃってますよ! 二度と先輩のちんぽを離さなくなってもいいんですか!?」
彼女の言う通り、女性器の締め付けの強さは徐々に高まっている。その理由が告白を喜んでくれたことだというなら自分たちは両思いだ。
自分のようなとりえもない下っ端兵士が勇者様と両想い。嬉しさのあまりに男性器の前後運動がより激しくなる。
「あっ、先輩、この動きけっこう気持ち良いですっ! 孕み袋の入り口まで当たっちゃって! 先輩も気持ち良いですよね!? ほら、私のスケベ穴もっとほじくってくださいよ! サキュバス勇者のスケベ穴をもっともっと味わってくださいねっ!」
彼女も快感が高まっているらしく、話す声が高くなった。だがこちらはもう言葉を発する余裕さえない。
体の中にまだ残っていた精液が男性器の中を進み、今にも放たれようとしているのだ。
「あ、もう限界ですか? さっきみたいに何日溜め込んだか分からない臭くてドロドロの精液を私の中に注ぐんですか? そんなことして汚された私のスケベ穴なんて、もう先輩しか使えなくなっちゃいますよ? ちゃんと責任とってくれるんですよね?」
そう言って挑発的に笑う後輩。責任という単語の意味がもう分からないが、彼女が何かを望むならそうしてやろうとは思う。
話せない自分は首を縦に振り、彼女に肯定の意を返す。すると彼女は実に嬉しそうにした。
「肯きましたね!? 責任とるって首を振りましたよね!? じゃあもう先輩は私の奴隷決定です! これからは私が満足するまで遊んで、可愛がって、交わるのがお仕事の奴隷になるんですよっ!」
奴隷とは何か。従者の類似品だろうか。勇者様の従者にしてもらえるとはなんて光栄だろう。
思考できない頭の中に断片のように浮かぶイメージ。そしてそれらを押し流す様に射精の快感が全てをさらっていった。
「来た来た! 先輩の精液が来ましたよっ! 二回目なのにこんな多いだなんて、よっぽどご無沙汰だったんですね! …って、スケベ穴に入りきらなくて孕み袋まで来てるじゃないですかっ! こんな古臭い精液で私を孕ませようっていうんですか!?
まったくふざけた先輩ですねっ! これからは精液溜め込む暇なんてあげませんからねっ!?」
なにが気に入らないのか、彼女は少し不満げに射精を受け止める。しかし精を放っている自分にはその理由がわからず、脳に満ちる快感にただ溺れるだけだ。
「んっ…! まだ、出てるっ…! こんなに孕み袋に溜まったら、本当に妊娠しそうですね…! ああでも、娘と一緒に先輩で遊ぶのも………あはっ!」
初めこそ不満そうだった彼女だが、最後には蕩けた顔になった。
それで自分だけでなく彼女も満足できたのだと悟り嬉しくなる。
後輩は男性器を口にし精液を含んでいたが、そんなことは気にせず熱い息を吐く唇に口づけをした。
すると彼女の側から舌を伸ばしてきて、こちらの口内に侵入したかと思うと舌を絡めてくる。彼女の唾液は生臭さなど一切感じさせず、少し甘く感じられた。
頭の中がすっかり快楽漬けになっていた自分だが、二度も精を放った上に時間が経てば賢者のごとき知性も戻る。自分は教団の禁を完全に破って、サキュバス相手にやらかしてしまったのだ。こんなことが知られたら本当に処刑されかねない。
隠し通すにしても「なに寝ぼけたこと言ってるんですか」
今後について頭を抱えていた自分。それに呆れた声で言うのはサキュバス勇者と化した後輩。彼女は周囲を示す様に両腕を広げて語る。
「この街…というか国が陥落寸前ってこと忘れてるんですか? いったい誰が先輩を処刑するっていうんです? そもそもに私に降伏してるのに、解放されて教団側に戻れるとか本気で考えてるんですか?」
……そうだった。自分は己の身の可愛さと性欲に負けて魔物側に投降してしまったのだった。
これから自分がどうなるかは彼女の機嫌次第。手荒なことをされないよう願うのみだ。
どうかお手柔らかに…と捕虜になった自分は彼女にへりくだる。彼女はそんな自分に嫌な笑みを浮かべて話す。
「いやあ、どうしましょうかねえ。これから先輩を自由にいじれるかと思うと胸がワクワクして止まりませんよ。気絶するまで犯してもいいですし、奴隷調教するのも面白そうですね。あ、おもちゃを壊して遊ぶ趣味はないのでそこは安心してくださいな」
全くもって安心できない発言に自分は顔を引きつらせてしまう。彼女が近寄りこちらの手を取っただけで、ビクッと肩を跳ねさせてしまった。
その反応に彼女は苦笑いを返すと、手を引いてすぐそこにある団長室の扉を開いて中に入る。
部屋を出る前、最後に見たときはイチャついていた団長と青肌の悪魔。
自分が後輩と廊下でまぐわっていた間に彼らもやることをやっていたのか、悪魔は全裸姿で汗にまみれており、団長は気持ち悪い涅槃顔をさらしていた。
悪魔は入室した自分たちに気がつくと後輩に笑顔を向け『やったみたいじゃない』と言う。それに彼女は軽く頭を下げて返した。
「ええ、あなたのおかげです。本当にありがとうございました」
「感謝なんていらないわよ。それどころかわたしの方があなたにお礼を言わなくちゃ。こんなにいい奴隷を見繕ってくれたんですもの」
「いえ、団長は真っ先に引きずり込む必要がありましたから。むしろ押し付けた感じになって悪いと思っていますよ」
親しげに話す二人の魔物。その情景に自分は大きな違和感を感じる。
裏切り者は団長で、彼がこの悪魔に魅了されて魔物たちを街中に引き込む手はずを整えた。そして襲撃の中で後輩はサキュバスに変えられ、ああなったと考えたのだ。
しかし会話を聞くに団長の方こそ悪魔に売られた被害者で、後輩の方が裏切り者のように思える。
頭の中で膨らむ疑惑。やがてそれを決定づける言葉が悪魔から飛び出した。
「…それにしても本当によかったの? ここはあなたの生まれ育った国でしょう? わたしたちとしてもこの地域に地盤は欲しかったところだけど、後悔とか罪悪感はないの?」
「? ごめんなさい、質問の意味が分かりません。国や家って大事なものと天秤にかけるだけの価値があるんですか?」
なぞなぞを前にした子供のように首をかしげる後輩。その様子に悪魔は大声で笑う。
「クッ…! アハッ…! アッハハハ! ええ、そうね! 秤にかけるまでもないわねえ! やっぱりあなたってば才能あったわ! こんな頼もしい仲間が増えたなんて、今日は記念すべき日ね!」
愉快痛快といった感じに笑い続ける悪魔と、それを不思議そうな顔で見る後輩。
会話の流れからして、人間だったころから彼女は魔物に通じていたのだろう。しかしいかなる理由があって彼女はこんなことをしたのか。
自分は話が途切れたタイミングを見計らって後輩に訊ねる。彼女は言葉を濁すこともなく、素直に答えてくれた。
「何故ですかって? それは王や家が気にくわなかったからですよ。
私は先輩をへこませて泣かせたいし、からかって怒らせたいし、救って感謝されたい。そして泣いた先輩を可愛がりたいし、怒った先輩を返り討ちにしたいし、感謝されて嬉しくなりたい。私はあなたを楽しみたいし、あなたに私を楽しんでもらいたい。
だっていうのに、ちょっと大きい国の王族だからって、媚び売って虎の子の勇者を嫁がせるなんていうんですよ? それも親子ほど歳の離れた相手に。もうこんな国滅ぼすしかないじゃないですか」
生まれ育った国も家も滅ぼしておいてそれを当然のように言う彼女。自分はその言葉を聞いて顔から血の気が引いたのを感じる。
この国が滅びたのはまさか……。変わった顔色から内心を読み取ったのか、後輩はクスクス笑って話を続ける。
「よかったですねえ先輩、自慢できますよ? 自分は傾国の美女…じゃなくて美男…でもないですね。美しくも格好良くもないですし。まあ“女のせいで国を滅ぼした下っ端兵士”とでも名乗れば一目置かれるんじゃないですか? 魔物たちの間で」
なんて嫌な称号だ。それは英雄じゃなくただの大悪党じゃないか。
だがまだ根本的な疑問が残っている。この後輩は何故に自分なんかのために国を滅ぼしたのか。
覚えている限り彼女と出会ったのは着任初日の団長室が初めてのはず。だというのに、その時点で自分が先輩になるように手を回していた。
つまり彼女は騎士団に来る前から自分を知っていたことになるのだが……。
自分はどうしてもそこが理解できないと言い、彼女に説明を求める。しかし彼女はジトッとした目でにらみ、大げさにため息を吐くだけ。
「………はぁ。まあいいですよ、覚えてないならそれで。先輩の記憶力に期待する方がバカですしね」
そう言われても教えてもらわなければ収まりが悪くて仕方ない。
自分は頭を下げて『教えてくれ』と頼むが、彼女は意地の悪いニヤニヤ笑いでそれを断る。
「なに言ってるんですか先輩。私は先輩をいじめるのも好きなんですよ? だから絶対に教えません。知りたいなら記憶のガラクタ箱を全部ひっくり返してみてください」
自力で思い出せと突き放す後輩。こうなってはもう彼女から聞き出すのは不可能だろう。
自分は腕を組み『仕方ないか…』とため息を吐く。そして乏しい記憶力を動員して過去の記憶を掘り返すことにした。
19/04/29 17:42更新 / 古い目覚まし