人間に化けるのは簡単
人化の魔法というのは魔物にとって簡単な部類に入ります。
なにしろ知能が高くない魔物や種族として魔法が苦手な魔物でも、少し練習すれば使えるようになるのですから。
そのため反魔物国家に潜入するような立場でなくとも『だいしゅきホールドしてほしい』『ハイヒールでグリグリ踏みにじってほしい』『犬のように後ろから犯したい』『人間化した姿を見てみたい』といった旦那さまの要望により、この魔法を習得する者はけっこう多いのです。
ですが一つご注意を。
人化の魔法は簡単ですが、それは人間として振る舞うのが簡単だということを意味するわけではありません。
人間の赤ん坊は、産まれたばかりは寝返りも打てず、やがてハイハイし、掴まりながら立って、それからようやく歩き始めます。
それほどの時間はかからずとも、やはり魔物にだって練習は必要なのです。
とある魔界に存在する、人化講習のための教室。
そこでは人化の魔法を覚えたばかりの魔物たちが悪戦苦闘しています。
「も、もうちょっとで……きゃぁ!」
プルプルと足を震わせながら、二本足で立ち上がろうとするアラクネさん。
ですが上手くいきそうなところで、コロンと後ろに転がってしまいました。
「だー! なんでこんな不安定なんだよ、人間ってのは!」
文句を言いながら再チャレンジするのは、大陸では珍しいウシオニさん。
業を煮やした彼女は、荒縄のような糸をどこかに引っ掛けて立とうとしますが、部屋の中にちょうど良さそうな引っかかりはありません。
まあ、そんなことしようとしても『自力で立ちなさい』と先生に注意されますが。
安定感に長ける中量八脚タイプが多いアラクネ属ですが、彼女らは人化するとその安定をたちまちに失ってしまいます。彼女らの下半身、クモの部分は上半身よりも重量が多く、その歩行は実際のクモに近いもの。
普段通りに立とうとすると重心が後ろへ傾いてしまい、背後へ転がってしまうのです。
彼女たちは重心を腰に落ち着けることから始めなければなりませんね。
さて、では次にはラミア属の魔物たちを見てみましょうか。
蛇の下半身を持つラミア属は高い場所に手を伸ばすとき、蛇体を縦に伸ばして取ったりもするので、重心の調整自体は楽な部類です。
ですが、彼女らは彼女らで、やはり難しい部分もあるのです。
「人間の足って関節少なすぎ……。もっと柔軟に曲がらないのかしら」
右足の膝や足首、足の指まで試すように動かしながら呟くのはメドゥーサさん。
彼女は人間の足の可動範囲が、蛇の下半身と比べてあまりに狭いことに不満なようです。
ですが、短時間で片足を動かせるようになった辺り、人化の才能はあったようですね。
「ずみまぜーん……。貴女どうやって、足を動かしてるんです…?
私にも教えてぐだざいよぉ……」
そんな才能あるメドゥーサさんに半泣きで教えを乞うのは、ラミアさん。
彼女は足が生えた感覚にまるで慣れることができず、ヘタなバタフライ泳法のように両足が揃って動いてしまいます。
これはまず右足と左足は別物だというところから、理解しないといけませんね。
「いい歳して泣くんじゃないわよ、みっともない。いい? まずは足首を……」
冷たくあしらうかと思いきや、ちゃんと教えてあげるあたり彼女は優しいですね。
これがツンデレというものでしょうか。旦那さまが羨ましいものです。
以上のように、二本足で立つだけでも、種族によっては一苦労です。
ですが中にはそういった苦労がいくつにも重なる魔物もいます。
例えば、部屋の隅で転がっているマーメイド属の皆さんがそうでしょうか。
「はぁ…はぁ…苦しい…。ゴメン、私もうダメかも…」
「オイ、しっかりしろ! それ錯覚だから! 窒息なんてしないから!」
陸に打ち上げられた瀕死の魚のように喘ぐのは、赤い帽子を被ったメロウさん。
そんな彼女をユサユサと揺らすのはマーシャークさんですね。
性格はあまり似ていない両種族ですが友人同士なのでしょう。
「だ、だって…エラが無いのに、どう息をしろっていうの……?」
「口でしろ口で! いつものことだろうが!」
一部のマーメイド属は肺とエラの両方を持っていて、水中、空気中で比率は変われど、二つの呼吸器官を同時に用いています。
ですが人化してしまうとエラが消えてしまい、呼吸器官の片方を失ったことから、精神的な呼吸困難に陥る者もいるのです。
「ゴメン…私、限界……」
メロウさんは友人に謝り、ドロンと下半身を元の魚に戻します。
そして両脇のエラをバクバクさせながら、ゼーハーゼーハーと荒い呼吸の繰り返し。
肺呼吸のコツなんて教えようがないので、これはもうひたすら練習して慣れてもらうしかないですね。
「ったく、オマエに付き合ってたら、いつまでたっても先に進めないっての。
アタシは足を動かす練習するからな? 早くアイツに後ろからヤってもらいたいし」
「そ…そんな、ズルイ……。私だって、あの人とお犬さんみたいにしたいのに……」
マーシャークさんは呆れた様子でメロウさんを見捨てます。
彼女たちはただの友人と思いきや、どうやら同じ旦那さまがいたようですね。
話を聞くに、交わりの幅を広げるため、人化の魔法を習得したのでしょうか。
彼女らには呼吸を克服したあとも二本足の試練が待っていますが、うまく乗り越えられることを祈りましょう。
これまで下半身異形の魔物たちを見てきましたが、何も魔物は下半身だけが人間と異なっているというわけではありません。今度は上半身が違う魔物を見てみましょう。
「グー…パー…チョキ……クソッ、チョキがうまくできねえ!」
苛立った声をあげながら、じゃんけんの型を作っているのはサンダーバードさん。
もちろんこれは遊んでいるわけではなく、指を動かす練習です。
両腕が翼の彼女にとって、十本もの指を動かすのは複雑極まりないでしょう。
いえ、片手の五本だけでも、難易度は高いでしょうね。
一番簡単なのは何もしないパー。次に簡単なのが全て曲げるだけのグー。
三本だけ曲げて二本は伸ばしたままというチョキは、指使いの最初の関門です。
「ぐあー、めんどくせー! 足があるんだから、手じゃなくたっていいだろうがー!」
彼女の旦那さまは足でするのに飽きたのか、手での行為をご希望のようですね。
短気らしいサンダーバードさんはグチグチ言いますが、それでも練習は止めません。
まあ、旦那さまのお願いを断われる魔物なんていないので、当たり前なのですが。
「ふん、ふん、ふん。おおっ、この動きは新しい旋律が生まれるかも!」
サンダーバードさんとは対照的に滑らかに指を動かすのはガンダルヴァさん。
彼女の種族は楽器を演奏するため、両翼に二本の爪を備えています。
だからハーピー属の中でも、指使いの上達が早いのですね。
現に今の彼女も、指が増えたから新しい曲が演奏できると意気込んでいます。
「そーっと…そーっと…あっ!」
紙のカードでタワーを作っていたサイクロプスさん。
彼女は最上段に積んで完成というところで、距離を誤って崩してしまいます。
「……片目なら楽なのに」
ショボーン…としながら、彼女はまた土台を組み立てようとしますが、カードを取ろうとする手が時々スカッてしまいます。本人が漏らしたように、片目をつぶれば簡単なのでしょうが、それでは練習になりません。
「うごごご……。針の穴に糸通すのって、こんな難しいのか……」
ギリギリ歯を噛みながら、糸通しをするのはゲイザーさん。
彼女は触手の先に多数の目玉を持ちますが、それらには視力がありません。
一つ目で見るのが前提の彼女らは、目が増えると逆に距離感が狂ってしまうのです。
それさえ慣れてしまえば体は普通に動くので、楽な方ではあるのですが。
ここらでちょっと目先を変えて、スライム属の皆さんを見てみましょう。
スライム属は旧魔王時代のような粘液塊から、人間と同じ手足を模ることまで、かなり自由に形を変えられます。
ならば彼女らは簡単に人間のマネができるのか…というとそれは間違いです。
「いっぽ、にーほ、さん…うひゃぁ!」
立つことまでは何とかできるものの、三歩も行かずに転んでしまうスライムさん。
確かにスライム属は手足を動かすことは人間と同レベルにできます。
しかし彼女らが移動する場合、土台となっている粘液を這わせて動くため、二足歩行の経験は無い者が大半なのです。
そのため二本足で立つと、狭い足の裏でバランスをとるために、フラフラと上体を揺らしてしまいます。
ましてや歩こうとしたら、片足を持ち上げた時点でバランスを崩してしまい、転倒するのがお決まり。このスライムさんは、足を踏み出せるというだけで優秀なのです。
「うー、いいなあ、うらやましいなあ……」
その優秀なスライムさんを羨んで眺めるのは、バブルスライムさん。
バブルスライムは通常のスライムと比べて女体の形成が不得手なので、手足の扱いという点において劣ってしまうのです。
そのため直立二足歩行の学習速度も遅め。
それでもハイハイはできる分、マーメイド属の皆さんよりはまだマシでしょうか。
実のところ、旦那さまとベッドの上でイチャつくだけなら、体を動かす練習はそう必要ありません。ハイハイ程度に動ければ、交わりに必要な動作は行えます。
ですが『反魔物国家の観光地へ行きたい』『反魔物国家にいる両親に嫁を見せたい』といった場合、肉体動作だけでなく、精神もある程度は人間を装う必要があるのです。
「ヒャッハー!」
「「「ヒャッハー!」」」
拳を突き上げるオーガさんとそれを囲んでいるゴブリンさんたち。
はい、コレはアウトですね。
ヒャッハー! と叫ぶなど、魔物かその関係者であることを明言しているようなもの。
こんな奇声をあげては門番に一発で正体がばれ、衛兵が駆けつけてくることでしょう。
彼女らは反魔物国家に出かけるにはまだまだ早いようです。
「ううっ、やっぱり外で離れるのは心細い……」
「なら、貴女は留守番していて。私と彼だけで行くから」
「それは嫌っ! 絶対わたしも行くっ!」
こちらはカースドソードとリビングアーマーのお二人ですね。
人化前のリビングアーマーさんは半透明、もしくは完全に透明で分かり辛いですが、
人化すると可愛らしい顔をしているのがよく分かります。
そんな彼女はカースドソードさんの半身たる剣を片手に持って、肉体から引き離そうとしているようです。
人化すれば剣の見た目は普通になるとはいえ、場所によっては武器の持ち込みが禁止される所もあるでしょう。
自宅以外でもある程度の距離、ある程度の時間離れられなければ、予期せぬ事態を起こすかもしれません。
リビングアーマーさんは合格ですが、カースドソードさんの方は要練習といったところでしょうか。
「講習に参加してみましたが、私は何を改善したらいいのでしょう」
「……考えてみたら、私達はたいしてやることないわね」
手持無沙汰で他の魔物たちを眺めているのは、オートマトンさんとリビングドールさん。
本人たちが言っている通り、彼女ら二人には特に問題点はありません。
オートマトンさんが無表情だとか、リビングドールさんがちょっと小生意気そうだとかはありますが、そのぐらいは性格・個性の範囲内ですし、普通の人間にもいますのでまずバレません。
と、このように一部の魔物は反魔物国家に入国するのにも、結構な努力が必要なのです。
なので、もし彼女らがドジって街中で正体を表してしまっても、努力に免じて見逃してあげましょう。
可能ならば正体を隠す手伝いをしてあげても良いかもしれません。
彼女らはきっと心の底から感謝してくれることでしょう。
もしあなたが男性なら、お礼としてお友だちを紹介してくれるかもしれませんよ?
なにしろ知能が高くない魔物や種族として魔法が苦手な魔物でも、少し練習すれば使えるようになるのですから。
そのため反魔物国家に潜入するような立場でなくとも『だいしゅきホールドしてほしい』『ハイヒールでグリグリ踏みにじってほしい』『犬のように後ろから犯したい』『人間化した姿を見てみたい』といった旦那さまの要望により、この魔法を習得する者はけっこう多いのです。
ですが一つご注意を。
人化の魔法は簡単ですが、それは人間として振る舞うのが簡単だということを意味するわけではありません。
人間の赤ん坊は、産まれたばかりは寝返りも打てず、やがてハイハイし、掴まりながら立って、それからようやく歩き始めます。
それほどの時間はかからずとも、やはり魔物にだって練習は必要なのです。
とある魔界に存在する、人化講習のための教室。
そこでは人化の魔法を覚えたばかりの魔物たちが悪戦苦闘しています。
「も、もうちょっとで……きゃぁ!」
プルプルと足を震わせながら、二本足で立ち上がろうとするアラクネさん。
ですが上手くいきそうなところで、コロンと後ろに転がってしまいました。
「だー! なんでこんな不安定なんだよ、人間ってのは!」
文句を言いながら再チャレンジするのは、大陸では珍しいウシオニさん。
業を煮やした彼女は、荒縄のような糸をどこかに引っ掛けて立とうとしますが、部屋の中にちょうど良さそうな引っかかりはありません。
まあ、そんなことしようとしても『自力で立ちなさい』と先生に注意されますが。
安定感に長ける中量八脚タイプが多いアラクネ属ですが、彼女らは人化するとその安定をたちまちに失ってしまいます。彼女らの下半身、クモの部分は上半身よりも重量が多く、その歩行は実際のクモに近いもの。
普段通りに立とうとすると重心が後ろへ傾いてしまい、背後へ転がってしまうのです。
彼女たちは重心を腰に落ち着けることから始めなければなりませんね。
さて、では次にはラミア属の魔物たちを見てみましょうか。
蛇の下半身を持つラミア属は高い場所に手を伸ばすとき、蛇体を縦に伸ばして取ったりもするので、重心の調整自体は楽な部類です。
ですが、彼女らは彼女らで、やはり難しい部分もあるのです。
「人間の足って関節少なすぎ……。もっと柔軟に曲がらないのかしら」
右足の膝や足首、足の指まで試すように動かしながら呟くのはメドゥーサさん。
彼女は人間の足の可動範囲が、蛇の下半身と比べてあまりに狭いことに不満なようです。
ですが、短時間で片足を動かせるようになった辺り、人化の才能はあったようですね。
「ずみまぜーん……。貴女どうやって、足を動かしてるんです…?
私にも教えてぐだざいよぉ……」
そんな才能あるメドゥーサさんに半泣きで教えを乞うのは、ラミアさん。
彼女は足が生えた感覚にまるで慣れることができず、ヘタなバタフライ泳法のように両足が揃って動いてしまいます。
これはまず右足と左足は別物だというところから、理解しないといけませんね。
「いい歳して泣くんじゃないわよ、みっともない。いい? まずは足首を……」
冷たくあしらうかと思いきや、ちゃんと教えてあげるあたり彼女は優しいですね。
これがツンデレというものでしょうか。旦那さまが羨ましいものです。
以上のように、二本足で立つだけでも、種族によっては一苦労です。
ですが中にはそういった苦労がいくつにも重なる魔物もいます。
例えば、部屋の隅で転がっているマーメイド属の皆さんがそうでしょうか。
「はぁ…はぁ…苦しい…。ゴメン、私もうダメかも…」
「オイ、しっかりしろ! それ錯覚だから! 窒息なんてしないから!」
陸に打ち上げられた瀕死の魚のように喘ぐのは、赤い帽子を被ったメロウさん。
そんな彼女をユサユサと揺らすのはマーシャークさんですね。
性格はあまり似ていない両種族ですが友人同士なのでしょう。
「だ、だって…エラが無いのに、どう息をしろっていうの……?」
「口でしろ口で! いつものことだろうが!」
一部のマーメイド属は肺とエラの両方を持っていて、水中、空気中で比率は変われど、二つの呼吸器官を同時に用いています。
ですが人化してしまうとエラが消えてしまい、呼吸器官の片方を失ったことから、精神的な呼吸困難に陥る者もいるのです。
「ゴメン…私、限界……」
メロウさんは友人に謝り、ドロンと下半身を元の魚に戻します。
そして両脇のエラをバクバクさせながら、ゼーハーゼーハーと荒い呼吸の繰り返し。
肺呼吸のコツなんて教えようがないので、これはもうひたすら練習して慣れてもらうしかないですね。
「ったく、オマエに付き合ってたら、いつまでたっても先に進めないっての。
アタシは足を動かす練習するからな? 早くアイツに後ろからヤってもらいたいし」
「そ…そんな、ズルイ……。私だって、あの人とお犬さんみたいにしたいのに……」
マーシャークさんは呆れた様子でメロウさんを見捨てます。
彼女たちはただの友人と思いきや、どうやら同じ旦那さまがいたようですね。
話を聞くに、交わりの幅を広げるため、人化の魔法を習得したのでしょうか。
彼女らには呼吸を克服したあとも二本足の試練が待っていますが、うまく乗り越えられることを祈りましょう。
これまで下半身異形の魔物たちを見てきましたが、何も魔物は下半身だけが人間と異なっているというわけではありません。今度は上半身が違う魔物を見てみましょう。
「グー…パー…チョキ……クソッ、チョキがうまくできねえ!」
苛立った声をあげながら、じゃんけんの型を作っているのはサンダーバードさん。
もちろんこれは遊んでいるわけではなく、指を動かす練習です。
両腕が翼の彼女にとって、十本もの指を動かすのは複雑極まりないでしょう。
いえ、片手の五本だけでも、難易度は高いでしょうね。
一番簡単なのは何もしないパー。次に簡単なのが全て曲げるだけのグー。
三本だけ曲げて二本は伸ばしたままというチョキは、指使いの最初の関門です。
「ぐあー、めんどくせー! 足があるんだから、手じゃなくたっていいだろうがー!」
彼女の旦那さまは足でするのに飽きたのか、手での行為をご希望のようですね。
短気らしいサンダーバードさんはグチグチ言いますが、それでも練習は止めません。
まあ、旦那さまのお願いを断われる魔物なんていないので、当たり前なのですが。
「ふん、ふん、ふん。おおっ、この動きは新しい旋律が生まれるかも!」
サンダーバードさんとは対照的に滑らかに指を動かすのはガンダルヴァさん。
彼女の種族は楽器を演奏するため、両翼に二本の爪を備えています。
だからハーピー属の中でも、指使いの上達が早いのですね。
現に今の彼女も、指が増えたから新しい曲が演奏できると意気込んでいます。
「そーっと…そーっと…あっ!」
紙のカードでタワーを作っていたサイクロプスさん。
彼女は最上段に積んで完成というところで、距離を誤って崩してしまいます。
「……片目なら楽なのに」
ショボーン…としながら、彼女はまた土台を組み立てようとしますが、カードを取ろうとする手が時々スカッてしまいます。本人が漏らしたように、片目をつぶれば簡単なのでしょうが、それでは練習になりません。
「うごごご……。針の穴に糸通すのって、こんな難しいのか……」
ギリギリ歯を噛みながら、糸通しをするのはゲイザーさん。
彼女は触手の先に多数の目玉を持ちますが、それらには視力がありません。
一つ目で見るのが前提の彼女らは、目が増えると逆に距離感が狂ってしまうのです。
それさえ慣れてしまえば体は普通に動くので、楽な方ではあるのですが。
ここらでちょっと目先を変えて、スライム属の皆さんを見てみましょう。
スライム属は旧魔王時代のような粘液塊から、人間と同じ手足を模ることまで、かなり自由に形を変えられます。
ならば彼女らは簡単に人間のマネができるのか…というとそれは間違いです。
「いっぽ、にーほ、さん…うひゃぁ!」
立つことまでは何とかできるものの、三歩も行かずに転んでしまうスライムさん。
確かにスライム属は手足を動かすことは人間と同レベルにできます。
しかし彼女らが移動する場合、土台となっている粘液を這わせて動くため、二足歩行の経験は無い者が大半なのです。
そのため二本足で立つと、狭い足の裏でバランスをとるために、フラフラと上体を揺らしてしまいます。
ましてや歩こうとしたら、片足を持ち上げた時点でバランスを崩してしまい、転倒するのがお決まり。このスライムさんは、足を踏み出せるというだけで優秀なのです。
「うー、いいなあ、うらやましいなあ……」
その優秀なスライムさんを羨んで眺めるのは、バブルスライムさん。
バブルスライムは通常のスライムと比べて女体の形成が不得手なので、手足の扱いという点において劣ってしまうのです。
そのため直立二足歩行の学習速度も遅め。
それでもハイハイはできる分、マーメイド属の皆さんよりはまだマシでしょうか。
実のところ、旦那さまとベッドの上でイチャつくだけなら、体を動かす練習はそう必要ありません。ハイハイ程度に動ければ、交わりに必要な動作は行えます。
ですが『反魔物国家の観光地へ行きたい』『反魔物国家にいる両親に嫁を見せたい』といった場合、肉体動作だけでなく、精神もある程度は人間を装う必要があるのです。
「ヒャッハー!」
「「「ヒャッハー!」」」
拳を突き上げるオーガさんとそれを囲んでいるゴブリンさんたち。
はい、コレはアウトですね。
ヒャッハー! と叫ぶなど、魔物かその関係者であることを明言しているようなもの。
こんな奇声をあげては門番に一発で正体がばれ、衛兵が駆けつけてくることでしょう。
彼女らは反魔物国家に出かけるにはまだまだ早いようです。
「ううっ、やっぱり外で離れるのは心細い……」
「なら、貴女は留守番していて。私と彼だけで行くから」
「それは嫌っ! 絶対わたしも行くっ!」
こちらはカースドソードとリビングアーマーのお二人ですね。
人化前のリビングアーマーさんは半透明、もしくは完全に透明で分かり辛いですが、
人化すると可愛らしい顔をしているのがよく分かります。
そんな彼女はカースドソードさんの半身たる剣を片手に持って、肉体から引き離そうとしているようです。
人化すれば剣の見た目は普通になるとはいえ、場所によっては武器の持ち込みが禁止される所もあるでしょう。
自宅以外でもある程度の距離、ある程度の時間離れられなければ、予期せぬ事態を起こすかもしれません。
リビングアーマーさんは合格ですが、カースドソードさんの方は要練習といったところでしょうか。
「講習に参加してみましたが、私は何を改善したらいいのでしょう」
「……考えてみたら、私達はたいしてやることないわね」
手持無沙汰で他の魔物たちを眺めているのは、オートマトンさんとリビングドールさん。
本人たちが言っている通り、彼女ら二人には特に問題点はありません。
オートマトンさんが無表情だとか、リビングドールさんがちょっと小生意気そうだとかはありますが、そのぐらいは性格・個性の範囲内ですし、普通の人間にもいますのでまずバレません。
と、このように一部の魔物は反魔物国家に入国するのにも、結構な努力が必要なのです。
なので、もし彼女らがドジって街中で正体を表してしまっても、努力に免じて見逃してあげましょう。
可能ならば正体を隠す手伝いをしてあげても良いかもしれません。
彼女らはきっと心の底から感謝してくれることでしょう。
もしあなたが男性なら、お礼としてお友だちを紹介してくれるかもしれませんよ?
18/02/28 17:13更新 / 古い目覚まし