洋館には幽霊が出るというテンプレ。
怪奇現象に対して最も有効なのは人間の活気・活力なのだという。
いわれてみれば、幽霊や妖怪が出没するのは夜や夕暮れなど、暗くて心細くなる時間で、
遭遇するのも一人や二人、あるいは三人といった、頼りなさを感じる少人数の時が大半だ。
人で賑わう真夏のビーチに妖怪が出たなんて聞かないし、真夜中の廃病院であっても、一クラス三十人がお喋りしながら団体行動してれば幽霊も姿を現しづらいだろう。
そう。全ては活気、生きた人間の持つ力なのだ。
築百年以上経っていて『幽霊が出る』との噂が絶えない町はずれの洋館。
そこに夜侵入したら、玄関が開かなくなってしまい、窓ガラスが何故か割れなくて、携帯電話も圏外で、突然ライトが点かなくなり、月光の生み出す影がおどろおどろしく揺らめくようになったとしても、生きた人間の力があれば対抗できる。
できるはずなのだ、多分きっと。
とりあえず元気を出す手段として大声で笑ってみる。ワッハッハと。
しかし自分があげた声は暗い廊下に虚しく響くだけで、怪奇現象がおさまるどころか、自分の心を奮い立たせることさえできなかった。
『どうしよう…』と思うが、このまま廊下に立っていても状況が良くなるとは考えづらい。仕方ないので、自分がここに来た目的を達成するために足を進める。
なぜ自分がこんな時間に『いわくつきの場所』に来るはめになったかというと、全ては弟の同級生である悪ガキに帰結する。
自分の弟は少し歳が離れていて小学生なのであるが、何でもクラスメイトのサキちゃんから手紙をもらったらしい。
しかしその手紙は弟が読む前にクラスのボス猿に奪われれ、この洋館に隠されてしまったのだとか。
本人は必死になって探したそうだが、結局見つからずいったん家に帰ってきた。
そして夕食後にボス猿からのメールが届き、隠し場所が判明。
弟はすぐ取りに行こうとしたが、暗い時間に小学生を出歩かせるわけにはいかない。
我が家は片親で大黒柱の父は出張中。こうなれば高校生の自分が手紙を取ってくるしかないだろう。
自分は弟に『ちゃんと家にいろ』とキッチリ言い含めて、洋館にやってきた。
ところが玄関を開いて一歩踏み込んだ途端に、バタン! と扉が閉じて館に閉じ込められることになったのである。
さて、この状況はどうすれば切り抜けられるだろう?
携帯が使えない以上、外部に助けを求めることは不可能だ。
廊下に置いてあった壺を叩きつけても窓ガラスにヒビ一つ入らないことから、物理的に脱出口を作るのも難しい。
そうなるとこの怪奇現象を起こしている張本人を探し出して、対決するしかないだろう。
しかし自分はゴーストバスターでも何でもないので、幽霊の対処法なんてまるで知らない。
唯一頼りになるのは、話に聞いた『生者の活気』だけだ。
メールによると手紙は一階廊下の奥、壁際の左のカーペットをめくり上げたところに挟んであるらしい。廊下に並んでいる扉から何か飛び出てこないかと、内心ヒヤヒヤしながら自分は先へと進む。
やがて館を東西に仕切る階段を通り過ぎ、突き当りの壁まで到着。
指定された場所をめくり手紙を回収……あれ、ないぞ?
『間違ったか?』と反対側のカーペットもめくるが、そこにも手紙はない。
まさかこの現象のせいで何かあったのか?
そう思った途端、天井から若い女の声が響いてきた。
「クスクス…あなたが探しているのはコレかしら?」
バッ! と自分は天井を見上げる。見た先には……何と表現したらいいんだろう?
肉体が青白い炎で構成されているような、女の上半身が逆さに生えていた。
炎は容貌がはっきり見て取れるほどに精細で、見た目の年齢は自分と同じくらいだろう。
顔の造形はとても美しいといってよく、黒いドレスを着ている。
そんな幽霊(でいいや)は自分を見下ろして(見上げて?)手にした手紙をヒラヒラと振る。
正直、こんなにはっきりと幽霊を見たのは初めてで、膀胱が満たされていたら少しは漏らしていたかもしれない。
だがこんな場面で悲鳴をあげてへたり込もうものなら『行方不明になった少年A』のポジションが確定してしまうだろう。
自分は極力平静を装いながら『こんばんは』と人間に対してするように挨拶をする。
すると幽霊は少し意外そうに目を開き、同じように挨拶を返してきた。
「こんばんは、不法侵入者さん。
他人の家に勝手に入るのは悪いことだって教わらなかったの?」
それを言われると痛いが、彼女にはちゃんと会話する知性と意思があるようだ。
手紙を返してもらえばすぐ出ていくと伝えれば、あっさり解放してくれるかもしれない。
それを期待して彼女に事情を説明すると……。
「ふーん、弟さんが女の子にもらった手紙ねえ……」
幽霊は意味ありげに呟くと、勝手に封筒を開いて中の手紙を広げた。
文面は短いのかすぐに読み終わったようで、何故か両手がプルプルと震えている。
「ねえ…この手紙の内容、なんだか分かる?」
そんなもの分かるか。というか他人宛ての手紙を勝手に読むなよ。
不法侵入した自分がマナーについてとやかく言うのは何だが、弟の手紙を盗み見されたことには少しムッとくる。
「この手紙なんだけどね、サキさんからあなたの弟さんへの恋文よ。
将来結婚したいぐらい大好きなんですって……」
へえ、あいつも隅におけないねえ。
もし本当にそうなったら兄としてきちんと祝福してやろう。
「ふ…うふふ…。小学生でも恋人ができるのに、私は…私には……ぶるぁぁぁぁ!」
突如奇声を発し、クシャッと手紙を握りつぶす幽霊。
自分はビクッ! と反応し逃げの姿勢をとってしまう。
「ああ羨ましい! 妬ましい! こんな歳でカップルとか勝ち組じゃないの!
私は百年以上死んでて男っ気一つないのに! ええ、私が醜女だなんてのは分かってるわよ! だからって何でずっと独りで、他人がいちゃつくのを我慢して見てなきゃいけないのよぉぉぉ!」
トラウマスイッチでも入ったのか、幽霊は矢継ぎ早にヒステリックな言葉を連ねる。
怪奇現象とは違った意味で怖くなり、腰が引けてしまった。
「カップルだからって手を出さずにいてあげれば『きゃー、こわーい!』『ははっ、怖がることなんてないさ』とか、誰も彼もイチャイチャイチャイチャしてくれてぇっ!
そのうえ私の部屋まで入ってきてギシギシアンアンとか馬鹿にしてるの!? 汚れたベッド誰が後片付けすると思ってるのよ!」
(元から逆さというのは置いといて)すっかり頭に血が登っているらしく、まだまだ不平不満をぶちまける幽霊。よっぽど言いたいことが溜まってたんだろうなあ…と自分はもはや冷静に考えてすらいる。
「最悪なのは人気がないからってレイプ犯までこの館にやってくることっ!
女の子が可哀想だから頭の中いじくって両想いにしてあげてるけど、なんで独身の私が二人の仲を取り持たないといけないの!?
『レイプから始まる恋もあるんですね!』とか幸せそうに帰ってく連中を、どうして一人寂しく見送んなきゃいけないのよっ!」
……この幽霊、何だかんだいってお節介焼きであまり悪い人じゃないっぽい。
幽霊はしばらくの間愚痴りまくっていたが、やがてネタを吐き出し終わったらしく落ち着いた。
息を切らし肩を上下させているも怒りは消えた様子で、敵対的ではない視線をこちらに向けてくる。
「はー、はー、はーっ………ごめんなさい、取り乱しちゃって。
恥ずかしいところを見せたわね」
そう言って幽霊は謝るが、自分に害があったわけでもないし別に気にしない。
むしろ人間臭い反応をしてくれたことで恐怖が和らいだので、結果オーライだ。
「ええと、それで手紙よね? 返すわ、握りつぶしちゃったけど」
幽霊はそう言うと天井を完全にすり抜けて自分の前に降りてきた。
天地上下を戻して全身を見せた彼女の姿は、足元が無い典型的な幽霊のもの。
ただ膝から下が檻のようなものに閉じ込められているのがテンプレと違っている。
檻自体の形と相まって、燭台に点った火を連想させた。
「サキさんと弟さんには悪いことをしたわね。もし会うことがあったら謝ってもらえるかしら」
『ちゃんと伝えます…』と自分は言って彼女が差し出した手紙を受け取る。
これで弟からのミッションはコンプリートだ。
次は自分自身の脱出ミッションを完遂しなくては。
まずは不法侵入をちゃんと謝罪しよう。
彼女なら反省の態度を見せれば素直に帰してくれそうだ。
そう考えて自分は『勝手に入ってすみませんでした』と頭を下げてみせる。
「別に謝らなくてもいいわよ。不法侵入者なんてしょっちゅう来るんだし。
弟さんの手紙を隠した悪童みたいに、小さい子供は特にね」
手を横に振り、本当に気にしていない様子で言う幽霊。
言われてみれば肝試しやら何やらで、ときどき人は入ってくるのか。
目的の物は回収したし、館の主も怒っていない。
これなら無事に帰れそうだ……と自分は思ったがそれは甘かった。
「……それにね、これからはあなたも一緒に住むことになるんだから、気にすることなんて何にもないのよ」
聞き捨てならないセリフ。
緩んでいた緊張感が最大限に高まり、自分は幽霊の顔を凝視する。
その彼女は『にへらぁ…』と嫌な予感しか感じさせない笑みを浮かべて話す。
「私ね、生きてた頃からずーっと独りぼっちだったの。
お母様は小さいころに死んじゃったし、お父様もほとんど会いに来てくれなかった。
それもそうよね? こんな二目と見れない酷い顔じゃあ、娘でも相手をしたいなんて思わない。
使用人たちは『仕事だから』仕方なく世話してくれてたけど、用事が済んだらすぐ私の前からいなくなる。
だからね、ずーっと私の傍にいてくれる恋人が欲しかったんだぁ……」
脳の冷静な部分が『おいやばいぞこれ』と警告してくるが、逃げ出すという行動がとれない。そうしたら決定的な事態のトリガーを引いてしまうとの確信がある。
……とりあえず説得を試みよう。可能性が低くとも。
まず前提として、彼女と一緒にいるのは自分じゃなくてもいいんじゃないだろうか。
いやむしろ上流階級のレディなら、恋人よりも同性の友人を作ることから始めるべきだ。
見知らぬ女性になすりつけることになるが、そのように自分は幽霊を説得する。
「あら、こんな醜い私をレディ扱いしてくれるだなんて、
あなたはずいぶんとジェントルなのね。
でも他の女性はこんな私とお近づきになりたいだなんて思わないわ。
もしそうなったとしても、引き立て役として利用したいだけよ」
何故だか分からないが、この幽霊は外見にものすごいコンプレックスがあるようだ。
百人中百人が美しいと評すだろう顔なのに、彼女は最低の醜女だと思い込んでいる。
その誤解を解けば…ってなに勝手に成仏するとか思い込んでいるんだ、バカか自分は。
「それにね、私は館から出るなって言いつけられていて、いつも本ばかり読んでいたの。
だから恋物語の登場人物たちにはとっても憧れていた。いつか私もこんな風に素敵な男性と愛し合いたいな……って。
恥ずかしい話だけど、自作の物語を書いたりもしたのよ? 未完で終わってしまったけど」
つまり恋愛小説オタクだったということか。だが現実にそれを持ち込まないでほしい。
現実は小説のように美しくはいかないし、そもそも気の進まない男を無理やり恋人にしてどうするんだ。
「言うじゃない。美人は三日で飽きるけど、ブスは三日で慣れるって。
私はブスより酷い猿同然の顔だけど、死ぬまで一緒にいれば慣れるわきっと」
『死ぬまで』という言葉でトリガーの安全装置が外れた。
このまま突っ立っていれば間違いなく最悪の事態になる。
冷静な部分がそう判断し、自分はついに背を向けて逃げ出した。
「ああ愛しいあなた、そんなに急いでどこへ行くのかしら。
私が鳩だったなら、その翼でどこへでもついて行きますのに」
小説の一文をそらんじた様な幽霊の声。
それを背後に廊下を駆けた自分は館中央の階段で曲がり、そのまま二階へ向かう。
脳の冷静な部分は『上に逃げてどうするんだ』と選択ミスを指摘したが、感情的には彼女の視界から一刻も早く逃れたかったのだ。
ダンダンダン! と一段飛ばしで階段を駆け上がった自分は二階廊下に出ると、一番近い扉を開けてそこに逃げ込む。
天井をすり抜けられる幽霊相手に立て籠もっても意味はないかもしれないが、心情的には少し楽になった。
乱れた呼吸を整えようとしていると、どこからともなく幽霊の声が響く。
「私の部屋は二階の一番西の部屋よ。ジェントルらしく身だしなみを整えてお越しくださいな。私はいつまでも待つけど、あまりレディを待たせるのはよろしくないわよ?」
館から逃げられないと知っているからか、あちらは自分を追い回すつもりはないようだ。
それは助かったが、この状況が悪い意味で安定してしまったということでもある。
いつまでも待つと言っていたが、本当にそうだとは思えない。
このまま朝まで引き延ばそうとしたら、きっとしびれを切らせて襲ってくるだろう。
ボスを倒すまで出られないとか、どんなダンジョンだここは。
自分の人生はいつからRPGになった?
こうなると知っていれば、レベル上げに勤しんだというのに。
だがノーセーブでここまで進んでしまった以上、リセットという手は使えない。
気は進まないが幽霊と対話し情報収集をしよう。
低レベル攻略をするならボスデータは必須だ。
いきなり幽霊の部屋に突入する覚悟はないので、自分は部屋に立て籠もったまま会話を試みる。先ほどは姿を見せずに通告してきたのだから、逆にこちらの声が届く可能性もあるだろう。その考えは正しかったらしく、彼女は反応を返してきた。
「何かしら愛しいあなた。もう準備を終えて来てくれるの?」
嬉しそうに言う幽霊だが要は『ボス部屋に突入しますか? ⇒はい いいえ』の選択だ。
脳内で『⇒いいえ』にカーソルを合わせて自分は思考する。
まず気になるのが幽霊の自己認識だ。
彼女は己を酷い醜女だと思っており、誰にも愛されず孤独だったのはそのせいだと考えている。
だが自分が見るかぎり、彼女は稀に見るほどの美人だ。
そのあたりの謎が鍵かもしれない。
トラウマスイッチが入って暴発するかもしれないが、ここは踏み込むべきだ。
「ふふ、うふふ…私が美しいだなんて、本当にあなたは優しいわね。
でもそんなお世辞なんていらないのよ。お父様が使用人にこぼしていたもの。
『酔っていたとはいえ、黄色い猿と寝ただなんてとんでもない過ちだ』
『やはり猿は猿だな。自分の血を引いていても、とても醜くて見るに堪えない』
『あんなモノを外に出したら一族の恥だ。死ぬまで檻に入れておけ』
……他にも色々あったけど、すぐ思い浮かぶのはこの辺ね」
なんとなく、事情が分かってきた。
彼女の父親は百年以上の昔に日本にやってきた欧米人なのだろう。
人種差別主義者らしき彼がなぜ来日したかは知らないが、一夜の過ちで現地人との間に子を作ってしまった。
そして生まれた娘を父親は『猿のように醜い娘』『他人には見せられない汚物』と蔑み、この洋館に軟禁したのだ。
使用人が彼女の容貌ついてどう思っていたかは分からないが、
肉親にこうも悪く言われていては、褒められたところでただのお世辞としか受け取れないだろう。他の女性と顔を会わせて美しさを比較しようにも、軟禁されていてそんな機会はなかった。
その結果として彼女は『親にも愛されない、とても醜い女』と己を卑下することになったのだ…と思う。
しかし顔は置いておくとして、本当に誰も彼女を大切にしてくれなかったのか?
使用人だって長く接していれば、情が湧くものだろう。
一人ぐらいは彼女に向き合って、優しくしてくれた人もいるのではないだろうか。
期待するように自分はそう訊ねるが、幽霊は自嘲した声で答える。
「最初の頃は優しくしてくれる人もいたわね。
でもそういった人たちは、そのうちいなくなったわ。
最後は『お給金が良いから猿の世話をする』人しかいなかった。
私が体を悪くして、衰弱していくようになったら、心配する人も出てきたけどね」
唯一の肉親に見捨てられ、病気になった少女を哀れむ。
それは人間ならば誰でも抱くであろう同情だ。
その程度で愛に飢える彼女が満たされるわけもないか。
「ええ、使用人たちは心配してくれたわ。
『ばれたりしませんか』『あの娘は誰にもお披露目してないよな』
『ちゃんと後始末してもらえるのよね』って、皆が本当に心配していた。
隠し味が分からないような栄養たっぷりのスープを作ってくれたし、
『飲んでいればそのうち楽になりますよ』って言って、いろんな薬をくれたもの」
……想像以上、いや想像にすら及ばない酷さだった。
死ぬまで閉じ込めておくというのも十分酷いが、彼女の父は血の繋がった娘を毒殺するまでに嫌うようになったわけだ。
使用人たちも心配するのは殺人がばれないかということだけで、彼女の命のことなどまるで眼中にない。
生前の彼女は本当に誰からも愛されず、孤独に死んでいったのか。
「……ねえ、私の話もいいけど、あなたの話も聞かせてもらえないかしら。
そうでなければフェアとは言えないでしょう?」
幽霊はこちらの過去話をしろと言ってくるが、それに答える余裕はない。
何故かというと、むちゃくちゃ腹が立っているからだ。
自分も幼いころに母を亡くしたが、父はきちんと愛情をもって育ててくれた。
だからこそ父のことを尊敬し感謝できるのだし、
自分がしてもらったように、愛情をもって弟の面倒をみれるのだ。
それをなんだ?
蔑んでいる黄色い猿に手を出して、生まれた子供を可愛がるどころか人生の汚点扱いし、あげくの果てに使用人に命じて毒殺、さらには死んだ後まで呪縛するという最低っぷり。
全て悪いのは彼女の父親じゃないか。
なんでこんなクソ野郎のせいで、自分がこんな館の一室に籠って、怯えないといけないんだ?
事情が分かり、状況を整理できてくるにつれて、幽霊への恐怖は薄くなった。
そして代わりに腹の底から湧いてくるのは怒り。
恐怖では活力が湧かないが、怒りは活力を連れてきてくれる。
幽霊がなんだ。死人がなんだ。生者の力というものをぶつけてやる。
脳の冷静な部分が『なに考えてんだバカ』とうるさく文句を言ってくるが、
ロクな解決策も出さない理性は黙ってろ。というか黙らせてやる。
『 たたかう ⇒とくぎ どうぐ にげる』
『 とんずら りょうり ⇒ばーさーく/New! 』
もう面倒臭いことは何も考えない。やりたいようにやってやる。
自分は立て籠もっていた部屋をすぐさま出ると、幽霊の私室らしき一番西の部屋に目を向ける。
そして廊下を大股でズンズン歩き、ノックなどせず扉を開けて部屋に入った。
廃墟というせいもあるのだろうが、女子の部屋というわりに物がなく質素な室内。
幽霊はベッドのすぐ横に浮いていて、不作法に入ってきたこちらにムッとした顔を向ける。
「あなた、恋人とはいえノックの一つもないなんて、ジェントルじゃないわよ。
私が一からマナーを教え…んむっ!?」
黒いドレスの両肩を掴み、自分は強引に口づけをする。
幽霊だからすり抜けるとか、炎だから火傷するかもとか、そういう考えは全くなかった。
そして実際に問題なく触れることができ、人間と同じ体温を持っていることが分かる。
「んんっ…ふぅっ。…いきなりキスだなんて、無理しなくていいわよ。まずは首から下を好きになって。顔を隠せばあなたのペニスも使い物になるでしょう?」
顔を度外視し、まず体から使ってくれと言う幽霊。
醜い女であっても、顔を見なければ肉体には欲情できるということか。
だが至近距離で目にする彼女の容貌は、白人と日本人の血が絶妙に混ざり合っていて美しい。これが醜いというのなら、クラスの女子は全員が首を吊ってしまうだろう。
「だから、そんなこと言わなくていいのよ。綺麗だなんて言わなくても。
ただ慣れてくれればそれだけで…んむっ! んっ…!」
分かっていないようなのでもう一度口づけをしてやる。
しかも今度は舌を突っ込んだディープなやつだ。
「んん…っ、んっ……ぷぁっ、ぶばぁ……は…ふっ。
もう、何なのよ……。醜女にキスなんてしても、あなたが辛いだけでしょ?」
彼女には自分が嫌悪に耐えながら口づけしているように見えるのだろうか。
普通に美しい少女だからしたいと思うのに。
少なくとも全世界の人間が醜いと評するとしても、自分には美しく見える。
「あ、あなたの目、おかしいんじゃないの? 私がちゃんと見えてる?
失明の前兆で美人に見えてるだなんて嫌よ?」
本気で心配そうに幽霊は言うが、自分は眼鏡も不要な良視力だ。
「じゃ、じゃあ、あなたの美的感覚が一般からずれているとか……」
ずれている本人に言われたくはないが、生憎と自分の感覚はまともだ。
女子生徒が美人かブサイクかの評価をしても周りの人間とほぼ一致する。
仮に美的感覚が狂っていたとしても、彼女を美しいと感じることに問題でもあるのだろうか。
「そ、それは問題なんてないけど……」
困ったように、戸惑うように幽霊は言うが、正直この問答が面倒臭くなってきた。
どうせ言葉で何を言ったところで、完全に納得などしないだろう彼女は。
今の自分はバーサークしているのだ。感情のままに動いているのだ。
だったらどれほど美しいか『身をもって』教えてやる。
「きっと錯覚―――きゃぁっ!」
自分は両肩を掴んだまま幽霊をベッドに押し倒す。
宙に浮いているだけあって軽い力で寝かすことができ、さらに足元に展開していた格子は倒れた勢いですっぽ抜け、どこかへ消えていった。
炎と融合していた足元は燭台がなくなったせいか、普通の二本足になっていて、タイツを着用しているのが確認でき…ってノーパンだったのか。
「ちょっと、乱暴すぎよ! レディはもっと優しく扱うものでしょ!?」
幽霊は文句を言ってくるが、そんなものは無視して服を脱がしにかかる。
だが女の服に詳しくない自分には、上手く脱がすことができない。
胸元を引っ張っても布地が伸びるだけで、破けたりもしない。
くそ、これが童貞を殺す服ってやつなのか?
「わかった、わかったわよ! そんなに私の体が欲しいならちゃんと脱ぐから!
だから顔だけは隠させてっ! あなただって喋る猿とセックスなんてしたくないでしょ!?」
またもや『体だけなら価値がある』発言か。
それには同意できないが、彼女の言葉には正しい部分もある。
ゴリラやニホンザルが告白してきたとしても、自分は絶対に受け入れない。
覆面を被せたとしても、その肉体に欲情なんてできはしない。
彼女を押し倒せるのは、美しい少女の姿だからだ。
「ううっ、だからそんなこと言わないでよぉ……。
今のあなたは美しいって言ってくれるけど、それは絶対気の迷いよ。
後になれば『あれは錯覚だった』って後悔するに決まってるわ。お父様みたいに。
顔を会わせながらセックスできるのは嬉しいけど、次にするときに『やっぱり隠して』なんて辛すぎるもの。
だったら首から下だけ使って、顔にはゆっくり慣れてもらった方が……」
『お父様みたいに』と言われてカチンときた。
あんな最低男と同じに思われるのは我慢ならない。
自分は上半身を覆う服を一気に脱ぐと、カチャカチャとベルトを外して、下もまとめて脱ぎ去った。
美女とのセックスに期待して、すっかり硬くなっている自分の男性器。
醜女を前にしてこの状態を維持できるものかと、彼女に見せつけてやる。
すると彼女は初めて宝石を目にした子供のごとく、興味深そうに凝視してきた。
「あ…えと、ちゃんと見るのは初めてだけど、それってペニス…よね。
私の前でそんなに大きくなるなんて、実はあなた覚醒剤とか使ったりしていない?」
ついにジャンキー疑惑まで持ち出してきた幽霊。
だが自分はバーサーク状態ではあるものの、酒もドラッグもやっていない。
ちゃんとありのままの彼女の顔を認識していて、その上で性的に興奮しているのだ。
「………本当? 本当に私の顔が綺麗だと思うの…?
もっとよく見て。私の顔が気持ち悪いとか、おぞましいとか感じないの…?」
ようやく彼女の中の価値観が揺らいできたのか、期待を込めたように訊いてくる幽霊。
自分は言葉では答えず、青白い唇をもう一度奪う。
軽く口づけして離すと、彼女は夢心地のようにポーッとした表情を浮かべていた。
「…わかったわ、あなたを信じる。あなたは私のことを美しいと感じてくれている。
ならそれで充分だわ。……………………うふ、うふふ、そうよね。
恋人が美しいと言ってくれるなら、赤の他人が何と言おうと関係ないわよね」
どうやら幽霊は己の美貌に自信を持ってくれたようだが、なんだか変なスイッチも入ってしまったようだ。
彼女は陰鬱さが薄らいだ笑顔を浮かべると、背中に手を回してシュルリとドレスを脱ぐ。
ノーパンどころかブラジャーもつけていなかったようで、そこそこの大きさがある乳房が外気にさらされた。
「待たせてごめんなさいあなた。私の物分かりが悪くて苛立たせてしまったわね。
これではさっきのことを乱暴だなんて、とても責められないわ。
こんな私を許してくれるというなら…セックス、しましょう?」
幽霊はそう言うと仰向けに寝転がり、膝を立てて股間が見えるように股を開く。
完全にやる気になっているその姿勢からは、自分が許さず立ち去ってしまうなど、考えてもいないことがうかがえる。
そして当然ながら、ここまで来てお預けなど自分も考えられない。
「あ、そうそう。婚前のレディとしては当たり前だけど、私ね処女なの。
あなたも童貞なのよね? お互いの初めてを交換できるなんて、ロマンチックよね」
まるで純真な乙女のように笑う幽霊。
ロマンがあるかは知らないが、自分としても初めての相手が処女だというのは悪くないと思う。そんなことを考えながら股の間に体を割り込ませ、勃起している男性器を彼女の濡れている割れ目に添える。
このまま挿入してもいいかもしれないが、彼女も処女なので一応様子をうかがおう。
「んふっ、ジェントルな振るまいねあなた。私が処女なのを気にしてくれるだなんて。
でもそうまで気をつかってくれなくていいのよ? ほら、あなたも分かるでしょ。
私のヴァギナ、あなたのペニスをご馳走して欲しくて、こんなに涎をこぼしているんだもの……」
幽霊はそう言うと右手を股間にやり『にちゃぁ…』と女性器を開いてみせた。
「さあ、来てあなた。わたしの処女を奪って、大人の女にして……」
期待と興奮で呼吸が小刻みになっている幽霊。
自分は彼女の両膝を押さえ、一気に男性器を侵入させる。
すると熱いぬめりと強い締め付け、そして膜を破るブチブチッという感触が伝わってきた。
「んあっ…! 入ってきたっ…! あなたのペニスで処女奪われちゃった…っ!
ああ、これで私も大人のレディの仲間入りねっ…! ありがとうあなた…!」
処女喪失はかなり痛いと聞くが、彼女はそんな様子をまるで見せず嬉しそうにしている。
そして女性器から流れる膣液も破瓜の血がにじむ様子もなく、透き通ったままだ。
まあ、彼女は血が流れているのかも分からない体だし、あまり気にしないでおこう。
「うふっ、あなたも童貞を失って大人の男になったのよね。
さっきまで子供だった私のヴァギナは、大人にはギチギチで苦しいでしょう?
さあ、その立派な大人ペニスで私の体を存分に開拓してくださいな」
彼女の言う通り、処女を失ったばかりの膣はとても締め付けて気持ち良いものの、きつすぎる感がある。
もしこれが男性器に合う広さになったなら、快感がより増して感じられることだろう。
自分は本能が説く快楽原則に従って、腰を動かし始めた。
「あっ、んっ、はあ…っ、いい、いいわっ…あなたっ…!
セックスも、愛されるのも、とっても気持ち良いっ…!
ああっ、違うわね、愛し合いながらセックスするから気持ちいのよね?
もっと、もっと愛してっ…! 私も、あなたに愛を返すからっ…!」
両手にシーツを握りしめる幽霊は、自身が愛されていると思っているらしい。
だがそれはきっと違うだろう。自分は彼女の顔や肉体を好きだとは言えるが、愛しているとは言えない。自分の好きはLoveではなくLikeの方だ。
彼女を愛しているからセックスしているのではなく、彼女の外見が美しいからしているのだ。理性的に考えればそんなことを口にすべきではないのだろうが、感情的にはそんな勘違いをさせたままにしたくなかった。
だからそのことはきっちりと口に出して言っておく。
『お前を愛しているわけじゃないぞ』と。
しかし彼女はそんな冷たい言葉をぶつけられても笑って返してきた。
「そんなことっ、関係ないわっ…!
私の顔も体も好きってことは、私が愛されてるってことじゃない!
好きっ! 好きよあなたっ! あなたが大好きっ! 愛してるっ!」
どうも全く愛されなかった彼女の中では、好きと愛の区分がはっきりしていないようだ。
だが二つの違いを説明しろと言われても、うまくできる自信はない。
自分の『好き』が彼女の『愛』だというなら、もうそれでいいやと思考を放棄し、
最初と比べゆったりとしてきた彼女の膣を男性器で往復する。
「あはっ! 私のヴァギナ、あなたに合わせて、すっかり伸びてしまったわ!
恋人が愛しやすい体にすぐ変わるだなんて、幽霊も捨てたものじゃないわねっ!」
恋人というのもまた勘違いなのだが、それにはもう応えない。
代わりに彼女が愛を感じられるように、腰の動きを早くする。
「あっ! 動きっ、早くなったわねっ…! もうすぐ、ザーメン出るのかしらっ!?
だったらっ、ヴァギナに注いでもらえるっ!? あなたの愛を生で感じたいのっ!」
膣内射精しろと言ってくる幽霊に、自分は肯定の意を返す。
彼女の自己認識が正された以上、このセックスはもう快楽享受の意味しかない。
なら一番気持ち良くなれるようにするのは当然のことだ。
「来て、来て、来てぇっ! あなたのザーメン出してっ!
あなたの愛で、私のヴァギナをいっぱいにしてぇぇっっ!」
幽霊は手足をこちらの腰と背中に回し、ガシッとしがみ付いてくる。
抱きしめる力はさほど強くないが、決して離すまいとする意志の強さを感じられた。
射精寸前の快楽に脳が満たされていた自分はそれに腰を押し付けることで返し、彼女の膣内に精液を放出した。
「ああっ、ペニスびくびくしてるっ! 熱いザーメンが出てるわぁっ!
素敵よあなたっ! 愛しくておかしくなりそうっ!
私の体でもっと気持ち良くなってっ!
この体が孕むぐらい、あなたの愛を注ぎ込んでぇぇっっ!」
相手は人外とはいえ、生まれて初の膣内射精。
それは命が吸われているのではないかと思うほどの快感と精液を引き出してくれる。
だがここで気絶しようものなら本当に死んでしまいそうな気がしたので、
自分は必死で意識を保ちながら、彼女と快楽の頂を共有した。
「んんっ……あなたぁ…」
まるで寝言のような、快楽に微睡んだ声。
彼女は射精を全て受け止めた後も、汗ばんだ体で抱き付いたまま離れない。
こちらとしても彼女の柔らかい肌や香りは心地よく感じられるが、このままでいられても困る。なので『体を離したい』と言ったのだが……。
「え、なんで? どうして私たちが離れないといけないの?」
幽霊がそう言うなり、黒い格子が現れ、棺桶のような檻を作ってしまった。
全く身動きできないわけではないが、彼女との密着状態をほぼ強制されてしまう。
自分と二人だけで檻の中に閉じこもった彼女は、あの嫌な笑みを浮かべて話す。
「もっと愛し合いましょうよ。私はずーっと寂しかったんだもの。
その分をあなたが埋めてくれるまで、離したりなんかしないわよ?」
射精後の賢者タイムにより復活した理性が『だから止めろって言っただろうが』と過去の選択を責めてくるが、もはや後の祭り。
だが百年以上の孤独を抱えてきた彼女が満たされるまで、相手をするなどできるはずもない。またもや苦しいが説得をしなくては。初めてで疲れたから休ませてくれ、とか。
「ん、そうね。あなたはただの人間だから疲れてもしょうがないわね。
それじゃあ、今度は私が上になるわ。あなたは寝ているだけでいいから楽でしょ?」
幽霊はそう言って体の下から抜けだそうとするが、そういう問題ではない。
自分は家に帰って休息をとりたいのだ。
「嫌よ。だってあなたを帰したらもう来ないかもしれないじゃない」
鋭く…もないな。彼女の立場からすれば普通に想定できることだ。
だがそこは信用してもらうしかない。……実際に帰ってくる気はないんだけど。
「思い返してみれば、あなたから恋人になるって言葉は返してもらってないわよね。
ねえ、はっきり聞かせて。私たちは愛し合ってる恋人同士なのよね?」
まずい、明確な返答を求めてきた。
ここは嘘でも『⇒はい』と答えるべきなのだろうが、
見抜かれた場合が怖いし、心にもないことは自分としても口にしたくない。
かといって『⇒いいえ』と答えてもその後が怖い。
『レディを弄んだ』とか言って凶暴化するかもしれないし。
「ねえ、どうして答えてくれないの? ……そんなに言いづらい答えなの?」
ヤバイヤバイ、タイムリミットが迫っている。早く答えねば。
焦りに焦ってくる自分。だが上手い返答など思いつかない。
こうなったら……正直に答えるべきだろう。
嘘を吐いてばれるよりも、真実を口にしてなるようにまかせた方がいい。
自分は『恋人になったつもりはない』ときっぱり幽霊に告げる。
これで怒り狂うか…と内心で覚悟を決めるが、彼女は逆に笑みを浮かべた。
「……ありがとう、本当のことを言ってくれて。嘘をつくよりもずっと誠実で良い答えよ。
やっぱりあなたはジェントルな人。また惚れ直してしまったわ」
どうやら正解の選択肢を選べたらしく、自分たちを包んでいた檻が消失していった。
内心で胸を撫で下ろしていると、幽霊は言葉を続ける。
「本当はずっと一緒にいてほしいけど、あなたにも家族がいるものね。
手紙を持って帰らなかったら、弟さんが心配するでしょうし、今日は帰らせてあげる。
私はここであなたが来てくれる時を待つことにするわ。
それが良いレディというものでしょう?」
……なんともいじらしいセリフだ。
そんなことを言われて放置できるわけもないだろうが。
「でしょう? ジェントルなあなたのことだもの、そう言ってくれると思っていたわ」
してやったりと笑う幽霊。
その顔は相変わらず美しく、彼女の父が口にしたような醜さなど微塵もない。
こんな綺麗な女の子とエロいことできるなら、通い詰めてもいいかな…なんて思いながら、自分は脱ぎ散らかした服を手に取った。
いわれてみれば、幽霊や妖怪が出没するのは夜や夕暮れなど、暗くて心細くなる時間で、
遭遇するのも一人や二人、あるいは三人といった、頼りなさを感じる少人数の時が大半だ。
人で賑わう真夏のビーチに妖怪が出たなんて聞かないし、真夜中の廃病院であっても、一クラス三十人がお喋りしながら団体行動してれば幽霊も姿を現しづらいだろう。
そう。全ては活気、生きた人間の持つ力なのだ。
築百年以上経っていて『幽霊が出る』との噂が絶えない町はずれの洋館。
そこに夜侵入したら、玄関が開かなくなってしまい、窓ガラスが何故か割れなくて、携帯電話も圏外で、突然ライトが点かなくなり、月光の生み出す影がおどろおどろしく揺らめくようになったとしても、生きた人間の力があれば対抗できる。
できるはずなのだ、多分きっと。
とりあえず元気を出す手段として大声で笑ってみる。ワッハッハと。
しかし自分があげた声は暗い廊下に虚しく響くだけで、怪奇現象がおさまるどころか、自分の心を奮い立たせることさえできなかった。
『どうしよう…』と思うが、このまま廊下に立っていても状況が良くなるとは考えづらい。仕方ないので、自分がここに来た目的を達成するために足を進める。
なぜ自分がこんな時間に『いわくつきの場所』に来るはめになったかというと、全ては弟の同級生である悪ガキに帰結する。
自分の弟は少し歳が離れていて小学生なのであるが、何でもクラスメイトのサキちゃんから手紙をもらったらしい。
しかしその手紙は弟が読む前にクラスのボス猿に奪われれ、この洋館に隠されてしまったのだとか。
本人は必死になって探したそうだが、結局見つからずいったん家に帰ってきた。
そして夕食後にボス猿からのメールが届き、隠し場所が判明。
弟はすぐ取りに行こうとしたが、暗い時間に小学生を出歩かせるわけにはいかない。
我が家は片親で大黒柱の父は出張中。こうなれば高校生の自分が手紙を取ってくるしかないだろう。
自分は弟に『ちゃんと家にいろ』とキッチリ言い含めて、洋館にやってきた。
ところが玄関を開いて一歩踏み込んだ途端に、バタン! と扉が閉じて館に閉じ込められることになったのである。
さて、この状況はどうすれば切り抜けられるだろう?
携帯が使えない以上、外部に助けを求めることは不可能だ。
廊下に置いてあった壺を叩きつけても窓ガラスにヒビ一つ入らないことから、物理的に脱出口を作るのも難しい。
そうなるとこの怪奇現象を起こしている張本人を探し出して、対決するしかないだろう。
しかし自分はゴーストバスターでも何でもないので、幽霊の対処法なんてまるで知らない。
唯一頼りになるのは、話に聞いた『生者の活気』だけだ。
メールによると手紙は一階廊下の奥、壁際の左のカーペットをめくり上げたところに挟んであるらしい。廊下に並んでいる扉から何か飛び出てこないかと、内心ヒヤヒヤしながら自分は先へと進む。
やがて館を東西に仕切る階段を通り過ぎ、突き当りの壁まで到着。
指定された場所をめくり手紙を回収……あれ、ないぞ?
『間違ったか?』と反対側のカーペットもめくるが、そこにも手紙はない。
まさかこの現象のせいで何かあったのか?
そう思った途端、天井から若い女の声が響いてきた。
「クスクス…あなたが探しているのはコレかしら?」
バッ! と自分は天井を見上げる。見た先には……何と表現したらいいんだろう?
肉体が青白い炎で構成されているような、女の上半身が逆さに生えていた。
炎は容貌がはっきり見て取れるほどに精細で、見た目の年齢は自分と同じくらいだろう。
顔の造形はとても美しいといってよく、黒いドレスを着ている。
そんな幽霊(でいいや)は自分を見下ろして(見上げて?)手にした手紙をヒラヒラと振る。
正直、こんなにはっきりと幽霊を見たのは初めてで、膀胱が満たされていたら少しは漏らしていたかもしれない。
だがこんな場面で悲鳴をあげてへたり込もうものなら『行方不明になった少年A』のポジションが確定してしまうだろう。
自分は極力平静を装いながら『こんばんは』と人間に対してするように挨拶をする。
すると幽霊は少し意外そうに目を開き、同じように挨拶を返してきた。
「こんばんは、不法侵入者さん。
他人の家に勝手に入るのは悪いことだって教わらなかったの?」
それを言われると痛いが、彼女にはちゃんと会話する知性と意思があるようだ。
手紙を返してもらえばすぐ出ていくと伝えれば、あっさり解放してくれるかもしれない。
それを期待して彼女に事情を説明すると……。
「ふーん、弟さんが女の子にもらった手紙ねえ……」
幽霊は意味ありげに呟くと、勝手に封筒を開いて中の手紙を広げた。
文面は短いのかすぐに読み終わったようで、何故か両手がプルプルと震えている。
「ねえ…この手紙の内容、なんだか分かる?」
そんなもの分かるか。というか他人宛ての手紙を勝手に読むなよ。
不法侵入した自分がマナーについてとやかく言うのは何だが、弟の手紙を盗み見されたことには少しムッとくる。
「この手紙なんだけどね、サキさんからあなたの弟さんへの恋文よ。
将来結婚したいぐらい大好きなんですって……」
へえ、あいつも隅におけないねえ。
もし本当にそうなったら兄としてきちんと祝福してやろう。
「ふ…うふふ…。小学生でも恋人ができるのに、私は…私には……ぶるぁぁぁぁ!」
突如奇声を発し、クシャッと手紙を握りつぶす幽霊。
自分はビクッ! と反応し逃げの姿勢をとってしまう。
「ああ羨ましい! 妬ましい! こんな歳でカップルとか勝ち組じゃないの!
私は百年以上死んでて男っ気一つないのに! ええ、私が醜女だなんてのは分かってるわよ! だからって何でずっと独りで、他人がいちゃつくのを我慢して見てなきゃいけないのよぉぉぉ!」
トラウマスイッチでも入ったのか、幽霊は矢継ぎ早にヒステリックな言葉を連ねる。
怪奇現象とは違った意味で怖くなり、腰が引けてしまった。
「カップルだからって手を出さずにいてあげれば『きゃー、こわーい!』『ははっ、怖がることなんてないさ』とか、誰も彼もイチャイチャイチャイチャしてくれてぇっ!
そのうえ私の部屋まで入ってきてギシギシアンアンとか馬鹿にしてるの!? 汚れたベッド誰が後片付けすると思ってるのよ!」
(元から逆さというのは置いといて)すっかり頭に血が登っているらしく、まだまだ不平不満をぶちまける幽霊。よっぽど言いたいことが溜まってたんだろうなあ…と自分はもはや冷静に考えてすらいる。
「最悪なのは人気がないからってレイプ犯までこの館にやってくることっ!
女の子が可哀想だから頭の中いじくって両想いにしてあげてるけど、なんで独身の私が二人の仲を取り持たないといけないの!?
『レイプから始まる恋もあるんですね!』とか幸せそうに帰ってく連中を、どうして一人寂しく見送んなきゃいけないのよっ!」
……この幽霊、何だかんだいってお節介焼きであまり悪い人じゃないっぽい。
幽霊はしばらくの間愚痴りまくっていたが、やがてネタを吐き出し終わったらしく落ち着いた。
息を切らし肩を上下させているも怒りは消えた様子で、敵対的ではない視線をこちらに向けてくる。
「はー、はー、はーっ………ごめんなさい、取り乱しちゃって。
恥ずかしいところを見せたわね」
そう言って幽霊は謝るが、自分に害があったわけでもないし別に気にしない。
むしろ人間臭い反応をしてくれたことで恐怖が和らいだので、結果オーライだ。
「ええと、それで手紙よね? 返すわ、握りつぶしちゃったけど」
幽霊はそう言うと天井を完全にすり抜けて自分の前に降りてきた。
天地上下を戻して全身を見せた彼女の姿は、足元が無い典型的な幽霊のもの。
ただ膝から下が檻のようなものに閉じ込められているのがテンプレと違っている。
檻自体の形と相まって、燭台に点った火を連想させた。
「サキさんと弟さんには悪いことをしたわね。もし会うことがあったら謝ってもらえるかしら」
『ちゃんと伝えます…』と自分は言って彼女が差し出した手紙を受け取る。
これで弟からのミッションはコンプリートだ。
次は自分自身の脱出ミッションを完遂しなくては。
まずは不法侵入をちゃんと謝罪しよう。
彼女なら反省の態度を見せれば素直に帰してくれそうだ。
そう考えて自分は『勝手に入ってすみませんでした』と頭を下げてみせる。
「別に謝らなくてもいいわよ。不法侵入者なんてしょっちゅう来るんだし。
弟さんの手紙を隠した悪童みたいに、小さい子供は特にね」
手を横に振り、本当に気にしていない様子で言う幽霊。
言われてみれば肝試しやら何やらで、ときどき人は入ってくるのか。
目的の物は回収したし、館の主も怒っていない。
これなら無事に帰れそうだ……と自分は思ったがそれは甘かった。
「……それにね、これからはあなたも一緒に住むことになるんだから、気にすることなんて何にもないのよ」
聞き捨てならないセリフ。
緩んでいた緊張感が最大限に高まり、自分は幽霊の顔を凝視する。
その彼女は『にへらぁ…』と嫌な予感しか感じさせない笑みを浮かべて話す。
「私ね、生きてた頃からずーっと独りぼっちだったの。
お母様は小さいころに死んじゃったし、お父様もほとんど会いに来てくれなかった。
それもそうよね? こんな二目と見れない酷い顔じゃあ、娘でも相手をしたいなんて思わない。
使用人たちは『仕事だから』仕方なく世話してくれてたけど、用事が済んだらすぐ私の前からいなくなる。
だからね、ずーっと私の傍にいてくれる恋人が欲しかったんだぁ……」
脳の冷静な部分が『おいやばいぞこれ』と警告してくるが、逃げ出すという行動がとれない。そうしたら決定的な事態のトリガーを引いてしまうとの確信がある。
……とりあえず説得を試みよう。可能性が低くとも。
まず前提として、彼女と一緒にいるのは自分じゃなくてもいいんじゃないだろうか。
いやむしろ上流階級のレディなら、恋人よりも同性の友人を作ることから始めるべきだ。
見知らぬ女性になすりつけることになるが、そのように自分は幽霊を説得する。
「あら、こんな醜い私をレディ扱いしてくれるだなんて、
あなたはずいぶんとジェントルなのね。
でも他の女性はこんな私とお近づきになりたいだなんて思わないわ。
もしそうなったとしても、引き立て役として利用したいだけよ」
何故だか分からないが、この幽霊は外見にものすごいコンプレックスがあるようだ。
百人中百人が美しいと評すだろう顔なのに、彼女は最低の醜女だと思い込んでいる。
その誤解を解けば…ってなに勝手に成仏するとか思い込んでいるんだ、バカか自分は。
「それにね、私は館から出るなって言いつけられていて、いつも本ばかり読んでいたの。
だから恋物語の登場人物たちにはとっても憧れていた。いつか私もこんな風に素敵な男性と愛し合いたいな……って。
恥ずかしい話だけど、自作の物語を書いたりもしたのよ? 未完で終わってしまったけど」
つまり恋愛小説オタクだったということか。だが現実にそれを持ち込まないでほしい。
現実は小説のように美しくはいかないし、そもそも気の進まない男を無理やり恋人にしてどうするんだ。
「言うじゃない。美人は三日で飽きるけど、ブスは三日で慣れるって。
私はブスより酷い猿同然の顔だけど、死ぬまで一緒にいれば慣れるわきっと」
『死ぬまで』という言葉でトリガーの安全装置が外れた。
このまま突っ立っていれば間違いなく最悪の事態になる。
冷静な部分がそう判断し、自分はついに背を向けて逃げ出した。
「ああ愛しいあなた、そんなに急いでどこへ行くのかしら。
私が鳩だったなら、その翼でどこへでもついて行きますのに」
小説の一文をそらんじた様な幽霊の声。
それを背後に廊下を駆けた自分は館中央の階段で曲がり、そのまま二階へ向かう。
脳の冷静な部分は『上に逃げてどうするんだ』と選択ミスを指摘したが、感情的には彼女の視界から一刻も早く逃れたかったのだ。
ダンダンダン! と一段飛ばしで階段を駆け上がった自分は二階廊下に出ると、一番近い扉を開けてそこに逃げ込む。
天井をすり抜けられる幽霊相手に立て籠もっても意味はないかもしれないが、心情的には少し楽になった。
乱れた呼吸を整えようとしていると、どこからともなく幽霊の声が響く。
「私の部屋は二階の一番西の部屋よ。ジェントルらしく身だしなみを整えてお越しくださいな。私はいつまでも待つけど、あまりレディを待たせるのはよろしくないわよ?」
館から逃げられないと知っているからか、あちらは自分を追い回すつもりはないようだ。
それは助かったが、この状況が悪い意味で安定してしまったということでもある。
いつまでも待つと言っていたが、本当にそうだとは思えない。
このまま朝まで引き延ばそうとしたら、きっとしびれを切らせて襲ってくるだろう。
ボスを倒すまで出られないとか、どんなダンジョンだここは。
自分の人生はいつからRPGになった?
こうなると知っていれば、レベル上げに勤しんだというのに。
だがノーセーブでここまで進んでしまった以上、リセットという手は使えない。
気は進まないが幽霊と対話し情報収集をしよう。
低レベル攻略をするならボスデータは必須だ。
いきなり幽霊の部屋に突入する覚悟はないので、自分は部屋に立て籠もったまま会話を試みる。先ほどは姿を見せずに通告してきたのだから、逆にこちらの声が届く可能性もあるだろう。その考えは正しかったらしく、彼女は反応を返してきた。
「何かしら愛しいあなた。もう準備を終えて来てくれるの?」
嬉しそうに言う幽霊だが要は『ボス部屋に突入しますか? ⇒はい いいえ』の選択だ。
脳内で『⇒いいえ』にカーソルを合わせて自分は思考する。
まず気になるのが幽霊の自己認識だ。
彼女は己を酷い醜女だと思っており、誰にも愛されず孤独だったのはそのせいだと考えている。
だが自分が見るかぎり、彼女は稀に見るほどの美人だ。
そのあたりの謎が鍵かもしれない。
トラウマスイッチが入って暴発するかもしれないが、ここは踏み込むべきだ。
「ふふ、うふふ…私が美しいだなんて、本当にあなたは優しいわね。
でもそんなお世辞なんていらないのよ。お父様が使用人にこぼしていたもの。
『酔っていたとはいえ、黄色い猿と寝ただなんてとんでもない過ちだ』
『やはり猿は猿だな。自分の血を引いていても、とても醜くて見るに堪えない』
『あんなモノを外に出したら一族の恥だ。死ぬまで檻に入れておけ』
……他にも色々あったけど、すぐ思い浮かぶのはこの辺ね」
なんとなく、事情が分かってきた。
彼女の父親は百年以上の昔に日本にやってきた欧米人なのだろう。
人種差別主義者らしき彼がなぜ来日したかは知らないが、一夜の過ちで現地人との間に子を作ってしまった。
そして生まれた娘を父親は『猿のように醜い娘』『他人には見せられない汚物』と蔑み、この洋館に軟禁したのだ。
使用人が彼女の容貌ついてどう思っていたかは分からないが、
肉親にこうも悪く言われていては、褒められたところでただのお世辞としか受け取れないだろう。他の女性と顔を会わせて美しさを比較しようにも、軟禁されていてそんな機会はなかった。
その結果として彼女は『親にも愛されない、とても醜い女』と己を卑下することになったのだ…と思う。
しかし顔は置いておくとして、本当に誰も彼女を大切にしてくれなかったのか?
使用人だって長く接していれば、情が湧くものだろう。
一人ぐらいは彼女に向き合って、優しくしてくれた人もいるのではないだろうか。
期待するように自分はそう訊ねるが、幽霊は自嘲した声で答える。
「最初の頃は優しくしてくれる人もいたわね。
でもそういった人たちは、そのうちいなくなったわ。
最後は『お給金が良いから猿の世話をする』人しかいなかった。
私が体を悪くして、衰弱していくようになったら、心配する人も出てきたけどね」
唯一の肉親に見捨てられ、病気になった少女を哀れむ。
それは人間ならば誰でも抱くであろう同情だ。
その程度で愛に飢える彼女が満たされるわけもないか。
「ええ、使用人たちは心配してくれたわ。
『ばれたりしませんか』『あの娘は誰にもお披露目してないよな』
『ちゃんと後始末してもらえるのよね』って、皆が本当に心配していた。
隠し味が分からないような栄養たっぷりのスープを作ってくれたし、
『飲んでいればそのうち楽になりますよ』って言って、いろんな薬をくれたもの」
……想像以上、いや想像にすら及ばない酷さだった。
死ぬまで閉じ込めておくというのも十分酷いが、彼女の父は血の繋がった娘を毒殺するまでに嫌うようになったわけだ。
使用人たちも心配するのは殺人がばれないかということだけで、彼女の命のことなどまるで眼中にない。
生前の彼女は本当に誰からも愛されず、孤独に死んでいったのか。
「……ねえ、私の話もいいけど、あなたの話も聞かせてもらえないかしら。
そうでなければフェアとは言えないでしょう?」
幽霊はこちらの過去話をしろと言ってくるが、それに答える余裕はない。
何故かというと、むちゃくちゃ腹が立っているからだ。
自分も幼いころに母を亡くしたが、父はきちんと愛情をもって育ててくれた。
だからこそ父のことを尊敬し感謝できるのだし、
自分がしてもらったように、愛情をもって弟の面倒をみれるのだ。
それをなんだ?
蔑んでいる黄色い猿に手を出して、生まれた子供を可愛がるどころか人生の汚点扱いし、あげくの果てに使用人に命じて毒殺、さらには死んだ後まで呪縛するという最低っぷり。
全て悪いのは彼女の父親じゃないか。
なんでこんなクソ野郎のせいで、自分がこんな館の一室に籠って、怯えないといけないんだ?
事情が分かり、状況を整理できてくるにつれて、幽霊への恐怖は薄くなった。
そして代わりに腹の底から湧いてくるのは怒り。
恐怖では活力が湧かないが、怒りは活力を連れてきてくれる。
幽霊がなんだ。死人がなんだ。生者の力というものをぶつけてやる。
脳の冷静な部分が『なに考えてんだバカ』とうるさく文句を言ってくるが、
ロクな解決策も出さない理性は黙ってろ。というか黙らせてやる。
『 たたかう ⇒とくぎ どうぐ にげる』
『 とんずら りょうり ⇒ばーさーく/New! 』
もう面倒臭いことは何も考えない。やりたいようにやってやる。
自分は立て籠もっていた部屋をすぐさま出ると、幽霊の私室らしき一番西の部屋に目を向ける。
そして廊下を大股でズンズン歩き、ノックなどせず扉を開けて部屋に入った。
廃墟というせいもあるのだろうが、女子の部屋というわりに物がなく質素な室内。
幽霊はベッドのすぐ横に浮いていて、不作法に入ってきたこちらにムッとした顔を向ける。
「あなた、恋人とはいえノックの一つもないなんて、ジェントルじゃないわよ。
私が一からマナーを教え…んむっ!?」
黒いドレスの両肩を掴み、自分は強引に口づけをする。
幽霊だからすり抜けるとか、炎だから火傷するかもとか、そういう考えは全くなかった。
そして実際に問題なく触れることができ、人間と同じ体温を持っていることが分かる。
「んんっ…ふぅっ。…いきなりキスだなんて、無理しなくていいわよ。まずは首から下を好きになって。顔を隠せばあなたのペニスも使い物になるでしょう?」
顔を度外視し、まず体から使ってくれと言う幽霊。
醜い女であっても、顔を見なければ肉体には欲情できるということか。
だが至近距離で目にする彼女の容貌は、白人と日本人の血が絶妙に混ざり合っていて美しい。これが醜いというのなら、クラスの女子は全員が首を吊ってしまうだろう。
「だから、そんなこと言わなくていいのよ。綺麗だなんて言わなくても。
ただ慣れてくれればそれだけで…んむっ! んっ…!」
分かっていないようなのでもう一度口づけをしてやる。
しかも今度は舌を突っ込んだディープなやつだ。
「んん…っ、んっ……ぷぁっ、ぶばぁ……は…ふっ。
もう、何なのよ……。醜女にキスなんてしても、あなたが辛いだけでしょ?」
彼女には自分が嫌悪に耐えながら口づけしているように見えるのだろうか。
普通に美しい少女だからしたいと思うのに。
少なくとも全世界の人間が醜いと評するとしても、自分には美しく見える。
「あ、あなたの目、おかしいんじゃないの? 私がちゃんと見えてる?
失明の前兆で美人に見えてるだなんて嫌よ?」
本気で心配そうに幽霊は言うが、自分は眼鏡も不要な良視力だ。
「じゃ、じゃあ、あなたの美的感覚が一般からずれているとか……」
ずれている本人に言われたくはないが、生憎と自分の感覚はまともだ。
女子生徒が美人かブサイクかの評価をしても周りの人間とほぼ一致する。
仮に美的感覚が狂っていたとしても、彼女を美しいと感じることに問題でもあるのだろうか。
「そ、それは問題なんてないけど……」
困ったように、戸惑うように幽霊は言うが、正直この問答が面倒臭くなってきた。
どうせ言葉で何を言ったところで、完全に納得などしないだろう彼女は。
今の自分はバーサークしているのだ。感情のままに動いているのだ。
だったらどれほど美しいか『身をもって』教えてやる。
「きっと錯覚―――きゃぁっ!」
自分は両肩を掴んだまま幽霊をベッドに押し倒す。
宙に浮いているだけあって軽い力で寝かすことができ、さらに足元に展開していた格子は倒れた勢いですっぽ抜け、どこかへ消えていった。
炎と融合していた足元は燭台がなくなったせいか、普通の二本足になっていて、タイツを着用しているのが確認でき…ってノーパンだったのか。
「ちょっと、乱暴すぎよ! レディはもっと優しく扱うものでしょ!?」
幽霊は文句を言ってくるが、そんなものは無視して服を脱がしにかかる。
だが女の服に詳しくない自分には、上手く脱がすことができない。
胸元を引っ張っても布地が伸びるだけで、破けたりもしない。
くそ、これが童貞を殺す服ってやつなのか?
「わかった、わかったわよ! そんなに私の体が欲しいならちゃんと脱ぐから!
だから顔だけは隠させてっ! あなただって喋る猿とセックスなんてしたくないでしょ!?」
またもや『体だけなら価値がある』発言か。
それには同意できないが、彼女の言葉には正しい部分もある。
ゴリラやニホンザルが告白してきたとしても、自分は絶対に受け入れない。
覆面を被せたとしても、その肉体に欲情なんてできはしない。
彼女を押し倒せるのは、美しい少女の姿だからだ。
「ううっ、だからそんなこと言わないでよぉ……。
今のあなたは美しいって言ってくれるけど、それは絶対気の迷いよ。
後になれば『あれは錯覚だった』って後悔するに決まってるわ。お父様みたいに。
顔を会わせながらセックスできるのは嬉しいけど、次にするときに『やっぱり隠して』なんて辛すぎるもの。
だったら首から下だけ使って、顔にはゆっくり慣れてもらった方が……」
『お父様みたいに』と言われてカチンときた。
あんな最低男と同じに思われるのは我慢ならない。
自分は上半身を覆う服を一気に脱ぐと、カチャカチャとベルトを外して、下もまとめて脱ぎ去った。
美女とのセックスに期待して、すっかり硬くなっている自分の男性器。
醜女を前にしてこの状態を維持できるものかと、彼女に見せつけてやる。
すると彼女は初めて宝石を目にした子供のごとく、興味深そうに凝視してきた。
「あ…えと、ちゃんと見るのは初めてだけど、それってペニス…よね。
私の前でそんなに大きくなるなんて、実はあなた覚醒剤とか使ったりしていない?」
ついにジャンキー疑惑まで持ち出してきた幽霊。
だが自分はバーサーク状態ではあるものの、酒もドラッグもやっていない。
ちゃんとありのままの彼女の顔を認識していて、その上で性的に興奮しているのだ。
「………本当? 本当に私の顔が綺麗だと思うの…?
もっとよく見て。私の顔が気持ち悪いとか、おぞましいとか感じないの…?」
ようやく彼女の中の価値観が揺らいできたのか、期待を込めたように訊いてくる幽霊。
自分は言葉では答えず、青白い唇をもう一度奪う。
軽く口づけして離すと、彼女は夢心地のようにポーッとした表情を浮かべていた。
「…わかったわ、あなたを信じる。あなたは私のことを美しいと感じてくれている。
ならそれで充分だわ。……………………うふ、うふふ、そうよね。
恋人が美しいと言ってくれるなら、赤の他人が何と言おうと関係ないわよね」
どうやら幽霊は己の美貌に自信を持ってくれたようだが、なんだか変なスイッチも入ってしまったようだ。
彼女は陰鬱さが薄らいだ笑顔を浮かべると、背中に手を回してシュルリとドレスを脱ぐ。
ノーパンどころかブラジャーもつけていなかったようで、そこそこの大きさがある乳房が外気にさらされた。
「待たせてごめんなさいあなた。私の物分かりが悪くて苛立たせてしまったわね。
これではさっきのことを乱暴だなんて、とても責められないわ。
こんな私を許してくれるというなら…セックス、しましょう?」
幽霊はそう言うと仰向けに寝転がり、膝を立てて股間が見えるように股を開く。
完全にやる気になっているその姿勢からは、自分が許さず立ち去ってしまうなど、考えてもいないことがうかがえる。
そして当然ながら、ここまで来てお預けなど自分も考えられない。
「あ、そうそう。婚前のレディとしては当たり前だけど、私ね処女なの。
あなたも童貞なのよね? お互いの初めてを交換できるなんて、ロマンチックよね」
まるで純真な乙女のように笑う幽霊。
ロマンがあるかは知らないが、自分としても初めての相手が処女だというのは悪くないと思う。そんなことを考えながら股の間に体を割り込ませ、勃起している男性器を彼女の濡れている割れ目に添える。
このまま挿入してもいいかもしれないが、彼女も処女なので一応様子をうかがおう。
「んふっ、ジェントルな振るまいねあなた。私が処女なのを気にしてくれるだなんて。
でもそうまで気をつかってくれなくていいのよ? ほら、あなたも分かるでしょ。
私のヴァギナ、あなたのペニスをご馳走して欲しくて、こんなに涎をこぼしているんだもの……」
幽霊はそう言うと右手を股間にやり『にちゃぁ…』と女性器を開いてみせた。
「さあ、来てあなた。わたしの処女を奪って、大人の女にして……」
期待と興奮で呼吸が小刻みになっている幽霊。
自分は彼女の両膝を押さえ、一気に男性器を侵入させる。
すると熱いぬめりと強い締め付け、そして膜を破るブチブチッという感触が伝わってきた。
「んあっ…! 入ってきたっ…! あなたのペニスで処女奪われちゃった…っ!
ああ、これで私も大人のレディの仲間入りねっ…! ありがとうあなた…!」
処女喪失はかなり痛いと聞くが、彼女はそんな様子をまるで見せず嬉しそうにしている。
そして女性器から流れる膣液も破瓜の血がにじむ様子もなく、透き通ったままだ。
まあ、彼女は血が流れているのかも分からない体だし、あまり気にしないでおこう。
「うふっ、あなたも童貞を失って大人の男になったのよね。
さっきまで子供だった私のヴァギナは、大人にはギチギチで苦しいでしょう?
さあ、その立派な大人ペニスで私の体を存分に開拓してくださいな」
彼女の言う通り、処女を失ったばかりの膣はとても締め付けて気持ち良いものの、きつすぎる感がある。
もしこれが男性器に合う広さになったなら、快感がより増して感じられることだろう。
自分は本能が説く快楽原則に従って、腰を動かし始めた。
「あっ、んっ、はあ…っ、いい、いいわっ…あなたっ…!
セックスも、愛されるのも、とっても気持ち良いっ…!
ああっ、違うわね、愛し合いながらセックスするから気持ちいのよね?
もっと、もっと愛してっ…! 私も、あなたに愛を返すからっ…!」
両手にシーツを握りしめる幽霊は、自身が愛されていると思っているらしい。
だがそれはきっと違うだろう。自分は彼女の顔や肉体を好きだとは言えるが、愛しているとは言えない。自分の好きはLoveではなくLikeの方だ。
彼女を愛しているからセックスしているのではなく、彼女の外見が美しいからしているのだ。理性的に考えればそんなことを口にすべきではないのだろうが、感情的にはそんな勘違いをさせたままにしたくなかった。
だからそのことはきっちりと口に出して言っておく。
『お前を愛しているわけじゃないぞ』と。
しかし彼女はそんな冷たい言葉をぶつけられても笑って返してきた。
「そんなことっ、関係ないわっ…!
私の顔も体も好きってことは、私が愛されてるってことじゃない!
好きっ! 好きよあなたっ! あなたが大好きっ! 愛してるっ!」
どうも全く愛されなかった彼女の中では、好きと愛の区分がはっきりしていないようだ。
だが二つの違いを説明しろと言われても、うまくできる自信はない。
自分の『好き』が彼女の『愛』だというなら、もうそれでいいやと思考を放棄し、
最初と比べゆったりとしてきた彼女の膣を男性器で往復する。
「あはっ! 私のヴァギナ、あなたに合わせて、すっかり伸びてしまったわ!
恋人が愛しやすい体にすぐ変わるだなんて、幽霊も捨てたものじゃないわねっ!」
恋人というのもまた勘違いなのだが、それにはもう応えない。
代わりに彼女が愛を感じられるように、腰の動きを早くする。
「あっ! 動きっ、早くなったわねっ…! もうすぐ、ザーメン出るのかしらっ!?
だったらっ、ヴァギナに注いでもらえるっ!? あなたの愛を生で感じたいのっ!」
膣内射精しろと言ってくる幽霊に、自分は肯定の意を返す。
彼女の自己認識が正された以上、このセックスはもう快楽享受の意味しかない。
なら一番気持ち良くなれるようにするのは当然のことだ。
「来て、来て、来てぇっ! あなたのザーメン出してっ!
あなたの愛で、私のヴァギナをいっぱいにしてぇぇっっ!」
幽霊は手足をこちらの腰と背中に回し、ガシッとしがみ付いてくる。
抱きしめる力はさほど強くないが、決して離すまいとする意志の強さを感じられた。
射精寸前の快楽に脳が満たされていた自分はそれに腰を押し付けることで返し、彼女の膣内に精液を放出した。
「ああっ、ペニスびくびくしてるっ! 熱いザーメンが出てるわぁっ!
素敵よあなたっ! 愛しくておかしくなりそうっ!
私の体でもっと気持ち良くなってっ!
この体が孕むぐらい、あなたの愛を注ぎ込んでぇぇっっ!」
相手は人外とはいえ、生まれて初の膣内射精。
それは命が吸われているのではないかと思うほどの快感と精液を引き出してくれる。
だがここで気絶しようものなら本当に死んでしまいそうな気がしたので、
自分は必死で意識を保ちながら、彼女と快楽の頂を共有した。
「んんっ……あなたぁ…」
まるで寝言のような、快楽に微睡んだ声。
彼女は射精を全て受け止めた後も、汗ばんだ体で抱き付いたまま離れない。
こちらとしても彼女の柔らかい肌や香りは心地よく感じられるが、このままでいられても困る。なので『体を離したい』と言ったのだが……。
「え、なんで? どうして私たちが離れないといけないの?」
幽霊がそう言うなり、黒い格子が現れ、棺桶のような檻を作ってしまった。
全く身動きできないわけではないが、彼女との密着状態をほぼ強制されてしまう。
自分と二人だけで檻の中に閉じこもった彼女は、あの嫌な笑みを浮かべて話す。
「もっと愛し合いましょうよ。私はずーっと寂しかったんだもの。
その分をあなたが埋めてくれるまで、離したりなんかしないわよ?」
射精後の賢者タイムにより復活した理性が『だから止めろって言っただろうが』と過去の選択を責めてくるが、もはや後の祭り。
だが百年以上の孤独を抱えてきた彼女が満たされるまで、相手をするなどできるはずもない。またもや苦しいが説得をしなくては。初めてで疲れたから休ませてくれ、とか。
「ん、そうね。あなたはただの人間だから疲れてもしょうがないわね。
それじゃあ、今度は私が上になるわ。あなたは寝ているだけでいいから楽でしょ?」
幽霊はそう言って体の下から抜けだそうとするが、そういう問題ではない。
自分は家に帰って休息をとりたいのだ。
「嫌よ。だってあなたを帰したらもう来ないかもしれないじゃない」
鋭く…もないな。彼女の立場からすれば普通に想定できることだ。
だがそこは信用してもらうしかない。……実際に帰ってくる気はないんだけど。
「思い返してみれば、あなたから恋人になるって言葉は返してもらってないわよね。
ねえ、はっきり聞かせて。私たちは愛し合ってる恋人同士なのよね?」
まずい、明確な返答を求めてきた。
ここは嘘でも『⇒はい』と答えるべきなのだろうが、
見抜かれた場合が怖いし、心にもないことは自分としても口にしたくない。
かといって『⇒いいえ』と答えてもその後が怖い。
『レディを弄んだ』とか言って凶暴化するかもしれないし。
「ねえ、どうして答えてくれないの? ……そんなに言いづらい答えなの?」
ヤバイヤバイ、タイムリミットが迫っている。早く答えねば。
焦りに焦ってくる自分。だが上手い返答など思いつかない。
こうなったら……正直に答えるべきだろう。
嘘を吐いてばれるよりも、真実を口にしてなるようにまかせた方がいい。
自分は『恋人になったつもりはない』ときっぱり幽霊に告げる。
これで怒り狂うか…と内心で覚悟を決めるが、彼女は逆に笑みを浮かべた。
「……ありがとう、本当のことを言ってくれて。嘘をつくよりもずっと誠実で良い答えよ。
やっぱりあなたはジェントルな人。また惚れ直してしまったわ」
どうやら正解の選択肢を選べたらしく、自分たちを包んでいた檻が消失していった。
内心で胸を撫で下ろしていると、幽霊は言葉を続ける。
「本当はずっと一緒にいてほしいけど、あなたにも家族がいるものね。
手紙を持って帰らなかったら、弟さんが心配するでしょうし、今日は帰らせてあげる。
私はここであなたが来てくれる時を待つことにするわ。
それが良いレディというものでしょう?」
……なんともいじらしいセリフだ。
そんなことを言われて放置できるわけもないだろうが。
「でしょう? ジェントルなあなたのことだもの、そう言ってくれると思っていたわ」
してやったりと笑う幽霊。
その顔は相変わらず美しく、彼女の父が口にしたような醜さなど微塵もない。
こんな綺麗な女の子とエロいことできるなら、通い詰めてもいいかな…なんて思いながら、自分は脱ぎ散らかした服を手に取った。
18/02/10 20:52更新 / 古い目覚まし