読切小説
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電子の楽園
目を開くと学校の教室ぐらいの部屋。
すぐ前に小さい妖精のようなものが宙に浮いている。

「えー、このたびは――」
形式ばった歓迎の言葉は聞き流す。

「―――以上が禁止事項です。マナーを守って他のプレイヤーと仲良くプレイしてくださいねー!」
最後に暴言禁止やらレアアイテム・モンスターの横取り禁止などの禁止事項を説明されてお終い。

かと思いきや。

「おっと、忘れてました。下僕設定はONにしますか?」
下僕? ログインする前に下調べはしたが下僕なんて初めて聞いたぞ。
「下僕というのは一種のサポートキャラですね。プレイヤーと同じようにLVアップし自律行動もするAIのキャラクターです。
 ヘルプ機能も兼ねているので初めての方はぜひONにしてから冒険に出ることをオススメしております」
目の前で開くウィンドウ。選択肢はYES,NO。

MMORPGは初体験だからYESを選んでおこう。
「はい、設定が終了しました! あなたが自分の部屋で目を覚ませばすぐそばに下僕がいるので、細かい説明は彼女に訊いてくださいねー!」
そして視界はホワイトアウト。

次に視界が戻った時にはどこかの一軒屋であろう部屋の中。ここが冒険の拠点になる場所か。
「あー、もしもし。こっち向いてもらえる?」
背後から女の声。下僕というのはどんなものかと、振り向いて―――。
「初めまして。あなたが私の主人ね」
固まった。

露出度の高い服に腰から生えた尻尾や翼。どう見ても人外の女の子。
よくこんなきわどい服装がチェック通ったな。
「いきなりジロジロなめ回すように見るなんて、あなたって見かけに似合わずスケベなのね」
クスクスと笑う女の子。

「ああ、ごめんなさい! 話聞いてっ!」
こんな不快なサポートキャラ連れていけるかと、一人で旅立とうとする自分の手を引っ張る女の子。
「あなたに見捨てられたら私凍結されちゃうのよ! だからお願い、連れてって!」
さて、下僕設定をOFFに……できない?
「下僕設定は一度ONにしたらもう変更できないから、私が消えるなんてことは無いわよ」
なんて不親切な設計なんだ。
「でも冬眠室で眠らされることになるの。これじゃ何のために生まれてきたのか……」
下僕は設定がONになった瞬間に姿や性格など様々な要素をランダムに組み合わせて作製されるらしい。
こいつは生後5分も経っていないということか。
「ね、頼むからぁ。人助けだと思って…」
手を合わせて頭を下げられてまで断るほど冷血ではない。
しかし、それは別としてもこんな服装の女の子を連れ回すのはよっぽど度胸がなければ無理だろう。
「別に誰も気にしないわよ。ちょっと外に出てみればわかるわ」

なるほど。
家の外へ出て思ったことはその一言。
「ね、見ての通り。他の人たちも似たようなものだから」
我が家のすぐ前は大通りなのだが、そこを行きかう人々は男が妙に少なく、人間の女など絶無。
代わりに人外の女性があちこち移動している。

猫耳生やしたコスプレじみた者から、青色で半透明のスライム女のような者までプレイヤーであろう男につき従って歩いている。
なかにはパーティ上限の6人になるまで連れてハーレム状態の奴もいる。
たしかにこんなのが日常じゃ、自分の下僕なんて気にもされないだろう。

しかし本当にすごいゲームだ。
さっきのスライム女なんて肌色だったら完璧アウトだろうに。
「分かったでしょ? だから私を連れてって」
その言葉に自分は頷いた。


このゲームは人間同士でパーティを組んで戦うと経験値が割り増しになるシステムだ。
しかし初めてのRPGで見知らぬ他人を誘う度胸など自分には無い。
それにLVが低くて役に立たないなんて言われたら嫌だし。

「おりゃっ!」
女の子……名前をつけろと言われたが、面倒臭いので種族名のサキュバスをそのまま付けてやった。
サキュバスがザコのスライム(もちろん女じゃないただの丸っこいやつ)にとどめを刺して戦闘終了。
経験値が入るが、サキュバスに入る分は少ない。
下僕はプレイヤーと比べてLVアップが遅くなるよう設定されているようだ。
これもなるべく人間同士でパーティを組みましょうという運営の方針なのかね。

しかし人間同士でパーティを組んでいるところをほとんど見たことがない。
一度は見たが、彼らはリアル友人のようだから気軽にパーティを組んでいたのだろう。
大抵の奴は人外の女の子と、イチャイチャしながら冒険している。


このゲームは偽りの教えで世界を支配する神を、真実を広める魔王が打倒しようする善悪逆転の世界観だ。
基本的にプレイヤーは魔王側の勢力について、神を崇める勢力と戦うことになる。
といっても世界情勢が動くのは大規模なイベントがあった時ぐらいで、普段はなにも気にせず目の前の戦闘や小イベントをクリアするだけ。

とりあえず今は3つ先の町までのお使いイベントを経験値稼ぎをしつつ進めているところだ。
「ねー、そろそろ暗くなってきたからキャンプしない?」
サキュバスの提案にメニューウィンドウを開き、すでに組み上がっているテントを用意する。
仮想世界は便利なものだ。
面倒なテント設営なんてしなくていいし、一人の人間が金塊99個なんて持ち歩けるからな。
……イベント用の金塊で、店に売却できないとかセキュリティーも万全だし。

「じゃあ、ご飯ご飯。私はスパゲッティにしようかな」
これまた茹でたてのスパゲッティが出てくる。
ステータスUPなどの効果がない、味がするだけの食事はタダ同然のお値段。実に安上がりだ。

食事を終えて月も高くなってきたので寝る。
ゲームの中で寝るというのも変な感じだが、ゲームをやるときは小休憩を取るのも必要だ。

この世界に来てから3日目。
体感時間が違うので現実ではほとんど時間は経っていないだろうが、サキュバスがなにかにつけべたべたしてくるので困る。
「ねえ、同じ毛布で寝ましょうよ。私に手を出していいからさ」
一瞬心が揺らぐ。だがおちつけ、相手はただのAIだ。
倫理機構が許すわけないんだし、エロいことなんてなにもできないぞ。

「うーん、これでもその気になってくれない?」
サキュバスがいきなり上を脱いだ。
おいおい、小学生じゃないんだし、ただの肌色の球体を見せられても―――って、おいィ!?

なんで乳首がついてるんだよ! こんなとこまで作った奴は誰だ! 倫理機構の審査はザルなのか!?
「ね、見てのとおり本物の女と同じにできてるんだよ。もちろん下も。だから、しましょう」
これ本当に大丈夫なのか? 実はトラップで手を出そうとしたら警告くらうんじゃないだろうな?
悩みに悩んだが、バーチャルセックスで童貞喪失というのは避けたいので何とかこらえた。


お使いイベントが終わったあとも、やることは大して変わらない。
ふらりと町の外に出て経験値稼ぎをしたり、別のイベントを進めたり。


そうこうしているうちに体感時間で3ヶ月は経った。
きっと現実ではもう夕方になってるだろう。明日は学校だ。ああ、やだやだ。
「ねー、もう帰ちゃうの? もっとこの世界で冒険しましょうよ」
サキュバスがもっとプレイしろとねだってくるが、流石に現実を捨てるわけにはいかない。
しかし3ヶ月もこの世界にいたから世界観のボケがきついかもなこりゃ。

そんなことを考えながらログアウトしようとしたのだが。

『ログアウトに失敗しました』
エラーメッセージ。ん? サーバーの接続が悪かったのか?
もう一回。

『ログアウトに失敗しました』
認証システムで何かトラブルが起きてるのか?
しょうがない、運営に直接問い合わせよう。

『接続先が存在しません。もう一度お確かめの上――』
バカな! 手打ちでアドレス入れてるわけじゃないんだぞ!
なんでリンク先が消えてるんだ!

得体のしれない恐怖感に何度もログアウト操作を繰り返す。
頼む! 一度でいいから繋がってくれ!
『ログアウトに失敗しました』
変わらないエラーメッセージ。


「あなたは気付いてないだろうけど」
後ろから聞こえるサキュバスの声。

『ログアウトに失敗しました』

「この世界の体感時間って実は現実時間とほとんど一緒なのよね」

『ログアウトに失敗しました』

「人間って3ヶ月間飲まず食わずで生きていられるものかしら?」

『ログアウトに失敗しました』


振り向くとサキュバスが笑っていた。
冗談はよせ。これはただのシステムエラーだ。
「本当よ。もうあなたはログアウトできないの。だから運営も知らんぷりで対応してくれないのよ」
そんな馬鹿な。

「証拠、見せてあげようか?」
サキュバスが手をかざすと大きいウィンドウが開く。
それは自分がいつも見ているニュース番組。
そしてその日付は。

「ね? 本当でしょ?」
その言葉に目の前の相手を殴りつける。だが当たっているのに手ごたえがない。
「私はあなたの仲間扱いだから攻撃対象にならないわよ」
殴る、殴る、殴る。
「だから無意味なんだって」

……いったいどうすればいいんだ。
「この世界で生きていけばいいじゃない。冷静に考えてみてよ。
 飢えに苦しむことも、病に悩まされることも、老いて衰えることも、寿命で死ぬこともない。
 ここは楽園じゃない?」
黙れ。きさまはもう凍結だ。自分で事態を打開してみせる。

凍結すると言われたサキュバスだがまったく動じない。
「そう、じゃあ私はしばらく寝るわ……また後で会いましょう」
もう会うことはない。きさまは永遠に冬眠室だ。
自分から冬眠室に入ったサキュバスを尻目に、旅をするための準備をする。

世界のどこかに外へと繋がる手段があるかもしれない。
あるいはあのAIがただ異常動作をしているだけで、すべて出まかせという可能性も少ないがある。
何にせよ諦めるにはまだ早い。



いったいどれだけ旅をしたのか。
ソロプレイで地道にLVを上げ、装備を整え、あらゆるところを探しまわった。
超高難易度ダンジョンの底に何かないかと、最下層ボスを激戦の末に倒したあと調べた。
新エリアが追加されるたびに、一番を競うように足を踏み入れ草の根かき分けて探しまわった。
レアアイテムがカギにならないかと、ドロップ品を求めて高LVモンスターを狩りまくった。

いまの自分は廃人ソロプレイヤーとして、そこそこ名が知られるようになった。

この問題は自分一人だけの問題ではない。
ずっと前からいたプレイヤー、新しく入ってきたプレイヤーにも声をかけた。
だがろくな反応は得られなかった。

新入りには変なことを言う廃人様だと、ことごとくスルーされた。
それでもしつこく話しかけたらNG設定でコンタクトを完全に遮断された。

自分より古参のプレイヤーはこの世界を受け入れてしまっていた。
みんな下僕と幸せそうに暮らしていて、中には子供まで作り完全にこの世界で生きていくことを決めた者もいた。

手がかりは何一つ見つからない。
誰も自分の言葉に耳を傾けてくれない。


…………もう、疲れた。


下僕を凍結して以来、一度も訪れなかった自分の家。
冬眠室へ入り、下僕の凍結を解除する。
「おかえりなさい。どうだった?」
目を覚ましたサキュバスは、こうなることは分かっていたと言うように、凍結前から変わらぬ笑みを浮かべた。

ベッドに座りこみ話す気力も沸かない自分をサキュバスはそっと抱きしめる。
「長旅で心も体も疲れたでしょ。……私が癒してあげる」
サキュバスに軽くキスをされ、ベッドに押し倒された。
「ずいぶん心が摩耗しちゃったのね。でもすぐ熱い心を取り戻してあげるから」
元から少ない布地だからか、ポイポイと水着を投げ捨てるように裸になるサキュバス。
気力はなくても、生理的な反応はするのか勃起はする。
「うん、ちゃんとコッチは生きてるみたいね。性欲まで無くなってたら面倒だったんだけど…。
 はーい、それじゃ脱ぎ脱ぎしましょうねー」
子供扱いでズボンと下着を脱がすサキュバス。
顔が熱くなる。ああ、自分も少しは恥ずかしいという感覚が残っていたのか。
「さー、エッチしましょう。現実の女よりもずっと気持ち良くしてあげるから」
サキュバスがちんぽを掴み、穴に入れる。
熱くてヌルヌルする……。これが女の体?
「あ、生気が戻ってきた。……あなた旅をしていた間、自分を慰めもしなかったんでしょ」
サキュバスは腰をゆっくりと上下に動かす。
「私と一緒にいれば毎日こういうことしてあげるけどどうかな?
 現実のことなんて忘れて……私とずっと、ね」
もうどうでもいい。この快楽さえあれば。


1年か、10年か、100年か。どれだけ時間が経ったのか。
最初に受けた懐かしのお使いイベントを再度プレイしながらサキュバスと話す。
「ね。外で拾ってきた情報、見る?」
ウィンドウが開きニュース記事が表示される。

「世界の就業・就学人口50万人を下回る、ですって。みんなこの世界に惹かれてどんどんやってきてるみたいよ。
 あなたと違ってロボットが健康管理してるから数十年は体も保つでしょうけど、
 そのうち外の世界で活動する人間はいなくなるんじゃないかしら」
べつに外なんてどうでもいい。

「ええ、そうね。私たちにはここが現実なんだから。じゃあ明後日追加予定の新エリアの情報なんだけど……」


―――世界は広がり続ける。冒険に終わりはない。
11/10/25 16:48更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
正直ここに投稿して良いのか迷いました。



ここまで読んでくださってありがとうございました。

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