薬物を盛る人間の屑（もしくは全力で落としにいく人間の鑑）
教団が勢力を誇っている地域はともかく、親魔物の地域では男が結婚に苦労することはまずない。
もし相手を選ばなくていいのなら、通りに出て適当な魔物に声をかけるだけですむ。
『自分と結婚してくれませんか？』と。
その言葉が本気だと信じてもらえれば、既婚者や意中の相手がいない限りゴールインだ。
また告白者が魔物の好みとずれていても袖にされることはない。
『まずはお友達から始めましょう』的な事を言われて、知人としての付き合いは持てる。
そして段々と仲良くしていくうちに異性として好かれて、大半は結ばれることになるのである。
好みから外れていなければすぐにＯＫをもらえる。
外れていても親しくすれば高確率で両想いになれる。
人間の女性と交際するのに比べれば圧倒的なまでの簡単さだ。
なので自分は恥ずかしさを我慢して告白することにした。
師匠と自分の二人だけで経営しているこじんまりとした魔法屋。
一週間に一度の割合で店に訪れ、魔法薬を買っていく魔物。
いつもと同じように代金を払って店外にでた彼女を追い、自分も店を出る。
冷たい風に青紫の長髪をたなびかせる彼女の背に声をかけて呼び止めた。
すみません、ちょっと待ってください。
「なに？ どうかしたの？」
呼び止められる心当たりがないであろう彼女は疑問を口にしてこちらを振り向いた。
純粋なサキュバスと比べても全く見劣りしない美しい顔。
ほんの一瞬間それに見惚れた後、自分は想いを打ち明ける。
あの……個人的な話なんですけど、少しいいですか？
「構わないわよ。私も急ぎの用事はないから。それで話って何なの？」
緊張と恥ずかしさで体が熱くなる。今の自分の顔は相当に赤くなっているだろう。
自分はゴクッとつばを飲み込み、単刀直入に要件を口にする、
あなたが好きです。付き合ってもらえませんか？
前ぶりなんてほとんど無い告白。
多分人間だったら『ハァ？』とバカにするだろう。
しかし魔物である彼女だったら――――。
「そう。残念だけど私はあなたに興味なんて無いの。
恋人が欲しいなら他の魔物に付き合ってもらいなさい」
お友達以前に取りつく島もない“お断り”。
そこまでキッパリ言われるなんて夢にも思わなかった自分は精神も体も固まってしまい、
彼女が再び背を向けて立ち去るのを見送ることしかできなかった。
陽が落ちて『閉』の看板を下げた店。その居住区で自分は師匠と夕食を摂る。
フられた自分はこの上ないほど意気消沈。食事中にため息を何度も吐いてしまう。
それを不審に思い何かあったのかと訊く師匠。
告白してフられたなんて惨めで恥ずかしいけど、誰かに愚痴りたくもあった。
それで恥を忍んで夕方の出来事を話すと……。
「あっはっは！ そりゃあ相手が悪かったな！
グラキエスは並みの人間よりガードが堅いんだぞ！」
寒冷地独特の度数が高い酒。それを片手に師匠は笑い声をあげる。
いくら酔っぱらってるからって笑い物にすることはないだろう。
やっぱ話さなきゃよかった…と後悔しながら自分は皿の肉にフォークを突き刺す。
……笑うことないでしょう。自分は本気だったんですよ？
そう言って自分は恨みがましい目で師匠を睨む。
一通り笑った師匠は『スマンスマン』と手を振り、酒をもう一口して話す。
「いやー、俺のとこに来た時はがきんちょだったお前が色気づくとはなあ。
ついおかしくて笑っちまったんだ。悪かったな」
この師匠と自分は十年以上の付き合いだ。
とても貧乏だった家族が奴隷商に自分を売ろうとしたところ、
旅の魔法使いだった師匠が『この子には魔法の才がある』と横から出て買い取ったのが出会い。
その後は二人であちこち旅をし、数年前に魔物も受け入れている北方の小さな町に腰を落ち着けたのである。
まあ、いいですよ。もう過ぎたことですから……。
完膚なきまでに自分はフられた。
人間だったらもっと時間をかけて仲良くなるところを、相手は魔物だからと甘く都合の良い考えで告白したのが悪いのだ。
師匠、その酒少しもらえますか？
水を飲み干し、空になったコップを師匠に差し出して自分は言う。
自分の年齢で酒を飲む者は少ないが、こんな時ぐらいヤケ酒に走ったっていいだろう。
だが師匠は手元のボトルを注いではくれず、呆れたように鼻息を吐いた。
「なんだお前、諦めんのか？」
諦めるって…しょうがないじゃないですか。
彼女は『興味無い』って言い切ったんですよ？
「本気でその子が好きなんだろ？ だったら一度断られたぐらいで諦めるなよ。
俺なんて何度フられても告白したんぞ。だいたい１０１回くらい」
それは……凄い執念ですね、としか言いようがないですね。
「ああ、その子と俺はずいぶんと身分違いでな。
一応両想いだったんだが、家族のことを考えると彼女は首を縦に振れなかったんだ。
それでもめげずに告白を繰り返して、最後は二人で駆け落ちしようかってとこまでいった」
初めて聞く師匠の過去。余程大事な思い出なのか、
酒が入っているにもかかわらず、師匠の目はしっかりとしていた。
それで、その人とはどうなったんですか。
今の師匠は自分との二人暮らし。
その女性が一緒にいない以上、何かがあったとしか考えられないが……。
「結局はどうにもならなかったよ。駆け落ちしようとしたところでお縄さ。
俺は彼女と引き離されて家で軟禁。
それが解けた頃に『彼女は病気で死んだ。葬儀は済ませた』って知らされた」
……自分は何も言えない。
彼女の死因は本当に病気だったのか否か。
真実はどうであれ、師匠の立場でその言葉を信じるのは難しいだろう。
「まあ、そんな事があったら何もかも馬鹿馬鹿しくなってな。
自分から家を捨てて、好き勝手な旅に出たんだ」
師匠はそう言うと、重くなった雰囲気を消すようにグビッと酒を一口飲んだ。
……師匠の恋愛事についての熱意は分かりました。
でも師匠は両想いだったじゃないですか。自分は普通にフられたんですよ？
正直、今の過去話と自分の状況に関連性が見出せない。
「別に関係なんてない。いい機会だから俺も昔の愚痴を零したくなっただけだ。
ただ……俺と違って、お前が好きな相手には身分差なんてない。
代わりと言っちゃあなんだが、お前には幸せになって欲しいと思うわけだよ俺は」
今度は固形物を口にしたくなったのか、師匠は肉を口元へ運ぶ。
「それはそれとしてだ。お前あのグラキエスのどこが好きになったんだ？
もっと愛想があって、付き合いやすい魔物だって店に来るよな。
あの子が群を抜いた美人とは俺には思えないし、どうしてなんだ？」
誰も彼も一級の美しさを持つ魔物。
その中にあっては彼女も他が霞むほどの美しさではない。
では何故彼女を好きになったのかというと――――。
冷たいから……ですかね。
「冷たいから？ どういう意味だ？」
口にした言葉の意味が分からず聞き返す師匠。
『何故好きになったのか』なんて、よく考えてみると相当恥ずかしい事を自分は説明する。
いやその…ウチに来る魔物の客って、
自分にちょっかい出そうとすることあるじゃないですか。
「ああ、時々あるよな。ナンパ禁止って張り紙あるにもかかわらず」
そういう客って、自分に気に入られようと笑顔を向けたり、
わざとらしく色気を振りまくんですけど、彼女はそういうことをしないんです。
「グラキエスなら当然だな。んで？」
贅沢…かもしれないんですけど、だから逆に彼女の笑った顔を見たいんですよ。
愛想笑いとか作り笑顔とかじゃなくて、好意から浮かぶ笑顔を。
自分は彼女と会話したことなんてほとんどない。
店で売買するときに事務的な言葉を少し交わすだけだ。
だからこそ、これは本気だと思える。
外見が全てなら、とっくに他の魔物になびいているはずだから。
「……そうか。そうまで想えるなら間違いなく本気だな。
諦めずにまた告白してみろよ。俺も一肌脱いでやるからさ」
ニヤリと笑い、師匠は腕をまくってみせる。
だがこれは自分と彼女の問題だ。師匠が介入する余地は無いと思うのだが。
一肌脱ぐって、何をする気なんですか。
「簡単なことさ。少し余ってる材料を使って惚れ薬を作ってやる。
どうにかしてそれを飲ませれば、いくらグラキエスでも無下にはしなくなる」
惚れ薬って……それ思いっきり禁制の品じゃないですか。
っていうか、そんな物作れたんですか？
誘惑の魔法がある以上、それと類似した効能を持つ魔法薬は作れる。
だがそういった精神に影響する薬の製造・販売は大半の国で禁止されている。
というか、通常そういった情報は国が管理していて、
一般の魔法使いは調合の材料さえ知ることができない。
不心得者が他人を洗脳して好き勝手したら困るからそれも当然なのだが。
「昔取った杵柄ってやつだ。それに材料が材料だから強力な奴にはならない。
凍ってガチガチのガードを並みの魔物程度に弱めてやるだけさ。
その後はお前次第。真剣さが伝われば応えてくれるだろうよ」
もし洗脳のように惚れされるなら師匠の厚意でも断っただろう。
そんなことをして彼女に好かれても意味はない。
しかし氷の城壁に取っ掛かりを作るだけというなら……。
……お願いします、師匠。
「おう、任せろ。お前は上手く薬を飲ませる方法でも考えときな」
薬があってもそれを口にしなければ何の効果もない。
さて、どうやって飲ませたらいいものか……。
告白失敗した相手に再び顔を合わせるのは恥ずかしい…と思うのは自分だけのようだ。
他に店が無いから仕方ないといえばそうなのだが、
あの日から一週間経つと、彼女はまた薬を買いに来た。
「いつものを貰える？」
彼女は気まずさなど欠片も感じさせない声でいつもの薬を注文する。
『分かりました』と自分は答え、背後の棚から薬を取り出す。
そして代金を受け取り、お釣りを渡した所で口を挟んだ。
そういえば定期的に薬を買っていきますけど、体の調子が悪いんですか？
魔物というのは基本的に人間よりも頑丈だ。
自分は魔物に詳しいわけじゃないけど、虚弱体質な魔物なんて聞いたこともない。
もう何ヶ月も通っている相手に今更な質問ではあるが、会話の糸口にしてみる。
「……別に私が悪いわけじゃないわ。
知り合いの人間が持病持ちだから、その妻に頼まれてるの」
話すべきか少し躊躇ったようだが、隠す理由はないと判断したのか、
彼女は事情を明かしてくれた。
なるほど、友人の頼みでお使いに来てるわけですね。
でも、なんでその奥さん自身が来ないんですか？
「夫とイチャつくのに忙しくて、片道一時間の行程が惜しいそうよ。
それと頼んでいるのは友人じゃなくて私の姉」
この町をさらに北へ行くとグラキエスが住人の大半を占める集落がある。
彼女は毎週そこから歩いて薬を買いに来ているのだ。
しかし姉のいいように使われるのは彼女も不本意なのか『まったく…』と言いたげに息を吐いた。
へー、姉がいたんですか。しかも結婚までしていると。
「ええ。所用で遠くへ行った際に出会ったらしいわ。
……正直、帰って来た時は瓜二つの別人かと思ったけど」
彼女も色々と内に溜めこんでいる物があるのか、話すと結構愚痴を零してくれる。
これなら上手くいけるかもしれない。
あなたは姉を見て『自分もそうしたい』とか思わないんですか？
「私が？ 冗談じゃないわ。グラキエスは氷の女王のしもべ、
男にかまけて仕事をサボるだなんてグラキエス失格よ」
どうやら彼女の姉は妹から見ると生活態度がよろしくないようだ。
それでも頼みを聞いて買い出しに来るのは肉親だからなんだろうな。
まあ……友人ならともかく、家族からの頼みは断り辛いですよね。
そんな心労のかさむあなたに一つオススメの品が……。
なるべく怪しまれないよう、商品の紹介を装って薬の入った小瓶をカウンターの上に置く。
これ、ウチの店主が新しく調合した滋養強壮薬です。
売り出すのはまだ先なんですけど、一つどうですか？
今回は試供品ということでお代はいりませんよ。
ちょっと強引かなー、と考えつつ自分は惚れ薬の入った瓶を彼女に勧める。
「無料なの？ ならありがたく頂くわ」
流石に薬物が混入されているとは見抜けないのか、
彼女は何の疑いもなくコルク栓を抜いてコクコクッと一飲み。
口を離してプハッと微かに吐いた息が妙に艶めかしく感じる。
「強壮薬の割にずいぶん甘いのね。
でも、結構飲みやすいから売れるんじゃないかしら」
滋養強壮薬は苦かったり臭いがキツかったりであまり美味しい物ではない。
だが今回のは惚れ薬により甘味を感じられるようだ。
師匠によるとこの薬は即効性があるそうなので、変化がないか早速訊いてみる。
どうですか？ 飲んでみて疲れが楽になったりとかします？
「そうね……。精神的なものだろうけど、少しは楽に――――あっ」
彼女は言葉を途切れさせると、寒気を感じた人間のようにブルッと身を震わせた。
そしてカウンター越しの自分をジロッと睨む。
「……あなた、さっきの薬に変な物入れたわね。何か体がおかしいわ」
あっさりと“盛られた”事に気付く彼女。
こうまで簡単にバレるとは予想外だったが、一応シラを切ってみる。
いや、自分は何もしてませんよ。もしかして体質に合わなかったとか……。
薬である以上、個々人によって効果に差が出る。
そう言って自分は誤魔化すが、彼女は疑いの色を濃くした目で見つめてくる。
「嘘おっしゃい。いくら体質といっても、強壮薬でこんな効果が出るわけないわ。
あなたは私に“なにか”を飲ませたのね？」
疑うどころか、完全に確信した声で自分を問い詰める彼女。
やっぱり副作用で通すのは無理があったか。こうなったら認めてしまおう。
そのとおりです。さっきの滋養強壮薬には違う薬も混ぜてました。
「一体何を混ぜたの？ 私に飲ませて何のつもり？」
混ぜたのは一種の惚れ薬です。目的は……やっぱり諦められなくて。
『諦められない』という言葉で告白されたことを思い出したのか、彼女は呆れたような顔になる。
「何考えてるのよ。惚れ薬なんて禁制品まで使って……。
あなた、そこまでして私と付き合いたいの？」
付き合いたいです。恋人に……いや、結婚してください。
即答する自分。
こちらは違法薬物を使うくらいなのだから、その程度の覚悟は決めてある。
いきなりのプロポーズを受けた彼女は少し頬を蒼く染めると、困ったように視線を巡らせる。
先週までの彼女ならまずしないであろう表情。師匠の助力にホント感謝だ。
「そう言われても、グラキエスは女王に仕えるものだし……」
彼女は仕事を理由にして再び告白を断ろうとする。
しかし言葉は弱く、心が揺らいでいるのは丸分かり。
ここはもう押すしかない。
お願いです。あなたを何よりも大事にします。どうか自分と結婚してください。
土下座とは違うが、自分はカウンターに両手をついて頭を低く下げる。
彼女は無言のまましばし佇んだが、やがてポツリと一言を漏らした。
「……本当に、大事にしてくれる？」
頭を下げたままの自分の耳に入る言葉。
彼女の姿は見えないが、その声には期待を含む温かさがあった。
自分はその期待に応えるよう、しっかりと言う。
約束します。絶対にあなたを幸せにしてみせます。
「……分かったわ、顔を上げて」
言葉に従い、カウンターから顔を上げて彼女を視界に入れる。
するとそこには自分が望んでいたものがあった。
そんな形にすることがほとんど無いのか、ややぎこちない笑み。
しかしその瞳は氷の精霊とは思えないほどの温かさに満ちている。
冷え切って無表情だった彼女がそんな顔をしてくれたことに、自分の胸にも嬉しさがこみ上げた。
「それじゃあ……いいわよ。あなたと結婚してあげる。
ちゃんと大事にしなさいよ、旦那さま」
そう言うと彼女はゆっくりと顔を寄せてきた。
何のつもりか分からないほど抜けてはいないので自分は目を閉じる。
唇に当たる柔らかい感触。それは人間と同じくらいの熱を持っていた。
数秒間呼吸を止めての触れ合い。
それを終えて顔を離すとお互いにフゥ…と一息。
ついに両想いになったんだな…と胸に感慨が湧く。
彼女も同じなのか、蒼さの濃くなった顔で口を開いた。
「……ねえ、この店って何時頃に閉めるの？」
季節にもよるけど、陽が落ちる時間には『閉』の札を下げてるよ。
「日が沈むころか……まだ数時間あるわね。店内で待ってていい？」
いいよ、別にそのくらい「いやーお客さん、そんな待たなくていいですよ」
突然横から挟まれる声。
二人してその方を向くと、裏手に通じる扉からこっそり顔を出している師匠がいた。
師匠はガラッと音をたてて扉を開くと、カウンターまでやってくる。
……どの辺から覗いてたんですか。
「そりゃ最初っからさ。カワイイ弟子の再挑戦、見逃す手は無いだろ」
無事告白が成功したからか、師匠はニヤニヤ笑いながら喋る。
「今日の店番は俺が代わってやるよ。そちらのお嬢さんと奥でゆっくり話をしてきな」
これも一応は思いやりなんだろうけど、その笑みを見ると素直には喜びたくない。
内心複雑な自分を他所に、師匠は彼女の方へ向くと丁寧に頭を下げた。
「既にご存じでしょうが、この者の師でございます。
不肖な弟子ですが、どうかよろしくお願いします」
幼いうちに実の親から離された自分にとって師匠は育ての親でもある。
今の師匠は養父として、息子の妻になる女性に礼をしたのだろう。
ニヤニヤ笑いから一転して真面目な顔で頭を下げた師匠。
彼女はその態度の変わりっぷりに一瞬面食らったが、すぐに『こちらこそ…』と礼を返した。
「どうぞ、奥に行ってください。
これからの事とか、二人で話すことはたくさんあるでしょうから」
師匠は出てきた扉の方に手を向ける。
彼女はカウンターの横を回ると『お邪魔します』と言ってその向こうに消えた。
自分もその後を追おうとしたとき、師匠はまたもや笑って話しかける。
「外の雑音が入らないよう、遮音の魔法をかけといてやるよ。
それと今日は外で飲んでくるから、二人でゆっくりしていけや」
外の雑音が…というが、実際はその逆だろう。
気遣ってくれるのはありがたいのだが、
他人に知られた上でするというのは死ぬほど恥ずかしい。
自分は何も言わずただ会釈して裏手へ行った。
『話すことはたくさんあるだろう』と師匠は言っていたが、
実のところ今すぐに話すべきことは無かったりする。
自分は結婚を申し入れ、彼女は受けた。それが全て。
もちろん互いの事をより知るために話す必要はあるだろうが、
それはもっと時間をかけてやるべきことだ。
では、今何をするかというと……。
「ん……あっ…！」
カーテンを閉めて薄暗くなった自室。
青黒い胸当てを外し、普段は隠れている女性器を露出させた彼女は、
ベッドに横たわった自分の上で息を弾ませる。
美女の裸に硬く勃起した自分の男性器は彼女の股間に深く咥えこまれ、
腰が動くたびに熱を持った膣肉が絡みついて、快感をこちらの脳に叩き込む。
そう、自分たちは今まさに初夜？ の最中なのだ。
「ああ、良いわっ…！ 男のちんぽがこれほどの物だったなんてっ…！」
長い髪を振り乱して喘ぐ彼女。
青白い肌に汗を滲ませ、乳房を揺らながら乱れる姿はまるで別人のようだ。
しかしこれは何もおかしいことではない。
本性が発露したなら魔物は誰だってこうなるのだから。
「あなたはどう？ 私のまんこは気持ち良いかしら、旦那さまっ！」
もうすっかり妻になった心持ちなのか、彼女は旦那さま呼ばわりする。
その呼び方はまだまだ早いと思うが、悪い気分はしない。
自分は『とても良いよ』と返して腰を押し上げる。
「んっ…嬉しいわ！ なら、もっと良くなって！ もっと私を好きになってっ！」
先ほどまでとは逆に、彼女の方から愛を求めてくる。
自分は彼女への“好き”を肉体の動きに変え、より気持ち良くなるよう彼女の奥を突く。
男性器の先端が行き止まりにぶつかると、彼女はビクン！ と身をのけぞらせた。
「あっ、子宮口に…当たってるっ…！ そこ、いいっ…！ もっと…してっ！」
甘えた声でおねだする彼女。
その願いを叶えるべく、自分は深く突き上げ何度も子宮の入り口をノックする。
肉厚で膣壁とは感触が違う子宮口。
そこが敏感な男性器の先端に刺激を与え、やがて射精の衝動が湧きあがってくる。
「あ、あ、もう、イクのっ？ 旦那さまっ…！」
彼女も限界が近いのか、声を詰まらせながら喋る。
そして彼女以上に余裕がない自分は頷きで返した。
「分かってると、思うけどっ…！ そのまま、中に、お願いねっ！
しっかり、種付けして――――あっ！」
暴発。まだ彼女が達していないにもかかわらず、自分は射精してしまう。
「あっ、先に、イっちゃったのねっ…！ お腹の中、熱いわ……！
ちんぽから精液、飛び散ってるっ…！」
彼女は自分の精を受けてから、身を震わせ達した。
その時の締まりと快感は筆舌に尽くし難い物だったが、これは明らかに失敗だ。
自分は人生最上の快楽を感じていたが、初体験を最高の状態で終えられなかった事を残念に思った。
……ごめん、こっちだけ先に出しちゃって。
互いに達した後、自分の上に覆い被さって休む彼女に声をかける。
これは彼女にとっても初体験だったのだ。
こりゃ少しぐらいなじられても仕方ないかな…と考えたので、第一声は謝罪。
「ん、謝らなくていいわよ。ほんのちょっと残念だったけど、
これからいくらでもできるんだから。気にするくらいなら……」
彼女は語尾をかすれさせると、腹に力を込めた。
まだ彼女の体内に入ったままの男性器が締めつけられ、再び快感が発生する。
それに顔を歪めた自分に彼女は微笑みを向けると、唇に軽くキスをした。
「もっと私を愛してちょうだい。あなたのお師匠さまが帰って来るまで何度も」
失敗なんてどうでもいいと言う彼女。
確かに過ぎたことを考えてもあまり意味はない。
自分は今度こそ二人一緒に…と考えながら、彼女の尻に手を回した。
もし相手を選ばなくていいのなら、通りに出て適当な魔物に声をかけるだけですむ。
『自分と結婚してくれませんか？』と。
その言葉が本気だと信じてもらえれば、既婚者や意中の相手がいない限りゴールインだ。
また告白者が魔物の好みとずれていても袖にされることはない。
『まずはお友達から始めましょう』的な事を言われて、知人としての付き合いは持てる。
そして段々と仲良くしていくうちに異性として好かれて、大半は結ばれることになるのである。
好みから外れていなければすぐにＯＫをもらえる。
外れていても親しくすれば高確率で両想いになれる。
人間の女性と交際するのに比べれば圧倒的なまでの簡単さだ。
なので自分は恥ずかしさを我慢して告白することにした。
師匠と自分の二人だけで経営しているこじんまりとした魔法屋。
一週間に一度の割合で店に訪れ、魔法薬を買っていく魔物。
いつもと同じように代金を払って店外にでた彼女を追い、自分も店を出る。
冷たい風に青紫の長髪をたなびかせる彼女の背に声をかけて呼び止めた。
すみません、ちょっと待ってください。
「なに？ どうかしたの？」
呼び止められる心当たりがないであろう彼女は疑問を口にしてこちらを振り向いた。
純粋なサキュバスと比べても全く見劣りしない美しい顔。
ほんの一瞬間それに見惚れた後、自分は想いを打ち明ける。
あの……個人的な話なんですけど、少しいいですか？
「構わないわよ。私も急ぎの用事はないから。それで話って何なの？」
緊張と恥ずかしさで体が熱くなる。今の自分の顔は相当に赤くなっているだろう。
自分はゴクッとつばを飲み込み、単刀直入に要件を口にする、
あなたが好きです。付き合ってもらえませんか？
前ぶりなんてほとんど無い告白。
多分人間だったら『ハァ？』とバカにするだろう。
しかし魔物である彼女だったら――――。
「そう。残念だけど私はあなたに興味なんて無いの。
恋人が欲しいなら他の魔物に付き合ってもらいなさい」
お友達以前に取りつく島もない“お断り”。
そこまでキッパリ言われるなんて夢にも思わなかった自分は精神も体も固まってしまい、
彼女が再び背を向けて立ち去るのを見送ることしかできなかった。
陽が落ちて『閉』の看板を下げた店。その居住区で自分は師匠と夕食を摂る。
フられた自分はこの上ないほど意気消沈。食事中にため息を何度も吐いてしまう。
それを不審に思い何かあったのかと訊く師匠。
告白してフられたなんて惨めで恥ずかしいけど、誰かに愚痴りたくもあった。
それで恥を忍んで夕方の出来事を話すと……。
「あっはっは！ そりゃあ相手が悪かったな！
グラキエスは並みの人間よりガードが堅いんだぞ！」
寒冷地独特の度数が高い酒。それを片手に師匠は笑い声をあげる。
いくら酔っぱらってるからって笑い物にすることはないだろう。
やっぱ話さなきゃよかった…と後悔しながら自分は皿の肉にフォークを突き刺す。
……笑うことないでしょう。自分は本気だったんですよ？
そう言って自分は恨みがましい目で師匠を睨む。
一通り笑った師匠は『スマンスマン』と手を振り、酒をもう一口して話す。
「いやー、俺のとこに来た時はがきんちょだったお前が色気づくとはなあ。
ついおかしくて笑っちまったんだ。悪かったな」
この師匠と自分は十年以上の付き合いだ。
とても貧乏だった家族が奴隷商に自分を売ろうとしたところ、
旅の魔法使いだった師匠が『この子には魔法の才がある』と横から出て買い取ったのが出会い。
その後は二人であちこち旅をし、数年前に魔物も受け入れている北方の小さな町に腰を落ち着けたのである。
まあ、いいですよ。もう過ぎたことですから……。
完膚なきまでに自分はフられた。
人間だったらもっと時間をかけて仲良くなるところを、相手は魔物だからと甘く都合の良い考えで告白したのが悪いのだ。
師匠、その酒少しもらえますか？
水を飲み干し、空になったコップを師匠に差し出して自分は言う。
自分の年齢で酒を飲む者は少ないが、こんな時ぐらいヤケ酒に走ったっていいだろう。
だが師匠は手元のボトルを注いではくれず、呆れたように鼻息を吐いた。
「なんだお前、諦めんのか？」
諦めるって…しょうがないじゃないですか。
彼女は『興味無い』って言い切ったんですよ？
「本気でその子が好きなんだろ？ だったら一度断られたぐらいで諦めるなよ。
俺なんて何度フられても告白したんぞ。だいたい１０１回くらい」
それは……凄い執念ですね、としか言いようがないですね。
「ああ、その子と俺はずいぶんと身分違いでな。
一応両想いだったんだが、家族のことを考えると彼女は首を縦に振れなかったんだ。
それでもめげずに告白を繰り返して、最後は二人で駆け落ちしようかってとこまでいった」
初めて聞く師匠の過去。余程大事な思い出なのか、
酒が入っているにもかかわらず、師匠の目はしっかりとしていた。
それで、その人とはどうなったんですか。
今の師匠は自分との二人暮らし。
その女性が一緒にいない以上、何かがあったとしか考えられないが……。
「結局はどうにもならなかったよ。駆け落ちしようとしたところでお縄さ。
俺は彼女と引き離されて家で軟禁。
それが解けた頃に『彼女は病気で死んだ。葬儀は済ませた』って知らされた」
……自分は何も言えない。
彼女の死因は本当に病気だったのか否か。
真実はどうであれ、師匠の立場でその言葉を信じるのは難しいだろう。
「まあ、そんな事があったら何もかも馬鹿馬鹿しくなってな。
自分から家を捨てて、好き勝手な旅に出たんだ」
師匠はそう言うと、重くなった雰囲気を消すようにグビッと酒を一口飲んだ。
……師匠の恋愛事についての熱意は分かりました。
でも師匠は両想いだったじゃないですか。自分は普通にフられたんですよ？
正直、今の過去話と自分の状況に関連性が見出せない。
「別に関係なんてない。いい機会だから俺も昔の愚痴を零したくなっただけだ。
ただ……俺と違って、お前が好きな相手には身分差なんてない。
代わりと言っちゃあなんだが、お前には幸せになって欲しいと思うわけだよ俺は」
今度は固形物を口にしたくなったのか、師匠は肉を口元へ運ぶ。
「それはそれとしてだ。お前あのグラキエスのどこが好きになったんだ？
もっと愛想があって、付き合いやすい魔物だって店に来るよな。
あの子が群を抜いた美人とは俺には思えないし、どうしてなんだ？」
誰も彼も一級の美しさを持つ魔物。
その中にあっては彼女も他が霞むほどの美しさではない。
では何故彼女を好きになったのかというと――――。
冷たいから……ですかね。
「冷たいから？ どういう意味だ？」
口にした言葉の意味が分からず聞き返す師匠。
『何故好きになったのか』なんて、よく考えてみると相当恥ずかしい事を自分は説明する。
いやその…ウチに来る魔物の客って、
自分にちょっかい出そうとすることあるじゃないですか。
「ああ、時々あるよな。ナンパ禁止って張り紙あるにもかかわらず」
そういう客って、自分に気に入られようと笑顔を向けたり、
わざとらしく色気を振りまくんですけど、彼女はそういうことをしないんです。
「グラキエスなら当然だな。んで？」
贅沢…かもしれないんですけど、だから逆に彼女の笑った顔を見たいんですよ。
愛想笑いとか作り笑顔とかじゃなくて、好意から浮かぶ笑顔を。
自分は彼女と会話したことなんてほとんどない。
店で売買するときに事務的な言葉を少し交わすだけだ。
だからこそ、これは本気だと思える。
外見が全てなら、とっくに他の魔物になびいているはずだから。
「……そうか。そうまで想えるなら間違いなく本気だな。
諦めずにまた告白してみろよ。俺も一肌脱いでやるからさ」
ニヤリと笑い、師匠は腕をまくってみせる。
だがこれは自分と彼女の問題だ。師匠が介入する余地は無いと思うのだが。
一肌脱ぐって、何をする気なんですか。
「簡単なことさ。少し余ってる材料を使って惚れ薬を作ってやる。
どうにかしてそれを飲ませれば、いくらグラキエスでも無下にはしなくなる」
惚れ薬って……それ思いっきり禁制の品じゃないですか。
っていうか、そんな物作れたんですか？
誘惑の魔法がある以上、それと類似した効能を持つ魔法薬は作れる。
だがそういった精神に影響する薬の製造・販売は大半の国で禁止されている。
というか、通常そういった情報は国が管理していて、
一般の魔法使いは調合の材料さえ知ることができない。
不心得者が他人を洗脳して好き勝手したら困るからそれも当然なのだが。
「昔取った杵柄ってやつだ。それに材料が材料だから強力な奴にはならない。
凍ってガチガチのガードを並みの魔物程度に弱めてやるだけさ。
その後はお前次第。真剣さが伝われば応えてくれるだろうよ」
もし洗脳のように惚れされるなら師匠の厚意でも断っただろう。
そんなことをして彼女に好かれても意味はない。
しかし氷の城壁に取っ掛かりを作るだけというなら……。
……お願いします、師匠。
「おう、任せろ。お前は上手く薬を飲ませる方法でも考えときな」
薬があってもそれを口にしなければ何の効果もない。
さて、どうやって飲ませたらいいものか……。
告白失敗した相手に再び顔を合わせるのは恥ずかしい…と思うのは自分だけのようだ。
他に店が無いから仕方ないといえばそうなのだが、
あの日から一週間経つと、彼女はまた薬を買いに来た。
「いつものを貰える？」
彼女は気まずさなど欠片も感じさせない声でいつもの薬を注文する。
『分かりました』と自分は答え、背後の棚から薬を取り出す。
そして代金を受け取り、お釣りを渡した所で口を挟んだ。
そういえば定期的に薬を買っていきますけど、体の調子が悪いんですか？
魔物というのは基本的に人間よりも頑丈だ。
自分は魔物に詳しいわけじゃないけど、虚弱体質な魔物なんて聞いたこともない。
もう何ヶ月も通っている相手に今更な質問ではあるが、会話の糸口にしてみる。
「……別に私が悪いわけじゃないわ。
知り合いの人間が持病持ちだから、その妻に頼まれてるの」
話すべきか少し躊躇ったようだが、隠す理由はないと判断したのか、
彼女は事情を明かしてくれた。
なるほど、友人の頼みでお使いに来てるわけですね。
でも、なんでその奥さん自身が来ないんですか？
「夫とイチャつくのに忙しくて、片道一時間の行程が惜しいそうよ。
それと頼んでいるのは友人じゃなくて私の姉」
この町をさらに北へ行くとグラキエスが住人の大半を占める集落がある。
彼女は毎週そこから歩いて薬を買いに来ているのだ。
しかし姉のいいように使われるのは彼女も不本意なのか『まったく…』と言いたげに息を吐いた。
へー、姉がいたんですか。しかも結婚までしていると。
「ええ。所用で遠くへ行った際に出会ったらしいわ。
……正直、帰って来た時は瓜二つの別人かと思ったけど」
彼女も色々と内に溜めこんでいる物があるのか、話すと結構愚痴を零してくれる。
これなら上手くいけるかもしれない。
あなたは姉を見て『自分もそうしたい』とか思わないんですか？
「私が？ 冗談じゃないわ。グラキエスは氷の女王のしもべ、
男にかまけて仕事をサボるだなんてグラキエス失格よ」
どうやら彼女の姉は妹から見ると生活態度がよろしくないようだ。
それでも頼みを聞いて買い出しに来るのは肉親だからなんだろうな。
まあ……友人ならともかく、家族からの頼みは断り辛いですよね。
そんな心労のかさむあなたに一つオススメの品が……。
なるべく怪しまれないよう、商品の紹介を装って薬の入った小瓶をカウンターの上に置く。
これ、ウチの店主が新しく調合した滋養強壮薬です。
売り出すのはまだ先なんですけど、一つどうですか？
今回は試供品ということでお代はいりませんよ。
ちょっと強引かなー、と考えつつ自分は惚れ薬の入った瓶を彼女に勧める。
「無料なの？ ならありがたく頂くわ」
流石に薬物が混入されているとは見抜けないのか、
彼女は何の疑いもなくコルク栓を抜いてコクコクッと一飲み。
口を離してプハッと微かに吐いた息が妙に艶めかしく感じる。
「強壮薬の割にずいぶん甘いのね。
でも、結構飲みやすいから売れるんじゃないかしら」
滋養強壮薬は苦かったり臭いがキツかったりであまり美味しい物ではない。
だが今回のは惚れ薬により甘味を感じられるようだ。
師匠によるとこの薬は即効性があるそうなので、変化がないか早速訊いてみる。
どうですか？ 飲んでみて疲れが楽になったりとかします？
「そうね……。精神的なものだろうけど、少しは楽に――――あっ」
彼女は言葉を途切れさせると、寒気を感じた人間のようにブルッと身を震わせた。
そしてカウンター越しの自分をジロッと睨む。
「……あなた、さっきの薬に変な物入れたわね。何か体がおかしいわ」
あっさりと“盛られた”事に気付く彼女。
こうまで簡単にバレるとは予想外だったが、一応シラを切ってみる。
いや、自分は何もしてませんよ。もしかして体質に合わなかったとか……。
薬である以上、個々人によって効果に差が出る。
そう言って自分は誤魔化すが、彼女は疑いの色を濃くした目で見つめてくる。
「嘘おっしゃい。いくら体質といっても、強壮薬でこんな効果が出るわけないわ。
あなたは私に“なにか”を飲ませたのね？」
疑うどころか、完全に確信した声で自分を問い詰める彼女。
やっぱり副作用で通すのは無理があったか。こうなったら認めてしまおう。
そのとおりです。さっきの滋養強壮薬には違う薬も混ぜてました。
「一体何を混ぜたの？ 私に飲ませて何のつもり？」
混ぜたのは一種の惚れ薬です。目的は……やっぱり諦められなくて。
『諦められない』という言葉で告白されたことを思い出したのか、彼女は呆れたような顔になる。
「何考えてるのよ。惚れ薬なんて禁制品まで使って……。
あなた、そこまでして私と付き合いたいの？」
付き合いたいです。恋人に……いや、結婚してください。
即答する自分。
こちらは違法薬物を使うくらいなのだから、その程度の覚悟は決めてある。
いきなりのプロポーズを受けた彼女は少し頬を蒼く染めると、困ったように視線を巡らせる。
先週までの彼女ならまずしないであろう表情。師匠の助力にホント感謝だ。
「そう言われても、グラキエスは女王に仕えるものだし……」
彼女は仕事を理由にして再び告白を断ろうとする。
しかし言葉は弱く、心が揺らいでいるのは丸分かり。
ここはもう押すしかない。
お願いです。あなたを何よりも大事にします。どうか自分と結婚してください。
土下座とは違うが、自分はカウンターに両手をついて頭を低く下げる。
彼女は無言のまましばし佇んだが、やがてポツリと一言を漏らした。
「……本当に、大事にしてくれる？」
頭を下げたままの自分の耳に入る言葉。
彼女の姿は見えないが、その声には期待を含む温かさがあった。
自分はその期待に応えるよう、しっかりと言う。
約束します。絶対にあなたを幸せにしてみせます。
「……分かったわ、顔を上げて」
言葉に従い、カウンターから顔を上げて彼女を視界に入れる。
するとそこには自分が望んでいたものがあった。
そんな形にすることがほとんど無いのか、ややぎこちない笑み。
しかしその瞳は氷の精霊とは思えないほどの温かさに満ちている。
冷え切って無表情だった彼女がそんな顔をしてくれたことに、自分の胸にも嬉しさがこみ上げた。
「それじゃあ……いいわよ。あなたと結婚してあげる。
ちゃんと大事にしなさいよ、旦那さま」
そう言うと彼女はゆっくりと顔を寄せてきた。
何のつもりか分からないほど抜けてはいないので自分は目を閉じる。
唇に当たる柔らかい感触。それは人間と同じくらいの熱を持っていた。
数秒間呼吸を止めての触れ合い。
それを終えて顔を離すとお互いにフゥ…と一息。
ついに両想いになったんだな…と胸に感慨が湧く。
彼女も同じなのか、蒼さの濃くなった顔で口を開いた。
「……ねえ、この店って何時頃に閉めるの？」
季節にもよるけど、陽が落ちる時間には『閉』の札を下げてるよ。
「日が沈むころか……まだ数時間あるわね。店内で待ってていい？」
いいよ、別にそのくらい「いやーお客さん、そんな待たなくていいですよ」
突然横から挟まれる声。
二人してその方を向くと、裏手に通じる扉からこっそり顔を出している師匠がいた。
師匠はガラッと音をたてて扉を開くと、カウンターまでやってくる。
……どの辺から覗いてたんですか。
「そりゃ最初っからさ。カワイイ弟子の再挑戦、見逃す手は無いだろ」
無事告白が成功したからか、師匠はニヤニヤ笑いながら喋る。
「今日の店番は俺が代わってやるよ。そちらのお嬢さんと奥でゆっくり話をしてきな」
これも一応は思いやりなんだろうけど、その笑みを見ると素直には喜びたくない。
内心複雑な自分を他所に、師匠は彼女の方へ向くと丁寧に頭を下げた。
「既にご存じでしょうが、この者の師でございます。
不肖な弟子ですが、どうかよろしくお願いします」
幼いうちに実の親から離された自分にとって師匠は育ての親でもある。
今の師匠は養父として、息子の妻になる女性に礼をしたのだろう。
ニヤニヤ笑いから一転して真面目な顔で頭を下げた師匠。
彼女はその態度の変わりっぷりに一瞬面食らったが、すぐに『こちらこそ…』と礼を返した。
「どうぞ、奥に行ってください。
これからの事とか、二人で話すことはたくさんあるでしょうから」
師匠は出てきた扉の方に手を向ける。
彼女はカウンターの横を回ると『お邪魔します』と言ってその向こうに消えた。
自分もその後を追おうとしたとき、師匠はまたもや笑って話しかける。
「外の雑音が入らないよう、遮音の魔法をかけといてやるよ。
それと今日は外で飲んでくるから、二人でゆっくりしていけや」
外の雑音が…というが、実際はその逆だろう。
気遣ってくれるのはありがたいのだが、
他人に知られた上でするというのは死ぬほど恥ずかしい。
自分は何も言わずただ会釈して裏手へ行った。
『話すことはたくさんあるだろう』と師匠は言っていたが、
実のところ今すぐに話すべきことは無かったりする。
自分は結婚を申し入れ、彼女は受けた。それが全て。
もちろん互いの事をより知るために話す必要はあるだろうが、
それはもっと時間をかけてやるべきことだ。
では、今何をするかというと……。
「ん……あっ…！」
カーテンを閉めて薄暗くなった自室。
青黒い胸当てを外し、普段は隠れている女性器を露出させた彼女は、
ベッドに横たわった自分の上で息を弾ませる。
美女の裸に硬く勃起した自分の男性器は彼女の股間に深く咥えこまれ、
腰が動くたびに熱を持った膣肉が絡みついて、快感をこちらの脳に叩き込む。
そう、自分たちは今まさに初夜？ の最中なのだ。
「ああ、良いわっ…！ 男のちんぽがこれほどの物だったなんてっ…！」
長い髪を振り乱して喘ぐ彼女。
青白い肌に汗を滲ませ、乳房を揺らながら乱れる姿はまるで別人のようだ。
しかしこれは何もおかしいことではない。
本性が発露したなら魔物は誰だってこうなるのだから。
「あなたはどう？ 私のまんこは気持ち良いかしら、旦那さまっ！」
もうすっかり妻になった心持ちなのか、彼女は旦那さま呼ばわりする。
その呼び方はまだまだ早いと思うが、悪い気分はしない。
自分は『とても良いよ』と返して腰を押し上げる。
「んっ…嬉しいわ！ なら、もっと良くなって！ もっと私を好きになってっ！」
先ほどまでとは逆に、彼女の方から愛を求めてくる。
自分は彼女への“好き”を肉体の動きに変え、より気持ち良くなるよう彼女の奥を突く。
男性器の先端が行き止まりにぶつかると、彼女はビクン！ と身をのけぞらせた。
「あっ、子宮口に…当たってるっ…！ そこ、いいっ…！ もっと…してっ！」
甘えた声でおねだする彼女。
その願いを叶えるべく、自分は深く突き上げ何度も子宮の入り口をノックする。
肉厚で膣壁とは感触が違う子宮口。
そこが敏感な男性器の先端に刺激を与え、やがて射精の衝動が湧きあがってくる。
「あ、あ、もう、イクのっ？ 旦那さまっ…！」
彼女も限界が近いのか、声を詰まらせながら喋る。
そして彼女以上に余裕がない自分は頷きで返した。
「分かってると、思うけどっ…！ そのまま、中に、お願いねっ！
しっかり、種付けして――――あっ！」
暴発。まだ彼女が達していないにもかかわらず、自分は射精してしまう。
「あっ、先に、イっちゃったのねっ…！ お腹の中、熱いわ……！
ちんぽから精液、飛び散ってるっ…！」
彼女は自分の精を受けてから、身を震わせ達した。
その時の締まりと快感は筆舌に尽くし難い物だったが、これは明らかに失敗だ。
自分は人生最上の快楽を感じていたが、初体験を最高の状態で終えられなかった事を残念に思った。
……ごめん、こっちだけ先に出しちゃって。
互いに達した後、自分の上に覆い被さって休む彼女に声をかける。
これは彼女にとっても初体験だったのだ。
こりゃ少しぐらいなじられても仕方ないかな…と考えたので、第一声は謝罪。
「ん、謝らなくていいわよ。ほんのちょっと残念だったけど、
これからいくらでもできるんだから。気にするくらいなら……」
彼女は語尾をかすれさせると、腹に力を込めた。
まだ彼女の体内に入ったままの男性器が締めつけられ、再び快感が発生する。
それに顔を歪めた自分に彼女は微笑みを向けると、唇に軽くキスをした。
「もっと私を愛してちょうだい。あなたのお師匠さまが帰って来るまで何度も」
失敗なんてどうでもいいと言う彼女。
確かに過ぎたことを考えてもあまり意味はない。
自分は今度こそ二人一緒に…と考えながら、彼女の尻に手を回した。
13/11/23 21:13更新 / 古い目覚まし