読切小説
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明るくない選挙
『この国で一番偉いのは誰でしょう?』
そう訊かれたらたいていの人は“王さま”と答えるだろう。
実際それは正しい。自分の知っている大半の国は王が頂点だ。
まれに王が頂点でない国もあるが、そういうのは教団のお偉いさんが派遣されていて実質の教団領になっている。

自分の住んでいる国もそうだった。
老王は敬虔な主神信者で、若い頃は教団に国を差し出そうかというところまでいったとか。
だがどんなに敬虔な信者でもいつかは主神の元へ召される。
亡くなった老王に代わり新しく即位した新王は、即位の席でとんでもない発言をしたそうだ。

“私は一部の特権階級によって国が動かされることを良しとしない。
 国が歩む道は、国民の総意によって定められるべきだ”
何故そんな考えに至ったのか見当もつかないが、新王はそうぶちまけて“民主主義”なる政治形態をとると宣言したらしい。
昔から老王に無茶な法を押し付けられてきた国民(自分の親や祖父母の世代だ)はこの改革を大絶賛した。
“教団から距離を取り、魔物も受け入れ、中立国家としてやっていく”という爆弾発言も霞むぐらいに。

国を動かすのはそこに住む人々。
国民はその思想を諸手を上げて迎えたが、周辺国家には驚きと侮蔑をもって迎えられた。
そりゃそうだ。普通の支配者なら自ら権力を手放すなんて、これ以上無い愚行だろう。
しかし昔から支配者に抑圧されてきた人々には“民主主義”というのが酷く魅力的に映るらしく、故国を捨ててまでやってくる者が相当数いた。
かつては存在さえ許されなかった魔物など、もう大喜びでやってくる始末だ。
その結果、この国の人口は周辺諸国と比べかなり増え(小さい国ばっかだから大したことないけど)、
親魔物国家との通商も相まって以前よりも発展しつつある。
もしかすると新王はこれが狙いだったのかもしれない。今考えるとだけど。

もちろん新王がこんな妄言(権力者ならそう考えるだろう)を吐いて、反対しない人間がいないわけがない。
その代表は亡き老王の元で各種権益を貪っていた教団関係者だ。
まあ“教団だからといって優遇しない”だけならまだ穏便に済んだかもしれないが、
“魔物を受け入れ、親魔物国家とも関係を持つ”とまで言われては、遠慮も容赦もする必要はない。
主神教団の超国家権力でもって周辺国の兵を中心とした“正義の軍”が結成され、攻め込まれた。
その戦いの結果は―――――今後一切の不干渉。

少しぐらい力をつけても所詮は小国。
同規模の国に連合して攻められたら白旗を上げざるを得ないだろう。
そう考えていた教団のお偉いさんは“魔物の傭兵部隊により全軍潰走した”という報告をどんな心境で受け取ったのやら。
まあ、そんな経緯で周辺国は一致してこの国への不干渉を決定したのだ。



「わたしたちサバト教団に欲望まみれの一票をー!」
「世界を幸福に、より淫らにするための『デルエラ様に学ぶ会』をよろしくー!」
「永遠にいちゃつきたいなら堕落神教会! これしかありません!」
街のそこかしこで響く魔物たちの声。
彼女らは一体何をやっているのかというとズバリ選挙運動。

新王が即位して、国の様相が変わって、連合軍と戦争して、とりあえず安定して。
ここまで来るのに数年かかった。
何事もなければとうに行われていたであろう“選挙”。
現在の暫定統治者である王はついにその選挙を行う期日を発表。

国民たちの中、思想を同じくする者同士で結成された“政党”。
各政党は一月後に行われる投票日に向けて本格的に選挙運動を開始した。
そういうわけで今現在この国はお祭り騒ぎのような熱狂に包まれている。
王城前の広場なんてもう、演説台で喋る候補やその支持者でごった返し。
ちょっと歩くだけで政党関係者からビラを渡されまくる。

(各党の主張をよく知らないので)特定の支持政党などない自分はグルッと広場を回って、政策ビラを一通り回収。
その後噴水のふちに腰掛けて目を通す。
えーと、まず一枚目は……サバト教団か。

『有権者の皆さま、血縁・非血縁問わず幼い子は可愛いと思わないでしょうか。
 幼い子は自分の身を守る術など何一つ持っていません。
 そんな子供が唯一例外的に持っている武器。それが可愛さです。
 子供はその可愛さで年上の人間に愛され庇護を得るのです。
 よって幼い女の子に対して男性が欲望と共に愛を抱くのは実に自然な事と言えるでしょう。
 しかし残念なことに、そのような愛に満ちた男性は一般的にロリコンと呼ばれ蔑まれます。
 我々サバト教団はそのような偏見に溢れた世界を正しく矯正することを誓います。
 幼女を愛する方々、どうかサバト教団へ投票をお願いします』
真っ当なようでどこかおかしい主張。ロリコンのお兄さんはイチコロだろう。
だが生憎と自分に幼女趣味はない。ここはやめておこうかな。

自分は一枚目のビラを後ろへ回し、二枚目に目を通す。
次は……海の中で暮らそうの会。

『皆さんはポセイドン様についてどの程度ご存知でしょうか。
 魔王側についたために主神信者からは“裏切り者”と呼ばれていますが、
 その言葉通りに卑劣な人格だと思うのは大きな間違いです。
 ポセイドン様はあらゆる者を海へと受け入れる心優しい方です。
 主神を裏切ったのも“例え命令でも人間や魔物を殺したくない”という想いから。
 人魚を妻とし海に入れば、その愛の深さが身に沁みて感じられることでしょう。
 ポセイドン様の愛と魔力に満ちた海の中。妻と共に心安らかに過ごせる毎日を約束します』
悪いことは書いてないけど、陸上生活を捨てろってのはなあ……。
ここもあまり気が進まない。つぎつぎ、と。

ペラリとめくって三枚目。
これは……黒い沼の不死団。

『生きている者はいつか死ぬ。これは自然の理。
 誰しも親しい者を失い悲しみに暮れた経験は一度はあるのではないでしょうか。
 そしてこれは魔物とて同じ事。どれほど愛し合ってもいつかは寿命で別れる時が来るのです。
 ですがアンデッドは違います。既に死んでいる以上、寿命が尽きるという事はありません。
 またインキュバスの寿命は妻と同程度であるため、夫が亡くなるということもありません。
 我々黒い沼の不死団はドラゴンゾンビより、魔物をアンデッド化させる術を開発しました。
 スライムであろうと、サキュバスであろうと、あらゆる魔物がアンデッドになることができます。
 いつか来る死別の時。その時を永遠に先延ばしにしたいなら、黒い沼の不死団へ一票を』
アンデッドねえ……。ここが第一党になったら魔物の国民は全員アンデッドになるのか?
生きてる人間と死んだ魔物たちの国。これはちょっと……。

まためくって四枚目。
党名は……毎日が世紀末。

『ヒャッハー! 退屈な毎日に(ry』
うん、ここは絶対無いな。次にいこう。
一行目冒頭で読む価値なしと判断し一枚めくる。

五枚目は……デルエラ様に学ぶ会。

『教団第二の国レスカティエ。この国はその美名とは裏腹に内実は腐りきっていました。
 老人に未来を縛られた若者。ロクに見向きもされないスラム。
 圧倒的多数が不幸のこの国を単独で陥落させ、世界中に名をとどろかせたデルエラ様。
 我々はこのデルエラ様の姿勢に学び、この国のみならず世界を幸福にしようと考えています。
 我々が第一党となった暁には、魔界の傭兵を大量雇用し、まず周辺諸国を幸福に。
 その次は周辺諸国の周辺諸国。さらに次は周辺諸国の周辺諸国の周辺(ry
 という具合に範囲を広げ、全世界を幸福にすることを公約として掲げます。
 ―――国民、あなたは幸福ですか?
 ―――もちろんです! 美しい魔物たちに愛されて幸福でないはずがありません!
 このような会話が世界中で交わされるために、どうかあなたの一票を』
……過激すぎるだろこれ。名前を使われてる本人が知ったらどう思うのやら。
とりあえず平和が良い自分としては侵略主義のこの党には入れられない。

さらにめくって六枚目。
ここは……堕落神教会。

『金のために働くなんて面倒臭い。そう考える人は多いのではないでしょうか。
 しかし現実として生活していくためには、望まぬ労働とその報酬が必要です。
 夫婦となれば食べずに済ますこともできますが、それでも金と無縁ではいられません。
 あるいは金銭でなくとも、狩猟など生活のための労働は不可欠です。
 もし働かずに、愛する相手とずっと愛し合えたら―――。
 そんなあなたの欲望を堕落神教会は叶えます。
 堕落神教会に任せて頂ければ、堕落神様のお力によりこの国を地上の万魔殿として再構成。
 老いも餓えもなく、ひたすら堕落した生活を送れるようになることを保証します。
 なお我が党は面倒臭がりばかりなので、次回選挙まで党が存続しているか分かりません。
 一生に一度の機会と考え、記念にでも投票して頂けたら幸いです』
……なんてやる気のない政党だ。本当に第一党を狙う気があるのか?
まあ、自分は入れないからなれなくてもいいけど。


まだまだ他にもあるビラを一通り読んで、自分は噴水のへりから腰を上げた。
そしてうーん…と伸びをする。やっぱり硬い石に座ってると体も硬くなるね。
投票日はまだまだ先。今すぐ支持政党を決めなくても、その日までに考えておけば良いだろう。
そう考え広場から出て行こうとした時、隅も隅、本当に端っこの方に二人の天使を見つけた。

「ひぐっ…、我々主神教団は、正しい生き方を…、うぅっ……」
手作り感が良く分かる『主神教団』と大きく書かれた木の看板。
半泣き顔でそれを掲げて、つっかえながら言葉を発する一人の天使。
「この国は堕落していると考える方は、どうか我々に票を投じてください。お願いします」
泣き顔でこそないが、暗い面持ちで平坦に喋るもう一人の天使。
彼女らも政党……なんだろうか?
ちょっと興味を引かれたので自分はその二人に近寄ってみる。

あー、すみません。あなたたちも選挙に立候補してるんですか?
「主神の教えに従うことが―――は、はいっ!?」
話しかけられたのがよほど意外だったのか、泣き顔の天使は驚いたように声をあげた。
暗い顔の天使は、コクリと肯いて『その通りです』と答える。

失礼かもしれないですけど、何で二人だけで? 他の候補者や支持者は?
「そんなのいませんよぉ……。『主神教団』は私たちだけです……」
泣き濡れた声で言う天使。平坦に喋る方がそれを補足する。
「私たちはこの国を主神の手に取り戻せとの命を受けているんです。
 そのため民主的手続きに則り立候補しました」

……民主的手続きは良いんだけど、支援はされてないの?
他の政党はどこも大勢の人に支援されているのに。
「無いです……そんなの全然無いです!
 『反魔物に戻せたら帰ってきていい』とか、これってもう追放ですよねえ!?」
「恥ずかしい話ですが、私たちは天界で大きな失態を起こしました。
 その罰としてこの国を主神側へ戻すよう命令されたのです。ですが……」
平坦な天使が困った様に周囲に視線を巡らす。
広場の中はどこを見ても魔物と仲良くする人間ばかり。
『魔物を追い出せ! 退治しろ!』なんて掲げる主神教団が支持を集めるのは困難だろう。
というか、親世代は(間接的とはいえ)主神教団のせいで苦しんできたわけだから、
魔物を抜きに考えても難しいと思う。この国の大勢は親魔物というより反教団なのだ。

「ですよね! そんな国に派遣されて、二人でどうにかしろなんて無理難題ですよねぇ!?」
「でもその無理難題を解決しないと帰れないのよジェル」
平坦な天使がジェルと呼んだ相方。彼女はそのセリフに気勢を削がれ、再び意気消沈する。
「そうだよ……私たち帰れないんだよ。このまま二度と帰れなかったらどうしようアン……」
ジェルが泣きそうな声と顔で平坦な天使(アンという名らしい)に呟く。
「……悪いことはあまり考えないようにしましょう。
 ジェルはそれより演説して。一人でも多くの支持を集めないとなんだから」
前向き……というより、悲嘆にくれても何にもならないという考えの持ち主なのか、
アンは泣き出したジェルに『演説しろ』と言う。
しかしジェルは“いやいや”をするように首を振った。

「誰も聞いてくれない演説なんて、もうやりたくないよぉ…。アンが代わってよ、ねえ」
「私よりあなたの声の方が響き易いのよ。それに聞いてくれる人ならそこにいるじゃない」
アンはそう言うとこちらを指差す……って自分が聞くのは決定ですか。別にいいけど。
聴衆がいるというアンの発言で少しは持ち直したのか、ジェルは涙に濡れた顔を上げた。
そしてゴシゴシと腕で顔をこすり、まともに見れる顔にする。

……じゃあ、お願いします。主神教団の演説をどうぞ。
「はい。では、少しの間耳をお借りします。我々主神教団は―――」
ジェルが自分に向けて行った演説。
それは過度に締め付けが厳しかったりはしなかったが、魔物の政党と比べれば息苦しい。
やはりこの内容では民衆の支持を得るのは難しいだろう。

「――――以上で主神教団の演説を終わりにさせて頂きます。
 清い心で正しい道を歩まれる方々、どうか一票をお願いします」
言葉を結びペコリと一礼するジェル。自分は返礼としてパチパチと拍手。

悪くない演説だと思うよ。じゃあ、自分は行くけど頑張ってね。
「はい、どうか投票日にはあなたの一票をお願いします」
最初から最後まで聞いてもらえたのが嬉しいのか、ジェルは微かに微笑む。
「ご清聴ありがとうございます。気をつけて帰っ―――と、ズボンの尻にゴミが付いてますよ」
アンはそう言うと背を向けている自分の尻に手を触れた。
「取れました。それでは、お気をつけて」
頭を下げるアンと手を振るジェル。それに手を振り返して自分はその場を離れた。

各政党関係者でひしめき合う広場。
選挙はお祭りではないが、お祭り同然の騒ぎだ。
小金を儲けようと、出店を開いている者もそれなりにいる。
もう昼になるし、何か食べようかな…と思い自分はポケットに手を入れ―――硬直した。
無い。いつも尻ポケットに入れているサイフ。その感触が全く無いのだ。

おいおいおい! ウソだろ!?
自分は慌ててあちこちのポケットを探るが、サイフの手応えは無し。
どこに落としたんだ? と地面を見ながら来た道を戻る自分。
しかしそれらしきものは発見できない。
サイフに入っている金額は大したことないが、身分証明も一緒なのだ。
無くして再発行なんてことになったら面倒なことになる。
どこに行ったんだよ……と自分は広場をウロウロ。
そうしていると、自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「―――モゲロさーん! いませんかー! サイフを落としましたよー!」
ついさっき聞いた声。
その声の方へ向かうと、見覚えのあるサイフを片手に声を張り上げるアンの姿。

はーい! こっち! こっちですよー!
自分も彼女へ声をかけながら、人混みの中をかき分けて進む。
なんとかアンと接触できた時はホッとした。

「コレ、私たちの前に落ちてました。名前を呼ぶのに中身見たのはすみません」
わざわざ探してくれたのに謝るアン。
いやいや、とんでもない。謝るのはこっちの方だよ…と自分は頭を下げる。

「もう落とさないように気をつけてくださいね」
そう言ってアンはサイフを差し出す。自分はそれを受け取って踵を返し…はしない。
(専ら精神的に)大変な中、自分を探してまで渡してくれたのだ。
お礼に出店の食べ物ぐらいは奢ってあげよう。

「いえ、そんな気遣いは結構です。落とし物を持ち主に返すのは当然のことですから」
アンは断るが無関係の人に助けてもらっただけだと、借りを作ったみたいで居心地が悪い。
そう伝えると彼女は少し考えて口を開いた。

「では、明日でも明後日でも良いですから、
 とにかく暇ができたら私たちの演説を聞きに来てもらえませんか?」
演説を聞きに? 構わないけど何故?
「……ジェルが精神的にかなり厳しいんです。このままだと自殺しかねません。
 ですからモゲロさん、あなたに支持者になってもらいたいんです。
 あなたは何もしなくて構いません。聴衆がいると彼女に認識してもらえれば」
すがるようにアンは言う。
正直、支持者となると貸し借りの天秤が傾く気がするのだが、
“そこまではできない”と断って自殺されたら、後味が悪すぎる。
これも人助けか…と考え、自分は了承した。



自分が二人の元へ足を運ぶようになって数日。
たった一人とはいえ支持者がいることで精神が安定したのか、
ジェルは泣きながら演説することは無くなった。
そしてさらなる支持者獲得のため、どうすればいいかという相談を持ちかけてきた。

「どう思います、モゲロさん? 何か良いアイディアはないですかねぇ」
期待するような目で自分を見るジェル。
アンは何もしなくて良いと言っていたが、意見を求められて沈黙を貫くわけにもいかないだろう。

……とりあえずさ、もうちょっと目立つようにした方が良いんじゃない?
「目立つように…ですか?」
そうだよ。二人とも看板掲げてるけど、
小さい板に『主神教団』なんて黒字で書いてあっても、全然目を引かないからさ。
もっと大きい板に色使ってデカデカと書いたり……あとビラを配るとかも良いんじゃない?
アイディアもなにも、他の政党がやっていることそのまま。
というか最低限のそれすらやっていないとか、どうなんだろう。

「そう言われても、お金なんてありませんし……」
金欠を口にするのは恥ずかしいのか、ジェルは消え入るような声。
「……看板の製作やビラ刷りをするほどの金が無いんです。
 私たちに残っているのは、切り詰めても一月に満たない分の生活費だけ。
 何かを作ろうとしたら、投票日前に路頭に迷ってしまいます」
目を伏せ重い口調で赤貧具合を述べるアン。
触れてはいけない部分に触ってしまったようで、非常に居心地が悪い。
仕方ない、この空気を打破するために自分が一肌脱ごう。

二人が貧しいのはよく分かったよ。なら材料は自分が何とかしよう。
「え? でも材料費だけでもずいぶんな値段になりますよ?
 気持ちはとてもありがたいですけど……」
ジェルはこちらの懐具合を気にする。まあ、金持ってるようには見えないからね。

知り合いに頼めば、木は安く譲ってもらえる。
紙も品質が低くて出来そこなった奴なら、貰えるアテがある。心配することは無いよ。
その言葉にジェルは喜びを顔に浮かべ、アンも驚いたように目を開いた。
「モゲロさん、あなたはどんな人脈を持ってるんですか?」
一体どういうルートで入手するのかとアンは訊ねる。

自分は一応彫刻の仕事してるからさ。
美術関連で木や紙を扱ってる人ともそれなりに付き合いがあるんだよ。
「へー、モゲロさんって芸術家だったんですか。今までどんなものを作ったんです?」
芸術家と知って興味深げに訊いてくるジェル。
まあ、作った物はあまり大っぴらにするような物ではないので、言葉は濁しておいた。



知り合いから材料を譲ってもらい、少しはマシな看板やビラを制作。
そのおかげで主神教団に目を向ける人も少しは増え、ビラを配ることで政策も周知した。
立ち止まって演説を聞く人は相変わらずいなかったが、数が減っていくビラにジェルは笑顔。
一枚渡すごとに『お願いしまーす』と朗らかな声。
だが、アンは気楽な顔にはならなかった。
彼女はジェルの喜びが膨らむほどに、考え込む顔が増えていったのだ。

選挙運動は投票日当日でも行える。
有権者の心が少しでも動くよう、どの党も投票時間ギリギリまで政策を訴えるのだ。
自分たちも日が落ちるまで宣伝を行い、ついに投票終了。
あとは一晩経ってどんな結果が出るかだ。
少人数だから第一党になるなんて事はないけど、二人とも当選できたら喜ばしい。

夜を徹して開票・集計がされ、日が明けた翌日。
すっかり馴染みとなった王城前の広場に当選者名簿と第一党の名が掲示された。
当選者は万歳三唱で、落選者は支持者と残念無念の会。
そしてアンとジェルの二人はというと―――。

「無い……ですか? わたしの目は怪しいので、もう一度良く見てもらえませんかモゲロさん」
「……必要ないわジェル。私も三度見直したから。私たちの名前はどこにもないわ」
残念無念。二人とも落選だ。
アンはともかく、ジェルは顔面蒼白で今にも倒れそう。

ええと……残念だったね二人とも。でも選挙はまたあるんだし―――。
『選挙はまたある』という言葉にゆらっ…とこちらを振り向くジェル。
その顔が幽鬼のようで怖ろしい。

「また…ですか? またの選挙って、五年くらい後ですよね?
 モゲロさん、死んでる天使でも立候補ってできるんでしょうか?」
すっかり生きる意欲を失ったジェル。
アンはその肩をガクガクと揺さぶって声をかける。
「しっかりしてジェル! あなたは生きてるでしょう!? 落選しても死ぬわけじゃないのよ!?」
「アンこそなに言ってるの? わたしたち落ちたら死ぬでしょ? もうお金無いんだよ?
 家賃払えないよ? 服を洗えないよ? ごはん食べられないよ?」
当選者には国から一定の額が支給されるが、落選者にそんなものはない。
一か月未満の生活費しかないと言っていた彼女らはつい昨日一文無しになったようだ。
当選していれば食いつなげたが、落選した以上もはや……ということなのだろう。

ジェルに色々とショックを与えているアンだが。元に戻る様子は見えない。
困り果てたアンはこちらに向き合い咳払いをする。

「モゲロさん。私たちは落選しましたが、
 主神教団に対するあなたの献身ぶりは素晴らしい物でした」
なんか突然お褒めの言葉を発したアン。
「あなたの姿勢は民主主義国家の人民全ての模範ともなるべき物です。
 その善行を称え、主神に代わり天使アンが祝福と報酬を授けます」
……報酬ってなに。
「掃除、洗濯、料理その他諸々の日常的な雑務からの解放。
 また、天使二人の傍で日々の生活を送れるという栄誉です」
……それって拒否することはできないの?
「もちろん可能です。その時は天使の祝福さえ辞退したあなたの事を、
 謙虚の極みとして私は生涯忘れないでしょう。
 その謙虚ぶりに命尽きる時はきっとあなたの名を繰り返し呟いているはずです」
それ絶対良い意味じゃないよね。自分への呪いだよね。
……なんかもう頭が痛くなってきた。いろんな意味で。

はぁ…、分かったよ。ここまで付き合って野垂れ死にされたら寝覚めが悪すぎる。
天使の祝福、ありがたく受けさせてもらいます。
まあ、自分の収入なら食い扶持が二人増えてもやっていけるだろう。

「ジェル、聞いた? モゲロさんが私たちの祝福を受けてくれるんですって」
アンはそう言うと、反応に乏しいジェルの頬をバチンバチンと往復ビンタ。
「いっ―――痛いっ! 何するのよアン!」
反応はなくても声は聞こえていたのか、ジェルはあっさり正気に戻る。
「あなたがボーッとして仕方ないからよ。それより聞いたでしょう?
 モゲロさんの家へ引越しするわよ」
赤くなった頬を押さえるジェルに言い放ち、アンはこちらを見る。
「さあ、モゲロさん早く行きましょう。五年なんてあっという間。時間は大切にしないと」
衣食住が確保されて一安心したのか、アンは『次の選挙対策を練らないと…』と言う。

自分はやれやれ…と息を吐くと、二人の先に立って広場を出た。
13/07/04 16:59更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
最近モヒカンを出しすぎでしょうか。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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