読切小説
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ハズレ。
日本ではギャンブルに不健全なイメージが強い。
賭け事に入れ込みすぎて借金したり、家庭を崩壊させたり…といった感じに。
でも、外国はそうでもないらしい。

もちろん博打で身持ちを崩す奴はいるけど、それは限度をわきまえない個人の責任であって、
ギャンブルその物が悪いわけではないと考えるのだそうだ。

本来のギャンブルは自らを律することができる大人が楽しむ物。
全財産を賭けて一獲千金を夢見る、精神的お子様はお呼びでない。
そして精神的にどうあれ、実際のお子様もお呼びではない。
なにしろ“カジノで未成年にプレイさせるのは禁止”と法律でキッチリ定められている程だ。

なので両親に誘われて来ただけの、未成年である自分はカジノにいてもできることが無い。
フロア内をさまよいながら、他人がプレイしている様を眺めるだけ。
といっても、カジノ独特の雰囲気のおかげか、見ているだけでもなかなか飽きない。

例えばルーレットの赤マスにチップを山積みにしていた男性。
彼は50%の確率を外し、机に突っ伏して白くなっていた。
たぶん倍々で増えていくチップを見て、後一度だけ、後一度だけ…ってやっていたんだろう。
そして、これで引き上げようと思った最後のゲームで全て持って行かれ燃え尽きた。
彼を見て、人間引き際が大事だなと自分は改めて理解する。

そして同じ卓にいる別の男性。
彼は突っ伏している男性の数倍はあるチップを一つの数字マスに賭けていた。
それが外れ全てが回収されても、連れの女性に苦笑いを返すだけ。
あんな額をスって“残念、外しちゃったよ”で済ませる姿に、あの人はウチよりもずっと金持ちなんだろうなと推測。

他にもブラックジャックの卓やポーカーの卓を覗き込みながら自分はカジノ内をうろつく。
全体的に見て、勝って喜ぶ人より負けて悔しがる人が目につく。
まあ、小さく勝った場合は派手なリアクションを取らないだけだろうけど。

様々な人間を観察しながらカジノ内を見て回り、自分は一休み。
アルコールの入ってないドリンクを貰い、壁に背をあずけて傾ける。
フロアに空調は効いているはずだが、プレイヤーたちの熱気のせいか妙に熱い。
自分はネクタイを緩め、Yシャツの襟元のボタンを外し、パタパタと空気を送り込む。
もう夜更けだからか、体が涼しさを感じるとふわぁ…とあくびが出た。
先に帰って寝ようかな……。

両親ともフロアのどこにいるのかは分からないが、探して伝える必要はないだろう。
自分は小さい子供ではないし、ホテルはカジノに隣接している。
いくらなんでも、迷子になっただなんて考えないはずだ。
グラスを返して一足先に帰ろう…と壁から背を離したとき。

「お客さまは先ほどから見学されてばかりですね。ご自分でプレイはなされないのですか?」
ざわざわと賑やかなフロア。その中で透き通るような女性の声が耳に入った。
自分は声の出どころに目を向け―――それを見開いた。

雪のように白い髪と肌。ルビーのように赤い瞳。
アルビノは不気味さが先に立つという噂をデマだと言い切ってしまえるような美しさ。
このカジノのディーラーには美形が多いけど、その中でも群を抜いている。
こんな人がなんでディーラーの服を着てるんだ? と疑問に思ってしまう程だ。

「? いかがなさいましたか、お客さま?」
つい見とれてしまった自分に不思議そうな顔で話しかける女性。
スタンから回復した自分は何でもないですよと返して説明する。

えーとですね、自分は親の付き添いで来ただけの未成年なんですよ。
だから遊ぼうにも……。

見るだけならともかく、実際に遊ぶなら成年であることを証明する必要がある。
そりゃあ、ひげ生やしているおっさんなら、一目で分かるので証明は求められないが、
年齢の若い奴は少しでも怪しいと思われたら、年齢証明を提示させられる。
提示できない奴はプレイできないし、未成年とばれたら強制退去だ。
そもそも自分は賭ける気も金も無いわけだけど。

「そうでしたか……それは残念でございますね。
 カジノの本場にまで来て、一度も勝負できないとは……」
でも、良い勉強になりましたよ。実物の雰囲気を味わえましたし。
退屈はしなかったと自分はフォローする。
「雰囲気だけではカジノを満喫したとはとても言えませんわ。
 やはり実際にプレイしませんと……そうだ!」
良いこと思いついたと、ディーラーは手を叩く。
「お客さま、ここは一つわたくしと勝負いたしませんか?
 金銭を賭けないなら法の網にはかかりませんよ?」

未成年の賭博禁止はカジノのルールではなく法で定められたもの。
これを破ると、本人以上にカジノ側に多大な罰が与えられる。
しかしノーレートで、遊びとしてのプレイをするなら問題はない。
もっとも、法的に問題はなくても、別の面では問題がある。

……誘いはありがたいんですが、空いてる場所なんて無いですよ。
週末の夜ということもあり、カジノは大盛況。
どの卓にも人が集まっていて、使えそうな場所はない。
それ以前に、空いていたとしても個人的な遊びで占有するなんて許されないはず。

「その心配はご不要です。“別室”は空いておりますので」
そう言って彼女がスラックスのポケットから取り出したのは、銀色の高級感あふれるカギ―――ってちょっと待った!

すいません、そのカギ“別室の”って言いましたよね?
「はい、別室のカギですが。どうかいたしましたか?」
どうにもしますよ! 何考えてるんですか!?

カジノには一度に何億という金を賭ける大富豪もやってくる。
彼らはお得意様として扱われ、カジノ側から特別な便宜を図られるのが普通だ。
そういった便宜の中に別室でのプレイがある。
彼らは貧乏人どもの喧騒に煩わされず、同じような高額ギャンブラーと遊ぶのだ。
そして、富豪の方々を不愉快にさせないよう、別室はそりゃまあ豪華な造りだと聞く。

私用でそんな部屋を使ったとなればタダではすまない。
いやまあ、無理矢理連れて行かれたとかゴネれば、自分は免れるかもしれない。
しかし、従業員である彼女には大問題だ。処分が叱責程度で終わることなんてまずない。
クビで済めば御の字。場合によっては賠償請求さえあるだろう。
流石にそんなリスクを冒してまで遊びたくはない。

「いいえ、心配は全くの不要です。
 お客さまは、一介の従業員が別室のカギを持ち歩けるとお思いですか?」
その言葉でハッと気がつく。
VIPも入る豪華な部屋とあれば、そのセキュリティレベルは高いだろう。
学校の職員室でカギを借りるのとはわけが違う。
従業員でも相応の立場の者でなければ、携帯することはできないはずだ。
無造作にポケットに入れていたのは気にかかるが、
目の前の女性は責任者本人、もしくは責任者に信用されている人物ということになる。
そんな人が誘っているのなら、一緒に行っても大丈夫だろう……たぶん。

じゃあ……お願いします。貴重な時間を割いてもらって本当にすみません。
この女性は一文の得にもならないのに、自分を楽しませるため時間を削ってくれるのだ。
ありがとうの感謝よりも、すみませんの謝罪が出てしまう。
「どうぞお気になさらずに。お客さまに楽しんで頂くことこそが、わたくしどもの喜びですから」
従業員の鑑のようなセリフを吐いて微笑む女性。
ただの定型句と分かっているのに、心臓がドキリとする。
「ではお客さま、別室へご案内いたしますので、どうぞこちらへ……」
そう言ってディーラーはエレベーターへ先導する。どうやら別室は違う階にあるらしい。
箱は丁度この階に止まっていたようで、彼女が上昇ボタンを押すとすぐに扉が開いた。



チンという音と共に箱が止まり扉が開く。
一歩出た先の廊下は、階下の賑わいとは似ても似つかぬ静音。
この階で音を立てるなんて無粋という空気だ。

彼女はこの静けさを壊さぬよう無言で案内し、一つの扉の前で立ち止まった。
そしてポケットからカギを取り出し、穴に差し込む。
カギを回すとカチリと小さな音。ロックが外れたのだ。
彼女はノブを手に取ると、軋む音さえ立てない扉を開き中へ入る。
手で『どうぞお入りください』と示され、自分もその中へ。
自分が扉をくぐると彼女はそっと扉を閉じ、声を発した。

「ようこそいらっしゃいました、別室へ」
“もう話していいですよ”と言外に示すように、改めて挨拶するディーラー。
その声に自分は部屋の中を見回す。

(こう言ったらなんだが)安っぽい派手さのある階下とは対照的に落ち着いた照明。
自分が想像していたような豪華さはないが、高級感溢れる空気に強い場違いさを感じる。
厚意の招待を受けてのこととはいえ、一般人の自分が本当にこんなところに入っていいのだろうか。

「そうかしこまることはございませんよ、お客さま。
 別室などと格式ばったところで、所詮は遊びの場なのですから。
 どうぞお気を楽になさってください」
緊張をほぐすような、白い彼女の声。
その声でビビって硬直しかけていた精神と肉体が元に戻る。

いやすみません、自分は小市民なもので……。
それで、何のゲームをするんでしょうか?
「それはお客さまがご自由に選択なさってください。
 この部屋の遊技卓は全て階下と同じ物を用意しておりますので、
 プレイできないゲームはございません。
 わたくしはお客さまがお選びになったゲームで、お相手いたします」
ディーラーは何でも良いと言うが、一人でルーレットとかしてもしょうがない。
やはりここは、二人でできるをゲームを選ぶべきだろう。

そうですね、じゃあポーカーとかいいですか?
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
彼女はポーカー卓へ進み、トランプとチップケースを取り出す。
「先に賭け金になるチップをお渡しいたします。お客さまとわたくしで各20枚。
 一方が全て失ってしまった場合は一度ゲームセット。以上のルールでよろしいでしょうか?」
破産したら一度終わり。そのルールに不服はない。自分は頷いて返す。
「はい、それではこちらチップ20枚となります。お受け取りください」
ディーラーはケースからチップを取り出すと、10枚ずつの山にしてこちらに手渡す。
それを受け取った自分は改めて枚数を確認し――――げ。

ディーラーが渡してきたチップ。それは一枚数百万という超高額チップだった。
こんな物、普通に生きていれば、お目にかかることなんてまずない。
ただの遊びだと分かってはいるけれど、チップの一枚一枚が材質以上に重く感じた。
そして彼女は、額面に戦慄する自分に微笑ましい物でも見るかのような視線を向ける。

「チップなどただのカウント用の道具ですわ、お客さま。
 実際に金がかかっていないなら、無造作に扱ってもよろしいのですよ」
ディーラーはそう言うと、親指でピンとチップを弾いた。
彼女は落ちてきたそれを両手で捕えると、素早く引き離し右か左かと訊いてくる。

右…ですかね?
根拠も何も無いので当てずっぽうに答える自分。
しかし彼女が手を開いたときにチップが乗っていたのは左手だった。

「わたくしの勝ちですね。では親はわたくしが勤めさせていただきます。
 ゲームの参加料として、チップを一枚お支払いください」
ディーラーはそう言ってチップを一枚テーブルに置く。
自分も応じて一枚出す。実際の価値はゼロの高額チップがテーブルの上に二つ並んだ。
しっかし、ゲームに参加するだけで何百万とかすごい世界だな……。
しかもこれとは別に賭け金を乗せるんだから、少しばかりの大金持ちじゃ破産して当然だわ。

金持ちにも凄まじい格差があるものだな…と考えながら、シャッフルされるトランプを眺める。
ほど良く混ざったところで自分がカットを行うと、ディーラーはカードを配り始めた。



たった二人だけでするノーレートのポーカー。
友人とするなら20分かそこらで飽きただろうが、彼女相手にはそうならなかった。
ゲーム進行の合間にギャンブルに関する小話を挟むなどして、興味を引き退屈させない。
自分は時間が経つのも忘れゲームにのめり込む。
気がついた時には、腕時計の針は12時を回っていた。

「……もう、いい時間ですね。次の勝負で今夜はお開きといたしましょうか」
ディーラーも壁掛け時計を見て“そろそろ時間です”と口にする。
12時を過ぎたら寝ないと…なんて考えるほど自分は子供ではないが、
旅行疲れもあり、遊びでは誤魔化しきれない眠気がやって来ていた。

……そうですね。名残惜しいですけど、もうそろそろ終わりにしないと。
こんな美人ディーラーに誘われ、別室で高額チップを賭けてのプレイ。まるでお伽話のようだ。
そしてお伽話の魔法は12時を過ぎたら解けてしまうのがお約束。
名残惜しいからといって、みすぼらしい姿で舞踏会に残るわけにはいかない。

「さて、最後の勝負ですが……ポーカーとは違ったゲームをいたしませんか?」
使用済みのカードを山に戻しながら彼女は語りかける。
ずっとポーカーで遊んできて、最後の最後に違うゲームとは、一体何をするのか。
「ずばり『スポーツブック』などいかがでしょう」
自分はディーラーが口にした種目に眉をひそめた。

スポーツブックというのは、文字通りスポーツの試合を対象にした賭けだ。
ルールは対戦する2つのチームのうち、どちらが勝つか当てるという単純な物で、
スポーツ自体は野球、サッカー、フットボール、その他……と何でもいい。
でも、こんな真夜中に試合やってるスポーツなんてあるんだろうか?

至極当然の疑問をディーラーにぶつける自分。
すると彼女は意味ありげな笑顔を浮かべ、イスを立って近づいてきた。

「中継されるような物でなくとも賭けは成立しますわ、お客さま」
そ、そうなんですか…。それは良いんですけど、ちょっと近すぎ……。
どれほど高級な香水なのか、精神が弛緩しそうな芳しい香り。
その香りが肺に染み付きそうなほどに、彼女は身を寄せてくる。
「先ほどのように、お客さまとわたくしが一対一でスポーツをすれば良いのです」
一対一のスポーツ…ですか? でも、こんな場所で運動するわけにも……。
静かにポーカーする程度ならともかく、この部屋で暴れるわけにはいかないだろう。
「お気になさらずに。セックスに広い場所など必要ありませんから」
え? 今なんと……。
「セックスと申し上げました。『セックスは大人のスポーツ』と言うではありませんか」
ディーラーはそう言ってこちらの腕を抱く。
ワインレッドのベストを押し上げている胸が密着し、布越しにその柔らかさを伝えてきた。

じょ、冗談ですよね……?
乾いた笑いを浮かべ“からかわないでくださいよ”と言う自分。
しかし彼女は腕を絡ませたまま、器用にベストのボタンを外してみせた。
白いYシャツ越しに、黒色のブラジャーが目に入る。

「冗談かどうかは、お客さまが判断なさってくださいませ」
そう言って襟元からYシャツのボタンを外していくディーラー。
自分は絡められた腕を振り解くことも、目を反らすこともできず、その様子を見続ける。
そして白い彼女はボタンを全て外すと裾まで引きずり出して、前面をはだけた。

「いかがでしょう。少しばかりは食指が動かれたでしょうか」
漆黒のブラと純白の肌。そのコントラストに目が眩んだ。
ここはどこだったか、目の前の女は誰だったか、そういった思考が液化し流出していく。
そして溶けて無くなった理性の下から姿を現すのは原始的な本能。

本当に……いいんですか?
正直、ここで“冗談です”と言われて引っ込む自信は無い。
犯罪行為に走ってでも、欲望を満そうとするかもしれない。
しかしディーラーはクスッと笑い、耳元に軽くキスをしてきた。

「プレイなされるなら、下をお脱ぎくださいませ……」
彼女はそう囁くとこちらの腕を解放し、少し離れた。
勝負する気満々になった自分は急いで立ち上がるとベルトの金具を外し、足を引き抜く。
トランクスに手をかけたときは少し躊躇ったが、どのみち見せるんだから…と考え、
恥ずかしさを圧殺し、床へ投げ捨てた。

「はい、承りました。今夜の勝負はこれで最後となります。
 心残りにならぬよう、存分にお楽しみくださいませ」
露出した自分の下半身を見て、ディーラーは賭けの成立を宣言する。
そして彼女はYシャツごとベストを脱ぎ捨て、背に手を回した。
強烈なコントラストを発している黒いブラジャー。
彼女は素肌が男の目に触れると言うのに、躊躇なくそれを外して床へ放る。
白く大きい2つの乳房が、別室の柔らかい照明に照らされて揺れた。
次に彼女はスラックスのベルトに手を伸ばすと、その締め付けを緩めて足元に落とす。
ブラジャーとお揃いの黒い下着が露出し、自分の目を――――ってぇ!?

一瞬、それまでの欲情も忘れて自分は後ずさる。
背にしていたポーカーの卓にヒジが当たり痛みが走ったが、
あまりの衝撃に顔をしかめることさえできない。
だって、だって彼女の股間が――――――。

「そうも驚かれると、わたくしも傷付いてしまいますわお客さま。
 初めて見るモノでもないのですから、平静におなりくださいませ」
すねた子供の様な顔になって、抗議するディーラー。
しかし、驚くなといっても無理があるだろう。
100人中99人は絶対驚くはずだ。

――――スラックスの下から現れた彼女の下着。
そこから見覚えのあるモノが頭を出しているのだから。

あの、すみません、無礼を承知でお尋ねするんですが、もしかしてあなたは男…なんですか?
もしかしても何も、そうとしか考えられないのだが、現実を否定したい自分はそう訊いてしまう。
その問いにディーラーは“やっぱりね…”と言いたげな溜息をついて口を開いた。

「わたくしが男性か? というのならば『NO』とお答えいたします」
自分の望み通りに否定してくれたディーラー。
しかし、それでは股間の説明がつかない。
「それは直接見ていただくのが、一番早いでしょう」
彼女はそう言うと、黒い下着に手をかけスルスルッと脱いでしまった。
何一つ隠さない、生まれたままの姿になった彼女は股間のモノを指で触れながら話す。

「これはお客さまもよくご存じの物ですね。男性器…いわゆるちんぽです。
 お客さまはコレで、わたくしを性転換した男とお考えになったのでしょう。ですが……」
男性器に触れさせていた指。
彼女はそれを下げると、陰茎の根元辺りでツプッ…と体に潜り込ませた。
「御覧の通り、わたくしには女性器…まんこもあるのですよ。
 無論、手術で後付けした物などではございません。これも生まれつきの物。
 わたくしは両性具有……一般的に言う、ふたなりの体なのです」

両性具有。その単語は自分も知っている。
ごく稀に男女両方の性質を持って生まれてくる者がいると。

「ですから、お客さまとのセックスには何の不都合もございません。
 わたくしの体には、男性を受け入れる場所がしっかり備わっておりますので」
彼女は女性器の存在を誇示するように、クチュクチュと音を立てて穴をいじる。
透明な液体がつぅっ…と垂れて床に敷かれた絨毯に染み込んだ。
その淫靡さにショックで萎えかけていた自分の男性器が再び勃起する。
しかし、すでに硬くなっていた彼女の物と比べると、自分のモノはずいぶんと貧相。
色々な意味で恥ずかしくなり、ついシャツの裾を引き下げ覆い隠してしまった。
ディーラーはそんな自分の姿を見て、慰めるように言う。

「恥ずかしがる必要はありませんわ、お客さま。お客さまのモノは十分に立派でございます。
 むしろ恥ずべきはわたくしの方なのですよ。立派なのは見た目だけなのですから」
だから落ちこまないで…と言う彼女。しかし自分はそこまで気を落としてもいない。
それよりも彼女の発言の方が気になる。

いや、落ちこんでいるわけではないんで気にしないでください。
それより見た目だけってどういうことなんですか?
自分の興味本位の発言。
彼女はそれを受けると、陰茎を掴んで根元を見せるように引っ張った。
「御覧になれば分かるように、わたくしには睾丸がついておりません。
 射精の真似事は可能なのですが、
 精子が含まれていないので女を孕ませることができないのですよ。
 こんな物、所詮は遊び道具、十全に機能するお客さまの方がよほど立派ですわ」
そう言って肩をすくめるディーラー。
それを見て自分はデリケートな部分に無造作に踏み込んでしまったのだと理解した。

そうだったんですか…。すみません、興味半分でこんなこと訊いてしまって……。
自分はちょっと頭を下げて謝る。不妊は大勢の人が苦しんでいる重い問題だ。
気安く訊いていいものではなかった。
「いいえ、お客さまが気にかける事はございません。
 コレは遊び道具ですが、男性の快感を身をもって理解できますので。
 それにコチラは完璧に機能しておりますから、この賭けにも問題は無いのです」
グパァ…と指で女性器を広げるディーラー。
完璧に機能しているという言葉を信じるなら、彼女自身が妊娠することは可能なのだろう。
しかし、彼女の女性機能とこの賭けに何の関係があるのか。
何らかのルールを定め、セックスという名のスポーツで勝負するだけなんじゃないのか?

「いいえ。確かにお客さまとのセックスは行いますが、それはただの過程でございます。
 失礼ではありますが、お客さまとわたくしでは、
 賭けが成り立つほど実力が拮抗していると思えませんので」
賭け試合が成立するには、お互いの力がある程度拮抗している必要がある。
プロ野球チームと小学生の草野球チームの試合で後者に賭ける者などいないだろう。
いかにも経験豊富そうな大人の彼女と、恋人さえいない未成年の自分。
どうあがいても自分の勝つ姿は見えない。

……確かに、直接勝負だとこっちに勝ち目は無さそうですね。
じゃあ、どうやって公平に勝負するんですか?
答えの欠片さえ思いつかない勝負内容。
それを訊ねると“よくぞ訊いてくれました”と言わんばかりの笑顔でディーラーは答えた。

「はい、賭けの内容は『わたくしが産むお客さまの子供の性別』でございます。
 男か、女か。どちらか一方の性別を選んで賭けてくださいませ」
なんかとんでもない単語が混入された気がする彼女の発言。
自分は、はぁ? と聞き返してしまう。

すみません、今なんて……?
「賭けの内容は『わたくしが産むお客さまの子供の性別』と申し上げました。
 どうぞお客さまの好きな性別をお選びください。
 わたくしは選ばれなかったもう一方に賭けますので」
聞き間違いじゃなかった。
彼女は子供の性別で賭けをしようと言ったのだ。

あ、あはは……冗談も程々にしましょうよ。
いくらなんでも、こんな遊びで子供を作るだなんて――――。

自分の言葉は最後まで出なかった。
ディーラーが紅い唇を重ねてそれを封じたから。

「んっ…む……ん………ふぅ…。まだ冗談だとお考えですか、お客さま?」
数秒間触れ合わせた唇を離すと、彼女は笑みの表情を消してじっ…と見つめてきた。
その瞳は真剣そのもので完全に本気。
彼女は本当に賭けのために妊娠しようと考えている。

常識的に考えれば首を縦に振るなどありえない。自分は未成年の上に旅行者なのだ。
たった一夜の関係、それもゲームのために父親になんてなれるわけがない。

だが、純粋に男として考えるなら、これは願ってもないことだ。
これほどの美女(ついてるけど)とセックスし、子を孕ませる機会など恐らく二度と訪れない。
これを逃せば最後、自分はギャンブルの話題を耳にするたびに今夜のことを想起し、
“あの時やっておけば…”と死ぬまで後悔することになるだろう。

驚きでどこかへ飛んでいった欲情が再び戻ってきた。
精神を弛緩させる香りが肺どころか脳髄の芯まで犯し染め上げる。
“責任が云々”と警告する理性の声が遠くなり、
“一生後悔してもいいのか?”という欲望の声に取って代わられた。

ほ、本当にしていいんですか…? あなたを…孕ませても……。
興奮のあまりかすれた声で言う自分。
ディーラーはそれを聞くと、にっこり笑って肯定した。
「もちろんでございます、お客さま。結果のみならず、過程も楽しむのがスポーツブック。
 わたくしの体を存分に味わい楽しんでくださいませ。
 では――――お客さまは男女どちらに賭けられますか?」
男か女か。どちらが産まれるかなんて、神でもなければ分かるわけがない。
しかし自分は何かの本で男女比について読んだことがある。
細かい部分は覚えていないがその内容は、
“遺伝子から見て男は女より死に易いので、男の方が少し多めに生まれている。
 医学が進歩して死ぬはずだった男が生き延びたら、男余りの世の中になるかもしれない”
というものだったはずだ。
こんなミクロな賭けで確率の話をしてもしょうがないが、指針にはなる。
50%より少し高めであることに期待して、自分は『男』に賭けると伝えた。

「はい、かしこまりました。
 お客さまが『男』を選ばれたので、わたくしは自動的に『女』となります。
 それではお客さま、試合を開始いたしましょう。どうぞイスにお掛けください」
そう言ってポーカー卓のイスを指差すディーラー。
自分は言われた通りに、クッションの効いたイスに腰掛ける。
すると彼女はクルリと背を向けて、腰をかがめてきた。

あの、前向きでやるんじゃないんですか?
別に後ろ向きでもセックスはできるが、自分としては彼女と抱き合いたい。
もう一度キスしたり、胸に吸いついたりしたいのだが……。
「いえ、対面ですとわたくしのちんぽがお客さまに接触してしまいますので……」
あ、そうか。彼女には男性器もあるから、抱き合うとこっちの腹に当たることになるんだ。 
「はい、お客さまは男性ですので不快になられるかと……。
 また、わたくしは男女同時に達してしまうクセがありますので、
 向き合って交わるとお客さまの体を汚してしまうのです」
残念そうに言うディーラー。本音は彼女も抱き合いたいんだろう。
彼女はこちらに不快感を与えないためにそれを抑えているのだ。

確かに男である自分は他人の男性器が触れることに良い気はしない。
だが、忌避するほどのものではないし、彼女と抱き合えるなら十分お釣りがくると思う。
そう考えた自分は、挿入しようとする彼女に声をかけて止めた。

あの、別に前向きでもいいですよ?
せっかくなんですから、お互い気分良くやりましょうよ。
“当たっても構わない”と言うと、彼女は驚いたように眉を上げた。
「よろしいのですか? わたくしの“コレ”が当たっても」
半身になって股間の陰茎を指し示すディーラー。
太巻きの様な長さと太さに少し引いてしまうが、それでも自分は頷く。

そりゃあ、男だったら嫌ですけど、あなたは違いますし……。
それに汚れるといっても、こっちも裸になれば、後で体を拭うだけで済むんですから。
喋りながら上半身の衣服を脱ぐ自分。
彼女はそれを見て、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あっ、ありがとうございますお客さま!
 わたくしを正面から抱いてくださるだなんて……もう感激ですわ!
 あなた様の子を孕めるとは、なんと幸福でしょう!
 ええもう、わたくしの全力をもって奉仕させて頂きます!」
対面してセックスできることがよほど嬉しいのか、
ディーラーはこれ以上ないほどの賛辞でこちらを讃える。
喜んでくれるのはこちらも嬉しいが、褒め殺しみたいでなんか居心地が悪い。

いや、たいしたことじゃないんですから、落ち着いてください。
それよりも、早くやりましょうよ。
「あ、申し訳ございません。年甲斐もなくはしゃいでしまいました。
 では、少し前を失礼いたします」
イスに腰かけた自分を跨ぐように、足を広げるディーラー。
彼女の巨大な陰茎が自分の男性器と並び、その偉容に圧倒される。
一体何をしたらこんなサイズになるんだろうか……。

「それは……やはり経験ではないでしょうか。
 わたくしには何人も姉がおりまして、幼い頃より散々に可愛がられましたので」
姉に可愛がられたって……それ近親相姦じゃないですか。両親は止めなかったんですか?
「ええ、全く気に留めませんでした。
 わたくしが両性具有であることも“良い傾向だ”と喜んでおりましたし」
なんだそりゃ。(こう考えたら悪いけど)奇形の子供が産まれたことを喜ぶとか非常識すぎる。
姉との関係といい、もしかして彼女は虐待されて育ったのか?
「そんなことはございません。わたくしはたっぷりと愛を受けて育ちました。
 自らが愛されたからこそ、他者を―――お客さまを愛せるのです」
出会って高々数時間。なのに彼女は自分を愛していると言う。
もちろんリップサービスなんだろうけど、こんな美女に言われると気分が良い。

「……身の上話でまた余計に時間を取ってしまいましたね。
 それでは、今度こそお客さまのちんぽを入れさせていただきます」
ディーラーはそう言ってこちらのモノの上に女性器を位置させると、あっさりと飲み込んでしまった。

「んっ……。入りましたわ…お客さまのちんぽっ……!」
ヌルリと侵入した彼女の膣内。その中は凄まじい熱と圧力とぬめりだった。
快楽の紙やすりで先端から根元までザリッと擦られたような感覚。
自分は危うく射精しかけたが、腿に爪を立ててなんとか堪えた。

「お客さま、体を傷付けてまで耐えなくてもよろしいのですよ?
 出したければ、今すぐ精を放って頂いても……」
皮が破けた腿を一目見て、案じるように言うディーラー。
確かに今すぐ射精しても相当な快感を得られるだろう。
しかし、自分としては彼女と同時に達したい。
その方が二人ともより気持ち良くなれるだろうから。
「―――ああ、お客さまはやはり素晴らしい方ですわ。
 わたくしのことまで気にかけてくださるなんて……。
 ならば、わたくしも少しばかり本気を出させていただきましょう」
ディーラーはそう言い、こちらの肩に手をかけた。
そして大きく腰を上下させ、挿入されている男性器をしごき始める。

「さあ、お客さまっ! 気をしっかり持ってくださいませ!
 気絶など認めませんわ! わたくしのまんこを存分に堪能くださいっ!」
彼女が口にした“少し本気だす”という言葉。
それが発された瞬間、彼女の膣内は拷問器具と化した。
快楽の紙やすりの目が荒くなり、男性器が高速でザリザリと削り取られていく。
自分が本当に勃起しているのか、そもそも挿入しているのかも分からなくなるほどの快感。
まるで股間のモノを介して彼女と一体化したようだ。
「それはまだ早いですわっ! 一つになるのはこれからでございます!
 お客さまの精子を受精せねば、一つになったなどとは申せません!」
妊娠を望む言葉を口にしながら、腰を動かすディーラー。
色白で大きい二つの乳房が目の前で揺れ、
硬く勃起した彼女の陰茎がこちらの腹にペチペチと当たる。
別に不快というわけではないが、少し気になり自分は彼女の男性器を握った。

「あっ…! お客さま、そちらはっ…!」
弾む胸でなく陰茎を握られたのが意外だったのか、驚きを含んだ声を発するディーラー。
その声で自分の中にイタズラ心が生まれた。
女性の快感は自分には分からないが、男性の快感なら良く知っている。
女としてセックスしている最中に、彼女の男性器を刺激したらどうなるのだろう?
そう思った自分は、彼女の陰茎をギュッと握って動かし始めた。

「おっ、お客さま!? それはお止めくださいっ!
 まんこを使っている最中に、ちんぽを弄られるのは……っ!」
大人の余裕を持って腰を動かしていたディーラー。彼女からそれが失われた。
上下する腰のリズムが乱れ、淑女の笑みが消える。
こちらと同じように、歯を噛み快楽を堪える顔になった。
そして膣内は逆に、それまで以上の圧力でもって責め立ててくる。
その快感を受けて、自分はさらに強く激しくしごき立てる……というループに陥った。

「てっ…手をお放しくださいお客さま! それ以外ならどこでも構いませんからっ…! 
 ちんぽは…ちんぽをシゴくのはっ…! それはお止めくださいっ……!」
男性と女性、両方の快感で頭がパンクしそうなのか、
ディーラーは紅くて長い舌を伸ばし、唾液を振りまいて喘ぎ続ける。
止めろ止めろと口にしながらも、無理に止めようとはせず動き続けるあたり、
本当は彼女も望んでいるのだろうと自分は思う。
しかし自分の方はもう限界が近く、手の動きが散漫になってきた。
彼女はそれを見ると、ノロノロ運転になっているこちらの手に片手を重ねた。
「お客さまも、もうイかれるのですね…! どうぞ、わたくしの胎内に射精なさってください!
 わたくしもちんぽ汁出しながらイきますので!
 さあ、お客さまの精子で…孕ませてくださいませっ……!」
先端から漏れた液ですっかり濡れている陰茎。
彼女が重ねた手でそれをゴシゴシッと刺激した瞬間、自分は射精した。
「んぁっ! お客さまの精液来てますわっ! ちんぽからビュルビュルとっ…!
 あっ、泳いでますっ! 精子がわたくしの中を泳いでますわ!
 おぉっ…! 卵子に…群がっておりますっ! こっ、これが種付けですのね!
 お客さまと一つになれるだなんてっ…! あ、あ、わたくしも…ちんぽ汁、出しますっ!」
口を絞ったホースの水を当てられたような衝撃。
それが胸元にベチャリとぶつかり、生暖かさをもって張り付く。
「とっ、止まりませんっ! ちんぽ汁が止まりませんわっ!
 申し訳ありませんお客さまっ! 受精がっ、気持ち良すぎて……っ!」
ビクンビクンと震えながら白濁液を放出する彼女の陰茎。
その脈動に合わせて彼女の膣内も締め付けてくる。
射精直後の敏感な状態でさらなる刺激を与えられ、
自分の視界はひどい立ちくらみのように明滅。
彼女の射精が終わるまで、夢現の想いで快楽の渦の中を漂った。



「んふっ…。これほど出したのは、いつ以来でしょうね……」
お互いの体に飛び散ったディーラーの精液。彼女はそれを指で拭っては口に運ぶ。
個人の嗜好と言ってしまえばそれまでだが、どこか不潔に感じてしまう。

……止めましょうよ。汚いじゃないですか。
ティッシュやハンカチで拭い取れば良いじゃないかと言う自分。
しかし彼女はその提案を拒否する。
「汚いからこそです。わたくしのちんぽ汁に布や紙を使うなど勿体ないではありませんか」
彼女の中では、自分自身が出した精液はティッシュで拭う価値もないらしい。
そこまで卑下しなくてもいいと思うのだが。
「いいえ、わたくしも精液を出せるならば、
 無為に亡くなっていく精子に敬意を払い、紙で拭うくらいはいたします。
 ですが、わたくしの出す液には精子が一切含まれておりません。
 こんな精液とも呼べないちんぽ汁を拭うのに紙を使うなど、
 資源の浪費以外のなにものでもありませんわ」
彼女の飲精は単なる自己卑下ではなく、れっきとしたポリシーの元に行われていた。
そうまで言うなら、自分も止めはしない。彼女が身を綺麗にしていく様をただ見守る。
数分かけて外見を繕うと、彼女は腰をあげて挿入されていた男性器を抜いた。
胎内に溜まっていた精液と膣液の混合液がドロリと零れ落ち、イスを汚す…前に彼女は掌で受け止める。
そして口元に運ぶとズズッと音を立てて啜った。

「お客さまの精液は無駄にはいたしません。全てわたくしの体に取り込ませていただきます」
精液の乗っていた掌を舐めながら言うディーラー。
自分の出したものが彼女の胃の中で消化され、果てには吸収される。
それは子作りとは違う形での一体化だ。
自分は捕食と受精という二つの手段で彼女と一つになった。
こんな美女と自分が混ざってしまったことに、言い知れない幸福感と背徳感を感じる。

「それではお客さま、今夜のゲームはこれにて終了とさせていただきます。
 賭けの結果が出るのは10ヶ月後。その時にご期待し、お待ちくださいませ」
ディーラーは裸のまま立ち上がると、姿勢を正して一礼。
その姿を脳に収め、自分は意識を失った。





「―――ろ。おい、起きろ。もう朝だぞ」
強い横揺れと父の低い声。
まだまだ眠い目を強引にこじ開けると、先に起床し身を整えた父の姿が目に入った。

おはよう、父さん……。
「ああ、おはよう。ほれ、早く起きて出発の準備をしろ。
 9時にはここを出るんだからな」
その言葉に枕元のデジタル時計を見ると、時刻は7時半。
ゆっくりはできないが、急いで身支度するほどでもない。
寝ぼけ頭で髪をボリボリかいた時、昨夜のことを思い出した。

あ、そうだ父さん。二人とも昨日は何時頃に帰ってきたの?
「昨日…っていうか今日だな。大勝したせいでズルズル伸ばして、帰ってきたのは2時ごろだ」
2時ね……。その時自分は部屋にいた?
「いたよ。気分良さそうにグーグー寝てた」
ん……そう。ありがとう。
自分は軽く礼を言って、ベッドから抜け出る。
着ている服を見てみれば、家から持ってきたパジャマ。
そこには昨夜の痕跡なんて何一つ残っていなかった。

……そりゃそうだよな。ただの夢なんだもの。
現実にあんなことが起こるわけがない。
あれは夢。カジノの雰囲気に酔っぱらった自分が見た一夜限りの夢だ。
今はまだ鮮明に思い出せるが、数日後には“エロい夢を見た”程度に薄れていることだろう。

んー…と一度伸びをして、自分はパジャマから普段着に着替えた。
そして旅行用のトランクを開き、着ていた服を折り畳む。
まずはパジャマ。その次は昨夜着てハンガーにかけたままのスーツ。
寝巻とは違い、スーツは少し丁寧に折り畳まないといけない。
シワを伸ばし、変な折り目がつかないように……あれ?

黒いスーツの胸ポケット。
そこに紙の様なものが入っているのに気がついた。
なにか入れたっけ? と思いながらそれを取り出し―――身が強張った。

ポケットに入っていた物。
それは夢の中使ったトランプ。
空白の多いエースの札に、綺麗な文字でメモ書きがされていた。

『愛するお客さまへ

 私的な賭けですので、このカードをもって投票券とさせていただきました。
 結果が出るまでこのカードは大切に保管なさってください。
 なお、出産はお客さまの眼前で行わせていただきますので、
 子供のすり替え等、不正行為への心配は不要でございます。
 疑問、質問、性欲処理のサービス、追加の賭け等をご希望の際は以下の番号へ――――』
文章全てに目を通したところで、ポロッとカードを落とした。

自分の記憶は裸のまま気絶した所で終わっている。
あの後、服を着させ、この部屋まで運び、ロックを外して入って、パジャマに着替えさせる。
彼女がカジノの重役だったとしても、全く揉めずにそんな事ができるとは思えない。
夢だったと考えるのが一番現実的だ。

だがそうだとすると、このカードは一体どこから出てきたのか。
夢として片付ければ全てが綺麗に収まるのに、薄い紙っぺらがそれを否定する。

あれは夢だったのか? それとも現実だったのか?
それはメモに書かれた電話番号に連絡すればすぐに分かる。
だが、今の自分には確かめるだけの勇気がない。

一度でも電話してしまえば、自分の運命に決定的な何かが起きてしまいそうで――――。
13/04/19 17:28更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
実際のカジノは未成年だと入場すらできないそうです。念のため。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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