えろい子の絵本 3冊目
むかしむかし。
とある国に王子さまがおりました。
この王子さまは体が細く女顔で、女として産まれてくればよかったんじゃないかと、城の人から良くからかわれていました。
王子さまはからかわれるたびに怒っていましたが、そのうち反応するのも面倒になってはいはい、と聞き流すようになりました。
ところがある時、あまり付き合いのない国から王子さまへの求婚が来たのです。
それも王様からの。
王子さまはどういうことかと思いましたが、なんとその国の王様、
以前おこなった国交パーティーのときにまだ幼かった王子さまを見て一目惚れしてしまったのだとか。
そしてこの王さまは王子さまがいい歳になるまで待って求婚してきたのです。
(※この王様は太ったガマガエルそっくりなので、ガマ王と呼ぶことにしましょう)
ガマ王は自分の性別を勘違いしているのではないかと王子さまは思いましたが、求婚状にははっきり、王子と結婚したいと書かれています。
その見返りに資源に富む自分の国と優先して通商を行おうともありました。
そう、ガマ王は同性愛者だったのです。
一応亡くなった王妃との間に子供はいましたが、必要だから仕方なく作った上に、
産まれたのも全員女だったので愛情などまったく持っていません。
王子さまの父親であるこの国の王様は有能ですが冷血な人間で、王子一人を差し出すことで国が富むならばと勝手に快諾の書状を送ってしまいました。
国のためだ、お前も王家の一員として生まれたのならばいいかげん覚悟を決めろ。
抗議する王子さまに冷たく声をかけて、王様は執務へ戻っていきました。
(※後継ぎは何人もいるので王子さま一人ぐらい居なくなっても困りません)
王子さまは部屋に閉じこもって涙を流しました。
自分でも男らしくないと思いますが、あんなガマガエルの慰み物になるなど耐えられません。
王子さまはずっと泣いていましたが、そのうち泣き疲れて眠ってしまいました。
王子さまが目を覚ましたのは草木も眠る丑三つ時。
カーテンも閉めていない窓からは青白い月光が差し込んでいます。
王子さまは窓を開くと、深くため息を吐きました。
いっそここから飛び降りてしまおうか。
そんな考えが頭をよぎる王子さまでしたが、さすがに実行するほどの度胸はありません。
そんなことを考えていたとき。
「あら、どうしたのあなた? そんな今にも死にそうな顔して」
翼で宙を舞っていた女性が声をかけてきました。
サキュバス。
魔物の代表とも言える存在が目の前に現れて、王子さまは驚き、部屋の奥へ逃げようとしました。
「ちょっと待ってってば」
王子さまを追ってサキュバスは窓から部屋の中へ侵入してきます。
声をあげて助けを呼ぼうとした王子さまの口を手でふさぎ優しく語りかけます。
「おちついて。私はあなたに危害を加えるつもりはないから」
では一体何の目的でここにやってきたのかと訊くと。
「別に。ただこの場所は眺めがいいから月光浴していただけよ。
もうそろそろ帰ろうかと思ったら、あなたが飛び降りそうな顔で地面をにらんでいるんですもの」
王子さまのような素敵な男性が死ぬなど勿体ないから、止めようと声をかけたのだそうです。
本気で死ぬ気はなかったものの、死にたいと思う気持ちももちろんあります。
誰かに鬱屈した思いを聞いてもらいたかったのか、王子さまは自分の境遇を話しました。
「ふーん、あなたも大変ねえ。そんなにガマ王と結婚したくないんだ。……ねえ、私が助けてあげようか?」
ニヤリとあくどい笑みを浮かべるサキュバス。
その顔に不吉なものを感じましたが、もう何でもいいから助かりたいと思っていた王子さまは頷いてしまいます。
「じゃあ、契約成立ね。ちょっと目をつぶっていて」
目を閉じた王子さまの額に手を当てると、サキュバスは魔法を唱えました。
「はい、もういいわよ。目を開けてごらんなさい」
そして目を開いた王子さまは絶句。
低くなった目線。
服を押し上げる膨らみ。
股の間の喪失感。
どこからどう見ても女性の姿になっていました。
これは一体どういうことだと詰め寄る王子さまにサキュバスは答えます。
「だってそのガマ王はゲイなんでしょ? だったらあなたが女になれば興味なんてすぐ無くして、別の男の尻を追っかけるわよ」
理屈ではそうですが、いくらなんでもこれはないだろうと王子さまは抗議します。
「そう言われてもねえ。私はこれが一番手っ取り早いと思うし…そもそもこの魔法はあなたに女性願望がなければ成功しないのよ?」
その言葉に王子さまはうっと息を飲みます。
たしかにガマ王から男の自分が求められていると知ったとき、せめて自分が女だったらまだ受け入れられたかもしれないのにと考えもしました。
小さいころから、女だ女だと言われていた王子さまは女装して新入りの使用人にいたずらしたり、
開き直って自分がどう見らているのかと、ドレスで着飾って鏡の前に立ったりすることもありました。
女のようだという周囲の評価を嫌ってはいたものの、それが王子さまのアイデンティティでもあったのです。
「ただし、もしあなたが男性を愛し愛されるようになれば、魔法は解けてあなたは女ではなくなってしまう。いいわね、ちゃんと心しなさい」
男性に興味など無いのだから、その解除条件に何の意味があるのか?
王子さまは疑問に思いましたが、訊ねる前にサキュバスは窓から飛び立っていきました。
さて、王子さま……いえ、女になったのですからお姫さまと呼びましょう。
お姫さまが女になってしまったことは、次の日には当然王様に知れることとなりました。
王さまは怒りもせずに、さてどうしたものかと考えて一つの答えを出しました。
まず、ガマ王に手紙を出しました。
王子は治療の難しい難病にかかってしまった。
時間はかかるだろうが、必ず治して嫁がせる、と。
そう、治療と称して時間を稼ぐ間に、なんとかしてこの魔法を解いて男に戻そうと考えたのです。
馬車で半日ほどの領地の隅っこにあるさびれた屋敷に住まわせ、逃げられないよう結界で囲み、物言わぬ魔法の人形に世話をさせることにしました。
定期的に城の者が様子を見に来るものの、お姫さまは一人で生活しなければならなくなったのです。
さて、お姫さまの父が治めているこの国は学術国家といわれ、王都には世界に名をとどろかす学校がいくつも存在します。
この国の学校で学ぶために遠くの国から留学生が来ることもあるほどで、入学はとてもとても狭き門。
田舎から一念発起して出てきた秀才が、涙をのんで帰っていくなどいつものこと。
お姫さまの住む屋敷。
「はあ…もう夕方かあ……。一日が過ぎるのが早いよまったく」
庭に出て空を眺めるお姫さま。
その日も夕食を食べて、寝るまでどうしようかというとき、人が来たと人形が知らせました。
こんな時間に客人とは一体どうしたことか。
お姫さまは不審に思いつつも玄関へ向かいました。
やってきた人間は旅の男で、道に迷い一晩泊めて欲しいとのこと。
旅人に乞われたなら一晩屋根を貸すなど世の常識。
久しぶりに会った人間に何か面白い話でも聞けないかと期待して、空いている部屋に泊めることにしました。
さてこの青年、学者になるのが夢だと言って王都の学校に入学するため田舎村から出てきたのです。
父親は必要以上の勉強などするな、そんなことより家業を学べと言うまさに頑固親父。
落ちたならば全てあきらめて後継ぎになるとの約束で、やっと勉強をさせてもらえる環境だったのです。
「ずいぶん大変だったんだねえ。それで試験はいつあるんだい?」
青年はかなり先の日付を口にします。
「まだ時間があるじゃないか。どうしてこんな時期に旅に?」
青年の村では勉強のための教科書を手に入れるのも一苦労。
都会の町で部屋を借り、働きながら勉強するとのこと。
(それ、厳しいんじゃない?)
お姫さまには労働の片手間の勉強で、それほど難しい学校に合格できるとは思えません。
「でも、大変だよ? 働いて疲れた体と頭で教科書を読んでも2割も入らないんじゃないかな」
青年も分かっていますが、それでも諦めたくはないのです。
(そんなに学者になりたいのか……まあ、変な人じゃなさそうだし大丈夫かな。これも人助けだし)
お姫さまはこの屋敷を貸そうかと青年に提案しました。
「君が良ければこの屋敷の部屋を貸してあげるけど。町で生活したら家賃に、食費に……いろいろ金がかかるでしょ?
僕は別に金なんていらないし、ここなら一日中勉強できるよ」
それはとても魅力的な提案でしたが、初めて会ったばかりの人間にそこまで甘えるわけにいかないと、青年は断ろうとします。
「そうは言うけど、僕も退屈なんだよ。ここには僕一人しか住んでないから。
正直、何も喋らない人形と暮らしてると、頭がおかしくなりそうなときがあるんだ。どうか人助けだと思って」
お姫さまの方から頼まれた青年は、恐縮そうにしながら、何度も頭を下げてこの屋敷に住まわせてもらうにしました。
青年に軽く食事を与えたあと。
お姫さまは屋敷を歩きながら青年に説明をします。
まずは一階。
「ここが台所で、向こうがトイレ。そこは物置だね。他にも―――」
そして二階。
「二階も部屋は多いけどほとんど使ってない空き部屋だよ。自由に使っていいけど、廊下の一番奥の部屋は入ったらダメ」
なぜ一番奥はダメなのかと聞く青年に、お姫さまは自分の部屋だからと答えます。
お姫さまは最後に人形が掃除した部屋に青年を連れていき、ここが君の部屋だと告げました。
「今夜はもう遅いからこれで寝よう。じゃあまた明日、おやすみ」
そう言ってお姫さまは去っていきました。
お姫さまが自室に戻って。
「ふう、まさかお客が来るとは思わなかった。……でもこの部屋を見たら逃げだすかもな」
青年に入るなと言ったお姫さまの部屋。
その部屋には床にも壁にも天井にもびっしりとお姫さま…いえ、王子さまの顔が描かれているのです。
心理療法のつもりなのかもしれませんが、一般人にはどう見ても狂気の部屋。
自分が男だと忘れるなというかのように、どこを向いても男性服を着た王子さま。
当然最初のころは気持ち悪くて、別の部屋ですごそうと思いましたが、あまりに長く他の部屋にいると人形が来て連れ戻してしまうのです。
「さて、明日からどうなるかな…」
新しい人間にちょっとの期待を抱いてお姫さまは眠りにつきました。
青年がやってきたといっても別に遊ぶためにきたわけではありません。
お姫さまに知ってる話を聞かせることもありますが、青年のほとんどの時間は勉強。
しかし教科書が悪いのか、頭が悪いのか青年の知識は穴だらけ。
試験を受けるというのだから、どの程度できるのかと見ていたお姫さまですが、これなら自分の方がよっぽどできると目を覆わんばかり。
曲がりなりにも学術国家の王子さまなのですから、頭が悪くては格好がつきません。
どうせ自分もすることは無いからと、お姫さまは青年の勉強を見てあげることにしました。
「その式は先にこっちから―――いや、そうじゃなくて!」
「じゃあ、この文を読んでみて。辞書は使っていいから…ってなんで外国語の辞書なの。これ古語だよ」
「ここで起きた戦争は11ケ月と半月続いたので、通称一年戦争といい―――」
お姫さまには教師の才能があったのか、青年は屋敷にきたときに比べればずっと問題が解けるようになっていました。
勉強の合間のひと時。お姫さま自らが淹れた紅茶を二人で飲みます。
「はい、テストの点付けは終わったよ。ずいぶんできるようになったじゃないか。…照れてないでよ、試験突破には程遠いんだから」
少しばかり有頂天になりかけたところに、ダメだしされた青年はがくりと肩と頭を落とします。
(でもこの調子でいけば何とかなるかな?)
お姫さまは少し楽観的に考えます。口にしたら調子に乗るので言いませんが。
と、うなだれていた青年が突然頭を上げます。
「うわっ! なに!?」
落ち込むなと肩を叩こうとしたお姫さまの顔のすぐ前に、青年の顔がどアップで現れます。
頭の中で引っかかっていた問題が解けたのか、そうかあの問題はああすればよかったのかと、青年は一人で納得し問題復習を始めました。
(な、なんなんだ今の?)
青年がいきなり動いて驚いただけなのに、お姫さまの心臓はドキドキ動いて止まりません。
一体どうしたのかと、熱くなった頭で考えますがやがて収まったので深く追及することはしませんでした。
その日からお姫さまは青年に対し変な感覚を覚えるようになりました。
落としたペンを取って指が触れたとき、扉を開いてぶつかりそうになったとき、寝坊した青年を起こすとき。
突然心臓が早くなったり、得体のしれないもやもやが生まれたりするのです。
「ほら、おやつ持ってきたよ。もうそろそろ休んで……あ」
青年のためにおやつを用意していたお姫さまが戻ってきたとき、机にもたれて青年は居眠りしていました。
(やれやれ。きのうは遅くまで予習していたからって………毛布でもかけてやるか)
青年のベッドの上から毛布を持ってきて、そっと肩からかけるお姫さま。
青年の頭が邪魔ですが、その下の問題がどの程度解けたかとのぞき込んだとき、お姫さまはまたあの感覚を感じます。
(君を見ていると感じるこの感覚はなんなんだろうね。別に不快ではないけど、ひどく落ち着かない……)
思考に沈んでいるお姫さまの顔は、フラフラと青年に近づいていきます。
そしてもう触れるというところまできたとき。
うーん、と呻き青年が目を覚まします。
「――――!」
正気を取り戻したお姫さまは、飛び跳ねて青年から距離を取ります。
青年は毛布をかけてくれたことに礼を言いましたが、お姫さまは破るように扉を開けて部屋を出ていきました。
(嘘だ、嘘だ、嘘だっ!)
自分の部屋まで戻り鍵をかけたとところで床にへたり込みます。
「うそだ、こんなのありえないよ…。僕は男なのに……!」
自分は何をしようとしていたのか。
もしあそこで目が覚めなければどうなっていたのか。
次の日からお姫さまの青年に対する態度はよそよそしいものになりました。
会話も少なく、あまり質問に答えず、テストもわざわざ別の部屋まで持っていって採点するのです。
青年は自分が何か悪いことをしたのか、したなら謝るからと言いますがお姫さまはなにも答えてくれません。
ある日の夜。
お姫さまのベッドの中からクチュクチュと水っぽい音こえてきます。
「くっ……! うそだ、うそだぁ……。彼は友達だ、ただの友達なんだよぉ……!」
自分に言い聞かせますが手は止まりません。
(ううっ、なんで止まらないんだよぉ。体は女でも僕は男なのに…!)
このお姫さま。
男のころはともかく、女になってからは一度もオナニーなどしたことがありません。
男として生きてきた価値観が、たとえ指でも体の中に物を入れるなんてと、強い拒否反応を示すのです。
「あっ、あ、……ああぁっ!」
そして絶頂、賢者タイム。ため息とともにお姫さまは世界の真理を悟ります。いえ、間違いです。悟れてなどいませんね。
(や、やっちゃった……。男の人でオナニーしてイッちゃった……)
初めて女の体を慰めた日。
それで一線を越えてしまったのか、次の日も、その次の日もお姫さまはオナニーを繰り返すようになりました。
そしてそのネタである青年への隔絶も薄くなっていき……ようはサキュバスの魔法で頭が侵されていったのです。
普通の食事はだんだん味気なく感じるようになり、ことあるたびに青年に触れるようになっていきました。
「朝からやって疲れただろ? すこし肩を揉んであげるよ」
お姫さまは青年の肩に触れます。
(やっぱりちゃんと筋肉がついてるな。ああ、この服を脱がせてじかに触れたい…)
もしお姫さまがサキュバスになっていたならば、とっくにそうした上に青年と合体していたでしょうが、魔法の解除条件がそれを押しとどめます。
(いや、違う違う! これはただの慰労! じかに揉んだほうが良く効くだろうし!)
さて、心の距離と体の距離は比例するもの。
二人で勉強しているうちに、やがて青年もお姫さまをただの恩人以上に見るようになっていきました。
こんな生温かい雰囲気で毎日を過ごしていた二人ですが、そうこうしている間に試験の日が近づいてきます。
青年が受ける学校は衣食住すべて国が保証してくれるのですが、生活のすべてを勉学に捧げることが求められ、
一度入ってしまえば卒業まで外へは出られないというまるで監獄のような場所。
青年が合格してしまえば、5年近く会えないでしょう。
(はあ……っ。本当にどうしたんだろう僕は)
もうお姫さまは自分の感情を自覚しています。ですが意識の上では拒もうとするのです。
もし自分がこの感情を認めてしまったら、青年を屋敷に閉じ込めてでも学校に行かせまいとするでしょう。
仮に青年が夢を諦めて傍に居てくれるとしても、愛し愛されればお姫さまは王子さまに逆戻り。
青年は愛する女性を失い、夢も壊れるという目を覆いたくなる悲惨な状況。
そして自分は晴れてガマ王とご結婚。
どちらも幸せになれないという最悪の結末です。
しかし理性では分かっていても、感情は抑えられません。
もう限界だと思ったお姫さまは青年を自分の部屋に呼びました。
「どうだい? この部屋」
青年が見たのは一面王子さまの絵姿だらけの部屋。
狂気を感じ、気おされる青年に、お姫さまは自分が魔法をかけられた話をしました。
「―――そういうわけで僕は体は女でも、心は男なんだよ。だから変な目で見ないでくれないかな」
仲良く暮らしていて相手も好意を向けていてくれると思っていた青年ですが、いきなりこんな冷たい言葉をかけられるとは思いませんでした。
「君はいい友達だ。でもそこまで。僕は君を好きになんかなれないよ」
自分の好きな相手が男だったということ。そして振られたこと。
そのショックに青年は立ち尽くしてしまいます。
「言いたいことはこれだけ。さあ、部屋に戻った戻った。試験は明後日でしょ?
明日の夕方には出なきゃいけないんだから、ラストスパートをかけないと」
呆然と立ったまま動かない青年を魔法の人形に運ばせてお姫さまは扉を閉めました。
青年を部屋から出して扉を閉めたあと。
お姫さまは床にうずくまり声を殺して泣きました。
(これでいいんだ……なにも間違ってなんかない。これが正しいことなんだよ……)
青年は学校で学び、夢であった学者になる。自分は男に戻らずガマ王との結婚をしないですむ。
どちらの願いも叶う一番いい選択なんだと何度も繰り返しました。
次の日の夕方。
もうそろそろ出発しなければ試験に間に合わないという時間。
人形が御者をする馬車の前。
お姫さまと青年が最後の会話をしています。
二人は昨日のことでぎくしゃくとしていたので、話すことは形式ばった挨拶だけ。
どうもお世話になりました、いえいえ試験を頑張ってくださいね、そんな感じのものです。
そんな挨拶も終わり、さて馬車に乗り込もうかというとき、青年が振り向いて言いました。
卒業したら必ず会いにくるからここで待っていてくれないか。
お姫さまの友人としてまた一緒に住まわせてもらいたい。
そして、もしそのときお姫さまの心が今と変わっていたなら、どうか自分と―――。
その言葉を言い終わる前に。
「――この、変態っ!」
意識を刈り取る見事なアッパー。
青年が最後に見たのは、拳を振り上げたまま涙をこぼすお姫さまでした。
(くそっ、なんで最後にそんなこと言うんだよ……!)
魔法が解ける条件は愛し愛されること。
青年が言い切る前だったので、ギリギリ魔法は解けていません。
「ひっ、うっ、ぐっ、うぅぅっ……」
人形以外には誰も見ていないので、お姫さまは子供のようにしゃくりながら涙をこぼします。
(ごめん、君と一緒にいたら二人とも不幸になるんだ。学校に入ったらいきなり殴るような乱暴者の男女のことなんか忘れてくれよ……)
気絶している青年を馬車の床に転がし、お姫さまは最後の言葉をかけます。
「君なら絶対受かる。僕が保証するよ。……立派な学者さんになってね。じゃあ、さよなら」
扉を閉め、町中まで行くよう人形の御者に命令をするお姫さま。
人形はコクリと頷くと、結界を超えて屋敷の門から出ていきました。
(こんど城の人が来たら屋敷を変えてもらうように頼もう……。卒業したら本当にやってきかねないし)
住む場所を変えて青年のことは忘れようと思いながらお姫さまは屋敷の中へ戻っていきました。
一人さびしく夕食を終えたあと。
お姫さまはなにをするでもなく、青年が使っていた毛布に包まってベッドに寝転んでいました。
(彼の匂いが残ってる……。あ、ダメだ。また涙が……)
芋虫のような毛布がフルフルと震えます。
そんなとき。
人形が来客を知らせにきました。
(え、こんな時間に? まさか城でなにかあったのか?)
みっともない顔を拭いて、お姫さまは玄関へと向かいます。
「はい、どなたで……えっ」
お姫さまは絶句しました。
目の前には馬車に乗っているはずの青年がいたのですから。
ここからはちょっと時計の針を戻しまして。
殴られて気絶していた青年ですが、流石に朝まで寝ているなどということはなく、ほんの2時間ほどで目が覚めました。
青年が憶えているのは最後のお姫さまから受けた良いアッパー。
そして振り抜いたまま涙を流す顔。
いきなり殴られたことに少しむかっ腹が立ちましたが、それも落ち着くと頭に浮かびあがるのは最後の顔。
お姫さまはなぜ泣いていたのか。
別れが寂しいから? いやいやそれだったらあんな形式ばっただけのあいさつで済ますわけがありません。
あれはまるで今生の別れのような―――。
そこまで考えたとき。
青年は弾かれるように馬車の扉を開けて、屋敷のある方へと駆け出していました。
大して体力のない青年は走ったり歩いたりを繰り返しながら進みます。
そしてその間なんども後悔が頭をよぎります。
ここで戻ってしまったら、もう試験には間に合わない。
何のために頑固親父と喧嘩してまで、勉強してきたと思っているのか。
今まで勉強に費やした時間をすべて無に帰す気か。
しかし青年は足を止めません。
あのまま馬車に乗っていたら自分は一生後悔しただろう。
そんな確信がしっかとあるのです。
今するべきことは、あの屋敷に戻ってお姫さまにもう一度告白をすること。
自分が好きになった女性から、はっきりと、本心の答えを聞くこと。
そんな思いに突き動かされながら歩く青年の目に見慣れた屋敷が見えてきます。
扉の前に立ち、荒くなった息を整え、ドアをコンコン。
こんな遅くにすまないね人形さん、ちょっとお姫さまを呼んできてくれないか。
では針をさっきの時間に進めましょう。
「なっ……なんで君がこんなところにいるんだよ!」
お姫さまはついに自分の頭ががおかしくなって、幻覚を見たのではないかと思いました。
しかし青年は屋敷の中へ入り、その手できっちり扉を閉めます。幻覚ではありません。
「試験はどうするんだよ! 馬車は明日まで戻って来ないんだぞ!」
人形の御者は融通が利かないので、青年が降りても気にせずそのまま進んで行ってしまいました。
自分はあの最後の言葉を言いに来た。
それを伝えきれなくては、悔やんでも悔やみきれない。
「いい! 大体分かるから言わなくていいよ! 僕はきのう言ったよね! 男の君に興味は無いって!」
言葉をまくし立てるお姫さまに、青年は落ち着いて言おうとします。
(ダメ! 言わないで! 君に言われたら僕はもう……!)
また殴って黙らせようにも今の青年には止められてしまうでしょう。
もう魔法が解けるのは避けられないと悟ったお姫さまはなにをトチ狂ったのか。
(――――だから、言うなっていってるだろこのバカ!)
自分の唇で青年の口をふさぐという暴挙にでました。
告白をしようとしていた青年は、いきなりキスをされて目を丸くします。
その頭をガシッとつかみ離そうとしないお姫さま。
(ああもう、お前のせいで全部終わりだ! 最低限の責任だけでも取ってもらうからな!)
もうすぐ魔法が解けるのか体が熱くなるお姫さま。
その熱が消えて男に戻るまでと、青年の唇をむさぼりました。
「はぁ……っ」
口を離したとき。
もう体の異常な熱さはなくなり、お姫さまを見る青年は固まっています。
「……なにいまさら固まってるんだよ。これが僕の本当の姿だって知ってるだろ」
固まっていた青年はその言葉に我を取り戻し、言いました。
おまえ、魔物だったのか、と。
「は? なに言って……る、の?」
お姫さまが自分の体を見てみると、胸のふくらみはそのまま。
背中を見ると、尻にはしっぽ、そのちょっと上からは翼が生えていました。
頭にも重さを感じるのできっと角も生えているのでしょう。
「え? な、なんだこれっ!?」
お姫さまはパニックになりましたが、やがてあの時の言葉を思い出しました。
(あなたが男性を愛し、愛されるようになれば、魔法は解けてあなたは“女ではなくなってしまう”……。まさかあの意味って!)
そう、あの言葉の意味は魔法が解けると人間の男に戻るのではなく、魔物のメスになってしまうという意味だったのです。
(※魔法が解けるといいますが、実は止まっていたサキュバス化が進行しただけなのです)
なんで勘違いするような言い回しをしたのかと思う方かもいるしれませんが、
サキュバスは悪魔なので、人をからかって楽しむ性悪なものもいるのです。注意しましょう。
「え、えーと、これは……」
お姫さまはどう説明しようかと頭を巡らせるのでした。
とりあえず紅茶を入れて一息ついて。
「ま、これで結婚はまず無くなったから一安心だよ。あとは父上がどうするか……」
冷血な父親が魔物になった自分をどうするか、お姫さまにも想像がつきません。
下手をすれば謝罪のためにガマ王の国へ送られ処刑されてしまうかも。
「君が結界の杭を抜いてくれるなら僕はここを出ていこうと思う。
金目の物はそれなりにあるから、しばらく路銀に困ることは無いと思うしね」
君はどうする? とお姫さまは目で訊いてきますが、青年の答えは決まり切ったこと。
「うん、じゃあ一緒に旅に出ようか。馬車は明日の夕方帰ってくるから…旅立ちは明後日だね。
荷物を整理しても時間は余るし……なにして時間を潰そっか?」
意味深に笑うお姫さまの手を取って、青年は自分の部屋へ向かいます。
並んでベッドに腰掛ける二人。
「いまさら言うのもなんだけど、ちょっと前まで男だった僕にキスするなんて変態だと思わない?」
そっちだってキスしただろうという青年にお姫さまは笑って言います。
「いいんだよ、僕は男を好きになった変態なんだから。それで君はどうなのかな?
女の姿をしていれば元が男でもいいのかな〜?」
お姫さまがニヤニヤしてしょうがないので、青年はとっとと口を塞いで黙らせました。
「んっ………ぷは…。この、変態……」
実に嬉しそうにお姫さまは青年をいじめます。
「キスもいいけど、そろそろ……ね」
イチャイチャしていた二人ですが、先へ進もうと服を脱ぎます。
ベッドに仰向けで寝るお姫さま。
「え? 男のちんぽってそんなに大きかったっけ? ちゃんと入るのかな…」
青年のモノは男だったころのお姫さまと比べれば、つまようじとたけぐしのようなもの。
「いや、遠慮しなくていいよ。女の体はちゃんと入るようになっているだろうし…。
うん、じゃあ入れて。僕を女にして……」
青年はお姫さまに促されて中へと入ります。
「っ……! あ、あ、これが男のちんぽ……。指なんかよりずっと熱くて太い……っ!」
オナニーの感覚とはまったく違うセックスにお姫さまは戸惑いの声をあげます。
「くうっ、広げながら入ってくる……。す、すごい、女の体ってここまで入るんだ……!」
お姫さまに根本まで入れたところで青年は息をつきました。
「…ちょっと、止まらないでよ。動かした方がもっと気持ちいんだから。ほら、今度は抜いて」
青年の尻をぺチンと叩き、お姫さまは動くように促します。
そんなこんなのうちに二人のテンションは上がっていきます。
「もっと、もっと動いて! お腹の中かき回されるのがすごい気持ち良いんだっ!
ね、君も気持ちいい!? え、もう出そうなぐらい良いの? 言っとくけど外に出しちゃダメだよ!」
これから旅に出るというのに、もし妊娠したら大変じゃないかと青年は言いますが。
「いいじゃないか! 赤ちゃん欲しいんだよ! 頼むよ、僕に君の赤ちゃん産ませてよ!」
理性と快楽の間で悩む青年にお姫さまはだいしゅきホールドを発動。
「君だって中に出したいんだろ! ほら、出せ! 僕を孕ませろっ!」
青年はホールドを解いて抜こうとしましたが時既に時間切れ。
「あ……っ! 出てるっ…! 君に種付けされてるっ……!」
お姫さまはビクンビクンと痙攣しながら女として最高の快楽を味わうのでした。
明後日。
良く晴れた、旅立ちには絶好の日。
戻ってきた馬車に荷物を積み込んで青年は御者台に座ります。
風が冷たいので中に入っていたらどうかと言いますが、お姫さまは青年のすぐ横に。
「真冬でもないんだし、大丈夫だよ。それに寒くなっても」
お姫さまは青年に抱きつきます。
「こうすれば君がカイロ代わりになってくれるしね」
青年は真っ赤になって馬車を出しました。
「―――こうしてお姫さまは、愛する青年と駆け落ちしたのでしたとさ。はい、おしまい」
ここは親魔物国家の学校兼堕落神の教会。ダークプリーストがまだ小さい魔物娘たちに本を読んで聞かせています。
「この話だと駆け落ちしたところで終わってるけど、先生が小さい頃聞いた話は、
このすぐあとお姫さまの国は魔界になって、二人は国に戻り盛大な結婚式を上げましたって終わりだったわね。
他にも青年が戻って来ない悲恋物や、逆に屋敷に閉じ込めてしまった落園物など、
色々なバリエーションがあるので、そういうのを探して読んでみるのも面白いかもしれませんね」
昔話に異説はつきもの。どれが正しいということもありません。
「はい、今日はここまで。みんな道草食わずにすぐ家に帰りなさいね」
学校が終わって。
その日の本屋さんは、子供の魔物娘たちで少しにぎやかでしたとさ。
とある国に王子さまがおりました。
この王子さまは体が細く女顔で、女として産まれてくればよかったんじゃないかと、城の人から良くからかわれていました。
王子さまはからかわれるたびに怒っていましたが、そのうち反応するのも面倒になってはいはい、と聞き流すようになりました。
ところがある時、あまり付き合いのない国から王子さまへの求婚が来たのです。
それも王様からの。
王子さまはどういうことかと思いましたが、なんとその国の王様、
以前おこなった国交パーティーのときにまだ幼かった王子さまを見て一目惚れしてしまったのだとか。
そしてこの王さまは王子さまがいい歳になるまで待って求婚してきたのです。
(※この王様は太ったガマガエルそっくりなので、ガマ王と呼ぶことにしましょう)
ガマ王は自分の性別を勘違いしているのではないかと王子さまは思いましたが、求婚状にははっきり、王子と結婚したいと書かれています。
その見返りに資源に富む自分の国と優先して通商を行おうともありました。
そう、ガマ王は同性愛者だったのです。
一応亡くなった王妃との間に子供はいましたが、必要だから仕方なく作った上に、
産まれたのも全員女だったので愛情などまったく持っていません。
王子さまの父親であるこの国の王様は有能ですが冷血な人間で、王子一人を差し出すことで国が富むならばと勝手に快諾の書状を送ってしまいました。
国のためだ、お前も王家の一員として生まれたのならばいいかげん覚悟を決めろ。
抗議する王子さまに冷たく声をかけて、王様は執務へ戻っていきました。
(※後継ぎは何人もいるので王子さま一人ぐらい居なくなっても困りません)
王子さまは部屋に閉じこもって涙を流しました。
自分でも男らしくないと思いますが、あんなガマガエルの慰み物になるなど耐えられません。
王子さまはずっと泣いていましたが、そのうち泣き疲れて眠ってしまいました。
王子さまが目を覚ましたのは草木も眠る丑三つ時。
カーテンも閉めていない窓からは青白い月光が差し込んでいます。
王子さまは窓を開くと、深くため息を吐きました。
いっそここから飛び降りてしまおうか。
そんな考えが頭をよぎる王子さまでしたが、さすがに実行するほどの度胸はありません。
そんなことを考えていたとき。
「あら、どうしたのあなた? そんな今にも死にそうな顔して」
翼で宙を舞っていた女性が声をかけてきました。
サキュバス。
魔物の代表とも言える存在が目の前に現れて、王子さまは驚き、部屋の奥へ逃げようとしました。
「ちょっと待ってってば」
王子さまを追ってサキュバスは窓から部屋の中へ侵入してきます。
声をあげて助けを呼ぼうとした王子さまの口を手でふさぎ優しく語りかけます。
「おちついて。私はあなたに危害を加えるつもりはないから」
では一体何の目的でここにやってきたのかと訊くと。
「別に。ただこの場所は眺めがいいから月光浴していただけよ。
もうそろそろ帰ろうかと思ったら、あなたが飛び降りそうな顔で地面をにらんでいるんですもの」
王子さまのような素敵な男性が死ぬなど勿体ないから、止めようと声をかけたのだそうです。
本気で死ぬ気はなかったものの、死にたいと思う気持ちももちろんあります。
誰かに鬱屈した思いを聞いてもらいたかったのか、王子さまは自分の境遇を話しました。
「ふーん、あなたも大変ねえ。そんなにガマ王と結婚したくないんだ。……ねえ、私が助けてあげようか?」
ニヤリとあくどい笑みを浮かべるサキュバス。
その顔に不吉なものを感じましたが、もう何でもいいから助かりたいと思っていた王子さまは頷いてしまいます。
「じゃあ、契約成立ね。ちょっと目をつぶっていて」
目を閉じた王子さまの額に手を当てると、サキュバスは魔法を唱えました。
「はい、もういいわよ。目を開けてごらんなさい」
そして目を開いた王子さまは絶句。
低くなった目線。
服を押し上げる膨らみ。
股の間の喪失感。
どこからどう見ても女性の姿になっていました。
これは一体どういうことだと詰め寄る王子さまにサキュバスは答えます。
「だってそのガマ王はゲイなんでしょ? だったらあなたが女になれば興味なんてすぐ無くして、別の男の尻を追っかけるわよ」
理屈ではそうですが、いくらなんでもこれはないだろうと王子さまは抗議します。
「そう言われてもねえ。私はこれが一番手っ取り早いと思うし…そもそもこの魔法はあなたに女性願望がなければ成功しないのよ?」
その言葉に王子さまはうっと息を飲みます。
たしかにガマ王から男の自分が求められていると知ったとき、せめて自分が女だったらまだ受け入れられたかもしれないのにと考えもしました。
小さいころから、女だ女だと言われていた王子さまは女装して新入りの使用人にいたずらしたり、
開き直って自分がどう見らているのかと、ドレスで着飾って鏡の前に立ったりすることもありました。
女のようだという周囲の評価を嫌ってはいたものの、それが王子さまのアイデンティティでもあったのです。
「ただし、もしあなたが男性を愛し愛されるようになれば、魔法は解けてあなたは女ではなくなってしまう。いいわね、ちゃんと心しなさい」
男性に興味など無いのだから、その解除条件に何の意味があるのか?
王子さまは疑問に思いましたが、訊ねる前にサキュバスは窓から飛び立っていきました。
さて、王子さま……いえ、女になったのですからお姫さまと呼びましょう。
お姫さまが女になってしまったことは、次の日には当然王様に知れることとなりました。
王さまは怒りもせずに、さてどうしたものかと考えて一つの答えを出しました。
まず、ガマ王に手紙を出しました。
王子は治療の難しい難病にかかってしまった。
時間はかかるだろうが、必ず治して嫁がせる、と。
そう、治療と称して時間を稼ぐ間に、なんとかしてこの魔法を解いて男に戻そうと考えたのです。
馬車で半日ほどの領地の隅っこにあるさびれた屋敷に住まわせ、逃げられないよう結界で囲み、物言わぬ魔法の人形に世話をさせることにしました。
定期的に城の者が様子を見に来るものの、お姫さまは一人で生活しなければならなくなったのです。
さて、お姫さまの父が治めているこの国は学術国家といわれ、王都には世界に名をとどろかす学校がいくつも存在します。
この国の学校で学ぶために遠くの国から留学生が来ることもあるほどで、入学はとてもとても狭き門。
田舎から一念発起して出てきた秀才が、涙をのんで帰っていくなどいつものこと。
お姫さまの住む屋敷。
「はあ…もう夕方かあ……。一日が過ぎるのが早いよまったく」
庭に出て空を眺めるお姫さま。
その日も夕食を食べて、寝るまでどうしようかというとき、人が来たと人形が知らせました。
こんな時間に客人とは一体どうしたことか。
お姫さまは不審に思いつつも玄関へ向かいました。
やってきた人間は旅の男で、道に迷い一晩泊めて欲しいとのこと。
旅人に乞われたなら一晩屋根を貸すなど世の常識。
久しぶりに会った人間に何か面白い話でも聞けないかと期待して、空いている部屋に泊めることにしました。
さてこの青年、学者になるのが夢だと言って王都の学校に入学するため田舎村から出てきたのです。
父親は必要以上の勉強などするな、そんなことより家業を学べと言うまさに頑固親父。
落ちたならば全てあきらめて後継ぎになるとの約束で、やっと勉強をさせてもらえる環境だったのです。
「ずいぶん大変だったんだねえ。それで試験はいつあるんだい?」
青年はかなり先の日付を口にします。
「まだ時間があるじゃないか。どうしてこんな時期に旅に?」
青年の村では勉強のための教科書を手に入れるのも一苦労。
都会の町で部屋を借り、働きながら勉強するとのこと。
(それ、厳しいんじゃない?)
お姫さまには労働の片手間の勉強で、それほど難しい学校に合格できるとは思えません。
「でも、大変だよ? 働いて疲れた体と頭で教科書を読んでも2割も入らないんじゃないかな」
青年も分かっていますが、それでも諦めたくはないのです。
(そんなに学者になりたいのか……まあ、変な人じゃなさそうだし大丈夫かな。これも人助けだし)
お姫さまはこの屋敷を貸そうかと青年に提案しました。
「君が良ければこの屋敷の部屋を貸してあげるけど。町で生活したら家賃に、食費に……いろいろ金がかかるでしょ?
僕は別に金なんていらないし、ここなら一日中勉強できるよ」
それはとても魅力的な提案でしたが、初めて会ったばかりの人間にそこまで甘えるわけにいかないと、青年は断ろうとします。
「そうは言うけど、僕も退屈なんだよ。ここには僕一人しか住んでないから。
正直、何も喋らない人形と暮らしてると、頭がおかしくなりそうなときがあるんだ。どうか人助けだと思って」
お姫さまの方から頼まれた青年は、恐縮そうにしながら、何度も頭を下げてこの屋敷に住まわせてもらうにしました。
青年に軽く食事を与えたあと。
お姫さまは屋敷を歩きながら青年に説明をします。
まずは一階。
「ここが台所で、向こうがトイレ。そこは物置だね。他にも―――」
そして二階。
「二階も部屋は多いけどほとんど使ってない空き部屋だよ。自由に使っていいけど、廊下の一番奥の部屋は入ったらダメ」
なぜ一番奥はダメなのかと聞く青年に、お姫さまは自分の部屋だからと答えます。
お姫さまは最後に人形が掃除した部屋に青年を連れていき、ここが君の部屋だと告げました。
「今夜はもう遅いからこれで寝よう。じゃあまた明日、おやすみ」
そう言ってお姫さまは去っていきました。
お姫さまが自室に戻って。
「ふう、まさかお客が来るとは思わなかった。……でもこの部屋を見たら逃げだすかもな」
青年に入るなと言ったお姫さまの部屋。
その部屋には床にも壁にも天井にもびっしりとお姫さま…いえ、王子さまの顔が描かれているのです。
心理療法のつもりなのかもしれませんが、一般人にはどう見ても狂気の部屋。
自分が男だと忘れるなというかのように、どこを向いても男性服を着た王子さま。
当然最初のころは気持ち悪くて、別の部屋ですごそうと思いましたが、あまりに長く他の部屋にいると人形が来て連れ戻してしまうのです。
「さて、明日からどうなるかな…」
新しい人間にちょっとの期待を抱いてお姫さまは眠りにつきました。
青年がやってきたといっても別に遊ぶためにきたわけではありません。
お姫さまに知ってる話を聞かせることもありますが、青年のほとんどの時間は勉強。
しかし教科書が悪いのか、頭が悪いのか青年の知識は穴だらけ。
試験を受けるというのだから、どの程度できるのかと見ていたお姫さまですが、これなら自分の方がよっぽどできると目を覆わんばかり。
曲がりなりにも学術国家の王子さまなのですから、頭が悪くては格好がつきません。
どうせ自分もすることは無いからと、お姫さまは青年の勉強を見てあげることにしました。
「その式は先にこっちから―――いや、そうじゃなくて!」
「じゃあ、この文を読んでみて。辞書は使っていいから…ってなんで外国語の辞書なの。これ古語だよ」
「ここで起きた戦争は11ケ月と半月続いたので、通称一年戦争といい―――」
お姫さまには教師の才能があったのか、青年は屋敷にきたときに比べればずっと問題が解けるようになっていました。
勉強の合間のひと時。お姫さま自らが淹れた紅茶を二人で飲みます。
「はい、テストの点付けは終わったよ。ずいぶんできるようになったじゃないか。…照れてないでよ、試験突破には程遠いんだから」
少しばかり有頂天になりかけたところに、ダメだしされた青年はがくりと肩と頭を落とします。
(でもこの調子でいけば何とかなるかな?)
お姫さまは少し楽観的に考えます。口にしたら調子に乗るので言いませんが。
と、うなだれていた青年が突然頭を上げます。
「うわっ! なに!?」
落ち込むなと肩を叩こうとしたお姫さまの顔のすぐ前に、青年の顔がどアップで現れます。
頭の中で引っかかっていた問題が解けたのか、そうかあの問題はああすればよかったのかと、青年は一人で納得し問題復習を始めました。
(な、なんなんだ今の?)
青年がいきなり動いて驚いただけなのに、お姫さまの心臓はドキドキ動いて止まりません。
一体どうしたのかと、熱くなった頭で考えますがやがて収まったので深く追及することはしませんでした。
その日からお姫さまは青年に対し変な感覚を覚えるようになりました。
落としたペンを取って指が触れたとき、扉を開いてぶつかりそうになったとき、寝坊した青年を起こすとき。
突然心臓が早くなったり、得体のしれないもやもやが生まれたりするのです。
「ほら、おやつ持ってきたよ。もうそろそろ休んで……あ」
青年のためにおやつを用意していたお姫さまが戻ってきたとき、机にもたれて青年は居眠りしていました。
(やれやれ。きのうは遅くまで予習していたからって………毛布でもかけてやるか)
青年のベッドの上から毛布を持ってきて、そっと肩からかけるお姫さま。
青年の頭が邪魔ですが、その下の問題がどの程度解けたかとのぞき込んだとき、お姫さまはまたあの感覚を感じます。
(君を見ていると感じるこの感覚はなんなんだろうね。別に不快ではないけど、ひどく落ち着かない……)
思考に沈んでいるお姫さまの顔は、フラフラと青年に近づいていきます。
そしてもう触れるというところまできたとき。
うーん、と呻き青年が目を覚まします。
「――――!」
正気を取り戻したお姫さまは、飛び跳ねて青年から距離を取ります。
青年は毛布をかけてくれたことに礼を言いましたが、お姫さまは破るように扉を開けて部屋を出ていきました。
(嘘だ、嘘だ、嘘だっ!)
自分の部屋まで戻り鍵をかけたとところで床にへたり込みます。
「うそだ、こんなのありえないよ…。僕は男なのに……!」
自分は何をしようとしていたのか。
もしあそこで目が覚めなければどうなっていたのか。
次の日からお姫さまの青年に対する態度はよそよそしいものになりました。
会話も少なく、あまり質問に答えず、テストもわざわざ別の部屋まで持っていって採点するのです。
青年は自分が何か悪いことをしたのか、したなら謝るからと言いますがお姫さまはなにも答えてくれません。
ある日の夜。
お姫さまのベッドの中からクチュクチュと水っぽい音こえてきます。
「くっ……! うそだ、うそだぁ……。彼は友達だ、ただの友達なんだよぉ……!」
自分に言い聞かせますが手は止まりません。
(ううっ、なんで止まらないんだよぉ。体は女でも僕は男なのに…!)
このお姫さま。
男のころはともかく、女になってからは一度もオナニーなどしたことがありません。
男として生きてきた価値観が、たとえ指でも体の中に物を入れるなんてと、強い拒否反応を示すのです。
「あっ、あ、……ああぁっ!」
そして絶頂、賢者タイム。ため息とともにお姫さまは世界の真理を悟ります。いえ、間違いです。悟れてなどいませんね。
(や、やっちゃった……。男の人でオナニーしてイッちゃった……)
初めて女の体を慰めた日。
それで一線を越えてしまったのか、次の日も、その次の日もお姫さまはオナニーを繰り返すようになりました。
そしてそのネタである青年への隔絶も薄くなっていき……ようはサキュバスの魔法で頭が侵されていったのです。
普通の食事はだんだん味気なく感じるようになり、ことあるたびに青年に触れるようになっていきました。
「朝からやって疲れただろ? すこし肩を揉んであげるよ」
お姫さまは青年の肩に触れます。
(やっぱりちゃんと筋肉がついてるな。ああ、この服を脱がせてじかに触れたい…)
もしお姫さまがサキュバスになっていたならば、とっくにそうした上に青年と合体していたでしょうが、魔法の解除条件がそれを押しとどめます。
(いや、違う違う! これはただの慰労! じかに揉んだほうが良く効くだろうし!)
さて、心の距離と体の距離は比例するもの。
二人で勉強しているうちに、やがて青年もお姫さまをただの恩人以上に見るようになっていきました。
こんな生温かい雰囲気で毎日を過ごしていた二人ですが、そうこうしている間に試験の日が近づいてきます。
青年が受ける学校は衣食住すべて国が保証してくれるのですが、生活のすべてを勉学に捧げることが求められ、
一度入ってしまえば卒業まで外へは出られないというまるで監獄のような場所。
青年が合格してしまえば、5年近く会えないでしょう。
(はあ……っ。本当にどうしたんだろう僕は)
もうお姫さまは自分の感情を自覚しています。ですが意識の上では拒もうとするのです。
もし自分がこの感情を認めてしまったら、青年を屋敷に閉じ込めてでも学校に行かせまいとするでしょう。
仮に青年が夢を諦めて傍に居てくれるとしても、愛し愛されればお姫さまは王子さまに逆戻り。
青年は愛する女性を失い、夢も壊れるという目を覆いたくなる悲惨な状況。
そして自分は晴れてガマ王とご結婚。
どちらも幸せになれないという最悪の結末です。
しかし理性では分かっていても、感情は抑えられません。
もう限界だと思ったお姫さまは青年を自分の部屋に呼びました。
「どうだい? この部屋」
青年が見たのは一面王子さまの絵姿だらけの部屋。
狂気を感じ、気おされる青年に、お姫さまは自分が魔法をかけられた話をしました。
「―――そういうわけで僕は体は女でも、心は男なんだよ。だから変な目で見ないでくれないかな」
仲良く暮らしていて相手も好意を向けていてくれると思っていた青年ですが、いきなりこんな冷たい言葉をかけられるとは思いませんでした。
「君はいい友達だ。でもそこまで。僕は君を好きになんかなれないよ」
自分の好きな相手が男だったということ。そして振られたこと。
そのショックに青年は立ち尽くしてしまいます。
「言いたいことはこれだけ。さあ、部屋に戻った戻った。試験は明後日でしょ?
明日の夕方には出なきゃいけないんだから、ラストスパートをかけないと」
呆然と立ったまま動かない青年を魔法の人形に運ばせてお姫さまは扉を閉めました。
青年を部屋から出して扉を閉めたあと。
お姫さまは床にうずくまり声を殺して泣きました。
(これでいいんだ……なにも間違ってなんかない。これが正しいことなんだよ……)
青年は学校で学び、夢であった学者になる。自分は男に戻らずガマ王との結婚をしないですむ。
どちらの願いも叶う一番いい選択なんだと何度も繰り返しました。
次の日の夕方。
もうそろそろ出発しなければ試験に間に合わないという時間。
人形が御者をする馬車の前。
お姫さまと青年が最後の会話をしています。
二人は昨日のことでぎくしゃくとしていたので、話すことは形式ばった挨拶だけ。
どうもお世話になりました、いえいえ試験を頑張ってくださいね、そんな感じのものです。
そんな挨拶も終わり、さて馬車に乗り込もうかというとき、青年が振り向いて言いました。
卒業したら必ず会いにくるからここで待っていてくれないか。
お姫さまの友人としてまた一緒に住まわせてもらいたい。
そして、もしそのときお姫さまの心が今と変わっていたなら、どうか自分と―――。
その言葉を言い終わる前に。
「――この、変態っ!」
意識を刈り取る見事なアッパー。
青年が最後に見たのは、拳を振り上げたまま涙をこぼすお姫さまでした。
(くそっ、なんで最後にそんなこと言うんだよ……!)
魔法が解ける条件は愛し愛されること。
青年が言い切る前だったので、ギリギリ魔法は解けていません。
「ひっ、うっ、ぐっ、うぅぅっ……」
人形以外には誰も見ていないので、お姫さまは子供のようにしゃくりながら涙をこぼします。
(ごめん、君と一緒にいたら二人とも不幸になるんだ。学校に入ったらいきなり殴るような乱暴者の男女のことなんか忘れてくれよ……)
気絶している青年を馬車の床に転がし、お姫さまは最後の言葉をかけます。
「君なら絶対受かる。僕が保証するよ。……立派な学者さんになってね。じゃあ、さよなら」
扉を閉め、町中まで行くよう人形の御者に命令をするお姫さま。
人形はコクリと頷くと、結界を超えて屋敷の門から出ていきました。
(こんど城の人が来たら屋敷を変えてもらうように頼もう……。卒業したら本当にやってきかねないし)
住む場所を変えて青年のことは忘れようと思いながらお姫さまは屋敷の中へ戻っていきました。
一人さびしく夕食を終えたあと。
お姫さまはなにをするでもなく、青年が使っていた毛布に包まってベッドに寝転んでいました。
(彼の匂いが残ってる……。あ、ダメだ。また涙が……)
芋虫のような毛布がフルフルと震えます。
そんなとき。
人形が来客を知らせにきました。
(え、こんな時間に? まさか城でなにかあったのか?)
みっともない顔を拭いて、お姫さまは玄関へと向かいます。
「はい、どなたで……えっ」
お姫さまは絶句しました。
目の前には馬車に乗っているはずの青年がいたのですから。
ここからはちょっと時計の針を戻しまして。
殴られて気絶していた青年ですが、流石に朝まで寝ているなどということはなく、ほんの2時間ほどで目が覚めました。
青年が憶えているのは最後のお姫さまから受けた良いアッパー。
そして振り抜いたまま涙を流す顔。
いきなり殴られたことに少しむかっ腹が立ちましたが、それも落ち着くと頭に浮かびあがるのは最後の顔。
お姫さまはなぜ泣いていたのか。
別れが寂しいから? いやいやそれだったらあんな形式ばっただけのあいさつで済ますわけがありません。
あれはまるで今生の別れのような―――。
そこまで考えたとき。
青年は弾かれるように馬車の扉を開けて、屋敷のある方へと駆け出していました。
大して体力のない青年は走ったり歩いたりを繰り返しながら進みます。
そしてその間なんども後悔が頭をよぎります。
ここで戻ってしまったら、もう試験には間に合わない。
何のために頑固親父と喧嘩してまで、勉強してきたと思っているのか。
今まで勉強に費やした時間をすべて無に帰す気か。
しかし青年は足を止めません。
あのまま馬車に乗っていたら自分は一生後悔しただろう。
そんな確信がしっかとあるのです。
今するべきことは、あの屋敷に戻ってお姫さまにもう一度告白をすること。
自分が好きになった女性から、はっきりと、本心の答えを聞くこと。
そんな思いに突き動かされながら歩く青年の目に見慣れた屋敷が見えてきます。
扉の前に立ち、荒くなった息を整え、ドアをコンコン。
こんな遅くにすまないね人形さん、ちょっとお姫さまを呼んできてくれないか。
では針をさっきの時間に進めましょう。
「なっ……なんで君がこんなところにいるんだよ!」
お姫さまはついに自分の頭ががおかしくなって、幻覚を見たのではないかと思いました。
しかし青年は屋敷の中へ入り、その手できっちり扉を閉めます。幻覚ではありません。
「試験はどうするんだよ! 馬車は明日まで戻って来ないんだぞ!」
人形の御者は融通が利かないので、青年が降りても気にせずそのまま進んで行ってしまいました。
自分はあの最後の言葉を言いに来た。
それを伝えきれなくては、悔やんでも悔やみきれない。
「いい! 大体分かるから言わなくていいよ! 僕はきのう言ったよね! 男の君に興味は無いって!」
言葉をまくし立てるお姫さまに、青年は落ち着いて言おうとします。
(ダメ! 言わないで! 君に言われたら僕はもう……!)
また殴って黙らせようにも今の青年には止められてしまうでしょう。
もう魔法が解けるのは避けられないと悟ったお姫さまはなにをトチ狂ったのか。
(――――だから、言うなっていってるだろこのバカ!)
自分の唇で青年の口をふさぐという暴挙にでました。
告白をしようとしていた青年は、いきなりキスをされて目を丸くします。
その頭をガシッとつかみ離そうとしないお姫さま。
(ああもう、お前のせいで全部終わりだ! 最低限の責任だけでも取ってもらうからな!)
もうすぐ魔法が解けるのか体が熱くなるお姫さま。
その熱が消えて男に戻るまでと、青年の唇をむさぼりました。
「はぁ……っ」
口を離したとき。
もう体の異常な熱さはなくなり、お姫さまを見る青年は固まっています。
「……なにいまさら固まってるんだよ。これが僕の本当の姿だって知ってるだろ」
固まっていた青年はその言葉に我を取り戻し、言いました。
おまえ、魔物だったのか、と。
「は? なに言って……る、の?」
お姫さまが自分の体を見てみると、胸のふくらみはそのまま。
背中を見ると、尻にはしっぽ、そのちょっと上からは翼が生えていました。
頭にも重さを感じるのできっと角も生えているのでしょう。
「え? な、なんだこれっ!?」
お姫さまはパニックになりましたが、やがてあの時の言葉を思い出しました。
(あなたが男性を愛し、愛されるようになれば、魔法は解けてあなたは“女ではなくなってしまう”……。まさかあの意味って!)
そう、あの言葉の意味は魔法が解けると人間の男に戻るのではなく、魔物のメスになってしまうという意味だったのです。
(※魔法が解けるといいますが、実は止まっていたサキュバス化が進行しただけなのです)
なんで勘違いするような言い回しをしたのかと思う方かもいるしれませんが、
サキュバスは悪魔なので、人をからかって楽しむ性悪なものもいるのです。注意しましょう。
「え、えーと、これは……」
お姫さまはどう説明しようかと頭を巡らせるのでした。
とりあえず紅茶を入れて一息ついて。
「ま、これで結婚はまず無くなったから一安心だよ。あとは父上がどうするか……」
冷血な父親が魔物になった自分をどうするか、お姫さまにも想像がつきません。
下手をすれば謝罪のためにガマ王の国へ送られ処刑されてしまうかも。
「君が結界の杭を抜いてくれるなら僕はここを出ていこうと思う。
金目の物はそれなりにあるから、しばらく路銀に困ることは無いと思うしね」
君はどうする? とお姫さまは目で訊いてきますが、青年の答えは決まり切ったこと。
「うん、じゃあ一緒に旅に出ようか。馬車は明日の夕方帰ってくるから…旅立ちは明後日だね。
荷物を整理しても時間は余るし……なにして時間を潰そっか?」
意味深に笑うお姫さまの手を取って、青年は自分の部屋へ向かいます。
並んでベッドに腰掛ける二人。
「いまさら言うのもなんだけど、ちょっと前まで男だった僕にキスするなんて変態だと思わない?」
そっちだってキスしただろうという青年にお姫さまは笑って言います。
「いいんだよ、僕は男を好きになった変態なんだから。それで君はどうなのかな?
女の姿をしていれば元が男でもいいのかな〜?」
お姫さまがニヤニヤしてしょうがないので、青年はとっとと口を塞いで黙らせました。
「んっ………ぷは…。この、変態……」
実に嬉しそうにお姫さまは青年をいじめます。
「キスもいいけど、そろそろ……ね」
イチャイチャしていた二人ですが、先へ進もうと服を脱ぎます。
ベッドに仰向けで寝るお姫さま。
「え? 男のちんぽってそんなに大きかったっけ? ちゃんと入るのかな…」
青年のモノは男だったころのお姫さまと比べれば、つまようじとたけぐしのようなもの。
「いや、遠慮しなくていいよ。女の体はちゃんと入るようになっているだろうし…。
うん、じゃあ入れて。僕を女にして……」
青年はお姫さまに促されて中へと入ります。
「っ……! あ、あ、これが男のちんぽ……。指なんかよりずっと熱くて太い……っ!」
オナニーの感覚とはまったく違うセックスにお姫さまは戸惑いの声をあげます。
「くうっ、広げながら入ってくる……。す、すごい、女の体ってここまで入るんだ……!」
お姫さまに根本まで入れたところで青年は息をつきました。
「…ちょっと、止まらないでよ。動かした方がもっと気持ちいんだから。ほら、今度は抜いて」
青年の尻をぺチンと叩き、お姫さまは動くように促します。
そんなこんなのうちに二人のテンションは上がっていきます。
「もっと、もっと動いて! お腹の中かき回されるのがすごい気持ち良いんだっ!
ね、君も気持ちいい!? え、もう出そうなぐらい良いの? 言っとくけど外に出しちゃダメだよ!」
これから旅に出るというのに、もし妊娠したら大変じゃないかと青年は言いますが。
「いいじゃないか! 赤ちゃん欲しいんだよ! 頼むよ、僕に君の赤ちゃん産ませてよ!」
理性と快楽の間で悩む青年にお姫さまはだいしゅきホールドを発動。
「君だって中に出したいんだろ! ほら、出せ! 僕を孕ませろっ!」
青年はホールドを解いて抜こうとしましたが時既に時間切れ。
「あ……っ! 出てるっ…! 君に種付けされてるっ……!」
お姫さまはビクンビクンと痙攣しながら女として最高の快楽を味わうのでした。
明後日。
良く晴れた、旅立ちには絶好の日。
戻ってきた馬車に荷物を積み込んで青年は御者台に座ります。
風が冷たいので中に入っていたらどうかと言いますが、お姫さまは青年のすぐ横に。
「真冬でもないんだし、大丈夫だよ。それに寒くなっても」
お姫さまは青年に抱きつきます。
「こうすれば君がカイロ代わりになってくれるしね」
青年は真っ赤になって馬車を出しました。
「―――こうしてお姫さまは、愛する青年と駆け落ちしたのでしたとさ。はい、おしまい」
ここは親魔物国家の学校兼堕落神の教会。ダークプリーストがまだ小さい魔物娘たちに本を読んで聞かせています。
「この話だと駆け落ちしたところで終わってるけど、先生が小さい頃聞いた話は、
このすぐあとお姫さまの国は魔界になって、二人は国に戻り盛大な結婚式を上げましたって終わりだったわね。
他にも青年が戻って来ない悲恋物や、逆に屋敷に閉じ込めてしまった落園物など、
色々なバリエーションがあるので、そういうのを探して読んでみるのも面白いかもしれませんね」
昔話に異説はつきもの。どれが正しいということもありません。
「はい、今日はここまで。みんな道草食わずにすぐ家に帰りなさいね」
学校が終わって。
その日の本屋さんは、子供の魔物娘たちで少しにぎやかでしたとさ。
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