バーナーであぶられる氷のごとく
親が子に夢を継がせるというのはときおりある。
頑張って、頑張って、頑張って、それでも届かなかった。
息子よその無念を晴らしてくれ……といった具合に。
自分の母もそんな夢破れた人間だ。
なんでも若い頃の母は町一番の魔法使いだったらしい。
まあ、町一番といっても田舎町だったようだから、たがが知れてるけど。
要は典型的な井の中の蛙だったわけだ。
その蛙は自分を過信し、魔法学院へ入学して本格的な魔法使いになろうと無謀な夢を持った。
学院へトップ合格し、首席で卒業。やがては国に仕える魔法使いへ―――といった感じに。
現実を知っていた両親(自分の祖父と祖母だ)は反対したが、
天狗になっていた母は喧嘩別れのように家を出て学院のある首都へと旅立ち……一次試験で見事に落ちた。
母はこの愚痴を零すときは決まって、もっと魔力があったら…と口にする。
筋力や知力と違い、魔力は鍛えようとして鍛えられるものではない。
生まれつきの才能が全てなのだ。
凡人の両親から生まれた自分が、名家の子弟に魔力で勝てるわけがない。
魔力さえあったら魔力さえあったら……。
自分としては魔力以外にも問題があったんじゃないかと思うが、それは決して口には出さない。
幼い頃にそれを言って厳しい折檻を受けたから。
とにかく、魔法使いは魔力が第一と身に染みて理解したのだ母は。
自分の子供に夢を継がせるとしても、魔力がないのでは話にならない。
そのため母は少なくない金額を払い、とある優秀な魔法使いに種をつけてもらったのだ。
立派な魔法使いになるんだぞと、膨らんだ腹を撫でながら語りかける母。
この時期が自分と母にとって一番幸福な時だったんじゃないかと思う。
母は我が子が学院の首席になる妄想をして悦に浸り、自分は何も知らずに腹の中で安らかに眠る。
どちらも現実を見ず、独りよがりの幸せの真っ只中だ。
そして十月十日が経ち、自分が産まれ―――母の精神が破綻した。
大金を払い、多大な苦痛に耐え、やっと産まれた希望の子供。
その子供は一般人よりはマシという程度の魔力しかもっていなかったのだ。
名家に負けないどころか、自分自身と比較しても劣る息子。
それを知った母はついにおかしくなった。おかしくなったのだ。
なにしろ一般人に毛が生えただけの自分を魔法学院に入学させようと教育したのだから。
それでも最初の頃はまだマシだった。
魔法がうまく使えなくても、まだまだ子供だから…と母が自分自身を押さえていたから。
しかし一年二年と経つにつれ、そんな誤魔化しも通用しなくなっていった。
“なんでこんな簡単な魔法も使えないんだ。わたしがお前ぐらいのときには――”
母はヒステリックになり、自分がミスをするたびに“お仕置き”をするようになった。
お仕置きの中で一番多いのは物理的暴力だったが、何よりも効いたのは食事抜きだった。
健康な大人ならともかく、成長期の子供が食事を取れないというのは相当な苦しみだ。
そして物覚えが悪かった自分はしょっちゅう食事抜きの罰を受けていた。
そのままの生活を続けていたら、自分は栄養失調で死んでいたかもしれない。
そうならなかったのは、近所に住んでいた優しいパン屋のおじさんが売れ残ったパンをこっそり分けてくれたからだ。
そうして何とか生き延びていた自分だったが……あるときそれが母にばれた。
その時の母の姿といったら、世の中にこれ以上に醜いものは存在しないんじゃないかと思うぐらい。
“余計な事をするな!”“ウチの子に嫉妬してダメにしようっていうんだろう!?”
全て聞いていたわけではないが、パン屋へ乗りこんでそんな感じのことを散々喚き散らしていたのを覚えている。
そしてこの騒ぎで母は危険人物と見なされ、町には居られなくなったのだ。
町を追い出された母と自分はしばらく旅をし、一年中雪が降る小さな村へと辿りついた。
そして村の中でも一番外れにある小さな家を譲り受け、そこを新しい住居とした。
当然ながら自分は疑問に思った。
なんでこんな辺鄙で不便な場所へ? 勉強するならもっと大きな町でもいいじゃないか。
母の機嫌を損ねないよう、柔らかい言い方で疑問をぶつける自分。
その問いに対し、母は以前よりも濁った眼で自分を見て答えた。
“ここなら誰も邪魔しないだろう?”と。
それからの生活は前よりもひどかった。
今まではミスした時のみ、お仕置きをされていた。
ところがこの村では、暖房の無い部屋に薄着で置いておくだけで常時お仕置きができるのだ。
母は暗く寒い部屋に自分を閉じ込め、課題が終わるまでは出さないと言うようになった。
そして必死に課題を完了させて部屋から解放されても、ミスによる罰はまた別に与えられる。
劣悪な住環境に、精神的・肉体的な苦痛、さらに断続的な絶食の三重苦。
そのおかげで自分はもう10代中盤に差しかかるというのに、
あまり背が伸びず、貧弱な体力しかもっていない。
重篤な病気にかかっていないのが不思議なくらいだ。
小さな村へ来てだいたい二年ほど経ったある日。
母が不慣れな手つきで金づちを振り、ノコギリを引く姿を自分は目にした。
……一体何してるんだい母さん。
「勉強道具を作っているのさ。お前ったら物覚えが悪くてしょうがないからねぇ」
自分には母が行っている工作と勉強とどう関係があるのか分からなかったが、
このまま放置しておくと恐ろしい事になりそうなので訊いてみた。
そ、そうかい母さん。頭の悪い自分のためにありがとう。
でもさ、針山みたいな釘とか、整列してる刃物とか勉強とどう関係があるの?
そう訊ねると母はそんなのも分からないのかと言いたげに、フンッと鼻を鳴らす。
「あたしはね、獣も人間も同じだと思うんだ。痛い目を見たから学習する。
優しく教えてたんじゃ、いつまでたっても身につかない。
だからお前がより学習するような椅子を作っているんだよ」
そう言ってまた一本釘を打ちつける母の目は完全に正気を失っていた。
……分かったよ母さん。自分はもう寝るけど、母さんもあまり根を詰めないでね。
じゃあ、おやすみなさい。
母に就寝の挨拶を告げ、自分は自室へと戻る。
そして寝間着に着換え、ベッドへ潜り込む――――わけがない。
以前から母はおかしかったが、今のはもう限度を超えている。
さっき作っていたのはどう見ても拷問椅子だ。
このまま母と暮らしていたら、近いうちにあの椅子に座らされ、“効率的な学習”をさせられることになるだろう。
その未来から逃れる方法はただ一つ。
家を出るしかない。
いや、もちろん今までも家を出ようと考えたことはあった。
だがそのたびに、旅の途中で何度か見た浮浪者の死体がチラついて踏み切ることができなかったのだ。
“よく見ておきなよ。あれが負け犬の姿だ。ああなりたくなかったら必死に勉強するんだよ”
顔を背けようとした自分の頭を押さえて、しっかり目に刻ませた母。
アレは“一人で逃げても野垂れ死ぬぞ”という言外の脅しでもあった。
それは強い効力を発揮し、今に至るまで自分の逃亡を防いできた。
だが、もうそれももう限界だ。
“死ぬよりはマシ”と思って母についてきたが、この先は“死んだ方がマシ”にもなりかねない。
旅に使ってきた小さな背負い袋。
その中に少しでも金になりそうな物を詰め込み口を閉じる。
外出用の厚い服に着替え、さらにその上からコートを纏う。
……よし、準備は完了だ。
あとは窓を開いて、そこから出「なにしてるんだぁぃ……?」
自分の背後。
ちょうど出入口の扉があるところから、声が聞こえた。
ギギギ……と油の切れた蝶つがいのように後ろを振り向く自分。
そこにいたのは血走った眼をした母。
作業中に様子を見に来たのか、その手にはノコギリが握られていた。
「おまえは寝るって言ってたよねぇ……。お休みなさいっていったのをちゃんと覚えているよ。
なのに…なんでそんな余所行きの服を着てるんだい……?」
え…えと、その……。
「ちゃんと喋りなさいよ…。返事もできない子に育てた憶えは無いんだけどねぇ……」
この状況で母が納得できるような説明なんて思い浮かばない。
なので説明も言い訳も諦め、ただ一言だけを口にした。
…………さよなら、母さん!
自分はそう言い放つと素早く窓を開け、外へと飛び出した。
辺りは真っ暗でロクに見えないが、とにかく家から離れようと自分は走る。
後ろからはドサッという雪の上に重い物が落ちる音と「逃げるなぁぁぁ!!!!」という金切声。
……追ってきているのだ、母は。
今の母に捕まったらどんなことになるのかなんて考えたくもない。
発育不良の上に軟禁生活で貧弱な体力を振り絞って自分は走り続けた。
走って走って走って走って、どれだけの時間と距離を駆け続けたのか。
自分はいつの間にか母を振り切り―――遭難していた。
考えてみれば当たり前だ。
夜中に、何の道具も持たず、土地勘のない場所を、適当に走っていた、のだから。
母の魔の手から逃れられた喜びなんてほんの一瞬。
今度は自然と戦わなければいけないのだ。
とりあえず今の状況を整理してみる。
今の自分は防寒装備をキッチリしている。
しかし今現在も雪は降り続いていて、風も出始めているようだ。
静かなままならともかく、吹雪にでもなってしまえば凍死の可能性は高い。
となると風を凌げる場所を見つけないといけないのだが、ランプが無いおかげで少し離れた場所も見えない。
………本当にどうしよう。
しばし途方に暮れていた自分だが、やがて適当な方向へ歩き始めた。
このまま立っていても状況は好転しないから。
サク、サク、サク…と積もり続ける雪に足跡をつけながら自分は進む。
真っ暗な中を当てもなく彷徨う今の状況は、これからの未来を暗示しているようにも思えた。
母親からは逃れたが自分は行くあてなんてない。
僅かでも金になりそうな物を詰めた袋は、逃げている間にどこかへ落してしまった。
今の自分は完全な無一文。そして身の助けになるような技術は何もない。
(魔法の勉強はさせられていたが、実生活で役立つ類のものではなかった)
健康な男であれば誰でもできる肉体労働も、貧弱な自分の体では務まらないだろう。
考えれば考えるほど、自分の未来は暗い。
半ば腐りかけた浮浪者の死体が脳裏に浮かび、自分もああなるのかと恐怖感がこみ上げる。
自分はどこで間違えたんだろう?
家を逃げ出したことが間違いだったのか?
だが、そうしなければ自分は狂った母に拷問にかけられていただろう。
ではその前はどうだったか? どの選択を誤ったのか?
そう思い、自分の短い人生を思い返して気付いた。選択肢自体が無かったことに。
いつだって母に命令され、反抗すればお仕置き。
一方的に押し付けられるだけで、自分で選んだことなんて一度もない。
引きつるように口が笑みの形になる。涙が滲み、視界がぼんやりと歪む。
母から逃げ出すか、逃げ出さないか。
それが自分の人生で初めての選択だったのだ。
そして“逃げ出す”を選んだ結果がコレ。
自分の人生には最初から行き止まりしか用意されていなかった。
何が間違いかといえば、生まれてきたこと自体が間違いだったんだろう。
そう考えたところで、自分の足につまずいて転んだ。
下は厚い雪だから怪我なんてしなかった。
でも、立ち上がるだけの気力が湧いてこない。
自分はダンゴムシのように丸くなり、顔を覆ってグスグスと子供のように涙と鼻水を流した。
泣いて泣いてどれくらい経ったころか。
自分は突然声をかけられた。
「おい、生きているか人間」
美しいけど冷たい女性の声。その声に自分は顔をあげ―――凍りついた。
剣のように鋭くとがった足先。雪中なのに異様に露出の高い服装。
人間にはあり得ない青白い肌。青と紫のグラデーションに彩られた長い髪。
どこからどう見てもその姿は人間には見えない。
これでおしまいか……。
自分は魔物のことはよく知らないが、誰も彼も凶暴で、好んで人間を食らうと聞いた。
武器も持っておらず、たった一人でいる自分。
こんなの魔物にしてみれば“ご自由にお食べ下さい”の看板を首からぶら下げているようなものだろう。
もう全て諦めかけているせいか、自分は逃げ出す気も起きず目の前の捕食者をただ見上げた。
ランプの弱い光に照らされた魔物の姿。それは異様な肌の分を差し引いても美しい。
「ここは氷の女王の領地だ。許可の無い者は速やかに立ち去れ」
驚き。この魔物はどうやら自分を見逃してくれるらしい。
普通の人間なら、幸運に感謝していそいそと逃げ出すことだろう。
だが自分は首を横に振った。
……どこへ行ったらいいのか分からないんです。
そう言うと魔物は「遭難者か……」と呟いた。
「そう遠くない場所に村があったはずだ。そこまで案内してやる。立て。ついてこい」
なんて親切な魔物なんだろう。道案内までしてくれるとは。
きっと一般人なら機嫌を損ねないようにすぐさま立ち上り、大人しく追従するんだろう。
でも自分は立ち上がれなかった。
村まで送ってもらって、その後どうする?
もう家には帰れない。母が次に自分の姿を見たらどうなることか。
助けを求めようにも、ほとんど家から出させてもらえなかった自分には顔見知りの村人なんていない。
いや、たとえ顔見知りでも危険人物が押し掛けてくるとなれば助けたくはないだろう。
本当に、どうしようもない。
「……? どうした、怪我でもしているのか?」
魔物は雪の上に伏せたままの自分を訝しげに見る。
怪我はありません。ただ、帰れないんです。
「だから私が案内してやると言っただろう。話を聞いていなかったのか?」
そうじゃないです。帰ったら殺されるんです。
殺される、と聞いて魔物の目が細められた。
「お前はなにか重罪を犯したのか?」
いいえ、法を犯したことはありません。
「では、根深い恨みをかったことがあるのか?」
いいえ、誰かを陥れたことなんて一度もありません。
「なら何故殺されるんだ?」
それは―――。
自分は今日あったことを端折りつつ話した。
異常だった母が完全におかしくなり、命からがら逃げてきたということを。
「面倒だな。ただ送るわけにはいかないのか……」
愚痴を零しながらも、まだ魔物は自分を助けるつもりらしい。
ここまで人間に好意的だなんて、どういうことなんだろう?
「村へ送るのはやめる。とりあえず立て。そしてついてこい」
魔物はそう言い、自分の腕をつかんで引っ張り上げる。
……細い腕なのにたいした力だ。
「ほら、しっかりしろ。歩けるな? では行くぞ」
魔物は自分がちゃんと立ち上がったのを確認すると、背を向けて先導し始めた。
夜明けはまだ遠く、分厚い雪雲に覆われた空は暗いまま。
そんな中、サク……サク……と足音を鳴らしながら自分は魔物の後を追う。
剣先のような足を持った魔物は、足音を全く立てずに歩いている。
それも当然で、魔物の足は雪面から僅かに浮いているのだ。
これなら雪に足をとられるどころか、足跡一つ残さないだろう。
歩き始めて以降、魔物は何一つ言葉を発さない。
周囲に響くのは自分が新雪を踏みしめる音だけ。
あまりの静けさに耐えられなくなり、自分は魔物の背に話しかける。
あの……なんで助けてくれるんですか?
「女王の命令だ。人間を死なせるような事はするなと」
なるほど。魔物個人ではなく支配者の意向なのか。
でもそうすると、何故支配者がそんな命令を出したのかが疑問だ。
じゃあ、なんで女王はそんな命令を? 人間と何かがあったんですか?
「女王と人間の関係など私は知らん。だが理由の一つに他の魔物との兼ね合いがあるのは確かだ」
他の魔物との兼ね合いですか……。でも、人間を保護する命令じゃ逆効果なのでは?
少なくとも自分が魔物だったら、人肉反対! なんて言う相手に好感は持たないと思う。
そう話すと魔物はちらりと振り向き、バカにした目で自分を見た。
「おまえは何も知らないんだな。今の魔物は人間を殺さないんだ」
え……? そうなんですか?
魔物自身から衝撃の発言。
自分は小さい頃から魔物は不倶戴天の敵だと教えられてきたのに……。
「今の魔物は基本的に人間の命を尊重する。もし人間を見殺しにしたと知れれば強い非難を受ける。
だから女王はこんな命令を出して、人間を救うようにしたんだ」
そうなのか。今の魔物は人間を……アレ?
待ってください。今の魔物が人間の命を大事にするなら何故わざわざ命令を?
人間を尊重するのが常識なら、そんなことをする必要はないはずだ。
「私は“基本的に”と言った。例外の魔物も存在する」
そうなんですか。じゃああなたも……。
「ああ、私個人としてはおまえが生きようが死のうがどうでもいい。命令だから助けているだけだ」
そうして話は終わりと口をつぐむ魔物。
“どうでもいい”と言われた自分は何を言うこともできず、再び無言の行進に戻った。
自分だけが気まずい雰囲気の中歩き続けていると、やがて複数の建物が見えてきた。
おそらくどこかの村の中に入ったのだろう。
もう日が替わるぐらいの深夜だから、明かりの付いている窓はほとんど無い。
そして魔物は見る限り唯一明かりの灯っている建物へ向かい、扉をトントンと叩く。
するとカチャリ、ギィ…と扉が開き、中から魔物(同族なのか青い肌だ)が現れた。
「お帰り、グラ。見周りはどうだっ…………何それ」
中から出てきた魔物は、自分を見るなり“それ”と言った。
「見たところ元気そうだけど……なぜここまで連れてきたの?」
ジィッ…と冷たい目で自分を睨む魔物。
それに対して自分を助けた魔物(グラと言う名前らしい)が説明をする。
「見周りの途中で発見したのだが、この人間は村へ帰ると殺されるらしい。
なので長の判断を仰ごうと連れてきた」
「殺される? ずいぶん穏やかじゃないわね。でもそいつが何かしたのなら自業自得よ?」
「自業自得でも帰して死なれたら命令に反する。そうだろう?」
グラが命令という単語を口にすると、魔物はハァ…と息を吐いた。
「そうよね…仕方ないわよね。なら朝までここに置いておきましょう。
それで長が起きたら一番にこの問題を訊きに行く。それでいいかしら」
魔物が話をまとめると、グラも異存はないと肯いた。
そしてグラと共に自分も建物の中へ入り―――あれ、暖かくないや。
建物の中は光こそあるものの、熱が全くなかった。
風と雪を凌げること以外はほとんど外と同じ。
これではコートを脱ぐことなんてできないだろう。
……あの、暖炉とかないんですか?
「私が暖をとると思うのか?」
グラはそう言い、こちらの頬にペタッと手のひらを押し付けた。
……冷たい。
体温が低いなんてレベルじゃない。
彼女の手は氷の冷たさだった。
「隙間風は入らないが暖房具も無い。凍死はしないと思うがあまり気を抜くな」
熱を出されても困るからな、と結んで手を離すグラ。
自分は力なくはい…と答えるしかなかった。
うつらうつらとして、眠りかけるたびに起こされる……という時間を過ごしついに朝。
自分はグラに連れられ長の家へと向かった。
他の建物と比べて一回り大きい家。
そこが長の住居らしい。
トントンとグラがノックすると、はーい! と中から男性の声。
え、人間が住んでるの?
扉を開けて顔を出したのは20代半ばと思われる男性。
メガネをかけていて優しそうな風貌だ。
「おはよう、グラちゃん。こんな朝早くにどうしたんだい?」
「おはようございます、モゲテルさん。少々長の判断を仰ぎたい件が起きまして。
長はもう起きておいでですか?」
「ああ、もう起きてるけど、判断を仰ぐって……あ、もしかして後ろの彼の事かい?」
モゲテルと呼ばれた男性は、一瞬だけ視線をこちらへ向けた。
「ええ、この人間は村へ返せない事情があるのです。なので長に話をしようと……」
「んー、そうかい。じゃあ上がって」
朝っぱらから押し掛けたのに、嫌な顔一つせず自分たちを招くモゲテルさん。
外見に違わず、よくできた人なんだなと自分は思った。
自分とグラは客間へ通され、しばらく待たされた。
そして10分ほど経ったころだろうか。モゲテルさんは一人の魔物を連れてやってきた。
グラと同じ特徴を備えているから、おそらく彼女の同族なのだろう。
「待たせたね。僕の妻でこの村の長をしているキエだ」
キエと名を呼ばれた魔物は柔らかい声で「初めまして」と挨拶をした。
……なんだろう、グラと同じく氷を連想する声なのに温度が全然違う気がする。
「それで、こんな朝から来るなんて、何が起きたというの? グラ」
モゲテルさんと違い、長は少しばかりの不快感を込めてグラに訊ねた。
「はい、この人間の処遇について長に判断してもらおうと思いました。
説明……は本人がした方がいいでしょう」
ほら話せとせっつくグラ。それに促され自分は昨晩の事、そしてそれまでの事を語り出した。
そしてだいたいの説明を終えたとき。
「うぅっ…、グスッ……君も、大変だったんだねぇ……」
モゲテルさんは自分に同情してダバダバ涙を流していた。
「あなたが逃げ出したのは間違いじゃないわ。全く、母親の風上にも置けない人間ね……」
長は母に対して憤っていた。
「……………………」
グラは別段思うところは無いのか、特に反応は見せない。
ただ長に向かってこれからのことを訊くだけだ。
「それで長、この人間……いえ、モゲロはどうしましょう。
村には帰せませんが、他の魔物に預けることもできません」
この近くに独身の魔物はいなかったと思いますし……と続けるグラ。
「そうね…ツテを辿って遠くにいる魔物を紹介してもらってもいいのだけど――」
だけど?
「モゲロくん、あなたこの村で働く気はない?」
は?
「実はね、ずいぶん前からこの村に休憩所を作りたいと思っていたのよ。
でも相応しい管理人が見つからなくて計画が全然進まなかったの。
けど、あなたなら「待ってください長」
いきなり話に割り込んでくるグラ。彼女が長を見る目は鋭い。
「許しの無い人間を女王の領内に住まわせることはできないはずです。
そして長にはそれを許す権限はなかったはずですが」
「許可が無いなら取ればいいじゃない。彼の事情と村での役割を書けば十中八九通るわよ?」
何でもないことのように言う長。その発言にグラは不満げな顔をする。
「それでも許可を得るまでは不法逗留になります。長たる者が自ら掟を破るなど――」
「あら、掟破りというなら人間をこの村に連れてきたあなたもそうじゃない」
「……あれは人間の命が係る事態だったから例外です」
「ならこれも例外よ。このままモゲロくんを放り出したら野垂れ死ぬのは確実だもの」
「……………………」
長に言いくるめられて沈黙するグラ。流石は長をやるだけのことはある。
彼女自身の掟破りを利用して反論を封じるとは。
その後もグラは少しゴネたりしたが、口が巧みな長には勝てず最終的には折れた。
長は女王宛てに手紙を送り、許可が下りるまでの間この家で暮らしなさいと言った。
休憩所の管理人としての仕事を教えるから、と。
正直、口に出すのは恥ずかしいのだが、自分は家事なんて全くできない。
なぜならその一切を母がしていたから。
しかしこれから一人暮らしをする自分は掃除・洗濯ができなくてはやっていけない。
なにより休憩所…という名の喫茶店を任される自分はおやつ程度の料理は完璧にマスターする必要がある。
許可が下りるまでの一週間の間、自分はみっちりと教え込まれた。
おやつの作り方ともう一つを。
「はい、モゲテル先生の魔物講座一時限目です」
あの、何してるんですかモゲテルさん。
朝から夕まで続いた長の料理教室が終わり一息ついた頃。
モゲテルさんが小さい黒板を持って客間へとやってきたのだ。
「うん、どうも君は魔物の知識をあまり持ってないみたいだからね。
僕が少し教えてあげようと思ってさ」
あ、そうですか……じゃあ、よろしくお願いします。
教えを受ける立場なので自分はペコリと頭を下げる。
「はい、よろしくお願いします。ではまず基本事項。
魔物は人を傷つけたりしない、その命を尊重する。これはいいかな?」
自分は素直に肯く。
そのおかげで命が救われたんだから、それは理解している。
「では次。魔物は食事を摂らなくても生きていけます」
え? そりゃないでしょう。長は毎食摂ってるじゃないですか。
「うん、食べてるね。でもそれは代用であり、娯楽なんだ。
魔物が本当に必要とするのは精と呼ばれる魔力でね。
彼女たちは精さえあれば何も食べなくても生きていける」
へー、そうなんですか。じゃあその“精”ってのはどこから得ているんですか?
「精は男から得られるよ」
ふむ、精は男から…………男?
「そうだよ。魔物は男と交わって精を得るんだ。
魔物が美しい女性の姿をしているのはそのためなんだよ」
そ、そうなんですか……。じゃあモゲテルさんは村中の魔物と……?
この村は彼のハーレムで、自分はそこにやってきたお邪魔虫。
そんな考えが頭に浮かんだ。しかしモゲテルさんは首を振ってきっぱりと否定する。
「はっはっは、そんなことあるわけないじゃないか。僕はキエ一筋だよ。
だいたいグラキエスは男に色目を使ったりしないからね」
モゲテルさんの口から出たグラキエスという聞き慣れない言葉。
それが何なのかと自分は訊ねる。
「ああ、ごめん。グラキエスの事を先に話した方が良かったかな。
グラキエスっていうのはキエやグラちゃんの種族名。
魔力から生まれた亜精霊っていう存在で、普通の生物とはかけ離れた魔物だね」
彼女たちは精霊だったのか。言われてみると氷の精霊に相応しい姿だ。
「グラキエスは魔物の中でもかなり特殊で、男性を求めようとしない。
交わらなくても、男性の近くにいるだけで精を得ることができるんだ」
グラキエスってずいぶん便利な能力を持っているんですね。
傍にいるだけで精を得られるだなんて―――ん?
そのとき自分の頭の中にピンと閃くものがあった。
モゲテルさんは表情の変化からそれを読み取ったのか苦笑いを浮かべる。
あのー、休憩所の管理人ってまさか……。
「うん、働いて疲れた子のために精を分ける役目だね。
精とおやつで村人たちを癒すのが君の仕事だ」
自分は生きたパワーストーンですか。
「それは酷い言い方だよ。村の子たちは冷淡かもしれないけど、決して君を物扱いはしない。
ちゃんと付き合っていけばそれが分かる」
回復道具扱いか…と気が沈んだ自分と村人の両方にフォローを入れるモゲテルさん。
本当に気配りのできる人だ。
こういう大人になれたなら良いなと思いながら、自分は彼の講義を聞き続けた。
女王の許可も無事下り、長からおやつ作りの技を認められた次の日。
村にちょうど一軒だけある空家を少し改装し、自分は自宅を兼ねた休憩所を開いた。
内容は喫茶店のまね事とはいえ、あくまでも休憩所なので人でごった返すことは無い。
ちょっと一休み、と思った村人がやってくるだけだ。
内容としてはこんな感じ。
カランカランとベルを鳴らして村人(確かスーという名だったか)が入室し、適当なイスに腰かける。
自分はいらっしゃい、と声をかけ注文を取りに行く。
テーブルの上にあるメニューを見て、スーがおやつを決定。
「陶酔の果実のシャーベットもらえる?」
はい、わかりました。ちょっと待っててください。
注文を受けて自分は調理場へ向かう。
冷凍庫(雪を詰め込んだ箱だ)から凍りついた陶酔の果実を取り出し、シャリシャリになるまで砕く。
よく砕けたらそれを器に盛り、スプーンを添えてテーブルへ。
はい、お待ちどうさま。
「ん、ありがと」
モゲテルさんの言っていた通り彼女たちは自分を物扱いはしていない。
おやつを出されればちゃんと礼を言う。
「じゃあ、そっちに座って」
狭い部屋にある二人がけの小さなテーブル。
その対面に腰をかけると空気の冷たさとは違う寒気がゾワッと走る。
スーが自分から精を吸い取っているのだ。
この寒気がずっと続くわけではないが、この感覚にはなかなか慣れない。
自分は無言のまま紫のシャーベットを口に運ぶスーを見守る。
話す話題が無いのでこれは仕方ない。
そうしてただ座っていると、不意に寒気が消えた。
向かいのスーは空になった器にスプーンを放り、目を閉じてふぅ……と息を吐く。
精を吸い終えて少しは疲れが取れたのか、リラックスしているようだ。
そして十分ほど経つと、彼女は目を開けて椅子から立ち上がった。
「ご馳走さまね、モゲロ。また来るから」
スーはそう言い、扉を開いて外へと出ていった。
面倒な勘定などせず、すぐ出ていけるのが休憩所の良い所。
おやつ費用は全て村から出ているから、利益を気にしなくていい辺り自分にも良い。
さて、次の休憩者に備えて後片付けをしておかないと……。
自分は器を調理場に戻し、布巾でテーブルを拭う。
汚れてなんかいないけど、こういうことはキッチリしないとね。
テーブルを拭き拭き。イスをちゃんと並べて……こんなものかな。
スーが来る前と全く同じ姿に戻った休憩所を眺めてうなずく自分。
なんか自分も小腹が空いたし、何か作って―――あ、いらっしゃい。
こんな風に日々を過ごしていたある日、モゲテルさんがお客にやってきた。
「やあ、モゲロくんどうだい? 様子を見に来たよ」
そう言って笑顔を浮かべるモゲテルさん。
様子を見に来たと言うけど、心配なんてしていないのは一目で分かる。
おかげさまで大きな問題もなく回っていますよ。
特にラキとエスはよく利用してくれます。
「あの二人はちょっとサボリ気味な気もするけどなあ……。
悪いけど利用回数をメモしておいてくれないかい。
場合によってキエから注意してもらうから」
優しいけどそういう所はちゃんと締めるモゲテルさん。
ますます尊敬してしまう。
「それと……グラちゃんはどう? ちゃんと使ってる?」
久しぶりに聞いたグラの名。それでようやく自分は気がついた。
彼女が休憩所に来たことは一度もない、と。
「ああ…やっぱりか」
グラが利用していないと知り、モゲテルさんの顔に影が落ちる。
彼女が使わないと何かまずいのだろうか?
グラがどうかしたんですか?
「いや、どうかしたわけじゃないんだけどね……」
何ですか、気になりますよ。
「んー……そうだなあ。たいして隠すことでもないし…話しちゃってもいいかな」
モゲテルさんは何か一人で納得すると姿勢を正した。
「モゲロくん、君はもう村人たちとはそれなりに交流しているよね」
え? ええそりゃもう。
「それでさ、最初に氷の精霊と言われて想像したほどに彼女たちが冷たいと思うかい?」
いいえ、そうは思いません。
ドライかなと思いますけど、特に親密でないなら普通だと思います。
「そうだね。グラキエスは無知な人の偏見ほど冷たい存在ではない。
でも、グラちゃんは偏見通りの“氷の精霊”になろうとしているんだ」
偏見通りの精霊にって……何故です?
「うん、彼女はどうもコンプレックスを持っているみたいなんだ」
モゲテルさんはそう言って天井を見上げる。
「休憩所になってるこの建物はさ、元々は彼女の母親が住んでいたものなんだ。
だけど母親は男と結ばれてこの村から出ていった。
そしてどこか遠い街で彼女が産まれ、一人でこの村へやってきた」
語るモゲテルさんの目は遠い。
遠い過去のことを思い返しているのだろうか。
「彼女と両親に何があったのかは僕も知らない。話してくれなかったからね。
ただ、あの子は自分に人間の血が混ざっていることを忌んでいる。
だから氷の精霊らしくしようと人間を嫌悪し、ひたすら女王に忠実であろうとするんだ。
本当のグラキエスは違うっていうのにね……」
モゲテルさんはそう寂しげに言って顔を戻した。
「――とまあ、そういうわけで人間嫌いのグラちゃんだけど仲良くしてあげてよ。ね?」
調子を取り戻すように唐突に明るい口調で喋り出すモゲテルさん。
自分はその変化についていけず、はい……と濁した返答しかできなかった。
「よし。それじゃあ僕もおやつを頂こうかな。何かオススメのとかあるかい?」
ちゃんと休憩もしていくつもりなのか、モゲテルさんはメニューを広げる。
えーっと、そうですね…堕落の果実を使ったプリンとかどうでしょう?
「プリンか……良いね、それにしよう。一つお願いね」
かしこまりました…と答えたところでカランカランとベルの音。
はい、いらっしゃい―――あ。
休憩所に入って来た人物。
それは今さっき話していたグラ本人だった。
「あ、グラちゃんお疲れさま。君も休憩に来たのかい」
さっきまでの雰囲気を欠片も出さずにモゲテルさんは挨拶をする。
「休憩ではありません。長に頼まれてあなたを探していたんです」
グラはそう言って手にした封筒を差し出す。
「キエが? とすると……」
何か思い当たるフシがあるのか、モゲテルさんは受け取った封筒をビリッと破いて目を通した。
……なんか重要そうな封筒なんだけど、こんな場所で読んでいいの?
自分はそう思ったけど、口には出さないでおいた。
そしてモゲテルさんは中の書類をざっと読むと立ち上がる。
「モゲロくん、悪いけどプリンの注文はキャンセル。ちょっと用事ができたから行くね」
そう言いさっさと出て行くモゲテルさん。
後に残されたのはグラと自分の二人だけ。
えーと……休憩、していく?
「しない。ここへはモゲテルさんを探しに来ただけだ」
あ、そう……。
会話終了。
いや、だって、何を話せって言うのよ。
何か話題は無いのか。えーとえーと。
そういやさ、グラがここへ来たのって今回が初めてだよね。なんで使わないの?
理由はモゲテルさんから聞いたが、知らない振りをして本人に訊ねる。
「私は人間が好きではない。だからだ」
はっきりお前が嫌いだ、と言ってくるグラ。ちょっと心が痛い。
そうなの? でもモゲテルさんにはそんな態度をとってないじゃないか。
そう、これは自分にとっても疑問だ。
彼は長の夫という立ち位置であるが、それだけで彼女が態度を変えるとは思えない。
モゲテルさんには態度を変えるだけの何かがあるはずなのだ。
「そんなの―――お前には関係ないだろう」
そう吐き捨てるとグラは背を向けて出て行ってしまった。
どうも彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
仲良くしようとして逆に関係悪化するとは……。
自分はため息を吐いた。
その日の夜のこと。
自分が休憩所の片付けを終えたとき、モゲテルさんが訪れた。
「こんばんは。ちょっと時間大丈夫かな?」
大丈夫ですけど、自分に何か?
「えーと、落ち着いて聞いてね。君が出てきた村があるよね。
あの周辺を支配している領主が魔物側についたんだ」
魔物側についた。反魔物が親魔物になったということか。
そうですか。良かったですね。
「うん、良かったよ。ただ問題があってね。
上層部はすっかり親魔物なんだけど、村人レベルではそうじゃないんだ。
こういう場合、布告されてもなにかのデマだと思うのが普通でね。
だから村人だった君に直接行ってもらって、話をしてもらいたいんだ」
話ですか? でも自分は演説なんてできませんよ。
「いや、演説する必要はないんだ。魔物は人間を傷付けない。
一緒に仲良く暮らすことができる。村の中を回ってそう宣伝すればいい。ただ――」
ただ?
「君にとって忌まわしい村であるのも知っている。だから無理強いはしない」
どうする? と言うモゲテルさん。
自分は目を閉じる。
命からがら逃げ出し、全てを置いてきた場所。
いままで戻ってみようなどとは、一度も考えはしなかった。
何よりも母が恐ろしかったから。
でも、あれから時間は経った。
母も落ち着いて、ある程度正気を取り戻しているかもしれない。
なにより、今の自分はこの村で一人でちゃんと生活している。
もう、母の言いなりでしか生きられない子供ではないのだ。
………………行きます。
上手くできるか分かりませんけど、いろいろ気になりますから。
「……そうかい、ならお願いするよ。難しいことをするわけじゃないから硬くならずにね。
それと村人も同行するから、万が一の時も安心していいよ」
ポンと肩にかけられたモゲテルさんの手。
それは“よく決断したね”と言っているかのようだった。
珍しく雪が降っていない穏やかな日。
自分は道案内のグラと一緒に村へと向かっていた。
何故彼女かというと、一番外へ出ている村人はグラだから。
グラキエスは女王の命令でよく見周りをする。
侵入者や遭難者がいないかと、領内やその周辺を巡回しているのだ。
しかし、この仕事を進んでやりたがる者はいない。
退屈な事この上ないし、いるかどうか分からない人間を探して回るなんて面倒だからだ。
なのでたいていの場合、ローテーションを組んで順番で見回ることになる。
(ってモゲテルさんが言ってた)
しかしグラは“女王の命令だから”と率先してそれを行っている。
さらには面倒臭がりな村人は“借りにするから”と言って彼女に代ってもらうこともある。
そんなわけで、長など一部を除いて領地の外に一番詳しいのはグラなのだ。
二つの村の位置関係を知らない自分は無言で進むグラの背をただ追う。
何か話すべきかと思うが、機嫌を損ねる可能性を考えると口が開かない。
結局何も話さないまま村へ到着してしまった。
今日は天気が良いからか、村人たちの姿が外に多かった。
しかし自分とグラの姿を見ると、ヒッと息を飲んで家の中へ逃げこんでしまう。
……これは前途多難かな。
でもまあ、言われた通り宣伝はしておかないと。
えー、村のみなさーん!
布告があったと思いますが、この地域は魔物と同盟を結びましたー!
これはデマではありませーん!
声を張り上げながら村の中を行進する自分。
大声を出すことに慣れてないから喉が疲れる。
魔物が人間の敵というのは間違った情報です!
自分の隣にいる魔物は実際に命を救ってくれました!
信じ難いでしょうが「モゲロ!」
宣伝を遮るように響いた女の声。
自分が間違えることなんてない、耳に染み付いたこの音は―――。
声の発生源に顔を向ける。
そこに立っていたのはまぎれもない自分の母親。
元から老け気味だったけど、数ヶ月ぶりに見たその姿は、別れて十年も経ったかのようだった。
母はこちらに向かって駆けようとし……数歩で足を止めた。
そして困ったように視線を右左と動かす。
…ああ、魔物が傍にいるから近寄れないんだな。
ちょっとここにいて、とグラに伝え自分は母に近寄る。
……久しぶり、母さん。
「久しぶりモゲロ。お前……いままでどうしてたんだい?」
しっかりとした声。どうやら今の母は正気のようだ。良かった。
ちょっと魔物の村で世話になってたんだ。
あ、っていっても居候じゃないからね。ちゃんと仕事はしているから。
「魔物の村って……! よくそんなとこにいて無事だったねぇ…。
酷い目にはあわされなかったのかい?」
酷いことなんて何もされてないよ。村の魔物たちは皆良くしてくれたから。
自分は村でどう生活しているか母に語る。
母は興味深そうにフンフンと肯きながら聞いてくれた。
―――って感じかな。自分は今の生活に満足してるよ。
「そうかい、お前は今の生活に満足してるのかい…………」
うん。こんな日々が続いてくれたらいいなって――――――っ!
話している途中、突然体をぶつけてきた母。
予想していなかった自分は仰向けに倒れ込み、雪面に背を打ちつけた。
一体何をするんだ。そう思ったところで母が腕を振り上げるのが目に入る。
母は素手ではなかった。手に何かを持っていた。
細長くて、光っていて、赤い液体で濡れている物。
「モゲロッ!」
グラの声がスローに聞こえる。
いまさらになって腹部から痛みの信号が送られた。
「なに逃げ出しといてのうのうと暮らしてんだゴミ!!
産んでやった恩を忘れやがってこの役立たずが!!」
口角から泡を撒き散らし、刃物を振り下ろす母。
その目を見てようやく自分が失敗したことを理解した。
時間が経ったから…、なんて考えは間違いだった。
自分はもう二度と母と関わるべきではなかったのだ。
振り下ろされた刃が再び自分の腹に食い込む。
今度の傷は遅滞なく速やかに痛みを送ってくれた。
反射的に空気を吸い込もうと口が開き、そこからゴボッと泡立った血が吐き出される。
そして肺は空気の代わりに血液を吸い込み、窒息の苦しさがプラスされた。
「お前がマトモだったら今頃は――――ゲッ!」
再び刃物を振りかぶる母。しかしそれが振り下ろされることは無かった。
その前に駆け寄ったグラが横から蹴り飛ばしたから。
「邪魔すんじゃないよ魔物が!」
蹴られて転がった母は、起き上がると今度はグラに向かって刃物を突き出す。
しかし彼女はサッと横にかわすと、後頭部を殴ってあっさり母の意識を奪ってしまった。
ドサリと母が倒れ込むのを確認するとグラは自分のすぐ横へとしゃがみ込んだ。
「おいモゲロ! 大丈夫か!?」
大丈夫……と言いたいところだけど、口がうまく動かない。ただ血液混じりの空気を吐くだけ。
「っ……! おい、人間が死にかけてるぞ! 助けようという者はいないのか!」
立ち上がってグラは声を張り上げる。しかし応じる者は誰もいない。
みんな窓際からチラチラと覗くだけだ。
腹を中心とした激しい痛みがだんだんと薄れていく。
そしてその代わりというかのように強くなる眠気。
自分はそれに耐え切れず、やがて目を閉じてしまった。
―――最初に聞こえたのは、ピチャピチャという液体の音と誰かの呼吸音。
その次に感じたのは柔らかさと冷たさ。
冷たいけど柔らかい物が両頬を挟んでいて、口の中で何かが踊っている。
その次は香り。
微かにだけど、スゥッとするような良い匂いが鼻の奥を通っていった。
五感とともにだんだん意識が覚めていって、自分はついに目を開く。
「はふ…っ、まだ…起きない、のか……? ん…まったく……っ…」
目蓋を開いてすぐ前にあったのは最大にアップされたグラの顔
彼女は目を閉じ、両手で頭を掴んで、自分と舌を絡め合うような深いキスをしていた。
……なんで彼女はこんな事をしているんだろう?
疑問に思ったが、自分の頭は半分ぐらい未覚醒。
心地良さが驚きに勝り、もっとしていたいと舌を動かしてしまう。
「ん…っ…動き、が…?」
より彼女と舌を絡めようとした自分。
しかしその動きが意識的すぎたのか、グラは目を開いてしまった。
「ぷぁ……っ。目が覚めたならさっさと言え。余計に時間を過ごすところだった」
グラはそう言い、ベッドの上に自分の頭を下ろして手を離す。
あ、これ自分が使ってた枕だ。ってことは母さんの家か。
「腹の調子はどうだ? 出血は完全に治まっていると思うが」
その言葉にハッ、と自分は思い出す。
自分が気絶する前に何があったのかを。
グラが……助けてくれたんだよね。ありがとう。
「死なせるわけにはいかないから仕方ない。実に不本意なやり方だったが」
不本意なやり方って……治癒の魔法で治したんじゃないの?
「私は癒しの魔法など使えない。だから交わりで傷を塞いだ。
交わりの最中なら魔物の魔力で人間の生命が維持されるからな」
そうなんだ。魔物にはそんな……えっ!?
一瞬、目を開いた時の光景が鮮明に浮かび上がった。
え? え? なに? もしかして自分って寝てる間にグラとシちゃったの!?
当然ながら自分は女性経験は無い。
相手がグラなら不満は無いし、命がかかっていた事態だから仕方ないが、
何も知らない間に童貞を失ったのは衝撃だった。
「そんなわけあるか。したのはキスだけだ。舌を絡めた深い口づけは交わりの範疇に入る」
あ、そうなの……。
ホッとしたような、ガッカリしたような、複雑な感覚が胸に広がる。
そうだ、母さんはどうなったの?
「気絶させた後、連れてきて縛った。今は隣の部屋で寝ている」
そうか……迷惑かけたね、ごめん。
親子そろってグラの手を煩わせたことに頭を下げる。
「全くだ。これ以上私に面倒をかけるな。それで、腹はどうなんだ?」
ズキズキ痛むけど酷くはないかな。ちゃんと動けるよ。
「なら早くこの村を出よう。休むのは自分の家でした方がいい」
グラはそう言うと扉を開けて出ていった。
おそらく母の拘束を解きに行ったのだろう。
縛ったまま放置していったら、今度は母の命が危うくなるから。
グラキエスの村へ帰って今回の件を報告すると、モゲテルさんは土下座して謝った。
「本当にごめん! 僕が村へ行かせたせいで……!」
その勢いはというと、床に顔をぶつけてメガネにヒビが入るほど。
正直そんなに謝られるとこっちの方が悪く思ってしまう。
村に行くって言ったのは自分なんですから、モゲテルさんは気にしないでください。
これは……親子喧嘩!
そう、家庭の事情で親子喧嘩して勝手に怪我しただけなんですよ!
延々と謝り合う自分とモゲテルさん。
それを眺めていた長は無限ループを終わらせようと口を開く。
「とにかく、モゲロくんはもう二度とあの村へは行かない方がいいわね。
あなたは怪我が良くなるまで休んでなさい。休憩所の臨時閉鎖は私が皆に伝えておくから。
これで話はおしまい。はい、解散!」
パンパン! と手を叩いて長はorzなモゲテルさんを立ち上がらせる。
自分は痛む腹を抱えながら家へと戻った。
刺されてから数日後。
痛みも消えてすっかり健康に戻った自分は休憩所を再び開くことにした。
数日とはいえ誰も使わなかったテーブルや床はうっすらとホコリが積もっている。
いつもより念入りに掃除をし、OPENの札をかかげる。
さて、今日はどのくらい村人が来るだろうか。
多ければそれだけ望まれているということだから、そうなって欲しいな。
そんなことを考えていると早速カランカランとベルの音。
開場直後にお客さんとはこれは良い出だしだろうか。
はい、いらっしゃい―――グラ?
本日一番目の客。
それはほとんど利用したことが無いグラだった。
どうかしたの、グラ?
見ての通りモゲテルさんはいないけど……。
彼女はツカツカと歩くと、イスに腰かけメニューを開く。
なんだろう。メニューに問題でもあるのだろうか?
「…………虜の果実のゼリー」
は?
「虜の果実のゼリーと言った」
え、食べていくの?
耳を疑い、自分は聞き返してしまう。
「私が食べたらいけないのか?」
今ので気分を害したのか、グラはジロッと睨んできた。
自分はブンブンと横に首を振る。
いやいや、そんなことないよ。村人なら誰でもいつでもOKだから。
えーと、虜の果実のゼリーね。少々お待ち下さい。
自分はいそいそと調理場へ入る。
虜の果実の保存箱から一つ取り出しよく擦り潰す。
シロップと共にゼリーの成型容器へ入れ、凝固剤を加えてはい完成。
あとは皿の上に空けてスプーンと一緒に持っていくだけだ。
はい、おまたせしました。
グラの前にゼリーを置いて自分は部屋の中央に立つ。
この部屋は広くないので、二人がけのテーブル二つでほぼ一杯になる。
部屋の中央というポジションは、四人が同時に精を吸収できる位置なのだ。
人によっては対面に座れと言うこともあるけど、グラはそうではないだろう。
ならばある程度距離を取っていた方がいい。
―――そう思ったんだけど。
「………モゲロ、そこに座れ」
え? そこってどこ?
彼女の言う“そこ”がドコなのか分からず訊き返す自分。
「私の前にあるイスだ。そこにかけろ」
わからん奴だな…と呆れた目をするグラ。
どういう気まぐれなのか分からないけど、とりあえず言われた通りに腰かける。
するといつものような寒気が体を襲った。精を吸収し始めたのだ。
「………………」
わざわざ座らせたものの、グラはとくに喋らずゼリーを口に運んでいく。
自分も余計な口は利かずその様子をただ見る。
スプーンで細かく切られては、口の中へ消えていくゼリー。
彼女の口元を見ていると、数日前にキスをしたときのことが思い浮かぶ。
あれは救命のためであり、決して色っぽい意味はなかった。
だというのに、自分はもう一度グラとキスをしたいと考えてしまう。
あの舌の触れあう快感をまた味わってみたいと思うのだ。
……まあ、そんな事を口に出す度胸はないので“思うだけ”だけど。
しばらく黙々とゼリーを食べていたグラだが、2/3程を食べたところで口を開いた。
「モゲロ、少しテーブルの上に手を出してくれ」
手? 構わないけどどっち?
「右手でいい。こちらへ伸ばせ」
グラの指示通りにテーブルの上に右手を置く。
すると彼女はスプーンを持っていない左手を手の甲に重ねた。
いったい何のつもり……あれ?
自分に重ねられたグラの手。その手は温度を持っていた。
人間と比べるとかなり低いが、霜焼けしそうな氷の冷たさではない。
なんか熱があるよグラ!?
こんなとこにいないで家で休んでなよ!
彼女の体温は人間でいうなら6、70度が出ているようなものだ。
外を歩き回っていい温度ではない。
(人間ならとっくに死んでいるというのは置いておく)
「……そうか、やはり熱があるのか私は」
やはりって、それだけ熱があればはっきり自覚できるでしょ!?
早く立って! 家まで送るから!
自分は完全に理解した。
今日のグラがおかしいのはこの熱のせいだ。
自分はイスから立ち上がり、グラへ近寄る。
ゼリーなんて食べてないで、立ちなって!
体が動かないなら、おんぶしたっていいからさ!
自分はグラの腕を掴んで強引に立ち上がらせる。
「あ…モゲロ……」
グラはもう一人では立てないのか、ヨロリとにこちらにしがみついた。
ちょっ……しっかりしてよグラ!
「大丈夫…大丈夫だからもう少しこのまま……」
このままじゃダメでしょ!?
今のグラは普段の姿から想像できないほどにグダグダだ。
なので自分はもう宣言した通りにおぶって行くことにした。
グラ、おんぶして送っていくよ。
だからいったん腕を離してくれる?
しがみ付かれたままの体勢で運ぶのは難しい。
一度離れてもらわないと……。
「いい…送らなくていいから。それより精、精が欲しいの……」
そう言ってギュッと抱きついてくるグラ。
密着すると精の吸収力が上がるんだろうか?
分かったよ。帰ったら好きなだけ精を吸わせてあげるから。だから家まで行こう?
「ダメ…今すぐ欲しい……」
グラはそう言うとこちらの股間をスッと撫でてきた。
ちょっ…! どこ触って…!?
「触れ合うだけじゃダメ、足りないの……。もう、交わらないと……」
交わるって……。
「ね、お願い…私とセックスして……」
彼女の口から出た言葉。
その意味を理解した瞬間、顔に血がのぼった。
セッ……それこそダメだって!
「……ごめんなさい、今までのことは全部謝るから。だから―――」
申し訳なさそうな顔をするグラ。
どうやら彼女は今までの態度のせいで断られたと思ったようだ。
もちろん自分は嫌いでなんかない。
別に謝らなくていいよ。グラを嫌ってなんかいないから。どちらかと言うと好きだし。
「そうなの……? なら」
でも交わるのは別だよ。そういうことは好き合ってる者同士じゃないとやっちゃいけない。
グラのことは好きだし、もし相手をしてくれるというのならとても嬉しい。
でもこんな状態で弱った心につけこむような真似はしたくない。
「…………私、あなたの命を助けてあげたわよね。二度も」
しかしグラはそうではなかったようだ。
彼女は“命の恩人”という最終兵器を持ちだしてきた。
たしかにグラは命を助けてくれたけど、それとは関係無いじゃないか。
「……そうよね。あれは私が勝手にしただけよね。あなたが気にすることじゃないわよね」
気にすることじゃないと口にしながらも、彼女の目は責めるようにジーッと見つめてくる。
…………そういう言い方は卑怯じゃないかな。
「卑怯でも何でもいいわよ。あなたと交わるためならなんでもするわ」
ダメだ。今のグラはどうしようもない。
……本当に大丈夫なの?
「ええ、あなたの精をもらえばすぐ元気になれると思う」
わかった、相手をするよ。場所を移そう。
いま自分たちがいるのは休憩所の休憩室。いつ誰が入ってくるのか分からない。
「嫌。今すぐしたいの」
移動する間も惜しいのか、この場で交われと言うグラ。
でもそんな危ない真似は……。
「す・ぐ・し・た・い・の。早くしないと人が来る可能性が上がるわよ」
彼女は喋りながらズボンのボタンを外し手を入れてきた。
「あなたもこんなに硬くなってるじゃない。早く私の中に入りたいんでしょう?」
すっかり人肌並の温度になったグラの手。
なめらかで柔らかい指先が下着をずらし、男性器を外へと引きずり出す。
「背は低いのにここは立派ね。……私のも見せてあげる。お見合いね」
グラは身を離すとテーブルの上に腰かけて股を開く。
だが目に映るそこには何もない。
青いタイツを履いているかのようにのっぺりとしている。
「なんでグラキエスのココがツルツルなのか分かる?
それはね、万が一にも好きな男以外には見せたくないからよ」
ツゥッ……と股間をなぞるグラ。
指が通った後にはパカリと開いた口があった。
「これが私のおまんこ。あなたのちんぽが入る場所よ……」
そう言って指で広げて見せるグラ。
体液が穴からしたたり、テーブルに水たまりを作った。
自分はその光景にすっかり目を奪われ、そのままテーブルの上に彼女を押し倒してしまう。
「あら、我慢できなくなった? でも心配するならもっと優しく倒して欲しいんだけど」
グラの言う通り、今のはかなり乱暴だった。
自分はごめん…と謝る。
「ん……いいわよ、許してあげる。じゃあ……ちょうだい」
小さなテーブルの上で寝たままグラは膝を立てる。
自分はそれを押し開き、男性器を彼女の穴にあてがう。
「うん…そのまま真っ直ぐ………んっ! あ、あ…入って……く、る…!」
初めて侵入した彼女の膣内。
それは肌よりもずっと熱くてぬめっていた。
「お、お…っ! ちんぽっ…! ちんぽ、がズブズブって……!」
見た目と裏腹に高い熱を持った青い肉のひだ。
それが自分のモノに吸い付き、擦れあい快感を生み出す。
「も…もっと、奥までっ……! 全部、入れてっ…!」
グラはこちらの腰に足を回して、後ろから押してくる。
ゆっくりと挿入していた自分だったが、その力で根元まで押し込まされてしまった。
「くぅっ……! 先っぽ、当たったっ…!」
一番奥まで入った自分のモノ。その先端が熱くて柔らかい壁の様なものにぶつかる。
「そこ、子宮口ね……。長さが足りないから、中には入れないけど……」
よほど気持ち良いのか声を震わせるグラ。
自分は手を伸ばして長い髪をそっとなでる。
「あっ………。ありがとう…」
そうするとグラは嬉しそうに目を細めて微笑んでくれた。
………やばい、可愛い。
グラさ、口調が変わったの気付いてる?
「口調……? あ、そうね、なんか変わってる。……もしかして、この喋り方は嫌?」
指摘された途端、不安げな顔になって見つめてくるグラ。
もちろん自分はそんなことはない。
ううん。こっちの方が女の子らしくって好きだよ。
そう言って安心させるようにまた自分は髪をなでた。
「そうなんだ……やっぱり女の子らしい方が…」
グラはそう呟くと胸当ての中心に指を当て、スッと縦に動かした。
すると布が切断されたようにハラリと横に落ちた。
青白い肌の乳房と濃い青をした乳首が外の空気にさらされる。
グラ、なんで胸当てを?
「え? だって女の子っていったらおっぱいでしょ?
あまり大きくないけど……ほら」
グラはこちらの右手を取って膨らみに押し当てる。
うっ……柔らかい。
初めて握った女性の胸。
それはフニフニして、温かくて、いつまでも触れていたくなるような手触りだった。
「ん……モゲロの手、気持ち良い。もっとこねて……」
グラはとろんとした目つきになり、熱い吐息を吐き出した。
腰に回された足が解け、ダランと投げだされる。
自由になった自分は腰を引いて彼女の中から男性器を引き抜く。
「あっ、抜いちゃ………ひっ!」
男性器が抜けていくことを残念がるグラ。
その言葉が終わる前に強く突き入れる。
「あ…あぁぁ……今の、すごい…良かったよ……。
もっと…して欲し―――んんっ!」
彼女に言われるまでもない。
男性器を前後させることによる膣壁との摩擦はこの上ない快感を生む。
自分は彼女の望むままに腰を動かし続けた。
「あ…あ…モゲロッ! あなたのっ、ちんぽ…良すぎっ! もう…中毒になりそうっ…!」
中毒? それは良いかもしれない。
そうなればグラはずっと自分を求めてくれるようになるだろう。
すっかり快楽に溺れた自分の頭は“そうしよう”と、より彼女を責め立てる命令を出す。
両手で彼女の胸をいじくり回し、ひたすら腰を打ちつける。
グラは大きく足を開いて自分を受け入れ、ひたすら嬌声と喘ぎを吐き出す。
……ああ、もうすぐ出そうだ。
「あっ、あっ、モゲロっ、もうっ…出す? 出すなら…私の中に、お願い…っ!
孕ませてくれて…いいからっ!」
子供ができても構わないと、よだれをこぼしながら言うグラ。
彼女の許しを得た自分は、最奥まで突き入れて精を放つ。
「く…ぁぁっ! 出て…るっ…! あなたの精液…美味しすぎっ!
もっと、出してっ…! お腹、いっぱいにっ…!」
全て絞り出してやると言わんばかりに締めつけるグラの膣。
自慰とは比べ物にならないほどの快感と射精が続く。
「あはっ、まだ…出るのねっ…! これなら…妊娠、するかもっ……!
いいわよ…あなたの種でお腹、膨らませて……っ!」
妊娠を望む言葉をグラは矢継ぎ早に繰り出す。
自分もただ彼女を孕ませようと。腰を押し付けて最後まで出し尽くした。
自分とグラは繋がったまま快感の余韻にひたる。
お互い何も喋らずただ抱き合うだけだけど、胸の中は幸福感で満たされている。
世界の終わりまでこうしていたいと思うほどに。
―――冷静に考えればそんなことしてる場合じゃなかったんだけど。
カランカランとベルの鳴る音。
それが耳に入り、自分はハッと気を取り戻した。
が、その時には全て遅かった。
「ふう…ちょっと一休み――――あら?」
ここは誰でも使える休憩所。
事が終わったならば、すぐさま後片付けをして全ての痕跡を消すべきだったのだ。
扉を開けて入ってきたのはスー。
彼女はテーブルの上で抱き合っている自分たちを見てパチパチと瞬きをした。
次にゴシゴシと目をこすり、再び自分たちを見る。
「………お邪魔しました」
そしてそっと扉を閉めて外へ出ていった。
スーは村人の中ではお喋りな方だ。
自分とグラが休憩所で交わっていたという事実は、夕方には全村民の知る所となっていた。
そしてその夜、自分たちは長の家へ呼び出された。
「村の中で話が流れているのだけど、あなたとグラが交わったというのは本当のこと?」
……はい、本当です。すみませんでした……。
事実確認する長に、自分は身を縮めながら答える。
休憩所であんないかがわしい行為に及ぶなんて、普通なら逮捕ものだ。
「あ、勘違いしないでね。別に君たちを罰するために呼んだわけじゃないから。
だから緊張しないで楽にしてくれていいんだ」
そうなんですか? でも公共の場であんなことをしていたわけですし…。
「正直にいうと、もう少し場所を選ぶべきだったかなと僕も思うよ。
でも、誰かが怪我したり損したわけじゃない。君たちを呼んだ理由は場所とは関係ないんだ」
そうだよね? とモゲテルさんは長を見る。
その視線を受けると長は一つ肯き、グラに向かって口を開いた。
「グラ。あなたはモゲロくんと関係を持ったわけだけど……、
これからもその関係を続けていくつもりはあるのかしら」
問うというより、確認に近い口調で言う長。
「はい、私はもうモゲロ以外の男に興味が持てそうにありません。
これからはずっと彼を愛して生きていこうと思います」
長に対するグラの口調は以前と変わないまま。
しかしその言葉は柔らかく、顔には微笑が浮かんでいた。
その返事に長も優しい笑みを浮かべ、満足したようにうなずく。
「良い返事ね。男と付き合っていくのは困難もあるけど、
あなたなら必ず乗り越えられるわ。頑張って」
長の励ましの言葉に、力強く肯くグラ。
「はー、それにしてもグラちゃんもついに男の人と結ばれたかあ……。
安心したような、寂しいような、複雑な気分だよおじさんは」
そう言って苦笑いを浮かべるモゲテルさん。
でも、彼はおじさんなんて呼ばれる年齢ではないだろう。少なくとも見た目は。
「いや、僕はおじさんだよ」
そりゃあ、実年齢はそうなのかもしれませんけど……。
おじさんは見た目と実年齢のどちらで決まるのだろう?
そんなこと考え始めた自分の肩を、グラがトントンと指で叩いた。
ん、何だいグラ?
「モゲロ、モゲテルさんはおじさんなのよ。知らなかったの?」
知らないなあ。モゲテルさんの実年齢っていくつなの?
「そうじゃなくて“伯父さん”。モゲテルさんは私の父の兄」
………はい?
「あれ、説明してなかったかな?」
え……。なにも、聞いたおぼえが無いんですけど……。
「そうだったかー。では改めて。グラの伯父のモゲテルです、よろしく」
モゲテルさんはあいさつをして礼儀正しく頭を下げる。
自分も釣られるように、よろしくお願いします…と下げてしまった。
ここにきての意外な事実だったが、グラの態度の謎がようやく解けた。
モゲテルさんは目上の親族だったから、ああいう風にしていたのだ。
「これで親戚も増えて目出度いねえ! あー、でもやっぱり寂しいなぁ」
喜んだり寂しがったりとモゲテルさんは忙しい。
でも自分たちは村を出て行くわけじゃないんだから、そこまで寂しがらなくても……。
「そういう寂しさじゃあないんだよ。
今までのグラちゃんにとって、一番の人間は僕だったじゃない。
でもこれからは二番だ。トップはぶっちぎりで君だからねえ……」
でも…それは仕方ないじゃないですか。
「そうなんだけど、そうなんだけどー。ううっ…寂しいよー」
普段のモゲテルさんからは考え難い、子供のような振る舞い。
そんな彼を長が優しく抱きしめる。
「いつかはそうなるって分かってたじゃない。そんなに寂しがらないでモゲテル。
ほら、ギュッてしてあげるから……」
「うー……キエぇぇ……」
モゲテルさんも長に泣きつき、二人の世界になりつつある客間。
もう話すこともないだろうと、自分とグラはその場を去った。
こうして自分はグラと恋人とも夫婦ともつかない関係になった。
(結婚式のような事は何もしていないから)
自分は休憩所を引き払い、グラの家に引っ越した。
後はもう毎日毎日二人だけの爛れた性活……とはいかない。
グラにも自分にもやるべき仕事はあるからだ。
「ん……ちゅ…っ。ぷ…ぅ」
昼下がりの休憩所。
疲れを癒そうと、自分の唇を貪るのはグラ―――ではない。
「れ…ろっ……。ん―――っ。
ふぅ……。モゲロの唾液はやっぱり美味しいわね」
口元をベトベトにして微笑むのは、サボリ二人組の一方であるラキ。
この村に来てから、自分は休憩所の管理人としてずっと村人たちに精を吸わせていた。
自分は知らなかったことだが、グラキエスは直接的な交わりを行わなくても、
長期間特定個人の精を吸収することで、グラのようになってしまうらしい。
あるときグラはそれを知り、休憩所の完全閉鎖を長に訴えたが、
美味しいおやつと精に慣れ切ってしまった村人たちはそれに反対。
圧倒的多数の意見により、休憩所は存続されることとなった。
あとはまあ……分かるだろう。
一人、また一人とグラのように“溶けて”しまい、
最終的にこの村は自分のハーレムのようになってしまったのだ。
「うふふ……さあモゲロ。わたしと一つになりましょう?」
ラキは女性器を露出させると、床の上に押し倒してくる。
そして男性器を掴み挿入――しようとしたところで新しいお客さん。
いらっしゃ―――あ、グラ。
ラキと繋がる寸前で入ってきたのは、臨月ですっかり腹の膨らんだグラだった。
「あら、こんにちはグラ。あなたも休憩?
悪いけどわたしの方が先だから、少し待っててちょうだい」
エスを混ぜた三人ですることも多いラキは、見られることが好きだ。
今回はグラに自分との交わりを見せつけようというのだろう。
しかしグラは穏やかでない感情を込めてジロリと彼女を睨み言う。
「……見周りの分の貸しはあなたにどれくらいあったかしら。
たしか二桁にまで減ってはいなかったわよね?」
ラキに対して貸しをチラつかせるグラ。うっ……とラキは息を詰める。
……そんなに借りを作っていたのかラキ。いくらなんでも少しはマジメにしようよ。
「うっ…ううう……グラの卑怯者っ!」
恨みの言葉を叫んでラキは立ち上がる。
「そのセリフを吐きたくないなら、早く借りを返すことね。
借りがあるうちは私の目の届く所でモゲロと交わらせなんてしないわよ」
涼しい顔でグラは言い返す。
「きっ…汚い! さすがグラきたないっ!」
なにが流石なのか自分には分からないが、ラキは捨て台詞を吐いて休憩所から出ていった。
……グラ、今のは酷すぎじゃないかな。もう入れる直前だったんだし。
彼女がしたことは、最高級のデザートをスプーンですくい、
口の中に入れ、舌の上に落とそうとした所で取り上げたようなものだ。
「……なによ、あなたはそんなにラキとしたかったの?」
いや、決してそんなことは……。
自分は否定する言葉を口から吐くが、その勢いは弱い。
あのままラキとしたかったのも事実だから。
「そう、私には飽きたのね。妊娠してる女とはセックスしたくないっていうのね。
ええ、分かってるわよ。男は一人でも多くの女を孕ませたいっていうのは。
やっぱり帰るわ。この子を産んで胎が空いたらまた来るから」
拗ねて嫉妬して怒るグラ。
ハーレム状態になってからというもの、彼女はあまり機嫌が良くない。
もし逆の立場なら自分もそうなるだろうと思うから、強くも言えない。
機嫌を直す方法はただ一つ。優しく接してあげること。
背を向けて帰るフリをするグラを、後ろからそっと抱きしめる。
「何の真似よ。孕んだ女は好みではないんじゃないの?」
そんなわけないよ。今のグラはとっても素敵だ。
自分はグラをなだめながら壁際へと誘導する。
ちゃんと分かっているグラは言わずとも壁に手をつく。
自分が背中をスッとなぞると胸当てが外れて床へ落ちた。
前より幾分か膨らんだ両胸がふるりと揺れる。
胸、ずいぶん大きくなったよね。
後ろから手を回して、彼女の胸を弄りながら言う自分。
「んっ、それは……孕んだからで……」
そうだね。お腹もそうだし、グラは前よりずっと綺麗になった。
「…本当? でまかせの、嘘じゃないわよね?」
嘘じゃないよ。前のグラより今のグラの方が好きだ。
「そう……。でも、そうしてくれたのはあなたよね……」
機嫌が良くなってきたのか、グラの声に熱がともる。
「ねえ、私はもっとあなたに好きになってもらいたいの。
他の女に興味を持たないぐらいに…。あなたはどんな女が好き?
必ずそうなるから私に教えて?」
自分好みの女になってみせると言うグラ。
しかし自分は今の彼女で十分満足だ。望んでなってほしい姿などない。
グラのなりたい女でいいよ。
好きになることはあっても、嫌いになることなんてないから。
「そうなの? でもなにか無い? もっと髪が長い方がいいとか……」
何でも良いと言われグラは困り顔。
うーん、困らせたままなのも何なので一つ口にしておこうか。
そうだなあ。強いて言うなら……。
「強いて言うなら?」
優しいお母さんになってほしい、かな。
産まれてくる子供には、自分のような目にあってほしくない。
ちゃんと母親に愛されてほしいと思うのだ。
「優しいお母さん? それがあなたの好みなの?」
うん。“好き”の意味がちょっと違うけど、グラにはそうなってほしいかな。
「優しいお母さんか……。分かったわ。私、必ずそうなってみせる」
グラは声に力を込めて答えると、自らの股間へ片手を伸ばした。
彼女の女性器が露出し、床へと透明な糸がたれる。
「お母さんなら、まず赤ちゃんを喜ばせてあげないといけないわよね。
協力してよ、お父さん?」
挑発するようにクスリとグラは笑う。
自分も笑みを浮かべ、彼女の腰を掴み挿入する。
「う……ん、っ…! ちんぽ、来た……っ!」
もう回数を覚えていないほどに侵入した彼女の膣内。
自分専用にこなれた肉穴は、最も快感を与える強さで締め付けてくる。
その穴を広げるように腰を進ませると、そうしないうちに行き止まりにたどり着いた。
胎に子を抱えたおかげで子宮が重くなり、行き止まりの壁が降りているのだ。
大きく育った自分のモノはこのままでは全て入らない。
自分はこのままでも十分気持ち良いのだが、今のグラはそれでは満足しない。
「破って…いつもみたいに。赤ちゃんに挨拶してあげて……」
もっと入れて欲しいとねだるグラ。
自分はそれに応え、先端をむりやり押し込む。
「お……、くっ…! あは…っ、入った……!」
小さな子宮口をこじ開け、膨らんだ子宮の中へついに男性器が入った。
先端が胎児に当たり、子供の位置が少し動く。
「じゃあ……動いて。赤ちゃんに飲ませてあげて…」
背を向けて立っているグラはあまり腰を動かせない。
こちらが気持ち良くしてあげないといけないのだ。
柔軟体操ではないが、一度開いた子宮口はしばらくのあいだ柔らかいままだ。
腰を引いて叩きつけると、男性器はほんの弱い抵抗で子宮の中まで入る。
子宮の中は膣以上に敏感なのか、突き入れられるたびにグラは嬌声をあげる。
「んぁ…っ! 子宮…ズボズボ、良いっ…! 最高よ…モゲロッ!」
長い髪を振り乱しながら悶えるグラ。
背中はじっとりと汗をかき、芳しい香りをほのかにただよわせる。
震える胸は青い乳首から母乳を滴らせ、白い水玉模様を床に作っていた。
そうこうしているうちに、こみ上げてくる射精感。
もう出すよ、とグラに囁いてひときわ強く腰を押し付ける自分。
「うん…出してっ! 子宮にぶっかけて……! 赤ちゃんにっ…飲ませてあげてっ……!」
ぎゅぅっと締めつけるグラの膣と子宮口。
自分はゾクゾクッとした快感と共に男性器から精液を吐き出した。
「あ、子宮に、精液がっ……! 赤ちゃん、喜んでるっ…!
あっ、ダメ、そんなに…暴れちゃ―――あうぅっ!」
グラの体がブルブルと震えだす。
色味ががった液体がボタボタとグラの穴から溢れ出た。
そして挿入したままの男性器の先端にグイグイと押し付けられる胎児の肉体。
これはまさか……。
「産まれる…みたい……。赤ちゃんが、暴れちゃって……」
産まれるの!? 待って、すぐ抜くから!
快感の余韻など味わってはいられない。
自分は急いで腰を引き、男性器を抜いた。
栓が無くなり、零れる羊水の量が格段に増える。
「ん……ぐっ! あ、あ、あ……!」
壁に爪を立てて息むグラ。膝が落ち中腰のようになる。
苦痛はないと聞いていた自分だが、心配になり大丈夫かと声をかけてしまう。
「だい…じょう、ぶ…よっ…! 気持ち…良くって……!」
声に大量の艶を含ませて言葉を搾り出すグラ。こんな声は聞いたことがない。
「ひ…うっ…! 子宮口が…、開いちゃっ……あぁっ!」
腹の膨らみが目に見えて下がり、グラの指先が木の壁に食い込む。
「まんこ…広がって、るっ…! 赤ちゃん、通ってるよぉっ…!」
グラは目尻からポロポロと涙をこぼす。
やがて膣口が大きく開き、青白い肉壁とその奥から出てくる頭が見えるようになった。
「が、ぁっ……! あたま、が…出るぅっ!」
胎児の中で一番大きい頭部。
それは入口を目一杯に押し広げ、ジワジワと降りてきていた。
「あっ、あっ、あっ、抜け、る……っ!」
ついに顔を出した子供。その肌は母親と同じグラキエスの青色。
青と紫の美しいグラデーションの髪は様々な体液で濡れていた。
「ひっ、ひっ…! もう……出ちゃぅっ…! 赤ちゃん、出ちゃぅっ!」
グッと強く息んだ瞬間、子供の胴体がズルリとすべり、ボトッと床に落ちる。
産まれた子供はケホッとむせて肺の中の液体を吐き出すと、すぐ静かな呼吸になり眠り始めた。
「あ……あ……産まれ…ちゃっ、た………」
グラはよほど体力を消耗したのか、床に膝をついて壁にもたれている。
自分はお疲れ様と声をかけ、彼女の股の間にいる子供に手を伸ばす。
精霊だからか、子供にはへその緒がなく、簡単に抱き上げることができた。
(その割にへそ自体はあるのが謎だけど)
……グラによく似て可愛い子だ。
育てば相当な美人になるだろうなこれは。
名前はなんてつけようか。
娘の顔を眺めながらそんな事を考えていると、ベルを鳴らしてスーが入ってきた。
「モゲロー、今日もお願い……」
彼女は自分が抱えている子供と、壁際でへたっているグラを見てパチパチと瞬き。
そしてゴシゴシと目をこすり、再び自分たちを見る。
……なんか前にもなかったっけ、こんなこと。
「………おめでとう」
そして既視感通りスーはそっと扉を閉めて外へ出ていった。
きっと子供が産まれたことを広めに行ったんだろう。
まあ、前回と違って隠すような事じゃないからいいけど。
「……モゲロ、そろそろ私にも抱かせてくれない?」
自分がスーを見ている間に回復したのか、グラが立ち上がって腕を差し出した。
はいどうぞ、とまだ濡れたままの娘を自分は渡す。
グラは優しく受け取ると胸に抱きかかえ、笑みを浮かべた。
「これで私たちも完全にお父さんとお母さんね。
優しくて良いお母さんになってみせるから、頑張って育てましょう?」
ね? と同意を求めてくるグラ。
もちろんだと自分も返し、湿ったままの娘の髪をなでる。
自分たちの雰囲気を感じ取ったのか、眠っている子供も口をほころばせた。
「―――じゃあ、そろそろ部屋を綺麗にしましょうか」
あ、そうだね。他の人も来るだろうし、綺麗にしておかないと。
今の村人たちは交わりばかり望むので、片付けはもう手慣れたものだ。
しかし今回の出産は体液の量が全く違う。
なにしろ腹の中にあった羊水が広範囲に広がっているのだから。
次の利用者が来る前に急いで拭わないと……。
そう考え、雑巾を取りに調理場の方へ歩き出した時。
バン! と勢いよく扉が開かれた。
「モゲロの子供が産まれたって本当!?」
「ホントだ! グラが抱いている!」
「うわー、可愛い……!」
「わたしも欲しいなぁ……」
「ちょっとー! 見えないじゃない! 前の人どいてー!」
どれほどの伝達速度なのか、自分たちを見に村人がどっと押し寄せてきた。
見せろ、中に入れろと押しあいへし合い。
急に騒がしくなり、静かにしていた娘がむずがりだす。
そしてその様子にグラが声を張り上げた。
「みんな出て行きなさい! この子が嫌がってるでしょ!」
それほど大きくはなかったが、その声には有無を言わせぬ迫力があった。
これが母親の貫録というものなのか。
グラに一喝されて、野次馬たちは渋々と休憩所から出ていき、また二人だけの静けさが戻る。
その中でグラは深い溜息を吐いた。
「はぁ………困ったわ」
うん、あんなに騒がしくされるとね……。
でも数日もすれば元通りになるよ。
子供は珍しいから、しばらくの間ちょっかい出されるかもしれないが、
そう経たないうちに興味も薄れて、静かな生活に戻れるだろう。
「そうじゃないわよ………」
意味が分かってない…とグラはまた溜息を吐いた。
―――そして、その日の夜に自分は溜息の意味を知ることになった。
「んぁっ! モゲロのっ、ちんぽ、来てるぅっ!」
「もっと……グチュグチュ、してっ…! 手首まで…入れて、いいからっ…!」
「陶酔の果実ジュース飲ませてあげるわね。んむ……んー、ふぁぃ、くひあへへぇ……」
「ねえ、ラキ。私たちが種付けしてもらえるのって、いつになるんだろ」
「考えたくないわねエス。こんなことになるならもっと早く来ればよかったわ……」
自分とグラ、二つのベッドが並んだ寝室。
今はその部屋に大勢の村人が押しかけていた。
もちろん今までも村人が夜の交わりに訪れたことはあった。
だがこんなに多いのは初めてだ。
その原因はやっぱり昼間の出来事。
子供を抱いているグラを見て、早く子供が欲しいと村の誰もが思ったのだ。
その結果次から次へと客が訪れ、交代交代で種付けする事態に。
自分のモノは一つしかないので、前の人が終わるまで待たねばならない。
しかしそれを退屈と考えた一人が準備運動と称してキスをしたことから、
手を使い、足を使い、女同士で絡み合い、のパーティになってしまった。
グラはこんな光景見ていたくないと、娘を連れて長の家へお泊まり。
妻に実家に帰られた夫の気分というのはこういうものなのだろうか?
腰の上に跨るスーを突き上げながらそう考えるが、
近づく絶頂に複雑な思考はできなくなり、自分はただ快楽の波に溺れていく。
「あ、あ、出してっ! わたしも孕ませてっ!」
孕んで膨らんだグラよりも大きいスーの胸。
揺れるそれを見上げながら、自分は精を放つ。
「きゃはっ! モゲロの精液来たっ! もっと出してっ!
あなたのちんぽ汁で妊娠させてぇぇっっ!」
膣内射精を受け、唾液を飛ばしながらよがるスー。
快感と共に彼女の胎内をドロドロにしながら、微かに残った思考で自分は思った。
―――これからは一人産まれるたびにこうなるのだろうか、と。
頑張って、頑張って、頑張って、それでも届かなかった。
息子よその無念を晴らしてくれ……といった具合に。
自分の母もそんな夢破れた人間だ。
なんでも若い頃の母は町一番の魔法使いだったらしい。
まあ、町一番といっても田舎町だったようだから、たがが知れてるけど。
要は典型的な井の中の蛙だったわけだ。
その蛙は自分を過信し、魔法学院へ入学して本格的な魔法使いになろうと無謀な夢を持った。
学院へトップ合格し、首席で卒業。やがては国に仕える魔法使いへ―――といった感じに。
現実を知っていた両親(自分の祖父と祖母だ)は反対したが、
天狗になっていた母は喧嘩別れのように家を出て学院のある首都へと旅立ち……一次試験で見事に落ちた。
母はこの愚痴を零すときは決まって、もっと魔力があったら…と口にする。
筋力や知力と違い、魔力は鍛えようとして鍛えられるものではない。
生まれつきの才能が全てなのだ。
凡人の両親から生まれた自分が、名家の子弟に魔力で勝てるわけがない。
魔力さえあったら魔力さえあったら……。
自分としては魔力以外にも問題があったんじゃないかと思うが、それは決して口には出さない。
幼い頃にそれを言って厳しい折檻を受けたから。
とにかく、魔法使いは魔力が第一と身に染みて理解したのだ母は。
自分の子供に夢を継がせるとしても、魔力がないのでは話にならない。
そのため母は少なくない金額を払い、とある優秀な魔法使いに種をつけてもらったのだ。
立派な魔法使いになるんだぞと、膨らんだ腹を撫でながら語りかける母。
この時期が自分と母にとって一番幸福な時だったんじゃないかと思う。
母は我が子が学院の首席になる妄想をして悦に浸り、自分は何も知らずに腹の中で安らかに眠る。
どちらも現実を見ず、独りよがりの幸せの真っ只中だ。
そして十月十日が経ち、自分が産まれ―――母の精神が破綻した。
大金を払い、多大な苦痛に耐え、やっと産まれた希望の子供。
その子供は一般人よりはマシという程度の魔力しかもっていなかったのだ。
名家に負けないどころか、自分自身と比較しても劣る息子。
それを知った母はついにおかしくなった。おかしくなったのだ。
なにしろ一般人に毛が生えただけの自分を魔法学院に入学させようと教育したのだから。
それでも最初の頃はまだマシだった。
魔法がうまく使えなくても、まだまだ子供だから…と母が自分自身を押さえていたから。
しかし一年二年と経つにつれ、そんな誤魔化しも通用しなくなっていった。
“なんでこんな簡単な魔法も使えないんだ。わたしがお前ぐらいのときには――”
母はヒステリックになり、自分がミスをするたびに“お仕置き”をするようになった。
お仕置きの中で一番多いのは物理的暴力だったが、何よりも効いたのは食事抜きだった。
健康な大人ならともかく、成長期の子供が食事を取れないというのは相当な苦しみだ。
そして物覚えが悪かった自分はしょっちゅう食事抜きの罰を受けていた。
そのままの生活を続けていたら、自分は栄養失調で死んでいたかもしれない。
そうならなかったのは、近所に住んでいた優しいパン屋のおじさんが売れ残ったパンをこっそり分けてくれたからだ。
そうして何とか生き延びていた自分だったが……あるときそれが母にばれた。
その時の母の姿といったら、世の中にこれ以上に醜いものは存在しないんじゃないかと思うぐらい。
“余計な事をするな!”“ウチの子に嫉妬してダメにしようっていうんだろう!?”
全て聞いていたわけではないが、パン屋へ乗りこんでそんな感じのことを散々喚き散らしていたのを覚えている。
そしてこの騒ぎで母は危険人物と見なされ、町には居られなくなったのだ。
町を追い出された母と自分はしばらく旅をし、一年中雪が降る小さな村へと辿りついた。
そして村の中でも一番外れにある小さな家を譲り受け、そこを新しい住居とした。
当然ながら自分は疑問に思った。
なんでこんな辺鄙で不便な場所へ? 勉強するならもっと大きな町でもいいじゃないか。
母の機嫌を損ねないよう、柔らかい言い方で疑問をぶつける自分。
その問いに対し、母は以前よりも濁った眼で自分を見て答えた。
“ここなら誰も邪魔しないだろう?”と。
それからの生活は前よりもひどかった。
今まではミスした時のみ、お仕置きをされていた。
ところがこの村では、暖房の無い部屋に薄着で置いておくだけで常時お仕置きができるのだ。
母は暗く寒い部屋に自分を閉じ込め、課題が終わるまでは出さないと言うようになった。
そして必死に課題を完了させて部屋から解放されても、ミスによる罰はまた別に与えられる。
劣悪な住環境に、精神的・肉体的な苦痛、さらに断続的な絶食の三重苦。
そのおかげで自分はもう10代中盤に差しかかるというのに、
あまり背が伸びず、貧弱な体力しかもっていない。
重篤な病気にかかっていないのが不思議なくらいだ。
小さな村へ来てだいたい二年ほど経ったある日。
母が不慣れな手つきで金づちを振り、ノコギリを引く姿を自分は目にした。
……一体何してるんだい母さん。
「勉強道具を作っているのさ。お前ったら物覚えが悪くてしょうがないからねぇ」
自分には母が行っている工作と勉強とどう関係があるのか分からなかったが、
このまま放置しておくと恐ろしい事になりそうなので訊いてみた。
そ、そうかい母さん。頭の悪い自分のためにありがとう。
でもさ、針山みたいな釘とか、整列してる刃物とか勉強とどう関係があるの?
そう訊ねると母はそんなのも分からないのかと言いたげに、フンッと鼻を鳴らす。
「あたしはね、獣も人間も同じだと思うんだ。痛い目を見たから学習する。
優しく教えてたんじゃ、いつまでたっても身につかない。
だからお前がより学習するような椅子を作っているんだよ」
そう言ってまた一本釘を打ちつける母の目は完全に正気を失っていた。
……分かったよ母さん。自分はもう寝るけど、母さんもあまり根を詰めないでね。
じゃあ、おやすみなさい。
母に就寝の挨拶を告げ、自分は自室へと戻る。
そして寝間着に着換え、ベッドへ潜り込む――――わけがない。
以前から母はおかしかったが、今のはもう限度を超えている。
さっき作っていたのはどう見ても拷問椅子だ。
このまま母と暮らしていたら、近いうちにあの椅子に座らされ、“効率的な学習”をさせられることになるだろう。
その未来から逃れる方法はただ一つ。
家を出るしかない。
いや、もちろん今までも家を出ようと考えたことはあった。
だがそのたびに、旅の途中で何度か見た浮浪者の死体がチラついて踏み切ることができなかったのだ。
“よく見ておきなよ。あれが負け犬の姿だ。ああなりたくなかったら必死に勉強するんだよ”
顔を背けようとした自分の頭を押さえて、しっかり目に刻ませた母。
アレは“一人で逃げても野垂れ死ぬぞ”という言外の脅しでもあった。
それは強い効力を発揮し、今に至るまで自分の逃亡を防いできた。
だが、もうそれももう限界だ。
“死ぬよりはマシ”と思って母についてきたが、この先は“死んだ方がマシ”にもなりかねない。
旅に使ってきた小さな背負い袋。
その中に少しでも金になりそうな物を詰め込み口を閉じる。
外出用の厚い服に着替え、さらにその上からコートを纏う。
……よし、準備は完了だ。
あとは窓を開いて、そこから出「なにしてるんだぁぃ……?」
自分の背後。
ちょうど出入口の扉があるところから、声が聞こえた。
ギギギ……と油の切れた蝶つがいのように後ろを振り向く自分。
そこにいたのは血走った眼をした母。
作業中に様子を見に来たのか、その手にはノコギリが握られていた。
「おまえは寝るって言ってたよねぇ……。お休みなさいっていったのをちゃんと覚えているよ。
なのに…なんでそんな余所行きの服を着てるんだい……?」
え…えと、その……。
「ちゃんと喋りなさいよ…。返事もできない子に育てた憶えは無いんだけどねぇ……」
この状況で母が納得できるような説明なんて思い浮かばない。
なので説明も言い訳も諦め、ただ一言だけを口にした。
…………さよなら、母さん!
自分はそう言い放つと素早く窓を開け、外へと飛び出した。
辺りは真っ暗でロクに見えないが、とにかく家から離れようと自分は走る。
後ろからはドサッという雪の上に重い物が落ちる音と「逃げるなぁぁぁ!!!!」という金切声。
……追ってきているのだ、母は。
今の母に捕まったらどんなことになるのかなんて考えたくもない。
発育不良の上に軟禁生活で貧弱な体力を振り絞って自分は走り続けた。
走って走って走って走って、どれだけの時間と距離を駆け続けたのか。
自分はいつの間にか母を振り切り―――遭難していた。
考えてみれば当たり前だ。
夜中に、何の道具も持たず、土地勘のない場所を、適当に走っていた、のだから。
母の魔の手から逃れられた喜びなんてほんの一瞬。
今度は自然と戦わなければいけないのだ。
とりあえず今の状況を整理してみる。
今の自分は防寒装備をキッチリしている。
しかし今現在も雪は降り続いていて、風も出始めているようだ。
静かなままならともかく、吹雪にでもなってしまえば凍死の可能性は高い。
となると風を凌げる場所を見つけないといけないのだが、ランプが無いおかげで少し離れた場所も見えない。
………本当にどうしよう。
しばし途方に暮れていた自分だが、やがて適当な方向へ歩き始めた。
このまま立っていても状況は好転しないから。
サク、サク、サク…と積もり続ける雪に足跡をつけながら自分は進む。
真っ暗な中を当てもなく彷徨う今の状況は、これからの未来を暗示しているようにも思えた。
母親からは逃れたが自分は行くあてなんてない。
僅かでも金になりそうな物を詰めた袋は、逃げている間にどこかへ落してしまった。
今の自分は完全な無一文。そして身の助けになるような技術は何もない。
(魔法の勉強はさせられていたが、実生活で役立つ類のものではなかった)
健康な男であれば誰でもできる肉体労働も、貧弱な自分の体では務まらないだろう。
考えれば考えるほど、自分の未来は暗い。
半ば腐りかけた浮浪者の死体が脳裏に浮かび、自分もああなるのかと恐怖感がこみ上げる。
自分はどこで間違えたんだろう?
家を逃げ出したことが間違いだったのか?
だが、そうしなければ自分は狂った母に拷問にかけられていただろう。
ではその前はどうだったか? どの選択を誤ったのか?
そう思い、自分の短い人生を思い返して気付いた。選択肢自体が無かったことに。
いつだって母に命令され、反抗すればお仕置き。
一方的に押し付けられるだけで、自分で選んだことなんて一度もない。
引きつるように口が笑みの形になる。涙が滲み、視界がぼんやりと歪む。
母から逃げ出すか、逃げ出さないか。
それが自分の人生で初めての選択だったのだ。
そして“逃げ出す”を選んだ結果がコレ。
自分の人生には最初から行き止まりしか用意されていなかった。
何が間違いかといえば、生まれてきたこと自体が間違いだったんだろう。
そう考えたところで、自分の足につまずいて転んだ。
下は厚い雪だから怪我なんてしなかった。
でも、立ち上がるだけの気力が湧いてこない。
自分はダンゴムシのように丸くなり、顔を覆ってグスグスと子供のように涙と鼻水を流した。
泣いて泣いてどれくらい経ったころか。
自分は突然声をかけられた。
「おい、生きているか人間」
美しいけど冷たい女性の声。その声に自分は顔をあげ―――凍りついた。
剣のように鋭くとがった足先。雪中なのに異様に露出の高い服装。
人間にはあり得ない青白い肌。青と紫のグラデーションに彩られた長い髪。
どこからどう見てもその姿は人間には見えない。
これでおしまいか……。
自分は魔物のことはよく知らないが、誰も彼も凶暴で、好んで人間を食らうと聞いた。
武器も持っておらず、たった一人でいる自分。
こんなの魔物にしてみれば“ご自由にお食べ下さい”の看板を首からぶら下げているようなものだろう。
もう全て諦めかけているせいか、自分は逃げ出す気も起きず目の前の捕食者をただ見上げた。
ランプの弱い光に照らされた魔物の姿。それは異様な肌の分を差し引いても美しい。
「ここは氷の女王の領地だ。許可の無い者は速やかに立ち去れ」
驚き。この魔物はどうやら自分を見逃してくれるらしい。
普通の人間なら、幸運に感謝していそいそと逃げ出すことだろう。
だが自分は首を横に振った。
……どこへ行ったらいいのか分からないんです。
そう言うと魔物は「遭難者か……」と呟いた。
「そう遠くない場所に村があったはずだ。そこまで案内してやる。立て。ついてこい」
なんて親切な魔物なんだろう。道案内までしてくれるとは。
きっと一般人なら機嫌を損ねないようにすぐさま立ち上り、大人しく追従するんだろう。
でも自分は立ち上がれなかった。
村まで送ってもらって、その後どうする?
もう家には帰れない。母が次に自分の姿を見たらどうなることか。
助けを求めようにも、ほとんど家から出させてもらえなかった自分には顔見知りの村人なんていない。
いや、たとえ顔見知りでも危険人物が押し掛けてくるとなれば助けたくはないだろう。
本当に、どうしようもない。
「……? どうした、怪我でもしているのか?」
魔物は雪の上に伏せたままの自分を訝しげに見る。
怪我はありません。ただ、帰れないんです。
「だから私が案内してやると言っただろう。話を聞いていなかったのか?」
そうじゃないです。帰ったら殺されるんです。
殺される、と聞いて魔物の目が細められた。
「お前はなにか重罪を犯したのか?」
いいえ、法を犯したことはありません。
「では、根深い恨みをかったことがあるのか?」
いいえ、誰かを陥れたことなんて一度もありません。
「なら何故殺されるんだ?」
それは―――。
自分は今日あったことを端折りつつ話した。
異常だった母が完全におかしくなり、命からがら逃げてきたということを。
「面倒だな。ただ送るわけにはいかないのか……」
愚痴を零しながらも、まだ魔物は自分を助けるつもりらしい。
ここまで人間に好意的だなんて、どういうことなんだろう?
「村へ送るのはやめる。とりあえず立て。そしてついてこい」
魔物はそう言い、自分の腕をつかんで引っ張り上げる。
……細い腕なのにたいした力だ。
「ほら、しっかりしろ。歩けるな? では行くぞ」
魔物は自分がちゃんと立ち上がったのを確認すると、背を向けて先導し始めた。
夜明けはまだ遠く、分厚い雪雲に覆われた空は暗いまま。
そんな中、サク……サク……と足音を鳴らしながら自分は魔物の後を追う。
剣先のような足を持った魔物は、足音を全く立てずに歩いている。
それも当然で、魔物の足は雪面から僅かに浮いているのだ。
これなら雪に足をとられるどころか、足跡一つ残さないだろう。
歩き始めて以降、魔物は何一つ言葉を発さない。
周囲に響くのは自分が新雪を踏みしめる音だけ。
あまりの静けさに耐えられなくなり、自分は魔物の背に話しかける。
あの……なんで助けてくれるんですか?
「女王の命令だ。人間を死なせるような事はするなと」
なるほど。魔物個人ではなく支配者の意向なのか。
でもそうすると、何故支配者がそんな命令を出したのかが疑問だ。
じゃあ、なんで女王はそんな命令を? 人間と何かがあったんですか?
「女王と人間の関係など私は知らん。だが理由の一つに他の魔物との兼ね合いがあるのは確かだ」
他の魔物との兼ね合いですか……。でも、人間を保護する命令じゃ逆効果なのでは?
少なくとも自分が魔物だったら、人肉反対! なんて言う相手に好感は持たないと思う。
そう話すと魔物はちらりと振り向き、バカにした目で自分を見た。
「おまえは何も知らないんだな。今の魔物は人間を殺さないんだ」
え……? そうなんですか?
魔物自身から衝撃の発言。
自分は小さい頃から魔物は不倶戴天の敵だと教えられてきたのに……。
「今の魔物は基本的に人間の命を尊重する。もし人間を見殺しにしたと知れれば強い非難を受ける。
だから女王はこんな命令を出して、人間を救うようにしたんだ」
そうなのか。今の魔物は人間を……アレ?
待ってください。今の魔物が人間の命を大事にするなら何故わざわざ命令を?
人間を尊重するのが常識なら、そんなことをする必要はないはずだ。
「私は“基本的に”と言った。例外の魔物も存在する」
そうなんですか。じゃああなたも……。
「ああ、私個人としてはおまえが生きようが死のうがどうでもいい。命令だから助けているだけだ」
そうして話は終わりと口をつぐむ魔物。
“どうでもいい”と言われた自分は何を言うこともできず、再び無言の行進に戻った。
自分だけが気まずい雰囲気の中歩き続けていると、やがて複数の建物が見えてきた。
おそらくどこかの村の中に入ったのだろう。
もう日が替わるぐらいの深夜だから、明かりの付いている窓はほとんど無い。
そして魔物は見る限り唯一明かりの灯っている建物へ向かい、扉をトントンと叩く。
するとカチャリ、ギィ…と扉が開き、中から魔物(同族なのか青い肌だ)が現れた。
「お帰り、グラ。見周りはどうだっ…………何それ」
中から出てきた魔物は、自分を見るなり“それ”と言った。
「見たところ元気そうだけど……なぜここまで連れてきたの?」
ジィッ…と冷たい目で自分を睨む魔物。
それに対して自分を助けた魔物(グラと言う名前らしい)が説明をする。
「見周りの途中で発見したのだが、この人間は村へ帰ると殺されるらしい。
なので長の判断を仰ごうと連れてきた」
「殺される? ずいぶん穏やかじゃないわね。でもそいつが何かしたのなら自業自得よ?」
「自業自得でも帰して死なれたら命令に反する。そうだろう?」
グラが命令という単語を口にすると、魔物はハァ…と息を吐いた。
「そうよね…仕方ないわよね。なら朝までここに置いておきましょう。
それで長が起きたら一番にこの問題を訊きに行く。それでいいかしら」
魔物が話をまとめると、グラも異存はないと肯いた。
そしてグラと共に自分も建物の中へ入り―――あれ、暖かくないや。
建物の中は光こそあるものの、熱が全くなかった。
風と雪を凌げること以外はほとんど外と同じ。
これではコートを脱ぐことなんてできないだろう。
……あの、暖炉とかないんですか?
「私が暖をとると思うのか?」
グラはそう言い、こちらの頬にペタッと手のひらを押し付けた。
……冷たい。
体温が低いなんてレベルじゃない。
彼女の手は氷の冷たさだった。
「隙間風は入らないが暖房具も無い。凍死はしないと思うがあまり気を抜くな」
熱を出されても困るからな、と結んで手を離すグラ。
自分は力なくはい…と答えるしかなかった。
うつらうつらとして、眠りかけるたびに起こされる……という時間を過ごしついに朝。
自分はグラに連れられ長の家へと向かった。
他の建物と比べて一回り大きい家。
そこが長の住居らしい。
トントンとグラがノックすると、はーい! と中から男性の声。
え、人間が住んでるの?
扉を開けて顔を出したのは20代半ばと思われる男性。
メガネをかけていて優しそうな風貌だ。
「おはよう、グラちゃん。こんな朝早くにどうしたんだい?」
「おはようございます、モゲテルさん。少々長の判断を仰ぎたい件が起きまして。
長はもう起きておいでですか?」
「ああ、もう起きてるけど、判断を仰ぐって……あ、もしかして後ろの彼の事かい?」
モゲテルと呼ばれた男性は、一瞬だけ視線をこちらへ向けた。
「ええ、この人間は村へ返せない事情があるのです。なので長に話をしようと……」
「んー、そうかい。じゃあ上がって」
朝っぱらから押し掛けたのに、嫌な顔一つせず自分たちを招くモゲテルさん。
外見に違わず、よくできた人なんだなと自分は思った。
自分とグラは客間へ通され、しばらく待たされた。
そして10分ほど経ったころだろうか。モゲテルさんは一人の魔物を連れてやってきた。
グラと同じ特徴を備えているから、おそらく彼女の同族なのだろう。
「待たせたね。僕の妻でこの村の長をしているキエだ」
キエと名を呼ばれた魔物は柔らかい声で「初めまして」と挨拶をした。
……なんだろう、グラと同じく氷を連想する声なのに温度が全然違う気がする。
「それで、こんな朝から来るなんて、何が起きたというの? グラ」
モゲテルさんと違い、長は少しばかりの不快感を込めてグラに訊ねた。
「はい、この人間の処遇について長に判断してもらおうと思いました。
説明……は本人がした方がいいでしょう」
ほら話せとせっつくグラ。それに促され自分は昨晩の事、そしてそれまでの事を語り出した。
そしてだいたいの説明を終えたとき。
「うぅっ…、グスッ……君も、大変だったんだねぇ……」
モゲテルさんは自分に同情してダバダバ涙を流していた。
「あなたが逃げ出したのは間違いじゃないわ。全く、母親の風上にも置けない人間ね……」
長は母に対して憤っていた。
「……………………」
グラは別段思うところは無いのか、特に反応は見せない。
ただ長に向かってこれからのことを訊くだけだ。
「それで長、この人間……いえ、モゲロはどうしましょう。
村には帰せませんが、他の魔物に預けることもできません」
この近くに独身の魔物はいなかったと思いますし……と続けるグラ。
「そうね…ツテを辿って遠くにいる魔物を紹介してもらってもいいのだけど――」
だけど?
「モゲロくん、あなたこの村で働く気はない?」
は?
「実はね、ずいぶん前からこの村に休憩所を作りたいと思っていたのよ。
でも相応しい管理人が見つからなくて計画が全然進まなかったの。
けど、あなたなら「待ってください長」
いきなり話に割り込んでくるグラ。彼女が長を見る目は鋭い。
「許しの無い人間を女王の領内に住まわせることはできないはずです。
そして長にはそれを許す権限はなかったはずですが」
「許可が無いなら取ればいいじゃない。彼の事情と村での役割を書けば十中八九通るわよ?」
何でもないことのように言う長。その発言にグラは不満げな顔をする。
「それでも許可を得るまでは不法逗留になります。長たる者が自ら掟を破るなど――」
「あら、掟破りというなら人間をこの村に連れてきたあなたもそうじゃない」
「……あれは人間の命が係る事態だったから例外です」
「ならこれも例外よ。このままモゲロくんを放り出したら野垂れ死ぬのは確実だもの」
「……………………」
長に言いくるめられて沈黙するグラ。流石は長をやるだけのことはある。
彼女自身の掟破りを利用して反論を封じるとは。
その後もグラは少しゴネたりしたが、口が巧みな長には勝てず最終的には折れた。
長は女王宛てに手紙を送り、許可が下りるまでの間この家で暮らしなさいと言った。
休憩所の管理人としての仕事を教えるから、と。
正直、口に出すのは恥ずかしいのだが、自分は家事なんて全くできない。
なぜならその一切を母がしていたから。
しかしこれから一人暮らしをする自分は掃除・洗濯ができなくてはやっていけない。
なにより休憩所…という名の喫茶店を任される自分はおやつ程度の料理は完璧にマスターする必要がある。
許可が下りるまでの一週間の間、自分はみっちりと教え込まれた。
おやつの作り方ともう一つを。
「はい、モゲテル先生の魔物講座一時限目です」
あの、何してるんですかモゲテルさん。
朝から夕まで続いた長の料理教室が終わり一息ついた頃。
モゲテルさんが小さい黒板を持って客間へとやってきたのだ。
「うん、どうも君は魔物の知識をあまり持ってないみたいだからね。
僕が少し教えてあげようと思ってさ」
あ、そうですか……じゃあ、よろしくお願いします。
教えを受ける立場なので自分はペコリと頭を下げる。
「はい、よろしくお願いします。ではまず基本事項。
魔物は人を傷つけたりしない、その命を尊重する。これはいいかな?」
自分は素直に肯く。
そのおかげで命が救われたんだから、それは理解している。
「では次。魔物は食事を摂らなくても生きていけます」
え? そりゃないでしょう。長は毎食摂ってるじゃないですか。
「うん、食べてるね。でもそれは代用であり、娯楽なんだ。
魔物が本当に必要とするのは精と呼ばれる魔力でね。
彼女たちは精さえあれば何も食べなくても生きていける」
へー、そうなんですか。じゃあその“精”ってのはどこから得ているんですか?
「精は男から得られるよ」
ふむ、精は男から…………男?
「そうだよ。魔物は男と交わって精を得るんだ。
魔物が美しい女性の姿をしているのはそのためなんだよ」
そ、そうなんですか……。じゃあモゲテルさんは村中の魔物と……?
この村は彼のハーレムで、自分はそこにやってきたお邪魔虫。
そんな考えが頭に浮かんだ。しかしモゲテルさんは首を振ってきっぱりと否定する。
「はっはっは、そんなことあるわけないじゃないか。僕はキエ一筋だよ。
だいたいグラキエスは男に色目を使ったりしないからね」
モゲテルさんの口から出たグラキエスという聞き慣れない言葉。
それが何なのかと自分は訊ねる。
「ああ、ごめん。グラキエスの事を先に話した方が良かったかな。
グラキエスっていうのはキエやグラちゃんの種族名。
魔力から生まれた亜精霊っていう存在で、普通の生物とはかけ離れた魔物だね」
彼女たちは精霊だったのか。言われてみると氷の精霊に相応しい姿だ。
「グラキエスは魔物の中でもかなり特殊で、男性を求めようとしない。
交わらなくても、男性の近くにいるだけで精を得ることができるんだ」
グラキエスってずいぶん便利な能力を持っているんですね。
傍にいるだけで精を得られるだなんて―――ん?
そのとき自分の頭の中にピンと閃くものがあった。
モゲテルさんは表情の変化からそれを読み取ったのか苦笑いを浮かべる。
あのー、休憩所の管理人ってまさか……。
「うん、働いて疲れた子のために精を分ける役目だね。
精とおやつで村人たちを癒すのが君の仕事だ」
自分は生きたパワーストーンですか。
「それは酷い言い方だよ。村の子たちは冷淡かもしれないけど、決して君を物扱いはしない。
ちゃんと付き合っていけばそれが分かる」
回復道具扱いか…と気が沈んだ自分と村人の両方にフォローを入れるモゲテルさん。
本当に気配りのできる人だ。
こういう大人になれたなら良いなと思いながら、自分は彼の講義を聞き続けた。
女王の許可も無事下り、長からおやつ作りの技を認められた次の日。
村にちょうど一軒だけある空家を少し改装し、自分は自宅を兼ねた休憩所を開いた。
内容は喫茶店のまね事とはいえ、あくまでも休憩所なので人でごった返すことは無い。
ちょっと一休み、と思った村人がやってくるだけだ。
内容としてはこんな感じ。
カランカランとベルを鳴らして村人(確かスーという名だったか)が入室し、適当なイスに腰かける。
自分はいらっしゃい、と声をかけ注文を取りに行く。
テーブルの上にあるメニューを見て、スーがおやつを決定。
「陶酔の果実のシャーベットもらえる?」
はい、わかりました。ちょっと待っててください。
注文を受けて自分は調理場へ向かう。
冷凍庫(雪を詰め込んだ箱だ)から凍りついた陶酔の果実を取り出し、シャリシャリになるまで砕く。
よく砕けたらそれを器に盛り、スプーンを添えてテーブルへ。
はい、お待ちどうさま。
「ん、ありがと」
モゲテルさんの言っていた通り彼女たちは自分を物扱いはしていない。
おやつを出されればちゃんと礼を言う。
「じゃあ、そっちに座って」
狭い部屋にある二人がけの小さなテーブル。
その対面に腰をかけると空気の冷たさとは違う寒気がゾワッと走る。
スーが自分から精を吸い取っているのだ。
この寒気がずっと続くわけではないが、この感覚にはなかなか慣れない。
自分は無言のまま紫のシャーベットを口に運ぶスーを見守る。
話す話題が無いのでこれは仕方ない。
そうしてただ座っていると、不意に寒気が消えた。
向かいのスーは空になった器にスプーンを放り、目を閉じてふぅ……と息を吐く。
精を吸い終えて少しは疲れが取れたのか、リラックスしているようだ。
そして十分ほど経つと、彼女は目を開けて椅子から立ち上がった。
「ご馳走さまね、モゲロ。また来るから」
スーはそう言い、扉を開いて外へと出ていった。
面倒な勘定などせず、すぐ出ていけるのが休憩所の良い所。
おやつ費用は全て村から出ているから、利益を気にしなくていい辺り自分にも良い。
さて、次の休憩者に備えて後片付けをしておかないと……。
自分は器を調理場に戻し、布巾でテーブルを拭う。
汚れてなんかいないけど、こういうことはキッチリしないとね。
テーブルを拭き拭き。イスをちゃんと並べて……こんなものかな。
スーが来る前と全く同じ姿に戻った休憩所を眺めてうなずく自分。
なんか自分も小腹が空いたし、何か作って―――あ、いらっしゃい。
こんな風に日々を過ごしていたある日、モゲテルさんがお客にやってきた。
「やあ、モゲロくんどうだい? 様子を見に来たよ」
そう言って笑顔を浮かべるモゲテルさん。
様子を見に来たと言うけど、心配なんてしていないのは一目で分かる。
おかげさまで大きな問題もなく回っていますよ。
特にラキとエスはよく利用してくれます。
「あの二人はちょっとサボリ気味な気もするけどなあ……。
悪いけど利用回数をメモしておいてくれないかい。
場合によってキエから注意してもらうから」
優しいけどそういう所はちゃんと締めるモゲテルさん。
ますます尊敬してしまう。
「それと……グラちゃんはどう? ちゃんと使ってる?」
久しぶりに聞いたグラの名。それでようやく自分は気がついた。
彼女が休憩所に来たことは一度もない、と。
「ああ…やっぱりか」
グラが利用していないと知り、モゲテルさんの顔に影が落ちる。
彼女が使わないと何かまずいのだろうか?
グラがどうかしたんですか?
「いや、どうかしたわけじゃないんだけどね……」
何ですか、気になりますよ。
「んー……そうだなあ。たいして隠すことでもないし…話しちゃってもいいかな」
モゲテルさんは何か一人で納得すると姿勢を正した。
「モゲロくん、君はもう村人たちとはそれなりに交流しているよね」
え? ええそりゃもう。
「それでさ、最初に氷の精霊と言われて想像したほどに彼女たちが冷たいと思うかい?」
いいえ、そうは思いません。
ドライかなと思いますけど、特に親密でないなら普通だと思います。
「そうだね。グラキエスは無知な人の偏見ほど冷たい存在ではない。
でも、グラちゃんは偏見通りの“氷の精霊”になろうとしているんだ」
偏見通りの精霊にって……何故です?
「うん、彼女はどうもコンプレックスを持っているみたいなんだ」
モゲテルさんはそう言って天井を見上げる。
「休憩所になってるこの建物はさ、元々は彼女の母親が住んでいたものなんだ。
だけど母親は男と結ばれてこの村から出ていった。
そしてどこか遠い街で彼女が産まれ、一人でこの村へやってきた」
語るモゲテルさんの目は遠い。
遠い過去のことを思い返しているのだろうか。
「彼女と両親に何があったのかは僕も知らない。話してくれなかったからね。
ただ、あの子は自分に人間の血が混ざっていることを忌んでいる。
だから氷の精霊らしくしようと人間を嫌悪し、ひたすら女王に忠実であろうとするんだ。
本当のグラキエスは違うっていうのにね……」
モゲテルさんはそう寂しげに言って顔を戻した。
「――とまあ、そういうわけで人間嫌いのグラちゃんだけど仲良くしてあげてよ。ね?」
調子を取り戻すように唐突に明るい口調で喋り出すモゲテルさん。
自分はその変化についていけず、はい……と濁した返答しかできなかった。
「よし。それじゃあ僕もおやつを頂こうかな。何かオススメのとかあるかい?」
ちゃんと休憩もしていくつもりなのか、モゲテルさんはメニューを広げる。
えーっと、そうですね…堕落の果実を使ったプリンとかどうでしょう?
「プリンか……良いね、それにしよう。一つお願いね」
かしこまりました…と答えたところでカランカランとベルの音。
はい、いらっしゃい―――あ。
休憩所に入って来た人物。
それは今さっき話していたグラ本人だった。
「あ、グラちゃんお疲れさま。君も休憩に来たのかい」
さっきまでの雰囲気を欠片も出さずにモゲテルさんは挨拶をする。
「休憩ではありません。長に頼まれてあなたを探していたんです」
グラはそう言って手にした封筒を差し出す。
「キエが? とすると……」
何か思い当たるフシがあるのか、モゲテルさんは受け取った封筒をビリッと破いて目を通した。
……なんか重要そうな封筒なんだけど、こんな場所で読んでいいの?
自分はそう思ったけど、口には出さないでおいた。
そしてモゲテルさんは中の書類をざっと読むと立ち上がる。
「モゲロくん、悪いけどプリンの注文はキャンセル。ちょっと用事ができたから行くね」
そう言いさっさと出て行くモゲテルさん。
後に残されたのはグラと自分の二人だけ。
えーと……休憩、していく?
「しない。ここへはモゲテルさんを探しに来ただけだ」
あ、そう……。
会話終了。
いや、だって、何を話せって言うのよ。
何か話題は無いのか。えーとえーと。
そういやさ、グラがここへ来たのって今回が初めてだよね。なんで使わないの?
理由はモゲテルさんから聞いたが、知らない振りをして本人に訊ねる。
「私は人間が好きではない。だからだ」
はっきりお前が嫌いだ、と言ってくるグラ。ちょっと心が痛い。
そうなの? でもモゲテルさんにはそんな態度をとってないじゃないか。
そう、これは自分にとっても疑問だ。
彼は長の夫という立ち位置であるが、それだけで彼女が態度を変えるとは思えない。
モゲテルさんには態度を変えるだけの何かがあるはずなのだ。
「そんなの―――お前には関係ないだろう」
そう吐き捨てるとグラは背を向けて出て行ってしまった。
どうも彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
仲良くしようとして逆に関係悪化するとは……。
自分はため息を吐いた。
その日の夜のこと。
自分が休憩所の片付けを終えたとき、モゲテルさんが訪れた。
「こんばんは。ちょっと時間大丈夫かな?」
大丈夫ですけど、自分に何か?
「えーと、落ち着いて聞いてね。君が出てきた村があるよね。
あの周辺を支配している領主が魔物側についたんだ」
魔物側についた。反魔物が親魔物になったということか。
そうですか。良かったですね。
「うん、良かったよ。ただ問題があってね。
上層部はすっかり親魔物なんだけど、村人レベルではそうじゃないんだ。
こういう場合、布告されてもなにかのデマだと思うのが普通でね。
だから村人だった君に直接行ってもらって、話をしてもらいたいんだ」
話ですか? でも自分は演説なんてできませんよ。
「いや、演説する必要はないんだ。魔物は人間を傷付けない。
一緒に仲良く暮らすことができる。村の中を回ってそう宣伝すればいい。ただ――」
ただ?
「君にとって忌まわしい村であるのも知っている。だから無理強いはしない」
どうする? と言うモゲテルさん。
自分は目を閉じる。
命からがら逃げ出し、全てを置いてきた場所。
いままで戻ってみようなどとは、一度も考えはしなかった。
何よりも母が恐ろしかったから。
でも、あれから時間は経った。
母も落ち着いて、ある程度正気を取り戻しているかもしれない。
なにより、今の自分はこの村で一人でちゃんと生活している。
もう、母の言いなりでしか生きられない子供ではないのだ。
………………行きます。
上手くできるか分かりませんけど、いろいろ気になりますから。
「……そうかい、ならお願いするよ。難しいことをするわけじゃないから硬くならずにね。
それと村人も同行するから、万が一の時も安心していいよ」
ポンと肩にかけられたモゲテルさんの手。
それは“よく決断したね”と言っているかのようだった。
珍しく雪が降っていない穏やかな日。
自分は道案内のグラと一緒に村へと向かっていた。
何故彼女かというと、一番外へ出ている村人はグラだから。
グラキエスは女王の命令でよく見周りをする。
侵入者や遭難者がいないかと、領内やその周辺を巡回しているのだ。
しかし、この仕事を進んでやりたがる者はいない。
退屈な事この上ないし、いるかどうか分からない人間を探して回るなんて面倒だからだ。
なのでたいていの場合、ローテーションを組んで順番で見回ることになる。
(ってモゲテルさんが言ってた)
しかしグラは“女王の命令だから”と率先してそれを行っている。
さらには面倒臭がりな村人は“借りにするから”と言って彼女に代ってもらうこともある。
そんなわけで、長など一部を除いて領地の外に一番詳しいのはグラなのだ。
二つの村の位置関係を知らない自分は無言で進むグラの背をただ追う。
何か話すべきかと思うが、機嫌を損ねる可能性を考えると口が開かない。
結局何も話さないまま村へ到着してしまった。
今日は天気が良いからか、村人たちの姿が外に多かった。
しかし自分とグラの姿を見ると、ヒッと息を飲んで家の中へ逃げこんでしまう。
……これは前途多難かな。
でもまあ、言われた通り宣伝はしておかないと。
えー、村のみなさーん!
布告があったと思いますが、この地域は魔物と同盟を結びましたー!
これはデマではありませーん!
声を張り上げながら村の中を行進する自分。
大声を出すことに慣れてないから喉が疲れる。
魔物が人間の敵というのは間違った情報です!
自分の隣にいる魔物は実際に命を救ってくれました!
信じ難いでしょうが「モゲロ!」
宣伝を遮るように響いた女の声。
自分が間違えることなんてない、耳に染み付いたこの音は―――。
声の発生源に顔を向ける。
そこに立っていたのはまぎれもない自分の母親。
元から老け気味だったけど、数ヶ月ぶりに見たその姿は、別れて十年も経ったかのようだった。
母はこちらに向かって駆けようとし……数歩で足を止めた。
そして困ったように視線を右左と動かす。
…ああ、魔物が傍にいるから近寄れないんだな。
ちょっとここにいて、とグラに伝え自分は母に近寄る。
……久しぶり、母さん。
「久しぶりモゲロ。お前……いままでどうしてたんだい?」
しっかりとした声。どうやら今の母は正気のようだ。良かった。
ちょっと魔物の村で世話になってたんだ。
あ、っていっても居候じゃないからね。ちゃんと仕事はしているから。
「魔物の村って……! よくそんなとこにいて無事だったねぇ…。
酷い目にはあわされなかったのかい?」
酷いことなんて何もされてないよ。村の魔物たちは皆良くしてくれたから。
自分は村でどう生活しているか母に語る。
母は興味深そうにフンフンと肯きながら聞いてくれた。
―――って感じかな。自分は今の生活に満足してるよ。
「そうかい、お前は今の生活に満足してるのかい…………」
うん。こんな日々が続いてくれたらいいなって――――――っ!
話している途中、突然体をぶつけてきた母。
予想していなかった自分は仰向けに倒れ込み、雪面に背を打ちつけた。
一体何をするんだ。そう思ったところで母が腕を振り上げるのが目に入る。
母は素手ではなかった。手に何かを持っていた。
細長くて、光っていて、赤い液体で濡れている物。
「モゲロッ!」
グラの声がスローに聞こえる。
いまさらになって腹部から痛みの信号が送られた。
「なに逃げ出しといてのうのうと暮らしてんだゴミ!!
産んでやった恩を忘れやがってこの役立たずが!!」
口角から泡を撒き散らし、刃物を振り下ろす母。
その目を見てようやく自分が失敗したことを理解した。
時間が経ったから…、なんて考えは間違いだった。
自分はもう二度と母と関わるべきではなかったのだ。
振り下ろされた刃が再び自分の腹に食い込む。
今度の傷は遅滞なく速やかに痛みを送ってくれた。
反射的に空気を吸い込もうと口が開き、そこからゴボッと泡立った血が吐き出される。
そして肺は空気の代わりに血液を吸い込み、窒息の苦しさがプラスされた。
「お前がマトモだったら今頃は――――ゲッ!」
再び刃物を振りかぶる母。しかしそれが振り下ろされることは無かった。
その前に駆け寄ったグラが横から蹴り飛ばしたから。
「邪魔すんじゃないよ魔物が!」
蹴られて転がった母は、起き上がると今度はグラに向かって刃物を突き出す。
しかし彼女はサッと横にかわすと、後頭部を殴ってあっさり母の意識を奪ってしまった。
ドサリと母が倒れ込むのを確認するとグラは自分のすぐ横へとしゃがみ込んだ。
「おいモゲロ! 大丈夫か!?」
大丈夫……と言いたいところだけど、口がうまく動かない。ただ血液混じりの空気を吐くだけ。
「っ……! おい、人間が死にかけてるぞ! 助けようという者はいないのか!」
立ち上がってグラは声を張り上げる。しかし応じる者は誰もいない。
みんな窓際からチラチラと覗くだけだ。
腹を中心とした激しい痛みがだんだんと薄れていく。
そしてその代わりというかのように強くなる眠気。
自分はそれに耐え切れず、やがて目を閉じてしまった。
―――最初に聞こえたのは、ピチャピチャという液体の音と誰かの呼吸音。
その次に感じたのは柔らかさと冷たさ。
冷たいけど柔らかい物が両頬を挟んでいて、口の中で何かが踊っている。
その次は香り。
微かにだけど、スゥッとするような良い匂いが鼻の奥を通っていった。
五感とともにだんだん意識が覚めていって、自分はついに目を開く。
「はふ…っ、まだ…起きない、のか……? ん…まったく……っ…」
目蓋を開いてすぐ前にあったのは最大にアップされたグラの顔
彼女は目を閉じ、両手で頭を掴んで、自分と舌を絡め合うような深いキスをしていた。
……なんで彼女はこんな事をしているんだろう?
疑問に思ったが、自分の頭は半分ぐらい未覚醒。
心地良さが驚きに勝り、もっとしていたいと舌を動かしてしまう。
「ん…っ…動き、が…?」
より彼女と舌を絡めようとした自分。
しかしその動きが意識的すぎたのか、グラは目を開いてしまった。
「ぷぁ……っ。目が覚めたならさっさと言え。余計に時間を過ごすところだった」
グラはそう言い、ベッドの上に自分の頭を下ろして手を離す。
あ、これ自分が使ってた枕だ。ってことは母さんの家か。
「腹の調子はどうだ? 出血は完全に治まっていると思うが」
その言葉にハッ、と自分は思い出す。
自分が気絶する前に何があったのかを。
グラが……助けてくれたんだよね。ありがとう。
「死なせるわけにはいかないから仕方ない。実に不本意なやり方だったが」
不本意なやり方って……治癒の魔法で治したんじゃないの?
「私は癒しの魔法など使えない。だから交わりで傷を塞いだ。
交わりの最中なら魔物の魔力で人間の生命が維持されるからな」
そうなんだ。魔物にはそんな……えっ!?
一瞬、目を開いた時の光景が鮮明に浮かび上がった。
え? え? なに? もしかして自分って寝てる間にグラとシちゃったの!?
当然ながら自分は女性経験は無い。
相手がグラなら不満は無いし、命がかかっていた事態だから仕方ないが、
何も知らない間に童貞を失ったのは衝撃だった。
「そんなわけあるか。したのはキスだけだ。舌を絡めた深い口づけは交わりの範疇に入る」
あ、そうなの……。
ホッとしたような、ガッカリしたような、複雑な感覚が胸に広がる。
そうだ、母さんはどうなったの?
「気絶させた後、連れてきて縛った。今は隣の部屋で寝ている」
そうか……迷惑かけたね、ごめん。
親子そろってグラの手を煩わせたことに頭を下げる。
「全くだ。これ以上私に面倒をかけるな。それで、腹はどうなんだ?」
ズキズキ痛むけど酷くはないかな。ちゃんと動けるよ。
「なら早くこの村を出よう。休むのは自分の家でした方がいい」
グラはそう言うと扉を開けて出ていった。
おそらく母の拘束を解きに行ったのだろう。
縛ったまま放置していったら、今度は母の命が危うくなるから。
グラキエスの村へ帰って今回の件を報告すると、モゲテルさんは土下座して謝った。
「本当にごめん! 僕が村へ行かせたせいで……!」
その勢いはというと、床に顔をぶつけてメガネにヒビが入るほど。
正直そんなに謝られるとこっちの方が悪く思ってしまう。
村に行くって言ったのは自分なんですから、モゲテルさんは気にしないでください。
これは……親子喧嘩!
そう、家庭の事情で親子喧嘩して勝手に怪我しただけなんですよ!
延々と謝り合う自分とモゲテルさん。
それを眺めていた長は無限ループを終わらせようと口を開く。
「とにかく、モゲロくんはもう二度とあの村へは行かない方がいいわね。
あなたは怪我が良くなるまで休んでなさい。休憩所の臨時閉鎖は私が皆に伝えておくから。
これで話はおしまい。はい、解散!」
パンパン! と手を叩いて長はorzなモゲテルさんを立ち上がらせる。
自分は痛む腹を抱えながら家へと戻った。
刺されてから数日後。
痛みも消えてすっかり健康に戻った自分は休憩所を再び開くことにした。
数日とはいえ誰も使わなかったテーブルや床はうっすらとホコリが積もっている。
いつもより念入りに掃除をし、OPENの札をかかげる。
さて、今日はどのくらい村人が来るだろうか。
多ければそれだけ望まれているということだから、そうなって欲しいな。
そんなことを考えていると早速カランカランとベルの音。
開場直後にお客さんとはこれは良い出だしだろうか。
はい、いらっしゃい―――グラ?
本日一番目の客。
それはほとんど利用したことが無いグラだった。
どうかしたの、グラ?
見ての通りモゲテルさんはいないけど……。
彼女はツカツカと歩くと、イスに腰かけメニューを開く。
なんだろう。メニューに問題でもあるのだろうか?
「…………虜の果実のゼリー」
は?
「虜の果実のゼリーと言った」
え、食べていくの?
耳を疑い、自分は聞き返してしまう。
「私が食べたらいけないのか?」
今ので気分を害したのか、グラはジロッと睨んできた。
自分はブンブンと横に首を振る。
いやいや、そんなことないよ。村人なら誰でもいつでもOKだから。
えーと、虜の果実のゼリーね。少々お待ち下さい。
自分はいそいそと調理場へ入る。
虜の果実の保存箱から一つ取り出しよく擦り潰す。
シロップと共にゼリーの成型容器へ入れ、凝固剤を加えてはい完成。
あとは皿の上に空けてスプーンと一緒に持っていくだけだ。
はい、おまたせしました。
グラの前にゼリーを置いて自分は部屋の中央に立つ。
この部屋は広くないので、二人がけのテーブル二つでほぼ一杯になる。
部屋の中央というポジションは、四人が同時に精を吸収できる位置なのだ。
人によっては対面に座れと言うこともあるけど、グラはそうではないだろう。
ならばある程度距離を取っていた方がいい。
―――そう思ったんだけど。
「………モゲロ、そこに座れ」
え? そこってどこ?
彼女の言う“そこ”がドコなのか分からず訊き返す自分。
「私の前にあるイスだ。そこにかけろ」
わからん奴だな…と呆れた目をするグラ。
どういう気まぐれなのか分からないけど、とりあえず言われた通りに腰かける。
するといつものような寒気が体を襲った。精を吸収し始めたのだ。
「………………」
わざわざ座らせたものの、グラはとくに喋らずゼリーを口に運んでいく。
自分も余計な口は利かずその様子をただ見る。
スプーンで細かく切られては、口の中へ消えていくゼリー。
彼女の口元を見ていると、数日前にキスをしたときのことが思い浮かぶ。
あれは救命のためであり、決して色っぽい意味はなかった。
だというのに、自分はもう一度グラとキスをしたいと考えてしまう。
あの舌の触れあう快感をまた味わってみたいと思うのだ。
……まあ、そんな事を口に出す度胸はないので“思うだけ”だけど。
しばらく黙々とゼリーを食べていたグラだが、2/3程を食べたところで口を開いた。
「モゲロ、少しテーブルの上に手を出してくれ」
手? 構わないけどどっち?
「右手でいい。こちらへ伸ばせ」
グラの指示通りにテーブルの上に右手を置く。
すると彼女はスプーンを持っていない左手を手の甲に重ねた。
いったい何のつもり……あれ?
自分に重ねられたグラの手。その手は温度を持っていた。
人間と比べるとかなり低いが、霜焼けしそうな氷の冷たさではない。
なんか熱があるよグラ!?
こんなとこにいないで家で休んでなよ!
彼女の体温は人間でいうなら6、70度が出ているようなものだ。
外を歩き回っていい温度ではない。
(人間ならとっくに死んでいるというのは置いておく)
「……そうか、やはり熱があるのか私は」
やはりって、それだけ熱があればはっきり自覚できるでしょ!?
早く立って! 家まで送るから!
自分は完全に理解した。
今日のグラがおかしいのはこの熱のせいだ。
自分はイスから立ち上がり、グラへ近寄る。
ゼリーなんて食べてないで、立ちなって!
体が動かないなら、おんぶしたっていいからさ!
自分はグラの腕を掴んで強引に立ち上がらせる。
「あ…モゲロ……」
グラはもう一人では立てないのか、ヨロリとにこちらにしがみついた。
ちょっ……しっかりしてよグラ!
「大丈夫…大丈夫だからもう少しこのまま……」
このままじゃダメでしょ!?
今のグラは普段の姿から想像できないほどにグダグダだ。
なので自分はもう宣言した通りにおぶって行くことにした。
グラ、おんぶして送っていくよ。
だからいったん腕を離してくれる?
しがみ付かれたままの体勢で運ぶのは難しい。
一度離れてもらわないと……。
「いい…送らなくていいから。それより精、精が欲しいの……」
そう言ってギュッと抱きついてくるグラ。
密着すると精の吸収力が上がるんだろうか?
分かったよ。帰ったら好きなだけ精を吸わせてあげるから。だから家まで行こう?
「ダメ…今すぐ欲しい……」
グラはそう言うとこちらの股間をスッと撫でてきた。
ちょっ…! どこ触って…!?
「触れ合うだけじゃダメ、足りないの……。もう、交わらないと……」
交わるって……。
「ね、お願い…私とセックスして……」
彼女の口から出た言葉。
その意味を理解した瞬間、顔に血がのぼった。
セッ……それこそダメだって!
「……ごめんなさい、今までのことは全部謝るから。だから―――」
申し訳なさそうな顔をするグラ。
どうやら彼女は今までの態度のせいで断られたと思ったようだ。
もちろん自分は嫌いでなんかない。
別に謝らなくていいよ。グラを嫌ってなんかいないから。どちらかと言うと好きだし。
「そうなの……? なら」
でも交わるのは別だよ。そういうことは好き合ってる者同士じゃないとやっちゃいけない。
グラのことは好きだし、もし相手をしてくれるというのならとても嬉しい。
でもこんな状態で弱った心につけこむような真似はしたくない。
「…………私、あなたの命を助けてあげたわよね。二度も」
しかしグラはそうではなかったようだ。
彼女は“命の恩人”という最終兵器を持ちだしてきた。
たしかにグラは命を助けてくれたけど、それとは関係無いじゃないか。
「……そうよね。あれは私が勝手にしただけよね。あなたが気にすることじゃないわよね」
気にすることじゃないと口にしながらも、彼女の目は責めるようにジーッと見つめてくる。
…………そういう言い方は卑怯じゃないかな。
「卑怯でも何でもいいわよ。あなたと交わるためならなんでもするわ」
ダメだ。今のグラはどうしようもない。
……本当に大丈夫なの?
「ええ、あなたの精をもらえばすぐ元気になれると思う」
わかった、相手をするよ。場所を移そう。
いま自分たちがいるのは休憩所の休憩室。いつ誰が入ってくるのか分からない。
「嫌。今すぐしたいの」
移動する間も惜しいのか、この場で交われと言うグラ。
でもそんな危ない真似は……。
「す・ぐ・し・た・い・の。早くしないと人が来る可能性が上がるわよ」
彼女は喋りながらズボンのボタンを外し手を入れてきた。
「あなたもこんなに硬くなってるじゃない。早く私の中に入りたいんでしょう?」
すっかり人肌並の温度になったグラの手。
なめらかで柔らかい指先が下着をずらし、男性器を外へと引きずり出す。
「背は低いのにここは立派ね。……私のも見せてあげる。お見合いね」
グラは身を離すとテーブルの上に腰かけて股を開く。
だが目に映るそこには何もない。
青いタイツを履いているかのようにのっぺりとしている。
「なんでグラキエスのココがツルツルなのか分かる?
それはね、万が一にも好きな男以外には見せたくないからよ」
ツゥッ……と股間をなぞるグラ。
指が通った後にはパカリと開いた口があった。
「これが私のおまんこ。あなたのちんぽが入る場所よ……」
そう言って指で広げて見せるグラ。
体液が穴からしたたり、テーブルに水たまりを作った。
自分はその光景にすっかり目を奪われ、そのままテーブルの上に彼女を押し倒してしまう。
「あら、我慢できなくなった? でも心配するならもっと優しく倒して欲しいんだけど」
グラの言う通り、今のはかなり乱暴だった。
自分はごめん…と謝る。
「ん……いいわよ、許してあげる。じゃあ……ちょうだい」
小さなテーブルの上で寝たままグラは膝を立てる。
自分はそれを押し開き、男性器を彼女の穴にあてがう。
「うん…そのまま真っ直ぐ………んっ! あ、あ…入って……く、る…!」
初めて侵入した彼女の膣内。
それは肌よりもずっと熱くてぬめっていた。
「お、お…っ! ちんぽっ…! ちんぽ、がズブズブって……!」
見た目と裏腹に高い熱を持った青い肉のひだ。
それが自分のモノに吸い付き、擦れあい快感を生み出す。
「も…もっと、奥までっ……! 全部、入れてっ…!」
グラはこちらの腰に足を回して、後ろから押してくる。
ゆっくりと挿入していた自分だったが、その力で根元まで押し込まされてしまった。
「くぅっ……! 先っぽ、当たったっ…!」
一番奥まで入った自分のモノ。その先端が熱くて柔らかい壁の様なものにぶつかる。
「そこ、子宮口ね……。長さが足りないから、中には入れないけど……」
よほど気持ち良いのか声を震わせるグラ。
自分は手を伸ばして長い髪をそっとなでる。
「あっ………。ありがとう…」
そうするとグラは嬉しそうに目を細めて微笑んでくれた。
………やばい、可愛い。
グラさ、口調が変わったの気付いてる?
「口調……? あ、そうね、なんか変わってる。……もしかして、この喋り方は嫌?」
指摘された途端、不安げな顔になって見つめてくるグラ。
もちろん自分はそんなことはない。
ううん。こっちの方が女の子らしくって好きだよ。
そう言って安心させるようにまた自分は髪をなでた。
「そうなんだ……やっぱり女の子らしい方が…」
グラはそう呟くと胸当ての中心に指を当て、スッと縦に動かした。
すると布が切断されたようにハラリと横に落ちた。
青白い肌の乳房と濃い青をした乳首が外の空気にさらされる。
グラ、なんで胸当てを?
「え? だって女の子っていったらおっぱいでしょ?
あまり大きくないけど……ほら」
グラはこちらの右手を取って膨らみに押し当てる。
うっ……柔らかい。
初めて握った女性の胸。
それはフニフニして、温かくて、いつまでも触れていたくなるような手触りだった。
「ん……モゲロの手、気持ち良い。もっとこねて……」
グラはとろんとした目つきになり、熱い吐息を吐き出した。
腰に回された足が解け、ダランと投げだされる。
自由になった自分は腰を引いて彼女の中から男性器を引き抜く。
「あっ、抜いちゃ………ひっ!」
男性器が抜けていくことを残念がるグラ。
その言葉が終わる前に強く突き入れる。
「あ…あぁぁ……今の、すごい…良かったよ……。
もっと…して欲し―――んんっ!」
彼女に言われるまでもない。
男性器を前後させることによる膣壁との摩擦はこの上ない快感を生む。
自分は彼女の望むままに腰を動かし続けた。
「あ…あ…モゲロッ! あなたのっ、ちんぽ…良すぎっ! もう…中毒になりそうっ…!」
中毒? それは良いかもしれない。
そうなればグラはずっと自分を求めてくれるようになるだろう。
すっかり快楽に溺れた自分の頭は“そうしよう”と、より彼女を責め立てる命令を出す。
両手で彼女の胸をいじくり回し、ひたすら腰を打ちつける。
グラは大きく足を開いて自分を受け入れ、ひたすら嬌声と喘ぎを吐き出す。
……ああ、もうすぐ出そうだ。
「あっ、あっ、モゲロっ、もうっ…出す? 出すなら…私の中に、お願い…っ!
孕ませてくれて…いいからっ!」
子供ができても構わないと、よだれをこぼしながら言うグラ。
彼女の許しを得た自分は、最奥まで突き入れて精を放つ。
「く…ぁぁっ! 出て…るっ…! あなたの精液…美味しすぎっ!
もっと、出してっ…! お腹、いっぱいにっ…!」
全て絞り出してやると言わんばかりに締めつけるグラの膣。
自慰とは比べ物にならないほどの快感と射精が続く。
「あはっ、まだ…出るのねっ…! これなら…妊娠、するかもっ……!
いいわよ…あなたの種でお腹、膨らませて……っ!」
妊娠を望む言葉をグラは矢継ぎ早に繰り出す。
自分もただ彼女を孕ませようと。腰を押し付けて最後まで出し尽くした。
自分とグラは繋がったまま快感の余韻にひたる。
お互い何も喋らずただ抱き合うだけだけど、胸の中は幸福感で満たされている。
世界の終わりまでこうしていたいと思うほどに。
―――冷静に考えればそんなことしてる場合じゃなかったんだけど。
カランカランとベルの鳴る音。
それが耳に入り、自分はハッと気を取り戻した。
が、その時には全て遅かった。
「ふう…ちょっと一休み――――あら?」
ここは誰でも使える休憩所。
事が終わったならば、すぐさま後片付けをして全ての痕跡を消すべきだったのだ。
扉を開けて入ってきたのはスー。
彼女はテーブルの上で抱き合っている自分たちを見てパチパチと瞬きをした。
次にゴシゴシと目をこすり、再び自分たちを見る。
「………お邪魔しました」
そしてそっと扉を閉めて外へ出ていった。
スーは村人の中ではお喋りな方だ。
自分とグラが休憩所で交わっていたという事実は、夕方には全村民の知る所となっていた。
そしてその夜、自分たちは長の家へ呼び出された。
「村の中で話が流れているのだけど、あなたとグラが交わったというのは本当のこと?」
……はい、本当です。すみませんでした……。
事実確認する長に、自分は身を縮めながら答える。
休憩所であんないかがわしい行為に及ぶなんて、普通なら逮捕ものだ。
「あ、勘違いしないでね。別に君たちを罰するために呼んだわけじゃないから。
だから緊張しないで楽にしてくれていいんだ」
そうなんですか? でも公共の場であんなことをしていたわけですし…。
「正直にいうと、もう少し場所を選ぶべきだったかなと僕も思うよ。
でも、誰かが怪我したり損したわけじゃない。君たちを呼んだ理由は場所とは関係ないんだ」
そうだよね? とモゲテルさんは長を見る。
その視線を受けると長は一つ肯き、グラに向かって口を開いた。
「グラ。あなたはモゲロくんと関係を持ったわけだけど……、
これからもその関係を続けていくつもりはあるのかしら」
問うというより、確認に近い口調で言う長。
「はい、私はもうモゲロ以外の男に興味が持てそうにありません。
これからはずっと彼を愛して生きていこうと思います」
長に対するグラの口調は以前と変わないまま。
しかしその言葉は柔らかく、顔には微笑が浮かんでいた。
その返事に長も優しい笑みを浮かべ、満足したようにうなずく。
「良い返事ね。男と付き合っていくのは困難もあるけど、
あなたなら必ず乗り越えられるわ。頑張って」
長の励ましの言葉に、力強く肯くグラ。
「はー、それにしてもグラちゃんもついに男の人と結ばれたかあ……。
安心したような、寂しいような、複雑な気分だよおじさんは」
そう言って苦笑いを浮かべるモゲテルさん。
でも、彼はおじさんなんて呼ばれる年齢ではないだろう。少なくとも見た目は。
「いや、僕はおじさんだよ」
そりゃあ、実年齢はそうなのかもしれませんけど……。
おじさんは見た目と実年齢のどちらで決まるのだろう?
そんなこと考え始めた自分の肩を、グラがトントンと指で叩いた。
ん、何だいグラ?
「モゲロ、モゲテルさんはおじさんなのよ。知らなかったの?」
知らないなあ。モゲテルさんの実年齢っていくつなの?
「そうじゃなくて“伯父さん”。モゲテルさんは私の父の兄」
………はい?
「あれ、説明してなかったかな?」
え……。なにも、聞いたおぼえが無いんですけど……。
「そうだったかー。では改めて。グラの伯父のモゲテルです、よろしく」
モゲテルさんはあいさつをして礼儀正しく頭を下げる。
自分も釣られるように、よろしくお願いします…と下げてしまった。
ここにきての意外な事実だったが、グラの態度の謎がようやく解けた。
モゲテルさんは目上の親族だったから、ああいう風にしていたのだ。
「これで親戚も増えて目出度いねえ! あー、でもやっぱり寂しいなぁ」
喜んだり寂しがったりとモゲテルさんは忙しい。
でも自分たちは村を出て行くわけじゃないんだから、そこまで寂しがらなくても……。
「そういう寂しさじゃあないんだよ。
今までのグラちゃんにとって、一番の人間は僕だったじゃない。
でもこれからは二番だ。トップはぶっちぎりで君だからねえ……」
でも…それは仕方ないじゃないですか。
「そうなんだけど、そうなんだけどー。ううっ…寂しいよー」
普段のモゲテルさんからは考え難い、子供のような振る舞い。
そんな彼を長が優しく抱きしめる。
「いつかはそうなるって分かってたじゃない。そんなに寂しがらないでモゲテル。
ほら、ギュッてしてあげるから……」
「うー……キエぇぇ……」
モゲテルさんも長に泣きつき、二人の世界になりつつある客間。
もう話すこともないだろうと、自分とグラはその場を去った。
こうして自分はグラと恋人とも夫婦ともつかない関係になった。
(結婚式のような事は何もしていないから)
自分は休憩所を引き払い、グラの家に引っ越した。
後はもう毎日毎日二人だけの爛れた性活……とはいかない。
グラにも自分にもやるべき仕事はあるからだ。
「ん……ちゅ…っ。ぷ…ぅ」
昼下がりの休憩所。
疲れを癒そうと、自分の唇を貪るのはグラ―――ではない。
「れ…ろっ……。ん―――っ。
ふぅ……。モゲロの唾液はやっぱり美味しいわね」
口元をベトベトにして微笑むのは、サボリ二人組の一方であるラキ。
この村に来てから、自分は休憩所の管理人としてずっと村人たちに精を吸わせていた。
自分は知らなかったことだが、グラキエスは直接的な交わりを行わなくても、
長期間特定個人の精を吸収することで、グラのようになってしまうらしい。
あるときグラはそれを知り、休憩所の完全閉鎖を長に訴えたが、
美味しいおやつと精に慣れ切ってしまった村人たちはそれに反対。
圧倒的多数の意見により、休憩所は存続されることとなった。
あとはまあ……分かるだろう。
一人、また一人とグラのように“溶けて”しまい、
最終的にこの村は自分のハーレムのようになってしまったのだ。
「うふふ……さあモゲロ。わたしと一つになりましょう?」
ラキは女性器を露出させると、床の上に押し倒してくる。
そして男性器を掴み挿入――しようとしたところで新しいお客さん。
いらっしゃ―――あ、グラ。
ラキと繋がる寸前で入ってきたのは、臨月ですっかり腹の膨らんだグラだった。
「あら、こんにちはグラ。あなたも休憩?
悪いけどわたしの方が先だから、少し待っててちょうだい」
エスを混ぜた三人ですることも多いラキは、見られることが好きだ。
今回はグラに自分との交わりを見せつけようというのだろう。
しかしグラは穏やかでない感情を込めてジロリと彼女を睨み言う。
「……見周りの分の貸しはあなたにどれくらいあったかしら。
たしか二桁にまで減ってはいなかったわよね?」
ラキに対して貸しをチラつかせるグラ。うっ……とラキは息を詰める。
……そんなに借りを作っていたのかラキ。いくらなんでも少しはマジメにしようよ。
「うっ…ううう……グラの卑怯者っ!」
恨みの言葉を叫んでラキは立ち上がる。
「そのセリフを吐きたくないなら、早く借りを返すことね。
借りがあるうちは私の目の届く所でモゲロと交わらせなんてしないわよ」
涼しい顔でグラは言い返す。
「きっ…汚い! さすがグラきたないっ!」
なにが流石なのか自分には分からないが、ラキは捨て台詞を吐いて休憩所から出ていった。
……グラ、今のは酷すぎじゃないかな。もう入れる直前だったんだし。
彼女がしたことは、最高級のデザートをスプーンですくい、
口の中に入れ、舌の上に落とそうとした所で取り上げたようなものだ。
「……なによ、あなたはそんなにラキとしたかったの?」
いや、決してそんなことは……。
自分は否定する言葉を口から吐くが、その勢いは弱い。
あのままラキとしたかったのも事実だから。
「そう、私には飽きたのね。妊娠してる女とはセックスしたくないっていうのね。
ええ、分かってるわよ。男は一人でも多くの女を孕ませたいっていうのは。
やっぱり帰るわ。この子を産んで胎が空いたらまた来るから」
拗ねて嫉妬して怒るグラ。
ハーレム状態になってからというもの、彼女はあまり機嫌が良くない。
もし逆の立場なら自分もそうなるだろうと思うから、強くも言えない。
機嫌を直す方法はただ一つ。優しく接してあげること。
背を向けて帰るフリをするグラを、後ろからそっと抱きしめる。
「何の真似よ。孕んだ女は好みではないんじゃないの?」
そんなわけないよ。今のグラはとっても素敵だ。
自分はグラをなだめながら壁際へと誘導する。
ちゃんと分かっているグラは言わずとも壁に手をつく。
自分が背中をスッとなぞると胸当てが外れて床へ落ちた。
前より幾分か膨らんだ両胸がふるりと揺れる。
胸、ずいぶん大きくなったよね。
後ろから手を回して、彼女の胸を弄りながら言う自分。
「んっ、それは……孕んだからで……」
そうだね。お腹もそうだし、グラは前よりずっと綺麗になった。
「…本当? でまかせの、嘘じゃないわよね?」
嘘じゃないよ。前のグラより今のグラの方が好きだ。
「そう……。でも、そうしてくれたのはあなたよね……」
機嫌が良くなってきたのか、グラの声に熱がともる。
「ねえ、私はもっとあなたに好きになってもらいたいの。
他の女に興味を持たないぐらいに…。あなたはどんな女が好き?
必ずそうなるから私に教えて?」
自分好みの女になってみせると言うグラ。
しかし自分は今の彼女で十分満足だ。望んでなってほしい姿などない。
グラのなりたい女でいいよ。
好きになることはあっても、嫌いになることなんてないから。
「そうなの? でもなにか無い? もっと髪が長い方がいいとか……」
何でも良いと言われグラは困り顔。
うーん、困らせたままなのも何なので一つ口にしておこうか。
そうだなあ。強いて言うなら……。
「強いて言うなら?」
優しいお母さんになってほしい、かな。
産まれてくる子供には、自分のような目にあってほしくない。
ちゃんと母親に愛されてほしいと思うのだ。
「優しいお母さん? それがあなたの好みなの?」
うん。“好き”の意味がちょっと違うけど、グラにはそうなってほしいかな。
「優しいお母さんか……。分かったわ。私、必ずそうなってみせる」
グラは声に力を込めて答えると、自らの股間へ片手を伸ばした。
彼女の女性器が露出し、床へと透明な糸がたれる。
「お母さんなら、まず赤ちゃんを喜ばせてあげないといけないわよね。
協力してよ、お父さん?」
挑発するようにクスリとグラは笑う。
自分も笑みを浮かべ、彼女の腰を掴み挿入する。
「う……ん、っ…! ちんぽ、来た……っ!」
もう回数を覚えていないほどに侵入した彼女の膣内。
自分専用にこなれた肉穴は、最も快感を与える強さで締め付けてくる。
その穴を広げるように腰を進ませると、そうしないうちに行き止まりにたどり着いた。
胎に子を抱えたおかげで子宮が重くなり、行き止まりの壁が降りているのだ。
大きく育った自分のモノはこのままでは全て入らない。
自分はこのままでも十分気持ち良いのだが、今のグラはそれでは満足しない。
「破って…いつもみたいに。赤ちゃんに挨拶してあげて……」
もっと入れて欲しいとねだるグラ。
自分はそれに応え、先端をむりやり押し込む。
「お……、くっ…! あは…っ、入った……!」
小さな子宮口をこじ開け、膨らんだ子宮の中へついに男性器が入った。
先端が胎児に当たり、子供の位置が少し動く。
「じゃあ……動いて。赤ちゃんに飲ませてあげて…」
背を向けて立っているグラはあまり腰を動かせない。
こちらが気持ち良くしてあげないといけないのだ。
柔軟体操ではないが、一度開いた子宮口はしばらくのあいだ柔らかいままだ。
腰を引いて叩きつけると、男性器はほんの弱い抵抗で子宮の中まで入る。
子宮の中は膣以上に敏感なのか、突き入れられるたびにグラは嬌声をあげる。
「んぁ…っ! 子宮…ズボズボ、良いっ…! 最高よ…モゲロッ!」
長い髪を振り乱しながら悶えるグラ。
背中はじっとりと汗をかき、芳しい香りをほのかにただよわせる。
震える胸は青い乳首から母乳を滴らせ、白い水玉模様を床に作っていた。
そうこうしているうちに、こみ上げてくる射精感。
もう出すよ、とグラに囁いてひときわ強く腰を押し付ける自分。
「うん…出してっ! 子宮にぶっかけて……! 赤ちゃんにっ…飲ませてあげてっ……!」
ぎゅぅっと締めつけるグラの膣と子宮口。
自分はゾクゾクッとした快感と共に男性器から精液を吐き出した。
「あ、子宮に、精液がっ……! 赤ちゃん、喜んでるっ…!
あっ、ダメ、そんなに…暴れちゃ―――あうぅっ!」
グラの体がブルブルと震えだす。
色味ががった液体がボタボタとグラの穴から溢れ出た。
そして挿入したままの男性器の先端にグイグイと押し付けられる胎児の肉体。
これはまさか……。
「産まれる…みたい……。赤ちゃんが、暴れちゃって……」
産まれるの!? 待って、すぐ抜くから!
快感の余韻など味わってはいられない。
自分は急いで腰を引き、男性器を抜いた。
栓が無くなり、零れる羊水の量が格段に増える。
「ん……ぐっ! あ、あ、あ……!」
壁に爪を立てて息むグラ。膝が落ち中腰のようになる。
苦痛はないと聞いていた自分だが、心配になり大丈夫かと声をかけてしまう。
「だい…じょう、ぶ…よっ…! 気持ち…良くって……!」
声に大量の艶を含ませて言葉を搾り出すグラ。こんな声は聞いたことがない。
「ひ…うっ…! 子宮口が…、開いちゃっ……あぁっ!」
腹の膨らみが目に見えて下がり、グラの指先が木の壁に食い込む。
「まんこ…広がって、るっ…! 赤ちゃん、通ってるよぉっ…!」
グラは目尻からポロポロと涙をこぼす。
やがて膣口が大きく開き、青白い肉壁とその奥から出てくる頭が見えるようになった。
「が、ぁっ……! あたま、が…出るぅっ!」
胎児の中で一番大きい頭部。
それは入口を目一杯に押し広げ、ジワジワと降りてきていた。
「あっ、あっ、あっ、抜け、る……っ!」
ついに顔を出した子供。その肌は母親と同じグラキエスの青色。
青と紫の美しいグラデーションの髪は様々な体液で濡れていた。
「ひっ、ひっ…! もう……出ちゃぅっ…! 赤ちゃん、出ちゃぅっ!」
グッと強く息んだ瞬間、子供の胴体がズルリとすべり、ボトッと床に落ちる。
産まれた子供はケホッとむせて肺の中の液体を吐き出すと、すぐ静かな呼吸になり眠り始めた。
「あ……あ……産まれ…ちゃっ、た………」
グラはよほど体力を消耗したのか、床に膝をついて壁にもたれている。
自分はお疲れ様と声をかけ、彼女の股の間にいる子供に手を伸ばす。
精霊だからか、子供にはへその緒がなく、簡単に抱き上げることができた。
(その割にへそ自体はあるのが謎だけど)
……グラによく似て可愛い子だ。
育てば相当な美人になるだろうなこれは。
名前はなんてつけようか。
娘の顔を眺めながらそんな事を考えていると、ベルを鳴らしてスーが入ってきた。
「モゲロー、今日もお願い……」
彼女は自分が抱えている子供と、壁際でへたっているグラを見てパチパチと瞬き。
そしてゴシゴシと目をこすり、再び自分たちを見る。
……なんか前にもなかったっけ、こんなこと。
「………おめでとう」
そして既視感通りスーはそっと扉を閉めて外へ出ていった。
きっと子供が産まれたことを広めに行ったんだろう。
まあ、前回と違って隠すような事じゃないからいいけど。
「……モゲロ、そろそろ私にも抱かせてくれない?」
自分がスーを見ている間に回復したのか、グラが立ち上がって腕を差し出した。
はいどうぞ、とまだ濡れたままの娘を自分は渡す。
グラは優しく受け取ると胸に抱きかかえ、笑みを浮かべた。
「これで私たちも完全にお父さんとお母さんね。
優しくて良いお母さんになってみせるから、頑張って育てましょう?」
ね? と同意を求めてくるグラ。
もちろんだと自分も返し、湿ったままの娘の髪をなでる。
自分たちの雰囲気を感じ取ったのか、眠っている子供も口をほころばせた。
「―――じゃあ、そろそろ部屋を綺麗にしましょうか」
あ、そうだね。他の人も来るだろうし、綺麗にしておかないと。
今の村人たちは交わりばかり望むので、片付けはもう手慣れたものだ。
しかし今回の出産は体液の量が全く違う。
なにしろ腹の中にあった羊水が広範囲に広がっているのだから。
次の利用者が来る前に急いで拭わないと……。
そう考え、雑巾を取りに調理場の方へ歩き出した時。
バン! と勢いよく扉が開かれた。
「モゲロの子供が産まれたって本当!?」
「ホントだ! グラが抱いている!」
「うわー、可愛い……!」
「わたしも欲しいなぁ……」
「ちょっとー! 見えないじゃない! 前の人どいてー!」
どれほどの伝達速度なのか、自分たちを見に村人がどっと押し寄せてきた。
見せろ、中に入れろと押しあいへし合い。
急に騒がしくなり、静かにしていた娘がむずがりだす。
そしてその様子にグラが声を張り上げた。
「みんな出て行きなさい! この子が嫌がってるでしょ!」
それほど大きくはなかったが、その声には有無を言わせぬ迫力があった。
これが母親の貫録というものなのか。
グラに一喝されて、野次馬たちは渋々と休憩所から出ていき、また二人だけの静けさが戻る。
その中でグラは深い溜息を吐いた。
「はぁ………困ったわ」
うん、あんなに騒がしくされるとね……。
でも数日もすれば元通りになるよ。
子供は珍しいから、しばらくの間ちょっかい出されるかもしれないが、
そう経たないうちに興味も薄れて、静かな生活に戻れるだろう。
「そうじゃないわよ………」
意味が分かってない…とグラはまた溜息を吐いた。
―――そして、その日の夜に自分は溜息の意味を知ることになった。
「んぁっ! モゲロのっ、ちんぽ、来てるぅっ!」
「もっと……グチュグチュ、してっ…! 手首まで…入れて、いいからっ…!」
「陶酔の果実ジュース飲ませてあげるわね。んむ……んー、ふぁぃ、くひあへへぇ……」
「ねえ、ラキ。私たちが種付けしてもらえるのって、いつになるんだろ」
「考えたくないわねエス。こんなことになるならもっと早く来ればよかったわ……」
自分とグラ、二つのベッドが並んだ寝室。
今はその部屋に大勢の村人が押しかけていた。
もちろん今までも村人が夜の交わりに訪れたことはあった。
だがこんなに多いのは初めてだ。
その原因はやっぱり昼間の出来事。
子供を抱いているグラを見て、早く子供が欲しいと村の誰もが思ったのだ。
その結果次から次へと客が訪れ、交代交代で種付けする事態に。
自分のモノは一つしかないので、前の人が終わるまで待たねばならない。
しかしそれを退屈と考えた一人が準備運動と称してキスをしたことから、
手を使い、足を使い、女同士で絡み合い、のパーティになってしまった。
グラはこんな光景見ていたくないと、娘を連れて長の家へお泊まり。
妻に実家に帰られた夫の気分というのはこういうものなのだろうか?
腰の上に跨るスーを突き上げながらそう考えるが、
近づく絶頂に複雑な思考はできなくなり、自分はただ快楽の波に溺れていく。
「あ、あ、出してっ! わたしも孕ませてっ!」
孕んで膨らんだグラよりも大きいスーの胸。
揺れるそれを見上げながら、自分は精を放つ。
「きゃはっ! モゲロの精液来たっ! もっと出してっ!
あなたのちんぽ汁で妊娠させてぇぇっっ!」
膣内射精を受け、唾液を飛ばしながらよがるスー。
快感と共に彼女の胎内をドロドロにしながら、微かに残った思考で自分は思った。
―――これからは一人産まれるたびにこうなるのだろうか、と。
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