禁じられた仮装
魔物化は病気にも似ている。
魔物の魔力が満ちた地で生活すれば、知らず知らずのうちにその身を蝕む。
水や食料まで汚染し、どれだけ餓えようと飲食に用いることはできなくなる。
自覚症状が出てしまえばもはや手遅れ。
(人間としての)致死率100%という恐るべき“病気”である。
そして怠惰で無能な王というのはいつの時代もいる。
まだ初期のうちに報告を受けていれば、対処することができたかもしれない。
しかし無能の下に付く者もまた無能。
各地の責任者たちは自分の管理責任を問われることを恐れて密かに収拾しようとし失敗。
その結果として爆発的に魔界が広がってしまったのである。
いまや王国のほとんどは魔物が蠢き、生きた人間を襲う地獄絵図。
そこで王は一つの命令を出した。
“まだ魔物になっていない健康な男女を城に集めるのだ。
城門は封鎖し、ネズミ一匹通さぬ厳戒態勢で教団の到着を待つ”
王はそう命令し、空飛ぶ鳥に教団への救助要請を託した。
王により城へ集められた人々。
詳しい事情を知らされていない彼らは、この召集は何なのかと互いに口にのぼらせている。
やがて最後の女が連れて来られると、兵は誰も出入りできぬように王城の門を完全に閉め切った。
ざわざわと大勢の話し声が響く広間。
そこに現れた王はよく通る声で演説をする。
“この国は魔物に満ちた魔界と化してしまった。君たちがこの国最後の生き残りだ”
その言葉に召集されて来た者たちは皆顔を青くする。
状況が悪いと耳にしてはいたが、そこまで酷いとは……。
“だが安心して欲しい。この城の防備は完璧だ。いかなる魔物がこようとも破ることはできない。
教団への救助要請も出してある。我々は教団の救いが来るまで安全な城の中で待っていれば良いのだ”
続いて出た言葉に人々はある程度の安堵を得た。
この王は頼りにならないが、教団なら話は別だ。
きっと勇者たちがやってきて、魔物どもを駆逐してくれるだろう。
“さて、君たちもただ助けが来るまで待ち続けるなど退屈なことだろう。
そこで仮装舞踏会を開きたいと思う。どんな服装、どんな化粧をしようとも私は決して咎めない。
城の中で恐怖に慄いていると思っている魔物どもに、愉快にしている様を見せつけてやろうではないか”
こんなときに舞踏会を開くなど非常識な。
誰もがそう思ったが、王に対して意見する者はいない。
城から追い出されたら困るし―――なにより、この状況を忘れるには都合が良かったからだ。
その日の夜、さっそく1回目の舞踏会が開かれた。
初回ということで皆遠慮しているのか、派手な者はあまりいない。
元から性癖があったのか、女性用のドレスを身にまとう小柄な男。
憧れでもあるのか軽い鎧を装備し、女騎士を気取る女。
その他さまざまな衣装の者が広場で踊り、談笑し、飲食している。
言い出した王も当然仮装してその中に紛れ込んでいる。
王はボロ布を探してきて全身に巻き、浮浪者の姿に扮していた。
そして見知った者にも、初めての者にももっと派手に、もっと奇天烈にしろと声をかけて回る。
そのように広間を歩いていた王は一人の女に目を止めた。
王は知らなかったが、その女は最後に城に入った女である。
私は仮装しろと言ったのだぞ。お前の服はただの平服ではないか。
女はこの舞踏会の意義を理解していないのか、普段着のままであった。
「申し訳ありません王さま。わたし、仮装という物をどのようにすれば良いのか分からなくて……」
いかにも無知といった感じの娘。あまり位が高い者ではないのだろう。
だがその顔はこれ以上ない美しさ。叱りつけてやろうとした王も息を飲んでしまうほど。
この城にある服や道具、なにを使っても構わない。町娘の格好をやめて違う姿になるのだ。
お前なら豪華なドレスを着て女王などが似合うのではないか?
王は娘が仮装して玉座に座る姿を想像し、実に絵になると考えた。
「仮装とはいえわたしが女王になるなど恐れ多いことです。下働きの使用人になるのが精々でしょう」
自らを卑下し王の提案を断る娘。
普段ならば王は気を悪くしただろうが、不思議とそのような感情は湧いてこなかった。
メイドでも何でも構わん。着替えてくるのだ、早く。
王はただこの娘の違う服装を見てみたいと思い、仮装を促す。
「わかりました。では少し席を外させていただきます」
一礼をし、広間を去る娘。
王はその後ろ姿を見送ると再び広間の中を歩き始めた。
一通りの仮装を見て回り、壁に背を預け広間を眺める王。
次はもっと派手にさせなければと考えていると、一人のメイドが飲み物を持ってやってきた。
「一ついかがでしょう、王さま」
グラスを受け取ろうと目を向け、そしてあの娘であると王は気付いた。
似合っているではないか。だが、本当にメイドの仕事をする必要はないぞ。
「せっかくの仮装ですから。この程度はいいでしょう?」
娘はそう言って微笑む。
その顔を見た王は、自らの底から欲望が湧きあがってくるのを感じた。
では、仮装ついでに個人的な仕事を頼んでも良いだろうか。
「なんでしょう。わたしにできることなら構いませんが……」
舞踏会が終わった後でいい。私の部屋で一つ仕事をしてもらいたい。
「あら、それは……」
娘は恥ずかしげに顔を染め、言葉を濁す。
王の頼んだ仕事というのは夜伽。
メイドとして主の性の相手を務めろということだ。
「わたしなどで良ければ……」
小さい声で、しかしはっきりと肯定の意を示す娘。
王は満足げに頷いた後、グラスを受け取り一口飲んだ。
夜も更け、今回の舞踏会はお開き。
集められた人々は一旦眠ろうと、与えられた部屋へと帰っていく。
だがその中にあの娘の姿はない。
「んっ…! 王、さまっ……!」
豪華な王の寝室。
天蓋付きのベッドの上で娘は王と交わっていた。
犬のように背後から犯され、嬌声をあげる娘。
その顔は生まれつきの売女が初めて男を得たかのように蕩けている。
「いかが……ですかっ!? わたしのまんこは……っ!」
ただの町娘なのに、卑猥な言葉を頻繁に口にして王の情欲を煽る女。
娼婦をやっていなかったというのが不思議に思えるほどの淫猥さだ。
ああ、お前の穴はとても具合が良いぞ。今まで抱いた女の中で一番だ。
「うれしい……。もっと、良くなってくださいねっ……!」
そう言ってさらに力を入れ王の性器を搾りたてる娘。
その快感に王は、必ずこの娘を自分の物にしてやると決意を固めた。
もちろんただの町娘を妃にすることはできない。身分の差がありすぎるからだ。
だが情婦ならば地位や出自は問われない。
ただ気に入ったというだけで、近くに置いて味わうことができるのである。
「王さま…っ、もう…出しますかっ……?」
射精の訪れを感じ取ったのか娘は確認を取る。
王はその通りだと頷くと、娘の中に精を放った。
「あ……あっ! 王さま、の精がっ……! 中に、だなんてっ…!」
欲望を満たすために膣内射精した王。娘が孕むかもしれないから避妊しようとは思わない。
それどころか妊娠してしまえば自分から逃げることはできなくなると考え、一滴残らず流し込もうと腰を押し付ける。
「もぅ…デキてしまいますよぉ……」
娘はこの行為を深刻に捕えていないのか、困った王さまだ…と苦笑するだけ。
王はその様子に嫌悪はしていないと理解し、再び娘と交わり始めた。
城に閉じこもり連日連夜催しを開こうが時間は流れる。
教団がいつまでたってもやってこないことに、人々は不安を強く感じ始めた。
そして膨れ上がった不安に比例するかのように、仮装はより派手に、より奇怪になっていく。
そしてその日も同じように開かれた仮装舞踏会。
倦怠もあり、どんな仮装が出ても驚かなくなっていた人々が突如ざわめく。
王は一体何事かと、ざわめきの中心点に目を向けると、それを見開いた。
二本の角。
コウモリの翼。
ハート形の先端を持つ尾。
それは魔物、それももっとも代表的な魔物であるサキュバスの仮装であった。
王は町娘がそんな姿をしていることに愕然とし、次に怒りを感じた。
どんな仮装も許すと言ったが、それは不謹慎だろう!
教団からの返答がないことでもっとも不安を感じていたのは王だった。
そのため大事にしている娘ということも忘れ、怒鳴りつける。
その仮装を脱げ! いますぐだ!
城内の最高権力者の叱責にもかかわらず、娘は艶やかに微笑むだけ。
お気に入りの娘が反抗したことで、王の怒りはさらに高まる。
誰でもいい! そいつから仮装をはぎ取れ!
娘が従わないので周囲の者に命令する王。
しかし微笑む娘に威圧感を感じ、誰も近寄ろうとしない。
それどころか気圧され距離を開こうと後ろに下がっていく。
いてもたってもいられなくなった王は自分で剥がしてやろうと、
広間の人々をかきわけ、娘へ近づいていく。
すると娘は身をひるがえし、扉の一つを開いて逃げ出した。
暗い通路を付かず離れず進むんでいく娘。
物にぶつかり、段差につまずき、ここが何処なのか見失いながら娘を追い続ける王。
やがて先を行く娘からトントンとテンポよく足を打ちつける音が聞こえ始めた。
それで王は自分が階段を上っていることに気付く。
トントントン。
ドンドンドン。
二人の足音が狭い階段に響く。
やがて行き止まりの扉の前で、王は娘を捕まえた。
やっと捕まえたぞ。なんて仮装をしたんだお前は。
私が剥いでやる。その後はお仕置きだ。
娘が何を考えてこのような仮装をしたのかは分からない。
だが自分を怒らせ、反抗的な態度を取ったことは確かな事実。
どんなお仕置きをしてやろうかと考えながら、王はコウモリの翼を掴んで引っ張る。
「痛いですよ王さま。そんなに引っ張らないでください」
何が痛いだ。どうせノリかなにかでくっ付けているんだろう。こんなものすぐに取ってやる。
王は力を込めて引っ張っぱるが翼は取れない。
そのため力づくは止め、仕掛けを解除しようと根元へ手を伸ばした。
一体どういう仕組みで張り付いて……む?
さわさわと王は翼の根元を撫でる。しかしその手先に機械的な仕組みは感じ取れない。
まるで体から直接生えているような―――。
王がそこに思い至ったとき、バサバサと娘は翼を羽ばたかせてみせた。
「仮装ではありませんよ、王さま」
にっこりと娘は笑い扉を開く。その向こうは月がまぶしい夜空。
二人がたどり着いたのは城で最も高い尖塔だったのだ。
「抵抗なんて、無駄だったんです」
娘の背後で満月に照らされ空を飛びまわる異形の影たち。
ネズミ一匹通さない城の防備。魔物とて破れるはずがない。
魔物は初めから城内へ入り込んでいたのだった。
魔物の魔力が満ちた地で生活すれば、知らず知らずのうちにその身を蝕む。
水や食料まで汚染し、どれだけ餓えようと飲食に用いることはできなくなる。
自覚症状が出てしまえばもはや手遅れ。
(人間としての)致死率100%という恐るべき“病気”である。
そして怠惰で無能な王というのはいつの時代もいる。
まだ初期のうちに報告を受けていれば、対処することができたかもしれない。
しかし無能の下に付く者もまた無能。
各地の責任者たちは自分の管理責任を問われることを恐れて密かに収拾しようとし失敗。
その結果として爆発的に魔界が広がってしまったのである。
いまや王国のほとんどは魔物が蠢き、生きた人間を襲う地獄絵図。
そこで王は一つの命令を出した。
“まだ魔物になっていない健康な男女を城に集めるのだ。
城門は封鎖し、ネズミ一匹通さぬ厳戒態勢で教団の到着を待つ”
王はそう命令し、空飛ぶ鳥に教団への救助要請を託した。
王により城へ集められた人々。
詳しい事情を知らされていない彼らは、この召集は何なのかと互いに口にのぼらせている。
やがて最後の女が連れて来られると、兵は誰も出入りできぬように王城の門を完全に閉め切った。
ざわざわと大勢の話し声が響く広間。
そこに現れた王はよく通る声で演説をする。
“この国は魔物に満ちた魔界と化してしまった。君たちがこの国最後の生き残りだ”
その言葉に召集されて来た者たちは皆顔を青くする。
状況が悪いと耳にしてはいたが、そこまで酷いとは……。
“だが安心して欲しい。この城の防備は完璧だ。いかなる魔物がこようとも破ることはできない。
教団への救助要請も出してある。我々は教団の救いが来るまで安全な城の中で待っていれば良いのだ”
続いて出た言葉に人々はある程度の安堵を得た。
この王は頼りにならないが、教団なら話は別だ。
きっと勇者たちがやってきて、魔物どもを駆逐してくれるだろう。
“さて、君たちもただ助けが来るまで待ち続けるなど退屈なことだろう。
そこで仮装舞踏会を開きたいと思う。どんな服装、どんな化粧をしようとも私は決して咎めない。
城の中で恐怖に慄いていると思っている魔物どもに、愉快にしている様を見せつけてやろうではないか”
こんなときに舞踏会を開くなど非常識な。
誰もがそう思ったが、王に対して意見する者はいない。
城から追い出されたら困るし―――なにより、この状況を忘れるには都合が良かったからだ。
その日の夜、さっそく1回目の舞踏会が開かれた。
初回ということで皆遠慮しているのか、派手な者はあまりいない。
元から性癖があったのか、女性用のドレスを身にまとう小柄な男。
憧れでもあるのか軽い鎧を装備し、女騎士を気取る女。
その他さまざまな衣装の者が広場で踊り、談笑し、飲食している。
言い出した王も当然仮装してその中に紛れ込んでいる。
王はボロ布を探してきて全身に巻き、浮浪者の姿に扮していた。
そして見知った者にも、初めての者にももっと派手に、もっと奇天烈にしろと声をかけて回る。
そのように広間を歩いていた王は一人の女に目を止めた。
王は知らなかったが、その女は最後に城に入った女である。
私は仮装しろと言ったのだぞ。お前の服はただの平服ではないか。
女はこの舞踏会の意義を理解していないのか、普段着のままであった。
「申し訳ありません王さま。わたし、仮装という物をどのようにすれば良いのか分からなくて……」
いかにも無知といった感じの娘。あまり位が高い者ではないのだろう。
だがその顔はこれ以上ない美しさ。叱りつけてやろうとした王も息を飲んでしまうほど。
この城にある服や道具、なにを使っても構わない。町娘の格好をやめて違う姿になるのだ。
お前なら豪華なドレスを着て女王などが似合うのではないか?
王は娘が仮装して玉座に座る姿を想像し、実に絵になると考えた。
「仮装とはいえわたしが女王になるなど恐れ多いことです。下働きの使用人になるのが精々でしょう」
自らを卑下し王の提案を断る娘。
普段ならば王は気を悪くしただろうが、不思議とそのような感情は湧いてこなかった。
メイドでも何でも構わん。着替えてくるのだ、早く。
王はただこの娘の違う服装を見てみたいと思い、仮装を促す。
「わかりました。では少し席を外させていただきます」
一礼をし、広間を去る娘。
王はその後ろ姿を見送ると再び広間の中を歩き始めた。
一通りの仮装を見て回り、壁に背を預け広間を眺める王。
次はもっと派手にさせなければと考えていると、一人のメイドが飲み物を持ってやってきた。
「一ついかがでしょう、王さま」
グラスを受け取ろうと目を向け、そしてあの娘であると王は気付いた。
似合っているではないか。だが、本当にメイドの仕事をする必要はないぞ。
「せっかくの仮装ですから。この程度はいいでしょう?」
娘はそう言って微笑む。
その顔を見た王は、自らの底から欲望が湧きあがってくるのを感じた。
では、仮装ついでに個人的な仕事を頼んでも良いだろうか。
「なんでしょう。わたしにできることなら構いませんが……」
舞踏会が終わった後でいい。私の部屋で一つ仕事をしてもらいたい。
「あら、それは……」
娘は恥ずかしげに顔を染め、言葉を濁す。
王の頼んだ仕事というのは夜伽。
メイドとして主の性の相手を務めろということだ。
「わたしなどで良ければ……」
小さい声で、しかしはっきりと肯定の意を示す娘。
王は満足げに頷いた後、グラスを受け取り一口飲んだ。
夜も更け、今回の舞踏会はお開き。
集められた人々は一旦眠ろうと、与えられた部屋へと帰っていく。
だがその中にあの娘の姿はない。
「んっ…! 王、さまっ……!」
豪華な王の寝室。
天蓋付きのベッドの上で娘は王と交わっていた。
犬のように背後から犯され、嬌声をあげる娘。
その顔は生まれつきの売女が初めて男を得たかのように蕩けている。
「いかが……ですかっ!? わたしのまんこは……っ!」
ただの町娘なのに、卑猥な言葉を頻繁に口にして王の情欲を煽る女。
娼婦をやっていなかったというのが不思議に思えるほどの淫猥さだ。
ああ、お前の穴はとても具合が良いぞ。今まで抱いた女の中で一番だ。
「うれしい……。もっと、良くなってくださいねっ……!」
そう言ってさらに力を入れ王の性器を搾りたてる娘。
その快感に王は、必ずこの娘を自分の物にしてやると決意を固めた。
もちろんただの町娘を妃にすることはできない。身分の差がありすぎるからだ。
だが情婦ならば地位や出自は問われない。
ただ気に入ったというだけで、近くに置いて味わうことができるのである。
「王さま…っ、もう…出しますかっ……?」
射精の訪れを感じ取ったのか娘は確認を取る。
王はその通りだと頷くと、娘の中に精を放った。
「あ……あっ! 王さま、の精がっ……! 中に、だなんてっ…!」
欲望を満たすために膣内射精した王。娘が孕むかもしれないから避妊しようとは思わない。
それどころか妊娠してしまえば自分から逃げることはできなくなると考え、一滴残らず流し込もうと腰を押し付ける。
「もぅ…デキてしまいますよぉ……」
娘はこの行為を深刻に捕えていないのか、困った王さまだ…と苦笑するだけ。
王はその様子に嫌悪はしていないと理解し、再び娘と交わり始めた。
城に閉じこもり連日連夜催しを開こうが時間は流れる。
教団がいつまでたってもやってこないことに、人々は不安を強く感じ始めた。
そして膨れ上がった不安に比例するかのように、仮装はより派手に、より奇怪になっていく。
そしてその日も同じように開かれた仮装舞踏会。
倦怠もあり、どんな仮装が出ても驚かなくなっていた人々が突如ざわめく。
王は一体何事かと、ざわめきの中心点に目を向けると、それを見開いた。
二本の角。
コウモリの翼。
ハート形の先端を持つ尾。
それは魔物、それももっとも代表的な魔物であるサキュバスの仮装であった。
王は町娘がそんな姿をしていることに愕然とし、次に怒りを感じた。
どんな仮装も許すと言ったが、それは不謹慎だろう!
教団からの返答がないことでもっとも不安を感じていたのは王だった。
そのため大事にしている娘ということも忘れ、怒鳴りつける。
その仮装を脱げ! いますぐだ!
城内の最高権力者の叱責にもかかわらず、娘は艶やかに微笑むだけ。
お気に入りの娘が反抗したことで、王の怒りはさらに高まる。
誰でもいい! そいつから仮装をはぎ取れ!
娘が従わないので周囲の者に命令する王。
しかし微笑む娘に威圧感を感じ、誰も近寄ろうとしない。
それどころか気圧され距離を開こうと後ろに下がっていく。
いてもたってもいられなくなった王は自分で剥がしてやろうと、
広間の人々をかきわけ、娘へ近づいていく。
すると娘は身をひるがえし、扉の一つを開いて逃げ出した。
暗い通路を付かず離れず進むんでいく娘。
物にぶつかり、段差につまずき、ここが何処なのか見失いながら娘を追い続ける王。
やがて先を行く娘からトントンとテンポよく足を打ちつける音が聞こえ始めた。
それで王は自分が階段を上っていることに気付く。
トントントン。
ドンドンドン。
二人の足音が狭い階段に響く。
やがて行き止まりの扉の前で、王は娘を捕まえた。
やっと捕まえたぞ。なんて仮装をしたんだお前は。
私が剥いでやる。その後はお仕置きだ。
娘が何を考えてこのような仮装をしたのかは分からない。
だが自分を怒らせ、反抗的な態度を取ったことは確かな事実。
どんなお仕置きをしてやろうかと考えながら、王はコウモリの翼を掴んで引っ張る。
「痛いですよ王さま。そんなに引っ張らないでください」
何が痛いだ。どうせノリかなにかでくっ付けているんだろう。こんなものすぐに取ってやる。
王は力を込めて引っ張っぱるが翼は取れない。
そのため力づくは止め、仕掛けを解除しようと根元へ手を伸ばした。
一体どういう仕組みで張り付いて……む?
さわさわと王は翼の根元を撫でる。しかしその手先に機械的な仕組みは感じ取れない。
まるで体から直接生えているような―――。
王がそこに思い至ったとき、バサバサと娘は翼を羽ばたかせてみせた。
「仮装ではありませんよ、王さま」
にっこりと娘は笑い扉を開く。その向こうは月がまぶしい夜空。
二人がたどり着いたのは城で最も高い尖塔だったのだ。
「抵抗なんて、無駄だったんです」
娘の背後で満月に照らされ空を飛びまわる異形の影たち。
ネズミ一匹通さない城の防備。魔物とて破れるはずがない。
魔物は初めから城内へ入り込んでいたのだった。
12/07/29 16:52更新 / 古い目覚まし