読切小説
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大百足の純心と狩猟
今、俺は広大な森の中で、絶賛逃走中だ。
え?何からって?
いくつも足があって長い胴体をしたムカデの下半身に、陰気なツラをした女の上半身を合わせた魔物娘から、だ。

逃げろ逃げろ逃げろ。
絶対に捕まってたまるか!!!

ザザザ…ザザザ…

後ろから俺を追ってくる音が、ずっと付いてくる。

いくつもの足を器用に操り、蛇の様にクネクネと蛇行しながら、ものすごい勢いで追いかけてきやがる。

「ど、どうして逃げるんですかぁ…待ってくださぁい…」

逃げるに決まってんだろ!
お前に捕まる訳にはいかねえんだよ!

「おぞましい怪物が!来るんじゃねぇ!
お前のつがいには、絶対にならねえ!」

「…ふえーん!…スン…スン…酷い……こんなにも愛しているというのに…何がダメなんですかぁ…!私の、どこがぁ…?」

本当におぞましい…。

「そのわざとらしい嘘泣きに始まり!色々全部ひっくるめて、性格だよ!
その肉を狩る為の凶暴な下半身も、大嫌いだね!!
ていうか、嘘泣きするにしても停まってやりやがれ!全速で走りながら空々しいセリフを吐けれると余計に怖いんだよ!」

俺はもっとこう、可愛らしくて平穏な、優しい女の子の方が好きなんだ!
魔物娘だからって偏見は無い。
俺は寧ろ、魔物娘は好きだ。
だが!アイツだけは絶対にダメだ!
あの牙!毒!絡み付いて2度と離すまいとする、執念!
自分の思い通りにする為なら、相手を快楽付けにする手練手管!
あの、陰気な性格も嫌だね!
ジメッとして、伏目がちで、腹の中では性悪な事を考えていやがる!
女の子はもっと、明るく朗らかな方が絶対良い!
あの女に捕まったら最後だ。死ぬまでしゃぶり尽くされる。

「停まってくださぁい…話し合いましょう…よぉ…?
アナタには何だか…誤解があると思うんです…だから…お願いします……」

「絶対に止まるもんか!お前の魂胆は見え透いてんだよ!俺が止まったが最後、凶悪な毒でお前の好き放題されんだろうが!
お前とだけは絶対に関係を何一つ結ぶ気は無い!もう追ってくるな!」

…これだけ言っても、あの女には全く止まる気配が無い……

一体、どうしてこうなった?






〜回想〜

俺はこれでも一端の冒険家だ。
これまで何度も人の立ち入らない危険な場所に行っては貴重な資材を発見して来た。
結構な活躍をしてきたという自負がある。
まぁ、プロってヤツだ。

そんな俺もそれなりに歳をとって、そろそろ身を固めようかなんて考えていたんだが、そんな時にこの大森林の深部での貴重な資材の採取の依頼を受けた。

この森はジパング地方にある。

ここの魔物娘は、比較的人に好かれる様に進化しているらしく。
人との「和」ってモノを持っている。
俺は話に聞いていた、可憐で優しく奥ゆかしく穏やかな「大和撫子」と出会える事を期待して、その依頼を受けた。
良い魔物子との出会いがあれば、その子と身を固めるのも悪くないなぁ、なんて思いながら。

依頼の品自体は難なく入手出来た、俺もプロだ、俺の手にかかればお茶の子さいさいってもんだ。
そんで、少しのんびり帰ろうかと帰路に着いたんだが、途中で小さな洞窟で休憩して行く事にした。

休む前に、中に危険なモノは潜んでいないか確かめた、プロとしては当然だ。

すると、洞窟の中に何かの気配がする事に気がついた。

今思えば、ここで逃げとけば良かったんだ。

中から何か聴こえた、耳を澄ますと女のさめざめとすすり泣く声が聴こえてきた。
洞窟の中に生息する魔物娘だったり野生動物だったりってのは、比較的に、大抵厄介な者が多い。
それは分かっていたんだが、「嫁探し」だなんて浮かれていた俺はつい優しくしちまった。
まぁ、俺と同じくこの森に仕事で入った人間の娘の可能性もあったからそう悪い選択では無かった。
悪かったのは、俺が声をかけちまった「相手」だ。

洞窟内は真っ暗で少し入り組んでいて、相手の姿は見えなかった。
だが、依然としてスンスン泣いてる様だった。

俺は声をかけた。

「お嬢さん、お困りかい?
俺は冒険家として活動しているモンだ。
ここに仕事のついでの休憩がてら立ち寄ったんだが、お前さんの声が聴こえてな、泣いてるみたいで心配になったんだ。俺に出来る事だったら手を貸すぜ?」

「冒険家のお方…ですか…。
…実は…私、怪我をしてしまって…良ければ…包帯になりそうな物と傷薬をくださいませんかぁ…?」

「おう、それだったら持ってきてるぞ。
怪我はどれくらい深いんだ?
そんな物だけで、大丈夫なのか?」

「…はい…それだけあれば…なんとかなると思います…」

…なんだか、虫の知らせというか不穏なモノを感じた俺は洞窟内には立ち入らない事にした。

「お嬢さん、洞窟の中は暗く足元も滑る、悪いがここから投げさせて貰うぞ?」

「…………………………………はい………………。
どうぞこの辺りにお投げ下さい。」

ポンと投げつける。大体声の辺りに落ちただろう。

「…ありがとうございます。…見知らぬ私なんかを助けてくれるなんて…とてもお優しいんですね…。
私、こんなに優しくして貰ったの…生まれて初めてです…。
嬉しい…です…。」

「い、いやぁ、大袈裟だなぁ、良いって事よ。
助け合いだろ、こういう時は。ハハ…」

「…あの…どうかお礼をさせて貰えないですか…?
…こちらに来て下さい。…依然森で見つけた貴重な宝石があるんです…。
アナタに貰って欲しいんです…。
どうぞ、こちらに。」

…なにかおかしい。というか悪い予感しかしない。逃げた方がいいか。

よし、逃げよう。何かヤバい。
必要だというものはくれてやった。
後は、自分で何とかするだろう。

そろそろと距離を取る。

「…………………痛い!…痛い痛い痛い痛い痛い!
助けて下さい!…痛い…」

突然、女が悲痛な叫び声を上げた。

何だ!?

「ど、どうした!?何があった!?」

「助けて下さい…痛い痛い痛い…」

洞窟の中から大量の血が流れてくる。

尋常な量じゃあ無い。

…ッ!クソッ!仕方ない!

急いで装備の中の松明に火を付けて洞窟に入る。

「おい!大丈夫か!?」

中に少し入ると、岩の陰に、陰気なツラをした女が身を隠す様に座り込んでいた。

その姿は全身が血に塗れていた。

「おい!何があった!?生きてるか!?」

「…やっぱり来てくれた…。
アナタは優しいから…。
…とても嬉しい…」

女はこちらを振り向くと、ニタリと笑う。

ワナだ。

この女の下半身はムカデのモノだ。

魔物娘だった。

魔物な事自体それは良いが、コイツは確か「大百足」だとか言う凶暴な魔物だ。

女の足元には、大型の野生動物のひしゃげた死体が転がっている。

流れ出ていた大量の血は、この死体の血だ。

俺を誘き寄せる為に、捕獲していた獲物を、その凶悪な形をした下半身で巻き付き、血を絞り上げたんだろう。

「…大丈夫…痛くしないから…」

あっと言うまもなく、俺の体に大百足が巻き付く。

「…離さない…逃がさない…アナタがとても好き…とっても幸せにしてあげる…」

女は口を大きく開き、ゆっくりと近づいてくる。
口の中には2本の大きな犬歯がスラリと伸びている。
聞いた話では、この犬歯で獲物に毒を送りこみ、快楽漬けにして生涯の伴侶とするらしい。

なんて事だ…人生で1番のピンチに陥っちまった。
俺はここで、この女に捕まって一生を送るのか?
それは、それだけは絶対に嫌だ。

顔は整っている、悪くない。
長く伸びた黒髪は色気がある。
スレンダーな体。
見た目だけなら、ストライクなのだ。だが。

だが、俺の好みの、穏やかで優しく朗らかな「大和撫子」とはまるでかけ離れている。
俺は平穏無事な余生を過ごしたいんだ。

人を騙し誘い込む狡猾さ、ウジウジとした口調に性格、何よりその凶暴な生態。
「平穏無事」とは真逆の存在だ。
何より思いやりとか優しさとか、暖かなものが感じられない。


此処で捕まってたまるか!
絶対に逃げ出す!
生きて帰る!

頭脳をフル回転させ必死に打開策を考えた、そういえば、と閃く。
大百足は、人間の男の唾液が弱点だと聞いた。
本当に効くのか、信じ難い情報ではあるが、その一縷の希望に賭けるしか無い。


俺は噛まれるより先に、この女の唇を奪い舌を絡めて濃厚なディープキスをする。
存分に舌と舌を絡める。

大百足はこちらがそんな事をするとは露ほども思ってなかったのだろう、目を見開き、ビックリしている。
素の表情というか、そういう反応は可愛らしく見えなくも無いが、騙されるな俺。
出来るだけ唾液を送れる様に、俺の口を押し付け大百足の頭をこちらにガッと掴み引き寄せる。
傍から見れば、俺がコイツに熱烈なキスをしている様に見えるのだろう。
まぁ実際そうなんだが、そんな甘いシーンじゃあ無い。
俺にとっちゃ生きるか死ぬかの瀬戸際だ。

これで何の意味も無かったら、俺は只の馬鹿だな。


一分程必死でディープキスをし続けた。
すると、異変が起こった。
大百足はまたたびに酔った猫の様に蕩けた様になった。

クラクラとフラフラと、朦朧としている。
隙が出来た!
今だ!
緩んだ拘束から素早く逃げだし、一目散に駆ける。

逃げろ逃げろ逃げろ。
絶対に捕まってたまるか!!!

「あぁ…待って…!待って下さい…!」

〜回想終わり〜

〜そうして今に至る〜。

という訳だ。

逃げて逃げて逃げて、もうしばらく走れば森を抜けられる!

そこまで逃げれば流石に追ってはこないだろう。
俺もさっきからずっと走りっぱなしだ、疲れが溜まってきた。挫けそうだ。
だが!
ゴールは存在する、諦めてはいけない!
諦めるな俺の足!動き続けるんだ!

「…待ってぇ…待ってぇ…」

待つ訳あるか!
やけにかわいらしい声を出すんじゃ無い!
本性は分かってるんだよ!
もう諦めてくれ!

「おい!もういい加減諦めろよ!
俺は逃げ足の速さには自信がある!
追いつけやしない!
それに、俺がお前を好きになる事は無い!
無駄な事やめて、お前を好きになる人間を捕まえればいいじゃねぇか!
お前は美人だ!きっといい人が現れる!
だからもう追ってくるな!」

「イヤですぅ…きっと…絶対に…アナタは私の事を好きになるだろうって確信があるんです…だから…少しで良いんです…私とお話ししてください…それで、もしお互いが合わないって分かったら私…諦めますから…だから…」

なんて空々しい提案だ。
止まったら最後、強制的に、快楽漬けの一生を送る事になる。
話し合いが必要なら、何故最初にそうしない?
何度も言うが、本性が見えてるんだよ!
俺の好みとは全く外れた、優しさや温かみの無い、冷徹な獰猛さがな!
やってる事が、「狩り」なんだよ!

「イイや!お前は絶対に話し合いなんかしない!
俺が止まれば即拘束するだろうぜ!
俺がお前を好きになるって確信がある?
それはお前が、そうなるまで毒で俺を冒すからだろうが!」

「…そんな事…!…ありません…!」

こんな事を言いあっていても、意味が無い。
大事なのは、捕まるか、逃げ切るか、だ。

逃げて逃げて、ツタやら何やらの、長くのびた草木が乱雑に生い茂る場所に入る。

冒険家としての経験と習慣が役に立った。
この森に入る前に事前に地形のチェックをしていて助かった、知っていたから逃げる時にここを通るルートを選べたのだ。
ここならばアイツも持ち前のスピードは出せまい。
やはり俺は一流の冒険家だ!ふはははは!

俺は未踏の地をいくつも回っていた、荒れた進路なんて慣れっこだ、どんと来い、だ。
それに対しアイツは長い胴にいくつもの足が生えている、ツタに引っ掛かりもするし絡まりもするだろう、つまりはこんな道の移動には不向きって事だ。

逃げ切れる!逃げ切れるぞ!

「待って…お願い…待って…」

案の定、着々と距離が離れて行く。
ふはは!やったぜ!

「キャッ!」

後ろで、アイツが一段とツタの生い茂った場所に突っ込んだ様だ。

体に絡まり、抜け出そうと暴れて、更にキツく拘束されている。
足が完全に止まった。
グルグル巻になってやがる。
あれは抜け出すのに相当苦労するだろうな。
まぁ俺はその間にこの森から抜け出させて貰う。

「待って!せめて…これだけは聞いて下さい…」

切実な叫びをあげる。涙声で懇願して来る。

…チッ…何だよ、今更…そんな風に言われたら、見捨てづらいだろうが…

「…何だ?さっさと言えよ。
ただし、一歩でもこちらに近付いたら俺は即逃げるぜ」

「はい…私が最初にアナタを無理矢理襲った所為で、アナタは私の事を信用できなくなってしまった…私が悪いんです…だから、アナタはそこで、この距離を保ったままで構いません…ですので…どうか…私の話を聞いて下さい…」

「アナタは冒険家だとおっしゃいましたよね?
…実は、以前にこの森に、とある冒険家の方が入ってきた事があります…
6年程前です…心当たりはありますか?」

「…いや、多分、無いね。
そんな昔の事を思い出せと言われてもな。
俺も記憶力が良い方じゃあ無いんでね、確かその頃合いでこの地方に行っていた冒険家仲間はいなかったと思う。
で、ソイツが何だよ?」

「その人は、とある宝石を探していました…
宝石というよりは鉱物でしょうか…
透明で、それでいて、硬い。
人間の間ではソレを加工してプレゼントにするんだとか…
ソレがなんだか、分かりますか?」

「ダイヤか?」

「そうです…ソレを私は持っていました…
私には、「ウシオニ」という種族の魔物の友達がいるんです…「シオ」ちゃんって呼んでます…その子は森の奥の山岳地帯に住んでいて…たまに珍しい石をくれるんです…
ですよね?シオちゃん」

「あぁ、そうだな。
いつも新鮮なこの辺の動物の肉をくれっからな、そのお礼にな。
で、コイツはお前の獲物か?」

音も立てずに、俺の後ろに立つ影がある。

…おいおいおい…何なんだよ…完全に挟まれた…何なんだよこれは…
この女の仲間か?
やられた。

「…今の話は作り話か嘘か?
不自然に回りくどい話し方だと思ったぜ。
…時間を稼いでたのか?」

「全くの嘘って訳じゃ無いです…こうしないとアナタは止まっていてくれないと思ったから…」

ツタでグルグル巻になっていた大百足が、一息で糸も容易く、ツタを引きちぎる。
凄まじい腕力だ。
その気になればいつでも抜け出せたんだな…。

なるほど、また俺は嵌められたのか…

「あの…シオちゃんの姿がずっと先に見えたんです…私、目はとても良いので…
それで…こうしてツタに絡まったフリをすれば、アナタは優しいから…足を止めて話を聞いてくれると思って…」

クソッ!

「おっと。逃げようなんて思うな?
オレの糸でお前の足は固定しといた。
大人しくしてな」

後ろを振り向くと、蜘蛛の下半身をした、気の強そうな女が立っていた。
「アラクネ」という奴だな…
よぉシオちゃん、やってくれたな…
これで完全に逃げられなくなっちまった…

「やっぱり…アナタは立ち止まってくれた…私の話に耳を傾けてくれて…本当に優しい…とてもとても…愛おしい…」

にじりにじり、と大百足が近寄ってくる。

「分かった!まて!聞け!
俺はな、こう見えて一流の冒険家なんだ!
信じられない位のお宝を幾つも持っている!
七色に光る宝石!決して枯れる事の無い月光花!奇跡を起こす旗!天使の涙!まだまだある!
どれでもお前の好きな物をやる!
だから見逃してくれ!

1つとは言わず、いくつでも選んでくれ!
何が欲しい!?」









「アナタ」









もう駄目だ。俺は、色んな意味で喰われる。






俺は、大百足に抱き抱えられて、ドナドナされる。
手足をシオちゃんの糸でグルグル巻にされて。

シオちゃんを見ると、背中に糸で簀巻きみたいにされた少年が担がれていた。
俺に助けを求める様な視線を送り、ンーンー唸っている。
口が糸で塞がれていて何と言っているのか聞こえないが、意味は分かる。
「助けて」だ。

俺もだよ。少年よ。

お互い、大変な事になっちまったな。

強く生きようぜ。

俺も人の心配をしている状況じゃ無いけどな。



向こうには向こうのドラマがある様に、こちらにはこちらのドラマがある。
勿論、ラブロマンスでは無い。
さよなら、俺の平穏、これから俺は玩具にされます。

強過ぎる力を持つ両腕に抱えられて、締め上げられるんじゃ無いかとビクビクとしながら運送される。
なんかこの姿、カンガルーみたいだな。どうでも良いか。


逃げられない様に、肋骨とか足とか、骨の一本位はへし折られるんじゃなかろうか。
肉食の魔物は総じて凶暴で強力だ。と思ってる。
あぁ、どうせ捕まるなら良妻賢母みたいな大和撫子みたいな、穏やかな魔物娘が良かったなぁ。


洞窟に到着した。ここが大百足の住処か。

俺を洞窟奥の床に降ろした後、大百足は外で何やらゴソゴソとしていた。
何をしているんだろうかと、手足を縛られている為イモムシみたいに這って見に行くと、
どデカい岩を持って来ていた。
あんなもんまで持てるのかよ、どんだけ力が強いんだ。
そして、ドンと巨石で入り口を塞ぐ。
逃がすつもりは、もう、無いらしい。

「おかえりなさい!アナタ!」

満面の笑みだ。

どこからツッコめば良い?

お前に捕獲され連行されてここに来たんだが?とか
「アナタ」が旦那を呼ぶ時みたいなニュアンスになってる、とか
ここまで何度も俺に本性というか性悪な所を見せておいて、何でそんな、私健気です!みたいな雰囲気出せんの?とか

もうツッコむ力も残っていない。
希望も無い。
どうでも良い。

「あー…まぁ、もうどうでも良いぜ。
好きにしろよ。お前に何を言ったって聞く訳が無いからな。
狩人が獲物の命乞いに耳を貸す事の無い様に、な。
毒もお前の好きなだけ差せよ。
抵抗はしないぜ。
それでお前の思い通りだ。
良かったな。」


「私と暮らすの…そんなにイヤなの…?どうして…?
私の事キライ…?」

「そういうの、もう良いからよ。
さっさと毒で俺を冒せよ。」


「…………そんな事しないです…イヤ…なんですよね?
だったら…しません…。
………どうして私の事がキライなんですか…?」

「どうして?
まず第一に、俺の好みじゃない。
肉食動物だからしょうがない所もあるんだろうけどな、他者を狩る事しか考えていないだろ。お前。
それじゃあ、人として生き物として、夫婦が育める、思いやりだとか心配りができる訳が無い。
俺は心穏やかにいられる明るく暖かい、優しく朗らかな家庭を持ちたいんだ。
それはな、お前みたいな、陰湿に他人の弱みにつけ込んで騙して、懐に入ったら毒で自身に依存させて、己の欲望を果たそう、なんて性根の女じゃ、叶わないんだよ。」

「そうでしょうか…私、穏やかです…アナタに対して、我を忘れて暴走した事がありますか?…
沢山子供作りましょうよ…てんやわんやの明るい家庭…そうなります…
私を触ってみて下さい…冷たいですか?
私も生きています…アナタの言う通り私には荒々しくて冷徹な所があります…無情に命を狩って、肉をくらって…命の暖かさを糧にして生きています…だからって私が冷たいなんて思わないで欲しいです…踏み躙ってる訳じゃ無いんです…
アナタは私の大切なパートナーです…優しくありたいと思ってます…
騙した事…謝ります…アナタに嘘をつきました…アナタの優しさに甘えました…流した血は私の物じゃなかったですし…ツタには絡まってませんでした…でも…それも…アナタに逃げて欲しく無いから…そうするしか無かったんです…アナタへの一心だけでついた嘘なのです…私の性根がそれだけ…嘘だけ…だなんて思わないで下さい…アナタへの思いは本心ですから…。
だから…アナタを毒で私の思い通りの人間にしようだなんて…しません…嫌われたく無いです…。
ありのままのアナタが好きです…。
ありのままのアナタに好かれたい…。」

クソ。
そんな風に、誠実に真摯に、心の内を打ち明ける様に語るな。
クソ。
そんな風に言われたら、見放す事が出来なくなる。

全く、俺は何度同じ手に引っかかれば気が済むんだ。
前も、その前も、コイツのこう言う手口に騙されて窮地に立たされたじゃ無いか。

…だけど、確かに…毒に関して、コイツが未遂であるのは確かだ。
未だ俺は噛まれていない。
噛まれる前に俺が逃げただけでもあるが。

…それにもしかしたら、コイツの言う通り…見方を変えればコイツの有様も俺の望んだ「大和撫子」な嫁と重なるのかも知れない。
陰気なのは、穏やかさ慎ましさ奥ゆかしさとも、取れなくも…無い…か?
一途ではありそうだ。俯きがちな姿勢と言い何というかこう、奥方、細君、的な「楚々とした」雰囲気はある。子供を沢山欲しいというのは確かに明るい家庭を築けそうではある。
家庭的とも、取れなくも…ない…?

俺はコイツに他人の話を聞かないと詰ったが、今コイツは俺と対話して、俺を毒で思い通りに出来るにも関わらずそうはしていない…

コイツの言葉に嘘と思惑が混じっている可能性は否めないが、確かに、実際に、今、誠実さを見せてはいる。

「だったらよ、俺をここから逃してくれ。
そうしたら、お前の事を信じてやる。」

「……………………はい……………………」

大百足は洞窟の出入り口の巨石を動かした。

「…どうぞ…でも…必ず…また此処に…帰って来て下さい…」

逃がす、か。

…分かった。思う所はあるが、まぁ…信じてみよう。
そして、この陰気で凶暴な捕食者とちゃんと向き合ってみよう。

「お前の気持ちは分かった。
1つ約束してくれ。
「毒で俺の気持ちを捻じ曲げお前の思い通りにしよう」なんて、独裁的な事はしないと。」

「……分かりました。
…代わりに…という訳では無いんですけど…私の事を名前で呼んでくれませんか…?」

…グッと来る事を言うな!
かわいいと思っちまいそうになるだろうが!

「なんて名前なんだ?」

「…メイです…」

「そうか、メイ。じゃあ、話し合おうか。
互いの、これまでの事と、これからの事を。
お互いにお互いの事を知り合わないと、どうするにしても話にならん。」

「はい…!」

この流れになった時点で、俺はもうコイツの、メイの手中におさまってしまった様な気もするが。

悪い選択では無かった。…んじゃ無いかな…いや、どうだろう…。うーん。
まあ、元より嫁探しはしていた事だ、好きだと言ってくれる魔物の娘がいるんだ、話はしても悪くないだろう。

〜3ヶ月の月日が経った〜

俺とメイは、結婚はしていない。
とは言え、メイとは同棲生活の様な暮らしをしている。
俺が住処の洞窟を出ようとしたなら、全力で引き留められるので、同棲というより缶詰め生活と言った方が正しい。より正しくは監禁だ。

「待って…!…以前アナタに拒絶された時の事を思い出してツライんです…2度と戻らないんじゃ無いかって…だから…もう少し…もう少しだけ…此処から出ないで下さい!…それに今外は危険なんです…山岳地帯から流れて来た…危険な魔物が多くて…もう少しだけ、我慢して…」
だそうだ。

まぁ、メイとの今の関係といえば、恋人関係という所だろうか。
色々と話し合った結果その形に落ち着いた。
向こうはもう完全に俺の妻の様な振る舞いをしているが。
俺も3ヶ月も一緒に暮らして、愛着が湧いて来たというか、馴染んで来た、とは思う。

だが、まだ結婚をしようとは言い出さないでいた。

未だメイの事を心底から信用は出来なかった。
ヤバい気配をビンビンに感じる事が、まれによくある。

だが、その度に上手く丸め込まれるというか言いくるめられて、なあなあでおさまるのだ。
それは、俺が心底からメイを嫌いになれないから、なのだろう。

何だか、もう、少しずつ少しずつ、俺の心に絡みついているのだろう、と、そんな、気がする。
一本ずつ足をかけられて、徐々にグルグルと体に巻き付かれている様な。
でも、そんなに悪い気分では無いかも知れ無い。


それに加えて、最近、じわじわと外堀も埋められている気がする。

先日こんな事があった。



〜回想〜

「おー。本当に此処に住んでんだな!
よぉ。元気かよ?」

!?

??????
突然、冒険家仲間の、昔のツレがこの洞窟にやって来た。野蛮な女だが、腕は良い。
だが何故ここに?
俺の頭には「?」が大量に浮かんでいた。

「お、お前は!?ど、どうして此処に!?」

「あ?
今、お前の事を知らない奴なんていないぜ?
お前、魔物の娘と結婚して此処で暮らしてんだろ?
昔のツレの結婚祝いにこうして来てやったんじゃねぇか。
なのにその態度は冷てえんじゃねえ?」

「は、はぁ!?何だ、それは!?
し、知ってるって何で!?」

俺は勿論誰にも話していない。
外に出されてもいないんだからな。
というか、まだ結婚なんてしてないぞ俺は!

「お前、この森への採取依頼を受けてからそれ以来姿を消しちまっただろ。
それで、この森の。地帯への採掘依頼を受けた冒険家に、軽くお前の安否を気にかけて来て欲しいって冒険家ギルドが頼んだんだよ。
そんで、その冒険家が採掘先で出くわした「ウシオニ」って魔物の娘から聞いたんだ、お前は大百足の魔物娘と結婚して此処で幸せに暮らしてるってな。」

シ、シオちゃん!
なに勝手な事言ってんだ!

「いや!待て!俺はそんな「照れんなって!末永くお幸せにな!結婚おめでとう!さっきチラッと見たけどよ、良い子そうな嫁さんじゃねぇか!あんな子を不幸にする男はクズだ、大事にしてやれよ!今日はそれだけ言いに来たんだ、じゃあな!」

有無を言わさずに去って行く。

巷ではそんな風に広まってるのかよ…
マジかよ…


〜回想終わり〜

という事があった。




[先日の裏側]

「…ありがとうございました…これ…お礼の鉱石です…」

「え?こんなに貰って良いの?アイツとちょっと喋っただけで大した事してないぜ、俺。」

「良いんです…その代わり町に戻ったら、もっとこの話を広めて下さい…」

「お安い御用さ!
いやー、儲け儲け。
まぁでも、マジに2人の仲がより良くなると良いとおもってるぜ。
アイツは冒険家としての腕は良いんだが、なんというか、女に対して夢みがちというか理想が雲の上にあるというか、ふわふわして自分でも具体的な結婚相手を想像出来て無さそうだったんだよ。
君みたいにシッカリした強い子が相手なら安心だ。
また何かあったら依頼をくれよ!じゃあな!」

「…うふふ…この度は、ありがとうございました…それでは…」

[以上。]

何しに来やがったんだアイツは。
結婚祝いだなんていってたが、仕事のついでに軽く寄っただけじゃねえのか。
足早に帰ったのも大百足のメイを恐れてだろう。
あのビビりが。




まぁ、そういう事があったりもして、つまるところ、そんな風に俺はメイの事を完全に信じてるって訳じゃ無いが、まぁなんだ、離れ難くなって来ている、というかまぁ、「良い」と、そう思う様になって来た。






















「赤ちゃんが出来ました」


は?いきなり何だ?
理解が、少し遅れる。

え?出来た?何が?

…いや、分かってはいる。
いつかこんな日が来るんじゃないかとは思ってはいたんだ。
30日連続で「安全日」だと言われたが、普通に考えてそんなに続く訳がないものな。

元より、半ば、覚悟はしていた。
というか、こうでもならないとハッキリさせられなかったと思う。
一応言っておくが、避妊はしていた。つもりだ。
そこそこ高価ではあるが、呪符があるんだ。
致した後に腹部に貼る事で、妊娠を防ぐ効果のあるものが。
メイに頼んで町で購入して来て貰った。
中に出した後に、メイが自分で貼ると言ってはいた。
その呪符の効果が無かったのか、貼らなかったのだろう。

恐らくは後者だろうと思っている。
貼ったフリをして、実は何もしていなかった。
或いは、避妊用ではなく懐妊用の呪符を貼っていたなんて事もメイならあり得る。

だが、最近そういう強引で小狡い所も嫌いでは無くなってきてしまった。
勝手に決められる事が、少しずつ許容出来る様になって来た。
彼女を好きな気持ちが増すのに比例して。
彼女が俺を大切に思っている事が分かって来た事も重要だ。
前まで、絶対受け付け無かった振る舞いも、今では、やれやれ…位になっている。

俺は、毒されて来たのだろうか。

まぁ、それも悪く無いだろう。

勿論、許容出来るラインという物はある。
何でも許す訳にはいかない。

が、今回の事は大いに俺に責任がある。
「安全日」だと言われた、避妊の道具も用意した、なんていうのは只の「言い訳」だ。
それらは絶対に確実では無い。
あくまで、妊娠の確率を下げる物だ。
結局は俺に責任がある。

メイとのセックスはあまりにも気持ちが良かった。
中で出したい欲に抗えなかった。
「言い訳」に甘えていた。
メイの魔性と魅力、に浸り切ってしまった。

この女と添い遂げるつもりが無いならば、性行為自体、必ず断るべきだった。
それは分かっていた。
だが、俺は心の底でこれで良いと密かに思ったのだ。
欲に呑まれた部分もあるが、
俺の選択の結果だ。

あまりにも気持ちが良かった。
ふと思う。
これで、更に毒を注がれたなら、俺は恐らく中毒になっていた事だろう。
甘い毒を、快楽を求めて、メイに依存するだけの存在になっていたかも知れない。
本来、大百足の生態とはそういう物なのだ。
毒をきっかけに伴侶との絆を得る。
その本能を抑え、「毒で俺の気持ちを捻じ曲げお前の思い通りにしようとしない」約束を守った。
「約束」を守る者は「信頼」出来る、「信頼」出来る者とは良い「絆」を築ける、そして特別な関係となる。
理由はどうであれ、俺の「絆の築き方」そのプロセスに付き合ってくれた、自身の強い本能を抑え、俺に歩み寄ってくれた。
俺の在り方を尊重してくれた。
だからこそ、俺はメイのありのままを好きになれた。

まぁ、何かしらの思惑はあるんだろう、だがそこには愛はあるのだと、信じよう。

俺を愛してくれて、尊重してくれて、歩み寄ってくれる女性に対して、俺が今しなければならない事、したい事は1つだろう。

「結婚しようぜ。俺達の子供を共に育てよう。必ず幸せにする。」

「………………はい!」

俺がこんな風に言うとは思っていなかったのか、目を見開いて感極まっている。
こんな反応をするのは、俺がこれまで素っ気ない態度だった所為だろう…反省しよう。


そして俺達は、改めて、夫婦としての生活を始めた。
メイの作る料理は美味かったし、家事もしっかりしてくれる。
俺は初めて会った時には恐ろしいだとか冷たいだとか好みじゃ無いだとか、何やかんや言っていたが、実際の所、メイは最高の嫁だった。
たおやかだし、楚々として、優しくしてくれる。
俺の望みの、穏やかな家庭を築いてくれた。

俺が大黒柱だ。
責任を果たさなければ、最高の夫にならねばなるまい。
今までの蓄えでこの森に住み良い家を建てた、家事育児も真剣に取り組んだ。
メイは男を立てるのが上手い、大変な仕事も楽しくやり甲斐を感じさせてくれた。
充実した生活を送っている。

子供が産まれてからは穏やかという訳にはいかなかったが、初めての育児に慌てふためきあーだこーだと新鮮な体験を夫婦揃って謳歌している。
名前は「ミウ」にした。
メイに似た大人しくジッとした子だ。
時折り、興味のある物に凄い勢いで食い付く(2つの意味で)が、大百足の習性だろうか。
それも出会った頃のメイを思い出して懐かしい気持ちになる。
我が子の一挙手一投足が愛おしい。

子供の成長は早い、必要な物も多くなっていく。
俺は冒険家業を再開した。
これまで以上に成果を上げた。

守る物が出来て、これまで以上に慎重に真剣に仕事に取り組んだ。

帰らねばならない所がある。
帰りたい所がある。

それは、とても幸せだ。


これから俺は、家族の為、一稼ぎしに行く。
2人目の子供も作りたいから、稼ごうと考えて、実入りのいい短期の仕事を入れた。
いや、何が何んでも短期にするつもりだ、早く帰りたいからな。

嫁と娘が見送ってくれる。

「アナタ〜いってらっしゃい!気を付けてねぇ!」

「パパ…。いってらっしゃい…早く帰ってきてね…。」


「あぁ!行ってくる!出来るだけ早く帰るからな!お土産、山程持って帰るから楽しみに待ってろよ!」

「「は〜い!」」


よし!今日もバリバリ働くか!
愛しい家族の為に!



後日談というかプラスα

人間で言えば5歳位になったくらいのメイと遊んでやっていた時の事。

「…ねえ、どうしてパパとママは結婚したの?」

「好きだからだよ。」

「…じゃあ…ミウもパパと結婚する…」

「そうか!嬉しい事言ってくれるなあミウは!じゃあ、パパと結婚しちゃうか、なんてな。ははは!」

嫁がスゴイ目でこちらを見ている。
怖い怖い怖い、いやほんとに怖い。
子供の言った事と冗談にまで、そこまでキレられるものなのか?
久しぶりにヤバい。

「だ、だけどな、ミウ、親子は結婚出来ないんだよ。
それに、パパはママを愛してるから他の人とは結婚出来ないんだ。
だから、ミウは将来パパと同じ位素敵な人を見つけるんだよ。
ミウはママに似て美人さんだからね。良い人を必ず捕まえられるぞ。うんうん。」

チラッ。
良かった。機嫌が良くなったみたいだ。

俺も大分慣れたと思ったが、まだまだ油断は禁物だな。



少し怖いけれど、こんな生活も悪くは無いと心底思う。






























































































21/01/04 22:26更新 / 七虎

■作者メッセージ
3作目書きました。
「大百足の毒」は、大百足の魅力だと思います。
ですが、このSSの主人公の様に、毒では心まで奪えなさそうな意固地な男だった場合、搦手で言い寄り手玉に取る「老獪さ」というか「陰湿さ」?の様な海千山千の手腕の魅力を表したくて、今回毒は使いませんでした。
メイも男の言動から、毒では心を物に出来ないのを理解していました。
ですので、泣き落としやら何やらで迫りました。毒で思惑通りになりそうなら、或いは毒を使わないと完全に逃げられそうなら、毒を使っていました。

後、「だったらよ、俺をここから逃してくれ。
そうしたら、お前の事を信じてやる。」
の時、もし男が逃げたら「大百足のメイ」は男が森の中から出られない様に色々な罠を仕掛けていました。あと

様々な手を使って男を自分の物にしようとする、陰湿系一途女が表現出来ていれば良かったです。
「ヤンデレ」です。

しつこいですが、後、「ウシオニのシオちゃん」の話もいつか書きたいです。

ここまで、読んでくれて本当にありがとうございます。

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