episode2
六限の授業が終わり、担任からの明日の連絡が終わると、静流は鞄の中に教科書を詰め込んだ。教室の真人に声をかける。彼は部活の準備をしていた。
「今日は、部活終わったら、早紀ちゃんと帰るんだろ?がんばれよ!」
「うっせ!まあ、お疲れ!なんか進展があったら、話すわ」
静流はそれに答えると、教室を出ようとする。真人が手を振る。三年の教室から階段を降りていくと、廊部活へ向かう下級生達とすれ違った。一階で下駄箱の靴に履き替えながら、静流は今日の昼休みの事を思い出す。ふと、運動場へ向かう下級生達の話し声が聞こえた。
「この春から先輩達が居なくなっただろ。ハッキリ言ってだるいよなぁ」
「あー、お前が部活入ったの、先輩に会えるからだったもんな」
「そうそう、やってらんねーよぉ」
「で、お前先輩にアタックしたのかよぉ」
「いや、まだだ。でもよぉ、俺、これがあるから大丈夫なんだぜ」
「なんだ、その赤いお守り」
「おめーしらねぇのかよ?これはだな…」
静流は眉を顰める。…赤いお守り?何やら雲行きが怪しい。この辺で恋愛成就の神社と言えば一つしかない。
「これはよぉ、恋愛成就のお守りなんだ。噂なんだけど、これを持って告白すると、100%相手と結ばれるらしんだ」
「またまた、そんな話あるわけねぇだろ、さて、そろそろ出て、ランニングでもするぞ」
「…おいおい、そこ、流しちゃう?最近俺のクラスで、もちきりの話なんだぜ」
下級生は玄関からグラウンドに出て行った。静流は、その神社の事を思い出していた。学校の裏手、徒歩10分くらいのところに、稲荷神社はある。静流の家とは反対の方向だ。この地区に古くからある神社で、山に続く石段を登って行ったところに社がある。御祭神は宇賀福神。この辺りでは、出世稲荷として知られている。また、古い武将の恋愛のあやかって、恋愛成就のご利益があると言われていた。静流はしばらく思案していたが、独りごちた。
「どうせ暇だし、帰りによってみるか。…久しぶりだな、あの人の所行くの」
静流は靴を履くと、鞄を肩にかけてグランド脇を歩いていく。桜のはらはらと舞い散る春の校庭で、先ほどの二人組が上下ジャージで走っていた。他の生徒たちもストレッチや準備をしている。遠くの方で野球部も掛け声をかけながら、準備運動をしていた。
「今日は天気がいいな」
すこし進むと国道沿いは、すべて森になった。ここはこの地域の里山で、夏に開かれる大マラソン大会の際は、往復のコースになる。山坂であることを除けば、夏のうだる様な暑さのなかでも、この森はひんやりと涼しい。森の出口には、給水ポイントが設けられているので、まずはこの森を抜けることが課題となる。文化系である静流は、去年と一昨年死にもの狂いでこのコースを駆け抜けた。その事を思い出すだけでも眩暈がするが、三年は走らなくてもいいのが救いだった。そんな事を考えていると、山の中腹に古ぼけた鳥居と石段があった。
「何時来ても、急な階段だな」
静流は汗を垂らしながら、参道の石段を一段一段登っていく。入り口の鳥居を抜けると、等間隔に同じ朱色の鳥居が配置されている。苔むした石段は足場としては頼りなく、幅も狭い。油断すると滑ってしまいそうだ。両脇の樹齢何百年という大木からは、濃密な森の匂いが漂っている。遠くで獣の嘶く声が聞こえる。羽虫が森をさまよっている。ここは静流たちが住む市でも、神聖な森として余計な手は加えることをしなかった場所だ。十五分ほど登ると、ようやく神社の敷地に辿り着く。そこは森の開けた場所だった。
「新学期が始まってからきていないから、一か月ぶりくらいか」
実は、この稲荷神社と、静流の生家阿部家には古い因縁があった。初代安部家当主は、この地に住んでいた狐と契約を交わし、この稲荷神社に封印した。その加護によって、安部家当主は人外の力を得ることができ、土地の権力者を補佐する立場まで上り詰めたそうだ。今でもこの土地の大地主として揺るがない力を持っているのは、その人間離れした能力のおかげといって過言ではない。
石段を登り切ったところにある最後の鳥居を潜ると、ふわっと風が吹き抜けた。
「あら、静流君、今日は、どうしたのかしら?」
神社の拝殿の屋根の下に女性が立っていた。金色のさらさらとした髪の毛。それは太陽の日差しを受けてキラキラと透き通っていた。白く艶やかな肌。目鼻立ちはやや薄い印象を受けるが、見た目にそぐわない好奇な目がクリクリと此方を見つめている。薄紫の着物はその華奢な体と、豊満な乳房をゆったりと包み込んでいる。ジャリ、ジャリと参道の小石を踏みしめながら歩く彼女はまるで百合の花のようだった。
「薫子さん、どうしたもこうしたもありませんよ。最近、うちの学校ここの神社の噂でもちきりなんですから」
「…ふふ、いいじゃない?若人達が、好きな相手と結ばれることを望むことは素敵な事よ」
桜の花が舞い散る。薫子さんは一歩また、一歩と静流との距離を縮める。すすと静流の脇を歩くと、後ろから声をかける。ふわりと甘い香りが鼻先をかすめる。
「だってぇ、最近、静流君が来てくれないから、私寂しくて」
「それとこれとは話が別です。どんな呪術を使ったかは僕には分かりませんが、早くなんとかしてください」
「もう、そんなに焦らないでよ。静流君が、私のお願い聞いてくれたら、考えてあ・げ・る」
薫子さんが、静流の背後から忍び寄り、後ろからそっと抱きしめる。頬に頬を摺り寄せると甘えた声で話す。
「で、なんなんですか?お願いって?」
「…分かっているくせにぃ」
薫子さんが、静流の顔をくいっと手前に向けさせる。そのまま顔を斜めにして、唇を重ねる。柔らかい唇で圧迫される。目を細めて静流の目を見つめる。見つめながら舌をねじ込む。ぐちゅと舌がいやらしく入り込んでくる。根元まで絡めると、唾液がこぼれる。静流は背中に胸が押し付けられるのを感じた。密着したまま接吻をしていく。脳髄まで犯されるような濃厚な口づけに、静流も体が反応してしまう。
「…あ…あ…薫子さん、激しい」
「んちゅっ…んちゅぶ…今日は…帰さないんだからぁ…♥」
静流が横目で薫子を見ると、彼女の頭にはちょこんと狐の耳が立っていた。
「今日は、部活終わったら、早紀ちゃんと帰るんだろ?がんばれよ!」
「うっせ!まあ、お疲れ!なんか進展があったら、話すわ」
静流はそれに答えると、教室を出ようとする。真人が手を振る。三年の教室から階段を降りていくと、廊部活へ向かう下級生達とすれ違った。一階で下駄箱の靴に履き替えながら、静流は今日の昼休みの事を思い出す。ふと、運動場へ向かう下級生達の話し声が聞こえた。
「この春から先輩達が居なくなっただろ。ハッキリ言ってだるいよなぁ」
「あー、お前が部活入ったの、先輩に会えるからだったもんな」
「そうそう、やってらんねーよぉ」
「で、お前先輩にアタックしたのかよぉ」
「いや、まだだ。でもよぉ、俺、これがあるから大丈夫なんだぜ」
「なんだ、その赤いお守り」
「おめーしらねぇのかよ?これはだな…」
静流は眉を顰める。…赤いお守り?何やら雲行きが怪しい。この辺で恋愛成就の神社と言えば一つしかない。
「これはよぉ、恋愛成就のお守りなんだ。噂なんだけど、これを持って告白すると、100%相手と結ばれるらしんだ」
「またまた、そんな話あるわけねぇだろ、さて、そろそろ出て、ランニングでもするぞ」
「…おいおい、そこ、流しちゃう?最近俺のクラスで、もちきりの話なんだぜ」
下級生は玄関からグラウンドに出て行った。静流は、その神社の事を思い出していた。学校の裏手、徒歩10分くらいのところに、稲荷神社はある。静流の家とは反対の方向だ。この地区に古くからある神社で、山に続く石段を登って行ったところに社がある。御祭神は宇賀福神。この辺りでは、出世稲荷として知られている。また、古い武将の恋愛のあやかって、恋愛成就のご利益があると言われていた。静流はしばらく思案していたが、独りごちた。
「どうせ暇だし、帰りによってみるか。…久しぶりだな、あの人の所行くの」
静流は靴を履くと、鞄を肩にかけてグランド脇を歩いていく。桜のはらはらと舞い散る春の校庭で、先ほどの二人組が上下ジャージで走っていた。他の生徒たちもストレッチや準備をしている。遠くの方で野球部も掛け声をかけながら、準備運動をしていた。
「今日は天気がいいな」
すこし進むと国道沿いは、すべて森になった。ここはこの地域の里山で、夏に開かれる大マラソン大会の際は、往復のコースになる。山坂であることを除けば、夏のうだる様な暑さのなかでも、この森はひんやりと涼しい。森の出口には、給水ポイントが設けられているので、まずはこの森を抜けることが課題となる。文化系である静流は、去年と一昨年死にもの狂いでこのコースを駆け抜けた。その事を思い出すだけでも眩暈がするが、三年は走らなくてもいいのが救いだった。そんな事を考えていると、山の中腹に古ぼけた鳥居と石段があった。
「何時来ても、急な階段だな」
静流は汗を垂らしながら、参道の石段を一段一段登っていく。入り口の鳥居を抜けると、等間隔に同じ朱色の鳥居が配置されている。苔むした石段は足場としては頼りなく、幅も狭い。油断すると滑ってしまいそうだ。両脇の樹齢何百年という大木からは、濃密な森の匂いが漂っている。遠くで獣の嘶く声が聞こえる。羽虫が森をさまよっている。ここは静流たちが住む市でも、神聖な森として余計な手は加えることをしなかった場所だ。十五分ほど登ると、ようやく神社の敷地に辿り着く。そこは森の開けた場所だった。
「新学期が始まってからきていないから、一か月ぶりくらいか」
実は、この稲荷神社と、静流の生家阿部家には古い因縁があった。初代安部家当主は、この地に住んでいた狐と契約を交わし、この稲荷神社に封印した。その加護によって、安部家当主は人外の力を得ることができ、土地の権力者を補佐する立場まで上り詰めたそうだ。今でもこの土地の大地主として揺るがない力を持っているのは、その人間離れした能力のおかげといって過言ではない。
石段を登り切ったところにある最後の鳥居を潜ると、ふわっと風が吹き抜けた。
「あら、静流君、今日は、どうしたのかしら?」
神社の拝殿の屋根の下に女性が立っていた。金色のさらさらとした髪の毛。それは太陽の日差しを受けてキラキラと透き通っていた。白く艶やかな肌。目鼻立ちはやや薄い印象を受けるが、見た目にそぐわない好奇な目がクリクリと此方を見つめている。薄紫の着物はその華奢な体と、豊満な乳房をゆったりと包み込んでいる。ジャリ、ジャリと参道の小石を踏みしめながら歩く彼女はまるで百合の花のようだった。
「薫子さん、どうしたもこうしたもありませんよ。最近、うちの学校ここの神社の噂でもちきりなんですから」
「…ふふ、いいじゃない?若人達が、好きな相手と結ばれることを望むことは素敵な事よ」
桜の花が舞い散る。薫子さんは一歩また、一歩と静流との距離を縮める。すすと静流の脇を歩くと、後ろから声をかける。ふわりと甘い香りが鼻先をかすめる。
「だってぇ、最近、静流君が来てくれないから、私寂しくて」
「それとこれとは話が別です。どんな呪術を使ったかは僕には分かりませんが、早くなんとかしてください」
「もう、そんなに焦らないでよ。静流君が、私のお願い聞いてくれたら、考えてあ・げ・る」
薫子さんが、静流の背後から忍び寄り、後ろからそっと抱きしめる。頬に頬を摺り寄せると甘えた声で話す。
「で、なんなんですか?お願いって?」
「…分かっているくせにぃ」
薫子さんが、静流の顔をくいっと手前に向けさせる。そのまま顔を斜めにして、唇を重ねる。柔らかい唇で圧迫される。目を細めて静流の目を見つめる。見つめながら舌をねじ込む。ぐちゅと舌がいやらしく入り込んでくる。根元まで絡めると、唾液がこぼれる。静流は背中に胸が押し付けられるのを感じた。密着したまま接吻をしていく。脳髄まで犯されるような濃厚な口づけに、静流も体が反応してしまう。
「…あ…あ…薫子さん、激しい」
「んちゅっ…んちゅぶ…今日は…帰さないんだからぁ…♥」
静流が横目で薫子を見ると、彼女の頭にはちょこんと狐の耳が立っていた。
12/06/05 23:32更新 / やまなし
戻る
次へ