林さん(その3)・不知火
清々しい朝。昨日までの愚図ついた空とは打って変わって、快晴。トレーニングを終え、シャワーを浴びた林さんは、キッチンに立って、朝ご飯を作っていた。二人分である。と、ポケットに入れていた、携帯が振動する。彼女は、手を止め、内容を確認する。そして、眉を顰める。
「…任務」
そう呟くと、携帯を閉じた。
◇
林早苗は都内某所の古本屋街と呼ばれる場所にいた。ここは古今東西の書物が集まる場所。インターネットが発達し、書店に赴かなくても、本が買える時代。そんな現代においても、この場所の持つ独特な雰囲気は、本に関わる様々な種類の人間を集めていた。大通りには、万人向けの大きな本屋もあるが、少し脇道に入ると、漢学の書籍や、雑誌だけを集めた本屋、音楽のスコアだけを集めた店など、専門的な書店が並んでいる。
彼女は、メールで指示された店の前に来ていた。その古ぼけた二階建ての本屋の看板には、【白蛇堂書店】と文字が刻まれていた。ゆっくりと扉を開ける。ギィィと重たい扉が開く。そこには、所狭しと本が並んでいた。壁一面が本棚であり、通路にも本棚が存在感を示していた。黴臭い空気が鼻を刺激する。ふと上を見上げると、吹き抜けになっている二階にも本がみっしりと並べられてある。
「早苗様。いえ、ここでは、【早苗鳥(ホトトギス)】でしたね。お待ちしておりました」
奥から女性の声がする。店の一番奥、カウンターに白髪の女性が座っている。と、言ってもその年は若い。見た目だけ言うなら十代と言ったところか。白の着物を綺麗に着こなしている。その目は紅に染まっており、あまりにも白い髪の色と相まって、どこか儚げな印象を受ける。白髪の女は懐から文を出す。それをテーブルの上において、じっと早苗の顔を見つめた。
「ふふ、相変わらずよい目をしていらっしゃる。もしよろしければ、今夜私とご一緒しませんか?」
「【不知火】、私用で呼んだの?」
「ふふ、申し訳ありません、つい」
不知火と呼ばれた少女は、意味深に微笑むと、文を早苗に渡した。
◇
今回の任務は、とある書物を盗み出すというものだ。その本は魔術書の一つで、異性を虜にする方法について事細かに記されているらしい。もともとは禁書としてとある場所に保管されていたのだが、数年前に盗難に合い、やっとその所在が分かったのだそうだ。早苗は、その書物があるという屋敷の近くから、中の様子を伺っていた。ここはジパングでも指折りの徳永財閥の所有する屋敷である。主である金之助は、魔物人間問わず荒い商売をする事で、財をなした成金である。
「………」
ギギギと、入り口の扉が、開く。遠くから走ってきた一台のリムジンが屋敷の中に入る。金之助の帰宅である。早苗は、それを確認すると、屋敷の裏手に回った。屋敷を取り囲む竹林を音もなく疾走していく。数ある監視カメラの隙間を縫い、屋敷後方にたどり着く。瞬間、シュッと彼女の尻尾が伸びる。先端の刃が壁に突き刺さり、楔を打つ。彼女はそれを器用に伝い、屋敷の中へと潜入した。
金之助の屋敷は母屋とそれに繋がる離れがある。金之助は普段書斎のある離れに居るらしいのだが、このところ夜になると、母屋で何やら怪しげな宴をしているらしい。
「んちゅっ、んちゅっ、ぷはぁ。…あん、金之助様ぁ」
「ぐははは、ほれ、もっと、舐めろ、儂が満足するまでなぁ」
屋敷の大部屋。卑猥な音が響いている。竜の掛け軸や、大きな壺のあるその部屋では、金之助による宴が開かれていた。酒や食事が散らかった部屋には、全裸の金之助とそれに群がる魔物や人間の女性達。彼女達はまるで夢見心地のような顔つきで金之助の体に群がっていた。
「まさか、これほどまでとは。恐るべし、魔物の秘術。苦労してあの本を手に入れたかいがあるというもの」
「…あ、金之助様ぁ、私も可愛がってくださいませぇ」
「…ここ、気持ちいいですか?金之助様ぁ」
女達はまるで酒にでも酔ったかのようだった。甘ったるい匂いが辺りに充満している。と、そこへ、障子戸を開けて、一人の女性が入ってくる。艶やかな黒髪、たわわに実った豊満な乳房、それと対を成すように引き締まったくびれ。尻はむっちりとして肉付きがよい。そんな彼女の肉体を、紫の上品な着物が縛りつける。部屋に入ってくるその女の体つきに金之助の目は釘付けになった。若干目つきが少しきつめなところもそそる。金之助は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「お初にお目にかかります。私、早苗鳥(ホトトギス)と申します。金蔵様、たっぷり可愛がってくださいまし」
女が、そろそろと歩いて、金之助の傍に座る。酒を徳利に注ぎ、金之助の口元に運ぶ。足を若干崩して座ると、彼女の白い太ももが着物から覗いた。金之助は手を伸ばして、彼女の太ももを触りながら、酒を飲む。
「うっはは、早苗鳥か。気に入った。ほれ、もっと、近くに寄れ!」
「…金之助様、それではお言葉に甘えさせていただきます」
女が、金之助に近寄ると、何やら甘い香りが鼻を掠めた。なるほど、強力な媚薬といったところか。彼の体には至る所にその媚薬が塗られていた。女性達はその香りをかぎ、正気を失っているのだ。早苗は、体が火照るのを感じた。訓練を受けた彼女でさえ、これほどの効き目である。一般の女性が嗅いだら、一たまりもないだろう。確かに道楽にしては、危険な代物である。と、金之助が彼女の体を遠慮もなく触ってきた。
「ほぉれ、早苗鳥、どうじゃ?まるで天にも昇るような心地じゃろう?」
「…はぁん、金之助様ぁ、もっと、私の事、触ってくださいまし」
金之助が、早苗の着物に手をかける。帯が緩み、彼女の白い肌が見える。彼は乳房の感触を確かめると、それに口をつけた。んちゅっ、んちゅっと、彼の舌が早苗の乳首を刺激する。いやらしい舌使いである。早苗も媚薬で敏感になっているのか、乳首がすぐに立ってしまった。
「あん、金之助様ぁ、激しい」
「はぁはぁ、素晴らしいぞ、儂を楽しませてくれ」
彼の手が早苗の割れ目に伸びる。指でクリトリスをグリグリといじると、早苗がびくんと痙攣する。やんと、早苗が声を漏らす。金之助はやや乱暴に割れ目の中に二本の指を突っ込む。そのまま、中をほじりまわすと。ぐちゅぐちゅと音がする。ねっとりとした糸が引く。早苗は余りの気持ちよさに、体がどんどん熱くなり、汗ばんでしまう。
「お前の体は本当にすきものじゃなぁ、少し触っただけで、こんなにも濡れてしまうとは」
「ああん、金之助様ぁ、そんなにされたら、私、私ぃ」
「ぐははは、もっと、可愛がってやるぞ、早苗鳥ぃ。ほれ、儂の一物も、こんなに…」
確かに、金之助の一物は、年不相応に勃起していた。彼は、それを扱き出すと、早苗の割れ目に挿入しようと身構える。早苗を立たせて、覆いかぶさろうとする。と、彼の頭がぐらぐらと揺れだした。
「…お…お…おぉ…なんだこれは…薬が…効きすぎた…の…か…」
どさっと音を立てて畳に倒れこむ巨体。早苗が酒に混ぜて飲ませた睡眠薬がようやく効いたようである。あまりにも遅すぎる効き目に、早苗は男性の性欲というものの恐ろしさを知った気がした。着物の乱れを直すと、彼女は、金之助の脱ぎ捨てた着物を弄る。そこから、彼の書斎のカードキーを見つけ出すのに、そう時間はかからなかった。
何時もの道楽の時間を終えても主人が戻らないので、使用人の一人が金之助の部屋の障子を恐る恐る開くと、中にはいるはずの女性の姿はなく、全裸の金之助がひとり。そのでっぷりとした体を亀の甲のように縛られて、柱に括り付けられていた。しかも、女達に蹴られたのか、青あざが体中にできていた。使用人は、主人の新しい趣味にどう理解を示せばよいか判断しかねて、障子を再び閉めることにした。
◇
昇太郎が、朝起きてロビーに向かうと、林さんがソファに座って一人で読書をしていた。
「林さん、珍しいですね。何の本ですか?」
「秘密。…その内、試してみる」
昇太郎がその意味を理解するのは、また、後の話である。
「…任務」
そう呟くと、携帯を閉じた。
◇
林早苗は都内某所の古本屋街と呼ばれる場所にいた。ここは古今東西の書物が集まる場所。インターネットが発達し、書店に赴かなくても、本が買える時代。そんな現代においても、この場所の持つ独特な雰囲気は、本に関わる様々な種類の人間を集めていた。大通りには、万人向けの大きな本屋もあるが、少し脇道に入ると、漢学の書籍や、雑誌だけを集めた本屋、音楽のスコアだけを集めた店など、専門的な書店が並んでいる。
彼女は、メールで指示された店の前に来ていた。その古ぼけた二階建ての本屋の看板には、【白蛇堂書店】と文字が刻まれていた。ゆっくりと扉を開ける。ギィィと重たい扉が開く。そこには、所狭しと本が並んでいた。壁一面が本棚であり、通路にも本棚が存在感を示していた。黴臭い空気が鼻を刺激する。ふと上を見上げると、吹き抜けになっている二階にも本がみっしりと並べられてある。
「早苗様。いえ、ここでは、【早苗鳥(ホトトギス)】でしたね。お待ちしておりました」
奥から女性の声がする。店の一番奥、カウンターに白髪の女性が座っている。と、言ってもその年は若い。見た目だけ言うなら十代と言ったところか。白の着物を綺麗に着こなしている。その目は紅に染まっており、あまりにも白い髪の色と相まって、どこか儚げな印象を受ける。白髪の女は懐から文を出す。それをテーブルの上において、じっと早苗の顔を見つめた。
「ふふ、相変わらずよい目をしていらっしゃる。もしよろしければ、今夜私とご一緒しませんか?」
「【不知火】、私用で呼んだの?」
「ふふ、申し訳ありません、つい」
不知火と呼ばれた少女は、意味深に微笑むと、文を早苗に渡した。
◇
今回の任務は、とある書物を盗み出すというものだ。その本は魔術書の一つで、異性を虜にする方法について事細かに記されているらしい。もともとは禁書としてとある場所に保管されていたのだが、数年前に盗難に合い、やっとその所在が分かったのだそうだ。早苗は、その書物があるという屋敷の近くから、中の様子を伺っていた。ここはジパングでも指折りの徳永財閥の所有する屋敷である。主である金之助は、魔物人間問わず荒い商売をする事で、財をなした成金である。
「………」
ギギギと、入り口の扉が、開く。遠くから走ってきた一台のリムジンが屋敷の中に入る。金之助の帰宅である。早苗は、それを確認すると、屋敷の裏手に回った。屋敷を取り囲む竹林を音もなく疾走していく。数ある監視カメラの隙間を縫い、屋敷後方にたどり着く。瞬間、シュッと彼女の尻尾が伸びる。先端の刃が壁に突き刺さり、楔を打つ。彼女はそれを器用に伝い、屋敷の中へと潜入した。
金之助の屋敷は母屋とそれに繋がる離れがある。金之助は普段書斎のある離れに居るらしいのだが、このところ夜になると、母屋で何やら怪しげな宴をしているらしい。
「んちゅっ、んちゅっ、ぷはぁ。…あん、金之助様ぁ」
「ぐははは、ほれ、もっと、舐めろ、儂が満足するまでなぁ」
屋敷の大部屋。卑猥な音が響いている。竜の掛け軸や、大きな壺のあるその部屋では、金之助による宴が開かれていた。酒や食事が散らかった部屋には、全裸の金之助とそれに群がる魔物や人間の女性達。彼女達はまるで夢見心地のような顔つきで金之助の体に群がっていた。
「まさか、これほどまでとは。恐るべし、魔物の秘術。苦労してあの本を手に入れたかいがあるというもの」
「…あ、金之助様ぁ、私も可愛がってくださいませぇ」
「…ここ、気持ちいいですか?金之助様ぁ」
女達はまるで酒にでも酔ったかのようだった。甘ったるい匂いが辺りに充満している。と、そこへ、障子戸を開けて、一人の女性が入ってくる。艶やかな黒髪、たわわに実った豊満な乳房、それと対を成すように引き締まったくびれ。尻はむっちりとして肉付きがよい。そんな彼女の肉体を、紫の上品な着物が縛りつける。部屋に入ってくるその女の体つきに金之助の目は釘付けになった。若干目つきが少しきつめなところもそそる。金之助は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「お初にお目にかかります。私、早苗鳥(ホトトギス)と申します。金蔵様、たっぷり可愛がってくださいまし」
女が、そろそろと歩いて、金之助の傍に座る。酒を徳利に注ぎ、金之助の口元に運ぶ。足を若干崩して座ると、彼女の白い太ももが着物から覗いた。金之助は手を伸ばして、彼女の太ももを触りながら、酒を飲む。
「うっはは、早苗鳥か。気に入った。ほれ、もっと、近くに寄れ!」
「…金之助様、それではお言葉に甘えさせていただきます」
女が、金之助に近寄ると、何やら甘い香りが鼻を掠めた。なるほど、強力な媚薬といったところか。彼の体には至る所にその媚薬が塗られていた。女性達はその香りをかぎ、正気を失っているのだ。早苗は、体が火照るのを感じた。訓練を受けた彼女でさえ、これほどの効き目である。一般の女性が嗅いだら、一たまりもないだろう。確かに道楽にしては、危険な代物である。と、金之助が彼女の体を遠慮もなく触ってきた。
「ほぉれ、早苗鳥、どうじゃ?まるで天にも昇るような心地じゃろう?」
「…はぁん、金之助様ぁ、もっと、私の事、触ってくださいまし」
金之助が、早苗の着物に手をかける。帯が緩み、彼女の白い肌が見える。彼は乳房の感触を確かめると、それに口をつけた。んちゅっ、んちゅっと、彼の舌が早苗の乳首を刺激する。いやらしい舌使いである。早苗も媚薬で敏感になっているのか、乳首がすぐに立ってしまった。
「あん、金之助様ぁ、激しい」
「はぁはぁ、素晴らしいぞ、儂を楽しませてくれ」
彼の手が早苗の割れ目に伸びる。指でクリトリスをグリグリといじると、早苗がびくんと痙攣する。やんと、早苗が声を漏らす。金之助はやや乱暴に割れ目の中に二本の指を突っ込む。そのまま、中をほじりまわすと。ぐちゅぐちゅと音がする。ねっとりとした糸が引く。早苗は余りの気持ちよさに、体がどんどん熱くなり、汗ばんでしまう。
「お前の体は本当にすきものじゃなぁ、少し触っただけで、こんなにも濡れてしまうとは」
「ああん、金之助様ぁ、そんなにされたら、私、私ぃ」
「ぐははは、もっと、可愛がってやるぞ、早苗鳥ぃ。ほれ、儂の一物も、こんなに…」
確かに、金之助の一物は、年不相応に勃起していた。彼は、それを扱き出すと、早苗の割れ目に挿入しようと身構える。早苗を立たせて、覆いかぶさろうとする。と、彼の頭がぐらぐらと揺れだした。
「…お…お…おぉ…なんだこれは…薬が…効きすぎた…の…か…」
どさっと音を立てて畳に倒れこむ巨体。早苗が酒に混ぜて飲ませた睡眠薬がようやく効いたようである。あまりにも遅すぎる効き目に、早苗は男性の性欲というものの恐ろしさを知った気がした。着物の乱れを直すと、彼女は、金之助の脱ぎ捨てた着物を弄る。そこから、彼の書斎のカードキーを見つけ出すのに、そう時間はかからなかった。
何時もの道楽の時間を終えても主人が戻らないので、使用人の一人が金之助の部屋の障子を恐る恐る開くと、中にはいるはずの女性の姿はなく、全裸の金之助がひとり。そのでっぷりとした体を亀の甲のように縛られて、柱に括り付けられていた。しかも、女達に蹴られたのか、青あざが体中にできていた。使用人は、主人の新しい趣味にどう理解を示せばよいか判断しかねて、障子を再び閉めることにした。
◇
昇太郎が、朝起きてロビーに向かうと、林さんがソファに座って一人で読書をしていた。
「林さん、珍しいですね。何の本ですか?」
「秘密。…その内、試してみる」
昇太郎がその意味を理解するのは、また、後の話である。
12/05/02 22:41更新 / やまなし
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