読切小説
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風のように自由に

 子供の頃から風が好きだった。
 別に風に救われたとか、死んだ恋人が好きだったとかそんな理由なんてない。ただ、突然に僕の頬を撫でて、心地よい香りを運んでくれて、火照った熱を拭きとっていくようなその姿が大好きだった。そして、何よりも自由で、輝いて見えたのが一番の理由だと思う。
 そんな僕が風の渓谷と呼ばれる風の生まれ故郷とまで言われる場所へ行きたいと考えたことも不思議ではないのだろう。元々、風が好きだったからか、生来の性格が風来坊だったからか、僕は物心ついた時から村の外への興味でいっぱいだった。
 反魔物国家の小さな村出身であっても、親魔物国家への興味は尽きなかった。
 だから僕はずっと鍛錬に鍛錬を重ねた。村に立ち寄った世界中を旅する男に教えてもらった風の渓谷を目指して。

「長年の悲願が叶うって気分がいいけど、同時に目標も失うんだよね」
 風の渓谷に行くという、僕の目標は達成された。
 別に風の渓谷自体は地図にだって明記されてたし、僕の生まれた村から相当遠かったけど、それだってそこを目指して歩き続ければ、事故がない限りは辿りつける。
 そしてそこで出会ったのが
「目標なんかに縛られるのはゴメンだね〜。風は自由にだよ?」
 人の頭の周りを飛び回っているこの少女だ。人間で言うところの十代にも届かないような幼い容姿と、緑の髪、ヴェールのような薄緑のスカートを身につけている。
 風の精霊シルフのフゥ。
 正確には風の精霊と魔界の魔力が結びついて出来た魔精霊という魔物に属する少女だ。だから、見た目に惑わされる事なかれ、風が生まれた時から彼女は存在しているということになる。
 魔物がすべて女性型となって数十年、魔物根絶やしを謳う神々の教えたる教団につく反魔物国家と、すべてが女性型になった魔物たちと共存の道を歩む親魔物国家の対立はほぼ膠着状態。そんな状況下で僕は反魔物から親魔物へ亡命した裏切り者だ。
 まぁ、小さな村の当時十代の僕を追おうなんて考える国家もないだろう。
 だから、こうしてシルフである彼女と共に世界を旅して回れるのだ。
 だけど、確実に僕は反魔物国家からは忌むべき裏切り者。大手を振って大通りを歩ける人間ではないのが少しだけ悲しい。
「風は自由か……。いいね、僕はそういう生き方が性に合ってるみたい」
「そりゃそうだよ。ビリオ・レインソン、君の生来の魔力の質は完璧に風。混じりっけ無しの純粋な風と相性の良い魔力だよ? むしろその生き方意外は苦痛になるはず、私達精霊みたいに自由に世界を回る風のように生きていこう?」
「そうだね。僕はもう村に戻れないし、戻る気もない。フラリフラリとフゥと二人で大陸を揺蕩うのも楽しそうだ」
 なんてことはない。適当な街に立ち寄っては、依頼をこなしてお金を稼いで、ある程度溜まったら再びふらりと旅に出る、その繰り返しの人生だ。楽しそうじゃないか。
「そうそう♪ 私はビリオがいればなんだっていいわよ。それに、世界中じゃ結構有名だよ? 精霊使いビリオって♪」
 精霊使いとは、なんのことはない。精霊と契約して精霊の力を行使する人間のことだ。僕は風の精霊であるフゥと契約しているから風の力が使える。相性が良いらしく世界中でも有名になったらしい。だけど、冒険者としてはBランクってところだろうなぁ。だって、僕は世界中でフラフラしてるから浸透率も早いだけ、僕以外に有名な人なんてドラゴンライダーとか、ダンピールという吸血鬼とのコンビだったりと上級モンスターばかり、僕達はいわゆる上の下か中の上の部類だろう。
「あんまり興味ないよ。せいぜいお金が早く溜まって次の街に旅立てるかどうかだしね」
「私も〜、ビリオさえいれば他の人間がなんて言おうと関係ないよ〜」
 だけど、やっぱり路銀は旅には必要不可欠だし、今回は結構財布が軽い。そろそろ、街に入って路銀稼ぎしなくちゃいけない。
 目の前に一応大きな街もあることだし、しばらくはここで路銀を稼ぐことにしよう。

 反魔物国家ペルセウス。
 今回は魔物討伐の依頼が多く、数日間でかなりの路銀が溜まった。
 今回の依頼を最後にこの国から旅立つ予定だ。
「……そのはずだったのに」
「裏切り者ビリオ・レインソン。その命、おとなしく神に返しなさい!」
 依頼完了の達成感に浸っていた時の不意打ちだった。
 深い森で視界が悪かったのと、奥のほうに綺麗な湖が見えたのも原因かな?
 僕に剣を向ける男。おそらく、教団側の刺客だろう。今まで戦士、魔法使い、盗賊、暗殺者といろんな種類の人間を送り込んできたが、今回は本当にまずい。
「ビリオ! 大丈夫!?」
「うん、大丈夫だよ」
 嘘だ、実は全身傷だらけで意識が朦朧としている。
 そこらの刺客に負ける気はしてなかったが、こいつはこのままじゃマズイ。
「魔精霊シルフ。貴女も何故そのような姿で現界しているのですか。我がパートナーシルフは人の姿など取らぬというのに……?」
 正式な、本当の意味での精霊使いだ。
 きちんとした儀式のもとで正式な契約を行った、教団御用達の精霊使い。
「うるさい! アンタ、ビリオにこんな怪我させて! 許さない!!」
 フゥから放たれる無数のカマイタチ。それを鼻で笑いながら、男は薙ぎ払った。さすが、教団が送ってくる刺客だ。実力もそうだけど、完璧に風使いとしての能力が高い。
 彼女の顔には焦りが見える。
「……はぁ、所詮は魔精霊ですか。なぜ、人の姿をするのですか? 自由をこよなく愛するシルフが姿なんて面倒なものを。この男に囚われているのならここで殺して貴女もその身を完全に破壊して救わなくては……」
 精霊使いの男はその刀身に風を纏わせ、フゥを狙う。
「……るさい」
「なんですか? はっきりとおっしゃってください」
「うるさいって言ってるの!! 何が姿なんて面倒なもの? 破壊して救う? バッカじゃないの!! 私はシルフのフゥ! 何者にも捕われず、何者にも染まらない! 私が捕われるのは唯一無二、ビリオ・レインソンだけ! アンタなんかにビリオは負けない!」
 ……嬉しいことを言ってくれるなぁ。
 僕にだけ、捕われてくれる、そして、僕の勝利を信じてくれる。本当に僕はもったいない娘だ。
「……フゥ、おいで。補給するよ」
「!? うん!」
 フゥは僕のそばに来るとためらわずに、僕に口付けをしてくれる。
 愛情のこもったディープなやつだ。
「っ!! 私の前で破廉恥な行為は慎みなさい!」
 さすがは、性的欲求をひたすら規制する教団の刺客だ。俺達に攻撃をしてくるようだけど、もう遅い。
 こうして、口づけをすることができたんなら、僕らはこの程度の奴には負けない! 彼女の口から力の奔流を感じる、全身に力が満ち溢れる。
 僕は風精霊と契約することで風が見えるようになった。男の放ったカマイタチも鮮明に見える。
「…………」
 無言で手をかざすと遥か手前でそのカマイタチは霧散してただの風になったしまう。
 この程度の風は僕らには追い風でしかない。
「な!? バカな! たかが魔精霊の契約者如きが、私達正式な精霊の契約者の攻撃を無力化するなど!!」
 こんな常識的なことで疑問に思っているなんて、彼も教団の情報を鵜呑みにしているだけの人みたいです。
 僕も始めて知ったときは本当に驚きましたけど、同時に悟りました。教団の流した情報は鵜呑みにしちゃいけないって。
 こうして、放浪生活している状態でも教団からの依頼だけは絶対に引き受けないことにしているしね。
「かわいそうな人ですね。正式な精霊使いは確かに平均的に高い実力を誇りますけど、魔精霊の契約者は交わることでその力をほぼ無限に増幅させられます。……こんな風に!!」
 右手を軽く振るうと近くの木が真っ二つになって僕と彼の前に横たわる。
 今のもカマイタチ。だけど、威力も飛距離もさっきとは比べものにならないくらい上がっている。
「……!? 術詠唱もなしに、木を真っ二つにするほどのカマイタチを行使した……だと!? バカな! 魔精霊は劣化能力なのではなかったのか!?」
 本当に何も教えてもらっていないようだ。
 本当に教団は自分たちの正しさを守るためになら平気で刺客に情報を与えないようだね。本当にここまで腐ってるとは思わなかった。
「それじゃ、いい機会だね。世界を見てまわるといいよ。誰かに与えられた情報じゃなく、自分で見聞きした情報で世界を見てみる、これが君に必要なことだ」
 そう言うとフゥの魔力を風にのせて彼と彼のそばにいるであろう精霊に浴びせかけた。
 フゥが風の精霊と魔界の魔力で魔精霊になったなら、彼女の魔力を浴びせることで彼の精霊を魔精霊に変えられないかなっと思ってやってみたんだけど、結構簡単にに成功しそうだった。
 彼の頭の上で急激に周囲の魔力を集めてシルフが現れたのだ。
 完全なる魔精霊として。
「貴様! 我が精霊を魔精霊に!」
「……少しおとなしく寝ててね!」
「カヒュ……ア……」
 彼の周囲の風を操作して空気を薄くして彼を昏倒させる。
 これ以上騒がれても面倒なだけなので、簡単な措置だったけど、正解のようだ。
「……! この人を殺さないで……!」
 今生まれたばかりの風精霊が自身を盾に彼を守っていた。
 大した忠義心というか、仲間思いな娘だ。
 捨てられるかもしれないというのにその行動……。
「大丈夫だよ。これ以上彼に何かしようんて思ってないさ。……君もこれから大変だろうけど、彼と一緒に世界を見てみてね」
 言いたいことは言った。
 後は彼と彼女がどうするか、だ。
 フゥはキスをしてからずっと僕の背中に張り付きっぱなし、風だから重さを感じないけどちょっと暑苦しい。
「ほら、フゥ。このまま次の国に行こうよ」
「……うん! あ、でもぉ、さっきのキスでしたくなっちゃったなぁ〜?」
 このエロ娘め……。
 まぁ、幸い近くには湖があったし、このあたりで彼女と一緒に一晩過ごすのも悪い気はしない。
 世界を知る風になって、僕とフゥはきっと誰も知らない世界でもこうしているんだろうなぁ。
「……仕方ないなぁ。ほら、すぐそこでキャンプ張ろう?」
「うわぁい! だからビリオ大好き!」

 さて、次はどこへ行くとしようか?

 -終わり-
11/10/13 17:04更新 / 水城オルカ

■作者メッセージ
 どうも、はじめまして水城オルカです。

 今回初投稿ということで、シルフちゃんです。

 ファンタジー大好きだぜ!
 魔物娘最高だぜ!!

 ということで、読んでやってください。

 あ、ペンネームがここの先輩作家に似てる件は、問題があるなら修正いたします。

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