人を捨てた男の話
男は人の世界に失望していた
権力争いで人が人を殺し、大地を赤い血で染め上げる。そんな世界に。
人が自分の利益のために人を陥れ、騙しあう世界に。
幼き頃から刀をとり、人を斬り、人を騙す。そんな世界に男はとうとう耐えられなくなった。
男は走った。人の世界から逃れるために。
憎しみ、恨み、悲しみ。あらゆるものから逃げるために。
住んでいた土地を捨て、着の身着のままの状態で。
これからのことなんて何も考えてはいない。
おそらくはどこかでのたれ死んでしまうのだろう、その程度の考えしか持ち合わせてはいなかった。
どれくらい走ったであろうか、深い森の中、右も左も分からぬ場所で、男は足を止めた。
「ははは・・・俺は何をしてるんだろう」
走りつかれてやっと冷静な頭になった。
ふと空を見上げると、どんよりとした雲がかかってい
「雨が降りそうだ」
そうつぶやくと、男は立ち上がり、今度はゆっくりと歩き出した。
するとすぐに、雨が降り出した。
雨風が防げる場所を探そう。
人の世界に失望した男だが、雨に打たれ続けるのは御免だという人らしい感情はまだ持っていた。
しばらく歩くと、洞窟のような場所を見つけた。辺りも暗くなっていたので、男はそこで一夜を過ごすことにした。
洞窟に入る。奥のほうは暗くて見えない、それなりに奥深くまであるようだ。
しかし、そんなことはどうでもいいと、走りつかれた男は、その後すぐに眠りについた。
深夜、正確な時は分からないが、男は奇妙な音で目を覚ました。
はじめはよく分からなかったが、耳を澄ましてみると、洞窟の奥から異様な音がすることに気づいた。
カサカサ・・・カサカサ・・・
何かが地を這うような音。虫?いや、虫にしては音が大きすぎる。
大きな音は、時が過ぎるごとにさらに大きくなっていく。
ガサガサ・・・ガサガサ・・・
ガサガサ・・・ガサガサ・・・
ガサガサガサガサガサガサ・・・
見えない何かの音が近づいてくるのを感じた男は、咄嗟に洞窟から飛び出した。
「だっ、誰だ!?」
男は洞窟の闇の中に、明らかに生命の存在を感じ、叫んだ。
しかし、返事など返ってくるわけもない・・・はずだった
「貴方こそ・・・誰?」
男の呼びかけに応じたのは女性の声であった。
「女子?こんなところで何をしているのだ?」
「貴方こそ、こんな山奥で一人、何をしているのですか?」
「俺は・・・何をしているのだろうな。」
「一人なのですか?」
「ああ、一人だ。この世界に頼れる人などいない。帰る場所ももうない。正真正銘の独り者だ。」
「・・・私と似ていますね。」
「?それより洞窟の中では君の姿がよく分からない、出ておいでよ。」
「分かりました、しかし 『逃げないでくださいね』 」
「へ?それはどういう・・・
言葉の途中だが、男は声を発するの止めた。
洞窟の中から出てきた彼女。月の光に照らされたそれは、人ではなかった。
「こんばんは、人間さん。」
上半身だけを見ると、人の姿をしている。妖艶で美しい顔立ちの女性だ。
問題は下半身である。長い体に無数の足。それは紛れもなく「百足」であった。
「あなた、独りなんですよね?」
あの地を這うような音は、この無数の足で歩いていたからだったのかと気づく。
「帰る場所なんて、ないんですよね?」
洞窟の中で聞いた音と同じ音で、男の前に歩み寄る。
「ならば、私の夫になりませんか?」
そういうと百足女は、長い体を男に巻きつけてきた。
男はもはや抵抗などできる状況ではないと悟った。
「どういうことだ?」
抵抗が無駄だと理解したためか、やけに冷静に思考をめぐらすことができた。
「言葉通りの意味です。私と暮らし、交わり、子を授かる。人となんら変わりありません。ただ、妻が人でないことを除けば、ですが。」
人の世界に失望した男には、最後の一言がひどく魅力的に聴こえた。
この時点で男は、人をやめていたのかもしれない。
「妻が人ではない、か。」
「ええ、私は大百足。人から怪物といわれている存在です。」
大百足、伝説などに聞く『怪物』と呼ばれる存在だ。
怪物。それは、今の男にとって少なくとも人よりは信頼できるもののように感じた。
「大百足よ、君は俺の心の隙間を埋めてくれるのか?」
「ええ。貴方を愛し、貴方を悦ばせて差し上げますわ。」
急な出来事だがもう人に未練などない。男の瞳には、怪物など別段恐ろしくは映らなかった。
それに、このまま当てもなく死ぬ運命ならば、この怪物の言うことも悪くはないかもしれない。
答えは決まっていた。
「好きにしてくれ」
「ふふ・・・分かりました。では、精一杯、愉しませて差し上げます。」
彼女は、男の首筋に口を近づけ、そして、噛んだ。
「ぐっ・・・はぁ・・・」
百足には毒がある、おそらくはその毒を流し込まれたのであろう。
しかし、不思議と痛みは感じない。それどころか、男は強烈な快感に襲われていた。
「気持ちいいですか?すぐにその毒は全身に回ります。」
彼女の言ったとおり、体には力が入らなくなった。噛まれた首筋には、痺れるほどの快感が襲ってくる。
「あ・・・ぁ・・・くぅっ・・・」
「甘い声をだすのですね。そんな声を出されると、私も我慢ができません。」
大百足は長い体と無数の足で男に絡みつく。
「私にすべてをゆだねてください。じっくりと、貴方を気持ちよくして差し上げますから。」
それだけ聞くと男の頭の中は快楽に埋め尽くされ
理性が飛んだ
権力争いで人が人を殺し、大地を赤い血で染め上げる。そんな世界に。
人が自分の利益のために人を陥れ、騙しあう世界に。
幼き頃から刀をとり、人を斬り、人を騙す。そんな世界に男はとうとう耐えられなくなった。
男は走った。人の世界から逃れるために。
憎しみ、恨み、悲しみ。あらゆるものから逃げるために。
住んでいた土地を捨て、着の身着のままの状態で。
これからのことなんて何も考えてはいない。
おそらくはどこかでのたれ死んでしまうのだろう、その程度の考えしか持ち合わせてはいなかった。
どれくらい走ったであろうか、深い森の中、右も左も分からぬ場所で、男は足を止めた。
「ははは・・・俺は何をしてるんだろう」
走りつかれてやっと冷静な頭になった。
ふと空を見上げると、どんよりとした雲がかかってい
「雨が降りそうだ」
そうつぶやくと、男は立ち上がり、今度はゆっくりと歩き出した。
するとすぐに、雨が降り出した。
雨風が防げる場所を探そう。
人の世界に失望した男だが、雨に打たれ続けるのは御免だという人らしい感情はまだ持っていた。
しばらく歩くと、洞窟のような場所を見つけた。辺りも暗くなっていたので、男はそこで一夜を過ごすことにした。
洞窟に入る。奥のほうは暗くて見えない、それなりに奥深くまであるようだ。
しかし、そんなことはどうでもいいと、走りつかれた男は、その後すぐに眠りについた。
深夜、正確な時は分からないが、男は奇妙な音で目を覚ました。
はじめはよく分からなかったが、耳を澄ましてみると、洞窟の奥から異様な音がすることに気づいた。
カサカサ・・・カサカサ・・・
何かが地を這うような音。虫?いや、虫にしては音が大きすぎる。
大きな音は、時が過ぎるごとにさらに大きくなっていく。
ガサガサ・・・ガサガサ・・・
ガサガサ・・・ガサガサ・・・
ガサガサガサガサガサガサ・・・
見えない何かの音が近づいてくるのを感じた男は、咄嗟に洞窟から飛び出した。
「だっ、誰だ!?」
男は洞窟の闇の中に、明らかに生命の存在を感じ、叫んだ。
しかし、返事など返ってくるわけもない・・・はずだった
「貴方こそ・・・誰?」
男の呼びかけに応じたのは女性の声であった。
「女子?こんなところで何をしているのだ?」
「貴方こそ、こんな山奥で一人、何をしているのですか?」
「俺は・・・何をしているのだろうな。」
「一人なのですか?」
「ああ、一人だ。この世界に頼れる人などいない。帰る場所ももうない。正真正銘の独り者だ。」
「・・・私と似ていますね。」
「?それより洞窟の中では君の姿がよく分からない、出ておいでよ。」
「分かりました、しかし 『逃げないでくださいね』 」
「へ?それはどういう・・・
言葉の途中だが、男は声を発するの止めた。
洞窟の中から出てきた彼女。月の光に照らされたそれは、人ではなかった。
「こんばんは、人間さん。」
上半身だけを見ると、人の姿をしている。妖艶で美しい顔立ちの女性だ。
問題は下半身である。長い体に無数の足。それは紛れもなく「百足」であった。
「あなた、独りなんですよね?」
あの地を這うような音は、この無数の足で歩いていたからだったのかと気づく。
「帰る場所なんて、ないんですよね?」
洞窟の中で聞いた音と同じ音で、男の前に歩み寄る。
「ならば、私の夫になりませんか?」
そういうと百足女は、長い体を男に巻きつけてきた。
男はもはや抵抗などできる状況ではないと悟った。
「どういうことだ?」
抵抗が無駄だと理解したためか、やけに冷静に思考をめぐらすことができた。
「言葉通りの意味です。私と暮らし、交わり、子を授かる。人となんら変わりありません。ただ、妻が人でないことを除けば、ですが。」
人の世界に失望した男には、最後の一言がひどく魅力的に聴こえた。
この時点で男は、人をやめていたのかもしれない。
「妻が人ではない、か。」
「ええ、私は大百足。人から怪物といわれている存在です。」
大百足、伝説などに聞く『怪物』と呼ばれる存在だ。
怪物。それは、今の男にとって少なくとも人よりは信頼できるもののように感じた。
「大百足よ、君は俺の心の隙間を埋めてくれるのか?」
「ええ。貴方を愛し、貴方を悦ばせて差し上げますわ。」
急な出来事だがもう人に未練などない。男の瞳には、怪物など別段恐ろしくは映らなかった。
それに、このまま当てもなく死ぬ運命ならば、この怪物の言うことも悪くはないかもしれない。
答えは決まっていた。
「好きにしてくれ」
「ふふ・・・分かりました。では、精一杯、愉しませて差し上げます。」
彼女は、男の首筋に口を近づけ、そして、噛んだ。
「ぐっ・・・はぁ・・・」
百足には毒がある、おそらくはその毒を流し込まれたのであろう。
しかし、不思議と痛みは感じない。それどころか、男は強烈な快感に襲われていた。
「気持ちいいですか?すぐにその毒は全身に回ります。」
彼女の言ったとおり、体には力が入らなくなった。噛まれた首筋には、痺れるほどの快感が襲ってくる。
「あ・・・ぁ・・・くぅっ・・・」
「甘い声をだすのですね。そんな声を出されると、私も我慢ができません。」
大百足は長い体と無数の足で男に絡みつく。
「私にすべてをゆだねてください。じっくりと、貴方を気持ちよくして差し上げますから。」
それだけ聞くと男の頭の中は快楽に埋め尽くされ
理性が飛んだ
13/03/16 01:45更新 / 早苗月まつろ