前編 逃走
私は、誰なのでしょうか。
私は、何者なのでしょうか。
私は、私なのでしょうか。
生まれてから私は、私の生き方を選んだ事はありませんでした。
与えられた生、与えられた立場、与えられた名前。
それは結局、私が選んだ事ではなく誰かに与えられ、それに流され続けた結果でした。
まるで着せ替えられ続ける人形、流されて抵抗できないままに沈む流木。
だからでしょうね、この結末に至ったのは、私が何もしなかったから。
私の目には、私の心と同じようなぽっかりとした穴が空きました。
私は、光を失いました。
もし、この過去を変えられたら。
俺は、彼女を救えるのだろうか。
ガシャン、鉄の鎖を断ち切る音が、石造りの牢屋の並びに響いた。
その音で、牢屋の中は騒ぎたった。
「・・・誰ですか?」
目の前には、一人の女性。
陵辱されきった様な、最早犯す物はもうないという風貌。
服はボロ布を巻いている様なもの、下着なんてものは一切着けていない。
そして何よりその目は、真っ黒な穴だった、その双眸は失われていた。
改めてその姿を目にして、歯を食いしばった。
俺のせいだ、俺のせいでこんな。
過去を変えられないのなら、せめて。
「逃げよう。」
未来を、変える。
俺は彼女の手を取って、牢屋の外に出た。
鉄格子に思い切りぶつかる音がそこら中で鳴り響く。
「出せ!俺も出しやがれぇぇぇ!」
「俺は無実だ!無実なんだぁ!」
「ひっ・・・。」
女性は目を失った分俺の声に怯えた、しょうがないか。
俺はマントを彼女に巻きつける様に着せた、今更こんな物いらん。
そしてこの暴動手前は想定範囲内。
「お前ら出たいか?」
女性を抱き寄せ、そう告げる。
咆哮の様な大声がまた牢屋に響く、だろうな、それはそうだろう。
だから好都合。
「なら出ろ、出て好きに暴れろ。」
利用させてもらう。
俺は、もう騎士としては生きない。
でも彼女の騎士ではあり続けよう。
例え、それが偽りでも。
〜〜〜〜〜
外は正に地獄絵図らしい、悲鳴が地下まで聞こえていた。
まだ、もう少しだけ待とう。
地下牢の一室、倉庫で俺たちは待機していた。
倉庫の物資から使えそうな包帯を引っ張り出し、彼女の応急処置をしていたのだ。
最後に女性の顔を包帯でぐるぐる巻きにする、晒しているよりはマシな筈だ。
「騎士・・・様?」
「・・・俺は只の元兵士ですよ。」
もう騎士なんかじゃない、そんな誇りは無くした。
だから、騎士じゃなく俺はただの元兵士だ。
「騎士様・・・悲鳴が聞こえるんです・・・。」
それでも、女性は俺の事を騎士と呼んだ、この時だけは彼女の目が見えない事に感謝した。
きっと、その時の俺は酷い顔をしていただろう。
「聞くな。」
「きこえ、るんです・・・悲鳴が、泣き声・・・が、助けを乞う声が・・・。」
ぎゅっと拳を握りしめた、どうしようもない、本当に。
俺は、勇者じゃない、こんな時どうにかしてやる事はできないし、優しい言葉をかけられるわけでもない。
「だから、だからどうする?」
「え・・・。」
正義感が強いのはいい、優しいのはいい、切り捨てられないのはいい。
でもな。
「今あんたが行って、彼らを助けられるか?たった二人で?無理だ。」
「・・・はい。」
「逃げるぞ、逃げなきゃ・・・ならないんだ。」
「・・・・・・・・・はい。」
苦しいよな、辛いよな、嫌だよな。
でも、でも。
逃げなきゃ、死ぬ。
あいつは、彼女を許さない。
「・・・よし、行こう。」
扉を軽く開け外を確認する。
兵士はいない、俺は彼女の手を取り走り出した。
細く、弱々しいその腕を出来るだけ優しく握る。
「ひぃ!?」
突然女性の腕が俺の手の中からすり抜けた。
振り向けば女性は耳を両手で抑え座り込んでいた、ガクガクと震えている。
「止まるな!おい!」
今はとにかく進まないと、そんな焦りから強い言葉が出てしまう、それに彼女は震えを更に大きくした。
「い、たい、痛い!痛い!いたい!いたい!?」
おい、ここでそんな大声出したら。
そういう俺の言葉が口から飛び出す暇もなく。
「誰だ!」
その声に、俺は心臓が口から吐き出されそうな程に驚いた。
曲がり角から、3人の鎧の騎士が歩いて来る。
見つかった。
ほぼ条件反射で、右手が腰に据えた剣に伸びる、左腕で女性を引き寄せ、自分の後ろに無理やり動かした。
「くっ・・・。」
そして改めて真ん中の騎士の顔を見て、気付いた。
王国騎士隊長、一番会いたくなかった奴。
俺は強く柄を握った、勝てるわけない、だが。
逃げるわけにもいかない。
「・・・お前らは先に行け、こいつと話がある。」
「了解。」
ザッザッザッと二人の兵士は嫌に合わさった足音を立てて歩いて行った。
残ったのは、騎士隊長。
一騎討ちでも正直勝てる気がしない、しかし。
騎士隊長は手を前に出して「待て待て」と軽く言う。
「落ち着け落ち着け、俺はお前さんにどうこうしようってわけじゃない。」
騎士隊長は兜を脱ぎ、小脇に抱えた。
厳つく、逞しく、いかにも漢と言わんばかりの顔つき。
その顔の左側の生え際から頬まで伸びる二本の傷が、仰々しさを増していた。
正直そんな顔を直視して、警戒せずにはいられなかった。
しかし騎士隊長はガリガリと頭を掻いて言う。
「こっちゃあ、別に手前に迷惑かけねぇよ、それに・・・。」
隊長は、俺の後ろ、女性を見た。
まさか、この人も気づいているのか。
「あんたは生き残らにゃならん、この国の為にも。」
隊長は俺達に背中を見せて、着いてくるように促した。
信用、はできるか、この人は。
もしこの人が仲間になってくれるなら、これ以上に頼りになるものはない。
「・・・ごめんなさい。」
「え?」
唐突に女性が謝ってきた、ふらふらと覚束ない足で歩き、俺の腕に組みつく。
顔は半分隠れているものの、その表情からは苦悶の色が見えていた。
「い、たい、んです、ずっと、目が見えなくなってから、ずっと・・・。」
いたい、か。
彼女の目が潰されてからまともな医者になんかかかっていない、もしかしたら感染症なんかの可能性もあるかもしれない。
だとしたら。
「・・・耐えられなかったらすぐに言ってください、休めるところはあるはずですから。」
「は・・・い。」
手段は選んでられない、早く、早く医者にみせないと。
俺は隊長に従う事を覚悟した、最悪俺がなんとかする。
彼女に肩を貸して、ゆっくり歩き出す、できる限り優しくゆっくりと。
「あんま余裕はねぇようだな、ついてこいこっちゃあ時間ねぇからよ。」
「はい。」
ぐったりと力なく俺に寄りかかる女性。
急がないとならない、彼女のために。
〜〜〜〜〜
ようやく地下牢から出れば、真っ暗な空が真っ先に目に映った。
そろそろ深夜だ、ここから更に暗くなる。
「お前どうやってここから逃げるつもりだったんだよ。」
藪から棒に隊長はそう告げる、考えていない 訳ではなかった。
ただ、想像以上に兵士の回りが早かったのは確かだ、混乱に乗じて適当に逃げるつもりだったのに。
道の彼方此方に兵士と共にいる捕まった囚人が散らばっていた。
「この国の出口はここの正反対、そこにいくにも兵士に守られてる門を二つも抜けにゃあならん、それ
に・・・。」
次に隊長が見たのは目の前にそびえる、とても高い城壁。
トロールでさえあの壁を超えられなかったという伝説が残っている、相当高い壁。
「あれを登るったってよ、無理だろ。」
ぐうの音も出ない、今現在悲鳴はもうほとんど聞こえなくなっていた、鎮圧されている。
完全に無策だった、今になってそれを後悔し始めていた。
「お前らぁ!とっ捕まえた奴は向こうのテントにでも突っ込んで見張っとけ!」
隊長がそう言うとすぐに兵士達は動き出す、囚人を連れて奥の方へ引っ込んでしまった。
「ま、今回は幸運だったってことさ。」
すると隊長は壁の方へと進んでいく。
突然隊長は立ち止まって、そしてしゃがみこんだ、隊長が手を触れたそこには板と岩を組み合わせた蓋が敷かれていた。
「この水路に乗れば農業区に抜ける、そこから更に流れていけば商業区に行ける。」
隊長は鎧の隙間から鍵を取り出して、その蓋を開けた。
結構な厚さの蓋の先には、ごうごうと水が流れていた。
「ここから流れて商業区まで抜けちまえ。」
「いい・・・んですか?本当に・・・。」
俺たちは逃げて、いいのか、この国を裏切ったのに。
俺の今更な疑問に、隊長は苦笑して答えた。
「いーんだよ、どっちにせよここに残ってたら死ぬだろうがお前ら。」
そう言うと隊長はどこからか樽を転がしてきた、中は空のようだ。
「酒屋の店主に言って使ってねー樽貰ったんだ、こん中に入れ、ちょっと手伝え蓋取らないとならん。」
少し気になって中を嗅いでみたら、酒に匂いは一切しなかった、本当に普通の樽らしい。
と言うか。
「嫌に準備いいですね・・・。」
「まーな。」
もしかして最初から俺がやらなくても、いや変な勘ぐりは止そう。
兎にも角にも、早くここから出れることに越したことはない、彼女の体調もある。
「水路をずっと通ってけば農業区を素通りして商業区で止まる、そこからなんとか水路から上がれ。」
樽をぽちゃんと水路に落とす、その樽を流れない様に掴んだ。
「そうして街の奥の無間の宵という店を探せ、そこに頼れる奴がいる。」
無間の闇、聞いたことがない店だ、なんの店なんだか想像できない。
と言うか縁起の悪い名前だな。
「もう少し具体的な場所を教えてくれ。」
「えーと、西のカナリヤって酒場、そこから城壁側に三軒歩けばある、カナリヤはかなり大きい酒場だから迷う事はねぇだろ。」
カナリヤ、か それなら聞いたことがあるかもしれない、そこまでならば大丈夫だ。
無間の宵、そこになにがあるかは分からない、だけどそこにここから出れる手がかりがある。
女性は俺から離れ、隊長の手を取った。
「テイアス・・・なの?テイアス・・・。」
「姫様、ええ王国騎士隊長テイアスでございます。」
姫、様。
姫様、だと。
それじゃあ、この人が本当の。
「おい!お前!」
「はい!?」
耳元で大声を出されて驚く、考えるのは後だ後。
隊長は樽を指差していた。
「お前が先に入って姫を受け止めろ、さっさと行かねぇと見つかるぞ。」
「は、はい。」
俺は樽の中に飛び込む、ぐらぐらと不安定だが大きさはしっかりとしていた。
ただ、この中は人二人が入るには小さい、という事は。
「姫様が行くぞ、しっかり受け止めろ。」
「あぁ・・・。」
ちょっと待て、どう受け止めるか。
そうだ。
恐る恐る降りてくる姫様を俺は肩で受け止める。
「少しづつ体を下ろします、ゆっくりでいいので樽の縁に掴まってください。」
「は、はい。」
肩に乗る足越しに姫様の震えが俺に伝わってきた、俺には彼女の見えてる世界は分からない。
ずっと、ずっと暗いまま、何も見えずにずっと。
そんな事を考えていたら、声が聞こえたような気がした。
その声に隊長は顔をしかめた、そして舌打ちしてから。
「姫様!そいつの体に飛び降りて!おい!姫様受け止めろ!」
テイアス隊長は急に声を荒げた、まさか他の兵士か。
まずいな。
「え!?あ、はい!」
姿勢を少し変え、姫様を受け止めるようにした。
しかしこの体勢、俺が踏まれるな。
しかし姫様の体重なら大丈夫だろう。
どすんと俺の腹に上に落ちた姫様は、本当に軽い感触を俺に与えた。
あまりにも軽いその感触に、どきりと心臓が跳ねた。
軽すぎる。
「そうら!蓋だ!」
樽の蓋が上から叩きつけられた、ゆらゆらと揺れる感触の後にバタンと重いモノが閉じる音が微かに聞こえた。
最後に、何か聞こえ気がした、声の様な。
テイアス隊長、本当に。
「テイアス・・・ありがとう。」
姫のその一言に、俺は少し後悔した。
お礼、言えなかったな。
〜〜〜〜〜
「カリヤ!おいカリヤ!」
名前を呼ばれて起きる、あれ。
俺は、確か今テイアス隊長の手引きで姫様と樽の中にいるはず。
「隊長が呼んでる、行くぞ。」
そう言われて、顔を上げる。
机に突っ伏していたらしい、部屋を見渡しても誰もいない、今俺を呼んだのは誰なんだ。
この部屋は、兵舎の俺の部屋か。
色はあっても、どこか色褪せている、しかし俺はそれを不思議にも思わなかった。
出口から廊下の様子を見てみるが、人はいる、人はいるんだがまるで人形だ。
そんな廊下を通り、着いたのは王座の間。
そこには、ひたすらに王座にしがみついてるように突っ伏している姫様がいた。
確かこの記憶は、そうだ王様を安置した後だ。
その景色はシレイア様だけ、鮮明だった。
俺たちが城を調べまわっている一晩、ずっとあそこで泣き腫らしていた。
王が、シレイア様のお父上様が、殺された、から。
「おい、誰か手を貸せ、姫様を部屋に連れて行く。」
人形の一人がそう言って姫様に手をかける、姫様は特に抵抗もしなかった。
俺もそれを手伝い、王座から姫様を引き剥がす。
姫様の顔は、隈と涙と、それはもう酷いことになっていた。
俺はその顔に、どう反応するべきか分からなかった。
姫様を人形と二人で運びながら考える、一体、誰があんな事を。
結局、その後もほとんど何も分かってはいない、犯人は余程用意周到だったのだろう。
ぼんやり姫様を連れていると、廊下の対面から姫様のお付きが駆け寄ってくる。
「姫様、ベットの用意はできました。」
顔を隠しているこのお付き、一説では姫様の影武者だとかなんとか、しかしいつも顔を隠しているからその真偽は分からない。
お付きは俺たちから姫様を無理やり引き剥がした。
「まるで囚人の様に姫様を扱いますのね?」
「そのようなつもりは・・・。」
「いいですわ、ほらさっさと帰りなさい。」
姫様は俯いたまま、ボソボソと何かを呟いた。
その手が、わなわなと震える。
それに反応してお付きが俺を睨んだ。
「・・・が・・・ない・・・け。」
姫様の呟きが、少し大きくなった。
唐突に姫様が顔を上げる。
「しょうがないわけ。」
上げたその顔、いやその双眸は黒く穴が空き、その腕には鎖が繋がっていた。
服はボロボロのドレスになり、所々に血が滲んでいた。
鎖がぶら下がる腕が俺の胸ぐらを掴んだ。
「ない出爾悶o窶ヲ窶ヲ窶ヲ?会シ医*繧鞘?ヲ窶ヲ縺悶o窶ヲ窶ヲ窶ヲ? 笘昴リ繧、繧ケ荳?笘旌樂シユ?笘。」
最後の方は聞き取れない、俺は必死に抵抗しようと胸を掴む腕を振り払おうとする。
しかし力が出ない、全く抵抗できない。
それどころか声すら出ない、何も、何もできない。
胸ぐらを掴む腕に更に力を加えられ、鎧はへし曲がり指は俺の皮膚に到達する。
そこから、まるでカエルの腹でも割くように様に俺の身体はこじ開けられた。
暗くなる景色に両目を失った少女の顔だけが残り。
そして、俺は、少女の、目を、いや違う。
気づけば、俺は何かを掴んで、それを見下ろしていた。
押さえつけていたのは、俺だ、俺、俺、姫様じゃなくて。
最後に俺は、その真っ黒な双眸と、真っ赤に染まった自分の手を。
はっきりと、見た。
〜〜〜〜〜
「はぁっっ!」
息が吐き出された、苦しい。
息が吸えない、吐き出す事しかできない、苦しい、苦しい苦しい。
「はっ、はっ・・・ひっ・・・!?」
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
「ん・・・騎士・・・様?」
まずい、俺がしっかりしなくては、くそ、止まれ、止まれ。
俺は気合いで、なんとか息を思いっきり吸い込んだ。
「だ、いじょう、ぶ、です。」
落ち着け、落ち着け、落ち着け、とにかく、落ち、着け。
俺はとにかく、呼吸を落ち着かせるのに努めた。
今、どうなっている、俺たち。
そうだ、樽、樽の中で水路を通ってあそこから脱出したんだ。
そうだ、そうだ、それで、寝て、しまった、のか。
いま、どこだ。
「あっ!?すいません!?いっ!?」
暗闇の中、急にゴッと重い音が聞こえた。
姫様、だろうか。
と言うか何も見え、なくはないな目が慣れてきた。
目が慣れた後に見えたのは、目を覆っているものの端正だと分かる顔が視界いっぱいに広がった。
「わぁ!?あいっ・・・た。」
驚いて飛び退いて、樽の側面に顔を思い切りぶつけた、と言うか今の反応からして全く同じ事を姫様もやったのか。
体がぐりぐりと無理やり動かして腕を自由にする、とにかく。
「大丈夫ですか?姫様。」
姫様は大丈夫だろうか、この閉鎖空間でもし酸欠でも起こしていたら。
と思ったが姫様は少し笑っていた。
「大丈夫、ですよ、ふふ・・・。」
なんというか気恥ずかしくて、言葉が詰まる。
だがその顔を見て、妙な弱々しさを感じて、冷静になった。
早く、早く医者に診せなければ、その気持ちが再燃するのを感じる、その為にもここを出なくては。
「・・・一度外の様子を伺います、そのまま動かないで。」
「あ、はい・・・。」
蓋を外す、中々深く入っているな、俺は剣を慎重に腰から抜いた。
そして蓋の縁に剣を差し込み、無理やり蓋をこじ開けた。
背伸びをして外を伺うと、まず見えたのは格子、排水溝の終わりにこの樽は引っかかっている。
と、いうことは。
「終着点まで着いたみたいですね、ちょっと行ってきます。」
「気をつけて・・・くださいね。」
見えていないだろうが、俺は頷いた。
樽の中から見える壁の縁を掴む、鎧で登ったり下ったりの訓練は散々やったさ。
樽を倒さないように慎重に、姫様を濡らすわけにはいかない。
全身が樽から出たら、水面めがけて飛んだ。
「ぶっは!」
くそ鎧が邪魔だ、さっきから思ってたけど。
脱ぐ、もう、脱ぐ。
俺は水中で鎧を次々脱ぎ捨てた、一度樽の中に入れるかとも思ったが姫様が濡れそうだからやめた。
そして剣と鎧の下に着ていた服だけになり、一度周りを見渡す。
少し離れた所に、足場と階段を見つける、あれだ。
「少し揺れます!バランスに気をつけて!」
「は、はいぃ・・・。」
この樽は下に重りが入っていて安定しているとはいえ中で暴れるとぐらぐらする。
倒れないように慎重に樽を押しながら泳ぐ、大丈夫だすぐに足場まで着く。
足場に着いたら、俺が先に足場から上がった。
そして、悩む。
まずこの樽をどうするか、一応上げておこうか。
いや無理だ、重りも含めてかなりの重さがある、姫様も含めたら人一人では引き揚げられない、
放置だな、こんな目立つものを持って動くわけにもいかない。
「姫様、お手を。」
「え、えと、取り敢えず、高く上げます、ね。」
姫様は手をまっすぐ上げた、俺とは逆方向を向いたまま。
「逆、逆です姫様。」
「ぎゃ、逆?逆って・・・。」
俺は姫様の手に触れた、すると姫様はおずおずとこちらに方向を合わせる。
「つ、次は・・・。」
「もう片方の手をこちらに。」
そんなこんなで樽から上がるのに時間がかかった、樽のから上がった時姫様は既に満身創痍だった。
「姫様・・・大丈夫ですか?」
正直言って少しだけうんざりしている、目が見えないのは分かっているが姫様はパニックになりかけていたからだ。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
「・・・姫様?」
姫様は、顔を青くしていた、うな垂れたままでだ。
まさか、また。
「い、たい、いたい、いたい・・・。」
「姫様!?」
また、いたいって言う現象か。
くそ、今すぐに休める場所を探さないと。
俺は姫様を背中に抱えて、走り出した。
俺が濡れているとか、普通そこはお姫様抱っこじゃないか、そう言う思考は捨て去る。
階段を上がれば、そこは日が沈みかけ人通りが減り始めた街だった、それを教会らしき建物の陰から眺めていた。
この教会、確か南西の教会、か。
だったら外壁を左手に進めば、カナリヤが見えてくるはず。
それでなくてもあの辺りはいつも賑わっているから大丈夫だ、気付くはず。
俺はすぐに走り出した、外壁を左手に視界に入れながら走る、その際姫様はずっと震えていた。
本格的にまずい、だが。
「クソ・・・。」
ここの医者に診せるわけにはいかない、現状このままでは彼女は奴隷か何かにしか見えない。
この国で奴隷なんて診る医者はいない、だから。
頼れるのは実質、無間の宵だけだった。
「あった・・・カナリヤ・・・。」
煌々と光るカナリヤを見つけた、確かこの城壁側。
急げ、急げ、とにかく、急げ。
人目を全く気にせず、俺は路地の中へと飛び込んだ。
少し入れば表の賑わいは鳴りを潜めていた、遠くに喧騒が響いている。
今はそんな音に耳を傾ける余裕は無かった、少しずつ姫様の震えが大きくなるのを直に感じて、嫌な汗が背中を伝わった。
「無間の宵・・・無間の宵・・・。」
どれだ、どの建物だ、無間の宵。
既に焦りから隊長が言っていた情報は忘れていた、必死に周りの建物を睨みつけながら走る。
そして、見つけた、無間の宵、らしき建物。
それは普通も普通な、ただの民家だった。
誰だこんなのに無間の宵なんて仰々しい名前付けた奴は。
「ここ・・・なんだよな。」
他にこんな名前の店があるとは思えない、多分、ここだ、多分。
扉を前に、少し尻込みと言うかなんというか。
ええい、どうにでもなれ。
俺は強めに扉を叩いた、そして中の様子を伺う。
数秒、長い、本当に長い数秒だった。
そして、まるで俺の緊張に。
「はいはいはーい!いーまちょっと手が離せないんで勝手に入ってー!」
どこか間の抜けた、女性の声が答えた。
ドアノブに手をかけて、覚悟を決める。
ゆっくりとドアを開けば、そこはいたって普通の民家だった。
少しばかり大きいが、特に目立った事もなく、やはり女性らしい小綺麗に整理されていた。
植木鉢には青々しい蔦が伸びているし、テーブルには可愛らしいマットが敷いてある。
ただ、窓だけが板で全て打ち付けられていた。
「・・・誰も・・・いない?」
少し異様な光景に、俺はどことない不安を感じていた。
窓が打ち付けられているだけで、他がすごくきっちり整えられているために異様さを醸し出していた。
稀に、ぎしりと床が軋む音が聞こえる、それは俺のものか、それとも別の人間のものか。
いや、違う、俺じゃない。
ぎしりぎしり、その音と共に小さい囁きも聞こえた。
「・・・と・・・そ・・・と、そぉ〜ぉぉぉぉお!?」
一際大きな軋む音が聞こえた、上から。
もしかして、屋根裏にいたのか。
「お、おぉ・・・ちょっと、下の人ー!壁際に、ぁぁぁぁぁあ!?」
すぐに姫を守りながら壁際に寄った、すると天井の一部をぶち抜いて。
「あべし!?」
女性が落ちてきた、テーブルのど真ん中に。
パラパラと破片が飛び散る。
あ、腹からいったな、あれは痛いぞ。
「お、おぉぉぉぉ・・・。」
「だ、大丈夫・・・か?」
思い切り腹を打ってしまったらしい、目の前の女性は腹を抑えて悶えていた。
色褪せたよう金色のような灰に近い髪色、青さすら感じるほどに白い肌。
そして青と言うよりは黒く、くすんだ瞳。
人とはかけ離れている、そう本能が告げていた。
しかし。
「いやははは・・・大丈夫大丈夫・・・体だけは頑丈だから・・・。」
こんな、こんなあまりにも素っ頓狂な登場をされてそんな威圧感を放たれても、ものすごく反応に困る。
何者だこの人、色んな意味で。
「いやーごめんごめん、えっとお客さん・・・だね、うん。」
俺たち二人の身なりをじっと見て、頷く。
剣しか持っていない男、そして完全に奴隷姿の少女、大体の状況は察せるか。
「テイアスたい・・・さんの紹介で来ました、そのカリヤと申します。」
「あーテイアスくん、うんうんうん、なるほどね。」
にこ、と背中が泡立つほどの冷たい美貌で微笑女性、するとソファを指差す。
「すぐに暖かいスープを出すよ、その子さそこに寝させてあげて。」
「いえ、できればすぐにこの方の治療をお願いしたいのですが・・・頼めますか?」
ほとんど駄目元の願いだ、しかし姫の体調はかなり悪いと言える。
治療、できのだろうか、姫は大丈夫なのだろうか。
そんな俺の不安をよそに。
「分かったよ、じゃあ尚更そこに寝かせてくれるかい?」
さらりとそう言い放つ女性、治療、できるのか。
座った姫の顔を女性は覗き込んだ、そしてうんと呟いた。
「大丈夫、ちょっと魔力過敏になってるだけだね。」
「魔力・・・過敏?」
女性はすぱぁんと大きな音を立て、姫の顔を叩いた。
びく、とつい手が出そうになるか、立ち上がった女性に立てた指を差し出され、止まる。
「はっ・・・あれ?・・・私・・・。」
「魔力の強い人な視力を失ったりすると、魔力でそれを補おうとするんだよ。」
姫の目の包帯を取り外し、そっと眼孔に手を合わせた。
「でも手当たり次第全部感知しちゃうから脳での処理が追いつかなくてパニック状態になる、これが魔力過敏。」
姫の眼孔から手を離し、姫の頭を撫でた。
「目は・・・丁寧に治療されてるね、それでも限度があったみたいだけど。」
そして、女性はキッチンらしき場所へと向かった。
もう終わったのか。
「その子の治療もあるから、今日は泊まって出発は明日にしなさい、色々と用意しないとならないからね。」
女性は引っ込んでしまった。
姫は先程から不思議そうな顔を続けている。
「大丈夫ですか?姫。」
「ええ・・・本当に・・・嘘みたいに大丈夫です・・・。」
虚勢を張っているわけ じゃない、本当に大丈夫らしい。
顔色もほぼ完全に戻っていた、俺はそっと姫の手に触れる。
するとビクッと姫は驚いた様な反応をした、しまった不用意だったか。
俺は手を引こうとしたが、姫は俺の手を両手で軽く握った。
「やっと・・・あなたとこうしてまっすぐ迎え会えました。」
そう言いながら手を撫でる、姫の顔は微笑みを浮かべていた。
その手は、本当にボロボロで、白魚の様な手も、傷だらけで。
すごく、見ていて胸が締め付けられた。
「私は・・・シレイア・・・シレイア=マルマノス、このマルマノスの第一王女・・・でした。」
本当の姫さま、今玉座に座ってる方が偽物。
クソ、あの腹黒ゲス野郎、よぬもまぁぬけぬけと。
そう思った瞬間、姫の手が俺の顔に添えられた。
「私は怒ってはいませんよ・・・そうですねツケ・・・と言うやつが回ってきただけです。」
「は、はぁ・・・。」
そんな言葉使うんだな姫、何というか意外だ。
じゃなくて。
「見えてる、んですか?」
俺の顔に手を添えた時、全く迷いなく動いた、先程水から上げた時とは違ってだ。
「えっ?見える・・・というより分かる・・・と言うか。」
分かる、とはどういう意味だ、ここに来て急にか。
困惑していた俺と姫の間に、そっと割り込んだ者がいた。
「はーいはい、いちゃついてないでご飯だよーその辺りの話もしてあげる。」
「いちゃ!?」「いちゃついて?」
いちゃついてなんかいない、そう言おうとしたが、そこで気付く。
今の話、聞かれてたか、と言うか姫の名前も。
まずい、それはまずい。
「あーちなみに私は何も聞いてないからー特にそこのシレイアちゃんの話は何も聞いてないからー。」
俺の心配をよそに女性はそう言った。
どうやら杞憂だったみたいだ、この人は信頼できる。
「すまない、そう言ってもらえると嬉しい。」
「なーんの事かな?それに、君はシレイアちゃんに言う事があるんじゃない?」
そう言うと女性は姫に指を指した、それに従って姫の顔を見てみると。
「・・・むぅ。」
何故か姫はむくれていた、なんでだ。
俺が何かしたか、いやしていないな、では何故。
そう考えていると、女性が姫の隣にくっついた。
「鈍感だね〜これは苦労するよ〜?」
「・・・いえ別に、苦労も何もないですよ。」
なんか、馬鹿にされたか、俺。
「ふぅ・・・あの、名前・・・お聞かせください。」
「あぁ、名前、名前ですか、カリヤです、一応近衛兵の・・・。」
まぁ顔なんざ覚えられてる訳ないがな。
いや覚えられてるか、悪い意味でだが。
俺の名前を聞いた姫は、実に満足そうに頷いた。
「カリヤさん、あなたは真に信頼できる人です、これからあなたの力を貸してもらわなくては私は生きていけません。」
立ち上がり、両手を組む姫、まるで俺に祈る様に。
そんな事されても、ひたすら胸が痛くなる。
「あなたの力を・・・貸してください、私を・・・守ってください、私と共に・・・逃げてください。」
痛い、痛い、痛い。
「はい・・・俺でよければ。」
姫の肩をに手を乗せ、できないと言おうとするのを必死に堪えた。
絶対に、テイアス隊長の方が適役だった、俺だったのは、ただの偶然だ。
テイアス隊長なら上手くやった、俺は計画もなく衝動的にやったんだ、でもテイアス隊長なら。
「うんうん、それじゃあ私はジルでいいよ、名前は短くて覚えやすい方がいいからね。」
俺の思考を女性、ジルの声が遮った。
そしてジルはスープの入ったカップを姫に渡した。
「カリヤ君、悪いけど地下に服があるから取ってきてくれるかい?こんな格好をさせとくのも何だしさ。」
「あ、あぁ地下室もあるんだな。」
「キッチンの下に隠してあるから、棚の下ね。」
「分かった。」
キッチンに行き、棚を押す、すると扉が現れた。
中は階段になっていて、進む。
結構な深さ、どうやら有事に逃げ込む構造になっている、まぁ最初から普通の店じゃないとは思ってたが。
ここなら、聞こえないか。
「くっ・・・そぉ!」
思い切り、壁を殴る、思い切り、叫ぶ。
「何が!何が手を貸すだ!何が守るだ!何が共に逃げるだ!」
がんがん、二、三度殴りつけて、ついに手から出血する。
それに腹を立て、今度は壁に頭突きした。
痛い、それに視界が揺らぐ、でも俺の怒りは収まらなかった。
「姫だって知らなかった癖に!国を裏切った癖に!」
俺は、彼女を姫だとは知らなかった、むしろ影武者の方だと思っていた。
それでも、構わないと思った、国を裏切る選択をした。
「お前だろうが!奪ったのは!お前だろうが!傷付けたのは!お前だろうが!」
もう、一度、頭突きをする、血が額から流れ落ちた。
ようやく、少し収まった。
ずるずると壁に沿って崩れ落ちる。
怒りはまるで自分の情けなさと、自分を毛嫌い気持ちと、自分が抱く後悔を助長するかの様に変わっていった。
「お前だろうが・・・シレイアの目を・・・抉ったのは・・・。」
俺は、偽善者だ。
中身は真っ黒なのに、外面は正義のヒーローの皮を被ってる。
腹を割いて、中身を姫に見せてやりたい、そうすればどんなに楽か。
「・・・できるの?」
その声に、入り口の方を見る。
ジルだ、ジルが入り口の階段に座り込んでいた。
「明かりも持たないで、まったく・・・。」
その手にはランプが握られていた。
ていうか、そんな事より。
そう言おうとして、頭痛が頭を襲った、それはそうだ。
立ち上がったジルはずんずんと俺に近づき、座り込む俺を見下ろす形になった。
顔が窺い知れない、俺の本性を聞かれた以上、怖いという感情が俺を襲った。
「聞かなかった、とは流石に言えないよ、ね?」
威圧感、ジルはあのテイアス隊長よりも圧倒的な威圧感を発していた。
呼吸が荒くなる、口が渇く、汗が噴き出す。
怖い、恐ろしい、おどろおどろしい、たとえどんな言葉を使おうとこの恐怖は表せない。
「それで、どうするの?今ならいいよねぇまだダメージが少なくてすむから。」
「だ、メー・・・ジ?」
どうにか声を絞り出す、ダメだ腹に力が入らない。
負けている、俺はこの女、いや、この生命体に負けている、そう感じざるを得なかった。
ダメージってなんだ、どういう事だ。
「あの子はあなたを信じてる、とは言えまだ信頼関係は浅いと言える、だから今言っちゃえば、他の誰かに任せられる。」
他の誰か、誰かって誰だよ、誰に任せればいいんだよこんな事。
テイアス隊長か、彼なら何とかなるだろう、彼の方がいいんだろう。
そこで、テイアス隊長の最後の姿を思い出す。
あの時の聞こえなかった声、テイアス隊長ならこう言うのかな。
『こっちゃあテメェに託したんだ!守れなかったら殺してやるからな!俺が骨になってでも!』
はは、そんな事テイアス隊長が言うかな、これで本当にテイアス隊長に託したら、本気で殺されるだろうな。
死にたくは、ないな、まだ。
「投げ出す?放り出す?監獄から連れ出したのは、もっと酷い死に方させるため?」
俺は拳を握りしめた、爪が肉に食い込む、それでも。
俺は歯を食いしばった、顎が悲鳴を上げる、それでも。
俺は膝を突き、立ち上がった、膝が痛む、それでも。
それ、でも。
俺は、目の前の、バケモノに面と向かった。
立ち上がっても、表情は見えない、だが。
「俺より、適役がいます。」
「ふーん?それで?」
喋るたび、腹の底で何かが震える。
それでも。
「その人なら、俺よりもっと上手く姫を守れるでしょう。」
「じゃあその人に任せれば?本当の事言う勇気があるか分かんないけど。」
正論だ、そのテイアス隊長に任せた方が何倍もうまくいく、姫は傷一つつかないだろうな。
それでも。
「俺は。」
「俺は、何?」
俺は、もう、逃げたくない。
この腹に渦巻いてる、罪悪感と罪、それが払えるのなら。
贖罪を、果たせるなら。
「俺は、これ以上姫にを、裏切りたくありません、今は無理でも、必ず、絶対、何があっても、守ります。」
誓う、テイアス隊長が託してくれた思いを繋いでいく。
姫のためじゃない、俺自身の為に。
「いずれ必ず!打ち明けます!だから!俺を!」
俺の言葉を遮り、ジルは俺の口に指を当てた。
ランプの明かりが照らす彼女の顔は、にこやかに笑っていた。
「だーめ、その先は直接言う事。」
先程の威圧感は嘘の様に消え去っていた、まるで何事も無かった様にジルは俺の額に手を添えた。
「人間、後ろめたいことの二つや三つあるよ、私だって・・・償いきれない事をした、未だに贖罪をしてる。」
そこでジルはかなり神妙な表情をした。
その表情は一瞬だけで、すぐに見慣れてきたにこやかな笑顔に変わった。
「人って一回間違うと誰かに正してもらわないと直らないからさ、ごめんねきついこと言って。」
「大丈夫です、ありがとうございました。」
俺は危うく、道を踏み外す所だった。
今も、まだ戻りきったとは言えない、きっとまた間違う。
その時、戻れるだろうか。
瞬間、額に激痛が走った。
「いっ、てぇ!?」
「後のことは後のこと、今の事は今の事、だよ?」
傷にデコピンって、酷いなおい。
しかしさっきから思考が読まれてる気がする。
ジルは今度は俺の右手を取った。
「肝心なのは縁を大事にする事、縁を結ぶのを怖がらない事、縁を信じる事、だよ?」
「・・・どれも俺には難しいですよ。」
家を飛び出し、兵士になり、ひたすら鍛錬を続け、国を裏切った。
縁を蔑ろにして、縁を結ぶのを拒否し、縁に裏切った。
「これから頑張れ、君ならできるよ、ほーらさっさと服を持ってかないと姫ちゃん風邪ひいちゃうよ?」
そう言ってジルはランプを片手に奥に進んで行った。
姫っていってるじゃないか、そう言うツッコミは無粋だな。
それにしても、彼女人間なのだろうか。
〜〜〜〜〜
あれから服を持っていき、姫に渡した。
姫はようやく俺のマントを脱ぎ、着替える事ができる、本当に良かった。
という事で二階にいき今着替えている。
「サイズ大丈夫?」
「はい、大丈夫だと思います。」
女性二人が二階で話しているのをできるだけ聞かない様にしつつ、俺はスープを飲む。
俺も大分落ち着いた、覚悟はまだ足りていないけど。
後のことは後のこと、だぼちぼち行こう。
ちなみに傷は、何故か治っていた、本当に何故か。
「あら、意外とおっきいのね。」
「そんな事・・・あるんでしょうか。」
よし、外に行こう、うんちょっと夜風に当たりたくなった。
俺は無言で店の外に出た。
ちなみにチキンとか思った奴、くれぐれも思い返してほしい。
彼女、姫だぞ、一国の正統頭首。
万が一手を出したら、うん首飛ぶ。
「ふー・・・。」
それにしても、この国も呑気なもんだ。
国王が毒殺されたってのにな。
面通りから未だに聞こえるカナリアの音に耳を傾ける。
やれやれ、このままこの国出れればいいんだが。
「あーカリヤ君、ついでにさっき言ってた樽回収しちゃってー。」
ジルの声が響く、見上げてみれば二階にある窓からジルが身を乗り出していた。
樽、樽か、どうしてだ。
「何かに使うのか?」
「まぁね、ここはジルさんに任せて、はい外套。」
ぱさりと上から外套が投げられた、これなら顔を隠せるな。
ここはジルがいるから大丈夫だろう、後あそこにいるの辛いヤダ。
「じゃあ行ってきます。」
「気を付けてねー。」
気が抜ける様な声を背後に俺は街へと繰り出した。
喧騒が未だ続く街並み、そこらから聞こえる話し声に耳を傾ける。
「聞いたかい?あの監獄区画の脱走事件、何人か捕まってないらしいじゃないか。」
「まったく、王の一件といい兵隊どもは何をしているんだ、赤子の集まりじゃあるまいし。」
「肝心の王殺し、逃げ出したそうよ。」
「やーねー早く捕まえてもらわないと、何のための兵隊なんだか。」
散々言いやがるな本当、近衛兵だって必死に止めようとしたさ。
でも、内側からやられたら誰だって対処のしようがない、ましてや暗殺だ。
クソ、犯人は分かっているのに、俺もテイアス隊長も。
手が、出せない。
「・・・ん?兵士か。」
兵士が大通りで何かを話しているのを見つける、俺は隠れて様子を伺った。
手配書かあれ、兵士は何かを持って大声で演説しているらしい。
ふと、もう一人、鎧姿じゃないから気付かなかったが集まっている中心にもう一人の人物がいるのに気付いた。
「あいつ確か・・・秘書の・・・秘書だっけ、秘書の秘書、いや部下か?」
なんかあやふやだった、見覚えはあるんだが。
確か王の側近、の秘書にくっついてた部下だったか。
あの気にくわない態度と話し方は間違いなくあいつだ、どうしてこんな所にいるのだろうか。
第一兵士って言ってもあいつら外壁隊だな、基本この国の外壁守る奴ら。
兵士の中ではかなり位の低い奴らだ、何やってんだ。
聞き耳を立てる。
「よく聞けお前ら!こちらのお方はこの前に王の新たな側近となった・・・。」
「マズリーです、どうかお見知り置きを・・・。」
どういう事だ、側近は別の人物だったはず。
いや、あいつだ、と言うかまさか。
「加担、してたのか。」
だとしたり納得できる、あいつが適当に野心の持った奴を取り込んでいたのか、そしてそいつらに権力を渡した。
最悪だ、国滅ぼすつもりかよ、なんでよりによってそいつらに権力を渡した。
「マズリー卿の政策により!今日より税の納付が増額される!」
「皆謹んで納めるように。」
馬鹿野郎、今で十分だろ。
あの偽物なにするつもりだ、後先考えてんのか。
歯をくいしばる、俺にはどうしようもない、逃げる俺には。
「今の事は今の事、後のことは後のこと、か。」
その言葉が、じわじわと響いていた、ぐだぐだ考えるのが悪い癖なのは分かっている。
そんな事は今考え事じゃない、のかもしれない。
樽だ樽、今は樽回収するんだ。
「行くか。」
俺が路地の奥に進もうとした時。
「目のない少女が脱走した!国王を殺した張本人であり!同時に数人の城の人間を毒殺した凶悪犯である!」
「なん、だと?」
数人って、まさか側近か。
それ以外にも何人かいそうだ、その罪を全部おっ被せやがった、本物のクズが。
クソ、あそこで、あそこで姫の目を潰さず、あいつを殺せば、回避、でき。
ないか。
どちらにせよ姫は殺された、か。
「行こう。」
違う、あの時どうしたかじゃない、今どうするかだ、早く用事済ませよう。
「おい止まれ。」
声をかけられた、振り替えなくても分かる。
碌な訓練もされてないのに勘だけはいいなこの野郎。
「おい顔見せろてめぇ、こっちにこい。」
「・・・チッ。」
逃げるか、しらばっくれるか。
どうする、どうすればいい。
戦う、のは無しだ、状況悪化させたくない。
どうする。
「・・・なんだ。」
逃げる、のも無しだな、変な勘ぐりされたくない。
俺はおとなしくフードを捲り顔を見せた。
流石に俺には指名手配は付いてないだろ、付いてないといいけど。
「怪しいんだよおめぇ。」
二、三人でこちらに歩んでくる。
まずいな、選択間違った。
こいつら。
「おい、なんとか、言え!」
一人が近づいてくる、そして俺の腹に拳を叩きつけた。
「あん?」
想定内、しょうがないか。
本当に本当に。
「程度が低いなお前ら。」
叩きつけられた拳を握り締める、これでも王の側で守ってきた兵士だ。
まぁ守りきれなかったがな。
「邪魔だよ。」
目の前のチンピラが放った、もう一撃を躱す。
そしてその間抜けな面に拳をめり込ませてやった。
「ぐげぇ!?」
「なっ!?てめぇ!」
俺は踵を返して、全力で走った。
すぐにフードを被り直す、歩幅を広げる。
あっという間に差がついた、遅いな。
目の前には手頃な大きさの樽。
外套を脱ぎ、そしてその樽に雑に被せる。
そして俺は近くの低い建物の屋根に登った。
「これで撒けるか?」
とにかくさっさと樽を回収して帰ろうか。
治安、悪くなっちまったな。
〜〜〜〜〜
「あー疲れた・・・。」
あの後樽を運ぶのにすごく苦労した。
街の中には既に兵士が巡回していて、それをひたすらに回避しながら樽を運び。
気がつけば二時間ほどかかった、樽の元に行くのに30分もかからなかったのに。
「おーい、ジルー樽持ってきたぞー。」
さっさと入れて欲しい、ここも安全とは言えないからな。
すぐにジルが出てくる、相変わらずニヤついてだ。
「お疲れ様ーだいぶ遅かったねー。」
「追われててな・・・もうひ・・・シレイア様の追っ手が来てる。」
ジルは少し考え込むように表情を変え、すぐに元の微笑みを取り戻す。
「随分手回しが早いね、まるで逃げるのを怖がってたみたい。」
正解、実際あいつは姫が逃げるのを怖がっていた。
何故かは知らないが姫を殺せない理由があり、公開処刑を理由に生かしていた。
でなきゃ姫は既に死んでる、目を潰させたのもその辺りが関係してるだろう。
「いいから中に入れてくれ、樽持ってると目立つんだよ。」
「はいはい、こっち持つね。」
無間の宵の中に樽を運び入れる、窓から。
出す時も窓からだよなこれ。
「これで良し と、亡命は明日の夜だから今日はしっかり休むといい、その前にどこから逃げるか少し話そうか。」
「あぁ、何から何まですまない。」
ジルはまたにっこりと笑った。
ジルは信頼できる、未だに彼女の腹の中は見えないが、ここまで真摯に付き合ってくれる人間は今まででも初めてだ。
姫も彼女を警戒していない、助かった。
だが、いったいどうやってここから脱出するんだ。
この町は数十メートル以上の壁に囲まれていて、トロールでさえその壁を前に撤退したという逸話すらある。
そして区間と区間の間には検問が待っている、今はさらに警備が厳しくなっているはず。
そういえば樽を使うって言ってたな、どう使うんだ。
「地図地図っと。」
ジルはバンと音を立てて机の上に地図を伸ばした、この辺りの地図か。
「町を出るのは私に全面的に任せてもらって大丈夫、問題はその後だね。」
「一応・・・この東の国境を越えようと思ってるんだが。」
東にはこの国と同じく反魔領の国がある、魔物には会いたくないからこの道を使おうと思っている。
だが。
「やめた方がいいよ、遠いし、姫の負担が大きい。」
そう言われると何も言えない、このルートは2日歩きっぱなしだ。
姫の体調に合わせれば、3日はかかるだろう。
「しかし一番安全なルートだと思うが・・・。」
「全然、馬で追われたら逃げられないでしょうに。」
「ぐぬ・・・。」
確かに、あいつの事だから国の戦力を傾けるのはわけないか、だけど。
「となると・・・ここか?」
南に半日の場所にも国境はある、ただ。
「この先は親魔領だろ?大丈夫か?」
魔物、それは人を食らう化物。
通り道の山岳にはハーピーの巣があり、反魔領であるにもかかわらずよく失踪の話を聞く。
しかも国境付近には勇者がいる、この国の勇者だ。
万が一勇者と敵対してしまったら、本当に逃げるのが難しくなる。
「うん、山岳はきついかもしれないけど近いし親魔領ならここの国の奴らも追いにくいからね、勇者の子も暗殺騒ぎで戻ってるだろうし。」
確かに、山岳しかないとも言えるし半日でつければ奴らも撒きやすい。
あの辺りには廃坑と廃村もあり、隠れ場所にも困らない。
だが。
「ハーピーはどうする・・・奴らは・・・。」
「うんうん、そこは任せて。」
ジルは何かを取り出した、小さい袋、を紐でくくり付けた物、だろうか。
見た事はないな、特に何も感じないし。
「なんだこれは。」
「ちょっとした呪具だよ、袋を開けたら効果無くなるから気を付けてね。」
呪具なんて物初めて見た、これが呪具 か。
「一つでいいのか?」
「うん、可能な限り離れないようにしてね、複数だと逆に効果下がっちゃうんだよ。」
そんな事あるのか、呪い同士が食い合う、とかか。
これは姫に持たせよう、その方がいい。
「それじゃあ今日は休んで、明日頑張ろうか、何か食べるかい?」
「いや休む、姫は?」
「上でぐっすり、ちょっと精神使ったからね。」
「そうか。」
俺は剣を持って立ち、階段に足をかけた。
「二番目の部屋使ってね一番目にはシレイアちゃんがいるから。」
「分かった。」
二階に上がって、二番目の部屋を開ける。
ベットとタンス、まるでホテルみたいな間取りだった。
複数人が入れる設計だな、奥にもう一部屋あったし。
そのベットの上から毛布を剥ぎ取り、部屋を出た。
そして剣を抱き毛布を自分に巻きつけ、壁にもたれかかって眠る。
すると、意外にもすとんと眠りにつけた。
〜〜〜〜〜
「・・・カリヤさん?」
気配を感じて、起きてしまった。
のそりと体を起こす、まだこの感触になれない。
魔力感知という、新しい感覚。
カリヤさんが出て行った後、ジルさんと少し練習したのだが、まだ勝手は分からなかった。
「あっ・・・壁・・・。」
つい頭をぶつけそうになってしまう、ぺたりと手で壁を触り慎重に気配を探る。
まだ練習が必要、か。
そういえばカリヤさんには魔力感知の話はしただろうか。
そう思いドアを開けた。
「・・・寝てる?」
カリヤさんは座った体勢でドアのすぐ側で寝ている、みたいだった。
確かに気配も少し弱い、でも剣を抱きしめているのは。
そう、か。
カリヤさんに触れようとして、手を引っ込める。
ダメだ、これは私の業、彼には。
彼に、は。
彼女を産んだのは私であり、全ては私の責任。
彼はきっと、後悔している、だからでしょうが。
彼とは、いずれ別れなくては、辛い別れをしないように、他人でいなくては。
私は部屋に戻って、再び毛布を頭まで被った。
階段にはその様子を伺っている人影があった。
「すれ違ってるねぇ。」
そう呟く人影は闇に消えていった。
〜〜〜〜〜
朝、朝食を食べながら俺はジルから話を聞いていた。
姫の体調の事の話だ。
「シレイアちゃんのソレは過感知って言う症状で目を失った結果の症状だね。」
過感知、か。
成る程。
「正しくは過敏感知、目を失った結果魔力感知でその穴を補うべく発現した能力だよ。」
「前例はあるのか?」
ジルはフォークに刺したソーセージを頬張った、少し咀嚼し、飲み込んだ。
「無いけど・・・それ以外考えられないかな、この子の魔力はほかの人より強いみたいだから。」
静かに食べていた姫が、食器を置いた。
「はい、父もかなりの魔力を持っていました魔物と同じ程だったと聞きます。」
流石は王族、市民とは規格が違うな。
魔力が多すぎる所為で、無意識に魔力感知をしてしまったのか。
俺はコーヒーを一口含んだ。
「今日はシレイアちゃんは魔力感知の勉強、カリヤ君は必要な物の準備、そして夜に備える事。」
「分かった。」「はい。」
食事を終え、食器を片付ける、すると来客を知らせるように扉が叩かれた。
すぐに俺は剣を持ち、入り口に見えない位置に姫と一緒に隠れた。
ジルに頷く、ジルも分かったように扉を開けた。
「はいはーい、なーんですかねー?」
ジルが扉を開けた、らしい。
向こうから見えない為こちらも見えないから音しか聞こえないが、兵士だ。
ガシャンガシャンと音を立てている、まずいな。
大事を取って地下に逃げたほうがいいだろうか、いや棚を動かす音でバレる。
ここは様子を伺おう。
「ここに盲目の少女と男性がいるはずだが、あぁ私はテイアス隊長の使いです。」
「テイアス・・・?」
姫が顔を出してしまう、迂闊だと嗜めようかと思ったが、兵士の顔を見て止まった。
「副隊長?」
「おや、カリヤくん・・・だっけ?」
近衛兵の副隊長、リダールさんだ。
隊長の代わりに事務をしている、副隊長と言うより副官みたいな人だ。
「君のためにテイアス隊長が剣を用意したんだよ、その剣使ってたら身元割れるだろう。」
渡された剣を見てみたら、かなりの業物だった、持っている手が震える。
なんだこれ、こんな剣持った事ないぞ。
「ウチの傑作でね、持って行ってくれると嬉しいよ。」
「い、いいんですかこんな物。」
リダールさんはにっこりと笑った、そう言えばリダールさんの実家は鍛冶屋だったか。
「くれぐれも彼女をしっかり守ってくれ、頼んだよ。」
「・・・はい。」
重いな、うん。
そこで俺は元の剣をどうするかと一瞬考える、するとジルが剣を俺の剣から取った。
「これはこっちで保管しとくよ、色々と使うから。」
「あーそうですね、隠してくれると助かります。」
リダールさんは店の中に入る、そして椅子に座っていいか視線で確認して、座った。
「すまないけど少し席を外してくれるかい?」
「分かったよ。」
ジルはそう言われると頷いて店から出て行った、出て行く際こちらにウィンクする。
いい奴だよなあいつ、本当に。
リダールさんは机を挟んで反対側の二つの椅子を指差して、座れって事だろう。
「姫。」
俺は姫を先にある座らせた、そして俺も座る。
その様子を見て、リダールさんは険しい表情をしていた。
「その姫って言うのはやめた方がいい、どこで足がつくか分からない。」
そう言われて、何も言えなくなる、確かに意識していなかった。
「くれぐれも、何か言われたら警護として通してくれシレイア様にも上等な物を着せた方がいい、君は軽装の鎧を着てくれ。」
「あ、あぁ、分かった。」
そう言うとリダールさんは袋を机の上にドスンと乗せた。
その中には服や鎧、そして食料が丁寧に揃えられて入っていた。
「それで、君達には城の様子を話しておく。」
俺はちらっと姫、シレイア様の様子を伺った。
唇を少し噛んで、微妙な顔をしている。
でも彼女は知らなくてはならない。
「頼む。」
「あぁ。」
机の下で、シレイア様が強く拳を握ったのがなんとなく分かった。
彼女の覚悟は俺には計り知れない、ほとんど他人だから。
しかし大きい事は分かる、彼女の覚悟は大きく、鉄の様なものであるだろう。
俺の役目はそれを錆びない様に見守る事だ。
〜〜〜〜〜
俺たちに何が起きたか、はっきり話しておこうか。
一番最初のきっかけは王の死、だった。
中庭の花畑で、王は死んでいた。
その花畑は王妃の妹様が大事にしており、妹様が城を追い出された時に王が引き継いだものだった。
シレイア様もよく花畑に入っては遊んだり、王と共に手入れを手伝っていたらしい。
話を戻す、王の死因、それは毒殺だった。
病気もない、出血もない、口から血を吐いていた。
守れなかった、俺たちは。
そうして、王城の警備は強くなった、外壁隊まで掻き集めてとにかく数を増やした。
しかし姫の周囲には近衛兵だけで守る事となり、他の兵士は巡回、と言う形になった。
その折だ、姫が2日ほど行方不明になったのは。
「あの時、私は突然背後から襲いかかられてどこかに監禁されていたんです・・・。」
「外壁隊・・・でしょうね。」
今考えればその時から既にマドラーだかマドリーだとかの手が回っていたのだろう、随分手の凝った事をする。
城の中に簡単に入り込まれた、近衛兵にはそんな相手を想定する程の経験はなかった。
その後に姫を見つけたのは、テイアス隊長だった。
「テイアス隊長に見つけてもらっていなければどうなっていたか・・・。」
「そのままヤツがすり替わっていただろうな、だがそれで私達も奴の思惑に気づけた。」
テイアス隊長とリダールさんが内部に疑念を抱いたのはその時からだったらしい。
その後はまた警備を強化し、姫の部屋の前は常に兵士がいる事になった。
二人は疑念を調べるべく、城の中の様々な人間の素性を洗い出した。
しかし二人が何かの手を打つ暇もなく、事が起きた。
姫にそっくりな、お付きが毒を持って発見されたのだ。
あまりにもあからさま過ぎる、しかしお付きはすぐに確保され投獄された。
その時の姫はひたすらに困惑した様子だった、そして姫一人、ずっとお付きとの会話を望んでいた。
そして次の日、姫はまるで別人の様になってしまった。
「この時です・・・私は再び誘拐され、気付けば牢屋の中に入れられていました・・・。」
「後で私とテイアス隊長で調べたら姫の部屋への隠し通路があったんだ、姫の部屋はお付きに厳しく入るのを禁じられた為気づけなかった・・・。」
「成る程・・・であれば二度の誘拐は容易い、ですか。」
あの腹黒野郎、その辺りも織り込み済みか、本当に最悪だな。
「そうしてまんまと入れ替わりを成功させた、と。」
そうだ、今玉座に座っているのはお付きの方、影武者の方だ。
シレイア様を嵌めて、俺たちを騙した。
「後は、見ての通り、この目が・・・。」
俺が、シレイア様の目を、潰した。
そうだ、俺だ、言わなくては、シレイア様に、言わなくては。
「すぐにお付きの素性を調べ上げたが、ほとんど成果は上がらず、テイアス隊長と共にシレイア様の救出計画を練っていたところ・・・。」
「俺が先に動いた、と。」
となると本当に隊長達にとっては渡りに船だったのか、これならば奴にテイアス隊長達が怪しまれる可能性はかなり減る。
俺は顔なんて覚えられていないだろうからな、俺が怪しまれるのはかなり後だろう。
「私リダールとテイアス隊長はここに残り、この国をどうにかしてみます、シレイア様はカリヤを連れ、一度ここをお離れください、くれぐれも慎重に。」
「・・・姫どうやらそれ以外には道は無いようです。」
お付きの目的は姫に何かをさせる事だ、ならばここから離れた方がいい。
それに、この国に未来はない。
「・・・分かっています、ここはテイアスとリダール殿に任せます。」
姫は、かなり辛そうな感情を顔に浮かべていた。
それはそうだ、無念だろう、父親を殺された相手に何もできず背を向ける。
だが姫も覚悟は決まっていた様子、口を出したのは無粋だったか。
俺と姫はもう一度、リダールさんに向き直した。
いや、姫は俺の方を見ていた、見ていたと言うより頬を膨らませている。
「『シレイア様』でしょう。」
「・・・ハイ、シレイア様。」
うっかりしていた、いつのまにか呼び方を戻してしまっていた。
気をつなげねば。
その様子を伺っていたリダールさんは少し笑っていた。
「どうやら心配は無さそうですね、君ならシレイア様と上手くやれるだろう。」
「・・・そうですね。」
シレイア様の言葉に、俺は必死に感情を顔に出さないようにしていた。
複雑、この感情はそう言うのだろう。
本当の事を言った時、その時シレイア様は。
シレイア様は、変わらず笑っていてくれるだろうか。
「・・・最後に 一つ、聞いていいですか?」
「はい、なんでも。」
シレイア様は、ぐっと腹に力を入れた様子だった。
なんだ、何を聞きたいんだ。
「勇者様は・・・お戻りですか?」
勇者、それは俺も聞きたい。
勇者の有無で今回の脱出はかなり難易度が変わってくるからだ、この街に勇者がいてくれればかなり助かる。
「えぇ、戻っています、今は自室で休まれています。」
「そう、ですか・・・。」
よし、国境からは離れているか、なら好都合だ。
なんだが、シレイア様は表情は不思議と優れなかった。
「私はそろそろ行かせてもらうよ、仕事を抜け出してるものでね。」
「はい、そちらも頑張ってください。」
リダールさんは立ち上がり、そして。
「この国が復権する為には、貴女が必要です、命だけは・・・くれぐれも大事にしてください。」
シレイア様の目をじっと見て、そして俺にも視線を向けた。
これはもう一つの意味で、必要な時には俺に犠牲になれと言っている。
分かってる、そのつもりだ。
俺はその意思を乗せた視線を返した。
『くれぐれもシレイア様を頼むぞ。』
そう聞こえた、気がした。
「では、お達者で。」
「そちらも、必ず生きて会いましょう。」
リダールさんはすぐに店を出て行った、店の外までその背を二人で見送る。
ジルは、まだか。
言おう、今、ここで。
「シレイア様。」
「はい?」
ごくりと生唾を飲み込む、握る拳に力が篭る。
静かに、深呼吸をする。
言わなくては、言おう、今。
「シレイア、様。」
「はい。」
だめ、だ。
「俺は、貴方に、隠している、事があります。」
「・・・はい。」
シレイア様は体をしっかりと俺に向けた。
真面目な話である、それは伝わったらしい。
シレイア様の覚悟に比べて、俺は、本当に弱い。
「いずれ、いずれ、話し、ます、だからその時は・・・。」
シレイア様は、俺の手を取り、笑った。
その表情に、俺の胸はすごく痛くなった。
「貴方は真に信頼できる人です、私は貴方を信じます。」
まるで俺の顔を覗き込むように、シレイア様は顔を上げた。
その、包帯を巻いた目を、直視して、俺は更に胃に何か黒いものが蠢くのを感じた。
「ゆっくりでいいです、私は待っています。」
俺はまた、問題を後回しにして。
このままではいけないと思いつつ、話す勇気が出ない。
俺は本当に、話せる時が来るのだろうか。
「んー?終わりー?」
ジルが路地の奥から歩いてきた、シレイア様は俺の手を離す。
しかしそれを見ていたジルはニンマリと笑った。
「まーたイチャイチャしてたの?」
「いえそう言うわけでは・・・。」
ジルは笑いながら店の中に入った。
なんというか、救われたというか、間がいいのか悪いのか。
シレイア様はもう一度、俺の手を取った。
「信じていますから、ね?」
「・・・はい。」
優しいな、本当に、この人は。
「あれー?あの人・・・。」
店から顔を出したジルに驚いてシレイア様はさっと手を引っ込めた。
「帰っちゃったのかな?」
またニンマリと笑いながら聞いてきた。
シレイア様はぽぽぽと顔を赤くして。
「え、ええ、もう帰ってしまいました。」
そう言いながら、顔を覆って店の中に入って行った。
その背を俺はただ眺めていた。
ほんの、ほんの少しだけ。
助かった、そう思ってしまった。
〜〜〜〜〜
日が沈みかける夕方。
二階でシレイア様と着替えをしていた。
俺は既に着替えは済んでおり、地図をひたすらに見つめ、地形を頭に叩き込んでいた。
シレイア様を守りながらだと国境を抜けるまでまる一日。
余裕を持って一日と半日かけよう、シレイア様の体調もある。
魔物の中を抜けて行くんだ、それなりに気を張って行って問題はないだろう。
「お疲れ様。」
コトンと目の前に黒い水らしき物が置かれた。
「なんだこれ。」
「コーヒー、親魔国出の眠気を覚ます飲み物だよ、これから親魔領に行くんだから今のうちに慣れておいたら?」
そう言われて恐る恐るその黒い水らしきものに口をつける。
すると妙な苦味が口に広がった。
「・・・苦いな。」
「あはは、まー慣れだよ。」
くいっとジルはコーヒーを飲んだ、よく飲めるな。
「それで、どうするの?」
「あぁ、大人しくアドバイスに従って親魔領に行く事にする、そこから反魔領を目指すとする。」
とにかく魔物は避けたい、シレイア様を食われるわけにはいかない。
あの魔物避けの袋がどれだけ効くかは分からないが、出来るだけ避けられればそれに越したことはないだろう。
そう言えば、あの袋をシレイア様に渡さないとな。
「うんうん、まぁここから出た後は任せるよ、アレがあれば大丈夫だろうし。」
「そんなに効くのか?これは。」
そう言われてつい魔物避けの袋を出す、何も感じないし見たところただの袋だけどな。
「ま、あの子次第?かな?」
「なんだそりゃ・・・。」
なんで魔物避けの効果がシレイア様次第なんだ。
それは、別に関係なくはないか。
「おっと、着替え 終わったみたいだよ。」
「そうか、とりあえずルートをシレイア様に説明したら、すぐに発つ。」
コクリとジルは頷いた、俺も用意は済んでいる。
食料、インナーの着替えを二人分、そして装備の予備。
荷物は多いが下積み時代の遠征に比べたら楽だ、問題ない。
後は魔物避けの袋をシレイア様に渡すだけだ。
「お待たせしました・・・。」
「はいはーい、座って座って、最後の作戦会議するからねー。」
俺はシレイア様の手を取り、椅子に誘導して座らせた。
かなり視界のアドバンテージは少なくなってるな、階段も自力で下りていたし。
だが地図は見えていないらしい、口頭で説明する他ないか。
「まず野宿で夜を明かし、南の国境を抜けます。」
「南・・・というとあの山岳を越えるのですか?」
やはり、気づいたか。
ハーピーの噂はシレイア様も聞いていたらしい、確かに領地に魔物が出たとなれば対処するのは領主か、ならば話程度は通っているだろう。
「それで、これを使います。」
俺は魔物避けの袋をシレイア様に手渡した。
シレイア様はまじまじもその袋を見つめる、いや正しくは不思議そうな顔で袋を動かしていた。
「なんなんですかこれ・・・生きてるみたい・・・。」
「当たらずとも遠からず、かな。」
俺は何も感じないんだがな、やはり王族ともなると見る目が違うと言う事か。
「その後は・・・どうにか反魔領に辿り着いて、しばらく身を潜めましょう、すいません親魔領の事は分からなくて。」
「そう、ですね、わかりました。」
シレイア様は魔物避けの袋を握りしめていた。
不安、だよなそりゃ。
城にいるうちに親魔領の事をもっと調べておけば良かった、今更にも程があるか。
「忘れ物は無いね?」
そう言うとジルは立ち上がった。
その顔は相変わらずにやけていた。
こいつは、本当に底が知れない、しかし。
「それじゃあ、行きますか。」
頼りになる、その点においてはこの上ないだろう。
「・・・はい。」
俺とジルは店の奥から樽を運んできた、本当に使うのかこれ。
俺はシレイア様の側について、玄関から少し顔を出す。
誰も、いない、な。
「よし、行くぞ。」
「うん。」
シレイア様を気にかけつつ、樽を運ぶジルを誘導する。
「どこに行けばいい?」
「外壁、どこのでもいーよ?」
それならほとんど時間はかからないな。
でも本当にどうするんだ、樽で外壁なんて越えられないぞ。
「・・・います。」
「はい、って、止まれ。」
気を抜いていたところ、兵士に気づかなかった。
しかしシレイア様は俺よりもかなり早くそれに気付いていた、これが魔力感知ってやつか。
そういえば街の中に出てるのにシレイア様はあまり辛そうにしていない、練習の甲斐があったか。
「うーん、また増えてる?」
「・・・外壁ちゃんと守ってるんだろうな・・・。」
「どうだか、まぁ守ってくれてない方が助かるけど。」
そんな事を話していたら外壁まで辿り着いた、本当に近いな。
ジルは樽を立てて外壁を眺める、それに倣い俺も外壁を眺めた。
よく笑い話でこの壁を上まで見あげようとして転び頭を打つ、なんてお伽話があるくらい。
そんな話がある程、見上げれば見上げるほどに圧倒される。
「で、どうする?」
「よし、じゃあ樽の中に入ってね、一応荷物が壊れないよう毛布上手く使って。」
「あ、あぁ、壊れないように?」
その疑問を抱いたものの、ここでモタモタするわけにもいかずに樽に入る。
荷物を毛布に包み樽に入れ、そして俺が入る。
「シレイア様、お気をつけて。」
「分かっています。」
シレイア様も樽の中に入り、図らずとも俺がシレイア様を抱きしめる形になる。
かなり大きい樽だが、装備や荷物の関係でほとんど隙間がない、シレイア様には我慢してもらうしかないな。
「それでどうする?」
「うん、舌噛まない様に口閉じて、できるだけ体丸めてね。」
「はい・・・?それって・・・。」
シレイア様が疑問を口に出す前に、樽の蓋が閉じられた。
なんか、すごく嫌な予感がする。
樽がガタガタと揺れて重力が変な方を向く。
まさか。
「湿っぽいのは嫌いだからさ、後は頑、張れぇ!!」
瞬間、非常に強く体に力がかかった。
外は見えない、見えないがこれって。
投げ、ら、れ。
「きゃぁぁぁあ!?」
シレイア様が叫ぶ、俺も叫びたい。
しかし、正直意識が飛びかけてる。
無茶苦茶しやがって、ジルの野郎。
〜〜〜〜〜
吹き飛んで行く樽を眺める、少しして樽は外壁を越え、見えなくなった。
「お互い大変なのはこれから、だよ。」
保護魔法をかけたから命の危険は無い、はず。
外壁隊が出払ってるのが不幸中の幸いだね、この上には誰もいないだろうから。
「さて、と。」
私はパッパッと手を払って踵を返した、彼らがいなくなるとまた寂しくなるな。
これから、また忙しくなってくる、それに備えないと。
「テイアス君、リダール君、後はあの子、確実に生き残ってもらわないと。」
カリヤ君とお姫様、彼らに関しては信じるしかない。
その他の、戦力になりそうな三人、私は彼らの事に集中すべきだ。
うん、大丈夫、ピースを失わないように気をつければ。
駒は、一つも落とせないからね。
やれやれ、今回もまた厄介な事になっていますな。
〜〜〜〜〜
「・・・いたい。」
痛い、な、うん。
という事、もしかして生きてるのか。
とにかく地面に擦り付いてた顔を上げる。
目の前には、緑、一面の緑。
出れた、のか、外に。
「いてて・・・。」
顔が痛い、不思議と痛いのは顔だけだ。
下半身はまだ樽の中に入っていた、動かせない。
そうだ、シレイア様がいるからか。
「シレイア様・・・無事ですか?」
「あの・・・私、生きてます?」
「勿論。」
生きてる、はず。
シレイア様は体をもぞもぞと動かす、どこかぎこちない動きだ。
「すいません手伝ってください・・・密着してると感知しづらいんです・・・。」
そう言われてシレイア様の体を押すように体を動かす。
しばらく経ってようやく二人とも樽の中から脱出できた。
「荷物は・・・なんで大丈夫なんだ?」
正直俺が無事な理由も分からない、頭が潰れたトマトみたいになると思うんだが。
後ろを振り返り、改めて外壁の高さに圧倒される。
本当に、よく無事だったな。
「この後は南の廃村へと行きます、この辺りの土地勘はあるのでお任せください。」
ここは地図では西側、一旦南下して山岳前の廃村で夜を明かす、そこからは慎重に山岳を抜ける。
明日はハーピーと戦いながら進む事になるだろう、かなり気を引き締めていかないと。
「少し歩く事になります・・・シレイア様?」
なんだかシレイア様の反応が薄い。
俺は声をかけた後にそっとシレイア様の肩に触れた。
「ひゃい!?」
やはりというか、素っ頓狂な声を上げてシレイア様は飛び退いた。
「大丈夫ですか?」
シレイア様はなんだか上の空だった、俺の声にハッと気を持ち直す。
また、過剰感知で辛いのならまた予定を変えなくてはならない。
しかし振り向いたシレイア様は存外平気そうにしていた。
「いえ大丈夫、大丈夫です、その・・・あの街から出たのが・・・初めてだったもので。」
いや、ちょくちょく視察で他国へ行っているはずだが。
いや、視察は視察、ほとんど自由には過ごせなかったのだろう。
「目が見えていれば、きっと美しい風景が見えたのでしょうね。」
シレイア様なりの冗談なのだろうが、その言葉俺に打撃を与えるのは十分だった。
悪意は無い、んだろうな。
「・・・なんも代わり映えしない風景ですよ。」
それは分かっていたが、ついトゲのある言い方をしてしまった。
ダメだな、大人気ない。
「あぁ、すいません話の腰を折ってしまいましたね。」
「いえ、構いませんよ。」
本当にダメだな、未だ腹の中にイラつきを感じる。
シレイア様は悪くない、悪いのは俺だ。
夜に紛れながらひたすら歩く、明かりも付けないでだ。
まだ目の前に街がある以上余計に目立ちたくはないしシレイア様は明かりの必要はない。
俺自身は夜目はあまり効かないが、まぁどうにかする。
「・・・カリヤさんは、ご兄弟はいるのですか?」
「兄弟?・・・いやいませんが。」
俺は一人っ子だ、別に家に後腐れがあるわけでもない。
「そう・・・ですか。」
「そちらも一人娘・・・でしたよね。」
俺の記憶通りなら、シレイア様に兄弟姉妹がいるなんて話は聞いた事はない。
しかしそう言ったらシレイア様は立ち止まった、暗闇の中その表情は伺えない。
「一人、です、はい。」
なんだ、なんかまずい事言ったか俺。
シレイア様はゆっくり歩くのを再開する、しかしその足取りは重かった。
聞かれたくない事だったか、失言も失言だったな。
「あ、あのっ!」
「はい?」
シレイア様は俺を呼び止めた、しかし何も言ってこない。
数秒の沈黙の後。
「・・・廃村にはどれくらいで着きますか・・・?」
シレイア様はそう言った。
「すぐですよ、今日は早めに休みましょう。」
もしかしたらシレイア様は調子が悪いのかもしれない。
大分根を詰めて感知の練習をしていたからな、仕方ないか。
「そう・・・ですね。」
やはりシレイア様の足取りは重い、少しペースを落とすか。
しかしなんで兄弟の話なんてしたんだ、シレイア様は。
言えるわけがない。
彼女の事を。
本当の事を。
教えて、どうするんだ。
全ては私の所為、私の責任、私の業。
これ以上彼を巻き込めない。
気付いていない振りをして、何も分かっていない振りをして、何も気にしていない振りをして。
自分の感情すら偽って生きていく、そう決めた。
例え全てを偽ってでも、私は。
でも、でも、一つだけ。
正直に、言うと。
外の風景は、この目で見たかったな。
〜〜〜〜〜
その後すぐに廃村に着いた、山岳地帯入り口の廃村だ。
この先の山岳地帯でハーピーが出ると噂され、実際にハーピーに襲われてあっという間に捨て置かれたらしい。
もう人はいない、と思う。
俺がここに来たのは数回、勇者の為の物資を運んだ時だ。
勇者とは会えなかったが、南の国境付近は油断できないと聞いている。
実際何度かハーピーらしき影も見えた、中々油断ならない場所だ。
「ここで一夜過ごしましょう。」
「ここで・・・ですか。」
シレイア様には悪いが、とにかく国境を抜けるまでは宿屋にも行けない。
シレイア様を廃村の中の廃屋に待機させて、荷物を見てもらっている。
そうして俺は焚き木用の薪を集める、山岳地帯の下は森なのだ。
その森の入り口にこの廃村はある、山岳地帯を避け森を通って国境に行ってもいいが迂回することになり時間がかかる。
それはあまり良くはない、早くこの国から脱出したい。
それはそうと、薪を集め始めてなんだが、焚き木なんてしたら目立たないか。
まぁ、いいか、部屋の中ですれば。
「ダメだな・・・。」
どこか自分の中で焦りがある、早くこの国を出なければ、そう言う焦燥がある。
計画性が無いのは分かりきった問題だ、牢獄から脱出した時学んだだろう。
落ち着け、落ち着け、おちつ、わん。
「わん?」
「わん!」
俺の目の前に、一匹の犬がいた。
犬、犬、だよ、な。
うん。
俺は無言で剣に手をかけた、何故なら。
「わぅ?」
目の前の犬は、座っているのにもかかわらず二メートルはある体躯をしていたからだ。
魔物だ、魔物だろこいつ、全長三メートルくらいあるぞ。
明らかに普通の犬じゃない、こいつかなりやばい犬なのでは。
ヘルハウンド、いや、狼なのかこいつ、ワーウルフ、いや別の魔物か。
目を合わせて数秒間、特に何もなく時間が過ぎる。
俺はその間ずっといつ襲われてもいいように剣を握っていた。
しかしその間 目の前の巨大な犬は特に何もせず、ただ嬉しそうに尻尾を振っていた。
襲ってこない、な。
「魔物とかじゃない、のか?」
「わんっ!」
俺の言葉に返事をするように犬は吠えた、もしかしてだけど。
飼い犬なのか、こいつ躾られてる、よな。
「・・・お前飼い主とかいるのか?」
「わん・・・。」
哀愁漂わせる鳴き声をあげる犬。
と言うかナチュラルに俺はなんで犬に話しかけてんだ。
なんだか馬鹿らしくなって警戒を解く、すると犬もより一層尻尾を振り始めた。
「はぁ・・・まぁいいや、じゃあなわん公。」
特に害もなさそうだし放っておいてもいいだろ、ただでかいだけの犬だ。
とにかく料理をできるだけの薪を集めよう、多分干し肉とかはシレイア様は辛いだろう。
細かくしてスープにすればどうにか食べられはずだ。
その分の薪だけ集めよう、そうしよう。
しばらく薪を集めていたが、その間ずっと見つめられていた。
腹でも減ったのか、こいつ。
「俺はなんも持ってないぞ。」
実際俺は何も持っていない、精々薪くらいなものだ。
荷物はシレイア様と共に廃屋の中に置いてきたからな。
しかし犬は小さくきゅぅ と鳴いてから、どこかへ走り去った。
やっと行ったか、よく分からん犬だ。
そうしてまた薪を集めていると、目の前に何かの気配を感じた。
一瞬、固まる、すぐに剣を構える。
草むらから、光る双眸が見え。
「わーん!」
またあのでかい犬が飛び出した。
思わずため息を吐きつつ、剣をしまう。
「驚かすんじゃねーよ・・・枝?」
犬はくわえていた枝をぽとりと落とした。
使えって事だろうか。
もしかしてこいつ。
「俺のやってる事が分かってんのか?」
「わんっ!」
一層嬉しそうに犬は一声をあげた、先程からこっちの発言に合わせて吼えているところこちらの言うことも理解しているらしい。
本当に魔物なんじゃないだろうな、こいつ。
「まぁいいや、ありがとうよ・・・もう十分か帰るわ。」
あまりシレイア様を一人にしたくもないしな、さっさと切り上げて帰っちまおう。
俺は廃屋に向けて歩き始める、そしてその後ろを尻尾をぶんぶん振りながら犬も付いてくる。
「・・・いやなんでだよ。」
思わず足を止めて犬に言う、こんなでかい犬目立つし食料あっという間に食い尽くされるわ。
しかし犬は俺の言葉に尻尾を振るだけ、一体どうしたんだこいつ。
「はぁ何もやれないからな、只でさえ余裕ねーのに・・・。」
「わん!」
それでもいい、そう言いたげに犬は一鳴きした、なら別にいいか。
多分怒っても付いてくるだろうし、もしこいつを怒らせて襲われでもしたらひとたまりもない。
まぁ今のところは害もなさそうだけどさ。
そんな事を考えながら廃屋に戻ってきた、シレイア様は無事みたいだ。
「ただ今戻りま・・・した。」
「カリヤさんっ・・・!後ろ!後・・・ろ!」
帰ってきたらシレイア様は壁に背中を押しつけながら俺を、俺の後ろにいる犬を指差していた。
あーシレイア様は魔力感知あるからな、そりゃ分かるか。
振り返ってみると、家の入り口で頭しか入らず、悲しそうな顔をする犬が見えた。
「きゅぅぅ・・・。」
すごい悲哀に満ちた声をあげる犬、いやそんな顔で見つめられても。
とにかくシレイア様を落ち着けなくては。
「なんか・・・なんか森で付いてきました、害はないんで大丈夫ですよ・・・。」
今のところ、ただでかいだけだから、うん。
「だ、だだ、大丈夫って、熊・・・いやまさか神話のフェンリル・・・!?」
「犬です、只の犬、人懐っっっっこい・・・只の犬。」
「わんっ!」
いやそこで自慢気に鳴くなよわん公、割と皮肉めいて言ったんだぞ今の。
シレイア様は壁を伝って立ち上がり、警戒は解かずに震えていた。
「い・・・ぬ?あの獣の・・・?」
「獣って・・・まぁ獣ですが。」
別にそこまで警戒する事ないと思うけどな、犬は犬だし。
しかしシレイア様は顔を青くした、様に見えた。
「ほ、吠えるんですよ、噛むんですよ!追いかけられるんですよ!?おおお、お、追い払って、くださいぃ・・・。」
あぁ、今まで王城暮らしだったから、犬に慣れてないのか。
こいつは吠えたり噛んだりしないと思うけどな、追いはしてきたけど。
振り返り、わん公を見てみれば、どうにかすり抜けられないと頭をぐりぐりと捩っていた。
こいつが、ねぇ。
「大丈夫ですよ・・・多分。」
「わーん!?」
犬は不服みたいな鳴き声をあげた。
なんで只の鳴き声にそんな感情篭るんかね。
「ぴぃ!?」
「ほら、撫でても大丈夫ですし・・・。」
わしゃわしゃと扉から顔を出してる犬の頭を撫でてやる。
すると気持ちよさそうに目を細めた、うん只の犬だ、でかいけど。
「ちょ、ちょちょっと、その子に離れる様に、ひぃぃ・・・。」
シレイア様は部屋の隅にまで引っ込み、頭を抱えて座り込んだ。
そこまで聞いた犬は、寂しそうな表情を浮かべ、離れて行ってしまった。
あーあ、拗ねちゃった。
と言うか今更ながらなんで俺はあの犬庇ってんだ。
まぁいいか、別に動物が嫌いってわけじゃないし。
「ほら、空気を読んで離れてくれましたよ。」
「あっ・・・すいません・・・。」
それはわん公に言ってあげなさい。
と思って玄関を見てみたら、犬は遠目にこちらを観察していた。
あれは、まだ付いてくるつもりだな。
「とりあえず食事にしましょうか・・・。」
なんかシレイア様の意外な一面を見た気がする。
と言うか牢屋から救出してからシレイア様はずっと、どこかに力を入れている振る舞いをしていた気がする。
こんな気の抜けたと言うかあんな感じは初めてだ。
「・・・カリヤさん。」
「なんです?」
料理の用意をしているとシレイア様は語りかけてきた。
「この事、他の人には言わないでくださいね・・・。」
「はいはい。」
そこまで性格は悪くない、この事は忘れることにしようそうしよう。
「わーん・・・。」
「ぴっ!まだ近くにいるんですか!?」
「空耳ですよ。」
しっかしあの犬、いつまで付いてくるつもりだろうか。
〜〜〜〜〜
次の日、俺は廃屋の外で目を覚ます。
流石に座った体勢だと疲れるな、一度剣を横に置いて俺は朝の体操を始める。
すると目の前で伏せていた犬が、ぴっと耳を立て体を起こしてこちらを見た。
あれ、嫌な予感がする。
「わーんっ!」
「やっぱり!?」
犬はすごく嬉しそうにこっちにダッシュしてきた、流石に恐怖を感じて俺は逃げる。
しかし只でさえ犬の足の速さと人の足の速さの違いがあるのに、歩幅が倍以上違う。
俺に追いつきかけた犬は飛び上がる。
あれ、俺、死ぬ、かも。
「ぎゃぁぁあ!?」
「何事ですか!?」
シレイア様が廃屋から飛び出してきた、しかしその時既に俺は犬の下敷きになりひたすら後頭部から背中にかけてをベロンベロンと舐められていた。
けものくさい。
「い、いやぁぁぁあ!?か、カリヤさん!?」
「しれ、シレイア様っー!落ち着いて、生きてます生きて、痛い痛い痛い!折れる、折れるわ!」
踏んでる、俺の腕を踏んでる。
普通の犬なら重いの一言で済むが、お前は体のデカさも体重も規格外なんだよ本当。
「くっ・・・カリヤさんを・・・。」
あれ、また嫌な予感する。
「喰らえ!バケモノ!」
あーなんか後ろでゴォォって炎が燃える音が聞こえる。
魔法、だろうか。
というかこれ、俺も巻き込まれるのでは。
「わん!?」
犬が面食らった様な反応をした後に素早く飛び退いた。
あれ、避けた、って事は。
あれ、この体勢から立ち上がってすぐに走って、あ。
間に合わないわこれ。
すぐ近くに起きた爆炎、俺はその爆炎が巻き起こした突風で吹き飛ばされた。
「ぐへぁ。」
「カリヤさーん!?」
俺はそのまま何もできずに、地面に頭から突っ込んだ。
朝から散々だ。
「申し訳ありませんでしたぁぁあ・・・。」
その後シレイア様は犬の力を借りながら俺を廃屋に運び込んで、寝させた。
いや別に体には異常はない、うん奇跡的に。
ただ少し、首が痛い。
「それにしてもいつのまにか魔法なんて覚えたんですか・・・?」
「ジルさんに護身術代わりにと・・・魔法の本もいくつか頂きました・・・。」
成る程、そう言えばシレイア様は魔力が高いと言っていたな。
万が一に備えてそう言った技能を持っていてもらうのは助かる、万が一と言う事が無いのが一番なのだが。
「俺は大丈夫ですよ・・・それよりすぐにここを発ちますので準備をお願いします。」
とは言ってもほとんど片付けるような物はない、食事は昨日の干し肉スープを飲めばいいし後片付けの用意も昨日済ませた。
荷物をまとめ次第すぐに発とう。
「・・・分かりました。」
すっかりシレイア様は意気消沈と言った様子だ、本当に俺は気にしていないのだが。
まぁそのうち気を取り直すだろう、朝食の用意をせねば。
「俺は本当に大丈夫ですから、今スープを温めます。」
しかしもうあのような強力な魔法を使えるとは、流石王族と言った所か。
魔法は専門外だが、シレイア様が魔法使いを目指せばさぞ有名な魔法使いになれただろうな、そんな気すらする。
と言うか、魔法の本ってどうやって呼んでいるのだろうか、やはり魔法で書かれているのだろうか。
加減が全く効かなかった。
ジルさんに言われた一言を思い出す。
『君は本当に魔力が強いから、小さい魔法でもおっきくなっちゃうかも・・・最初は加減が効かないからね・・・。』
あの時、あの魔法が、カリヤさんに直撃していたら、もしかしたら。
カリヤさんが、カリヤさんの命がうしな、われ、て。
ダメ、それは、ダメ、カリヤさんは、無関係、なのに。
しばらく、魔法はしばらく封印しよう、制御できるようになるまでは。
練習しなくては、少なくとも一人で生きられるように。
カリヤさんに依存するわけには、いきませんから。
いつか、一人であそこに、帰るんですから。
そして、あの人を。
「これでよし、と。」
とりあえず可能な限りここにいた痕跡は消した、忘れ物もない。
早々に発とう、これからは。
「ハーピーの山・・・か。」
一度目の前の山岳を見つめる、これからは山の崖沿いにひたすら山道が続く。
シレイア様も用意ができたらしい、俺達は廃屋から出た。
それを犬が見つめていた。
「悪いがお前は連れて行けない、じゃあな。」
犬は特に追いかけてくる様子もなくただ俺達を見つめていた、その表情からは感情は計り知れなかった。
山岳地帯は少し坂を越えればすぐに差し掛かる、そこからはしばらく崖沿いに歩いて行けば砦が見えてくる。
そこまで行ければ、ようやくここから出られるんだ。
行こう、脱出するんだ。
そこから、やっと始まりだ。
「あの子・・・来ませんでしたね。」
「多分諦めたのでしょう。」
付いてこないならそれはそれで構わない、特に世話をできるわけでもないからだ。
「それよりも、あの魔物避けは持ちましたか?」
「あ、はい。」
シレイア様はあの小さな袋を懐から取り出した。
確か可能な限り近づいて、だったか。
俺はそっとシレイア様に手を差し出した。
「お手を。」
シレイア様は恐る恐ると言った風に手を握る。
これでいいはず、だよな。
石が剥き出したごつごつした道をシレイア様の歩調に合わせて進む、ここからは道が悪くなるな。
シレイア様は大丈夫だろうか、色々な事を警戒して行かなければ。
それから数刻、ハーピーを警戒しながら道を歩く。
崖下に森を見ながら、石を踏んで進む。
落ちたらひとたまりもないな。
「本当にハーピーはいるのでしょうか・・・。」
「どう・・・でしょう、いるとは思いますが・・・。」
剣に手をかけながら進む。
ほんの岩陰、それでさえ怪しい様な気がしてくる。
「気をつけてください、どこから来るか分かりませんよ。」
ふと、何か声、と言うか寝息、だろうか。
寝息、こんな所でか。
「シレイア様、少しそこにいてください。」
俺は一人で先に進む、常にシレイア様を気にしながらだ。
「はい・・・。」
一歩一歩慎重に。
そっと曲がり角から顔を出す、そこには。
「すぴょー・・・すぴょー・・・。」
「・・・寝てる?」
腹をさらけ出して寝ている、一人の女の子。
腕が根元から鳥の様な翼になっている、それに足も鳥のように鱗が生え揃っていた、
こいつが、この呑気に寝ているのが。
「ハー・・・ピー?」
なん、だ、よな。
こいつが、人に突然空中から襲いかかり、巣に連れ帰り、二度とその人間が見つかることはないと言う、半鳥人。
なん、だよ、な。
「・・・はっ、罠か。」
そう言えば人の様な種族、ローパーやラミアは人のフリをして人間を騙すと言う話を聞いたことがある。
と言うことはこれは、近づいたら突然飛び上がり、連れ去られる。
その手にはかからない、俺は剣を抜き構える。
そして一歩ずつ、一歩ずつ寝ているハーピーに近づいた、が。
「すぴょー・・・むにゃ。」
「・・・なんなんだ。」
目の前に立とうが無視して寝息を立てるそのハーピーを見て、色々と馬鹿らしくなった。
剣を鞘に納めて、その頬を突く。
「ぴぴょー・・・。」
なんだか嫌そうにその眉を歪ませ、しかし特に起きたりはしない。
魔物、なんだよな、こいつ。
「カリヤ・・・さん、この子って魔物・・・。」
「おっとシレイア様・・・魔物・・・ですよね。」
いつの間かシレイア様が隣に来ていた。
近くで見ると分かるが、この小さな体躯にものすごくぴったりとあったような体つきだった。
美少女と言える様な端正かつ幼さを残す顔つき、そして体も少し筋肉質ながらも柔らかそうな体。
腹をさらけ出して寝ているためにそれが尚更露わになっていた。
しかしそれは人間の部分だけに限った事、それ以外の腕や脚はまさしく怪鳥のそれだった。
なの、だが現状目の前に寝ているだけ、なんだが。
「これが・・・魔物?」
「・・・やはり魔力も人とは違いますね・・・。」
つい好奇心からまじまじと見つめてしまう。
いや、ここはこの隙に通り過ぎるのがいい、はず。
しかし。
「んん・・・んにゃー?」
目の前のハーピーが起きた、少し体をよじりながら立ち上がり、翼を伸ばした。
「にゃー!・・・にんげんさーん!」
ハーピーは手を腰に当てるみたいに、翼を閉じた。
そしてこちらに近づいてくる。
それに少し身を硬くするが、特に敵意が見えるわけでもなく。
「んー?すんすん、あーそゆこと。」
少し俺とシレイア様の匂いを嗅いで、また岩壁を背にもたれかかった。
「通っていーよー駆け落ち頑張ってねー。」
「あ、あぁ・・・駆け落ちって・・・。」
まぁ合ってはいるが、違うそこじゃないな。
魔物って、人間を見るなり襲いかかり、その肉を食ら人ならざる化け物。
なんだ、よな。
「すぴょー・・・。」
目の前のハーピーは特にこちらに興味を示すわけでもなくまた眠った。
俺の中の魔物のイメージが、早くも崩れ始める。
「・・・行きましょうか。」
「は・・・い・・・?」
なんというか、萎えたというか、拍子抜けと言うか、あまりにも、イメージと違った。
背後ですぴすぴと寝息を立てるハーピーを背に道を進んで行った。
なんだったんだ。
「カリヤさん、魔物とは・・・あの様に気の抜けたと言うかなんというか・・・。」
「恐らく魔物避けが効いたのでしょう。」
あいつが特殊、なのだろうか。
兎にも角にもハーピーの問題は解決された、進もう。
と、思っていたのだが。
少し歩いたら、鳥の羽ばたきの様な音が聞こえ始める。
音からして、数匹、この上にいる。
「・・・まずいな。」
それはそうだ、ハーピーが一匹だけとは限らない。
とにかく崖側を避け、岩壁側を歩く。
気づかれなければいいが。
「もしかして巣を作られているのでしょうか?」
「多分この上に・・・十匹以上いますよ。」
十匹、だと。
話を聞いていただけだと数匹紛れ込んだだけだと思っていたが、まさか群れで来たのか。
これは、隠れて行くのは難しいか。
これじゃあこの道は使えなさそうだ、馬車なんて通せばあっという間に襲われるだろう。
今回は、俺達にとっては好都合だが。
「とにかく静かに、行きましょうか。」
「はい・・・。」
シレイア様は少し顔を険しくしていた。
感知の調子が悪いのだろうか、とにかく早く抜けたい。
少し足早に道を進む、先程から羽ばたく音がずっと聞こえている。
「・・・くっ・・・。」
つい剣を握る手に力が篭る、シレイア様も俺と繋いでいる手に力を込める。
ほんの少し歩くだけでも、すごく長い道を歩いている様な感覚がある。
警戒しながら、まっすぐ進んで「カリヤさん!?」
不意、本当にいきなり、シレイア様は俺と繋いだ手を思い切り引いた。
目を見開いたまま、目の前に、崖側から飛び込んで来た影があった。
ほぼ真横に一文字に突っ込んで来た影が少しづつその姿を現わす。
「ごめーん、ね?ここ通行止めなんだ。」
先程よりも大人びたハーピー、俺が連想していたのは鷹だった。
音が聞こえなかった、そして現に今もそのがっしりとした足で岩を掴み、体が真横の状態にも関わらずに話しかけてくる。
主、こいつは多分ハーピーの群の主だ、既に立ち振る舞いが違う。
この一瞬で、俺はそれを悟った、崩れた体勢を戻して、シレイア様を俺の後ろに追いやる。
勝てる、のか。
「わーい!おとこのひとー!」「やったー!」
「なっ!?」
崖下から更に二匹のハーピー、そして背後に一匹のハーピーが道に降りた。
囲まれている、そこで俺は理解した。
これは狩りだ、ハーピーの狩り。
俺たちは、獲物。
「ぐっ・・・。」
とにかくシレイア様を岩壁の方に追いやり、その前に立ち剣を構える。
俺の実力じゃハーピーを一匹やれるかどうか、それなのにあの主のハーピーとこの状況。
どうにかシレイア様だけを逃がさなくては、でもどうやって。
シレイア様が震えているのが背中越しに伝わる、クソ。
どうにか、どうにかシレイア様を。
「んー?うー・・・ん。」
「い・・・!?」
主のハーピーが翼を一度羽ばたかせたと思ったら、素早く俺の目の前にまで来た。
あまりの速さに反応が遅れ、無防備な懐に一瞬で入り込まれる。
最早抵抗のしようもないので思わず目を瞑る。
しかし数秒経っても特に何もしてこなかった。
「ま、いっか、今回は騙されてあげる。」
うんうん、と軽く呟いて主のハーピーは俺から離れた。
主のハーピーはくるりと身を翻す、そして崖側にいたハーピー達に。
「てっしゅーてっしゅー、この子『お手つき』だよー。」
そう言って主のハーピーは少し翼を動かす、お手つきってなんだ。
「えー・・・。」「ざんねーん。」
主のハーピー以外がその言葉であっという間に散っていく、残されたのは俺達と主のハーピーだけだった。
主のハーピーはくるりと体をこちらに向ける。
「ねぇ、いくつか聞きたいことがあるんだけど・・・いいかな?」
「・・・あ、あぁいいぞ。」
とりあえず俺は剣をしまった、なんというか、必要なさそうだ。
ハーピーはウロウロと同じ場所を歩き続けて話す、落ち着きが無いな。
「君たちはなんの目的でここに来たの?」
この質問、どう応えたものか。
誤魔化す、のはメリットが一切ない、こいつ相手だったら普通に看破される可能性がある。
正直に話す、か。
「実は北のマルマノスから亡命して来たんだ、色々あって彼女が追われていてな・・・。」
ふんふんと、相槌を打つ主のハーピー、俺達をじっと見つめてくる。
「うん、分かった、後さ。」
そこで主のハーピーは笑顔はそのままに、額に青筋を立てた。
な、なんだ。
「ここに来るまでにー?一人ハーピーがー?いたと思うんだけ、ど?」
「あぁ、寝てたな。」
その一言を聞いた瞬間、主のハーピーはまた音もなく飛び立った。
「アミー!あんたまたサボってたでしょー!」
「ちょっ・・・。」
主のハーピーは俺達が進んで来た方向に飛び去りあっという間に見えなくなった。
そして俺達は二人だけ取り残される。
行って、いいのか、これ。
「・・・あれが・・・悪しき魔物?」
「行きましょうか・・・。」
狐にでも摘まれた、そんな気分だ。
魔物避けが効いた、のだろうか、本当に。
途中まで襲う気満々だった気もするんだが。
「アミー!」「ギャー!」
後ろで悲痛な叫び声が聞こえた、さっきの昼寝してたハーピーか。
ご愁傷様。
「お怪我はありませんか?シレイア様。」
「はい、なんとも・・・。」
まぁ荒事がなければないでいいだろう、別に魔物と戦いたかったわけじゃない。
少し拍子抜けといえばそうだがな。
「ちょっーと待ったー!」
仕切り直して進もうとしたら、目の前に何かが飛ばされてきた。
それは、先程のハーピーだった主のハーピー、それにあの昼寝していたハーピーも付いてきていた。
昼寝していたハーピーはしくしくと涙を流しながら地面に転がる。
「うぇぇ・・・アマねぇ酷い・・・。」
「あんたが白昼堂々とサボってるからよ、危うく襲っちゃうとこだったじゃない。」
アマと呼ばれた主のハーピーも昼寝していたハーピーの側に降りた。
「いやーごめんね君達私はアマ、んでこっちが妹のアミ、ここのハーピー達の面倒は私が見てるんだ。」
やっぱり彼女が主だったか、俺の読みは当たっていたらしい。
「私は・・・フィネアです、こちらは護衛のカリヤ。」
シレイア様は俺が話す前にそう言った、フィネアとはなんだ。
ともかく、話を合わせよう、シレイア様には思惑があるのだろう。
「どうか通して欲しい、君達を害するつもりはない。」
「うんうんいーよ、いやーこっちもごめんね、見張りつけてたのに急に巣の近くまで人間さん来てたからさーついつい、ね。」
たしかに、そちらの立場から考えれば見張っていたはずの妹を無視して侵入者が通って来たのだ、そう言う対応にもなるだろう。
アマは寝転んでいた妹、アミの頭を鳥の足でがっしりと掴んだ。
うわ、痛そう。
「あっははー最近は勇者とか来ちゃってるからアミが先にコンタクトとるはずだったんだけど、ねー?」
「いたいあいたいたい!にゃー!ごめん!ごめんだからアマねぇ!?」
ギリギリと音を立てる頭に、悶絶して暴れまわるアミ。
妹だけあって容赦がないな。
「それでお詫びと言ってはなんだけどさ、急ぎみたいだし橋まで連れてってあげようか?目的地あそこでしょ?」
国境の橋、そこが目的地だ。
確かに目的地は合っているし急ぎでもある、この魔物達も話に聞いた類いの悪しき者ではないのだろう。
ただ、正直なところそんな簡単に魔物を信じていいのか、そう警鐘を鳴らす自分もいた。
何と言っても相手は魔物だ、信じていいのだろうか。
ふと、俺の後ろにいたシレイア様が一歩だけ前に出た。
「お願い・・・します。」
「シレイア様・・・?」
どういうわけかシレイア様はそれを受け入れた。
どう言う意図かは読み取れない、目の前のハーピー達も面食らった様子だ。
「分かったよ、キミはそれでいい?」
アマはそう言って俺に視線を寄越した、この状況で首を横には振れない。
腹を括ろう。
「頼む、この山岳の終わりまでで構わない。」
「うん 分かった、アミそっちの子お願い。」
「はーい。」
アミがシレイア様の胴をしっかりと掴み 飛び立った、それを眺める。
思ったより、怖そうだな。
「あの子、大丈夫?」
「あ?」
アマが話しかけてくる。
大丈夫、とはどう言う意味だ。
「経験則だけどさぁ、あの子ちょっとキテるね。」
「きてるって何がだよ。」
「うーん・・・。」
アマは唸りながら腕を組むように翼を前に組む、そして唇を尖らせた。
「上手く言えないや、死にたがってる・・・かな。」
「死に、たがってる?」
なんだそりゃ、どう言うことだ。
そう言う前にアマは飛び立った、そして俺が覚悟を決める前に。
「まーいーやーいこー!」
ニコッと笑ったアマが飛び上がった、そして。
「うぉぉぉお!?」
油断してた、一切準備する暇もなく俺の体は空中に飛んだ。
完全に足が浮いており、つい下を見てしまう。
というか胴を掴まれている以上下をどうしても見てしまう。
俺はそこから何もすることができずひたすら固まっていた。
そこからしばらくの記憶がない、本当に。
しばらく経ってようやく地面に降り立った俺は、完全に平衡感覚を失いへたり込んでいた。
なぜかシレイア様は平気そうな顔をしていた、なんで。
「あの・・・貴方達は仲がいいですよね・・・。」
「えぇ・・・。」
「まぁねー。」
俺が道端でのたれ死んでいるのをいいことに女どもは世間話をしていた。
薄情な奴らめ。
「どうすれば・・・そこまで仲良くなれるのですか?」
「んーべっつにー姉妹だもの、当たり前だよ。」
「ぐぉぉ・・・そ、そろそろ行きますよシレイア様・・・。」
どうにか体を起こす、急ぎなのにへばっている場合じゃない。
国境がどれだけ厳しいかは分からないのだ、最悪無理矢理越えなくては。
「あっはい、それではありがとうございました。」
「お礼を言われることじゃないよ、頑張ってね。」
そう言うとアマ達は飛び去っていた、いい奴ら だったな。
魔物である、そんな事を感じさせないくらいにいい奴らだった。
「さて、と。」
この国は国境は川に沿って引かれている必然的に国境を越えるためには橋を越えなくてはならない。
橋の上に検問所があり、これを越えなくてはこの先には行けない。
ここまでは驚くほどに順調だ、予定よりかなり早くここにたどり着けた、あの二人に感謝だな。
ここの検問所は橋の両端に置かれており、その間に橋が架かっている。
「ここを越えれば、マルマノス領から抜けられます、がここが一番の問題・・・。」
さて、どうなるか。
〜〜〜〜〜
彼等を送った帰り道、私達は彼等の事で話していた。
「フィネアちゃん、無事に逃げられるといいね。」
「・・・うん。」
いい事をすると気分がいい、それに彼女ももうすぐ私達と同じになるのだ。
カリヤ君が男気を見せたら、一発だと思うんだけどなぁ、でもカリヤ君何があっても手を出しそうもないよね。
どうなるんだろうなぁあの二人、ちょっと気になるかも。
そこでアミがなんだか浮かない顔をしているのに気付く、どうしたのだろうか。
「アミ?」
「何か来てる・・・。」
何か、その何かを私はすぐに察知した。
迂闊、まさかこのタイミングで来るなんて。
「アミ!戻って!早く!」
私はアミにそれだけ言うとすぐにその何かにまっすぐ突っ込んだ。
殺気立ってる、あれは目に入ったもの全部傷つける勢いだ。
眼下にその何かが見えた、フィネアちゃん達も通っていた道をすごい勢いで通っている。
やっぱり、あいつか。
しかし私はここに来て攻撃していいものか、少し悩んだ。
フィネアちゃん達の前例がある、下手に攻撃して標的にされるのも嫌だし。
不意に、その何かは跳んだ。
剣を構えて、前方に。
この速さ、この角度、この殺意。
そこで私は考えるよりも先に体が動いていた。
「ア、ミぃぃぃい!」
恐怖の色を見せながら、アミは振り向いた。
次の瞬間、アミの目には。
飛び散る大量の羽が見えた。
その更に前、とある森の中。
そこに棲む巨大な犬。
その犬はぴっと何かに反応した。
それこそ不安という感情、巨大な犬はその感情に少し困惑した。
なんだこれ。
浮かんだのは、今朝のあの二人と、もう一人。
あの時以来会っていない、ご主人。
「・・・わん。」
巨大な犬はまるで覚悟を決めるかのように、走り出した。
〜〜〜〜〜
その後俺達は早速検問所へと赴いていた。
二階まである検問所はそれなりに広く、見たところ十部屋程の面積はありそうだ。
その内の一つ、待合室らしい部屋に通され、他の数人の旅人らしき人物と順番を待っていた。
他の数人には、男が一人しかいなかった。
その他は全員女性、しかも皆若々しい見た目をしている。
気まずいな。
「・・・カリヤさんお願いがあります。」
「はい?」
先程からずっと俯いていたシレイア様がやっと一言呟いた、お願いとは何だろうか。
「これからは、私の事はフィネアとお呼びください、敬称も不要です。」
少し、思考する。
確かにいままで人が少ない道を選んで来た、しかしここからはそれなりに人と関わらなくてはならない。
その上で、『シレイア』と名乗るのはまずい
「分かりました、フィネア。」
なんか、変な感覚だ。
気軽に呼び捨てにできる相手じゃないからな、状況が状況なのだ慣れなければ。
「・・・よろしくお願いします。」
先程からシレイア様、もといフィネアは俺と目線を合わせなかった。
落ち込んでいる、とは違うのだろうが何か引っかかる所があるらしい。
気持ちは分からなくはない、これから向かうのは魔境。
魔物がはびこる外。
俺だって不安はある、ここからはジルから提示された道を越える、道はもう先が見えない。
「必ず、俺が守ります、だから・・・。」
フィネアは、特に反応しなかった。
「次の人。」
「えっと・・・はい。」
俺らか、行かないと。
そして通された部屋には、制服に身を包んだ男性と、もう一人魔物 らしき女性が座っていた。
なんだかはっきりしない表現なのはその女性に気付くのが遅れたからだ。
俺達が入った後しばらく身じろぎひとつせずパチリと一回瞬きをしてやっと彼女が魔物だと言うことに気づいた。
見た目からして、ゴーレム、なのだろうか。
「そこに座って、軽い質問と持ち物を確かめるから。」
「分かりました。」
二人の前には椅子が五つほどある、俺達はそこに座る。
フィネアはあからさまに身を硬くしている、緊張しているらしい。
「えっと・・・まずは君達の名前、フルネームでなくてもいいよ。」
制服の男性は控えめにそう言う、あまり気の強い方ではないらしい。
「カリヤと、シレ・・・フィネアです。」
な、慣れなければ、フィネアの安全のためにも。
隣に座っていたフィネアに手の甲を思いっきり抓られた。
「了解、何か危ない物を持ってる?」
そういうと制服の男性はちら、と後ろの魔物に目を向けた。
「剣を一本、護身用ですが。」
後は、何かあるだろうか、一応フィネアを見る。
フィネアは首をふるふると振った。
「ふむ・・・。」
制服の男性の意識は俺達ではなく後ろの女性に向いている、先程から俺達じゃなくて彼女の反応によって質問を加減している。
「では最後に出国の理由を。」
「彼女がとある奴らに狙われていて、俺は彼女を守る為にここを発ちます。」
嘘は言っていない、嘘は。
制服の男性はもう一度後ろの女性の様子を伺って。
「よし、質問は終わり、君たちなら通って構わないよ。」
「え・・・?」
そう言われて、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
早くないか、いくらなんでも。
「ふふ、実はここにいる彼女には嘘を見抜くって特技があってね、君たちは一度も引っかからなかった。」
「ふん。」
そう言われるとなんだか満足そうに後ろの女性は鼻を鳴らした。
確かに、嘘は言ってはいない、しかしなんだ。
何か、引っかかるような。
「それにこの国を出るだけなら特に厳しいわけじゃない、入るのは大変だけどね。」
「そうなのか?」
俺も国境を越えるのは初めてだからな、基本遠征もマルマノス領内だったし。
「あぁ、むしろここは君たちの様な者の為の場所でもあるし、ね?」
その一言で確信する、俺達が普通の人間ではない事をこいつらは看破している。
その上で見過ごして、俺達を通すと言っているんだ。
「・・・この国大丈夫なのかよ・・・。」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと入れる方はきびしーくしてるからさ。」
「うむ、ゴーレムさん頑張ってるからな。」
むふーと吐息を漏らす女性、やはりゴーレムと言うとあの守護者ゴーレムか。
かなり強力な魔物だ、こいつは。
こいつ、がか。
なんか、綺麗な女性の見た目をしているのは、そう言う仕様なのか。
「まぁ彼女が何も言わない以上は悪人ではないしこちらに隠してる事もないだろうね、言わない事はあるかもしれないけど。」
「合格だ、よかったな。」
「そりゃ・・・どうも。」
喜んでいい、ものだろうか。
どうだろう、思ったより楽だったが、拍子抜けだ。
「それじゃあこっちから橋を渡ってくれ、一度通ったら戻れない、忘れ物の無い様に。」
制服の男性は女性の後ろにあった扉を開ける、その先には橋と、橋の向こう側の建物が見えていた。
この先は、親魔領、魔境。
ごくりと生唾を飲み、フィネアを見る。
「分かった、フィネア。」
フィネアはこくりと頷いた、行けるって事か。
「それでは、お二人様ご招待〜。」
そして俺達は扉を潜り、橋を渡る。
心なしか体が硬くなっている。
落ち着け、まだ国境を越えたわけじゃない。
そうまだ。
ふと、何かの音が聞こえた気がした。
いや、声か、声が聞こえた様な気がして、上を向いて。
目の前に、一匹の大きな鳥が落ちてきた。
いや違う、鳥じゃない、こいつは。
「ア・・・ミ?」
ぶわっと嫌な予感が背中から上がった。
そして。
「アミさん!?」
フィネアがアミに駆け寄った。
それは、ダメだ。
理由は説明出来ない、でも。
「くっ!?」
戻る暇はない、なら。
俺は逆にフィネアはアミまで走って運び、アミの翼にフィネアを隠した。
「フィ、ネ・・・アちゃん!アマねぇが!アマねぇがぁ!」
「落ち着け!お前はそのまま動くな!」
聞こえる、音が。
声の前に聞こえた音、この音は。
そして、また目の前、橋のど真ん中に何かが叩きつけられた。
土煙が立ち上がり、収まるそこには、その落ちてきたのは。
「はは、こりゃキツイや・・・。」
アマ、だった。
同時に俺はアマに走り寄った。
頭で考えるよりも早く答えは出ていた。
このアマを、倒せる存在、いや倒す存在。
魔物を倒す、その戦力はあの町には、一人。
「カリヤ・・・くん、ごめん・・・。」
「うぉぉぉお!」
アマに明確な殺意を向け、空中から剣が向かっていた。
俺は剣を抜き、その剣を払った。
一瞬でも判断を遅らせていれば、アマの命は無かっただろう。
「っ!?」
すぐにアマを掴んでアミの元に走る。
離れなければ、今はあいつから離れなければ。
「カリヤさ」「アミ!そいつを隠してろ!」
俺は走る、あれ。
なんで俺の体浮いて。
「ぐぁぁぁぁあ!?」
激痛、背中から激痛が通った。
俺はアマを掴んだまま、元来た検問所前まで吹き飛ばされていた。
「何、してんのよアンタ。」
体を起こし、後ろを見れば、俺を殴っただろう剣を振る、全身に鎧を着込んだ女。
勇者、だ。
勇者、セリア。
「魔物に加担した、そう判断してもいい?」
「最悪・・・だな。」
そして、その剣先を俺に向けて来た。
アマは、動かないあの勇者に相当叩きのめされたのだろう。
翼はそこら中に切り傷が入っている、よくこれで飛べたものだ。
つまり、俺だけで切り抜けなければならない。
「まぁいいや、あんたは後で殺すとして。」
「な!?ゆ、勇者!?何故ここに!?」
今の騒ぎを聞きつけて、検問所の中から人が次々と出てくる。
数として十数人程度、多いとは言えない数。
勇者セリアなら、問題なく全員殺せる。
「ふー・・・ん。」
勇者セリアは俺達をじっと見つめ、そして溜息を吐いた。
まずい、な。
「ここで当たれば、苦労しないんだけどね。」
そう言って剣を、目の前のアミに向けた。
アミはビクッと体を震わせ、体を丸めた。
まずい、あの中には。
「女は全員こっちに集めて、全員ね。」
あの中には、フィネアが。
悟られない事を祈るしかない、か。
〜〜〜〜〜
その場にいた女性全員が勇者セリアを挟んで向かい側の橋の上に集められた。
その中には、ぐったりと倒れ続けるアマと、以前と体を丸めたままのアミも含まれていた。
残ったのは、男が三人だけ、どうする。
俺と、あの検問官、そして白衣の男。
「さてと、私の要求はただ一つ、とある女を探しているの。」
勇者セリアはそう告げる。
「とある、女?」
正直俺は次のセリフが分かっていた、こいつの目的は。
「そ、盲目の女!王殺しの末に脱獄し!この国から逃げようとしている、魔に付け入られた邪悪よ!」
やっぱりか、最悪だ。
それを聞いて、制服の男性はこちらを見た。
俺は思わず、歯を食いしばって視線を逸らした。
「この検問所を通ったなら、私が追わなきゃならない、どうせ通った人間の情報は保管してるでしょ?ならさっさと教えなさい。」
「教えない場合は・・・?」
もう一人、白衣の男がそう言った。
それは、正直聞きたくない。
「別に、教えない選択肢ないでしょ?」
そう言って、勇者セリアは。
アマの翼を、剣で貫いた。
「ぐっ・・・!?」
「ひぃ!?」
アマが苦悶の声を上げ、それに呼応してアミが悲鳴をあげる。
こい、つ。
「二時間だ!」
「・・・は?」
制服の男性は、手を挙げそう告げた。
こいつ、あいつが探しているのは俺達だって分かってるだろうに。
庇って、くれるのか。
「かなりの数がこの検問所から外へ出ている、それを調べ上げるには時間がかかる。」
「・・・三十分でやりなさい。」
そう言って勇者セリアは俺達に背を向け、女達を監視し始めた。
俺達は問題外って事か。
「さぁ、早く作業にかかろう!」
分かりやすく大声を上げながら、検問所へと俺達を押し込んだ。
そして扉を閉めて、大きく溜息を吐いた。
「まさか・・・勇者とはな・・・。」
そして扉にもたれかかり、頭を抱えた。
「どうする・・・?どう戦う・・・?」
三十分、それしか時間がない、その間に作戦を考え、その用意に実行か。
クソ時間が足りん、出たとこ勝負にしかならなさそうだ。
「彼女が言っていたのは君達・・・の事、だよな。」
白衣の男性が聞いてくる、彼らも待合室で俺達の事を見ていた。
「・・・あぁそうだ。」
こいつに嘘は吐きたくない、そう思い本当の事を言った。
巻き込んでしまった、俺達の都合に。
「私は医者のマリスだ。」
「僕は知っての通り、検問官のヒード、はは今日は厄日だな。」
医者に、検問官。
正直この面子で今戦えるのは俺だけか。
「俺は元兵士のカリヤ、今は脱走兵だ。」
この後に及んで嘘を吐く気にもならず本当のことを言う。
そして三人でまた視線を合わせた。
「あの中魔物娘は何人くらいいるの?マリスさん。」
「ほぼ全員、しかしあの状況では動けないだろう。」
ちらと外を見てそう言うマリス、と言うか。
「ほぼ・・・全員?」
「あぁ、君の連れくらいだな、魔物娘ではないのは。」
俺は口を押さえて、壁に手をつき。
「マジか・・・。」
ついそう言ってしまった、あの女性達皆魔物なのか。
気付かなかった。
「はは、君はアルマノス出身だからね。」
「彼女達全員でならなんとかなるとは思うが・・・人質を取られているからな・・・。」
すぐにアマの顔が浮かぶ。
あれが、あれが勇者のする事かよ。
「クソっ!せめて対抗できる戦力があれば・・・。」
「唯一の武器はそれだけ・・・か。」
マリスはそう言って俺の剣を指差す。
正直、まともにぶつかっては、俺たちでは奴に勝てる見込みはない。
この状況、どうひっくり返せばいい。
「一応私は魔法を使える、自己強化と治癒魔法だ、だが自己強化しようと正直あいつには勝てん。」
「だろうな・・・。」
となると。
「勝機は、アマを助ける事、か。」
「アマ・・・とはあのハーピーですか?」
ヒードが俺の発言に突っ込む、今はそれどころじゃないが。
いや、話しておくべきか。
「あの大きい方のハーピーがアマ、ここの目の前の山を根城にしていたハーピーの長だ。」
「彼女が・・・。」
恐らくは俺達を送った帰りに襲われてしまったのだろう、俺達のせいだ。
「そしてあの小さい方がその妹のアミ、あのアミは今元凶である俺の連れ、フィネアを庇ってくれている。」
「・・・成る程、どこに行ったのかと思えば。」
アミはガタガタと震えている、勇者セリアへの恐怖だけではない。
彼女は、もしフィネアの事がバレたら、それを考えている。
「アマさえ助けられれば、あの後ろの魔物達も攻撃できるようになるだろう、それなら・・・。、」
「その案は賛成だが・・・どう助ける?」
正直俺はこう言った時に頭が回る方ではない、だからこうして指示を仰ぐしかない。
ヒードは顎に手を合わせ、そして俺達を見る
「分の悪い賭けだが、乗ってくれるか?」
先にマリスが口を開いた。
俺達に、選択肢があるわけではなかった。
〜〜〜〜〜
私は、翼と地面の間から外を伺う。
以前として状況は変わらない、かれこれ三十分程度経過している。
「アマねぇ・・・アマねぇ・・・。」
もはやアミさんは涙を流し始めていた、アマさんも先ほどからもはや動かない。
どうすれば、どうすればこの状況をひっくり返せる。
私が、私が自首してしまえば。
「死んだ?まぁいいけどさ。」
そして勇者セリアは、私達に剣を向けた。
この子、まさかここまで来てるなんて。
「まて勇者。」
この状況でゴーレムさんが口を開いた。
腕を組んだまま、勇者セリアを睨む。
「何よ。」
「無力な女児に手を出すのが、勇者のやり方か?」
あまり勇者セリアを刺激するのは悪手なのでは。
そう言う私の考えを否定するかのように。
「私を先にやれ、せめてな。」
そう言ってゴーレムさんは立ち上がり、勇者セリアの目の前で座った。
「・・・ふん。」
キン、と軽い音を立ててセリアは首元に剣を向ける。
それでもゴーレムさんは顔色一つ変えなかった。
「身代わりのつもり?別に変わらないわよ、魔物である以上は全員粛清するから。」
「ゴーレムさんには貴様は勇者じゃなくただの狂戦士に見えるがな。」
数秒無言のままに時間が流れる。
セリアは全く殺意を抑えずにそのまま剣を首にくっつきそうなほど近づけた。
「そう言うのを偽善って言うのよ。」
「何も見えていない正義よりはマシだ。」
目を閉じたままそこからゴーレムさんは何も言わなくなった。
私は動かないアマさんを見る。
生きて、いてください、必ず。
カリヤさん、急いで、早く彼女に治療を。
「三十分、時間切れね。」
そう言ってセリアは剣を振りかぶった。
ゴーレムさん、貴方まで。
く、私に、力があれば。
「待った。」
そう言ったのは、先程セリアに時間を要求した制服の男性だった。
カリヤさんもいたはずだが、姿が見えない。
「出て来たってことは・・・見つかったの?」
振りかぶった剣を下ろして、セリアはまっすぐに制服の男性を見る。
その目には、イラつきの色が写っていた。
カリヤさん、どうか、どうかこの状況をなんとか。
制服の男性は何枚かの紙を持っていた。
「ここ数ヶ月国境を越えた人々のリストだ!名前がわかるのならばこれでここを通ったか否かが分かるだろう!」
その一言でセリアは更にイラつきを増したような顔をした。
「数ヶ月なんて範囲じゃないわよ!数日!三日くらい!」
「なんだとぉ!先に言え先に!ではもう一度ここ三日に絞ってもう一度調べる!」
「いーわよ別に!名前だけで!」
なんというか、ワザとらしいにも程があるでしょうに。
これは、どういう意味でしょうか、陽動、それとも挑発。
いや、時間稼ぎ、だろうか。
「えーと。」
そこから一人一人名前を呼びあげていく。
ゆっくりと時間をかけて、やはり目的は時間稼ぎ。
「違う・・・違う・・・。」
セリアはそれを一人一人丁寧に確認していたようだ。
昔と変わらない、セリアは真面目ですね。
でも私はもう、昔とは違う、私はシレイア、ですから。
「以上、だ。」
表情険しくして、制服の男性はそう言った。
ここまで、ですか。
「ふぅん。」
そう言ってセリアは剣を軽く振ります。
興味が無くなったみたい、状況は相変わらず変わらず。
どうすれば、ひっくり返せるのだろうか。
「いない、わね。」
そうしてセリアは剣を振りかぶって。
「待て。」
そう言ったのは、制服の男性だった。
制服の男性は、二歩ほど進んで。
「ふ、気付いていないのか?」
「・・・何に?」
制服の男性は、ニヒルな笑みを浮かべ。
そして、空を指差した。
「お前は!私達の策にハマったんだよ!」
「な・・・っ!?」
セリアは剣を両手で構えて、空を見上げた。
見上げた、空には。
「・・・はぁ?」
何も、ありませんでした。
素っ頓狂な声を上げたセリアはぎこちない動きでもう一度制服の男性を見て。
「騙したなぁ!」
怒りを露わにしました。
そうしてその剣で制服の男性に近づこうと踏み込んで。
その肩を何者かが掴みました。
「騙される方がよ。」
瞬間、セリアは制服の男性の軽く飛ばされる。
「いっ・・・!?」
「悪いな。」
カリヤさん、カリヤさんでした。
いつの間に、と言うかどこから。
そんな事を考える暇も無くカリヤさんからセリアに攻撃を仕掛けます。
「この!なんなのよあんた!どっから出たのよ!」
セリアはヒステリックにそう叫びながら応戦します。
「すまない君、しばらくそのままでいてくれ。」
「え・・・?」
ふと声をかけられます、振り返ればもう一人の白衣の男性がアマさんを診ていました。
「安心してくれ、お姉さんは助かる、しばらく飛べないかもしれないが・・・命は繋ぐ。」
「ほ、ほんと?」
こくりと白衣の男性は頷きます、よかった。
それにしても。
「一体・・・どうやって・・・。」
「下だよ。」
下、橋の。
まさか。
〜〜〜〜〜
「橋の縁を伝っていくだと?」
「あぁ。」
俺とヒードとマリスの三人は建物の裏の橋の根本に来ていた。
確かに、人一人がギリギリ通れそうな足場がないことはないが。
「ギリギリまで私が時間を稼ぐ、適当なタイミングで二人で飛び出し、アマ君を保護してくれ。」
しかし問題はマリス、足場から手すりまでそこそこ距離がある。
「俺は多分登れるがマリスは大丈夫か?」
「あぁ自己強化すればなんとか、問題ない。」
それならいいんだが、後もう一つ。
「勇者はどうする、アマは助けられるが俺じゃあ勝てる見込みはねぇぞ。」
「それは問題ない、すぐに援軍が来る。」
当たり前だがヒードはずっと俺たちと行動していて援軍を呼ぶような素振りは見せていない。
「・・・そうか。」
不安だ。
だが時間もねぇし覚悟を決めるか。
「頼むから分かりやすい合図送ってくれよ。」
「勿論だ、すまないな君たちを巻き込んでしまって。」
それは俺のセリフ、そう言おうとして止まる。
今は時間が惜しい。
「後で奢らせてもらうさ。」
そう言って俺たちは足場にうまく乗り、橋にしがみついた。
さて、上手くいくかどうか。
なるほど、極めてシンプルですが効果はあるでしょう。
二面での誘導なら尚更、通りであんな派手な動きをしたのですね。
「君たち、タイミングを見て魔法で彼らを援護してやってくれ。」
後ろにいた魔物の皆さんはわぁと湧きます、良かった状況はひっくり返ったのですね。
そこでアミさんは突然セリアに見えないように私をマリスさんに押し付けました。
「ごめん、しばらくお願い!」
アミさんは飛び立ってしまいます、あっという間に見えなくなり。
ガキィンと重い音が辺りに響きました。
〜〜〜〜〜
剣が弾かれる、鎧で体型は分からないがこいつは娘であるはず。
なのに正面から力で負ける、これが勇者か。
「ぐっ!流石に無理があるか・・・。」
単純な力や速さでは敵わない、だけど。
だけどなんだ、こいつの剣技、見たことあるような。
「ふふ、あいつは・・・。」
そう言う声が聞こえた瞬間、勇者セリアの剣を持つ手に攻撃が放たれた。
速く、正確で、重い一撃だ。
「すまないな、後ろの魔物達を下がらせていた。」
「助太刀感謝、本当に助かるぜ。」
その一撃をお見舞いしたのはあの俺たちを検問していたゴーレムだった。
いける、のか。
俺が考えていると背後から魔法が大量に飛んできた。
爆発、氷結、そして雷撃。
あっという間に勇者セリアは土煙に巻かれた。
「やっちゃえ!」「今だ!」
「く!?」
一瞬で状況は有利になる、正直ここで撤退して欲しい所だ。
土煙の中から勇者セリアが顔を出す、その表情はあからさまに怒りを表していた。
「あーもー面倒くさい!」
勇者セリアは剣に魔力を溜めた、まずい。
ここでそんな魔力を放ったら、橋が落ちる。
「逃げろお前ら!」
そこで俺は気付いた。
ヒード。
「お前はこっちに来い!」
まずい、よくよく考えたらヒードがまだ向こうにいる。
俺は勇者セリアの脇を走り抜けた。
「んなぁ!?」
素っ頓狂な声を上げて剣を下ろす、それを紙一重で躱した。
「あっ、ぶねぇ!?」
完全に軽率な行動だった、今の一撃だけで橋の三分の一ほどが吹き飛ぶ。
おかげで勇者セリアを挟んでフィネアとは逆側に来れた、が。
「ここからどうする・・・。」
勇者セリアはまた魔力を溜め始める。
あいつ冷静なんだからそうじゃないんだか分からん、ここに来て待ちの構えするとはな。
「あいつ・・・まさか橋を・・・。」
「やりかねんな・・・。」
どうする、どうする。
ヒードを守りながら勇者セリアの脇をまた越す。
無理だな、先ほど壊されたせいで道が一本に限られた上に勇者セリアはすでに魔力を溜めてる。
あんなの食らったら二人ともまとめて即死だ、それは一番避けたい。
一応、一つは思いついた、ひとつだけ。
だけど、この選択肢は片方しか生きれない可能性がある。
しかし俺の頭じゃあ、この程度しか思いつかん、やるしかない。
「ヒード行くぞ!」
「えぇ!?わ、分かった!」
まっすぐ、まっすぐ俺は勇者セリアに突っ込んだ。
勇者セリアはフェイント読みらしい、多分向かって左側、俺達には右側に意識を向けている。
もうちょっと、そこまで行けば。
ここだ。
「ヒードぉ!歯ぁ食いしばれぇ!」
全力でブレーキをかけ、ヒードの胸ぐらを掴み、腹に手を当てる。
そして俺は。
「ど、りゃぁぁぁあ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ!?」
そのままヒードを、勇者セリアの真上に投げた。
あまり大きいわけではない勇者セリアの背を超えてヒードは飛んで行った。
「は、あぁぁあ!?」
また勇者セリアは素っ頓狂な声を上げた。
俺が言うのもなんだが、こいつこんなんばっかりだな。
その隙に脇を走り抜ける、かなり無茶苦茶な作戦だ。
「はっ!こ、のぉ!」
「くそっ!」
勇者セリアは俺の方をすぐに察知して剣を振り下ろす。
やばい避けれない、守っても、絶対重症になる。
剣を構える、その瞬間。
「わぉん!」
「は?」
俺の体を何かが掴んだ。
そして引きずる。
い、犬、あのでかい、犬。
あの森にいたでかい犬が俺の服を加えて走ったのだ。
おかげで勇者セリアの一撃を避けられた、助かった。
勇者セリアの周りだけ、両側の橋が抉れている形になった、相変わらずえげつない威力だ。
「・・・フラン・・・チェスカ?」
「・・・くぅん。」
勇者セリアはそう呟く、フランチェスカ。
つまりこいつは、勇者セリアの飼い犬、なのか。
「・・・っぅ!?」
「まずい・・・。」
勇者セリアは今までは比べ物にならない魔力を剣に込めた。
俺はすぐに踵を返して走り出す。
「わん公!そこの奴とフィネア頼む!」
「わぉぉん!」
急いで橋の先の建物に向かって走る。
とにかく今度こそ、間違いなく落ちるぞ。
「いてて・・・一体何が、いぬ!?」
ヒードを咥えたわん公はあっという間にフィネア達の元に辿り着く。
後ろで爆発音が聞こえた、やりやがったあいつ。
勇者セリアがいたのは比較的根元の方、つまりこっち側は自重で崩壊する。
「間に合えっ!」
徐々に傾いていく橋、そこを走る。
かなり傾斜きつくなり、進む速度も落ちていく。
「クソ、まずい・・・。」
「あぁ大分まずいな。」
え。
いや、え。
「ご、ゴーレ・・・ム?」
いつのまにか隣に、ゴーレムが走りづらそうに走っていた。
「ははは、いかんせんゴーレムさんは走るのが苦手でな。」
ゴーレムの顔は全くの真顔だった、そしてその一言とともにゴーレムの額に汗が伝う。
もしかしてだけど、もしかしてなんだが。
こんな傾くの早いのは、ゴーレムの所為だったり。
「格好つけて勇者を殴らなければよかった。」
「だろうなぁ!」
その叫びを皮切りに遂に橋の傾斜は登るどころではなくなった。
ほぼ垂直になりかけている橋を滑り落ちる、目の前で橋がひび割れていき。
橋は落ちた。
「カリヤ・・・さん!」
〜〜〜〜〜
「そんな・・・カリヤさん・・・。」
橋が眼下の川に突き刺さるような落ちる、大きな水しぶきを上げて橋はそこで止まった。
川の水深はあまり深くはないらしい。
「ゴーレムさんまで・・・。」
そこにいた人達が皆折れた橋を見つめる。
不意に私たちに影が差しさました、上を見てみると。
「ぶへぇぇ!」
いや、何かが落ちてきました。
それは、アミさんと。
「いてて・・・。」
カリヤさんでした。
そしてもう一人、ゴーレムさんが落ちてきました。
「まにあったー。」「リーダー!」
そして降りてきたのは、ハーピー達でした、この子達って。
道中にいたハーピー達、ですよね。
「急いで、ふぅ・・・呼んできたの。」
息絶え絶えにアミさんはそう言います。
「よかった・・・。」
私はついそう呟きました、そこでぐっと辛くなります。
私のせいで、カリヤさんだけでなくここにいた皆を巻き込んで。
私の、私のせいで。
「・・・どうやら撤退したみたいだな、助かった・・・。」
私には、橋の向こうは見えません、魔力感知の範囲の外であるからです。
やけにあっさりと引きましたね、彼女の執念はこんな事で終わるとは思えないのですが。
「ここから歩いてしばらくの所に町がある、とにかく皆一旦そこへ行こう、ゴーレムさんアマさんを運んであげてくれ。」
「了解だ。」
皆さんまばらに歩き出します、その中で私は対岸を見つめていました。
私は、彼女に会ってはいけない、いけないのです。
セリアも、この橋の皆さんも、テイアスも、全て、全て。
「フィネア、行きましょう。」
「・・・はい。」
全て、私のせいで何もかも狂ってしまったのですね。
苛立ちを隠さないまま歩く、すると鎧を着込んだ男が目に入った。
テイアスだ、最悪。
「・・・ちっ。」
「師匠に会うや否や舌打ちとは、随分と上品に育ったもんだな。」
勝手について来てよく言う、別に頼んでないのに。
そしてあの惨状をこいつが見たら説教が始まるのも予想できた。
「それにしても派手にやらかしたなぁこりゃ。」
「テイアス、後は任した。」
そう言って私はさっさとここを後にする、別に何か用があるわけじゃないし。
それに、フランチェスカの事とか色々考えたい事がある。
「やれやれ、こっちゃあ色々と面倒な所来てやったのに面倒押し付けやがってよ。」
「・・・頼んだ覚えはないわよ。」
そう言って私は検問所を後にした。
まさか、フランチェスカが向こうに加勢するなんて、と言うかあの子がいるなんて。
あの子、私をどう思ってるんだろう、恨んでる、わよね。
見捨てたんだもの、だから私にああやって牙を剥いたんだ。
それにあいつ、あの私と戦っていた幸薄そうな男、あいつが最後に言ってた言葉。
『フィネアを頼む。』
フィネア。
あいつ、最後に。
「フィネアって・・・言ってた?」
続く
18/10/30 06:32更新 / ノエル=ローヒツ
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