二人は白蛇
「ただいま〜」
先月までは返事をする人が誰も居なかった部屋に声を掛ける。
二人の女の子が滑るようにして飛び付いてきた。
「おかえり〜〜。食事?お風呂?それともわ・た・し?」
「おかえりなさい。お食事?お風呂?それとも、わたし?」
二人の女の子が抱きつくようにして迎えてくれた。うん、少女というよりは女の子だ。
「ただいま。シロ、なにか楽しい事はあった?」
抱き付きながらわくわく顔で見上げるシロこと白薔薇の頭を撫でる。
「ただいま。クロ、そんなにしがみつかない。歩けないだろ?」
俺のお腹に顔を埋めるようにしてぎゅっと抱き付いているクロこと黒百合の頭を撫でる。
二人とも目を細めて嬉しそうだ。
「じゃぁご飯からにしようか」
「「わーい」」
俺がこの二人に出会ったのは先月の事。
ひょんな事からハイキングに参加する事になったのだ。天気も良さそうだし、それほど遠くもないし。何があっても所詮は都内の山だ。等と甘く考えていたのがイケナカッタらしい。
軽く声を掛けてから道から森に入りこみ、所用を済ませてから戻ってみると。
戻れなかった。
何で迷子? だって都内の山だよ? と思っても後の祭り。木々を透かして見ても人一人見えないし道もない。主催者や友人に電話を掛けようとしても薄情にも圏外表示。人口カバー率ってなんだ。
「落ち着け。山道に入ってまだ二時間も経ってないんだ。坂を下ればすぐに上り口だ」
自分にそう言い聞かせるように呟いて、草を掻き分けながら坂を下った。
やべえ。三十分余り山を下ったのに、家の屋根や道はおろか獣道らしき踏み分けられた跡も見当たらない。
落ち着こうとペットボトルの水で口を潤す。と、女の子の声が聞こえた気がした。更に水の音も。やあ助かった、どうやら川遊びに来ている人が居るみたいだ。と、声のする方へ足を進めた。
視界が開けると、そこは岩場で岩の陰から水が流れているのが目に入った。
渓流だ。
絶景だよ。
緑が滴るような向かいの山。さらに向こうにも山々が聳えていてなかなかに絵になる。興を削ぐ様な送電線みたいな人工物が視界に入らないのがなお良い。脇を流れる清流の音も心地よいのだが。
誰もいないよ。
呆然とするも、取り敢えず一休みする事にして、川原まで下ってからディパックを下ろして腰を下ろす。少し早いが昼食にする事にした。ディパックからコンビにオニギリを取り出す。良く食べるコンビニのオニギリでもこんな風景の中だと風味が良くなる気がするから不思議だ。
一つ目を食べ終わり、二つ目のオニギリへと手を伸ばしたら、小さな手に指を掴まれた。見下ろすと可愛らしい二人がそこに居た。墨汁を垂らしたかの様な癖の無い真っ直ぐな髪の女の子が漆黒の瞳で睨むように見上げ、オニギリに乗せた俺の指を掴んでいる。うわ小さい指だ。小人? もう一人は黒髪の子の袖を引っ張って止めようとしている様だった。真っ白な長い髪に血のように紅い双瞳。双子だろうか、お姫様カットの長い髪と瞳の色以外は着ている物も含めてそっくりだ。そして、言い方は変だが大きさ共にお人形さんが息をしいているみたいで、信じられない位に可愛いらしい。
「えーと。食べたい、のかな」
黒髪の子が上目つかいでコクコクと首肯する。うわぁい、なんて可愛いんだ。
そのまま、オニギリを持ち上げると黒髪の子は恨めしそうに俺を見上げた。あれ、いま妙に背が伸びなかったか? 怒り出す前にちゃっちゃと済ませてしまおう。何と言っても可愛い顔が台無しだ。オニギリのフィルムをささっと剥き海苔をシッカリと巻き付けて、二つに割る。半分を黒髪の子にもう半分を白髪の子に。
黒髪の子は嬉しそうに受け取り、白髪の子は黒髪の子の背後に隠れるように腰が引けつつもおずおずと手を伸ばしてきた。怖くて仕方ないのと欲しくて仕方ないのがせめぎあい、それでも欲しい気持ちが上回っているかの様だ。なんだろうなぁ、この可愛らしい生き物は。
ふと黒髪の子に目がいくと、
「うわぁ」
思わず大声を上げてしまった。なにしろあの可愛らしい黒髪の女の子が、自分の頭でさえ飲み込めそうな程の大きな口を開けていたのだから。俺の声に驚いたのか目を真ん丸にして俺を見つめている黒髪の女の子。ゆっくりと顎が閉じて元の顔立ちに戻る。白髪の子はよほど驚いたのか離れた石の影に飛び込んで俺を睨んでいた。
そして気がついた。彼女達の腰から下が足ではなく蛇のそれである事に。
蛇だ。蛇の魔物娘だ。始めて見るよ。
「ええと。こ、こ、こう食べるんだよ」
動揺を隠すように急いでオニギリのビニールを剥いて海苔を張り付ける。そして普段は食べないようなおちょぼ口でオニギリに噛みついて見せ、大きく口を動かして良く噛み、丸飲みしないで食べる事をアピールする。
丸飲みは、精神的に来るものが有り過ぎる。
たしか、蛇は顎の構造が特殊で、自分の体よりも大きな獲物を飲み込む事が出来る、と言う知識は持っていたけれどもその実演をこんな形で目にする事に成るとは思ってもいなかったよ。
黒髪の子は少し首を傾げていたが、今度はハムッという擬音が似合う様にカブリ付いた。頬にご飯粒を付ける辺りはお約束だ。モグモグと咀嚼して、ぱっと笑顔を浮かべると、ものすごい勢いで一心不乱に食べ始めた。色々言いたいことはあるけれど、気に入って貰えたようで何よりだ。
左手で自分のオニギリをかじりつつ、右手で白髪の子に残り半分のオニギリを差し出す。
黒髪の子の様子を探り探りしながら、おずおずと石の影から這い出て、そろそろと俺の手からオニギリを受け取って、黒髪の子の方をちらちら見ながら真似するようにカブリ付いた。
「おいしい!」
おお。なんて眩しい笑顔なんだ。
笑顔につられてつい頭をナデナデしてしまった。なんか信じられない位にさらさらで触り心地が良い。何時までも撫でていたい気がする。白髪の子は特に嫌がる事もなく、嬉しそうに掌に頭や頬をスリスリしてきた。
「ん〜ん〜!」
切羽詰まった声に黒髪の子を見ると、真っ青な顔で喉元を押さえていた。
どうやらご飯を喉に詰まらせたらしい。それでも食べかけのオニギリを離さないのはある意味立派だと思ったが、そんな事を考えいる場合じゃない。慌ててペットボトルの蓋を開けて飲ませる。こくこくこくと小さな喉が動く。
「はぁはぁ、はふぅ。吃驚しました」
「俺も吃驚したよ。そんなに慌てて食べちゃいけないよ。喉に詰まっちゃうからね」
と、自分の事は棚に上げて言う。なにしろ普段の飯は五分も掛けないからな。
喉にご飯を詰まらせた故か、黒髪の子の顔は真っ赤なままだ。
「えっと、美味しいです」
笑顔一番って感じで黒髪の子。
「そうか、それは良かった」
「美味しいですっ!」
叫ぶように言いながら漆黒で艶々の頭を突き出してきた。これって、つまり。
突き出された頭をナデナデする。うはっ。黒髪の子もメチャメチャ触り心地が良い。これは、癖に成るなぁ。
「うふふ♪」
黒髪の子はご機嫌さんだ。
「はむっ。はむっ」
わざわざ口で擬音を言いながら残りのオニギリを平らげていた。
白髪の子がジッと見ている。もしやと思ってペットボトルを差し出すと、抱き付くように受け取って嬉しそうに水を飲んだ。
どうやら同じことがしたいらしい。双子っぽいし、そいういう所も似ているのかもしれない。
三人とも食べ終わったのだけれど。二人はまだ何か期待しているようだ。そんな風に見つめられても食べ物なんかもうないよ。いや、そういえばチョコレートを入れていたハズだ。中にアーモンドの入った丸い奴。
ディパックをごそごそと探り、目的の箱を引っ張り出す。『非常用の食料は必ず持て』と言われていたから用意していた物だ。
コロコロとしたチョコレートを二人の前に差し出す。良かった溶けてない。
「ウズラの卵ですか?」
「ウズラの卵は大好物だよ!」
「残念。違うよ。食べてご覧」
が、受け取ったチョコレートを揺すったり匂いを嗅いだりしている。
「そのまま食べられるよ」
と言い、半分にかじって見せる。コリッとアーモンドが割れてチョコレートの味が口の中に広がる。
「何ですかこれ。ほっぺたが溶けて落ちそうです!」
「お、お、お、おいしい〜〜よ〜」
ああ、両手で掴んでいたからか、頬までチョコレートだらけになっている。ウエットティッシュで拭ってあげる。
「ひゃぁ。何これ。すぅすぅするよ。気持ちが良いな」
「なんでしょう、これで拭くとさっぱりしますね」
丸ごとだと大きすぎて噛めないけれど、口の中でチョコレート部分を溶かして食べ、その後でアーモンドを噛んで食べると、手も汚れずに二度美味しいと発見した様だ。
ただ、その姿は、頬一杯に食べ物を詰め込んだリスやハムスターの様で、可愛いやらなんやら。
そっと、二人の頭をなでる。
「そろそろ帰らないとなぁ」
「帰ってしまうのですか」
「ええ〜っ」
帰ると言う言葉に、二人は不満そうな声をあげた。
「名残惜しいけど、帰らない訳にはいかないよ。出来たら、降りる道を教えて貰えると嬉しいな」
何時までも此処に居るわけにはいかないし。と、自分にも説明する。
「ふふふ。此所からは帰れないわよ」
と、白髪の子。なんで?
「だから、一生私たちと此処で過ごして、美味しいものをもっと食べさせなさい」
高飛車っぽく言った。が、無理だからなそれ。
「あと十個位はあるけど、それで終わりだよ」
からからと箱を振ってから、その箱を白髪の子のに渡した。二人で分けなさいと言いながら。
「帰ってしまうのですか」
「ああ。連絡が付かなくて心配している人も居るだろうし、会社もあるし、家にも帰らないとならないし」
まあ、明日は休みだけどね。
「そうですか。わかりました」
「ちょっと待ちなさい、わたしは嫌よ」
白髪の子をが黒髪の子を何処かへ引っ張って行こうとしていた。が、黒髪の子は動かなかった。
「下流を見てください。あの大きな岩の脇を伝って上に上がれます。その先は細い道になっていますから、流れに沿って下って下さい」
見れば百メートル程澤を下った所に差し渡し十メートル程もある大きな岩が見える。
「アレの脇から上に…」
振り返ると二人の姿はどこにも無かった。
ちゃんとお別れを言いたかったのだけど。居ないのでは仕方がない。
デバッグを背負い直し、言われた通りに沢を伝い踏み分け道を下ると、すぐに舗装路に出ることができた。
あまりの近さに呆然としていたが、急いで主催者へ電話で状況を連絡。
もう少しで救助を依頼する所だったらしい。お詫びとお礼、そしてこのまま帰ることを伝えた。
家の鍵を開けて入り、荷物を置いて一息入れようと冷蔵庫からビールを引っ張り出して、
「ここが、住処なのですね」
「周りが気配だらけ。沢山の人間がいるね」
飲もうとしたら、澤で見た二人がそこにいた。
えーと。
とりあえず、プルを引き上げた。なにはともあれ、話はそれからだ。
プシュ。
んぐんぐ。ふぅう。
「ええと。澤にいた二人だよね。どうして家に? どうやって着たの?」
帰った時にこの部屋には誰も居なかった。
つまり、俺と一緒に部屋に入った可能性が高い。しかし、俺は一人だったはず。
「「美味しいものを食べさせて頂いたので」」
お礼なのか?
「もっと食べたいなぁと、思って」
白い髪に赤い目の女の子が言った。その笑顔はまぶしい位だが、自分に素直な子だな。
「お礼とかお詫びとかと思いまして」
と、黒い髪黒い瞳の女の子が言った。もう一人に比べると物静かというか静謐というか。
「お礼なんて良かったのに。君達の案内のお陰で無事に降りてこれたんだし」
ん?お詫びって、何が?
「あなたが迷子に成ったのは、私達の巣の結界に引っ掛かっちゃったから、らしいのよ」
「隠れ里なんです」
二人の言うことから中二病的に考えると、結界で作られた隠れ里に二人は住んでいた。そこに俺が巻き込まれて迷子に成った。俺が食べさせたオニギリやチョコレートが気に入った(特にチョコレートは衝撃的な美味しさだったらしい)ので、ついつい、ディパツクに忍び込んでしまったらしい。
中二病もかくやという展開だった。
と言うことで、今日に至る。
するすると滑るように卓袱台に着くとワクワク顔で俺を見上げる二人。
「気が早いって二人とも。これからご飯を作るんだからね?」
「「え〜」」
「え〜。じゃないでしょ。シロ? クロ? 俺の代わりにご飯って待っていてくれる?」
「ムリぃ!」
「できません」
「だからね。これから作らないと、ご飯は食べられないんだよ」
何故かコンビニや惣菜屋の弁当よりも俺の拙い料理の方が気に入っている様で、最近は俺の手作りしか食べようとしない。そのお陰で毎日朝昼晩と三食作っている。朝とお昼(お昼は手作りお弁当だぜ)はかなり手抜きしている分、晩飯は俺なりに気合いを入れて作っているつもりだ。三人してゆっくり食べられるしね。スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞い。米を研ぎ浸している間に、風呂の掃除とお湯張りをしてそして夕食作りだ。
彼女も居た事が無いのに、二人も娘を持った気分だ。
この子達の言う「お食事?お風呂?それとも、わたし」というのは、
お腹空いたご飯食べたい。
お風呂入りたい。
わたしと遊んで(パーティ系TVゲームがお気に入だ)。
という意味であり、男の夢とも言われる新婚の嫁さんの台詞とは意味が全然違う訳で。
いや、キタイシテイマセンヨ?
先月までは返事をする人が誰も居なかった部屋に声を掛ける。
二人の女の子が滑るようにして飛び付いてきた。
「おかえり〜〜。食事?お風呂?それともわ・た・し?」
「おかえりなさい。お食事?お風呂?それとも、わたし?」
二人の女の子が抱きつくようにして迎えてくれた。うん、少女というよりは女の子だ。
「ただいま。シロ、なにか楽しい事はあった?」
抱き付きながらわくわく顔で見上げるシロこと白薔薇の頭を撫でる。
「ただいま。クロ、そんなにしがみつかない。歩けないだろ?」
俺のお腹に顔を埋めるようにしてぎゅっと抱き付いているクロこと黒百合の頭を撫でる。
二人とも目を細めて嬉しそうだ。
「じゃぁご飯からにしようか」
「「わーい」」
俺がこの二人に出会ったのは先月の事。
ひょんな事からハイキングに参加する事になったのだ。天気も良さそうだし、それほど遠くもないし。何があっても所詮は都内の山だ。等と甘く考えていたのがイケナカッタらしい。
軽く声を掛けてから道から森に入りこみ、所用を済ませてから戻ってみると。
戻れなかった。
何で迷子? だって都内の山だよ? と思っても後の祭り。木々を透かして見ても人一人見えないし道もない。主催者や友人に電話を掛けようとしても薄情にも圏外表示。人口カバー率ってなんだ。
「落ち着け。山道に入ってまだ二時間も経ってないんだ。坂を下ればすぐに上り口だ」
自分にそう言い聞かせるように呟いて、草を掻き分けながら坂を下った。
やべえ。三十分余り山を下ったのに、家の屋根や道はおろか獣道らしき踏み分けられた跡も見当たらない。
落ち着こうとペットボトルの水で口を潤す。と、女の子の声が聞こえた気がした。更に水の音も。やあ助かった、どうやら川遊びに来ている人が居るみたいだ。と、声のする方へ足を進めた。
視界が開けると、そこは岩場で岩の陰から水が流れているのが目に入った。
渓流だ。
絶景だよ。
緑が滴るような向かいの山。さらに向こうにも山々が聳えていてなかなかに絵になる。興を削ぐ様な送電線みたいな人工物が視界に入らないのがなお良い。脇を流れる清流の音も心地よいのだが。
誰もいないよ。
呆然とするも、取り敢えず一休みする事にして、川原まで下ってからディパックを下ろして腰を下ろす。少し早いが昼食にする事にした。ディパックからコンビにオニギリを取り出す。良く食べるコンビニのオニギリでもこんな風景の中だと風味が良くなる気がするから不思議だ。
一つ目を食べ終わり、二つ目のオニギリへと手を伸ばしたら、小さな手に指を掴まれた。見下ろすと可愛らしい二人がそこに居た。墨汁を垂らしたかの様な癖の無い真っ直ぐな髪の女の子が漆黒の瞳で睨むように見上げ、オニギリに乗せた俺の指を掴んでいる。うわ小さい指だ。小人? もう一人は黒髪の子の袖を引っ張って止めようとしている様だった。真っ白な長い髪に血のように紅い双瞳。双子だろうか、お姫様カットの長い髪と瞳の色以外は着ている物も含めてそっくりだ。そして、言い方は変だが大きさ共にお人形さんが息をしいているみたいで、信じられない位に可愛いらしい。
「えーと。食べたい、のかな」
黒髪の子が上目つかいでコクコクと首肯する。うわぁい、なんて可愛いんだ。
そのまま、オニギリを持ち上げると黒髪の子は恨めしそうに俺を見上げた。あれ、いま妙に背が伸びなかったか? 怒り出す前にちゃっちゃと済ませてしまおう。何と言っても可愛い顔が台無しだ。オニギリのフィルムをささっと剥き海苔をシッカリと巻き付けて、二つに割る。半分を黒髪の子にもう半分を白髪の子に。
黒髪の子は嬉しそうに受け取り、白髪の子は黒髪の子の背後に隠れるように腰が引けつつもおずおずと手を伸ばしてきた。怖くて仕方ないのと欲しくて仕方ないのがせめぎあい、それでも欲しい気持ちが上回っているかの様だ。なんだろうなぁ、この可愛らしい生き物は。
ふと黒髪の子に目がいくと、
「うわぁ」
思わず大声を上げてしまった。なにしろあの可愛らしい黒髪の女の子が、自分の頭でさえ飲み込めそうな程の大きな口を開けていたのだから。俺の声に驚いたのか目を真ん丸にして俺を見つめている黒髪の女の子。ゆっくりと顎が閉じて元の顔立ちに戻る。白髪の子はよほど驚いたのか離れた石の影に飛び込んで俺を睨んでいた。
そして気がついた。彼女達の腰から下が足ではなく蛇のそれである事に。
蛇だ。蛇の魔物娘だ。始めて見るよ。
「ええと。こ、こ、こう食べるんだよ」
動揺を隠すように急いでオニギリのビニールを剥いて海苔を張り付ける。そして普段は食べないようなおちょぼ口でオニギリに噛みついて見せ、大きく口を動かして良く噛み、丸飲みしないで食べる事をアピールする。
丸飲みは、精神的に来るものが有り過ぎる。
たしか、蛇は顎の構造が特殊で、自分の体よりも大きな獲物を飲み込む事が出来る、と言う知識は持っていたけれどもその実演をこんな形で目にする事に成るとは思ってもいなかったよ。
黒髪の子は少し首を傾げていたが、今度はハムッという擬音が似合う様にカブリ付いた。頬にご飯粒を付ける辺りはお約束だ。モグモグと咀嚼して、ぱっと笑顔を浮かべると、ものすごい勢いで一心不乱に食べ始めた。色々言いたいことはあるけれど、気に入って貰えたようで何よりだ。
左手で自分のオニギリをかじりつつ、右手で白髪の子に残り半分のオニギリを差し出す。
黒髪の子の様子を探り探りしながら、おずおずと石の影から這い出て、そろそろと俺の手からオニギリを受け取って、黒髪の子の方をちらちら見ながら真似するようにカブリ付いた。
「おいしい!」
おお。なんて眩しい笑顔なんだ。
笑顔につられてつい頭をナデナデしてしまった。なんか信じられない位にさらさらで触り心地が良い。何時までも撫でていたい気がする。白髪の子は特に嫌がる事もなく、嬉しそうに掌に頭や頬をスリスリしてきた。
「ん〜ん〜!」
切羽詰まった声に黒髪の子を見ると、真っ青な顔で喉元を押さえていた。
どうやらご飯を喉に詰まらせたらしい。それでも食べかけのオニギリを離さないのはある意味立派だと思ったが、そんな事を考えいる場合じゃない。慌ててペットボトルの蓋を開けて飲ませる。こくこくこくと小さな喉が動く。
「はぁはぁ、はふぅ。吃驚しました」
「俺も吃驚したよ。そんなに慌てて食べちゃいけないよ。喉に詰まっちゃうからね」
と、自分の事は棚に上げて言う。なにしろ普段の飯は五分も掛けないからな。
喉にご飯を詰まらせた故か、黒髪の子の顔は真っ赤なままだ。
「えっと、美味しいです」
笑顔一番って感じで黒髪の子。
「そうか、それは良かった」
「美味しいですっ!」
叫ぶように言いながら漆黒で艶々の頭を突き出してきた。これって、つまり。
突き出された頭をナデナデする。うはっ。黒髪の子もメチャメチャ触り心地が良い。これは、癖に成るなぁ。
「うふふ♪」
黒髪の子はご機嫌さんだ。
「はむっ。はむっ」
わざわざ口で擬音を言いながら残りのオニギリを平らげていた。
白髪の子がジッと見ている。もしやと思ってペットボトルを差し出すと、抱き付くように受け取って嬉しそうに水を飲んだ。
どうやら同じことがしたいらしい。双子っぽいし、そいういう所も似ているのかもしれない。
三人とも食べ終わったのだけれど。二人はまだ何か期待しているようだ。そんな風に見つめられても食べ物なんかもうないよ。いや、そういえばチョコレートを入れていたハズだ。中にアーモンドの入った丸い奴。
ディパックをごそごそと探り、目的の箱を引っ張り出す。『非常用の食料は必ず持て』と言われていたから用意していた物だ。
コロコロとしたチョコレートを二人の前に差し出す。良かった溶けてない。
「ウズラの卵ですか?」
「ウズラの卵は大好物だよ!」
「残念。違うよ。食べてご覧」
が、受け取ったチョコレートを揺すったり匂いを嗅いだりしている。
「そのまま食べられるよ」
と言い、半分にかじって見せる。コリッとアーモンドが割れてチョコレートの味が口の中に広がる。
「何ですかこれ。ほっぺたが溶けて落ちそうです!」
「お、お、お、おいしい〜〜よ〜」
ああ、両手で掴んでいたからか、頬までチョコレートだらけになっている。ウエットティッシュで拭ってあげる。
「ひゃぁ。何これ。すぅすぅするよ。気持ちが良いな」
「なんでしょう、これで拭くとさっぱりしますね」
丸ごとだと大きすぎて噛めないけれど、口の中でチョコレート部分を溶かして食べ、その後でアーモンドを噛んで食べると、手も汚れずに二度美味しいと発見した様だ。
ただ、その姿は、頬一杯に食べ物を詰め込んだリスやハムスターの様で、可愛いやらなんやら。
そっと、二人の頭をなでる。
「そろそろ帰らないとなぁ」
「帰ってしまうのですか」
「ええ〜っ」
帰ると言う言葉に、二人は不満そうな声をあげた。
「名残惜しいけど、帰らない訳にはいかないよ。出来たら、降りる道を教えて貰えると嬉しいな」
何時までも此処に居るわけにはいかないし。と、自分にも説明する。
「ふふふ。此所からは帰れないわよ」
と、白髪の子。なんで?
「だから、一生私たちと此処で過ごして、美味しいものをもっと食べさせなさい」
高飛車っぽく言った。が、無理だからなそれ。
「あと十個位はあるけど、それで終わりだよ」
からからと箱を振ってから、その箱を白髪の子のに渡した。二人で分けなさいと言いながら。
「帰ってしまうのですか」
「ああ。連絡が付かなくて心配している人も居るだろうし、会社もあるし、家にも帰らないとならないし」
まあ、明日は休みだけどね。
「そうですか。わかりました」
「ちょっと待ちなさい、わたしは嫌よ」
白髪の子をが黒髪の子を何処かへ引っ張って行こうとしていた。が、黒髪の子は動かなかった。
「下流を見てください。あの大きな岩の脇を伝って上に上がれます。その先は細い道になっていますから、流れに沿って下って下さい」
見れば百メートル程澤を下った所に差し渡し十メートル程もある大きな岩が見える。
「アレの脇から上に…」
振り返ると二人の姿はどこにも無かった。
ちゃんとお別れを言いたかったのだけど。居ないのでは仕方がない。
デバッグを背負い直し、言われた通りに沢を伝い踏み分け道を下ると、すぐに舗装路に出ることができた。
あまりの近さに呆然としていたが、急いで主催者へ電話で状況を連絡。
もう少しで救助を依頼する所だったらしい。お詫びとお礼、そしてこのまま帰ることを伝えた。
家の鍵を開けて入り、荷物を置いて一息入れようと冷蔵庫からビールを引っ張り出して、
「ここが、住処なのですね」
「周りが気配だらけ。沢山の人間がいるね」
飲もうとしたら、澤で見た二人がそこにいた。
えーと。
とりあえず、プルを引き上げた。なにはともあれ、話はそれからだ。
プシュ。
んぐんぐ。ふぅう。
「ええと。澤にいた二人だよね。どうして家に? どうやって着たの?」
帰った時にこの部屋には誰も居なかった。
つまり、俺と一緒に部屋に入った可能性が高い。しかし、俺は一人だったはず。
「「美味しいものを食べさせて頂いたので」」
お礼なのか?
「もっと食べたいなぁと、思って」
白い髪に赤い目の女の子が言った。その笑顔はまぶしい位だが、自分に素直な子だな。
「お礼とかお詫びとかと思いまして」
と、黒い髪黒い瞳の女の子が言った。もう一人に比べると物静かというか静謐というか。
「お礼なんて良かったのに。君達の案内のお陰で無事に降りてこれたんだし」
ん?お詫びって、何が?
「あなたが迷子に成ったのは、私達の巣の結界に引っ掛かっちゃったから、らしいのよ」
「隠れ里なんです」
二人の言うことから中二病的に考えると、結界で作られた隠れ里に二人は住んでいた。そこに俺が巻き込まれて迷子に成った。俺が食べさせたオニギリやチョコレートが気に入った(特にチョコレートは衝撃的な美味しさだったらしい)ので、ついつい、ディパツクに忍び込んでしまったらしい。
中二病もかくやという展開だった。
と言うことで、今日に至る。
するすると滑るように卓袱台に着くとワクワク顔で俺を見上げる二人。
「気が早いって二人とも。これからご飯を作るんだからね?」
「「え〜」」
「え〜。じゃないでしょ。シロ? クロ? 俺の代わりにご飯って待っていてくれる?」
「ムリぃ!」
「できません」
「だからね。これから作らないと、ご飯は食べられないんだよ」
何故かコンビニや惣菜屋の弁当よりも俺の拙い料理の方が気に入っている様で、最近は俺の手作りしか食べようとしない。そのお陰で毎日朝昼晩と三食作っている。朝とお昼(お昼は手作りお弁当だぜ)はかなり手抜きしている分、晩飯は俺なりに気合いを入れて作っているつもりだ。三人してゆっくり食べられるしね。スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞い。米を研ぎ浸している間に、風呂の掃除とお湯張りをしてそして夕食作りだ。
彼女も居た事が無いのに、二人も娘を持った気分だ。
この子達の言う「お食事?お風呂?それとも、わたし」というのは、
お腹空いたご飯食べたい。
お風呂入りたい。
わたしと遊んで(パーティ系TVゲームがお気に入だ)。
という意味であり、男の夢とも言われる新婚の嫁さんの台詞とは意味が全然違う訳で。
いや、キタイシテイマセンヨ?
13/05/25 17:29更新 / 夜蛇