連載小説
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オールレンジ攻撃
 凛は少女が、自分と一定の距離を保とうとしている事を感じた。
 手を伸ばせば、すぐに触れる事ができる位置にいながらも、少女はそれ以上、凛に近寄ろうとはしない。物理的にも精神的にも、何処か一歩引いている。
 じっとまっすぐにこちらを見つめているが、澄み渡ったその瞳は、自分ではなく自分を通した他の誰かを見ているかのようでもあった。
 「貴女は……勇者。女神の加護を受け、この世界で人の為に魔王と戦う者。その使命を全うする為に、こちらの世界に召喚されたの。」
 「……何というテンプレ。」
 はぁ、と肩を竦めるが、少女はこちらの事など一切お構いなしで話を進めていく。
 「そして、これが貴女が勇者であることの証。」
 少女は懐から一つ黒色の水晶体を取り出した。首飾りのようで紐が通されている。
 手渡されたそれを、凛は握りしめて。
 その手を開いた。
 支えを失ったものは、その位置を維持する事はできない。自由落下していく首飾りを、凛は他人事のように静かに見つめていた。
 それが地に落ちて小さな音がすると、少女の静かな表情が初めて別のものに塗り変わる。
 驚愕、絶望、憤怒、悲哀。様々な感情がないまぜになったその表情に、しかし凛は冷徹に言葉を投げた。
 「知りもしない世界の命運など知らない……私は駒でも、ましてや人形でも無い。私は、私のやりたいように生きる。」
 そう告げたと同時、更なる変化が少女に起きた。見た目には何も変化が無いが、その内は先程とは大きく異なるモノ。
 「ソウ、ナラ……ヤリタクナルヨウニ……シテヤロウ!!!」
 目の前の、少女の姿が霧状になってかき消える。
 瞬間、感じた何か――第六感に任せるまま、凛は横へと身を投げた。受け身をとって立ち上がってみると自分が先程まで立っていたその場所に、無数のツタのようなものが顔を出していた。
 「次から次へとっ!……私としては久しぶりの森でのんびりしたいんだが……!」
 それ自体が意志をもっているとでもいうのか、明らかに凛を害する為に動いているそのツタに向かって文句を言いながら、凛は広場のあちこちから顔を出すツタの一つを、長刀でもって一閃した。
 ツタに口など見当たらないから、悲鳴などというものは聞こえないはずだがどこからか、少女の苦痛の叫びが木霊する。
 試しにもう一度、巻きつかんと襲い掛かってきたツタを避け様、切り裂いてみる。
 「ギャアアアアアアアアアッ!!」
 「……面倒だな……」
 聞こえてきた悲鳴は、ツタを斬られた苦痛のものだった。つまりは、この広場を埋め尽くさんとばかりに顔をだす、ツタの本体と考えていいだろう。
 この広場に、再び静寂と美しい景観を取り戻すには、早い話、その本体を叩き斬らなければならないという事だ。
そいつがどこにいるか、それさえ分かれば簡単に叩きのめせるはずだったのだが……こうも広場一帯にエコーをかけられてはそうもいかなない。
 「……ッ」
 凛は舌打ちしながらもヒュ、と風を切って迫りくるツタを斬って、斬って斬り捨てる。世界最高レベルの武芸者である凛には飛矢さえも通用しない。いくら動きが生物的だといっても、そのスピードは素人の拳と同等程度だ。並みの武芸者に当たらないものが凛に当たる道理が無い。
 とはいえ、それも数が無ければの話だが。流石に連携された十、二十の攻撃を避けるのは無理がある。どうやら相手はまだツタを扱いきれていないようで、攻撃に連携は皆無だったが、それも徐々に連携を交えてきている。
 凛は手数を増やす為、腰の小刀を抜く。扱いなれた得物ではないが、拳よりはましだろう。
 凛が攻撃を加える度、広場に悲鳴が木霊し、攻撃が苛烈になっていく。
 だが、苛烈さを増すと同時に手数が減っているのも事実。徐々に、だが確実に。
 そこに油断があった。しゅるしゅると地を這うツタ。凛はそれに気づかない。
 かさり、と乾いたものの擦れるような音に、下を見るが、既に遅い。
 驚きに目を見開いた瞬間、がっしりと足首を掴まれて、次の瞬間には宙づりにされていた。
 「っ!」
 続いて手首にツタが絡みついたかと思うと、関節を捻り、その手から刀を奪う。武器を失った凛はツタを思い切り引いてみるが、引きちぎれそうもなかった。それを鬱陶しく思ったのか、四肢を完全に拘束された凛の腹部に鞭のようにしなったツタが叩きつけられる。
 「ぐぅっ!」
 腹筋を固めて、防御を試みるが、やはり鞭相手に防御は大して意味を為さなかった。効果的と見たか腹、背、腕、足とありとあらゆる場所に叩きつけられ、その度に凛は呻く。
 
 何度も何度も叩き付けられたツタ。その数は既に百を超えただろうか、全身余すところなく服がぼろぼろで、蚯蚓腫れだらけになっている。
 「……も……やめ……」
 懇願の声を遮るように、もう一度ツタが叩き込まれる。それを最後にツタは動きを止め、凛の周囲でゆらゆらと揺れている。
 「ユウシャニ……ナレバ……ヤメテヤロウ」
 それは、甘美な誘いだった。勝手に異世界に召喚され、その上勇者などという大役を押し付けられ、それを断った先で拘束拷問。余りにも自分勝手で理不尽な話だがそんな事を考える余裕はない。今の凛に考えられるのはこの苦痛から逃れる術ぐらいなものだ。
 「……」
 「……ヤラナイノ……ナラバ」
 無言の凛をどう取ったか、元少女はそう言ってツタの一本を振り、空をきる。音速の壁を突き破る乾いた音がした。それに滑稽なほど震える凛。幾度となく受けた一撃は確りと体が覚えている。ショック死しなかったのが不思議なほどなのだ。
 「……コウダゾ?」
 「やめて……勇者に……なるから……」
 凛は、そう宣言し、ツタが満足そうに震えると
 「……サイショカラ、ソウイエバ……イイノ」
 元の言葉遣いに戻り、そう尊大そうに呟いた。
 
10/02/07 21:50更新 / ルシュエル
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